少し蒸し暑い、風通しの悪い部屋。その中央に敷かれた布団で、
「……う、む。……雨か。日増しに強くなってゆくな……」
のそりと立ち上がり、伸びをして身体を解す。ふわぁ、と可愛らしい声で欠伸を漏らせば次第に意識が覚醒してくる。同時に、昨夜のことが少しずつ思い出されて来た。
昨夜祥鳳を説得し、風呂から上がった
「……皐月の言うことも、分かるのだがな……」
俺が目指すのはミッドウェー島の早期撤退。深海棲艦が増え不気味だからこそ、鬼や姫、また
対して、皐月は増える深海棲艦の脅威に対して、奴らを駆逐しその身から資材を得ることで抗戦することを望んでいる。生存の目が薄いことは自覚しているようだが、それでも鎮守府へ帰ることは避けたいらしい。『鎮守府なんかに帰って良いように戦わされてみんなが沈んでいくのを見るぐらいなら、ボクはここでみんなとゆっくり朽ちていきたい』とは昨夜聞いた皐月の言葉だ。
「……もう一度、話合わねばな……」
これだけ意見が正反対であれば、納得する結論が出るわけも無い。最終的に喧嘩になりかけたところを熊野に仲裁され、今日に至るという訳だ。
皐月の言葉に頑なに反対したのは『菊月』としての我儘でもある、少しばかりの罪悪感とともにゆっくりと着替えていると、廊下からどたどたと誰かが駆ける音が聞こえてくる。着替え終わると同時に、勢いよく部屋の戸は開かれた。
「……騒々しいぞ、睦月。せめてノックを……」
「そっ、そんな場合じゃないんだよ菊月ちゃんっ!深海棲艦が、深海棲艦が沢山っ!」
睦月の言葉に、一瞬にして意識が切り替わる。置かれた『護月』を掴み取ると、
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「……っ、俄かには信じたくない光景だな……!」
睦月の後に続き、基地の外へ出る。そこから一望できる海には、確かに深海棲艦の姿が確認できる。海を埋め尽くすほど、という訳ではないが、それでも『視界の中に優に二桁の深海棲艦が確認できる』という絶望的な状況だ。そのうち島の岸に寄ってこようとしている個体は、海上からこの島へ向けて砲撃をしている始末である。
「うえぇ〜、なんなのよぅ。菊月ちゃ〜ん、どうしたら良いかなぁ?」
「……先ずは、物資全てを地下に下ろすべきだ。使うもの使わぬものは関係なく、出来うる限り全てを。……確か、使えない大きな風呂があったのだったか、そこに纏めよう……」
話しかけてきた文月に指示を飛ばし、周囲を確認する。少なくとも、資材だけは確保しておきたい。ぐるりと周囲を見回し、祥鳳か熊野に話を聞こうかと考える。
そして、見慣れた金の髪が何処にも無いことに気が付いた。
「……全く、冗談だろう……!祥鳳っ、今日の任務は誰だ……!?」
「――っ!皐月と、弥生っ!二人がどうしても行くって言って朝に出て行ったから、多分帰ってこれなくなってるか、戦ってる最中か、あとはっ」
「おっと、ボクなら此処だよ。流石に危なくなって来たからさ、弥生と一緒に尻尾撒いて逃げて来ちゃった!」
声のする方へ振り返れば、少しずつ被弾した風な皐月と弥生の姿が目に入る。怪我こそしているが大事無いその姿に、思わずほっと一息をついた。
「……心配したぞ、弥生、皐月。怪我は痛まないか……?」
「はい、大丈夫です菊月。此方も、どうやら順調に作業は進んでいるようですね」
軽い傷などどうということはない、とでも言いたげな弥生と言葉を交わす。手に持つ槍は深海棲艦の体液に塗れている、彼女の疲労具合から見て少なくない数の深海棲艦とかち合ってしまったのだろう。
「……皐月も。無事で良かった……」
「へへん、なんてったってボクだからね。沈みたくなんか無いし、菊月とは昨日の決着つけないと、だし。――それで、一つ悪い報告。しかも、結構ヤバいの」
皐月はその顔を曇らせ、一息に言い切る。もたらされた言葉は、確かに最悪の報告だった。
「――姫が、出たよ」
いやん、もう。
と、ともかくこの小説に挿絵が付きました!第1話、ご覧下さい!