大した差じゃないんで見なくても問題ないです。
むくり、と身体を起こす。太陽も月も見えないが、時刻は恐らく午前二時ぐらい。草木も眠るとは良く言ったもので、周囲の姉妹達も熊野も祥鳳もぐっすりと寝息を立てている。
「………、ふむ」
確認し、小声を出す。誰も起きる気配が無いことを確認し、枕元に置いてあった
事前に作っておいた革紐を結い合わせたロープでドラム缶を背負えるように改造し、いつかのようにリュックにする。その中に、これでもかと魚雷を詰めれば準備は完了だ。
「行くか……」
足音を殺し、地上へ出る。深海棲艦共の砲撃に晒された地上部の基地は既に全損状態で、僅かな床や壁しか残っていない。その見るも無惨な光景は、僅かとはいえ過ごした
「……違うな……」
「――あれ、巻かないんだ、それ」
「……っ!?皐月、か……」
不意に掛けられる声にびくりと肩を震わせ、その声のした方を返り見る。地下から地上へと上がる階段の縁に、笑みを浮かべた皐月が座っていた。
「そう、ボクだよ。で、菊月は一体何をしようとしてるのかな。まさか、今のこの状況で一人だけ鎮守府に帰るつもりだったりする?」
「……鎮守府には、いずれ帰る。だが、今の私の目的はそれではない……」
「違うって言うのかい?なら、何がしたいのか言ってみてくれないかな。どう見ても、海に出る気なのは間違いないみたいだけど」
「……何がしたいのか、か。聞く必要があるのか?その眼を見る限り、どうせお前も同じだろう……」
一旦言葉を区切り、己のうちの荒ぶる声に耳を傾ける。たとえ抑えようと思ったとしても『俺』の感情程度では抑えられないほどの――まあ、『俺』が『菊月』の声に逆らったり、声を抑えたりすることは無いのだが――激情の炎。嘗て名を馳せた睦月型駆逐艦、その現し身である『菊月』の怒り。
「その様子じゃ、菊月も抑えが利かないみたいだね?」
「……勿論」
小さい身体に大きく息を吸い込み、可愛らしい瞳に憤怒の業火を宿らせ、全身を震わせる屈辱を噛み締め――
「「――栄光ある睦月型駆逐艦が、たかだか一匹の深海棲艦の姫如きに舐められて、黙っていられるワケがないだろうっ!!!」」
――同時に叫ぶ。自然と握った拳を振り被り、皐月のそれとぶつけ合わせる。お互いに力を込め過ぎたのか、じんと鈍い痛みが腕に走った。
「何よりだよ、菊月。で、今から行くんだろ?ボクも連れてけよ」
「……お前を?ふん、朝っぱらから気絶したのはどこの誰だったか……」
「気絶してないし、意識はちゃんと――」
ふつふつと滾る心に、『俺』と『菊月』の言葉も荒くなる。皐月の言葉を軽口で返しつつ朝に彼女が駆逐ハ級に追突された所を小突けば、『いっ!?』という声を上げて顔を歪ませる。
「ってえ、何するんだよ菊月っ!」
「……そら、痛いんだろう。お前は留守番していた方が良いのではないか……?」
「馬鹿言わないでよ、菊月。怪我して見逃されて、それで悔しく思ってるのは菊月だって同じじゃない、かっ!」
お返しとばかりに繰り出される皐月の拳が、
「……ぐ、っ。痛くない、な……!」
「うわ、凄い鉄面皮。脂汗は凄いけどね」
「お互い様……だろう……!」
じっ、とお互いに睨み合い、その後破顔する。くすくすと笑ったあと、一呼吸置いて皐月が口を開いた。
「性格だって反対、此処に残るか鎮守府へ帰るかの方針だって真逆。なのに、菊月だけがこうして戦いに出てくるなんてな。――ボク達の鎮守府にキミが居てくれてりゃ、ボクだってこんなに苦労しなかっただろうに。キミが同志だったらな、なんてね」
「……何があったかは知らん。が、私の前でこれ見よがしに呟いたんだ。後で全て聞かせてもらうぞ」
「はいはい。ボクだって、愚痴らなきゃやってられないんだ。朝まで付き合わせてやるからな、菊月」
皐月が口元をにやりと歪めて笑う。この様子だと、朝方の焦りが顔を出すことも無いだろう。勿論、愚痴ぐらいなら幾らでも聞いてやるというのが『俺』と『菊月』両方の意思だ。
「……構うものか、幾らだって聞いてやる。ああ、それと……今から二人で海へ出るわけだが、辛くなれば言え。私が守ってやるからな」
「へんっ、いきなり何言うのさ。そう言う菊月の方こそ、無理になったら良いなよ。みんな、ボクが守ってやるんだからな」
「……それは当たり前だろう?背中は任せるぞ、皐月。……さて、そろそろ出ようじゃないか。奴等の顔面に魚雷を叩き込んでやらなければ、私は眠れそうに無いのでな……!」
「守るって言った相手に守られるだって?菊月、キミは――って、何一人で行ってるんだよ!ちょっ、待てってばさぁ!」
後ろから掛けられる皐月の声に気付かないふりをして歩く。ざあざあと降り続く雨に濡れた髪をかき上げ、改めて懐から取り出した鉢金を今度は巻き付ける。
「ありゃ、結局付けるの?」
「……姉妹の為に戦う時だけ付けるようにしている……」
皐月の問い掛けに答え、海岸から嵐の海を睨み付ける。皐月との会話で薄れていた怒りが充実して行き、全身に力が漲る。隣に並んだ皐月も、その目の輝きを見るに同様のようだ。
さあ、中間棲姫に深海棲艦ども。この
この、駆逐艦の本分である夜戦と雷撃で、徹底的に。
次回、「KIKUDUKI〜怒りのミッドウェー〜」