正面から吹いて来る風雨は、心なしか弱くなったような気がする。顔も身体も既にずぶ濡れ、空を見上げても星月は見えない。けれど、不思議と遠くまで見通せる。
「――なあ、菊月。今のキミ、すっごい
皐月の言葉に全身を見下ろす。ミッドウェーで新調した制服に包まれた華奢な身体、その全てから小さな光が生まれている。すっと振り返れば、今まで通ってきた道にも
「……お前も同じだ、皐月」
「あり?うわ、ホントだ。まさか、ミッドウェーくんだりでこんなにキラキラ出来るなんて思っても見なかったけどね」
「……おしゃべりは終わりだ、皐月。そら、来たぞ……!」
俺が指を指すのと同時に、深い海の底から彼奴らが姿を現す。駆逐ハ級、このところ見慣れてしまった忌々しい艦影だ。まずは第一波と言うところだろうか、数体だが準備運動には丁度いいだろう。
「……貴様等にも、怒りはあるのでな……!」
「可愛いね――なんて、言うわけないだろっ!魚雷、行くからなっ!」
両手に持った、深海棲艦から回収した魚雷を奴らへ向けてばら撒く。それらは着水すると同時に火を噴き、各々の向く方向へと直進してゆく。中間棲姫が居なければ彼奴らは基本的にそう賢い行動は取れない、早くも一匹が爆炎を上げた。
「よっし、命中っ!」
「……まだだ、皐月。当たりはしたが、沈めていないぞ……」
「分ぁかってるよ、そんなのっ!なら、直接当てるだけだっ!」
爆炎の中から姿を現すハ級達。その眼前で皐月と二手に分かれ、
「……くうっ!!」
そのまま片足を海中へ軽く沈め、推力を調整する。速度の遅くなったそこを軸として海面を滑りながら回転し、先程通り過ぎたばかりのハ級の背へ向けて両手の魚雷を投擲する。くるりと周りを見渡せば、
「まずは、一だ……!」
「へんっ、負けてらんないねっ!ボクだって――せいっ!」
無造作に魚雷を放り投げ、同時に前傾姿勢になった皐月は速度を増して海を駆ける。風に揺れる髪は発する光に煌めき、夜の闇を切り裂いてゆく。先程
皐月の放った雷撃が、複雑な雷跡を描き深海棲艦へ襲い掛かる。次々と水柱は立ち上るものの、最初のハ級の例を見る限り、仕留められてはいないだろう。……それが、彼女の攻撃だけならば。
「菊月、残りっ!」
「……任せろ……!」
海上に大きく波紋を残す水柱を見れば、奴等の居場所は一目瞭然だ。『菊月』から伝わる怒りのままに両手に力を込め、矢のように魚雷を放つ。真っ直ぐに空を切ったそれらは悉く、水柱の内側に大きな爆発を巻き起こした。
「さあ、次だ……!背中は頼むぞ、皐月っ!」
「まっかせてよ、菊月っ!それよりも、ボクに置いてかれないでよな!」
我々の光に惹かれて、次々と深海棲艦が浮上してくるのがよく見える。駆逐、軽巡、雷巡――だが、どれだけ増えようと関係ない。ある限界を超えてしまえば、あとは回避さえしていれば彼奴等の同士討ちが始まるからだ。
お互いに背を合わせ、周囲の深海棲艦共を見やる。さあ、逆襲開始だ。
―――――――――――――――――――――――
「……っぁぁぁあっ!」
「ぉぉぉおぉおっ!!」
開戦から、およそ数時間。
「ぉおあぁぁぁあっ、もうっ!どいつもこいつも、ボクがどれだけ苦労してるかも知らないでさぁっ!!」
皐月は光の帯を残しハ級へ肉薄する。あまりの剣幕に圧されたのか、後退しようとするハ級の鼻面を鷲掴みし、ぶら下がりながらその目に手刀を突き入れる皐月。
「だいたい、菊月も菊月だよっ!あれだけボロボロになりながらミッドウェーに流れ着いてさ、そのくせなんで帰ろうとするんだよ!ワケ分からないっ!馬鹿なのかっ!?」
「……な、っ、言うに事欠いて皐月っ……!」
ハ級から跳び、着水しようとする皐月に合わせるように放たれる敵深海棲艦の雷撃。それをひらりと回避した皐月は、お返しとばかりに両腰に差してあった魚雷を抜き放ち投擲する。皐月はこれで残弾が無くなった。
「この島にさえ居れば、ずっと此処から出なきゃ傷付かないし沈まないのにっ!なんなんだよ、菊月はっ!そんなに沈みたいのか、ボクを悲しませたいのかっ!」
「馬鹿を言うな、島に居たところでいずれ資源も無くなり死ぬだろう……っ!皐月、お前はっ」
皐月に食らいつこうと迫る敵の口内に、直接魚雷を投げ入れる。流石の『硬いの』といえどこれには耐えられずに肉を撒き散らす。その死骸を踏み越え、周囲を見回せばどうやら大多数の艦が撤退していったようだ。ここで戦うことに旨味は無いと判断したのだろう、その判断までに大きな損害を出させた時点で俺達の勝利だ。
「どいつもこいつも、
「……っ!だがな、誰が守られるだけかこの馬鹿が……っ!私は戦える、沈まない!沈んでたまるものかっ!」
「馬鹿っていったか、この馬鹿菊月っ!!」
「私が馬鹿なら、貴様は阿呆だ……!」
言い合いを続けながら、回避を続ける。業を煮やしたのか、俺達を纏めて食い殺そうと大口を開けたハ級へ向けて魚雷を一撃。噴き出すオイルが身体に降りかかる。
「っくそ、残りっ!あれはボクが――」
「――何が『ボクが』、ですの?全く、心配させるのも大概にして下さいな」
後ろから俺達の間を掠めてゆく一発の
「……何故、此処に?いや、むしろ熊野のその砲は……」
「皆さんとの取り決めで、大切に残しておきましたの。たった一発、大事に使うべきだと言っていたのは誰でしたっけ、皐月?」
ばつが悪そうに下を向く皐月。祥鳳が構えている矢を見れば、艦載機も微量ながら残っているらしい。この前にも使わなかったことを見るに、基地に保管していたのだろう。
「さ、菊月に皐月。無事で良かったと言う前に、帰ったらお説教です。熊野さん、手伝って頂きますよ」
「勿論ですわ、祥鳳。皐月、菊月、良いですわね?」
掛けられる言葉に、揃って項垂れ首肯する。周囲を警戒する姉妹達に続き、基地へ帰ろうとした矢先――
「――いや、まずは。なあ、菊月?」
皐月が
「……なんだ、皐月。
「出撃の前、愚痴を聞くって言ってただろ?その代わりさ。愚痴をさ、語るのが口から拳になるだけ。菊月、キミをこの島に留めるにはこれしかないってことさ。――菊月、ボクと決闘しろ」
菊月は可愛いなあ。