私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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遅刻だ!ゴメンな!!(潔い)

本日のBGM:区切り線以降は『Trust you forever』で。


海を越えて、その四

何時の間にか、降り続いた雨は止んでいた。空には未だ強く黒雲は残っているものの、吹き荒ぶこの風にいずれ流されてゆくだろう。

 

「――で、菊月。受けてくれたのは嬉しいけどさ、得物はそれで良いのかい?」

 

「……勿論。『護月』は、間違っても姉妹に向けるものではないからな……」

 

皐月はその手に槍を握り締め、此方を静かに見据えている。対する菊月()は……無手。『護月』は字の通り、『月』を『護る』ためのものだ。それを皐月に向けるなんて、冗談でも言わぬと『菊月』が全身から伝えてくる。最も、『俺』も全く同じだが。

 

「そうかい、後悔はすんなよな。で、審判は残りのみんな。――何人かは納得して無さそうな顔をしてるけど、付き合ってもらうよ」

 

振り返り、審判(ギャラリー)にそう告げた皐月は此方へ顔を向けて槍を構える。その切っ先には力が篭り、紛れもなく本気であることが伝わってくる……最も、どこか躊躇しているようだが。それを見つめれば、俺は巻いていた鉢金を外して近くの大きな石の上に置く。一度だけ髪を掻き上げれば、皐月に相対し拳を構えた。

 

「――じゃあ行くよ。本気で来なよ、菊月っ!!」

 

「……来い、皐月っ!」

 

言葉と同時に、皐月はぐん、と踏み込んで槍を突き出してくる。槍のリーチの長さは圧倒的で、まともに遣り合えば苦戦することは必至である。……だが、それは槍に慣れた、それも『人に対して槍を振るうことに慣れた』者が相手の場合。故に――

 

「……ぉおっ!!」

 

突き出される穂先を腕で払えば、その行く先は大きく逸れる。同時に踏み込み、思い切り拳を顎目掛けて振るう。がつん、という感触を感じ、皐月はたたらを踏んだ。

 

「ってえ、このっ!」

 

「……遅いっ!」

 

距離を取って槍を薙ぎ払おうとする皐月。そのバックステップに合わせて菊月()も飛び込み、距離を離させない。次いで、頰と顎に一発ずつ打ち込む。

 

「ぐ、ぁあっ!きく、づきぃっ!!」

 

「……っつ!?」

 

しかし、皐月も黙ってはいないようだ。殴られた体勢を無理矢理起こして肩からぶつかってくる。まともに食らった俺は思わず後退り、ちょうど振るわれた槍を持って慌てて躱す。切っ先の掠った菊月()の頰からは、薄く血が流れ落ちた。

 

「……皐月いっ!!」

 

「菊月ぃぃぃいっ!!」

 

槍を短く持ち変え、先程よりも距離を詰めてくる皐月。ひゅおん、と風を切り振るわれた刃を間一髪で回避し、過ぎ去ったその槍の柄を思い切り掴む。

 

「……悪者ぶるぐらいなら、初めから使うな……!」

 

先の意趣返しと言わんばかりに、皐月の胴へ体当たりを入れる。力の抜けたその手から槍を奪いとれば、菊月()はそれを遠くへ投げ捨てた。

 

「……馬鹿め、深海棲艦へ振るう時の半分も冴えが無いぞ……。本気を出せと私に言っておいて、そのザマか……?」

 

「本気は本気だよ。だけど、やっぱり駄目だね。武器なんてハンデを持ったまま菊月を倒しても、言うことを聞かせられるとは思わなくてさ。――やっぱり、キミと()るなら対等じゃないと」

 

顎を二三度摩ると、皐月は腰を落として拳を構える。武器こそ無いが、先程までとは比べ物にならない程の重圧を全身に感じる。やっと本気で掛かってくるようだ。

 

「……さっきまでは、準備運動にしておいてやる」

 

「ふん、可愛くないの。まあ、今回だけはそれで頼むな」

 

お互いに視線を交錯させ、握る拳に力を入れる。何時でも振り抜けるよう、準備は完了した。あとは、気が済むまで殴りあう(話しあう)だけだ。

 

「――きくづきぃぃぃぃぃぃいっ!!!」

 

「……さつきぃぃぃぃぃぃぃぃいっ!!」

 

仕切り直しての一撃目。それは、お互いの顔面に同時に刺さったクロスカウンターから始まった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「ぉぉおぉぉおおぁああぁぁあっ!!!」

 

「ぐぅぅぅうぁぁぁぁあぁあっ!!」

 

拳、顔で受ける。衝撃に仰け反り、揺れる頭を気力で抑えて拳を返す。右拳は皐月の左頰に命中し、しかしそのまま皐月は下からアッパーを打ってくる。がつん、モロに入ったそれに脳を揺さぶられる。

 

「がぁぁあっ!!」

 

芸がない菊月()は、次は左拳でぶん殴る。これもヒット、皐月の頭を大きく反らせる。間髪入れずに次は右、左、右。三度目の左を繰り出そうとした瞬間、皐月の握り拳が菊月()の胴体を捉えた。

 

「睦月はお姉ちゃんなのに頼りない、弥生もお姉ちゃんなのに消極的っ!文月は優しいだけ、望月は見てるだけっ!!ボクの苦労も考えろぉぉおぉおっ!!」

 

皐月はさっきからこのように、溜め込んでいたものをぶちまけながら拳を振るってくる。結果、周りで審判を務めていたはずの姉妹達までが何かに感じ入ったのかお互いに殴り合いを始める始末である。睦月は弥生と、文月は望月と。熊野と祥鳳が止めに入ってはいるが、無意味だろう。

 

「……ぐ、がふっ!この、馬鹿が……!」

 

「馬鹿は、どっちだよっ!!だいたい、キミは最初から気に食わなかった!!なにが『私は帰る』だよこのぉっ!!」

 

がつん、正面突きが菊月()の鼻面へ命中する。腕を払いのけ皐月の顎をかち上げた瞬間、たらりと何かが俺の鼻から流れ出る。恐らくは鼻血だろうが、そんなことを気にしてはいられない。

 

「……なにが『気に食わなかった』だ臆病者が……!貴様は、単に諦めているだけだろうが……!」

 

「それのなにが悪いんだよっ!!げほ、みんなが傷付かない方法は此処に留まるしか無いじゃないかっ!!さっきも、言ったけどさぁっ!!ボクは、みんなが傷付くのを見たくないんだっ!!」

 

「それが間違いだと言っている……!此処に留まっていたら、いずれは死ぬっ!お前が望んでいるものは、諦めて死ぬことなのかっ……!!」

 

「そんなわけ、ないだろぉぉおぉおっ!!」

 

咆哮とともに振るわれる皐月の拳が、俺の顔、頰、顎に突き刺さる。ぐわんぐわんと頭が揺らされるが、此処で倒れる訳にはいかない。追撃を繰り出そうとする皐月の服の胸倉を掴み、顔面に思い切り頭突きを入れた。

 

「……ぐぅうっ!!なら、お前はなにがしたいんだっ!先が無いことぐらい、お前なら分かってるだろう……っ!」

 

「うっさい、この馬鹿菊月っ!!先が無いことなんて分かってる、けどさ、ここのみんなが『鎮守府と提督』を信じれる訳がないだろっ!?」

 

菊月()の頭突きで鼻血を出し始めた皐月は、目をかっと見開いて思い切り腕を振り抜く。あまりの気迫に避けることも出来ず、まともに食らう。

 

「何がしたいか、だって!?知るかよそんなことっ!!どこにも行くところが無いのに、此処に居てもどうしようもない!ボクだけじゃ、これ以上何も思いつかないっ!!だから――」

 

大きく息を吸い込んだ皐月は、全身から声を放っているのかと錯覚するほどの声で叫ぶ。

 

「――ボクに、キミを信じさせてくれよっ!祥鳳さんから聞いた、『全員守る』なんて言ったらしいじゃんか!そんなことボクにだって出来やしない、ここに全員押し込める以外にはねっ!!」

 

「さ、つき……」

 

「キミが本当にボク達を、姉妹達全員を守るって言うんならさ!!ボクなんか簡単に殴り飛ばして、ボクの諦めなんか消し飛ばして!全員連れ出して見せてくれよっ!!」

 

皐月の言葉に、菊月()の中の『菊月』に火が入る。皐月の感情に、『俺』が震えさせられる。そうだ、『菊月』の願いは姉妹を守り、姉妹と海を駆けること。

 

ぎりっ、と奥歯を噛みしめる。ぐっ、と握った手に力が戻る。

 

「……私は、行く。お前達全員を此処から連れ出し、鎮守府へ帰る。姉妹達が、心配しているだろう。……鉢金は神通に返さなきゃいけないし、砲は夕立のものだ。川内には何回か奢ってもらう約束があるし、那珂ちゃんとはアイドルをするからな。全く……アイドルの顔をこんなに殴るとは」

 

「ぷっ、何それ。菊月がアイドル?そんな無愛想なのに」

 

「だが、事実だ。……私は、諦めない。姉妹だけじゃない、みんなを守るために。みんなの元へ帰るために。それを……見せてやる……っ!!」

 

「――へん。信じさせてなんて言ったけど、ボクだってやられるだけなんて気に食わないし。そうだな、菊月が負けたら一生こき使ってやる。この島を開拓させて、畑を作らせてやるからな」

 

胸に熱く炎が燃える。敵を前にした時とは違う、姉妹の願いを背負って闘う感覚。他でもない、目の前の皐月のために勝たねばならない。

 

「――あぁぁぁぁあぁぁああぁあっ!!」

 

「……おぉおぉおおおぉおおぉぉおっ!!!」

 

ほぼ同時に踏み出す。先に拳を繰り出したのは皐月、今までで一番重いパンチが顔へ入り、全身を揺らす。

だが、先に拳を入れさせたのは、狙ったことだ。どれだけ捨て身になろうと、相手の拳を警戒しながらではそれを考慮した行動になってしまう。だからこそ、先に打たせる。皐月は最早これで完全に無防備だ。

菊月(俺達)は、皐月の全てを受け止めた上でそれを越えて行く。

 

「――菊月、キミは――」

 

同時に踏み込んだ位置から、菊月()だけが更に一歩踏み出す。殴られ仰け反った身体を戻す反動すら含め、右の拳に全身の力をすべて込める。憂いなく振り被った拳、狙いは定まった。

 

「さ、つ、きぃぃぃぃぃいっ!!」

 

渾身の一撃を、皐月の右頬へ叩き込む。限界まで振り絞ったその一撃は、皐月の身体を吹き飛ばした。

殴り合いを始めてから、どれだけ経ったか。先に倒れたのは、皐月の方だ。

 

「……皐月」

 

仰向けに倒れる皐月のもとへ歩み寄る。目を瞑っているが、その目尻からははらはらと涙が溢れている。その涙の真意は、問わずとも分かる。

 

「……みんなは、私が守る。そして、みんなが私を守ってくれる。それが姉妹で、仲間だろう。……私は、お前も守る。お前は、私を守ってくれ。……皐月、来い」

 

いつの間にか、菊月()達の周りにはみんなが集まっている。結局、全員が少なからず顔を腫らしていた。

 

倒れる皐月に手を差し伸べる。その手を、皐月は微笑みながら掴み返す。いつの間にか雲は晴れ、遠くには既に昇りきった朝日が見えていた。




遅刻したお詫びに、本日はいつもの二倍書きました。それはそれとして罰ゲームはきちんとやりますとも。

そして、挿絵がなんと今4枚も頂いております。追加させて頂いた話数には挿絵有りと書いてますので、どうぞ!!

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