私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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ギリギリギリギリセーフ。


海を越えて、その七

晴れ渡った夜空には、無数の星が見え、菊月()達がその名を冠した月は明るく輝いている。海岸に並び遠くを見れば、海と空の間が見慣れた砲火に明るく照らされている。

 

「……準備は良いか?」

 

「うん、菊月ちゃん」

 

俺の発した誰へともない問い掛けに、その顔を引き締めた睦月が答える。その顔には緊張や焦りは見られず、彼女は真剣ながら自然体でいるように見えた。

 

「……一歩でも海へ出てしまえば、もう此処へ戻ることは無いだろう。それでも良いか?」

 

「くどいですよ、菊月。心配してくれているのは分かりますが、私達はみんなあなたの隣で戦うと決めたのですから」

 

「……分かった……」

 

祥鳳の言葉に頷き、懐から取り出した鉢金を巻く。意識は一瞬で切り替わり、『菊月』が武者震いと昂りに吼えた。旗艦を任せた熊野へ目配せをして、菊月()は声を張り上げた。

 

「――目指すは我が鎮守府!誰一人欠けることなく、この海を越えて行く……っ!」

 

「さあ、先ずはこのミッドウェーを離脱いたしますわ!全艦、抜錨っ!!」

 

『『『了解っ!!』』』

 

先陣切って海へと飛び出した熊野へ続き、菊月()も海へ繰り出す。全員が海へと出た瞬間を見計らったかのように、暗い海の底から彼奴らが姿を現した。

 

「駆逐――イ級に、ロ級?それ以外は軽巡級に、軽空母?なんだかやる気の無い編成ですわねっ!!」

 

「向こうで本命が()ってるんだ、こっちは手薄なんだろうねっ!!」

 

「ふん、まだわたくし達を甘く見るようなら――熊野、参りますわっ!!」

 

瞬きをする間も無く接敵した熊野は、手にした20.3cm連装砲(艦隊最大火力)を軽巡ホ級の顔面へぶっ放す。空気を切り裂き、熱をばら撒きながら発射された砲弾は、跡形もなくホ級の上半身を吹き飛ばした。

 

「流石ですね、熊野!ですが、弾数には気を付けてください!」

 

「何を言いますの、祥鳳!この程度は景気付けですわ!」

 

ホ級の残骸を片手の棍棒で打ち飛ばした熊野は、敵軍を裂き直進しながら祥鳳へ言葉を返した。

熊野が砲を放てるのには理由がある。備蓄した資材からどうにか使えそうなものを探し出し、原型を保ち実用に耐えそうな熊野の艤装へと補給したからだ。同時に、僅かだけ確保出来たボーキサイトも祥鳳へと供与してある。

その分我々の艤装は、良くて砲を二発程度の猶予しか無いが……戦力で見ればこれが最善だ。

 

「ふふ、腕がなりますわね!この程度なら、一捻りで黙らせて差し上げますわ!!」

 

「熊野さぁ〜ん、文月も、やっちゃって良い〜?」

 

「ええ、存分に暴れなさいな!」

 

熊野から了解を取り付けた瞬間、上体を屈め艦隊の先頭へ躍り出る文月。右へ左へと目まぐるしく動き、熊野へ殺到しようとしていた駆逐イ級・ロ級を誘き寄せる。

 

「あたしだってぇ〜、夜戦ならぁぁぁぁあっ!!」

 

文月の、小柄な身体を喰い散らかそうと口を開けた敵駆逐級の合間を縫い、遥か後方に置き去りにする文月。そして、置いて行かれた駆逐級の眼前には砲を構えた残りの姉妹がスタンバイしている。

 

()ぇぇぇぇえっ!!」

 

一斉に火を噴く砲が辺りを一瞬だけ照らし出し、そして次の瞬間には哀れな敵駆逐級(獲物)を爆散させる。炎と風に煽られながら、俺達はそこを駆け抜けた。

 

「敵艦撃沈、いやに順調。だとしたら――」

 

「ああ。……来たようだぞ、弥生……!」

 

俺達は燃える海を背負って、明るく照らされたその白い影と対峙する。ところどころ損傷し、瞳に怒りと苛立ちを募らせているところから察するに艦隊とは幾度か交戦したようだ。

 

「コンナ時ニ……艦娘ガ、シズメ……!」

 

「来ますわ、全艦抜けなさいっ!!」

 

真っ先に中間棲姫と対峙した熊野が指示を飛ばし、残る面子は中間棲姫を迂回しようとする。追撃を掛けようとする彼奴に肉薄し、一刀を振るう。その攻撃は奴の操作する艤装に阻まれるが、目的は攻撃ではない。

 

「どうした……、随分苛立っているじゃないか。傷だらけだな、誰にやられた……?」

 

「ウルサイゾ、駆逐艦ゴトキガ……!」

 

「いいことを教えてやろうか?艦娘が怖いなら、海域の隅で蹲って震えているといい……。きっと見逃してくれるさ……」

 

「貴様、コノワタシヲ侮辱スルカ……!」

 

瞳に宿る感情が一気に憤怒へと振り切れた奴は、周囲に浮かぶ艤装を無尽に走らせ菊月()へ苛烈に攻撃を仕掛ける。しかし、この程度ならば反撃はともかく防戦に徹すればどうにかなる。

 

「……どうした?私のような駆逐艦ごとき(・・・)に随分と時間をかけるじゃないか……」

 

「鬱陶シイ蝿ガ……!」

 

奴の周囲を見回し、準備が整ったことを見て一気に煽りかける。予想通り、額に筋を走らせた中間棲姫は俺にラッシュをかけてきた。次第に捌ききれなくなり、大きく弾かれて体勢を崩す。

 

「……フ、フフハハハ!蝿ガ調子ニ乗ルカラダ……!馬鹿メ、マズハ貴様ヲ――」

 

「……馬鹿は貴様だ!熊野っ!!」

 

「っっっとぉぉぉぉおおおおおうっっっ!!!」

 

海面にしゃがみ込む菊月()へトドメを刺そうと大きく手を掲げた中間棲姫の横っ面に、熊野が全力で振り抜いた鋼鉄の棍棒が直撃(critical)した。

べきべきべき、ぐしゃあっと言う生々しい音を立て、中間棲姫の首がくの字に曲がる。奴の身体は、力無く中空へと吹き飛んだ。

 

「全艦、雷撃用意っ!…目標は、あの姫の着水地点だ……!」

 

深海棲艦から回収したなけなしの魚雷を構え、姉妹達に声を飛ばす。彼女達も、菊月()と同じように目をぎらつかせて準備を終えていた。

 

「この勝負、睦月達が貰ったよっ!」

「追い詰める、任せてっ!」

「そら、沈んじゃえっ!!」

「これでも、くらえ〜っ!!」

「そろそろ、本気出ぁーっす!!」

 

「……雷撃、()ぇぇぇぇえっ!!」

 

菊月()の号令に、一斉に放たれた魚雷が暗い水面に雷跡を刻む。それらは、吹き飛んだ中間棲姫の元へと一斉に集って行き――

 

「全艦反転、ミッドウェーを抜けますわよっ!!」

 

暗黒の空と海を焦がすように、大きな炎の柱を生み出した。しんがりを務めるのは菊月()と祥鳳、恐らくこの攻撃でも沈んではいない中間棲姫への警戒をする。

 

「ガァァォァァァアアアッッ!!!」

 

背筋を震わせる獣のような咆哮を上げ、爆炎の中から這い出して来た中間棲姫。額は割れて血を垂れ流し、全身は焦げ付きながらも瞳には並ならぬ憎悪を燃やしている。

 

しかし、それが俺達へ向くことは最早無いだろう。

 

「馬鹿め、だから海域の隅で震えていろと言ったのだ……。……行くか、祥鳳」

 

「ええ、菊月。私達は、ここで止まるわけには行きませんから」

 

傷付いた中間棲姫へ照射される探照灯(・・・)。爆炎や砲撃が目印となり、戦闘中だった攻略艦隊を呼び寄せたのだろう。俺達と違い、充実した戦力を誇るであろう彼女達を前に中間棲姫が生き延びる未来は万に一つも無い。

 

「……!では、な」

 

ふいに何かを感じ、その正体も分からぬままに、探照灯の主へ向けて親指を立てる。その後は直ぐに身を翻し、先行する姉妹達の元へと急ぐ。

 

菊月()はそれっきり、ミッドウェーを振り返ることは無かった。




本日の戦闘BGM:鉄のララバイ。

追記。
探照灯を照射したのは……?

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