私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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鎮守府サイド。武蔵さん大活躍。あと長月おめでとう。


閑話、鎮守府沖激戦

艦娘と深海棲艦の戦闘において、たった一撃が戦局を大きく変えるというのは珍しいことではない。今も、私が苦し紛れに放った一発の雷撃が敵の防御を掻い潜って戦艦級を炎上させた。

 

「――次だっ!」

 

轟音が耳をつん裂き、撃ち込まれる弾が肌を掠める。辛うじて回避すればありったけの雷撃を放ち、そのうち堕とされずに済んだ幾つかだけが敵艦へ命中する。何度聞いたかもわからない、どおんという鈍く腹に響く爆音。次々と流れる脂汗を拭い、息を荒げながら次の敵を探す。真っ暗な空には照明弾が間断なく打ち上がり、人工の光が敵を照らし出す。

――これが、私達がこの数日休みなく行っていることである。

 

「――長月、首尾はどうなってるぴょんっ!?」

 

「卯月か!私は大丈夫だ、他の皆は!?」

 

「沈んだのは誰も居ないけど、全軍で疲労がヤバいことになってるぴょん。頼みの綱の武蔵は補給と入渠の繰り返しで全軍を支えてくれてるけど、休みなく前線で各部隊の指揮をしてる金剛型なんかは特に疲労が溜まってるぴょん」

 

「く、私達もそろそろ下がりたいが――」

 

「交代の特型は、朝まで入渠中ぴょん」

 

AL・MI作戦。爆発的に数を増やした、ミッドウェー島に居を構えるであろう深海棲艦を一気に撃滅するべく考案された作戦。その肝は、陽動と襲撃の二面作戦に尽きる。どちらかがしくじれば意味を成さず、それゆえ攻略艦隊は戦艦を始めとした錚々たる顔ぶれだ。

対して鎮守府には、司令官たっての懸念で武蔵を旗艦として残しつつ他の鎮守府から応援を要請。掻き集めた戦力で防衛をしていたが――

 

「これは、いけませんね。――全艦、戦線を下げます!」

 

私達の指揮を執っていた神通が後退指示を出す。鎮守府を襲撃してきた相手が悪かった、と言うべきか。戦力の質ならば此方に軍配が上がるものの、沈めた側から次々と現れる深海棲艦と縦横無尽に暴れまわる二匹の戦艦棲姫、そして背後に控える空母棲姫――三体の姫を前に、此方はじりじりと神経を焦がされている。

 

「神通さん、他の艦隊はどうなってるっぽい!?」

 

「やはり、どこも手一杯です。戦闘力よりも先に、心が折れかけていますっ」

 

夕立の問いに神通が答える。一体の戦艦棲姫を沈めたあたりまでは良かったのだが、その後守りを固めつつ緩やかに前進してくる深海棲艦の軍勢は此方の戦意を根元から圧し折ろうとしていた。肉体的疲労よりも精神的疲労がキツく、皆の身体からとめどなく流れる脂汗がその証左となっている。

 

「まだだっ!!」

 

「ぴょんっ!!」

 

左右から迫る深海棲艦を、卯月と二人で相手する。背後からは三日月と如月が援護をしてくれている。殺意の溢れるような砲撃を躱し、横方向へ軽くステップ。照準を此方に合わせようとする隙を突き、雷撃を撃ち込む。卯月の方を見れば、夕立と協力して無事に深海棲艦を沈め終えたところだ。声を掛けようとした瞬間、海域全体を揺らすかのような豪砲の音が腹に響いた。

 

「あの砲撃、武蔵さんですね!」

 

「やっぱり、彼女程になると頼りになるわね!」

 

三日月と如月が歓声を上げ、私と卯月は溜息を吐く。再出撃した武蔵を喰らい尽くすかのように、海域の深海棲艦が彼女へと殺到している。武蔵の姿は私達を自然と鼓舞し、敵に対する囮ともなる。現に、此方へと掛かっていた圧力は軽くなっていた。

 

「この場で戦線を維持しつつ、敵へ砲撃を射掛けます!全艦揃え――()ぇーっ!!」

 

敵の薄くなった群れへと、砲雷撃を叩き込む。私達の他に、背後から更なる援護砲撃。振り返れば、別戦線で戦っていた筈の天龍艦隊がそこにいた。

 

「よぉ、神通。だいぶ参ってるみたいだな」

 

「助かりました、天龍。でも、どうして此処へ?」

 

「オレ達の当たってた奴ら、ほっとんど武蔵に釣られやがってな。残りは此処に合流したようだし、オレ達が始末を付けに来たのさ」

 

砲を担いだ天龍が、不敵に笑いながら言う。麾下の龍田と第六駆逐艦隊も同じ様に胸を張っている。神通は此方を一瞥すると、一つ頷き天龍へ向かって口を開いた。

 

「そうですか、なら私達は武蔵の援護へ向かいます」

 

「そうしてくれ、流石の武蔵もこの数相手は厳しいだろうからな。護衛艦隊、任せたぜ神通!」

 

天龍艦隊へ全員で敬礼のポーズを取り、一斉に反転。出せる全速力で、私達は戦場の中心へと疾走を開始した。

 

―――――――――――――――――――――――

 

そこは、私が見た中で最も凄まじい戦場だった。武蔵が、金剛が、扶桑が。天城が、蒼龍が、この鎮守府や、他の鎮守府の主力全員が少なくない傷を負い、血を流しながら戦っている。私達が到着した時にはちょうど東西に分かれた形で戦闘していたようで、既に明るくなりかけている東の空を背負って、深海棲艦が嫌らしい笑みを浮かべている。忌々しい、暁の水平線に勝利を刻むのは、我々だ。

 

「護衛艦隊、神通かっ!助かったぞ!」

 

「光栄です、武蔵!神通麾下艦隊、先制雷撃をかけます!――放てーっ!!」

 

戦闘中の艦隊を縫う様に前に出て、一斉に雷撃を放つ。同じく前に出てきた敵駆逐級を蹴散らし、それでも絶えない雷撃が敵軍を焼いてゆく。

 

「好機だな。戦艦『武蔵』、突撃するっ!」

 

勇ましく、全艦隊の旗艦となり進軍する武蔵に対するは戦艦棲姫。空母棲姫の援護を受けながら此方へ迫ってくる。ずどん、と同時に爆音。武蔵の砲撃を戦艦棲姫が受け、戦艦棲姫の砲撃を武蔵が受けた。

 

「Hey!助太刀するネ、武蔵ィーっ!!」

 

周囲に展開した金剛が、戦艦棲姫へと砲撃を仕掛ける。露払い、そして空母棲姫の相手は残る我々の仕事だ。瞳に炎を宿らせ、ぼろぼろの身体を奮い立たせながら突撃する。

 

「は、ははははっ!!こいつは、こいつは良いなぁっ!!」

 

「深海棲艦っ!いま、如月が楽にしてあげるっ!!」

 

「より取り見取りっぽいっ!!」

 

声を張り上げることで、自分の中の闘志を燃やす。そうしているのは私達(駆逐艦)だけでなく、戦闘している全ての艦娘が何かしら叫んでいた。このまま押し切れる、そう思えるほどの活力。

しかし、それは唐突に終わりを告げた。

 

「あれは――」

 

不意に現れた数体の駆逐イ級、どの艦娘も何かと交戦しているために対処が出来ない。彼奴等の装備した雷撃、その照準は赤城をはじめとした空母群。空母棲姫と渡り合えているのは彼女達の力あってこそ、そこを狙われる。

 

「くそっ、イ級ごときがっ!」

 

交戦中の敵へ接近、至近距離から雷撃を放ち、急所へ砲撃をぶち込んで沈める。そのままイ級へ砲を向けるが、時既に遅く魚雷は放たれた後だ。

 

「赤城さんっ、加賀さんっ!」

 

如月が悲鳴を上げるが、彼女達に回避の余裕はない。このまま命中、そう思った瞬間、魚雷の進路へ二つの影が身を躍らせた。

 

――繰り返すが、艦娘と深海棲艦の戦闘においてたった一撃が戦局を大きく変えることは珍しいことではない。そして、それは私達だけに言えたことでもない。イ級の一撃、これが今回の『戦局を大きく変える一撃』だったのだろう。

 

「やらせませんっ!」

 

「これが最良っぴょん!」

 

「――やらせません」

 

三日月と卯月、そして神通だった。あ、と声をあげる間も無く三人は爆炎に呑まれる。味方艦隊が硬直し、その隙を深海棲艦に押し込まれる。正しく、戦局は逆転した。

その中で、恐怖に駆られるままに如月と三人のもとへ駆け寄る。辛うじて三人とも息があることが確認できた。その中でも怪我の酷い三日月をかき抱き支える。しかし、そんな私の行動もすぐに意味の無いことへと変わるだろう。

 

「みんな、逃げてぇぇぇぇえっ!!」

 

夕立が必死の形相で叫び、空母棲姫へと砲撃を仕掛ける。その砲弾は無慈悲にも殆どが届かず、届いたものも僅かに奴を怯ませるだけに留まる。

 

「シズメテ、アゲルワ」

 

そんな一言とともに、手を此方へ向けてかざす空母棲姫。艦隊の皆が何か叫んでいるが、耳にも入らない。一瞬後に放たれるあの球形の艦載機が、私達の命を奪い去るだろう。走馬灯では無いが、時間の感覚がぐんと伸びる。空母棲姫の指の先までじっくりと観察できるほどだ。

 

「――たすけて、きくづきおねえちゃん」

 

腕の中の三日月がぽつりと零した言葉だけが、時間の引き伸ばされた私の耳に入る。空母棲姫は酷薄な笑みに顔を歪め、真っ直ぐにかざした腕を、暁の空へゆっくりと振り上げ――




――全部嘘?

――これで、終わり?

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