私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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――違う。


海を越えて、誓いのもとへ

しん、と心が静まり返る。風の音すら聞こえず、不思議な心持ちで眺めるのはゆっくりと振り上げられる空母棲姫の腕。その真上に、何故か背後から迫るたった一機の艦載機(・・・・・・・・・)が見えた。私は一度だけ目を瞬かせ、次の瞬間――空母棲姫と、その周囲の取り巻きは膨張する爆炎に呑まれた。

 

「――――え」

 

誰の発した言葉だったのだろうか。三日月達が被弾した時以上に、戦局が硬直する。艦娘も、深海棲艦も、動くものは何一つ無い。そんな中、立ち上っている爆炎の向こうから、ゆらりと二つの何かが姿を現す。

 

「祥鳳型軽空母、『祥鳳』。そして――」

 

「重巡『熊野』ですわ」

 

その名乗りに、作戦に参加していた他の鎮守府の艦娘の誰かが息を呑んだようだ。だが、その艦娘へ向ける注意は続く重巡の言葉にかき消される。

 

「さあ、皆さん――任せましたわよっ!」

 

重巡の言葉に呼応するように、未だ燃え盛る炎の壁の向こう側から幾つもの影が疾走する。その影達は、よく見知った装束に身を包んでいた。

 

「――――睦月型駆逐艦、一番艦っ!!――『睦月』っ!!」

 

「な、なんですって?」

 

如月が呆然と呟く。睦月と名乗り、硬直から立ち直れない深海棲艦を魚雷で以って次々と沈めてゆくその艦娘の服は、確かに如月のものと揃いだ。

 

「――同じく三番艦、『弥生』っ!!」

 

「――同じく五番艦っ、『皐月』だぁっ!!」

 

「はは、なにこれぴょん」

 

姿を表す、二人の艦娘。片方の服は卯月に、もう片方は私と三日月の服に酷似している。その二人は背中を合わせたまま槍を振り回し、深海棲艦の身体を突き穿ってゆく。呆然としているのは、艦隊の皆も同じようだ。

 

「っ!全艦、攻撃を開始しろっ!!」

 

我を取り戻した武蔵の号令で、ハッとした艦娘達が艤装を構える。が、その攻撃よりも早く新たな影が戦線に現れた。

 

「まだまだぁ〜!睦月型駆逐艦七番艦、『文月』ぃ〜!」

 

「――同じく十一番艦、『望月』っ!!」

 

「おいおい、これは――」

 

思わずぽろりと言葉が溢れる。茶色い髪を風に靡かせ、二人の艦娘も海を駆けた。行動を起こそうとした深海棲艦、それを重点的に狙いながら的確に沈めてゆく。新しく現れた艦娘は、どれも仄かに燐光(キラキラ)を放っていた。

 

艦娘と深海棲艦の戦いにおいて、たった一撃が戦局を左右することは珍しいことではない。ならば、もたらされるそれが『一撃』程度ではない程に影響のあるものならば?答えは、火を見るよりも明らかだ。我々の心には、闘志が再燃している。

 

「一斉に行くにゃしぃっ!!せぇーの、てぇぇぇぇえっ!」

 

睦月と名乗った艦娘の号令で、新たな艦娘達は隊列を組み、雷撃を放つ。その威勢に続く形で、武蔵が、金剛が、あらゆる艦娘が敵艦隊へと砲撃を叩き込む。爆炎に次ぐ爆炎、巻き起こる突風。それは空母棲姫の一団を覆っていた炎を吹き飛ばす。

 

そこから現れたのは、雷撃でばらばらになった深海棲艦と――胸の中心から白刃を生やし(・・・・・・・・・・)、それを呆然と眺める空母棲姫の姿だった。

 

「ナンテ……コト……馬鹿ナ……」

 

続く雷撃が、その哀れな姿を跡形もなく吹き飛ばす。三度に渡って巻き起こる炎の嵐、それは、刀のたった一振りで掻き消えた。

 

風に揺れる白い髪、黒いマフラー。

 

漆黒に白がアレンジされた服に手袋、見慣れた三日月型のバッジは腰に付いている。

 

鉢金を巻いた、確固たる意志をその緋色の瞳に宿した艦娘。

 

「あ、ああ――!!」

 

三日月の目から、止め処なく涙が零れ落ちる。それを見ないように顔を上げれば、頬を伝う熱いものを感じる。私も、卯月も如月も神通も同じ。

 

「――睦月型駆逐艦九番艦。私が菊月だ……待たせたな」

 

全身から輝く気焔(キラキラ)を吹き上げ、暁の水平線から昇る朝日を一身に背負い、そいつは不敵に笑ったのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

今までになく、調子が良い。

『俺』も『菊月』も怒りに震えている。みんなを傷つけた、許さない。

『俺』も『菊月』も歓喜に打ち震えている。大丈夫、間に合った。

その二つが混ざり合い、大きな一つの感情となって俺達の心を占めている。即ち、『守ってみせる』という誓い。

疲労など感じない。精神が肉体を凌駕する感覚。あらゆる敵を打ち倒し、全てを守ってみせるという全能感。

 

どんな障害であろうとも、『菊月(俺/私)』を止められない。

 

「……さあ、行くぞ……!」

 

心の赴くままに駆け出せば、いつもとは比べ物にならない速度で海を疾駆する。放たれる砲弾が止まって見える、近いものから全て斬り落とし弾幕を抜ける。目指すは一つ、大将首だ。

 

「ナ……貴様ハ……!」

 

「……ふっ……!」

 

戦艦棲姫の足元へ潜り込み、斬り上げる。後ろの異形がそれを阻むが、そんなもので菊月()を止められるものかと『菊月』が咆哮する。一閃、二閃。戦艦棲姫の艤装、その腕に傷を刻む。

 

「……はぁっ!!」

 

海面を蹴り、戦艦棲姫を飛び越える。同時に一閃、異形の背中に傷を刻む。ただ振るっただけにも関わらず、みしり、と『護月』が軋んだ。

 

「……オォォォオォオオォオッ!!」

 

「……くう……っ!!」

 

周囲に飛び交う敵味方の砲弾は、ひゅん、ひゅんと音を立てて周りの敵を沈めてゆく。その中心で荒れ狂う暴威、戦艦棲姫の艤装がこれでもかと拳を叩き込んでくる。回避し、逸らし、返す刀で斬りつける。十数合斬り合った時に、遂に『護月』は甲高い音を立てて真っ二つに圧し折れた。感傷に浸る間は無いが、小さく感謝の念を送る。

 

「……コレデ……!」

 

「……馬鹿め……っ!」

 

折れて空を舞う切っ先を見て笑みを漏らす戦艦棲姫。その思考を笑い飛ばしながら、菊月()はそれを掴み取り短刀のように奴の腹へと突き入れた。

……『護月』の鋭い刃は、本来であれば掴んだ菊月()の指すら斬り落とす筈だ。それが、手袋をしているとは言え軽い傷で済むのはこの刀に込められた想い――『月を護る』というものだからだろう。『護月』にとっては『菊月』すら護るべきもの。改めてそれを実感させられた。

 

「……グ、コノ程度……!」

 

「そうだな、その程度では殺しきれないだろうさ。……ぐっ!?」

 

折れた『護月』を盾に、轟音を立てて命中する艤装の腕を防ぐ。ダメージは抑えたものの菊月()の身体は木っ端のように吹き飛ばされ、奴の顔が喜色に染まる。

 

「そう、戦っていたのが――私だけならな。……さあ、撃てっ!!」

 

猛る心のままに叫び、身を翻しどうにか着地する。ダメージの残る菊月()を愉しげに、憎々しげに睨んでいた視線が、その顔が一瞬にして凍りついている。

 

――菊月()の身体のあった場所、その向こうに控えているのは戦艦『武蔵』。正しく決戦兵器である彼女の背後には頼もしき、懐かしき仲間たち――

 

「コノ、艦娘ガ……!グゥウゥゥゥオォォォォオッ!!」

 

「全艦隊、我に続けっ!――()ぇぇぇぇぇぇえいっ!!」

 

無慈悲な砲撃が、戦艦棲姫の全身を残さず焼き尽くす。菊月()も至近距離から夕立の砲で参加する。爆風、轟音。今際の言葉すら無く、その残骸は暁光に明るく染まる海の底へと帰っていった。

 

「……っ、む」

 

いつの間にか、残った深海棲艦は撤退したようだ。しん、と静まり返った朝焼けの海、浮かぶのは俺達だけ。顔が熱くなり、少し気まずい。誰一人として動こうとはしない今、身動ぎすら気が引ける。何か、雄弁にでも語りたいところだが――生憎、『菊月()』は口下手なのだ。

 

「……あ」

 

意を決して、顔を上げる。その瞬間、菊月()の胸に誰かが飛び込んで来た。黒い髪、桃色の髪。見慣れたその姿がどうにも懐かしい。

 

「……ぐす、ぅ、ひっく……お、ぉねえちゃん……!」

 

「……う、ぅぅうっ。きくづきだ、本物の菊月だ……!」

 

三日月、卯月が泣いている。はっとして見回せば、如月、長月も。その周りではミッドウェーからの路を共にした姉妹達も涙を流している。『菊月』の身体から込み上げる熱いものをぐっと我慢し、口を開こうとしたところで、菊月()の身体が優しく抱き締められた。

 

「おかえりなさい、菊月」

 

「……じん、つう。……ぐ、っ。……ぅぅうぅぅ……っ!」

 

限界だった。心の奥底から、涙がとめどなく溢れて止まらない。滲む視界で見る限りでは、艦隊の皆が同じように涙を流してくれていた。

 

「ただいま……!ただいま、みんな……!」

 

感情に抑えが利かない。『菊月(俺達)』すら気が付かない心の奥底に沈めていた寂しさが爆発したようだ。朝日が完全に姿を表すまでのごく短い間だが、永遠のようなその時間を俺達はずっと涙を流し続けたのだった。

 

 

――作戦報告。

AL・MI作戦を中核とする一連の作戦は成功。

大破艦多く資材少なし。

轟沈艦、無し。

特記事項。

懐かしき仲間達の、帰還を歓迎する。




菊月は可愛いなぁ。

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