ライブバトル。アイドル艦娘同士が、お互いの持てる技術の粋を駆使してアイドルとしての全てをぶつける真剣勝負にして最大の娯楽。嘗て深海棲艦を倒した砲をマイクに持ち替え、艦娘の輝く一つの場所。
そして今日。
「――みんな、ありがとーーっ!!」
相手方の、幾度目かのアピールが終了する。助っ人として神通、川内を加え姉妹ユニットで披露された歌『華○二水戦』は想像以上の熱狂へと観客を巻き込んだ。
「さあ、盛り上がってまいりました全日本艦娘ライブバトル選手権!司会と解説は引き続き私、青葉と熊野さんがお送りさせて頂いておりますが――見てくださいこの熱気!艦娘アイドルの元祖、あの那珂ちゃんの実力は衰えておりません!!解説の熊野さん、これをどう見ます?」
「そうですわね、那珂ちゃんの真髄は何と言ってもその純粋なまでのアイドル像。艦娘アイドル黎明期、いえそれ以前からアイドルとして在り続けただけの流石の実力ですわ。加えて、姉妹ユニットともなれば興奮は必至。決勝戦に相応しいアピールだと言えますわね」
全日本艦娘アイドルライブバトル選手権、決勝。やはりと言うべきか、その相手は長年コンビを組み続け、そして袂を分かった那珂ちゃんであった。幾度かのアピール合戦を繰り返し、ここまでは一進一退の攻防を繰り広げていたのだが此処に来て流れを持って行かれたかも知れない。
「いやー、那珂ちゃんも今日はいつも以上に気合が入っているように見えますね。熊野さん、これはどういうことでしょう?」
「はい、それは勿論のことですわ。皆さんに改めて解説する必要も無いでしょうが、那珂ちゃんの対戦相手はかの菊月。彼女は、那珂ちゃんのタッグとしてデビューした艦娘アイドル。艦娘アイドルの中でも最古参と言える存在。加えて那珂ちゃんとは、幾度も共に困難を乗り越えた仲間であり、敵対した今となっては最強の敵とも言える存在。それを前にしては、那珂ちゃんも気を引きしめざるを得ないのですわ」
「はーい、詳しい解説恐縮です!ではでは、引き続きのアピールはその菊月!どんなパフォーマンスが飛び出すのか、期待させて頂きましょう!」
MCの言葉に会場が沸き、
「……待たせたな、私が菊月だっ!!」
その途端更に大きくなる歓声。それを一身に浴びながら目を輝かせ、唇を舐めて言葉を続ける。
「那珂がどれだけのパフォーマンスをしたかなど、私には関係が無い。……私は、私の持てるすべてを歌い切るだけだ。いつまでもさっきのままの頭なら、置いて行くからな……!」
トークに合わせてポーズを決めればボルテージが上がり、振られる白いサイリウムの数が増える。情熱でなく情動、冷たく凍るような熱狂、クールにしてロック。『菊月』の想いを綴じ込んだ歌。今からぶつけるのはそんな歌だ。
「さあ――響け、『Mare Tranquillitatis』!!」
流れるメロディアスな曲に、観客は沸き立ち酔いしれる。旋律に合わせるだけで自然と歌詞が口から生まれ、感情が感情を呼び覚ます。この曲は
『Mare Tranquillitatis!たった一人眺め朽ちゆく!』
『共に駆けることに憧れ!そして辿り着いた!』
『朽ちゆく身体でさえも!この魂の欲望を止める事など出来はしない!』
『Mare Tranquillitatis!私は越えて行く!』
『哀しみも恐怖も!目を覚ました今でも残っている!』
『魂を焼く炎こそが!全てを希望へと変えてゆく!』
「はー!いやー、凄かったですねぇ熊野さん!」
「そうですわね、菊月にとっても那珂ちゃんは最強の敵ですわ。ですから、自身の曲の中でも思い入れのある『Mare Tranquillitatis』を此処に持ってきたのでしょう。歌い上げられるメロディも、変わらず胸を打つものでしたわ」
ステージ端、那珂ちゃん達の控えている側とは別の場所へと引っ込む。……出来る限りは歌った。だが、この空気を変え切ることは出来なかった。じりじりと押し込まれるだろう、それを示すかのように――
「おぉーっとぉ!?那珂ちゃん、此処で『改二宣言』を投入だぁーっ!」
「まさに意地と魂のぶつかり合い!乙女の魂の勝負!燃えます、燃えますわっ!!」
どっと盛り上がる観客の声が、此処まで聞こえてきた。
―――――――――――――――――――――――
「さあ、残すところあと一曲。此処まで互いに劣らぬバトルを繰り広げてくれましたが、若干菊月が不利でしょうか!」
「菊月の歌はその性質上、熱狂させるのでは無く引き込む力の強いものですわ。このライブバトルにおいて不利という訳ではありませんが、それでも直接観客を動かせる那珂ちゃん有利というのは変わりませんわね。さあ、それでも!最後に何を魅せてくださるのかしら!」
敗色が濃厚だろうと、そんなことを気にしてはいられない。持てる力の全てでぶつかって、そして砕けるだけだ。最後の曲を宣言しようとし、一本立てた指を空に掲げようとした――その瞬間。
「「「ちょーっと待ったぁーーっ!」」」
空中から、見覚えのある声と共に幾つもの影が飛び降りて来た。
「……なっ」
「なんと、なんとなんとぉ!此処で乱入者だーっ!現れたのは菊月の姉妹、睦月型の駆逐艦達!これはまさかぁーっ!?」
「ええ、しかもこの登場!先ほどの川内・神通の登場を返した形ですわ!此処から彼女は何をしてくれますのーっ!?」
騒めく会場には目もくれず、睦月が
「――聞いたよ、菊月ちゃん。那珂さんと別れたわけも、お互いにすれ違っちゃってることも」
「……だから、どうしたというのだ。私は独りで歌ってゆくと決めた……!」
「菊月ちゃんも那珂ちゃんも、独りで歌っていけるのは知ってるにゃしぃ。でもね、二人で歌う方がずっとずっと良いって、知ってるでしょう!那珂ちゃんも、菊月ちゃんも!!」
「……っ!なら、どうしろと言うのだ……!一度生まれた亀裂は、二度と埋まらない!私と那珂の道は、二度と交わらない……!だから私は、独りで征くと決めたのだっ!」
思わず口を噤み、一気にまくし立てる。
「二度と交わらない?その考えが、既に逃げ腰にゃしぃ!私と如月ちゃんが喧嘩した時も、文月ちゃんが暴走した時も、鎮守府同士が衝突しそうになった時も!菊月ちゃんと那珂ちゃんの二人は、歌でみんなを繋いでくれた!」
「だから、何だと……!」
「だから!今度は私達が、菊月ちゃんと那珂ちゃんを繋ぐにゃしぃ!意地はってる二人なんか、私達が倒しちゃうから!――ミュージック、スタートぉっ!!」
先程
二、四、十一の小気味好いリズム、キャッチーで耳に残る歌詞。華やかなダンスを、一列に並んだ姉妹達が一糸乱れず踊っている。
「ふふっ、私達ができることなんて」
「そう、これぐらい。菊月にも那珂ちゃんにも怒って――怒ってるけど」
「そんなことは水に流して、みんなで踊るぴょん!」
如月、弥生、卯月の言葉に観客全員がムーブを始める。その歓声、観客一人一人の笑顔が輝いて見える。
「ボクの――ボク達のダンスで、キミたちを繋いで見せる!」
「やっちゃうよ〜っ、みんなで〜っ!!」
「それが、我々に出来る唯一のこと!」
「歌いましょう、この日を祝って高らかに!」
「あたしだって、本気出ぁーっす!」
彼女達を見ていると、自然と古い記憶が思い出される。こんな大観衆の前でもない、小さなステージで踊った初めてのライブ。その直前、二人で何度も繰り返したリハーサル。緊張と、それ以上の楽しさを見出したあの日――
知らず、
「……なあ、那珂
「ん。なーに、菊月ちゃん」
「……すまない」
「んーん、私こそごめんね」
「なあ……もう一度、私と歌ってくれるか……?」
「――!えへへ、もっちろん!那珂ちゃん、張り切っちゃうよ!」
那珂ちゃんの手を取り、ステージの中心……ちょうど、二人分のスペースの空いたそこへと立つ。歌もダンスも終わった姉妹達は、固唾を飲んで此方を見つめている。二人して苦笑すれば、マイクを構える。
「さあ、みんな!準備は良いっ!?」
「……私達は、止まらないぞ……!」
直後、今日一番の歓声が会場を大きく揺らす。心へ巣食っていた小さな不安は吹き飛び、那珂ちゃんとならどんな歌でも歌える気がしてくる。
「一夜限り?いやいや、そうじゃないよみんな!」
「『Naka&Kikuduki』、今宵を以って完全復活……!」
「「復活第一曲目は勿論あの曲っ!『恋の――』」」
歓声は割れんばかりに響き、みんなの笑顔が眩く光っている。この瞬間を、
「「『――2-4-11』っ!!さあ、全艦抜錨だっ!!」」
菊月(偽)がもしアイドルルートを選べばどうなるか、というイフ話の最終話です。書いちゃった☆
ほんとは『もしも菊月(偽)が一瞬だけアニメ艦これの世界にinしていたら〜如月、お前は私が守る〜』とかも書こうと思ってたんですが時間足りませんでした。