でもッ!!
私は!菊月に、もっと艱難辛苦を与えたいのです!!!!
試練を!苦行を!その先にある勝利を!!
「……よし、マイクオッケー、照明オッケー。機材調整は……うむ、音レベルも問題無い……」
遊園地二日目、時刻は午後五時前。今日も一日中姉妹達と遊びまわった
「……しかし、那珂ちゃんも無茶を言う。昨晩急に訪ねてきて、連れ出した挙句『ゲリラライブをする!』だからな……。私は帰還してから、勘を取り戻す程度にしか
正直に言って不安が残る。観客や衣装にではない、
『菊月』的には、アイドルとして歌って踊ることはやはり『恥ずかしいことである』という感情が抜けない。だが、それでもやるからには万全で無ければならないというのも『菊月』の感情だ。それ故に、自分の練度について自身がないこの状況では不安が拭えない。
「……しかし、考えていても仕方がないか……」
ぺちん、と小さな両手で柔らかい頬を軽く叩き、作業を再開する。パフォーマンスが不安ならば、せめてそれ以外は完璧にしておかなければならない。目の前の幾つかのことに没頭して暫く経ったころ、不意に肩を後ろから叩かれる。振り向こうとした頬には冷たい缶ジュースが当てられ、それを受け取りつつ
「やっほー、菊月ちゃんお疲れ様っ!」
「那珂ちゃんか。会場のスタッフとの、最後の打ち合わせはもう良いのか……?」
「うん、バッチリ!予定通り、那珂ちゃん達は丁度五時にステージに上がりまっす!!」
「……っ、そうか……」
思わず那珂ちゃんから目を逸らす。自信に満ち溢れている彼女は、俺なんかとは比べ物にならない程の努力をしているのは知っている。だからこそ『俺』も『菊月』も考えてしまうのだ、『
「――菊月ちゃん?」
「いや、済まない……。そろそろ、最後のチェックか?」
不安な内心を押し殺し、顔を取り繕って那珂ちゃんの横を通り過ぎる――そうしようとした瞬間、那珂ちゃんに腕を掴まれた。
「……どうした?」
「もー、菊月ちゃん!不安なら不安ってちゃんと言ってよっ!もう時間は無いけど、打ち合わせよりもそっちが先決っ!」
「……何を言っている、別に不安では無いさ……」
「へー、そんなこと言うんだ。でも、ネタは上がってるんだよっ!ほら、そんな仏頂面でステージになんか立てないよ。というか菊月ちゃん、自分で思ってる以上に感情が表情に出るの、気付いてないでしょ」
む、と一つ唸り眉間に手を当てる。そこに刻まれていた皺は深く、知らず知らずのうちに顰めっ面になっていたことが分かった。同時に、那珂ちゃんが
「いやー、那珂ちゃんだって、川内ちゃんとか神通ちゃんと比べたら頼りないのはわかるよ?でも、アイドルとしてなら誰にだって負けてないんだから!ほら、どーんと相談して!那珂ちゃんがズバッと解決しちゃうから!」
「……む」
その言葉に、『菊月』の中に溜め込んだものを吐き出す。それらに比べれば大人しいものだとはいえ、プレッシャーもあったのだろう。不安を全て言いつくせば、那珂ちゃんはうんうんと頷いてから難しい顔で口を開く。
「――ありがと菊月ちゃん、そんなにアイドルを真剣に考えてくれて。そんな菊月ちゃんだから、私は一緒に歌って、輝いていきたいって思ったんだ。不安なのは那珂ちゃんも同じ、イケてるかどうかなんて自分じゃ分からないし。って、これじゃ那珂ちゃんの愚痴じゃん!ええと、那珂ちゃんだってプレッシャーが、ってこれも愚痴!ああ、そうじゃなくて――」
そこまで言った那珂ちゃんは、いきなり自分の頭をわしわしと掻いて顔を上げる。その顔は、花が咲くような大きな笑顔だった。
「あー!うん、やっぱお姉ちゃん達に比べちゃ駄目だね、那珂ちゃん!ゴメンね、難しいことは言えないよ。でもね、菊月ちゃんは不安かも知れないけど、那珂ちゃんだって隣に立ってもらう人は選んでるし。菊月ちゃんは、那珂ちゃん自ら選んだパートナー。だから、ほら!」
「まずは、笑顔で歌っちゃおうよ!歌って踊って、二人で輝く!それから考えよう!」
「……いや、考えてから歌うべきだろう?」
「がーんっ!!」
軽口を一つ叩き、那珂ちゃんの手を取る。心配することはある、だがそれも先ずは置いておく。『菊月』の悩みも『俺』の悩みも那珂ちゃんが吹き飛ばしてくれた――笑顔で歌う。そこから上達していけば良い。
「……では、那珂ちゃん。共に行こう――」
手を握ったまま、逆に那珂ちゃんを引っ張るように駆け出し、舞台へと向かう。遊園地での最後のアトラクション、見に来てくれているだろうみんなの為にも、最高の笑顔でいなければ。
「……いや、共に輝こう……!」
「もっちろん!行くぞーっ、おーっ☆」
二人で飛び出す。沈む夕日、此方へ向く幾多の視線。それらを見渡し――
「「Naka&Kikudukiっ!ただいま抜錨っ!!」」
というわけで、次回からちょっと戦闘編いきます。