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ワックスの掛けられた床が、ゴムの靴底と擦れて音を立てる。キュッ、キュッというその音を頼りに拍子を取り、最早身体に染み付いた一連の動きを表出させる。右へ、左へ、腕を振り足を回し、全身の動きでステージを彩る。飛び散る汗すら輝かせ、だんっと床を踏みしめて動きの終末を極める。
「……どうだっ!!」
「すっごい、すごいよ菊月ちゃん!他の曲のダンスも上手くなって来たけど、やっぱりこれだけは格別ぅ!さっすが、一番最初に踊ったダンスだけはあるってことかな?」
「ふん、その上製作にも関わったのだ。これで踊れぬのならば、私の怠慢だろう……。しかし、問題点があるとすれば、今日は私ではなく那珂ちゃんなのではないか?動きに、余りに精彩を欠いているぞ……」
俺の指摘に、『うっ』と分かりやすく狼狽する那珂ちゃん。手足を必死に動かしては何事もないことをアピールしているが、全くの逆効果であるということには気づいていないようだ。そのままじりじりと壁際に追い詰め、逃げ場を無くして問い詰める。幾度目かの質問ののち、彼女は漸く口を開いた。
「うあー、その、ね?私達って、今すっごい練習してるじゃない。でもそれが無駄になりそうって言うか、なんて言うか。まあ、端的に言えばね、『慰労式』が無くなるかも、ってことなんだけど」
慰労式。その名の通り、日々戦いに従事する艦娘達を慰労し、変わりばえのない鎮守府の生活の中に一つの節目を設ける式典だ。近しいもので言えば学校の終了式などが挙げられるだろうか、夏と冬に行われる点、慰労式から少しの間は戦闘業務以外の仕事が少なくなるという点も類似している。
「……で?式典を中止すると言うからには、それなりの理由がある筈だろう。それは一体……?」
「なんかね、『敵中規模部隊の攻勢の可能性』があるんだって。
確かに、敵襲の可能性であれば俺達にとっては何よりも優先すべき事項だ。それこそが艦娘という生き物の存在理由なのだから。しかし、そうは言っても不満は残るもの。艦娘という存在はその性能を感情で左右させる。目の前の彼女は現に、踊り慣れたダンスでさえ手につかないほどに落胆していたのだろう。
「……ならば、大きな舞台は……」
「そ、夏祭りまでお預け。一応式典自体はしない訳にはいかないみたいなんだけど、鎮守府を挙げて丸一日お祭りをするのじゃなくなるみたい。講堂で提督の話を聞いて、それで慰労式は終わりだってさ。うあー、那珂ちゃん本当に滅入って来ちゃったよ」
へにょん、と擬音が聞こえてきそうなほどに項垂れる那珂ちゃん。これだけ練習して来たあげくその目標が潰されたと言うのならば、この落胆も詮無きことだろう。
だから、『菊月』と『俺』は一肌脱ぐことにした。
「……要するに、踊れれば良いのだろう?」
「いやまあ、ぶっちゃけちゃえばそうなんだけどぉ。それが出来なくなるから困ってる訳で――」
「なら、踊れば良い。ほら、行くぞ……」
「――へ?」
「……だから、行くぞ。この部屋になら、音響もステージもあるだろう。今から鎮守府内を練り歩いて、観客を呼び込めば良い。……何なら、食堂でゲリラライブでも開くか……?」
内心のドキドキを押し隠し、何でもない風に告げる。顔面は平静を装いつつも唇が自然と引き結ばれ、軽く握った両手はじっとりと汗が滲む。それでも『菊月』は、那珂ちゃんには輝いて欲しいのだ。
「いやいやいや、流石にそれはっ!那珂ちゃんだけなら別に良いんだけど、一緒にやったら菊月ちゃんまで怒られちゃうって!」
「そうだな。……で?怒られるのがどうした。わっ、私と那珂ちゃんは既に仲間、苦楽を共にしてこそだろう?」
少し吃りながら、舌足らずの口で言う。自分からこんな事を言い出した事など無く。既に頭も真っ白になりつつある。支離滅裂な言葉になっているだろう
「菊月ちゃん――っ、うんっ!あったり前、菊月ちゃんと那珂ちゃんは一心同体!なら、私ももう迷わないよっ!さあ菊月ちゃん、ステージ衣装に着替えて告知に行くよっ!!」
「ふ、勿論だ……?何、ステージ衣装で告知に?いや、待て待て那珂ちゃん。私はだな、その、あの衣装でみんなの前を回るのはだな……!」
「問答無用っ!さあ菊月ちゃん、時間も無いしちゃっちゃと着替えるよっ☆」
「だから、この……!くっ、墓穴を掘ったか!……何なのさ、一体っ!!」
既に
その顛末、そして今回のゲリラライブの詳細は別の機会に語るとして――ただ一つ。今回のライブも大成功、そしてそれはやはり那珂ちゃんの笑顔がもたらしたものなのであった。
アイドル編むずい。