孤高の黒の剣士   作:アズマオウ

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アズマオウです。

まずはこのお話を見ていただく上で重要なことがあります。ネタバレ覚悟で申し上げますと、エロ同人的な内容がこの話ではあります。無論性器描写とかはありませんが、残酷で且つ卑猥な内容もあります。タグで言うR-15以上R-18未満は、こういうことです。警告しておきます。

 この内容について、根本的な(例えば、こんな話は間違っているから改稿しろなどというような批判)批判内容は受け付けてはおりません。一応、R-18未満レベルには仕立て上げたつもりですが、やはりおかしいと思われるかたは感想欄にて、こういったところをこう直せばあまり卑猥には感じないとご意見ください。

 ただ、勘違いしてほしくないのは、こういう卑猥な話がメインではありません。イフストーリー可能性のひとつでしかないので、重要視はしません。あくまで要素のひとつだと思ってください。



 前置きが長くなってしまいました。今回は相当な長文です。では、どうぞ。


第3話:孤独の悲劇

「第1層を救ってほしいの」

 

 リズベットは俺の目を見て頼み込んだ。フードの中から覗き込まれる目には、真剣さに満ちていた。だが、俺はその言葉の意味が分からなかった。冷えきった空気の中に緊張感が流れていく。

 

「何をいっているんだ? 第1層を救う? どういう意味なんだ?」

 

 リズベットは、質問には答えなかった。

 

「……ここじゃ話せないわ。とりあえずどっかの街にいきましょ。そうだ、アンタとアスナが住んでいた家はどう?」

 

「…………」

 

 俺は躊躇った。あそこは、アスナが死んでから放置している。そこには楽しかった思い出がたくさん眠っている。アスナとの輝かしい日々がそこにある。今の俺がそこにいると、その家の大切なものが消え去ってしまいそうな気がした。俺が、壊れてしまう気がした。

 だが、あそこはダメだと俺が口を開きかけたときには、リズベットは転移結晶を掲げていた。ボスが散ると、例えクリスタル無効化エリアでも転移結晶が使えるようになる。

 

「転移、コラル!」

 

「あっ、おい!」

 

 俺は手を伸ばしてリズを掴もうとしたが、その時にはもうリズベットは青の光に包まれて消え去ってしまった。反応が遅れなければ十分に転移を妨害できた。

 

 

「ーー相変わらず、だな」

 

 俺はリズベットが転移で消えてから、小さく苦笑する。

 彼女は変わってなかった。その元気イッパイな様、行動力の早さは、アインクラッド1だと思う。俺とアスナの結婚を促してくれたものリズベットだ。

 別にこのまま無視して、第100層に行ってしまっても構わないが、待っている人間をそのままにしておくのは気が引ける。俺ははぁと溜め息を吐いて、転移結婚を掲げて転移した。

 

 

 第22層の主街区《コラル》の転移門の前に降り立つと、目の前に大きな湖が広がった。水面に反射する太陽光が燐めき、景観の美しさを際立たせている。物音はまるで聞こえないので暮らすのに最適な場所だ。釣りのスポットとしてはそこまでではないが。

 俺は、湖畔に生えている雑草を踏み締めながら湖へと近づく。今、この湖には誰もいない。今は自宅にいるのだろうか。

 自宅と言えば。俺はちらっと湖の周りをみる。小さな一軒家がちらほらと見え、その中にーー俺とアスナ、そして一時期だけ俺たちの子供だったユイの家があった。

 俺はその家の方へと足を向けた。帰ってきたという感慨は沸いてこない。むしろ、何で来てしまったのだろうかという後悔の念が強くなる。でも、行かねばならない。俺は渋々と重い足を引きずった。

 家のドアが見える。そこには、リズベットが仁王立ちして待っていた。俺はウィンドウを開いて家の鍵を探す。まだあったはずだ。棄ててしまおうかと思ったことがあるが、デリートボタンをどうしても押せなかった記憶がある。僅かながらもアスナの死を否定し続けているからだろうか。だとしたら、俺は相当な馬鹿野郎だ。現実を受け入れられない、愚かな男だ。

 鍵をオブジェクト化させ、ドアの鍵穴に差し込む。がチャリと乾いた解錠音が聞こえ、ドアがゆっくりと開いた。リズベットはお邪魔しますと小さく言って中にはいる。俺は、何も言わなかった。

 俺たちのマイホームはログハウスで、全てが木で出来ている。透き通るほどに綺麗なテーブル、ふかふかのソファー、大きなキッチン、ダブルベッドの寝室。全てに懐かしさを覚えた。ここで俺は愛する妻と、かけがえのない思い出を築いたのだ。一緒にご飯を食べ、一緒に外に出て遊び、一緒にまどろみを共有し、一緒に眠り、一緒に生きることを誓いあった。アスナに会いたい、抱き締めたい、キスしたい。抑えきれないほどの思慕の念が、爆発寸前にまで俺の中で巻き起こる。だが、今はおさえなくてはならない。アスナのことを忘れるんだ。

 俺はキッチンの方に向かい、食材庫を開く。料理スキルはないが、インスタントのお茶くらいは注げる。コップを二つ取りだし、冷たい紫色のお茶を入れて、テーブルへと置いた。ソファーに勝手に座っているリズベットはそれをとってどうもと短く礼を言った。

 

「しかしリズはよくボス部屋にこれたな。レベルは大丈夫だったのか?」

 

 そういえば、リズはボス部屋にて俺に声をかけた。だが、転移結晶とかではフィールドのある地点には行けない。

 リズベットはクスッと笑いながら答えた。

 

「単純よ。《追跡結晶》を使っただけ」

 

 追跡結晶とは、第75層クリア直後にリリースされたアイテムである。フレンド登録してあるプレイヤーの元へと一瞬で行くことが出来てしかも場所制限がない(勿論、結晶無効化エリアには行けないが)。それを使って俺の元まで飛んできたのだろう。かなり高価なアイテムで、恐らくリズベットは一個しか持っていない。わざわざそんな貴重なアイテムを使ってまで俺の元まで来た理由はなんだろうか。

 俺はそうかと、短く反応して、本題に入った。

 

「それで……話ってなんだ? 第1層を救うってどういうことだ?」

 

 俺は武装を解除してソファーに座る。リズベットはコップに口をつけてお茶を喉に流し込んだ後、答えた。

 

「それを話すにはまず……アンタたちの話からしなきゃいけないわね」

 

「何?」

 

「アンタたち攻略組は、第96層でラフィン・コフィンの残党共に襲われたでしょ?」

 

「ああ」

 

 顔を俯かせて俺は答える。今でも煮え切らない思いで、殺しても殺しきれない気分だ。だが、今はリズベットの話を聞くべきだ。自制心をどうにか保ちつつ、リズベットに話の続きを促した。

 

「まあその残党共は全員アンタに殺されたんだけどさ。ここからなのよ」

 

「勿体ぶらずに話してくれ」

 

 俺は冷酷な声でリズベットに言う。でも、さすがはアスナの友人と言うべきか、たじろぎもせずに毅然とした口調で返す。

 

「ちゃんとした説明が必要なの。最後まで聞いて」

 

 口を挟んだ俺の方が分が悪い。俺は素直に了承した。

 

「…………分かった」

 

 俺の言葉に、リズベットは許しの首肯を返す。

 

「でね、私達下層プレイヤーにそういった襲撃事件の知らせが届いたの。ラフコフも攻略組も全滅したっていう、絶望の知らせが」

 

「全滅?」

 

「ああ、もちろんアンタが生き残っているという情報はあるわ。でも……普通はこう思うじゃない、もうSAOはクリアできないって」

 

 否定できない。俺だって《孤高》のスキルがなければボスをソロで倒すなど出来やしない。誰しもがもう無理だと判断するだろう。

 

「誰もが絶望したわ。アタシも絶望しかけたもの。でもね、人間色々あるもので、そういった状況を楽しもうと考えるバカがいるの」

 

 そんな奴等の存在など今更言われてもと思う。クラディール、キバオウ、そしてヒースクリフは、まさにそういった人物だ。デスゲームに囚われた人間は普通の人格を保てなくなる。

 

「そのバカって誰だ?」

 

「ラフコフの非戦闘員とか、元軍の残党とか、かしらね」

 

「…………」

 

 納得はいった。ゲスへと堕ちていった奴等は馬鹿げた行為をためらいなく行える。そんなものは朝飯前だ。

 どうせ、殺人や強盗が横行しているんだろう。ああ、もう先が見えてしまった。殺人が謳歌しているから助けて、とでもいうんだろう? だったら上層に逃げればいい話だ。馬鹿馬鹿しい。俺は聞くのも怠くなってきた。

 

「それで……奴等はーー」

 

「どうせ、殺人や強盗が横行しているんだろう?」

 

 頭の中で思い付いたフレーズと全く同じ言葉をぶっきらぼうにぶつけた。リズベットはこちらの顔を見つめて、様々な表情がミックスしたような顔をしている。図星かどうかは分からないが、あながち俺の予想は間違っていないようだ。俺は呆れた声で、断ろうと口に出した。

 

「そういうことなら俺はパスだ。そんなんだったら逃げればーー」

 

「もちろんそれもある。でも……」

 

 前半部分を強調して俺の言葉を掻き消したリズベットは、途中口ごもった。俺はだんだんイライラしてくる。だが、必死に理性が暴走を抑えていたのもあって、黙って話を聞くことに成功した。

 だが、突然リズベットは目の色を変えた。それも二人を包む空気の色を一瞬にして変えてしまうようなほどに。勿論、緊迫する方向へとだ。一瞬だけ、イライラが飛んでしまうほどに、リズベットを包む威圧感や真剣さが増していた。

 

「キリト……これからいうことは、いや、見てもらうことはね……あまりに残酷で想像を絶するわ。現実なのかって疑いたくなるくらいね」

 

 そんなわけあるか。そう、さっきまでの俺はなら一蹴していた。でも、あまりに彼女が真剣であるので、言えなかった。茶化すつもりなど無くなっていた。

 だが、想像を絶するというのはどう言ったことなのだろうか? 人の命を奪う以上に残酷なものはないはずなのだが。昔からある、知的好奇心なるものが声高に叫んでいる。確かめたいと。例えどんな残酷なものが待ち受けていようと、知りたいと。

 

「別に構わないさ。俺にとっては、アスナを失うこと以上に残酷なものはないから」

 

「……アスナも、愛されてるね」

 

 くすっとリズベットが笑う。別に笑わせるために言ったわけではないのだが、突っ込む気にもなれなかった。

 リズベットは真剣な表情に戻して俺に言った。

 

「じゃあ、行きましょうか。《始まりの街》に」

 

 コクッと俺が頷くとリズベットはドアを開けて外に出た。俺もそれに続き、ドアの鍵を閉める。転移門まで向か道のりには人が相変わらずいない。リズベットのいう、残酷な状況の影響ゆえなのか?

 転移門に立ち、俺たちは並んで立った。リズベットは苦行に耐えるような表情を、俺は疑惑の表情を浮かべて、コマンドを叫んだ。

 

「転移! 《始まりの街》!!」

 

 発生コマンドを受け取った転移門は、俺たち二人を青い光で包み込み、遥か下の層へと(いざな)った。

 

 視界が回復し、風景が見えてくる。目の前に、死亡者と生還者を示す《生命の碑》が見え、中世ヨーロッパの町並みを思わせる造りは全く変わっていなかった。

 リズベットはこっちに来てと俺を促し、先へと進む。俺はその後を追う。

 狭い路地裏を進んでいくと、何やら人の声が聞こえた。何をいっているのかは聞き取れないが、下卑た笑い声だけははっきりと聞こえた。一体何があったんだ? 逸る気持ちでリズベットの背中を追う。

 聞こえる声はだんだんと大きくなる。ここで初めて何を言っているか分かった。

 

「はい~~じゃあ500コルで!」

 

「いや、俺は1000コル払うぜ!」

 

「これで競りは終わりだ、4000コルはどうだい!?」

 

「おおっと、4000コルに決定だ! アンタやったな!」

 

 どうやらオークションを行っているようだ。食料か? 武器か?

 だが、次の瞬間、ひどく間違っていて、予想の斜め上を突っ切るような事実を見てしまうことになった。

 狭い路地を抜けたその先にある大広間にて、大勢の男性プレイヤーが、わいわい騒いでいた。そしてその男性が向ける視線の先にはーーまだ小さく、いたいけな少女が、壁に吊るされていたのである。少女の体を守るものは薄い布地一枚だけで、顔は青ざめている。

 それだけの材料で、今この場で何が行われているか、解ってしまった。だがそれは余りに残酷で、人間世界を全否定するかのような出来事だった。

 

「なっ……!?」

 

 俺は、引き攣った声をあげてリズベットを見る。だが、リズベットの顔に動揺の色は見えない。本来ならこの場で卒倒してもおかしくない。だがこうも気丈に立っているということは、恐らくこの光景に慣れてしまっているということだ。

 

「やっぱりやられていたか……」

 

 リズベットは冷静に呟く。だが、先程俺の思ったリズベットの様子は間違っていた。彼女は歯をカチカチと鳴らしており、足を震わせている。俺はそっと彼女の肩を掴んだ。ビクッとリズベットは肩を跳ねさせるも俺は構わず質問をぶつけた。

 

「なんだこれは……? 一体これは、何なんだ?」

 

 リズベットは辛そうな表情を堪えて、声を絞り出すように答えた。声は、震えていた。

 

「オークションよ。それも……あの子を奴隷として買うためのね」

 

 ど……れい……?

 その音の繋がりが何を示すのかを理解するのに少々時間がかかった。奴隷、すなわち従属関係に置くということだ。それもただの従属関係じゃない。尊厳や権限も丸ごと削がれてしまう関係だろう。でも……何でこんなことになっているんだ? これは、現実なのか? 異国の世界なのか? 本当にこれは同じ人間同士が行っていることなのか? 

 俺は尋常じゃない怒りと、喪失感に襲われた。剣の束へと腕がゆっくりと伸びていき、わななく手でそれを掴む。だが、リズベットは俺の腕をガシッと掴んだ。

 

「離してくれ。奴等を斬らないと気がすまない」

 

「キリト。今は止めなさい。仮にあの子を助けにいってもまたあの子が狙われるだけよ。それに、驚くのはわかるけど……もっと酷い現場はあるわよ。あの子なんてまだマシな方、奴隷と言っても使用人とかそんな感じだからね。でも……あの施設を見て」

 

 納得できない心境の中、リズベットが指差す方向を見る。そこは教会だった。あそこは確か、サーシャという女性が、子供プレイヤーを集めて共同で生活している場所だ。俺とアスナとユイで訪れたことがある。その場所で何があるのだろうか。胸から込み上げて来る不安感をどうにか抑えながら、その場所を凝視する。

 

「あの施設は元々は子供を匿う施設だったけど、今はね、風俗店みたいな状態なのよ」

 

「なん……だと?」

 

 風俗店になっているだと……? そんなのあり得ない。サーシャさんがこの場所を守っていたはずだ。リズベットの言葉を頭で拒み続ける俺は教会の窓まで迫る。システム上の関係で窓から覗き見ることはできないが、《覗き見》スキルを習得していれば、その限りではない。俺はそれを発動し、窓の中を見る。

 壮絶な光景だった。この世で、現実で起こっている出来事だとは思いたくない。覗き見スキルの熟練度はマックスではないため、はっきりとは見えない。しかし、断片的に見える情報からすぐにその中で何が行われているか分かった。

 エクスタシーに達している女性の悦な表情、泣き叫んでいる少女の顔、欲望丸出しのせいで醜悪に染まりきった男の歪んだ顔。その中で衣服を着ているものは……居なかった。

 

「なんだよ……これ……」

 

 俺は枯れた声をあげる。身体中から力が抜けていき食い入るように窓に近づいていた己の体がふらっと後ろに倒れていく。危うく意識を失いかねなかった。リズベットが支えてくれなければ、俺は暗闇に放り投げられていたかもしれない。酸欠の状態で酸素を思い切り吸ったかのような、切羽詰まった呼吸を繰り返し、頭を抱える。このままではおかしくなりそうだ。

 

「分かったでしょ? 今の始まりの街の惨状が。こんなようなことがずっと続いているの。まあ他にも色々酷いのがあるけどね」

 

 俺は信じたくなかった。サーシャさんが預かっていた、まだ幼すぎる少女が、汚い男に汚されていく様がフラッシュバックする度に、吐き気がしてきた。妙にリアルだけど夢であればどんなにいいか。全てが……リアルだから気持ち悪い。

 でも、俺はある疑問も同時に抱いていた。

 

「ちょっと待ってくれ……。ああいったことをするには、《倫理コード解除》をしなきゃいけないはずだ。でも、どうしてそんなことが……?」

 

 そう、これはアスナから教わった情報だ。アスナと結婚を誓い合った夜、アスナとの営みの際になりそうな瞬間に知ったのである(実際したのだが)。だが、それはお互いの合意なしには持ち込めない。一方的に汚すことなど不可能なはずだ。倫理コード解除ボタンを押せばその限りではないが、ましてやここは圏内、麻痺とかで無理矢理ボタンを押させることなどは不可能だ。でも現実でそれは起こっている。一体何故、どうやって……?

 

「脅されているのよ。恥ずかしい写真とか、人質とかを取られているの。だからああやって体を差し出さざるを得ないのよ」

 

 言葉がでない。体を差し出さなければ、その写真をばらまいたり、人質を殺すと言われているのだろうか。くそったれだ。女性が体をおこりのように震わせながら身も心も汚されていく様など、見たくなかった。

 

「そういう、ことなのか……。でも……どうしてこんなことに……」

 

 俺は、その場にへたれ込んで石畳をボーッと見つめながら聞く。視線を上にあげたくない。上げたら、吐き気のする現実が見えてしまうから。

 

「……現実世界に戻れないならここでゆっくり楽しめばいいって思っているからだと思う」

 

「でも……だからってやりすぎだろう……!」

 

 唇を噛みしめて石畳を拳で殴りつける。今ここで聞き耳スキルを使って音を拾えばきっと喘ぎ声などが聞こえるだろう。それほどまでに、激しい現場ということだ。今すぐにでも剣で斬り込んで、欲に溺れた獣たちを殺したいと思えるほどに俺は怒りを覚えた。同じプレイヤーとして情けなかった。

 

「やり過ぎよ。しかもね、あんたを除くほぼ全員のプレイヤーがこの街にいるの。拉致とかもされてね。理由は簡単、女をオモチャにするためよ。血盟騎士団や聖竜連合、その他のギルドの連中も欲に負けてこの層に降り立ったわ。そして……淫行の限りを尽くしているわ。それに女だけじゃない。男だって気に入らなければフィールドでPKされる。今や人間全てが敵だと思ってもいいってくらいの状態よ。アンタは別だと信じたいけど」

 

 バカな……。

 俺以外のプレイヤー全員が……こんな乱れた街で乱れた行為をしているだと……?

 頭が痛くなり始め、息が荒くなる。鼓動は激しく打ち付け、荒ぶる衝動が身体中を駆け巡る。自身の知らない間に起こった出来事の悲惨さに加えて、絶望感が覆い被さる。哀れとも、馬鹿だとも思わなかった。信じられなかった。

 次々に来るショックの余波をどうにかやり過ごし、リズベットに言葉をかけた。 

 

「俺はリズの味方だ。そのつもりでいる」

 

 その言葉は正直あまり頼りないものだった。か弱く、自信の無い、何の重みも感じられない言葉だった。

 でも、リズベットは知ってか知らずか、礼を言った。

 

「ありがと……」

 

 リズベットの表情はどこか軽くなった。彼女はきっとこんな状況の中生き続けていたのだろう。そう思うと、胸が苦しくなる。俺一人、何をやってたんだろうか。

 ふと、俺はあることに思い至った。そういえば、俺の知り合った他の女性はどうなったのだろうか。シリカは? 彼女はどうなったんだ?

 

「リズ、シリカって奴、知っているか?」

 

 二人はあったことはないはずだが、もし、そのような状況ならシリカとなにか接点があるはずだ。きっと何かしらは知っているはずだ。

 だが、リズベットは俺の質問に答えるどころか、嫌悪の視線を向けてきた。

 

「キリト……会わない方がいいわ」

 

「何故だ?」

 

「彼女はもう……人として、死んでいるから」

 

 すぐには言葉の意味がわからなかった。人として死ぬ? どういうことなんだ?

 

「人として死ぬってどういうことだ?」

 

 リズベットは溜め息を吐く。話したくないのだろう。しかし知りたいと叫ぶ声が大きくなった。無理矢理でも聞きたい。

 リズベットは、どうにか声を出して答えた。罪悪感が無いというわけではない。

 

「……あの子は、もう……男共と……。詳しくはあそこでみればいいわ」

 

 リズベットは、右の方角を指す。教会の向かいにある、小さな家、そこにシリカがいるのか。

 俺は、リズベットに何も言わずにその家へと向かう。覗き見などしたくない。直接見たい。何故かこの目で見ないと、気がすまなかった気がした。

 緊張で震える手で、ガチャリとドアを開ける。瞬間、俺は体が固まった。余りに異様な光景で、声も出せなかった。

 

「ほら……どうしたんですか……まだまだいけますよね……」

「ああシリカちゃんとならなんだってできるよ」

「えへへ……カズさんのそれ、すごくいいです。あと、コウタさんのも……」

 

ーー何だ、これは……?

 俺はドアを開けたまま、その場に呆然と立ち尽くした。俺の目に映る光景は、一言でいうなら地獄絵図、当事者からみれば天国だ。家の中には5人の男と、シリカの姿があり、全員皮膚を露にしていた。男たちの体格は様々で、横長の男もいれば、細すぎる男の姿もあった。シリカと男たちは、俺に気づいていない。しかもただ裸になっている訳じゃない。男達は獣のような欲深さを何の躊躇いもなく露にして、シリカに群がって体を重ね合わせていた。しかもシリカは拒絶するのでもなく、抵抗するのでもなく、受け入れ、光悦な表情を浮かべている。

 俺は無意識に剣の柄を握り締めていた。何の躊躇いもなくそれを抜き払い、つかつかと男たちに歩み寄る。そして……シリカの頬を嘗める太り気味の男に片手剣ソードスキル《スラント》を放った。

 

「ぎゃっ!?」

 

「…………」

 

 その男の悲鳴で初めて全員が俺の存在に気づいた。斜めに斬られた男は大きく吹っ飛び、壁に衝突する。圏内なのでダメージはなく、ただ吹っ飛ぶだけである。

 斬りつけられた男は俺を鬼のような形相で睨む。だが、奴に怒る通りなどない。俺は、低く冷ややかな声でこの場にいる男、いや雄豚共に言った。

 

「何、してんだよ」

 

 場はゾッと凍り、誰も何も言わない。ただ、斬りつけられた男がブルブルと震えながらも睨み付けてくるだけだ。だが、ここで気丈にも立ち上がったのは、シリカだった。

 

「あ、キリトさん。お久し振りです」

 

「久しぶりだな……シリカ。まずは服を着てくれないか」

 

 シリカの体は一糸纏わぬ姿だった。俺は直視しないように視線をそらし、彼女が着替えるのを待った。だが、彼女が返した言葉は俺の予想とは180度異なっていた。

 

「嫌です」

 

「な、に……? 何を言っているんだ?」

 

 シリカは毅然とした表情で、俺を睨み付ける。俺は思わずたじろいだ。それを機に、他の男たちが俺へと詰め寄ってくる。

 

「私たちは楽しんでいるんです。なのにキリトさんはしゃしゃり出てきて、やめろというようなことを……。私としたいなら分かりますけど、そうじゃないなら出てってください」

 

「そうだ出てけ童貞が!」

「消えろゴミ!」

 

 他の男たちがシリカの後を追うように罵声を浴びせる。ただ、シリカの拒絶は予想外だった。彼女は明らかに男たちに遊ばれていたはずだ。だが、その解放を拒んでいるのだ。

 

「シリカ……ピナは、ピナは……どうしたんだよ?」

 

 俺は震え声で聞いた。彼女はビーストテイマーとして有名で、ピナを友達としてつれていた。だが……。今その姿は見えない。

 

「ピナですか……あの子は、どこかへと旅立っていきましたよ。ーーそんなことはいいんです。キリトさん……あなたも私と一緒に、しましょう?」

 

 シリカは瞬間的に色っぽいオーラを纏った。大抵の男ならすぐに堕ちてしまいかねないほどの破壊力だ。薄い茶色のツインテール、幼さを残したあどけない容姿、口調は以前と全く変わっていない。が、わずか14歳の少女が出せるとは思えないほどのプロポーション、控えめな胸と魅力的な腰の括れ、誰もが手を出したくなるほどの、体を持っていたことを始めて知った。

 だが、俺の中にあったのは性欲でも征服欲でもなく、嫌悪感と失望感だった。リズベットの¨あの子は人として死んでいる¨という意味が分かった。シリカはもう、生物的快楽しか目にしていない。恐らく……ここまで堕ちてしまった原因はこの街にある。シリカは拉致され、ピナは殺され、シリカの体は何度も犯された。そして調教されてこのような状態にさせられたのだ。以前ならパンツひとつで顔を赤らめていたというのに、今や裸体を晒しても、なにも恥じらう様子はない。俺が直視している形になってしまっているが、むしろ喜んでいるようにしか見えない。

 

「キリトさんだったら、出来ますよね? キリトさんは童貞じゃないんですから。アスナさんともどうせ交尾していたんでしょう? でももうアスナさんはいない。たまった欲を全部私にぶつけて下さいよ。キリトさんの私はほしいんです。あんな女のことなんか忘れて今度は私と結婚ーー」

 

 プツリ。

 その瞬間、全身が燃え上がった。瞬間的に理性が灼け、衝動が体を貫いていく。怒りを込めた俺の体術スキル《閃打》がシリカの裸の腹へと突き刺さった。シリカの裸体は大きく吹っ飛び、華奢な背中を思い切り壁へと打ち付ける。詰めた悲鳴をあげてシリカは床にうつ伏せになる。俺とシリカの会話を黙ってみていた男たちが俺に怒鳴った。

 

「おい、てめえ!! よくも俺たちのシリカちゃんを……!」

「何がしてえんだよおいゴラ!!」

 

 怒声をあげる男たちをシリカは細い腕で制し、俺を睨み付ける。痛くもないはずなのに腹を押さえてよろよろと近寄る。実に滑稽だ。

 

「いった……キリトさん、いきなりどうしたんですか?女の子を殴るなんて最低でーー」

 

「ーーーー見損なった」

 

「え?」

 

 シリカは、きょとんとして俺をみる。もはや彼女は、俺の知っている人間じゃない。俺の脳内に蓄積された言葉が理性の壁を越えて次々に口から吐き出される。

 

「君は、人を貶める人間じゃなかったはずだ。君はもっと恥じらいがあった。君はもっと可愛かった。君はもっと……強かった!!」

 

 一言発するだけで何故こんなにも体力を使うんだろうか。しかしそんな俺の些細な疑問はどうでもいいと言わんばかりに、脳内では、どす黒い炎に包まれている言葉が次々に射出されていく。アスナを貶められた人間には容赦はしないと、脳が勝手に暴れだす。

 

「なのに君は……ピナを、大事な友達を忘れ……男たちに屈して……他人を貶めて、豚のように腰を振り続けている」

 

「ちょ……豚って……」

「シリカちゃんが豚だとでも言うのかよ」

 

 男たちが俺に詰め寄る。裸の男に詰め寄られると吐き気しかしてこない。今すぐにでも浮き出た腹を殴りたいという衝動を堪え、言葉を吐いた。

 

「そうだ。あんたらのせいで……体を重ね合わせることしかできない豚に成り下がったんだよ……」

 

「酷いです、キリトさん!! どうして私のことを豚だなんて! それにこの人たちのことを悪く言わないでください!! キリトさんだって私を貶めているじゃないですか!!」

 

 シリカは悲痛な叫びをあげている。だが、俺は貶めた覚えはない。事実をいったまでだ。普段は屁理屈を嫌うのに、今は自然に言えてしまう。

 

「貶めてなんかないよ。俺は事実をいったまでだ」

 

「屁理屈を並べるんですか!? ーーはぁ、もういい加減にしてくださいよ。キリトさん、目を覚ましてください。もう、SAOはクリアされないんです。だったらずっとこうして遊んでた方がいいんじゃないんですか? 一人無謀な攻略に挑むより、私と愛ある性行為をする方が懸命です」

 

 口論を重ねていくうちに、俺は悟った。

 もうだめだ、と。

 俺は脳内での思考を停止させた。もう、何をいっても無駄だ。というかさっきまで俺は何を期待していたのだろうか。もう、諦めよう。

 俺は、後ろを向いた。そして背中越しに吐き捨てた。

 

「シリカ。もう君とは会うことはない。雌豚として、勝手に生きていろ。そして、二度と現れるな。この世界でも……現実世界でも」

 

 俺は、黙って足早にドアへと向かった。そして、ドアを開けて外に出たあと、ドアをバタンと大きく音をたてて閉めた。ふっと足の力が抜けて、その家のドアに寄りかかり、ズルズルと背を滑らせる。俺の体を包み込んだのは、虚無感と失望感だった。

 

(俺は……どうすればいいんだ……頼むよ、アスナ。助けてくれよ……)

 

 俺は、目から滲み出る涙を拭おうともせず、乾いた太陽へと手を伸ばした。もう一度あの輝くような笑顔を見たい。その欲求は強くなるばかりだった。

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

これでお気に入りが減少したり、低評価を頂くことは致し方がないと思っています。ですが、評価をつける際一言(それも意味のある内容)つけてくだされば嬉しいです。内容改善、クオリティ上昇に繋がりますので。文字数は0にしてありますが、意見をくださると嬉しいです。

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