ランスIF 二人の英雄   作:散々

10 / 200
第9話 その占い、今はまだ意味を持たず

 

-迷宮内 第二研究室前-

 

「がはははは! 新兵器を開発するとか言っていたな。見せてやる、これが俺様のハイパー兵器だぁぁぁ!」

「うわ、でか!! いーーーやーーー!」

 

 部屋の中からランスとマリアの声が聞こえてくる。今は勝者の特権、お楽しみタイムだ。その行為を直接見るような趣味はないため、ルークとシィルは部屋の外で待っていた。ルークは壁に寄りかかっており、シィルはほんの少し離れた位置で顔を俯かせながら岩に腰掛けている。

 

「はぁ……」

「どうした、シィルちゃん。やっぱり、こういうのは嫌か?」

「あ、いえ、嫌だなんて……私はランス様の奴隷ですから……」

 

 シィルがため息をついているのが目に入ったルークは、中から聞こえてくる嬌声を少しでも耳に入らなくするため、シィルに話しかけた。シィルは首を横に振ってそれを否定するが、その悲しそうな表情が全てを物語っている。

 

「シィルちゃん。リーザスの女忍者、かなみの事は覚えているかい?」

「えっ? あっ、はい……」

「それじゃあ、俺が彼女にどんな事を忠告したかも覚えているかな? もし覚えているのなら、その上での意見を聞きたいな」

「あっ……」

 

 突然かなみの名前を出されて呆気に取られていたシィルだったが、その後に続いた言葉を聞いて真意に気づく。奴隷としてではなく、シィル・プラインとしての意見をルークは聞いているのだ。

 

「……出来れば、止めて欲しいです」

「そうか……」

「でも、私が言っても……」

「まあ、言って止めるような奴じゃないだろうしな……」

「ランス様にとって……私なんて、どうでもいい存在なのかな……?」

 

 そう言って更に落ち込むシィル。自然と涙が頬を伝う。それを見たルークは心の中で大きなため息をつく。

 

「(やれやれ……一番大切な人を悲しませるもんじゃないぞ、ランス……)」

 

 ルークが壁から背を離してシィルの方へと歩みを進め、シィルの横へと腰掛ける。

 

「すまなかったな。俺が止めるべきだったのかもしれないが……」

「い、いえ、そんな事は……」

「そこは俺の変な感覚でな。一般人や無抵抗の人間を無理矢理犯そうとすれば止めに入るが、向かってきた相手への蛮行は特に何も言う気はないんだ」

「えっ!?」

 

 シィルが驚いたような表情でルークを見てくる。これは、ルークなりの話題反らしである。いきなり話を変えてもバレバレであるため、近い話題から徐々にシフトしていくというものだ。

 

「意外だったかな?」

「……はい。正直、意外です」

「やっぱりか。そこは俺の変な考え方でな。命のやりとりをしているんだから、報復に多少の事はされても文句は言えないだろうって俺は思っている」

「はぁ……」

「勿論、万人に受け入れられる感覚じゃないがな。以前一緒に仕事をした際、ラークとノアにも同じような話をしたんだが、理解出来ないってストレートに言われたよ」

「ラークさんとノアさんならそう言うでしょうね」

 

 シィルがラーク&ノアの顔を思い浮かべながらそう返す。清廉潔白を地でいくような二人組だ。間違いなくこんな感覚は受け入れられないだろう。

 

「あの二人は純粋だからな。シィルちゃんと同じだ」

「えっ!? い、いえ、私は……」

「因みにキース曰く、俺はアホの考え、ラークとノアは純粋すぎ。どっちもどっちだとさ」

「ぷっ……それもキースさんらしいですね」

 

 ルークが多少おどけた風にキースに言われた言葉を話すと、シィルが思わず吹き出す。その表情に若干の笑みが戻っている。

 

「ラークとノアといえば、以前に一緒に仕事をした際、面白い格好をした少女と会ってな……」

「えっ? どんな格好だったんですか?」

「どん子という少女で、自分の体よりも遙かに大きな猫の着ぐるみを……」

 

 ルークとシィルの会話が完全に世間話にシフトする。これより数分間、部屋には明るい声が響き渡った。先程まで悲しげな表情をしていたシィルの顔にも、若干の笑顔が戻る。

 

「とぉぉぉぉぉ!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 ルークとシィルの会話が十分に盛り上がっていた頃、部屋の中からランスとマリアの絶叫が聞こえ、次いで静寂が訪れる。どうやら情事は終わったらしい。ルークが腰を上げてシィルに向き直る。

 

「どうやら終わったみたいだな。シィルちゃん、部屋に戻ろうか」

「あ、はい。あの……気を使わせてしまってすいませんでした……」

 

 シィルもルークに続くように腰を上げるが、申し訳無さそうに一言礼を言ってくる。若干の天然は入っているが、流石にシィルも馬鹿ではない。ルークがシィルのために話をしてくれていた事には気がついていた。

 

「なに、礼なんていらないさ。シィルちゃんの元気がないと、今後の冒険に支障が出る。そういう打算的な考えからだよ」

「本当に打算的な人は、そういう事は言わないと思います」

「どうかな? 案外、損得で動いている人間だよ、俺は」

 

 ルークが静かな笑みを浮かべるが、今の言葉に嘘はない。ルークが見据えるのは、後に起こる大戦。それをまだ誰かに話すつもりはないが、ギルド仕事を受領する優先順位も、リーザス誘拐事件の際のアレキサンダーへの対応も、全てはそれに起因している。だが、シィルは先を歩くルークの背中に向かってはっきりと言葉を返す。

 

「それでも、ルークさんは良い人だと思います」

「ありがとう」

 

 シィルの真っ直ぐな言葉を眩しく思いつつも、素晴らしい事だとルークは思う。ランスとマリアのいる部屋の扉に手をかけながら、ルークは先のシィルの疑問に答えようとする。ランスにとってシィルはどうでもいい存在なのかという、あの疑問に。

 

「心配しなくて良いぞ、シィルちゃん。ランスは君のことを大切に思っている」

 

 そう言いながら後ろを振り返ったルークは、すぐさま目を見開く。先程まで自分と話していたはずのシィルが、今は強力な魔力を帯びた光に包まれているのだ。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「なっ!? あれはテレポート・ウェーブ!!」

 

 シィルを包んでいる光にルークは見覚えがあった。以前にギルドの依頼で悪の魔法使い退治をした際、一度だけこの光を見たことがある。魔力を帯びた光で対象を包み、どこか別の場所にワープさせる魔法装置、テレポート・ウェーブ。その光が、シィルをすっぽりと飲み込んでいるのだ。

 

「シィルちゃん!!」

 

 ルークは慌ててシィルに向かって手を伸ばす。このままではシィルが別の場所にワープさせられてしまう。後衛であるシィルが、モンスターの闊歩するこの迷宮に一人で放り出されるのは危険すぎる。だが、ルークの手がシィルに届く前にシィルを包んでいた魔力は更に強力な光を発し、シィルの姿が眩しすぎて見えなくなってしまう。そして次の瞬間には、シィルの姿は影も形も無くなってしまっていた。

 

「しまった……」

 

 どこかに魔女を一人倒した事での気の緩みがあったのかもしれない。シィルをどこかへ転移させた光が消えていくのを見ながら、ルークは手の平に爪を食い込ませ、自身の油断を悔やんだ。

 

 

 

-カスタムの町 情報屋-

 

「いらっしゃい……あら、ロゼさん。珍しいですね」

「ハロー、真知子。早速だけど、これの持ち主判る?」

 

 情報屋に入って来たのは、カスタムの町の教会を管理しているシスターのロゼ。下着姿にローブを羽織っただけという大胆な格好だが、もう見慣れたものである。神に仕える身でありながら信仰心はまるでなく、適当な生活ぶりから町の人たちからも白い目で見られている変わり者だ。その対応をするのは、情報屋を営む双子の姉、芳川真知子だ。コンピュータから手を放し、ドン、という音と共に机の上に置かれた買い物かごに視線を向ける。

 

「あら? これは……」

「見覚えがあるの?」

「……ああ、チサさんのですね。このハニーのストラップ、見覚えがあります」

 

 買い物かごの端に取り付けられているハニーのストラップを見て真知子がそう口にする。真知子自身も夕飯の買い出しなどをするため、チサの買い物かごは見覚えがあったのだ。

 

「ありゃ、チサちゃんのか。じゃあ財布は返しておかないと。流石に可哀想だしね」

「……まあ、見なかった事にしておきます」

「大人な対応ありがとさん」

 

 ロゼがローブの内側から財布を取り出し、チサの買い物かごへと戻す。どうやら猫ばばしていたようだ。こうして目の前で返すあたり、初めから仕込んでいたネタだったのかもしれないため、真知子は苦笑するだけに留めておく。

 

「それで、これはどこで?」

「道の真ん中に落ちてた」

「っ!? それは……」

 

 ロゼの言葉に真知子が絶句する。これだけ物の詰まった買い物かごを道の真ん中に忘れていくなど平常時では考えられない。となれば、チサに何らかの異常事態が起こったとしか考えられない。

 

「察しが良くて助かるわ。町長への連絡はお願い。私は面倒臭いからパスね」

「これも志津香さんたちが……?」

「どうかしらね? ……あら、今日子は?」

 

 真知子が不安そうに口にする。四魔女たちの手によって、以前から町の若い女性が連れ去られているのだ。となれば、チサもその被害に遭ったと考えるのが普通である。その問いかけにロゼは興味なさそうな口調で答えながら、ふと店の中に違和感を覚える。双子の妹である今日子が見当たらないのだ。

 

「あの子ならどこかへフラッと出て行ってしまったの」

「……それは自分からいなくなったの?」

「ええ。少し出かけてくると言っていたわ」

「そう、なら大丈夫そうね。でも、もし帰りが遅いようなら……」

「はい。ルークさんにお願いしないといけなくなるかもしれませんね……」

 

 若い女性という誘拐対象には今日子も該当する。心配そうな声を漏らす中、ロゼは聞き覚えのある名前に首を傾げる。

 

「……ルーク?」

「先日からカスタムを訪れている冒険者の方です。情報を調べてみましたが、腕の立つ冒険者の方のようです。それと、ランスさんという方もご一緒だとか」

 

 真知子がそう答える。ルークが初日に町を回った際、情報屋にも立ち寄っていたため真知子とは既に面識があった。そして、彼女もリーザスの由真に負けず劣らず優秀な情報屋である。既にルークの情報は集め終わっているようであった。

 

「へぇ、あの二人が来ているの?」

「あら? お知り合いですか?」

「いんや。名前を知っているだけ。じゃあ、チサちゃんの事はよろしく」

 

 ヒラヒラと手を振りながら店を出て行くロゼ。その背中を見送りながら、真知子は机の上に置かれた買い物かごに視線を戻し、娘を溺愛している町長にどうこの事を話したものかと頭を悩ませるのだった。

 

 

 

-迷宮内 第二研究室-

 

「おっかしいなー……この指輪、どんなことをしても外れなかったのに、どうしていきなり外れたんだろう」

 

 部屋の中では、ランスとの情事を終えたマリアが不思議そうに指輪を眺めていた。それまでどんな事をしても絶対に外れなかったフィールの指輪が、ランスとのHが終わると同時にコトリと指から抜け落ちたのだ。首を傾けながら思わず声を漏らすと、隣にいたランスが気にした様子もなくそれに答える。

 

「スケベの力は偉大ということだ。それよりも、今後のことだが……」

「うん、判っているわ。町の人たちにこれだけ迷惑を掛けたんですもの。償いはちゃんとする。でも……ラギシスだけは絶対に許せない!」

 

 情事の後に起こった変化は指輪だけではない。先程までと比べ、マリアの態度が明らかに変わっていたのだ。自分の行いを悔やみ、町の人たちへの償いをしたいと自ら申し出ている。反省や心境の変化で済ませるには、あまりにも大きな変化だ。

 

「ラギシスを許せないというのはどういうことだ? お前たちがあいつに反逆して、無理矢理指輪を奪ったんじゃないのか?」

「違うわ! 私たちは……話したら長くなるけど……」

 

 マリアが口を開き掛けたところで部屋の扉が勢いよく開かれ、ルークが駆け込んでくる。その様子は明らかにいつもと違う。それに、一緒であったはずのシィルの姿が見えない。

 

「ランス。スマン、落ち着いて聞いてくれ……」

「ん、何だ急に? それにシィルはどうした?」

「シィルちゃんが攫われた。俺の失態だ……」

「な、なんだとぉぉぉぉ!?」

 

 まさかの報告にランスは叫びながら勢いよく立ち上がり、こちらに駆け寄ってきていたルークの胸ぐらを思い切り掴む。

 

「ルーク、貴様がいながら何をしていた!?」

「スマン……」

「待って! 攫われたって……もしかしてテレポート・ウェーブ?」

 

 今にも殴りかかりそうなランスを止めるべく、マリアが間に入ってくる。どうやら迷宮にテレポート・ウェーブの罠が仕掛けられているのは知っていたらしく、ルークにその旨を問いかけてくる。

 

「ああ、テレポート・ウェーブだ。あの仕掛けでシィルちゃんだけが別の場所に転送させられた」

「強制ワープ装置じゃ防ぐのは難しいんだし、そんなに気に病まなくても……」

「いや、俺がもっと周りに気を張っていれば、シィルちゃんではなく俺がテレポート・ウェーブに飛ばされるという手段も取れた。一人でも戦う事の出来る戦士ではなく、前衛がいないとまともに戦う事の出来ないシィルちゃんが一人になってしまった事が最悪なんだ……」

「な、なんてことだ……シィル……」

 

 ランスがルークの胸ぐらから手を放し、へなへなとその場に座り込んでしまう。普段の気丈な態度からは見て取れない落ち込み様だ。その変貌ぶりにマリアが驚く。自分を無理矢理犯した事からあまり良い印象を抱いていなかったが、実は悪い人ではないのかもしれないとランスへの評価を改め、その肩に手を置いて慰めの言葉を掛ける。

 

「げ、元気出してよ。きっと見つかるはずだから……」

「……あいつに有り金を全部持たせていたというのにー! シィルのばかやろー!! 俺様の許可もなくいなくなりやがってー!!」

「ええっ!? そんな理由なの!?」

「当然だ。俺様が奴隷の心配などするはずが無いだろ。心配しているのはあいつが持っている金の事だけだ」

「最低……」

 

 平然と言ってのけるランスにマリアが呆れ果てる。ジッと冷たい視線をランスに送るが、ランスは特にそれを気にした様子もない。

 

「まあ、俺様がすぐに見つけ出してお仕置きしてやる。シィルめ、待っていろ。がはは!」

「それじゃあ、一度町に戻って今後の方針を決めましょう。事件についての詳しい話もそこでするわ」

「それでいいだろう。で、貴様も来る気か? 女一人守れん無能が」

「当然だ。これだけの失態をやらかしておいて、何もしない訳にもいくまい」

 

 ルークの言葉を不満げに聞いていたランスが、突如腰に差していた剣を抜いてルークにその切っ先を向ける。突然の行動にマリアは軽く悲鳴を漏らすが、ルークは微動だにせずランスの目を見ている。

 

「もしシィルに何かあったら……殺すぞ」

「必ず助け出す」

「……ふん。処分は保留にしておいてやる。しっかり働けよ」

「ほっ……それじゃあ、町に戻りましょう」

 

 シィルを助け出すために人手が必要と考えたのか、あるいは他の理由からかは定かではないが、ランスはルークの失態を一時保留にし、共にシィル救出のために動く事を許可した。マリアはホッとため息をつき、帰り木を使って町へと帰還するのだった。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「いらっしゃーい! ……あれ? あのゴッドオブヘアーの娘は一緒じゃないの? それに、そっちのコートの人は新顔さん?」

 

 三人が酒場に入ると、看板娘のエレナが元気に声を掛けてくるが、すぐに首を横に捻って呆けた顔になる。何故かシィルを連れておらず、代わりにコートを身に纏った人物を連れているのだ。フードを深く被っているため顔は良く見えないが、その体つきからかろうじて女性という事は判る。

 

「がはは、あいつは邪魔になったから捨ててやったわ」

「ランスさん、その発言はヒドすぎ……」

「宿泊用の奥の部屋、空いているかな? 出来れば少しだけ使いたいんだが……」

「空いていますよー。では、三名様ご案内でーす!」

 

 この酒場は奥の部屋を宿泊施設としている。本来カスタムの町にはちゃんとした宿屋があったのだが、地下に沈んだ後のモンスターの襲撃で今は建物が崩れてしまっており、利用する事が出来ない。そのため、元々は酔った客の介抱用であった部屋を簡易宿として冒険者に開放していたのだ。エレナが三人を部屋まで案内する。

 

「むぅ、少し狭いぞ」

「まあ、そこは元々そういう用途じゃないって事で勘弁して。それでも、四人くらいなら十分に寝起き出来る部屋のはずよ。バード冒険団もここを利用していたし」

「……そういえば、ネイに耳飾りを返しそびれたな」

 

 バード冒険団の名前を聞いてルークはかえるの耳飾りを手に取る。鍵と一緒に湖から回収しておいたのだが、タイミングが無く返しそびれてしまった。

 

「次に会ったときに返せばいいではないか。あいつの言葉通りなら、もう一度会うだろ」

「殺しに来た相手に返すのか……シュールな光景だな」

 

 ルークがため息をつきながらかえるの耳飾りを道具袋へと仕舞い直す。捨てないあたりは律儀と言えるだろう。と、後ろのフードの娘が今の発言を聞き、呆れたように声を出す。

 

「こ、殺しに……? 何をしたのよ……?」

「勿論、ナニだ!」

「はぁ……」

「(……えっ!?)」

 

 コートの娘の声を聞き、エレナが驚いたような表情を見せる。それをすぐに感じ取ったルークは無理矢理ランスとコートの娘を部屋へと押し込み、自身も部屋に入って扉に手をかける。

 

「案内ありがとう。仕事に戻ってくれて構わないぞ」

「え、ええ……それじゃあ、部屋を使い終わったら声を掛けて」

 

 そう言い残し、エレナはこの場を後にする。その背中を見送ったルークは扉を閉め、しっかりと施錠する。すると、後ろから衣擦れの音が響く。

 

「ふぅ、暑かった……」

 

 そう漏らしながらコートを脱いだのは、マリアだ。額に掻いた汗を丁寧にタオルで拭いている。町をこのような状態にした犯人の一人であるマリアが見つかれば、町中がパニックになるのは必至。そのため、こうして変装をしていたのだ。

 

「それじゃあ、話を聞かせて貰おうか。と、こちらの自己紹介がまだだったな。俺はルーク、冒険者だ」

「俺様は空前絶後の超英雄、ランス様だ。そして、今攫われている無能のバカが奴隷のシィル」

「もうちょっと言い方ってものが……まあ、とりあえず始めましょう」

 

 苦言を呈そうとしたマリアだったが、それがランスには無駄な行為であることはこれまでのやりとりで何となく判っている。それよりも、今は事件の全貌を話す事が先と判断し、真剣な顔つきになって口を開く。

 

「私たちが町の守護者になるためにラギシスに魔法を教わっていた、って辺りの話は……?」

「聞いている」

「そう、じゃあその辺は省くわね。私たち四人は必死になって修行したわ。私とランは町を守りたいから、ミルは強い実姉に憧れて、志津香は純粋に力を求めて……想いはそれぞれ。でも、みんなこの町が好きだという想いは一緒だったわ」

「聞いている話と全然違うではないか」

 

 ランスが眉をひそめる。マリアの言う事が本当ならば、何故彼女たちは町を地下へと沈めたのか。今のところはまるで見当が付いていないランスに対し、ルークは顎に手を当てて真剣にマリアの表情を見据えている。

 

「自慢になっちゃうけど、数年の修行の甲斐あって私たちは強くなったわ。生半可な冒険者には引けを取らないくらいにね」

「俺様の敵ではなかったがな。あの程度で魔女を名乗るなどおこがましいわ」

「もう、茶化さないでよ。えっと……それで、事の始まりは半年前。ラギシスは私たちに卒業証書だと言って全員に一つずつ指輪を渡したの。それが、このフィールの指輪よ」

 

 マリアが手の平を開く。そこにあるのは、青く輝く指輪。先程マリアの指から外れた、フィールの指輪だ。

 

「お前らが盗んだのではなかったのか?」

「違うわ! ラギシスの方から渡してきたの。これは魔力の上がる指輪だ、町の守護者となったお前たちが持つのに相応しい、そう微笑みながら渡してきたの……でも、これは着けてはいけない物だったのよ!」

「やはりそうか……全てラギシスの陰謀だったんだな?」

 

 マリアの言葉を聞き、ルークが顎から手を離してマリアに問いかける。それを聞いたマリアは、ゆっくりと首を縦に振る。

 

「そう、全てあいつが元凶よ」

「なんだ? ラギシスが怪しいと気がついていたのか?」

「確信は持てなかったが、奴の話に色々と引っかかる点があったからな。もう少し情報が集まってから伝えようと思っていたんだが……」

 

 ルークが最も引っかかっていたのは、フィールの指輪の存在。国宝級であるとも言える指輪を個人で所有しているというのはやはり不可解である。それに、盗まれたという話であったが、ラギシスはそんな凄い指輪を普段から装着していなかったのかという疑問も残る。これらに関してちゃんとした説明が無かった事から、ルークは素直にラギシスを信用してはいなかったのだ。だが、リーザス誘拐事件の際にルークが呟いた言葉を鵜呑みにしたランスが痛い目にあったため、もう少し情報が集まってから伝えようと思っていたのだ。

 

「着けてはいけない……というのは、やはり呪いの類か?」

 

 ルークは当初、フィールの指輪にはラギシスの言っていたような効果はないのではと疑っていた。だが、最初にマリアと戦闘した際の魔力量や高速詠唱からその考えは打ち破られる。その次に疑っていたのが、装着者が何かしらのデメリットを被る、いわゆる呪いだ。ルークのその問いに、マリアはまたしてもゆっくりと頷く。

 

「その通りよ。志津香がたまたまラギシスの部屋の前を通りがかった際、ラギシスの独り言を聞いたの。それを伝え聞いたとき、私たちは愕然としたわ……」

「えぇい、勿体振らずにさっさとどういう呪いなのか話せ」

「この指輪は、装着者の魔力を吸い取って成長する恐るべき指輪だったの!」

 

 マリアが忌々しげに手の中にあるフィールの指輪を睨む。

 

「魔力を吸い取る? 魔力が増幅するんじゃなかったのか?」

「着けている間に魔力が増えるのは本当よ。でも、この指輪は外した瞬間にその装着者の魔力を根こそぎ持って行ってしまうの。指輪の力が最大になるのは、十人分の魔力を吸い取ったとき……四つの指輪は、その全てが既に九人分の魔力を吸い取った状態だったわ」

「そして、最後の十人目として選ばれたのが……」

「私たち四人だったの。あいつは、最後の媒体になる四人の魔法使いを捜すために魔法塾を開いたのよ……」

「ほー、ラギシスは育ての親でもあったんだろう? つまり、あいつは指輪を回収するためだけにお前たちを育てていた訳だな」

「ええ、そしてそれを私たちが偶然知ってしまった。許せなかった……信じていたのに……」

 

 マリアが唇を噛みしめ、指輪を持っていない方の拳を握りしめる。実の親のように慕っていた人物に裏切られた彼女たちの悲しみは、ルークたちには推し量る事が出来ない。

 

「なるほど、それが反逆へと繋がるのか」

「そういう事。魔力の溜まりきったフィールの指輪を四つ全て着ければ、無限の魔力が手に入るとラギシスが言っていたの。ラギシスは必ずこの指輪を奪いに来る。でも、この指輪を外されたら私たちは魔力を失ってしまう。魔力を失う訳にはいかないし、何よりもラギシスが許せなかった。だから戦いを挑んだの!」

「そして四人が勝利、馬鹿なラギシスは目論見が外れて呆気なく殺された訳だ」

「町が地下に沈んだのは……?」

「詳しくは判らないけど、多分戦いの衝撃を受けたからだと思う……」

「なるほど……ラギシスや町長から聞いた話とかけ離れているな。それが真実か」

 

 そう口にするルークだったが、先程まで敵であったマリアの発言を全て信用した訳では無い。だが、ルークが抱いていた疑念と一致する箇所が多く、ラギシスの発言より信用するに値すると判断していた。と、マリアの目が見開かれている事に気がつく。

 

「ん、どうした?」

「ラギシスが生きているの!? 確かに殺したはずなのに!」

 

 マリアが驚くのも無理はない。目の前にいる男が、死んだはずの人間から話を聞いたと口にしたのだ。それも、自らの手で殺した相手から。

 

「そうか、驚くのも当然だな。ラギシスは確かに死んだが、地縛霊になって自分の館に今も漂っている」

「そう……後で見に行かないとね……そして、今度こそ……ふふふ……」

 

 マリアの目にハッキリと殺意がこもる。だが、こちらも無理のない話だ。

 

「で、なんで迷宮なんかに引きこもったんだ?」

「それも指輪の影響って事で良いのかな?」

「ええ、この指輪には人を悪の方へ惑わせる力があるの。気がついたら、私たちは迷宮を築いて、やってくる冒険者たちを返り討ちにしていたわ。町から女の子を攫っていたのも私たち。こんな地下迷宮築いて、町の人たちを苦しめて、私たちは一体何を……他の三人も心の中では絶対に苦しんでいるはず! 早く志津香たちも救わないと!!」

「そういう事だったのか……」

 

 これも合点がいく。人を殺す事に何の感情も見せなかったマリアの目と、今のマリアの目は演技と取るにはあまりにも違いすぎる。指輪の効力を考えれば、それだけの呪いがあってもおかしくはない。

 

「ふん、指輪のせいで悪いことをしているなら、指輪を外してやればいいんだろう?」

「だが、指輪を外すと魔力が無くなる。いや、今はそんな状況ではないな。魔力を奪ってでも指輪は外す。マリアもそれでいいな?」

「うん、状況が状況だし仕方ないわ。でも、この指輪は普通には外せないみたいなの」

「外せない?」

「ああ、そういえばそんな事を言っていたな」

 

 ランスは情事が終わった後のマリアの言葉を思い出す。どんな事をしても外れなかったと、確かに口にしていた。

 

「悪い心に侵されていっているって判ったときに、私とランは魔力を失ってもしょうがないと思って指輪を外そうとしたの。でも、何をしても指輪は外せなかったの」

「……ラギシスの仕業と見るのが妥当か?」

「多分そうだと思う。元々指輪がそういう代物だっていう可能性もあるけど、他の人に十人分の魔力を吸い取った指輪を使われないよう、ラギシスが自分にしか外せないように細工をした可能性の方が高いわ」

「では、何故マリアの指輪は外れているんだ?」

「それは俺様のお陰だ」

 

 ルークの言葉にグッと親指で自分を示しながらランスが答える。

 

「どういう事だ?」

「俺様と一発ヤッた後に指輪が外れたからな。きっと俺様のハイパー兵器から出た皇帝液が、呪いの力をも打ち破ったのだろう。がはは、流石俺様!」

「そんなアホな……」

「……あ、そういう事か!」

 

 ランスの言葉を聞いたルークは呆れた表情を浮かべるが、マリアは何か思い当たる節があるのか、真剣な表情で考え事をしていたかと思うと、突如大きな声を上げた。

 

「お、やはり俺様の皇帝液の……」

「いや、そうじゃないけど、Hをした事が指輪を外す条件だったっていうのは当たっていると思う。その、ちょっと恥ずかしいけど、私あの時が初めてで、その……」

「……なるほど、処女じゃなくなった事が引き金になったという事か!」

「うん、多分。きっと魔力を込める対象になるのが、処女の人間なんだわ。その条件を失ったから、指輪が自動的に外れた……っていう事だと思う」

 

 マリアの言葉にルークも指輪の謎に思い至り、声を上げる。処女というものは神聖なものとして、古くから儀式の条件に良く用いられるものである。そういった条件の儀式は、今も魔法使いの間で僅かにだが残っているのだ。ランスに犯された直後に指輪が外れた事からマリアはそう推理し、ルークもその見解に賛同した。と、何故か処女の話が出た直後から真剣な表情をしていたランスが口を開く。

 

「という事は後の三人も処女か?」

「真面目な顔でそんな事を考えていたの? まったく……」

「馬鹿者、割と重要な事だ。処女じゃなきゃ駄目などというガキ臭い事を言うつもりはないが、雪が積もったら誰かが踏む前に自分の足跡を付けたくなるだろう?」

「あ、その例えだとちょっと判る……判っちゃう自分が悔しいけど……」

 

 ランスの例えに頷かざるを得ないルークとマリア。その様子に満足したのか、得意げに鼻を鳴らしながらマリアに再度問いかける。

 

「で、処女なのか?」

「絶対とは言いきれないけど、多分。志津香もランも彼氏がいたことは無いし、簡単に体を許すような性格でもない。それと、ミルは絶対に有り得ないわ」

「ミルだけ随分と自信満々だな」

「当然じゃない。だってミルは……」

「がはははは! なるほど、つまり事件解決のためには俺様が残りの三人の処女もズバッと奪えばいいんだな!? ぐふふ、これは面白い事に……いや、大変な事になってきたぞ」

「どうみても大変そうな顔には見えんな……」

 

 マリアが何か言いかけたのだが、その言葉はランスの笑い声に遮られてしまう。だらしない笑みを浮かべたランス。口では困った、困ったと連呼しているが、どう見ても喜んでいるようにしか見えない。

 

「仕方がない、正義の為に俺様が苦労してやろう! うむ、これも人々の平和のため!」

「別に、処女を奪うのはルークさんでも良いんだけどね……」

「なにぃ!?」

 

 嬉しそうにしていたランスがピタリと止まり、ギロリとルークを睨み付けてくる。

 

「んー……状況が状況だし、相手がランスよりも俺の方が良いと言ったら抱きはするが、処女を奪う事自体は黙認か?」

「状況が状況だし、他に手段がないんじゃ仕方が無いわ。指を切り落とすよりはマシだろうし」

「……まあ、それと比べれば大概の事はマシになりそうだが」

「ふざけたことを言うな! 残りの三人の処女も俺様のものだ! よし、そうと決まれば早速行動だ。まずはあの大嘘つきのクソ親父、ラギシスの館に向かうぞ!」

 

 そう言って腰掛けていた椅子から立ち上がり、外に出ようとするランス。が、扉のノブに手をかけた瞬間、後ろから誰かにマントを引っ張られる。振り返れば、そこに立っていたのはマリア。真っ直ぐとランスの目を見据えるその瞳には、明らかに決意が込められている。そして、ゆっくりと口を開く。

 

「私も……連れて行って!」

「……戦えるのか?」

「君は操られていただけだ。責任を感じる必要はない」

 

 魔力を指輪に持って行かれた今の状態で戦えるのか、寝食を共にした仲間と戦えるのか。ランスの言葉には、その二つの意味が込められていた。ルークも無理に戦う必要は無いと告げるが、マリアは首を横に振る。

 

「いいえ。操られていたとはいえ、町をこんなにしたのは私たちよ。足手まといにはならないわ。だからお願い! 私もみんなを救いたいの!!」

「……」

 

 マリアが必死に懇願する。その瞳が、ランスとルークをしっかりと見据えている。だが、その瞳の更に奥には、大切な三人の仲間たちがはっきりと浮かび上がっているのを二人は感じていた。

 

「……ふん!」

「あっ……」

 

 マリアの目をしっかりと見据えていたランスだったが、突如マリアの手を無理矢理マントから振り払い、ドアノブを回す。体勢を崩したマリアだったが、このまま引き下がる訳にはいかない。すぐにランスに向かって何か言うべく顔を上げるが、マリアがその言葉を発するよりも先にランスがハッキリと口にする。

 

「行くぞ、ルーク、マリア。俺様の足を引っ張るなよ!」

「ああ、シィルちゃんも、操られている三人も必ず救い出すぞ。よろしくな、マリア」

 

 呆然としているマリアの横を通り、ルークがランスの側に並び立つ。事態が飲み込めていないマリアは、必死に頭の中で情報を整理する。そこから導き出される一つの結論に、マリアの顔がだんだんと喜びに包まれていった。そして、満面の笑顔で二人に返事をする。

 

「うん、二人とも、これからよろしくね!」

 

 

 

-カスタムの町 酒場前-

 

「あら、もう使い終わったの?」

「ああ、もう用は済んだ。姿が見えなかったから、とりあえず店長に伝えておいたんだが」

「あはは。急に材料が足りなくなったから、買い出しにね」

 

 ルークたちが酒場から出ると、エレナが声を掛けてくる。右手に持っている買い物袋を少し持ち上げ、買い物に行ってきたのだとアピールをしてくる。町の人にまだ見つかる訳にはいかないため、マリアは再びコートを着込んでルークとランスの後ろに隠れている。そのマリアをチラリと一瞥した後、エレナがランスに向き直って口を開く。

 

「また迷宮に潜るの?」

「うむ。魔女たちをお仕置きしてやらんといかんからな」

「そう……後三人ね、頑張って」

「!?」

 

 エレナのその言葉にマリアが目を見開き、ルークは一度ため息をついてから言葉を発す。

 

「やはり、バレていたか……」

「当たり前じゃないの。何年の付き合いだと思っているの? 田舎町だから、住人同士の繋がりは結構深いんだから」

 

 先程酒場の奥の部屋に案内された際、マリアの声を聞いたエレナは明らかに動揺していた。予想はしていたが、やはりバレていたらしい。エレナがコートを着込んだマリアに近づいていき、買い物袋から一本の小瓶を取り出してマリアに渡す。

 

「はい、オマケで貰った回復薬。一緒に行くつもりなんでしょう?」

「あ……その……」

「詳しい事情は後で良いわ。みんなを必ず助け出してきてね」

「……うん。エレナさん、ごめん、ありがとう……」

 

 フードで顔を隠しながら嗚咽するマリア。そのマリアの頭を撫でるエレナ。その様子を見ていたルークは、早めに町長に事情を説明する決意をする。マリアの事情を話すのはもう少しタイミングを見計らってからにするつもりだったが、目の前の光景を見せられてはそうもいかない。しばらくの間、マリアはエレナの胸で涙を流すのだった。

 

 

 

-カスタムの町 ラギシス邸跡-

 

「こら、ラギシス! よくも俺様を騙したな!」

「黙ってないで出てきなさいよ!」

 

 ラギシス邸跡に入るや否や、ランスとマリアがそう言って大声を上げた。マリアの目には涙の跡が残っていたが、声はしっかりと元気を取り戻している。いつまでもエレナの胸で泣いているマリアに痺れを切らしたランスがさっさとラギシス邸に行くぞと言った瞬間、マリアはラギシスへの殺意を思いだし、不気味に笑ってそれに頷いたのだった。あの顔には、若干エレナが引いていたように見える。

 

「出て来ない気か、この卑怯者め! スケベ親父め!」

「もう一度地獄に送ってあげるから、さっさと出てきなさい!」

 

 ランスとマリアが再度大声を上げるが、ラギシスが出てくる気配は無い。きょろきょろとランスが館の中を見回しながら首を捻る。

 

「変だな? 出てこんぞ」

「どういうことかしら……? ねぇ、本当にラギシスはこの場所にいたのよね?」

「ああ、ここに確かにいた」

 

 ルークがその場にしゃがみ込み、床に描かれている魔法陣に手を触れる。この場所に、ラギシスは確かにいたはずなのだ。

 

「逃げたか……? だが、俺たちがマリアと合流した事をどうやって知ったんだ……?」

「成仏したんじゃないのか? 死にそうな顔をしていたし」

「まあ、死んでいるんだがな」

「そんな……そんなのってないわ……私たちをこんな目にあわせて、自分だけ成仏するなんて……」

 

 ラギシスをもう一度殺すつもりだったマリアはへなへなとその場に崩れ落ち、悔しそうに呟く。その憔悴しきった様子を見たルークは何かしらのフォローを入れようと思い、立ち上がってマリアへと近づくが、ルークが言葉を発する前にマリアが勢いよく立ち上がる。

 

「くよくよしても仕方ないわね。気を取り直して、三人を助け出しましょう!」

「前向きだな。良い事だ」

「だって、ラギシスは憎いけど……それ以上に他の三人が心配なんだもん。ランスだって、シィルちゃんのことが気になるでしょ?」

「馬鹿抜かせ。あいつはただの奴隷だ」

 

 ふん、と鼻を鳴らすランス。その様子にルークは苦笑しつつ、早急にシィルを見つけ出さなければと再び気合いを入れ直す。

 

「とりあえず、迷宮に戻る前に一度町長の家に向かおう。」

「ん、何故だ?」

「マリアの誤解を解いておかないと、碌に町も歩けないからな。住人全員に知れ渡らせるには時間も掛かるだろうし、今の内に話をしておいて俺たちが迷宮に潜っている間に伝えておいて貰おう」

「ご迷惑お掛けします」

「なに、気にするな。君も被害者だ」

 

 

 

-カスタムの町 町長の家-

 

「ラーーンーースーー!! ルーーーークーー!!」

「うぉぉぉ!? なんだ、なんだ、暑苦しい!」

 

 町長の家に入るや否や、ガイゼルが涙を流しながらこちらに迫ってくる。普段は床に伏している彼が立ち上がって迫ってくるということは、よっぽどの事態が起こったのかもしれない。ガイゼルがこれ程取り乱すとなると、理由は一つしか考えられない。周囲を軽く見回し、姿が見えない事を確認してからルークがガイゼルに問いかける。

 

「チサちゃんは何処へ行った?」

「おお、そうなんだ、大変なんだ! どうやら娘のチサが、あの魔女たちに攫われてしまったみたいなんだ!」

「なんだとぉっ!? それでは、もしかしたら今頃あんなことやそんなことに……」

「うぉぉぉぉ! チーーサーー!!」

「無駄に煽るな……」

 

 ランスの言葉を聞いたガイゼルは更に騒ぎ立てる。チサの事が心配でいてもたってもいられないようだ。と、二人の後ろに隠れていたマリアが間に入ってくる。

 

「ちょ、ちょっと待って。それっていつの話? チサちゃんを攫ったなんて、私は聞いてないわ!」

「ん、誰だ? ……って、うわぁぁぁ!! ま、ま、マリア・カスタードじゃないか!」

「あ、どうも。ご無沙汰しています」

「ああ、ご丁寧に……って、違う! ランス、ルーク、敵だ敵だ!!」

「ええい、落ち着け!」

「ぐふぅぅぅぅ!!」

 

 ランス渾身のヤクザキックがガイゼルの腹にクリーンヒットする。一応相手は病人なのだが、容赦がない辺りはランスらしいと言えよう。だが、その甲斐あってガイゼルが落ち着きを取り戻す。随分と無理矢理な落ち着かせ方だったが、事情を説明しやすくなったのでルークもこれを良しとし、マリアから聞いた今回の事件のあらましをガイゼルに話した。

 

「ふぅむ、あのラギシスが……にわかには信じられんが……」

「だが、マリアの話には色々と辻褄の合う事が多い。現状では一番信用するに値する話だと思っている」

「なんか心当たりはないのか? ラギシスがキレやすい性格だったとか、町の人に手を上げる奴だったとか、いかにも悪人らしい事はしてなかったのか?」

「いや、激昂しやすいという事は無かったな……人当たりが良く、住人との諍いも……いや、待てよ……」

 

 ガイゼルがラギシスの町での生活を思い返す。その記憶の中で、たった一度だけラギシスが不穏な顔をしているのを見た事があるのを思い出す。あれは、十年以上前の事。とある若夫婦に何かを注意された直後、射殺すような目でその二人の背中を睨み付けていたのを偶然にも目撃した事があった。とても普段の振る舞いからは考えられないような目つきであったが、人間誰でも内には隠した一面があるという事で納得し、それを言いふらすような事はしなかった。だが、その出来事はガイゼルの記憶の中にはっきりと刻み込まれていたのだ。

 

「裏表の無い人間など存在しない。有り得ない事ではないか……つまり、四人の魔女……いや、娘たちは町の敵ではないと?」

「いいえ、私以外はまだ町の敵です。指輪の呪縛から解放されるまでは……」

「まあ、大船に乗ったつもりでいるんだな。俺様他三名……今シィルの馬鹿がいないが、とにかく三人の娘はきっちりとお仕置きした上で呪いから解放してくるし、チサちゃんも必ず連れて帰る」

「おお、頼もしい!」

 

 ランスがふんぞり返りながらそう口にするのを聞き、ガイゼルはホッと胸を撫で下ろす。これまでの冒険者が成し得なかった魔女討伐を一人とはいえやったという実績は、これまで以上にルークたちを信用させるには十分な成果だったようだ。

 

「それで、どうしてチサちゃんが魔女たちに誘拐されたと思ったんだ? 何があった?」

「おお、そうだ! 攫われるところでも目撃したのか?」

 

 チサが誘拐されたのは心配だが、この事は何か手がかりになるかもしれない。ルークが真剣な表情で尋ねると、ガイゼルは言いにくそうにしながら口を開いた。

 

「そ、それはその……四時間も帰ってこなかったから……その、心配で……」

「……えっ、それだけ!?」

 

 全員の気持ちをマリアが代弁する。流石に気恥ずかしいのか、ガイゼルがポリポリと自身の頬を掻いている。

 

「……本当に誘拐なのか? 誰かと……例えば友達や彼氏と遊んでいる可能性は?」

「なななな、なんてことを! チサに彼氏などいないわーーー! そんなもんいたら、とっくの昔に殺したに決まっているだろうが!」

「その通りだ! チサちゃんの処女は俺様のものだ!!」

「なんでランスまで突っかかってくるんだ! しかも町長、あんた今とんでもないこと口走ったぞ!?」

 

 ガイゼルとランスの二人に詰め寄られながるルークの姿を見ながら、マリアが悲しそうに呟く。

 

「はぁ……厳格で信頼できる町長さんだったのに……」

 

 彼女の中で、立派な町長ガイゼルは過去の人となった。するとそのとき、部屋の扉が開いて誰かが顔を覗かせる。全員がその気配に振り返ると、そこに立っていたのは紫の服を身に纏った美人の女性。薄く青みがかった髪をリボンで止めており、年の頃はランスと同じくらいに見えるが、落ち着いた雰囲気からかかなり年上にも感じられる。

 

「お邪魔します。すいません、何度かノックをしたのですが、返事が無いので勝手に上がってきてしまいました」

「むっ、俺様の周りにあまりいないクール系の美人!」

「真知子さんじゃないか、どうした?」

「ルークさん、どうも」

 

 ガイゼルやランスが大騒ぎをしていたためノックが聞こえなかったのだろう。家の中から大騒ぎをしている声が聞こえたその女性は、早急に話したい事があったためこうして家の中に上がり込んできたのだ。ランスは美女の登場に喜んでいるが、ルークがその女性に声をかけたのを見て眉をひそめる。

 

「なんだ、知り合いか?」

「先に町を散策していた際に面識があっただけだ」

「どうも、情報屋の芳川真知子です。貴方がランスさんですね」

「うむ、俺様を知っているとは良い心がけだ。で、俺様と一発ヤらんか?」

「うふふ。それはまた別の機会に」

 

 ランスの誘いを適当にあしらった真知子だが、部屋にいたもう一人の人物を見て軽く驚いた表情を見せる。それは、四魔女の一人であるマリアだったからだ。

 

「マリアさん……」

「真知子さん、どうも……」

「ああ、私から説明しよう。真知子くん、彼女は敵ではない。そもそもこの事件は……」

 

 ガイゼルがマリアの事を説明すると、真知子は納得がいったように深く頷いた。

 

「そういう事だったのですか。それでは、早く町の人の誤解も解いてあげないといけませんね」

「うむ。その辺りは私が手を回しておこう。真知子くんも協力してくれるかね?」

「勿論です」

「それで、真知子さんは何をしにここに?」

「それは……ガイゼルさん、落ち着いて聞いて下さい。チサさんが何者かに連れ去られた可能性があります」

 

 その真知子の言葉に、全員の目が見開かれる。それは、この場でも懸念されていた事態だったからだ。

 

「や、やはり連れ去られていたのかーー!? チーーサーー!!」

「やはり……? こちらでも既にその話を?」

「長い事帰ってこないから心配していた程度の話だったんだが、まさか本当に誘拐されていたとはな……」

「連れ去られる現場を見たんですか?」

「いえ、道にこちらが落ちていたんです」

 

 真知子が買い物かごを机の上に置く。中身がぎっしり詰まったこれが道に落ちていたというのは、明らかに不自然である。すると、ガイゼルが買い物かごを手に持って再び騒ぎ出す。

 

「こ、これはチサの! チーーサーー!!」

「ええい、うるさい!」

「真知子さんがこれを?」

「いえ、見つけたのはロゼさんです。誰のものか調べるため、わざわざ情報屋まで足を運んで下さいました」

 

 チサが連れ去られたのを確信する一同。聞けば、これを発見したのはマリアがランスに敗れた時間とほぼ一致する。となれば、マリアがチサの誘拐を知らないのにも合点がいく。すると、ランスは先程の真知子の発言に気になるところがあったのか、真剣な顔で真知子に問いかける。

 

「ロゼ? 女の名前だな。美人か?」

「ええ、美人ですよ。教会のシスターです」

「ほう、シスターか! さぞかし清楚な美女なのだろう、ぐふふ……」

「ぶっ! せ、清楚って……」

「これは第一発見者からも話を聞く必要があるな! がはは、それでは俺様は教会に行って情報を得てくる。お前らは地獄の口の前で待っていろ! それと、チサちゃんを見つける分の報酬は別払いだからな!」

「なんと!?」

 

 ランスの言葉に思わずマリアが吹き出しているのを横目に、ランスはそのまま町長の家を飛び出して行ってしまう。ルークはそれを呼び止めようとするが、間に合わなかった。

 

「おい、ランス! ……駄目だ、行っちまった。こりゃ追いかけないとまずいな」

「大丈夫だと思いますよ」

「ん?」

「うん、大丈夫だと思う。ロゼさんだし」

「適当にあしらわれるか、ロゼ自身が楽しむか……どっちにしろ憔悴して帰ってくるだろうな」

 

 真知子の言葉の真意が判らず、ルークが思わず首を傾けるが、マリアとガイゼルもそれに続くように首をうんうんと頷ける。

 

「……どんな人物なんだ?」

「凄い人です」

「あはは……か、変わった人ですね」

「町一番の変人だな。チサを近づけないようにしている」

「会ってみたいような、会ってみたくないような……」

 

 三人の意見を聞き、ルークはまだ見ぬ変人シスターの事を思うのだった。マリアの乾いた笑いが部屋に響く中、突如そのマリアが何かを思い出したかのように言葉を発する。

 

「あ、そうだ! ルークさん、ちょっと私用事を思い出しました。すぐに戻ってきますので、地獄の口の前で待っていて下さい!」

「ん、ああ、判った。住人に見つからないよう、気をつけてな」

「勿論。それじゃあ、また後で!」

 

 ランスに続いて、マリアも町長の家から飛び出して行ってしまう。部屋に残されたのは、ルーク、真知子、ガイゼルの三人。

 

「さて、地獄の口に向かうにも少し早いか?」

「そうだろうな。少しここで時間を潰していくと良い。いや、本心は今すぐにでもチサを捜しにいって貰いたいのだが……うう、チサ……」

「焦っても事態は好転しませんわ。冷静に事を運びましょう。町長さん、こちらを煎れてもよろしいですか?」

「ん、ああ、そうだな。コーヒーでも飲んで気持ちを落ち着けよう」

 

 落ち込むガイゼルを慰めつつ、真知子が買い物かごに入っていたコーヒー豆を取り出してそれを煎れる事にする。

 

「ミルクとお砂糖の量は?」

「私はミルクを一つ」

「俺はブラックで頼む」

「ええ、それでは煎れてきますね」

 

 真知子が台所へと立ち、手慣れた手つきでコーヒーを煎れてくる。それを三人で飲んで一息ついていると、真知子がルークを見ながら口を開く。

 

「ルークさん。もしどこかで今日子の姿を見かけたら、すぐに家に戻るように伝えて下さい」

「ん? 今日子さんはどこかへ?」

「ええ、フラッとどこかへ。チサさんが攫われた事を考えると、今不用意に出歩くのは危険ですので」

「それは今までも同じじゃないのか? 町の女性は既に何人か攫われているんだし」

「いえ、微妙に違うんです」

「……どういう事か聞かせて貰えるか?」

 

 真知子の言葉にルークは表情を引き締める。真知子は手に持っていたコーヒーカップを机の上に置き、ルークとガイゼルの顔を一瞥してから口を開く。

 

「これまでの誘拐は、町をモンスターが襲った際に一緒に連れて行くというという手口でした。なので、こういう風に平穏なときは町の中を自由に歩き回れたんです。ですが、今回のチサさんは平穏な町から忽然と姿を消してしまっている」

「むっ、確かに言われてみれば……」

 

 チサの言葉にガイゼルが唸る。確かに、今までの誘拐事件とは明らかに手口が違うのだ。

 

「買い物かごが迷宮の前にでも落ちていればまだ合点はいったのですが、そうではない。あんな場所にまでモンスターが侵入してくれば、誰かが必ず目撃しているはずです。ですが、それもない。この誘拐事件、かなり異質なんです」

「……なるほど、良い情報をありがとう。今日子さんの事は任せてくれ。見つけ次第、保護しておく」

「お願いします」

 

 ペコリと頭を下げる真知子。あまり表情に出すタイプではないため誤解されがちだが、これでも妹思いなのである。

 

「さて、そろそろ地獄の口に向かうか。と、そうだ。真知子さん、ラギシスの事を……」

「調べておけばいいんですよね? 大丈夫です、やっておきます。ルークさんとランスさんもお気を付けて」

「ああ、任せておいてくれ。情報屋まで送っていこう。今一人で外を出歩くのは危険だからな」

「ありがとうございます」

 

 ルークが頼み事を言い切る前に、真知子はそれに頷く。その反応の早さにルークは彼女の優秀さを確認しながら、真知子と共に町長の家を後にするのだった。

 

 

 

-カスタムの町 地獄の口-

 

「うぉぉぉん。私は二度と町から出られないのか? 愛する妹よ、娘よ、すまん。うぉぉぉん……」

「もう少し町長の家で時間を潰すのが正解だったな……」

 

 迷宮の前までやってきたルークだったが、まだ二人は到着しておらず、代わりに泣き濡れた老戦士が迷宮の前に立っていた。何かの情報を得られるかと思いその老戦士と話していたのだが、これが全くの無駄足。ANTと名乗る男は何の情報も持っておらず、泣いている理由も町から出られなくて困っているというものであった。ルークに愚痴を十分ほど漏らした後、どこかへ行ってしまう。恐ろしく無駄な時間を過ごしたルーク。文句の一つも言いたいところだったが、二度と会うことはないであろう人物なので溜飲を下げる事にする。それから待つこと数分、ようやく二人が地獄の口へとやってくる。

 

「すいません、待たせちゃったみたいで」

「なに、俺も町長の家で時間を潰していたからそれ程待っていないさ。で、そっちはどうした? やけに疲れた様子だが……」

 

 ルークがランスに視線を向けながらそう問いかけると、ランスは大きなため息をついてからゆっくりと口を開く。

 

「教会に淫乱シスターがいた……流石の俺様もあれはちょっと……」

「は?」

「ああ、やっぱり……ランス、あの人は気にしないに限るわよ。ちょっと変わった人だし……」

「あれは世間ではちょっとと言わん。普通に美人なのに俺様がヤる気になれんとは……」

 

 憔悴しきった様子のランス。どうやら三人の予想は当たったらしい。興味はあったものの、この姿を見せられては流石に会いに行く気にはなれなかった。教会に近づくのは止めておこうと心に誓いつつマリアに視線を移すと、ふとマリアが筒状のものを両手で抱えているのに気が付く。

 

「ん? ところでマリア、その手に持っているものは?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」

 

 マリアのメガネがキラリと光り、少しだけ不気味な笑みを浮かべる。その顔は、研究室で熱弁していたときのものと同じである。

 

「これこそが私の開発した新兵器! その名も……」

「なんだ、このぶっさいくなものは。変わったこんぼうだな」

「……ランスにはこの無駄のない美しい形状が判らないみたいね。これはそんな原始的な武器じゃないわ。その名も、チューリップ1号!」

 

 ババン、とチューリップ1号という名らしい筒状の武器を高らかに掲げる。その側面にはチューリップの花の絵が描かれていた。ルークにも無駄のない美しい形状というものは理解できなかったが、今のマリアにそれを言うとかなり面倒な事になりそうなので黙っておく事にする。この状態のマリアが色々と面倒なのは、研究室でのやりとりで重々承知していた。

 

「それが以前話していた、戦いの歴史をも変えかねない武器か?」

「そう、よくぞ覚えていてくれました! 誰でもお手軽に後衛を務められる新兵器がこれなの! まだまだ試作段階だけど、威力は十分よ!」

「ふむ、魔法が使えなくなってへぼぴーで足手まといのお前を連れて行くのは正直迷っていたが、これで多少は戦えそうだな」

 

 ランスの言うように、今のマリアはフィールの指輪を外した影響でその魔力を殆ど吸われてしまった状態だ。ルークたちをあれだけ苦しめた水魔法も、今は全て使えなくなってしまっている。だが、この武器があれば多少の戦力にはなってくれそうだ。内心、マリアが戦えるのかと心配していたルークもホッと胸を撫で下ろす。

 

「ところで、これはどうやって使うものなんだ?」

「ヒララ鉱石をエネルギーにして爆発的な破壊力を生みだし、それを相手にぶつけるの。そうね、雷撃の魔法なんかより遙かに威力を出せる武器だと思っていいわ」

「それは凄いな。雷の矢でなく、雷撃以上か」

 

 雷撃と言えば中級魔法の代表格。それだけの威力を誰でも出せるとなれば、確かに戦いの歴史は変わるかもしれない。ルークが感嘆しているのを見たマリアは気を良くし、チューリップ1号を更に高々と掲げた。

 

「ふふふ、夜も寝ないで昼寝して作った私の自信作よ! このチューリップとヒララ鉱石があれば、魔法が使えなくなったって役には立てるんだから」

「がはは、シィルのバカがいなくなって後衛不足だったが、これで代わりが出来たな」

「ええ、任せて! ヒララ鉱石さえあれば、モンスターなんかちょちょいのちょいなんだから!」

 

 不意にルークは嫌な予感がした。何か先ほどからマリアの言い回しがおかしい。事あるごとにヒララ鉱石があればというフレーズを強調しているのだ。そういえば、ヒララ鉱石はそれなりに貴重な鉱物であり、簡単に手に入れられる代物ではない。

 

「がはははは!」

「うふふふふ!」

 

 ランスと笑いあっているマリアに訝しげな視線を送り、意を決してマリアに問いかける。

 

「ヒララ鉱石……あるのか?」

 

 ピタっ、とマリアの笑い声が収まる。ようやく異変に気が付いたのか、ランスも訝しむような顔でマリアを見る。二人の視線を感じながら、マリアは満面の笑みで元気よく答えた。

 

「ありません!!」

「お前もう帰れ!」

「よし、ランス。二人で迷宮に乗り込むぞ!」

「うむ、マリアなどいなかった!」

 

 迷宮へと入っていくルークとランスだったが、ランスのマントを引っ張ってマリアが食い下がってくる。

 

「待ってぇぇ、置いてかないでぇぇ……絶対役に立つから。チューリップ1号は割と頑丈だから、敵を直接殴る事も出来るんだからぁぁ……」

「お前が原始的な武器と言ったこんぼうと変わらんじゃないか!」

「ほら、足りないアイテムって迷宮の中で見つかるものだから。それが冒険ってものだから!」

「お前、冒険舐めているだろ!?」

 

 ずるずるとマリアを引きずりつつ、なんだかんだ言いつつ三人で迷宮へと戻っていくルークたち。その内訳は、ルーク、ランス、マリアと言う名の足手まとい一名であった。

 

 

 

-迷宮内 どこかの泉-

 

 迷宮内のとある場所にある泉。水が透き通っており、神聖な何かがあるのかモンスターが寄りつかない場所である。その泉の横に、一人の女性が横たわっている。シィルだ。

 

「ん……あ……」

 

 泉から流れる水が頬を伝い、目を醒ます。しばらく意識が朦朧としていたが、水の冷たさに段々と覚醒してくる。

 

「……そうだ! 私はテレポート・ウェーブで……」

 

 シィルが体を起き上がらせ、周囲を見回す。見覚えの無い場所だ。やはり、どこかへワープさせられてしまったのだろう。

 

「ランス様ぁー! ルークさんー! いませんかー? いたら返事してくださぁーい!」

 

 ランスたちが近くにいないかと必死に声を上げるが、返事はない。この状況でモンスターに出会ってしまったら、自分は勝てるだろうか。いや、最悪四魔女に出会ってしまったらどうなってしまうのか。不安に押し潰されそうになっていると、ふと岩陰から人の気配を感じる。

 

「だ、誰かいらっしゃるんですか……?」

「……」

 

 怯えながらも岩陰の気配へ話しかけるシィル。だが、返事は無い。勇気を振り絞り、もう一度そちらに向かって声を掛ける。

 

「も、もしかしてランス様ですか?」

「うぅ……ぐっ……」

 

 それは、ランスの声でもルークの声でもない。恐る恐る岩陰へと近づいていくと、そこには一人の戦士が倒れていた。容姿の整った青い髪の男。死に至るような大きな怪我は無いようだが、消耗しきっているのか動けない様子だ。慌てて駆け寄り、ヒーリングを唱えるシィル。

 

「だ、大丈夫ですか、しっかりしてください! いたいのいたいの、とんでけーっ!」

「ん……くあっ……」

 

 暖かい光がその男を包み込み、全身に負っていた怪我が徐々に塞がっていく。ゆっくりと目を開き、目の前で治療をしてくれているシィルを見る。

 

「ありがとう、もう大丈夫だ……君のおかげでこの命を拾うことが出来た」

「よかった……あ、私はシィル・プラインと言います」

「僕の名前はバード・リスフィだ。君の魔法のお陰で助かったよ。本当にありがとう」

「え、えへへ……」

 

 こうもはっきりと感謝されることにシィルは慣れておらず、少しだけ照れてしまう。ランスが素直に礼を言う事など、有り得ないからだ。バードと名乗った戦士は側に落ちていた剣に手を伸ばし、ゆっくりと立ち上がって周囲を見回す。

 

「君もあの変な魔法でここへ?」

「はい、バードさんも?」

「ああ。モンスターとの戦闘でボロボロになっていた僕は、後ろから向かってきている光に気がつけなかった。まさか転移魔法とは……」

「テレポート・ウェーブという魔法装置です。早くランス様と合流しないと……」

 

 シィルが不安そうに声を漏らす。今頃ランスは自分を心配してくれているだろうか。いや、例え心配してくれていなくても、すぐにでもランスの下へ帰りたい。その思いでシィルの頭は一杯であった。

 

「なら、互いの目的は一緒だね。僕も君もここから脱出したい。どうだろう、ここからは僕と協力しないか? 帰り木も奪われてしまったようなんだ」

「えっ!? ……あっ、道具袋から帰り木がなくなっています!」

 

 シィルが慌てて道具袋を見ると、確かに帰り木が無くなっている。どうやらテレポート・ウェーブに仕掛けがしてあり、帰り木を奪われてしまったようだ。

 

「ふふ。それで、一緒に行動するという件はどうかな?」

「あ、はい、喜んで。よろしくお願いします!」

「ああ、よろしく……誰だっ!?」

 

 握手をしようとシィルに手を伸ばしていたバードだったが、突如後ろから気配を感じて勢いよく振り返る。シィルもすぐさまそちらに向き直ると、そこには赤い頭巾に身を包んだ少女が立っていた。可愛らしい来訪者に、ホッと息を吐いて緊張を解く二人。すると、頭巾の少女が二人に話しかけてくる。

 

「こんにちは。こんな迷宮内に来るなんてよっぽど物好きな人なのね」

「こんにちは。可愛い子ですね」

「お嬢ちゃん、君は?」

 

 バードが頭巾の少女に声をかけるが、少女はムッとした様子で頬を膨らませる。

 

「失礼しちゃう。アーシーはお嬢ちゃんなんかじゃないわ。こう見えても、てんちゃい占い師なんだから」

「うふふ、てんちゃい占い師さんなんですね」

「そう、大てんちゃいなんだから! おかし女が持っているお菓子をくれたら、特別に占ってあげてもいいよ」

「お菓子か……干し芋じゃ駄目かい?」

 

 微笑ましいものを見るような笑顔をしているシィルに見惚れていたバードだったが、アーシーにお菓子をくれとせがまれたので腰に掛けていた道具袋に手を突っ込む。お菓子など持っていなかったので、ヌッと干し芋を取り出した。冒険者の食べ物としては、割とポピュラーな一品である。

 

「駄目駄目。干し芋をお菓子のカテゴリーに入れないで」

「甘いんだけどなぁ……あ、シィルちゃんも食べるかい?」

「あ、えっと……いただきます」

 

 残念そうに干し芋をむしゃむしゃ食べるバード。隣のシィルにも手渡し、二人でむしゃむしゃと干し芋を食べるというシュールな光景が出来上がる。お菓子が無い事にむくれていたアーシーだったが、ふと何かおかしな事に気がついた様子で声を漏らす。

 

「あれ……そこのお兄ちゃん……」

「ん? 僕がどうかしたかい?」

 

 干し芋を食べているバードをじっと見据えるアーシー。数秒の静寂の後、アーシーはため息をつく。

 

「……なんでもない。教えて欲しかったらお菓子持ってきてね」

「そう言われると気になるな。でもごめんね、お菓子は持っていないんだ。君もこんな所にいると危ないから、一緒について来るかい?」

「大丈夫。モンスターさんには占いのお陰で出会わないから」

「そう、じゃあ私たちは行きますね。アーシーちゃんも気をつけて」

 

 アーシーに別れを告げ、手を振りながら泉を離れていくバードとシィル。その二人の背中を見送りながら、アーシーはぽつりと呟いた。

 

「あのお兄ちゃん、凶の運命の持ち主だったなぁ、かわいそう」

 

 凶の運命というのは、持って生まれた運勢の事。凶の人間など中々いないというのに、バードの運命は清々しい程ハッキリした凶であった。これから先、彼にはよほど苦難の道が待ち受けているのだろう。だが、アーシーが気に掛かっていたのはそこではない。

 

「それに、寿命がとっくの昔に無くなっちゃっているのに、なんでまだ生きているんだろう……悪運? あんな人初めて見た……」

 

 アーシーの呟きは、誰の耳にも届かないまま虚空へと消えていった。

 

 




[人物]
マリア・カスタード
LV 13/35
技能 新兵器匠LV2 魔法LV1
 カスタム四魔女の一人。師であるラギシスを殺害するが、それはラギシスに裏切られたが故の行動であった。現在は他の三人を救うべく、ルークたちと行動を共にする。元々は水魔法の使い手であったが、指輪を外された際にその魔力のほとんどが奪われてしまい、その力を失ってしまった。だが、兵器開発の才能は魔法の才能以上に非凡である。今後、彼女の発明の多くが歴史にその名を残すことになるのだが、それはまた別の話。

バード・リスフィ
LV 15/42
技能 剣戦闘LV1
 バード冒険団のリーダーを務めていた冒険者。顔、性格、腕の三重奏揃った戦士だが、色々と幸が薄い。惚れっぽい性格をしており、気がつけば毎回違う女性を連れ歩いているのだが、本人に悪気はない。

ロゼ・カド (2)
LV 4/20
技能 神魔法LV1
 カスタムの町の淫乱シスター。神への信仰心は無く、金儲けの手段として使っている。暇さえあれば自分で呼び出した悪魔とのHに耽るなど、数少ないランスをどん引きさせた女性の一人。

芳川真知子
LV 1/5
技能 戦術LV1
 カスタムの町の情報屋。双子の姉で、コンピュータを使って理論的に情報を導き出す。ランスよりも年上であり、強引なアプローチをのらりくらりと躱している。

芳川今日子
 カスタムの町の情報屋。双子の妹で、水晶玉を使って知りたいことを占う。一途な少女だが、若干いきすぎている。

牧場野ANT
 冒険者。珍しい名前をしており、妹と娘がいる。シリーズでも間違いなく上位に入るマイナーキャラであったが、2のリメイクとランスクエストでの再登場により知名度が上がった。ほんの少しだけだが。

アーシー・ジュリエッタ
LV 1/3
技能 占いLV2
 魔人バークスハムの使従。他に姉妹が二人いる。占いの的中率は100%と言われており、お菓子をあげると占って貰える。戦闘能力自体は皆無。


[モンスター]
おかし女
 一つ星女の子モンスター。お菓子を作るのが大好きで、その味は絶品。戦闘能力は低い。


[技能]
新兵器匠
 特殊な新兵器を開発する才能。LV2ともなれば、歴史に名を残せるほどである。

戦術
 戦術を立てる才能。技能保有者は軍師として重宝される事が多い。

占い
 物事を占う才能。LV2以上にもなると、未来予知とも呼べるものになる。


[技]
雷の矢
 指先から生み出した雷の塊を放つ初級魔法。炎の矢や氷の矢と並んで良く使われる魔法であり、特にゼスでは多くの若い魔法使いがこの魔法を好んで使う。その理由としては、『雷に愛された男』、『雷帝』という異名を持つ老魔法使いが魔法学園の講師をしているため、自然と若い頃に触れる機会が多くなるためである。

雷撃
 雷を水平方向に飛ばす中級魔法。本来は手から放つ魔法だが、鍛え上げると頭上から雷を落とせるようにもなる。


[装備品]
フィールの指輪
 赤、青、黄、白がある四つの指輪。処女十人の魔力を吸い込んだ四つの指輪全てを身につけることにより、無限の魔力を手に入れることが出来ると言われている。長く身につけていると精神が蝕まれ、邪悪な心に支配されてしまうという呪いのアイテム。ラギシスがかつてゼスのとある魔法使いから譲り受けたものらしい。

チューリップ1号
 マリアが発明した新兵器。ヒララ鉱石をエネルギーとし、爆発的な威力を出すバズーカ。側面に描かれたマリア手書きのチューリップの絵が愛らしい。


[アイテム]
ヒララ鉱石
 レアストーン。特殊な条件下で強力なエネルギーを発生する。


[その他]
テレポート・ウェーブ
 対象者を決められた場所にワープさせる魔法装置。敵を分断させたり、自らの逃亡用などに使用したりと用途は様々。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。