-下部中央エリア 地下-
天井からパラパラと破片が落ちてくる。都市全体から鳴り響く轟音が、闘神都市の崩壊が現在進行形で続いている事を示す。そんな中、下部中央エリアの地下では金属音が鳴り響いていた。
「真滅斬!」
「ふん!」
ルークが振り下ろした剣を巧みに躱すディオ。そのまま闘気を纏った手刀をルークの首目がけて突き出す。ルークも体を屈めてそれを躱し、ディオの首目がけて剣をかち上げようとする。
「ぐっ……!?」
だが、パイアールから受けた腰の傷がその行動を邪魔する。激痛に顔を歪めたルークだったが、即座に狙いを首から腹部に変更し、横薙ぎにディオを斬りつける。しかし、無理に狙いを変更した一瞬のタイムラグは、ディオにそれを躱させるには十分な時間であった。バックステップでルークの剣を回避し、返しに手刀をルークの心臓目がけて突き出す。
「ぬっ……!?」
だが、限界なのはディオも同じ。右腕がルークの体に届く前に、ガクンと体勢を崩す。金属で出来た自身の体が悲鳴を上げている。即座に体勢を崩したままルークの腰の傷目がけて回し蹴りを放つが、ブラックソードでそれを受け止められる。直撃は避けたものの、その衝撃でルークの腰の傷からじわりと血が滲む。
「どうした? 限界ではないか?」
「貴様に言われたくないな……はぁっ!!」
ディオの言葉を遮るようにルークが剣を振り下ろす。だが、ディオは後方に大きく跳びあがってそれを躱す。ルークはすぐに追撃しようとするが、腰の傷で思うように体が動かない。
「ククク……だが、嬉しいぞ。私以外の奴に殺されず、こうして生き残っていてくれた事がな……獲物を横取りされる事ほど不愉快なものは無いからな……」
「貴様に殺されるつもりもない」
「貴様にそのつもりがなくとも、そうなる。これは決定事項だからな」
後ろに下がって体勢を立て直したディオがニヤリと笑う。それを見たルークが一度だけ息を吐き出し、剣を構え直す。
「そんな運命願い下げだな。この先にあるのは、貴様が滅びる運命だけだ」
「ククク……運命か。そもそも運命というのは誰が決める? 神か? 悪魔か? 違うな! そんな存在に私の運命など決めさせんよ!!」
「ならば、誰が決める?」
「私だ! 自分の道は自分で決める。当然だろう? 神も悪魔も魔人も闘神も、私の上に立つ事など許さんよ! 私は誰の干渉も受けん!!」
両手を大きく広げてそう口にするディオ。その側に天井からパラパラと破片が落ちるが、二人ともそれを気にした様子も無い。
「自分の道は自分で決める、か……」
ルークが目指す道、人類と魔人の共存。これもまた、自分自身で決めた道だ。普通の人から見れば、その道はディオに劣らぬ狂人の思想。だが、その道を諦めるつもりはない。剣を握り直し、ルークが一気に駆け出す。
「同感だ!」
一気に間合いを詰めたルークはディオに向かって剣を振り下ろす。それを手刀で受け止め、互いに目の前にある相手の顔を見ながら口を開く。
「だが、貴様の決めた道は腐りすぎている!」
「何の権利があって貴様がそれを決める!?」
剣と手刀が交差し続ける。二人ともボロボロの体でありながら、互いに致命的な一撃を躱し続けている。満身創痍でありながらもこれだけの動きが出来る二人は、やはり達人の域だ。だが、決着はそう遠くない事を二人とも確信している。お互いにこの状態では、長期戦になりようがないからだ。
「貴様は獣だ。人類とは相容れん!」
「結構な事だ。私から言わせれば他の者が自らを縛りすぎだ!」
ルークの剣とディオの手刀が互いの肩を掠める。ルークの肩から血が噴き出し、ディオの肩に傷が残る。ブラックソードの斬れ味は妖刀不知火にすら劣っていない事の証明となる。決して浅くはない傷だったが、二人とも引くことはなく、すぐにまた攻撃が交差し合う。
「生物の根源は野生だ。本能の赴くまま行動をして何が悪い! 自らを縛り付け、自由に行動出来ない愚か者が多すぎる!」
「欲望を抑えつけるのが人としての性だ。時には欲望に身を任せる事があったとしても、外れてはならない一線がある。そこから外れたら、そいつは人ではない!」
「ならば私は獣で十分だ。自由に狩り、自由に楽しむ。殺しを越えるほどの愉悦はないぞ!」
ディオの足払いを跳んで躱し、ルークが剣を振り下ろす。だが、何度も見ている攻撃パターンであるそれをディオは悠々と躱し、ルークの腰に回し蹴りを入れる。傷口から激痛が走り、苦痛に顔を歪めるルークに追撃を仕掛けるディオだったが、次の瞬間にはその首筋に剣が振るわれていた。即座に止まり、首を後ろに反らしてその剣を躱すディオ。今の瞬間、少しでもルークの手が止まっていれば、ディオに殺されていただろう。逆に、ディオが油断をして攻め掛かっていれば、その首をルークの剣がかっ斬っていたであろう。一瞬の油断も許されぬ攻防が続く。
「ククク、流石にやる……だから貴様は面白い。私の上に立っているつもりだったビッチとかいうクズが死んだのは気分爽快だったぞ。私自ら殺せなかったのは残念だったがな」
「奴がクズというのには同感だ。だが、貴様はそれ以上だ。真空斬!」
ルークが後方に跳びながら真空斬を放つ。それを手刀で振り払うディオ。四散した真空斬を眺めながら、ディオが不気味に笑う。
「良い……素晴らしいぞ。貴様の頭蓋骨はコレクションの中でも最高峰の一つになるだろうな……クカカカカ!」
「狂人が……」
ディオのその笑いに嫌悪感を示すルーク。ディオを睨み付けるその瞳から自然と殺気が放たれるが、それを見たディオが何故か小さく頷く。
「なるほどな……ククク、そうではないかと思ってはいたが、今確信したぞ」
「確信?」
「私の事を狂人と言うが……貴様の根源も狂人では無いのか? 貴様が抱く夢……それは狂人の夢ではないか?」
その言葉にルークは目を見開く。人類と魔人の共存という夢は、間違いなく狂人のそれである事は自覚している。だが、ディオがその事を知っているはずがない。それなのに、目の前のディオはルークの事を狂人と言い当てたのだ。
「ククク……クカカカカ! やはりか! その反応が全てを物語っているぞ!?」
「…………」
「良いではないか! 何を望んでいるか知らんが、それを下らんと吐き捨てるクズなど放っておけ! 私は貴様の夢を認めてやろう。どれ程馬鹿げていようと、どれほど狂っていようと、それを掴み取る力があれば何も問題はない! 私はそうして生きてきたぞ!!」
「屍の山を築いてか……?」
「ならば、貴様の夢に屍の山は築かれないとでも言うのか?」
ディオの言葉が突き刺さる。あの日ホーネットと結んだ、人類をまとめた後に援軍に駆けつけるという約束。だがそれは、人類が魔人間の戦争に介入する事を意味する。一体どれ程の屍の山が築かれる事になるか、想像もつかない。いや、そもそも魔人との共存を謳っているにも関わらず、その計画の中にはケイブリス派の魔人、全員とは言わないまでも話の通じない者たちの駆逐というものがある。魔人と共存するために、魔人と人類の屍の山を築く。それは、矛盾した行動。
「ククク……私と貴様は似ているよ。同じ狂人だ」
「…………」
ルークは今もなお崩れてきている天井を見上げ、目を瞑る。だが、隙は見せない。ディオもそれを感じ取っているため焦って攻め込みはしない。もう何度目かも判らない振動が都市に響き渡る中、ルークの脳裏にはホーネットの顔が浮かんでいた。雨が降っていたあの日、たった一度だけの抱擁。思えば、この夢を決意したのはあの瞬間だったかもしれない。瞳を開き、ブラックソードを握り直して構える。
「たとえ貴様と似ていても、たとえ貴様と同じ狂人でも……人類の為に、俺は貴様を殺す」
「良い目だ……最高だぞ、ルーク。んっ? そういえば、貴様のフルネームを聞いていなかったな。名乗れ。私は名乗ったはずだぞ? いや……もう一度互いに名乗りでもあげるか?」
ディオがそう言い放った瞬間、ルークがディオに向かって駆け出す。剣に闘気を纏わせてそれを振り上げながら、ディオをしっかりと見据えて口を開く。
「ルーク・グラントだ! この名を刻み込みながら死ね!!」
「ディオ・カルミス! 死別する肉体ではなく、魂にこの名を刻みつけるがいい!!」
どこか似通った名乗りが示す通り、二人が似ているというディオの指摘は的を射ているのかもしれない。交差する剣と手刀。崩れ落ちる都市。決着の時は近い。
-防空コア 地下六階-
「先程から一体何が起こっているのだ……?」
防空ドラゴンのキャンテルが不可解そうに天井を見上げる。都市が揺れ、壁や天井が崩れ落ちていく。戦争終結から500年以上の時をこの闘神都市で過ごしたが、このような事態は初めてであった。その時、部屋の隅に強烈な魔力が発生するのを感じる。
「何だっ……!?」
キャンテルがそちらに視線を向けると、突如その空間が弾けた。それと同時に、先程まで何も無かった空間に五つの人影が現れる。
「瞬間移動!? 何者だ……?」
「キャンテル! やはりまだ闘神都市におったのじゃな!」
「……フリークか!? それに、ミスリーも一緒か!?」
「お久しぶりです、キャンテル様」
現れた者たちの中にかつての同士であるフリークの姿を発見し、目を見開くキャンテル。その後ろからペコリとミスリーが頭を下げてくる。ミスリーが闘神都市の番になった当初はキャンテルの下を良く訪れていたが、自身を卑下するキャンテルは彼女を遠ざけ、この数十年は顔を合わせていなかったのだ。
「フリーク、何故ここに……?」
「話は後じゃ。キャンテル、闘神都市は間もなく崩壊する! 既に地上への落下が始まっておるのじゃ!」
「なんと!?」
再度目を見開くキャンテル。この闘神都市が崩れるなど考えもしていなかった事態だ。俄には信じがたい事だが、それを口にするのは教団の幹部であったフリーク。恐らく、現在生きている者の誰よりもこの闘神都市を熟知している存在だ。ならば、この言葉は真実なのだろう。
「キャンテル……自身を戒めていたお主に頼むのも申し訳ないのだが、ワシらを乗せて脱出してはくれんか?」
「むっ……」
「ワシらは最早脱出の為の飛行艇まで辿りつけんのじゃ……頼む、キャンテル!」
「キャンテル様……」
フリークとミスリーが頭を下げてくる。キャンテルはその姿を見て、かつての魔人戦争を思い返す。闘神都市を守れず、多くの同胞を殺してしまった忘れられぬ戦争。そして今、その同胞の生き残りの命が危険に晒されている。
「最早二度と飛び立つ事は無いと思っていたが……友の頼みでは聞かねばなるまい……」
「キャンテル!?」
「それに、十年以内に私の力が必要になるらしいのでな。ここで死ぬ訳にはいかんのだ」
「十年以内……?」
「……いや、忘れてくれ。ただの独り言だ」
ミスリーの問いかけに首を振るキャンテル。だが、彼が了承したという事は脱出の手段が確保出来たという事だ。部屋の空気が一気に弛緩するが、キャンテルとフリークだけは真剣な表情のままであった。
「だが、一つ問題がある……」
「問題?」
「その壁だ。これを破壊しなければ、闘神都市から飛び立つ事は不可能」
キャンテルの言葉にヒューバートが眉をひそめ、問いかける。すると、キャンテルは首を奥の壁に向け、その問いに答える。頑丈そうな壁だが、今この場にいるのは並大抵の面子ではない。ヒューバートが苦笑する。
「へっ……壁の一つや二つ、簡単に破壊できるだろ?」
「そうはいかんのじゃ。この防空コアの壁は特殊でな……魔人からの襲撃に備え、頑丈に出来ているのじゃ」
「この壁は私でも破壊できん」
フリークとキャンテルが続けて言葉を発する。その衝撃の事実に目を見開く一同。
「ド、ドラゴンでも破壊出来ないだど……? そんなものを破壊するだっで……?」
「……ハンティ、お前の力なら壁を破壊出来るんじゃないのか?」
「へっ……当然だろ。誰にもの言ってんだい」
ヒューバートの言葉を受け、ハンティはニヤリと笑いながら一歩前に出る。そのハンティの姿を見たキャンテルは三度目を見開く。
「なんと……黒髪。お主も一緒とは……そうか、先程の瞬間移動は……」
「久しぶりだね、キャンテル。アンタの力は数百年ぶりでも捜しやすかったよ」
フリークを通じ、ハンティとも出会った事のあるキャンテルはその健在ぶりに驚く。いや、直接出会った事が無くても、あの時代を生きていた者で黒髪のカラーを知らぬ者などいない。それ程までに彼女は伝説的な存在なのだ。キャンテルに微笑みかけ、壁と対峙するハンティ。自身の腕と鉄の腕、計四本の腕に魔力が集まっていく。だが、キャンテルがハンティの背中を冷静に見ながら口を開く。
「無理だ……今のお前ではな……」
「…………」
「おい、どういう事だ!?」
「先程の瞬間移動、随分と魔力を感じたぞ。本来あのように魔力が外に漏れるものではない。大分手傷を負っているな……? そのような状態で、この壁は破壊できんぞ」
「ハンティ、今の話は……!?」
フリークが慌ててハンティの顔を見る。すると、彼女は唇を噛みしめていた。その悔しそうな顔が全てを物語っている。
「待ってください。壁を破壊しなくとも、壁の向こうに全員で瞬間移動すればいいのではないですか?」
「お主たちを運ぶのでも精一杯のハンティが、巨体の私を運ぶことなどもう無理だ」
「ちっ……ディオの野郎があんなにしぶとくなければ……」
ミスリーの提案はもっともなものであったが、即座にキャンテルがその提案は実現不可能であると断言する。その言葉を聞き、ヒューバートが壁を叩く。ディオに自分が足をやられていなければ、転移装置の破壊を見た後でも別の転移装置から脱出口まで辿り着けたかもしれない。それに、ハンティも地上まで瞬間移動出来た可能性だってある。全ては、あの闘将ディオのせい。
「やれるだけやるさ……力を貸しな、フリーク、キャンテル!」
「うむ。何とかして壁を破壊せねばならん」
「力を貸そう。ふっ……フリークよ、お主と肩を並べていると500年前を思い出すぞ」
ヒューバート、デンズ、ミスリーの三人が後方で見守る中、壁を睨み付ける二人と一体。二人の手に魔力が纏われ、キャンテルが大きく口を開ける。
「火炎流石弾!!」
「スーパーティーゲル!!」
「かぁぁぁぁぁ!!」
強力な魔法とブレスが壁に直撃する。同時に、また都市が大きく揺れる。残された時間は少ない。
「やったか!?」
ヒューバートがそう叫び、煙に覆われた壁を見やる。天井から破片が落ち、壁が崩れ落ちる。そして、煙がゆっくりと晴れていく。そこには、多少の傷がついただけで未だ健在の壁があった。
「なんだと……」
全員の気持ちを代弁するかのようにヒューバートが声を漏らす中、またも都市が大きく揺れる。タイムリミットは、刻一刻と迫っていた。
-カサドの町近辺 草原-
「…………」
メガラスとハウゼルが上空を飛びながら大地を見る。パイアールを追いかけてきた二人だったが、やはり足止めを食らったのが響き、まんまと逃げられてしまったのだ。
「メガラス! あれ!!」
ハウゼルがそう叫んで遠くの空を指差す。すると、そこにはパイアールの飛行艇であるエンタープライズが魔人界へ向けて飛んでいた。
「追いかけなきゃ……って、どうしたの?」
「…………」
クイ、と首を横に向けるメガラス。その視線を追うようにハウゼルがそちらを向くと、その遙か先にもエンタープライズが飛んでいた。いや、そちらだけではない。周囲を見回すと、八方向全てにエンタープライズが飛んでいるのだ。
「ど、どうなっているの!?」
「ダミーか……」
「普通に考えれば魔人界へ飛んでいる奴だけど……あのパイアールの事だし、裏をついてくるかも……」
「裏の裏でそのままも有り得る……考えてもキリがない、行くぞ……」
「了解!」
メガラスとハウゼルが魔人界へ向かっているエンタープライズ目がけて加速する。その光景を遙か遠く、建物の入り口から見送る人影が二つ。
「裏の裏のそのまた裏……っていうところですかね。まだ脱出していないんですよ、メガラス……いつっ……」
「大丈夫ですか、パイアール様!?」
PG-7に抱きかかえられた状態のパイアールが勝ち誇った表情でメガラスたちを見送るが、直後に失われた右腕の痛みが襲い涙ぐむ。持っていた止血剤のお陰で血は止まっているが、痛みは未だ健在なのだ。
「くそっ……くそっ……くそっ……ルークの奴め……」
「魔人界に戻ったら奴への復讐方法を考えましょう。他の魔人にも協力を仰ぎ……」
そう言いかけたPG-7をキッと睨み付けるパイアール。
「そんなみっともない真似出来るわけないでしょう!! 右腕もすぐに義手を作り、人間に腕を切断された等という事実はもみ消します! あってはならない事なんですよ……くそっ、こんな事がケイブリスの馬鹿にばれたら何て言われるか……絶対に他言無用ですよ!」
「こ、これは配慮が足りませんでした。申し訳ありません……」
「今回の事も、ルークの事も、他の魔人には絶対に報告してはいけませんよ! あいつだけは必ずボクの手で殺す……何故無敵結界を突破できたのか……そこから調査が必要ですね……」
自身の失態と私怨から、ルークの存在を他の魔人には知らせない事を決定するパイアール。だが、この決定はルークにとっては有り難いものであった。対結界能力をケイブリス派の者に知られるのは、何よりも避けたい事だからだ。
「PG-7。建物の中に戻ってください」
「えっ!? 脱出するのでは……?」
エンタープライズへと向かうものだとばかり思っていたPG-7にとってパイアールの発言は完全に想定外であり、思わず聞き返してしまう。胸の中のパイアールはやれやれとため息をつき、それに答える。
「愚かな質問ですよ。今飛び立つと勘の良いメガラスに気付かれる恐れがありますからね。もっと離れてからでないと……それに、ここまでの屈辱を受けて手ぶらでは帰れませんよ」
「何かを持ち帰るつもりですか?」
「当初の目的でもある闘神と闘将の資料を……ボクのPGシリーズ研究に役立ってくれるかもしれませんからね」
「PG-8の開発に……ですね……」
少しだけ悲しげな顔をするPG-7。その顔を見上げながら、パイアールは再びため息をつく。
「はぁ……心配しなくとも、貴女の廃棄処分はしばらく見送ってあげますよ。少なくとも、数年はね」
「……!?」
「道具なりに活躍してくれましたしね。良くやってくれましたよ」
「は、はい! ありがとうございます!!」
とたんに笑顔になるPG-7を見て三度ため息をつくパイアール。なんて単純なんだと呆れているのだ。そして、そのまま二人は建物の中に消えていった。
-闘将コア 地下五階 脱出口-
「まだなの……? ルーク……」
ロゼがトマトの治療を続けながらそう口にする。トマトをこれ以上闘神都市に残す訳にはいかないため、ロゼとトマトは既に飛行艇に乗り込んでいた。それは彼女たちだけではない。町の住人以外にもジュリアやシャイラ、ネイ、カバッハーンなど、ルークの仲間たちも既に多くの者が乗り込んでいる。その時、脱出口の入り口から一気に大勢の仲間たちが駆けてくる。
「リック殿!!」
「志津香さん!」
「サイアス……」
治療を受けていたアレキサンダーが叫ぶと、セルもそちらを振り返り志津香の姿をその目に捉える。その側に立っていたウスピラもサイアスの姿を捉え、ホッと息を吐く。みんなが心配で飛行艇の外で待っていたメナドもかなみの姿を発見し、嬉しそうに駆け寄る。そのメナドとすれ違う形で前へと歩みを進めたサイアスは、ウスピラの前に立って口を開く。
「心配かけちまったかな?」
「心配なんかしていない……」
「そりゃ寂しいこって」
「信じていたから……」
つれない返事にサイアスが苦笑したが、後に続く言葉を聞いてその笑みが柔らかくなる。すると、自身の火傷を負った両腕をひんやりとした冷気が包む。ウスピラから発せられた冷気がサイアスの腕を優しく冷やしていた。
「悪いな」
「無茶しすぎ……」
熱を持っていた腕が楽になっていくのが判る。後でちゃんとした治療は受けなければならないだろうが、今はしばらくこのままでいたいとサイアスは静かに笑った。
「かなみ……良かった、本当に……」
「ありがとう、メナド。そっちも無事で良かった」
再会を喜び合う二人だったが、メナドがもう一人心待ちにしていた人物がいない事に気が付き、不思議そうに首を傾ける。
「あれ、ルークさんは?」
「っ……!?」
「ランスとシィルちゃんもいないわ……それに、ヒューバートさんたちも……志津香、他のみんなは?」
マリアもランスたちの姿が無い事に気が付き、不安そうに志津香に問いかける。メナドに尋ねられたかなみは言い淀んでいたが、志津香はマリアの目を見ながらハッキリと答える。
「ランスとルークは後で来るけど、ヒューバートたちは知らないわ。てっきり、もう来ているのかと思っていたけど……」
「シィルちゃんは……?」
「…………」
その質問に、流石の志津香も口を噤む。見れば、リックやレイラも悔しそうな表情を浮かべている。その反応に、マリアの胸中を不安が過ぎる。まさか、いや、有り得ない。有って欲しくない。不安を必死に押し潰し、再度マリアは問いを投げる。
「ねぇ……シィルちゃんは?」
「奴は闘神との戦いで死んだ」
「「「「!?」」」」
ナギの言葉に、部屋にいた者たちが目を見開く。それは、有って欲しくなかった事。
「そんな……シィルさんが……」
「ねぇ……嘘だよね、かなみ……嘘だって言ってよ!!」
「…………」
真知子がその場にへたり込んでしまう。いつも冷静な彼女らしくないが、元々彼女は戦う者ではない。身近な人の死という現実は、想像以上に堪えたのかもしれない。メナドが涙目になりながらかなみに叫ぶが、かなみは何も答えられず、その瞳から涙を流す事しか出来なかった。すると、ガン、と強く床を叩きつける音が響く。セルの治療を受けていたアレキサンダーが、折れていない方の腕で床を叩いたのだ。
「私は何をしていた……シィル殿……」
「アレキサンダーさん……」
自身の不甲斐なさに唇を噛みしめるアレキサンダー。その唇からは血が滲んでいた。香澄が心配そうにアレキサンダーを見るが、掛ける言葉が見つからない。
「みんな、乗り込んで。悲しむのは後よ」
悲しみに暮れている一同だったが、飛行艇の中からロゼの声が響く。トマトもある程度安定したため、後の治療はシンシアに任せてこちらにやってきたのだ。飛行艇の入り口から顔を出し、全員に指示を出してくる。
「でも、ルークさんたちを待たないと……」
「全員が雁首並べて待っている必要はないでしょ! 飛行艇の準備は出来ているんだから、一人か二人残っていれば十分よ。怪我人は治療するからさっさと乗り込みなさい!」
ロゼにそう強く言われ、とぼとぼと飛行艇の中へと入っていく面々。サイアスは外に残ろうとしたが、両腕の火傷があるためウスピラとセルに引っ張られて中へと入る。
「アスマも入ってなさい」
「志津香が残るなら私も……」
「いいから入ってなさい。大丈夫だから」
志津香にそう言われても一度は食い下がったナギだったが、最終的には折れて飛行艇の中に入る。これで外に残っているのはかなみと志津香の二人だけだ。最後に乗り込んだフェリスが入り口に立っているロゼとすれ違い様、口を開く。
「強いな……」
「人の死に慣れているだけよ。神官だからね」
「いや……強いよ、あんたは……」
これで飛行艇の中はかなりの満員状態だ。ロゼがそれを確認し、自動操縦装置の前にいるマリアに向かって叫ぶ。
「もう良いわ。出発して!」
「……香澄。ゴメン、任せた。やっぱり私も残る!」
「あっ、マリアさん!」
マリアがそう香澄に頼み、ロゼの横を通って外に飛び出す。そのマリアの行動に志津香がため息をつくが、ナギのように飛行艇の中に入れとは言わなかった。これでも長い付き合いの親友だ。彼女がどんな思いで残る決断をしたのかくらい、察する事が出来る。その様子を見たロゼはため息をつく。
「はぁ……香澄、良いわ。出発して」
「は、はい!」
ロゼに促された香澄が自動操縦装置のスイッチを入れる。エンジン音が響き、プロペラが回り始める。この飛行艇は完全自動操縦であるため、一度動き出したらもう止める事は出来ない。飛行艇の入り口から顔を出し、この場に残っているかなみ、志津香、マリアの三人に声を掛けるロゼ。
「三人とも。もう間に合わないと思ったら、あんたたちだけでも脱出しなさい。心中する必要はないからね」
「……はい」
「死ぬつもりはないわ」
「大丈夫よ、ロゼさん。みんな必ず一緒に……んっ……」
全員無事に帰ると言いかけたマリアだったが、シィルの事を思い出して口を噤む。全員無事の帰還は、もう叶わないのだ。なんだかんだで長い付き合いであり、皆から好かれていたシィルの死はあまりにも重い。沈んだ表情のマリアたちを残し、ガタガタと音を鳴らして飛行艇が少しずつ動き出す。その窓から外を眺めていたチルディが、一つの異変に気が付く。
「……あちらの飛行艇、動いていませんこと?」
「えっ!?」
その言葉に香澄が窓の外を見る。チルディの言うように、最後の脱出用に残して置いた飛行艇がガタガタと動き、外に向かって飛び立とうとしているのだ。自分たち以外に動かせる者が闘神都市に残っているはずがない。だが、確かに飛行艇は動いている。
「マリアさん! 最後の飛行艇が動いています!!」
「ええっ!?」
マリアもすぐにそちらを見ると、飛行艇がゆっくりと前進していた。動き始めたそれを止める術はない。目を見開くマリア。
「いえーい! 優雅な空の旅といきましょう!!」
「ふっふっふ、悪しきランスもこれでおしまいですね」
動き出しているもう一つの飛行艇の中では、アトランタが歓喜の声を上げていた。よもやこれ程までに上手く飛行艇が奪えるとは思っていなかったからだ。セェラァがランスの死が確定したとほくそ笑む。飛行艇を追いかけようとするかなみだったが、アトランタたちを乗せた飛行艇は外の空へと飛び立って行ってしまった。そして、ロゼたちを乗せた飛行艇も徐々に前進を始める。
「早く乗り込みなさい! もう脱出手段は無いわ!!」
動き出した飛行艇からロゼが叫ぶ。このまま三人が残っていても、脱出手段がないのだ。ならば、三人だけでも救わなければならない。だが、三人は動こうとしない。
「何をしているの! 早く!!」
ロゼの声を聞きながら、かなみと志津香は全く同じ事を思い出していた。解放戦の結末、ジルと共に消えたルークが残した言葉。
『大丈夫だ! 必ず帰るさ』
だが、ルークは帰ってこなかった。どれ程その事で二人が苦しんだか、どれ程再会を待ちわびたか。かなみと志津香がロゼに振り返り、同時に口を開く。
「ここで待っています。今度は……最後まで……」
「地上で悠長に待っていられないのよ。あいつ、それだと全然帰ってこないから」
「馬鹿……マリア……」
二人の説得は無理だと判断したロゼはマリアに視線を移す。そのマリアが考えていたのはシィルの事。出発間際にレイラから死の真相を聞いていた。ランスを、みんなを助けるために彼女は命を投げ出したのだ。同じ男性を好きな自分だが、同じ行動が取れる自信はない。シィルの強さを改めて実感していたマリアだったが、右拳を握りしめてロゼに振り返る。
「これくらい……最後まで待つくらい……させてください……そうじゃないと、シィルちゃんに申し訳ないから……」
「っ……」
マリアの真剣な瞳は、隣に立つかなみと志津香と同質のものであった。彼女たちは折れないと確信したロゼは表情を歪める。その時、ロゼの横を一つの影が横切った。
「なっ……待ちなさい、アスマ!」
「やはり志津香が残るなら私も残るぞ」
ロゼの言葉を無視して飛び出していくナギ。それを見たキューティが目を見開く。
「アスマ様!?」
「問題ない。志津香とルークがいる。脱出手段を見つける事など容易い」
根拠が無いにも関わらず、何故か自信満々に言い放って外に出ていってしまったナギ。同時に、飛行艇が本格的に動き出す。そんな中、飛び出していったナギに続こうとする者たちがいる。メナド、真知子、ウスピラの静止を振り切ったサイアスの三人だ。飛行艇の出入り口へと駆けていた三人だったが、ロゼがバンと壁を蹴ってその道を遮る。
「人数が多くなれば、それだけ脱出が困難になるわ! それでも何か策があって行きたいって言うなら行かせてあげる。無策で行くつもりなら、100万GOLD今すぐ払ったら通してあげる」
「うっ……」
その言葉に三人が口を噤む。確かに人数が多くなればなるほど、それだけ巨大な飛行艇を見つけなければならない。何も策を持たない三人では、あの場に残ったところで足手纏いにしかならないのだ。その時、飛行艇が空へと飛び立った。もう飛び出すことは出来ない。すると、メリムが一歩前に出てくる。
「まだヘルマンの飛行艇が残っているはずです……ヒューバートさんたちも、もしかしたらそっちに向かったのかも……」
「……そうか! まだ脱出の手段は……」
「でも、ヒューバートたちが先に向かったのなら、もう脱出しているんじゃないの?」
「ヒューバートさんたちには動かせません。操縦は私とビッチ様しか出来ませんから……私なら飛行艇の場所が判ります」
ロゼの質問に答え、メリムが真剣にその瞳を見つめる。だが、既に飛び立ってしまった飛行艇から下の場所に戻る事は不可能だ。すると、メリムが後ろから肩を叩かれる。振り返ると、それはフェリス。
「私が連れて行ってやるよ。というか、そういう大事な事はもっと早く言え」
「す、すいません……」
「フェリス……」
「私しか連れて行けないだろ? それに、いざとなったら私は悪魔界に逃げられるからな。心中もしないし、脱出の邪魔にもならない。どうだ?」
フェリスとロゼが真剣な表情で互いの目を見る。数秒の睨み合いの後、ロゼは道を塞いでいた足をスッと下げる。
「行きなさい。フェリス、みんなを頼んだわよ」
「任せな」
それだけ言い残し、フェリスはメリムを抱えて飛行艇から飛び立つ。一度脱出した闘神都市へと引き返していく二人の背中を見つめながら、ロゼが小さく呟く。
「死ぬんじゃないわよ……みんな……」
結果、脱出口でルークたちを待つのは六人となる。かなみ、志津香、マリア、ナギ、メリム、フェリス。崩れ落ちる闘神都市を空から眺めながらメリムが息を呑み、フェリスも自然と力が入る。そうして緊張した二人が脱出口に戻ってきたとき、目の前には大きなたんこぶを作ったナギがいた。
「痛いぞ、志津香……」
「なんで出てくるのよ……全く……」
「ふっ……まあ、この方がらしいか……」
フェリスが思わず吹き出してしまう。最後の望みは消えていない。ヘルマンの飛行艇、それさえ無事であれば脱出は出来る。その事を先に残っていた四人に話すと、全員の顔に希望が戻る。後はルークたちの到着を待つだけ。希望は、まだある。
-上部動力エリア 通路-
「とまあ、今頃あいつらの内の誰かがそんな事を言っていると思うんですよ」
目当ての部屋を目指してPG-7が通路を飛ぶ。その胸に抱かれていたパイアールが、先程からペラペラと口にしたある事実。
「あれだけの人数でしたからね。誰のものかは判りませんが、誰かしらは絶望するはずです……ふふっ……」
「流石です、パイアール様」
胸の中で悪い笑みを浮かべる主人に感嘆するPG-7。痛みに苦しむパイアールだったが、今はルークたちの絶望の表情を思い浮かべて満足そうであった。
「希望なんて……ないんですよ……」
そう呟くパイアールから少し離れた場所、ヘルマンの飛行艇が隠されている草原。そこには、パイアールの手によって破壊されたヘルマンの飛行艇であったものの残骸が散らばっていた。