ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第102話 大地を踏みしめながら 前編

 

-リーザス城下町近辺 洞窟-

 

「はい、あーん」

 

 ジュリアが手に持っていたサンドイッチを目の前の男性に食べさせる。仲睦まじい光景だが、別にこの男はジュリアの彼氏という訳では無い。その男の体は壁に埋まっていた。一年以上前に一度だけルークが冒険中に出会った壁男、ブリティシュである。

 

「しくしく……いつになったら出られるのかなぁ……」

「ほらほら、早く食べて。ジュリア遅れちゃう……あれ? 何に遅れちゃうんだっけ?」

 

 情けなさに涙を流しながらも、差し出されたサンドイッチを頬張るブリティシュ。散歩中に偶然彼を発見したジュリアは壁に埋まっているブリティシュに興味を持ち、ここ最近は彼の食事の世話をしていたのだ。別に食事を取らなくても呪いのせいで死ぬ事はないのだが、ブリティシュはジュリアの事を娘のように可愛がっていたため、その申し出を断らずこうして共に食事を取るのが定例になっていた。

 

「それにしても、しばらく顔を見せないから心配したよ」

「えへへ。ちょっと冒険に行ってたの。ジュリアの大冒険聞きたい?」

「なるほど、それで随分と強くなっているのか。うん、聞きたいな」

 

 自慢気にそう口にしたジュリアだったが、ブリティシュの返事を聞いて驚いたような顔になる。

 

「あれ? 判るの?」

「判るよー。こう見えても昔は戦士だったんだー。そのときの話とか聞きたい?」

「ううん、別に。はい、飲み物」

「とほほ……」

 

 情けない顔になりながらも、ジュリアの差し出したストローに口をつけて喉を潤すブリティシュ。必要無いとはいえ、やはり人間らしい食事というのは良いものだ。

 

「それじゃあジュリアの大冒険の話をするね」

「あれ? 急いでいたんじゃなかったの?」

「何の用事だか忘れちゃったからいいの。きゃはは!」

 

 笑いながら今回の冒険を話し始めるジュリア。愛娘を見るような目でジュリアを見ながら、ブリティシュはその話に聞き入る。思い出されるのは、かつて共に旅をした仲間たち。

 

「(カオス、ホ・ラガ、日光、カフェ……)」

 

 かつての英雄、ブリティシュ。彼が再び歴史の表舞台に上がるのは、まだまだ先の話である。

 

 

 

-リーザス城 王座の間-

 

「ご苦労だったわ。期待通りの成果を上げてくれたわね」

「勿体なきお言葉……」

 

 リアが玉座に座りながら、目の前にいる救助隊の面々を労う。リック、レイラ、かなみ、メナド、チルディの五人は跪きながらその言葉を受ける。その彼らを囲むように立っているのは、バレス、エクス、コルドバ、アスカの将軍四人、キンケード、ハウレーンの副将二人の計六人だ。ドッジ、サカナク、ジブルの三人は将軍たちに代わって兵を纏めているため不在だが、リーザス軍の幹部がほぼ集結する形となっている。それだけでも今回の任務がリーザスにとってどれだけ重要だったかが判ろうというものだ。程なくしてマリスから指示が飛び、顔を上げる救助隊の一同。

 

「ダーリンたちを無事に救助した上に全員無事で帰ってくるなんて、リアも鼻が高いわ」

「流石は儂の見込んだ若者たちじゃ。がははは……はは……」

 

 バレスがそう笑い飛ばすが、うっすらと瞳に涙が浮かんでいた。一同はそれに気が付いているが、気まずそうにするだけで誰も指摘はしない。バレスに聞こえないよう、小声でリックに耳打ちをするレイラ。

 

「よっぽど自分も行きたかったみたいね……」

「そのようですね……」

「(父上……)」

 

 救助隊に参加出来ず最後までごねたのは、女王のリアと総大将のバレスであった。それを未だに引きずっているらしい。ハウレーンが恥ずかしそうに俯く中、エクスが救助隊メンバーを見回しながら口を開く。

 

「ところで、ジュリアはどこへ?」

「ちゃんと言っておいたんですけど……遅刻みたいですね……」

「なるほど……」

「あの子ったら……」

「(いくら強くなっても、あの人の事は認めませんわよ……)」

 

 かなみがそう答えるとエクスが苦笑し、レイラが頭を抱える。チルディも外面は取り繕っているが、内心ではジュリアを罵倒していた。大した努力もせずにいきなり強くなった事をまだ根に持っているようだ。

 

「まあいいわ。ジュリアとは今度個人的にお話しするし」

「はっはっは。リア女王と友達ってのはこういうとき得だな!」

「(なんとかおこぼれに預かれないものか……まあ、俺はこうして副将にまだ在籍出来ているだけでも幸運なんだがな……)」

 

 コルドバが笑い飛ばす横でキンケードが静かに思案する。大粛正を免れた事には感謝しつつも、以前のような生活にはまだ未練があるようであった。

 

「それにしても、まさかヘルマンとゼスの二国と共闘していたとは……」

「まあ、借りは作らなかったみたいだしいいけどね。出来れば貸しを作ってきて欲しかったけど。折角ヘルマン評議委員やゼス四将軍がいたんだし」

 

 マリスの呟きにリアが返す。闘神都市で起こった出来事に関しては既に報告を受けている。ヘルマン、ゼスの二国と共闘したというのには驚いたが、その出来事よりも更に耳を疑うような報告もあった。

 

「魔人……まさか二度も共闘する事になるなんてね……」

「それも、解放戦のときの二人とは別の魔人でした」

「対峙したのもパイアールという別の魔人でしたけどね」

「…………」

 

 リックとレイラの報告を受けながら、リアが真剣な表情になる。人類の敵である魔人。その存在と二度も共闘しているのだ。だが、それだけで彼らと手を取り合えるかもしれない等と楽観視するつもりはない。報告にあったパイアールは人類をゴミ程度にしか思っていなかったのだから。そして、今回報告にあったハウゼルとメガラスの両魔人が気に掛けていた人物は、解放戦時のアイゼルが気に掛けていた人物と同じであった。

 

「(共闘した魔人たちの中心には二度ともルークがいる。偶然……ではないわね。今までは拾い物だと思っていたけど、案外とんでもない爆弾かもしれないわ)」

 

 リアが女王の顔になる。解放戦後に両親を隠居させ、名実共に国のトップとなった彼女はこれまで以上にリーザスの事を考える義務がある。ヒカリ失踪事件の隠蔽、リーザス解放戦での活躍と後の大粛正など、これまでルークに恩義はある。将軍や副将軍たちもルークの事を信頼している。だからといって、国を預かる者として今回の件を見過ごす訳にはいかない。

 

「(かなみ……では駄目だろうし、一度マリスと接触させて情報を引き出して貰おうかしらね。あちらも中々の狸だから、どこまで引き出せるかは判らないけど……)」

 

 かつてのヒカリ失踪事件や大粛正の際のやりとりを思い出すリア。あまり知れ渡ってはいないが、ルークは駆け引きの方も十分一流である。

 

「ルークといえば、今回の件でお世話になったって事で各国を回るらしいですよ。リーザス、自由都市、ゼス、後は闘神都市の落下場所も見に行くとか」

「へぇ……」

 

 レイラの報告を受け、思案していたリアが意識をそちらに傾ける。リーザスに来るというのなら、その時に引き出せるだけの情報を引き出すべきかもしれない。ルークと魔人の繋がりは、それだけの爆弾である可能性があるのだ。すると、側に控えていた将軍たちも今の報告を受けて騒ぎ出す。

 

「それはいつ頃になる予定なのですか?」

「ひじじ、落ち着くのらー」

「あはは……三日後に訪問を予定していて、他の場所も回るから二日程の滞在だとの事です」

 

 チャカが身を乗り出して尋ね始め、それに引っ張られる形となったアスカが文句を言う。メナドがその光景を微笑ましく思いながら、チャカの質問に答える。

 

「リックは随分と嬉しそうですね」

「以前から約束していた手合わせにようやく付き合って貰えるのが嬉しいみたい。他にもメナドとチルディ、かなみの三人も手合わせして貰うみたいだし、志願者がいれば付き合うって」

「なんと! それでは私もご相伴に預かるとしよう」

 

 親友が嬉しそうにしているのを感じ取ったエクスの質問に答えるレイラ。当然、レイラ自身も手合わせをして貰うつもりである。その話を聞いたハウレーンもリックと同様に嬉しそうな顔になる。ルークの強さには以前から興味があったため、直にやり合えるのは願ってもない事。バレスも手合わせに興味深げな顔になりながら、顎に手を当てて声を漏らす。

 

「随分と律儀な行動じゃの」

「ランス殿の振る舞いに慣れすぎですよ。大規模な作戦でしたし、お礼参り自体はそれなりに当然の行動かと」

「むっ……確かにそうかもしれんな」

 

 エクスに突っ込みを入れられて考えを改めるバレス。確かにランスの傍若無人な振る舞いに慣れていっているのかもしれない。すると、リアの顔がパッと明るくなる。

 

「そうそう、ルークの事は判ったからもういいわ。で、ダーリンはいつお礼に来るの? これだけ頑張ったんだから、当然ご褒美にリアの事は抱いてくれるのよね? あわよくば結婚とか……きゃー!!」

「うっ……!?」

 

 リアの言葉にピシリと固まるかなみ。リックやレイラが気まずそうな顔になり、チルディとメナドも何かを言いにくそうにしながら視線を逸らしている。あからさまな反応を感じ取り、リアの表情が一変する。

 

「あれ……? ダーリン、来るのよね……? リアを褒めてくれたりは……?」

「ご、ご苦労との事です」

「いや、そうじゃなくて……」

「し、しばらく家でゴロゴロするそうです。その……シィルちゃんと一緒に……」

「メナドさん! それは失言でしてよ!!」

 

 かなみの報告に続くようにメナドも報告するが、最後に言わなくていい一言をつけてしまう。チルディが即座に反応したが、時既に遅し。リアが目に涙を浮かべながらプルプルと震え出す。

 

「ダ、ダーリンの馬鹿ー!!!」

 

 この後、部屋に籠もってしまったリアの説得にマリスとかなみが奔走する事になるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

-自由都市ガヤ跡 闘神都市落下地点-

 

「やれやれ、これは骨が折れそうだねぇ……」

 

 フロンが目の前の光景にため息をつく。積み上がる瓦礫の山。とてもじゃないが、人の住めるような場所ではない。だが、地上に降り立ったカサドの町の住人たちは、闘神都市落下地点であるこの場所に町を建設しようとしていた。

 

「なんだかんだで思い出も沢山あるからねぇ……」

「町の名前は闘神都市にしましょう。塔の残骸を中心にして円状に都市を形成していって……やる事は沢山ありますね」

「悪いねぇ、メリムちゃん。手伝って貰っちゃって。冒険に出たいんだろう?」

「いえいえ、闘神都市の整備が完了するまでお付き合いしますよ」

 

 都市の再建にはメリムが中心となって動いていた。青年団に指示を出し、効率的に作業を進めている。その視線の先には、塔の残骸。多少綺麗に残っており、少し整備すれば何かの建物として使えそうであった。すると、その建物から一人の女性が出てくる。

 

「メリム。中は割と広いし、中央がぽっかりと空いている。整備すれば見世物やコロシアムとして使えるかもしれないな」

「お疲れ様です、サーナキアさん。コロシアムですか……リーザスのコロシアムを参考にして、その線で進めるのも面白いかもしれませんね。闘神、という町の名前にもピッタリですし」

 

 建物から出てきたのはサーナキア。騎士としてどこかに仕えようと思っていた彼女だが、先に闘神都市の整備を優先と考えて今はこうして手伝っている。仲間たちの子孫であるフロンたちを放ってはおけないのだろう。

 

「コロシアムか……もしそうするのであれば、下品なものではなく互いの誇りを賭けて戦えるような高等なものを目指そう」

「そうですね」

「みなさん、パランチョ王国の方たちが手伝いに来て下さいました!」

 

 そのような話をしていると、青年団のキセダが報告に駆けて来る。闘神都市が落ちた場所は大陸の南東部。側には天満橋を管理しているポルトガルや、平和な独立国家であるパランチョ王国が存在する。そのパランチョ王国から多くの人員が手伝いに来てくれたのだ。国のシンボルでもあるシャチを模った兜を装備する兵士たちの中に、他の者とは出で立ちの違う少女たちの姿が見受けられる。その中心には、やや童顔の青年がいた。

 

「これは凄いにょー」

「よーし、頑張るよー!」

 

 メリムたちが張り切っている少女たちを見ていると、兵たちの中から一人の美剣士が出てきてこちらに近づいてくる。騎士風の男であり、明らかに纏っている空気が違う。

 

「代表者はどなたかな?」

「貴方は……?」

「これは失礼。俺はピッテン・チャオ。パランチョ王国第一王子、及び王国軍総大将だ」

「素晴らしい出で立ち……やはり騎士はこうでなくては……」

 

 そう名乗るピッテンの佇まいは騎士そのものであり、サーナキアが羨望の眼差しを向けている。自身もこうありたいものだと思っているのだろう。

 

「では、貴方がパランチョ王国の責任者で?」

「いや、責任者はあいつだ」

 

 そう言って親指で一人の青年を示すピッテン。メリムがそちらに視線を向けると、指し示されたのは先程の少女たちを囲っている青年であった。正直、目の前のピッテンを差し置いての代表者には見えない。

 

「彼が……?」

「ウチの次期国王で、俺の弟だ。ああ見えて、いざというときにはやる奴でな」

 

 そう言うピッテンの口元には笑みが浮かんでいる。どうやら割と兄馬鹿のようだ。

 

「それにしても、落下してまだそんなに日も経っていないのに早々に援助に来てくれるなんてね。感謝するよ」

「距離の問題もありますけど、リーザスからの援助もまだ到着していないのに……」

 

 フロンが頭を下げ、メリムがどうしてこれ程早くパランチョ王国が動いたのかに疑問を抱く。平和な国とは聞いているが、今回の整備に大した見返りがある訳では無い。精々良好な関係を築けるというくらいだろう。闘神都市が軌道に乗るかも判らないのに、これ程の兵を早々に派遣するのは余りにも不可解だ。メリムの問いに対し、静かに笑みを浮かべるピッテン。

 

「ふっ……まあ、珍しい奴から手紙を貰ったんでな。その手紙にここの整備を手伝って欲しいと書いてあったまでさ。感謝するなら、そちらの男にした方がいいな」

「国を動かすなんて……一体何者なんですか?」

「恩人だ。あいつの協力のお陰で弟の王としての資質を親父に認めさせ、次期国王にする事が出来た。そいつからの頼みとあっては、協力しない訳にもいくまい」

「それは一体……?」

「ルーク・グラント。俺が背中を預けられる数少ない男だ」

 

 その人物の名にメリムとフロンは驚き、サーナキアは深く頷く。

 

「うむ、やはりルークも騎士だな」

「全く……ルークには感謝しても、し足りないねぇ……」

 

 フロンが空を見上げながらルークの事を思う。突如空中都市に現れた一人の冒険者。彼のお陰で、長年夢見てきた地上に降り立つ事が出来たのだ。うっすらとその瞳に涙が浮かぶ。

 

「ありがとうね……ルーク……」

 

 空が遠くに見える。このような当たり前の景色ですら、フロンたちには新鮮そのものであった。

 

「それで、代表者は?」

「では代わりに私が話を聞きましょう」

 

 泣いているフロンに代わってしゃしゃり出てきたカサドの町の住人、YORA。その後、YORAは何だかんだで闘神都市の都市長まで登り詰める事になる。

 

「む、怪しい奴発見にょ!」

 

 パランチョ王国から派遣された傘を手に持つ金髪の少女が視線に捉えた相手。それは、全裸の男女二人であった。

 

「どこー……? レキシントン様どこー……?」

「もう無理かもしれんな……」

 

 瓦礫の中をとぼとぼと主人を求めて彷徨い歩くアトランタとジュノー。どこからどう見ても怪しい彼女たちは、異常に強いパランチョ王国の精鋭に追い払われる事になる。彼女たちの魔血魂探しはまだまだ始まったばかりであった。

 

 

 

-自由都市ガヤ跡近辺 街道-

 

「やれやれ……危ないところだったな……」

 

 一人の戦士がそう呟きながら街道を歩く。彼の名はアリオス。かつてリーザス解放戦でルークと共に戦った男だ。遠くに見えるのは、少し前に自分がいた場所。彼はゴーストタウンであったガヤの町に居座っていたミュータント組織を相手取って戦っていた。すると、突如空から闘神都市が落ちてきたのだ。それによりミュータント組織は壊滅したが、彼は奇跡的に生き残っていた。

 

「大丈夫……貴方は死なないから……」

「そういう問題でもないんだがな」

 

 アリオスの隣には、大きめのローブを身に纏った少女がいた。全身をすっぽりと覆い隠し、その目つきは悪い。彼女の名はコーラ。現勇者アリオスの従者である。

 

「さて、次の仕事に向かうかな。人々を混乱に落とし込んでいる宗教団体があるみたいなんだ」

「そんなのよりも、早く魔王を……」

 

 道をずんずんと歩いて行くアリオスにコーラの声は届いていない。そのとき、ふとコーラが後ろを振り返る。瓦礫の山である旧ガヤの町から、微かにだが勇者の気配のようなものを感じたのだ。

 

「(残り香。アリオスのものとは違う……いや、気のせいか……)」

 

 勇者は同じ時代に二人は存在しない。だからこそ、アリオスとは違う勇者の残り香を気のせいだと振り払い、コーラはアリオスの後についていく。それが、五百年前からやってきた来訪者が残した物だとは知らずに。

 

 

 

-自由都市 とある森中 数日前-

 

「達者でな、ハンティ、フリーク」

「あんたもね、キャンテル。お陰で助かったよ」

 

 これは他の者たちよりも数日前の出来事。ハンティたちをとある森まで案内したキャンテルが飛び立っていく。彼がいなかったら、こうして無事に地上には降りられていなかっただろう。ハンティたちは去っていくキャンテルを感謝しながら見送り、クルリと森の中に視線を戻す。その先には、一軒の小屋。

 

「きしし、あいつ驚くだろうな」

「へぇ……案外今の生活の方が似合っているんじゃないか?」

 

 見窄らしい小屋を見ながらヒューバートが笑う。この小屋に待望の男がいるのだ、自然に笑みも零れようというもの。

 

「どうでもいいが、ワシはヘルマンに帰るぞ」

「修理してからにしなよ。それに……パットンはあのときとは違うよ」

「そうなのか?」

「色々と自覚が出てきている。まだまだこんな所で止まって欲しくないから、本人の前じゃ言わないけどね」

 

 フリークを引き留めるハンティ。ヒューバートの質問にも実に嬉しそうに答えている。ハンティがこれだけ褒めるという事は、相当変わっているのだろうとヒューバートも再会に期待が高まる。

 

「デンズ、お前はどうする? 俺はヘルマンを捨ててパットンについていくつもりだ」

「お、おでもあにぃと一緒に行くだ……」

「そうか、わりぃな。それと、これからも頼りにしている」

「ま、まかせてくで……」

 

 ドン、と胸を叩くデンズ。パットンと同じ道を歩むと決めたヒューバートと同じように、彼もまたヒューバートと同じ道を歩むと決めていた。

 

「ミスリーはどうする? 出来れば一緒に来て欲しい所だけど、あんたはもう自由だからね。好きにしていいんだよ」

 

 ハンティが隣にいたミスリーに問いかける。五百年以上もの間、闘神都市の番として空中都市に留まっていたのだ。ようやくその任から解かれた彼女には、出来れば今後は好きなように動いて欲しいと考えている。

 

「そうですね……お誘いはありがたいのですが……」

 

 ミスリーが思案する。フリークやハンティと共に行きたいという気持ちもある。だが、それ以上に彼女はある人物についていきたいと思ってしまっていた。

 

「私も、共に歩みたいと思える人についていきます。ですので、フリーク様、ハンティ様、ヒューバート様、デンズ様、ここでお別れです」

「そうかい……またいつかどこかで」

「好きに生きるといい。お主にはその権利がある」

「じゃあな。頼りにしていたぜ」

「げ、元気で……」

 

 共に戦った四人と握手をするミスリー。彼女が今後歩む道もまた、パットンたち同様険しい道である。だが、彼女には迷いはない。ハンティたちに別れを告げ、彼女は一人旅立っていく。幼い頃に死んだため、恋というものを知らない彼女。だから、彼女が今抱いている感情が恋心であるという事に自身もまだ気が付いていない。

 

 

 

-カスタムの町 正門前-

 

「それでは、私はまた修行の旅に出ます」

「本当に行ってしまうんですね……?」

「はい。今回の一件でまだまだ修行不足である事を実感しました」

 

 カスタムの町の入り口に立つのは、アレキサンダーと香澄の二人。怪我がまだ完治していないアレキサンダーであったが、ディオをルークが倒したという話を聞き、いてもたってもいられなくなったのだ。

 

「それでは、皆にもよろしく言っておいてください」

「あの……アレキサンダーさん、これ!」

 

 旅立とうとするアレキサンダーに香澄が手に握っていたものを差し出す。それは、少し変わった形の手甲。

 

「これは……?」

「その……まだまだ試作段階なんですけど……炎と雷に耐性をもった手甲です。これなら、属性パンチの炎と雷を使っても多少は耐えられるかと……」

 

 赤くなりながらそう口にする香澄。地上に降りてから徹夜で仕上げた一品だ。アレキサンダーはそれを受け取り、自らの手に嵌める。

 

「ありがたい。感謝します、香澄殿」

「い、いえ! その……それは未完成品なんです。最終的には全属性にも耐えられるようにしたいし、炎と雷もまだ完全に防ぎきる訳じゃないので、ある程度定期的にメンテナンスをしないと……だから、その……」

 

 言い淀む香澄を見ながら、アレキサンダーが荷物を担ぎ直す。そして、太陽を背にしながら口を開いた。

 

「それでは、ご迷惑でなければ定期的にカスタムの町に寄らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ぜ、ぜひ!!」

 

 満面の笑みになる香澄。今回の旅は、意外なところで新たな結びつきを生み出していた。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「お疲れー!!」

 

 酒場には毎度の如く皆が集まっていた。マリアとトマトが食事にありつき、その横で真知子とロゼが酒を飲んでいる。志津香も珍しく酒場にいるが、その手に握られているのは酒ではなくジュースだ。禁酒は今でも続いているらしい。

 

「大変だったみたいだな。やっぱり行きたかったぜ」

「ミルも……」

「うう……仕事さえなければ……」

 

 ミリがマリアと談笑している横で、ミルとランは未だに悲しそうにしていた。

 

「いやいや、冗談じゃないくらいに辛かったからね」

「そうです。トマトなんて一回死にかけたくらいなんですかねー?」

「すっかり治ったみたいで良かったけどね」

 

 ロゼがため息をつきながら今回の旅を思い出し、志津香が完治したトマトを見てホッと一息つく。軽い気持ちで旅立ったが、まさかこれ程の大冒険になるとは思ってもいなかった。

 

「それじゃあ、行かない方が良かったのかい?」

「それとこれとは話は別ですかねー。今回の旅でルークさんとトマトの距離はぐぐぐっと縮まった気がしますですかねー?」

「ぐぬぬ……」

 

 ミリの質問にトマトが体をしならせながら答える。それを見て涙目になるラン。やはり何が何でも行かなければならなかった。

 

「いや、縮まったのはアスマだから」

 

 ピタっ、と救助隊メンバーの動きが止まる。発言者はロゼ。当然、確信犯である。

 

「やっぱりゼスに乗り込むしかないですかねー!!」

「国際問題になるから落ち着いて!」

「なんだ? 何か面白い事でもあったのか?」

「ふふふ……」

 

 急に立ち上がったトマトを諫めるマリア。その光景を見ていたミリが興味深げに志津香に問いかけるが、志津香からは不気味な笑い声が聞こえてくるだけであった。

 

「トマト、数日後にはルークがお礼参りにカスタムに来るわ。話はそのときにね……」

「おおぅ……」

 

 ミルがススス、と志津香から離れる。何かを感じ取ったようだ。

 

「真知子はあんまり気にしてないのね」

「キスくらいで騒いでもしょうがないですしね。私としては、ルークさんが複数の女性を囲っても容認しますわよ。その中に私も入れれば十分ですしね」

「器がでかいわね……」

 

 ロゼが酒を口に含みながら真知子に尋ねると、真知子もワインを飲みながら平然と返してくる。ハーレム容認とは恐れ入るとロゼがため息をつく。

 

「お疲れ様会で温泉でも行きたいわねー」

「ちょっと時期外れてない?」

「でも、今ぐらいが空いていていいかもしれないですよ」

 

 マリアの提案に志津香がカレンダーを見ながらそう答える。今は8月。温泉に行くには微妙な時期ではなかろうか。だが、真知子がカタカタと小型のコンピュータを弄り始める。すぐに良い場所が見つかったようで、画面をみんなに向けてくる。

 

「こことか格安ですし、良いかもしれないわ」

「にぽぽ温泉……良さそうね、本格的に計画を立ててみましょうか?」

「なら、今度は俺らも行くぞ」

「温泉、温泉!」

「いいわねー。私も彼と旅行に行きたいなー」

 

 マリアがコンピュータの画面を見ながらみんなに尋ねる。ミリとミルも乗り気になっているため、近い内温泉旅行に行くのは決定事項となった。酒場の看板娘であるエレナがその話を遠巻きに聞いていると、チサと亮子が店に入ってくる。

 

「あら、いらっしゃい」

「ランさん、ロゼさん、手紙が届いていますよ」

 

 エレナが二人を招き入れると、テーブル席にまで歩み寄ってきた亮子が役場に届いた手紙を二人に手渡す。ロゼはそれを受け取り、クルリと封筒を裏返す。そして、差出人の名前を見て動きが止まる。すぐに異変を察知する真知子。

 

「……どうかしましたか?」

「……いや、AL教から手紙が来ちゃったから、着服がばれて怒られるのかなーとか思って」

「それは怒られるどころの騒ぎじゃないですかねー?」

 

 ロゼはいつも通りの適当な笑みを浮かべているが、真知子はロゼの様子がどこかおかしい事に気が付いていた。だが、恐らくは言及されたくない事なのだろう。静かにワインを飲んで口を噤む。

 

「マリア。ちょっと用事入っちゃったから、温泉旅行パスするかも」

「えっ? 別に日程が決まった訳じゃないし、用事が終わるまで待っていてもいいけど?」

「そう? 悪いわね」

 

 マリアが不思議そうにロゼを見ていると、受け取った手紙を読んでいたランが突如ガタッと立ち上がる。突然の行動にマリアたちが目を見開く。

 

「ど、どうしたの、急に!?」

「い、いや、なんでもないの」

「愛しのルークさんからの手紙ですもんねー」

「ちょっ!? 亮子さん、それは言わないで!」

 

 慌てて亮子の口を抑えたランだったが、時既に遅し。トマトの瞳がキラリと光る。

 

「ランさん、その手紙を今すぐ見せるですかねー!?」

「ちょっ!? 駄目!!」

 

 迫ってきたトマトに驚いて咄嗟に持っていた手紙を後ろに隠すが、後ろに座っていた志津香に内容が思いっきり見えてしまう。

 

「食事……? ディナー……?」

「洗いざらい吐いて貰いましょうか!」

 

 その言葉を聞いて真知子もガタリと席から立ち上がる。大騒ぎになる店内。その光景を見ながらホロリとエレナが涙を流す。

 

「営業妨害だよ……何だかこの光景に慣れてしまっている自分が悲しい……」

「(……ん?)」

 

 てんやわんやになる中、酒を飲んでいたミリがふとロゼがいない事に気が付く。だが、その疑問も直後に響いたランの悲鳴でかき消されてしまった。

 

 

 

-カスタムの町 教会-

 

 酒場を抜け出して一人教会へと戻ってきたロゼ。自分以外誰もいない教会で、もう一度だけ先程受け取った手紙を読み直している。その表情は真剣そのもの。

 

「一体どういうつもりなのかしらね……」

 

 手に持っていた手紙をグシャリと握り潰し、静かに呟くロゼ。

 

「行く必要があるわね……カイズに……」

 

 側にあったゴミ箱に手紙を放り捨てるロゼ。ぐしゃぐしゃになった手紙の差出人の名前が僅かに見える。その名は、現AL教法王ムーララルーであった。

 

 




[人物]
ブリティシュ (4)
LV 50/100
技能 剣戦闘LV2 盾防御LV2
 かつての英雄にして壁男。娘のように思っているジュリアに自身の過去話をしたいのだが、話し始めるとすぐ寝てしまうためその願いはまだ叶っていない。

バレス・プロヴァンス (4)
LV 31/37
技能 剣戦闘LV1
 リーザス黒の軍将軍にしてリーザス軍総大将。今回の救助隊メンバーに参加出来なかった事を未だに引きずっている。

コルドバ・バーン (4)
LV 31/44
技能 剣戦闘LV1 
 リーザス青の軍将軍。救助に行けなかった事は既に気にしていない。というよりも、リーザスの守りの要である青の軍なのだから、そもそも向かおうとするのが間違っていると愛する妻に窘められた。尤もな事である。

エクス・バンケット (4)
LV 19/29
技能 剣戦闘LV1
 リーザス白の軍将軍。ルーク生還に胸をなで下ろしながらも、今後リーザス軍に誘う際には赤の軍に大きくリードされてしまったと頭を悩ませている。ハウレーンをちょいちょい突いてはみたが、どうもルークに対して恋愛感情は無いようであり、残念に思っている。

アスカ・カドミュウム (4)
LV 39/44
技能 魔法LV2
 リーザス魔法軍隊長。チャカはかつての恩義からルークが来るのを心待ちにしているが、アスカはそうでもなかったりする。

キンケード・ブランブラ (4)
LV 28/36
技能 剣戦闘LV1 
 リーザス青の軍副将。大粛正のお陰でやることがなくなり、仕方なく適度に鍛え直している姿を見られて、またしても他の将軍たちからの評価が上がっているとかなんとか。

ハウレーン・プロヴァンス (4)
LV 30/36
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
 リーザス白の軍副将。ルークがリーザスを訪問するという事に喜んではいるが、それは恋愛感情などではなく、純粋に手合わせできる事を喜んでいる。彼女の春は遠い。

ピッテン・チャオ (ゲスト)
LV 41/62
技能 剣戦闘LV2 盾防御LV1
 パランチョ王国第一王子にして王国軍総大将。黄金の鎧を身に纏った金髪の美男子で、その実力も高く、『パランチョ王国に完全無欠の黄金騎士あり』と言われる程の実力者。各国からスカウトを受けているが、パランチョ王国を離れる気は毛頭無い。かつて弟の才能を認めさせるためにクーデターを演じた事があり、ルークにはその時手伝って貰ったという恩義がある。名前はアリスソフト作品の「かえるにょ・ぱにょーん」より。世界観がランスシリーズと同じ作品であるため、こういう可能性もあるという一つ。

アリオス・テオマン (4)
LV 15/99
技能 剣戦闘LV2
 勇者。彼が生き残れたのも勇者という特性の加護のお陰である。彼が再びルークと出会うのは、もう少しだけ先の話になる。

コーラ
 アリオスの従者。勇者を動かす為ならば、世界を混乱に陥れても構わないという割と危険な思想を持っている。ディオの残留気配を感じ取ったが、勇者は一人という知識から気のせいだと思い込んでしまった。

エレナ・エルアール (4)
 カスタムの町酒場の看板娘。3編に引き続き、4編エピローグにも登場。地味に出番は多い。


[都市]
パランチョ王国
 大陸南東部にある独立小国家。平和な国ではあるが、その軍事力は少数精鋭ながらもかなりのもの。諸国とも友好的に接しているため、大陸の端という位置も関係して攻め込んでくる相手は少ない。

ガヤの町
 大陸南東部にあった自由都市。元々最近は人の住んでいないゴーストタウンであったが、イラーピュの墜落によって完全消滅。

闘神都市
 イラーピュの墜落した場所にこれから建設される自由都市。これより十数年後、この町が開く闘神大会というイベントには世界中から強者が集まるという程にまで発展を遂げる。

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