ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第103話 大地を踏みしめながら 後編

 

-ヘルマン 帝都ラング・バウ-

 

 闘神都市墜落。この報せにヘルマン上層部は大騒ぎとなった。大急ぎで調査を開始したところ、リーザスやゼスの面々が脱出した事は判ったが、ヘルマン調査隊の脱出は確認できなかった。導き出される答えは、調査隊メンバーの全滅。これにヘルマンは揺れた。一兵士でしかないデンズやイオ、メイドのメリムなどは問題では無い。問題なのは、ヘルマン評議委員のビッチと、英雄の息子ヒューバートの死だ。それに加え、フリーク評議委員も単身闘神都市へ乗り込んだ形跡が自宅に残されているのを兵が発見した。彼もまた生死不明。先のリーザス解放戦でトーマ、ハンティの両評議委員を失っているヘルマンにとって、この事件はあまりにも大きな痛手であった。

 

「ビッチ様とフリーク様が……」

「ヒューバート……」

 

 帝都に集まった兵たちに今回の件が知らされると、兵たちはざわざわと騒ぎ出す。評議委員の二人は勿論、道を外れてしまったとはいえ英雄の息子であるヒューバートに期待している者は未だ多くいたのだ。

 

「(ヒューバート……)」

 

 そしてここは円卓の会議室。部屋にいるのは評議委員と将軍、副将の面々だ。報告を受けてアリストレスが拳を握りしめる。かつて共にヘルマンを変えようと誓った三人の内、二人がいなくなってしまったのだ。そして、そのどちらの事態にも自分は参加出来ていない。込み上げる悔しさに、自然と拳を握る力が強くなる。

 

「まあ、前向きに考えるとしましょう。ビッチはお世辞にも有能とは言い難い男でしたし、ヒューバートのような道を外れたクズは邪魔でしかありませんでしたからね」

 

 調査隊の面々に労いの言葉を掛けることなく、議会を仕切っていたパメラはそんな事を平然と言ってのける。だが、その言葉に異を唱えられる者はいない。ただ一人を除いては。

 

「少し言いすぎですよ。ですが、これを機に国の内部を改革するのもいいかもしれませんね」

 

 そう笑顔で答えるのは、パメラのすぐ側に座っている男。宰相ステッセル。優男という呼び方が似合う程に、およそ武人の顔つきではない。地位的には将軍たちよりも低く、本来ならばこの場にはいない男。だが、この男はパメラに取り入っており、実際には裏で国を動かしているとすら一部で噂される程であった。

 

「そうですね。評議委員の見直しと、この会議にも参加していない堕落した将軍の罷免を進めるとしましょう」

 

 自分の意見に異を唱えたステッセルに対して咎める事もなく、パメラは議会を進めていく。槍玉に挙がったのは、この会議に出席していない第五軍将軍、ロレックス。彼は数ヶ月前に愛する妻を亡くし、今では酒浸りの生活を送っていた。部下も一人、また一人と彼から離れ、第五軍はみるみる内に廃れていったのだ。

 

「ふむ……将軍たちはどう思われますか?」

 

 ステッセルがメガネをくいと上げながら将軍たちにそう問いかける。

 

「反対です。今はあのような状態ですが、トーマ将軍亡き後ヘルマン最強であるのはロレックス将軍です。あれ程の逸材を切り捨てるにはあまりにも惜しい」

「反対じゃ。奴は再び立ち上がる」

「彼もまた騎士。なればこそ、有事の際には必ず立ち上がる事でしょう」

 

 アリストレス、レリューコフ、ネロの三人が次々に反対する。殆ど碌に職務を行わなくなっているロレックスが未だに将軍の地位にいるのは、彼らのサポートが大きかった。パメラが不機嫌そうにしている横で、ステッセルがチラリと最後の将軍に視線を移す。トーマ亡き後第三軍の将軍になった女、ミネバ・マーガレット。

 

「ミネバ将軍はどう思われますか?」

「……反対だね。切るメリットよりもデメリットの方が大きい」

「……なるほど。では、全将軍が反対しているので、ロレックス将軍の罷免は保留という事で。では、次の議題に行きましょう。今回のビッチ、フリーク両評議委員の穴をどう埋めるかを考えねば」

「そうですね。では……」

 

 パメラが何か言い出す前にステッセルが議題を次の物に変え、パメラもそれに従う。どちらの立場が上なのか判ったものではない。そんな中、ステッセルがもう一度ミネバに視線を戻す。

 

「(ふむ、まだ奴には使い道があるという事か? まあいい、貴様は使える手駒だからな。今はロレックスの処分は保留しておいてやろう)」

 

 ステッセルとミネバ。この二人は裏で繋がっていた。パットンの死を報告した際の事後処理や、フリークやアリストレスが闘神都市に行けない様に根回ししたのもこの二人だ。他人の事を信用していないステッセルも、従順に自分の言う事を聞いて裏で画策するミネバに関しては使える手駒程度には思っている。だからこそ、ある程度の意見は尊重しているのだ。今回の件も、武人であるミネバにしか判らない使い道があるのだろうという風に考えて深くは言及しなかった。そんなステッセルを見て、ミネバが内心ほくそ笑む。

 

「(ふふふ……自分たちにとって使い道があるとでも解釈したんだろうけど、惜しいねぇ……使い道があるのは、あたしにとってだよ)」

 

 ステッセルとて、ミネバがただの従順な飼い犬でない事は承知している。だが、一兵卒から這い上がってきたミネバ如きに自分が出し抜かれる訳がないと見下していた。これが、ステッセルの誤算。目の前の女は、ステッセルに飼い慣らせるような存在では無い。

 

「(下手に優秀な将軍様にでも代わられたら、邪魔でしかないからね。腐った将軍を適度に飼い殺しにしておいた方が、都合が良いんだよ。あたしがヘルマンの頂点に立つのにはね……)」

 

 野獣は未だ牙を見せず。虎視眈々とその時を窺っている。

 

 

 

-ヘルマン 帝都ラング・バウ 正門前-

 

「これからヘルマンはどうなるのかねぇ……」

 

 調査隊全滅の報告を聞いた兵たちがそう話しながら城を後にする。ここ最近、ヘルマンはネガティブな話題ばかりだ。気も落ちようもの。すると、一人の花売りの少女が兵たちに近づいてきた。

 

「あの……花を買っていただけませんか?」

「あぁ? 花なんかいらねぇよ。こっちはそれどころじゃねぇんだよ!」

「あの……少しだけでもいいので……」

「しつこいな……とっとと消えねぇか!」

 

 そう言って花売りの少女に手を振るおうとするヘルマン兵。花売りの少女が目を瞑るが、その手は花売りの少女に当たる前に一人の男に掴まれる。

 

「感心せんな。第四軍の者じゃな?」

「レ、レリューコフ将軍!? 会議はもう終わりで……?」

「貴様ら、何をやっている!」

 

 丁度会議を終えたレリューコフが、蛮行を行おうとしていた兵の腕を掴んだのだ。レリューコフが所属を確認していると、後ろから第四軍将軍であるネロが駆けてくる。そのまま事情を聞くと、蛮行を振るおうとしていた兵に鉄拳制裁をする。

 

「馬鹿者! 軍人とは国のため、民のために命を捨てるもの! その民に手を出すとは……貴様にはたっぷりと騎士道を判らせる必要があるな!!」

「す、すいません、ネロ将軍!!」

 

 平謝りする兵を尻目に、ネロが花売りの少女に頭を下げる。

 

「すまない、少女よ。我が部下が醜態を晒した」

「い、いえ……大丈夫です」

「そう言って貰えると助かる。ふむ、やはり女性はこうでなくてはな。どこかの女みたいに、男の舞台である軍にしゃしゃり出てくるなど身の程知らずにも程がある!」

 

 ジロリと後ろに控えていたメガネの女性を睨み付けるネロ。筋肉なども無く、武官ではなく文官寄りの女性。彼女はヘルマン第四軍副将、クリーム・ガノブレード。指揮能力などを上層部に買われて副将へと任命された彼女だったが、女が戦場に出てくる事を良しとしないネロとの折り合いが悪く、第四軍内では冷遇されていた。

 

「では、私はこれで。来い、馬鹿者が!」

 

 ネロがレリューコフと花売りの少女にもう一度頭を下げ、醜態を晒した部下を引っ張っていく。それについていこうとするクリームだったが、何かを思い立ったのか一度引き返し、花売りの少女にお金を渡す。

 

「花、貰っていくわ。迷惑料にね」

「あ、ありがとうございます!」

「いいのよ。迷惑掛けたのはこちらなんだから」

「あの……名前をお聞かせ願っても良いでしょうか? 私、エレナっていいます」

「クリーム。覚えなくてもいいわ」

 

 一見冷徹そうに見えた彼女だったが、メガネの奥には優しげな瞳が見える。それは、花売りの少女が姉のように慕っていたヘルマン軍の女性に似ていた。

 

「あの……私、女性でも立派な軍人になれると思います!」

「あら、ありがとう」

「私、知り合いの女性軍人にお世話になっているんです! 優しくて格好良くて、私の憧れなんです!」

「へぇ……そんな軍人、ヘルマンにいたかしら? ルーベランとかかしらね……」

「イオ・イシュタルさんっていうんです!」

「「……!?」」

 

 エレナの口から出てきた名前にレリューコフとクリームが目を見開く。それは、生存が絶望的と目されている調査隊のメンバーの一人。そして、レリューコフにとっては部下に当たる女性の名だ。

 

「今大事な任務で遠くに行っているんです。早く帰って来ないかな……」

「……そうじゃな。早く帰って来るといいんじゃがな。お嬢ちゃん、これからは定期的に第一軍まで花を届けて貰えるかの。買わせて貰おう」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 パッと明るい笑みを向けてくるエレナを見て、レリューコフの胸が締め付けられる。彼女がイオの死を知ってしまったら、どのようになるのだろうか。トーマの死を知ったときのイオの動揺を目の前で見てしまっているレリューコフにとっては、あのときの光景がエレナの後ろにダブる。エレナが去っていくのを見送りながら、レリューコフは一人立ち尽くす。

 

「言わなくても良かったのですか? いずれ知る事ですよ」

「言えんよ……」

 

 後ろからそう話しかけてくるクリームだったが、彼女自身もエレナに真実を告げられてはいない。直接見たいはずがない。あの気持ちの良い笑顔が崩れるところなど。

 

「花を買うのは同情ですか? あまり褒められたやり方ではありませんね。軍費の無駄です」

「なに、ワシの給料から払わせて貰うつもりじゃ。妻はおらんし、娘ももうすぐ嫁にいくからな」

「何故そこまで……?」

「それで少しでもイオへの手向けになるのならばな……」

「……イオは第一軍の兵でしたね」

 

 クリームはイオ・イシュタルが第一軍の所属だったことを思い出し、レリューコフの背中を見る。トーマと並ぶ古強者であるレリューコフ。その名将が、一兵卒でしかないイオの手向けにわざわざここまでするのだ。それは、クリームの想像を超える行動だ。

 

「……失礼を承知で言わせていただきますが、理解出来ません。ネロ将軍も貴方も非効率的すぎます。私が花を買ったのは、第四軍の醜態を口止めするのが目的です。ですが、貴方が定期的に花を買うのは何の意味も無い行為です」

「そうじゃな。ワシは古い人間じゃ。不器用なんじゃよ。だからパメラに取り入ることも出来ん」

 

 リーザスの猛将バレスと何度も戦い抜いたヘルマンの名将。だが、その背中にはどこか哀愁が漂っていた。思えばトーマ将軍が戦死した頃から徐々にこのようになっていったのかもしれないとクリームは考える。

 

「……行動は理解出来ませんが、第四軍よりは第一軍に所属したかったというのが正直な感想ですね。では、失礼します」

 

 最後に一言だけ告げ、クリームがこの場を後にする。残されたレリューコフは死んでしまったイオの事を思い出しながら空を見上げる。トーマの死を知って慟哭していた彼女の姿が今も目に焼き付いている。

 

「結局ワシは……イオを救えんかったな……」

 

 トーマの死がヘルマンに与えた影響はあまりにも大きい。今まで上層部の腐敗を最小限に抑えつけていたのはトーマだ。民が腐敗していく国を見限らなかったのも、英雄トーマがいたからだ。だが、彼の死によって上層部の腐敗は進行し、民は貧窮に喘いでいる。最近では国を捨てて国外に逃げ出す者も増えている。

 

「ワシでは駄目なんじゃ……ワシはトーマと同じ世代の人間じゃ。トーマの後を継ぐ者にはなれん。民が欲しているのは、英雄トーマの魂を継ぐ者なんじゃ」

 

 トーマ亡き後、レリューコフは単身軍の腐敗を必死に抑えている。流石に英雄であり評議委員でもあったトーマ程の影響力はないため腐敗は着実に進んでしまっているが、もし彼がいなかったらヘルマンの腐敗はどれ程進んでいたか判ったものではない。レリューコフは空を見上げながら、ヘルマンの将軍たちを思い浮かべる。ネロは思想が偏りすぎている。ミネバは腹に一物抱えている。アリストレスは自分同様パメラとステッセルに警戒されている上に、まだ民を引っ張るには若すぎる。フリークとハンティという理解ある評議委員ももういない。トーマが信頼していたパットンも、トーマの実子であるヒューバートも死んでしまった。なればこそ、軍を引っ張るのはあの男しかいないのだ。

 

「お前なんじゃ、ロレックス。トーマの後を継ぐのはお前なんじゃよ……」

 

 

 

-ヘルマン スードリ10-

 

 灯りもつけず、窓も閉め切っている真っ暗の部屋にその男はいた。テーブルの上には大量の酒の空き瓶。目の前の瓶を手に取るが、それも丁度空になったところであった。不愉快そうに床に放り投げ、テーブルの上に突っ伏す。この男こそ、トーマが自分亡き後にヘルマンを纏め上げると期待していた男、ロレックス将軍だ。だが、今の彼にかつての面影はない。髭は伸びきり、風呂も碌に入っていないのかかなり不衛生な状態だ。

 

『ワシとレリューコフの後にヘルマン軍を支えるのは、お主じゃ!』

 

 酔いが回り、眠りに落ちそうになるロレックスの脳裏にかつてのトーマの言葉が蘇る。だが、ロレックスは自嘲気味に笑う。

 

「ははは……無理だよ、俺にはな。なあ、リル……」

 

 ロレックスはそのまま深い眠りに落ちてしまう。彼の手には、亡き妻の写真が握られていた。

 

 

 

-ゼス 王者の塔-

 

「ヘルマンに教団の遺産に魔人……大変だったみたいね」

 

 千鶴子が調査隊のメンバーから上がってきた報告書を読みながらそう口を開く。目の前に立つのは、調査隊の責任者というポジションであるサイアス。

 

「千鶴子様も大変だったようですね?」

「あら、判る?」

 

 小さく笑う千鶴子であったが、誰が見ても判るほどにやつれている。四将軍三人と四天王一人が出払っていたのだ。そのしわ寄せは殆ど千鶴子に来ていた。

 

「ナギはいいわ。どうせ仕事しないから。でもね、まだ仕事してくれる四将軍の三人とキューティが抜けたのは痛すぎるわ……。仕事が回ってきてよく判ったけど、キューティって娘は結構仕事しているのね。名前覚えちゃったわ。これなら四天王三人連れて行ってくれた方がどれほどマシだったか……」

「ははは。アスマ様は意外と話せるお方でしたよ」

 

 そう乾いた笑いを浮かべるサイアス。どうやらキューティは千鶴子にも名前を覚えられたようだ。気が付けば出世街道爆進中である。あの日々を思い出して真っ白になりかけていた千鶴子だったが、サイアスの言葉に目を丸くする。

 

「あら? ナギじゃなくてアスマって……まだ魔法は解けていないの?」

「ええ。それに、しばらくしたら別の魔法を掛けられるようです。曰く、今回の件で知り合った彼女の本当の名前を知らない者に対しては、アスマとしか伝えられないような魔法との事です」

「随分と変わった魔法ね。念入りだこと」

 

 そう呟きながら千鶴子が書類に目を通し始める。その様子を見ながら、サイアスはナギの事を考えていた。

 

「(結局、ルークには彼女がナギだという事を伝えられなかったな……これだけ念入りにしているのだ。やはり、何かあると考えるのが妥当か?)」

 

 あれだけルークと仲良くなっていた彼女が、ルークの捜し人、ルークから聞いたが知り合いの仇に繋がっているとは考えたくはない。だが、あまりにも名前の隠蔽が厳重すぎる。自然と裏を考えてしまうのも無理もないというものだ。

 

「カバッハーンからは聖魔教団の文献の調査結果が大量に上がってきているわ。キューティもそれなりね。まともに調査していたの、カバッハーンとキューティだけなんじゃない?」

「あの状況でこれだけ調べているのには恐れ入りますよ……」

 

 サイアス、ウスピラ、カバッハーン、ナギ、キューティの五人はそれぞれ調査報告書を上げていた。サイアス、ウスピラ、ナギの三人はまともに調査が出来ていなかったため、中で起こった戦闘の報告が中心となっている。対してカバッハーンとキューティは、パーティーから離れていた際にそれぞれが調査した事をしっかりと報告書に書いていた。カバッハーンは一人で行動している時に読み漁った文献の内容を、キューティは志津香と共に実行しようとしていた技能レベルを上げる魔法の報告をそれぞれ書いていたのだ。

 

「でも、この二人の報告書には無くて、貴方たち三人の報告書には書いてあるものもあるわ」

 

 そう口にし、千鶴子の目が真剣なものになる。サイアスの上げた報告書が前に出され、そこに書かれた文字を指差しながら千鶴子が口を開く。

 

「魔血魂……」

「はい。こちらになります」

 

 これが本題だ。キューティ、カバッハーンの二人が合流前に、サイアスは魔女アトランタから魔人レキシントンの魔血魂を奪い取っている。魔人の命とも言える真紅の球だ。サイアスが懐から魔血魂を取りだし、スッと机の上に置く。

 

「これが魔人の……本物なの?」

「間違いありません」

 

 千鶴子が初めて見る魔血魂に目を見開く。本物だとすれば、これは大変貴重な代物である。

 

「……調査実験でもした方がいいかしらね? ガンジー王にご相談を……」

「その必要は無い。話は聞かせて貰った」

「「なっ!?」」

 

 千鶴子がそう口にした瞬間、部屋に男の声が響き渡った。そして、突如千鶴子とサイアスの間の床が外れ、三人の人物がそこからもぞもぞと出てくる。

 

「って、何変な物作っているんですか、ガンジー王!?」

「はっはっは。この抜け穴、中々良いであろう? 他の塔や会議場などにも作るとしよう」

「建物の耐久性が下がるので止めて下さい!」

 

 現れたのは、ゼス国王ガンジーとそのお付きである二人の女性、カオルとウィチタ。いつから狭い抜け穴の中にいたのかはわからないが、ウィチタの方はそれなりに疲れていそうに見えるので、割と長い時間この穴の中にいたのだろう。

 

「これはまた随分と派手な登場ですね、ガンジー王」

「わざわざそう畏まる事も無い」

 

 膝をついて頭を下げていたサイアスにそう言うガンジー。そのまま机の上にあった魔血魂を手に取り、千鶴子に向き直る。その真剣な表情に一瞬頬を赤らめた千鶴子だったが、すぐに真剣な表情を作る。

 

「魔血魂の存在は決して口外してはならぬ。これはゼス博物館の奥で厳重に封印、保管をするのだ。判ったな、千鶴子」

「はい、ガンジー王」

 

 千鶴子がガンジーから魔血魂を受け取り、机の引き出しの中にあった魔法の小箱に丁寧に入れる。妨害魔法で外からは箱の中に何が入っているか判らないようにする仕掛けだ。中から魔力なども漏れることはない。

 

「サイアス、報告書には既に目を通させて貰った。これはかつての戦争で死んだ魔人の物で間違いはないな?」

「はい。魔人レキシントンの魔血魂に間違いありません」

「そして、それとは別に三体の魔人と闘神都市で遭遇した。それも間違いはないな?」

「はい。魔人ハウゼル、魔人メガラス、魔人パイアールの三人です。前者の二人とは一時的に協力をし、魔人パイアールと闘神ユプシロンを相手取りました」

「それよ。魔人と共闘なんて本当なの……?」

 

 ガンジーとサイアスの会話を聞いた千鶴子が口を開きながら報告書を再度手に取る。そこには全員の報告書に魔人ハウゼルとの共闘が、サイアスとナギの報告書にのみ魔人メガラスとの共闘が書かれていた。

 

「事実です。少なくとも、魔人ハウゼルは我々がこれまで魔人に対して抱いていたイメージとは程遠く、十分に話し合いの通じる余地のある魔人かと思います」

「簡単には信じられない話ね……」

 

 サイアスの言葉を信じようとしない千鶴子。だが、それも無理はない。魔人界と接している位置にあるゼスは、長い歴史の中で最も魔人の被害を受けてきた国だ。サイアスの言う事を信じるという事は、これまでの歴史の積み重ねを無視するのとほぼ同義である。

 

「まあいい、そちらは置いておこう。調査ご苦労だった。魔血魂まで回収してくるとは流石に思わなかったぞ」

「いえ、ただの偶然です。他の者たちの協力と巡り合わせが良かったに過ぎません」

「他の者……特に、ルーク・グラントのか?」

 

 その名前にサイアスがピクリと反応する。それは、目を付けて欲しくなかった男の名前だ。特に、魔人との関係は。

 

「サイアスとナギの二人の報告書は似通っている。行動を共にしていた時間が多いのだろう。闘神と戦ったのもお前たち二人のようだしな。まあ、サイアスの方が丁寧に書かれているが、それは置いておこう。だが……何故かナギの方には書かれていて、サイアスの方には書かれていない事項が存在する」

 

 そう言葉を続けながら、ガンジーが真剣な眼差しでサイアスを見る。話される内容に内心では大きく動揺しているが、決して表情には出さないサイアス。

 

「ナギの報告書にはこう書かれている。ルーク・グラントが魔人パイアールの腕を切断したと」

「…………」

「えっ!?」

 

 千鶴子が慌ててナギの報告書を手に取る。先にガンジー王に回され、千鶴子にこの報告書が回ってきてからそれ程時間が経っていなかったため、まだ全てには目を通していなかったのだ。パラパラとページを捲ると、ナギの報告書の最後の方、魔人パイアールとの戦闘記録に確かにルークがパイアールの腕を切断したと書かれていた。

 

「そして、他の者と殆ど口を利いていないという魔人メガラスが、ルークとは話をしていたとも書かれている」

「それは、アスマ様の勘違いでしょうね。メガラスとは私も話をしましたよ」

「ふむ……まあそれはいい。だが、パイアールの腕に関してはどういう事なのだ? 何故これ程の重要な報告が書かれていない?」

 

 ガンジーがそう尋ねる。先のメガラスについては何とか辻褄を合わせたが、腕に関しては見間違いと言う訳にもいかない。

 

「……失礼。私はその瞬間を見ていませんでしたので」

「……なるほど」

 

 誤魔化しきれていないのは判っている。だが、ルークの対結界能力が魔人すら倒し得るという事も、サイアスが薄々勘付いているルークの夢も、まだ公には知られる訳にはいかない。なればこそ、ルークが魔人相手に妙に名前を知られている事も、それらと同様にばれる訳にはいかないのだ。前者は英雄として祭り上げられ、後者は狂人と遠ざけられるだろう。そのどちらも、友人であるルークには味わわせたくない。

 

「ルーク・グラント。そもそも今回の調査も友人であるその男の救出が目的であったな。そして、リーザス解放戦の影の功労者」

「そうなのですか!?」

 

 ウィチタが思わず口を開いてしまい、カオルが静かにそれを咎めるような視線を送る。だが、ガンジーはカオルに向かって問題ないと手で合図する。

 

「その男、ゼスにとって何をもたらすか……話に割って入るような形になってしまい、すまなかったな。私は撤退させて貰う」

「って、普通に帰って下さいよ!」

 

 モゾモゾと穴に戻っていくガンジーに突っ込みを入れる千鶴子であったが、ガンジーは気にすることなくカオルとウィチタを連れて穴から部屋を出ていってしまった。残された二人はため息をつき、千鶴子が椅子に腰掛ける。

 

「友人、目を付けられちゃったみたいね」

「こう言ってはあれですが……仕事していないように見えて、しっかり報告書を見ているのですね」

「自分の興味ある事だけだけどね……あ、これオフレコよ」

 

 サイアスが頭を掻きながらそう呟く。放浪癖のあるガンジーがこれ程目ざとくルークの事を見つけてくるとは思っていなかった。千鶴子が苦笑しながらそれに答え、そのまま言葉を続ける。

 

「私だけなら前の恩で何とかなると思った? 確かにアトラスハニーの時のアニスの件では恩義があるけど、流石にガンジー王には報告したわよ」

 

 千鶴子がそう言いながら報告書に再び視線を落とす。ルークという名前は、全員の報告書にしっかりと書かれている。特にキューティとナギの報告書には多く書かれている印象がある。これだけ書いてあれば、しっかりと全てに目を通せば嫌でもその重要性に気が付くというものだ。

 

「まあいいわ。ガンジー王には知られてしまった訳だし、これ以上私から言うこともないわ。今回の調査隊メンバーにはいくらか纏まった休暇が出るはずだから、適当に羽でも伸ばしてきなさい」

「そうさせて貰います。その期間にウスピラとデートが出来れば良いのですがね」

「中々難しいわよ、ウスピラは」

「重々承知しています」

 

 千鶴子に頭を下げ、部屋を後にしようとしたサイアスだったが、言い忘れていた事を思い出してもう一度だけ振り返る。

 

「そうでした。ルークが一週間後くらいにお礼参りに来るそうですよ。今回の派遣を決めてくれた千鶴子様の都合がつけば、是非会いたいと」

「あら、そう。そうね……多分時間は作れるわ。貴方たちも帰ってきた事だしね」

「それは良かった。当日は私もお供させていただきます」

 

 スケジュールを確認する千鶴子。丁度翌週は詰まっている仕事もないため、割と時間に余裕がある。その事をサイアスに告げると、サイアスは静かに笑って頭を下げる。こうして、ルークはゼス四天王、山田千鶴子との謁見が内定したのだった。そして、もう一人。

 

「一週間後か……」

 

 抜け穴を歩いていたガンジー、カオル、ウィチタの三人。声が良く響く作りであるため、千鶴子とサイアスの会話はしっかりと聞こえていた。

 

「正確な日程が判らねば何とも言えませんが、その辺りは会議が詰まっています」

「キャンセルしておけ」

「はい」

 

 予定を全て頭の中に叩き込んでいるカオルがそう告げると、ガンジーはすっぱりと会議の欠席を決める。

 

「魔人を倒し得る男……だが、勇者ではない。今の勇者はアリオスだ。魔剣カオスか聖刀日光の使い手か、あるいは……」

 

 ガンジーがぶつぶつと口にする。職務を碌に行わず、各地を放浪している無責任な王とも取られがちな彼だが、実は人類の中ではかなり世界の真実に近い場所にいる人物である。

 

「どちらにせよ、一度会う必要があるな……」

 

 図らずもガンジーに目を付けられる形になったルーク。だが、人類統一を第一の目標とするルークにとって、これはある意味では僥倖だったのかもしれない。

 

 

 

-ゼス 王者の塔 正門前-

 

 千鶴子と別れたサイアスが通路を歩く。思い出されるのは、ハウゼルの事だ。自分よりも遙か高みにいる炎使い。だが、闘神戦で使った同時魔法には彼女も驚いていた。同時に、自分がまだまだ高みを目指せる事も判った。幸いルークのお陰で才能限界も大きく伸びている。

 

「待っていろ、ハウゼル。俺はまだまだ強くなる」

 

 そう誓いながら拳を握りしめるサイアス。そうして通路を歩いていると、突如一人の女性が話し掛けてくる。

 

「お疲れ……」

「ウスピラか。どうした?」

「サイアスの次は私が報告に呼ばれた……」

 

 正門を出たところでウスピラとすれ違うサイアス。どうやら次はウスピラが千鶴子に呼ばれているらしい。少しだけその場に立ち止まり、談笑を始める二人。

 

「怪我の具合はどう……?」

「そうだな……まあ、少しずつだが順調に回復しているよ」

 

 サイアスが両手を動かしながら答える。自身の魔力の暴走で負った火傷は治癒魔法では完治しなかった。どうやら怪我の原因となったのが自身の魔力というのが悪いらしく、上手く怪我と認識してくれないのだ。魔法の実験で失敗して怪我をする事は初心者には良くあるが、それは自身の外で暴走した魔力の爆風などを受けるものが多い。対してサイアスは自身の腕を内部から焼いたのだ。どうやらそれが原因らしい。

 

「ま、問題ないさ。それより、地上に戻ったらデートしてくれるという約束はどうなったんだ?」

「あれはそっちが勝手に言っただけ……」

 

 ディオから全員を逃がす際にサイアスが勝手に取り付けた約束だ。ウスピラが聞く義理はない。サイアスもそれが判っているため、やれやれと冗談めかして腕を横に振るが、それを見たウスピラがフッと笑う。

 

「一緒に出かけてもいい……」

「なにっ!? 本当か!?」

「これ……」

 

 予想外の言葉に驚くサイアスに、ウスピラが一冊の本を取り出す。それは旅行のガイドブックであり、ウスピラが開いているのは温泉のページであった。

 

「お疲れ様会も兼ねてみんなで行くのはどう……? カバッハーン様とキューティは賛成している……アスマ様にも声を掛けないと……」

「……そういう事か。いや、賛成だ」

 

 それはデートではないと内心で突っ込みを入れるが、特に旅行に反対する理由もない。ウスピラも参加するのであれば楽しみなくらいだ。

 

「どうせならルークも誘わないか? お礼参りはウチが最後みたいだしな」

「そうね……うん、賛成。こんな事なら傭兵のみんなも誘えば良かった……」

 

 傭兵として雇ったセル、セスナ、シャイラ、ネイの四人はキューティから報酬を貰い、既に旅立ってしまった後であった。どうせならあの四人も誘いたかったと肩を落とすウスピラ。

 

「まあ仕方ないさ。俺らだけでも楽しむとしよう」

「そうね……」

 

 パタン、とガイドブックを閉じるウスピラ。サイアスは気が付いていなかったが、開いていた温泉のページには火傷に良く効くという効能が書かれていた。その時、兵が王者の塔に向けて駆けてくるのが見える。

 

「ん、どうした?」

「あ、サイアス様!? 丁度良かった。何やら怪しげなガーディアンがサイアス様にお目通りを願いたいと……今、兵たちが囲んでおります!」

「俺に?」

「行きましょう……」

 

 報告を聞いて駆け出すサイアスとウスピラ。少し行ったところに人だかりが出来ていた。それは全てゼスの兵だ。囲んでいる何者かを全員が警戒している。

 

「俺だ。通してくれ」

「あ、サイアス様! お気をつけ下さい」

 

 兵たちを押しのけて人だかりの中に入るサイアス。すると、中央部で囲まれていた者と目が合う。表情のない彼女だったが、何故か少しだけ嬉しそうにしているようにサイアスには感じられた。そのままその者はゆっくりとサイアスに近づいてくる。

 

「サイアス様、お下がりください!」

「いや、心配はいらない。彼女は知人だ」

「ち、知人!? 彼女!?」

 

 兵が呆然としている中、ウスピラも兵たちを押しのけて中に入り、やってきた者を視線に捉える。それは、金属の体を持った少女であった。サイアスの前に立ち、ゆっくりと言葉を発する。

 

「サイアス様、無理を承知でお願いします。私を貴方の側に置いて下さいませんか?」

「……本気か?」

「はい。私は貴方についていきたいと、自分でそう決めました。足手纏いにはなりません。部下として私を置いて下さい」

「……それは出来ないな」

 

 頭を下げていた少女に向かってそう言い放つサイアス。周りの兵が事態を飲み込めていない中、サイアスが静かに笑う。

 

「客将として居て貰う事にする。部下ではなく、仲間だ。頼りにしているぞ、ミスリー!」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 バッと顔を上げ、嬉しそうな声を出すミスリー。自由になった彼女が望んだのは、サイアスと同じ道を歩む事であった。魔法を無効化する闘将という、ゼスにおいては最強クラスの存在がサイアスの庇護下に入る事になる。

 

「ロリコン……」

「違うからな」

 

 ウスピラの冷たい視線を受けながら困った表情になるサイアス。レプリカ・ミスリー、精神年齢はまだ11歳である。

 

 

 

-ゼス 日曜の塔-

 

 ナギが管理する日曜の塔。その最上階、ナギ以外の立ち入りを固く禁じている場所にナギは立っていた。そして、目の前には一人の中年の男が佇んでいる。

 

「ふむ……魔力が上がっている。やはり闘神都市に行かせたのは正解だったな」

 

 そう口にする男。彼こそがナギの父親、チェネザリ・ド・ラガールだ。殆ど隠居の身であり、ナギの稽古をする以外は研究室に籠もりっぱなしであるため、ゼスでもその存在を知る者は少ない。

 

「はい、お父様。良い経験になりましたし、共に高め合えると思える存在を見つけられました!」

「ふむ……」

 

 ナギが嬉しそうにそう口にする。勿論、共に高め合える存在というのは志津香の事である。そのナギを見ながらラガールは顎に手を当てて考え込む。共に高め合える存在、かつて天才と呼ばれたラガールにも自身と並び立つ存在がいた。だが、ラガールはその男の事を共に高め合える存在と思った事はなく、むしろ憎悪していた。その男は、ラガールが愛していた女を妻にしたからだ。

 

「共に高め合える存在か……だが、寝首を掻かれるな。いざとなれば、その者を踏み台にしろ」

「はい、お父様」

 

 ナギにとって父の言葉は絶対である。特に反論する事もなく、素直に頷くナギ。その反応に満足そうに頷いた後、ラガールは言葉を続ける。

 

「では久しぶりに抱いてやろう。来い、ナギ」

「お父様。その事で質問があります。キスや抱くという行為は両親とはしないという事を聞きましたが」

「……それは誰に聞いた?」

「救助隊のメンバーです」

 

 ロゼの事を頭に思い浮かべながらそう口にするナギ。その言葉を聞いたラガールは救助隊のメンバーを思い浮かべていた。傭兵たちならば問題はないが、雷帝カバッハーンや他の四将軍の耳に入っていれば少し厄介な事態である。ナギに行為の事を口外しないように言い含めておくべきであったと後悔するラガール。

 

「そうだな……あまり広くは知られていないが、魔力を高めるのに有効な行為というのは本当の事だ。その者はそれを知らないのだろう。だが、しばらく間を置くことにしよう。少し置けば効果が増すからな」

「そうなのですか!? 流石はお父様だ」

 

 カバッハーンに警戒されているとすれば、下手にいつも通り手を出すのはマズイ。干渉される事を最も嫌うラガールは、しばらくナギに手を出さない事を決める。

 

「では代わりの稽古をつけてやろう。どれ程強くなったか見せてみろ」

「はい、お父様!」

「ナギ、強さを求める理由は忘れていないな?」

「当然です!」

 

 マントを翻しながら奥の稽古場へと進んでいくナギとラガール。そして、彼女の口から紡ぎ出された一つの言葉。

 

「私が強さを求めるのは、魔想の子を抹殺するためです」

「うむ、それでいい」

 

 不気味に笑うラガール。その左手には、志津香の父、魔想篤胤の命を奪ったポイズンガントレットが装着されていた。そう、この男こそ志津香の両親の仇なのだ。ナギの父が仇である志津香。魔想の子を殺すために育てられてきたナギ。そして、その事を知らずに出会ってしまった二人。悲劇の蓋は、まだ開かれたばかりだ。

 

 

 

-ゼス サバサバ-

 

「どうしても駄目ですか?」

「申し訳ありませんが、私にはやらねばならない事があるんです」

 

 キューティとエムサがオープンカフェで話し合っている。キューティが頼んだのは、ゼスに仕えてくれないかという事。闘神都市で一度断られているが、再度頼み込んだのだ。彼女の使う魔法はあまりにも稀少なものばかりであり、その力は必ずゼスの為になると考えたからだ。丁重に断るエムサだったが、少し考え込んだ後に更に言葉を続ける。

 

「ですが、そちらの用事が終わりましたら考えさせていただきます」

「待っています。貴女の魔法、特に付与魔法と詠唱停止は必ず覚えたいんです。少しでも強くならなければ……」

「ルークさんと肩を並べられない?」

 

 エムサの言葉にカッと赤くなるキューティ。何故か隣に控えているライトくんとレフトくんも顔を赤らめていた。

 

「でもそうなると……ちょっと申し訳ない事をしてしまうかもしれませんね……」

「何の話ですか?」

「いえ、お気になさらずに」

 

 目の前のぴんくうにゅーんをストローで飲むエムサ。キューティが首を傾げるが、答えは返ってこない。すると、丁度ウスピラから聞いていた話を思い出し、キューティが口を開く。

 

「そうだ! エムサさん、一緒に温泉行きませんか? ゼスのみんなで行く予定なんです」

「申し訳ありませんが、ルークさんと会わなければいけないので……」

「ルークさんも誘う予定なんです。どうですか?」

「そうですね……どうせルークさんとは一週間後にゼスで会う予定でしたし、それでしたら。でも、お邪魔じゃないかしら?」

「全然そんな事ないですよ!」

「きゅー、きゅー!」

 

 エムサが申し訳なさそうに口にするが、キューティは身を乗り出して答える。ライトくんとレフトくんも体を振って反論している。ここまで誘って貰っては、断るのが逆に失礼というものだ。

 

「それじゃあ、お邪魔させて貰いますね。楽しみにしています」

「良かった。でも、ルークさんが行かないって言ったらどうしよう……」

「その時は私もキャンセルで。うふふ」

 

 エムサが冗談めかしながら答える。キューティもそれを聞いて自然と笑い出す。案外気が合うようであった。

 

「キューティさん。魔法を覚えたいという事でしたら、ルークさんが来られる一週間の間で可能な限りお教えしましょうか? どうせ予定もないですし」

「ほ、本当ですか!?」

 

 こうしてキューティはしばらくの間、仕事を終えた後にエムサに稽古をつけられる事になる。ゼスのため、そして、ルークと肩を並べるため、キューティはより高みへと上っていく事になる。

 

 

 

-レッドの町 教会-

 

「ただいま、スー」

「セル、オ帰リ! スー、良イ子ニシテイタゾ!」

 

 教会に入るや否や満面の笑みで抱きついてくるスー。少しずつだが町の生活にも慣れ、言葉も流暢になってきている。これだけ早い順応はラプが言葉を教えてくれていたのが大きいため、心の中で彼らに感謝するセル。すると、スーはセルの胸に押しつけていた顔を上げ、セルに問いかける。

 

「ソレデ、ルークトノ仲ハ進ンダカ?」

「うっ……」

 

 いきなり確信をついてくるスー。セルが闘神都市での出来事を思い出しながら涙目になる。

 

「進むどころか、全然活躍できなかったの……一番影が薄かったんじゃないかしら……」

「ヘタレダナ、セルハ」

 

 グサリと言葉が胸に突き刺さる。活躍でもアピールでも何も出来なかったのは重々承知だが、そうハッキリと言われると辛いものがある。なんだかドッと疲れが襲ってきたような錯覚を覚えるセル。

 

「はぁ……温泉にでも行こうかしら……」

「温泉カ!? スー、行キタイゾ」

「そうね、時期を見て一緒に行きましょうか?」

「行クゾ!!」

 

 温泉と聞いてスーがはしゃぎ出すのを微笑ましく思うセル。そんな中、スーが封筒を持ってくる。

 

「ソウダ。コレ、セル宛ダ」

 

 封筒を受け取ったセルは差出人を見る。AL教の事務からだ。どうやらAL教の神官には全員に送られている手紙のようだ。封を開けて中身を見るセル。すると、すぐに驚きの声を上げる。

 

「まあ、大変。カイズに行かなきゃ駄目ね」

「マタ出カケルノカ?」

 

 しゅんとなるスーの頭を撫でながら申し訳なさそうにするセル。

 

「大丈夫。ちょっと祝典に参加するだけだから、すぐに戻ってくるわ。いえ……これだったら、スーも一緒についてきても大丈夫かも」

「本当カ!?」

「ええ。でも、はしゃぎ過ぎちゃ駄目よ」

「判ッタ! スー、オトナシクシテイルゾ!」

「それにしても、一体誰がなるのかしら……ロードリング様が有力よね……」

 

 パサリと机の上に手紙を置くセル。そこには、新司教決定の祝典が催されると書いてあった。

 

 

 

-ゼス とある街角-

 

「やべー、マジやべー。あいつの事はこれからキューティさんと呼ぼう」

 

 シャイラが渡された報酬を見て笑みを浮かべる。元々破格とも言える報酬だったが、キューティが闘神都市で宣言した通り、苦労を掛けた分報酬が上乗せされていたのだ。しばらく遊んで暮らしても大丈夫な程の大金をシャイラとネイは手にしていた。

 

「で、ネイはこれからどうするつもりだ?」

 

 シャイラは兄や妹に会いに行くつもりだと闘神都市で宣言しているため、ネイに今後の予定を尋ねる。特に予定がないのであれば一緒に行かないかと誘うつもりだ。すると、ネイが街角で目立たないようにビラを配っている女性に視線を向ける。それは、レジスタンスの構成員。ゼスの魔法使いにばれないよう、ああして地道に活動しているのだ。

 

「ねえ……闘神都市でさ、カバッハーン様、ゼスの魔法主義思想を悪しき習慣、頭が痛いって言っていたわよね」

「ん。ああ、言ってたな」

 

 シャイラはネイの質問に答える。確か闘神との決戦前夜にそんな事を言っていた気がする。ネイがいつの間にかジジイではなくカバッハーン様と呼んでいるのはこの際置いておく事にする。藪を突くと大蛇が出てきそうだからだ。

 

「レジスタンスか……」

 

 シャイラが呟きながら地面に落ちていたビラを拾う。誰かが貰ったものを放り捨てたのだろう。そこには、ゼスの思想を根本から変えると書いてあった。

 

「一時的には敵対する事になるかもしれない。でも、もし良い方に転がれば恩返しになるんじゃないかなって思って……」

「まあ、レジスタンスなんてのは国の敵だからな」

 

 その道は、カバッハーンやサイアス、ウスピラやキューティなど、お世話になった人たちと敵対する道だ。だが、ネイの言うようにもし上手い方向に転がれば、ゼスをより良い道へ向かわせる事が出来るかもしれない。魔法が使えず、ガードにもなり得ない二人はゼスに仕える事は出来ない。だが、この道ならばいつか恩返しが出来るのではないかと考える。

 

「面白そうじゃないか。あたしもついていくよ」

「えっ!? でも、兄妹は……?」

「水臭い事言うなよ。そんなに短い付き合いでもないんだし。兄妹なんかいつでも会えるさ。それに、あたしもジジイに恩返ししてないからな」

「シャイラ……」

「でも、過激派だったらすぐに撤退するぜ」

「判っているわ」

 

 拾ったビラには住所は書いていない。当然だ、レジスタンスの隠れ家がここですと大っぴらに書く訳がない。二人はビラを配っていた女性に話し掛け、その後についていく。町を離れ、森の奥にそのアジトはあった。誘導していた女性がここで待つように言い、先に小屋の中に入っていく。

 

「いいか、出てきたのがやばそうな奴だったらトンズラこくぞ!」

「ええ、いつでも走り出せるようにしておくわ」

 

 言っている事は後ろ向きだが、二人も必死である。すると、小屋の扉が開き、中から人が出てくる。二人が息を呑んでそちらを見ると、出てきたのは眼帯をした筋肉質の大男。パイプを口に咥え、手には錨を持っている。

 

「「やばすぎるにも程がある!!」」

「おい!?」

「きゃっ!?」

 

 即座に後ろに向けて駆け出す二人。男が何かを言おうとするが、二人の耳には届かない。だが、後ろをちゃんと確認していなかった二人は後ろにいたベレー帽の女性とぶつかってしまう。シャイラ、ネイ、ぶつかった女性が倒れる。駆け寄ってくる大男。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「ぎゃー、来るなー!!」

「処女でもないし美人でもないから! 売っても大したお金にならないから!!」

「初対面の相手に酷い事言うな……まっ、この容姿じゃ仕方ねぇか」

 

 困ったようにしながらも暴言を笑い飛ばす大男。案外心の広い人物のようだ。すると、後ろに倒れていた女性がスッと立ち上がって口を開く。

 

「心配しないで。こう見えてもいい人だから」

「その言い方じゃ、見た目は悪い人って事か?」

「あっ……そういう訳じゃ……」

「おっと、別に責めている訳じゃないぜ。自覚しているからな」

 

 困ったようにしている女性を見ながら大笑いする大男。それを見てベレー帽を被った女性も苦笑する。そのやりとりを呆然として見る二人。逃げるタイミングを失ってしまったが、女性の言うように大男は悪い人ではないらしい。

 

「そいつらは任せた。やっぱ俺じゃ、志願者の相手は勤まらねぇって」

「あ、フット! もう……」

 

 フットと呼ばれた大男が小屋に戻っていく。困った風にため息をついた女性だが、すぐにシャイラとネイに視線を移す。

 

「志願者でいいのかしら?」

「ああ。その、ぶっちゃけ過激派じゃないよな?」

「正直、それだったら帰ろうかと……」

 

 目の前の女性の柔らかな物腰に正直に打ち明ける二人。もし過激派だったら危険な発言である。だが、目の前の女性はフッと笑う。

 

「ふふ、違うわ。私たちペンタゴンはしっかりとした理念を持って動いている組織よ」

「おっ、マジか。じゃあ、あたしたちも入れてくれないか? ゼスを変えたいんだ」

「ゼス出身じゃないんだけど……大丈夫かしら?」

「大丈夫よ。二人とも歓迎するわ」

 

 柔らかく笑い、ビシッと姿勢を正す目の前の女性。自然とシャイラとネイも姿勢を正す。

 

「私はウルザ・プラナアイス。ちょっと恥ずかしい通り名だけど、ペンタゴン8騎士の一人よ。ようこそ、ペンタゴンへ」

 

 そう言って手を差し出してくるウルザ。シャイラとネイが順に握手をし、二人も自分の名を名乗る。しばし談笑した後、他の入隊者がいるという小屋まで案内してくれる事になった。ウルザの後をついていきながら、ヒソヒソと話し合う二人。

 

「これなら大丈夫そうだな」

「油断は禁物よ。少しでも危なそうなら即トンズラね」

「(聞こえているんだけど……)」

 

 ウルザが汗を掻きながら二人を志願者が集まっている小屋まで案内する。小屋の扉を開け、中に二人を招き入れる。中に入った二人の目に入ってきたのは、戦士風の男たち。だが、正直あまり強そうには見えない。二人は気が付いていない。闘神都市での冒険を経て、二人のレベルはそんじょそこらの冒険者には遅れを取らないレベルになっていた事を。だが、部屋の隅にいた一人の女性だけは自分たちよりも強そうに見える。黒髪ショートの女性で、眠いのか顔を下に向けている。そちらに視線を向けていると、その女性が顔を上げて二人と目が合う。

 

「「「あっ!」」」

「あら? お知り合い?」

 

 こうして、シャイラとネイはセスナと速攻で再会を果たすのだった。

 

 

 

-魔人界 シルキィの城-

 

「パイアールも闘神都市にいるなんて……お疲れ様、二人とも」

 

 ハウゼルから報告を受けたシルキィが二人を労う。闘神都市から何も持ち帰れなかった二人だったが、闘神の復活やパイアールの妨害があっては仕方のない事だ。良く生きて帰ってきてくれたという思いの方が強い。

 

「やっぱ行かなくて良かったな」

「むぅ……」

 

 報告を聞く限り相当面倒臭そうな事態であった事が判るため、イシスの体のパーツをこねくり回していたサテラがホッとため息をつく。その横のアイゼルは未だに行けなかった事に未練があるらしく、複雑な表情を浮かべていた。

 

「二人とも、大きな怪我もなく無事に帰ってきてくれて良かったです。それに、また人間と共闘したのですね」

 

 静かに報告を聞いていたホーネットがそう口を開く。アイゼルとサテラに引き続き、メガラスとハウゼルも人間と共闘したのだ。ホーネットはあの日の誓いを思い出す。彼は元気にしているだろうか。

 

「パイアールは倒しきれなかったが……奴の片腕は斬り落とした……しばらくは前線に出られないだろう……」

「マジか!? あのクソガキの泣き顔が目に浮かぶ!」

 

 パイアールが片腕を失った事を聞き、サテラが嬉しそうにしている。シルキィとアイゼルもどこか清々した顔をしている辺り、やはりパイアールは魔人の間で良く思われていないのだろう。まあ、あの性格では仕方の無い事だ。腕を斬り落としたと聞き、シルキィがメガラスに問いかける。

 

「それはメガラスが?」

「いや……人間だ……」

「なっ!? まさか……」

 

 その言葉にアイゼルが目を見開く。あの男の救出が目的であった事はメガラスとアイゼルしか知らないため、報告にはあの男の名前は出て来なかった。だが、魔人にダメージを与えられる人間など限られている。

 

「ルーク……」

「っ!?」

 

 メガラスが口走った名前を聞いてホーネットが驚愕する。人間との共闘という報告を聞き、丁度ルークを思い出していたからだ。空中都市にまさかルークがいるなどとは夢にも思っていなかったが、その名前が飛び出したという事は、共闘した人間というのは間違いなくルーク。

 

「あの男か……」

「ぐぬぬ……」

 

 シルキィがルークの名前を聞いて片目を閉じる。ホーネットと共に暮らし、解放戦の時にもアイゼルの口から名前を聞いた。人類と魔人の共存を目論んでいる狂人。サテラは何故か悔しそうにイシスのパーツを握りしめる。すると、バキッという音と共にパーツが壊れる。

 

「ぎゃあっ! 三日掛かりだったのに……」

「自業自得デス、サテラ様」

 

 涙目になるサテラに側に控えていたシーザーが突っ込みを入れる。イシス復活がまた遠のいた。

 

「ホーネット様……貴女が気に入られたのも判る気がします……」

「メガラス……?」

「面白い男だった……いずれまた……どこかで会うだろう……」

 

 そうホーネットに言いながらチラリとアイゼルに視線を向けるメガラス。それはまるで、お前が気に入る気持ちが判ったとでも言うかのような仕草であった。

 

「(ふっ……あのメガラスにも気に入られたか……)」

 

 アイゼルが静かに笑う。これ程までに魔人に興味を持たれる人間など聞いた事もない。メガラスの言うように、奴が自身の夢の為に進んでいれば、いずれまたどこかで会う事もあるだろう。

 

「ルークねぇ……ハウゼル、貴女もその男の事を気に入ったの?」

 

 ため息をつきながらシルキィがハウゼルに尋ねる。既にホーネット派の魔人6人の内、ホーネット、アイゼル、メガラスの3人がルークの事を気に掛けている。その上、6人全員が一度はルークと顔を合わせているのだ。とんでもない人間である。

 

「ルークか……そうね、面白い人間だったわ。闘神都市にいた人間の中でも、割と中心人物だったみたいだし。でも、それよりも気に入った人間がいるわ」

「ハウゼルに気に入られるとか、どんだけ幸せ者だよ!」

「もう、サテラ。そんなんじゃないわよ」

 

 ギャーギャーと騒ぐサテラに優しく諭すハウゼル。思い出されるのは、闘神都市で出会った一人の炎使い。魔人である自分に追いつくと言っていた。そして、自分も見た事のない同時魔法なるものを使っていた。興味が湧く。本当にあの男が自分に追いつけるのかと。自然とハウゼルの顔に笑みが浮かぶ。

 

「そうだ、サテラ。面白い事を聞いたわよ」

「面白い事?」

「ノス戦の真実。確か真の力を解放したサテラがボコボコにしたんだったわよね。うふふ」

 

 笑いながら話すハウゼル。すると、ダラダラと汗を流しながらサテラがハウゼルに駆け寄り、その口を塞ぐ。

 

「ハ、ハウゼル! あっちで話そう! なっ!!」

「むぐむぐ……」

 

 口を抑えながら部屋から出て行くサテラとハウゼル。それを見送ったシルキィが大きくため息をつく。

 

「とっくに嘘だってみんな判っているのに……」

「馬鹿だな」

「馬鹿だ……」

 

 アイゼルとメガラスもバッサリと切り捨てる。ムードメーカーではあるが、サテラの評価はこのような感じであった。その光景をホーネットは静かに笑いながら見守り、目を閉じてルークの事を思い出す。

 

「(ルーク……もしかしたら、アイゼルが執拗に闘神都市の調査を進言してきたのは貴方に会う為だったのですか? もしそうだとしたら、貴方が目指す人類と魔人の共存に一歩近づいている事になります。それは全て、貴方がもたらしたものです)」

 

 二人から上がってきた報告には、闘神都市には各国の人類が集まっていたという。その中でもルークは割と中心人物であったと、先程ハウゼルが口にしている。もしそうだとすれば、彼は人類統一に向けても着実に動いている事になる。

 

「負けてられませんね……」

 

 ホーネットがそう呟く。その瞳は、決意の炎で彩られていた。これよりまたしばらくの間、ホーネット派は攻め込んでくるケイブリス派を圧倒する事になる。搦め手を使うパイアールが参戦して来なかった事も影響しているが、それ以上にホーネット、メガラス、ハウゼルの三人が普段以上の活躍を見せていた事が大きく勝敗に関係していた。

 

 

 

-アイスの町 ランス家-

 

「ぐがー、ぐがー」

 

 ベッドには裸のランスとシィルが寝ている。闘神都市から帰ってきてからというもの、この数日ランスとシィルはH三昧の日々であった。何故だかいつもより激しい気がしたのは気のせいではないだろう。こうして寝ている間も、シィルの体を引き寄せている腕の力がいつも以上に強い。ランスは決して口に出さないが、この行動は闘神都市でシィルが死にかけた事が大きく関わっていた。

 

「ランス様……大好きです……」

 

 そう寝言を言うシィル。この数日、シィルは幸せの絶頂にいた。だからこそ、ランスだけでなくシィルも彼女の存在を忘れてしまっていた。

 

「忘れられているのれす……ヒドイのれす……」

 

 ランスの自宅の前で正座しているあてな2号。帰ってきた初日にランスとシィルがHをする際、呼ぶまでここで正座していろと言われて閉め出されたのだ。そのまま数日間ここで正座しっぱなしなのには流石に涙を誘う。結局あてな2号の事をシィルが思い出すのは、これから更に数日後の事であった。

 

 

 

-アイスの町 キースギルド-

 

「悪かったな。長い事空けちまって」

「全くだ。お前を指名して来る客だっているんだぜ」

 

 キースギルドで話すのはルークとキース。ルークが数ヶ月行方不明になっていたのはギルドにとって大きな痛手だ。何せラーク&ノアがいなくなった今、ルークがキースギルド一番の稼ぎ頭なのだから。自由都市の一部ではルークの名前も有名になっている為、わざわざ指名して来る客も少なからずいる。仕事は早い者勝ちをモットーにしているキースギルドにとって、これは珍しい事だ。だが、キースもこれに応じている。なぜなら、そういった依頼は基本的に高難度である為、下手にルーク以外の人間に任せると危ないからだ。長いこと空けていた為、その仕事が溜まっているはず。その状況を確認に来たルークであったが、キースの口から出たのは意外な言葉。

 

「と言いたいところだが、実はそんなに困ってないんだ。お前指名の依頼をやってくれちまった奴がいてな」

「本当か? 依頼の難度は?」

「いつも通りだ」

「そんな腕の奴が俺とランス以外にいたか? ラークとノアはもういないしな」

 

 ルークがギルドの面々を思い浮かべる。ラーク&ノアならば多少の仕事は代わりに受けられたかもしれないが、彼らは今ギルドにいない。

 

「お前がいない間に入ったシトモネはそれなりの腕だが、まあお前の代わりとまではいかんな。やってくれたのは二人。それも、二人ともウチのギルド所属じゃない。どこにも所属していないフリーの戦士だ」

「そんな二人が何故?」

「片方はお前も知っている男だ。町に立ち寄った際にお前が行方不明だと聞いて代わりに仕事をしてくれたのさ。聞いて驚け、ボーダー・ガロアだ」

「ボーダーが!?」

 

 流浪の戦士、ボーダー。ルークも何度か仕事を一緒にした事があるが、どこの国に仕えていてもおかしくない一流の戦士だ。それなりに交流はしてきたが、まさか代わりに仕事をしてくれているとは思わなかった。

 

「それと、もう一人は多分面識はない。レアな装備品を落とすような強敵のいる依頼はないかと尋ねてきたべっぴんでな。試しにお前指名の依頼を任せたら、これが成功させちまいやがった。他にもないかと聞いてくるから色々回している内に、最近じゃソロハンターとして名前も売れて来ちまったよ」

「ソロハンター……一人で動いているのか?」

「一人が楽なんだとさ。一種の変人だよ。美人が勿体ないともっぱらの評判だ」

 

 葉巻を口に咥え、煙を吐き出しながらそう口にするキース。その言葉を聞いてルークが驚く。

 

「女か?」

「アームズ・アーク。ありゃもっと有名になるぜ。その辺の奴らとはモノが違う」

 

 キースがそう断言する。ギルド長としてのキースの目は一流だ。そのキースがここまで断言するという事は、それ程の逸材なのだろう。

 

「二人には礼を言わなきゃいけないな……」

「各国を回るんだろう? 二人とも丁度長めの仕事を受けている最中で、二週間は戻って来ねぇよ。もし早く戻ってきたら引き留めておくから、気にせず行ってきな」

「そうか。スマンな、折角帰ったのにしばらく仕事を受けられなくて」

「その分、後でしっかり働いて貰うぜ」

 

 ニヤリと笑うキース。各国だけでなく、ルークは知らない間に二人の冒険者からも恩を受けていた。後々その礼はしなければならないとルークは考えながら、キースギルドを後にする。そのまま自宅に戻り、扉を開ける。すると、中から鉄製のコップが飛んできて額に当たった。

 

「物が広がりすぎだ! 掃除してやるとは言ったが、もう少し片付けろ!」

 

 そう文句を言ってきたのはフェリス。悪魔界に帰る前に部屋の掃除をしてやると言ってきてくれたのだ。だが、ルークの家は冒険で手に入れた物が広がっており、非常に散らかっている。不衛生、汚いという訳では無いのだが、物が多すぎるのだ。ポリポリと頭を掻くルーク。

 

「どうも片付けられなくてな」

「いいから手伝え!」

「明日リーザスに向かうんだがな」

「なら徹夜だ!」

 

 何故か仕切り始めるフェリス。悪魔の仕事は良いのかと突っ込みたかったが、ルークはそれを口にしない。どうもフェリスが悪魔界に帰りたがらない事を薄々感じ取っていたからだ。ランスのせいで一度降格している彼女は、ひょっとしたら悪魔界に居場所が無いのではないかとルークは薄々感じ取っていた。そのため、掃除が終わってから帰ると言うフェリスの提案を呑んだのだ。以前掃除に来てくれると言っていた真知子に内心で悪いと思いながら。

 

「間違いなくリックやかなみとの手合わせがあるから、早めに寝たいんだけどな」

「こんだけ広げたお前が悪いんだろうが!!」

 

 扉を開けたまま騒ぎ立てるフェリス。その光景を丁度買い物に出ていたハイニが目撃し、キースにまるで夫婦みたいだったとその様子を話す事になる。数日後、何故かカスタムの町にまでこの噂は届き、ルークがお礼参りでカスタムに到着する頃には更に志津香が不機嫌になっているのだが、それはまた別の話。

 

 




[人物]
レリューコフ・バーコフ (4)
LV 35/41
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
 ヘルマン第1軍将軍。トーマ亡き後、軍の腐敗を一人で可能な限り押し止めている。既に高齢の自分ではトーマの後を継ぐ者になれない事は判っているため、ロレックスが立ち直るのをひたすらに待ち続けている。

アリストレス・カーム (4)
LV 42/52
技能 弓戦闘LV2 剣戦闘LV1
 ヘルマン第2軍将軍。パットンに続き、ヒューバートまで生死不明になってしまった事に胸を痛めている。現地へ調査隊を送ろうともしたが、パメラの工作によりそれは防がれている。

ミネバ・マーガレット (4)
LV 56/100
技能 斧戦闘LV2
 ヘルマン第3軍将軍。大敗を喫したリーザス解放戦において、残存兵をまとめて国へ戻り、戦争の顛末を報告した事を評価され将軍の地位を得る。実権を握っているステッセルに上手く取り入り、裏で画策し続けている。目指すは更に上、ヘルマンの頂点。

ネロ・チャペット7世 (4)
LV 31/33
技能 剣戦闘LV1 斧戦闘LV1 弓戦闘LV1
 ヘルマン第4軍将軍。今回の一件に関しては、不真面目なヒューバートとイオ、クズのビッチ、老害のフリークという考えのため、特に胸を痛めてはいない。唯一デンズに関してのみ、惜しい男を亡くしたと思っている。

ロレックス・ガドラス (4)
LV 42/71
技能 剣戦闘LV2
 ヘルマン第5軍将軍。愛する妻の死により、人生を投げてしまったトーマ亡き後のヘルマン最強戦士。自堕落した生活によりレベルも下がり、今はヘルマン最強の座をミネバに明け渡している。

クリーム・ガノブレード
LV 15/23
技能 盾防御LV1
 ヘルマン第4軍副将。軍師としての才能は非凡で、男社会の中で若くして副将まで登り詰めた天才。戦争を自分の才能を試す場としか考えていないが、エレナに真実を打ち明ける事は出来なかった辺り人としての情も持ち合わせている。上司であるネロとの関係は上手くいっていない。

パメラ・ヘルマン (4)
LV 1/7
技能 なし
 ヘルマン国皇妃。ステッセルの傀儡でしか無く、国を腐敗させている。

ステッセル・ロマノフ
LV 10/22
技能 なし
 ヘルマン国宰相。パメラを籠絡し、前国皇を暗殺した張本人。既にヘルマンの実権を握っているに等しく、事実上の最高権力者である。パメラに対しての愛情は微塵もない。

ラグナロック・アーク・スーパー・ガンジー
LV 49/99
技能 魔法LV2 剣戦闘LV1
 ゼス国王。魔法の腕だけでなく肉体的な戦闘力も高く、カリスマ性も備えた超人。だが、内政を千鶴子に任せて悪人退治の為に各地を放浪する癖がある。ルーシーというゼス国王専属の予言者から普通では知り得ぬ情報を得ている。

カオル・クインシー・神楽
LV 25/33
技能 柔術LV2 神魔法LV1
 ガンジーのお付き。ガンジーからはカクさんの愛称で呼ばれている。12歳でJAPANに渡り、柔術の免許皆伝を得て神楽の名を名乗る事を許された達人。ガンジーに心酔している。

ウィチタ・スケート
LV 24/35
技能 魔法LV2 剣戦闘LV1
 ガンジーのお付き。ガンジーからはスケさんの愛称で呼ばれている。まだ学生という若さでありながら、大陸でも珍しい魔法剣の使い手である。ガンジーに心酔している。

チェネザリ・ド・ラガール
LV 41/50
技能 魔法LV2
 ナギの父にして、志津香とルークの仇敵。かつて愛する女を取られた恨みから、志津香の父である篤胤を卑怯な手を使って殺害した。魔法使いとしての腕は一流であり、現状では志津香よりも格上の相手である。

スー (4)
 迷子の森でラプに育てられた少女。セルに保護され、人間社会で暮らすようになってからはみるみる内に人間らしい行動を取るようになっていった。セルが留守の間は町の老人たちに可愛がられている。

ウルザ・プラナアイス
LV 37/55
技能 剣戦闘LV1 弓戦闘LV1
 ペンタゴン8騎士の一人。小剣での接近戦、ボウガンでの遠距離戦に加え、指揮官としての能力も高く、ペンタゴンでもトップクラスの実力者。明るく前向きな性格から、周りの者からも慕われている。レジスタンスとして戦闘機会も多いため、現在レベルは高い。

フット・ロット
LV 22/31
技能 槌戦闘LV1
 ペンタゴン8騎士の一人。元凄腕の傭兵だが、ペンタゴンの思想に共感を示し入団。厳つい外見と捻くれた口調とは裏腹に、良識的な考え方の持ち主である。周囲から誤解されがちだが、深く付き合った者ほど彼への信頼が厚くなる。

ホーネット (4)
LV 216/320
技能 魔法LV2 聖魔法LV2 剣戦闘LV2
 ホーネット派を束ねる魔王と人間の間に生まれた魔人。ルークの現状を聞き安堵すると同時に、負けてはいられないと漲っている。ケイブリス派にとっては堪ったものではない。

シルキィ・リトルレーズン (4)
LV 118/205
技能 魔物合成LV2
 ホーネット派に属する人間の魔人。ジワジワとホーネット派におけるルークの影響力が大きくなるのを感じており、かつて途方もない事を言ってのけた人間がそれ程の存在だったのかと内心驚いている。

アイゼル (4)
LV 92/140
技能 魔法LV2 変身LV1
 ホーネット派に属する変身人間の魔人。メガラスがルークの事を認めているのを見て若干嫉妬的なものを覚えたりしている。別に同性愛的な意味では無く、先に目を付けていたのは私だぞ的な。それを言うなら、一番初めに目を付けていたのはホーネットなのだが。

サテラ (4)
LV 100/105
技能 魔法LV2 ガーディアンLV2
 ホーネット派に属する人間の魔人。イシスのパーツを壊された事からルークへの恨みが増す。壊したのは自分であり、完全に自業自得であるが。因みに割と大事なパーツを壊してしまったため、復活にはまだまだ時間が掛かりそうである。頭だけのイシスが恨めしそうにサテラを見ている。

シーザー (4)
LV 0/0
技能 剣戦闘LV1
 サテラに作られたガーディアン。イシスのパーツを壊したサテラに呆れている。

キース・ゴールド (4)
 アイスの町にあるキースギルドの主。ハイニからルークとフェリスの状況を聞き、興味津々にルークの様子を見に行った暇人。

ハイニ (4)
 キースギルドの優秀な美人秘書。最近は以前にも増してキースとの仲が良い為、結婚も間近との噂。ルークとフェリスの噂を図らずも広めてしまった人。


[技能]
柔術
 近接戦闘用技能の一つ。達人になると相手に触れず投げ飛ばす事も可能だという。

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