ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第104話 お礼参り リーザス・前 果たされた再戦

 

-リーザス城 王座の間-

 

「リア女王。この度の救援、心より御礼申し上げます。リーザスからの援助がなければ、私は無事に地上に降り立つ事は出来なかったでしょう」

 

 王座の間には将軍、副将軍たちが集っていた。左右に分かれて一列に並び、部屋の中心で跪いているルークに視線を送る。ルークの視線の先にいるのは、玉座に座ったリアと側に控えるマリスの二人。

 

「別に、それ程気にしなくてもいいわ。一番の目的はダーリンの救出だし、解放戦のときの借りもあるしね」

「それでしたら、以前にカスタムの町へ資金援助をして頂いた件で貸し借りは無いかと」

「そうね。でも、その後の事は借りたままだったしね。お陰で大分スッキリしたわ」

 

 リアが妖しく笑うと同時に、キンケードに緊張が走る。殆どの者が今の言葉の意味を理解していないが、リアが言っているのは解放戦後の大粛正の話。リアとマリス以外でこの一件にルークが絡んでいると知っているのは、失態を見逃される代わりに動かされたキンケードと、キンケードの部下の蛮行を秘密裏に隠蔽したエクスの二人だけだ。

 

「ふっ……」

「なるほど。その成果は私自身の目で確認させて頂きます」

 

 キンケードがガチガチに緊張しているのに気が付いたエクスが静かに笑みを浮かべる。他の将軍たちにばれるのを危惧しているのかもしれないが、その反応が一番怪しいというものだ。ルークも話の内容には触れず、飄々と返しているのを見てエクスは確信する。もしあの一件がばれるような事があるとすれば、キンケード自身からが一番有力だろう。リア、マリス、エクス、キンケード、ルーク。この五人で誰が一番へまをやらかしそうかと問えば、結果は聞くまでもない。

 

「それと、遅ればせながら女王就任おめでとうございます」

「ありがとう。就任当初はうんざりするほど聞いた言葉だけど、今聞くと逆に新鮮ね」

 

 リアが女王に就任したのは二ヶ月以上も前の事。その頃ルークはジルと共に時空の狭間におり、その後も闘神都市に飛ばされていたため、その事実は救助に来たかなみから聞くまで知らなかったのだ。その際にクーデター事件なるものもあったようだが、かなみとメナドが中心になって騒ぎを収めたらしい。

 

「それで、何日滞在予定なの?」

「二日の予定です。本日はこの後リックたちと手合わせを行い、明日は城下町を回る予定です。その後、明後日に闘神都市の落下地に向かいます」

「なるほどね。明日の城下町散策っていうのは、絶対にやらなきゃいけない事?」

「いえ、特には。何か?」

 

 本日の手合わせに関しては前々からの約束事であるが、明日の城下町に関しては特に何か用がある訳ではない。朝狗羅由真やデル姉妹、パルプテンクスが無事に解放戦を生き抜いたという話は聞いていたが、直接顔を合わせていなかった為、久しぶりに会いに行こうとしていただけだ。

 

「なら、明日は士官学校に来てくれないかしら。親衛隊を目指している子たちの発表会があって、模擬戦とかをやるの。その最後にゲストとして、現隊長のレイラと今年入隊者の中で実力ナンバー1のチルディが稽古をつける予定なのよ」

「それに参加しろと?」

「出来ればだけどね。リーザス解放の立役者だもの。ゲストとしては一級品ね」

 

 リアがそう答えるが、ルークが少しだけ思案する。別に士官学校にゲストで行くことは構わないのだが、それが持つ裏の意味に気が付いているからだ。

 

「もし来てくれたら、校長のアビァトールも喜ぶと思うわ」

「……では、謹んでお受けさせて頂きましょう。城下町はいつでも回れますし」

「ありがとう。これから行う手合わせの件も含めて礼を言わせて貰うわ」

 

 アビァトールの名前を出してくるという事は、ルークとアビァトールの関係を既に掴んでいるのだろう。それも、救助の礼に来た際にこれを言って来る辺り、断り難い状況を選んでいる。

 

「それじゃあ、話はここまでね。もう下がって良いわ」

 

 リアがそう言ったため、ルークは一礼して王座の間を後にする。その後、リアは立ち並ぶ将軍たちにも部屋から出て行って良いと合図をし、王座の間から退出させる。リックやメナドは若干嬉しそうな顔をしていた。手合わせを心待ちにしていたのだろう。

 

「かなみも行ってきていいわよ」

「……はい」

 

 奥にある柱の後ろからかなみが出てきて一礼し、再び姿を消す。これで部屋の中にはリアとマリスの二人だけである。

 

「マリス……ルークの手合わせが終わったら、例の件よろしくね」

「お任せ下さい」

 

 既に二人しかいないというのに、リアの纏う空気は未だリーザス国女王のものであった。

 

 

 

-リーザス城 訓練場-

 

「くっ……たぁっ!!」

「ふっ!!」

 

 メナドが剣を大きく振りかぶるが、その際に出来た一瞬の隙をルークは見逃さない。即座にブラックソードを振るい、メナドの首筋に剣先を向ける。

 

「……!? ……ま、参りました。やっぱり強いや!」

「メナドも大分腕を上げているな。闘神都市では一緒に動く機会が殆ど無かったから気付きにくかったが、こうして対峙するとよく判るよ」

「本当ですか!? やったぁ!」

 

 負けはしたものの、メナドは嬉しそうにしている。憧れのルークにハッキリと褒められたのが相当に嬉しかったようだ。

 

「流石に強いですね……」

「ええ。あの新しい剣も良く馴染んでいますね」

 

 ハウレーンが息を切らしながらルークを見ている。メナドよりも先に手合わせをし、殆ど攻撃を当てられずに敗れたのだ。エクスは挑んでもしょうがないと言い、初めから見学に回っている。

 

「くっ……ぬおっ!?」

 

 そんな話を二人がしている内にキンケードが敗れる。今ルーク以外にこの場にいるのは、赤の軍からリック、メナド。青の軍からコルドバとキンケード。白の軍からエクスとハウレーン。親衛隊からレイラとチルディ、そしてかなみの計九名。流石に半日もの間全将軍が席を外すのはまずいため、バレスとアスカはここにいない。またもジャンケンに敗れたバレスは悔し涙を流していた。

 

「ふぅ……ここでもう一度休憩にさせて貰うかな」

「お疲れ様です、ルークさん」

 

 一息つくルークにかなみがタオルを持ってくる。休憩はこれで二度目だ。一度目はかなみ、チルディ、コルドバと戦った後に、今はハウレーン、メナド、キンケードと戦ってから取っている。流石にあまりにも連戦が続いてはルークも辛いからだ。かなみの持ってきたタオルで汗を拭きながら、レッドの町で買ってきた元気の薬を飲んで体力を回復するルーク。

 

「かなみもまた腕を上げたな。近、中、遠距離とあれだけ巧みに戦われるのは正直やりづらい」

「ありがとうございます!」

「はっはっは。あれだけ簡単にやられるとは思わなかったぜ」

 

 かなみが頭を下げている横でコルドバが大笑いをする。本来ならもっと後に戦う予定だったのだが、我慢の出来なくなったコルドバは三番手で出てきたのだ。

 

「いや、一番やりづらかったよ。流石にリーザスの青い壁は伊達じゃないな」

「そりゃ嬉しいな。それにしても、さっきまでとは随分喋り方が違うな」

「解放戦のときはリア様を呼び捨てにしていましたよね?」

「公私くらいは使い分けるさ」

 

 コルドバとかなみの問いかけに笑いながら答え、ルークは元気の薬を飲み干す。これまでの手合わせの内、かなみやメナド、チルディに関しては稽古をつけているのに近い感覚で戦っていた。だが、残る二人はそういう訳にはいかない。ルークがチラリとそちらに視線をやる。

 

「あら? もういいの?」

「ああ、始めるか」

 

 そう微笑みながら問いかけるのは、リーザス親衛隊隊長レイラ。リーザスのナンバー2だ。その後ろに立っているのは、リーザス最強の戦士、リック。

 

「じゃあ、先にやらせて貰うわね。その後、もう一度休憩を挟んでリックと手合わせね」

 

 レイラがそう言いながら前に出る。ルークも立ち上がり、こちらを見ているリックと視線が合う。

 

「あのときの約束、随分と待たせてしまったが、ようやく果たせるときが来たな」

「全力でやらせて頂きます」

 

 互いに静かに笑いあう。次は全力でやり合うというあのレッドの町での誓いから、既に四ヶ月以上が経っている。遂にルークとリックが全力で戦うときが来たのだ。

 

「ちょっと、まだ先に私がいるんだけど」

「ああ、すまない」

「足下掬われるわよ」

 

 レイラがため息をつきながらそう文句を言うが、当然ルークも油断する気はない。レイラもまた、一流の剣士なのだから。互いに剣を構え、かなみの開始の合図と共に剣が交差した。

 

 

 

-リーザス士官学校 体育倉庫-

 

 薄暗い体育倉庫内で一人の少女が複数の人間に囲まれていた。その中心に立つのは、緑色の髪をした学生。周りにいるのは彼女の取り巻きである。

 

「ラファリア先輩……」

「一度だけ聞くわ。貴女、明日の模擬戦でまさか勝ち上がるつもりじゃないでしょうね?」

 

 凄みながら問いかけるのは、ラファリア・ムスカ。士官学校一の実力者であり、卒業後は親衛隊入り確実と言われているホープである。既に多くの取り巻きを作っており、彼女に太刀打ちできる実力者はこの士官学校にはいなかった。ただ一人を除いては。

 

「それは……」

 

 言い淀む少女。彼女の名はアールコート・マリウス。ラファリアがこの士官学校で唯一危険視している少女だ。剣の腕ではラファリアが勝っているが、脅威なのはその戦略家としての才能。卓上模擬戦闘では何度やっても彼女に勝てないのだ。その事とアールコートの弱気な性格も合い重なり、彼女はラファリアとその取り巻きから執拗なイジメを受けていた。

 

「何口ごもっているのよ。そういうところが腹立たしいのよ!」

「っ……」

 

 ラファリアが語尾を強めると、アールコートがビクリと震える。その反応が更にラファリアを苛立たせていると判りながらも、どうしても反応してしまうのだ。

 

「ふん、まあいいわ。明日の模擬戦は卒業後の進路にも大きく関わってくる重要なもの。精々身の程を弁えて行動する事ね」

 

 そう吐き捨て、ラファリアが取り巻きを連れて去っていく。一人体育倉庫に残されたアールコートの目には涙が浮かんでいた。

 

「私、どうすれば……」

 

 震えたその声に答える者は誰もいなかった。

 

 

 

-リーザス城 訓練場-

 

 全員が息を呑む。ルークとリックが手合わせを始めてまだ三分ほどしか経っていない。だが、繰り出された互いの手数は数えきれぬほどであった。

 

「はぁっ!!」

「ふんっ!!」

 

 リックが高速でバイ・ロードを振るうが、ルークはその動体視力で全て捌ききる。そのままリックの脇腹目がけてブラックソードを振るうが、即座に手を返したリックがそれをバイ・ロードで受け止める。互いの剣が交差した音が訓練場に響き続ける。

 

「お客……呼べるんじゃないですの?」

「呼べるでしょうね。ですが、呼ぶ訳にはいきません」

「どうしてですか?」

 

 チルディが呆然としながら漏らした言葉にエクスが苦笑しながら答える。リーザス最強の剣士と、それとまともに渡り合う冒険者。リーザスコロシアムで催し物でも行えば、間違いなく満員だろう。かなみが不思議そうにエクスに尋ねてくるが、そんなものを催すわけにはいかない。

 

「将軍が負ける姿を見せる訳にはいかないですからね。兵たちをここに呼んでいないのも同じ理由です」

「はっはっは。そりゃ確かにな」

「ここまで将軍、副将が次々にやられてしまっては、下の者への威厳に関わりますからな」

 

 コルドバが笑い飛ばし、キンケードがルークとリックの戦いを見据えたまま口を開く。コルドバ、キンケード、メナド、ハウレーン、そしてレイラ。ここまでで実に五人もの将軍、副将が一人の冒険者に敗れてしまっているのだ。

 

「恥ずかしい話ね。あれだけ息巻いていたのに、あっさり負けちゃったわ」

 

 レイラが息を切らしながらそう呟く。だが、その言葉とは裏腹にチルディはレイラへの評価を改めていた。

 

「(レイラ隊長くらいならすぐにでも追い抜かせると思っていましたけれど……闘神都市の一件と今の模擬戦でハッキリと判りましたわ。まだ今のわたくしではレイラ隊長どころか、メナドさんにもハウレーン様にも、かなみさんにも勝てませんわ)」

 

 自身の実力には自信があった。すぐに親衛隊ナンバー1になり、リーザス最強の女性になれると思っていた。だが、今この場にいる女性陣の中で最弱は自分である。才能で劣っているとは思えない。だが、経験が圧倒的に劣っている。

 

「(強くなりますわ……必ず……)」

 

 静かに拳を握りしめるチルディ。その胸には確かな決意があった。

 

「つあっ!!」

 

 ルークが剣を振るうと同時に、リックが一歩後ろに下がる。それは、ルークの剣の射程外。だが、リックにとってこの場所は射程外ではない。

 

「伸びろ、バイ・ロード!!」

 

 その叫びに応えるようにバイ・ロードの刀身が伸び、目の前のルークに迫る。狙うは鎧に覆われたその胸。だが、ルークは素早く身を翻して躱す。有り得ぬほどの反応速度。ルークはリックが射程外まで下がることを予測していたのだ。

 

「真空斬!!」

「っ!?」

 

 ルークが即座に真空斬を放つ。剣を振り切っていたリックはすんでのところでその斬撃を躱すが、グラリと体勢が崩れる。その一瞬の隙を見逃さず、ルークは一気に間合いを詰める。

 

「決まる!」

「真滅……」

 

 かなみの叫びと同時に、手合わせであるため多少威力を抑えた真滅斬が放たれた。周囲で見ていた者はルークの勝ちを確信する。だが、ルークは目を見開く。目の前のリックがニヤリと笑みを浮かべているのだ。同時に気が付く。リックの体から闘気が消えている事を。それが指し示す技は一つ。だが、放ってしまった技を止めるのはもう間に合わない。

 

「……斬!! ……ぐっ!?」

「っ……!」

 

 真滅斬が命中し、リックが苦しそうに顔を歪めるが、同時にルークの全身に衝撃が走り、激痛に思わず声を漏らす。

 

「あれは!!」

「反射!? あの一瞬で!?」

「何て奴だ……」

「リック様も読んでいたんですわ……」

 

 エクスとレイラが同時に叫び、コルドバが感嘆する。射程外からの攻撃をルークが予測していたように、リックもその一撃をルークが躱して反撃する事を予測していたのだ。その事を呟くと同時に、チルディの背中にゾクリとしたものが走る。あの二人が立っている場所は、及びもつかないほど遙か高み。

 

「あの構えは!!」

「ルークさん!!」

 

 メナドとかなみが叫ぶ。リックが流れるような動きで剣を動かしているからだ。その剣の動きに重なり合うのは、死神が振るう鎌。あれこそ、諸国の兵を震え上がらせているリックの必殺技。

 

「バイ・ラ・ウェイ!!」

 

 高速の赤い剣線がルークを襲う。避ける術は無い。防御も間に合わない。これで決まりだという確信がリックにはあった。だが、剣線がルークに直撃したと思った瞬間、ルークの姿が幻のように消えてしまう。

 

「なっ……!?」

「なんだとっ!?」

 

 リックが呆然とする。ハウレーンの叫びが聞こえ、他の者たちも同様に衝撃を受けているようだ。視力に自信のあるかなみですら、今のルークの動きを追い切れていなかった。だが、リックには覚えがある。目の前から忽然と姿を消し、気が付いたときには攻撃されているこのスピードを。

 

「まさか、ジルと同等の……」

「ああ。悪いなリック、俺の勝ちだ。虎影閃!!」

 

 リックが後ろを振り返ると同時に、ルークから強烈な突きが放たれる。それはリックの腹部に直撃し、その衝撃で後方に吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。ルークとリックの再戦は、こうして決着がついた。

 

「ルークさんが……勝った……勝った!!」

「越えますか……リーザス最強を……」

 

 かなみとメナドが駆け出し、エクスがため息をつく。想定していたとはいえ、実際に目の前で見ると流石に思うところがあるのだろう。同時に、白の軍に是が非でも欲しいという思いも一層膨れあがる。

 

「自分の負けですね……」

「紙一重だったさ。反射をされたときには焦った」

 

 リックが体を起こし、ルークを見ながらそう言葉を発する。洗脳されていたときとは違い、全力で向かって負けたのだ。悔しさや清々しさなど、様々な感情がリックの胸の内を占めていた。

 

「今の動き……それと、最後に放った突きは?」

「新技だ。突きの方は以前から練習していた。真滅斬だけだとモーションが大きすぎて、均衡した状態だと中々使い勝手がな。動きの方は……まあ、闘神都市でのディオとの戦闘で辿り着いた。ジルの真似事だけどな」

「いえ。真似とはいえ、あの域に辿り着いているのは凄まじい事です。まだ遠いですね……」

「いや……実はこの技にはまだ致命的な弱点があってな」

「……?」

「ルークさん!!」

 

 ルークの言葉の意味が判らないという風な顔をリックがしていると、かなみがルークに飛びついてくる。瞬間、グラリと体勢を崩して地面に倒れ込むルーク。飛びついたかなみはルークの上に馬乗りするような形になってしまう。

 

「って、きゃぁぁぁぁぁ!! る、る、る、ルークさん!! ごめんなさい!!!」

「あわわわわ……」

「見ての通り、足への負担が凄まじい。使った後しばらくは、歩くのが精一杯でな。飛びつかれようものなら、踏ん張りが効かないんだ。早急に足腰を鍛える必要がある」

「ははは……かなみ、早くどいてあげなさい」

 

 真っ赤になって慌てふためくかなみ。メナドも真っ赤になってしどろもどろになる中、ルークは平然とリックに向かって状況の説明をしていた。リックはその状況を見て笑う事しか出来なかった。

 

「ハウレーン、マリス様を」

「はい」

「わたくしは病院に行ってアーヤさんを連れてきますわ」

 

 エクスがハウレーンに指示を出し、チルディは率先して天才病院の医師であるアーヤを連れてくるため走り出す。そんな中、未だかなみはルークの上から動けずにいるのだった。

 

 

「今日は安静にね。そうすれば明日には普通に動けると思うわ。仕事中なんだからあんまり連れ出さないでよね」

「申し訳ありませんわ」

「手合わせで何故ここまで……?」

「面目ない」

 

 マリスがヒーリングを掛け、アーヤがそう診断してこの場を去っていく。幸いにも二人の怪我は軽傷であったが、マリスの冷たい視線がルークとリックの二人に突き刺さる。

 

「ルーク様、明日は士官学校にゲストとして来られるという約束があったというのに、何を考えておいでですか? リックもリックです。バイ・ラ・ウェイを使うなど……」

 

 説教をするマリスに二人が同時に頭を下げているのを見て、チルディがため息と共に声を漏らす。

 

「ひょっとして……リーザス最強はマリス様なんですの?」

「ははは……否定できない」

「案外的を射ている意見ですね」

 

 レイラが乾いた笑いを浮かべ、エクスが含み笑いをしている。確かに戦闘能力もマリスは高いが、誰も逆らえないという意味での最強ではマリスが一番かもしれない。そのとき、訓練場の扉が開け放たれる。

 

「さあ、兵たちの訓練は終わった。ルーク殿、今度は儂と手合わせしてくだされ!!」

「父上……」

 

 意気揚々と入ってきたバレスにハウレーンが頭を抱える。これ以上場をややこしくしないで欲しいものだ。

 

「バレス殿。申し訳ありませんがこちらへ」

「はっはっは。総大将、ちょっと遅かったな」

「むっ、なんじゃお主ら!?」

 

 キンケードとコルドバに同時に両腕を掴まれ、そのまま引きずられていくバレス。すると、そのバレスの後ろから一人の女性が姿を現し、ルークに向かって駆けてくる。バレスと一緒に部屋に入ってきていた黒の軍の兵士だ。

 

「ルーク様!」

「んっ?」

 

 声を掛けられてそちらにルークが振り向く。そこに立っていたのは、黒の軍の証である漆黒の鎧を身に纏った、短髪の女性。ルークは彼女に見覚えがあった。だが、すぐには思い出せない。

 

「君は確か……そうだ、ヘルマンの」

「はい。セピア・ランドスターです! その節はお世話になりました」

 

 深々と頭を下げてくるセピア。彼女はかつてヘルマンの司令官であったが、リーザス解放戦においてミネバに切り捨てられ、薬漬けにされた状態で解放軍へと送りつけられたのだ。その際にリーザス側の人たちの優しさに触れ、今ではヘルマン軍を抜けてリーザス軍に入隊していたのだった。

 

「一度ちゃんとお礼を言いたくて……何せ、命の恩人なんですから」

「いや、俺は最初に発見しただけさ」

「それでもです。ありがとうございました! ヘルマンのときよりも充実した毎日が送れているんです。将軍のバレス様も尊敬できる方で……」

 

 セピアがそう言いかけた瞬間、突如バレスの声が部屋に響き渡る。

 

「なぜじゃぁぁぁ!! なぜいつも儂ばかりこういう役回りなのじゃ!!」

「バレス殿、落ち着いてください」

「父上……」

 

 遠くにはジタバタと暴れているバレスと、それを必死に取り押さえるエクス、コルドバ、キンケード、レイラ、リックの姿が見える。タラリとセピアが額に汗を掻く。

 

「えっと……と、とっても尊敬できる方です!」

「そうか、ヘルマンにいたときよりも充実しているなら何よりだ」

 

 少しだけ言いあぐねたセピアだったが、最終的にはしっかり言い切った辺り、それだけバレスの事を信頼しているのだろう。ルークと握手を交わし、一礼してからセピアは部屋を出て行く。それを見送っていたルークだったが、ふとマリスが口を開く。

 

「ルーク様。この後、お時間を作って頂きたいのですが」

「……構わないが」

「少し二人きりで話したい事が……」

 

 今、ルークとマリスの周りには誰もいない。先の五人はバレスを取り押さえているし、かなみは未だ赤い顔で呆けている。それを必死に戻そうとしているメナドとチルディ。このタイミングで話してきたという事は、それほど内密な話。

 

「それは、ゼスか魔人関連の話かな?」

「っ……さて、それはどうでしょうか」

 

 一瞬だけマリスが反応するが、すぐにいつもと変わらぬ調子に戻る。だが、ルークはその動揺を見逃していない。同時にマリスも、見逃されていないであろう事を察している。

 

「了解した。こちらも聞きたい事があったんで丁度良い」

「あら、一体何を聞かれるのでしょうかね……」

「まだ一つ厄介な戦いが残っていたみたいだな」

「穏便に済ませたいところですけどね」

 

 ルークとマリスの視線がぶつかる。それはまるで、初めて出会ったときのような状況。これより先は、狸同士の腹の探り合い。

 

 




[人物]
アーヤ・藤ノ宮 (礼)
LV 15/30
技能 神魔法LV1 医学LV2
 リーゼスにある天才病院の医師。見た目や話し方からは想像できないが、凄腕の医師。リーザス解放戦後の後処理で建てられた天才病院で働いている。

セピア・ランドスター (礼)
LV 24/35
技能 弓戦闘LV1
 元ヘルマン第3軍司令官にして、現リーザス黒の軍隊員。元司令官という立場から経験、実力共に十分高く、リーザスにおいてもメキメキと頭角を現している。いずれは副将かとも噂されており、現副将の三人はヒヤヒヤしているという噂。自分を助けてくれたルークやロゼ、セルに深く感謝している。

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