ランスIF 二人の英雄   作:散々

107 / 200
第105話 お礼参り リーザス・中 それぞれの信念

 

-リーザス城 客間-

 

「どうぞ、お掛けになってください」

 

 マリスがルークを客間に招き入れる。今、この部屋には二人しかいない。かなみたちと訓練場で別れてからこの部屋に直行した事を考えれば、天井裏にかなみが潜んでいるという事もないだろう。

 

「心配せずとも、この部屋には私とルーク様以外の人間はおりません」

 

 ルークが周囲を探っているのを察知したマリスがそう笑いながら答える。今の言葉に嘘はない。この部屋にいる人間は二人だけだ。だが、生物はもう一体いる。天井裏に潜んだライトニングドラゴンのはるまきだ。勿論、はるまきが会話の記録を取れる訳では無い。その目的は別のところにある。

 

「こうしてマリスと一対一になるのは初めてだな」

「そうですね」

 

 ルークが椅子に腰掛けながらそう口を開くと、マリスが静かに微笑む。リアと一緒にいる事の多いマリス。かつての誘拐事件の際にも、基本的にはリア、かなみ、ランス、シィルの誰かが一緒にいた。こうして二人きりの状況になるのは初めての事だ。

 

「それで、話というのは?」

「大した事ではありません。救助部隊の報告と差異がないかの確認だけです」

 

 マリスは平然とそう答えるが、話の重点がゼス及び魔人に置かれている事は既に勘付いているルークはマリスの表情を窺いながら思案する。どこまで話すべきか、と。ルークの目指す道に置いて、大国であるリーザスの協力は必須。とはいえ、下手を打てばこれまで築き上げてきた関係は瓦解する。

 

「では、始めましょう。まずは……」

 

 マリスが話を始める。だが、それは当たり障りの無い事。闘神都市の状況、カサドの町の人々の事やルークとランスが救助隊と合流するまでどのように行動していたか。これだけ聞けば本当に確認作業をしているだけにも取れる。だが、それだけで済むはずがない。

 

「なるほど。魔王ジルの魔法がそのように働いたと……」

「ああ。主観時間では数時間しか経っていなかったんだが、実際には数ヶ月経っていた。お陰でフェリスからは叱られたし、志津香の視線も痛かったよ」

「ふふ。それだけ心配されていたという事ですよ。ゼスのサイアス様も同様でしょうね」

 

 何気なく放たれた言葉であったが、ルークの眉がピクリと動く。

 

「四将軍のサイアス様と交友があるとは思いませんでしたよ」

「古い付き合いだ」

「わざわざ空中都市にまで来てくれるほどの?」

「まあ、来てくれたのには驚いたがな。それも、他の四将軍を二人も引き連れてくるとはな」

 

 ルークの言葉に嘘はない。まさか四将軍があれ程やってくるとは思っていなかった。だが、それを自分から言い出した事にマリスは若干驚く。それは今から突こうと思っていた内容だからだ。

 

「……他の四将軍の方や四天王の方との面識はあったのですか?」

「雷帝と治安隊長のキューティとの面識はあるが、他のお偉いさんとの面識は無いな。ただ、以前受けた依頼の関係で四天王の千鶴子には名前を覚えて貰っているようだ」

「アトラスハニーの一件ですね」

「……流石だな」

 

 あの一件はアニスの失態もあり、ゼスが内々に処理をしているはず。その情報を掴んでいる辺りは流石といったところか。

 

「ですが、それだけでわざわざあれ程豪勢なメンバーを派遣していただけるとは……」

「リーザスからのメンバーも相当なものだと思うぞ。リーザス最強の赤い死神、その副将、親衛隊隊長の三人が来ているんだ」

「……まあ、そうですね」

 

 少しだけ笑いながら話を切るマリスだが、納得した訳では無い。リーザスからの派遣はランスとルークの二人に対して送られたもの。更に言えば、個人個人の思いは別だろうが、救助自体の重点はランスの方に置かれている。だが、ゼスの救助隊はルーク一人を目的に来ているのだ。そこから導き出されるのは、ある懸念。

 

「……俺にゼスという国との深い付き合いは無いよ。深い付き合いなのは個人であるサイアスと……最近はキューティくらいだな」

 

 ルークが少し笑いながら口にする。これがリアとマリスが抱いている懸念の一つ。ルークが実はゼスのスパイなのではないかという事。ルークとサイアスの付き合いは10年以上にも及ぶ。対して、ルークがリーザスと関わり始めたのはここ1、2年の話だ。つまり、あの誘拐事件のときには既にルークはサイアスと深い仲にあったのだ。更に今回のルーク救助の為の豪勢な面子は、サイアス以上の地位にある者との関係を疑うのには十分な内容である。そして、もう一つ懸念がある。それは、魔人。

 

「魔人メガラスと魔人ハウゼル……解放戦のとき同様、共闘したんですね」

「状況が状況だったからな」

「面識は?」

「当然無いさ。中々に話の判る魔人だったよ」

「……魔人相手にそう言える事が凄いのですけどね。ですが、あちらの二人はルーク様を捜していたようですが?」

 

 ハウゼルがルークと会うためにサイアスと行動していた事、及び、メガラスがルークに会いたがっていた事はレイラとリックから報告を受けている。魔人が興味を持つ人間。それは、本来有り得ぬ事態。

 

「……アイゼルから俺の事を聞いていたんだろう?」

「だとしたら、魔人アイゼルは相当ルーク様を評価しているのですね」

「さあな……魔人の心情までは判らんさ」

 

 人類の敵である魔人。それに気に入られている人間。では、その人間と深く付き合うとどうなるのか。下手をすればリーザス国が魔人に睨まれかねない。いや、有り得ぬ事だがもしルークが魔人と繋がっていたとすれば、下手に踏み込めばこの場で殺される可能性だってある。これが天井裏にはるまきを潜ませている理由だ。万が一ルークがマリスに危害を加えるような事があれば、即座にリアに報告に行く手はずとなっている。どこまで踏み込むべきか思案していたマリスに、ルークは苦笑しながら口を開く。

 

「別にはるまきを潜ませておかなくても、何もしないさ。魔人ともゼスとも繋がっていない」

「気が付かれていたのですね……」

「言い回しがおかしかったからな。わざわざ人間と強調する事もあるまい」

 

 部屋に入った際にマリスが口にした、『この部屋にはマリスと自分以外の人間はいない』という言い回しが気に掛かっていたのだ。普段であれば気に止めないであろうその発言も、今の状況下では十分に気になる言い回し。リアのペットであるはるまきは解放戦のときに見ている。人間以外で潜むとすれば、良く躾けられていたはるまきしかいないという予想からカマをかけたルークだったが、その予想は的中していた。

 

「闘神都市の話はもう十分かな? そろそろこちらも聞きたい事があるのだが」

「そうですね。こちらから聞いてばかりでしたので、どうぞ」

「明日の事だが、集合場所と時間。それから、大体の概要を教えて欲しい」

「ああ、それでしたら……」

 

 ルークの当たり障りの無い問いかけに肩すかしを受けるマリス。少し緊張を解きながら、明日のことを説明していく。明日の士官学校での模擬戦は実戦形式と戦略形式の二項目あるという事、そして、その上位者にサプライズとしてレイラとチルディ、そしてルークが少しだけ稽古をつけてあげるというものだった。稽古の時間を聞く限りはしっかりとしたものでなく、あくまでデモンストレーションの意味合いが強い。明日の模擬戦には客が入る。必然的に、ゲストには注目も集まるというもの。

 

「隠れ蓑にはピッタリだな」

「…………」

 

 ルークが何気なく呟いた言葉にマリスが少しだけ反応を見せる。それを確認したルークは、更に言葉を続ける。

 

「リーザス解放戦の立役者は二人いる。だが、リーザスではその二人に対しての情報量に差があり過ぎる。片方はその名前や所属ギルド、トーマを破ったことも報道されているのに対し、もう片方は殆ど報道されていない。判明しているのは漆黒の剣を持っていたという事のみ。必然的に、人々の記憶からは薄れていく」

「…………」

 

 地上に戻ってきてからルークはそれを実感していた。キースギルドに寄った際、コルミックと会った際、そして、リーザス兵と先程会話した際。その全てで違和感を覚えた。自分が解放戦に関わった事を知られているのに対し、ランスの名前があまりにも上がらないのだ。そして気が付く。リアが情報封鎖している事を。

 

「そして、士官学校のイベントで大々的に解放戦の立役者だと紹介すれば、人々の意識は俺にしか向かなくなる。リアはよっぽどランスの事が好きなようだな。他の国に注目されたくないという思いからの行動だろう?」

「……説明もなしに勝手な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 シラを切り通すのは無理だと感じたマリスが早々に頭を下げる。だが、ルークは困ったように笑う。

 

「別に構わないさ。ランスの性格を考えれば、あまり祭り上げるのは得策では無いからな。程々が一番だ」

 

 ランスの性格上、そのように有名になれば片っ端から寄ってくる女性を食いかねない。それはリーザス国にとっても色々と面倒な事になる可能性もある。それに、ルークにとってもこれは悪くない取引。ルークの目指すものを考えれば、人々に名前を覚えられるのは願ってもない事。対結界という切り札を簡単に晒す気はないが、名前を売れるのは大歓迎なのだ。

 

「何故そこまでランス様を庇うのですか?」

「んっ……?」

 

 ルークが有名になる事を内心では望んでいるのを知らないマリスがポツリと問いかける。ルークの行動がランスを庇うためだけと考えているのだろう。どう答えたものかとルークが思案していると、マリスは更に言葉を続けた。

 

「妹さんの事でですか?」

「っ……!? 良くその情報まで辿り着いたな……」

 

 ルークがこの部屋に入って初めて目を見開く。ルーク、リムリア、ランスの関係を知る者は殆どいないはずだ。キースが情報を流すとは考えがたい。となれば、自分とリムリアの幼い頃を知っている冒険者から得た情報だろう。ルークがそう予想したとおり、マリスはかつてキースギルドに所属していた中年の男から情報を得ていた。同時に、妹の死にランスが関わっているという事も。

 

「てっきり、ランス様を恨んでいるものかと思いました」

「恨みなどしないさ。責任は十年も帰らなかった馬鹿な兄にある」

「それでは、何故?」

「しいて言うなら、放っておけないという思いが強いな。基本的には仲間として見ているが、どこかにあいつの面影を感じているのかもしれない」

 

 これもリアとマリスの懸念の一つ。ルークがランスを恨んでいるという可能性。もしそうであれば、ランスを第一に考えるリアは問答無用でルークという札を切る。だが、マリスはこの目で見てしまう。ランスと妹の事を語るルークの目が、慈しむような目になっているのを。証拠がある訳ではない。だが、その目を見たマリスはどこかで確信してしまう。ルークがランスにとって障害になる事など、決して無いのではないかという事を。自然と緊張感が解れていく。

 

「10年間、一体どこで何をされていたのですか? これに関してだけは全く情報を得られませんでした。ゼスでもサイアス様が捜されていたようですし、ヘルマンにいた形跡もない」

 

 自分でも緊張が解けているのが判ったため、最後に一つだけ探りを入れるマリス。一番可能性が高いのは、大陸との国交が殆ど無いJAPAN。だとすれば、ルークはJAPANのスパイという可能性もあるのだ。

 

「リーザスの完璧な情報網でも判らなかったのか?」

 

 ルークが真剣な表情でそう返す。一瞬呆気にとられたマリスだったが、クスリと笑ってしまう。

 

「また随分と懐かしい言葉を……あのときは敵同士でしたね」

「今はそうではない、と個人的には思っているんだがな。そろそろ止めにしないか? こちらとしても信頼している相手に探りを入れるのはあまり気分が良くない」

「ふふっ、そうですね」

 

 場の緊張が完全に四散する。やられた、という思いもあったが、これ以上引っ張ったとしても情報は聞き出せないだろうという思いの方が強かったため、マリスから自然と笑みが零れる。

 

「色々と失礼をいたしました」

「いや、国を預かる者として当然の行動だろう?」

「そう言っていただけると助かります。私やリア様個人としては、ルーク様の事は信頼しているのですけどね」

 

 リアの方は定かではないが、マリスの心情に関しては嘘ではない。かなみを成長させ、他の将軍たちからも高い評価を得ている。更には誘拐事件を起こしていたリアの失態を胸に秘めて貰い、解放戦のときにはリーザス国を救って貰っている。マリス個人としては、ルークの事を十分信頼していた。

 

「お疲れでしょう? 一応客間は用意させて貰っておりますから、どこかに泊まる予定がなければ本日はリーザス城でお休みになってください」

 

 マリスが椅子から立ち上がる。話はこれで終わり、そう思っていた。だが、ルークは目を閉じて思案する。

 

『また会いに来る! 人類をまとめた後、共にケイブリス派を倒すため、必ず君の援軍に駆けつける! だから、それまで待っていてくれ!』

『待っています、ルーク!』

 

 思い出されるのは、あの日の誓い。その誓いを果たすためには、リーザスの協力は必要不可欠。後は打ち明けるタイミング。少し黙り込んでいたルークだったが、何かを決意したかのようにゆっくりと目を開き、言葉を発する。発せられたのは話し合いの終わりを告げる言葉ではなく、真の意味での始まりを告げる言葉であった。

 

「行方不明の10年間、俺は魔人界にいた」

「なっ!?」

 

 想定すらしていなかった言葉にマリスが目を見開く。言葉の真偽、話そうと至った真意、その全てを掴めずにいた。

 

「マリス、座り直してくれ。お前とリアを信頼して話しておきたい事がある」

「…………」

 

 マリスは無言で椅子に座り直し、ルークの目を真っ直ぐと見据える。その表情は真剣そのものであり、部屋に緊張が戻る。気が付けば、マリスの額には一筋の汗が流れていた。

 

「チャカからも聞いているとは思うが、魔女パンドーラの死に際に放った魔法によって俺はある場所に転移された」

「それが……魔人界……?」

「ああ。魔人界に存在するモンスターはこちらのものとは桁違いに強かった。元々魔女との戦いで疲れていた俺はすぐにボロボロになる。いつ死んでもおかしくない状態だった。何か一つボタンを掛け違えれば、俺はあそこで死んでいただろうな」

 

 それは、道を右に曲がるか左に曲がるかという程度の些細な事。森を彷徨っていたルークがどの方向に歩いたか、多くの平行世界とこの世界の違いであるルークの生死を分けたのは、たったそれだけの事なのだ。

 

「だが、俺は一人の魔人に命を救われた」

「魔人に命を!?」

「ああ。そして、その魔人は他の魔人やモンスターに見つからないよう俺を匿ってくれた。魔人界の奥地まで入り込んでいたため、中々抜け出すことが出来ずに10年もそこに滞在する事になったがな。これがあの10年の真相だ」

「その匿ってくれた魔人というのが、メガラスかハウゼルのどちらかという事ですか?」

「いや、違う。あの二人はその魔人の仲間だ」

 

 ルークを捜していたという情報からマリスがその魔人をメガラスかハウゼルのどちらかだろうと推測するが、ルークは首を横に振る。

 

「魔人が二つに分かれて戦争を続けているのは知っているな?」

「ええ、元号がLPになってすぐに始まった戦争の事ですね」

「あの戦争。人類は魔人同士の小競り合い程度に思っているが、そうではない。あの戦争の結末如何では、人類は滅亡する」

「なっ!? どういう事ですか?」

 

 ルークから放たれた衝撃的な言葉にマリスが絶句する。そんな大それた予想、どこの国の上層部でも成されていない。あまりにも規模が大きすぎる。その反応を受けながら、ルークは言葉を続ける。

 

「二つに割れた魔人。一つはGI期同様、基本的には人類不可侵を掲げる魔人たちで構成されている。そしてもう一つを構成しているのは、GL期のように人類を侵略するつもりの魔人たちだ」

「魔王ジルの……」

 

 書物でしか読んだ事がないが、それは人類にとっては地獄の年号。解放戦時に魔王ジルと対面したマリスは、その時代の惨状がリアルに捉えられてしまう。

 

「俺が魔人界を去ったのは戦争が始まる前だから、二つに割れた魔人たちの構成の詳細までは判らない。一応、解放戦時のサテラの言葉である程度の予測はついているがな。そして、人類不可侵派のリーダーは俺を救ってくれた魔人だ」

「それを信じろと……?」

「狂人の言葉に聞こえるかもしれないが、信じてくれとしか言えん。他にはアイゼル、サテラ、メガラス、ハウゼルの四人がこちらの所属だ」

 

 それはルークと関わり合いのある魔人たち。これが真実だとすれば、メガラスとハウゼルがルークに興味を持っていたことにも多少は合点がいく。何せ、彼らのリーダーと懇意にしている人間なのだから。

 

「ですが、サテラとアイゼルは人類に侵略を……」

「あれは魔人ノスに嵌められての行動だ。カオスの封印を解けば戦争が優位になると唆され、リーザスをその支配下に置いた。だが、ノスが求めていたのはカオスではなく……」

「魔王ジル、という事ですか……」

 

 マリスの問いにルークが頷く。確かに辻褄が合っている。ジル復活時のアイゼルの反応、その後に駆けつけてくれたときの言葉。あの場にルークがいなかった事を考えれば、作り話にしては出来すぎている。

 

「だが、人類不可侵派の魔人は決して優位な状況ではない。かなりの魔人が侵略派の方に所属しているからだ。それを取り纏めるリーダーが……魔人ケイブリス」

「っ……!?」

 

 魔人ケイブリス。数多くいる魔人の中でも、ノスと並んで有名な魔人の一人だ。二百年ほど前にゼスを襲った悲劇、ケイブリスダーク。三ヶ月もの間人間を蹂躙し続けた地獄の期間であり、人類に魔人の恐怖をしっかりと刻みつけた出来事である。そんな魔人が相手側のリーダーであるのならば、そちらが勝利した時の末路は想像もしたくないというもの。だが、その末路をルークがハッキリと突きつける。

 

「もし戦争にケイブリス派が勝利すれば……人類は終わりだ」

 

 マリスが息を呑む。ルークから提示されたのは、人類が到底知り得ない情報。妄言だと一笑に付せられたらどれ程楽であっただろうか。だが、出来ない。これまで不可解であった出来事が、パズルのピースのようにピタリと合致していくのだ。

 

「不可侵派が勝ってくれればそれでいい。だが、もし不可侵派が不利になれば、人類は動かねばならない」

「動く……まさか!?」

「ああ。そのときが来てしまった場合、人類は不可侵派と共闘する必要がある」

「魔人と共闘……そんな事が……?」

「既に二回やっている事だ。規模は違うがな。これが、俺の目指すものの一つだ」

 

 かなりの情報を出したルークであったが、人類と魔人の共存に関してはまだ伏せる。あれを言ってしまえば、マリスは自分を狂人だと見るだろう。今の情報だけでも狂人と思われていても無理がないのだ。

 

「この事実を知っているのは……?」

「……ここまで話したのは初めてだ。多少情報は違うが、魔人との関わりを知っているのは志津香とフェリスの二人のみ。それと、サイアスには薄々勘付かれていそうではあるな」

 

 平然と魔人の事を知っている面々から一人を除外するルーク。だが、彼女の立場を考えれば名前を出す訳にはいかない。志津香とフェリスが知っているのは、ルークがホーネットに命を救われたという事だけでなく、マリスには明かしていない魔人との共存を目指しているという更に深い話だ。逆に人類侵略等の話は知らないなど微妙な差異はあるのだが、マリスに言う必要も無いのであえて言及はしないルーク。

 

「ランス様もご存じないのですか?」

「ああ。あいつにも話していないし、まだ話す気はない。他の奴らにもな。妄言と思われるか、無駄に不安にさせるだけだ」

 

 そう言うルークであったが、たった一人打ち明けても良いかもしれないと考えている人物がいる。最も信頼している仲間の一人である、AL教に所属するあの女性には。

 

「途方もない話だが、念頭に置いておいて欲しい。状況次第では、リーザスが動かなければならないという事を。話はこれで終わりだ」

「…………」

 

 今度はルークが椅子から立ち上がる。対するマリスは椅子に座り、黙り込んだままだ。あまりにも聞かされた内容のスケールが大きすぎる。そのままルークはマリスに背を向け、部屋から出て行こうとする。

 

「マリス、最後にリアに一つだけ伝えてくれ。俺はお前らが道を違えない限り、リーザスの敵にもランスの敵にもならない。絶対にな」

 

 そう言い残し、ルークが部屋から退出する。その背中を見送りながら、すぐに報告に行く必要のあるマリスはしばらく席から立てずにいるのだった。

 

 

 

-リーザス城 王座の間-

 

「藪をつついたら蛇どころかドラゴンが出てきた気分ね……」

 

 マリスの報告を受けてリアが深くため息をつく。同時に、その頬には一筋の汗が流れていた。ある程度の可能性は考えていたが、マリスからもたらされた報告は流石に想定すらしていなかった内容。

 

「マリス、どこまで信用できそう? これだけ聞くと、狂っているとしか思えないんだけど」

「……確信は持てませんが、恐らく事実かと思います」

「……一番困る解答ね。ダーリンの敵にはならない、か。どこまで信用していいのかしらね……」

 

 ルークの言葉をどこまで信用すべきかを決めかねるリア。全てが真実だとすれば、魔人の戦争結果次第では人類に明日はない。それは、リーザスにとってもランスにとっても避けたい事態だ。

 

「魔人界での戦争の状況をこれまで以上に収集するように。動きがあればすぐに伝える事。それと、今すぐかなみを呼んできて」

「かなみですか?」

「直接聞いていたから冷静さを欠いても無理はない事だけど、マリスらしくないわね。志津香、フェリスの二人にだけ話しているですって? この面子だったら、かなみも聞いている可能性は十分にあるわ」

「あっ……!」

 

 リアの言葉でマリスが自分の失態に気が付く。もしかなみがルークと魔人の事を知っていたとすれば、それは報告を怠っていたという事に繋がる。いくらルークの事を慕っているとはいえ、主君であるリアに対してこれ程重要な情報を秘匿するなど以ての外だ。マリスが即座に部屋から飛び出し、通路を駆けていく。

 

「マリス様。どうかされましたか?」

「メナド、チルディ。かなみはどこですか?」

 

 通路ですれ違ったメナドとチルディにかなみの居場所を問うマリス。だが、時既に遅し。

 

「かなみさんなら、あちらでルーク様とお二人で話しておりますわ」

「二人っきりで何を話しているんだろう……ドキドキ……」

「……やられた」

 

 顔を赤くしているメナドを余所に、マリスは唇を噛む。先手を打たれてしまった。口裏を合わせられては、最早かなみは真実を語らないだろう。二人に教えて貰った場所に向かうと、聞いたとおりルークとかなみが二人で話している。すぐにマリスに気が付いたルークが視線をこちらに向け、かなみが少しだけ緊張した面持ちでいる。

 

「かなみ、少し話があります。王座の間まで来なさい」

「わ、判りました……」

「それじゃあ、俺は兵舎の方を見てくるかな。エクスとコルドバに誘われているんだ」

 

 そう言い残してこの場から離れていくルーク。最後に一度だけマリスと視線を合わせる。いつもと変わらぬ目つきだが、どこか真剣味を帯びたものであった。

 

「かなみ、行きますよ」

「……はい」

 

 マリスの後についていき、かなみは王座の間へと向かう。程なくして王座の間にはリア、マリス、かなみの三人だけの状況が出来上がる。

 

「かなみ、急に呼び出して悪かったわね。どうしても聞きたい事があったの」

「…………」

「ルークの事で、私に報告していない事はないかしら?」

 

 リアにそう問われ、かなみは先程ルークから言われた事を思い出す。リアとマリスに魔人界で魔人に命を救われた事を知られた事、自分の事は言っていないがすぐに聞きに来るであろう事、その際にシラを切った方がいいと言われた事。そして、もし別の道を取るのであれば、出来れば共存の事だけは黙っていて欲しいという事。それらを思い出し、かなみは口を開く。

 

「……リア様、申し訳ありません。私はルークさんが魔人に命を救われたという事を知っておきながら、リア様への報告を怠っておりました!」

「なっ!? かなみ!?」

「……意外ね。自分から言うだなんて……」

 

 その場で土下座をするかなみにマリスが目を見開く。先程ルークといたのは口裏を合わせていた訳ではなかったのか。あるいは、この行動はかなみの暴走か。目まぐるしい事態に流石に頭が混乱してくる。

 

「何故報告しなかったの?」

「ルークさんを狂人と思われたくなかったからです」

「魔人に関しての情報を知らないか、一度聞いたわよね?」

「返す言葉がありません」

 

 解放戦後、何故アイゼルとサテラが共闘したのか理解出来なかったため、あの場にいた者たちに何か知らないかリアは聞いて回っている。本来ならばその際に言うべき事。それをかなみは秘匿したのだ。

 

「ルークから口止めされた訳ではなかったの?」

「言わない方が良いとは言われましたが、最終的には判断を任せると……」

「何故ルーク様はそのような事を……」

 

 マリスが更に困惑する。自分の、そしてかなみの事を思うのであれば、是が非でも秘匿したい事のはずだ。

 

「それで、何故話す気になったの?」

「忠臣を目指す者として、嘘をつくわけにはいきませんでした。この罰は何でも受けます」

 

 かなみが頭を下げたままそう答える。リアはそのかなみを見下ろし、淡々と言葉を続ける。

 

「他に何かルークに関しての隠し事は無いのかしら?」

「……一つだけあります」

 

 かなみが隠している最後の事柄。それは、ルークの目指す夢。人類と魔人の共存。

 

「それは何?」

「言えません……」

「……さっきの言葉と矛盾するわよ」

「それでも……です……時が来たら必ず……ですが、今はまだ……」

 

 絞り出すように言葉を紡ぐかなみ。リアに拾われた身でありながらの不徳。この場で殺されてもおかしくない行動なのは自分でも判っている。だが、これだけは言う訳にはいかない。

 

「かなみ、覚悟は出来ているのね?」

「はい……」

 

 リアの目つきが鋭くなる。顔を伏せたままでも緊張感が増すのを感じ、かなみの体が固まる。

 

「……これから先、ルークの行動に不審な点があったら逐一報告しなさい。どんなに些細な事でもいいわ。これ以上の秘匿は首が飛ぶと思いなさい」

 

 その言葉を受けて、かなみは驚きながら顔を上げる。それは、今回の件は不問にするというのと同義。

 

「いいわね、かなみ」

「リア様……ありがとうございます!」

 

 かなみは涙を流しながら頭を下げる。その後、マリスに促されてかなみは退出し、部屋にはリアとマリスの二人のみとなる。

 

「寛大な処置でしたね」

「別に温情だけで決めた訳じゃないわ。かなみは使えるし、ルークとの接点としては一番太い線よ。ルークの動向を探る上で、現状これ以上の人間はいないわ」

 

 リアが冷静に言い放つ。確かにかなみへの温情がまるで無かったとは言えないが、決してそれだけではない。ルークの言葉が真実であるにしろ妄言であるにしろ、その動向には注意を払う必要がある。前者であるならばその魔人と共闘する上でのキーマンであり、後者であるならば危険人物なのだから。

 

「(もし真実だとすれば、これを語ってきたという事は多少信頼されているのかしら? あるいは、リーザスの力が必要なのでやむなくか。どちらにしろ、リーザスとダーリンの障害になるようなら排除させて貰うわ)」

 

 そう思案しながら、リアは先程マリスから告げられた言葉を思い出す。リーザスの敵にもランスの敵にもならないという言葉。

 

「(出来ればそうであって欲しいけどね……)」

 

 玉座に腰掛けながら、リアは深くため息をつくのだった。

 

 

 

-リーザス城 通路-

 

「あ、かなみ! もう話は済んだの?」

「ええ、一応ね……」

 

 王座の間から戻ってきたかなみにメナドが手を振る。笑顔のメナドとは対照的に、かなみの表情は若干影を帯びていた。親友であるメナドはすぐにその事に気が付き、心配そうに顔を覗き込む。

 

「どうしたの、かなみ? 何かマズイ話だったの?」

「ううん、そうじゃないの。心配掛けてごめんね」

「(あまり良くない話だったようですわね。タイミング的にはルーク様の話で間違いない。となると……ゼスか魔人の話と考えるのが妥当ですわね)」

 

 はぐらかすかなみであったが、メナドの隣に立つチルディはかなみを観察しながら話の内容を推測する。この時点で彼女が推測出来る範囲では、十分に的を射ていると言えるだろう。

 

「ところで、二人は何しているの?」

「ルークさんを待っているんだ。今エクス様とコルドバ様と一緒に兵舎を回っているから」

「待っている? まだ何か話があるの?」

 

 かなみが不思議そうにする。時間は既に夕暮れ。既に手合わせで集まっていた者たちも解散し、仕事がある者は仕事、そうでない者は帰路についている。この後何かある訳ではないため、ルークを待つ理由は特にないはずだ。そのかなみに対し、チルディが口を開く。

 

「かなみさん。ルーク様は足を怪我されて本日は一日安静ですわ。そして、今宵はリーザス城に客間を取っている。特段理由がなければ、このままリーザス城に泊まるでしょう」

「それで?」

「その……ほら、足を怪我していて何かと不便かもしれないから、お世話とか出来ないかなって」

 

 メナドが赤くなりながら発した言葉を受け、かなみに電撃が走る。

 

「そ、そんなアピール方法が……私も一緒に待っていてもいいかな……」

「あら? 先程の馬乗りではまだアピールが足りないんですの?」

 

 チルディの言葉を受け、かなみの顔がメナド以上に真っ赤に染まる。先程の出来事を思い出しているのだ。

 

「いや……あれは事故で……でも、責任を取って貰わないと……」

「……先程までの悩みもどこかに吹き飛んだようですわね」

 

 ぶつぶつと言いながら虚空を見上げるかなみに呆れるチルディ。そのとき、通路の向こうからエクスとハウレーンが歩いてくるのが見える。エクスは先程までルークを案内していたはず。そのエクスがここにいるという事は、兵舎の案内が終わったという事だ。互いに顔を見合わせ、我先にと一斉に駆け出す三人。

 

「エクス様!」

「おや、三人揃ってどうしましたか?」

「ル、ルークさんはどちらに!?」

 

 身を乗り出すように聞いてくる三人を見て、何となく察しのつくエクス。笑いを堪えるように口元に手を当てながら、冷静を装って質問に答える。

 

「ルーク殿なら、今夜はコルドバ様の家に泊まりますよ。奥さんを自慢するんだって張り切っていました。くくっ……」

「思わぬ伏兵が!?」

「そんなぁ……」

 

 へなへなと力の抜ける三人を見て、エクスの隣に立っていたハウレーンが感心したように声を出す。

 

「うむ。三人ともまだ稽古をつけて貰おうとしていたのか。感心な事だ。時間があれば私も是非してもらいたいものだな」

「(……これは白の軍に呼ぶのは厳しそうですね)」

 

 色気の無い事を言うハウレーン。彼女がもう少し積極的であれば色々と画策できるのにとエクスは肩を落とす。ハウレーンの感心を余所に、落胆するかなみとメナド。その二人をチラリと横目で見ながら、チルディが小さく呟く。

 

「まあ、わたくしは明日士官学校で一日中一緒だから良いのですけど」

「「ずるい!!」」

 

 

 

-リーザス コルドバ宅-

 

「はっはっは。どうだ、良くできた奥さんだろう?」

「ゆっくりしていってくださいね」

「ありがとう。確かに美人だ。だが、犯罪的に若いな」

「何故私まで……」

 

 コルドバとルークが酒を飲みながら談笑し、キンケードが何故自分も呼ばれたのかと首を捻る。コルドバの妻であるフルルは確かに美しい。コルドバが自慢気にかつてリーザス美少女コンテストで優勝経験もある事を語る。だが、見るからに若い。若すぎる。

 

「女性に年を聞くのは失礼だが……おいくつで?」

「15になります」

「……犯罪だな」

「何言ってやがる。かなみと一つしか変わらねえじゃねぇか」

「そう聞くと、割とルーク殿も危ないですね……」

 

 コルドバが笑い飛ばすが、割と危険な発言である。キンケードの言うように、冷静に考えればルークとかなみの年齢差は10。中々に危険な年齢差だ。

 

「おっと、つまみが切れたな。何か作ってきてくれるか?」

「はい」

 

 コルドバに頼まれて席を外すフルル。すると、コルドバが少しだけ真剣な表情になる。

 

「良い女だろ?」

「ああ」

「だけどよ、ルーク殿の言うようにまだ若すぎる。だから、俺はあいつをまだ抱いてねぇ。あいつが20になるまで抱かないと決めている」

「…………」

「俺はあいつとの子供をこの手で抱きたいと思っている。職業柄いつ死ぬか判らねぇが、その思いが俺を支えているよ。解放戦のときだって、戦いの最中に何度あいつの顔が浮かんだ事か」

 

 クイ、と酒を飲みながらそう語るコルドバ。

 

「結婚っていうのは良いぜ? ルーク殿もいい年だろう?」

「……俺はある夢を達成するまでは家庭を持つつもりはないんだ。厳しい道だ。途中で朽ち果てるかもしれない。そうなったら、残した者を悲しませるだけだからな」

「そうかい。まあ、出来れば早めにその夢を達成してやってくれ。可愛い部下が可哀想だからな」

「耳の痛い話だ……」

 

 コルドバの言葉を受け、申し訳無さそうにしながらグラスを傾けるルーク。流石にあれ程の好意を受けて気が付かない程野暮な人間では無い。だが、今し方語ったように、夢を達成するまでは家庭を持つ気はない。そのルークを見ながら、コルドバが真剣な表情で問いかけてくる。

 

「……その夢ってのを聞いても良いか?」

「今はまだ。だが、いずれ話すさ」

「そりゃ、死ねない理由が一つ増えたな」

 

 コルドバがスッとグラスを前に出す。それを見たルークも、自分の持っていたグラスを前に出し、互いに見合う。すると、横からキンケードもグラスを出してくる。

 

「僭越ながら、ご一緒させて貰えますか? 夢と言っても、安定した老後くらいしかありませんが……」

「はっはっは。遠慮なんかいらねえ。夢を達成できるよう、全員生き残ろうぜ」

「ああ」

 

 三人のグラスがぶつかる音が部屋に響き渡る。コルドバは豪快に、ルークとキンケードは静かに笑う。

 

「さて、景気づけにハーモニカの演奏でもするか!」

「意外に繊細な趣味だな」

「ほどほどでお願いしますよ……」

 

 こうして、リーザスの夜は更けていった。

 

 




[人物]
フルル・バーン
LV 1/3
技能 ピアノLV1
 コルドバの幼妻。かつてリーザス美少女コンテストで優勝した程の美貌の持ち主であり、コルドバとは相思相愛。家事も使用人に任せず自分で行う良妻である。肉体関係はまだない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。