ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第106話 お礼参り リーザス・後 次代を担う者たち

 

-リーザス城下町 情報屋-

 

「いらっしゃ……ルークさん!?」

 

 店に入って来た客の顔を見て驚く由真。そこに立っていたのは、思い人であるルークであったからだ。ルークは今、リーザス城下町の情報屋にやってきていた。

 

「久しぶり」

「リーザスに来ていたんですか?」

「昨日からな。明日の朝には発つつもりだ。本当はカジノやぱとらっしゅにも寄りたかったんだが、予定が詰まっていてな……だが、由真にはどうしても直接会って礼を言いたかった」

 

 デル姉妹やパルプテンクスにも久しぶりに会いたかったが、士官学校に行く用事が出来てしまったため彼女たちと会うのはまた次の機会にしたルーク。店の外ではチルディが待っている。だが、由真にだけはどうしても礼を言いたかったのだ。

 

「真知子さんと協力して俺を捜してくれたんだろ? ありがとうな。お陰で無事に地上に戻ってこられた」

「こちらこそ……ルークさんがいなかったら、今頃ヘルマン軍に……」

 

 ルークが闘神都市にいるのを真知子が発見出来たのは、由真の多大な協力の下であった。その礼だけは言っておかなければならないと考え、用事の詰まっている中でもルークは彼女にだけは会いに来たのだ。気にしないでくれと口にし、解放戦のときの事を思い出しながらそう語る由真。今でもあのときの事を思い出すと体が震える。だが、そのヘルマン軍は解放軍によって打ち倒された。その中心にいたのは、目の前のルーク。

 

「アキさんやユキさんも会いたがっていましたよ。もし今夜お暇なら、またの機会と言わずにぱとらっしゅに来て下さい。みんなに声を掛けておきます」

「割と遅くなると思うが?」

「大丈夫ですよ」

 

 微笑む由真。そのまま少し談笑する二人だったが、士官学校に行く時間が迫っていたためあまり長居は出来ない。しばしの後、ルークは店を後にしようとする。

 

「それじゃあ、そろそろ……」

「あ、それでは最後にご報告が。以前に頼まれていた件、少し進展がありました」

「本当か!?」

 

 驚くルークを見ながら由真が机の上に資料を広げていく。

 

「恐らく、ルークさんが捜しているラガールという人物はこの男の事かと。これが20年ほど前の写真です」

「……!? 間違いない……」

 

 ルークが資料に貼られた写真を見る。そこには、かつて志津香と共に過去の映像で見た男の姿があった。何かの集合写真のようで、写真には数名の姿がある。その中には、志津香の父である魔想篤胤の姿もあった。

 

「チェネザリ・ド・ラガール。かつて天才と呼ばれた魔法使いでしたが、18年ほど前にパッタリとその消息を絶っています」

「この写真は?」

「とある門下の写真です。真ん中に座っているのがお師匠様で、その周りにいるのが門下生です」

 

 その言葉にルークが眉をひそめる。ラガールと篤胤、この二人は同門であった。何がラガールを凶行に誘ったのか。どちらにせよ、許しておける相手ではない。篤胤の顔を見ながら悔しそうにしているルークを見て、由真が口を開く。

 

「……やはり、魔想さんが関係しているんですね?」

「ああ……」

「すいません、周りの方を調べているうちに、ルークさんと真知子さんの知り合いである魔想志津香さんの父親がいるのに気が付いてしまったんです」

「気にしなくて良い。だが、内密に頼む」

「判っています。この資料は持って行って、魔想さんにも見せてあげてください」

 

 広げた資料を大きめの封筒に仕舞いながら由真がそう言う。ルークも手に取っていた資料を由真に渡し、一緒に仕舞って貰う。

 

「それと、こちらの写真も渡してください」

「これは……」

 

 由真が手渡してきた写真。そこには、生まれたばかりの志津香を抱く篤胤とアスマーゼの姿があった。二人とも幸せそうに微笑んでいる。

 

「志津香さんが生まれた際に、親しかった友人の方数名に送られた写真のようです。そのうちの一人、イヴ・ラライラさんという方が譲ってくださいました。もしかしたら魔想さんもお持ちかもしれませんが、一応」

「ありがとう。志津香もきっと喜ぶ」

 

 その写真を一緒に封筒に仕舞い、ルークが由真に礼を言って店から出て行く。その背中を見送り、由真は情報屋の仕事に戻る。その表情は少しだけ和らいでいた。

 

「すまない。待たせた」

「大した事ありませんわ。では、行きましょう」

 

 店の外で待っていたチルディと合流し、由真から貰った封筒を手にルークは士官学校へと向かうのだった。

 

 

 

-リーザス士官学校 校長室-

 

「ごめんなさいね、突然頼んでしまって。私もさっきレイラから聞いたの。ルークが出てくれるなんて思わなかったわ」

「なに、リーザスには世話になっているし、君の教え子たちをこの目で見てみたかったからな」

 

 校長のアビァトールが申し訳なさそうにしているが、ルークは気にするなと答える。部屋の中にはレイラとチルディも控えている。レイラは隊長であるため学生に顔を知られているが、チルディは新人であるためそうではない。そのため、最後の模擬戦でサプライズを演出するために今は私服である。

 

「出番は全ての試合が終わってからだから午後になるわ。それまで試合の様子を観戦していって」

「それじゃあ、私が案内を……」

「レイラはここに残りなさい」

 

 レイラがルークの案内をしようとするが、アビァトールに止められる。何事かと呆けるレイラ。

 

「レイラ……貴女、闘神都市からの帰還祝勝会でまた暴れたんですって?」

「げっ……」

「……チルディ、行こうか」

「……そうですわね。わたくしが案内しますわ」

 

 二人の様子を見て静かに退席するルークとチルディ。校長室の扉を閉めた瞬間、部屋の中から叱り声が漏れてくる。

 

「あれほどお酒を飲み過ぎるなと昔から言っているでしょう!」

「す、すみません、アビァトール隊長!」

「隊長じゃない!!」

「はぁ……」

 

 チルディが深くため息をつく。折角レイラへの評価を改めていたというのに、こうも目の前で情けない姿を見せられては思うところがある。

 

「ま、人間味のある方が良いさ」

「そういうものですかね……」

 

 ルークが笑いながらフォローするが、チルディは首を傾げている。そのまま士官学校の中を軽く見て回る二人。それほど多くはないが、模擬戦を見に来た客が入っている。校外には少しだけ出店も並んでおり、学園祭に近い雰囲気がある。見れば、来場している客は裕福そうな者ばかりだ。

 

「冒険者の俺は少し場違いかな」

「うふふ。親衛隊と言っても、完全に実力だけの世界ではありませんからね。家柄も重要な審査ポイントなんですのよ。家柄が良いという事は、それだけリーザスを裏切る可能性が低いという事になりますからね。ジュリアさんも家柄が良いから親衛隊に在籍しているんですわ。まあ、最近は実力もつけてしまいましたが……」

 

 ジュリアの事を思い出しながら少しだけ不機嫌そうにするチルディ。

 

「それじゃあ、士官学校の生徒はみんな家柄が良いのか?」

「そういう訳ではありませんが、大半は裕福な家庭ですわね。士官学校に通わせるのにも、それなりのお金がかかりますし。中には援助金で通っている苦学生もいますけど」

「親衛隊に入るためには士官学校に通わなくてはならないのか?」

「別に士官学校に通わなくても、実力をアピールできれば親衛隊には入れます。ですが、士官学校に通っていた方がそのアピール機会は多くなりますわね」

「なるほど。今回の模擬戦もその一つか」

「そういう事になりますわ。お偉いさんの目に止まれば、卒業を待たずにスカウトされる事もあるんですのよ。それだけに、生徒たちは今回の模擬戦に気合いが入っていると思いますわ」

 

 校舎を練り歩きながらチルディから説明を受けるルーク。模擬戦が行われている会場に向かおうとしているところだったが、案内役のチルディは来場者に配られるパンフレットに載っている地図を確認しながら歩いている。その様子から鑑みるに、彼女は士官学校にはそれ程来たことがないようだ。

 

「ルーク様、こちらですわ」

「チルディは卒業生ではないのか?」

「お恥ずかしい事に、わたくしもあまり良い家柄ではないんですの。色々な大会に出て優勝し、実力をアピールして親衛隊にスカウトされたんですのよ」

「恥ずかしい事なんてないさ。十分に立派な道筋だ」

「ありがとうございますわ」

 

 そんな話をしながら模擬戦が行われている会場まで辿り着く二人。トーナメント形式であり、丁度ベスト8の試合が行われていた。舞台では緑髪の少女が相手を攻め続け、圧倒的な力を以てねじ伏せている。

 

「午前は剣術の部、午後は卓上模擬戦になっていますわ」

「ふむ、中々の動きだな。学生であれだけ動ければ十分だろ」

「彼女の名前はラファリア。剣術の部の優勝候補よ」

 

 突如後ろから声を掛けられて振り返る二人。そこにはアビァトールが立っていた。だが、レイラの姿が見当たらない。

 

「レイラは?」

「部屋で休んでいるわ。今、色々と消耗しているから」

「はぁ……」

「ごめんなさいね、隊長のイメージを悪くしてしまったかしら? 空回っている事もあるけど、部下を思って一生懸命に働いているのは本当だから嫌わないであげて」

「それは……判っていますわ……」

 

 チルディがため息をついているのを見て少しだけ申し訳なさそうにするアビァトール。だが、チルディはそれに小さく答えて試合が行われている舞台に視線を戻す。青髪の少女が相手の攻撃を華麗に捌き、実に見事なタイミングで相手にカウンターを与え勝利していた。

 

「わたくしとしてはこちらの娘の戦い方が好みですわね。動きに品がありますわ」

「流石は今年入隊のナンバー1ね。彼女はアールコート。ラファリアには少し劣るけど、剣の腕はかなりのものよ。それに、彼女にはもう一つ凄いところがあるの」

「凄いところ?」

 

 アビァトールが嬉しそうにしながら話しているのを見て少しだけルークが驚く。存外校長という仕事を楽しんでいるようだ。

 

「彼女は戦略の天才よ。私ではもう教える事は何もないわ。このまま鍛え上げれば、バレス将軍やエクス将軍をも越える存在になるかも。いえ、それどころか、自由都市の天才篠田源五郎、風の噂に聞くJAPANの天才軍師、真田にだって勝るかもしれないわ」

「それ程の逸材か」

「ええ。彼女を初めて見たときには震えたわ。まだまだ伸びしろがあるから今すぐ士官させるんじゃなく、じっくりこの学園で育てていきたいと思っているの。午後の卓上模擬戦には期待しておいて」

 

 そう話していると、舞台では準決勝が行われていた。先程話に上がっていたラファリアとアールコートの直接対決が行われている。攻め続けるラファリアと守り続けるアールコート。だが、アールコートはラファリアの気迫に押されている。そのまま一本取られてしまい、3位決定戦に回る事になる。それを見ていたアビァトールが困ったような表情を浮かべる。

 

「少し気が弱いのが難点でね」

「そのようですわね。確かにラファリアの方が実力は上のようですけど、先程のように上手くカウンターを使えば十分勝てる可能性はありましたのに」

「まあ、その辺はラファリアも考えて立ち回っているのだけどね。彼女は卓上模擬戦の実力も本物なのよ。トーナメント的に考えて、波乱の無い限りは決勝で二人がぶつかるわね」

「あら、意外ですわね。あれだけ攻め気がありながら、戦略の方もそれなりだなんて」

「ラファリアとアールコート……この二人が一歩抜けているという事か」

「ええ。間違いなく総合ポイントで上位に入ってくるから、この二人と手合わせをする事になると思うわ」

 

 結局、午前の剣術部門はラファリアが優勝、アールコートは3位という結果になる。昼の休憩を挟み、午後の卓上模擬戦が行われると会場にアナウンスが流れる。

 

「チルディ、少し出店でも回るか。奢るぞ」

「あら。それでは遠慮なく」

「学生たちにゲストだってばれないように、お客さんの振りをしてね。驚かせたいから」

 

 アビァトールからそう忠告され、二人は校舎外の出店に向かう。軽く食事をし、校内を二人で談笑しながら歩く。チルディは内心でデート気分を味わっていた。

 

「(うふふ……メナドさんより一歩リードですわね。かなみさんとの間にはまだまだ差がありますわ。じっくりと埋めていかないと……)」

「さて、そろそろ戻るか」

「そうですわね。うーん……こちらの方が多分近道ですわね」

 

 チルディがそうルークを誘導する。それは体育倉庫の近くを通るような裏道。あまり来客者が立ち寄らない場所を通り、会場を目指す二人。

 

 

 

-リーザス士官学校 体育倉庫裏-

 

 ガン、と壁を蹴る音にアールコートが怯える。蹴ったのはラファリアの取り巻きの一人。それを軽く手で制しながら、目の前に立つラファリアが口を開く。

 

「アールコート。午前の部はどういうつもり?」

「その……」

「家柄が貧しいと言葉も理解出来ないのかしら? 私は勝ち上がるなと言ったはずだけど」

 

 丁寧な口調とは裏腹にアールコートを威圧するラファリア。取り巻きも全員アールコートを睨んでいる。その中には、先程ベスト8の試合でアールコートに敗れた少女もいた。

 

「ねえ、アールコート。何度も言わせないで。これは貴女のためなの。貴女みたいにウジウジした子が親衛隊になんてなれる訳ないでしょ。早く田舎に帰りなさい。温泉街出身だったわよね?」

「ラファリア先輩……」

「午後の部、一回戦で負けなさい。勝ち上がったらどうなるか判っているわね?」

「あら、随分と醜い場面に出くわしてしまいましたわね」

 

 その声にラファリアたちが振り返る。そこに立っていたのは二人の男女。来客者に今の光景を見られたのはマズイと唇を噛むが、ルークの身なりが裕福そうでは無いのを見てホッと息を吐く。

 

「何を勘違いしているか判りませんが、後輩を思いやっていただけの事よ。ねぇ、アールコート」

「……はい」

「白々しい……」

「それでは失礼。午後の試合の準備がありますので」

 

 取り巻きを引き連れてルークとチルディの横を通り、この場を後にしようとするラファリア。丁度真横に来た瞬間、それまで黙っていたルークが口を開く。

 

「ラファリア、十分実力があるんだ。こんな事をしなくても……」

「気安く名前で呼ばないで貰えます? 身なりからして冒険者かしら?」

「ああ、冒険者だ」

「一体何の用で士官学校に来たのかしら? 女生徒を狙う変態かしら? 変態ジジイはさっさと出て行って!」

「っ……」

 

 ラファリアの物言いにルークの顔が引きつる。隣でその暴言を聞いていたチルディはラファリアを睨みながら口を開く。

 

「貴女! 初対面の相手に向かって……」

「あら失礼。背が低すぎて気が付きませんでしたわ。胸もぺったんこで可哀想。貴女のようなおチビさんにはまだ士官学校は早くてよ」

 

 笑いながら取り巻きたちと共に去っていくラファリア。その背中を見送りながら、チルディが不気味に笑う。

 

「ふふ……ふふふ……人が気にしている事をよくもまあ……」

「チルディ、あまり気にするな」

「全然気にしていませんわ。でも、これで後の模擬戦が少しだけ楽しみになりましたわ」

 

 人の悪そうな顔をするチルディ。自分が馬鹿にした二人が親衛隊のメンバーと、リア女王やリック将軍とも親交がある解放戦の英雄と知ったらどのような顔をするか。それを想像してチルディの口から笑いが零れる。

 

「……模擬戦が楽しみになったというのは同感だな」

「(あら、悪い顔。ルーク様もそれなりに怒ってらっしゃったのね)」

 

 一瞬だけ悪そうな笑みを口元に浮かべるルーク。初めて見る表情に意外そうにするチルディ。そのとき、後ろから声を掛けられる。

 

「あの……ありがとうございました……」

「今の命令、聞くつもりですの?」

 

 頭を下げてくるアールコートにすぐさま問いかけるチルディ。すると、アールコートが悲しそうな表情になる。

 

「聞きたく……ないです……でも、私どうしたらいいか……」

「……少し話せる時間はありまして?」

「あ、午後の部は私の出番は後ですから少しなら……」

「なら、少しだけ。ルーク様は先に会場に向かっていてください」

「了解」

 

 ルークが静かに笑って一人この場を立ち去る。二人きりになったチルディとアールコートはベンチに腰掛け、互いに名乗りあう。

 

「わたくしはチルディ、ただの見学人ですわ」

「アールコートです……」

「知っていますわ。午前の試合、見せていただきましたわよ。見事な腕ですわ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 ペコリと頭を下げるアールコート。それを見ながらチルディが話を続ける。

 

「それで、どうしてあのような状況になっていたんですの?」

「その……私がおどおどしているからいけないんです……それがラファリア先輩は気に入らないみたいで……」

「まあ、確かに弱気すぎますわね。で、午後の試合はどうするんですの?」

「……迷っています。これ以上嫌われたくないという思いもあります。でも……」

「でも?」

「私、援助金で通わせていただいている身なんです。顔を合わせた事もないんですけど、その人たちには感謝しています。だから……学校を辞めたくない。ここで辞めたら、今まで援助してくれた人たちに申し訳が立たない。絶対に親衛隊に入りたい……でも……私……」

 

 泣きそうになるアールコート。恐らく、イジメの原因の一つに家柄というのもあるのだろう。先程見た限りでは、ラファリアは明らかに裕福な家柄だ。その彼女にとって、貧しい家柄のアールコートが活躍するのは我慢ならないのだ。イジメは昨日今日行われたものではないだろう。あまりにも手慣れている。それを受け続けてもなお、アールコートはまだ学校にいる。援助してくれた人たちへの恩返しの為、親衛隊員になる為に。弱気な少女の中には、しっかりと芯が通っている。

 

「ラファリアさんが負けたら取り巻きの子や家族が悲しむけど、私が負けても誰も悲しまない。援助者は会場に来ていないし……家族も仕事が忙しくて見に来ていない……なら、今回くらいは……」

「……アールコートさん。ちょっとお立ちになって」

「はい? 判りました」

 

 不思議そうにしながら立ち上がるアールコート。すると、チルディが大きく息を吸い込み、アールコートの背中を思い切り叩いた。

 

「ひっ……!?」

「もっと背筋を伸ばしなさい! ウジウジしない!」

「えっ……? えっ……?」

「返事!」

「は、はい!」

 

 驚いてピンと背筋を伸ばすアールコート。それを見たチルディは満足そうにしながら言葉を続ける。

 

「援助金で通わせて貰っている? 結構な事ではありませんか。使えるものはどんどん使って成り上がるべきですわ。貴女にはそれだけの価値がある」

「そんな……私なんか……」

「ウジウジしない!」

「は、はい!!」

 

 また落ち込みそうになるアールコートだったが、即座にチルディに一喝されて背筋を限界まで伸ばす。

 

「午後の試合、楽しみにしていますわ。貴女が負けたら顔も知らない援助者なんかではなく、このわたくしがガッカリするという事を良く考えて試合に臨んでくださいまし」

「それは……?」

「少なくとも、貴女の負けを悲しむ者がこの会場に一人いるんですのよ」

「あっ……!?」

 

 微笑むチルディを見てハッとした表情になるアールコート。すぐに泣きそうな顔になりながら、チルディの手をギュッと握る。

 

「ありがとう……チルディさん……」

「頑張ってくださいな」

 

 

 

-リーザス士官学校 競技場-

 

「これは驚いたな……」

 

 目の前で繰り広げられる卓上模擬戦を見てルークが驚く。紙のボード上で軍団の駒を動かし、互いの戦略を競っている。流石に実戦経験の無い学生のため、その戦略はドングリの背比べ。だが、一人だけ圧倒的な者がいる。アールコートだ。

 

「58秒で片をつけた……文字通り秒殺だな」

「珍しいわね。アールコートがあんなに攻めるだなんて……」

「そうなのか?」

 

 ルークが感嘆するが、隣に立っていたアビァトールは不思議そうにしている。

 

「普段は基本的に相手の攻撃を誘って罠に嵌める受けの戦術なのだけど……でも、普段よりも圧倒的に強い……」

「攻め急いでいる訳では無く、その中にも罠を張り巡らしている攻防一体の戦略。攻め一辺倒のラファリアとは違い、華麗さも兼ね備えていますわね」

 

 チルディが満足そうにアールコートの試合を見ている。気が付けば、アールコートは準決勝まで駒を進めていた。だが、この試合も2分程で決着をつけ、会場が沸く。それに応えるかのように丁寧に頭を下げるアールコート。

 

「何があったか判らないけど、一皮剥けたわね……決勝は小休止を挟んで行われるけど、すぐに決着がついてしまうかもしれないわ」

「ふっ……」

 

 アビァトールの言葉を受けてルークがチルディの肩にポン、と手を乗せる。チルディもそれを受けて満足そうな笑みを浮かべるが、ふと会場の端に視線がいく。そこにはもう一つの準決勝を勝ち上がり、決勝へと駒を進めたラファリアが取り巻きに何かを指示している姿があった。

 

「(……ああいう輩がやりそうな事は限られていますわね)」

 

 チルディがその不穏な動きに気が付き、ルークの手を肩からスッとどける。

 

「失礼、ちょっと所用が。小休止の間に済ませてきてしまいますわね」

「アールコートに誰も近づかないようにしておけばいいかな?」

「っ……」

 

 この場から離れようとするチルディにそう問いかけるルーク。少しだけ驚くチルディであったが、すぐに普段通りの表情になる。

 

「ええ。お願いしますわ」

「了解だ」

「?」

 

 駆けていくチルディの背中を見送りながら、ルークもこの場から離れていく。アビァトールはそんな二人を見て不思議そうにしているのだった。

 

 

 

-リーザス士官学校 体育倉庫裏-

 

「ちっ……アールコートの奴、いい加減判らせないと駄目なようね……」

「そうですね……昼休みにもっと痛めつけておけば良かったです」

「それが例のものね?」

 

 ラファリアが忌々しげに吐き捨てる。周りには五人の取り巻き。その内の一人が、手に持った小瓶をラファリアに見せながら口を開く。

 

「はい、強力な利尿剤です。休憩時間中にこれを飲ませてしまえば、アールコートは試合どころではありません。決勝は貴賓室でリア女王とマリス様も観劇しているとの事。そんな状況でトイレに立つなど、出来るはずもありません。もし試合が長引けば、女王の前で粗相をしてしまうかもしれませんね」

「ふふふ……なら、私は試合を長引かせればいい訳ね」

 

 ニヤリと笑うラファリア。それに答えるように取り巻きも笑う。

 

「今、アールコートを呼びに行っています。もうすぐ……」

「来ませんわよ」

「なっ!?」

 

 ラファリアたちが驚いて後ろを振り返ると、そこには先程の少女が立っていた。

 

「また貴女ですの……?」

「アールコートさんなら来ませんわ。全く卑怯な手を……恥を知りなさい!」

「ちっ、聞かれていたようね。外部に漏らされるとまずいわ。ちょっと痛めつけてあげて」

 

 ラファリアが取り巻きに指示を出すと、五人の取り巻きが一斉にチルディを囲む。午前の試合で使っていた模造剣を抜き、チルディを脅す。

 

「身の程を弁えないとどうなるか、身をもって知る事ね、おチビさん」

 

 ラファリアがそう言うと同時に、チルディの目の前にいた取り巻きが剣を振る。だが、その剣は空を切る。即座に身を屈めて一歩前に踏み出し、女生徒の手を左手で振り払って体勢を崩させるチルディ。そのまま腹部に強烈な肘を入れ、その女生徒が悶絶しながら崩れ落ちた。

 

「なっ……!?」

「来なさい。身の程を教えてあげますわ」

「生意気な……やりなさい!!」

 

 周りを囲んでいた四人が一斉にチルディに跳び掛かる。チルディは今倒した女生徒の模造剣を手に持ち、その四人と相対する。次々と剣を振るわれるが、その全てをチルディは華麗に躱す。そして、隙だらけの体に剣で打ち込み、四人を順番に倒していく。その全てが一撃。

 

「あいつ……どこかで……」

 

 三番目に倒れた女生徒がチルディの顔を見ながら呟く。以前にどこかで会ったことがあるような気がしているのだ。みるみる内に取り巻きは全員倒れ、残るはラファリア一人になる。

 

「お山の大将はどうするつもりですの?」

「くっ……調子に乗らない事ね!」

 

 ラファリアが剣を抜き、チルディに向かって振るう。剣の腕には絶対の自信がある。こんな小娘には負けるはずがない。そんな自信を持っての攻撃であったが、直後手に持っていた剣が空を舞った。チルディが即座に振るった剣がラファリアの手を弾いたのだ。右手に走る激痛と武器を失った事に動揺するラファリアだったが、その時には既に自分の首元にチルディの剣が突き立てられていた。

 

「模造品でも十分殺せますのよ?」

「ひっ……」

「……決勝は正々堂々と戦いなさい。貴女も十分に強いのですから。それと、イジメなどという下劣な行為は慎むこと」

 

 そう威圧するチルディ。ラファリアは悔しそうにしながらもコクコクと頷く。すると、決勝が間もなく始まるというアナウンスが校内に流れる。チルディが剣を下げ、競技場に行くように首を動かす。ふらふらと立ち上がった取り巻きを連れ、ラファリアは悔しそうに競技場に戻るのだった。

 

「ふぅ……では、わたくしも戻りますか」

 

 一息つきながらゆっくりと競技場に戻っていくチルディ。アールコートがどのように決勝を戦うか、それを考えて小さく笑みを零すのだった。

 

 

 

-リーザス士官学校 通路-

 

「はっ……はっ……」

 

 チルディがラファリアたちを懲らしめている頃、一人の女生徒が通路を駆けていた。彼女はアールコートを呼び出しに来た取り巻きの女生徒。この先にアールコートのいる控え室があるのだ。だが、通路を曲がると一人の男が立っていた。

 

「ん……? あんたは確か、さっきの中年変態冒険者!?」

「嫌な覚えられ方だな。悪いがアールコートは今集中している。用なら試合後にして貰えるか?」

「はぁ? 意味わかんねーし!」

 

 そう吐き捨てて通路を通ろうとする女生徒。その女生徒にほんの少しだけ殺気をぶつけるルーク。

 

「ひっ……!?」

 

 強烈な殺気に当てられた女生徒は声を漏らし、その場で気絶してしまう。

 

「しまった……やりすぎた……」

 

 ちょっと脅かして引き返させるつもりだったのだが、知らず知らずの内に殺気の量を強くしてしまっていたようだ。ポリポリと頭を掻きながら女生徒を抱え上げるルーク。

 

「あら? ルーク、その娘はどうしたの?」

「レイラか。……いや、急に倒れてな」

「それはいけないわ。保健室に運びましょう」

 

 そのままレイラと共に女生徒を保健室に寝かせ、競技場へと戻るルーク。心の中では小さく女生徒に謝罪をしていた。

 

 

 

-リーザス士官学校 競技場-

 

「ラファリア先輩……」

「アールコート……まさか決勝まで上がってくるなんてね」

 

 紙のボードが置かれた机を挟んで、アールコートとラファリアが対峙する。ラファリアはアールコートを睨んでいるが、アールコートは今までのように俯いてはおらず、しっかりとその目を見据えている。

 

「ここで負けるなら、許してあげてもよくてよ」

「負けません。私を応援してくれている人がいますから……必ず勝ちます」

「ちっ……格の違いを教えてあげるわ!」

「始め!!」

 

 リーザスコロシアムから審判としてやってきていたシュリの合図が響き渡り、決勝が始まる。それを貴賓室で観戦するのはリアとマリス。そして、ルーク、チルディ、レイラ、アビァトールの四人も貴賓室にいた。会場で観戦しようとしているのを見つけたマリスがこの部屋に呼んだのだ。

 

「で、どちらが優秀なの?」

「どちらも逸材です。ですが、こと戦略においてはアールコートが抜きん出ております」

 

 リアの問いかけにアビァトールが頭を下げながら答える。ふーん、と頷きながらリアはチラリとルークに視線を向ける。ルークもそれに応え、視線を合わせる二人。

 

「……ルークはどう思う? いつか起こるかもしれない戦争に向けて、あの二人は必要な人材? それなら、さっさと士官させてしまうけど」

「そうですね……見る限りどちらも非凡な才能の持ち主です。ですが、どちらもまだまだ伸び盛り。すぐに士官させるのではなく、このままじっくりと士官学校で教育すれば、いずれはリーザス軍を担う程にまでなるかもしれませんね」

 

 レイラ、チルディ、アビァトールの三人は戦争という言葉が指す相手はヘルマン軍だと考えていた。だが、ルーク、リア、マリスの三人は違う。その真の意味は、魔人との戦争。

 

「強い者は多い方が良い。ですが、中途半端な力の者では生き残るのは厳しいですからね。じっくりと鍛え上げるべきかと」

「……そう。なら、そうするわ」

 

 含みのある笑みを浮かべ、リアがルークから視線を外して試合の観戦に戻る。マリスはずっと黙ったままだ。ルークも普段と変わらぬ表情を崩さないようにしながら観戦に戻る。試合は傍目には互角。だが、ラファリアの表情は険しい。

 

「これは……くっ……」

「ラファリア先輩、棄権してください。貴女なら、もうこの先は読めているはずです」

「黙りなさい! まだ……まだ!!」

 

 ラファリアが必死に駒を動かすが、みるみる内にラファリア軍がアールコート軍に包囲されていく。それでも諦めないラファリアだったが、一つ、また一つと駒を取られていき、最終的に残った駒は王ただ一つ。対するアールコートは先兵の駒を数個失ったのみ。誰が見ても判るほどの惨敗。審判がアールコートの勝利を宣言し、その圧倒的な試合に会場が沸き上がる。

 

「凄いわ。やっぱりあの子は天才よ!」

「見事でしたわ、アールコートさん……」

 

 感激しながら退出し、舞台へと向かうアビァトール。ルークたちもすぐに手合わせがあるため部屋を後にする。最後に一度だけリアと視線を交わし、一礼して扉を閉める。

 

「くっ……くぅぅ……」

「ラファリア先輩……」

 

 会場では、観客の前での無様な負けにラファリアが悔しそうに声を漏らしていた。見れば、その瞳には涙が浮かんでいる。

 

「二人とも、素晴らしい試合でしたよ! ラファリアも良く頑張ったわ!」

「やめてくださいっ!」

 

 二人を褒め称えながら近づいてくるアビァトールだったが、ラファリアがそれに反論するように叫ぶ。

 

「素晴らしいって……よく頑張ったって……なんなんですか! 誰が見ても私の惨敗。この試合が素晴らしいだなんて!」

「何を言っているの。剣術1位、卓上2位。総合成績のトップは貴女なのよ、ラファリア」

「どちらも1位でなければ意味がありません! 戦場で敗将が健闘を称えられたりしますか!? 負けは負けなんです……」

「ラファリア……」

 

 ポロポロと涙を流すラファリア。それを見てアビァトールは掛ける言葉を見つけられずにいる。

 

「こんな試合、欠片も素晴らしくなんか無い。私は勝ちたかった……勝ち続けないと、お父様にもお母様にも見捨てられる……」

 

 その様子を貴賓室で見ていたリアがマリスに問いかける。

 

「あの子の名前は?」

「ラファリア・ムスカです」

「ああ、ムスカ家の……あそこの家って、ガチガチな思想だったわね」

「はい。元々はお嬢様学校に通わせていたようですが、軍人に憧れた本人の希望で士官学校に移ったようです。その後、今年の春からより高みを目指してこちらの士官学校に編入。士官学校に通う条件として、卒業までトップを走れと言われているようです。前の学校では常にトップだったようですが……」

「流石、調べが早いわね」

 

 ラファリアの両親の事を思い出しながらリアが嫌そうな顔になる。まだ少女と言える年齢のラファリアがあのように漏らす教育とは一体どのようなものなのかとリアが辟易していた。

 

「ラファリア先輩……」

「寄らないで! あんたなんか大っ嫌い!!」

 

 手を差し伸べたアールコートだったが、ラファリアに強く押されて思わず尻餅をつく。すると、会場中がざわざわとし始める。

 

「おい……決勝に負けたからってあの態度はないよな……」

「ラファリア先輩……憧れていたのになぁ……」

「っ……くぅっ……」

 

 聞こえてきた声にラファリアが更に唇を噛む。見れば、観客席にいたはずの両親がいなくなっている。絶望感がラファリアの胸を占める。

 

「そ、それではこの後は上位者と特別ゲストの模擬戦を行います。かなり豪華なゲストなので、皆さん楽しみにしてください」

 

 会場の空気を察したシュリが声を張り上げ、一旦小休止にする。控え室に戻るラファリアだったが、その周りを囲む取り巻きは二人。保健室で寝ている一人を抜かしても、明らかに減っていた。その事がまたラファリアの胸を締め付ける。しばしの後、競技場には総合順位上位五名が呼ばれていた。剣術1位、卓上2位のラファリアがトップ。剣術3位、卓上1位のアールコートが2位。どちらも前評判通りの結果であったが、優勝したはずのラファリアの顔は晴れなかった。

 

「それではゲストをご紹介します。一人目はリーザス親衛隊隊長、士官学生の憧れでもあるレイラ・グレクニー!!」

 

 シュリの説明と同時にスポットライトを浴びながらレイラが出てくる。瞬間、競技場に黄色い歓声が飛び交う。シュリの説明にもあった通り、レイラをお姉様と呼んで憧れている女生徒は多い。恥ずかしそうに小さく手を振るレイラ。

 

「続きまして、今年入隊した中ではナンバー1の実力者である親衛隊のホープ。学生にとっては最も近く感じられる存在という事で呼ばれました。チルディ・シャープ!!」

 

 スポットライトを浴びながらチルディが出てくるのを見て、アールコートとラファリアが目を見開く。

 

「うそ……チルディさん……」

「あ、あの小娘……親衛隊だったの……!?」

「思い出した! あいつ、去年まで多くの武術大会を総なめにしていたチルディ・シャープだ!」

 

 競技場の観客席からそんな叫び声が聞こえる。それは、チルディに見覚えがあったラファリアの取り巻きの少女が上げた声。彼女は以前自由都市で開かれた武術大会に参加し、優勝したチルディの姿を見ていたのだ。

 

「そして最後は! 噂は本当だった! 実在していた解放戦の立役者、因みに私は以前にも会ったことがあるぞ! ルーク・グラント!!」

 

 最後に出てきた冒険者を見てラファリアがその場に座り込んでしまう。同時に、会場が沸き上がる。噂では聞いた事があったが、こうして解放戦の英雄が出てきた事に会場中が驚いているのだ。

 

「実在したのか……」

「人類最強を倒したんでしょう?」

「リック将軍やバレス将軍とも懇意にしているって聞いたぞ」

 

 ざわざわと聞こえてくる声にラファリアが頭を抱える。それ程凄い人物に対し、自分はとんでもない発言をしてしまったのだ。

 

「ふっ……ふふっ……完全に終わったわ……」

「あら。負け犬が一匹いますわね。さぁ、立ち上がって手合わせといきましょう。おチビさんのわたくしが相手になるかわかりませんけどね」

「鬼……」

「優しい言葉でも期待していたなら、お門違いではなくて?」

 

 ラファリアが恨めしげにチルディを見るが、涼しげな顔で返すチルディ。こうして会場のボルテージは最高潮の中、手合わせが始まった。その様子を貴賓室で見ながら、リアはため息をつく。

 

「ひとまず、これでダーリンの存在は完全に隠せそうね」

「代わりにルーク様の名前は知れ渡るでしょうね」

「そうね。英雄か、狂人。どちらかまだ判らない存在の名前がね……」

 

 女生徒に優しく稽古をつけているルークを見ながらリアがそう漏らす。リーザスにとってルークが大きな爆弾である事は間違いない。その処理を間違えれば、大きな痛手を食う。

 

「チ、チルディ様……親衛隊の方だったとは知らずにご無礼を……」

 

 チルディと相対しながら深々と頭を下げるアールコート。先程までの会話を思い出してガチガチに固まっている。

 

「あら? 他人行儀ですのね。先程までと同じ喋り方でよろしくてよ」

「で、でも……」

「……恥ずかしいから一度しか言いませんわよ。わたくしは、もう貴女と友人だと思っているんですのよ」

 

 そう言いながら微笑むチルディ。それを見てアールコートも自然に微笑む。

 

「はい! よろしくお願いします!!」

「じゃあ、手合わせといきましょう」

 

 きっと二人は親友になる。そう思いながらルークは既に全身の力が抜けているラファリアと手合わせをするのだった。そして時間が過ぎ、ルークが最後に手合わせをする相手はアールコートになる。

 

「あの……先程はありがとうございました。そんな凄い人だとは知らずに……」

「なに、名前だけが先行しすぎているだけだ。ただの冒険者だよ。さあ、やろうか」

「はい、おじ様!」

 

 瞬間、ルークが膝から崩れ落ちた。会場中が一気に沸き立つ。

 

「うぉぉぉぉ! あの学生、ルークを倒しちまったぞ」

「ア、アールコートがそんなに凄かったなんて……」

「えっ? えっ? えぇっ!?」

「おじ様か……そうか、そうだよな……26は女学生から見たらおじさんだよな……」

 

 混乱するアールコートを余所に、ルークは項垂れながらぶつぶつと呟いていた。ラファリアにジジイ呼ばわりされたのはまだ平気だったが、純粋なアールコートにおじ様呼ばわりされたのは来るものがある。

 

「……あれ、ルークの弱みを握った事には……ならないわよね?」

「(気持ちは判ります、ルーク様……)」

 

 リアが呆れたように声を漏らし、マリスが深く頷く。解放戦時にカオスにケバ姉ちゃん呼ばわりされたのを思い出しているのだろう。

 

「(そろそろ現実を見る頃よ、ルーク……)」

 

 ルークと同い年で既に家庭を持っているアビァトールが心の中でそう呟く。競技場の真ん中では、ルークが未だ立てずにいた。

 

「おじ様!? どうされたんですかおじ様!?」

「もう止めるんですわ、アールコートさん。ルーク様の体力はもう0ですわ!」

 

 天然のアールコートによって追い打ちを掛けられるルーク。こうしてルークのリーザスお礼参りは苦い思い出と共に終了するのだった。

 

 

 

数日後

-リーザス士官学校 廊下-

 

「…………」

 

 ラファリアが廊下を歩いている。だが、以前までと大きな違いがある。それは、取り巻きが一人もいない事。遠くではひそひそと話す声が聞こえる。恐らくラファリアを馬鹿にしているのだろう。総合優勝したとはいえ、観客の前であれ程の失態を見せたラファリアは両親に叱責され、親衛隊のチルディを馬鹿にした事から親衛隊入りも絶望的になったと見る取り巻きたちは全員離れていった。逆にアールコートの周りには人だかりが出来ている。

 

「潮時かもしれないわね……」

 

 廊下を歩いていたラファリアが窓の外を眺める。彼女は士官学校を自主退学するか悩んでいた。このような状況で学校に居続けられるほどの神経はない。

 

「ラファリア先輩……」

「っ……アールコート……」

 

 ふと視線を戻すと、目の前にはアールコートが立っていた。取り巻きはいない。どうやらラファリアと話に行くといって一人で来たようだ。

 

「笑いに来たの……? そんな事をしなくても、私はもう学校を……」

「いえ。その……今度の休みは暇ですか?」

「……はぁ?」

 

 突然意味の判らない事を聞いてくるアールコートに思わずラファリアが呆ける。

 

「その……チルディさんと今度実家の方に遊びに行くことになったんです」

「それが私と何の関係が?」

「一緒にどうかなって思いまして……」

「……貴女、頭は大丈夫?」

 

 冷たい視線をアールコートに送るラファリア。少しだけ物怖じするアールコートだったが、勇気を振り絞って言葉を続ける。

 

「私、ラファリア先輩と友達になりたいんです……」

「…………」

「剣の腕は凄いし、戦略だって私とは違う攻め気なものは参考になります。あの日の戦略はラファリア先輩のものを参考にさせて貰った部分もあるんです。もっと……もっと話がしたいんです。一緒に高め合っていきたいんです!」

「貴女をイジメていたのよ?」

「それは……ちょっと悲しかったですけど……でも、これから仲良くできればいいなって……」

「話にならないわね……」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてアールコートの横を通り抜けようとするラファリア。そのラファリアを引き留めるため、アールコートは切り札を切る。

 

「あと……チルディさんから伝言が……」

「……言ってみなさい」

「えっと……」

 

 何とか引き留めることには成功したが、チルディの言葉を思い出して言いにくそうにするアールコート。コホン、と咳払いをし、覚悟を決めて口を開く。

 

「ま、負け犬なりに根性を見せて、這い上がってきなさい」

「なんですって!」

「ひっ、わ、私じゃないです!」

 

 ラファリアからギロリと睨み付けられたアールコートは泣きそうな顔になりながらも、必死にチルディからの伝言を続ける。

 

「し、士官学校を辞めるのは駄目ですわよ。貴女の実力じゃ、アピールの場なんてないんだから」

「あの小娘……」

 

 ギリギリと右拳を握りしめるラファリア。その様子を見て汗を流すアールコートだったが、何とか最後の伝言まで口にする。

 

「し、親衛隊で偉くなって待っていますわ。こき使ってやるから覚悟しておきなさい、です」

「…………」

 

 その言葉を受けて、再びラファリアが窓の外に視線を移す。遠くに見えるのはリーザス城。チルディは今日もあそこで親衛隊として働いているのだろうか。ふと幼い頃の事を思い出す。純粋に、ただ純粋に親衛隊に憧れた。だからこそ、お嬢様学校から士官学校へと編入したのだ。だが、いつしか上を目指す事しか考えていなかったかもしれない。それがたとえどんな手段であっても。今の自分を見たら、幼い頃の自分は何と言うだろうか。憧れていた軍人の道を、退学という手段で自ら閉ざそうとしている無様な姿はどう映るのだろうか。

 

「小娘……見ていなさい、這い上がってやるわ……」

「ラファリア先輩……」

 

 唇を噛みしめながらリーザス城を睨むラファリア。だが、その瞳には以前までの強さが戻っているようにアールコートは感じた。

 

「日程……」

「え?」

「遊びに行く日程、教えなさいよ。気が向いたら付き合ってあげるわ」

 

 アールコートの顔を見ないようにそっぽを向きながらそう口にするラファリア。だが、その言葉にアールコートは嬉しくなる。

 

「は、はい!」

「ふん……」

 

 次代のリーザスを担う強者たち。後に深い絆で結ばれる三人の友情は、このときから始まったのだった。

 

 




[人物]
アビァトール・スカット (礼)
LV 24/54
技能 剣戦闘LV1 
 リーザス士官学校校長。校長になるにあたって体を鍛え直した。非常に優秀な校長であり、自らも教鞭を振るう。だが、イジメの事実には気が付いていなかった。

アールコート・マリウス (礼)
LV 18/43
技能 軍師LV2
 リーザス士官学校の生徒。その戦略は天才的であり、育てれば大陸でも屈指の軍師になるとアビァトールが太鼓判を押すほど。入学当初からイジメられていたが、今回の模擬戦での結果や親衛隊と懇意にしている姿を見た生徒たちは手の平を返し、イジメは止まる。リーザス軍入りを目指し、士官学校でラファリアと共に励んでいる。

ラファリア・ムスカ (礼)
LV 25/41
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
 リーザス士官学校の生徒。非凡な才能を持つが、両親の教育からその性格が歪み、高みを目指すために邪魔なアールコートをイジメ続けていた。今回の一件で徐々にだが和解。今は謝る機会を探っている。

朝狗羅由真 (礼)
 リーザス城下町の情報屋『NET』のオペレーター。以前からルークに頼まれていたラガールの足取りを僅かながら掴んだ優秀な人材。真知子とは友人関係にある。士官学校での手合わせ後、ルークはちゃんと酒場に向かい由真やデル姉妹、パルプテンクスやその父と楽しい一時を過ごした。

シュリ・セイハジュウ・ナガサキ (礼)
 リーザスコロシアムの受付兼司会者。今回の模擬戦にも特別ゲストとして招待されていた。

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