ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第108話 お礼参り カスタム 一陣の風が吹く

 

-カスタムの町 酒場-

 

「夢みたいです。ルークさんにディナーに誘っていただけるなんて……」

 

 テーブルを挟んで向かい合うルークとラン。本日エレナの酒場は貸し切り状態であり、二人はワイングラスを手にとって乾杯をする。

 

「ん……まあ、カスタムからも救助に人員を回して貰ったからな。こうして地上に戻って来られたのもそのお陰だ」

「でも、私が決定した事では……」

「……まあ、気にしないでくれ。前から世話になっているしな」

 

 ランにディナーに誘った理由を尋ねられたルークは適当にはぐらかす。まさか闘神都市の覗き穴から、ランの自宅での姿を見たとは言えない。そもそもあれが現実だったのかすら定かではないのだ。

 

「本当ならもっと違う場所にしようと思っていたんだけどな」

「スイマセン。仕事の都合上、あまり遠出が出来なくて……」

「あら? ウチの店がご不満?」

 

 ルークとランの会話を聞いたエレナが食事を運びながら会話に入ってくる。苦笑するルーク。

 

「いや、不満はないさ。だが、普段通い慣れている店で食事するのがお礼というのは少し申し訳なくてな」

「いえ、そんな事ありません! こんな風に食事が出来るなんて、本当に最高の気分です」

 

 ランが首を横に振ってうっとりとした表情になる。彼女は今最高の気分であった。ある一点を除いては。

 

「本当に……後はこの刺さるような視線さえ無ければ……」

「さて、どうしたものか……」

 

 ランがため息をつき、ルークが苦笑しながら窓に視線を向ける。そこにはベッタリと窓に顔をつけているトマトと、興味深げに店の中を覗くマリア、香澄、ミリ、ミル、真知子の姿があった。店の中に乗り込んでこないだけ、最後の良心と言ったところだろうか。

 

「このまま続けてもあれですし、みんなで食事しませんか?」

「こちらは構わないが、ランは良いのか?」

「はい。もう十分です」

 

 強がりではなく、素でそう語るラン。すっかりと不幸属性が身についてしまっている辺り涙を誘う。

 

「そうだな。それなら……」

「……!? エレナさん、もうみんな入れちゃって全然オーケーです!!」

 

 ルークがランにそっと耳打ちをすると、ランが急に張り切りだしてエレナに指示を飛ばす。一体何を言われたのか気になるエレナだったが、それを追求する気はない。

 

「じゃあ、全員中に入れちゃうよ」

「ああ、頼む」

「ついでに私にワインをいただけますか。ド・ハニーワで」

 

 エレナがルークとランに許可を取って店の入り口に向かおうとした瞬間、後ろのテーブル席から注文を受ける。そこに座っていたのは、先程まで外にいたはずの真知子。

 

「「何故真知子さんがいるの!?」」

「あら? 入って来ていいと喋っていたじゃないですか」

「(気が付かなかったぞ……)」

 

 エレナとランの疑問に平然と答える真知子。その姿にルークも呆然とする。その神出鬼没ぶりはそろそろ人外の域であった。

 

「いやー、何か悪いな。別に邪魔するつもりはなかったんだけどな」

「ごめんね、ラン」

「別にいいのよ」

「最近、口の動きだけで何を喋っているか判るようになってきたのよ」

「とんでもないですかねー……」

 

 結局、いつもの光景が酒場に戻る。ミリとミルはランに謝っており、外にいたはずの真知子が何故中の会話が判ったのかをトマトに話している。ルークはそんな面々に視線を向け、この場にいそうな人物が足りない事に気が付きマリアに問いかける。

 

「マリア、志津香とロゼは?」

「ロゼならカイズに行っているわ」

「ロゼもか。新司教とか興味なさそうなんだがな……」

 

 闘神都市でピッテンから聞いていた話を思い出し、頭を掻くルーク。ロゼがわざわざ新司教を見に行くとは思えないからだ。

 

「それで志津香は……うふふふふ」

「ん? どうした?」

「さっきまで窓の外に一緒にいたんだけど、先に帰るってさ」

「志津香もいたのか?」

「(思いっきり口止めされていたのに、速攻で喋っている……)」

 

 マリアがニヤニヤしながらルークに先程の事を話す。窓から覗きはしていなかったが、志津香はマリアたちの後ろにいて中の様子を気にしていたらしい。そして先程エレナが呼びに行った際に、用は済んだとばかりに帰宅したとの事。その際に全員に自分がこの場にいた事を絶対に喋るなと口止めしていたのだが、それを気にする様子も無くマリアがばらしてしまい、香澄は呆れている。

 

「そうか、残念だな」

「ルークさんは志津香がいなくて残念なんですか?」

「まあな」

「んふふふふー」

 

 マリアが更にニヤニヤと笑う中、ルークは荷物として持ってきていた剣を手に取り、トマトに近づいていく。

 

「トマト、約束の剣を持ってきたぞ。家宝の剣の代わりにはならないかもしれないが……」

 

 ルークがピッテンから譲り受けた剣をトマトに手渡す。自分を空中都市まで助けに来たせいで、トマトは家宝の剣を失ったのだ。その事に責任を感じていたルークだったが、トマトはルークから剣を受け取ると目を輝かせる。

 

「ふぉぉぉぉ! こ、これがルークさんからトマトへの贈り物……新家宝の剣決定ですかねー!」

「いや、家宝とは違うだろ」

「トマトにとっては家宝級の価値があるですかねー!!」

「まあ、喜んでくれているようで何よりだ。剣の名前はピッピルクラ。一級品なのは俺が保証するよ」

 

 ミリの突っ込みを余所に、剣を抱きしめながら小躍りを始めるトマト。ルークも喜んでいるトマトを見て多少気が楽になり、剣の説明をする。

 

「ピッピルクラ!? まさか、パランチョ王国のピッテン大将が以前まで愛用していたというあの!? あ、エレナさん。ワインおかわりお願いします」

「真知子、解説役でも通用するねー」

「情報屋ってこんな事まで知っているものなんでしょうか?」

 

 口元に手を当てて驚いている真知子。それを呆れた様子で見ているのはミルと香澄。最近、真知子がおかしな方向性に突き進んでいるのを肌で感じている二人であった。

 

「それじゃあ、お礼はトマトの……」

「礼なんて受けとれないさ。元を辿れば俺のせいなんだからな」

「そうですかねー……」

 

 しなりを作ってルークに礼をしようとしたトマトだったが、ルークにそう言われてシュンとうなだれる。何を渡そうとしていたかはトマトのみ知る事であった。そのトマトをミリが励ましていると、ふいにマリアが席から立ち上がる。

 

「それじゃあ、私はそろそろ帰るわね」

「ん? マリア、もう帰るのか?」

「志津香が一人だしね」

 

 軽く食事を取ったマリアが先に店から撤退する。それをルークが見送っていると、ふいにトマトに声を掛けられる。

 

「ルークさん、ちょっと聞きたい事がありますですかねー?」

「聞きたい事?」

「8月の26日って、どこにいましたですかねー」

「先週か? ……レッドの町にいたな」

「レッド? セルとでも会っていたのか?」

「いや、別件だ」

 

 ミリの疑問にそう答えるルーク。その日はコルミックから相談を受けていた日だ。ルークの別件という言葉を聞いてトマトがゴクリと唾を呑み、真剣な表情で言葉を続けようとする。だが、質問の内容が内容だけに中々言い出せずにいた。

 

「その日は……その……ルークさんは……」

「ルーク、その日誰か女性と良い関係になったりした?」

 

 トマトが言いあぐねていると、ミルが平然とそう聞いてくる。トマトと真知子が女の気配を感じ取ったとき、側にいたミリとミルもその話を聞いていたためだ。ストレートな質問に香澄の顔が赤らむ。

 

「はっはっは。ルークさんからそんな噂は……」

「…………」

 

 エレナがそう笑い飛ばしてチラリとルークを見ると、ルークは口元に手を当てて黙り込んでいる。予想外の事態に全員の視線がルークに注がれる中、何かを考え込んでいたルークがゆっくりと口を開く。

 

「……いや、特に何も」

「絶対何かあったですかねー!!」

「おいおい、マジか……」

「ルークさんが……ルークさんが……」

「26日のレッドね、すぐに調査を始めるわ。あ、エレナさん。私とトマトさんとランさんにワインのおかわりをお願い」

 

 トマトが涙目で叫び、ミリがまさかの事態に興味深げに声を漏らす。ランは呆然として虚空を見つめ、真知子は即座に小型コンピュータを広げて調査を開始する。やけ酒にトマトとランを巻き込むのを忘れない。

 

「へー、ルークもそういう話あるんだ。私も早くランスと……きゃっ!」

「……ミル、ませすぎだ」

 

 運ばれてきたワインを涙目で飲むトマトとラン。その惨状を見ながらルークはミルに苦言を呈すのだった。

 

 

 

-カスタムの町 志津香宅-

 

「でねー、ルークさん、志津香がいなくて残念だったってー」

「……それを私に聞かせて、どういう反応を望んでいる訳?」

 

 志津香がジロリとマリアを睨み付ける。テーブルの上には二人分の食事が並んでいる。マリアが酒場を出た後、志津香に夕飯を作りに来たのだ。マリアの前にも食事が並んでいるのを見て、志津香がボソリと呟く。

 

「酒場で食べてきたのにまだ食べるつもり? 太るわよ?」

「うっ……さ、酒場では軽くだもん! 志津香が帰らなければ、あっちで一緒に食事を取れたのに」

「別に気にしないで食べてくれば良かったのに」

「駄目よ。放っておくとまともに食事しないんだから、志津香は」

 

 ぷんすかと怒りながらマリアが不摂生な志津香を窘める。はいはい、と頷きながら、志津香も食事に手をつけ始める。

 

「それで、私がいた事は言ってないでしょうね」

「……言ってないわよ」

「人の目を見て喋りなさい」

 

 志津香の問いかけにスッとマリアが視線を逸らす。その反応を見て、志津香の睨みが更に鋭さを増した。

 

「そ、それはそうと、ルークさん、本当に志津香と話したがってそうだったわよ」

「……別に、私たちは闘神都市で一緒だったんだから話す事も無いでしょうに」

「どうする? この後ルークさんがやってきて、『志津香、大事な話があるんだ。二人にとっての大事な話だ!』とか言ってきたら」

「……有り得ないわね。とりあえず、そろそろそのにやけ顔を止めないと、頬が大変な事になるわよ」

「ひっ……」

 

 マリアが慌てて頬を両手で覆うのを見て、志津香がクスリと笑う。談笑しながら夕飯を取り、いつも通りの夜を過ごす志津香。先程のマリアの言葉を思い返し、絶対に有り得ないと鼻で笑うのだった。

 

 

 

-カスタムの町 街路-

 

 夜風に当たりながら街路を歩くのは、ルークとミリ。ルークの背中には酔いつぶれたランが背負われており、ミリの腕には眠ってしまったミルが担がれている。

 

「ここがランの家だ。入るかい?」

「……流石にちょっと気が引けるな。ミリ、頼めるか?」

「あいよ」

 

 担いでいたランとミルを交換し、ミリが家の中に入ってランをベッドに寝かしつけてくる。しばらくして外に出てきたミリと共に、今度はミリとミルの家に向かう。

 

「トマトとエレナは明日大丈夫かねぇ」

「無理だろうな。真知子さんと酒に付き合っていたら体が持たんぞ」

「じゃあ、明日はアイテム屋も酒場も臨時休業だな」

「別に酒場はエレナが店長じゃ無いだろ」

「看板娘だから、いないと客足が減るんだよ。先にこっそり帰った香澄の判断が正解だったって事だな」

 

 真知子、トマト、エレナの三人はまだ酒場で酒を飲んでいる。店員のエレナも貸し切り状態である事から店長から許しが出て、彼氏とののろけや愚痴を肴に酒盛りに混ざったのだ。因みに、店を出てきた時点でトマトはべろんべろんであり、今頃は潰れているかもしれない。真知子は顔が赤らむ事もなく平然とワインを飲み続けていたが。

 

「よっと、運んで貰って悪かったね。で、俺に話ってのはなんだい?」

 

 ミリがミルをルークから受け取り、家の中に入っていってベッドに寝かしつけてくる。そのまま別れてしまっても良かったのだが、ルークがどうしても二人で話したい事があると言ってきたため、ミルを寝かせた後もう一度外に出てきたのだ。ルークに問いかけるミリだったが、話の内容には何となく見当がついている。

 

「体の方は大丈夫なのか?」

「……誰にも言わないって約束できるか?」

「ああ」

 

 ルークが静かに頷くと、ミリが夜空を一度見上げて話し始める。

 

「別に行かなくてもいいかなとは思っていたんだけど……あんたと妹の話とかしたのが頭を過ぎって、もし万が一の事があったらミルを一人にしちまうと思ったんだ。それで、今までみたいな小さな病院じゃなく、天才病院でちゃんと見て貰った」

「……どうだった?」

「ゲンフルエンザ。治療法の見つかっていない、不治の病だ。まだ症状は軽いが、数年以内に確実に悪化する。一度悪化したら半年は持たないってよ」

「っ!?」

 

 ルークが目を見開く。その顔を見てミリがフッと笑い、再び夜空に視線を戻しながら言葉を続ける。

 

「まだこの事を知っているのは、主治医のアーヤとロゼだけだ。入院も勧められたけど、まだミルを一人にしたくない。それに、入院したところで特に治療法があるわけじゃないしな」

「だが、多少の延命にはなるんじゃないのか?」

「嫌だよ。俺は出来るなら最後の瞬間まで自由に生きたい。もし症状が悪化して余命僅かになっちまったら、ミルを連れて冒険に出るつもりだ。あいつに世界を見せてやりたい」

「…………」

 

 そう語るミリの瞳は非常に愛おし気なものであった。妹のミルの事を考えているのだろう。

 

「なんで俺がとか、死にたくないって考えもした。だけどよ、ウジウジ悩むのは俺らしくないからな。最後の瞬間まで好きに生きて、ミルを連れ回して、笑って死ぬ。多分それが、一番ミルの為になる。俺の分も楽しく幸せに生きてやろうって思ってくれる」

「…………」

「どこに連れて行こうか悩んでいてね。見せてやりたいものが多すぎる」

「急いで計画を立てる必要は無いぞ」

 

 ルークの言葉を受け、夜空を見上げていたミリが視線をルークに向ける。

 

「解放戦の時に約束したはずだ。俺はお前を死なせはしない。必ず治療法を見つけ出す」

「……そうだったね」

 

 ミリがフッと笑う。変に同情されるよりもよっぽど良い。だからこそ、ルークとロゼには話したのだ。

 

「で、当てはあるのかい?」

「申し訳ない事に、ずっと空中都市にいたんでな」

「ま、そりゃそうか」

 

 ルークがお手上げのポーズを取ってみせると、ミリも同様の仕草で返す。

 

「だが、ハピネス製薬が何か新薬の開発をしているって話をキースから聞いた。近い内、ハピネス製薬に行ってみるさ」

「ゲンフルエンザに聞く薬かどうかも判らないのにかい?」

「それが無駄足でも、製薬会社なら何かしらの手掛かりがあるかもしれないからな」

「へぇ……それにしても、ハピネス製薬にもツテがあるのかい?」

 

 平然とハピネス製薬に行くと言ったルークにミリがそう問いかけるが、ルークは首を横に振る。

 

「いや。ハピネス製薬にツテは何も無い」

「なら、どうやって新薬の事を知るつもりだい? 流石に一般人には見せちゃくれないだろ」

 

 大陸の薬市場の50パーセントを占める大会社ハピネス製薬。だが、その設立は今から8年前という若い企業であり、その頃魔人界で暮らしていたルークにはハピネス製薬との繋がりは全くなかった。

 

「大会社ハピネス製薬の新薬。俺が簡単にキースから聞けるって事は、それだけ噂になっているって事だ。となれば、十中八九、近い内に面倒事が起きる。ハピネス製薬を狙ってな」

「なるほどな……」

「キースギルドに依頼が来たらすぐに受けるつもりだ。それ以前にもハピネス製薬の様子を探り、何かおかしな点があれば自分から売り込む。解放戦で変に有名になったから、あちらもそこらの冒険者よりは信用してくれるだろ」

「悪いな。何から何まで」

「なに、ミルを悲しませたくないからな」

 

 ルークがそう返すと、ミリが大げさに驚いたような仕草を取る。

 

「ルーク、実はミル狙いだったのか!?」

「お前な……」

「冗談だよ。妹は悲しませたくない。そうだろ?」

 

 ミリがそう口にして静かに笑う。呆れ顔であったルークもそれにつられて笑い、互いを見やる二人。

 

「ありがとうな、ルーク。ま、生きられるところまで生きてみるさ」

「それまでに治療法を見つけ出して見せるさ。必ずな」

 

 夜空の下、再び誓い合う二人。ハピネス製薬の話に関しては、ルークがミリを勇気づけるために言った気休めである。そうそう不治の病の治療法が一製薬会社に転がっている訳がない。ミリもそれは重々承知していたが、ルークのその気持ちに応えたのだ。だからこそ、二人が知る由も無かった。ハピネス製薬には、怪我や病をたちまち治す、命を司る存在が囚われているという事を。

 

 

 

-カスタムの町 志津香宅-

 

「寝てるし……」

 

 志津香が呆れた目で親友のマリアを見る。夕食を食べた後少し談笑していたのだが、いつの間にかマリアが眠っていたのだ。どうしたものかと頭を掻いていると、ふいに呼び鈴が鳴る。瞬間、志津香の頭を先程のマリアの言葉が過ぎる。

 

『どうする? この後ルークさんがやってきて……』

 

 志津香が首を横に振りながら玄関に向かい、扉を開ける。そこに立っていたのは、ルークであった。多少ドキリとするが、平静を装い、口を開く。

 

「……ルーク。どうかしたの?」

「ああ。少し話があってな」

「話……?」

 

 普段ならどうとも思わないその単語に若干動揺する志津香。頭の中を先程の言葉が駆け巡る。

 

『志津香、大事な話があるんだ。二人にとっての大事な話だ!』

 

「志津香、大事な話がある。俺ら二人にとってのな……」

「っ!?」

 

 目を見開く志津香。心臓が早鐘を打つのが判る。口をぱくぱくと動かしていると、ルークがスッと懐から大きめの封筒を出してこちらに渡してくる。

 

「ラガールの手掛かりが少しだが掴めた」

「本当なの!?」

 

 志津香が叫んだ瞬間、後ろから大きな物音が聞こえる。振り返ると、寝ていたはずのマリアが盛大に転けていた。

 

「何で盗み聞きしているのかしら?」

「いふぁい……いふぁいふぉ、しひゅか……」

 

 ギリギリとマリアの頬をねじり上げる志津香。何度も受けているその痛みだが、今日のそれはいつもより二割増しで痛い。何か思うところでもあったのだろう。バチン、と良い音を響かせながらマリアの頬を放し、志津香が封筒の中身を取り出す。数枚の書類。その表紙には金髪の男の写真が貼ってある。それを見た瞬間、志津香が目を見開く。

 

「ラガール……」

 

 ギリ、と唇を噛みしめる。そこに写っていたのは、かつてルークと共に過去の映像で見た仇。志津香の父、魔想篤胤を殺した男。

 

「チェネザリ・ド・ラガール。詳しい事は書類に書いてあるが、篤胤さんと同じ師の元で学んだ同門らしい」

「そう……」

「その後の足取りは引き続き調査中だ。何か判ればすぐに連絡する」

「ありがとう。私の方でも引き続き調べてみるわ……」

 

 ラガールの写真を見る志津香の瞳が憎悪で彩られる。無理もない、捜し求めていた両親の仇の情報をようやく得られたのだ。マリアが心配そうにしている中、ルークは志津香に向かって言葉を掛ける。

 

「志津香。封筒の中にもう一枚写真が入っているはずだ。それを見て欲しい」

「もう一枚? ……これは!?」

 

 封筒の奥に入っていた写真を取りだし、志津香が絶句する。そこに写されていたのは、父篤胤と母アスマーゼ。二人とも笑顔である。その理由は、アスマーゼが抱いている赤ん坊。生まれたばかりの志津香を抱いた二人は幸せそうにしていた。

 

「篤胤さんの知り合いが持っていたものを情報屋が貰ってきてくれた」

「……そう」

「持っていた写真だったか?」

「いえ……初めて見るわ……」

 

 そう声を漏らす志津香。若干声が震えている。ルークがスッと後ろに振り返り、扉を開けて外に出ていこうとする。その間際、ルークは志津香に向かって言葉を続けた。

 

「ラガールを見つけるその日まで、その憎しみは胸に溜め込んでおけ。それまでは、出来れば笑っていて欲しい」

「ごめん……ありがとう……」

 

 自宅でくつろいでいたためいつもの帽子を被っていない志津香は、右手で自身の顔を隠しながら震える声でルークに礼を言う。後ろに立っていたマリアもペコリと頭を下げるが、ルークはそれに手だけで応えて志津香の家を後にするのだった。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「で、この惨状か?」

「ちょっと飲み足りないんですけどね……」

 

 最後の一口を飲みながらそう語るのは真知子。一緒に飲んでいたはずのエレナとトマトは床に倒れていた。

 

「剣のお礼はトマト自身ですかねー……むにゃむにゃ……」

「営業妨害……反対……すやすや……」

「とりあえず、奥のベッドに運ぶか」

 

 トマトとエレナを奥の宿泊施設部屋のベッドに運ぶルーク。そのまま戻ってきて頭を掻く。

 

「店長ももういないのか。ここに泊まろうと思っていたんだが、流石に無断で泊まるのはな……」

「なら、ウチで飲み明かしません? まだ少し飲み足りないの。今日子も今はカイズに行っているから、気にしないで飲めますわ」

「だが、酒場を開けたままにするのも……」

「合い鍵ー♪」

 

 少しだけ陽気な声で真知子が酒場の鍵を取り出す。店長が帰る前に、一番平然としていた真知子に預けていったのだ。真知子がそのような声を出すとは思っていなかったルークが少しだけ苦笑する。

 

「真知子さん、流石に少し酔っているな?」

「あら、お恥ずかしい……」

 

 少しだけ顔を赤らめる真知子。そのままルークと真知子は酒場の戸締まりをし、情報屋を営む真知子の家に向かうのだった。真知子、完全勝利の図。

 

「真知子さん……抜け駆けは……抜け駆けは許さないですかねー……」

 

 その頃、トマトは悪夢にうなされていた。

 

 

 

翌日

-カスタムの町近辺 街道-

 

 カスタムの町を後にしたルークは、ラジール方面に向かって街道を歩いていた。お礼参り最後の目的地、ゼスを目指しているところだ。カスタムよりも大きな町であるラジールでうし車を拾う予定である。すると、前から歩いてきた人物を見て少しだけ驚くルーク。まさかここですれ違うとは思っていなかったのだ。あちらもルークにすぐに気が付き、口を開く。

 

「あら? ルークじゃない」

「ロゼ。新司教はもう見終わったのか?」

「まあね。現司教よりはマシって感じ。早く死なないかしら、エンロン。早く失脚しないかしら、トータス」

「相変わらずとんでもない事を言うな……」

 

 ルークが苦笑していると、ロゼが手に持つ袋から何かの箱を取りだし、包み紙を破いて中に入っていた物を一つルークに投げてくる。右手でキャッチしてその物を見ると、それは饅頭であった。

 

「カイズ土産のムーラ饅頭。あげるわ」

「ロゼが土産だと……」

「似たような反応ありがとう」

 

 ルークが驚きながら饅頭を見ている。その反応は思いっきりセルとスーにもやられているため、ロゼは特に気にした様子も無い。

 

「次はゼス? 本当に律儀なことね。カスタムなんて、わざわざ来る必要無いでしょうに」

「ミリやランにも会いたかったからな」

 

 そう返事をするルーク。だが、突如ロゼが近づいてきてジロジロと顔を覗き込んでくる。

 

「どうした?」

「……ていっ!」

 

 バチン、とルークの背中を強く叩くロゼ。痛みは無かったが、突然の事にルークが驚いてロゼの顔を見ると、真剣な表情をしたロゼが口を開く。

 

「……イオの事、まだ引きずってるの?」

「……!? 顔に出ていたか?」

「微妙にね。他の子たちには気付かれてないでしょうね?」

「多分大丈夫だ。……良く気が付いたな?」

「これでも人の悩みを聞くプロですからねー。アーメン」

 

 大げさに手で十字を切るロゼ。その仕草に少しだけ空気が緩む中、ロゼは小さくため息をついてから言葉を続ける。

 

「あんたらしくないわよ」

「スマンな。人の死には慣れてはいるが……今回はまだ切り替えられていなかったみたいだ」

 

 ルークがイオの事を思い返しながらそう呟く。彼女の仇であった。気の済むまで付き合うと誓った。そして、地上に戻ったらトーマの話をすると約束していた。それは、全てディオの手によって奪われた。

 

「忘れろとは言わないけど、早めに切り替えなさいよ。あんたが影響与えてる子、多いんだからね。勘付かれないようにしなさい」

「了解だ」

 

 そのとき、一陣の風が吹く。ルークと向き合っていたロゼの長髪が揺れ、風と共に横に流れる。それは、まるでこの瞬間、歴史が大きく動く事を歓迎しているかのような風であった。その風に何かを感じ取ったのか、あるいは以前から決めていた事なのか。ルークが何かを決心したかのように口を開く。

 

「ロゼ……俺は人類と魔人の共存を目指している」

「……そう。完全に狂人の思想ね」

「あまり驚かないんだな」

「まあ、もしかしたらとは思っていたからね」

 

 平然とそう答えるロゼ。サイアスには薄々勘付かれているとは思っていたが、まさかロゼにまで気付かれていたとは思わなかった。ルークが驚いていると、ロゼはその目を見据えながら口を開く。

 

「因みにね、私、新司教に選ばれちゃった」

「なっ!?」

「でも断った」

「本当かっ!?」

 

 突然のロゼの告白に絶句するルーク。信仰心が無いのは知っていたが、司教に選ばれて断る人間がいるなど想像しにくいからだ。

 

「いえーい、暴露話での驚かせ合いは私の勝ちね。負けたんだから、今度何か奢りなさいよ」

「別にそういう勝負をしていた訳じゃ……」

「良いのよ、こんな感じで」

 

 そう言いながらルークの胸に右拳を押しつけるロゼ。

 

「司教を断るなんて、狂人の域でしょうね。で、アンタはどう思った」

「そうだな……ロゼらしいと」

「私も同じ。アンタの考えは狂人の域よ。今まで一緒に戦ってきた仲間たちからも、理解はされないと思う。でも、私はアンタらしいと思った」

「それは俺が狂人っぽいという事か?」

「そうかもね」

 

 フッとロゼが笑うと、ルークもそれにつられて笑みを浮かべる。

 

「私はアンタの道を否定しないし、する気もない。良いじゃない、狂人上等。ま、私がついていくかは判らないけどね」

「そうか……」

「道が交わるかもしれないし、違えるかもしれない。それでも、気が向いたら交わるように努力してあげる。悪いわね、死んでもついていくとか色気のある事言えなくて」

「いや、十分だ」

 

 気が付けば、風が止んでいる。ルークが荷物を担ぎ直し、ラジールの町に向かって再び歩き出す。その背中に向かって、ロゼが声を掛けた。

 

「私はハウゼルの事好きよ。判り合えると思っている」

「他にも良い魔人は沢山いるぞ」

「そりゃ楽しみ」

 

 言葉が交わされる。それは、端から見れば狂人同士の会話。しかし、二人には笑みが浮かんでいる。狂人上等、その先に見据える未来に何の躊躇もない。歩いて行くルークの背中を見送り、ロゼもまたカスタムへと向かって歩みを進めるのだった。

 

 

 

-カスタムの町近辺 草むら-

 

 ガサリ、と物音がする。ルークですら気が付けなかったその人物は、二人が離れていくのを見送ってこの場を離れていく。

 

「ルーク・グラント、解放戦の英雄……ロゼ・カド、AL教の鬼才……」

 

 そう呟き、今し方聞いてしまった、聞きたくもなかった二人の秘密を思い返す。知りすぎた女、盗み聞きの魔女という異名を持つ若き少女。彼女がルークたちの前に現れるのは、まだ先の事である。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「ロゼが……お土産……だと……」

「い……いくら取られるの……?」

「(本当に取ってやろうかしら……?)」

 

 ミリが饅頭を手に取りながら絶句し、ミルがブルブルと震える。志津香とマリアは言葉も出せない様子で、香澄はメガネがずり落ちている。そんな一同を見ながら、ロゼが心の中で小さく呟いていた。ふとテーブルに突っ伏しているトマトとエレナが視界に入る。

 

「あれは?」

「二日酔い」

「じゃあ、あれは?」

 

 ロゼの問いかけに答えたマリア。ロゼはそのまま指を横に動かし、別のテーブルで泣き濡れているランに向ける。

 

「二日酔いプラス、恐らく一世一代のチャンスをしくじったダメージ」

「ディナー駄目だったの?」

「私たちが邪魔しちゃったっていうのもあるんだけど、どうもルークさんからみんなでの食事が終わった後にランの家で飲み直す約束をして貰っていたみたいなの。でも……途中で酔い潰れちゃって、それが流れちゃって……」

「あー……自爆か」

「ふん……」

 

 マリアがポリポリと頬を掻き、志津香が不機嫌そうに鼻を鳴らす。今は饅頭の恐怖から立ち直ったミルが必死に慰めている。

 

「大丈夫だよ、ラン。きっとチャンスはあるから」

「えぐっ……えぐっ……こんなチャンス、もう一度あるかしら……?」

「大丈夫よ」

 

 ポン、とランの肩に手を乗せるロゼ。泣き濡れているランに向かって満面の笑みで口を開く。

 

「多分、5年後くらいにはもう一回チャンスがあるから!」

「うわぁぁぁぁぁん!!」

「鬼です……」

「何故だかリアルな数字に聞こえるな……」

「LP7年までランはお預けって事?」

 

 再び泣き出すラン。香澄がメガネを直しながらそう口にしているが、ミリには何故かリアルな数字に聞こえていた。

 

「ごめんなさい、ランさん。そういう約束をしているなんて知らなくて……私が飲ませすぎてしまったから……」

「いいの、真知子さん。最後は暴走して自分で飲んでいたんだし……」

 

 申し訳なさそうに深々と頭を下げる真知子。泣き濡れながらも気にしないでくれとランは言うが、真知子の顔は晴れない。ランの一世一代のチャンスを潰してしまったのだから。真知子の名誉の為に記しておくと、彼女は本当に何も知らなかった。ただ少し、酒豪過ぎただけなのだ。

 

「大丈夫……いつか、またチャンスは来るから……たとえそれが5年後でも……あはは……」

「不憫な……」

 

 ミリの呟きは全員の相違であった。LP7年、ランに再びチャンスは訪れるかは定かではない。そんな中、ロゼは真知子の顔を見て疑問を抱く。

 

「……真知子、何か妙にツヤツヤしてない?」

「あら? そうかしら?」

 

 もう一度記しておこう。真知子、完全勝利。

 

 


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