ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第110話 ルーク温泉へ行く 前編

 

-にぽぽ温泉 11:00 ゼス組-

 

「お待ちしておりました」

 

 温泉宿の女将がやってきたルークたちに頭を下げる。自由都市ラジールの町のはずれにある温泉街。その中でも最も人気の宿がこのにぽぽ温泉だ。格安である為サービスはそれなりだが、食事が美味く女将が美人。この事から老若男女問わず絶大な支持を受ける人気温泉だ。だが、時期が時期なので簡単に予約が取れた。これが冬であったなら、かなり前から予約をしておかないとならないところであったが。

 

「私は女将をさせていただいております湯室世津子です。何かありましたら、いつでも仰ってください」

「JAPAN出身か。和服が良く似合う美人だ」

「お上手ですこと」

「手が早すぎる……」

 

 クスクスと笑いながらサイアスの言葉をスルーし、部屋へと案内する女将。ウスピラが冷たい視線を送っているのにサイアスは気が付いていない。当然ウスピラがいるので本気で口説いている訳ではないのだが、染みついてしまったナンパ癖が無意識に言葉を発していたのだ。結局この旅行に参加しているメンバーは、ルーク、サイアス、ウスピラ、カバッハーン、ナギ、キューティ&ライトくん&レフトくん、ミスリー、エムサの8人プラス2体。

 

「この独特な空気とほのかな匂い。温泉に来たと実感しますね」

「折角の休みじゃ。ゆっくりと疲れを取るとするかのう」

「そうですね、カバッハーン様。この宿は食事も美味しいって評判なんですよ」

「食事の取れないこの体が少し恨めしいです」

「ルーク、あれは何だ?」

 

 エムサが温泉特有の雰囲気を肌で感じ取り、カバッハーン、キューティ、ミスリーの三人が談笑している。そんな中、ナギがルークの腕を引っ張って色々と問いかけてくる。

 

「あれは土産屋だ。で、あっちが卓球場」

「そうか、土産は随分と饅頭が多いのだな。それに、あれが噂に聞く温泉卓球か!」

「温泉と言えば饅頭だからな」

 

 ナギがキョロキョロと興味深そうに周囲に目をやる。宿に着いてからずっとこの調子だ。どうやらこういう旅行自体、初めての経験らしい。ナギ自身は闘神都市に旅行に行ったからこれが二度目だと主張したが、全員からアレは旅行ではないと突っ込まれていた。

 

「こちらの部屋になります」

「おっ、良い部屋じゃないか」

「男女同じ部屋なのか?」

 

 女将に案内された部屋はかなり広い。この人数でも十分くつろげそうだ。いや、もっと大人数でも十分に入るかもしれない。だが、部屋は明らかに一部屋。ルークが当然の疑問を投げる。

 

「いえ、こちらのふすまで部屋を分けられます。JAPAN風の大部屋になります」

「なるほど。大部屋としても使えるし、男女でも分けられると」

「着替えや就寝などの際には分けていただければ良いかと。それでは、ごゆっくり……」

 

 女将が部屋から出て行き、ルークたちは早々にくつろぐ事にする。サイアスが伸びをしている横で、カバッハーンがテーブルの上に置いてあった紙を手に取る。

 

「露天風呂の説明じゃな。一番大きい露天風呂は時間で男女を分けておるようじゃ。時間割が載っておるわい……むっ?」

「どうかされましたか?」

「下の方が少し破れておるの。前の客が破いたのを新しいのに変えていないようじゃ」

「夜11時ですか。ま、そこは男という事でしょう。前の時間が女性なのですから」

 

 時間割表の最後、夜11時からの箇所が破れて読めなくなっている。それを覗き込んだサイアスが、10時からが女性なのを確認してそう口にする。それまでの時間帯が男女交互になっているのだ。当然の結論である。

 

「浴衣に着替えるから……一度ふすま……」

「ああ、構わないぞ」

 

 ウスピラがふすまを閉めてもいいかと確認を取ってきたため、サイアスがそれに答える。部屋の中央で男女に分かれ、ふすまで部屋を分けようとするウスピラ。すると、その手が止まる。

 

「……覗いたら氷漬け」

「命が惜しいから覗かんよ」

 

 その視線は明らかにサイアスに向けられている。少しだけ笑いながらサイアスがそう答えると、安心したようにウスピラがふすまを閉めきる。だが、再度そのふすまが開かれ、ウスピラの冷たい視線がサイアスを刺す。

 

「……着替えの音を聞いても氷漬け」

「素直に部屋から出て欲しいと言ってくれ」

 

 仕方なく女性陣の着替えが終わるまで、男性陣は部屋の外で待機する事になった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 11:15 レッド組-

 

「ふぅ……神よ、この平和な一時を与えて下さった事、心より感謝します」

 

 ルークたちよりも早く温泉に着いていた者がいる。セルとスーだ。レッドはラジールの隣町である事、セルが生真面目な性格な事、二人という少人数のために動きやすいという事もあり、この時間から温泉に到着していたのだ。既に露天風呂を堪能し、部屋でくつろいでいる。

 

「セル、スーハ外ニ行キタイゾ」

「温泉街だから色々な露店とかも出ているものね」

 

 宿にやってくるまでに見た露店にスーが心奪われているのは明白。キラキラと目を輝かせ、外に出ようとセルに迫ってくる。

 

「それじゃあ、外を回りましょうか。時間も時間だし、お昼も外で食べる?」

「本当カ! スー、沢山食ベタイゾ!」

 

 

 

-にぽぽ温泉 11:30 ヘルマン組-

 

「おお、良い部屋じゃないか!」

 

 五人で使うには少し広めな部屋を見てパットンが嬉しそうな声を上げる。クスクスと笑っている女将を見て、ハンティが少しだけ恥ずかしそうにしていた。

 

「ほら、子供みたいにはしゃぐんじゃないよ!」

「それでは、ごゆっくり……」

 

 女将が出て行ったのを見たヒューバートがすぐに浴衣に着替える。一応女性だが、子供の頃から知っているヒューバートの肌など見慣れたとばかりに、まるで気にしていない様子のハンティ。

 

「デンズはどうする?」

「サ、サイズがないだ……」

「後でフロントに頼んでみるか」

 

 ヒューバートがデンズにも着替えないかと尋ねるが、生憎巨体のデンズが着られる浴衣は常備されていなかった。肩を落とすデンズに後でフロントに聞いてみるよと励ますヒューバート。

 

「ところでサチコさん。メシはまだかの?」

「……突然なんだい?」

 

 ヒューバートに続いて浴衣に着替えたフリークが唐突に意味不明な言葉を発した。怪訝そうにするハンティ。

 

「ボケ老人ごっこじゃ。軽いジョークじゃよ」

「止めてくれ、冗談に聞こえねぇよ」

「全くだ」

「ええい、うるさい。どうせワシは冗談が下手じゃよ! で、昼食は何時からじゃ?」

 

 ヒューバートの突っ込みにパットンも乗っかる。悪友ここにありといった形だ。

 

「食堂でバイキング形式だってさ」

「いや、外に食いに行くって手もあるぞ。色々露店が出ていた事だし……」

「却下」

「なっ!?」

 

 育ちの良いパットンは露店など寄った事がないため、道中興味津々で露店を見ていたのは皆が目撃していた。当然外で食べる気満々であったが、ハンティに却下され絶句する。

 

「バイキングなら宿代に含まれているからタダ。外なら金が掛かる。息抜きの温泉旅行までは認めるけど、無駄遣いしている余裕はあたしらにはないんだよ」

「そりゃ判ってるけどよ……」

「ま、素直に聞いておけ。少し時間があるな……先に風呂に行くか。大露天風呂は後のお楽しみにしておいて、中露天風呂にするか」

 

 ハンティの迫力にタジタジのパットン。どうしても彼女にだけは頭が上がらない。ヒューバートが笑いながら温泉説明の紙を流し読む。

 

「あ、あにぃが行くならおでも行くだ……」

「折角だし俺も行くぜ。ハンティとフリークはどうする?」

「ジジイは若い者に背中でも流して貰うかのぅ……」

「あたしも行くよ」

 

 結局パットンたちは全員で風呂に向かう事になる。中露天風呂は男女で分かれているため、ハンティは一緒に入るわけではないのだが。

 

「パットンと離れるのが嫌なら、俺たちのいない間に二人で内風呂って手も……」

「何言ってんだ、馬鹿!」

 

 ヒューバートがニヤリと笑いながら二人を茶化す。パットンが即座に怒鳴り、ハンティが静かにヒューバートを睨み付ける。瞬間、ヒューバートは今の発言が不用意であった事を悟る。

 

「ヒュー……帰ったら不知火を貸しな。稽古をつけてやるよ……」

「あ、あにぃ……生き残ってぐで……」

「自信ねぇな……」

「サチコさん、風呂はまだかの?」

「そのサチコって誰なんだ……?」

 

 

 

-自由都市 某所-

 

「はっくしょん!」

「サチコちゃん、さっきからくしゃみ多いねー」

「うーん……風邪かなぁ……」

 

 自由都市のとある場所で、先程から異様にくしゃみの出る地味な少女がいた事をフリークは知らない。

 

 

 

-にぽぽ温泉 11:50 カスタム組-

 

「志津香、浴衣に着替えないの?」

「んー……お風呂に入ってからにする」

 

 浴衣に着替えたマリアがそう尋ねるが、志津香は畳の上に横になってくつろいでいた。そんな志津香を見ながらミリが困ったように声を出す。

 

「なんだい、ちっとも楽しそうじゃないな」

「いや、くつろいでいるだけよ。楽しんではいるわ」

「外行こう、外! あ、でも卓球もいいなー!」

「いやいや、まずは時間的にもバイキングが先ですかねー。でも、折角だしすぐにお風呂という手も……」

 

 まったりとしている志津香を余所に、ミルとトマトは大はしゃぎしている。精神年齢的には似たようなものなのかもしれない。その様子を微笑まし気に眺めている真知子。

 

「ん? これが温泉の説明ね」

 

 浴衣に着替えたロゼがテーブルの上に置いてあった紙に手を伸ばす。説明にザッと目を通していくと、大浴場の時間割の一番下に午後11時から混浴と書いてあった。テーブルの前に座り、みんなに気が付かれないよう無言でその箇所を破いていくロゼ。

 

「はい、香澄も見る?」

「ありがとうございます」

 

 浴衣に着替えてきた香澄に温泉説明の紙を手渡すロゼ。香澄はJAPANの血が流れているためか、誰よりも浴衣が似合っていた。ロゼから受け取った説明文に目を通していく香澄。何の違和感も覚えていない。というのも、ロゼが破った箇所はフリーハンドだったというのにも関わらず、切断面が全く判らないほど器用に破られていた。

 

「(これで夜にみんなを温泉に誘えば、ドキッ、混浴ハプニングの完成ね。サプライズ、サプライズ)」

 

 ニヤニヤと笑うロゼ。そのちょっとした悪戯に誰も気が付けていない。すると、ミリも浴衣に着替え終わる。これでこの部屋で浴衣を着ていないのは志津香と真知子だけだ。真知子も志津香同様、後で着替えるつもりらしい。

 

「とりあえず、風呂入りに行こうぜ」

「もうお昼の時間だし、そもそもお風呂っていうのは先にご飯を食べてから入るもんじゃないの?」

「いいじゃない。折角だし、お風呂に先に入りましょう」

 

 まだ温泉に入る気がなかった志津香が文句を言うが、マリアも先に温泉派のようでミリのフォローに回る。他の者たちも温泉に先に行くのには文句は無いようであり、反対派は志津香ただ一人。多数決で先に風呂に入るのが決定となった。

 

「ご飯の後に楽しもうと思っていたのに……」

「なに言ってんだい。肌がふやけてブヨブヨになるまで浸るのが温泉の醍醐味ってもんだぜ」

「そうよ。折角同じ値段なんだし、何回も入らなきゃ損よ。特に寝る前、夜の露天風呂っていうのはかなり風情があるわよ」

「それじゃあ、夜にも入りに行きましょう。露天風呂にお酒の持ち込みは可能かしら……?」

 

 ぶつぶつと文句を言う志津香にミリが温泉の楽しみ方を熱く語り、ロゼがさり気なく混浴になる時間にみんなで温泉に入るよう誘導する。真知子は完全に飲んべえの思考であった。

 

「さて、じゃあ入りに行きますか!」

 

 スッと立ち上がるロゼ。だが、その姿を見て全員が絶句する。座っているときは普通に浴衣を着ているように見えたが、その実帯をしておらず、浴衣は上に羽織っているだけだ。今のロゼは、下着姿に浴衣を羽織っているだけというあられもない姿であった。

 

「ちょっと、そんな格好で一緒に歩かないでよ! 今すぐ着替えなさい!!」

「いつもと大して変わらないじゃないの」

「駄目ですかねー! 何だか浴衣でそれをやられると、エロスを感じるですかねー!」

 

 普段から下着姿にローブを羽織るだけという格好が多いロゼがぶつぶつと文句を言うが、ミル以外の全員から反対されて仕方なく浴衣をちゃんと着るのだった。

 

「……ミルも着崩したら色っぽく見えるかな?」

「だらしない子供にしか見えませんよ、多分。ミルちゃんはそのままでも可愛いんだから、変にセクシーな格好しなくてもいいのに」

「甘い! 香澄はもっと積極的に行かなきゃ駄目! そうじゃなきゃ、アレキサンダーは振り向かないんだからね!」

「あわわわわ……」

 

 ミルの問いかけにハッキリと答える香澄。だが、思わぬ反撃を受けてしまい、真っ赤になってたじろいでしまう。未だに愚図る志津香を引きずり、一同はまず温泉に向かうのだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 12:00 ゼス組-

 

「ふむ、確かに食事が美味いの。これは夜も楽しみじゃわい」

「随分食べるんですね、ルークさん」

 

 食堂に昼食を取りに来たゼスの面々。カスタムの面々とは違い、食事の後に風呂派が多かったのだ。因みに、ルークも食事の後派だ。昼食はバイキング形式であるため、好きな物を好きなだけ取ってこられる。女性であるナギやウスピラ、キューティは勿論、老人のカバッハーンや元々それ程多くは食べないサイアスと、ゼス勢は全員それ程量を取ってきていない中、ルークが取ってきた量は二人分は優にあるであろうという大量の物。それを見てキューティが驚いている。

 

「食えるときに食っとくって癖がついていてな」

「そのようだな」

 

 サイアスがそう言ってエムサの取ってきた量を見る。ルークほどでは無いが、それでも大量の物であった。エムサが注目されている事に気が付いたのか、頬を少しだけ赤らめる。

 

「すいません、お恥ずかしい限りで」

「いや。だが、冒険者はつらいな」

「なに、自分で選んだ職業だ」

 

 笑いながら食事を続けるルーク。この後風呂に入りに行くのは決定しているため、その後の予定を考える。といっても、外の露店を回るか、中でゆっくりするかの二択なのだが。

 

「外でもぶらっと歩くか?」

「それが無難……」

「外だ、外に行くぞ。中々に面白そうな露天がいくつかあった」

「フロントで麻雀を借りられるようじゃし、後でやらんか?」

「お、いいですね」

「(意外とおじさん臭い……やはり年相応という事だろうか?)」

 

 サイアスの提案にウスピラがこっくりと頷き、外に行くと決まった瞬間にナギが若干はしゃぎ始める。宿に入る前に見た射的や見世物小屋などが気になっているようだ。対してカバッハーンは基本的に宿でゆっくりしたいらしく、じゃらじゃらと手を動かしてルークを麻雀に誘う。それに乗っかるルークを見て、ミスリーは心の中で思ってはいけない事を思ってしまっていた。

 

 

 

-にぽぽ温泉 12:00 カスタム組-

 

「ぶっはー! いい湯だなっと!」

 

 ミリが手ぬぐいを頭の上に乗せ、上機嫌に湯船に浸かっている。ここは女湯。目の前にあるガラスの向こうには人工庭園が広がっており、風呂に浸かりながらその美しい景色も楽しめる。この温泉が人気なのもこれだけで頷けるというものだ。

 

「昼から飲むのはどうなのよ?」

「夜に響かない程度に少しだけにしておくから、大丈夫ですよ」

「真知子さんの少しは信用ならないですかねー……」

 

 湯船にお盆を浮かべ、景色を見ながら酒を楽しんでいる真知子を見て志津香が呆れたように突っ込みを入れる。クスリと笑いながら真知子が返すが、先日痛い目を見ているトマトはまるで信用していない。

 

「ランスも誘いたかったなぁ……」

「絶対に嫌よ」

「あはは……まあ、お風呂には絶対乗り込んできそうよね」

 

 ミルが湯船に浸かりながら口にするが、志津香が苦言を呈す。ランスと一緒に温泉旅行など、無事に済むはずがないからだ。その意見には同意らしく、マリアが乾いた笑いを浮かべる。

 

「ちっ、シーズンを外しているから客が少ないな。いい身体してる子を見て目の保養をしようと思っていたのによ」

「はぁ……その節操無さは変わってないのね」

「なんでも楽しまないと損じゃないか。男では出来ない事でも、女となら……」

「ストップです、ミリさん! 他のお客さんもいるんですから……」

 

 ミリが不穏な発言をしようとしたのを慌てて香澄が止める。この位置からでは良く見えないが、岩陰にゆらりと人の姿が見える。

 

「おっと、そりゃ確かにまずいな。……お一人さんみたいだな」

「そうね……彼と一緒に旅行かしら?」

「彼ね……そうだ、一つ心理テストでもやってみる?」

 

 岩陰にいる黒髪の女性はどうやら一人らしい。見た感じまだ若そうなので、彼との旅行ではないかと志津香が考える。その呟きにロゼが反応し、唐突に口を開いた。怪訝そうにする志津香。

 

「心理テスト?」

「ちょっとしたものよ。はい、みんな目を閉じて。貴女は今、温泉旅行に来ています。」

「ふむふむ……」

 

 ロゼの言葉を受けて全員が目を瞑る。志津香も馬鹿馬鹿しいと思いながらも、みんながやっているので一応目を閉じた。

 

「で、右隣には同性が一人、左隣には異性が一人立っています。一緒に旅行に来た相手です」

「男一人に女二人? 随分変な構成ね」

「野暮な事言わないの。はい、想像できた?」

 

 志津香の文句を流しつつ、ロゼがパン、と手を叩く。

 

「今思い浮かべた人物が、貴女がそれぞれ一番大切に思っている相手です」

「って、それ心理テストでも何でもないじゃないの!?」

「なに言ってるのよ。闘神都市で読んだ本に書いてあった、由緒正しい心理テストよ」

「闘神都市の本って、一体何年前の書物?」

「信憑性0ですかねー……」

 

 空中に500年以上浮かんでいた闘神都市。当然そこにあった書物もそれ相応に古い物だ。ため息をつくミルとトマト。

 

「で、みんなは誰が浮かんだのかしら?」

「トマトはですねー……真知子さんと、えっと、えへへへへ……」

「トマトは未だにばれてないとでも思っているのか?」

「うふふ。可愛いじゃないですか」

 

 デレデレのトマトを見て呆れかえるミリ。その手には真知子のお盆に乗っていたお猪口がある。いつの間にかミリも飲み始めたようだ。正面にいた真知子は微笑ましげに笑っている。

 

「お姉ちゃんとランス!」

「ミルとルークだな」

「ええっ!? ま、まさかミリもルークさんの事……?」

「いや、ミルと一緒に旅行に行ってくれそうな相手がルークしか浮かばなかった。ランスじゃ行かないだろうし、他はセフレばっかだし」

 

 ミリがルークの名前を出した事に驚くマリアだったが、特に深い意味はないとミリが酒を飲みながら笑う。

 

「…………」

「マリア、どうしたの?」

「えっ!? あっ、なんでもないの……あはは……」

「(男性で思い浮かべたのがランスだったのね。馬鹿ね……)」

 

 無理に笑うマリアを見て志津香がため息をつく。闘神都市の一件でマリアがランスに惚れている事に気が付き、あんな男に恋心を抱いている親友は見ているのが辛いと志津香は考え、何度か忠告をした。だが、マリアの想いは変わらなかった。

 

「……マリア、上がるわよ」

「えっ!? あっ、うん……」

「ちょっと、志津香の思い浮かべた人、まだ聞いてないわよ! ま、どうせマリアとル……」

「……悪いけど、どっちも違うわよ」

 

 ロゼの言葉を遮るように志津香が口を開き、ジロリと睨み付ける。隣のマリアは自分ではないと言われて若干ショックを受けているが、思い詰めた表情をしている志津香を見て彼女が思い浮かべた人物に思い至り、納得する。

 

「(志津香……もしかしてご両親を……)」

 

 静かに右拳を握りしめる志津香。彼女が思い浮かべたのは、マリアの予想通り今は亡き両親であった。想像の中の志津香は今よりも幼い姿であり、それは直前にルークから両親の写真を貰っていたというのが大きいだろう。写真の中で幸せそうに笑う両親。もし生きていれば、家族三人で旅行する事もあったかもしれない。それを奪ったのは、憎きラガール。目つきを鋭くする志津香を見て、若干空気が重くなる。だが、突如志津香の顔にお湯がかけられる。

 

「んぶっ!? なっ……」

「空気読めー。もう、その表情だけで誰を思い浮かべていたのかバレバレ。そんな色気の無い答え、求めてないのよ」

「ロ、ロゼ……あんたねぇ!」

 

 やったのはロゼ。手で水鉄砲を作り、志津香の顔面に飛ばしたのだ。キッとロゼを睨み付ける志津香に対し、ロゼは静かに笑う。

 

「そ、怒ってもいいし笑ってもいいけど、そうゆう顔をしてなさいな。一番空気読めてないのは、さっきの憎しみを含んだ顔よ」

「っ……」

「(それはルークさんと……)」

 

 志津香とマリアが目を見開く。ロゼの言葉は、ルークが志津香に言ったものと似ていたからだ。カスタム勢では一番年長者であるロゼ。いや、共に旅をした仲間の中でも、ルークに近い年齢の一人だ。その余裕や思考が似ているのは、その辺りから来ているのだろうか。

 

「(私たちももう少し年を重ねたら、ああいう風に余裕が出るのかなぁ……)」

 

 香澄が少しだけロゼを尊敬の眼差しで見ていた。普段が普段なだけに、たまに含蓄深い事を言うとその効果も絶大である。

 

「……大きなお世話よ」

「そりゃ失礼。じゃあ、上がりましょうかね」

 

 ぷい、と顔を背ける志津香に少し笑いながら、ロゼが風呂から上がる。先程の言葉もあり、その背中にルークを重ねたマリアが口を開く。

 

「ロゼは誰を思い浮かべたの? ひょっとして……ルークさん?」

「ん?」

 

 脱衣所に向かおうとしていたロゼがその歩みを止めて振り返る。全員が興味深げに視線を向けているのを見て、静かに笑う。

 

「……ダ・ゲイルとダ・ゲイルの妹よ」

「へ……?」

 

 その答えに、全員が固まった。しばし水音だけの空間となるが、一番早く硬直から抜け出したマリアが大声を上げる。

 

「い、い、妹いたの!?」

「いるわよー」

「悪魔二体と旅行ってどんな旅行ですかねー!?」

「そりゃもう一日中ズッコシパッコシ」

「さ、最低です……」

 

 慌てる者、呆れる者、特に先程まで尊敬の眼差しで見ていた香澄のダメージは大きい。それを見てロゼがカラカラと笑いながら脱衣所に入っていった。彼女が誰を思い浮かべたのか、その真相は闇の中である。と、脱衣所の扉を閉めようとした瞬間、岩陰の向こうにいた人影が動いた。湯気のせいでよく見えないが、黒髪の中に大きな耳が動いたように見える。

 

「(……カラー? いや、こんなところにいるとは思えないし、それにカラーの髪は青のはず。黒髪のカラーなんて……いや、以前に一度文献で見た事があった気が……)」

 

 女性の姿が再び岩陰に消えてしまう。その出来事は、ロゼの中に小さな疑問として残る事になる。

 

 

 

-にぽぽ温泉 12:05 ヘルマン組-

 

 湯船に湯気が立ちこめる。こちらは男風呂。丁度昼食時のため、男子風呂はほぼ貸し切り状態であった。

 

「くーっ! 良い景色を見ながらの一杯。最高だな!」

「パ、パットンのあにぃも一献……」

「おっとすまねぇ」

 

 湯船に浮かんでいるお盆の上にはぬる燗とお猪口が3つ。ヒューバートがそれをちびちびと飲みながら景色を満喫する。隣にいたデンズがパットンにお猪口を持たせ、酒を注いでいる。ちびちびと飲んでいるヒューバートとは対照的に、パットンはそれを一気に飲み干す。

 

「かぁぁっ……久しぶりの酒は効くな」

「割と良い酒だしな。ほら、デンズも」

「すまねぇだ、あにぃ……」

 

 デンズにも酒をつぎ、三人で人工庭園の景色を眺めながら温泉を満喫する。

 

「完全に酒が抜けちまってるな。昔は一晩かけて浴びるほど飲んだっていうのによ」

「……パットン、前の生活が恋しいか?」

「は?」

「酒も女もやろうと思えば好きに出来た、宮殿生活だよ」

「ああ……そうだな……」

 

 ヒューバートが少しだけ真剣な表情をしている。それを見ながら、パットンはクイ、と酒を一気に飲み干し、再びお猪口に自分で酒を注ぐ。

 

「今から考えると、あんな生活をしていて良く心が持ったなって感じだ。あそこにいる俺は、どこか腐っていた」

「…………」

「今の方がよっぽど良いさ。あのときの俺はいつも心のどこかが淀んでいた。周りにいる奴で誰が信用できるのかがまるで判らなかった。お前とアリストレス、ハンティとトーマ、それとロレックスくらいか?」

 

 パットンが切々と語る。トーマの親友であり、幼い頃から親交のあったレリューコフ将軍ですら、末期のパットンは信じられなくなっていたのだ。リーザスに進行する際、パットンが自ら声を掛けたのはトーマとアリストレスの二人だけだ。ヒューバートとロレックスは丁度遠征中、ハンティには心配を掛けたくなかったという想いがあったからだ。

 

「だが、今は違う。金も権力も失ったが、誰が味方で、誰が敵なのかがハッキリと判る。宮殿生活のままだったら、デンズの人柄にも気付けなかっただろうよ」

「パ、パットンのあにぃ……」

 

 パットンが笑いながらデンズに酒を注ぐ。かつてはまるで接点の無かった二人だが、今のパットンはデンズに信頼を置いている。

 

「それと、誰に必要とされているのかもな……」

「そうか……」

「ああ。ただ……苦労かけちゃ駄目だって思いながら、ずるずると……もっと頑張って、早くあいつを解放してやらねぇと……」

「それは、ハンティの……」

「…………」

 

 ヒューバートの問いかけに、パットンが無言で酒を煽る。心配を掛けたくないと思いながら、リーザス侵攻戦での魔人の裏切り、その後の逃亡生活と迷惑の掛け通しだ。自分が情けなくて泣けてくる思いのパットン。

 

「ふん。若造がそう思い詰めんでも、ハンティは自分の意思で動いておるよ。それでもお主がそう思うなら、さっさと国を取り戻すんじゃな」

「爺さん……」

 

 そう叱責するのはフリーク。先程まで自分のボディを念入りに磨いていたのだが、パットンたちの会話を聞いていてもたってもいられず、湯船の前に立ってパットンを見下ろしていた。そのままクルリと背中を向け、カンカンと金属の背中を叩く。

 

「ほれ。ウジウジ悩む暇があったら、ワシの背中を磨かいてくれんか? 一人じゃ中々届かないんでのぅ」

「ふっ……老い先短い老人の言う事だ。一丁磨いてやるか!」

「しゃあねぇな。闘神都市での世話もあるしな」

「んだ……」

 

 三人が湯船から出てフリークを風呂椅子に座らせる。だが、フリークは今の言葉が心外だったようで、文句を口にする。

 

「馬鹿もん! ワシはお主らが死んでも生きておるわい」

「はいはい。爺さん自慢のボディは、後数百年は生きそうだもんな」

「なら、俺らが爺さんになったら、逆に背中を流して貰おうぜ」

「それがいいだ……」

「爺さん四人での背中の流し合いか……不気味じゃな」

「違いねぇ。ははは!」

 

 三人でフリークの背中を磨きながらそう口にする。それを聞いたフリークはふん、と鼻を鳴らすが、どこか嬉しそうであった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 12:20 リーザス組-

 

「これが温泉街……色々露店がありますのね……」

「お嬢様は、温泉街は初めてでして?」

「べ、別に良いでしょ!」

 

 アールコートの実家側に遊びに来たチルディたち。道中ぶつぶつと文句を言っていたラファリアであったが、お嬢様育ちの彼女はこのような温泉街に来たのは初めてらしく、若干目を輝かせていた。それを目ざとく見つけたチルディが突っ込みを入れると、ラファリアは少しだけ恥ずかしそうにする。

 

「おや、アールコートちゃん。友達かい?」

「あ、サジおばあちゃん! はい、私の友達です」

「へぇ……はい、これあたしの作ったお饅頭」

「ありがとう、ココナお姉ちゃん。お料理、上手になったんですね」

「まだまだ見習いだけどね。はい、お友達も」

「すいません……あ、美味しい……」

 

 地元なだけあり、アールコートの事を知っている人は多い。先程から何度か声を掛けられており、その度に一緒にいる三人も注目の的となっていた。かなみが貰った饅頭に口をつけ、その美味しさに思わず声を漏らす。

 

「昔から引っ込み思案な子でねぇ。友達を連れてくるなんて初めてだから嬉しくって……。っと、話し込んじゃあ邪魔だね。バイバイ、アールコートちゃん」

「はい、サジおばあちゃん。それじゃあ行きましょう。あっちに穴場のカレー屋さんがあるんです」

 

 アールコートが笑顔で三人を案内する。勝手知ったる場所の案内となり、彼女は張り切っていた。このように友達と遊びに行くのもあまり経験がないというのも大きな要員だ。だが、四人の中で一人だけ浮かない顔をしている者がいる。ラファリアだ。

 

「(友達……か……)」

 

 サジの言葉を受けてラファリアが少しだけ俯く。先日まで彼女の事をイジメ続けていた自分が友達面して良いものか。そもそも自分にはこれまで友達と呼べる存在がいただろうかと思い悩む。家柄目当てで寄ってくる者や取り巻きはいたが、対等な友達と呼べる存在はいなかったかもしれない。

 

「……あ、あれ?」

 

 と、ラファリアが我に返る。気が付けば三人とはぐれている。考えすぎて前が見えていなかったようだ。この年になって迷子など、チルディに何と言われるか判ったものではない。焦りながらキョロキョロと辺りを見回すと、同じく辺りをキョロキョロと見回している娘が目に入る。

 

「セル、ドコイッタ?」

「(……迷子かしら)」

 

 肌の黒い少女が不安そうにしているのが目に入る。どうやら迷子のようだ。スタスタとその少女に近づいていき、ラファリアが口を開く。

 

「誰かを捜しているの?」

「セル、スーハセルヲ捜シテイルゾ!」

「……なら、ついていらっしゃい。確かちょっと戻ったところに迷子センターがあったはずだから、案内してあげるわ」

「迷子センターカ? セルハ迷子ダカラナ。困ッタモンダ!」

「迷子は貴女でしょうに……」

 

 ラファリアは少しだけ呆れながらも、スーと名乗る少女の手をしっかりと握り、迷子センターまで案内をする。すると、そこには茶色の髪を後ろで団子状に纏めた女性が立っていた。不安そうにしていた女性だったが、スーの姿を見つけてこちらに駆けてくる。

 

「スー!」

「セル、迷子ニナッチャ駄目ダゾ」

「もう……離れちゃ駄目って言ったでしょう。貴女が連れてきてくれたのね。どうもありがとうございました」

「いえ……」

 

 目の前の女性が頭を下げてくる。髪型はおばさんくさいが、顔は若々しいのでまだ十代だろう。となると、スーのお姉さんだろうか、などとラファリアは考える。何度か頭を下げ、その女性とスーは立ち去っていく。スーは最後までブンブンと手を振ってきたため、ラファリアもそれに応えて小さく手を振り続けた。すると、後ろから声が聞こえてくる。

 

「ラファリア先輩! 良かった、ここにいたんですね!」

「アールコート……」

「あらあら、ここで待っているだなんて、自分の立場がよく判っている事ですわね」

 

 ニヤニヤと笑うチルディの言葉を受け、ラファリアが自分の立っていた建物の看板を見上げる。でかでかと迷子センターと書かれた看板が目に飛び込んできた瞬間、ラファリアの顔が羞恥に染まる。

 

「ちっ、違うわよ!!」

「ほらほら、もう迷子にならないように手を握ってさしあげて」

「あっ……」

 

 チルディがアールコートとラファリアの腕を掴み、グッと二人を近づける。互いの手が触れ、少しだけアールコートが申し訳なさそうにするが、はにかみながらラファリアの手を取る。

 

「行きましょう、ラファリア先輩」

「っ……お、美味しくなかったら承知しないわよ」

「やれやれ。世話のやける……」

 

 手をとって歩いて行く二人の背中を見ながらチルディがため息をつく。すると、隣を歩くかなみの顔が目に入る。何やら少し思い詰めた表情だ。

 

「チ、チルディさん、私が友達面していていいのかな? 二人とはこの旅行前に会ったばかりで、殆ど初対面なんだけど……?」

「……別にいいんじゃありませんこと?」

 

 ラファリアとは別のベクトルで悩むかなみ。チルディがまたもため息をつきつつ、一同は大通りから少し外れた位置にあるカレー屋で昼食を取った。

 

「「「……美味っ!?」」」

「カレーウルフは知る人ぞ知る穴場なんです。今日も美味しいです、カレー少女さん」

「…………」

 

 グッとアールコートに親指を突き出してくる少女。どう見ても四人よりも若そうに見えるが、店主に間違いないらしい。その異様さに首を捻りながらも、目の前のカレーに舌鼓を打つ三人だった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 12:30 ゼス組-

 

「ふぅ。自然を見ながらの風呂か、風情だねぇ……」

 

 サイアスが湯船に浸かりながら息を吐く。それを聞きながら、隣で浸かっているルークがある匂いに気が付く。

 

「……微かに酒の匂い。先客が飲んでいたようだな」

「昼間っから飲んでた奴がいるのか。そりゃご苦労なこって」

「こりゃ、湯船にタオルを付けるのはマナー違反じゃぞ」

 

 身体を洗っていたカバッハーンがそう言いながら湯船に入ってくる。サイアスは頭の上にタオルを乗せているため、それはルークに向けられた言葉だ。ルークは自身の腰にタオルを巻いたまま湯船につかっていた。明らかにマナー違反だが、隣にいるサイアスがフォローを入れてくる。

 

「ま、これだけは勘弁してやってください」

「むっ? それはどういう……?」

「実はですね……」

「サイアス、お前な……」

 

 コソコソとカバッハーンに耳打ちをするサイアス。それを見たルークがため息をつきながら、湯船の側に書かれていた温泉の効能を読む。そこには火傷に良く効くと書かれていた。

 

「火傷……サイアス、闘神都市での火傷はもう良いのか?」

「ま、完治とまではいかないが、殆ど生活に支障の無いレベルだ。修行を積んで、早いところ両手で魔法を出しても問題ないようにしないとな」

 

 腕を回しながらそう口にするサイアス。確かにもう火傷の跡は殆ど残っていない。

 

「ウスピラ、お前の火傷の事を考えて温泉を選んでくれたんじゃないのか?」

「まさか」

「(やれやれ……自分でチャンスを潰しおったわい。アレックスもサイアスも、まだまだ春は遠そうじゃのう……)」

 

 

 

-にぽぽ温泉 12:35 カスタム組-

 

「やったぁ、勝った!」

「マジかよ!? くそっ、点数の付け間違いじゃないのか!?」

「ちゃんと付けたわよ」

 

 マリアが卓球台の前でピョンピョンとはしゃぎ、ミリが悔しそうにしている。温泉から上がった一同は、ご飯の前に軽く卓球をしていたのだ。だが、ミリが唐突に負けた方が全員に飲み物を奢る勝負をマリアに持ちかけた。卓球に自信があったのか、マリアも珍しくこれに乗り、二人は白熱したバトルを繰り広げた。結果はマリアの勝利だ。接戦であったため、二人ともうっすらと汗を掻いている。その二人を呆れた様子で見るのは志津香。

 

「(折角お風呂に入ったのに、何の意味もないじゃないの……)」

「いえーい、お風呂上がりのうし乳ゲットー」

「ごちそうさまです、ミリさん」

「ミルはオレンジジュース!」

「あ、ミル、私にもオレンジジュースを頂戴」

 

 ロゼがタダのうし乳を堪能し、香澄が申し訳なさそうに頭を下げるが、その手にはうし乳が握られていた。トマトと真知子もうし乳、ミルとマリアはオレンジジュースを手に取る。

 

「あー、畜生! 持ってけ泥棒! 志津香は何を飲む?」

 

 ミリが悔しそうにうし乳を手に取りながら志津香に尋ねてくる。

 

「……じゃあ、コーヒーうし乳で」

「ぷっ……通だな、志津香」

「べ、別にいいでしょ!」

 

 ミリが志津香にコーヒーうし乳を手渡し、全員で喉を潤す。

 

「んー……やっぱ風呂上がりには冷たい飲み物だな」

「しまった……ビールを飲もうと思っていたのに、うし乳飲んじゃったわ……」

「それでロゼさん、お風呂でお酒に手を出さなかったんですね」

 

 普通に酒を嗜むロゼが風呂で飲んでいなかった事に疑問を感じていた真知子だったが、今の一言で合点がいく。ロゼは風呂上がりの一杯を楽しみにしていたのだ。だが、すぐに割り切るロゼ。

 

「ま、しょうがないか。因みに、お風呂上がりに飲む物が一緒の人は相性が良いっていう心理テストも……」

「それ今、適当に考えたでしょ!」

「うし乳に偏りますよね、その診断」

 

 ロゼの言葉に突っ込みを入れる志津香。明らかにはぶられている自分を馬鹿にする流れだと察したのだろう。香澄がボソッと呟いた言葉は的を射ている。

 

「そのテストだと、私とミルは相性が良いのか……特に似ているところないわよね?」

「どっちもガキって事だろ?」

「がーん!」

「ルークさんが何を飲むか、今度聞きますですかねー!」

「それ、うし乳だったら普通ですし、違っていたらショックだから止めた方がいいと思うわ」

 

 ミリの言葉にショックを受けるミル、張り切るトマトに的確に突っ込みを入れる真知子。わいわいと楽しみながら、一同は食堂へと向かった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 12:55 ヘルマン組-

 

「くっ……」

 

 目の前の筐体から爆発音が響く。それを悔しそうに睨み付けながら、パットンは横に高く積み上げた1GOLDを一枚手に取り、筐体に投下した。

 

「おーい、いい加減行くぞ」

「は、腹減っただ……」

「もうちょい……もうちょい待ってくれ……」

「やれやれ、レトロゲームに何ハマってんだか……」

 

 ヒューバートが呆れながら頭を掻く。風呂から上がったパットンたちは、宿内のゲームセンターに足を運んだのだ。そこはゲームセンターとは名ばかりであり、あるのはレトロゲームばかり。唯一体感型のレースゲームがまだ新しいといったところか。パットンがやっているのは邪魔者ハンターというゲームの五世代目。四角いブロックで描かれたモンスターを、弓矢を持った自機で倒していくレトロゲームだ。温泉では定番のゲームの一つと言える。

 

「畜生、また殺された! もう一回……」

 

 初めは眺めているだけだったパットン。大人がこのようなゲームをしていいのかと自問自答していたのだ。だが、楽しんでいるヒューバートとデンズの姿を見て、意を決してGOLDを投入した。その結果がご覧の有様である。

 

「まあ、温室育ちでゲームなどやった事ないのじゃろう? そりゃ30近くなってゲームにのめり込む気持ちも判らんでも無いがな……」

「ま、嫌な肯定の仕方だがな。俺たちは先に行くぞ。いい加減にしとかないと、ハンティにドヤされるぞ」

「これが最後……これが最後だ……」

 

 いい加減ハンティが部屋で待ちくたびれていると思い、ヒューバートたちは先に戻る事にする。パットンは振り返る事無くそう応えるが、高く積み上げられたGOLD的にあと一回で終わるとは思えない。これはハンティの雷が落ちるなと苦笑しながら、ヒューバートたちはこの場を離れるのだった。

 

「ああ、また死んだ……」

「あぁぁぁ……そんな馬鹿な……」

「くそっ、くそっ、くそっ!!」

 

 パットンの悲痛な叫びがゲームセンター内に響く。はっきり言ってパットンのプレイはド下手であった。初めてのプレイという事を考慮しても、まるでセンスがない。高く積み上げられていたはずの1GOLDが、みるみる内に無くなっていく。

 

「ちくしょう、もう一回……」

 

 そう言いながらパットンがGOLDに手を伸ばすが、その手が空を切る。いつの間にか横にあったGOLDは無くなっていたのだ。手元にはもう1GOLDコインは無い。となると、両替しなければならない。

 

「や、やべぇ……急がないとここまでの苦労が……」

 

 目の前の画面でカウントダウンが始まる。ヒューバートから聞いたところによると、このカウントダウンが終わる前にGOLDを投下すれば続きから始められるのだ。つまり裏を返すと、このカウントダウンが終わればここまでの苦労は水の泡だ。慌てるパットン。既にカウントは6。両替機は多少離れたところにあるため、このままでは間に合わない。すると、目の前に手がヌッと伸びてくる。その手の中には1GOLD。

 

「使うか?」

 

 

 

-にぽぽ温泉 13:00 ゼス組-

 

「ふぅ……生き返るわい」

「お風呂上がりは……やっぱりうし乳……」

「私はオレンジジュース派なのですが、子供っぽいでしょうか?」

「いやいや、好みは人それぞれさ」

 

 風呂上がりに丁度合流出来たゼス勢は、ベンチに座りながら火照った体を飲み物で冷やしていた。エムサは少しだけ恥ずかしそうにオレンジジュースを飲んでいたが、サイアスがそれを笑い飛ばす。

 

「ルークは何を飲む?」

「そうだな……コーヒーうし乳を頼む」

「渋いですね……」

「ルークはコーヒーうし乳なのか? なら私もそれにするぞ!」

 

 キューティがそう口にするが、彼女が飲んでいるのはフルーツうし乳。通の度合いで言えば、彼女の方が上だろう。ナギはうし乳に手を伸ばしていたが、ルークがコーヒーうし乳と聞いてコーヒーうし乳に変更する。

 

「さて、飯も食ったし風呂も入った。次は一度部屋に戻ってから外を散策するか」

「そうだな」

「あ、ルークさん。少しお話が……」

「ああ、そうだな。スマン、先に戻っていてくれ」

「了解。早く来てくれよ」

 

 サイアスの言葉を受けて部屋に戻ろうとした一同だったが、エムサがルークにそう声を掛ける。元々エムサにはゼスの訪問が終わった後に話があると言われていたのだ。先に他の面々を部屋に向かわせ、ルークとエムサが人の少なそうな場所に移る。ふと目に飛び込んできたのはゲームセンター。丁度中には大男が一人しかおらず、対して中は騒音のため話し声は周りに聞かれにくい。

 

「少し五月蠅いが、あそこでいいかな?」

「はい。周りにはあまり聞かれたくない話ですし、こちらとしては歓迎です」

 

 ルークとエムサはゲームセンターに入っていき、大男と少し距離を取った位置で話を始める。ここならば大男にも話は聞かれないだろうからだ。コインを高く積み上げたあの男が周りの声を聞いているとは思えないが、念のためだ。

 

「相談とい……難病の弟が……」

「それは……治療法は……」

「強者の精液……ークさんのであれば……」

「……れで弟さんは……ただ渡せばいいだけ……?」

「いえ……特殊な魔力でコーティ……私の中に……」

 

 ゲームセンターの騒音で二人の会話はかき消される。数分後、話し合いを終えた二人が息を吐く。心なしかエムサの頬が赤い。

 

「すいません、とんでもない事をお願いしてしまって……」

「まあ、構わないさ。弟さん、治るといいな」

「はい……」

「それで、いつ頃渡せばいいんだ?」

「そうですね……それ以外にも調合用で薬がいくつか必要なんです。以前から知り合いに薬の開発を頼んでいたのですが、私がアトランタに捕らえられている間に完成していたみたいでして、今度取りに伺う予定なんです」

「ほぅ……薬の開発とは、随分と凄い知り合いみたいだな」

 

 ルークの問いかけにエムサがそう答える。それを聞いたルークは、何気なく話を続けた。興味があった訳では無く、興味本位レベルの質問でしかなかったのだが、ルークは思いがけぬ返答を聞く。

 

「はい。ハピネス製薬の第二研究室室長なんです」

「っ!?」

 

 それを聞いたルークが目を見開く。

 

「ハピネス製薬の室長、知り合いなのか……?」

「はい。今は新薬の開発の追い込み時期で研究班は忙しいらしく、少しだけ落ち着きそうな一月後の10月頭にハピネス製薬で会う約束です」

「……無理を承知で頼むが、それに同行させて貰ってもいいか?」

「え? 構いませんが、ハピネス製薬に何かご用でも?」

「……少しな」

 

 ルークが口元に手を当てながら考え込む。思わぬ形でハピネス製薬を訪れる事が出来そうだ。

 

「エムサ、感謝する」

「え、お、お礼を言うのはこちらなのですが……」

 

 唐突にルークに礼を言われ、戸惑うエムサ。その理由が判らない。そこまでしてハピネス製薬に行きたかったというのか、あるいは、エムサの頼み事の方に対する礼なのだろうか。そう考えた瞬間、エムサの顔が赤く染まる。

 

「(ま、まさか……ルークさんはそんな人では……)」

「……ん?」

 

 ふとルークの目に先程の大男が視界に入る。あれ程高く積み上がっていたGOLDが、既に残り一枚になっている。すると、丁度その男が最後の一枚に手を伸ばした。それが最後だとは気が付いていない様子だ。

 

「エムサ、先に部屋に戻っていてくれ。俺もすぐに行く」

「えっ!? あ、はい……」

 

 悶々と考え事をしていたエムサが我に返り、頬を染めながら部屋に戻っていく。それを見送ったルークは財布から1GOLDを取りだし、丁度GOLDが無くなって焦っている大男に向かって差し出す。

 

「使うか?」

「い、いいのか!? すまねえ!」

 

 ルークから1GOLDを受け取った大男が筐体に金を入れ、プレイを再開する。たどたどしい動きだ。

 

「……まだやるつもりなら、代わりに両替してくるが?」

「本当か!? 恩に着る!」

 

 その大男はプレイをしながら10GOLDコインを3枚手渡してくる。後30回もやるつもりなのかと苦笑しながら、ルークは両替機に向かう。30枚分の1GOLDコインを手に抱えて戻ると、丁度自機がやられたところであった。

 

「ああ、畜生!」

「ほら、両替してきたぞ」

「ああ、すまねえ。さっきの1GOLDはそこから持って行ってくれ」

「……少し良いか?」

「ん?」

 

 ルークが一言断り、筐体に1GOLDを入れる。そのままプレイが再開し、画面上にいる大量の邪魔者がゆっくりと自機に迫ってくる。と、ルークがレバーを右に動かし、弓を連射する。次々と撃ち落とされる邪魔者。

 

「お、おおお!」

「で、今度は左」

 

 右端まで自機が行くと、次は左に動かしながら弓を連射する。みるみる邪魔者が減っていくのを見ながら、大男が目を輝かせる。

 

「す、すげぇ!」

「これが丹波撃ち。このゲームの基本戦術の一つだ」

「丹波?」

「JAPANにある地域の名前らしい。そこから広まったんだと。発案者は、世にも奇妙な四角い顔の男だともっぱらの噂だ」

「くっ……JAPANはこんなにも進んでいやがるのか……ヘルマンもうかうかしてられねぇ!」

「(……ヘルマン出身なのか? 何故自由都市に……?)」

 

 スッとルークが筐体から離れ、プレイを大男に代わる。丹波撃ちを覚えた大男のプレイは、多少だがマシになった。

 

「それじゃあな。あまりのめり込みすぎない方が良いぞ」

「すまねえ、兄さん。この恩は忘れねぇ!」

 

 礼を背中で受けながらルークはゲームセンターを後にする。ロビーに戻り、部屋に戻るために階段を上ろうとした瞬間、一人の女性とぶつかる。

 

「おっと……」

「あ、すまないね! 急いでたもんで……」

「いや、そちらこそ大丈夫か?」

 

 ぶつかってきた女性がそう謝ってくる。まだ9月だというのに、すっぽりと服についたフードを被り、顔は半分ほどしか見えない。フードの間から僅かに黒髪が見える。

 

「ああ。……ぶつかった感じ、相当筋肉がついてるね。冒険者かい?」

「ほう……当たりだ。判るか?」

「まあね、キシシ」

 

 予想が当たったのが嬉しいのか、女性が無邪気に笑う。口元しか見えないが、気持ちの良い笑い方だ。すると、何かを思い出したかのように女性が口を開く。

 

「そうだ兄さん、ゲームセンターってどこにあるか知らないか?」

「ん? それならそこの角を曲がって、真っ直ぐいった突き当たりを左だ」

「恩に着るよ!」

 

 そう言い残し、ルークの横を駆けていく女性。瞬間、フードの中に一瞬だけ見えた耳がとても長かったようにルークの目には見えた。

 

「(カラー? まさかな、カラーは青髪だ……いや、そういえば以前にホーネットから噂話で……)」

 

 見間違いだと考えたルークだったが、以前にホーネットから聞いた噂話を思い出し、首を捻りながら階段を上っていった。

 

「(しかし、あの大男はそこまでしてクリア画面を見たかったのか。年上に見えたが、若いな……)」

 

 

 

-にぽぽ温泉 13:20 ヘルマン組-

 

「やった……やったぞ!!」

 

 パットンが歓喜の声を上げる。画面には、ゲームクリアという文字が浮かんでいた。あれだけ大量に両替した1GOLDも、残りは4枚。ギリギリのクリアであった。

 

「俺はこれでまた一つ強くなった気がする……」

「パットン、見つけたよ!!」

 

 感動に打ち震えるパットンだったが、突如後ろから響いた声を聞いて現実に戻される。

 

「げぇ、ハンティ!」

「ヒューから聞いたよ! 一体いくら使ったんだい!? 無駄遣いをしている余裕は無いってあれ程……」

「ち、違うんだ。これは俺が成長するために必要な修行で……」

『アナタニハ負ケタワ。私ヲ好キニシテ』

 

 ダラダラと汗を流しながら言い訳をするパットンだったが、突如後ろの筐体から電子声が響く。振り返って画面を見ると、ドット絵の女性が服を脱いでいた。

 

「なっ!?」

『イヤーン、バカーン』

「成長するために必要な修行ねぇ……?」

 

 パットンが慌ててゲームのタイトルを見直す。そこには、邪魔者ハンターアダルトと書いてあった。その横には18歳未満プレイ禁止の文字。

 

「な、なんだってぇ!?」

「パットン、あたしは情けなくて涙が出てくるよ……」

「ち、違うんだハンティ! 俺は本当に知らなか……」

「パットン!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ゲームセンターにパットンの悲鳴が響く。この出来事により、パットンの財布は暫くハンティに没収される事になるのだった。

 

 

 

-にぽぽ温泉 14:00 アイス組-

 

「がはははは、到着だ! 全く、トロトロしているから遅くなってしまったではないか!」

「すみません、ランス様……」

 

 シィルがいくら起こしても起きなかったのはランスなのだが、その事を棚に上げてシィルを叱りつけるランス。これにて、役者は全て出揃った。にぽぽ温泉での出来事は、これより更に混迷を極める事となる。

 

 




[人物]
湯室世津子 (ゲスト)
 にぽぽ温泉の女将。美人で有名であり、彼女目当てで通う常連客も多い。名前はアリスソフト作品の「大悪司」より。

サジ・アントン (ゲスト)
 にぽぽ温泉でお土産屋を営む女性。実は料理の腕前も一流で、隣に住む饅頭屋の娘のココナに料理を教えている。アールコートの事を幼い頃から知っているが、友達を連れて歩いているのは初めて見たため思わず話し掛けてしまった。名前はアリスソフト作品の「ママトト」より。

ココナ・ホワイト (ゲスト)
 にぽぽ温泉にある饅頭屋の一人娘。料理の腕前はからきしなのだが、将来は定食屋を開きたいと思っており、サジに料理を教わっている。彼女にとってサジはもう一人の母親。名前はアリスソフト作品の「ママトト」より。

カレー少女 (ゲスト)
 にぽぽ温泉にある隠れた名店、カレーウルフの店主。超一流の腕を持つ少女であり、夢は大陸中にカレーウルフを建てる事。その手始めとして、JAPANカレー化計画なるものを、白い学ランを着た男と密かに進めているとかいう噂がある。名前はアリスソフト作品の「大番長」及び「大帝国」より。「大帝国」で本番シーンがあった時には、多くの人がカレーを吹いたという。

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