ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第112話 冒険者ドリームパーティー

 

-アイスの町 キースギルド-

 

「久しぶりだな、ルーク!」

「そちらこそ元気そうで何よりだ、ボーダー! 待たせてしまったかな?」

「なぁに、昨日アイスに戻ってきたばっかりだ」

 

 キースギルドの一室で固い握手が交わされる。温泉旅行から帰ってきたルークは、まだ礼を言い終えていなかった二人の冒険者と会うためにキースギルドにやってきていた。その一人が目の前に立つ大男、ボーダー・ガロアだ。ルークとは何度か依頼を共に行った事のある流浪の冒険家であり、キースの予告通りルークが旅行から戻ってくる少し前に受けていた依頼を終えてアイスの町を訪れていたのだ。

 

「レイチェルさんもお久しぶりです」

「久しぶりね、ルーク。色々噂は聞いているわ」

「新聞は読んだぜ。随分と有名になっちまったな」

 

 ルークがボーダーの後ろに控えている女性に頭を下げる。彼女はレイチェル。ボーダーの恋人であり、長年彼を支えてきた唯一無二のパートナーだ。ボーダーも先日の新聞を読んでいたらしく、その事を笑いながら話してくる。

 

「まあ、各国で報道が統制されている訳ではないから、自由都市とリーザスに限られそうではあるがな」

「そんな事は無いさ。噂程度ならまだしも、ああも大々的に報道されりゃあ、流石にゼスやヘルマンの目にも止まる。特にヘルマンにとっては、英雄を倒した相手になる訳だからな」

「それで、そちらの人はルークの恋人かしら?」

「いや、彼女も冒険者さ」

「初めまして、エムサ・ラインドと申します」

 

 ルークの後ろに控えているエムサが気になったようで、レイチェルが微笑みながら尋ねてくる。この場にトマト辺りがいたら取り乱しそうな質問だったが、そこは年長者の余裕か、エムサは極めて冷静に挨拶を返す。

 

「ほう……見えていないのか? だが、一流だな」

「ボーダー氏のお噂は以前よりお聞きしています」

 

 長年冒険者をやっている事からその筋では有名なボーダーに対し、病気の弟の治療法を見つける事を第一として行動していたエムサは、実力者でありながらその知名度は低い。初対面でもあるボーダーとエムサが軽く握手を交わす。すると、一瞬だけエムサが戸惑うような仕草を見せた。

 

「ん、どうした?」

「い、いえ……」

「……?」

「(何故でしょう……初対面のはずなのに、どこか苦手意識が……)」

 

 ルークの問いかけに慌てて取り繕うエムサ。ボーダーと握手をした瞬間、言いしれぬ嫌悪感が電撃のように走ったのだ。その理由はエムサ自身にも判らないため、あまり表には出さないようにしながらも心の中で首を捻る。

 

「で、こちらはレイチェル・ママレーラさん。ボーダーの恋人だ」

「ふふ、もうママレーラじゃないの」

「……そうか、遂にか! おめでとう、二人とも」

「ありがとう、ルーク」

「ま、流石にそろそろケジメはつけねぇとな」

 

 レイチェルが微笑みながら左手の薬指に嵌めた指輪を見せてくる。どうやらルークが行方不明になってしまい長い事会っていない間に、二人は籍を入れていたようだ。心からの祝福を送るルークに対し、ボーダーが頬を掻きながら少しだけ恥ずかしそうにしている。

 

「それにしても、悪かったな。俺がいない間に依頼を受けてくれていたんだろう?」

「なぁに、たまたまアイスに寄ったらキースが困った顔をしていたからな。古い付き合いだし、少し手伝ってやっただけだ」

「ああ、ルークのいない間にボーダーには随分助けて貰ったよ」

 

 長年冒険者をやっているだけあり、ボーダーとキースも古い付き合いである。これまで何度かキースギルドの依頼も受けた事があり、今度も臨時で依頼をこなしてくれていたのだ。フリーの冒険者であるボーダーはこれまで多くのギルドからスカウトを受けているが、全て断っていた。すると、自室から出てきたキースが口を開きながらこちらに向かって歩いてくる。

 

「お前も所帯を持ったんだ。これを機にウチのギルドに入っちゃくれねぇか?」

「キース、仕事はいいのか?」

「ハイニに任せてあるし、ボーダーの勧誘の方が大事な仕事だ。何せウチのエース二人は当てにならねえからな。行方不明の常習犯に、金が無くならねぇとまともに仕事をしないうえ、その仕事にもムラがあるトラブルメーカー。ちゃんと安定して仕事をしてくれる奴が欲しいんだよ」

 

 チクリとルークとランスの二人に苦言を呈すキース。ルークにとっては耳の痛い話であった。それを笑いながら聞いていたボーダーだったが、もう一組エースが足りていない事に気が付き口を開く。

 

「ん、ラークとノアはどうした?」

「色々あってな。ラークは修行の旅、ノアは引退して田舎に帰った」

「あら、ノアちゃん引退していたの? そういえば姿を見なかったわ。てっきり依頼を受けているものだとばかり……残念ね」

 

 ラーク&ノア。かつてキースギルドのエースであった二人だが、リーザス解放戦時に魔人サテラに破れ、ギルドを去っていった二人だ。ボーダーとレイチェルも二人とは面識があるため、残念そうにしている。どうやらギルドにいないのは仕事をしているからだと勘違いしていたようだ。そしてもう一人、ボーダーは話に出さなかったが、数年前に命を落としたギルドのエースがいる。リムリア・グラント。ボーダーは彼女とも面識があるし、ルークが不在の間に命を落とした事も知っている。だからこそ、話には出さなかった。そんな中、キースがボーダーに向き直って勧誘を続ける。

 

「で、どうだ? 色々と優遇するぜ」

「悪いが断る……と言いたいところだが、少し考えておこう」

「本当か!? ボーダーが一カ所に収まろうとするなんて、初めて聞いたぞ!」

「ま、家庭を持っちまったからな。これまで通り大陸を動き回ったり、安定しない生活をしたりっていうのも少し自重して、落ち着かないと」

「別に好きにして良いわよ、ボーダー。どうなっても私は付いて行くから」

 

 絶対に断ると思っていたルークはボーダーの返答を聞いて思わず声を出す。キース自身もまさか考えてくれるとは思っていなかったらしく、ルーク同様目を見開いて驚いていた。

 

「挨拶程度のつもりだったんだが、こいつはラッキーだぜ。そっちの嬢ちゃんもどうだ?」

「申し訳ありませんが、既に先約があるので」

「ゼスからスカウトされているんだよ、エムサは。それも四将軍や四天王直々にな」

「ほう……そいつは凄い」

 

 エムサの実力を聞いてボーダーが感嘆する。一流の冒険者だとは一目で判ったが、想像以上の実力者のようだと評価を改める。

 

「そりゃ残念だ。アームズにも断られちまったし、綺麗どころのスカウトは失敗だな。しょうがねぇ、ちょっと地味だがシトモネを育てるか」

「ここは冒険者ギルドだろうが。綺麗どころとか、何を目指しているんだよ」

「綺麗な女冒険者には名指しで依頼が来やすいんだよ。ギルド長はその辺も考えなきゃならねーんだ」

「大変ですね」

 

 残念そうにしているキースにルークが冷ややかな視線を送るが、キースは綺麗どころを集めるのは当然だとばかりに胸を張る。所属する冒険者たちが食いっぱぐれないように依頼を多く受ける必要があるため、ギルド長にはそれなりの苦労があるのだろう。ルークもそれは理解しているし、幼い自分を受け入れてくれたキースには感謝している。エムサがキースを労う中、ルークが今のキースの言葉を思い出して口を開く。

 

「そうだ、アームズだ。彼女にも礼を言いたいんだが、まだ帰ってきていないのか?」

「いや、今朝方仕事を終えて戻ってきている。今は世色癌の補充にアイテム屋に行っているところだな。すぐに戻るように言っておいたから、もうそろそろ……と、来たぞ」

 

 ルークがいない間に仕事を代行していたもう一人の冒険者、アームズ・アーク。まだ若いが、その実力は確かとの事。彼女にも今日会う手筈であったためルークが問いかけると、丁度後ろで扉の開く音がする。振り返ると、そこには三人の女性が立っていた。一人はキースの秘書であるハイニ、彼女たちを案内してきたのだろう。だが、後の二人はどちらも見た事のない冒険者であった。一人は薄茶色の髪をした魔法使い、もう一人は銀色の長髪に羽根飾りを付けた戦士。どちらもかなり若い。ルークが彼女たちを見据えている中、キースが口を開いた。

 

「シトモネも一緒か?」

「ああ、アイテム屋で偶然会った」

「同じお宝好きとして、話は合うのよね。目指すところは全然違うけど」

「ふーん、そうか。紹介しよう、戦士がアームズ・アーク、魔法使いがシトモネ・チャッピーだ。シトモネの話も前に一度したよな?」

「ああ、俺がいない間に入った新しい冒険者だったな」

 

 キースが二人の事を紹介してくる。魔法使いの方はシトモネ、以前にキースから聞いた新人冒険者だ。才能はありそうだが、まだまだ実力は感じられない。駆け出しといったところか。だが、もう一人の冒険者は違う。自信に満ちあふれた目をしているが、その佇まいは歴戦の猛者を思わせる程。彼女が目の肥えたキースをも唸らせた女、アームズ。

 

「……なるほど、これは将来が楽しみになる」

「だろ?」

「キース、そいつがルークか?」

 

 まだまだ伸び盛りである強者を目の前にしたルークが自然と笑みを浮かべていると、アームズがルークの顔を見ながらキースに問いかける。それを聞き、スッとルークが一歩前に出て手を差し出す。

 

「ああ、俺がルーク・グラントだ。俺のいない間に代わりに仕事を受けてくれたようで、随分と世話になったみたいだな。感謝する」

「アームズ・アークだ。なに、気にするな。ボス級のモンスターが出る依頼のみ受けていたら、それがたまたまお前の仕事だっただけだ。むしろこちらが感謝したいくらいだ」

「感謝?」

「お陰で貴重な装備がいくつか手に入った。歯ごたえのある強敵を打ち倒してのレア装備ハント、これ程血湧き肉躍る仕事はない」

 

 ルークと握手しながらアームズが嬉しそうに笑う。見れば手に持つ槍も、身につけている鎧も市販の物ではない。キースに聞いていた通り、美人が勿体ない程の変人だ。だが、ルークには少しだけ気持ちが判ってしまう。

 

「レアアイテムにはあまり興味がないが、強敵との戦いが面白いというのは同感だな」

「惜しいな。ボーダーも同じ事を言っていた」

「まだ若いのにそんな感性を持ったお前が変人なんだよ」

「否定はせん」

 

 ボーダーとは既に面識があるらしく、笑いながら茶化すボーダーにアームズも笑って応える。

 

「キース、他にボス級のモンスターが出る依頼は無いのか?」

「ん……ハイニ、あったか?」

「もう無いですよ。全部アームズさんとボーダーさんが片付けてしまいました」

「ふむ。そうなると、そろそろ別の場所に行くとしよう。翔竜山でのドラゴンハントにでも挑戦してみるか」

「おいおい、もうちょっといてくれよ」

「強敵の出る依頼がないのなら用は無い」

 

 歯に衣着せず、キッパリと言い切るアームズ。キースとしては残念な事だろうが、彼女がギルドに入る事は無いだろう。

 

「だが、翔竜山でのドラゴン退治か……」

「アームズ、経験はあるのか?」

「いや、まだだ。だが、あそこのドラゴンからレア装備を狩れるという噂があるから、以前から行ってみたかったんだ」

「だとすると……」

「ああ、そうだな……」

 

 ボーダーの質問に答えるアームズ。どうやらまだ翔竜山での戦闘経験は無いらしい。それを聞いて難しい顔をするルークとボーダー。

 

「何だ、何か言いたい事があるならハッキリと言え」

「「お前にはまだ早い」」

「……ですね」

 

 ルークとボーダーの声がハモる。後ろではエムサも小さく頷いている。どうやら翔竜山に訪れた事はあるようだ。少しだけ不機嫌そうな顔をするアームズ。

 

「……まだ力が足りないというのか?」

「パーティーを組んで行くならまだしも、一人で行くつもりだろう? だとしたら、まだ無理だな」

「これでもレベルは30を越えているのだぞ」

「お前さんの強さは判る。装備品も一流だ。だが、まだ経験が足りていない」

「私の戦っているところを見ていないのにそう言うのか?」

「見れば判るさ」

 

 アームズは確かに強い。だが、その若さから明らかに経験が足りていないのがルークとボーダーには見て取れる。一人でドラゴン退治をするにはまだ早すぎる。ルークは闘神都市で出会ったキャンテルと、脱出に協力してくれた巨大なドラゴンを思い出す。あれ程のドラゴンはそういないだろうが、下級のドラゴンでも今のアームズでは下手すれば命を落とすだろう。

 

「今は翔竜山には挑まず、他のレアアイテム収集をしながら経験を積むんだな、嬢ちゃん」

「そう言うからには、お前らはそれだけの実力があるんだろう?」

「試してみるか?」

「ほぅ……」

 

 アームズの挑発に、ルークが挑発で返す。少しだけ緊張した空気が流れた瞬間、ルークの頭にボーダーが拳骨を落とす。

 

「アホ。若い奴の挑発に乗ってんじゃねぇよ。いつまで経ってもガキの頃と変わらないな」

「っつ……スマン、リーザスでの熱がまだ引いてないみたいだ」

「リーザスでの熱? コロシアムにでも出たのか?」

「いや、ルークが行ったのはリーザス城の方だ。将軍たちと模擬戦をやったのさ」

「何だと!?」

 

 思えば士官学校で殺気を出し過ぎ、女生徒を気絶させてしまったのもそれが原因だろう。リーザスでの模擬戦、特にリックとの対決はそれ程ルークの血を滾らせていた。リーザスでの模擬戦と聞き、アームズが頭に浮かんだのはコロシアムチャンピオンのユラン。だが、キースが首を横に振って否定して真実を伝える。相手は強者と名高いリーザスの四将軍だと聞き、流石にアームズが驚きの声を上げていた。

 

「キース、一応内密な話だ。話の切っ掛けを作ったのは俺だが、あまり言いふらすな」

「ああ、そうだったな。すまねぇ」

「将軍って言うと、リックともやったのか?」

「ああ、一応な」

「そうか。見所のある奴だとは思っていたが、まさか将軍になっちまうとはな」

「なんだ、知り合いか?」

「あいつがガキの頃に一度な。くく、懐かしい話だ」

 

 ボーダーがかつてリックとやり合った戦いを思い出している。第32回、リーザスパラパラ杯の一回戦。まだまだ未熟な若者だったが、一瞬だけその後ろに死神を見てボーダーほどの男が恐怖した。結果はボーダーの圧勝であったが、その戦いが前赤の将軍アルトの目に止まり、リックは赤の軍に入隊出来たのだ。パラパラ杯準優勝であったボーダーにも当然スカウトが来たが、それは全部断ったという。ボーダーとリックの意外な接点に驚きつつ、ルークはアームズに向き直って結論を口にした。

 

「という訳だ。ドラゴンに挑むのはまだ止めておけ」

「納得がいかんな」

「あの……」

 

 ルークとボーダーの言葉に未だに納得のいっていない顔をしているアームズ。すると、横に立っていたシトモネが申し訳なさそうに口を開く。

 

「ん……ああ、すまない。ルーク・グラントだ。よろしく」

「シトモネ・チャッピーです。お噂はキースさんから聞いています」

 

 ルークの手を握りながら深々と頭を下げてくるシトモネ。彼女からしてみれば、所属するギルドの大先輩かつエースに当たるのだ。恐縮するのも無理はない。

 

「シトモネはキーハンター志望だ。機会があったら一緒に冒険に連れて行ってやれ」

「そうだな。その内一緒にダンジョンにでも潜るか?」

「そ、それは願ってもない事です! 難しいダンジョンの宝箱を開けるには、まだまだ修行不足なので」

 

 キーハンターとは鍵開けの専門家で、ダンジョンや遺跡に隠された宝箱を開ける事に生き甲斐を感じる冒険者の事だ。同時に罠解除のスキルも持ち合わせている者が多く、パーティーを組んでダンジョンに潜る際には重宝される職業である。

 

「アームズとはお宝好きとして話は合うんだけど、その課程が全然違うのよね」

「キーハンターは主に戦いを避ける。私は強敵を狩って宝を手に入れる。最後の一線で相容れんな」

「でも話は合うのよねー。因みに私は輝くLEDの杖、アームズはヘルセッターを探しているところなんです」

 

 シトモネの口から出たのはどちらもレア装備。特にヘルセッターは超一流の鎧だ。

 

「ヘルセッターか……ん、まてよ。以前どこかで……」

「ルークさん、持っていますよ」

「なに!? 本当か!?」

 

 ルークが何かを思い出そうと唸っていると、ハイニが少しだけ困ったような笑みを浮かべながら口を開く。それを聞いたアームズは驚いていた。ヘルセッターといえば、滅多に手に入れる事の出来ない超レア装備だからだ。

 

「この間フェリスさんと掃除をしたとき、お部屋に放ってありましたよ。貴重な鎧なんですから、もう少し大事に扱わないと」

「ヘルセッターを持っているのに、そんな安物の鎧をつけているのか?」

「ああ、思い出した。あれは重量鎧で、俺の戦闘スタイルには合わないから、とりあえず部屋に置いておいたんだった。いるか?」

「いや、いい。自分で手に入れなければ達成感がない」

 

 以前の宝石同様、ルークの部屋には貴重なアイテムが適当に放り投げてあった。ヘルセッターもその一つ。いらないのであれば、それらを売り捌けば多少は金になるはず。よくよく考えれば随分前のリーザス解放戦時、聖剣と聖鎧を買い戻すためにギルド依頼を受けて金を稼いだルークだが、あの程度の金ならすぐに工面出来たはずである。ランスが知ったら怒るだろうなと心の中で思うハイニであった。その貴重な鎧を簡単にアームズに譲ろうとするルークだったが、アームズはそれを断る。何かしらの美学があるようだ。

 

「それよりも、掃除をしてくれたハイニさんに礼を言わないと」

「私よりフェリスさんに言ってあげてください。途中で出発されたので、カンカンでしたよ」

「……そうだな。フェリス、来い!」

 

 リーザスへ向けて出発する前に部屋の掃除をしていたルーク。だが、結局出発までに終わらせる事が出来ず、後をハイニとフェリスに任せて出て行ったのだった。流石に申し訳無く思い、唐突にフェリスを呼び出す。目の前の空間がねじれ、ルークにとってはお馴染みとなった悪魔が姿を現した。

 

「あ、悪魔!?」

「ほぅ……」

「それも強いな。ルークの奴、いつの間にこれ程の悪魔と契約を……?」

 

 フェリスの姿を見た一同の反応は様々。まだ駆け出しであるシトモネは驚きと恐怖が入り交じり、アームズは悪魔から手に入るレア装備もあったなと考え始め、ボーダーは興味深げにフェリスを見ていた。

 

「ルークか、何だ?」

「ああ、部屋の掃除をしてくれた礼を言おうと思ってな」

「……別にいいさ。大して役に立たなかったお前と違って、ハイニが最後は手伝ってくれたからな。で、要件は何だ」

「いや、今のが要件だが」

「…………」

 

 一瞬の静寂の後、無言でフェリスがルークの脳天にチョップをお見舞いする。先程ボーダーから拳骨を受けた箇所にピンポイントで当たり、想像以上の痛みがルークに走る。

 

「っ……」

「そんなどうでも良い事で一々呼ぶな! 全く……」

「フェリスさんも大変ですね」

「ん? ああ、エムサか……」

 

 ため息をついているフェリスにクスクスと笑いながらエムサが話し掛ける。闘神都市で一度面識があるため、フェリスもエムサの顔を確認してからそれに返事をする。何故まだエムサがいるのかと若干の疑問を抱きながら。ようやく痛みの収まったルークはボーダーとアームズの顔を見ながら口を開く。

 

「さて、礼も兼ねて酒でも奢るぞ」

「おっ、そいつは良いな」

「ふむ、酒ならば付き合おう」

「シトモネも来るか?」

「では、ご一緒させていただきます」

「ノアちゃんたちの話も聞きたいわ」

 

 ルークがボーダーとアームズを酒に誘い、一緒にいたシトモネもついでにと声を掛ける。軽く話をしながら、二人への礼をしようという算段だったのだ。レイチェルがポツリとノアの話を出した瞬間、ハイニが何かを思い出したように口を開く。

 

「そうだ。ルークさん、ギルドに手紙が来ていましたよ」

「ギルドに手紙? 自宅でなく、ギルドに俺宛にか?」

「はい。こちらです。一つはお金も同封されていました」

 

 ハイニが懐から二枚の手紙とお金を手渡してくる。ルークが今日来るのを知っていたため、持ち歩いていたのだろう。ルークがその手紙を受け取り、一枚目の差出人を見る。それは、件のノア・セーリングであった。

 

「ノアか……」

「ウチのギルドに所属していましたから、ウチに送ってきたんでしょうね」

 

 ルークが封筒を開け、中の手紙を読む。そこに書かれていたのは、あの時の礼、田舎に戻ってからの暮らし、そして、今はまだ無理だが必ず冒険者に戻るという決意。静かに手紙を読んでいたルークを見て、レイチェルが興味深げに尋ねてくる。

 

「ノアちゃんはなんて?」

「いつか必ず、キースギルドに戻ってくるとさ」

「……そうか」

 

 今の言葉で、ボーダーには彼女が引退した理由が何となく判ってしまったのだろう。だが、それでもなおもう一度立ち上がろうとしているのを聞き、ラーク&ノアとして活躍していた頃の姿に思いを馳せる。

 

「それで、もう一枚は誰からだ?」

「私も知らない名前でした」

「ふむ……んっ!?」

 

 キースが興味深げに口を開く。もう一枚はお金も同封されていたため、ギルドへの依頼ならば儲け物とでも思っているのだろう。先に手紙を受け取っていたハイニも知らない人物となると、本当に依頼者かとルークが二枚目の封筒を見る。そこに書かれていたのは、セスナ・ベンビールの文字。

 

「セスナ……」

「誰だ?」

「知り合いの傭兵だ。傭兵のツテでキースギルドの連絡先を知ったのか……?」

 

 意外な人物からの手紙に驚き、ルークは急いで封を開ける。闘神都市での一件で挨拶でも送って来たのだろうか。そんな事を考えながら手紙に目を通す。

 

『拝啓 闘神都市では大変お世話になり……ぐぅ……』

 

 冒頭から涎の跡がついている辺りがセスナらしいと少し笑いつつ、ルークは手紙を読み進めていく。話している時と違い、しっかりとした文章が綴られている。ゼス出身と聞いていたが、元々は良いところの出なのかもしれない。何せ二級市民はまともな教育も受けさせて貰えない者が殆どなのだから。

 

『あの戦いで思うところがあり、私は今ペンタゴンに所属しています。シャイラさんとネイさんも所属しており、ゼスを内から変えようと皆必死です。中には過激派も少なくありませんが、プラナアイス兄妹やキムチさん、ダニエルさんやフットさんなど、魔法使いを排除するのではなく、判り合えるようにしていこうと考えている人もいます』

「そうか、ペンタゴンに入ったのか……」

 

 ルークがそう呟きながら思いを馳せる。ゼス国内のレジスタンスでもペンタゴンは特に巨大な組織であり、設立から50年ほどの歴史有る組織だ。当然ルークもその存在は知っている。ペンタゴンに所属したという事は、闘神都市で共闘したサイアスやカバッハーンと敵対する道を選んだという事だ。だが、手紙を読む限りは過激派では無く、共に歩む道を模索しているようだ。一緒にいたのは短い期間ではあったが、ルークは彼女が芯に強い物を持っている人物であると高く評価していた。彼女が悩んだ末に選んだ道ならば、と手紙を読み続ける。現状報告やシャイラとネイの話などが続く中、手紙の最後に彼女からの依頼が書いてあった。

 

『大変申し訳ないお願いではありますが、この場所がどこにあるのかを調べて欲しいのです。もし判った場合は、ゼスにあるペルシオンギルドへ連絡を下さると助かります』

 

 流石にペンタゴンの所在地を明かす訳にはいかないらしく、中継場としてギルドの連絡先が書かれていた。恐らくは彼女が傭兵を行う際に利用していたギルドだろう。その下には、探して欲しいという場所の名前が綴られている。

 

「ロリータハウス……?」

「随分といかがわしい名前だな」

「ルーク、そりゃ売春宿だぞ」

 

 ルークが書いてあった名前を呟くと、ボーダーが眉をひそめながら突っ込みを入れる。すると、キースが思い出したかのように口を開いた。

 

「知っているのか?」

「ああ。前にゼスのとあるギルド長と飲みに行ったとき、一緒に行かないかって誘われた事がある。まあ、断ったがな」

「ほう、断るなんて珍しいな」

「…………」

 

 ルークの言葉を受けて、ハイニがキースに冷ややかな視線を向ける。冷や汗を流すキース。

 

「おい、そういう冗談は止めろ」

「ああ、スマンな。で、何で断ったんだ」

「胸くそ悪くなるような場所だったからな。そこはただの売春宿じゃない、年端もいかない少女専門の売春宿だ」

「なっ……!?」

「……それは気分が悪いな」

 

 キースの放った告白にシトモネが絶句し、フェリスも吐き捨てるように呟く。

 

「表向きは孤児院を名乗っているが、その実体は会員制の秘密ショップだ。本来は一級市民じゃなきゃ利用できないが、金さえ払えば多少の融通は利くらしい。それこそ、相手にした少女を傷つけたり殺したりしちまっても、1万GOLD払えば許されるっていう腐ったところだ」

「反吐が出るな」

「それなりに需要があるんだよ」

 

 キースが葉巻に火をつけ、口に咥える。普段はその行為に苦言を呈すハイニだが、今は何も言わずにいる。一服したくなる気持ちも判るのだろう。

 

「この世には必要悪ってもんがある。以前のリーザス解放戦の際、俺がこの戦争がもっと長引けって言ったのもその一つだな。それで潤う奴もいるし、動乱が起こらなきゃならない時もある。組織だって全員白じゃ脆い。ある程度は黒い奴も必要不可欠だ。カジノ、売春宿、違法な物は多々あるが、ある程度のお目こぼしは必要ってもんだ」

「でも、キース……」

「だがな、こいつは違う。いや、もしかしたら一部の奴らにゃ必要悪なのかもしれないが、覚悟の無いガキを売り物にしているのが許せねぇ!」

 

 まるでロリータハウスを認めるかのような発言をキースがしたため、思わずシトモネが割って入ろうとするが、それよりも早くキースは怒鳴るように机を叩きつけた。その姿を見て、ルークはかつて篤胤の紹介でキースと初めて会った時の事を思い出す。まだ幼かった自分はキースに冒険者としての覚悟を何度も問われ、試され、その上でギルドに入る事が出来たのだ。それが、今キースの言った覚悟という物なのだろう。確かな信念の下、自分から危険な道を歩むのであればキースは協力をするが、そうではない少女が売り物にされているのは許せないのだ。

 

「だが、少し厄介な場所でな。ゼスのお偉いさんも結構利用している店だから、糾弾しようにも出来ないんだよ」

「……それらしい事は手紙にも書いてあるな」

 

 ルークがセスナの手紙に視線を落とす。売春宿という事は書いていないが、どうやらペンタゴンでもこの場所を巡って意見が割れているらしい。今すぐこの場所に乗り込むべきだという派閥と、力を蓄えている今の段階で大きく動きゼスに睨まれるのはマズイと思っている派閥の二つだ。人数は後者の方が多いらしく、正確な場所も判っていないためペンタゴンは傍観に回っているとの事。それでも、もしも動ける時が来ればすぐに動きたいからと、セスナはこの手紙を送ってきたのだ。彼女は前者の派閥なのだろう。ボーダーが横から手紙を覗いてくる。

 

「なるほど、ペンタゴンは動けないか。まあ、近々大きな動きがあるっていう噂もあるし、レジスタンスとしちゃ今は動けないんだろうな」

「そんな……」

「レジスタンスとしては間違った行動じゃねぇよ。奴らがゼスの国民を救おうと思っているのなら、目の前の少女を助けるためにそれを犠牲にするのは愚の行為だ。ゼス国民は3000万人以上、まあ魔法使いの連中を救うかは判らねぇが、それでも1000万人は軽くいくだろうな。1000万と100人にも満たないであろう少女、天秤にかけたときどっちを犠牲にする?」

「そ、それは……」

 

 ボーダーの言葉に反論しようとするシトモネだったが、キースの言葉にぐうの音も出ないでいる。

 

「で、ルーク、どうする? 場所はナガールモールの地下街だ。そう書いてペルシオンギルドに送っておくか? ああ、因みに俺を誘ったのはここのギルド長じゃないから安心しな。ここは比較的真っ当なギルドだよ」

「……そうだな。それじゃあ、詳しい場所を書いて送っておいてくれ。しばらくしたら、もう一度連絡するとも付け加えてな」

「……それだけか?」

「まさか」

 

 フェリスの問いかけにルークが即答する。その瞳には確かな熱が宿っていた。

 

「キース、俺にも詳しい場所を教えろ」

「行くのか?」

「依頼料も貰っちまったからな」

「そりゃ場所を調べる依頼料だろうが」

「アフターサービスだよ」

 

 ルークがセスナの手紙に同封されていた金を手に持つ。そもそもは調査依頼であるため、売春宿を一つ潰す依頼にしては少なすぎる。だが、止めても無駄だという事はキースも判っているため、サラサラとメモに住所を書き始めた。

 

「おらよ。摘発されて場所移動とかしてなきゃ、ここにあるはずだ」

「悪いな。と、ボーダー、アームズ、シトモネ、スマン。そういう訳で用事が出来ちまった。酒を奢るのはまた今度にさせてくれ」

「別に祝杯でも良いんじゃねぇか?」

 

 ルークがボーダーたちに詫びを入れるが、ボーダーは持っていた大剣を担ぎ直しながら平然と言い放つ。

 

「ボーダー……」

「水くせぇ。一緒に暴れさせな。久しぶりに共闘と行こうじゃねぇか」

「本来ならレア装備やボス級モンスターがいない依頼には興味が湧かないのだが……」

 

 ボーダーがニヤリと笑う。すると、それに続くようにアームズも口を開く。

 

「これは反吐が出るな。お前の強さも見てみたいし、同行させて貰おう」

「ルークさん、私も行きますよ。幼い子を放ってはおけません」

「及ばずながら私も行かせてください。鍵や罠の解除なら自信があります」

 

 アームズ、エムサ、そしてシトモネが同行を申し出てくる。ボーダーが来るという事はレイチェルも来るだろう。ここにいる全員が、ロリータハウスに対して怒りが湧いていたのだ。ルークが残った一人、フェリスに向き直る。

 

「行くぞ」

「ああ」

 

 ただ一言だけ。だが、それで十分であった。これよりロリータハウスに乗り込む者たちの背中を見ながら、キースが葉巻を灰皿に押しつける。

 

「こりゃ、いくら非道な奴でも少し可哀想になるな」

 

 人類最強を破った冒険者のルーク。冒険者の中でもトップクラスの実力者であるボーダー。新鋭アームズ。四天王や四将軍も認める実力者のエムサ。悪魔フェリス。おまけのシトモネ。一国の将軍たちだと言っても通じそうな豪華面子を前に、ロリータハウスの店長が生きてはいられないだろう事をキースは確信した。

 

「と、ルーク。こいつをつけていきな」

「ん?」

 

 部屋から出て行こうとするルークに向かってキースがある物を投げつける。それは、大きな漆黒の蝶型マスク。まるで変身物のヒーローがつけるような物だ。

 

「お前は最近名前を知られちまってるからな。一応変装しておけ」

「…………」

 

 ルークがメガネを付ける。まるで隠せていないため、ただルークが巨大なメガネを付けているようにしか見えない。

 

「(こ、これは……)」

「(キースなりのギャグか?)」

 

 シトモネとアームズがルークの姿を見て困惑している中、ルークが鏡で自分の姿を確認する。

 

「なるほど。以前のよりも更に改良されている。これなら、俺が誰だかばれそうにないな」

「「「「えぇっ!?」」」」

「っ……だろっ……ぶふっ……」

 

 ルークの返事を聞いてフェリス、シトモネ、アームズ、ハイニの四人が思わず声を上げ、キースは必死に笑いを堪えている。流石に変装道具がどのような物かまでは心眼で判らないらしく、一人状況が判らずにエムサが困惑する中、ボーダーとレイチェルがキースに近づいていき耳打ちする。

 

「おい、ありゃマジか?」

「マジだ。くくっ……面白いだろ? リムリアも爆笑してたしな」

「誰も教えてあげないの?」

「そもそも知っている奴が少ないし、教えようとする奴がいたら俺が全力で止めてる」

「悪趣味よ、全く……」

 

 ニヤニヤとキースが笑うのを見て、レイチェルがため息をつきながら苦言を呈す。

 

「で、俺も変装しておいた方が良さそうか? あのメガネはつけないが、俺もそれなりに名前を知られちまってるからな」

「いや、必要無いぜ」

「ん、どういう事だ?」

 

 自身も変装しておくべきかと尋ねたボーダーだったが、キースの即答に目を丸くする。今し方ルークに変装道具を渡したのは何だったのか。

 

「ロリータハウスを潰しても大事にはならないって事だ。元々後ろめたい店な訳だし、常連客も表だって動きやしねぇよ。そんな事したら、自分は特殊性癖だってばらすようなもんだからな」

「でもペンタゴンは……?」

「ありゃロリータハウスを潰すのがマズイんじゃなくて、表だって動く事がマズイって事だ。さっきも言っていただろ、近々動くって噂があるってな。ロリータハウスに限らず、今はペンタゴンは動かねぇんだよ。噂が本当なら、団員が捕まって拷問なりで情報を聞き出されるのは絶対に避けたいだろうからな」

 

 キースがペンタゴンの現状を語る。流石にギルド長だけあり、色々と情報は掴んでいるようだ。

 

「じゃあ、なんでルークにあんな物渡したんだよ」

「そりゃ面白いからに決まってんだろ。くくっ、しかし何度見ても面白いな。今度シィルちゃんにでも同型のやつを渡してみるか」

「はぁ……お前も変わらねぇな」

 

 ボーダーが冷ややかな視線をキースに送る。フリーの冒険者として長年活躍しているボーダーと、ルークが幼い頃からギルドを開いていたキース。この二人の付き合いも相当長いのだろう。

 

「フェリス、どうだ?」

「待て、ちょっと待て、待ってくれ! 色々整理したいから待ってくれ」

「ふむ……しかし、よく見ると少しオシャレか?」

「アームズ、あんたの趣味もおかしいわよ……」

「一体何が起こっているのですか……?」

 

 先程までの緊迫した空気が見事に四散していた。ルークがメガネに手を添えてどうだとフェリスに問いかける。フェリスはそれに待てと言いながら頭を抱え、アームズはメガネを意外と気に入っている中、誰からの説明も貰えないエムサが少しだけ寂しそうにしていた。しばらくしてルークたちはゼスのナガールモールへ向けて出発する事になる。だが、ルークたちの到着よりも早く、ハイニが速達で出した手紙がセスナの下に届く事になるのだった。

 

 

 

-二日後 ゼス ペンタゴンアジト-

 

「ロリータハウスの場所が掴めただって? 本当か!?」

「…………」

 

 フットの質問にセスナがコクリと頷く。ルークから届いた手紙には、ロリータハウスがナガールモールの地下街にあるという情報がしっかりと書かれていた。その手紙を受け取り、中に目を通すフット。シンプルな手紙で住所しか書いていない。このようにペンタゴンの者が手紙を見る可能性もある事を見越し、ルークは二度に分けて連絡すると言ったのだ。セスナが信用しているという相手ならまだしも、過激派にルークとセスナの関係を勘付かれたくないからだ。

 

「こいつはどこからの情報だ?」

「知り合いの冒険者……」

「……ま、本物ならお手柄だ。少し掛け合ってみるか」

 

 フットが手紙をヒラヒラと靡かせながらセスナの前から去っていく。ペンタゴンのトップ勢、8騎士の間で話に持ち出してくれるつもりなのだろう。見た目は恐いが、ペンタゴンの中ではかなり話の通じる相手である。これより数時間後、ロリータハウスの一件は8騎士の間で議論に上げられた。

 

「何故動かないのですか? 今そこに、助けを求めている少女たちがいるのですよ!」

「反対に決まっているだろう? 今動く事がどれだけ愚かな事か判っているのかい?」

 

 反対派を真っ向から睨み付けるのは、セスナからの信頼も厚いウルザ。それに呆れているメガネの男がロドネー。どちらも8騎士である。今この部屋にいるのは10人。8騎士と、それに近い発言力を持つ二人が揃っている。本来ならもう二人ほど同等の発言力を持った者がいるのだが、今は不在であったため会議を欠席している。

 

「お願い。これ以上不幸な子を増やしたくないの」

「キムチ、お前の気持ちは判る。私も子供を救いたい気持ちは同じだ。だが、今動けばより多くの者を救えなくなるのだ。それにより不幸になる子供は、ロリータハウスの子の比ではない」

「んー……ぼくは救助に行った方が良いと思うんですけどね」

「…………」

 

 救助に行くべきだと発言するのは、どちらも8騎士ではないのにこの場にいる事を許された二人。キムチという褐色の肌を持った女性と、銀髪青目のアベルトという美男子だ。どちらも8騎士に限りなく近い発言力を持っている。その二人に反論するのはエリザベスという女性と、キングジョージという大男だ。エリザベスは諭すようにキムチを説得し、キングジョージは無言で首を横に振る。

 

「…………」

「…………」

「ま、そりゃ揉めるわな」

 

 その状況を冷静に見守る四人の男性がいる。一人はフット。悪態をつきながらパイプを口に咥え、ゆらゆらと動かしている。その正面に座って考え込んでいる老人が、8騎士の一人ダニエル。そして、その横にはもう一人無言を貫いている青年がいた。すると、突如これまで沈黙を貫いていた四人目の男性が立ち上がり、全員を見回す。

 

「ここで動くべきか……答えは否だ! 来るべき12月革命に向け、今は動いてはならない。彼女たちの苦難は、その痛みは、12月革命で必ずや解放される」

「提督……」

「それでは遅すぎます!」

「おっとウルザ、ちょっと落ち着きな」

 

 演説紛いの物を切々と語る初老の男性。8騎士の中でも、いや、ペンタゴンの中でも最も発言力のある男、その名をネルソン・サーバー。自ら提督を名乗り、ペンタゴン内でも彼を心酔する者が多いのだ。エリザベスもその一人であり、今の言葉に感動したような表情でネルソンを見ている。それに反論しようとするウルザだったが、間にフットが割って入る。

 

「そもそも、この情報が本物か判らないんだ。雁首揃えて向かうのはちょっとばかし危険だぜ?」

「それは……」

「だけど、このままじゃ収まらないのも判りますよね、提督」

「むぅ……」

 

 フットが差出人不明の手紙をヒラヒラとさせながら、ウルザとネルソンに諭すように話す。

 

「で、間を取ってだ、ひとまずこの場所に偵察に行って、その後でどうするか決めるっていうのはどうだ? いきなり動くのは急だし、偵察した結果ロリータハウスがそれ程悪い施設じゃなかったら、ひとまず後回しにしても良い」

「それは根本的な解決には……」

「とりあえずだよ。その後の事はまた後で決めりゃあ良い」

「……賛成じゃ」

 

 キムチが眉をひそめたが、これまで無言を貫いていたダニエルがフットの意見に賛成する。すると、アベルトやキングジョージ、エリザベスもその意見に賛同し、ロドネーもやれやれと首を横に振りながら折れる。

 

「と言う訳ですぜ、提督」

「……仕方あるまい。だが、偵察は少人数だ」

「では私が……」

「ウルザ、お前は駄目だ。頭に血が上りすぎている。俺が行くから、その間にいつもの冷静なお前に戻っておきな」

 

 ポン、と諭すようにウルザの肩に手を乗せるフット。それを聞き、確かに頭に血が上っていたと少し反省するウルザ。

 

「フット、他には誰を連れて行く?」

「あんま下っ端連れて行くのもマズイか。俺的にはセスナとかシャイラ、ネイ辺りを連れて行きたいんだが」

「駄目だ。我らの間でも方針が決まっていないものを、悪戯に下に教えるべきではない。ロリータハウスの場所が判ったなどと知れれば、独断で動く者も出てくるだろう」

「さっきのウルザみたいな奴がね」

 

 フットの提案を却下するネルソン。セスナ、シャイラ、ネイの事を認めているフットと違い、ネルソンは彼女たち三人をあまり認めていなかった。それに追随してチクリと嫌味を言うロドネー。

 

「それじゃあ……」

「フット! お願い、連れて行って!」

「キムチ、お前は戦闘員でも諜報員でもないだろ」

「でも、もし逃げ出してきた子がいたら、介抱する事が出来るわ。お願い、フット……」

 

 エリザベスに苦言を呈されるが、真剣な表情でフットを見てくるキムチ。その瞳に、かつての出来事を思い出してフットが頭を掻く。二級市民であり、酷い境遇であったキムチを自分が救い出した日の事を。

 

「しょうがねぇな。提督、キムチならいいですかい? 責任は俺が取りますわ」

「……仕方あるまい」

 

 ネルソンが静かに頷く。それを見てキムチがグッと拳を握りしめ、フットはパイプを口から離して煙を吐き出す。

 

「で、あと二人くらいだな。エリザベス、行けるか?」

「諜報活動なら任せておけ」

「で、もう一人は……」

 

 チラリとアベルトに視線を向けるフット。諜報活動を得意とする男だが、フットはアベルトをあまり好いてはいなかった。何が嫌いという訳では無いが、本能がこの男を避ける。

 

「ビルフェルム、行けるか?」

「……ああ」

 

 これまで無言を貫いてきた最後の男、ビルフェルム・プラナアイス。ウルザの実兄であり、いつもはニコニコと明るい男なのだが、今は難しい表情を浮かべている。スッと立ち上がり、腰に差していた剣を確認するビルフェルム。

 

「おいおい、偵察だけだぞ」

「ああ、判っているさ……」

 

 落ち着くように言うフットだったが、ビルフェルムからいつもの笑顔が消えている理由は判っている。恐らく、妹持ちであるために、少女たちの境遇をより哀れんでしまっているのだろう。そう、それ程までにロリータハウスの件は痛ましい内容なのだ。会議に参加している一同から笑顔が消えるのも当然という物。

 

「…………」

「あれ、どうかしましたか?」

「いや、何でもねぇよ」

 

 だが、アベルトはいつもと変わらぬ調子である。流石に会議中は真剣な表情であったが、今はいつもと変わらぬ笑顔をフットに向けてくる。それを見て、フットの背中に冷たい物が走る。こいつは異質だ、と。

 

「さて、それじゃあとっととロリータハウスに偵察に行くか!」

「ああ」

「キムチ、あまり興奮して前に出るな」

「判っているわ」

 

 こうして、ロリータハウスへ向けて四人が旅立つ。そこに大きな出会いが待っている事を知らないまま。

 

 




[人物]
ボーダー・ガロア (礼)
LV 46/65
技能 剣戦闘LV2 冒険LV1
 フリーの冒険者。長年第一線で活躍し続けており、その名を知らぬ冒険者はいないとすら言われる程の人物。ルークやキースとは古い付き合い。

レイチェル・ガロア (ゲスト)
 ボーダーの妻。旧姓はママレーラ。戦闘は出来ないが、長年彼を支え続けてきた唯一無二のパートナーである。

アームズ・アーク
LV 32/44
技能 槍戦闘LV2 冒険LV1
 フリーの冒険者。美人であるが、強敵との戦いとレア装備集めを生き甲斐としている変人。他者とは群れず、基本的には一人で行動している。だが、自分が実力を認めた者とならば肩を並べても良いとは思っている。実力は本物だが、まだ若いため経験に欠ける面もある。

シトモネ・チャッピー
LV 12/30
技能 魔法LV1
 キースギルド所属の冒険者。まだまだ駆け出しだが、光る物があるとはキースの談。幼い頃にダンジョンで開けた宝箱の感動が忘れられず、キーハンターを目指している。小さな仕事からコツコツと自分を磨いており、ルークやボーダーに同行出来るのはラッキーだと内心思っている。


[装備品]
輝くLEDの杖
 高い魔力を秘めた杖。レア度はそれ程でもなく、ルークやボーダー、アームズなら難なく手に入る程度の物だが、シトモネにとってはこれでも手に入れるのが困難な杖。

ヘルセッター
 超レア鎧。身につけると防御力だけでなく、攻撃力も大きく上がる一品だが、重量があるため素早さが落ちてしまう。ルークには相性が悪かったため、部屋に放ってあった。

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