ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第113話 たった一度の邂逅

 

-ゼス ナガールモール地下街 ロリータハウス-

 

「くっ……ふぁぁぁぁ。眠いな……」

「おい、しゃんとしとけよ。今日は大事な客が来るって話だからな」

「大事な客? 何だ、ゼスの長官様でも来るのか?」

「いや、自由都市の人間だよ。魔法使いじゃねぇが、この店にも多額の出資をされている方らしい。間違っても二級市民と同じような対応をするんじゃねぇぞ」

「へいへい。気をつけておくよ」

 

 ロリータハウスの入り口前で二人のボーイが話をしている。表向きは孤児院という事になっているが、その実体は少女を売り物にしている会員制の秘密売春宿だ。後輩であろう男が眠そうに伸びをしていると、何やら集団が店に近づいてくるのが見える。

 

「お? あれか?」

「……いや、聞いているのとは感じが違うな」

 

 初めは本日来店するという出資者かとも思ったが、目の前の集団には女性が混じっている、というか、女性の割合の方が多い。訝しげに思った先輩ボーイの方が、一番前を歩いていた黒髪の男に近づいていく。遠目には気が付かなかったが、よく見ればおかしな蝶型のメガネをしている。怪しいなんてものじゃない。

 

「失礼ですが、当店会員の方でしょうか?」

「…………」

「失礼ですが、会員カードをお見せ願えますか?」

「……いや、持っていない」

「……もしかして、二級市民か? ちっ、帰れ、帰れ」

 

 まるで犬でも払うかのように、ボーイが手を動かす。後ろに控えていた後輩ボーイも明らかに態度が変わる中、目の前の男がゆっくりと口を開いた。

 

「お前らは、少女たちを売り物にしているのをどう思う?」

「はぁ? 二級市民のガキがどうなろうと関係無いだろ?」

「俺は一度だけ壊れかけのガキを回して貰ったが、まあまあだったな」

「あ、先輩いいなぁ」

「ほら、とっとと消えないと警備隊を……」

 

 ボーイ二人がそう返事をし、目の前の男に消えるよう促そうとした瞬間、先輩ボーイの首が刎ね飛んだ。その顔は、何が起こっているかを理解していない。それが彼の最後の表情であった。目の前の事態が理解出来ずに固まる後輩ボーイだったが、状況をひたすら整理し、叫び声を上げようとした瞬間に後ろから強烈な一撃を食らって気絶した。

 

「よっと。こんなもんか」

「何だ、殺していいのか?」

「店側の人間は問答無用でもいいだろ。客側は、まあ目に余るようであればな。客側を問答無用で殺しても文句を言うつもりは無いから、各自の判断に任せる」

「俺は店側の人間でも、目に余る奴以外はぶん殴るだけにしておくつもりだ。ま、それぞれ思うところもあるだろうから好きにすればいい」

 

 首を刎ねたのはルーク、呆けている内に後ろに回り込んでボーイを気絶させたのがボーダー。その光景を見てフェリスがそう尋ねると、ルークとボーダーが自身の考えを口にする。ここにいるのはそれぞれの考えを持った冒険者プラス悪魔。その相手に対し、自分の考えを強制するつもりは当然無い。

 

「とりあえず、店にいる少女は全員救い出すぞ」

「ま、どちらかというと問題はその後だけどな」

 

 ルークの言葉にボーダーが頭を掻く。店の中に少女がどれ程いるかは判らないが、人数が多ければ多いほどルークたちは困る事になる。現在ゼス国内はペンタゴンが近々動くという噂から警備が厳重であり、自由都市からゼスに入る際も入念な審査を受けた。そのような状態で少女たちを救い出し、どこに連れて行くのかという問題がある。

 

「一応、キースの知り合いのギルドに預ける手筈にはなっていますけど……」

「預かれるのは10名前後というお話でしたね。店の大きさから見て、それで済むとは思えません」

「ちょっとくらいなら俺とレイチェルの子供って事にして亡命させられるが、どんだけいるかだな」

 

 シトモネが出発前の会話を思い出す。キースが信頼できるというギルド長、カールに話を通しておいてくれたらしいが、あちらもそんなに大勢は預かれないとの事。国から連れ出すのも難しく、ゼスの人間は今この場にいないため根回しも限度がある。たとえ救い出しても問題は山積みであった。そんな中、アームズが平然と口を開く。

 

「そういう面倒な事は、助け出した後に考えればいいだろう」

「事前準備は大事な事は判るが、今はとりあえず早急に救い出すぞ」

「やれやれ……たまにこうなるんだよな」

 

 キッパリと言い切るアームズ。深く考えての行動は嫌らしい。普段ならどちらかといえば計画を立ててから動くタイプのルークも、今回はアームズの言葉に頷く。その光景を見ながらフェリスはため息をつく。思い出すのは闘神都市で魔人を捜し、一晩中連れ回された事。あの時と同じように、今回の件もルークにとっては譲れない一線のようだ。

 

「行くぞ」

 

 ルークのその合図を受け、全員が店に入っていく。悪しき売春宿は今、最悪の客を招き入れた。

 

「……で、そのメガネは何とかならないのか?」

「何がだ?」

「いや、もういい……」

 

 フェリスの質問の意図を理解出来ていないルークだった。

 

 

 

-ゼス ナガールモール 地下街近辺の森-

 

「ふぅ……」

 

 フットが加えているパイプから煙を昇らせている。茂みに隠れているのはフット、エリザベス、キムチの三人。今は一人偵察に向かったビルフェルムを待っているところであった。この四人の中では最も偵察に長けているため、まずは彼が一人で向かったのだ。キムチが心配そうにそわそわしている。

 

「キムチ、落ち着け。それにどちらにしろ、今日は偵察だけだ」

「……判っているわ。でも、一人か二人、どうにか救い出す事は……」

「無理だ。ここで動くのは提督の望むところではない。我らには崇高な使命があるのだ」

 

 エリザベスの言葉に食い下がろうとするキムチだったが、キッパリとその意見を切られる。エリザベス・レイコック。ペンタゴン内でも最もネルソン提督を信奉している者である。彼女にとって、ネルソンの言葉が絶対であった。

 

「……エリザベス。それは、貴女自身の考えでもあるの?」

「当然だ。子供を見捨てるのは心苦しい。だが、今はゼスの未来の為に……」

「それは、ネルソンの意見でしょ。貴女自身は……」

「変わらない。提督に間違いはない」

 

 ハッキリと断言するエリザベス。その瞳に迷いは無い。だが、だからこそフットは危うさを感じていた。パイプを口から離し、エリザベスの方を向きながら口を開く。

 

「……エリザベス。忠告しておきたい事がある」

「何だ?」

「提督の全てが正しい訳じゃあ……」

 

 フットが何かを口にしようとした瞬間、茂みを分け入ってビルフェルムが戻ってくる。三人がすぐにそちらに視線を向けると、何やら険しい顔つきをしている。

 

「みんな、聞いてくれ。何か様子がおかしい」

「おかしい……?」

 

 

 

-ロリータハウス 院長室-

 

「んー……到着が遅いねぇ、何やっているんだい」

 

 時計を見ながら不満を口にするのはこの店の責任者である老婆、ミンチン。孤児院という体裁から、店の者にはミンチン先生と呼ばせている。本日訪れるというこの店の出資者の到着が遅れているのが気にくわないようだ。なぜなら、その男は魔法使いではないからだ。金を落としてくれるから付き合いはしているが、本来ならあのようなゲスなヤクザ者とは付き合いたくないというのが彼女の本音であった。

 

「まあ、もう使い道の無くなったこいつを、これまでの調教料として2万GOLDで買い取ってくれるのはありがたいけどね。こっちとしちゃ散々稼がして貰った上に、金を貰って処分して貰えるんだから言う事無いってもんだよ。これだけ育っちまうと、ウチの店じゃあ碌に客がつきやしない」

 

 ミンチンが部屋の隅に視線を向ける。そこには青い髪の少女が立っていた。まだ年はかなみと同じくらいだろうか、幼いといえる年齢だがこの店にとってはあまりにも年を取りすぎている。というのも、彼女は小さな頃に件のヤクザ者に攫われ、この店に預けられていたのだ。彼の商売柄、貢ぎ物として使い道のある性奴隷に育てるために。それから数年、この店で働き続けた彼女。その瞳は既に全てを諦めていた。

 

「今日は随分と稼ぎの良い一日になりそうだよ。初物の娘も出たからねぇ、それだけで3万GOLDだ。調教も何もしていないから、今頃泣き叫んでいる頃だろうねぇ」

 

 先程初めての仕事に向かった少女の事を思い出すミンチン。この店にいる少女たちの中でも特に幼い少女だ。まだ客を取らせるには早いと思っていたが、初物の相場が1万GOLDの中、彼女を抱かせてくれれば3万GOLD払うという者が現れたのだ。となれば、売らない手はない。

 

「ウチでやるのは土台作り。こっから先の調教はあっちに任せる。楽なもんだねぇ。あおい、あっちでも元気でやるんだよ……あっはっは!」

 

 心にも思っていない事を口にしてミンチンが下品に笑う。あおいと呼ばれた少女は、その声にも碌に反応していなかった。そのとき、部屋の扉が荒々しく開けられる。見れば警備兵が慌てて入って来ていた。

 

「なんだい、騒々しい!」

「ミ、ミンチン先生! 侵入者です! 下でそいつらが暴れて……」

「あぁ? そんな奴らはさっさとお前らで始末して……」

「そ、それが、止まりません! 全員が全員、強すぎるんです!!」

 

 そう警備の者が言い放った瞬間、下で爆発音がする。侵入者の一人が魔法でも使ったのだろう。それに続いて客の叫び声が聞こえてくる。侵入者にやられているのか、騒ぎに驚いて逃げているのか状況は把握出来ないが、少なくとも店には多大な影響が出ている事が判り、ミンチンの顔が青ざめていく。その喧騒の中から微かに聞こえてくる侵入者と思われる者たちの声を聞き、それまで無反応であったあおいが少しだけ戸惑いの表情を浮かべた。

 

「(……駄目、希望なんて持ってはいけない)」

 

 微かに見えた光を自ら振り払うかのように首を振るあおい。それ程までに、これまでの数年は彼女の心を傷つけていた。

 

 

 

-ロリータハウス プレイルームA-

 

 ロリータハウスは騒然としていた。突如現れた冒険者たちが次々に部屋に押し入り、暴れ始めたからだ。少女売春宿という後ろめたさから外部に助けを呼ぶ訳にもいかず、勤務していた警備兵で事態の収拾に当たったが、賊があまりにも強すぎるのだ。逃げて行く者、逃げ遅れる者、店内は喧騒に溢れていた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ! 警備の者は何を……」

「とっくに寝てるぜ。おら!」

 

 目の前で怯える貴族の女性の腹にボーダーが鉄拳を入れる。部屋の外には口にしていた警備の者が気絶している事も知らずに、女性はそのまま崩れ落ちる。一息ついたボーダーとレイチェルが部屋の中を見回すと、三人の少女が部屋の中にはいた。全員目の焦点が合っていない。そのとき、ボーダーの足下に一人の少女がすり寄ってきて、ボーダーの股間に手を伸ばそうとする。

 

「おい、止めろ! ……駄目だ、言葉が届いてねぇ」

「こんな状態になっても、仕事をしようとするなんて……」

「ちっ、胸くそ悪ぃ……」

 

 

 

-ロリータハウス プレイルームB-

 

「いらっしゃいませ、お姉ちゃん」

 

 その言葉に、エムサは呆然と立ち尽くす。部屋の前にいた警備の者を魔法で撃退し、部屋から逃げて行く客を見逃して中に一歩足を踏み入れた。すると、聞こえてきたのは少年の声。噂には聞いていた。こういう店では、少年を扱う事も少なくはないと。

 

「……どうしたの、お姉ちゃん?」

『エムサお姉ちゃん!』

 

 その声に自らの弟が重なる。気が付けばエムサは涙を流し、その少年を抱きしめていた。

 

「お姉ちゃん……?」

「大丈夫……もう大丈夫だから……」

 

 

 

-ロリータハウス プレイルームC-

 

「ひっ!? ちゃんと食事はしました……だから叩かないで……」

「食事……?」

「アームズ、これ……」

 

 アームズとシトモネが部屋に入るや否や、中にいた少女たちが怯え始める。見れば、部屋の中には拷問器具のような物が散らばっている。どうやらここは言う事を聞かない少女をお仕置きする部屋の用だ。すると、シトモネが部屋の隅にある物を見つける。それは、バケツに入った餌のような物。それが少女たちの食事であった。

 

「……!!」

 

 アームズが持っていた槍を横薙ぎに振るい、バケツを吹き飛ばす。食事が吹き飛ばされた光景を悲しそうに見る少女たち。そのように感じている時点で、既に正気ではない。アームズが懐から干し肉を取りだし、シトモネもそれに続くように固形携帯食を取り出して少女たちに与える。せめて人らしい食事をと考えての行動であった。

 

 

 

-ロリータハウス プレイルームD-

 

「ひっ、ひぃぃぃ! 悪魔ぁぁぁぁ!!」

 

 ザシュ、という音と共に男の首が刎ね飛ばされる。フェリスが鎌を振るったのだ。床に崩れ落ちた男を冷酷な瞳で見るフェリス。

 

「お前らの方がよっぽど悪魔だよ……私はな、子供の魂だけは取らないようにしているんだ」

 

 フェリスが吐き捨てるように言い、部屋の中に入っていく。フェリスの姿を見た瞬間、一斉に怯え出す少女たち。それも無理はない。入って来たのは悪魔なのだから。

 

「…………」

 

 どうしたものかと立ち尽くしているフェリスに一人の少女が近寄ってくる。そのままフェリスの足を掴み、見上げながら口を開く。

 

「助けに来てくれたの……?」

「ああ、そうだよ」

 

 少女の頭を撫でながらフェリスがそう答える。すると、その少女の視線が背中の羽に向いているのに気が付き、困ったようにするフェリス。

 

「助けに来たのが悪魔で悪かったね。ま、ここの奴らよりは信用してくれて良いよ」

「……お姉ちゃん、悪魔なの?」

「ああ、そうだよ」

「てっきり、天使さんかと思った」

「……残念、そうじゃないんだ。お姉ちゃんは悪い子だったから、天使さんにはなれなかったんだ」

 

 かつてカラーであったフェリスには、天使になるという可能性もあった。だが、カラーの時代にフェリスは善行を積んでいたとは言い難い生活を送っていたため、こうして悪魔になってしまったのだ。だが、目の前の少女は無邪気な顔で言い放つ。

 

「でも、天使さんに見える」

「……そうかい」

 

 クシャッと少女の頭を撫でるフェリス。その笑顔に安心したのか、怯えながら遠巻きに見ていた少女たちもいつの間にか近寄ってきていた。

 

 

 

-ロリータハウス プレイルームE-

 

「いや……来ないで……」

 

 ベッドの上で少女が怯えている。他の部屋にいた少女たちよりも一回り小さい。まだロリータハウスに連れてこられたばかりであり、彼女が客を取るのは今日が初めてだ。まともな調教すら受けていないため、目の前にいる貴族の男がこれから何をしようとしているのか少女には理解出来ていない。だが、その下卑た笑みが異常事態である事は察する。

 

「大丈夫、優しくしてあげるからね」

「なに……? やだ! やだぁぁぁ!!」

 

 少女がそう叫んだ瞬間、乾いた音が部屋に響いた。貴族が少女の頬を平手打ちしたのだ。何をされたのか判らず呆然としている少女だったが、徐々に湧いてくる痛みに涙が溢れ出す。

 

「うっ……うぇぇぇ……」

「あんまり騒がしくしていると、おじさんもっと酷い事をしちゃうからね。例えば、君の目をプチッと潰したりとか……」

「っ!?」

 

 ニコニコとしながら貴族の男が平然と言う。この男はこれまでもこの店で五人ほど少女を壊している。だが、まるで罪悪感を覚えておらず、これまでも全て金で解決してきているのだ。あまりの恐怖に固まる少女。

 

「そう、良い子だ。君の事は気に入っちゃたな。これから通って、通って、通い詰めて、飽きたら最後にその目を潰してあげるね」

「ひっ……」

 

 この男はこれまでに何度も少女を壊している内に、その瞬間に少女が見せる表情と悲鳴をも性欲に昇華させるようになっていた。目の前の少女の事が気に入った男は、これから何度も彼女を指名し、飽きたらその目を潰そうと自分の中で決心する。それは、あまりにも倒錯した愛情表現。怯えきった少女と行為に及ぶため、その服を脱がそうと手を伸ばす男。

 

「さあ、服を脱ぎ脱ぎしようね……うぉっ!?」

 

 だが、突如後ろから強い力で引っ張られ、男の背中が壁に叩きつけられる。頭を強く叩きつけた為に激痛が走り、困惑しながら顔を上げる男。すると、そこには蝶型のメガネを付けた冒険者風の一人の男が立っていた。いつの間にか少女の顔を自分の胸に押しつけるように、左腕でその体を抱いている。

 

「何だおま……っ!?」

 

 そう言おうとした瞬間、喉に何かが突き刺さる。それは、男の持っていた剣。血が噴き出し、激痛に声を張り上げようとするが、空気がヒューヒューと漏れるだけで声を上げられない。

 

「…………」

 

 見れば男が右手に持った剣を振りかぶっている。その瞬間を見せないように、少女は今も胸の中で強く抱きしめたままだ。何が男の逆鱗に触れたのか。少女を抱こうとした事だろうか。あるいは目を潰そうとした事だろうか。それは判らないが、目の前の男のメガネから僅かに見える目は、殺意に満ちあふれているものであった。そのまま貴族の男が左肩から腰に掛けて両断され、絶命する。

 

「……お兄ちゃん、誰?」

 

 胸に抱いていた少女が顔を上げてくる。目の前で死んでいる貴族の姿が見えないよう細心の注意を払いながら、ルークはメガネを少しずらして少女に素顔を見せる。

 

「君たちを助けに来た。もう安心して良い」

「ひぐっ……うぇぇぇん!!」

 

 よっぽど恐かったのか、少女がルークの胸に抱きついてくる。その姿に幼い頃の妹を重ね合わせながら、ルークは泣きじゃくる少女を安心させるよう、更に強く抱きしめるのだった。

 

 

 

-ロリータハウス 院長室-

 

「あ、ルー……じゃなかった、ブ、ブラック仮面さん」

「どういう状況だ?」

 

 ルークが少女を抱いたまま院長室の前までやってくる。見れば既に全員揃っており、レイチェルとエムサが救出した子供たちの世話をしているところであった。ルークも抱いていた少女をレイチェルに預け、扉の前にいた他の者たちに近づいて問いかける。因みにシトモネが口にしたブラック仮面というのは、正体がばれないようにルークが使っているコードネームである。それを聞いたフェリスが横で呆れているのにルークは気が付いていない。

 

「院長の野郎が部屋に閉じこもってやがる」

「蹴破って入ろうかとも思ったのだが……」

「部屋の中に子供がいたら危ないからね。ま、見ていて」

 

 ボーダーとアームズが腕組みをしながら扉を見ている。蹴破るのは容易いが、勢いよく入って中に少女がいたら少々危険である。すると、シトモネが何やら道具を持ちながら扉の前に進んでいく。全員が見守る中カチャカチャと鍵穴を弄っていたと思うと、カチャリと鍵の開く音が響いた。

 

「はい、開いたわ」

「早いな!?」

「まあ、扉の鍵くらいならね」

 

 フェリスがシトモネの解錠スキルに驚いている。流石はキーハンター志望といったところか。

 

「レイチェル、エムサ。子供たちを見ていてくれ」

「気をつけて」

「一応、加算衝撃と身体加速を掛けておきますね」

 

 子供たちの中には未だに焦点の定まっていない子や、酷く怯えている子もいる。その子たちをレイチェルとエムサに任せ、エムサの付与魔法を受けながらルークたちは部屋の中に入っていった。部屋の中にはこの店の責任者と思われる老婆と、ルークたちを見て少しだけ驚いたような表情をしている少女がいた。

 

「な、なんなんだい、あんたたちは!?」

「この店を潰しに来た者だ」

「ま、覚悟するんだな」

 

 ルークとボーダーがミンチンに向かってそう言い放つ。二人とも強烈な殺気を放っている。

 

「く、来るんじゃないよ! この娘がどうなっても……」

 

 あおいではルークたちにとっての人質にはなり得ないというのに、そう言い放つミンチン。自身の命の危機に相当混乱しているのだろう。あおいに杖を向けたミンチンだったが、その杖の切っ先が突如吹き飛んで目を見開く。

 

「なっ!?」

「早い!?」

「真空斬。無駄な足掻きは止めろ。貴様は殺す」

 

 声を上げたのはミンチンだけではない。後ろに立っていたアームズにも、今の一瞬でいつルークが真空斬を放つ体勢に入ったのかを見切れなかった。気が付いたらルークが剣を振り切っていたのだ。

 

「(このような飛び道具があると知らなかったから油断をしていた……いや、違うな。たとえ知っていたとしても、完全には追い切れなかっただろう)」

「(あれ? 今のってルークさんがしたの?)」

 

 真空斬を放った事すらよく判っていないシトモネとアームズの差も相当あるが、アームズは今の光景を見て先の二人の言葉を思い返していた。翔竜山に挑むのは早いと言われても納得できなかったが、今のも完全に見切れないようでは確かに経験不足なのかもしれないと思い直す。そんな事を考えている内に、いつの間にかフェリスがあおいの体を抱きかかえていた。

 

「なっ!?」

「悪いけど、こっちに来て貰うよ」

 

 先程の攻撃に引き続き、突如現れた悪魔にミンチンが目を見開くと、次の瞬間にはあおいを抱いてフェリスは後方に飛び去っていた。いきなりの事態にあおいは呆然としているが、そのあおいを部屋の入り口近くにおいてフェリスがルークの横に戻ってくる。

 

「ナイスだ」

「なんだ、示し合わせていたのか?」

「いや、別に何も言っていないさ」

 

 息のあった行動にボーダーがそう問いかけるが、ルークは首を横に振る。使い魔とここまで阿吽の呼吸というのも珍しいなとボーダーが驚いていると、それまで慌てふためいていたミンチンが落ち着きを取り戻す。覚悟を決めたのかと思うシトモネだったが、どうやらそうではないようだ。

 

「やれやれ、おいたな子は嫌いだよ……ラ ポタン ポタン ペロ ふんっ!」

 

 ミンチンがそう叫ぶと、その体が二倍以上に膨れあがる。巨体のボーダーを見下ろしながらミンチンが口を開く。

 

「随分と暴れてくれたみたいだねぇ、二級市民共が!」

「こんなでかいババアがいるのか?」

「いや……何者だ、このババア」

「どこかで聞いた事のあるような……? 駄目だな、思い出せん」

 

 ルークたちを脅すように叫んだミンチンだったが、誰一人として怯えていない。アームズが不思議そうにミンチンを見ながら口を開き、ボーダーが首を横に振りながらそれに答える。そんな中、ルークは今の呪文に聞き覚えがあったため記憶を呼び起こすが、どうしても思い出せなかった。ルークはすっかり忘れていたが、今の呪文はかつてリーザス解放戦で戦ったリカーマンの生き残り、ヘルマン第3軍司令官ヘンダーソンが唱えていた呪文だ。リカーマンとは変身人間とも呼ばれる種族で、姿形を変える能力を持つ。かつての異文化撲滅政策で絶滅したと思われていたが、恐らくゼス上層部に多額の金を払うことで生き延びていたのだろう。今の巨大化も、変身能力の一種といったところか。

 

「今までもあんたらみたいな身の程知らずはいたよ! でも、全員あたし自ら殺してやったのだ。さあ、後悔しながら死んでいきな!」

「後悔しながら死ぬのは貴様の方だ」

「今まで何人自分で葬ってきたかはしらねぇが……」

 

 腕を鳴らしてそう宣言するミンチンに、ルークが殺気を放ちながら睨み付ける。部屋の外にいる少女たちの姿を思い出す。この女だけは生かしておく訳にはいかない。ルークが滾っているのを感じ取りながら、ボーダーが大剣を握りしめながら会話に割って入る。その言葉を受け、ルークもブラックソードを握り直す。アームズは槍を、フェリスは鎌を持ち直し、その切っ先をミンチンに向けながら同時に口を開いた。

 

「「「「相手が悪かったな」」」」

「何て頼もしい……」

 

 シトモネが四人の背中を見つめながらそう呟く。一分も経たずして、ミンチンの断末魔がロリータハウスに響き渡るのだった。

 

 

 

-ロリータハウス 正面入り口前-

 

「どういう事だ……」

 

 銀長髪にオールバック、背広姿のいかにもヤクザ者という風の男が肌にパチパチと火の粉が飛んでくるのを感じ、呆然と立ち尽くす。男の名はグラック・アルカポネ。自由都市ロックアースにあるDXの会というマフィアの会長を務める男だ。先天性の盲目である彼は今の状況を見ることは出来ないが、側に控えるSPの報告と飛んでくる火の粉から、ロリータハウスが燃えている事は理解している。

 

「失礼、気絶している店の者を発見しました」

「ご苦労」

「おい、起きろ!」

 

 もう一人のSPが気絶していたボーイを引きずってくる。それは、ボーダーが先程気絶させたボーイだ。頬を叩かれ、目を醒ますボーイ。目を醒ましたらいきなり屈強な男が睨み付けていたため慌てふためくが、SPに怒鳴られ落ち着きを徐々に取り戻していき、そのまま状況を説明していく。

 

「……って感じで、いきなり変な集団が襲ってきたんです。起きたらこの有様で」

「駄目です。店員や客と思われる死体はいくつかありましたが、少女は一人もいません。それと、ミンチンの死体も発見しました」

「ちっ、今日はあおいを引き取る日だったというのに……」

 

 SPからの報告を受けてグラックが舌打ちする。かつてあおいを幼い頃に誘拐し、性奴隷の下地作りとしてロリータハウスに預けていたのはこの男だ。麻薬や売春宿で莫大な収入を得ているDXの会。その一つがロリータハウスなのであった。

 

「ゼスの国境を越えるのに手間取ってしまったからな……いや、幸運だったと考えるべきか? 下手すれば巻き込まれていたのだしな」

 

 ペンタゴンが近々動くという噂があるため、国境を渡るのに時間が掛かってしまったのが約束の時間に遅刻した理由だ。だが、それは幸運であったのかもしれない。もしグラックがこの場に居合わせていたら、ルークたちは躊躇無くこの男を殺していただろう。

 

「……どこの誰だか知らんが、余計な真似を。まあいい、収入源も性奴隷育成場もここだけではない。帰るぞ」

「はっ!」

「まだ近くにいるかもしれんから、一応軽く探っておけ」

「了解です! この男は?」

「用済みだ」

「へ?」

 

 グラックとSPの会話を聞いて惚けた声を上げてしまったボーイだが、次の瞬間その首が180度回転し、グラリと崩れ落ちた。SPが用済みになったボーイを消したのだ。そのままこの場を後にするグラック。この店を潰した謎の集団に怒りを燃やしながら、それでも店が店だけに公には出来ないため、その怒りのやり場に困るグラックであった。

 

 

 

-ゼス ナガールモール 地下街近辺の森-

 

「スマン、遅くなった」

「なに、問題はない……と言いたいが、ちと面倒な事になっている」

 

 ルークたちが少女たちを連れて森の中へやってくる。そこで待っていたのは、一台のうし車とその運転手であるジョルジュ・ステバン。流石に少女をそのまま連れ歩くのは厳しいため、少女たちの受け入れ場所同様、事前にキースが知り合いのカールギルド長に頼んで手配してくれていたのだ。

 

「面倒な事?」

「マフィアが周囲を彷徨いているせいで予定していたルートが通れないんだ。これじゃあウチの受け入れ場所に運ぶのは難しいし、そもそも人数もな……」

「マフィアがどうして?」

「こういう店には裏でマフィアが絡んでいる事もあるんだよ。だが、動きが早すぎるな」

 

 ルークの問いかけにジョルジュが困ったように答える。ルークたちが連れてきた子供たちは20人弱いる。約束では受け入れられるのは多くても10人前後だ。ジョルジュも息子を持つ身であるため、子供たちを受け入れてやりたいのは山々だが、どうにもならないのかため息をついている。マフィアが彷徨いている事にアームズが首を捻るが、ボーダーが軽く説明をしてやる。

 

「やはりこの人数は厳しいか?」

「少しな……」

「……逃げられないんですか?」

 

 そうルークに尋ねてきたのは、院長室にいたあおい。他の少女たちよりも年齢が高いため、今の会話を聞いて不安に思ってしまったようだ。そのとき、ギュッとルークの足にしがみついてくる者がいる。先程ルークが助けた少女だ。少女たちは今、レイチェル、エムサ、シトモネの三人がうし車の荷台に乗せていっているはず。成長しているが故、まだ手を付けられていなかったが故、二人は不安になって会話を聞きにきてしまったのだろう。

 

「大丈夫だ、必ず何とかなる……!?」

「誰だ!?」

 

 ルークが自分の足にしがみついている少女の頭をスッと撫でた瞬間、茂みから物音がした。咄嗟に鎌を抜くフェリス。茂みから出てきたのは四人の男女。その先頭に立っていた眼帯の男が両手を挙げて何もする気は無い事をアピールする。

 

「おっと、落ち着いてくれ。戦う気なんてねーよ」

「……何者だ?」

「通りすがり、って言っても通じないか。俺らもロリータハウスを探っていた者だよ」

「俺らも?」

「ここで惚けるなよ。あんたらだろ? ロリータハウスを燃やしたのは。で、少女を連れ出して何が目的だ? 人身売買か?」

「……お前らには関係無い」

 

 アームズが槍の切っ先を向けて問いかけるが、大男は特に慌てた様子も無く平然と答える。この状況で物怖じせずに探りを入れてくる辺り、少なくとも四人の中でこの男だけは相当な場数を踏んでいそうである。ルークが口元に手を当て考え込む。大手を振って公表できない店の客はまだしも、そうではない者にこうして見られてしまったのは非常にマズイ。流石に殺すのは気が引けるが、気絶させる程度はするべきかと思い至った瞬間、ボーダーが口を開いた。

 

「……フット? お前フットか!?」

「……ボーダーか!? まさかこんなところで昔の知り合いに会うとはな……」

「ボーダー、知り合いか?」

「ああ、こいつはフット。自由都市出身の傭兵で、何度か一緒に仕事をした事がある。随分前に廃業したと聞いていたが……」

「ああ、今は傭兵じゃねぇ。色々あってな」

 

 目の前の男を知っていたボーダーが驚く。どうやらフットという名前の元傭兵のようだ。フットも連れの者にボーダーの事を尋ねられ、同じような説明をしている。その様子を見ながら、ルークがボーダーに小声で尋ねる。

 

「……信頼できる男か?」

「かなりな。荒くれ者の多い傭兵で、こいつは義に厚い」

「(……なら、ここは素直に協力を仰ぐべきか?)」

 

 フットに対しての高い評価を聞き、ルークが再び考え込む。現状、自分たちだけで少女を逃がすのは困難だ。ならば、受け入れ先を探す手伝いだけでも頼んでみるかと考え込む。すると、それまで後ろに控えていた褐色の肌を持った女性が身を乗り出してきた。

 

「あの……子供たちの受け入れ先がないって言っていたわよね? 私たちの所属する組織には孤児院があるの! そちらの方に進むルートだったら、マフィアも張っていないみたいなの。もし良ければそこで……」

「キムチ、黙っていろ! そもそも見つかったのも、お前が前に出すぎたからなのだぞ」

「でも……」

 

 キムチと呼ばれた女性がもう一人の女性、エリザベスに止められる。フットたちがルークたちに発見されたのは、子供たちを気にしすぎたキムチが前に出すぎてしまったというのが原因だ。それを咎めるでもなく、率先して一番危険な先頭に立って姿を現したのがフットだ。

 

「(……ん? キムチ? そしてフット……?)」

 

 エリザベスの放ったキムチという名前を聞いた瞬間、ルークが眉をひそめる。その名前は最近見た覚えがあったからだ。数秒の後、セスナの手紙に思い至る。確かにあそこには信頼できる者の名前として、キムチとフットの名前が書かれていた。そしてそれは、今キムチが口走った組織という単語にもピタリと合致する。

 

「……お前ら、ペンタゴンの人間か?」

「なっ!?」

 

 ルークの言葉に驚愕するエリザベスとキムチ。対照的にフットともう一人の男は冷静に状況を見守り、観念したようにフットが一歩前に出てその問いに答えた。

 

「ばれたならしゃあねぇな。そうだ、俺たちはペンタゴンの人間だ」

「フット!?」

「当てずっぽうやカマかけじゃないみたいだし、簡単に名前を出したお前さんのミスだよ。多分それが切っ掛けだ。おっと、別に責めてる訳じゃねぇぜ」

「くっ……」

 

 簡単に認めたフットにエリザベスが怒り心頭の様子であったが、フットに名前を出した事を指摘されて黙り込む。別にペンタゴンの人間が名前を名乗るのを禁止している訳ではないが、今は大事な革命直前であるため、少しでも尻尾を掴まれるような事は避けるべきなのだ。悔しそうな表情のエリザベスと違い、キムチは悲しげな表情を浮かべている。レジスタンスである自分たちに少女を預けるはずがないとでも思っているのだろう。だが、ルークは少しだけ考え込んだ後、決断をする。

 

「……預けよう。俺たちだけじゃあ、無事に逃げられるかは怪しいからな」

「ほ、本当に!?」

「ルー……ブラック仮面、良いのか?」

「ああ」

 

 予想外の申し出に驚愕するキムチ。それを横目にフェリスが問いかけてくるが、ルークが静かに頷く。ボーダーとセスナ、ルークが認めている二人の人間が共に信用できると言ったのだ。このままこの場所でグズグズしている訳にはいかないし、かといって逃亡手段がある訳では無い。ならば、ここはフットたちに少女を預けるのが得策だろう。

 

「キムチ、勝手に決めるな!」

「なぁに、店を潰したのはこいつらだし、俺らの尻尾が掴まれる事はねぇよ。その上で何かあったら、責任は俺が取る」

「フット……」

 

 少女を連れ帰ろうとしているキムチをエリザベスが叱責するが、フットがすかさずフォローを入れる。そのままルークとフットが二、三言葉を交わし、話が纏まりかけたそのとき、うし車に子供たちを乗せていたレイチェル、エムサ、シトモネの三人が様子を見に来てしまう。

 

「どうしたの?」

「モタモタしていると不味いわよ」

「魔法使い!?」

 

 エムサとシトモネの姿を確認した瞬間、エリザベスが剣を抜こうとする。だが、エリザベスが剣を抜ききるよりも速く、その首元に鎌と槍が突きつけられていた。警戒を解いていなかったフェリスとアームズが即座に対応したのだ。

 

「落ち着け、その二人はゼスの魔法使いじゃない。自由都市の魔法使いだ」

「信用できるか!」

「止めとけ、お前が悪い。が、ちょっと事情が変わった。あんたらだけなら一緒にうし車でアジト近くまで行ってもよかったんだが、魔法使いがいるとなると不味い。悪いが、うし車と子供たちだけ俺らに引き渡してくれるか? なぁに、うし車はちゃんと返すさ」

「……仕方ないか」

 

 興奮しているエリザベスを宥めるフット。だが、これこそがゼスに根付いた魔法使い至上主義の弊害である。このまま魔法使いが混じったルークたちを連れて行くのは不味いと判断し、フットが提案をしてくる。過激派では無いとはいえ、レジスタンスを刺激するのも良くはないと判断し、ルークもそれに頷く。

 

「運転手の俺はついていくぜ。これは俺の愛車だから、そこだけは譲れん」

「ああ、それくらいなら大丈夫だ。但し、アジトの事は他言無用だ」

「任しておけ。うし車の運転手は信用第一だからな。結構ヤバイ会話をする客もいるし、そういうのには慣れている」

 

 ジョルジュがそう爽やかに答える。うし車運転手の暗黙のルールなのだろう。

 

「あおいちゃん、これからはもうあんな酷い目には遭わないから、達者で暮らして」

「……ありがとうございました」

 

 レイチェルにそう言われ、深々と頭を下げるあおい。すると、それまでルークの足にしがみついていた少女が更に強くしがみついてくる。離れたくないという必死のアピールであったが、ルークがもう一度少女の頭を撫でて優しく諭す。

 

「行くんだ。信用できる人たちだ」

「……また会える?」

「きっと会える。約束する」

「……名前、名前教えて」

 

 少女がそう尋ねてくるが、それは難しい相談だ。何せルークは正体がばれないように変装をしているくらいだ。フットも苦笑し、エリザベスやもう一人の男もルークが言う訳がないと考えていた。だが、ルークはそのまま付けていたメガネを外し、素顔で少女と向き合う。

 

「ルークだ。君の名前は?」

「アルフラ……」

「良い名前だ。さあ、行くんだ」

「うん……」

 

 小さく頷き、アルフラが駆けていく。キムチとあおいがその手を握り、一緒に荷台へと向かっていった。驚いた表情のエリザベスを余所に、フットが突如吹き出す。

 

「くくっ……簡単に名前を教えちまうとは。おかしなメガネをしていると思ったが、中々面白い奴だな。おっと、褒めてるんだぜ」

「あんな顔を見せられては断れんさ。出来れば他言無用で頼む」

「はっはっは、気に入った。ボーダー、面白い奴だなこいつ」

「だろ?」

 

 ルークの返事を聞いたフットが豪快に笑い飛ばすが、その横をスッと通り抜ける者がいる。これまで静観していたもう一人の男だ。その男がルークの前に立って口を開く。

 

「ビルフェルム・プラナアイスだ。ルーク、ペンタゴンに来る気はないか?」

「……スマンが、そのつもりはない」

「……そうか。だが、俺はお前が気に入った。少女たちを助けてくれたこと、感謝する」

 

 ビルフェルムが手を差し出してくる。ルークがそれに応えて手を握りながら、プラナアイス兄妹という名前がセスナの手紙にあった事を思い出して問いかける。

 

「ビルフェルム、妹はいるか?」

「ん? ああ、自慢の妹だ。どうして判った?」

「いや、勘だ。俺も妹がいたからな」

「……そうか」

 

 セスナが自分たちと繋がっているのがばれるのは流石に不味いと思い、咄嗟に勘だと口にするルーク。だが、つい妹が「いた」と言ってしまう。一瞬複雑な表情を浮かべるビルフェルムだったが、すぐに笑顔に戻る。

 

「妹は……ウルザは地味な俺と違って本当に凄いぞ。あいつはペンタゴンを……いや、ゼスの未来を必ず変える」

「そいつは興味が湧くな」

「いずれ有名になるはずだから、会う事もあるはずさ」

「それは楽しみだ」

 

 静かに笑いあう二人。どこか通じる物でもあったのだろう。そのままフットとビルフェルムはうし車に乗り込み、最後に残ったエリザベスもそれに続こうとするが、一度だけルークを振り返り口を開く。

 

「魔法使いと共にいる貴様を信用した訳ではないが、子供たちを救ってくれた事は感謝する」

 

 それだけ言い残し、エリザベスもうし車の荷台に乗り込む。こうしてルークたちとビルフェルムたちは別れた。ルークたちは手練ればかりの少数構成であったため無事に逃げおおせ、ビルフェルムたちもマフィアが張っていないルートを通って無事にアジトに辿り着く事が出来たのだった。

 

 

 

-数日後 アイスの町 キースギルド-

 

「以上だ。悪かったな、キース。色々無茶させちまって」

 

 キースギルドに戻ってきたルークたちはロリータハウスでの一件を報告する。キースが探りを入れたところ、どうやらそれほど騒ぎにはなっていないらしい。因みに祝勝会は帰り道で済ませている。

 

「じゃあ、私はそろそろ行かせて貰う」

 

 アームズがそう言って部屋から出て行こうとする。翔竜山に行くつもりなのか少し気に掛かったルークは、そのアームズに向かって声を掛ける。

 

「翔竜山に行くつもりか?」

「いや。しばらくは別の場所で狩りをする事にするよ。お前たち二人の意見は聞くに値すると判断した」

「ほぅ、素直だな」

「手合わせを申し出たいところだが、まだその段階までも私は立てていない。だが、いずれ追いつくぞ」

「では、手合わせはそのときにでも」

「楽しみにしている。またいずれ会おう」

 

 ルークとボーダーの二人の実力を素直に認めたアームズ。ルークといつか手合わせをする約束を取り付け、最後に爽やかな笑みを残しこの場を去っていった。それに続くようにボーダーが口を開く。

 

「それじゃあ、俺もそろそろ行くぜ。久しぶりにお前と仕事が出来て楽しめたぞ」

「こちらもだ。生涯現役でいてくれ」

「ボーダー、ウチのギルドに来るって話、考えておけよ」

「ああ」

「それじゃあね、みんな」

 

 ルークと握手をし、キースの言葉に答えながらボーダーとレイチェルも出て行く。本当にキースギルドに所属するのであれば、ボーダーともいずれまた会う事になるだろう。

 

「それで、お前はどうするんだ?」

「少ししたらハピネス製薬に向かうつもりだ」

「ハピネス製薬? 何か用でもあるのか?」

「少しな。そうだ、こいつも返しておく」

 

 借りていた変装用のメガネを返そうとしたルークだったが、ピタリとその手が止まる。

 

「……フェリス、このメガネおかしいか? 割と気に入っているんだが」

「頭痛くなってきた……」

「くくっ……気に入ったならやるよ」

 

 蝶型のメガネをかけ直してフェリスに向き直るルーク。フットがハッキリとおかしなメガネと言ってしまったため、少し気にしていたようだ。フェリスが頭を抱える中、キースは必死に笑いを堪えながらメガネをルークに譲り渡す事にする。

 

「フェリスさん、普段はズバズバ言うのに、どうして今回は言わないのかしら」

「フェリスさんは優しいですからね。尤もな事はちゃんと忠告しますが、センスは人それぞれですから」

「悪魔なのに優しいってどうなの?」

 

 ハイニ、エムサ、シトモネの三人がひそひそと会話をする。悪魔であるにも関わらず、またも人間たちの評価を上げてしまうフェリスだった。

 

 

 

-ゼス ペンタゴンアジト 兵士詰め所-

 

「やっぱり……頼りになる……」

 

 セスナが部屋で手紙を読みながらそう呟く。フットたちが子供たちを連れて帰ってきた事に驚き、セスナはルークとの連絡手段に使っていたギルドに向かったのだ。すると、ギルドにはルークからの手紙と贈り物が届けられていた。用件は片付いたという手紙と、トールトゥーという上等なハンマー。

 

「セスナ、森にいるモンスター退治の仕事が……おっ、新しいハンマーじゃないか。どうした?」

「買ったの?」

「貰った……」

 

 唐突に部屋に入ってきたシャイラとネイがセスナの横に置いてあったハンマーを見てそう尋ねてくる。

 

「へぇ……随分凄そうなハンマーだな。そんなもんをくれる奴がいるなんてな」

「とりあえず行きましょう」

 

 ネイに誘われてコクリと頷くセスナ。部屋から三人で出て行き、そのままスタスタと廊下を歩いていると、ある男とすれ違う。

 

「おや? 随分凄いハンマーですね」

「…………」

「ああ、アベルト。これから会議かい?」

「はい。この間の少女たちの件で少し。今からモンスター退治ですか?」

「ええ。腕の見せ所ってね」

「頼りにしていますよ」

 

 すれ違ったのはアベルト。セスナのハンマーに目を付けるが、セスナはそれを抱いたまま無言。横にいたシャイラとネイが二、三言葉を交わし、そのまま別れる。アベルトの姿が完全に見えなくなった後、ハンマーを抱いているセスナをチラリと見てシャイラが口を開く。

 

「……どうした? アベルトの事、苦手だったのか?」

「……嫌い。いつもニコニコしていて……怖い……」

「そう? 普通に人当たりが良いだけって感じるけどね」

 

 セスナがアベルトに抱く嫌悪感を二人は理解出来ないでいる。それは、セスナが本能で感じている物。故に二人には感じ取れないのだ。ペンタゴン内でもアベルトを悪く言う者は殆どいない。たまに悪口を言う者がいても、それは美形であるアベルトに対する嫉妬の声などが殆どだ。真の意味でアベルトに嫌悪感を抱いているのは、ペンタゴンには二人しかいない。

 

 

 

-ゼス ペンタゴンアジト 廊下-

 

「ビルフェルムさん、フットさん」

「アベルトか」

「今から会議ですよね。一緒に行きましょう」

「……おう」

 

 後ろから声を掛けられて振り返るビルフェルムとフット。そこにいたのはアベルト。一緒に会議室まで行こうと誘われ、ビルフェルムは笑顔でそれに答えるが、フットは少しだけ難しそうな表情をした後、すぐに取り繕う。

 

「それにしても凄いですね。ロリータハウスを完全に潰して来るだなんて」

「それに対しての弁解をしなきゃいけねぇから面倒なんだよ。潰したのは俺らじゃないって言っても、ロドネーの野郎、信用してねぇ」

「ま、仕方ないさ。幸い、元々店を潰すのに乗り気では無かったエリザベスも証言してくれるんだ。何とかなるだろ」

 

 フットが困ったように呟きながらパイプを口に咥え、ビルフェルムが笑顔でそれに答える。その顔を見て、アベルトが不思議そうに尋ねる。

 

「随分嬉しそうですね。何か良いことでも?」

「少し気になる奴を見つけたんだ。出来ればペンタゴンに来て欲しかったが……」

「ああ、あいつか。ありゃ中々に面白い男だ。メガネのセンスはどうかと思うがな」

 

 ビルフェルムの言葉を聞いたフットもニヤリと笑う。ルークの報道はまだゼスまでは殆ど届いていないため、解放戦の英雄と同一人物である事にまでは思い至っていなかった。

 

「へぇ……それは興味が湧きますね」

「ルーク、またいずれ会いたいものだ……」

 

 ビルフェルムがそう呟きながら廊下を歩いて行く。だが、その望みは果たされる事はない。これよりしばらくの後、ビルフェルムはルークと再会する前に命を落とすからだ。だがこの出会いが、ペンタゴンの、そしてゼスの運命を大きく変える事になる事は、まだ誰も知る由も無い。

 

 




[人物]
ビルフェルム・プラナアイス
LV 23/25
技能 剣戦闘LV1
 ペンタゴン8騎士の一人。ウルザの実兄であり、笑顔を絶やさない人当たりの良い男である。8騎士の中でも地味な印象を覚えるが、ウルザの支えとなっている人物の一人である。これよりしばらくの後、彼はとある事件で命を落とす事になる。

アベルト・セフティ
LV 17/28
技能 剣戦闘LV1
 ペンタゴン工作部隊所属。8騎士の一人であるダニエルの息子であり、その実力や人当たりの良さからペンタゴン内での発言力は8騎士に次ぐ。唯一セスナとフットの二人だけが本能的に嫌っている。

ダニエル・セフティ
LV 20/40
技能 暗器戦闘LV1 医学LV1
 ペンタゴン8騎士の一人。小さな鉄球を高速で敵に放つ暗器使いで、かつては前線でバリバリ戦っていたが、最近は年齢もあって後方支援に回っている。アベルトの父であり、息子を信頼している。

ネルソン・サーバー
LV 6/17
技能 話術LV2
 ペンタゴン8騎士の一人。元は貴族出身であるが、ゼスの未来を憂いてペンタゴンに入隊する。当時弱体化していたペンタゴンをその手腕で立て直し、政府と対抗し得る巨大な組織へと膨れあがらせた事から、ペンタゴン内に信奉者が多く、8騎士の中でも最も発言力を持った人物である。

エリザベス・レイコック
LV 14/28
技能 話術LV1
 ペンタゴン8騎士の一人。ネルソンの理想に盲従している信奉者の一人。ネルソン直伝の演説能力を持っており、下の者を纏めるのが非常に上手い。

キングジョージ・アバレー
LV 30/42
技能 格闘LV1 プロレスLV1
 ペンタゴン8騎士の一人。名門貴族の出だが、頭が悪く、魔法試験に4回落ちて親に見捨てられ二級市民へと落ちる。そのような状況のときにネルソンに出会ったため、彼を信奉していると共に、魔法使いに強い憎悪を抱く。ペンタゴン武闘派の中でもトップクラスの実力者。

ロドネー・ロドネー
LV 13/29
技能 化学LV1
 ペンタゴン8騎士の一人。ペンタゴンの理想に興味は無く、ただ薬で人を殺害できれば良いと考える危険人物。だが、唯一ネルソンの事は尊敬している。キングジョージとコンビを組むことが多い。華奢な体つきや毒物で戦う姿から勘違いされがちだが、普通に戦っても十分な戦闘能力は持ち合わせている。

キムチ・ドライブ
 ペンタゴン孤児院長。ペンタゴン、特にウルザの唱える理想に共感している心優しき女性。夜には兵たちを安らげるため慰安婦のような行為も率先して行っており、その事からも兵たちの信頼は厚く、8騎士に次ぐ発言力を持つ。

アルフラ・レイ
 ロリータハウスからルークが救い出した少女。今はペンタゴン孤児院にいる。

あおい
 性奴隷として調教されていた少女。DXの会に売り払われる間際にルークが救い出し、今はペンタゴン孤児院でリハビリをしている。

ミンチン
LV 13/15
技能 変身LV1
 ロリータハウス院長。リカーマンの生き残りであり、かつての撲滅政策を金の力で生き延びた老婆。かつてルークとランスが倒したヘンダーソンとは知り合いだったりする。

グラック・アルカポネ
LV 20/25
技能 マフィアLV2
 ロックアースのマフィア『DXの会』会長。暗黒街の帝王とも呼ばれており、常にSPを連れて歩いている。先天性の盲目であるが、多少の護身術は心得ている。ロリータハウスが潰された事には腹を立てているが、数多くある売春宿の一つに過ぎないため、それ程執着はしていない。

カール・ディクソン (オリモブ)
 ゼスにある「カールギルド」のギルド長。キースの知人であり、曰く信頼できる男。かつては小国の宰相であったが、とある事件で国に嫌気がさし、ギルド長になったという過去を持つ。名前はアリスソフト作品の「ぱすてるチャイムContinue」より。

ジョルジュ・ステバン (オリモブ)
 ゼスでうし車屋を営む中年男性。運転技術は凄腕であり、表向きは普通のうし車屋だが、裏では危ない橋を何度も渡っている剛の者。カールから連絡を貰い、幼い息子を持つ身であるため黙ってはいられず、ルークたちに協力をしてくれた。相棒のうし車にはノイズアクトマンという名前を付けていたりする。名前はアリスソフト作品の「零式」より。


[技能]
薬学
 薬の知識及び取り扱いの才能。LV1で一流の薬師、2以上にもなれば薬の効果自体を引き上げることも出来るという。かつてゼスには薬師として将来を有望視されているキャロリという少女がいたが、緑化病という病にかかってしまい現在は隔離されている。

マフィア
 マフィアとしての才能。経営手腕、人心掌握等々、様々な技能を複合しているレア技能である。

話術
 話術に長けた才能。高レベルの者の話す言葉は洗脳のそれに近いとさえ言われる。

プロレス
 プロレスに長けた才能。モンスターのプロレス男にプロレスで勝てるのがLV1の目安であり、明確な判定基準があるため発見されやすい技能。

化学
 化学全般に長けた才能。専門知識の技能に比べ、広く浅くというイメージ。


[都市]
ナガールモール
 ゼス北部の大都市。人口は約20万人で、その内16万人程が二級市民である。地下街にはいかがわしい店が多く建ち並ぶ。


[その他]
ペンタゴン
 ゼスにある反魔法使い勢力。現在の政府を打倒し、二級市民たちによる新政府の樹立を目論んでいる。現在の政府に不満を抱いている貴族からの支援も多く、ネルソンの人心掌握能力からも、近年では政府も無視出来ない規模へと拡大している。だが、魔法使い憎しという者が多く集まりすぎたため、以前よりも過激派の面が見え始めており、ペンタゴン内でも意見が分かれている。

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