-ハピネス製薬 独身寮-
「何て汚いところなんだ。事件解決までの間、こんな場所に住まなければならんのか!?」
「あてなはおばけが出そうで楽しいれすよ」
ランスがハピネス製薬の敷地内に併設されている独身寮に入り、中の様子を眺めながら文句を口にする。今回の事件が解決するまでの間、ランスたちはここに寝泊まりする事になっているのだ。
「せめて美人の管理人さんでもいれば、少しは我慢が出来るのだが」
ランスがそう言葉にした瞬間、コツコツと靴の音が寮内に響く。独身寮の管理人がランスたちを部屋まで案内する手筈となっているため、恐らくこの靴音の主がここの管理人だろう。ランスが美人の管理人さんを期待しながら現れた人物の顔を見る。だが、そこに立っていたのは、とても言葉では言い表せない程の不細工な女性であった。
「こんにちは、あなたが冒険者のランスさんね。話は聞いております。あ、申し遅れました。私はここの寮長をしているシルバレルといいます」
「嘘だ……嘘だろ……ボロイ部屋にコレかよ……あんまりじゃねぇか!?」
「どうかなされました?」
シルバレルの顔を見た瞬間、ランスはその場に崩れ落ちてしまった。その様子を見ながら心配そうに首を傾げるシルバレル。だが、その仕草がまたランスに多大なダメージを与える。それ程までのブスであり、最早伝説級とも呼んでも差し支えない。あまり世間の事に興味の無いランスは知らなかったが、彼女の不細工はその筋では有名であり、大陸だけではなくJAPANにまでその名が知れ渡っていたりするのだ。
「よろしく、ランスさん」
「ブスが俺に触るな!」
「…………」
よろよろと立ち上がってきたランスに手を差し出すシルバレルだったが、ランスは露骨に手を引っ込め、シルバレルに向かって怒鳴りつける。その傍若無人な接し方に少しだけ不機嫌になるシルバレル。
「……寮の規則には従って貰いますからね」
「うるさい、俺様に命令するな、このブス!」
「な、なんて無礼な人なのかしら……」
ランスが出来るだけシルバレルの顔を視界に捉えないようにしながらそう怒鳴る。一瞬でも視界に捉えてしまうと、またダメージを負ってしまうからだ。明らかに視線を外している事に気付き、シルバレルは更に不快に思いながらも、一応社長が雇った冒険者であるため我慢して話を続ける。
「とにかく、寮の規則を説明します! 一つ、人に迷惑をかけない事」
「ならお前は死ね。存在だけで人に迷惑をかけている」
「二つ、共同部分を汚さない事」
「お前の存在自体が汚れだ」
「……み、三つ、深夜の外出は控える事」
「深夜に外出したところで、美女ならともかくブスには関係無いな。がはは!」
「……い、以上です。判りましたか?」
「ん、何か言ったか? 耳障りな雑音は聞こえたが」
「こ、こ、この人は……」
一々茶々を入れられたあげく、最後には雑音とまで切って捨てられたため、シルバレルがあまりの怒りにプルプルと震え出す。
「さ、最後に何か質問は?」
「おい、ブス。いつ死ぬ予定だ?」
「あ、あんたねぇ! いい加減にしなさいよ!!」
視線を外しながら失礼な質問をしてきたランスに対し、遂にシルバレルの怒りが爆発する。グイッとランスの肩を掴み、話を聞かせるために自分の方に顔を向けさせる。視線を外していたランスはシルバレルの行動に気が付かず、されるがまま体を動かされてしまう。ランスの視線に飛び込んできたのは、シルバレルの顔のドアップであった。
「ぐはぁぁぁぁ!!」
「ご主人様、どうしたのれすか? 敵? モンスター?」
「も、もっと恐ろしいものだ……シィル、すぐにヒーリングを……」
「シィルちゃんは今ここにはいないのれすよ」
「ぐっ……そうだった……駄目だ……俺様はどうやらここまでのようだ……」
「ご主人様ぁぁぁぁ!!」
「失礼な!!」
これから工場の地下に出来たという迷宮に向かおうと思っていたのに、いきなり大きなダメージを負ってしまったランスは早くもシィルを置いてきた事を後悔する。死にかけているランス、号泣するあてな、失礼な態度に腹を立てるシルバレル。カオスな状況であった。
-ハピネス製薬 3階 来客室-
「初めまして、ルークさん。ご活躍は耳にしております。この度は我がハピネス製薬に来ていただき、嬉しく思います」
「こちらこそ。わざわざドハラス社長に足を運んでいただき、申し訳無い」
「それと、エムサさんですね。よろしくお願いします」
「初めまして。ローズさんとは仲良くさせていただいております」
ルークとエムサがローズとしばし歓談していると、ドハラス社長が警備隊長のコナンを引き連れて部屋にやってきた。一言挨拶を交わし、ルークとエムサの二人と軽く握手をするドハラス社長。それに続くように、警備隊長のコナンがルークの前に立つ。
「俺はここの警備隊長のコナン・ホカベンだ。あんたの噂は新聞で読んだ。まあ、よろしく頼む」
「ああ、よろしく」
そう言って手を差し出してきたコナン。製薬会社の社員にしては立派な体格の持ち主だ。その手を軽く握り替えし、ルークは再び社長に視線を戻す。そのルークの顔を見ながら口を開くドハラス。
「それで、ご用というのは?」
「ルークさんは新薬の事を聞きたいようです」
「なるほど、幼迷腫の事ですか。まだ極秘事項だというのに既にご存じとは、流石は一流の冒険者です」
「幼迷腫……それが新薬の名前ですか?」
ローズがそうドハラス社長に説明をすると、ドハラスは感心したように頷きながら新薬の名前を口にする。ルークが少しだけ身を乗り出し、社長が口にした薬の名前を尋ねる。
「はい。我がハピネス製薬が次期主力商品として開発を進めている、世色癌3を上回る究極の回復薬です」
「世色癌3をも上回るのですか!?」
「はい。世色癌テクノロジーは3で限界の域に達してしまいましたので、別の発想で開発中なのが幼迷腫です。現在は臨床実験の最中ですが、来年には発売できると思います」
「社長。あまり幼迷腫の事を話すのは……」
「おっと、いけない。極秘事項でしたね。ここで聞いた事は内密にお願いしますね」
市販されている回復薬の頂点に立つ世色癌3をも上回ると聞き、エムサが思わず声を漏らす。その事に気を良くしたドハラスはペラペラと幼迷腫について話し始めるが、それは本来極秘事項であるため、警備隊長のコナンに一言注意を受ける。だが、特に気にした様子も無い。それだけルークたちを信頼しているのか、あるいは脇が甘いだけなのか。恐らく後者だろう。
「世色癌は我が社の自信作です。安い、簡単、腐らないという利点を持った最高の回復薬です」
「確かに素晴らしい商品ですね。私も愛用しています」
「俺もだ。昔は元気の薬がメインだったが、世色癌が発売されてからはこちらをメインにしている」
ルークとエムサがドハラスの言葉に同意する。値段が安く、ただ食べるだけという簡易性、更には小さく持ち運びが容易という圧倒的な使いやすさが人気の秘訣である。ルークは世色癌が発売されてからと言ったが、世色癌が発売された8年前はルークが行方不明だった時期であるため、実際に使い始めたのはここ1~2年の話なのだが。ルークの口から出た元気の薬という名前を聞き、ドハラスが目を輝かせる。
「元気の薬ですか。素晴らしい商品ですよね。正直言うと、私はあれを目標にして世色癌の開発を進めたんですよ」
「元気の薬ですか……昔は良く棚に並んでいましたけど、最近はあまり見ませんね」
「世色癌がシェアを占めてしまいましたからね。販売元のナカナカ製薬さんは元気の薬の規模を縮小して、今は解毒薬である愚論酸を主力商品に据えています。申し訳無い話ですが、一応こちらも商売ですので……」
エムサの疑問にドハラスが申し訳無さそうに答える。ルークが行方不明になるまでは大陸の回復薬と言えば元気の薬が主流であった。だが、世色癌発売によって徐々に押されていき、ここ数年で一気に規模は縮小。今ではめっきり取扱店が減っていた。
「あまり社長の前で言う話ではないが、ついつい昔の思い出から元気の薬も買ってしまうんだ」
「あはは、気にしないで下さい。冒険歴の長い人にはそういう人も多いようですから」
「でも、社長も仰っていましたが元気の薬って最近売っていませんよね?」
「カスタムにあるミリの店で今でも取り扱っているから、俺はそこで買っているな」
「そうなんですか」
「いずれは状態異常回復薬の市場にも手を出したいのですが、ナカナカ製薬さんの愚論酸と十二共さんの離解印が強くてどうにも……」
「社長! だからそれは極秘事項ですってば!!」
薬談義で交流を深めるルークたち。そんな中でポロリと機密事項を漏らしてしまうドハラス社長にコナンが注意をするが、やはりあまり真剣に聞いていない。それよりも薬の話に夢中になってしまっている。社長という役職ではあるが、現場叩き上げであるドハラスは今なお一線で開発を続けている。骨の髄まで研究員といったところか。
「社長、そろそろ本題に入らないとルークさんたちが困ってしまいます」
「あっと、失礼」
「いえ、お気になさらずに」
「幼迷腫の話でしたね。ローズさん、サンプルを持ってきてくれますか」
「はい」
ローズも苦笑しながら社長を注意する。ルークたちが困ると聞いて申し訳無さそうにするドハラスだったが、ルークは気にしないでいいと軽く笑みを返す。ローズに幼迷腫を持ってくるよう指示を出し、そのままドハラスがルークに向き直る。
「それで、幼迷腫の何を聞きたいのでしょうか?」
「出来れば、効能をお聞かせ願いたい」
「そんな事ならお安いご用です。幼迷腫は従来の世色癌よりも回復量が多い上、気力まで回復してくれるのです。更に、体力回復だけではどうしようもないほどの深手でも、この幼迷腫ならばその傷ごと癒してくれるのです。正に奇跡の薬!」
「それは凄いです!」
体力回復は世色癌、気力回復は竜角惨というのが冒険者の常識だ。だが、幼迷腫はその二つを同時に回復できるという。これは革命的な新商品である。そのうえ深手でも効果があるというのは驚きだ。体力回復薬には限界というものがある。失われた体力を戻す事は出来ても、大量の出血を止める事は出来ない。だが、幼迷腫はそれすらも癒すという。社長の言葉通り、それは正に奇跡の一品だ。エムサは思わず驚きの声を上げるが、ルークは真剣な表情のままだ。
「確かに凄い商品です。因みに、その薬には病気を治す効能は……?」
「いえ、流石にそこまではありません。何か病気の薬をお探しで?」
「……正直に言うと、ゲンフルエンザの薬を探しています」
「ゲンフルエンザですか……あれはまだ治療法が見つかっておりませんからね……」
「ハピネス製薬にもありませんか?」
「申し訳ありません……」
「いえ……」
ドハラス社長からハッキリとゲンフルエンザの治療薬は無いと宣告され、肩を落とすルーク。そのとき、幼迷腫を取りに行っていたローズが部屋に戻ってくる。
「社長。持ってきました」
「ありがとう、ローズさん。……ルークさん、貴方の望んでいた物ではありませんが、こちらを持って行って下さい」
「って、社長! そんな簡単にあげては……」
ドハラスが緑色の液体が入った瓶を手渡してくる。見た目は悪いが、これが幼迷腫なのだろう。
「試作品なので数はありませんが、冒険のお役に立ててください。あ、エムサさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがたく頂戴します」
ルークとエムサは受け取った幼迷腫を道具袋にしまい、軽く頭を下げる。ルークたちに幼迷腫を手渡したドハラスはそのままローズに向き直り、問いを投げる。
「ローズさん。ゲンフルエンザの治療法は知っているかい?」
「いえ……それがルークさんの目的だったんですね?」
「ああ。知人に一人、その病気の者がいてな……」
「……私は存じ上げませんが、ジョセフくんにも聞いた方が良いでしょうか?」
「そうですね」
「ジョセフ?」
ローズがドハラス社長に軽く確認を取り、ドハラスもそれに頷く。聞き覚えの無い名前にルークが問いかけると、ローズの方を向いていたドハラスが再度こちらに向き直ってそれに答える。
「ジョセフくんというのは、第一研究室室長を務めているウチの社員です。若干13歳ながら、非常に優秀な子なんですよ。この幼迷腫を開発したのも彼なんです」
「あら? ドハラス社長が開発したのでは無かったのですか?」
「ええ。私もうかうかしてられません」
先程から平然と話してしまっているが、目の前にいるのは世色癌を世に送り出した希代の研究者なのだ。間違いなく後世の歴史にその名を残す人物である。新薬と聞いててっきりドハラスが開発したものだとばかり思っていたルークとエムサだったが、どうやら違うらしい。世色癌をも上回る新薬の登場に、研究者として燃え上がるドハラス。それを横目に、ローズが一歩前に出てくる。
「天才のジョセフくんなら、もしかしたら手掛かりを知っているかも知れません。もし良ければ、ご案内いたしますが?」
「ぜひお願いします」
「このブスがぁぁぁぁぁぁ!!!」
ローズの案内を受ける事にしたルーク。その瞬間、建物の外から怒鳴り声が聞こえてきた。どこか聞き覚えのある声だったが、少し遠すぎたためルークには確信が持てなかった。話の最中に聞こえてきた騒音に、ドハラスが申し訳無さそうに謝ってくる。
「ああ、失礼」
「今の声は?」
「ウチで雇った冒険者のものだと思います。今四組ほど冒険者を雇って、地下に発生したモンスター退治とその原因究明を依頼しているんです」
「地下にモンスター?」
「……もしよろしければ、その調査に協力させていただきましょうか?」
モンスターが発生していると聞いたエムサが心配そうに声を漏らす。自身の身の危険から来る不安感ではなく、社員の方たちを心配しているのだ。そんな中、ルークはドハラス社長の顔を見据え、調査に協力しようかと提案する。
「いえ、わざわざルークさんに協力して貰うなんて悪いですよ。正式な依頼もしていないのに」
「なに、幼迷腫も頂いてしまったし、薬の相談にも乗っていただいた。ほんのお礼ですよ。まあこちらもプロなので、依頼の規模によっては多少の報酬は頂きますが、他の冒険者への報酬よりも格安でお受けしますよ」
「……本当に良いんですか?」
「勿論」
「それは助かります! 独身寮の手配や契約書の準備をしてくるので、ジョセフくんに会ったりしながら少し待っていて下さい!」
最近話題になっているルークに依頼を受けて貰える事になり、ドハラスは大喜びで部屋を飛び出していく。それを見送ったローズは少し微笑み、対照的にコナン面白く無さそうな表情を浮かべ、社長がいなくなった事に油断したのか、思わず不満を漏らしてしまう。
「まったく、社長は余所者ばかりに頼んで……俺たち警備隊がいるっていうのに……」
「……それは失礼。余計な事を言ってしまったかな?」
「ああ、悪い。あんたくらいの奴なら別に不満は無いんだ。だが、どこの馬の骨とも判らん連中に頼んでいるのが面白くないんだ。地下に発生したモンスターくらい、日頃鍛えている俺たちで十分対処できる」
ふん、と自信ありげに力こぶを作るコナン。それを見たルークが少しだけ苦笑しながら、少し思案した後に口を開く。
「……リーザスのコルドバ将軍は知っているか?」
「勿論。リーザスの守りの要だろう?」
「曰く、最後の壁は焦って前に出てはいけない。主を守る砦として、デンと大きく構えるべし。常に心に余裕あれ、だとさ」
「むっ!?」
「あんたら警備隊はハピネス製薬最後の砦だ。モンスター調査なんて仕事は俺たちに任せて、後ろで余裕を持って構えていてくれ。もし万が一冒険者がモンスターに敗れた際には、その力を存分に見せつければいい」
「お、おお! そうか!」
それまで不満顔だったコナンだが、ルークの言葉を聞いてみるみる内に嬉しそうな顔になる。そのままボディービルのポーズを二、三決め、自身の筋肉を見せつけてくる。
「それじゃあ、ローズさん。ジョセフという人の所に案内してくれ」
「はい」
「コナン、くれぐれも前に出るな。ハピネス製薬最後の砦として構えていろ」
「任せておけ。ハピネス製薬は俺たちが守る!」
ドン、と自身の胸を叩いてルークたちを見送るコナン。部屋を出たルークたちはローズに案内されるまま廊下を歩いて行く。だが、しばらく経った所でエムサがクスクスと笑い出した。
「お優しいのですね、ルークさん」
「まあ、変に前に出てこられるのも困るしな」
「えっ? どういう事ですか?」
ルークとエムサの会話を聞いたローズが不思議そうに尋ねてくる。エムサは静かな笑みを浮かべながら、友人であるローズに先程のやりとりの真相を打ち明ける。
「コナンさんではモンスターに勝てません。彼は戦える者特有の空気を纏っておりませんから」
「多分、コナンではイカマンにも勝てんよ。彼の筋肉は恐らくボディービルなどで鍛えただけのもので、厳しい言い方をしてしまえば見かけ倒しだ。下手に前に出てくれば、すぐにモンスターに殺されるだろうな」
「そうだったんですか。だからコルドバ隊長の話を出して、前に出させないように……」
「あれも口から出任せだけどな。コルドバ隊長はリーザスの守りの要だが、状況次第では案外前にも出る。まあ、そこら辺はプロの判断ってところだが」
「すいません……ウチのコナン課長に気を使っていただき……」
「いや、ああいう気概の持ち主は嫌いではないよ。それだけ会社を思っているという事でもあるしな」
頭を下げるローズに対し、ルークもコナンへのフォローを入れながら闘神都市にいたキセダたちの事を思い出す。あちらは生まれが闘神都市という事もあり、気弱ではあるがルークが出会った時点では既にモンスターを追い払った経験を持ち合わせていた。それに対し、コナンは実戦経験が皆無。そこを比べてしまい、コナンには発破を掛ける気にもなれなかったのだ。
「では、第二研究室へ案内しますね」
ローズの案内を受けて第二研究室へ向かう二人。そこにゲンフルエンザの治療法があるとは夢にも思っていなかった。
-ハピネス製薬 世色癌工場-
ハピネス製薬の敷地の約半分を占める巨大な工場。この場所でかの有名な世色癌が作られているのだ。ランスとあてなが工場の中へ入ると、そこは碌に明かりも点いておらず、職員も殆どいない。モンスターが発生したため、職員たちは避難しているのだ。
「うーむ、人のいない工場って言うのは辛気臭いな」
「どうも、貴方がランスさんですね?」
「むっ? 何だ貴様。曲者か!」
工場の中を見回すランスたちの前に小太りの男が歩いてくる。その姿を確認するや否や、ランスは拳骨をその男に繰り出す。突然の激痛に、小太りの男は頭を抑える。
「あいててて……違います。僕はこの工場の社員でコンタマって言います。地下迷宮へ続く扉の開閉管理をしているんです」
コンタマがそう涙目で話しながら奥の扉を指し示す。そこには巨大な鉄の扉があった。
「あれが迷宮への入り口か」
「はい。扉はこちら側の機械でしか開けられません」
「なに? ではあちらから戻ってくるときはどうすればいいんだ?」
「それは……」
ランスの質問にコンタマが答えようとした瞬間、工場内にブザー音が響き渡る。
「うるさいのれす」
「これが方法です。あちら側にブザーがついていて、冒険者さんたちにはそれを鳴らして貰って、僕が扉を開ける手筈となっています」
「なるほど。では、お前が留守だったりすると、中にいる奴等はどうなるんだ?」
「出られませんよ」
「……いいな。俺様が入っている時には、この場所を離れるな。トイレに行くことも許さん!」
「大丈夫ですよ。とりあえず、誰かが戻ってくるので扉を開けますね」
コンタマの言葉に少しだけ不安になるランス。出会って早々理不尽な拳骨をかましたのだから無理もない。それに笑って答えながら、コンタマは扉の横にある機械を少し操作し、備え付けの大きなハンドルをグッと右に回した。すると、鉄の扉がけたたましい音と共にゆっくりと開いていく。その扉の奥から、大きな影がゆっくりと現れた。
「ふぅ、中々に手応えのあるモンスターだったわい。おっと、そこにおわすは新しい戦士殿でござるか?」
「誰だお前は? ぺちゃくちゃとうるさい男だ」
「おっと失敬。ワシは言裏という、まだまだ未熟な坊さんでござる」
扉の奥から現れたのはハゲの坊主。自身の頭をペチンと叩き、ランスたちに自己紹介をしてくる。中々に良い体格をしており、先に会った見かけ倒しのコナンとは違い、本物の冒険者といったところか。
「ん? 扉から出てきたという事は、貴様も依頼を受けた冒険者の一人か?」
「そうでござる。いや、中々に原因が判らん。実はまーったく進んでいないのでござる。がはははは!」
「言裏さん、お願いしますよぉ……」
「がはははは! 失敬、失敬。で、貴殿の名は?」
ランスの問いかけに豪快に笑いながら答える言裏。それを聞いてコンタマは不安そうな顔をする。解決に乗り出した冒険者に、何も進んでいないと聞かされれば無理もない反応だろう。
「俺様は無敵の英雄ランス様だ。良く覚えておけ」
「ほう、ランス殿でござるか。以後、よろしく」
「ふん、貴様のようなむさくるしい男とよろしくするつもりはない。それと、帰り支度をしておいた方がいいぞ。俺様が今から迷宮のモンスターをぶった斬り、あっという間に事件を解決してしまうんだからな」
「ご主人様、素敵れす!」
「あんな化け物寮長のいる場所に長く居座れるか! とっとと帰るぞ!」
ランスの異常なまでのやる気は、シルバレルと同じ場所にいたくないという事から来るものであった。一度は本気で仕事を投げ出す事も考えたが、破格の報酬は流石に惜しいものがあり、さっさと仕事を終わらせる方向にシフトしたのだ。
「がはははは、お気持ちは判るでござるよ。ですが、あのような寮長にもファンはいるのですよ。我がJAPANの足利家当主に彼女を献上すれば、一国一城も夢ではないとか」
「そいつは本当に人類か?」
「がはははは、確かに人類というよりは、あの者は魚類に近いでござるな。では、失敬。頑張って下され」
ガランガラン、と手に持つ錫杖を鳴らしながら言裏が去っていく。それを冷ややかな目で見送るランス。
「ライバルである相手を応援するとは、変わった奴だな」
「僕もそう思います。今回依頼を受けた冒険者では、一番変わっているかと」
「そういえば他の冒険者の事も知っているんだよな? どういう奴だ?」
「えっと……単独で動く女冒険者さんと、男女二人組の冒険者さんですね」
「……その二人は美人か」
「ええ、お二人共美人ですよ。男の人も結構な美形で……」
「男はどうでもいい。ぐふふ、これは楽しみな事が増えたな。行くぞ、あてな!」
「はいれす!」
コンタマから後の二組にはどちらも美人がいると聞き、やる気を燃え上がらせるランス。そのまま意気揚々と迷宮に入っていくのだった。
-ハピネス製薬 本社ビル前-
「ふむ……あのランスという御仁、中々の腕前。他の二組とはモノが違うでござるな」
錫杖を鳴らしながら歩く言裏。ふと呟いた言葉は、先程出会ったランスへの評価。
「もう一つのお役目を果たすべきか……他の二組では力不足だが、ランス殿ほどの御仁であれば……」
言裏の瞳が妖しく光る。先程までの陽気な様子とは違う、真剣な表情だ。だが、その真剣な表情はすぐに緩まる。
「むっ!? 受付嬢がワシ好み! これはナンパせねば男が廃るでござるな!」
視界に捉えたハピネス製薬の美人受付嬢が好みであったため、そちらに猛スピードで駆けていく言裏。既に先程考えていた内容を忘れてしまっていた。
-ハピネス製薬 地下迷宮 くさくさ地点-
「ランスアタァァァック!!」
「う、羽化したかった……」
ランスの強烈な一撃がさなぎ男を両断する。すぐ側ではあてなが矢をパワーゴリラZの眉間に当て、絶命させていた。
「ふん、確かにこんな迷宮にしては面倒なモンスターが多いな」
「レベルが一桁の冒険者では厳しそうなモンスターなのれす」
ここまで現れたモンスターはカーペンター、おかゆフィーバー、パワーゴリラZなど、中々に強力なモンスターが多い。何組もの冒険者が命を落としたというのも頷ける話だ。
「まあ、俺様の敵ではないがな! がはは!」
「あてなの敵でもないのれす! へへへ!」
二人してふんぞり返って笑い出す。闘神都市の冒険からまだ日が経っていないため、ランスのレベルは一流の冒険者と呼べる程に高いままだ。あてなもお馬鹿だが戦闘力は一流であり、特段モンスターに苦戦せずにここまでやってこられていた。
「がはははは……むっ、なんだか臭いぞ、この場所。あてな、まさか屁でもこいたか?」
「してないのれす! ヒドイのれす!」
「不快な場所だ。さっさと奥に進むぞ」
おかしな匂いが充満している場所を後にし、ランスとあてなは奥へと進んでいく。少し開けた場所に出ると、そこには緑髪の女性とハニーがいた。女性の方はかなりの美人である。
「良い? そういう手筈でよろしく」
「あいやー、判った!」
「むっ、女の子がハニーに襲われているぞ! ええい、そこの悪行ハニーめ、ぶった斬ってくれる!」
襲われているというよりは、明らかにハニーと話をしているという感じなのだが、その女性が美人であったためランスは颯爽と剣を抜いて部屋に飛び込む。
「あいやー、人間だ。逃げろー」
「えぇい、逃がすか」
ランスが逃げるハニーを追おうとするが、その前に先程までハニーと話していた女性が立ちふさがる。
「えぇーん、怖かった!」
「おっ!? いいぞ、俺様の胸に飛び込んでこい!」
「ありがとうございますー!」
泣きながらこちらに駆けてきた女性に対し、両手を広げて迎え入れようとするランス。だが、女性はランスではなく、隣に立っていたあてなの胸に飛び込んだ。
「はひっ!?」
「なんでじゃー! 俺様の胸に飛びこまんか!!」
「ハニーに襲われて困っていたの。貴女が来てくれて助かったわ。私はアーニィ、貴女は?」
「はひぃ……」
「はひぃさん?」
「はひぃ……ちゃうのれす、あてな2号なのれす」
いきなり胸に飛び込まれ、どうしたらいいか判らずに取り乱すあてな。その横ではランスが何故自分に飛び込んでこないのかと怒りを燃やしている。
「あっと、ごめんなさい。取り乱してしまって……あてな2号さん、本当にありがとうございます」
「どういたしましてれす、よかよか」
「よかよかじゃない! 助けたのは俺様だ!」
ポカリとあてなの頭を殴るランス。そのままアーニィの前に立ってふんぞり返る。
「俺様はランス! 君を助けた栄光の冒険者だ!」
「……どうも」
「明らかに反応が違う気がするが、まあいい。で、なんでこんな場所にいるんだ?」
「実は私、冒険者なんです。でも、モンスターが恐くて……」
怯えた風の反応を見せながらそう口にするアーニィ。先程までハニーと対峙していた時は平然としていたように見えたが、今は体が震えている。
「あんなグリーンハニー如きを恐れているようでは駄目だな。この仕事は俺様に任せて、迷宮から出ていなさい」
「ええ、その方が良さそうね。それじゃあ」
「あっ、何なら俺様が出口まで送って……」
「大丈夫です。それじゃあ!」
逃げるようにこの場を去っていくアーニィ。モンスターが恐いはずなのに一人で帰って行くという明らかに不自然な行動だが、ランスは特にその事には気が付いていない。
「ちっ、まあいい。アーニィちゃんが本当に美人だという事は判ったからな。あのブスで疲れた目を癒すには十分な美女だ。この依頼中に俺様の女にせねば」
「いきなり抱きつかれてドキドキしたのれす。でもあてなにはご主人様がいるから駄目なのれす」
「ほら、さっさと行くぞ」
くねくねしているあてなを小突き、奥へと進もうとするランス。だが、この道はこの部屋で行き止まりであった。一応部屋の奥にはハニー型にくり貫かれた穴があり、先程のハニーはここから逃げたのだろう。だが、人間が通るには無理のある大きさであった。
「ちっ、ここまで来て行き止まりか」
「途中の分かれ道を間違ったみたいれすね。戻るれす」
「えぇい、面倒臭い!!」
ガン、とランスが側にあった丸い石に氷山の剣を振り下ろす。すると、ピキピキと氷山の剣にヒビが入っていく。
「げっ!? しまった……」
「ああ……大事な剣が台無しなのれす」
剣はこの一本しか持ってきていないため、流石のランスもヒビが入っていく光景に焦りを覚える。だが、氷山の剣に入ったヒビはそのままボロボロと剥がれていき、中から白く輝く刀身が現れた。
「これは……?」
「あてなサーチ! 凄いれす、ご主人様。攻撃力が上がっているれす!」
「がはは、俺様の剣にこんな秘密が隠されているとはな!」
氷山の剣の表面が剥がれ、中から真の刀身が現れる。これこそが氷山の剣に隠された秘密であった。思わぬ収穫に気をよくしたランスは、そのまま上機嫌に元来た道を戻っていくのだった。
-ハピネス製薬 地下迷宮 Z地点-
「まさかあんな奥の行き止まりに冒険者が来るだなんて……でも、上手くごまかせたみたいで良かったわ……」
通路を駆け抜けながら、アーニィがそう呟く。瞬間、物陰からカーペンターが剣を持って飛び出してきた。
「うぉぉぉぉ!」
「……五月蠅い!」
アーニィがそう吐き捨て、腰に差していたナイフを素早く抜いてカーペンターの甲冑の隙間に刺し込む。
「ガ……」
「誰に襲いかかってきているのよ……相手を良く見なさい」
「ガッデム……」
崩れ落ちるカーペンターを冷たく見下ろすアーニィ。その表情は先程までの怯えていたものとは明らかに違う。彼女もまた、十分な実力を持ち合わせていた。
「さっきのランスとかいうのが最後の冒険者ね。バード、キサラ、言裏、ランス、あてな……真に危惧すべきはバードね」
だが、人を見る目は圧倒的に持ち合わせていなかった。
-ハピネス製薬 地下迷宮 YY地点-
「へっくしょん!!」
「バードさん、大丈夫?」
「うーん、誰かが噂をしているのかな……?」
「バードさんくらい素敵な冒険者じゃあ、噂も多そうですものね」
「ははは、そんな事は無いですよ、キサラさん」
焚き火を前に男冒険者が盛大にくしゃみをして、それを女冒険者が心配そうに見る。女冒険者の名前はキサラ・コプリ。カード魔術という非常に変わった戦法の持ち主であり、その実力は高い。そして、もう一人の男冒険者は、かつてカスタム四魔女事件の際にランスとルークとも面識のある男、バード・リスフィだ。エレノアに斬り落とされた左腕には、今では義手が取り付けられている。
「バードさん、もう結構探索したことですし、一度戻りますか?」
「うぅん……そうだなぁ……」
キサラがバードを気遣ってそう提案する。ここまでモンスターから受けたダメージは、明らかに自分よりもバードの方が大きい。それをキサラはバードが自分を守るために受けていると好意的に解釈していたが、単純に実力差から来るものであった。キサラの提案にバードが少し思案する。神の視点から言えば、ここが彼の運命の分かれ道であった。今引き返せば、丁度反対側に進んでいたランスとの遭遇は避けられ、ハピネス製薬に戻る事が出来る。そこで出会うのは、かつて自分に道を指し示してくれた恩人であるルーク。つまり、判りやすく説明すると、
・引き返す (ルーク再会ルート)
・探索を続ける (ランス再会ルート)
という事である。正に天国と地獄。少し悩んだ末に、バードは口を開いた。
「……いや、探索を続けよう。早く事件を解決しないと、ハピネス製薬の社員さんが可哀想だ」
「流石です、バードさん」
→探索を続ける (ランス再会ルート)
[人物]
言裏
LV 24/30
技能 格闘LV1 天志LV1
天志教の教徒。僧であるにも関わらず、戦闘能力が高い破戒僧。今回の依頼でも、錫杖での攻撃や素手で迷宮内のモンスターをなぎ払っていた。また、念力の使い手でもあり、真面目に修行をすれば天志教でももっと上の地位を目指せるという噂も真しなやかに囁かれているが、本人にその気は全くなく、ナンパに明け暮れる日々である。JAPANから大陸に渡った目的は二つほどあるらしいが、その詳細は謎に包まれている。
コナン・ホカベン
LV 2/3
技能 なし
ハピネス製薬課長兼警備隊長。ボディービルで鍛え上げた筋肉が自慢だが、残念ながら戦闘力は皆無。
シルバレル
LV 9/27
技能 ブスLV3
ハピネス製薬独身寮寮長。伝説級のブスであり、その名はJAPANにまで知れ渡っている。悪い子のところにはシルバレルが来るぞとまで言われている程の存在。ランスの天敵であり、その存在はルークに対してのディオと並び立つほど。不細工というだけでランスを殺し得るのは彼女だけである。
コンタマ
LV 1/9
技能 冒険LV1
ハピネス製薬警備員。弱気な小太りの男だが、密かに冒険者に憧れている。実はコナンよりも才能には恵まれているが、それでも冒険者を目指すには厳しい。
[技能]
天志
天志教徒としての才能。念力を使えるようになる。JAPAN出身者に保有者が多く、生まれながらに決まってしまう才能であるため、熱心な天志教員にはこの技能は非常に羨ましがられる。
ブス (オリ技能)
遺伝子レベルで作用する致命的なまでのブス。LV3ともなれば、その顔だけで人が殺せる。
[モンスター]
さなぎ男
さなぎに包まれた男の子モンスター。変態型という珍しい特徴を持っており、羽化すると雷電という上級モンスターになる。だが、羽化には時間が掛かり、その姿を拝む前に倒されてしまう事が殆どである。
[装備品]
真・氷山の剣
氷山の剣の中に隠されていた名剣。その斬れ味は凄まじく、かつてルークが愛用していた妃円の剣をも上回る程である。
[アイテム]
愚論酸
ナカナカ製薬が販売している解毒薬。元気の薬が世色癌に敗れたため、現在ではこちらに力を入れている。解毒薬シェアのトップを走る。キャッチコピーは、『(毒に)お浸かれさんには愚論酸』。
離解印
有限会社十二共が販売している状態異常回復薬。毒には効かないが、それ以外の状態異常のほぼ全てに効果がある万能薬。しかし、状態異常のメインである毒に効かないのは痛く、それ程注目されていない商品であった。だが近年、某農業国の美形王子カナンとその美形従者セレストを使ったCMが大ヒット。一気に業界トップの仲間入りを果たす。キャッチコピーは、『24時間冒険出来ますか?』。