-ハピネス製薬 地下迷宮 YY地点-
「ご主人様。焚き火の跡があるのれすよ」
「ふむ。誰かがさっきまでここにいたって事になるな。どれ」
行き止まりから引き返し、途中の分かれ道を別の方向に進んでいたランスたちは少し開けた場所に出た。その部屋の中心には焚き火の跡が残されており、まだほんのりと温かい。つい先程までこの場所に誰かがいた事は明白であった。言裏、アーニィは既に出会っているため、最後の冒険者パーティーと見るのが妥当だろう。ランスが持っていた剣でぐりぐりと燃えかすを掘り起こす。
「けほけほ」
「こら、燃えかすの側に顔を近づけるな。……ん?」
あてなにそう注意していたランスだったが、燃えかすの中にあるものを見つけて拾い上げる。それは、半分燃えて潰れている紙コップだった。
「最近流行っている商品だな。ゴミを放置するなどふてえ野郎だ」
「ご主人様もよくその辺にゴミを捨てているのれすよ?」
「俺様は良いのだ。だが、他の奴がやるのは許せん」
そう言いながら紙コップをしげしげと眺める。すると、そこには口紅の跡がついていた。
「女か。それも若いな……となると、この近くに若い女がいるという事か……ぐふふ……」
「ご主人様。あっちに隠し通路があるのれす。それも、二人分の足跡がそっちに向かっているのれす」
「おお、でかした。では突撃だ!」
意気揚々と隠し通路に進んでいくランス。それは、バードにとっては死神の足音にも似たものであった。
-ハピネス製薬 地下迷宮 隠し部屋-
「くっ……手強い。キサラさん、僕の後ろに隠れて!」
「はい、バードさん」
隠し通路の先にあった部屋ではバードとキサラがモンスターと戦闘していた。二人が相手取っているのはいもむしDXとゲイツ95。どちらも中堅モンスターといったところだろう。バードはキサラを自分の後ろに隠し、義手である左腕を前に突き出す。
「ロケットアーム!」
掛け声と共にバードの腕がモンスターに向かって飛んでいく。
「ひょい、当たらないデース」
「くそっ、ならば剣で!」
だが、ゲイツ95に軽々躱されてしまう。バードは渋い顔をしながら飛ばした左腕をワイヤーで回収しつつ、右手で剣を抜いて駆けていく。
「てやぁぁぁぁ!!」
「きぃーー!!」
「なっ!? 効いていない!? ぐぁっ!!」
剣を振り下ろしたバードだったが、いもむしDXの硬い皮膚を突き破る事は出来ず、反撃の突進を受けて吹き飛ばされてしまう。
「バードさん!? くっ……爆炎カード!!」
バードが吹き飛ばされるのを見たキサラは即座にカードを取りだし、いもむしDXに向かって投げつける。勢いよく放たれたカードはいもむしDXの表面に突き刺さり、直後に小爆発を起こした。
「びぃぃぃぃ……」
「爆雷カード!!」
いもむしDXが断末魔を上げ、それにゲイツ95が驚き怯んでいる。その隙をキサラは見逃さず、すぐさま別のカードをゲイツ95に向かって投げつけた。ゲイツ95の体に直撃したカードは、凄まじい電撃を起こしてゲイツ95の体を黒こげにした。
「バ……バージョンアップを……」
そう言い残し、ゲイツ95が前のめりに倒れて動かなくなる。キサラはそれを見届け、手に持っていた残りのカードを自身の黒のタキシードの中に華麗に仕舞い込む。戦闘が終わった余韻から一息ついていると、壁に吹き飛ばされていたバードが立ち上がってキサラに近づいてくる。
「ふぅ……手強い相手だった。キサラさん、怪我は?」
「はい、大丈夫です」
「よかった、君を守れて……」
「ランスドロップキィィック!!」
「えっ!? ぐぁぁぁぁぁ!!」
愛おしむような目でキサラを見ていたバードだったが、突如現れたランスからドロップキックを受け、盛大に吹き飛んでいく。
「バ、バードさん!?」
「アホかぁぁぁ!! 何が君を守れて、だ。守られているのはお前じゃないか!!」
「あいててて……えっ、あなたは!?」
蹴られた腰の辺りを擦りながらバードが立ち上がり、ドロップキックを放った相手を見て目を見開く。そこに立っていたのは、かつて自分が戦闘でも恋でも完全敗北した相手だったからだ。
「ランスさん……」
「そうだ。完全無欠の大英雄、ランス様だ!!」
「お供のあてな2号なのれす!!」
「な、なんでこんな場所に……ま、まさかランスさんもハピネス製薬の依頼を!?」
「うむ! こんな簡単な依頼は俺様がちょちょいと解決してやる。貴様はお役ご免だから、とっとと帰り支度をしておいた方がいいぞ。がはは!!」
「むっ……ん?」
ババン、とふんぞり返るランスとあてな。ランスがこの場にいる事に驚いたバードだったが、同じ依頼を受けた事に気が付きどことなく嫌そうな表情を浮かべる。直後の傍若無人な物言いに少しだけムッとするバードとキサラだったが、バードはランスの隣にいるべき人物がいない事に気が付いて口を開く。
「ランスさん、シィルさんはどうしたんですか? ま、まさか、別れられたんですか!?」
「馬鹿者。あれは俺様の所有物だ。家に置いてある」
「そ、そうですか……ではまだ、シィルさんはランスさんの下に……」
「貴様、まだシィルを諦めていないのか?」
「ご、誤解です。ぼ、僕は純粋にシィルさんの事が心配で……」
ランスに若干図星を突かれ、慌てて取り繕うバード。ランスがその様子を不機嫌そうに見るが、すぐに横に立っている美女に視線を移す。先程の戦闘を見る限り、明らかにバードよりも強い。その上かなりの美女だ。
「おい、横にいる美女は?」
「あっ、彼女はキサラさんです。一緒に冒険をしている僕のパートナーです」
「キサラ・コプリです。初めまして」
バードをぞんざいに扱っているランスに内心ムッとはしているが、一応丁寧に頭を下げるキサラ。
「うーむ、見れば見るほど美人だ。バードの馬鹿には惜しい。どうだ、俺様の女にならんか?」
「ランスさん、勝手な事を言わないでください!」
「ふん、お前には聞いていない。というか、お前今日子さんはどうした?」
「うっ……それは……」
ランスが四魔女事件を思い出す。あの時バードは真知子の妹、今日子と恋仲にあった。だが、バードがシィルに惚れている事を知った今日子は失意の末に旅に出てしまい、バードはそれを追っていったはずだ。
「さては、捨てたな? 古い女は切り捨てて、新しい女に乗り換えた訳だ。何て奴だ」
「ヒドイのれす。古いのはいらないなんていう男は、許せないのれす」
「違う、そんなんじゃない! 今日子さんは……その……」
「ほら見ろ。キサラちゃん、バードはこういう男だ。それだけじゃない。こいつは以前に俺様の奴隷に手を出そうとした事もある。その前には、ネイっていう女冒険者と組んでいやがったのに、あっという間に捨てやがったんだ」
「ネイ!? ランスさん、ネイの事を知っているのか!?」
かつて一緒に冒険をしていたネイの名前を聞いてバードが驚く。まさかランスからその名前を聞くとは思っていなかったからだ。
「ああ、よーく知っているぞ。薄情な貴様と違って、ついこの間も一緒に冒険をしたばかりだ。もうバードなんて知らない、ランス様さえいればそれで良いと言っていたぞ、がはは!」
「口から出任せでは……? そうだ、あてなさん。君はネイの事を知っているかい?」
「ぽくぽくぽく、ちーん。あぁ、シャイラとコンビを組んでいた面白姉ちゃんのことなのれすね。青い髪でレンジャー風の女冒険者なのれす」
「うっ!? シャイラって人は知らないが、外見的特徴は合っている。という事は、本当に……? 何故ネイはランスさんと……?」
「これが真の男の魅力というものだ! がはははは!」
一緒に冒険をしたという事以外は全くの嘘であり、その冒険も闘神都市での成り行きでしかないのだが、そんな事をバードが知るはずもなく、かつてパートナーだったネイがランスに取られていた事を知りショックを受ける。
「よく判ったか? こいつはクズだ。男の腐ったような奴だ。幾千もイカマンを斬り結んで経験値を集めている卑怯者だ。とにかく最低な奴なんだ!」
「バードさんを悪く言わないでください!」
ランスがキサラの気を引くためにバードを貶めようとするが、キサラがキッとランスの事を睨み付けてくる。
「バードさん、私は貴方の言う事を信じています。貴方にどんな過去があっても関係ありません」
「あ、ありがとう、キサラさん」
「それに、ランスさん。貴方の言う事は一つも信用できません。貴方の方がよっぽど酷い人に見えます」
「な、なにぃ!?」
「さぁ、行きましょう、バードさん」
「あ、ああ……」
何故だか知らないがバードに全幅の信頼を置いているキサラ。それがランスには非常に気に入らなかった。そのままバードの腕を引っ張り、この場を後にしようとするキサラ。そんな中、バードが一度ランスを振り返り、口を開く。
「ランスさん、今回は負けませんよ。あの時の僕とは違う」
「ふん、ほざけ。全てにおいて勝者はこの俺様だと、この世界が生まれた時から決まっているのだ」
「すごいれす、ご主人様。ぱちぱち」
「……それでは!」
颯爽と立ち去っていくバードとキサラ。それを見送りながら、ランスは先程の戦闘風景を思い出してボソリと呟く。
「……よくよく考えれば、キサラに守られている時点で今の台詞は決まらないだろ」
「駄目駄目なのれす」
-ハピネス製薬 4階 第一研究室-
「ここが第一研究室よ」
「ほう。流石はハピネス製薬の研究室。凄い設備だな」
「人が忙しなく動いているのを感じます。随分とお忙しいみたいですね?」
「まあ、幼迷腫の研究で忙しいからね。あ、いたいた。ジョセフくん!」
ローズの案内の下、第一研究室までやってきたルークとエムサ。ルークはその設備の凄さに驚き、エムサは人の多さを心眼で感じ取って声を漏らす。やはり今は忙しい時期のようだ。こんな時に訪問してしまったことに少しだけ申し訳なさを感じていると、ローズが件のジョセフを発見して声を掛ける。視線の先に立っていた青い髪の少年は、ローズの顔を見ると少しだけ嬉しそうな表情を浮かべてこちらに駆けてきた。
「ローズさん、第二研究室の研究はいいんですか?」
「ええ、ちょっとお客様の案内をしているの。ジョセフくんにも聞きたい事があって」
「お客様?」
ローズに笑顔で対応していたジョセフだったが、ローズが自分から会いに来てくれた訳では無く、お客の対応でこちらに訪れたと知って少しだけ不機嫌になる。ムッとした様子でルークたちに視線を向けるジョセフ。
「紹介するわ。こちらが冒険者のルークさんと、私の友人のエムサさん」
「ルーク・グラントだ。よろしく」
「エムサ・ラインドです」
「ルーク……? ああ、最近噂になっている冒険者さんですね。地下迷宮の件で?」
「いや、それとは別件だったんだが、そちらも請け負う事になった」
「ふぅん……まあ、いいです。僕は第一研究室室長、ジョセフです」
ジョセフが手を差し出してきたので、ルークもそれに応じる。すると、第二研究室の方からローズの部下である山田が駆けてきた。
「ローズさん。経過を見ていたPTTP薬に異常が……」
「えっ!? 判ったわ、すぐにいきます。ごめんなさい、ちょっと席を外します。すぐに戻ってきますので」
「あっ……」
ローズが慌てて第二研究所に戻っていくのを寂しそうに見送るジョセフ。その寂しそうな気配を察したエムサが、空気を変えるために当たり障りの無い質問をする。
「それにしても、その年で室長なんて凄いですね?」
「別に大した事ありませんよ。ここにいる大人の人たちがみんな僕より無能なだけですから。だから、僕の下で働くしかないんです」
ジョセフが周りを気にする事無く大声でそう言うと、それまで騒がしかった研究室がピタリと静かになる。ルークがチラリと職員の方に視線をやると、全員が冷たい目でジョセフを見ていた。その刺さるような視線を気にする事もなく、ジョセフはパンパンと自身の手を叩く。
「こらこら、みんな。手を休めないで。無い頭を少しでも活用するように努力してよ」
「ジョセフくん……」
「いいんですよ、既に嫌われきっていますから。ほら、君たちがちゃんとやってくれないと、僕の成績に関わるんだから!」
あんまりな物言いにエムサが苦言を呈そうとするが、それを制してジョセフが声を張り上げる。いくつか舌打ちが聞こえた後、職員たちは作業に戻っていった。
「ま、いつもこんな感じです。若くして室長なんかになったものだから、みなさん面白くないようでしてね」
「お前の態度にも問題があると思うが?」
「まあ、天才というのはいつの世も理解されないものです。みなさんローズさんのように聡明だったらいいんですけどね」
ルークが窘めるように口にするが、ジョセフはまるで気にした様子がない。自信満々な上に人を見下した態度、更には年上の女性に憧れている姿は、つい先日戦ったある魔人を彷彿とさせた。
「……パイアールにそっくりだな」
「ぶっ……」
「……誰ですか?」
ルークがボソリと呟いた言葉にエムサが思わず吹き出す。誰の事だか判っていないジョセフは眉をひそめている。
「ああ、失礼。知り合いに似ていたもので」
「ふーん……その人も嫌われているでしょ?」
「判っているなら、少しは態度を改めた方が良いんじゃないか? 年長者からの助言だ」
「別に気にしていませんから。それに、先に陰口を叩きだしたのはあちらの方ですから」
「えっ?」
ルークの言葉にそう返すジョセフ。それを聞いたエムサが首を捻る。
「言ったでしょう? 若くして室長なんかになったものだから、そこら中から陰口が聞こえてきました。それに、室長になった頃は丁度スランプの時期でね。あまり結果を出せずにいたんですよ。そうしたら、まだガキにはまだ早すぎただの、今すぐ首を切るべきだの、身の程をしれだの、そんな言葉が平気で室内に飛び交いましたよ。ねぇ?」
「っ!?」
ポン、とジョセフが側を歩いていた四十台の中年男性職員の肩を叩く。先程の発言に覚えがあるのか、ばつの悪そうな顔をしている。
「無視ですか。じゃあ、せめて頑張って働いてください。実力の無い人は、時間で頑張るしかないのですから」
「…………」
そそくさとこの場から去っていく男性職員。その背中を見送りながら、ジョセフがほれ見ろとでも言うように口を開く。
「とまあ、こういう事です。以前は僕に対する罵倒が平気で飛び交っていました。今の男なんか、僕が話し掛けても無視を決め込んでいましたし、ガキが身の程を弁えないからこうなるとか言っていました」
「酷い……」
「子供にする行為ではないな……」
「ああ、同情はいりませんよ。今では僕が幼迷腫を開発した事で立場は逆転しましたから。この業界、いえ、全ての物事において結果が全てなんです。そう、結果さえ出せばいいんだ……その為には、たとえどんな事をしたって……」
大手を広げて自身の成果を語っていたジョセフだったが、一瞬だけその表情に影を落とす。小さく呟いたその言葉は、ルークとエムサの耳には届かなかった。
「幼迷腫はジョセフくんが開発したの?」
「はい。この薬で僕はドハラス社長を超える!」
「こいつか。それにしても凄い色だな。原材料は一体何なんだ? って、教える訳ないか」
ルークがドハラス社長から貰った瓶詰めの幼迷腫を取り出す。緑色の液体がそこにはあった。ルークが原材料という言葉を口にするが、当然本当に知りたい訳では無い。軽い冗談のつもりで言ったのだが、ジョセフが明らかにその言葉に動揺を示す。
「べ、別に何でもいいじゃないですか。企業秘密ですよ!」
「いや、だからそう言ったじゃないか……」
「何か用事があったんでしょう? 早く本題に入りましょう!」
この話題を避けたいのか、ルークたちの用事に話題を変えるジョセフ。ルークはその様子に疑問を感じたが、追求するのもおかしいので本題に入る事にする。
「ゲンフルエンザという病を知っているかな?」
「当然です。不治の病ですね」
「その治療法を探している。何か心当たりはないかな?」
「ゲンフルエンザの治療法……病……彼女なら……」
「何か心当たりがあるのか!?」
ジョセフがボソボソと呟いていた中に、「彼女なら」という言葉を聞いてルークが身を乗り出して尋ねる。その様子にジョセフがハッとする。まるで失言をしてしまった事に気が付いたような表情だ。
「し、知りませんよ! 誰も治療できないから不治の病なんでしょう? 僕は忙しいからこの辺で失礼します。研究の邪魔ですから、早く出て行ってください!」
慌てるようにルークたちの前から去っていくジョセフ。しっしっ、と犬を払うような手振りをしてルークたちを部屋から出て行くように指示する。その言葉に従って研究室を出て廊下に出る二人。
「で、どう思う?」
「間違いなく何かを知っていますね。ゲンフルエンザに直接関わりがあるかは判りませんが、あまり追求されて欲しくない何かがあるようです。恐らく、幼迷腫絡みで」
「流石だな」
「ふふ、ルークさんも気が付いていたでしょう?」
「まあな」
「あ、いたいた。お待たせしました、ルークさん!」
ルークとエムサがそんな事を話していると、ドハラス社長が契約書と資料を持ってこちらに駆けてくる。その契約書を受け取り、地下迷宮のモンスター退治の依頼内容を確認の後、ルークは契約書にサインをし、パートナーの欄にエムサの名前も書き入れてドハラス社長に手渡す。
「ありがとうございます! 迷宮は世色癌工場から入れます。それと、お二人の部屋は独身寮に準備をしておきました。一応二部屋に分けましたが、ご一緒の方が良かったですか?」
「いや、それは流石に……」
「そういう関係ではないので、二部屋でお願いします」
「はい。それでは私はこれで……」
ドハラス社長が契約書を持って去っていくのを見送りながら、ルークがポリポリと頭を掻く。
「すまないな。成り行きとはいえ、エムサにも依頼を受けて貰う事になってしまって」
「いいんですよ。私にとっても友人が困っている訳ですし、ルークさんがこの場にいなくても私一人できっと受けていましたよ」
「そうか。そう言ってくれると助かる」
「でも、一部屋にするかと尋ねられたときは驚きましたけどね。ふふっ……」
「まあな」
少し意地悪そうに微笑みかけるエムサ。先程の対応を見る限り、やはり大人の女性である。
「それで、どうしますか? 私としては、二手に分かれるのが良いと思うのですが……」
「話が早くて助かる。多少手掛かりとなりそうなものがあったんだ。この機を逃す手はない」
「では、私はジョセフくんの動向を探りつつ、ローズさんや周りの人から情報を集めますね」
「俺は迷宮の調査に回る。動向を探るために依頼に手を抜くのも気が引けるから、やるからには本気で当たる」
ジョセフの先の対応を見る限り、彼が持つ情報は何としてでも手に入れたいところ。そう考えていたルークだったが、先にエムサから話を持ち出してきたためそれに頷く。やはり一流の冒険者と一緒に仕事をするのは話が早くて良い。
「そうなると、俺たちが大手を振ってハピネス製薬を歩けるのは依頼が終わるまでの間だけだ」
「その間に、ジョセフくんが持っている何かしらの情報を手に入れる、と。それがゲンフルエンザに繋がるかは判りませんが」
「駄目で元々だ。それじゃあ、そちらは頼む」
「はい。万が一そちらにも手が必要であれば、いつでも仰ってください」
「ああ、頼りにしている」
-ハピネス製薬 1階 受付前-
「のう、拙僧と夜明けの念仏でも唱えんか?」
「仕事の邪魔です」
「まあまあ、拙僧は優しいしテクニシャンだぞ」
「帰って下さい」
「なら、せめて茶でも一緒に飲まんか? JAPANの茶は素晴らしいと評判で……」
「こら! その受付嬢は俺様が狙っていたのだ。勝手にナンパをするんじゃない!」
受付で美人受付嬢を必死にナンパしている言裏だったが、受付嬢はまるで聞く耳を持っていない。そうこうしていると、後ろから言裏を非難する声が飛んでくる。振り返ると、そこに立っていたのはランス。
「これはこれは、ランス殿ではありませんか。はっはっは、お恥ずかしいところを見られましたな」
「坊主がナンパなんてしていいのか?」
「坊主も男ですからなぁ……まあ、たまには楽しみたいのでござるよ」
「どけ。お嬢さんが困っているだろう」
「ははは。ランス殿も狙っているのでしたら、今度はランス殿の順番ですな。それでは」
「ばいばいなのれす」
笑いながら受付を去っていく言裏。ひらひらと手を振っており、それにあてなも手を振り返す。
「全く、ふざけた野郎だ。坊主のくせに許せんな!」
「はぁ……」
「で、受付のお嬢さん。俺様と今晩一発やらんか?」
「貴方も同類じゃない……」
「ランスさん!」
「ん?」
全く助け船でなかった乱入者に受付嬢がげんなりとしていると、ランスを呼ぶ声が後方から響く。すぐに振り返ると、そこにはバードが立っていた。
「何だ、バードか。ん、キサラちゃんはどうした? そうか、もう見捨てられたか。情けない奴だ」
「違いますよ。彼女は部屋で休んでいるだけです」
「なにぃ、部屋でだと!? まさか貴様、俺様の女であるキサラちゃんにエッチな事をしたんじゃあるまいな!?」
「何を下品な! 僕と彼女はそんな関係じゃない!」
ランスの言葉にバードが怒りを露わにする。そういった目で見られたくないのだろう。だが、ランスは今の言葉を聞いて上機嫌になる。
「うむ、グッドだ。ならば貴様が手を出す前に、俺様の女にせねばならんな」
「ランスさん、キサラさんは可哀想な子なんです。ちょっかいを出さないで下さい」
「確かに可哀想な子だ。お前なんかと一緒にいるんだからな」
「そうじゃなくて……あの子は……」
「そう。あの子は俺様が貰う」
「くっ……」
「がはははは。貴様如きが俺様に敵うわけないのだ。判ったらさっさと荷物をまとめて帰るんだな。おっと、キサラちゃんは置いていけよ」
ランスにそう言われて唇を噛みしめるバード。だが、ふいにルークの言葉を思い出す。
『女性と共に冒険をするつもりなら、命がけで守れ』
「(そうだ……キサラさんは僕が守らないと……)」
前後の言葉を無視してルークの言葉を都合の良いよう断片的に思い出すバード。だが、その言葉を思い出したバードは右拳を握りしめ、ランスの目をしっかりと見据えながら断言する。
「ランスさん。彼女は僕が守ります。貴方の手から……必ず!」
「がはは。雑魚がよく言う。キサラちゃんより弱い貴様に何が出来る」
「そうは言いますが、ランスさんの方こそ……」
「むっ?」
-ハピネス製薬 2階 廊下-
「警備隊からは特にめぼしい情報は貰えなかったな。幼迷腫の完成直後に迷宮が発生するなど出来すぎている。とりあえず、迷宮に一度潜るべきか……」
2階にある警備室を訪ね、コナンや他の隊員に話を聞いたが、これといって情報は手に入らなかった。迷宮の発生時期を考えれば、明らかに作為的なものを感じる。そのうえ、社長から貰った資料を読む限り、冒険者の死にも一部疑問が残る。
「モンスターだけではないな。恐らく、何人かは人間の手で殺されている……残っている冒険者は、俺とエムサを除いて四組か……」
そう呟きながら廊下を歩いていると、窓の外から騒がしい声が聞こえてくる。ふとその声に聞き覚えがあったルークは窓の外を覗いてみる。そこには見知った冒険者たちがいた。
「ランス、それに……バードか!? そうか、あいつらもこの依頼を受けていたのか。なんだ、ランスが受けていたのなら、俺が受ける必要も無かったかも知れんな」
ランスが受けているのならば、特に問題なく依頼を解決するだろうと思案するルーク。だが、ランスの隣にシィルがいない事に気が付き、首を捻る。そしてそのまま階下から聞こえてくる会話に耳を傾けた。
-ハピネス製薬 1階 受付前-
「ランスさんの方こそ、本当にこの依頼を解決出来るんですか?」
「当然だ。完全無欠の英雄である俺様にとっては……」
「シィルさん抜きで?」
「……どういう意味だ?」
少しだけ強気のバードがランスを挑発する。その挑発に簡単に乗るランス。普段ならこのように簡単に相手を挑発するようなバードではないが、先のキサラの前での暴言による鬱憤とルークの言葉による後押しが彼を突き動かしていた。
「シィルさん抜きでランスさんが事件を真っ当に完了できるとは到底思えません。それに、ルークさんもいないじゃないですか。あの二人の冷静な視点があってこそ、ランスさんは今までやってこられたんじゃないですか?」
「むかむか……貴様、死にたいらしいな?」
「ず、図星だからそんなに腹を立てているんじゃないんですか?」
バードがランスと出会ったのは四魔女事件のときのみ。そのため、ランスのパートナーはシィルとルークであると勘違いをしてしまっているのだ。本当はシィルのみなのだが、それはバードの知るところではない。
「シィルさんとルークさんがいないランスさんなら、僕にも十分勝ち目があります。いえ、勝ってみせます!」
「うがぁぁぁぁ! 上等だ、この三流冒険者が! 圧倒的な勝利で貴様に吠え面かかせてやるわ!!」
「それでは、どちらがこの事件を解決するか勝負です!」
「ふん!」
ランスがバードを一睨みした後、この場から立ち去っていく。斬られるんじゃないかと内心びくついていたバードは安堵から大きなため息をつき、受付に寄りかかる。正直、かなり怖かったのだ。今のやりとりを見ていた受付嬢が心配そうにしながらバードに声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……それよりも、名前を聞いても良いかな? この素晴らしい出会いの記念に」
「……冒険者って不真面目な人しかいないのかしら?」
平然とナンパしてくるバードに冷ややかな視線を送る受付嬢。そして、そのやりとりを見ていた人物が彼女以外にもう二人。
-ハピネス製薬 2階 廊下-
廊下の壁にもたれかかり、腕組みをしながら階下をみるルーク。受付嬢をナンパしているバードに冷ややかな視線を送っている。
「あいつは成長していないな。これで女連れだったら、とりあえず脳天にチョップだな」
ため息をつきながら、先程の会話を思い出す。
「ランスと一緒に依頼を進めようかと思ったが、こうなってはランスが手を結ぶとは思えんな。それに、俺が出て行くのも野暮か……」
ルークが困ったように頭を掻く。だが、今の話を聞く限り、これは男のプライドが掛かった勝負といったところだ。となれば、野暮は避けたい。
「ランスに任せておけば問題はないと思うが、シィルちゃんがいないのは少しまずいな。単純なモンスター退治ならいいが、どうも裏で暗躍している人間がいそうだ……だが、俺が顔を出す訳にもいかなくなったしな……」
ランスの力は信頼しているが、バードの言うように冷静な視点を持つシィルがいないのは今回の事件では少し不安材料になる。敵が人間となれば、どのような罠をしかけてくるか判らない。だが、今の状態で自分が姿を見せるのは先の戦いに水を差す事になる。いや、別に水を差しても問題はないのだが、出来れば今回の事件はランスのプライドを優先してやりたいとルークは考えていた。お手並み拝見という名目ではあるが、何だかんだで妹の忘れ形見であるランスには甘いルークである。
「さて、どうするかな……影から見守るにしても、変装くらいはしておきたいし……そうだ!」
腕組みをしていたルークが何かに思い至り、道具袋をごそごそと探り始める。そして、ある物を取り出した。
「俺にはこれがあった。これなら俺だと判る奴もいまい!」
その手に握られていたのは、黒い蝶型のメガネ。そしてそれとほぼ同時に、受付から少し離れた建物外で、自身のつけているピンク色の蝶型メガネを握りしめる影があった事は誰も知らない。
-悪魔界-
突如襲ってきた悪寒に身震いするフェリス。それを見た同僚のセルジィが心配そうに声を掛ける。
「どうしたの?」
「いや……なんか今、激しく突っ込まなきゃいけない気がして……」
「……大丈夫?」
訳の判らない事を宣う同僚を心配するセルジィ。だが、そのフェリスの予感は見事なまでに的中していた。
[人物]
バード・リスフィ (4.X)
LV 16/42
技能 剣戦闘LV1
色々と残念な冒険者。かつてエレノアに斬り落とされた左腕には、いくつかのギミックがついた義手を装着している。彼の考えでは、これをつけて強くなったからもう女性を連れ歩いていいだろうというもの。今日子とは既に別れ、今はキサラをパートナーとして連れている。
フェリス (4.X)
LV -/-
技能 悪魔LV1
ルークとランスの二人と契約した悪魔。激しい悪寒を感じるが、その理由をもうすぐ知る事になる。
セルジィ (ゲスト)
LV -/-
技能 悪魔LV1
フェリスの同僚の悪魔。階級を落とされたフェリスとそれまでと変わらない接し方をしてくれる数少ない悪魔である。可愛い妹分がいる。名前はアリスソフト作品の「闘神都市」シリーズより。
ジョセフ
ハピネス製薬第一研究室室長。若干13歳にして室長に抜擢された天才だが、幼迷腫を作るまでは周りから心ない言葉を受け続けていた。そんな中、唯一優しい言葉を掛けてくれたローズに恋心を抱いている。
[モンスター]
ゲイツ95
マントを羽織った金髪の男の子モンスター。手からマイクロ波を繰り出してくる。
いもむしDX
巨大なイモ虫系モンスター。粘着性のある糸や溶解液を吐き出し、皮膚も硬い難敵。