ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第117話 ブラック仮面、颯爽と参上

 

-ハピネス製薬 世色癌工場前-

 

「むかむか。三流冒険者の分際で、バードの奴め調子に乗りおって!」

「ご主人様、バードさんは敵なのれすか? 悪い奴なのれすか?」

「俺様以外の男は全て敵だ」

 

 ランスがいらいらとしながらあてなを引き連れて歩いている。向かうのは迷宮のある世色癌工場。とある理由から一度外に出てきたが、あのように挑発されては悠長に外で時間を潰してられないランスである。あてなの問いにぶっきらぼうに答えるが、その答えを聞いたあてなが続けて質問をする。

 

「それじゃあ、ルークやリック、サイアスやアレキサンダーも敵なのれすか?」

「むっ……」

 

 あてなの質問を受け、前を歩いていたランスがピタリと止まる。

 

「……まあ、ルークとリックは使えるからセーフだ。俺様の寛大な処置に泣いて金と女を献上すべきだな、あいつらは。リックはレイラさん一人だがまだ良いが、ルークは多すぎる。ハーレムとはけしからん」

「ふむふむなのれす」

「サイアスは駄目だ。俺様ほどではないとはいえ、格好いい上に見るからに手が早そうだ。闘神都市で隙あらば斬り捨てようとも思っていたのだが、タイミングがなかった」

「サイアス危機一髪なのれす」

「で、アレキサンダーってのは誰だ?」

「ひでーのれす」

「ランス殿、こんばんはですぞ」

 

 四人への評価をランスが口にしていると、道の陰からのそりと言裏が現れる。

 

「ふむ、見たところ、受付嬢へのナンパは失敗したようですな。それでは、次は拙僧の番ですね」

「貴様のようなハゲ坊主にあんな美人が落とせるとは思えんがな」

「はっはっは。こう見えても、拙僧はナンパの達人なのですよ」

「ふむ、そうか。なら殺そう」

 

 先のバードとの会話で不機嫌であったランスは、言裏がモテると聞いて剣を構える。冗談は止めてくれと笑い飛ばそうとした言裏だったが、ランスの真剣な表情と放たれる殺気に思わず息を呑む。

 

「ラ、ランス殿……?」

「最初に会ったときから、何となく気に入らなかったのだ。死ね」

「ちょ、ちょっと待ってくだされ。拙僧は良い坊主ですぞ。それに、殺すと仏罰が下りますし、祟りますぞ。とにかく止めてくだされー……」

 

 泣きそうな顔で懇願してくる言裏。その醜い顔を見て、ランスが剣を仕舞う。

 

「……もういい。貴様の醜い顔を見ていたら殺る気が削がれた」

「それはよかった。拙僧、ランス殿とはまだ戦いたくないのですよ」

「……ん? まだ?」

「はっはっは。まあ、細かい事は気になされるな」

 

 今の言葉にどこか引っかかったランスだが、言裏がそう笑い飛ばす。特に追求する気も湧かなかったため、ランスはそのまま別の話題に移る。

 

「とにかく、この依頼は俺様が受けた時点で結果は決まったも同然なのだ。さっさとJAPANに帰るんだな」

「それは出来ぬでござる。拙僧が大陸に渡ったのは、果たさねばならぬ目的があるからなのでござるよ」

「目的? なんなのれすか?」

「あ、馬鹿。男の目的など聞いても……」

「はっはっは。聞かれたからには答えねばなりますまい。実は誰かに話したかったのでござるよ」

「ちっ、手短に話せよ」

「承知」

 

 言裏の目的とやらにランスはまるで興味はないが、あてなが聞いてしまったので仕方なく耳を傾ける。言裏が一度咳払いをし、自身が大陸に渡った目的を話し始める。

 

「拙僧はJAPANの花豆寺の住職の次男でござる。普通、寺を継ぐのは長男なのでこれまで自由に暮らしていたのですが、なんと拙僧の兄である砲裏が寺を継ぐのが嫌で大陸に逃げてしまったのですよ。いやはや、不届き千万とはこの事」

「夜逃げなのれす」

「別に夜では無かったでござるがな。で、このままでは拙僧が花豆寺を継がされてしまうので、なんとか兄を捜して連れ戻そうとしているのですよ。これが、拙僧が大陸に渡った理由でござる」

「なんでお前は逃げないんだ?」

「は?」

 

 言裏の旅の目的を聞いたランスがぶっきらぼうにそう尋ねる。思わず呆けたような顔になる言裏。

 

「継ぐのが嫌なら、お前も逃げれば良いではないか。俺様など、結婚するのが嫌で一国の女王からの求婚から逃げ回っているぞ」

「求婚を受けたら一国の王なのれす。鬼畜王の誕生なのれす。えへん」

「はっはっは。確かに、ランス殿の言うとおり拙僧も逃げてしまえば良いのかもしれぬでござるな。流石はランス殿。それに、嘘も豪快でござるな」

「むっ! 別に嘘などついていないぞ!」

 

 ランスの話を大ボラだと思い込んでいる言裏。リア女王に求婚を受けている事は本当なのだが、流石にそんな事を信じる者はそういない。

 

「まあ、これでも受けた恩は返す主義なので逃げる気はないのですが、継ぐのは嫌なので何とかして兄を捜しださねばならんのですよ。という事で、砲裏という名の男を見たら連絡が欲しいでござる」

「気が向いたらな」

「かたじけない。それで、ランス殿は何故また迷宮に向かっているのでござるか? 一度出てきたのに、また潜るのですか? もうそろそろ日も暮れるでござるよ?」

 

 自身の話を聞いて貰って満足したのか、言裏が満足げに笑みを浮かべ、次いでランスが世色癌工場に向かっている事に気が付きその事を尋ねてくる。言裏の言う通り、もうそろそろ日も暮れる頃だ。

 

「変な石像の部屋で先に進めなくなってしまったから、今日の冒険は止めにするつもりだったのだが、バードの馬鹿が調子に乗っていたから格の違いを判らせるためにもう一度潜るつもりだ」

「バード……ああ、あのイケメン冒険者でござるな。隣にいた美人のキサラ殿の方が腕前は上と見ましたが……」

「さっきもキサラに助けられていたのれす」

「はっはっは。やはり、キサラ殿の方が上でござったか」

 

 ランスが迷宮探索を中断して外に出てきた理由がこれだ。バードたちと出会った後、更に奥を探索していたランスだったが、大きな戦士像がある部屋で行き詰まってしまったのだ。一応近くに坂道があったのだが、ハニーが大きな岩を転がしてくるのでその道は使えなかった。言裏がバードの話をあてなから聞いて一通り笑った後、石像の事を口にする。

 

「実はあの石像、仕掛けがあるのでござるよ」

「やはりか。ああいう物には何かしらの仕掛けがあると、大昔から決まっているのだ」

「巨大な目玉の石像には矢を放つ。冒険の常識なのれす。真知子さんから教わったトライフォースの導きなのれす!」

 

 言裏の言葉にうんうん、と頷くランス。あてなも訳の判らない事を宣いながら、自身に取り付けられたギガボウを構えている。

 

「で、どうすればいいんだ?」

「そうですなぁ……尊敬するランス殿の願いとあらば、教えぬ訳にもいきますまい。但し、一つだけお願いがあります」

「なにぃ?」

「いや、簡単な事ですよ。一回でいいですから、そこの彼女を抱かせて貰いたいのですよ」

「あてなれすか?」

「そう、あてな殿です。どうですかな? 優しくするでござるよ?」

 

 言裏があてなを見ながらそう口にする。どうやら密かにあてなを狙っていたようだ。しかし、ランスはその願いを受け入れるのを拒否する。

 

「駄目だ、これは俺様のだ」

「ご主人様、嬉しいのれす」

「では、先っぽを入れるだけでは?」

「坊主のくせにふてえ野郎だ。そんな事は許可出来ん!」

「ランス殿、心が狭いですぞ……減る物でもありますまい」

「貴様の下らんナニなど入れたら、汚れるから駄目だ!」

「むむ。拙僧のは自慢の物ですぞ。ほれ!」

 

 いきなり帯を緩めたかと思うと、言裏が往来で自身のナニを見せつけてくる。いきなりの行為に本来なら斬り捨てるところだが、ランスが言裏のナニを見て固まる。

 

「な、何だこのふざけたでかさは……」

「棍棒並なのれす。こんなの入らないのれす」

「はっはっは。こちらにはちと自信がありましてな、これ程の物は見たことありますまい!」

 

 驚いた様子のランスとあてなを見て、言裏がそう勝ち誇る。だが、目を見開いていたランスは言裏の言葉に腹が立ったのか、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「井の中のかえる女、かえる魔女を知らずとはよく言ったものだ。ちっぽけなJAPANでは自慢の物かもしれんが、その程度で調子に乗っていたら大陸では赤っ恥をかくぞ」

「ほほう? では、ランス殿はこれ以上の物の持ち主で?」

「……ふん、良い事を教えてやろう。貴様のはでかいだけだ。だが、この大陸にはでかいだけでなく、気品さも兼ね備えた物の持ち主がいる」

 

 言裏がニヤニヤと挑発をしてくるが、ランスは先日見たある物を思い出しながらそう話を続ける。

 

「でかさと気品さ?」

「そう、それはまるで美形のデカント! 王族のぶたバンバラ!」

「馬鹿な。そんな相反する物が存在するはずが……」

「流石の俺様も、それを見たときは負けを認めざるを得なかった。俺様に敗北を味わわせた数少ない男、その名はルー……」

 

 ランスがその名を言いかけた瞬間、頭にコツンと小石がぶつかる。まるで咎めるようなタイミングで投げられた小石だ。ランスが不可解そうな顔をしながら辺りを見回すが、それを投げた者は見当たらない。

 

「なんだ? まったく……とにかく、そんなでかい物なら尚更あてなには入れさせん。ガバガバになったらどうする!」

「うーむ、仕方ありますまい。ならば、乳首に一触れだけ。それで我慢します」

 

 ピン、と指を立ててそう提案する言裏。だが、その表情は真剣そのものであり、真っ直ぐランスを見据えている。その真剣な表情に、ランスが真面目に考え出してしまう。

 

「(こいつ、真剣だな……まさか、女の乳に触った事がないのかもしれん。ナンパの達人とかほざいていたが、これだけのブ男だ。その上あれだけでかい物の持ち主となると、あながち有り得なくもないな。うーむ、ここは大人の余裕で一触れぐらいさせてやるべきか……)」

「どうですかな、ランス殿?」

「……仕方ない。一触れだけだ。ちょっとでも揉んだら殺すぞ」

「おお、かたじけない。一触れで十分。拙僧には、それだけあれば十分ですからな……ふふふ……」

 

 ランスから許可が下りたため、言裏が嬉しそうに笑う。だが、どことなくその瞳が妖しく光っている。

 

「では早速……」

「待て。石像の仕掛けの話が先だ」

「おお、そうでしたな。実はあの石像、隠し通路のありかを示しているのですよ」

「隠し通路だと?」

「左様。あの石像に水を掛けますと、白く輝き少し動きます。その視線の先にある壁が、実は通り抜け可能な隠し通路なのですぞ。この迷宮、最大の謎の一つですぞ、ババン!」

 

 自分で効果音まで口にしながら、そう言い放つ言裏。だが、言裏如きに謎が解けるはずがないとでも思っているのか、ランスが疑いの眼差しを向ける。

 

「本当か? 嘘じゃないだろうな?」

「あてな殿の乳首に誓って。もし嘘でしたら、拙僧のナニを斬り落としても良いですぞ」

「……ふん、ならば信じてやろう」

「ありがとうございまする。では、あてな殿の乳首にタッチを……」

「あてな、服を捲って触らせてやれ」

「はーい、なのれす」

 

 ランスがそう指示を出すと、あてなが元気よく服を捲る。露わになった乳目がけ、言裏が手を伸ばして軽く突く。それと同時に、言裏がランスたちに聞こえないよう小さく呟く。

 

「淫の念力、発射……ふふふ……」

「……まだなのれすか? 冷たいのれす」

「おい、長いぞ」

「……あ、あれ? 馬鹿な……あてな殿、何も感じないのですか?」

「冷たさは感じているのれす」

「……まさか、こんな事が……そんな馬鹿な……」

「あ、おい……」

 

 先程まであてなの乳首に触れていた言裏だったが、何かにショックを受けたのか、ふらふらと独り言を言いながらハピネス製薬本社の方に歩いて行ってしまう。

 

「なんだ、あいつ?」

「ご主人様も一押しどうなのれすか?」

「……服を着ろ」

「うぅ、意地悪なのれす……」

「まあ、とにかく石像の謎は解けた! 早速出発だ、がはは!」

 

 意気揚々と迷宮に出発するランス。その様子を離れてみている仮面が、二人ほど存在していた。

 

 

 

-ハピネス製薬 独身寮-

 

「すいません、無理を言ってしまって」

「いえ。工場地下のモンスターにはこちらも困っていますし、早く解決するならそれに越した事はないですからね」

 

 エムサがそうコナンとシルバレルに頭を下げる。ルークと別れた後、エムサはまずローズと少し話をした。だが、どうも忙しそうであったため、途中で話を切り上げて警備室を訪れ、自分たち以外の冒険者の事を聞いたのだ。迷宮の事以外でもハピネス製薬に探りを入れようとしているエムサにとって、外部の人間である冒険者には話を聞いておきたいからだ。だが、現在請け負っている他の四組から話を聞けるとは思えない。報酬が一人にしか払われない都合上、他の冒険者とはライバル関係であり、情報を共有できるとは思えないのだ。どうしようかと困っていると、コナンが依頼をリタイアした冒険者が一人、まだ独身寮にいると教えてくれたのだ。情報を聞き出すのにこれ程お誂えな人物もいないため、エムサはコナンの案内の下独身寮を訪れたのだ。

 

「しかし、ランスさんとお知り合いとは驚きました」

「あの無礼な男と違って、エムサさんは丁寧で良いですね。ああ、思い出しただけでも腹が立つ……」

「ちょっとわんぱくですからね、ランスさんは。まあ、知り合いと言っても一度冒険を一緒にした程度の仲ですけどね。うふふ、ルークさんに教えてあげたら驚くかも……」

 

 ランスの蛮行を殆ど知らないエムサは、闘神都市で一緒に冒険をしたランスの事を手のかかる大きな弟のように感じていた。ルークと付き合いが長い事は知っているため、教えてあげたらどのような反応を示すかと考え、少しだけ微笑む。まさか既にルークがその事を知っていて、仮面を付けながらランスの後をつけ回しているとは夢にも思っていないエムサだった。

 

「この部屋です。元々四人のパーティーで請け負っていたのですが、三人が命を落とし、残ったフロックさんは荷物を纏めて明日帰る所なんです」

「フロックさん、ちょっと話が……おかしいわね、寮から出て行くのは見ていないんだけど……」

 

 シルバレルが部屋をノックするが、返事がない。フロックが寮に戻って来てからすぐにランスが寮を訪れ、それからしばらく玄関で口喧嘩をしていた。その後、なんやかんやで寮長としての仕事があったシルバレルは常に入り口が視界に入る所にいたため、フロックが寮を出ていない確信があったのだ。だが、部屋の中から返事は無い。

 

「フロックさん、入りますよ。あら? 鍵が掛かっているわね……」

「どうかされたんですか?」

 

 シルバレルがフロックの部屋に入ろうとするが、部屋には鍵が掛かっている。すると、隣の部屋からキサラが姿を現す。

 

「ああ、キサラさん。ちょっとフロックさんに話があったのだけれど、返事が無いのよ」

「あら? フロックさん帰っていらしたんですか? 人の気配を感じませんでしたけど」

「……おかしいわね」

「そちらの方は?」

 

 シルバレルがキサラの言葉を受けて考え込む。確かに部屋に入るのは見ているのだ。それを横目に、キサラがエムサを見ながらコナンに尋ねる。

 

「こちらはエムサ・ラインドさん。新しい冒険者の方です」

「ああ、そうなんですか。初めまして、キサラ・コプリです。ライバル関係だけど、お互い頑張りましょう」

「はい、よろしくお願いします」

 

 キサラがエムサに向かって手を差し出すが、すぐにエムサの目がおかしい事に気が付き、視力が無いであろう事に思い至る。

 

「あ、ごめんなさい……」

「大丈夫です、見えていますから」

「えっ?」

 

 戸惑うキサラを余所に、エムサが正確にキサラの手を取って握手を交わすと、驚いたように声を漏らす。

 

「……カード魔術とは、珍しい戦闘方法ですね」

「なっ!? ど、どうしてそれを……」

「スーツの裏地に仕舞ってあるカードが見えていますから……」

「う、裏地?」

 

 エムサの言葉にキサラが驚き、コナンが目を丸くする。それは、心眼の力。視力の無いエムサだが、彼女に取ってそれはハンデにはならない。それを証明するかのような言動であった。すると、ノックを続けていたシルバレルが口を開く。

 

「駄目ね。いると思ったんだけど、留守みたい」

「そうですか、なら仕方ありません。お手数をおかけ……」

 

 エムサが頭を下げ、独身寮を後にしようとした瞬間、その臭いに気が付く。扉の奥から香る、微かな血の臭い。

 

「……シルバレルさん。今すぐ扉を開けて下さい」

「えっ?」

「部屋の中から血の臭いがします。早く!」

「えぇ!?」

「わ、判ったわ! 今すぐマスターキーを……」

「ふっ!!」

 

 エムサの緊迫した声にコナンが驚愕し、シルバレルがマスターキーを取りに行こうとした瞬間、強烈な破壊音が廊下に響いた。見れば、キサラが強烈な蹴りで扉を蹴破っていた。

 

「緊急事態なので破壊しました。後で修理代は……は、払います、払いますとも!」

「失礼!」

 

 キリッとした顔で喋っていたキサラだが、修理代と自分で言った瞬間少しだけ固まる。だが、すぐに持ち直して言葉を続けた。一筋の汗が頬を伝っていた気がしたが、恐らく気のせいだろう。そのキサラを押しのけ、エムサが部屋の中に入る。続けて他の三人も部屋に入るが、視界に入ってきたのは口から血を吐いて床に倒れているフロックの姿。

 

「なっ!?」

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 シルバレルが両手で顔を覆いながら悲鳴をあげる。悲劇のヒロインのような感極まった悲鳴だが、伝説級の不細工である。

 

「……毒の臭い」

「テーブルの上に飲みかけのコップが……まさか、これに毒が!?」

「ですが、何故? フロックさんはもう依頼を放棄したというのに……」

「えっ!? フロックさん、依頼を放棄していたんですか!?」

 

 コナンがテーブルの上のコップを見て震え出す。警備隊長として粋がってはいるが、こうして間近に死の気配が迫っているのを体験するのは初めてであった。エムサがボソリと呟いた言葉にキサラが反応を示す。その言葉を聞いたエムサはすぐにコナンに問いを投げる。

 

「……コナンさん、フロックさんが依頼を放棄した事を、他の冒険者の方は……」

「知りません。フロックさんがリタイアしたのは、今朝の事ですから……」

「……となると、容疑者は限られてきますね。フロックさんが死んで得をする人間、それは……」

「ライバル関係である冒険者!?」

 

 エムサの言葉に、今度はシルバレルが反応を示す。依頼料が解決した人間の総取りであるため、冒険者に取ってライバル冒険者は邪魔な存在でしか無いからだ。

 

「わ、私は違います!」

「……とにかく、この事は早急に社長に知らせて下さい。狙われているのは冒険者と思われる以上、他の職員には内密にお願いします。下手に刺激しない方がいいので……」

「わ、判りました!」

 

 冒険者が犯人と言われ、キサラが慌てて自分は犯人では無いと口にする。その状況を冷製に観察しながら、エムサはコナンの方へ歩みを進めながら的確に指示を出していく。そして、コナンの横でピタリと立ち止まると、他の二人には聞こえない程度の声で呟く。

 

「それと、ルークさんの存在は隠して下さい。このような状況になったとあれば、冒険者に存在を知られていない、裏で動ける人間がいた方が良いので。私は既にキサラさんに知られてしまいましたが、ルークさんはまだ知られていない可能性があります。こちらからわざわざ名乗り出る必要もありません」

「わ、判りました。まさか、こんな事になるだなんて……まるで本格ミステリーみたいだ!? 名探偵コナン・ホカベン青年の事件簿開幕か!?」

「……自重してください、コナン課長」

 

 恐怖のあまり訳の判らない事を宣うコナン課長を冷ややかな目で見ているシルバレル。それを余所に、エムサが部屋の中に戻っていく。血の臭いに混じって微かに香る毒の臭いは、レンジャー職の者がナイフに塗るのに良く使われている物と同質の物。となれば、やはり冒険者が犯人の可能性が高い。

 

「本当に、一筋縄ではいかない事件のようですよ、ルークさん……」

 

 冒険者暗殺という非道な手段を目の当たりにし、エムサが他の者に聞こえない程度の声でそう呟いた。

 

 

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下二階 C地点-

 

「がはは。あいつの言った通りだったな」

 

 ランスが上機嫌に笑いながら迷宮探索を続ける。言裏に言われた通り、石像に小便を掛けたところ、白く輝いて隠し通路を指し示したのだ。その先にあったハシゴを下り、迷宮の奥深くへとやってきていた。

 

「ご主人様、誰かいるのれす」

「ん? ……女だ! それも裸の美女だ!!」

 

 新たな部屋に入った瞬間、あてなが部屋の奥に気配を感じてそう口にする。ランスが見ると、そこには一人の美女が足首を鎖に繋がれた状態で座っていた。それも、全裸である。

 

「……うぅむ。流石の俺様も、これが怪しい状況だという事は判るぞ」

「白々しい状況なのれす」

「……だが、据え膳か?」

「食べるれすか?」

「無論」

 

 十中八九罠だと判っておきながら、堂々と美女に手を出すと断言するランス。流石と言えば流石である。スタスタと美女に近づいていき、ランスが話し掛けてみる。

 

「どうしたんだ?」

「私を助けて、お願いします」

「よし、助けてやるから一発ヤらして貰うぞ」

「私を助けて、お願いします」

「……だから、後でヤらして貰うぞ? いいんだな?」

「私を助けて、お願いします」

「怪しさ大爆発なのれす」

 

 ランスの問いかけに延々と同じ事を繰り返す全裸の美女。あてながまともな突っ込みを入れるが、ランスは気にせず近づいていき、美女の前にしゃがみ込んで鎖を外そうとするが、それを見た美女の瞳が妖しく光る。ランスは気が付いていなかったが、美女の頭には丸い角が生えていた。

 

「さて、ヤるのに邪魔だからこの鎖は斬るか……って、おい!」

「私を助けて、お願いします」

「それは判ったから抱きついてくるな。鎖を外せん……って、ん!?」

 

 鎖を外そうとしていたランスに美女がいきなり抱きついてくる。ふくよかな感触に多少頬は緩むものの、鎖を外す邪魔でしかないため引き剥がそうとする。だが、急に足下でガチャリという音がなった。見れば、ランスの足が鎖で繋がれているのだ。

 

「なんじゃこりゃぁぁぁ!」

「あ、罠にかかってる」

 

 ランスが叫び声をあげると、わらわらと部屋にグリーンハニーが集まってきた。その数、十体。平常時であれば問題でない数だが、今のランスは身動きが取れない。

 

「なっ!? やはり罠だったのか!?」

「当然なのれす」

 

 腕にしがみついている美女が邪魔で剣を振るえない中、ランスが集まってきたハニーを見てこれが罠だったのかと悔しそうに表情を歪ませる。

 

「あいやー。やっぱり人間は仲間の危機を見捨てられない、情の生き物だねー」

「馬鹿だねー」

「人間の甘い心を狙ったこの人間ホイホイ作戦、大成功だねー」

「それじゃあ、殺そう!」

 

 その言葉が合図となり、一斉に鋭いトライデンを取り出すグリーンハニー。

 

「くっ……あてな、戦え!」

「一人じゃ嫌れす。ご主人様も一緒がいいのれす!」

「どこをどう見たら俺様が戦える状況に見えるんだ! 良いから戦え!!」

「えーん、仲間外れは嫌なのれす」

「って、馬鹿者! しがみつくな!」

 

 あてなが泣きながら美女がしがみついているのとは別の腕にしがみついてくる。余計に身動きが取れなくランス。

 

「あいやー。一カ所に集まってくれたよー」

「それなら、ハニーフラッシュの一斉照射の方が楽ちんだね」

「だねー」

「げげげ……」

 

 グリーンハニーたちが一斉にハニーフラッシュを撃とうとしているのを見て焦るランス。ハニーフラッシュは狙いが定まっていれば、絶対命中、防御無視という特性を持つ。どんなにレベルが高くても確実にダメージを食らう以上、食らい続ければいつかは死んでしまう。

 

「それじゃあ、みんなで一斉に、ハニーフラッ……」

「真空斬、乱れ撃ち!!」

 

 瞬間、十体のハニー全てが粉々に砕け散る。飛んできた斬撃が彼らの体を砕いたのだ。次いで一つの人影が宙を舞い、ランスたちの前に降り立つ。

 

「だ、誰だ!?」

 

 ランスの目の前に立つのは、漆黒の蝶型メガネをつけた戦士。メガネのせいで素顔は判らないが、漆黒の剣を手に持ち、漆黒のマントを羽織っている。全てを黒で統一している中、鎧だけが真紅の鎧であった。ここだけは準備が間に合わなかったのだろう。

 

「俺の名はブラック仮面!!」

「ブラック仮面だと……!?」

「真空斬とか言っていたのれす。隠す気ないのれす」

 

 ブラック仮面と名乗る謎の人物に困惑するランス。だが、ランスの腕にしがみついていたあてなはブラック仮面を見ながら平然としている。

 

「真空斬!」

「私を助けて、お願い……ぎゃぁぁぁぁ!!」

「あっ、貴様! 美女に何て事を……」

「良く見ろ!」

「むっ……こ、これはまねした!?」

 

 突如ランスの腕にしがみついていた美女に向かって斬撃を飛ばすブラック仮面。美女が悲鳴をあげて真っ二つになり、ランスがブラック仮面を睨み付けるが、ブラック仮面に示唆されて再び美女に視線を向けると、そこにはまねしたの死体が横たわっていた。このモンスターが美女に化けていたのだろう。

 

「どんなに上手く化けていても、角だけは隠せないのがまねしたの特徴だ。覚えておくといい、ランス!」

「むかむか。そんな事は知っているわ! それよりも、何故俺様の名前を知っている? 貴様、何者だ!?」

「俺か? ふっ……俺は、お前の良く知っている男さ」

「なにぃ!?」

「気をつけろ、ランス。この事件、一筋縄ではいかんぞ! はっ!!」

 

 威勢の良い掛け声と共に、ブラック仮面は部屋から出て行く。部屋に残されたのはランスとあてなのみ。とりあえず鎖を斬って立ち上がったランスは、ブラック仮面の消えた方角を見ながら不可解そうに呟く。

 

「ブラック仮面……一体何者だ?」

「どこをどう見てもルークなのれす」

「馬鹿者。ルークがあんなふざけた格好をする訳がないだろうが!」

「えー……」

 

 あてなの予想を即答で否定するランス。あてなが呆れるという、非常に珍しい構図が出来上がっていた。暗殺された冒険者。ランスの前に現れたブラック仮面を名乗る謎の男。こうして事件は混迷を極めていくのだった。

 

 




[人物]
ブラック仮面
LV 60/210
技能 剣戦闘LV2 対結界LV2 冒険LV1
 突如ランスの前に現れた謎の仮面男。漆黒の蝶型メガネで素顔を隠しており、その正体は判らない。一瞬で十体のハニーを屠った事から、相当な実力者であるのは確か。

フロック
LV 7/11
技能 なし
 ハピネス製薬の依頼を受けていた冒険者。仲間が全滅し、依頼をリタイアして帰り支度をしているところを何者かによって毒殺される。


[モンスター]
まねした
 変身を得意とする男の子モンスター。だが、どんなに上手く化けても頭の角は隠せないため、それなりの冒険者であればこのモンスターに騙される事は基本的には無い。


[装備品]
ギガアタックボウ
 あてな2号に取り付けられているボウガン。そこらで市販されている弓よりも強力な代物であり、フロストバインと真知子の自慢の一品である。略してギガボウ。

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