ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第11話 幻獣使い ミル・ヨークス

 

-妖体迷宮 拷問部屋-

 

「はぁ……はぁ……なんとか勝てた……」

「お疲れ様です、バードさん」

 

 激戦の末になんとか拷問戦士を打ち倒したバードとシィルが一息ついていた。傷だらけのバードをシィルがヒーリングの魔法で回復している。しっかりと描写すれば小説一冊分にもなろうかという程の戦いであったが、残念ながらカットである。

 

「……ん? なんか今、よく判らないけど不幸な目にあった気が……」

「どうかされましたか、バードさん?」

「ああ、いや、なんでもない。それよりも、拷問されていた少女は一体……?」

 

 バードが救出した少女に視線を送る。先程シィルが治療をしていたのだが、バードが拷問戦士を倒した事で安心したのか、今は意識を失っていた。

 

「治療をしているときに聞いたのですが、彼女はレザリアンさんというそうで、カスタムの町の住人だそうです」

「攫われた少女の一人という事か……くそ、四魔女の奴め!」

 

 バードが憎々しげにそう口にするが、マリアと対峙したシィルは若干複雑な心境であった。確かにこちらを殺そうとはしてきたが、研究室で話した際にはそれ程悪い人間には見えなかった。本当に彼女たちがこんなに酷い拷問を指示したというのか。そのとき、部屋の扉からヌッと二つの巨体が入ってくる。

 

「おい、拷問相手を変える時間だぞ……と、なんだ貴様らは?」

「おいおい、やられているじゃないか」

 

 部屋に入ってきたのは、二体の新たな拷問戦士。それぞれが先程助けた少女と同じようにアザを作った少女を連れている。恐らく、彼女たちも攫われてきたカスタムの住人なのだろう。バードがすぐさま剣を抜いて立ち上がり、拷問戦士に向かって剣を向ける。

 

「お前たち、その少女たちを離せ!」

「くくく、一人倒したくらいで粋がるなよ。お前が倒したのは、我ら拷問戦士の中でも一番の小物」

「今回の拷問主に選ばれたのが不思議なくらいな弱さだったんだよ」

「なんだと!? くっ……それでも、僕はお前たちを倒す!」

「(同じモンスターの間でそんなに強さに開きがあるものなのでしょうか……?)」

 

 シィルの疑問を余所に、バードは二体の拷問戦士に果敢に立ち向かっていく。シィルもすぐさまバードを援護すべく詠唱を始め、拷問戦士二体も少女を放り捨てて鞭を構える。ルークたちのあずかり知らぬところで再度激戦の幕が上がるのだが、こちらも残念ながらカットである。

 

 

 

-ピラミッド迷宮深部 通路-

 

「もう……お嫁に行けない……」

「ほら、あんま気にすんなよ。野良犬にでも噛まれたと思って……」

「噛んだ張本人が言わないでください!」

 

 一行は最後のワープ装置を起動させ、ミイラ男から聞いた話し声のする部屋を目指して迷宮を進んでいた。後ろではマリアがさめざめと泣いている。ミリが慰めているが、泣かせた張本人にフォローされても効果は薄いだろう。すると、先頭を歩いていたランスがその歩みを止める。目の前には、少し開けた部屋。

 

「これがミイラ男の言っていた部屋か? 誰もいないではないか」

「いや、聞いた話ではもう少し先のはずだ」

「ねぇ、ランス……なんだかこの部屋寒気がするわ……早く抜けましょう」

「うむ、こんな部屋に長居は無用だな。ん、なんだこの札は?」

 

 ミイラ男から聞いていた部屋まではそれなりに距離があると聞いていたので、この部屋ではないはず。見れば、部屋の奥にはその先の通路に続く扉が見える。さっさと通り抜けてしまおうと部屋を横断するルークたちだったが、ふとランスの目に壁に貼られた一枚のお札が飛び込んでくる。

 

「ピラミッドにお札とは不釣り合いだな」

「ていっ!」

「ええっ!? そんな見るからに怪しいものを考え無しに剥がさないで!」

 

 いきなり札を剥がしてしまったランスにマリアがツッコミを入れていると、その札のあった場所からモクモクと煙が立ち上る。同時に、部屋を強力な邪気が包み込む。すぐさまルークとミリが剣を抜いて煙の方に向き直りながら構えると、煙の向こうからゆっくりと一人の女性が姿を現す。緑色の髪の美しい女性だが、その頭には角が生えている。ただ者では無い。ルークがそう感じながら剣を強く握り直していると、突如その女性が深々と頭を下げながら口を開いた。

 

「はじめまして、悪魔の札により召喚された者です。事情により名前は言えませんが、以後お見知りおきを……」

「悪魔だと……!?」

「ちょっと待って! 私たちは別に貴女を呼び出してなんかいないわよ!」

「そこの戦士の方が札を剥がしてくださいましたでしょう。あれが私を呼び出す方法です」

「ふむ、やはり怪しい代物だったか。俺様には判っていたぞ」

「なら考え無しに剥がさないでよ!」

 

 腕組みをしながら堂々とした態度のランスにマリアが苦言を呈す。悪魔、それは神々と対を成す存在であり、階級にもよるがその強さは人間を遙かに凌駕する。そんなものを軽々しく呼び出してしまうなど、非常に危険な行為なのだ。ルークは緊張感を解くことなく、悪魔に向かって尋ねる。

 

「それで、お前は何をしに出てきたんだ?」

「そうですね。では、説明をさせていただきます」

 

 悪魔の女性はコホン、と咳払いを一つし、自分を呼び出された目的を話す。

 

「私は呼び出された方の願い事を三つだけ叶えます。もちろん、私の力の範囲内でしか願い事は叶えられないので、不老不死や世界平和などは無理ですが」

「話が美味すぎるねぇ。あんたへの見返りは?」

「見返りは願いを叶えた者の魂を頂きます。ああ、安心してください。魂は死後に引き取りに来ますので、今後の生活が変わる訳ではありません。ですので、安心して願いを仰ってください!」

 

 キャッチセールスの様な口調で話を続ける悪魔。ミリの質問にも慌てる事無く、丁寧に質問に答える。話を聞く限りでは、確かにかなり美味しい契約だ。だが、悪魔の契約などそんな簡単に信用していいものではない。

 

「(ようやく悪魔の契約係を任せられるくらいに出世したんだもんね……初仕事頑張らなきゃ……)」

 

 悪魔の女性が内心でグッと拳を握りしめる。彼女は契約係に出世したばかりであり、今回が初仕事であった。いきなり躓くわけにはいかないので、自然とセールストークにも力が入る。

 

「さあ、どうですか? 死後の魂なんて今の貴方には関係ありませんし、ここは私と契約を結びませんか?」

「……叶えられる範囲ならどんな願い事でもいいんだな?」

「勿論です!」

「ちょっとランス、危険よ!」

「確かに俺も危ないと思うぜ。悪魔を信用しすぎるな」

「契約するなら無理には止めないが……賛同は出来んな……」

 

 ランスがあからさまに興味を見せたのを見た三人は口々にそれを止めようとする。が、ランスは三人の意見を気にすることなく、ニヤリと笑いながら悪魔に向き直る。

 

「がはは、大丈夫だ。悪魔の娘、その契約乗ったぞ!」

「(やった、初仕事成功! 私って幸先いい!!)」

 

 返事を聞いた悪魔の女性は、嬉しそうに羽尾をパタパタと動かす。その悪魔とは対照的に、マリアは心配そうにランスを見つめている。

 

「おい、お前に叶えられる範囲ならなんでもいいんだな?」

「はい。私に叶えられる範囲であれば、なんでも大丈夫です」

「(あーあ……なんでも、って言っちまったよ……)」

「(これで願いの一つは確定だな……)」

 

 悪魔の言葉を聞いて、ミリとルークが哀れんだ視線をその悪魔に向ける。ある意味、一つ目の願いが確定した瞬間であったが、そんな事を知る由も無い悪魔はランスに向かって問いかける。

 

「ではさっそく、願いの方をお願いします」

「うむ……俺様の願いはズバリ……」

「ズバリ……?」

「ゴクリ……」

 

 ランスがキリッと真剣な表情になり、悪魔の女性もそれに反応して真剣な表情になる。漂う緊迫感にマリアがゴクリと息を呑みこむのと同時に、ランスが口を開いた。

 

「ヤらせろ!」

「………………へ?」

 

 想定もしていなかったであろう回答に思考が追いつかないのか、ポカーンとアホ面になる悪魔の女性。隣では盛大にマリアがずっこけている。

 

「この男はなんだって、こう……」

「そうか? 俺は絶対にこう言うと思っていたぜ」

「まあ、これでこそランスというか、何というか……」

 

 予想通りの展開にちょっと誇らしげなミリ。ルークも予想通りの回答にため息をつく。流石はランスと言ったところか。

 

「どうした? まさかこの願いは駄目だとか言うつもりはあるまい? どう考えても、貴様に叶えられる範囲の願いだもんなぁ?」

「へぁ!? も、勿論そんなことありませんよ。ただ、その、そんな願い事をする人間がいるなど、今まで聞いた事が無かったので……」

「がはは、それではさっそくゴーだ!」

「ええっ!? こ、ここでするんですか!? せめて他の人を別の場所にとか……」

 

 ちらりとルークたちを見る悪魔の女性。気のせいか、その目はこちらに助けを求めているような目であった。だが、ランスはふん、と鼻を鳴らして悪魔を挑発するような言動を取る。

 

「なんだ? 悪魔のくせに恥ずかしいのか? 情けない悪魔だ!」

「カッチーン! そ、そんなことはありません。さぁ、どこからでも来てください!! ドンと来いです!」

「はぁ……まんまと挑発に乗ってしまったな、あの悪魔……」

「男慣れしてないんだろうねぇ」

「そういう問題なの? というか、止めないの?」

「別に悪魔を助ける義理もないしねぇ……」

 

 臨戦態勢に入る悪魔に呆れた様子のミリとルーク。マリアが止めないのかと聞いてくるが、悪魔を助ける義理も義務も無い。なにせ魂を賭けた契約なのだ。この程度の願いはなんら問題の無い範囲だろう。

 

「ぐふふ、では……とーーーー!」

「きゃあ!」

「お、始まった、始まった」

 

 ランスが悪魔に飛びかかり、部屋の中心部で情事が始まる。ミリがそれをやんややんやと観戦し、ルークとマリアは部屋の隅で壁とにらめっこしながら事が終わるのを待つ。もし万が一悪魔が反抗した場合の時に備え、部屋からは出て行かない二人。その背中は若干の哀愁が漂っていた。

 

「がはは、悪魔はエロエロだぞ! マリアも見ろ!」

「ルーク、あんたもこっちに来たらどうだ? 悪魔と人間の行為なんて、中々見られるもんじゃないぜ」

「ギャラリー増やそうとしないで……」

 

 ランスとミリが壁を向いている二人を誘う。ルークの観戦を誘ったミリをランスが止めなかったのは、ルークがランスからそれなりの信頼を得ているのか、はたまた気持ちよすぎて深く考えなかっただけなのか。

 

「別に興味はないんでパス」

「私もパスします。女の子がランスにHされてるとこなんて、見たくないもん」

「がはは、マリアはやきもち焼きだな」

「……馬ぁ鹿」

「ミリ、この反応はどうなんだ?」

「さあね。ただの嫌悪感か、本気のやきもちか……後者だとしても、本人に自覚はなさそうだねぇ」

「胸揉みながら普通に会話とかしないで……」

 

 マリアの意外な反応にルークとミリが驚いている中、ランスはマリアと会話しながら普通に悪魔の胸を揉みしだく。先程から悪魔が抗議を続けているのだが、それを聞いている者は誰一人としていなかった。その後、二十分ほど行為が続き、しっかりと本番まで終わらせたランス。悪魔はぐったりとしている。

 

「人間のくせに……人間のくせに……」

「なんか小声でボソボソ言っているぞ」

「トラウマにならなきゃいいけどねぇ……」

 

 ルークとミリの心配を余所に、ランスが悪魔へと近づいていき無理矢理その身体を起こす。

 

「ほら、いい加減起きろ。悪魔のくせに弱っちいな」

「くぅぅ…… (人間のくせに、人間のくせに、人間のくせに!!)」

「おぉう、射殺さんばかりの視線だな」

「こっちが素か」

 

 どうやら先程までの丁寧な話し方や態度は、契約を結ばせるための外面だったらしい。悪魔にしては珍しい態度だと思っていたルークだが、これで合点がいく。と、丁度ランスが二つ目の願いを口にしようとしていた。

 

「さて、それじゃあ次の願い事だが……」

「ルーク、マリア、なんだと思う? 賭けないかい? 俺は大金を寄越せに賭ける」

「普通にシィルちゃん救出の手伝いじゃないの?」

「ふむ……もう一つ願い事はあるからな。シィルちゃん救出は三つ目に取っておいて、二つ目は美人の悪魔を紹介しろ、かな」

 

 三人がそれぞれの予想を立てつつ、ランスが何を願うのか注目する。だが、ランスの口から発せられたのは予想外の願い。

 

「ズバリ、ヤらせろ!!」

「………………………………」

「……お、鬼だわ!」

「……これは流石に読めなかったな」

「……大した男だ」

「おねが、お願いです! お願いですから別の願い事に……いやぁぁぁぁぁ!!!」

 

 カーン、とどこかでゴングが鳴る音が聞こえた気がする。第二ラウンド突入。それはつまり、ルークとマリアの壁とのにらめっこ第二ラウンド突入も意味していた。

 

 

「それでは……次が最後の願いです……よく……よーく考えた上でお願いします」

 

 第二ラウンドもたっぷりと時間を掛けられ楽しまれた悪魔。まさかの三ラウンドを警戒してか、必要以上にランスに念を押している。それに対し、既に三つ目の願いを決めていたのか、ランスは即答する。

 

「俺様の魂を取るという話をなかったことにしろ」

「……えっ?」

「何だ? お前に叶えられる範囲のことだろう、この願いは」

「……上手いな」

 

 ルークが感心する。ランスのこういう悪知恵に対しての頭の回転は本当に凄い。

 

「い、いえ……その……あの……願いを増やしたり、契約を無かった事にしたりするのは本来認められていなくて……」

「そんな話は聞いていないぞ!」

「……はっ!? い、言い忘れた!?」

「完全にそちらの落ち度だな。となれば、この願いを拒否するのは契約違反と言える。」

「で、でも本来は認められていなくて……」

「まったく、悪魔というのは自分が交わした契約一つ守れないのか。あぁ、情けない」

「……わかり……ました……受理させて……いただきます……」

 

 ガクリと頭を下げる悪魔。その頬を涙が伝っている。

 

「私、今なら悪魔と仲良く出来るかも……」

「まだ鏡の間の事を根に持っていたのかい?」

 

 マリアの呟きにミリがポリポリと頬を掻く。なにやら悪魔に親近感を持ってしまったらしい。ある意味、悲しい発言である。

 

「がはははは! 悪魔とタダでHしてやったぞ! とーくしたー!!」

「う……うわーん! この悪魔ーーー!! 二度と私の前に現れるなーーーー!!!」

 

 悪魔を挑発するかのように目の前で小躍りをするランスに悪態をつきながら、悪魔は泣きながらどこかへと去っていってしまった。

 

「悪魔に悪魔って呼ばれる人間が誕生したわ……」

「ある意味、歴史的瞬間かもしれんな」

 

 去っていく悪魔の背中を悲しげな瞳で見つめるマリアとルーク。だが、あの悪魔は真面目に戦えば自分たちの敵う相手では無かっただろう。呼び出したのがランス自身とはいえ、上手い事追い払ってくれた事に感謝しつつ、あの悪魔がシャイラとネイの二人と組んで復讐とか言い出さねばいいが、とルークは切に願うのだった。

 

 

 

-ピラミッド迷宮 幻獣の間-

 

 ピラミッド迷宮にある、ただ広いだけの何も置いていない部屋。実は階段の側にこの部屋はあるのだが、その入り口は壁に覆われており、合い言葉を言わないとそちらから入る事が出来ないため、ルークたちは気が付く事が出来なかったのだ。

 

「ああ、楽しかった。ボールは片付けておいてね」

 

 部屋の中でそう幻獣に指示を出すのは、四魔女の一人、ミル・ヨークス。この部屋は彼女が幻獣たちとの時間を過ごすために、リーダーの志津香にお願いして造り出して貰った部屋であった。自分が生み出したたくさんの幻獣たちと、あるときは魔法の修行を、またあるときは鬼ごっこやボール遊びをして楽しんだ。今も丁度ボール遊びを終え、幻獣に後片付けをお願いして部屋の奥へと下がろうとしているところだった。この奥には、ミルが生活するための部屋が別途造られているのだ。存分に遊んだため、一眠りしようとミルは考えていたが、部屋の入り口から誰かが入ってくるのが見えたためその歩みを止める。

 

「だぁれ? なにかご用?」

「ミルッ!!」

「おお、あれがミルだな。ぐふふ、彼女も美人ではないか」

「あっ、ランス。言っておかなきゃいけないことがあるんだけど、ミルはね……」

 

 部屋に入ってきたのは四人。男二人は知らない人間だったが、残りの二人の女性はミルもよく知る人物である。同じ四魔女の一人であるマリアと、実姉であるミリ。予想外の来訪者にミルが目を丸くしていると、そのスレンダーな体つきと幼さを残しながらも美人の容姿を見たランスが嬉しそうに声を上げる。それに対してマリアが何かを言おうとするが、それはミルの言葉によって遮られてしまう。

 

「あれ、お姉ちゃん? もう、なんで来たのよ。私のことは放っておいてよ!」

「ようやく見つけたぞ、ミル! 町の人たちにこんなに迷惑かけやがって……指輪を外して姉ちゃんと来るんだ!」

「ふんだ!」

 

 ぷいっ、と頬を膨らませてそっぽを向くミル。その反抗的な態度を見た瞬間、ミリの額にはビキッと青筋が浮かぶのをルークは確かに見た。

 

「こら! いい加減にしないと、お尻ペンペンじゃすまさないよ!」

「ひっ……」

「子供じゃあるまいし……」

 

 声を荒げるミリに、何故か怯えた態度を見せるミル。ミリの発言もどうかと思ったが、どちらかというとお尻ペンペンに怯えているミルに対してルークは呆れる。あれではまるで子供だ。

 

「な、なによ、なによ。全然怖くなんかないんだからね! もう、さっさと帰って!!」

「そうは行くか! お前も一緒に帰るんだよ、ミル!」

「帰らないわ! 私はここで大好きな幻獣さんとずーっと一緒に暮らすんだもん。ここなら誰にも怒られない。一日中好きな事を出来るなんて最高!」

「ふん、お尻ペンペンにびびっていたのもそうだが、子供みたいな考え方だな。これは立派な大人の見本である俺様がお仕置きしてやらねばなるまい」

「いや、だからミルはまだ……」

「幻獣さん!」

 

 ミルに呼ばれ、ボールを部屋の隅に置いていた幻獣が慌ててミルの前に飛んでくる。身体は青白く、鋭い爪にギョロリとした目。あれが幻獣。

 

「ふん、たった一体で俺様を止める気とは、身の程知らずも甚だしいぞ」

「たった一体? ふふん、勘違いは止めてよね!」

 

 剣を抜きながら挑発するランスに対し、ミルは勝ち誇った顔をしながら右手を前へと突き出し、そのまま横へとゆっくり動かしていく。すると、その手が通った虚空上からザワザワと何かが生み出される。それは、先に部屋にいたものと全く同じ姿の幻獣。それが今の簡単な動作だけで、なんと五体も生み出されたのだ。

 

「あれだけで幻獣を呼び出したというのか!?」

「指輪のせいよ! 幻獣召喚は、本来こんなに簡単な魔法じゃない!」

「うふふ。今のミルは無敵なんだから……やっちゃって、幻獣さん!!」

「来るぞ!」

 

 ルークが目を見開く。無尽蔵に生み出すとは聞いていたが、あんなスピードで量産されては為す術がない。だが、部屋の構造上奇襲は難しく、正面から挑むしかなかったのだ。ミルの合図を受け、幻獣たちがルークたちめがけて一斉に宙を走る。ミリの声に反応し、マリアも慌ててチューリップを構えるが、それよりも早くランスが前へと駆け出した。

 

「がはは、動きが鈍いな。俺様の華麗な剣技で真っ二つだ!」

 

 ランスが幻獣の頭目がけて剣を振るう。だが、ランスの剣は幻獣の体をすり抜けてしまった。思わぬ事態にランスは体勢を崩しそうになるがなんとか持ち堪えると、目の前に迫っていた幻獣が爪を振るってくる。慌てて剣でガードしたランス。ガキン、という金属音が部屋に響き渡る。

 

「ぐぬ……ふんっ!」

 

 爪を剣で防げたのを確認しつつ、ランスは再度剣を振るう。が、またもその剣は幻獣の体をすり抜けてしまった。

 

「なんでじゃぁぁぁ! おい、マリア! どういう事だ!」

「わ、判らないわ……駄目、私のチューリップも効かない!」

 

 ランスが思わずマリアに向かって怒鳴るが、同じ四魔女であったマリアも目を丸くして驚いている。チューリップ1号の砲撃も幻獣の体をすり抜けてしまったのだ。その二人の様子を見て、ミルが笑い声を上げる。

 

「あはははは、私の幻獣さんにはそんな攻撃は効かないわよ! 幻獣さんは、普通の攻撃じゃあ倒せないのよ。そういう性質持ちなの」

「そんな……今までミルが呼び出している幻獣はそんな事なかったのに……」

「未熟者でも指輪の力で一端の魔法使いって事かい……くそっ、どこまで世間様に迷惑かければ気が済むんだ、ミル!」

「み、未熟じゃないもん!」

 

 幻獣の呪文とは、無の世界から怪物を召喚する力。その怪物たちはある特殊な性質を持っていた。それが、攻撃完全無効化の性質だ。彼らの周囲には常に特殊な結界が張られており、その結界の力によって同族の攻撃以外は全て無効化してしまうのだ。唯一攻撃に使う爪の部分だけは結界が張られていないのだが、それでは攻撃を防ぐだけで精一杯である。これまでのミルではその結界を完全再現出来ていなかったのだが、指輪の力により魔力が増幅した今のミルには幻獣の力を完全に再現出来ていたのだ。

 

「ええい、汚いぞ! 幻獣の弱点を教えろ!」

「ふふん、勝者の余裕で教えてあげてもいいわよ」

「む、なんだ、中々に話の判る娘ではないか」

 

 ランスの質問に素直に答える態度を見せるミル。だが、そんなに甘い話の訳がない。

 

「幻獣さんの力も完璧って訳じゃあないわ。強い力を持った神や悪魔には通用しないの。でも、それ以外は問題なし。誰にも幻獣さんを殺す事は出来ないわ」

「……俺様たちが勝つ方法は?」

「無いわ。ああ、一つだけ。術者である私を倒せばいいのよ」

「む、確かにその通りだ。では早速……」

「ふっ!」

 

 ランスがずかずかとミルに近寄ろうとしたが、ミルはまたも手を横に振るう。すると、今度は一気に八体もの幻獣が生み出される。元からいた六体と合わせると、部屋の中には十四体もの幻獣がいる事になる。その全てが、こちらの攻撃を無効化するのだ。

 

「なにしているんだ、貴様! これでは近寄れんではないか!」

「当然じゃない。うふふ、これだけ早く幻獣を生み出せれば、誰も私には近寄れない。もしかして、今の私は地上最強の魔法使いなのかも……最強なんて興味なかったけど、いざなってみると格好良くていいかも……」

 

 ミルが自身の指に填められているフィールの指輪をうっとりとした目で見つめる。妖しく光るフィールの指輪。あの指輪の力によってミルはおかしくなってしまっているのだ。

 

「さあ、幻獣さん。取り囲んで!!」

「くっ……」

 

 ミルの言葉に反応し、ランスたちの周囲に散らばる幻獣たち。四方を取り囲まれたランスたちは互いに背中を合わせ、幻獣たちを睨み付ける。

 

「今ならごめんなさいすれば無傷で帰してあげるわ」

「ごめんなさいするのは、悪い事をしたときだって教えただろ。だから俺は謝らないぞ。悪い事をしているのは、ミル、お前だ……」

「……幻獣さん、殺さない程度に痛めつけて!!」

 

 ミリの言葉に一度だけ唇を噛みしめたミルだったが、すぐに幻獣に攻撃の指示を出す。それに反応し、先頭にいた二体の幻獣がルークたちに迫る。

 

「大昔には幻獣さんにダメージを与えられる幻獣の剣っていうのがあったみたいだけど、とっくに行方知れずになっちゃっているわ! さあ、観念してやられてよね!」

「えっ?」

「なに?」

「それは……」

 

 ミルの言葉に一斉に反応する一同。マリア、ランス、ミリの三人が思わず声を漏らして一人の男を見る。それに応えるかのように、その男は持っていた剣を腰に差し、もう一本の剣へと持ち替えて幻獣に駆け出す。無駄な行為だ。ミルがそう吐き捨てようとした瞬間、それは起きた。

 

「……えっ!?」

 

 一閃。男に迫っていた二体の幻獣は、男の剣によって一刀両断され消滅してしまったのだ。ミルが目を見開いて驚愕する。目の前の光景が信じられない。

 

「わざわざ説明ありがとう。幻獣の剣、っていうのはこいつの事かな?」

 

 その男、ルーク・グラントが持っていた剣をミルに見せつける。ところどころに高そうな装飾が施された剣。幻獣使いだからこそ、天敵とも呼べるこの代物はしっかりと文献で調べていたのだ。だからこそ、ミルは確信する。間違いない。目の前にあるのは本に載っていた剣と全く同じものだ。

 

「そ、それは幻獣の剣!? どうしてそれを!? 200年くらい前から行方が判らないはずなのに!」

「たまたま譲り受けてな。まさかいきなり役に立つとは……ガイアロードには感謝しなければならんな」

「ほらね、必要なアイテムは冒険中に見つかるものでしょ?」

「いや、俺様の強運のお陰だな。流石は俺様」

 

 マリアとランスが後ろで暢気な話をしているのが聞こえるが、ルークはそれを無視してミルに向き直る。ビクッと一度震えた後、ルークをキッと睨み付けてミルが叫ぶ。

 

「卑怯よ! 反則だわ! その剣は幻獣使いにとっては天敵なのよ!」

「こんなダメージを与えられない敵を量産した貴様に反則呼ばわりされたくないわ!」

 

 ミルの叫びに反応したのか、はたまたランスがミルに向かって怒鳴ったことに反応したのかは判らないが、一体の幻獣が爪を立ててランスへと向かっていく。ルークはすぐさま駆け出し、ランスの前に立って幻獣の剣を横薙ぎに振るう。またも一閃。同時に、ルークは今の感触からとある事を確信する。

 

「ふん、あのミイラ男から貰った剣がこれ程使えるとはな。仕方がない、今この場で戦えるのはお前だけだ。さあ、働け! それと、この戦いが終わったらその剣は俺様に寄越せ」

「なんて理不尽!?」

「しかもルーク一人に戦わせて、自分は楽するつもりだ……」

 

 ランスがふんぞり返りながらルークに指示を出すのを見て、マリアとミリが呆れたような視線を向ける。だが、自分たちには何も出来ないのは事実。ここは幻獣の剣を持っているルークに頑張って貰うしかないのだ。だが、そのルークは一度だけ静かな笑みをランスに向けると、手に持っていた幻獣の剣をランスに向かって放り投げる。思わず反射的に受け取ってしまうランス。

 

「ランス、使え。別にあげる訳では無いからな。後でちゃんと返せよ」

「むっ、貴様……自分が楽するために俺様に剣を渡したな。めんどくさいからお前がこれを使って戦え……っておい! 話を聞け!」

 

 ランスの話が終わるよりも早く、ルークは駆け出していた。腰に差していた妃円の剣を抜き、目の前の幻獣へと突っ込んでいく。対する幻獣も鋭い爪を高々と掲げ、ルークに向かって振り下ろそうとしてくる。

 

「だめ、ルークさん危ないわ!!」

「何やってんだ! さっさと下がれ!!」

 

 マリアとミリが思わず叫び声を上げる。普通の剣で幻獣に向かうなど自殺行為だ。その叫び声に反応するかのように、幻獣の腕とルークの剣が交差する。ランスのときとは違い、ルークの剣は爪ではなく腕の部分に向かっている。それでは、ランスのときのように幻獣の攻撃を防ぐ事は出来ない。ルークの剣は幻獣の体をすり抜け、幻獣の爪はルークの体を引き裂く。その場にいた誰もがそう予想していた。だが、現実に起こったのは全く逆の出来事。

 

「むっ……」

「なっ!?」

「おいおい、マジかよ……」

「嘘……どうして……」

 

 ランスが眉をひそめ、マリアは呆然とし、ミリは頭に手をやりながらため息をつく。ルークの剣は幻獣の体をすり抜ける事無く、その腕を斬り裂いてそのまま幻獣の体を両断したのだ。幻獣の剣でやったのならば、まだ判る。だが、ルークの持っている剣は妃円の剣。ミルが呆然としながら声を漏らす。有り得ない事態が二度も続いたのだ。一体何が起こっているのか理解しきれない。今のミルには冷静な判断が出来ず、ただただ声を荒げる事しか出来なかった。

 

「何をしたの!? なんで普通の剣で幻獣さんに攻撃できるの!?」

「残念だったな、ミル・ヨークス。どうやら俺は幻獣使いにとって……」

 

 先にも記したとおり、幻獣の周囲には常に特殊な結界が張られていて、その力で敵の攻撃を無効化している。そう、結界なのだ。それをルークが確信したのは、幻獣の剣で敵を斬り裂いたとき。微かに感じたそれは、自身の能力が発動する感覚であった。対結界。ルークのみが保有する、結界無効化技能。それは、ミルにとっては幻獣の剣以上の……

 

「天敵みたいだ!!」

 

 

 

-悪魔界 某所-

 

「願い事を叶えたのに契約を破棄されたですって? ……グズね。フェリス、あなたは降格処分よ」

「そ、そんなぁぁぁぁぁぁ!! フィオリ様ぁぁぁぁ!!!」

 

 一方その頃、一人の悪魔の転落人生がスタートしていた。

 

 




[人物]
フェリス
LV -/-
技能 悪魔LV2
 元カラーの悪魔。若くして第六階級まで上り詰めたエリートであったが、ランスのせいで降格させられた。悪魔は通常のLV概念から外れており、階級や功績によって強さがある程度変動する。第六階級ともなれば、並の魔人とも同等に渡り合える実力を持つ。降格したが。

フィオリ・ミルフィオリ (ゲスト)
LV -/-
技能 悪魔LV2
 フェリスの上司。ドS。第三階級悪魔で、広大な領地を持つ君主。その実力は並の魔人では到底太刀打ちできず、魔人四天王と呼ばれる上位魔人と互角か少し上の力を持つ。最近空中に浮かぶ都市が気になっているとかいないとか。アリスソフト作品の「闘神都市3」よりゲスト出演。今後の登場予定もあり。


[技能]
悪魔
 悪魔としての才能。人間やカラーから転生した者は、転生する際に身につく。


[装備品]
幻獣の剣
 ガイアロードが生前に使っていた業物の剣。特殊な結界に覆われていてダメージを与えられない幻獣を斬り伏せる事が出来る特殊能力を持つ。盗難防止のため本人以外の男性が触ると電流が走る仕掛けとなっているが、その仕掛けを解除してからルークに手渡したため、今は誰でも持つことが出来る。

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