ランスIF 二人の英雄   作:散々

121 / 200
第119話 バード変態プロジェクト

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下二階 ゴミの山地点-

 

「なんだ、このゴミの山は!?」

「ゴミ、ゴミ、ゴミ虫。ぶーん」

 

 ランスがあまりの悪臭に鼻を摘む。ここは土砂が崩れた場所から少し歩いた地点。バードはどうでもいいが、土砂の中に閉じ込められてしまったキサラを助けるべく、ランスは辺りを探っていたのだ。土砂の付近には何とかなりそうな手段は無かったため少し歩いてみたところ、こうしてゴミの山が積み上がった場所に出たのだ。

 

「あ、ご主人様。ゴミが降ってきたのれす」

「なに?」

 

 あてなが唐突に口を開いて上空を指差す。そこには天井に穴が空いており、あてなの言うように丁度ゴミが上から降ってきた。このゴミ山は、こうして上から捨てられたものが積み上がって出来たのだろう。

 

「という事は、上に誰かいるな」

「ゴミ山を登るれすか?」

「……いや、このゴミ山を登るのは不愉快だ。ここはあいつを呼んで飛んでいく」

「あいつ?」

「カモーン、フェリス!!」

 

 ランスがババン、とポーズを決めてフェリスを呼ぶ。だが、ゴミ山の部屋にランスの声が木霊するだけで、いくら待ってもフェリスは現れなかった。

 

「……ん?」

「来ないのれす」

「どういう事だ?」

「ルークが呼んでいるんじゃないのれすか?」

「むっ……有り得るな。えぇい、あいつはフェリスを呼びすぎだ。もっと俺様みたいに重要な時にだけ呼ぶようにしろ、全く!」

 

 ゴミ山を登るためだけにフェリスを呼ぼうとしたランスが怒りを露わにする。最近は減っているが、それ以外でもランスがフェリスを呼ぶのはHをするときくらいなのだが、ランス的にはそれは重要な要件らしい。

 

「仕方ない。不愉快だがゴミ山を登るしかないな。行くぞ、あてな」

「はいなのれす」

 

 フェリスを呼んで運んで貰う作戦は失敗に終わったため、ランスとあてなは足の裏にナマモノのぐにゃりとした感触を感じながら、不快な気持ちを我慢してゴミ山を登っていくのだった。

 

 

 

-ハピネス製薬 5階 エリーヌの部屋-

 

「ルーク、いるか?」

 

 フェリスがエリーヌの部屋に入ってくる。事前にエリーヌの部屋に行くことは聞いており、それから大して時間も経っていないため、ルークはまだこの部屋にいると踏んでやってきたのだ。一応悪魔である事がばれると大騒ぎになりかねないので、ローブを纏いフードを深く被っている。

 

「ロンメルとVTVNをロシア平原に配置。戦闘フェイズはモスクワにて、ケッテンクラートのグナイゼナウ級でリュウコにマストアタック」

「うはー、リュウコがやられた。でもでも、次のターンでジュザン&マロンコンビがヒムラーを倒しちゃうんだからね……って、お姉ちゃん誰?」

「……そいつの知り合いだ。っていうか、何やってんだ?」

 

 部屋に入ってきたフェリスが眉をひそめる。てっきり情報収集をしているとばかり思っていたが、ルークは部屋の中でエリーヌとボードゲームで仲良く遊んでいるのだ。文句の一つも言いたくなる。

 

「ウォーゲーム、ドクツVSソビエト。この年でこれだけ難しいゲームを出来るのは凄いぞ」

「えへへ……このゲーム、少し難しいから誰も遊んでくれないんだ」

「確かにかなり頭を使うからな。真知子さんやアールコート辺りが得意そうだ」

 

 ルークに頭を撫でられて嬉しそうにするエリーヌ。父親に買って貰ったはいいが、遊び相手がいなくて悲しかったとの事。ルークが目の前のボードゲームを見ながらこのゲームを得意そうな人物を考える。エクスやバレスは言わずもがなだが、最近知り合ったばかりのアールコートと、親交の深い真知子の二人がルークの口からは飛び出た。その名前を聞き、エリーヌが少しだけ頬を膨らませる。

 

「もう。レディの前で他の女の人の話題を出しちゃ駄目なんだからね」

「ああ、すまん、すまん」

「すっかり仲良くなったみたいだな」

 

 フェリスが少しだけ棘を含んだ物言いをする。真面目に仕事をしていたのか疑っているようだ。

 

「うん。お歌も一緒に歌ったし、お人形遊びもしたんだよ。ルークお兄ちゃん大好き!」

「だいとかい、いんせきおちて、ないていた。最近の小学校では変わった歌が流行っているんだな」

 

 ルークが先程エリーヌから聞いた至高歌の一つを思い出しながらそう呟く。きゃっきゃと懐いてくるエリーヌの頭を撫で、ウォーゲームのターンをエリーヌに回してからフェリスの方に向き直る。

 

「それで、どうした? 何かあったのか?」

「そうだ、大変なんだよ! エムサが倒れて、今医務室にいる」

「なんだって!?」

 

 ルークが一気に真剣な表情になる。エムサの強さを信頼していたからこそ、その衝撃は大きい。

 

「うーん、カテーリンちゃんをこっちに動かして……」

「エリーヌちゃん、ごめん。お兄さん、少し用事が出来たからここまでだ」

「えー……」

「ごめんね」

「……ううん、大丈夫。一杯遊んで貰ったし」

 

 ルークが若干お兄さんという単語を強調している事にフェリスが気付き、どれだけ気にしているのかとため息をつく。ルークのその言葉を聞き、遊びがこれまでと判って少しだけ悲しそうな顔をするエリーヌだったが、続けてルークの謝罪を受けると首を横に振り微笑みかけてくる。本当に良くできた子供である。

 

「今度、同じ年くらいのミルって娘を連れてきてあげるよ。多分、良い友達になれる」

「ありがとう。楽しみにしてるね。バイバイ!」

 

 エリーヌが手を振るのにルークも応え、部屋を後にする。フェリスと共に廊下に出て医務室に向かって歩き出した瞬間、ルークの表情は先の報告を聞いたとき同様、真剣なものになる。

 

「エムサに何があった?」

「プチハニー爆弾で天井を崩されて生き埋めにされた。ランスたちは無事だし、エムサも命に別状はないが、軽い脳震盪を起こしている」

「トラップか。やった相手は判るか?」

「恐らく、アーニィだ」

「なるほど。言裏では無く、アーニィが犯人で確定だな」

 

 フェリスからの報告を受け、ルークが今回の事件の犯人をアーニィだと確信する。言裏の単独行動がただの逢い引きであり、アーニィが他の冒険者を罠に嵌めた以上、ほぼ間違いないだろう。

 

「それで、お前の方は勿論収穫があったんだろうな? 遊んでいて収穫がありませんでしたじゃ効かないぞ」

「一応あった。僅かにだが、第一研究所に女の子が囚われている可能性がある」

「囚われている!?」

「人が入る大きさのカプセルを取り寄せた時期と、女のすすり泣き声が聞こえてきた時期が一致している。流石にそれだけで断定は出来ないが、偶然にしては出来すぎている。女の泣き声の中に、ここから出してという言葉もあったようだしな」

 

 勿論断定はしていない。それも可能性の一つだとフェリスに言いながらルークはそう口にする。エリーヌから聞いた怪談話と、エムサの調査した巨大カプセル仕入れの時期が被っていた事からの推測にすぎないのだ。

 

「小型モンスターの使用用途も不明だし、まだまだ謎だらけだ。だが、もし本当に女の子が捕らえられているとしたら少し厄介だ」

「厄介?」

「ドハラス社長がそれを指示した可能性もある。そうなれば、ハピネス製薬自体が敵に回る可能性も無くはない」

「なるほどな。昨日の味方が今日は敵、良くある事だ。それにしても、ちゃんと仕事していたんだな」

「当たり前だ。とりあえず、今はエムサが先だな」

 

 フェリスが意地悪そうに笑いながら尋ねてきたのを受け流し、ルークとフェリスはエムサのいる廊下を歩いて医務室へと向かうのだった。

 

 

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下一階 司令室-

 

 ここは地下迷宮の司令室。部屋の中には通信機や操作パネルなどの機械が置いてあり、ここから迷宮のモンスターたちに指令を出して冒険者たちを襲っていたのだ。部屋の中にいるのはグリーンハニーが四体。

 

「人間たちとの戦闘も疲れたねー」

「口のでかい変な男とアホみたいな女を罠にかけたと思ったら、格好いい仮面に邪魔されて仲間がかなりやられちゃったからねー」

「あいやー、困ったー」

「あの三人が強敵だね。どうする?」

 

 バナナを食べ、空き缶でジュースを飲みながらハニーがそう会話する。話題に挙がっているのは、冒険者たちの中でも強敵と思われる三人。ランス、あてな、そしてブラック仮面だ。

 

「まあ、なんとかなるよ。ポイ」

 

 一番楽観的なハニーが飲み終わった空き缶を穴に向かって投げ捨てる。瞬間、カツンという何かにぶつかった音がしたため後ろを振り返る。そこには、たった今話題に出ていたランスとあてなが立っていた。ランスがどこか不機嫌そうなのは、今投げた空き缶が頭に命中したからだろう。

 

「誰が口のでかい変な男だってぇぇぇ!? 貴様ら、皆殺しだ!!」

「ひぇぇぇぇ」

 

 慌てて逃げ出そうとするグリーンハニーたちだったが、そうは問屋が卸さない。あっという間にランスに粉々にされてしまい、司令室にいたモンスターは全滅した。

 

「ふん、弱すぎるな」

「ご主人様。変な機械があるのれす」

 

 その辺にある機械のレバーを上げ下げしていたあてなが、一際目立つ機械を指差してランスに近寄ってくる。巨大なモニターといくつかのボタン。どこか闘神都市にあった都市監視用の鏡装置に似ている。

 

「ふむ、これは通信機とかいう奴だな。遠くにいる奴と連絡が取れるとかどうとか」

「じゃあ、ボタン押して動かすれすか? あてな、押したいのれす」

「うむ。押せ」

「はーい、ポチッとな」

 

 ランスから許可を貰い、あてなが通信機の前にあったいくつかのボタンの内の一つを押す。すると、不快な電子音の後にモニターに映像が映る。どうやらボタンは合っていたらしい。画面に若干波が走っており、鮮明な画像ではないが、ピンク色の髪をした美女が映っている。彼女はマフラーを編むのに集中しているため、こちらに気が付いていない。ランスが目を凝らしてその美女の顔を見ていると、女性が伸びをした拍子に視線をこちらに向けた。

 

「ん、なんの用? 今、アーチボルト様の為にマフラーを編んでいる最中なのに……」

 

 こちらと通信が繋がったことに気が付いた美女がそう口を開く。こちらを向いたことにより、正真正銘の美女であることがよく判った。

 

「おお! 良い女ではないか」

「ありゃ、あんた誰?」

「ふっ、俺様は空前絶後の美形戦士、ランス様だ!」

「えっ、なんでそこにいるの!? そこはハニーたちがいるハピネス製薬攻撃司令室のはずよ!?」

 

 美女が持っていた編み棒をポトリと落とし、驚愕する。その部屋に冒険者などいるはずがないし、絶対にいてはいけないからだ。

 

「ハニー共は俺様が皆殺しにした」

「あてなも頑張ったのれす。ぶい!」

「や、やっぱり敵なのね!? アーニィは一体何を……」

「ん、アーニィ?」

「あっ、しまった……」

 

 自身の失言に画面に映っている美女が慌てて口元を抑える。

 

「まあ、そんな事はどうでもいい。俺様と一発ヤらんか?」

「け、けだもの!」

 

 美女がそう叫ぶと通信機の画面が暗くなり、ガチャンという通信回線が切られた音が部屋に響き渡った。あちらから一方的に切ったのだろう

 

「ふむ、まあ大体見えてきたな。残念な事にアーニィちゃんは敵のスパイだったみたいだな。ピンク仮面の言った通りだったか。となると、今の娘が黒幕か? それにしては、おとなしそうな娘だったが……」

「アーチボルト様とか言っていたのれす。そいつが黒幕?」

「おお、それだ! 良く聞いていたぞ、あてな!」

「えへへ、褒めて、褒めて」

 

 意外な事にあてながしっかりと相手の口にした言葉を聞いていたため、黒幕と思われる人物の名を知り得たランスたち。そのままもう一度通信機が動かないものかとボタンを弄っていると、モニターに何やら画像が映り込む。それは、この迷宮の見取り図。

 

「この辺りにキサラちゃんと馬鹿バードが閉じ込められているのか」

「真上はこの辺りの地点なのれす」

「ふむ、行ってみるか。天井が崩れていたから、ここからキサラちゃんたちを助け出せるかもしれんしな」

「まるでご都合的にロープも置いてあったのれす」

 

 ランスが地下二階の天井が崩れた位置を指差し、あてながそこから指を動かして地下一階の同じ位置を指さす。ここからそう離れてはいない場所だ。ランスが試しにそこに行ってみる事を決定すると、あてなが部屋の中に置いてあったロープを引っ張ってくる。なんという都合の良さか。

 

「がはは、では行くぞ。キサラちゃん救出作戦だ」

「れっつらごーなのれす」

 

 

 

-ハピネス製薬 1階 医務室-

 

「面目ありません……このような事になってしまって……」

「いや、怪我が酷くなくて何よりだ。今はゆっくり休むと良い」

 

 エムサがベッドに横になりながらそう口を開く。医師の診断も軽い脳震盪と打ち身程度であり、少し横になっていれば回復するとのことだった。これだけ軽傷で済んだのは、生き埋めになる直前、エムサが咄嗟に身体加速の付与魔法を自身に掛け、上から落ちてくる瓦礫を可能な限り避けたからであった。咄嗟の判断でそれだけ出来るのだから、やはり一流の冒険者ではある。

 

「で、どうする? 私が引き続き迷宮に潜るか?」

「そうだな……いや、俺が潜る。これがあれば俺だとはバレる事は無いから、ランスと万が一鉢合わせても大丈夫だしな」

 

 ルークが蝶型のメガネを手に持ちながらニヤリと笑う。その自信満々な顔を見て物凄く不愉快になるフェリス。

 

「それ、絶対バレるからな」

「いや、バレなかったぞ」

「もう会ったのか!? それも、バレなかったのか!? やばい、胃が痛くなってきた……」

 

 まさかの発言にフェリスの胃がキリキリと痛む。自分の持っていた常識を否定された気分だ。

 

「すいません。回復次第、私も調査に戻りますので」

「無理はしなくて良いからな。それと、フェリスは一度戻って良い」

「もうか……ま、丁度良いか。じゃあな」

「ん?」

 

 先に言っていた通り、フェリスを連れ歩いて正体がバレるのは不味いため、一度フェリスを悪魔界に戻す。胃を抑えているフェリスは先程と違い、どこかホッとした表情を浮かべている。何か思うところでもあったのだろうか。空中に悪魔界へと繋がる穴が浮かび上がり、フェリスがその穴に入って姿を消す。それを見届けたルークは、医務室の扉に手をかけてエムサに向かって口を開いた。

 

「それじゃあ、行ってくる」

「お気を付けて」

 

 

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下二階 土砂地点-

 

「私たち、もう駄目なのかしら……」

 

 キサラが弱々しげにそう呟く。ここは崩れた土砂によって完全に閉鎖された場所。四方八方を土砂が閉鎖しており、多少のスペースはあるもののバードとキサラはここから脱出出来ないでいた。初めこそ何とかして脱出しようと動き回っていたバードとキサラだが、今はその気力も失って二人で座り込んでしまっていた。肩を寄せ合い、バードに体をもたれかけるキサラ。その口から出た言葉に、バードが申し訳無さそうに答える。

 

「ごめん、こんな事になってしまって。君を守れなかった」

「…………」

「君の借金を一緒に返して、君の妹も助けてあげたかった……」

「いいの、ありがとうバードさん。こんな私の為に……」

 

 そのままキサラはバードの胸に顔を埋め、バードはそのキサラの体をそっと抱きしめる。少しだけ頬を赤らめたキサラが顔を上げ、バードの瞳をジッと見つめる。

 

「キサラさん……」

「バードさん……」

 

 とてつもなく妖艶な空気が部屋に漂う。それを面白く無さそうに見ている顔が、天井に一つ。

 

 

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下一階 土砂地点の真上-

 

「うがぁぁぁ! バードの奴、キサラちゃんに手を出したらただではおかんぞ!」

「あ、キサラが服を脱ぎ始めたのれす」

「ま、まずい! それは本当にまずいぞ! 閉ざされた空間に二人の男女、実にエッチしてくださいと言わんばかりの環境ではないか……」

 

 ランスの目論見通り、プチハニーの爆発によって天井が崩れたため、バードたちのいる場所の真上には巨大な穴が空いていた。そこから下を覗き込んで見れば、バードとキサラが良い雰囲気なのである。焦るランス。

 

「本当に良いのかい、キサラさん……」

「私、バードさんには本当に色々な事をして貰いました。これくらいの事しかお返しできないけど……その、初めてだから優しくしてください……」

「駄目に決まっているだろうがぁぁぁ! キサラちゃん、君は騙されている!! このままでは俺様のキサラちゃんの処女膜が……」

 

 今正に事を始めようとしているバードとキサラを見て、ランスの焦りが最高潮になる。

 

「叫んでぶち壊すか……いや、駄目だ。一度良い雰囲気になった二人、いつ別の場所で盛り上がるか判らん」

「根本的な解決にはなりませんよね、なのれす」

「何かキサラちゃんがバードを見捨てるような、素晴らしい手段はないものか……そうだ! バードがキサラちゃんを酷い形で襲えばいい」

「それじゃあバードがヤっちゃってるのれすよ?」

 

 何かを思いついたランスがニヤリと悪い顔で笑う。だが、その口から出たのはバードがキサラを襲うというもの。それは最悪の状況ではないかとあてなが首を捻る。

 

「いや、ヤるのは俺様だ。だが、キサラちゃんはそれをバードだと勘違いする」

「どういう事なのれすか?」

「まず、俺様がロープを使ってこっそりと穴から下に降りていく」

「ふむふむ」

「キサラちゃんはきっと初めてだから、ここぞという時には目を閉じてバードに身を任せるだろう。その瞬間を狙って、お前の弓でバードを気絶させる」

「気絶させるれすか?」

「うむ、殺してしまっては罪を擦り付けられんからな」

「はーい、それなら消音機能付きの先の丸くなった弓矢で一撃なのれす」

 

 あてなが元気よく答える。フロストバインと真知子は何を想定してそんな弓矢を取り付けたのだろうか。

 

「そして、素早く俺様がバードの代わりにキサラちゃんを抱く。顔がばれたらまずいので、キサラちゃんには目隠しをする。俺はこんな趣味なんだとでも言えば、バードの事を信頼しているキサラちゃんは言う事を聞くはずだ」

「声を聞いたら一発でばれるのではないれすか?」

「そこでお前だ」

「はい?」

 

 ランスがビシッとあてなを指差す。突然の事に驚くあてな。

 

「確か、どのような音声でも真似してしゃべる機能があったな?」

「あるのれす。ちょっと前に志津香やかなみの声真似をしたのれす」

「あれか。あれは虚しさだけが残ったな……」

 

 あてな2号にはどのような人の声も真似する事が出来る機能がついている。それを初めて知った際、ランスは夜通しその機能で遊び倒した。マリアの声で「もう食べられないです、ごっつあんです」と言わせたり、ロゼの声で「これからは真人間になります」と言わせたりして大笑いしたのだ。だが、志津香とかなみの声真似で、「ランス様、私はルークよりも貴方にメロメロです。抱いてください」といった感じの事を言わせた際には、虚しさだけが残った。それ故、ランスはこの機能をお蔵入りさせていた。その封印を今解禁する。

 

「目隠し姿でこちらが見えないキサラちゃんを、あてなの特技でバードの声を出して襲う。それも可能な限り変態的に犯してやれば、キサラちゃんはバードに愛想を尽かすだろう。そのうえ俺様は気持ちが良い。最後には傷心のキサラちゃんを、俺様が後で慰めてやればキサラちゃんは完全に俺様に惚れる。完璧すぎる……」

 

 ランスが自身の立てた作戦の完璧さに打ち震える。よくよく考えればキサラの行動に左右されるところが大きい作戦だが、その事は深く考えていないランス。

 

「では行くぞ! バード変態プロジェクトの始動だ!」

「はい、バードれす! (バードの声)」

「うっ……なんか気持ち悪いな」

 

 早くもバードの声で返事をするあてな。その気色悪さにランスが若干後ずさりする。

 

「肝心のエッチになったら、常に俺様の隣にいろ。こっそりと話す内容をバードの声で再生するんだ」

「はいれす (バードの声)」

 

 こうしてランスはバード変態プロジェクトの実行に移った。ロープでこっそりと降りていき、キサラが目を瞑った瞬間を見計らってあてなに矢を放たせる。見事に矢は首の後ろにクリーンヒットし、バードが気絶をする。それもキサラは気が付いておらず、目を閉じたままなのだ。そのまま急いでキサラに近づいていき、キサラに目隠しをする。流石に困惑して口を開くキサラ。

 

「えっ、バ、バードさん……?」

「ごめん。でも、こうしないと君を抱けないんだ。でも、君を好きな気持ちは本物だ。だから、僕を信じて。 (バードの声)」

「……判りました。バードさん、優しくしてくださいね」

 

 あてなの声色に素直に頷くキサラ。穴だらけの作戦であったはずが、気が付けば作戦は上手くいってしまっている。この強運こそ、ランスたる所以といったところか。そのままキサラに熱い口づけをし、舌を入れる。キサラはすっかりバードだと信じ込んでいるようだ。濃厚な口づけの後に胸を揉み始めると、キサラが頬を赤らめながら感極まったように口を開いた。

 

「私、何度も死のうと思った……嫌な人生から逃げたかった……でも、最後に、バードさんに出会えて良かった……」

「…………」

 

 その言葉を聞いたランスは少しだけキサラの生い立ちに興味が湧いた。だが、それもすぐに忘れる。何よりも今優先すべきは、キサラとエッチを楽しむ事なのだから。

 

「それじゃあ、行くよ (バードの声)」

 

 これよりしばらくの後、キサラの中でのバードの評価は地に落ちる事になる。

 

 

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下二階 インフルエンザ地点-

 

「しまった……そうだった……」

 

 壁一面に広がるインフルエンザを前に立ち尽くすブラック仮面。その手がインフルエンザに伸びる。ぷよぷよねばねばの触感が、ブラック仮面の手を押し戻す。

 

「結界でも無いから、これは突破できんな。次に開くのは一時間以上先か……待つしかないな」

 

 まさかこの少し先でバード変態プロジェクトなるものが繰り広げられているとは思いもよらない中、ブラック仮面はインフルエンザの前で一時間以上も待つ羽目になるのだった。

 

 

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下二階 土砂地点-

 

「ふう、ミッションコンプリート!」

 

 ランスがようやくバードの声真似でなく、自分の言葉を発する。というのも、キサラが失神してしまっているからだ。最後の方はバードの事を軽蔑するような発言を多くしており、彼女の中でのバードの評価は見る影もないはずである。

 

「後はバードだな。とりあえず証拠品のバイブを握らせて、下半身を露出させる」

 

 気絶しているバードに証拠品のバイブを握らせ、ズボンとパンツを脱がせる。出てきたモノを見てランスが鼻で笑う。

 

「ふっ、勝った」

「うわ、どこからどう見ても変質者なのれす」

「完璧すぎるな。では帰るぞ」

 

 あてながバードの変質者っぷりに思わず声を漏らす中、ランスがするするとロープを登っていく。だが、途中で何故かロープを登るのを止め、一度地面に降りて失神しているキサラに近づいていき、その体に服を掛けてやる。

 

「ご主人様、優しいのれす」

「うるさい……少しやり過ぎたかもしれんな」

 

 先の死のうと思っていたというキサラの発言を思い出し、少しだけ反省するランス。そうして再びロープを登り、地下一階に戻ったランスは司令室経由で地下二階へと戻る。ロープはそのままにし、バードとキサラがちゃんと脱出出来るようにしておくのは忘れずに行った。バードはどうでも良かったが、キサラをこのままにしておくのは流石に忍びなかったのだろう。

 

 

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下二階 インフルエンザ地点-

 

「ようやく開いたか……さて、行くか」

 

 ランスが司令室経由で地下二階に戻っていた頃、ようやくインフルエンザの道が開かれる。一時間以上も待たされたブラック仮面は軽く欠伸をしながらインフルエンザの道を通っていった。向かうはランスがいるであろう迷宮の最深部だ。

 

 

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下二階 扉の間地点-

 

「えぇい、いい加減通さんか!」

 

 ランスが目の前の扉を斬りつけ、あてなが矢を放つ。だが、扉は傷を負った場所からすぐに再生してしまい、あっという間に元通りになってしまった。

 

「この扉を通りたくば、パスワードを答えろ」

「ちっ……そんなもん知るか」

 

 ランスがそう吐き捨てる。崩れた土砂地点を避けるようにして更に奥に進むと、迷宮には不釣り合いの木の扉があったのだ。この先に行くには、この扉を通るしかない。だが、先程からこのように言われ、パスワードを答えない限りは通れないのだ。

 

「シィルがいれば魔法で何とか通れそうなんだがな……どこかへ行ったエムサさんを探すべきか? いや、先にこの向こうに進んでいる可能性も有り得るしな……」

「では質問だ。だいとかい、いんせきおちて?」

「寒くなって人が住めなくなる、なのれす」

「ぶー、不正解だ」

 

 扉の問いにあてなが答えるが、不正解だったようだ。これで不正解は十度目である。当てずっぽうで当たるほど甘い仕掛けではないらしい。

 

「うぅむ……」

「ご主人様、誰か知っていそうな人を呼ぶのれす。ここはフェリスの出番なのれす」

「あいつが知る訳ないだろ」

「もしかしたら知っているかもしれないのれす」

「……いや、待てよ。あいつの力があれば、扉を完全に破壊出来るかもしれんな。カモーン、フェリス!」

 

 パスワードを知っているとは思えないが、ランスとあてなの力だけでは再生力が上回っている扉もフェリスがいれば破壊出来るかもしれないと考え、ランスはフェリスを呼び出す。失敗してしまった先程とは違い、空間に穴が発生してそこからフェリスが出てくる。

 

「呼びましたか?」

「うむ。というか、さっき呼んだのに来なかったのはどういう事だ?」

「ぎくっ!? あ、あはは……まあちょっと、ルークに呼び出されていて……」

「やっぱりか。まあいい。この扉を破壊するのを手伝え」

 

 ランスの質問にフェリスはドキリとするが、何とか取り繕う。下手に言い訳するよりも、素直にルークに呼び出されていたと言った方がボロは出ないと踏んだのだ。一度だけ鼻を鳴らしたランスは、剣の切っ先を扉に向けながらそう答える。

 

「扉の破壊ね。了解」

「この扉を通りたくば、パスワードを答えろ」

「あ、待って、待って。もう少しであてながパスワードを解けそうなのれす」

「見込みがないわ!」

 

 扉の破壊任務と聞いてフェリスが鎌を握る。だが、先程から当てずっぽうでパスワードを答えていたあてなが半泣きになりながら扉を破壊するなと懇願してくる。どこからその自信が湧いてくるのか不思議なところだ。

 

「では質問だ。だいとかい、いんせきおちて?」

「……ん?」

 

 扉を破壊しようと考えていたフェリスだったが、扉の発した言葉にどこか聞き覚えがある。それも、つい先程だ。フェリスの頭をルークとエリーヌの会話が過ぎる。

 

『うん。お歌も一緒に歌ったし、お人形遊びもしたんだよ。ルークお兄ちゃん大好き!』

『だいとかい、いんせきおちて、ないていた。最近の小学校では変わった歌が流行っているんだな』

 

 まさか、と思いながらも、唸っているあてなを横目にフェリスがゆっくりと口を開く。

 

「……ないていた?」

「正解だ。通るがいい」

 

 半信半疑で答えたフェリスだったが、見事大正解で扉がガチャリと開かれる。ランスとあてなが驚くが、一番驚いているのは当のフェリスである。

 

「おお、やるではないか! 流石は俺様の使い魔」

「ご主人様。フェリスを呼んだ方が良いって言ったあてなも褒めて欲しいのれす」

「……何が役に立つか判らないものだな。さて、それじゃあ私は帰って良いか?」

「馬鹿者。まだ碌に仕事をしていないではないか。迷宮探索が終わるまで付き合って貰うぞ」

「……マジですか?」

「うむ。折角の使い魔なのだから、たまには冒険の方でも使ってやらんとな。がはは!」

 

 ランスが呼び出すときは大概Hをするときであったため、こうして冒険をランスと共にするのは非常に珍しい事態だ。だが、碌な予感はしない。露骨に嫌そうな顔を浮かべるが、許可無く帰る事も出来ないので渋々冒険に付き合う羽目になってしまうフェリス。

 

「ぐふふ……待っていろよ、召喚ちゃんめ」

「後ろからアタック、なのれす!」

「はぁ……まあ、無理矢理ヤられるよりはマシか……」

 

 扉をくぐり、そのまま迷宮の奥へと進んでいくランスたち。長かった迷宮もようやく終わりが見えてくる。ランスの予想通り、この先には召喚ちゃんの後方へと繋がっている通路がある。だが、その前に待ち構えている者がいる。

 

 

 

-ハピネス製薬 地下迷宮 地下二階 最深部-

 

「まあ、流石にそろそろバレているでしょうね……」

 

 アーニィが目を細めながらそう呟く。彼女の周りには、どこに潜んでいたのか、サングラスをかけた男が三人ほど立っていた。手にはトンファーを持っており、腕に覚えありという顔をしている。

 

「貴方たちは隠れていなさい。合図があったら、出てきて敵を討つこと」

「「「はっ!」」」

 

 アーニィの指示を受け、三人の男が岩陰に散っていく。エムサの視線にも気が付いていた事からも判るように、やはりアーニィは相当の手練れである。

 

「さて、誰が来るかしら。本命はバードね。いや、案外コナンという可能性もあるわ……」

 

 だが、人を見る目だけは致命的に無かった。最早目を覆いたくなるレベルである。

 

「見守っていてください、アーチボルト様!」

 

 そんな彼女に慕われているアーチボルトという人物。それはある意味、彼ががっかりな人物であると予想出来てしまう一幕であった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。