ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第123話 その線引きは誰が決める

 

-ハピネス製薬 5階 空き部屋-

 

「えぐっ……えぐっ……エンジェル組の秘密基地は、公園の中にあります……ロマンス公園です……お願い、だからもう止めて……」

「うーむ、あっさりと話してしまったな。まだ入れてもいないのに」

「陥落早すぎでござるぞ。拙僧、まだまだ拷問したりないでござる」

 

 ランスと言裏から拷問という名の悪戯を受け、あっさりと基地の在処をバラしてしまうパーティ。下半身には何も身につけておらず、椅子に拘束されて尻をランスと言裏の方向へ向けている。だが、まだ純血は奪われていない。秘密基地の在処が判ったというのに、ランスと言裏は不満そうな顔をしていた。

 

「ちっ、仕方ない。言裏、貴様は少し出ていろ。エムサさんたちにこの事を知らせてこい」

「ランス殿、抜け駆けはずるいでござるぞ……」

「五月蠅い、行け!」

 

 ランスが何をしようとしているか察しの付いた言裏が渋るが、その背中を蹴り飛ばして部屋から追い出す。

 

「ねぇ……もう話したんだからいい加減拘束を……」

「おぉぉっと、腰がすべったぁぁ!!」

「ひぃ!!!」

 

 白々しい声を上げながら、パーティの中へハイパー兵器を侵入させるランス。拷問も終わり、ここからはお楽しみタイムであった。

 

 

 

-ハピネス製薬 5階 社長室-

 

「ロマンス公園ですか。ここから30分程の場所ですね。そんなところにアジトがあっただなんて……」

 

 社長室にはドハラス社長、ブラック仮面、エムサ、フェリス、言裏、キサラ、あてな2号が集まっていた。言裏が拷問によって手に入れた情報を話すと、社長は神妙な面持ちで口を開く。自分の会社を襲撃している敵の本拠地が、まさかそのような場所にあるとは思っていなかったようだ。

 

「情報は公園だけですか?」

「むっ? それはどういう意味ですかな、エムサ殿」

「公園に本拠地があるのが判っても、その入り方が判らねば意味がない。流石に入り口が堂々とあるとも思えんし、何かしら特別な入り方があるはずだ。聞くならば、その情報も聞き出さないと無駄足になる可能性がある」

 

 エムサの問いにブラック仮面が補足すると、言裏が納得のいったような顔をしてペチン、と頭を叩く。

 

「これは失敬。考えが足りなかったでござる。いやぁ、お二人共、流石は凄腕の冒険者ですなぁ」

「凄腕だなんて……まだまだ勉強の身ですよ」

「いやいや、ブラック仮面殿の実力は一目瞭然でしたし、エムサ殿の実力は身をもって体験しているでござるからなぁ。はっはっは」

 

 淫の念力を防がれた際の事を思い返しながら、言裏は豪快に笑う。本当にあの時の事を反省しているのかとエムサは少しだけ呆れるが、強く責める気にもなれない。これが言裏の性格なのだろう。

 

「公園、公園、ピクニックなのれす! 公園にはお弁当だってフロストバイン様も言っていたのれす。キサラちゃん、一緒にお弁当作るのれす!」

「そ、そんな緊張感のない事……」

「ご主人様も喜ぶれすよ、絶対」

「えっ!? ど、どうしよう……」

 

 真面目なキサラは敵の本拠地に暢気にお弁当を持っていくなど出来ないと口にするが、ランスが喜ぶと聞いて心が揺れ動く。その様子を聞いてエムサがくすくすと笑いながら提案を口にする。

 

「うふふ、折角ですし、一緒に作りましょう。ランスさんもまだ時間が掛かるでしょうし、時間もお昼を少し回ったところ……みなさん、昼食はもうとられましたか?」

「いや、まだだ」

「拙僧もまだですぞ」

「ご主人様は軽く取っていたのれす。でも、拷問が楽しみだったから本当に軽くだったのれす」

 

 全員が首を横に振る。どうやら昼食を取ったのはランスだけであり、それも軽くだったようだ。

 

「では、丁度良いかもしれませんね。簡単に作れる軽食を作って、少し遅めの昼食を公園で取りましょう。それから、敵の本拠地に乗り込みます」

「ギャップが凄いな……」

「それじゃあ、フェリスさんも一緒に作りましょう」

「わ、私もかよ!?」

 

 敵との決戦前にする行動ではないなとフェリスが苦笑していると、エムサがその腕を引っ張って食堂へ連れて行こうとする。慌てふためくフェリスだったが、そのままずるずると引きずられていった。

 

「さて、では拙僧は拷問に戻るでござるかな。うきうき」

「ちゃんと基地への入り方を聞き出してくれ」

「承知!」

 

 どこか嬉しそうに部屋を出て行く言裏。そのまま部屋にはドハラス社長とブラック仮面が残される。

 

「それで、ルー……」

「ブラック仮面だ!」

「えっ?」

「ブラック仮面だ。今の俺は、それ以上でもそれ以下でもない」

 

 キラリとメガネの奥の瞳が光ったように見え、ドハラス社長が額に汗を掻く。この仮面、ノリノリである。

 

「で、ではブラック仮面さん。ちょっとご相談が……襲撃で建物が結構なダメージを負ってしまったので、復旧工事をしたいと思っているのですが、お知り合いに建設関係の方はいらっしゃいませんか? 先日アマズサ組というところに頼んだのですが、手抜き工事をされてしまって……」

「ふむ、それなら……」

 

 こうして敵の本拠地に乗り込むにはいささか暢気な状況ではあるが、各々の準備を進める一同であった。

 

 

 

-ハピネス製薬 2階 食堂-

 

「手際が良いな……」

「年の離れた弟がいますので。フェリスさんもお上手ですよ」

「カレー、カレー、カレーうどんー! うぉぉぉぉ!!」

「あ、あてなさん……お弁当にカレーうどんを詰めるのは……」

 

 平和な女性陣。あてなを除けば料理の出来る常識人が集まっているため、お弁当作りは平和的に完成する事だろう。

 

 

 

-ロマンス公園-

 

「ほう、こんな場所があったのか」

「雰囲気の良い公園ですね」

 

 緑が生い茂り、優しい風が流れてくる。ハピネス製薬を後にしたランスたちがやってきたロマンス公園は、静かで落ち着きのある公園であった。

 

「それで、なんでお前もついてきているんだ?」

「敵の本拠地に乗り込むんだったら、人数が多い方が良いだろう?」

「(最早隠れる気もないのかよ……)」

 

 ブラック仮面が同行していることに眉をひそめるランスだったが、それなりの実力者である事は知っているため、適当にこき使ってやろうと考えたのか特に文句は言ってこない。その様子を後ろから見守っているフェリスは、深いため息をつくのだった。

 

「それで、砂場にある冷蔵庫が秘密基地の入り口だったな」

「そうでござる。但し、普通には開くことは出来ず、近くの砂の下にあるボタンを押すことによって入る事が出来るそうですぞ」

「がはは、もう勝ったも同然だな。なら先に腹ごしらえだ」

 

 ブラック仮面の問いに答える言裏。これはパーティに行った更なる拷問で手に入れた情報だ。流石にランスのように楽観視は出来ないが、こちらが油断をするか相手に相当の手練れでもいない限り、この面々で負けることはないだろう。何よりも、こちらには魔人と同等の力を持ったフェリスがいるのだから。

 

「あてな、ビニールシートを広げろ!」

「はいなのれす! さささのさ!」

「ではお弁当を広げますね」

「おおっ……これは何とも美味そうでござるなぁ……」

 

 目の前に並ぶ豪華なお弁当に舌鼓をする言裏。キサラが水筒からお茶を注いでいると、ランスが我先にと弁当に手を伸ばす。

 

「がはははは、目玉転がしいただきだ! うむ、美味い!」

「あっ、良かったです……ちょっと辛いかもしれませんけど……」

「いや、丁度良いぞ。これはキサラちゃんの味付けか。うむ、素晴らしい!」

「おにぎりぃ、おにぎりぃ」

「うふふ、慌てなくてもたくさんありますよ、あてなさん」

「うーむ、こかとりすの肉でござるか。美味でござるな!」

 

 公園の良い景色の中で昼食を楽しむ一同。決戦前とは思えない平和具合である。

 

「こんなんでいいのかねぇ……」

「ま、余裕も必要だろう。……この卵焼き、美味いな」

「あっ……」

 

 ブラック仮面が卵焼きの味付けに感心していると、フェリスが小さく声を漏らす。

 

「ん? これはフェリスが?」

「ま、まあな……」

「凄いな。良い母親になれそうだ」

「べ、別に大した事じゃないさ。そ、それに、志津香とかも料理が美味いってマリアが言ってたぞ」

 

 少しだけ照れくさそうにしながら、フェリスは話題を自分から逸らそうとする。そうして出てきたのは、闘神都市の決戦前夜の際にマリアから聞いた話。自分から作ることは滅多にないが、志津香の料理のセンスは抜群という話だ。

 

「「ほう、志津香がか?」」

 

 ランスとブラック仮面が同時にハモる。すると、ランスが横にいるブラック仮面をジロジロと見てくる。

 

「貴様、志津香の事を知っているのか?」

「……まあ、一応な」

「あらあら……」

「(気付けよ! いい加減気付けよ!!)」

 

 くすくすと笑うエムサと転げ回りそうになるのを必死に堪えるフェリス。エムサのようにこの状況を楽しめれば心労も少ないのだろうが、変なところで生真面目なフェリスはそれが出来ない。色々と損な性格である。

 

 

 

-エンジェル組 アイス支部秘密基地 司令室-

 

「あいつら……ただピクニックに来ただけなの?」

 

 呆然とモニターを眺めるアーニィ。公園の入り口に放ってあるスパイ虫という生物からの映像にランスたちが映り込んだため、パーティが口を割ったのかと考えて臨戦態勢に入ったエンジェル組であったが、ランスたちは暢気に弁当を食べているだけである。肩透かしも良いところだ。

 

「あの男がランスか……むぐむぐ……確かにそれなりの腕はありそうだが、俺たちが相手をする程か?」

「油断しないで。私が負けたほどの相手よ」

「むしゃむしゃ……そりゃ、あんたが弱いからだろ、けへへへへ」

「な、なんですって!? というか、食事を止めなさいよ! 真面目にやりなさい!」

 

 アーニィが後ろのソファーに座っている摩利支天暗殺組に苦言を呈す。リーダーである摩利支天以外の三人は、ランスたち同様暢気に昼食を取っているのだ。直前の暴言もあったためモヒカンの男に掴みかかろうとするアーニィだったが、その間にスッと手が差し出されてそれを制される。それは、摩利支天の手。そのままモヒカンの顔をジロリと見る摩利支天。無言である故の威圧感がそこにはある。

 

「ブラボー……」

「わ、判ったよ……怒るなよ……雇い主には逆らうなって事だろ?」

「……そうだ」

 

 摩利支天のプレッシャーにブラボーと呼ばれたモヒカンが素直に頭を下げる。その様子を見たアーニィは、摩利支天の評価を心の中で上げる。

 

「(一人だけ食事を取っていないし、この張り詰めたような威圧感。ふふふ、これは期待できそうね)」

 

 見る目の無さに定評のあるアーニィだが、流石に摩利支天の凄さには気が付いているようだ。そして、自分たちの勝ちを確信する。いかにランスが凄腕の冒険者でも、名うての暗殺者であるこの男に勝てるはずがないからだ。

 

「……こいつは?」

「えっ?」

 

 摩利支天がスッとモニターを指差す。その先に映っているのは、漆黒の蝶型メガネを付けた男。

 

「この男はブラック仮面。ランスの仲間よ」

「…………」

「リーダー、こいつがどうした?」

「ふっ……久しぶりに滾る相手だな……」

「ほう? それほどか……」

 

 ブラボーの問いに摩利支天が静かに笑う。アーニィにはその笑いの意図が掴めなかったが、摩利支天は純粋に強者の登場を喜んでいた。リーダーである摩利支天がこのような反応を見せるのは珍しいらしく、大男が驚いている。そのまま摩利支天はソファーに座り直し、横でサンドイッチを頬張っている女性に声を掛ける。

 

「如芙花……」

「はい? ああ、ごめんなさい、気が付かなくて」

 

 如芙花と呼ばれた女性が持っていた荷物から何やら箱を取り出す。暗器でも入っているのかと身を乗り出すアーニィだったが、パカリと蓋が開けられると、中に入っていたのは数個のおにぎり。

 

「梅干しのおにぎりは酸っぱいから苦手なのよね。はい、これなら大丈夫よ」

「……うむ」

 

 身を乗り出していたアーニィが盛大に転ける。摩利支天暗殺組、その実力は未知数である。

 

 

 

-ロマンス公園-

 

「ご主人様。とっておきのお弁当がここにもあるのれすよ!」

「げっ、弁当にカレーうどんなど入れるな! 却下だ!」

「美味しいれすのに……」

「ごめんなさい、止めたんですけど……」

 

 尚も昼食を続けているランスたち。あてなが鞄に隠し持っていたもう一つの弁当箱を取り出すが、中に詰められているのは弁当には明らかに不向きなカレーうどん。キサラが代わりに謝るが、当然そんな弁当はランスに却下され、あてなが泣きそうになっているのをブラック仮面は茶をすすりながら眺めている。すると、少し離れた場所から視線を感じたためそちらをチラリと見やる。そこには、木の陰に隠れてこちらを見守るフロストバインとタマの姿があった。

 

「おお、あてな、頑張れー! ほれ、しっかりと記録を残しておくんじゃぞ。真知子ちゃんと3号を作るんじゃから!」

「へいへい、判ってるってんでぃ、全く……」

「なにやっているんだ、あいつら……」

「あてなが心配なんだろう」

 

 何やらあてなの記録を残している様子のフロストバインとタマ。フェリスもその視線に気が付いたらしく、呆れたようにブラック仮面に問いかけてくるが、ブラック仮面は微笑ましいものを見るような視線を向けていた。

 

「ブラック仮面殿、少しお話が……」

「ん?」

 

 すると、言裏がスススとこちらに寄ってきて小声でブラック仮面に話をしてくる。

 

「ブラック仮面殿、JAPANに興味はありませんかな?」

「どういう意味だ?」

「いや何、この仕事が終わったら、拙僧と一緒にJAPANに来ませぬか? 色々と案内をしますぞ」

「逃げ出した兄を捜しているんじゃなかったのか?」

 

 先程昼食を取りながら言裏から逃亡した兄の話を聞いていたため、それを放っておいてJAPANに帰るつもりなのかと問いかける。

 

「はっはっは。まあ、それはそれ、これはこれ。どうですかな?」

「でも、JAPANは戦が絶えないと聞きますが……」

「まあ、ブラック仮面殿ほど強ければ問題はないでしょう。むしろ、拙僧たちの所属する勢力に荷担して欲しいくらいですぞ」

「なるほど。それがランスに向けていた視線の正体か」

 

 エムサの問いに言裏が笑いながら答えるが、その後に続いたブラック仮面の言葉を聞いてピタリとその笑いが止まる。

 

「気が付いておられましたか……」

「まるでランスの強さを推し量るような、言うなれば値踏みするような視線だったからな」

「まあ、バレてしまっては仕方ありませんな。拙僧、兄捜しとは別にもう一つ大陸に渡った理由があるのでござるよ。天志教本山より言い渡された極秘任務でして、大陸にいる強者を見定め、見込みのある者はスカウトしてくるようにというものでござる」

「随分とまあ極秘任務をペラペラと……」

 

 言裏の任務を聞いてフェリスが呆れかえる。そんな簡単に任務の内容をバラしてしまうとは、天志教本山も想像していなかっただろう。

 

「しかし、おかしな話ですね。天志教といえば大陸におけるAL教と同じ、JAPANに深く根付いた団体であったはず。それが、大陸の強者を欲するだなんて……」

「確かにな。それこそ、戦ともなれば相当数の信者が天志教につくと予想できる。戦争は基本数だ。まあ、練度や士気など他にも要素はあるが、戦争の結果が一個人で覆るものではない。天志教本山は何を思ってそんな任務を出したんだ?」

「さあ……拙僧も詳しい事は聞かされておらなんだ」

 

 エムサとブラック仮面が天志教本山の出した任務に疑問を抱く。数百、数千の傭兵たちをスカウトするならまだしも、一個人をわざわざスカウトする理由が見当たらないからだ。言裏も詳しくは聞かされていないようで、顎に手を当てて唸っている。

 

「考えられるとしたら、別の理由か。例えば……集団対集団ではなく、個対個を見据え、その際の護衛役が欲しい……とかな」

「そんな状況が有り得るのか?」

「さあな……」

 

 もしブラック仮面の想像が当たっているとすれば、天志教は一体誰と戦うつもりなのか。それはまだブラック仮面たちの知るところではない。

 

「で、どうですかな? ブラック仮面殿」

「悪いが、断らせていただく。いずれJAPANに訪れたいとは思っているが、今ではない」

「うーむ、残念」

 

 ブラック仮面が言裏の誘いを丁重に断る。いずれ訪れる大戦を見据え、強者や大国との繋がりを持とうとしているブラック仮面だが、優先度で言えばやはり島国であるJAPANは一枚落ちる。優先すべきは、リーザスやゼス、ヘルマンなどの大国。

 

「おい、貴様ら。さっきから何をコソコソ喋って……むっ、何だこの臭いは!?」

 

 それまであてなとキサラの三人で仲良く弁当を食べていたランスがこちらに近づいてくる。すると、突如として悪臭が漂ってきた。不快な臭いにランスが顔を歪めながら後ろを振り返ると、そこにはボロボロのコートを纏った中年の男が立っていた。

 

「貴様ら……良い匂いをさせているな……食い物の臭いだ……」

「げっ!? 何だ貴様は!?」

「ランス殿。こいつ、こじきでござる」

「いかにも。儂はマスターこじき後藤」

 

 ババン、と胸を張って答える男。どこからそんな自信が湧いてくるのかと冷ややかな視線を送るランスたち。

 

「出て行け……この公園は俺の縄張りだ……」

「何を生意気な! この公園は俺様たちの税金で出来ているんだ。税金を払っていない貴様なんかよりも、しっかりと税金を払っている俺様に使われるべき場所なのだ!」

「ご主人様は脱税しているのれす」

「余計な事は言わんでいい」

「はっはっは。拙僧、坊主だから税金は無いでござるよ」

「税金は殆どキースとハイニに任せているからなぁ……」

「(もう駄目だ、こいつ。隠す気ゼロすぎる……)」

 

 ブラック仮面の迂闊すぎる発言にフェリスの胃がキリキリと痛む。すると、マスターこじきが痺れを切らし、コートの中から真ん中に穴の空いた金属の円盤を取りだし、手の中でくるくると器用に回し始める。

 

「チャクラムか。珍しい武器を使うな」

「こ、来い……わんわんたち……」

 

 ブラック仮面が感心していると、マスターこじきの声に誘われるかのようにわんわんが集まってくる。

 

「きゃっ、可愛い」

「これ、キサラ殿。油断めされるな。敵でござるぞ」

「かかれ!」

 

 一斉にわんわんたちが襲いかかってくるが、ランスたちは余裕の表情。喧嘩を売るには、あまりにも相手が悪すぎる。その事を数分後に身をもって実感する後藤であった。

 

 

 

-ハピネス製薬 5階 社長室-

 

「うーん、ランスさんたちは順調だろうか……しかし、30万GOLDもどこから絞りだそう……」

「お父さん。ここ、ここ。この備品補充費用、これいらないし、こっちのも数を減らせば2万GOLDは浮くよ」

「あ、なるほど……って、エリーヌ、勝手に大人の仕事に入ってくるんじゃありません。部屋に戻っていなさい」

「ぶう……はーい……」

 

 机に座りながら一人唸っているドハラス。それというのも、ランスとエンジェル組のせいで思わぬ出費になりそうだからだ。資料の睨めっこをしているが、元々が現場の人間であるため、経営に関しては正直向いていない面が多々ある。すると、机の下から愛娘であるエリーヌがピョコリと現れ、10歳とは思えない程の的確な指示を飛ばしてくる。流石にまだ早すぎるため無理矢理部屋から追い出したが、ドハラスは我が娘の才にため息をつく。

 

「欲しがるから買い与えたけど、やっぱりあんな難しいウォーゲームをあれ程上手く遊べるなんて、我が娘ながら凄いよなぁ……私は現場の方が合っているし、ゆくゆくは私なんかよりも良い社長になるかもしれないなぁ……」

 

 まだ10歳であるため、それが一体何年後、何十年後になるかは判らないが、ハピネス製薬はしばらく安泰であろうと胸を撫で下ろすドハラス。そのとき、社長室の扉が静かにノックされる。

 

「はい、どうぞ」

「…………」

「ん、ジョセフくん。どうかしたのかな?」

 

 訪問者は、第一研究室室長のジョセフ。まだ娘とそれ程歳が変わらないが、ドハラスは彼の才能に期待して室長という役職につけている。しばらくは結果を残せずにいたが、数ヶ月ほど前、幼迷腫という世色癌をも上回る回復薬を完成させた。正直、ドハラスはジョセフが結果を出すのに数年単位で待つつもりであったため、これには大層驚かされた。その彼が、一体何の用で社長室を訪れたというのか。部屋に入ってきてからずっと押し黙っているジョセフにドハラスが問いかけると、ジョセフはゆっくりと口を開いた。

 

「社長、話があります……」

 

 

 

-ロマンス公園-

 

「がはははは、こじきが俺様に勝てると思うな!」

「無念なり……折角だ、儂に勝った記念として、ぬかるんだ沼地でも自由に歩けるようになる技を伝授し……」

「いらん。こじきから物を教わるつもりはない」

「残念……」

 

 マスターこじきに完勝したランスたち。流石にこれだけの戦力が揃っていれば、わんわんになど苦戦はしない。

 

「可愛いなぁ……」

「…………」

 

 キサラがわんわんの一匹を胸に抱いて、その可愛さを堪能している。興味なさそうにしているフェリスも、足下によってきたわんわんの頭を撫でて密かにほっこりとしていた。すると、公園の入り口の方角からこちらに大声で叫んでくる者がいる。

 

「あっ、良かった、まだいた。ブラック仮面さーん!」

「んっ……コナンか」

 

 ブラック仮面がそちらに視線を向けると、それはコナンであった。公園の入り口からこちらに声を掛けながら駆けてくる。

 

「はぁ……はぁ……良かった、まだ本拠地に乗り込む前だったんですね……」

「どうした?」

「出来ればブラック仮面さんとエムサさん、それとフェリスさんの三名は、一度社に戻っていただけませんか? 社長が、話があると……」

「あら?」

「私もか?」

 

 突然のコナンの言葉にエムサが驚き、フェリスも目を丸くする。ブラック仮面とエムサならまだしも、自分まで呼ばれるとは思っていなかったのだ。

 

「敵の本拠地に乗り込むのを後回しにしてでもか?」

「はい、早急にお話したい事があると……」

「どうしますか?」

「戻らない訳にもいくまい。一度俺たち三人は戻るぞ」

「こら、フェリスは俺様の使い魔だぞ。勝手に連れて行くな」

 

 緊急の話と判断したブラック仮面は一度ハピネス製薬に戻る事を決定する。だが、それにランスが文句を言ってくる。自身の使い魔が連れて行かれるのが面白くないのだろう。

 

「別に逃げやしないよ」

「30万もの大金を払ってくれる上客なんだ。最低限の事は聞いておいた方が、後々金を受け取りやすいぞ」

「むっ……それもそうか。ならフェリス、しっかり稼いで来い」

「(お話には聞いていましたが、本当に言いくるめるのが上手いのですね……)」

 

 ブラック仮面に上手い事言いくるめられ、渋々納得するランス。その手際の良さに、エムサが言葉には出さないが感心する。

 

「それじゃあ、俺たちは一度会社に戻る。後で合流するつもりだが、それまで無理はするな。なんなら敵の本拠地には乗り込まず、俺たちが帰ってくるのを待っていてくれてもいい」

「そちらの方が、万全の状態で乗り込めるので安全ですね」

「ふん、いいからとっとと行ってこい」

 

 ブラック仮面とエムサの忠告をランスは適当にあしらう。真剣に聞く気はないようだ。そのままコナンと共にこの場を去っていくブラック仮面たち。歩いたら30分ほどあるハピネス製薬までの道のりだが、コナンはどうやらうし車で駆けつけたらしく、帰りはそれに乗って早急に戻る事が出来た。わざわざうし車を呼び寄せるほどとなれば、やはりそれなりに緊急事態なのだろう。車に揺られながら、エムサがブラック仮面に問いかける。

 

「ランスさん、私たちを待っていると思いますか?」

「乗り込むだろうな」

「間違いない」

 

 ブラック仮面とフェリスが即答し、エムサがくすくすと笑う。こうして最前線から強者三人が一時的に離れる事となった。

 

 

「ふっふっふ、この冷蔵庫だな? では突入だ!」

「えっ!? 三人を待たないんですか?」

 

 ブラック仮面たちがいなくなった後、砂場にやってきたランスたち。パーティから入手した情報通り、砂場には開かない冷蔵庫があった。ご丁寧にエンジェル組秘密基地入り口と書かれているが、普通には開けられない。だが、その側には砂に隠してあるボタンが配置されており、それを押すと冷蔵庫は簡単に開いた。これもパーティの情報通りだ。中にはハシゴが設置されており、地下に続いているようだ。

 

「ふん、奴等がいなくても問題ない。敵は全てこの俺様が叩きのめすからな」

「それは頼もしい。では、拙僧も出来る限り頑張らせていただくとしますかな」

「あてな2号も頑張るぞ、なのれす」

「ランスさんがそう言うなら……」

 

 こうして四人での潜入が始まる。その様子をモニターで見ている影があった。

 

 

 

-エンジェル組 アイス支部秘密基地 司令室-

 

「遂に来たわね。あのまま帰ったら、逆にどうしようかと心配だったくらいよ」

 

 アーニィが腕組みをしながらモニターに映るランスたちを見上げている。ソファーに座っている摩利支天暗殺組の四人は、紅一点である如芙花が持ってきていたお茶を飲んで食後の一時を楽しんでいる。そのとき、司令室の扉が開かれ、アーニィの部下が慌てて入ってくる。

 

「た、大変です、アーニィ様!」

「どうしたの、騒がしい。落ち着いて報告しなさい」

「セ、セェラァ様、ブレザァ様、ジャンスカ様の三名が、ランスは敵だから私たちの手で倒すと言われ、戦いの準備を……」

「な、なんですって!? 早く止めなさい!!」

「わ、判りました!」

 

 それまで部下の慌てぶりを注意していたアーニィだが、報告を受けてその態度は一転、盛大に慌てて三姉妹をなんとか止めるよう指示を出す。

 

「まさかとは思うけど、もし三姉妹のみなさんに何かあったら……」

「おいおい、そいつは彼女の事かい?」

「えっ!?」

 

 暗殺組の一人であるモヒカンの男がモニターを指差しながらそう言う。アーニィはまさかと思いながらモニターに視線を戻すと、基地に潜入したランスたちの目の前に思いっきり三姉妹が立ちふさがっていた。

 

「ぎゃー!! は、早く止めてぇぇぇ!!」

「へっへっへ、こりゃ間に合わないな」

「何を暢気な! 早く行きなさい!!」

「もう向かいましたわ。まあ、流石に間に合うかは微妙ですが」

「えっ……?」

 

 如芙花の言葉にアーニィが目を擦り、暗殺組を見直す。次の瞬間、彼女の背中には冷たい汗が流れる。先程まで確かに四人揃っていたはずなのに、今は三人しかいないのだ。それも、一番大柄の男がいなくなっている。アーニィは彼が出て行く気配をまるで感じられなかった。これが、本物の暗殺者集団。

 

「…………」

 

 ブラック仮面がいない事を不服そうにしながらも、一番の標的であるランスがどれ程の実力者であるかしっかりと見定めるため、摩利支天は真剣な表情でモニターを見上げるのだった。

 

 

 

-エンジェル組 アイス支部秘密基地 RR地点-

 

「ふっふっふ、ようやく積年の恨みが晴らせそうね!!」

 

 ランスたちの前に立ちふさがる制服三姉妹。その中央に立つセェラァが、ババンとポーズを決めながらランスとの再会を待ちわびていたと口にする。

 

「お前ら、セェラァ、ブレザァ、ジャンスカ!」

「へぇ、記憶力が悪そうだと思っていたのですけど、良く覚えていましたわね」

「勿論だ、俺様は一度ヤった女の事は忘れん」

「うー、ヤッたなんて……うー……」

 

 ブレザァの挑発にも特に動じず、ランスが三人とヤッたときの事を思い出しながらそう口にすると、恥ずかしさからかジャンスカがうなり声を上げる。

 

「ランス殿、あの女人たちをご存じなのですか? 特にあの中央の娘、拙僧のタイプど真ん中でござる。紹介してはくださらぬか?」

「あいつら女の子モンスターだぞ」

「なんと!? 人間ではないのですか!?」

「見た事のない種類ですね……」

「当たり前よ! 私たちをその辺の女の子モンスターと一緒にしないでよね!」

 

 セェラァが特にお気に召した言裏だったが、彼女たちが女の子モンスターと聞いて目を丸くする。キサラも初めて見る種類の女の子モンスターに驚いていると、セェラァが胸を張りながら口を開く。

 

「私たちは、この世に一体ずつしか存在しないレア女の子モンスター」

「じゃん、じゃん」

「ほう、凄い存在ですなぁ。ランス殿はそんな彼女たちに好かれているのですな? こんな所まで追いかけてくるなんて……」

「な訳ないでしょ! 憎いの、殺したいの、だからこうしてやってきたのよ!」

「さぁ、悪人ランス、懺悔の時間ですわよ。以前は運悪く負けてしまいましたが、今度はそうは行きませんわ」

「うぇぇぇん、ランス倒す!!」

 

 やる気満々の三人を前に、ランスが腰の剣に手を伸ばし、キサラもカードを手にする。言裏は錫杖を握り直し、あてなは暢気に笑っていた。セェラァが我先にと剣を抜いて場に緊迫した空気が流れるが、ブレザァが今にも跳び掛かりそうなセェラァに向かって口を開く。

 

「駄目よ、セェラァ。三人で戦って一撃で倒したらつまらないから、一人ずつ順番に戦うと言ったのは貴女でしょ?」

「そ、そうだったわね」

「セェラァちゃん、おっちょこちょい」

 

 どうやら三人一斉に掛かってくるつもりは無いらしい。ヒソヒソと何やら話していたと思うと、クルリとこちらを振り返る三姉妹。

 

「という訳で、私たちはこの基地のどこかで貴様を待つ! ふっふっふ、パワーアップした我らの力、とくと味わわせてくれる!」

「倒すのは私ですわー」

「うぇぇぇん、ジャンスカなの!」

 

 そう言い残し、通路を逆走して三姉妹はどこかへと立ち去ってしまう。

 

「やれやれ、三人で掛かってきた方が、勝率が上がるというのに……」

「漫画的展開の王道なのれす。ふっふっふ、奴は三姉妹でも最弱……あんな奴に負けるとは三姉妹の面汚しよ……」

「あ、それどこかで見たことがあります」

 

 わざわざ一人ずつ掛かってくるつもりの三姉妹に言裏が呆れていると、床に手紙が落ちているのが目に入る。どうやら去り際に彼女たちが残していった物のようだ。ランスがそれを拾い、中に目を通す。

 

「悪人ランスへ。この地図に書かれた場所で待つ。正々堂々、一対一で勝負をつけたい。必ず一人で来るように! セェラァ……ふん、下らん。とりあえずこの場所に向かうぞ」

「お一人で戦うんですか?」

「あいつらが勝手に決めたルールだ。わざわざ聞く必要もあるまい」

「当然ですな」

 

 ランスたちは通路を進み、地図に書かれた場所を目指す。最初の標的はセェラァだ。だが、ゆっくりと暗殺組第一の刺客が迫っている事を、ランスたちは知る由も無かった。

 

 

 

-ハピネス製薬 5階 社長室-

 

「すいません、わざわざ戻ってきていただいて……」

「社長、話というのは?」

 

 社長室にルーク、エムサ、フェリスの三人が入ってくる。社長室の中には、ドハラス社長の他に何故かジョセフもいた。二人とも沈痛な面持ちである。

 

「それはジョセフくんから話して貰います。私もまだ、話のさわりしか聞いていないので……」

「となると、私たちを呼び寄せたのはジョセフさんですか?」

「何で私もだったんだ……?」

「…………」

 

 社長の言葉にエムサとフェリスが不思議そうにするが、ジョセフはソファーからゆっくりと立ち上がって口を開く。

 

「……悪魔である貴女には、一番関係があると思ったので」

「は?」

「……場所を移動しましょう。お見せしたいものがあります」

「見せたいもの……? まさか……」

 

 ジョセフが見せたいという物に若干心当たりがあるが、まさか自分から見せてくるとは想像していなかったため、ルークはその言葉を訝しむ。社長室を後にし、全員で廊下を歩いてある場所に向かう。それは、ジョセフが管理している第一研究室。

 

「あら? あれは……」

 

 その一行を、遠目から偶然見つけてしまった女性がいた。第二研究室室長、ローズその人だ。

 

 

 

-ハピネス製薬 4階 第一研究室-

 

「社長、お疲れ様です!」

「ああ、お疲れ様」

 

 研究室にいた社員が一斉に頭を下げてくるのを、手を振って応えるドハラス。元々は現場の人間であるため、どうやら社員からの人望はそれなりにあるようだ。

 

「こっちです」

 

 ジョセフが先頭に立ち、研究室の奥へと進んでいく。そのまま自身が管理している物置の鍵を開け、中に入っていく。物置という割にはしっかりと掃除がされており、研究室の中に併設されている割には広々としている。その奥、布のかけられた巨大な筒状の物から、何やら女の子の泣き声が聞こえてくる。

 

「ひっく……ひっく……」

「何だ? ゆ、幽霊か!?」

「この声は……」

「…………」

 

 びびるコナンを横目に、フェリス、エムサ、ルーク、ドハラスの四人は奥にある筒に視線を向ける。筒にルークが近づこうとしたが、ジョセフが手をスッと横に出してそれを制し、代わりに自分がゆっくりと筒に近づいていく。

 

「……みなさん、お聞きしたい事があります」

「聞きたい事?」

「……この世界には、様々な生物がいます。ムシは家畜として広く扱われていて、うしなんかがその代表例ですね。うし乳はその味から広く愛されていますし、うし車のない生活なんて今では考えられません」

「いきなり何を……?」

 

 突如訳の判らない事を語り出したジョセフにコナンが呆気に取られているが、ドハラス社長は先に聞いていたからか、重苦しい顔をしている。ルークも何となく察しがついたのか、黙ってジョセフの話に耳を傾ける。

 

「ゴールデンハニーはGOLDの原材料ですし、こかとりすやイカマンのように食用とされているモンスターも数多くいます。では、イカマンを食べる事に批判的な意見というものはあるでしょうか?」

「いや、聞いた事は無いな。イカマンはカレーに入れると美味いんだよなぁ」

 

 コナンがイカカレーの味を思い出して唾を飲み込んでいる。一人場の空気が読めていないようだ。ジョセフはそのコナンの返答に頷き、布のかかった筒の前でその歩みを止める。

 

「カラーのクリスタル乱獲には批判が出る反面、こかとりすを食用にする事には批判は出ない。ではその線引きは? 人型かどうか? 意思があるかどうか? では、仮にヤンキーを薬の材料にしたら、世間は非難するでしょうか?」

「薬の材料……まさか!?」

 

 フェリスが何かに思い至り、目を見開く。その横に立つルークとエムサは黙ってジョセフの話を聞いている。

 

「コナン課長……先にこれだけは謝っておきます。エンジェル組がハピネス製薬を狙ったのは、この僕が原因です」

「えっ……えぇっ!?」

「……これが、エンジェル組がハピネス製薬を狙った理由です」

 

 バッとジョセフが目の前の布をはぎ取る。その下から現れたのは、ジョセフが秘密裏に仕入れたとエムサが調べ上げていた巨大カプセル。そして、その中には裸の美少女が入っている。

 

「聖女モンスター、ウェンリーナー。僕が攫ってきた、幼迷腫の原材料を生み出すモンスターです。聞かせて下さい……女の子モンスターを原材料に何かを生み出すのは、罪なんですか?」

 

 唇を噛みしめ、真剣な表情で問いかけてくるジョセフ。その後ろのカプセルにいるウェンリーナーの瞳は、涙で濡れていた。

 

 




[人物]
後藤
 ロマンス公園に出没するマスターこじき。チャクラムを武器として扱い、その戦闘力は意外に高い。沼地を平然と歩けるようになるという謎の技を持つ。
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