ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第127話 響くのは笑い声

 

-エンジェル組 アイス支部秘密基地 X1通り-

 

「さぁ、追い詰めたぞ。よくも俺たちを愚弄してくれたな!」

「こそこそと裏で動き回りやがって!」

「くっ……」

 

 エンジェル組の通路に怒声が響き渡る。今この通路では、うさぎさんチームの隊員四名がピンク仮面を取り囲んでいた。これまで陰で動き、ランスたちをサポートしてきたピンク仮面だったが、その行動はエンジェル組にも度々目撃されていたため、このような窮地に陥ってしまっていたのだ。

 

「さて……ふむ、良く見れば良い躰をしているな」

「へへ……捕まえたら、たっぷりと楽しみましょうや」

「炎の……」

「おっと、唱えさせないぜ!」

 

 下卑た目でピンク仮面の躰を見回す隊員たち。その隙を見計らって炎の矢を放とうとしたピンク仮面だったが、後ろにいた隊員に羽交い締めにされてしまう。

 

「よっしゃ、捕まえた。それじゃあ楽しませて……」

「ランスドロップキィィック!!」

「ぐぎゃぁぁぁ!!」

 

 羽交い締めにしていた男がピンク仮面の胸に手を伸ばそうとした瞬間、通路を全力で駆けてきたランスにドロップキックを食らって吹き飛ばされる。驚愕している他の隊員をつまらなそうに眺めながら、ランスはピンク仮面に視線をやって口を開く。

 

「ちっ、聞き間違いだったか。まあいい。ピンク仮面、今回は俺様が助けてやるぜ。お前には何度か世話になったからな」

「あっ……ランス様……じゃなかった、ランスさん……」

「おや、声の主はピンク仮面殿でござったか」

「くっ……こいつら、基地で暴れているという侵入者たちか。お前たち、ここで倒せば大手柄だ! いくぞ!」

「名もなき下っ端があてなたちを倒すのは不可能なのれすよ」

「名前くらいあるわ!」

 

 一斉に跳び掛かってくるうさぎさんチームの隊員たち。だが、ランスたちの相手を担うには、彼らにはあまりにも荷が重すぎた。

 

「がはははは! 皆殺しだ!!」

「飛べー、当たれー、なのれす!」

「我がカードよ、敵を焼き尽くせ! 爆炎カード!!」

「南無三!」

「ファイヤーレーザー!」

「「「「ぎゃぁぁぁぁ!!」」」」

 

 清々しいほどのオーバーキルである。心なしか、ここまであまり活躍出来ていないキサラとあてなが人一倍気合いが入っているようにも見えた。こうして一分も経たずに敵を全滅させたランスはピンク仮面に向き直る。

 

「あ、危ないところをどうも……」

「……お前は何者だ? どうしていつも俺様の前に現れる?」

「だから、シィルちゃんなのれす。声がそうだって、さっきご主人様も言っていたのれす」

「シィルさんってどなたですか?」

 

 あてなが冷静にツッコミをいれているが、ランスの耳には届いていない。シィルの事を知らないキサラが首を捻っている中、真剣な眼差しでピンク仮面を見つめていたランスが顎に手を当てて口を開く。

 

「ははーん。判ったぞ。さてはお前、俺様に惚れているな?」

「へっ……? い、いえ、そういう訳では……あ、でも、そうとも言えるし……ええっと……」

「がはははは! なら、この俺様が特別に抱いてやろう! とぉぉぉ!」

「きゃっ!?」

 

 ランスの言葉にしどろもどろになるピンク仮面。どうやら満更でも無いようだ。その反応を見たランスはすぐさまピンク仮面を押し倒し、その胸を揉みしだく。瞬間、ランスの手が止まる。その揉み心地に心当たりがありすぎるのだ。

 

「……まさか、シィルか?」

「ち、違います、ランス様!」

 

 信じられないといった顔で呆然としているランスを押しのけて立ち上がり、ピンク仮面は一度だけ頭を下げると、通路を全力で駆けていってしまった。その後ろ姿を口を開けて見送るランス。手をわきわきと動かし、今の感触を思い出している様子だ。

 

「ランス殿、お知り合いですか?」

「……いや、まさかな」

 

 首を横に振り、自身の考えを振り払うランス。ランスがここまで頑なにピンク仮面の正体がシィルである事を否定しているのには訳がある。というのも、ランスの奴隷であるシィルには絶対服従の魔法が掛かっており、ランスの命令に逆らう事は出来ないのだ。そのため、留守番をしていろと命令したはずのシィルがここにいる訳がないという先入観がランスにはあり、結果としてあてなの言葉を頑なに否定し続けたのだ。

 

「…………」

 

 だが、ランスは知らない。シィルに掛けられた絶対服従の魔法が、既に解けていることを。その上で、シィルは自分の意思でランスの側に居続けている事を。

 

「で、これからどうしますかな?」

「ブラック仮面さんがまだ戦っているはずです。戻って援護をしないと……」

「いや、あいつは放っておけ。あんな奴に負けるような男じゃない。それよりも、先に進んでアーニィにお仕置きだ」

「おや? 随分とブラック仮面殿を高く評価しているでござるなぁ……拙僧もそれくらい評価して欲しいものでござるよ」

 

 言裏とキサラの問いにそう答えるランス。だが、言裏にブラック仮面の事を指摘されて自分でも眉をひそめる。

 

「……そういえばそうだな。なんで俺様は今、そんな事を言ったんだ?」

「ヒントは二文字目が伸ばし棒、最後の文字がクの三文字の言葉なのれす」

「……ラーク? そういえば、ノアさんは田舎に帰って元気にしているかな?」

「知らない名前が飛び出したのれす!」

 

 未だブラック仮面の正体に見当がつかない中、ランスたちはブラック仮面の援護には向かわず、アーニィお仕置きの為に先に進むのだった。

 

 

 

-エンジェル組 アイス支部秘密基地 MZ通り-

 

「真空斬!」

「二翼の弓!」

 

 ブラック仮面と摩利支天がお互いに放った闘気の塊がぶつかり合い、大気中に四散する。瞬間、二人の剣が交差し、火花が散る。技を放つと同時に、二人とも相手に跳び掛かっていたのだ。示し合わせたかのように同じ行動を取った事に、自然と二人の口元に笑みが浮かぶ。

 

「噂以上だな。これが摩利支天暗殺組、トップの実力か!」

「滾る、滾るぞ、ブラック仮面! これ程の実力者が、これまで名前も売れずに埋もれていたとはな……」

 

 感嘆し合い、再び剣を交差させる二人。摩利支天が高速の突きを放ってくるが、ブラック仮面はそれを全て捌ききり、返しに剣を横薙ぎに振るう。高速の突きの中でまさかカウンターを返してくるとは想定しておらず、摩利支天はすんでのところでそれを躱したが、羽織っていたコートまでは避けきれず、バッサリと斬れてしまう。邪魔に思ったのか、すぐさまコートを脱ぎ捨てる摩利支天。

 

「はぁっ!」

 

 咆哮し、跳び掛かってくる摩利支天。それを受けるルーク。そんな二人のやりとりを、壁に背を預けながらフェリスは見守っていた。

 

「やるな、あいつ。リーザスだったら将軍、副将クラスだ」

「摩利支天は大陸でも屈指の暗殺者ですよ。それと互角に戦うだなんて……俺はなんて人を相手にしていたんだ……」

 

 リーザス解放戦、闘神都市での戦いなどでリーザス将軍、副将と面識があるフェリスがそう口にしたという事は、摩利支天の実力は本物という事だろう。だが、ファルコンはどちらかというとブラック仮面の強さに驚いていた。摩利支天はその筋であれば名前を知らぬ者はいない程の暗殺者であるのに対し、ブラック仮面などというふざけた名前は聞いたことがない。それなのに、摩利支天とこうして渡り合っているのだ。だが、そのファルコンの言葉をエムサが否定する。

 

「互角ではありませんよ」

「えっ?」

「黒いお兄ちゃんが押してきてるのー」

 

 ざしきわらしの言葉にファルコンが慌てて視線を戻す。すると、確かにブラック仮面が摩利支天を圧倒し始めているのだ。ふう、と一息つきながら、フェリスが腕組みをして口を開く。

 

「ま、摩利支天は確かに強いが……こっちほど修羅場をくぐり抜けてきた奴もそういないだろう」

 

 確かに摩利支天は強い。人類でも間違いなく強者の部類に入る。だが、ミネバ、トーマ、アイゼル、ノス、ジル、ユプシロン、ディオ。これまでブラック仮面のくぐり抜けた修羅場に勝る者などそうはいない。現在レベルに、あまりにも違いがありすぎるのだ。

 

「ざしきわらし! お兄ちゃんが後でジュースを奢ってやる」

「やったなの!」

「はぁ……集中しろ、バカ!!」

 

 お兄ちゃんと呼ばれた事が嬉しかったのか、ブラック仮面がそう叫んでくる。ぴょんぴょんと飛び跳ねるざしきわらしを横目に、フェリスは深くため息をついて苦言を呈す。ブラック仮面の数少ない弱点、若さが露呈している瞬間であった。

 

「強い……悔しいが、認めるしかあるまい。貴様はこの私よりも、遙か高みにいる。だが、それだけが勝負を決定づける訳では無い!」

「むっ……!?」

 

 摩利支天の刀が妖しい軌道を取る。まるで幻影のような動きの後、横に二度、縦に二度摩利支天が刀を振るう。ブラック仮面が何かを感じ取って前に出るが、次の瞬間にはそのブラック仮面に四本の刃が襲いかかった。

 

「なんだありゃ!?」

「これは……!?」

「四翼の刃! 貴様にこの技、見切れるか!?」

 

 思わずフェリスも声を漏らす。同時に四本の斬撃に襲いかかられては、流石に避けようがない。だが、ブラック仮面はその刃が自身に届くよりも先に即座に前に出て、強烈な突きを摩利支天の胴体に撃ち込んだ。

 

「ふんっ!!」

「ごぁっ……」

 

 その一撃で着込んでいた鎖帷子が壊れ、後方へと吹き飛ばされる摩利支天。それと同時に、四本の刃がまるで幻であったかのように消えてしまった。四翼の刃とは、三本が幻であるのは以前摩利支天が口にした通りである。そして、本物の一本は剣を横に振った際に発動している訳では無く、三本の幻に隠れて摩利支天自身がその瞬間に放っている斬撃なのだ。故に、相手に届く前に阻止されれば、その斬撃は敵を斬り裂くことはない。

 

「くっ、見破ったというのか……我が四翼の刃を……」

「別に完璧に見破っていた訳でもないがな。とりあえず、届く前に敵を吹き飛ばせばいいだけだと思っただけにすぎんさ」

「だが、敵の斬撃の中にあえて飛び込むその度量。我が剣速をも上回る実力。見事……」

「お前よりも剣速の速い相手とやった事があるだけさ」

 

 苦しそうにしながら、だがどこか晴れ晴れとした顔をしている摩利支天にブラック仮面が答える。その脳裏には、リーザスの赤い死神、リック・アディスンの顔が浮かんでいた。近接戦闘での剣速に関してなら、大陸でもリックを上回る者はそういないだろう。

 

「だが……我が翼はまだ……」

「いたぞ、侵入者だ!」

「……むっ?」

 

 摩利支天が刀を握り、スッと立ち上がった瞬間に通路の向こうから声が響き渡る。全員がそちらに注目すると、エンジェル組の戦闘員がぞろぞろと集まってきていた。

 

「……下がれ。この男は私の獲物だ」

「黙れ、暗殺者風情が! エンジェル組は俺たちの手で守るんだ!」

「ちっ……」

 

 摩利支天の言葉に聞く耳を持たず、こちらに迫ってくる戦闘員たち。摩利支天は軽く舌打ちをし、ブラック仮面に向き直る。

 

「この勝負、預けるぞ。次は六枚の翼で貴様を討つ」

「ああ。楽しみにしている」

「元々、やり合う必要のない戦いなんだけどな……」

「むにゃむにゃ……」

 

 それだけ言い残し、懐から帰り木を出してこの場から撤退する摩利支天。二翼の弓、四翼の刃以外にも、まだ隠し球を持っているようだ。フェリスの言う通り、ウェンリーナーがいる今では戦う必要のない相手なのだが、強者を求めているブラック仮面が割と楽しんでしまっているため、フェリスには止める術がなかった。

 

「さて、早急にランスさんたちと合流するとしましょう」

「止まれ、貴様ら!」

「うおっ……ファ、ファルコン様……」

「道を空けろ。この者たちは敵ではない!」

 

 ファルコンの言葉を受け、血気盛んに駆けていた戦闘員が止まる。エンジェル組アイス支部最強の肩書きは伊達ではなく、それなりに偉い立場にいるようだ。こうしてブラック仮面たちは、戦闘することなく奥へと進んでいくのだった。

 

 

 

-エンジェル組 アイス支部秘密基地 大戸前-

 

「ほう、これは巨大な扉でござるなぁ」

「この奥にエンジェル組の司令部があるんですね」

「ん……?」

 

 巨大な鉄の扉を見上げるランスたち。どうやら鍵がかかっているようで、こちらからでは開けられないのだ。これだけ立派な扉ともなれば、この奥が司令部で間違いないだろう。だが、扉を開ける手段がない。どうしたものかとランスたちが考えていると、ギィ、という音と共にあちらから扉が開いたのだ。少しだけ開いた隙間から、パラパラとエンジェル組の戦闘員が出てくる。その数、十名ほど。それに続き、身長が3メートルはありそうな巨漢と、ランスが探し求めていたアーニィが出てきた。

 

「おお、アーニィ。そちらから来てくれるとは好都合だ。俺様を罠に掛けた恨み、しっかりと晴らさせて貰うぞ!」

「まさか、摩利支天暗殺組まで破れるなんてね……流石に思ってもみなかったわ」

「がはは。あの程度の三下など軽い、軽い。俺様の実力の百分の一も出さずに勝てたぞ」

「くそっ……あの暗殺者たち、まるで役に立たなかったじゃないか……」

「……確かに彼らの戦い方には思うところがあるけど、それでも私たちより強いのは事実よ」

「アーニィ様……」

 

 摩利支天暗殺団に愚痴を吐く戦闘員だったが、それをアーニィが諫める。彼らがいなければ、ランスたちはもっと早くこの場に辿りついていただろう。アーニィは唇を噛みしめながらランスに視線を向ける。

 

「ん? どうした? 俺様のお仕置きを受ける気になったか?」

「……いいわ、応じます」

「なんと!?」

「ア、アーニィ様!?」

 

 意外にもランスの言葉に応じる構えを見せるアーニィ。言裏や部下が思わず声を漏らす中、ランスはイヤらしい視線をアーニィに向ける。

 

「ほう? 随分と素直じゃないか」

「でも、どうしても聞いて欲しい事があるの。ランスさん、貴方は騙されているのよ。本当に悪いのは、ハピネス製薬の方なの!」

「はいはい、判った、判った」

「ちゃんと聞いて!」

「でも、摩利支天暗殺組が動いている事を考えると、あながち嘘とも思えないんですよね……」

 

 適当に流そうとするランスをキッと睨み付け、アーニィが真剣な表情で話を続けようとする。キサラの言う通り、裁く対象は悪人と決めている事で有名な摩利支天暗殺組が絡んでいる以上、その言葉にはいくらかの信憑性があった。

 

「ハピネス製薬の連中は、私たちが保護していた聖女モンスターのウェンリーナー様を攫ったの!」

「そうだ、そうだ!」

「あいつらが悪いんだ!」

「貴方たちは黙っていて。あいつらは薬の開発のために、自分たちの利益の為だけに、無抵抗なウェンリーナー様を攫ったのよ!」

「ふーん」

 

 騒ぐ部下たちを一度注意し、アーニィは真剣な表情のまま言葉を続ける。だが、目の前のランスは興味なさそうに耳を穿っていた。

 

「ふーん、って……私たちはウェンリーナー様を取り返したいだけなの! 悪いのはあっちなのよ!」

「ま、俺様には関係無いな」

「なっ……!?」

 

 想定外のランスの反応に絶句するアーニィ。横に控えている部下たちも呆然としている。

 

「どっちが正しいかなど、俺様には関係無い事だ。しいて言うなら、俺様に金を出してくれる方が正義だ!」

「流石はご主人様なのれす」

「良いのでしょうか……」

「はっはっは。拙僧もランス殿と同意見でござるなぁ。正義と悪は表裏一体。視点次第ではクルリとその位置を変えるでござるよ。現に、アーニィ殿はほぼ無関係であったフロック殿を殺しているでござる」

「うっ……」

 

 あてなが頷き、キサラが困惑する中、言裏はランスの意見に賛同する。ランスたちを睨み付けていたアーニィだったが、フロックの名前を出されて口ごもる。どうやら彼を殺した事に関しては、未だに気にしているようであった。

 

「アーニィ様。こんな奴等にこれ以上我らの崇高な思いを告げても無駄です。戦いましょう!」

「……それしか、道はないのね」

 

 戦闘員たちがバットを握りしめ、アーニィも一度目を瞑って天井を仰いだ後、覚悟を決めたように腰に差していた短剣を抜く。そして、それまで後ろに控えていた巨漢の男がヌッと先頭に歩み出てきた。

 

「おお!? なんだ、新種のデカントか? 第一発見者の俺様がアホビッグマンと名付けてやろう」

「俺は人間だ! 勝手な事を言うな!」

 

 アホビッグマンと呼ばれた巨漢の男が抗議するが、その声は見た目とは裏腹の高音の声。

 

「うっ……見た目に似合わない声をしているな。さてはモンスターか何かだな? やーい、アホビッグマン!」

「違う!」

「勝手な事を言わないで! 彼にはイーグルっていうちゃんとした名前があるんだから!」

 

 まるで子供のようにアホビッグマンを挑発するランスと、金切り声でその挑発に乗るアホビッグマン。それを見かねたアーニィがフォローを入れると、アホビッグマンはアーニィを尊敬の眼差しで見つめ始めた。

 

「アーニィ様……俺を人間として扱ってくれるのは、貴女だけだ。そんな貴女のためにも、こいつらは俺が倒す!」

「ふん、貴様ら如きがいくら束になろうとも、俺様には勝てんぞ! お仕置きの後は、ボスのアーチボルトとかいう奴の居場所も吐いて貰おうか。そいつも叩きのめして、俺様の依頼は完了だ」

「させないわ! みんな、最後の決戦よ! 背水の陣で挑んで!!」

「はっ!!」

 

 アーニィの言葉を合図に、戦闘員たちがローラーブレードで縦横無尽に駆け回り始める。アホビッグマンとアーニィの二人はどうやらランスに狙いを定めたようであり、ジリジリとその間合いを詰めてくる。

 

「ふんがー!」

「がはは! 遅すぎるわ!」

 

 アホビッグマンがその長身から拳を放ってくるが、その拳速はあまりにも遅い。ランスが笑いながら余裕で躱し続けている。

 

「いくら動きが遅くとも、一撃当たれば相手は決して立ち上がれぬ。このパワーこそが俺の自慢だ!」

「ふん。この程度の力でパワー自慢とは、面白さを通り越して逆に哀れになるな」

「なんだとぉ! ふんがー!!」

 

 ランスの言葉に怒りを露わにしたアホビッグマンは、これまでよりも更に渾身の力を込めた一撃をランスに向かって放つ。躱そうと思えば簡単に躱せる一撃だが、ランスはそれをあえて剣で受け止めた。

 

「なっ……くっ……押し込めない……」

「三下のお前にこの超一流の俺様が特別に教えてやろう。本当のパワーとはこういう事だ!」

「ぐあっ!?」

 

 ランスが剣を上にかち上げると、そのパワーに押し込まれてアホビッグマンの腕が跳ね上げられる。体格差は二倍以上だというのに、ランスの力はアホビッグマンのそれを圧倒的なまでに上回っていた。

 

「どりゃぁぁぁぁ!!」

 

 無防備になっているアホビッグマンの体にランスが剣を撃ち込む。強烈な一撃に顔を歪ませ、壁に吹き飛ばされるアホビッグマン。ただの雑魚であればこれで終わっていただろう。だが、アーニィへの忠誠心がアホビッグマンを立ち上がらせた。

 

「ぐおっ……まだまだ!」

「でかい図体の通り、体力だけはあるようだな。まあ、俺様の前ではそんなの無意味だがな!」

「やらせないわ。やぁっ!」

 

 アホビッグマンに更なる攻撃を加えようとしたランスだったが、アーニィの短剣がそれを阻む。キン、という金属音が響き、続けてアーニィが連続斬りをしてくる。

 

「はぁっ! はぁっ!」

「がはは。遅い!」

「きゃっ……」

 

 ランスの一撃で壁に吹き飛ばされるアーニィ。その顔は、信じられないというような顔をしている。

 

「つ、強い……いえ、以前も強かったけど、あのときよりも更に強くなっている……この短期間で……?」

 

 確かにハピネス製薬の地下迷宮で戦った際もかなりの強さであったが、そのときよりも更に動きにキレが出ている。ランスの恐るべき成長スピードにアーニィはただただ目を丸くするしかない。こんなにも成長の早い人間が存在するなど、信じられないのだ。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!」

「っ!?」

 

 その悲鳴で我に返るアーニィ。それは、ランスの仲間たちに襲いかかったエンジェル組戦闘員の悲鳴であった。そちらに視線を向けると、数では勝っているはずの仲間たちが圧倒されていた。

 

「くらえっ!」

「南無妙法連……おろおろ!」

「てやぁぁぁ! あ、あれ? こんな至近距離なのに外すなんて……」

 

 言裏に向かってバットを振り下ろした戦闘員が信じられないといった様子で困惑している。超至近距離にも関わらず、攻撃を外してしまったのだ。それは言裏が唱えた祈りによる効果なのだが、その戦闘員がそれに気付く間もなく、言裏の鉄の錫杖で意識を刈り取られる事になった。

 

「喝! はっはっは、いくらでもかかってきなされ」

 

 笑い飛ばす言裏のすぐ側では、キサラが戦闘員に向かってカードを放っていた。

 

「我がカードよ、敵を痺れさせろ! 爆雷カード!!」

「あがががががが!」

 

 電撃が身体中を駆け巡り、奇声を上げる戦闘員。爆炎カードと爆雷カードを駆使して、遠距離での戦闘に及んでいたキサラ。その背後からゆっくりとローラーブレードで近づく戦闘員がいた。

 

「へへへ……遠距離要因ってのは、近距離は弱いって相場が決まっているんだ。おらぁぁぁ!」

「っ!? はぁっ!!」

 

 背後から跳び掛かってきた戦闘員に気が付いたキサラは、振り向き様に強烈な蹴りを腹部に叩き込む。その一撃は、並の格闘家も顔負けなものであった。

 

「がっ……ば、馬鹿な……」

「つぁっ!!」

 

 そのまま回し蹴りで戦闘員の意識を刈り取る。女冒険者キサラ。彼女はそのカード魔術という特殊な戦闘スタイルに目が向けられがちだが、蹴りを主体とした素での戦闘能力も馬鹿に出来ないのである。

 

「とー! とー! とー!!」

「がっ……」

 

 あてなが矢を連射し、次々と戦闘員を床に倒れさせていく。フロストバインと真知子の傑作であるあてなが、この程度の相手に遅れを取るはずもない。こうして言裏、キサラ、あてなの三人は戦闘員を片っ端から片付けていき、気が付けばこの場に立っているのはアホビッグマンとアーニィのみとなっていた。そして、そのアホビッグマンも長くは持たない。

 

「がはははは! くらえ、ランスアタァァァック!!」

「ぐぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 ランスアタックを受け、絶叫と共に倒れ込むアホビッグマン。まだ息はあり、意識もかろうじて残っているようだが、最早一歩も動けない様子であった。

 

「そんな……こんな事って……」

 

 再びランスに向かおうと思っていたアーニィだったが、呆然とその光景を眺めるしか出来なかった。エンジェル組の精鋭たちは、あっという間に敗れ去ってしまったのだ。次々と敗れていく摩利支天暗殺組の実力を疑いもしたが、彼らは本当に強かった。何せ、たった一人でランスたちといくらか渡り合ったのだから。自分たちでは、これだけの人数がいながらまともに渡り合うことすら出来なかったのだから。

 

「さてと、雑魚掃除は終わったな」

「全滅……ですって……こんな、あっという間に」

「がはは! それはお前らが弱すぎるからだ!!」

 

 ランスのその笑い声を聞いて、アーニィがその場に膝をつく。背水の陣で挑んだアーニィたちだったが、その決着はあっさりとついてしまった。

 

「ぐふふ。ではお仕置きタイムだな。その後でアーチボルトを倒して、ハピネス製薬から依頼料をガッポリだ。ついでに、ウェンリーナーちゃんとかいう女の子モンスターも見ていくか。美人なら、ぐふふふふ……」

「ウェンリーナー様に手を出すつもり!?」

「まあ、可愛ければな。この世の美女は人間でもモンスターでも魔人でも、全て俺様のものなのだ!」

「くっ……」

 

 そのランスの言い振る舞いに対し、睨み付ける事しか出来ないアーニィ。すると、突如体の力を抜いたかと思うと、それまでの反抗的な態度は消え、ランスに優しく微笑みかけてきた。

 

「……ランスさん、私の負けよ。好きにしていいわ」

「おっ? 遂に観念したか」

 

 その従順な態度に気を良くしたランスは、何の警戒もせずにアーニィに近づいてしまう。よくよく考えれば、ハピネス製薬の地下迷宮で取った作戦と全く同じだというのに、ランスは気が付けずにいる。そのままアーニィの肩に手をかけ、服を脱がそうとした瞬間にアーニィがボソリと呟いた。

 

「ウェンリーナー様に手出しはさせない……」

「ランス! 避けろぉぉぉぉぉ!!」

「んっ……がっ!?」

 

 

 

-エンジェル組 アイス支部秘密基地 X1通り-

 

 時間は少しだけ戻る。ファルコンの案内の下、通路を進んでいくブラック仮面たち。アーニィのいる司令室へと繋がっている大扉は、もうすぐそこだとの事。

 

「ウェンリーナー。さっきの話だが、患者を呼び寄せないといけないから三日……いや、五日後ぐらいでいいか?」

「うん、大丈夫だよ」

「私もそれくらいあれば、弟を連れてこられます。本当にありがとうございます」

 

 ミリと弟の治療日程を決めながら通路を進んでいく。すると、前を歩いていたファルコンが口を開く。

 

「マズイです。どうやら戦闘が起こってしまっているようです!」

「大扉は鍵がないと開けられないから、ランスたちはそこで立ち往生をするはずじゃなかったのか?」

「どうやら迎撃に出てきてしまったようです。急ぎましょう!!」

 

 慌てて駆け出すファルコンの後についていくブラック仮面たち。少し進むと、開けた部屋に出る。そこには確かにファルコンの言うように大きな扉があり、周りにはエンジェル組の隊員が倒れている。

 

「既に終わった後のようですね」

「……まだ息のある奴もいるみたいだな」

 

 フェリスが倒れているエンジェル組の隊員たちを眺めてそう口にする。そのまま部屋の奥に視線を移すと、そこには無防備にアーニィに近づいていくランスの姿があった。そして、アーニィの手には短剣が握られている。目を見開く一同。誰よりも先に叫んだのはブラック仮面だった。

 

「ランス! 避けろぉぉぉぉぉ!!」

「んっ……がっ!?」

 

 ブラック仮面が駆け出そうとしたが、間に合わない。ランスの喉に深々と短剣は突き刺さり、その刃は貫通する。

 

「っ……がっ……」

「ウェンリーナー様に手出しはさせない! モンスターだって、一つの生命なのよ!!」

 

 目を見開いてアーニィを見るランス。その口からはゴポリと泡だった血が吐き出され、喉の前後から血が噴き出す。その光景は、ブラック仮面にかつての光景を思い出させてしまう。燃えさかる町の中で目を抉られた妹の姿、手刀で胸を貫通された女魔法使いの姿。その二つの光景が、今のランスと折り重なる。

 

「ご主人様!!」

「ランスさん!!」

「ランス!!」

「そんな……」

「なんと……なんまいだ、なんまいだ……」

 

 あてな、キサラ、そしてフェリスの絶叫が部屋に響き渡る。エムサと言裏の絶句が空しく響く。だが、ブラック仮面はそれらの声を何故か遠くに感じていた。そして、紡ぎ出されたのは怒声。

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「っ!?」

 

 その異変に一早く反応したのはフェリス。これは、ただの怒声ではない。絞り出すような怨嗟の声。フェリスの知るこの男は、こんな声を出すような人間ではない。他の仲間たちから見ても同様だろう。それはまるで、この男に似つかわしくない姿なのだから。だが、この姿を見ても驚かないであろう者が、少なくとも二人存在する。そして、その内の一人はこの事態を感じ取っていた。

 

 

 

-時空の狭間 とある場所-

 

「くっ……くくっ……」

 

 それは、この世界であってこの世界でない場所。かつてルークが一度訪れ、神の力によって脱出を果たした時空の狭間。そこに今も一人取り残されているある女が、何かを感じ取ったかのように妖しげな笑みを浮かべた。

 

「くくく……ははははは!!」

 

 その笑い声は、彼女以外の生物が存在しない時空の狭間に確かに響き渡っていた。

 

 




[人物]
アホビッグマン
LV 13/15
技能 なし
 エンジェル組戦闘員。本名はイーグルだが、その巨体からランスに勝手に名付けられてしまった。人間離れした見た目から迫害を受けていたが、アーニィだけが彼とまともに接してくれたため、その考えに心酔している。ファルコン同様、エンジェル組ではなくアーニィに従っている人物。


[技]
おろおろ
 相手の命中率を下げるお祈り。効果があるかは使用者とのレベル差に依存する。地味だが非常に強力な技である。

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