数日前
-ピラミッド迷宮 幻獣の間-
「炎の矢!」
ランの放った炎の矢が幻獣へと向かっていくが、その体をすり抜けて壁を焦がす事しか出来ない。そのまま幻獣はランへと突進し、鋭い爪を振り下ろす。すぐさま爪を剣で受け止めるラン。
「くっ……はぁっ!」
爪をかち上げ、剣を横薙ぎに振るう。だが、その一撃は幻獣の体をすり抜けてしまう。瞬間、ランは何かに気が付いて周りを見回す。いつの間にか自分の周りを五体の幻獣が取り囲んでいたのだ。一度ため息をつき、剣を下ろす。
「参ったわ。私じゃ勝ち目が無いわね」
「やったあ! 一対一でランに勝つのは初めてかも!」
ピョンピョンとミルが飛び跳ねながら嬉しそうにしている。ミルの能力は基本的に集団戦で輝く。ラギシスの下で修行をしている際も、タッグの模擬戦をした際はミルと志津香がどう上手く立ち回るかで勝敗が決する事が多かった。志津香&ミルVSマリア&ランになった日には、後者は涙するしかないほどの蹂躙でしかなかった。
「まさか幻獣にダメージを与えられなくなるなんて……これが幻獣の真の力なのよね?」
ランが幻獣をつんつんと指で突きながらそう口にする。昔のファンシーな幻獣であれば絵になったが、今の恐い幻獣ではシュールな光景でしかない。
「うん。幻獣さんにダメージを与える手段は、基本的には無いはずだよ」
「そんな凄いものをこのスピードで呼び出されたら流石にね……瞬間移動でもあれば話は別だけど」
「大昔にいたんだっけ? 瞬間移動の使い手」
「眉唾物だけどね」
以前のミルはこの無敵な幻獣を呼び出す事が出来ず、何発か攻撃を与えれば消滅する程度の強さであった。そのうえ生み出すスピードも今とは段違いであり、また調子にのって生みだし過ぎるとすぐに魔力がつきてしまう。一人前の幻獣使いにとっても、生み出すスピードと魔力切れは永遠の課題とも言える代物である。だが、指輪の力で強化された今のミルはその全ての不安要素を取り払った状態なのだ。今の彼女を倒すのは、ゼスの大魔法使いであっても容易にはいかないだろう。
「もしかしたら……今のミルなら志津香にも勝てるかもね」
「えっ!? 本当!?」
ミルが目を輝かせる。四魔女の中でも志津香の才能は頭一つ抜けており、一対一で勝とうなど夢のまた夢であった。だが、今のミルはハッキリ言って規格外の強さだ。彼女に勝つには、広範囲高威力の上級魔法で一気に仕留めるか、瞬間移動のような超スピードの移動術でミル自身に一気に近づくかしかない。だが、一対一であれば上級魔法の詠唱は幻獣で止められる。となれば、志津香でも厳しいはずだ。
「ねっ、ねっ、志津香とマリアも模擬戦してくれないかな?」
「二人とも今は忙しそうだからね。でも、今やっている事が終わったら付き合ってくれるとは思うわよ」
「そうよね。私は志津香を越えたわ、なんて言ったら絶対付き合ってくれるわよね!」
「強さ二割増しくらいにはなりそうだけど……」
ランがため息をつきながらそう答える。志津香の才能は文句なしなのだが、どうにも挑発に乗りやすいところがある。もう少し冷静な判断を身につければ、もっと高みに上れるだろうに、と以前からランは思っていたのだ。そのランを横目に、ミルは幻獣の頬を触りながら嬉しそうな笑みを浮かべる。
「うふふ……幻獣さんは強いんだもんね……」
今までは自分の力不足で幻獣の強さを発揮しきれていなかった。だが、今は違う。自分の大好きな幻獣の力を皆に認めさせる事が出来る。それが何よりも嬉しかった。
現在
-ピラミッド迷宮 幻獣の間-
「なんで……なんでよ!? なんで幻獣さんが倒せるのよ!?」
目の前で起こっている事態にミルが声を張り上げる。自信があった。ランに強いと認められ、志津香にも勝てるかもしれないと褒められた。その自信は先程確信に変わった。姉のミリ、マリア、素性は判らないが強そうな冒険者二人、その面々が四人がかりでも歯が立たないのだ。幻獣は強い、自分は強い。それが本当に嬉しかった。だが、その自信が音を立てて崩れていく。
「どりゃぁぁぁ!」
「ふんっ!」
次々と幻獣が消滅していく。それを行っているのは、目の前にいる二人の戦士。茶髪の戦士の方はまだ理解できる。彼が装備しているのは幻獣を打ち破れる特殊な剣だ。では、もう一人の黒髪の戦士は一体なんなのか。唇を噛みしめながら、ミルは右手に魔力を込めてその手を振るう。すると、先程生み出したよりも更に大量の幻獣が召喚された。
「やっちゃって、幻獣さん! 特にあの黒い髪のおじさん、絶対許さないんだから!!」
「お……おじさん……」
幻獣を斬り伏せていたルークの手が止まり、顔が引きつる。流石に聞き捨てならない言葉だったのか、ミルに向かって反論を口にする。
「失敬な、俺はまだ25だ! お兄さんと呼べ、お兄さんと!」
「がはは、十分おっさんだ」
「あ、結構年上だとは思っていたけど、私よりも8つも上なんですね」
「まあ、ミルから見たらおじさんだろうな」
「だ、誰からのフォローも入らないだと……」
「がはは、おっさんなのだから当然だ。やーい、じじい!」
まさかの味方からの追い打ちに肩を落とすルーク。マリアが困ったような表情を浮かべるが、特段フォローする気もないらしいのが涙を誘う。ランスが更なる追い打ちを掛けている横で、ミリがルークに向かって口を開く。
「ってことは、今この場に二十代はあんただけか」
「ん……? ミリ、ちょっと待て。お前年はいくつだ?」
「俺か? 今年で19だけど?」
「「なんだと!?」」
「……あんたら二人、後で覚えておけよ」
ルークとランスの二人がミリの年齢に驚きつつも、幻獣の数を確実に減らしていく。ふざけながらも、一応は一流の冒険者といったところか。先程新しく生み出された幻獣がその鋭い爪を振り下ろしてくるが、ランスはそれを華麗に躱して返し際に幻獣の体を両断する。
「がはは! この程度の強さでは何百匹いても俺様は倒せんぞ!」
「くぅぅぅ……来て、幻獣さん!」
ランスが豪快に笑うが、その言葉は真実である。幻獣の動きは基本的に鈍く、攻撃さえ普通に与えられれば低級モンスターを相手にしているようなものなのだ。ランスを忌々しげに睨みつつも、ミルは新たな幻獣を生み出す。
「とは言え、キリがないな。指輪のせいで魔力切れも遠そうだし、やはりここは術者を倒すのが手っ取り早いか」
「ひっ……」
幻獣を斬り伏せながら、ルークはミルに向かって殺気を含んだ視線を飛ばす。その殺気もミリの妹なので多少甘めのものだが、ミルには十分効果があったようだ。少しだけ涙目になり、手も震えている。
「こ、来ないでよ……幻獣さん、あのおじさんを狙って! 絶対に殺して!!」
ミルが狼狽しながら手を振ると、またも大量の幻獣が生み出される。既に部屋にいるのと併せて、その数は三十体以上にも及ぶ。これを倒すのは骨が折れそうだ。そうルークが思っていると、ミルはくるりと身を翻して奥の部屋へと駆けて行ってしまう。
「ミル、待て! くそっ、逃げるつもりか!?」
「マリア、奥の部屋に別の出口はあるのか? あるいは、テレポート・ウェーブのような脱出装置は!?」
「マリアに聞いても意味がないぞ。どうせそいつは役立たずだから何も知らん」
「何よ、失礼ね!」
「じゃあ知っているのか?」
「知らないわよ!」
ランスに文句を言っているマリアだったが、何も知らないのはランスの予想通りであった。どうしたものかとルークが幻獣に視線を戻すと、何故か幻獣の動きがこれまでと違う。部屋にいる幻獣の全てがルークを見ているのだ。
「まさか……ふっ!」
ルークが部屋の隅へと走っていくと、幻獣たちはそれを追いかけるようにルークの方へと向かっていく。同時に、ミルが逃げ去った奥の扉までの導線上に幻獣が殆どいなくなる。
「ランス、追え。どうやら幻獣の思考能力は低いみたいだ。ミルが去り際に放った俺を狙えという指示通り、こいつらは俺しか狙っていない」
「ふん、ならここは任せた。ミルのお仕置きと処女は俺様に任せろ!」
「マリアとミリもついて行け。幻獣にダメージを与えられない以上、ここに残っていても仕方が無いからな」
「悪いね、頼んだよ」
「ルークさんも気をつけて」
ランスが導線上に残っていた一体の幻獣を斬り伏せ、奥の扉へと走っていく。仲間の幻獣がやられたというのに、他の幻獣はそちらに視線を向ける事すらしない。やはりミルの命令に忠実に動いているだけのようだ。ミリとマリアもランスに続いて奥の部屋へと走っていく。そのミリの背中に向かってルークは声を掛ける。
「ミリ、必ず妹を救い出せ!」
「……ああ、恩に着る!」
こうして三人はミルを追って部屋から出て行き、部屋にはルークただ一人取り残される形となる。周りを囲むのは三十体を越える幻獣。その中でも特にルークとの距離が近かった三体の幻獣が一斉に爪を振り下ろしながら襲いかかってくる。そんな状況に置かれながらも、ルークは不敵に笑った。
「ふっ……カスタムに来てから魔法攻撃中心の敵とばかり戦っていたからな」
水の彫像、マリア・カスタード。真空斬という遠距離攻撃を持っているとはいえ、戦士タイプのルークにとってやはり魔法使いはいささか戦いにくい相手なのだ。妃円の剣を横薙ぎに振るい、三体の幻獣を一撃の下に斬り伏せながらルークが叫ぶ。
「やはり近接戦闘はやりやすくていいな! いくらでも来い!」
-ピラミッド迷宮 ミルの間-
「幻獣さん、頑張って!」
「ええい、鬱陶しい!!」
ミルを追ってきたランスたちも、奥の部屋で幻獣を相手取っていた。懸念していた出口や脱出装置のようなものは無く、ただ単に焦って逃げ出しただけのようであった。結果として追い詰めた形にはなったのだが、未だ無尽蔵に生み出してくる幻獣は厄介極まりない。そのうえ、この場で戦えるのはランス一人なのだ。そんな状況にだんだんとランスの苛立ちが溜まってきていた。
「あー、なんか面倒になってきたなぁ……」
「そんなこと言わないで頑張って! 今はランスだけが頼りなんだから」
「俺様だけが苦労しているこの状況が気に食わん」
やる気を無くしかけているランスを必死にフォローするマリア。ランスが戦うのを放棄すれば、この場で戦えるものはいないのだ。幻獣の剣をミリが使うという手もあるにはあるが、ミリの怪我はまだ完治してはいない。そんな状況で無尽蔵に湧いてくる幻獣と戦うのは、体力的に不安が残るのだ。
「ほらほら! まだまだ幻獣さんたちはいくらでも生み出せるんだから、早く帰ってよね!」
「バカ抜かせ! 大事な妹を残してどこに帰れってんだい!」
「……」
「ミル、お前がいるところが、俺のいる場所だ!」
「おねえちゃん……」
ランスが鼻をほじりながら適当に幻獣を斬っている横で、ミリとミルは二人で盛り上がり始めている。
「うう……感動的だわ……」
「なんだ、この姉妹の仲は良いんじゃないか」
「当たり前じゃない。カスタムの町でも仲良し姉妹っていう事で有名なんだから」
「ふーん……んっ、まてよ……」
マリアの言葉を聞いたランスが再度ミリとミルの様子を見る。まるでドラマのワンシーンのように盛り上がっている二人。それを見たランスの頭に、ポンと一つの作戦が浮かんだ。
「……うむ、俺様自身恐ろしくなってしまうほどに完璧な作戦だ。これが持って生まれた才能か」
「ランス、何言っているの?」
「まあ、黙って見ていろ。俺様の天才的な発想に惚れるが良い」
「……惚れないわよ」
目の前にいた幻獣を倒したランスは、隣で盛り上がっているミリの背後にこそこそと回り込む。そして、突如ミリを腕で拘束し、その首筋に剣先を押し当てた。
「これが目に入らぬか! ミル!!」
「なっ!?」
ミルが目を見開いて絶句するが無理もない。姉とは仲間であったはずの男が、急に姉を人質に取ったのだ。人質に取られたミリも困惑した様子でランスに話しかける。
「おい、ランス……」
「見ていろって……この光景を……? 最低……」
「あ、あんた最低! おねえちゃんとは仲間だったんじゃないの!?」
「さぁミル、降伏するんだ! 実の姉がどうなってもいいのか!!」
清々しいまでに外道な作戦を実行したランス。マリアの軽蔑の眼差しなど気にしていない様子で、ミルに降伏するよう迫る。だが、ミルも馬鹿ではない。
「そ、そんな猿芝居に騙されたりなんか……」
「おおっと、手が滑った!」
ミルの言葉を遮るようにしながらランスが剣を動かす。スッとミリの首筋に薄い斬り傷が出来、一滴の血が滴り落ちる。再度目を見開くミル。まさか、この男は本当に姉を殺すつもりなのかと疑っている様子だ。
「ランス、お前いい加減にしろよ。本気なのか? それなら俺も全力で抵抗させて……」
「馬鹿者。演技に決まっているだろ! お前も協力しろ」
「……まあ、考えてみればそうだよな。本気でこんな事するわけ……」
流石に首筋を少し斬られたことに焦ったのか、ミリがランスをジロリと睨み付けながらそう問いかけてくる。それに対し、ランスはミルに聞こえないように小声で返答する。流石に演技だったのかとミリはホッと安堵の表情を浮かべるが、直後に聞こえてきたランスの言葉に体を硬直させる。
「うむ。だから弾みや流れで殺してしまっても恨むなよ」
「……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 死んでたまるかぁぁぁぁ!!」
「おい、何全力で拘束から逃れようとしているんだ!?」
「いや、普通そうなるわよ……最低……」
「えぇい、暴れるな! 本当に刺してしまうだろうが!」
「もうやめてぇぇぇぇ!!!」
危うく作戦が頓挫する直前でミルが大声を上げる。見ればミルはその場に膝をつき、部屋にいた幻獣たちは全て消滅してしまっていた。たった一人の大切な姉を放っては置く訳にはいかない。指輪で心が悪に染まっていても、姉妹の絆までは消されていなかったようだ。
「わ、わかったから……降伏するから……おねえちゃんにヒドいことしないで……」
「がはは、そうか! では命令を聞いて貰うぞ。まずは服を脱げ! それから……」
「えぇっ!?」
「ちょっと待ってランス、ミルはまだ……」
「ええい、うるさい。処女を失わんと指輪を外せないんだろうが!」
「うっ……まあそうなんだけど……」
ランスとマリアが問答をしている間にミルは困りながらも着ていた服を脱ぎ去っていた。下着姿で恥ずかしそうにしながら口を開く。
「これで……いい……?」
「いや、まだまだ。さあ、ここからが本番だぞ。ぐふふ……」
「ほん……ばん……?」
-ピラミッド迷宮 幻獣の間-
「真滅斬! ……ふぅ、ようやく片付いたな」
一方その頃、幻獣の間にいたルークはようやく幻獣を全滅させているところだった。見れば、その体には殆ど傷がついていない。高レベルな事もあり、近接戦闘であればこの程度の相手がいくらいようと、その動きの鈍さを見切って無傷で倒しきることは十分可能であった。とは言え数が数。多少くたびれた様子で肩を回しながら、奥の部屋の方を見る。
「さて、俺も行くか。時間を掛けすぎたから、もう終わっているかもしれんがな」
一応まだ戦闘が続いている可能性もあるため、ルークは剣を手に持ったまま奥の部屋へと向かう。扉の目の前まで来ても、部屋から戦闘音が聞こえてこない。やはり、もう決着はついてしまったのだろう。少しだけ残念そうに笑いながら入り口を潜る。瞬間、目の前の光景にルークの思考は止まり、持っていた剣を落としてしまう。
「びえーん! 痛いよー!!」
「なんだ、なんだ、なんだー!?」
部屋の中では、一人の少女が泣いている。見覚えの無い少女だ。服を身につけておらず、裸の状態でわんわんと泣き叫んでいる。その横ではランスが困惑しており、そのランスも下半身裸の状態。状況から鑑みるに、少女とランスは事を済ませた後のようであった。それだけならば見慣れた光景であるのだが、問題なのはその少女の年齢。明らかにまだ10歳前後である。
「ランス、お前……あんな幼い娘になんてことを……流石に容認できんぞ…………」
「ち、違うわ! こんなちんちくりんなガキ、俺様は知らん!」
「まさかランスにそんな趣味があったとは……よーいちろーがやってきてしまう……」
「だから違うと言っているだろうが!」
「ランス、ルークさん。落ち着いて聞いて。これがミルの本当の姿なの」
状況が飲み込めていない二人に、マリアがフォローを入れる。狼狽していたランスと、剣を拾っていたルークが同時にマリアの顔を見やる。
「なにぃ、これがミルだと!? 全然姿が違うではないか!」
「多分、強すぎる魔力にも耐えられるように、指輪がミルの体を成長させていたんだと思う」
「ああ、そういう理由だったのか。なんかしらの魔法ででかくなっているんだろうなとは思っていたが……」
「それを知らずにヤっちまった訳か……というか、妹がヤラれたのに、随分と冷静だな」
ようやく状況が飲み込めたルークは一度ため息をつき、困惑しきっているランスに視線を向ける。確かに先程までの姿は十分に手を出しても問題ない年齢であったし、知らなかったのであれば責めるのはお門違いだろう。それに、一番ショックを受けているのはランスのようにも見える。と、マリアの横に立っていたミリが先程までと変わらない様子であったため、不思議に思って話しかける。
「悪い子には良い薬だよ。それに、俺もあんくらいの歳の頃にはもう経験済みだったと思うし」
「因みに、ミルは今いくつなんだ?」
「ミルはまだ9才だよ」
「ひ、一桁のガキンチョに俺様は手を出してしまったというのか……」
ぎろっ、とどこかでソフリンちゃんが睨んでいる気がする。聞いてはいけない質問だったようだ。年齢を聞いて更にショックを受けた様子のランス。それを見たミリは苦笑しながらミルへと近づいていき、ルークたちに向き直って口を開く。
「さて……と、悪いけど俺はここで抜けさせて貰うぜ。ミルを町に連れて帰らないとな」
「あれ、合流はしてくれないの? それなら一緒に町まで行くけど?」
マリアが不思議そうに問いを投げる。てっきり最後までついてきてくれるものとばかり思っていたからだ。だが、ミリは困ったように笑いながら首を横に振る。
「ついていきたいのは山々なんだが、ミルを見ていてやらないとな。指輪にどんな悪影響があるかも判らないし」
「そうだな。確かに魔力を持って行かれる以外にも何かしらの悪影響はあるかもしれん。こっちは大丈夫だから、妹の側にいてやれ。何かあったら、本気で後悔するぞ」
「……ああ、そうだな。悪いね、途中で抜けちまって」
ルークの言葉に何か思うところがあったのか、意味深な視線をルークに向けるミリだったが、すぐに表情を崩して礼を言う。ルークとしても前衛として頼りになるミリが抜けるのは痛いが、妹を一人にしてはおけないという気持ちも判るため無理に引き留めはしない。
「ほら、いい加減泣き止め、ミル。その痛みは良い女になるための痛みなんだ。耐えろ」
「くすん……くすん……」
「それにしても、厄介な迷宮にしやがって。お前のいる部屋を見つけるのにどれだけ苦労したと思っているんだ?」
「くすん……えっ? 私の部屋なら、階段を下りてすぐに入れる場所にあったよ。マリアに合い言葉は教えておいたから、それで入って来たんだと思ったんだけど……」
「……おい、マリア?」
ミリとルークの視線がマリアに突き刺さる。マリアはダラダラと汗を流しつつ、迷宮に来てからの記憶を必死に掘り返していた。
「い、いや、聞いてないわよ。ミルの勘違いじゃ……?」
「壁を三回ノックすると、壁の方からクリオネちゃんって声が聞こえてくるから、それに向かって……」
「ファイト! って言うのよね……って、あ!」
おもいっきり聞いていた。研究室でチューリップの開発を進めていたときに言われたため適当に聞き流していたが、確かに聞いていた。部屋の空気が凍り付く。
「普段ならランスが怒るところだが、今はショックでそれどころじゃなさそうだから代わりに俺が注意しておく。研究熱心なのは判るが、もう少し周りに目を向けろ」
「返す言葉もございません……」
コツン、と軽くマリアの頭を叩くルーク。流石に申し訳無く思っているのか、マリアはすっかり縮こまってしまっている。
「まあ、そのお陰で俺は助かったんだし、幻獣の剣も手に入ったんだけどな」
「そう! それよ!」
「反省しろ」
「はい、すみません……」
ミリのフォローに途端に元気になるマリア。ルークとミリはそれに苦笑しつつ、懐から帰り木を出してミリがミルの肩を抱く。
「短い間だったけどお前らとの冒険、なんだかメチャクチャで楽しかったぜ。またな、ランス、ルーク!」
そう言い残し、帰り木を折るミリ。瞬間、その姿がこの場から消え去った。カスタムの町へとワープしたのだ。それを見届けたマリアは一度息を吐き、静かに右手を開く。その手の平には白い指輪があった。ミルのつけていたフィールの指輪だ。
「なんにしても、これで指輪はあと二つね。さあ、四層にいるランのところに向かうわよ!」
「あんなガキンチョに手を……俺様のプライドが……」
「ほらほら、行くぞ」
マリアが右拳を天に向かって突き出し、張り切った声を出す。だが、未だ立ち直れない様子のランスはぶつぶつと何かを言い続けている。ルークとマリアがそのランスを引きずりながら、四層へと続く階段へと歩いて行く。ミルの部屋のすぐ側にあった下へと続く階段の前までやってきたときに、それは起きた。
「……ス……ま……たすけ……」
「!?」
突如下の階から響いてきた声を聞いたランスは勢いよく立ち上がる。ルークも今の声に聞き覚えがあったため、すぐにランスに向き直りながら声を掛ける。
「ランス、今の声!」
「シィルの声じゃねえか! 行くぞ!!」
「え、なに、なに、なんなの!?」
先程までの力の抜けた状態から一転、剣を握りしめながらランスは下の階層へと走り出した。
-ピラミッド迷宮 棺の間-
「お、音が止んだな。おいちゃんの剣は役に立ったかねぇ?」
壁向こうのミルの部屋から聞こえていた戦いの音が止み、ミイラ男は一人呟く。まさか自分の剣が人質作戦などと言う卑怯な手に使われていたとは、夢にも思っていない。
「ん……誰だんね?」
ふと、部屋の入り口から気配を感じて声を出すミイラ男。ルークたちが戻ってきたのだろうかと考えていたが、その予想ははずれていた。ぴょこん、と入り口から来訪者が姿を現す。それは、異質な存在。体は人間だが、顔は猫。真っ赤なタキシードを着て、手には看板を持っている。
「おほほほほ、お久しぶり。聞こえたでおじゃるよ。あの剣、誰かに渡したのでおじゃか?」
「おお、K・D殿、お久しぶりです。またここには暇つぶしで?」
「その通りおじゃ。さあクイズ勝負をするでおじゃよ」
この謎の生物は、K・Dと呼ばれている。それが本名なのかは知らなかったが、度々暇つぶしにこのピラミッドを訪れていたため、ミイラ男にとっては良く知った顔であった。
「それにしても、良く来られましたんね。今、この迷宮は別の場所にあるはずですのに……」
「おほほほほ、まろに不可能はないでおじゃよ。で、質問の返答は?」
「ええ、中々に見所のある戦士が二人いたんで、譲ったんでさぁ。こんなところで腐らすよりいいからねぇ」
「ふむ、大事な剣を譲るほどに将来有望そうな戦士。まろも見てみたかったでおじゃ」
キラン、とK・Dの目が光る。200年前とはいえ、ガイアロードも一国の親衛隊副隊長まで登り詰めた男。愛剣を簡単に差し出す訳がない。となれば、その二人はそれ程までに有望だったという事だ。俄然興味が湧く。
「はっはっは、ケイブリスの事を言っても、逆に俺が倒してやるみたいな目をしていたよ。端かりゃ見りゃ、世間知らずかただのバカだが……そういう感じでもなかったんね。おいちゃんすっかり気に入っちゃったよ」
「おほほほほ、それにしてもあの貧弱だったリスちゃんが今や魔人四天王とは……時代の移り変わりは凄いものでおじゃね」
「またその話ですかい? K・D殿の話はどこまで信用して良いのか困りますなぁ」
慣れた様子でK・Dの発言を受け流すミイラ男。あまりにもスケールが大きすぎる内容はいつものことのようで、全く信用していない。
「本当なんでおじゃがね……」
落ち込んだ様子のK・D。まだ随分と先の話になるが、彼もまた、いずれルークと深く関わることになる。K(キング)・D(ドラゴン)。その正体は、今から4000年以上前に大陸に統一国家を建国したドラゴン族の王であった。その彼が何故このような姿をしているのか、何故戦うことを止めたのか。それを知る者は少ない。
-妖体迷宮 通路-
ランスたちがシィルの悲鳴を聞く少し前、シィルとバードの二人はエレノア・ランの迷宮である妖体迷宮の中を歩いていた。
「彼女たちは、一体どこに連れて行かれたのでしょうか……?」
「わからない……早く助け出してあげないと……」
バードがグッと拳を握りしめる。彼女たちというのは、拷問戦士に捕らえられていた少女たちのことだ。ボロボロになりながらもなんとか拷問戦士を倒し、彼女たちを救出したバードとシィル。だが、部屋を出た直後にエレノア・ランが現れ、テレポート・ウェーブによって彼女たちをどこかへとワープさせてしまったのだ。彼女たちを再度救出すべく、迷宮の中を探索していた二人だったが、妖体迷宮にはワープ装置が数多くあり、少しでも手順を間違えれば同じ場所をループさせられるという恐ろしい迷宮であった。
「バードさん。これ、先程つけた目印です……」
「くそっ! また同じ場所だ……」
以前にも通った道にまた戻ってきてしまったバードとシィル。いや、本当に同じ場所なのだろうか。もしかしたら、ランが自分たちを惑わすために同じような印を付けたのかも知れない。二人は自分たちが今どこにいて、どこに向かっているかも判らなくなってしまっていた。
「魔女たちは彼女たちを攫って一体何をしようとしているんだ……」
バードが独りごちる。目的が見えない行動は、それだけで恐怖の対象となる。ましてや相手は魔女。バードの脳裏には、先程救出した三人が人体実験を受けている光景が浮かんでいた。あまりにも凄惨な光景に自然と顔が強ばり、その緊張はシィルにも伝わってしまう。
「私たち……このまま出られないんでしょうか……?」
「何を言っているんだ、シィルちゃん! 諦めちゃだめだよ!」
「でも……もう何時間もこうして歩いているのに手がかり一つ……」
「大丈夫だ! 君のことは、この僕が命に代えても守ってみせる!」
「……ありがとうございます。すいません、弱気になっちゃって」
ドン、と自信の胸を叩くバードにシィルは静かに微笑みながら頭を下げる。その笑顔に頬を赤らめるバード。そう、バードは共に迷宮を探索している間にシィルに惹かれていたのだ。本人は積極的にアプローチをしているつもりもなかったが、言葉のそこらかしこにそれが垣間見える。バードの気持ちにシィルも薄々感づいてはいたが、好意を持っている人物が他にいるため気がつかない振りをしていた。
「早くランス様と合流しないといけないですし、弱音なんて吐いていられませんよね」
不安な気持ちを取り払うべく、好意を持っている人物であるランスの名前を出して自分を奮い立てるシィル。しかし、隣にいたバードはその発言に少しムッとする。ただ単に嫉妬している訳では無い。そのランスという男が、バードは許せなかったのだ。
「シィルちゃん、君はどうしてランスとかいう男と会いたがっているんだ? 君を奴隷にしているような奴なんだろう?」
「えっ……あの……確かに私はランス様の奴隷ですけど……お優しいところも、その、たまに……」
道中シィルからランスの奴隷であるという話を聞いていたバードは、その酷い扱いに黙っていられなかったのだ。シィルが慌てて取り繕うが、優しいところがあるという発言をする際に少しだけ迷ってしまう。その一瞬の迷いを見たバードは、ハッと目を見開く。
「そうか! 逃げたらもっと酷い目に遭うと思ってしまい、逃げられない程に酷いことをされているんだね。なんて最低な男なんだ、ランス!」
「え……いえ、そういう訳ではなくて……」
「無理しなくていいんだ、シィルちゃん! 君は僕が救い出す!」
「きゃっ……!?」
そう言ってシィルを抱きしめるバード。いきなりの行動にシィルが慌てるが、バードはどんどんと話を進めてしまう。既に彼の頭の中には外道ランスと囚われの姫シィル、そしてそれを救い出す英雄バードの構図が出来上がってしまっていた。
「安心して、シィルちゃん。僕がきっと、ランスの魔の手から君を救い出して見せるから」
「あ、いえ……そうじゃなくて……私がランス様と一緒にいるのは自分の意志というか……一緒にいる内にランス様の魅力に気づいて……そ、その……」
「……うん、判った。ランスのことが好き、そう言いたいんだろう?」
「……えっと……は、はい……」
顔を紅潮させながらも小さく頷くシィル。どうやらようやく言いたい事が伝わってくれたのだとホッと胸をなで下ろす。
「ランスの事を無理矢理にでも好きと思い込まなくてはいけない。それ程までに酷い目に遭わされてきたんだね?」
「……あれ? いえ、そうではなくて……」
「うぅ……なんて酷い……もう許しておけない! その外道は必ず僕が倒す!」
シィルに同情したのかポロポロと涙を流しながら誓うバード。決して悪い男ではないのだが、若干自分に酔っている傾向がある。どうしたものかとシィルが困っていると、前方からこちらへ駆けてくる人影が見える。ランが現れたのかと緊張を走らせるが、やってきたのは別の女性。黒いローブを身に纏い、髪の色は薄水色。寡黙そうな美人がそこに立っていた。
「バード、助けに来たわよ。あら……その人は……?」
「えっ!? 今日子、どうして君がここにいるんだ?」
「今日子……さん……? お知り合いですか?」
「カスタムの町で情報屋をやっている双子の妹だ。それで、どうしてこんなところに?」
現れたのは情報屋の双子の妹、芳川今日子。彼女はバードが迷宮で行方不明になったことを知って、冒険者も連れず一人で救出に来ていたのだ。中々に行動力のある娘である。それは全て、バードを愛しているから故の行動。だが、今のバードはシィルをがっしりと抱きしめている状況。その光景を見た今日子は少しだけ目を丸くするが、すぐに冷静な表情に戻る。
「……別に、ここに占いに使える道具があるって聞いたから探しに来ただけよ」
「あれ? 今バードさんを助けにって……」
「……聞き間違いじゃないかしら? どうして私がバードを助けに来る必要が?」
「そうだよ、シィルちゃん。僕と今日子はただの知り合いだからね」
バードの発言に一瞬だが顔を歪ませる今日子。天然で火に油を注ぐ男である。ゴゴゴという音が聞こえてきそうな凄い迫力なのだが、バードは気が付いていない。
「ま、そういうことだから私は行くわ」
「ちょっと待った、今日子。一人は危ない。一緒に行かないか?」
「誰があなたなんかと……」
「あら? ここにも生気が滾った娘がいるわね」
「え?」
今日子の言葉を遮るように背後から声が聞こえてくる。すぐに後ろを振り返った今日子は、そこに立っていた人物の顔を見て驚愕する。それは、出会ってはいけない人物。震える声でその者の名前を口にする。
「……エレノア・ラン!?」
「ふふ、お久しぶりね、今日子さん。そして……さよなら!」
ランがそう言った瞬間、彼女の目が妖しく光る。それと同時に、今日子の体が崩れ落ちる。
「今日子さん!」
『三人目はエレノア・ラン。彼女は幻惑系の魔法を最も得意としている』
ラギシスの言葉を思い出してハッとした表情になるシィル。今のがランが最も得意としている幻惑魔法に違いない。
「バードさん、気を付けてください。彼女は幻惑魔法の使い手です!」
「あら、知っていたの? 誰が話したのかしら……」
幻惑魔法の使い手であるラン。その彼女が最も得意にしているのが、この催眠の魔法であった。その目を見た者は幻想の世界に投げ込まれ、行動の自由を奪われる。直視してしまった今日子は、口元から涎を垂らして放心状態になっている。その姿にバードはわなわなと震えだし、剣の切っ先をランに向けながら高らかに宣言する。
「ラン! ここでお前を倒して、今日子と三人の娘たちを救い出す! 今日がお前の命日だ!」
「あらら、怖い、怖い。早く今日子さんを志津香のところに送りたいのだけれど……まあいいわ。私が直々に可愛がってあげる」
「シィルちゃん、彼女の目を見てはいけない! 目を閉じるんだ!」
再びランの目が妖しく光る。すぐさまバードはシィルの前に立ちはだかるように躍り出てそう叫び、シィルも慌てて目を閉じる。バードもランに剣を向けたまま目を閉じ、彼女の目を見ないようにする。これこそが、バードの考えた催眠対策だ。だが、それはあまりにもお粗末な対策であった。
「うぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「バードさんっ!?」
直後に響いた悲鳴にシィルは慌てて目を開く。その目に飛び込んできたのは、ランに左腕を肩口から斬り飛ばされるバードの姿だった。血を吹き出しながらくるくると回転していた腕が地面に落ち、ゴロゴロと無造作に転がっていく。
「うぅぅぐぅぅ……」
「あははは! 信じられない! 敵が目の前にいるのに、二人して目を閉じるなんて。幻惑魔法だけじゃなくて剣も使えるって知らなかったの? それに……攻撃魔法もね! 炎の矢!」
こちらを嘲笑っていたランが指先に魔力を集め、炎の矢を放つ。その目標はシィルでもバードでもない。床に転がっていたバードの腕だ。
「あ……」
炎の矢が直撃し、左腕は一気に燃え上がる。周囲に肉の焦げる嫌な臭いが充満し、シィルは顔を歪めながらすぐさま指先を左腕に向ける。
「氷の矢!」
シィルの放った氷の矢の冷気によって炎が消える。すぐさまシィルが左腕に駆け寄って手に取ったが、一目見て手遅れである事が判る。これでは治療のしようがない。
「これであなたはもう一生片腕ね。冒険者稼業は廃業かしら? くすくす」
「うっっぐぅぅぅああぁぁぁぁ!! ラン!!!!」
剣に付いたバードの血を舐め取りながら、ランが妖しく笑う。そのランを憎々しげに睨み付けるバード。左腕の痛みは尋常では無い。だが、目の前のこの女を許すわけにはいかない。
「お前だけは……僕が倒す! うぁぁぁぁぁ!!」
バードが苦痛に声を上げながらも、剣を握りしめてランに向かっていこうとする。だが、勝ち目などあるはずがない。手遅れである左腕をその場に置き、シィルが慌ててバードへと駆けていく。
「駄目です、バードさん。ここは一旦引いて早く治療しないと!」
「に、逃がさないぞ!!」
バードが腕を掴み、逃げられないようにする。しかし、その腕はランのものではない。バードが掴んでいるのは、彼を止めようと間に入ってきたシィルの腕だ。驚きながらシィルがバードの顔を見ると、バードの目から光が失われていた。明らかに正気ではない。瞬間、先程バードがランを睨み付けていたのを思い出す。即ち、ランの目を見ていた事を。
「まさか……バードさん、幻術に!?」
「シィルさん」
思わぬランの呼びかけについ振り向いてしまうシィル。失策。しかし、後悔してももう遅い。シィルの目に飛び込んできたのは、妖しく光るランの瞳。
「あっ……ああぁぁ…………」
「ふふふ、こんなに簡単に操られるなんて……滑稽すぎるわよ、あなたたち。さて、このまま志津香のところへ……」
「ランス様…………」
「あら? まだ意識が少し残っているのね? 催眠が効ききっていないところを見ると、彼女もそれなりに優秀な魔法使いみたいね」
目の前で立ち尽くすシィルを観察するラン。今の一瞬で多少とはいえ催眠を魔力でガードしたのだろう。並の魔法使いに出来る芸当ではない。呆気なくやられたバードにはあまりにも不釣り合いなパートナーだと考えていると、意識を失いかけているはずのシィルがまたも口を開く。
「助けて……」
「助けなんてこないわよ。さぁ、志津香のところへ。それとも、少し私が楽しもうかしら」
「ランス様……助けて……」
「うふふふふ、だから助けなんて……きゃいんっ!?」
突如ランの後頭部に激痛が走る。思わず可愛らしい声を上げつつ振り返って見れば、そこには仲間であるはずのマリアと見覚えのない男が一人。グッと拳を握りしめているところを見るに、この男が自分に拳骨をしたのだろう。痛む頭を押さえ、涙目になりながらランが怒りの声を上げる。
「な、な、何者よ、貴方!? 急に現れて!」
「俺様を知らないのか? 勉強不足だな! 一度しか言わんから、よーく覚えておけ!!」
今の一撃で催眠が解けたのか、シィルの意識が徐々に戻っていく。耳に届くのは、聞き慣れた声。ずっと待ちわびていた人の声。
「ある時は、今世紀最強の天才剣士! またある時は、女たちのハートを射止める絶世の美男子! そしてまたある時は、数々の謎を解き明かす知的な冒険家!」
「あ……あぁ……」
シィルの目に涙が溜まっていく。意地悪で口も悪いが、自分のピンチには必ず駆けつけてくれる大好きなご主人様。
「そしてそこのピンクモコモコ奴隷のご主人様にして世界の大英雄! ランス様だ!!」
「そこまで自分で言うの……?」
マリアが呆れたように声を漏らすが、シィルの耳には届かない。シィルの目には、ランスしか映っていない。
「ランス様ぁぁぁぁぁ!!!」
「ていっ!」
「あひんっ!?」
シィルが泣きながらランスに抱きつきに行こうとする。まるでドラマのワンシーンのような感動の再会に、ちょっとロマンチックかもしれないとシィルは考えていたが、その頭にすこーんとランスの投げた石がヒットする。思わず前のめりに倒れるシィル。
「ひどっ! ちょっとランス、シィルさん可哀想でしょ!!」
「馬鹿者、俺様が奴隷に何をしようと俺様の勝手だ。おい、シィル! こんな雑魚にやられやがって! 俺様の奴隷を名乗るならもっとちゃんとしろ!」
「ひんひん、ごめんなさい…………」
その場に座り込んで赤くなったおでこをスリスリと擦るシィル。ロマンチックどころか色々と台無しな再会であった。
「って、いつまでふざけているつもり!? それに、マリア! 何故貴女が敵と一緒に行動しているの!」
あまりにも緊迫感の無いランスたちに声を荒げ、キッとマリアを睨み付けてくるラン。そのランにまるで諭すような口調で口を開くマリア。
「ラン、その指輪には恐ろしい悪の作用があるの! 元の優しかった貴女に戻って!」
「恥を知りなさい、マリア! そんな男の軍門に下るなど! こんな男、私が倒してあげるわ!」
マリアの言葉に聞く耳を持たず、自信満々に右手で剣を取るラン。左手に魔力を溜め、目も再び妖しく光り始める。
「がはは、お前みたいな雑魚が俺様に勝てる訳ないだろ!」
「雑魚ですって!? 馬鹿にして……剣、魔法、そしてこの魔眼! 一戦士風情が私に向かって雑魚などと……」
「まあ……雑魚と言われてもしょうがないだろうな。まだ気がついていないんだから」
「へ?」
チャキっ、と後ろから首筋に剣を突きつけられ、固まるラン。その頬を一筋の汗が伝う。剣を突きつけているのはルーク。ランスたち登場の前に身を隠し、ランスたちとランが一悶着している間にこっそりと後ろへ回り込んでいたのだ。
「侵入者の人数くらい把握しておくべきだったな。おおっと、振り返るなよ。幻術を使おうとしたら、問答無用で首を飛ばすぞ」
「がはは、雑魚すぎる! 剣、魔法、そしてこの魔眼! がはははは、何一つとして見せられていないぞ」
「……」
ランスの言葉が屈辱なのか、ぷるぷると涙目で震えるラン。少しだけ可哀想な状況である。ランの頭に浮かぶのは、少し前にミルとした会話。マリア以外の三人は瞬殺されてしまうという話。今の自分は、正にそれであった。
「ち、因みに……」
「ん?」
「ミルはどうしたの……? 私みたいにあっさり……?」
別にミルを乏しめるつもりではないが、ついつい気になってしまうのが人の性。三人とも瞬殺されたのであれば、自分の情けなさは減ろうというもの。
「ミルも既に倒したぞ。だが、厄介な相手だった」
「うむ、俺様の敵では無かったが、あの幻獣の量には骨が折れたぞ」
「本当にね。まさか指輪で強化されたミルがあんなに強いだなんて……」
「マリアにも手こずらされたがな。研究室で一度敗れているようなものだし」
「はい、マリアさんの水魔法は強力でした……って、どうしてマリアさんが一緒に!?」
「ああ、そうか……マリアやラギシスの事もちゃんと説明しないとな」
どうやらマリアとミルはそれなりに善戦したらしい。つまり、瞬殺は自分だけ。がっくりと肩を落とすラン。先程までの自分の態度を訂正したい気持ちで一杯だった。
「……くすん」
こうして、自信満々だったランは四魔女中最速で敗れ去った。その背中が少し寂しそうであったと後にシィルが語るのだが、それはまあどうでもいい話である。
-溶岩迷宮 とある部屋-
「……!? ランの魔力が消えた……!?」
迷宮第五層。最深部であるこの迷宮は、岩が立ち並んだ地帯であり、その下には灼熱の溶岩が流れている危険な場所だ。まるで地獄を模したかのような迷宮内の岩の上に、館が怪しくそびえ立っている。その中の一室、そこらかしこに書物が散らばった研究室のような部屋に、一人の女性が座っていた。美しい緑の髪に、薄緑の服と青いマントを身に纏った魔法使い。彼女こそが、カスタム四魔女最後の一人にして、四魔女最強を誇る人物。魔想志津香。
「そう、ランもやられたみたいね……まあいいわ。もう結界を維持する必要も無いし」
ランが敗れたのをすぐに察知できたのは、彼女から送られてくるはずの結界維持のための魔力途絶えたからである。この結界の力により、カスタムの住人は地下から抜け出せなくなっていたのだ。一応四人で分割して魔力を供給していたのだが、元々引きこもりのマリアと遊びほうけているミルは数に入っていないも同然であり、実質ランと志津香の二人で結界を回していたのだ。ランが敗れて多少負担は増えるものの、志津香一人で結界を維持するのは十分可能である。だが、志津香は結界の維持に回していた魔力の供給を止める。結界を維持する必要はもう無い。彼女はハッキリとそう言ってのけた。
「全ての準備は整ったわ。ここまでくれば、私一人でもどうとでもなる……ふぅ……」
魔力の供給が止まり、カスタムの町を覆っていた結界は解除された。だが、それを気にした様子も無く、志津香は疲れた様子で息を深く吐き、椅子に深く腰掛け直す。碌に寝ていないのか、目には若干くまのようなものが出来ている。その目がゆっくりと閉じられそうになるが、すぐに目を見開いて自身の頬を軽く叩く。
「まずい、まずい……んっ……ふぅ、ここで寝る訳にはいかないからね……」
机の上に置いてあった竜角惨を一気飲みすると、目が冴えてくる。もう一度両頬を叩き、気合いを入れ直した志津香はゆっくりと椅子から立ち上がって部屋を後にする。
「もうすぐ……もうすぐだからね……待っていて、お父様……」
四魔女との最終決戦は近い。また、志津香が結界を解除するのとほぼ同じ時刻に、町の方で二つほど動きがあった。
-カスタムの町 ラギシス邸前-
「お姉ちゃん、ごめんなさい……」
「俺じゃなくて町の人にちゃんと謝るんだぞ」
「はい……」
ルークたちと別れ、一足先に町に戻っていたミリとミル。既に町長に話を済ませ、今は自宅に帰る途中であった。
「いいか、ミル。ガイゼルは許してくれたけど、住人全員があんな風に優しく許してくれる訳じゃあないからな。大変だけど、それだけの事をやっちまったんだ」
「うん……大丈夫、頑張る……」
「よし、良い子だ!」
ミリがわしわしとミルの頭を撫でる。先程町長のガイゼルにも頭を撫でられたが、それとはまるで違う。力強くて少し痛いくらいなのに、どこか暖かいミリの手。これを捨てて迷宮に引きこもろうなど、自分はどれだけ愚かな事を考えていたのかと実感する。
「夕飯は何が食いたい? 好きなもんを作って……!?」
「わ!? お姉ちゃん、急にどうしたの?」
ミリがいきなりミルを抱きかかえ、自身の後ろに隠すようにしながらとある場所を睨み付ける。突然の行動に驚いたミルだったが、ミリが剣を抜いている事に気がついて更に動転する。ミリが睨んでいる先にあるのは、廃墟となったラギシス邸。ミルには感じ取れなかったが、ミリにはしっかりと感じられていた。中に誰かいる。住人が近寄らないはずのこの場所に、一体誰がいるというのか。
「誰だい!? とっとと出てくるんだね!」
ミリが叫ぶ。ミルも何か異変が起こっているのだろうと思い、姉のマントをギュッと握りしめながら屋敷をしっかりと見据える。すると、屋敷の暗闇から湧き出るように一人の少女が現れた。その瞳は焦点が合っておらず、ぼんやりとしている。ふらふらとこちらに歩いてきたかと思うと、糸が切れたようにその場に倒れ込んでしまう。すぐに駆け寄る二人。
「お姉ちゃん。この人……」
「あぁ……行方不明だったチサだ。おい、大丈夫か!」
ラギシス邸にいたのは、行方不明になっていた町長の娘、チサであった。程なくして意識を取り戻すが、攫われている間のことは全く覚えていないようだった。
「攫ったのはランか志津香だと思っていたが……どうなっているんだ……?」
真知子が懸念していたように、チサはまたも迷宮とは無関係の場所から姿を現した。四魔女の仕業ではないとなると、一体誰がチサを攫ったというのか。ミリのその疑問に答えられる者は、この場にはいなかった。これが、町で起こった一つ目の事象。そして、もう一つ。
-カスタムの町 酒場-
「お客様、三名様ですね? ……随分と高貴な出で立ちですね」
「当たり前じゃない! 誰に向かって口を聞いているの? それで、ダーリンはどこにいるの!?」
「へ? ダ、ダーリン?」
突如酒場にやってきた三人組の女性。まず目に飛び込んできたのは、先頭に立っていた女性の高貴な出で立ち。まるでどこかのお姫様のような格好についつい問いかけてしまうが、非常に傲慢な態度で突き返されてしまう。そのうえダーリンはどこにいるのかという訳の判らない質問に、エレナはただただ目を丸くするしか出来なかった。すると、後ろに控えていた物静かな女性がスッと前に出てくる。
「リア様、ここはお任せください。申し遅れました。私たちはリーザスの者で、ランス様という冒険者を捜しているのですが……」
「ダーリン! ダーリンはどこ! 隠しているなら全色の軍団呼び出してこの町を潰すわよ!」
「(マリス様の話が終わったら、ルークさんのことも聞いてみようかなぁ……)」
これが、もう一つの動き。全ての準備を終えたリア一行が、遂にカスタムの町に到着していたのだ。到着するや否やエレナに食って掛かるリア。それを諫めはするものの止める気がないマリス。そわそわとしながら天井を見上げているかなみ。三者三様ではあるが、ハッキリいって全員迷惑な客に違いはない。リアは論外。保護者であると思われるのにそれを注意しないマリスもどうかと思う。かなみは完全に不審人物の動きだ。
「(町の中の様子を探るって名目で捜しにいこうかなぁ……でも、リア様の側を離れる訳には……)」
「……かなみ、心配しなくても一緒に聞いておいてあげますからね」
「へ!? な、何のことですか!?」
嵐のような来訪者に、エレナは心の中で涙するしかなかった。
[人物]
ミル・ヨークス
LV 10/34
技能 幻獣召喚LV1
カスタム四魔女の一人。非常に珍しい幻獣魔法の使い手であり、まだ幼いながらも他の三人に一目置かれていた。ミリの妹であり、指輪に操られていたとはいえ悪い事をしたのに違いはないとこってり絞られたが、その後も姉妹仲は良好。ちょっとした手違いからランスに処女を奪われる。おお……ソフリンちゃんがお怒りだ。
エレノア・ラン
LV 16/30
技能 剣戦闘LV1 魔法LV1
カスタム四魔女の一人。幻惑魔法の使い手であると同時に、剣も使いこなす魔法剣士。拷問戦士を部下にしたりバードの左腕を切断したりするなど残虐な行為が目立ったが、本来は非常に優しく、真面目な性格である。真面目すぎて考え込んでしまう傾向があり、悩みすぎてその内自殺でもしてしまうんじゃないかと住人に心配されていたりもする。雑魚じゃありません、器用貧乏なだけです、とは本人の談。実際、瞬殺されはしたものの、結界の魔力を供給したり少女を攫ったりと仕事はしている。瞬殺されたが。また、エレノアが名前のはずだが、なぜかランと呼ばれることが多い
エルム・トライ
ランに捕らえられていた赤い髪の少女。拷問戦士から空気ポンプの拷問を受けていた。
ゼリフィ・ゴーラ
ランに捕らえられていた緑髪の少女。拷問戦士から逆さ吊りの拷問を受けていた。
レザリアン
ランに捕らえられていた緑髪の少女。拷問戦士から鞭打ちの拷問を受けていた。
K・D
クイズ好きの猫人間。その正体はドラゴンの王、マギーホア。かつて大陸を統治したドラゴン族だが、今ではごく少数が翔竜山に生息するのみである。彼らに何があったのか、その真実は謎に包まれている。
[技能]
幻獣召喚
異空間から幻獣を呼び出すことが出来るレア技能。その姿は術者の精神に影響を受ける。
[技]
催眠
魔眼から放たれる光で敵を自分の意のままに操る初級魔法。初級とはいえ幻惑魔法の使い手は少なく、非常に珍しい魔法である。
氷の矢
指先から生み出した氷の塊を放つ初級魔法。炎の矢や雷の矢と違って地味な印象があるが、応用性は非常に高い魔法である。
[アイテム]
竜角惨
気力を回復させる黄色い錠剤。冒険者だけでなく、労働者にも愛用されている。
[その他]
よーいちろー
悪い子にしているとよーいちろーがくるよ、と子供のしつけによく使われるなまはげ的存在。やってくるのは可愛い少女のところのみ。
ソフリンちゃん
その睨みはハニーキングをも震え上がらせるというPCゲーム界のドン。その割には6でカーマ、7で香姫、8でオノハと意外に寛容な面もある。