ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第132話 天使のような女性

 

-自由都市 ポルトガル-

 

「さあ、よってらっしゃい、見てらっしゃい!」

「どこよりも安いでー!」

 

 商人の声があちらこちらで飛び交う。ここは大陸南東部に位置する都市、ポルトガル。別名商人の町とも呼ばれており、ここに来れば何でも揃うとさえ言われているほどだ。これほどの賑わいを見せる都市はそうはないだろう。どこか心地よいとも思える喧騒を聞きながら、ルークはある場所を目指して歩いていた。目の前に見えてきたのは、一際大きな建物。

 

「流石は大陸中に支店を持つ店なだけあるな……」

 

 ルークがその建物を見上げながらそう呟く。ここはプルーペット商会の本店。八階建てという巨大な施設がデンと構えている。リアのような一部のお偉いさんには出張販売を専門としているが、当然それだけで商売を成り立てている訳では無く、プルーペット商会は大陸中に支店を持っているのだ。若干高いが、品揃えが良い為ついついここで買ってしまうという客が多く、結果として多くの利益を得ている大商会。

 

「よお、ルークの旦那。久しぶりに会えて嬉しいぜぇ」

「ルイス。すまなかったな、無理を言って」

「なぁに、問題ねぇさ。プルーペット様も一度ルークの旦那に会いたいって言ってたしな。ま、ついてきてくれ」

 

 ルークを出迎えたのは、プルーペット商会から派遣されている傭兵のルイス。かつてリーザス解放戦時に連絡先を貰っていたルークは事前にルイスに手紙を送り、こうしてやってくる事を告げていたのだ。連絡を受けたルイスはプルーペットにそれを伝える。出張販売を自ら行っているプルーペットはポルトガルにいない事も多く、会おうと思ってきても無駄足になる可能性がある。その点では、ルイスが場を取り持ってくれた形にはなる。

 

「……ん? このエレベーターは使わないのか?」

「ああ、そっちは普通の客用ですぜ。地下に行くには、奥のエレベーターを使わなきゃならねぇんだ」

「ほう。プルーペット商会に地下があったのか」

「あんまり表には出せない代物を扱ったり、店で売る品の買い付けを行ったり、大金持ちがいちいち店の中を回るのが面倒だからそこで座りながら品物のカタログを見たり……ま、色々な使い方をしているってとこだな。借金関係もそこで扱っている」

「なるほどな……」

 

 大商会の裏の部分といったところなのだろう。ルークはルイスの後を歩き、奥にあったエレベーターで地下へと降りていった。

 

 

 

-プルーペット商会 地下一階-

 

「どうでっか? 10万GOLDで土地の権利を……」

「おうおう、金が払えないってのはどうことだい、われぇー!」

「モンスターを一掃できる不思議なお神籤。是非プルーペット商会で取り扱わせていただきたく……」

「だからこのお神籤は売れんって言っとるやろ。判らんにーちゃんやな!」

 

 プルーペット商会の地下。そこは、多くの客で賑わっていた明るい地上とは違い、非常に陰鬱とした空気が流れていた。その中の一角。机の上にカタログを大量に並べたとある女性の前にプルーペットはいた。

 

「どうでっか、こっちの最新型魔法ビジョン。ゼスのあの有名メーカーの品で、お値段20万GOLDのお得品でおまよ!」

「……ZOLGEなら最大手メーカーだけど、ZOIGEなんて聞いた事ないわよ。却下」

「おっと、こいつは残念でおまね」

「ナチュラルに詐欺ろうとしてんじゃないわよ。訴えるわよ」

「いやいや、これはこれで良い品なんでごわすよ。しかし、ロゼはんは良く見てるでおまねー」

 

 そこにいたのは、口の悪い金髪シスター。ひょんな事から大金を手に入れたこのシスターは、さっさと使ってしまおうとこうしてプルーペット商会にやってきていたのだ。100万近い買い物と聞いてプルーペット本人がわざわざ対応していたが、詐欺商品をことごとく見破られてしまい、商談は上手くいっていなかった。

 

「では、今度はこちらの品を……」

「プルーペット様。約束していた客が……」

「ん? もうそんな時間でおまか。あー……ちょっと先約が入ってしまったでおま。後の対応はすぐに他の者を用意させるでごわすので、これで失礼するでおま」

「あー、あー、もう全然オッケー。むしろアンタが一番面倒だからちゃっちゃと行っちゃって」

「ヒドイでおまねー」

 

 ふよふよと乗り物に乗って移動するプルーペット。その背中をシスターが嫌そうに見送るが、何かを見つけて眉をひそめる。プルーペットが話し掛けているという事は、彼が件の客なのだろう。

 

「ルーク……? どうしてこんなところに?」

「お待たせしました、ロゼ様。ここからは私が商品の説明を……」

「あ、もう良いわ。ちょっと用事が出来たから」

「は?」

 

 スッとソファーから立ち上がり、ロゼがその場を離れていく。プルーペット商会の店員は、訳が判らずただ目を丸くするしかなかった。

 

 

「ルークはんでおまね。解放戦のときはウチのルイスはんとセシルはんがお世話になったどすね」

「ああ、別に気にしないでくれ」

「あそこのテーブル席が空いてんな。プルーペット様、あそこでいいですかい?」

「ええでっしゃろ。すんまへんなー、ルークはん。ちょっと個室が今汚れているから使えないでおまよ」

「汚れている……か」

「おっと、それ以上は野暮でっせ」

 

 個室が汚れている。恐らく、今その部屋は真っ赤に汚れているのだろう。ルークが含みを持たせて呟くが、プルーペットがそれを遮る。それが何よりの答えといったところだろう。ルイスの案内の下、ルークとプルーペットが向かい合うように席につく。その側、机の脇にルイスは立ったままだが、雇い主であるプルーペットと一緒の席につく気はないらしい。

 

「何度頼まれてもこのお神籤を売る気はないって言ってるやろ! うちはもう帰るで!!」

「ちょっと後ろが騒がしいが勘弁してくだせぇ、ルークの旦那」

 

 ルークたちが座った後ろの席では、何やら巫女風の服を着たポルトガル訛りの女性がプルーペット商会の店員相手に文句を宣っている。それを聞き流し、ルークとプルーペットは話を始めた。

 

「で、早速でおまが用事というのはなんでっしゃろ」

「そうだな。回りくどいのは面倒だから単刀直入に聞こう。キサラ・コプリとその妹について話を聞かせて貰いたい」

「おや? キサラはんをご存じで?」

「少しだけな」

 

 話があるとは聞いていたが、まさかキサラの名前が出てくるとは流石のプルーペットも予想していなかったのだろう。思わず呆けた声を出す。

 

「借金を抱えているというのは聞いているが、400万GOLDはあまりにも法外じゃないか?」

「ちゃーんと借用書があるのでおまよ。両親が事業に失敗しはりましたからなー。あっと、400万GOLDから13万ほど減って、今は387万GOLDでおますよ。この間キサラはんから振り込みがあったでおま」

「13万も……」

 

 それは、別れ際にランスが渡した金によるものなのだが、その事実はルークの知るところではない。

 

「妹の身柄を引き受けているとの事だが……?」

「ええ、引き受けているでおまよ。キサラはんが金を返せなかったら、妹であるレベッカはんに返して貰う必要があるでごんすからね」

「まだ何もしてはいないんだな?」

「ええ、ええ。そこは信用第一でおまよ……まあ、もうそろそろ躰で稼いで貰おうと思っているでおまけどね……」

 

 最後にボソリと小声で呟くプルーペット。その言葉はルークの耳には届かなかったが、ルークは更に話を続ける。

 

「無理を承知な話だが、妹さんをキサラの下に返してやる事は出来ないか?」

「それは無茶でごわすよ。彼女は逃げ出したりしない、なんてお約束な言葉は商売の世界では何の意味も無い事でっせ。ルークはんが387万の借金を肩代わりするっていうなら話は別でおまけどね」

「流石にそれだけの金はな……」

「プルーペット様。どうせ売春婦に落としたところで稼げる金なんてたかが知れてるんだ。逃げ出さないようにする為の手段は、妹以外の手段で何とかなりませんかい?」

 

 難航するルークとプルーペットの間にルイスが助け船を出す。だが、プルーペットはその小さな頭を横に振った。

 

「レベッカはんはフクマンの才能を持ってはるからな。流石に400万は無理でも、普通の売春婦よりは全然稼いでくれそうでげすよ」

「フクマン?」

「エッチした男性に幸運を授けると言われている女の子でおま。オマケに感度も抜群。ここに利用者からの喜びの声があるでごわすよ」

 

 スッとプルーペットが数枚のチラシを出してくる。そこには、大衆雑誌の裏面に載っているようなうさんくさい広告風の喜びの声が満載であった。ルークがそれを一枚手に取り、軽く目を通す。

 

「フクマンのお陰で受験に合格しました、フクマンのお陰で大金持ちに……うさんくささ爆発だな。しかもこの利用者の声に載っている写真、ルイスじゃないか?」

「ぎくり」

「ぎゃはははは。ま、これも仕事の一つってな」

「写真は作り物でおまが、効果は本物でおまよ!」

 

 どうやら妹のレベッカはキサラを逃げ出さないようにするためだけではなく、本当にいざというときの借金を返す保険になっているようだ。普通の娘であれば売春婦にしたところで100万も稼げない。稼ぐ前に大体壊れてしまうからだ。だが、このフクマンであれば壊れるまでの間にその程度は稼げるかもしれない。こういう縁起物に金を出す富裕層は存在するからだ。

 

「という訳で、少しでも借金を取り戻すための最後の手段でもあるレベッカはんは簡単に渡せないでおまよ」

「そうか……」

「というか、ルークの旦那はなんでそんな姉妹の事で躍起になってるんだ?」

「少し前の野暮用で知り合ってな。こういう境遇の人間がいくらでもいるのは判っているんだが、知り合いになったからにはどうにも見過ごしにくくてな……借金で生活が苦しいのは仕方がないが、せめて妹さんとだけは一緒に暮らさせてあげたい」

「難儀な性格でおまねー」

「そう。こいつ、難儀な性格なの」

 

 その声に三人が振り返る。そこに立っていたのは、金髪の不良シスター。

 

「ロゼ!? なんでここに?」

「お買い物。それより、相変わらずアホみたいなお節介焼いてるわねー」

「ありゃ? ルークはんとロゼはんは知り合いでっか?」

「……ああ、思い出した。解放戦のときに参加していたシスターか!」

「ハロー、久しぶり。名前は覚えてないけど、その特徴的な顔は……ごめん、やっぱ覚えてないわ。誰?」

「ひでぇな、おい!」

 

 ルイスがロゼの顔を見てポンと手を叩くが、ロゼの方はルイスの事を覚えておらず適当に流す。そのままドカリとルークの横に腰掛け、プルーペットに向かって手を伸ばしてちょいちょいと指先を動かす。

 

「とりあえず、借用書見せなさい。話はそれからよ」

「ロゼ……」

「選手交代。サイアスから聞いてるわよ。あんた、交渉事は出来ても金の事は疎いんでしょ。判るのはギルド仕事の相場くらいだってサイアス嘆いていたわよ」

「あいつ、余計な事を……」

「こりゃ強敵でおまねー。ま、借用書は完璧でおまから問題ないでごわすけどね。これでごんす」

 

 プルーペットが懐から借用書を取りだし、テーブルの上に置く。それを即座に手に取り目を通し始めるロゼ。

 

「あぁ、これは確実な証拠ねぇ……」

「そうやな。こりゃ確実な証拠や」

 

 そのとき、後ろの席にいた巫女服の女性がひょっこりとこちらに頭を覗かせ、その借用書を覗き見てくる。ルークたちは驚き、その女性を見る。水色の髪に小柄な体型、そして何故か巨大なお神籤を持っている。視線を感じたその女性は、笑いながらこちらに謝ってくる。

 

「ああ、勘弁な。後ろで聞いてたら、なんや人情深い話だったさかいにちょっと聞き入ってもうてな」

「おっとお嬢ちゃん。人の話に割り込んでくるのはマナー違反だぜ」

「なんや、この姉ちゃんも割り込んだやないか。固いこと言うなんて心の狭い男やなー。それじゃあ大陸一のプルーペット商会の名が泣くで?」

 

 ぷんすかとルイスに逆ギレするポルトガル訛りの女性。中々に押しが強い。

 

「それに、嬢ちゃんなんて嬉しい呼び方やけど、うちは25歳や!」

「げっ!? マジかよ……」

「なんや、その反応! 判っとらん、アンタ全然判っとらんで! 女は二十代後半からが旬なんや!」

「二十代後半からが旬ってのには同意。私も来年には二十代後半だしね。まあ、まだ二十代前半の24歳だけど!」

「くーっ、その勝ち誇った顔! 来年にはアンタも同じ立場なんやで!!」

 

 小柄な体型のため十代と勘違いしていたルイスが驚く。その反応を見てキレ、ロゼの勝ち誇った視線を見てまたキレと、非常に面白い反応を示す女性である。

 

「なんや兄ちゃん、その哀れみの目は! 若さに甘えてたらあかんで!」

「いや、俺は……」

「そいつ、アンタより年上よ。最近おじさんと呼ばれる事にショックを受けている26歳」

「よっしゃ、飲みに行こう! アンタとは話が合う気がするわ!!」

 

 あっという間に目の前の女性が手の平を返し、ルークの背中をバシバシと叩いてくる中、ルークがジッとロゼの目を見る。

 

「ロゼ、それは誰から聞いた?」

「情報源→サイアス。闘神都市のときに色々聞いたわよ。帰りの飛行船でこっそりとね」

「ゼスに行く用事が出来たな……」

 

 ルークとサイアスは同い年のはずなのだが、何故かサイアスはお兄ちゃんと呼ばれる事が多く、ルークはおじさんと呼ばれる事が最近多いのだ。割と気にしている26歳。

 

「判る、判るで。アレやろ? 子供におじさんって呼ばれると、足下に落とし穴が出来て真っ逆さまに落ちていくような感覚に陥るやろ? それが悪ガキじゃなくて良い子だったりするとダメージ倍増や!」

「よし、飲みに行こう。アンタとは話が合う気がする」

「脱線してるぜ、旦那。ま、30越えたらまた世界が変わってくるぜ。色々諦めがつく」

「おいどんは永遠の22歳でおまから無関係でごんすね」

「ダウトや! アンタみたいな22歳がおるか! どこのアイドルや、それ!!」

 

 36歳という色々達観した年齢のルイスが冷静にツッコミを入れ軌道修正をしようとするが、プルーペットの発言でまたもわいわいと騒ぎ出す事になってしまう。数分ほど年齢談義で盛り上がり、何故かルークと巫女服の女性が仲良くなった頃、ようやく本題へと話が戻った。いつの間にか巫女服の女性もこちらのテーブルに移動し、ロゼの横にちゃっかりと座っている。

 

「それで、証拠っていうのは?」

「それは勿論、その借用書が完璧な代物だってごんすよね?」

「何を眠いこと言うてるねん! これは契約違反の完璧な証拠やって言ってんのや!」

「な、なにを言ってるでおまか!? 適当な事を言ったらタダじゃすまんでごわすよ!」

 

 バンと身を乗り出してテーブルを叩く巫女服の女性。その迫力に少しだけ気圧されるプルーペットだったが、すぐに凄みを利かせる。だが、示し合わせたかのようにロゼがそれに続く。

 

「金利が無茶苦茶。闇金って事を考慮しても最低限のルールを越えているわ。蛇の道は蛇って言うけど、これはちょっと信用問題に関わる金利じゃない?」

「それに、借用書自体に彼女たちを縛り付ける効果はないんや! 借金のカタに何かを差し押さえるなんて行為、裁判に勝った後じゃないと出来へんねんで! 妹ちゃんの身柄を抑えるなんて以ての外や!!」

「うぐっ……」

「あーあ、痛いとこ突かれちまった」

 

 二人の口撃にタジタジになるプルーペット。ルイスの言うように、相当に痛いところを突かれているのだろう。緑色の顔からダラダラと汗を掻いている。一度だけ息を吐き、先程までルークに助け船を入れていたルイスが今度はプルーペットに助け船を出す。

 

「だけどよ、ロゼの姐さんも言っていたけど蛇の道は蛇だ。こういう表に出せない借金っていうのも、なくちゃならねぇ必要悪だぜ」

「そう、そうや! 流石はルイスはん!」

「まあ、その辺はうちも判っとる。ロゼやんもそうやろ?」

「姐さんも嫌だけどその呼び方もちょっと嫌ね……ま、いいけど。そうね、だから金利は闇金の相場でいいわ。これは高すぎだけど、相場ならまあ折れどころ」

「ほっ……」

 

 ロゼの言葉にプルーペットが安堵の息を吐く。それならばまだ許容範囲だという事なのだろう。

 

「そういう事で元の借金からこれまでの金利を計算しなおして、キサラさんが払ってきたお金を引くと……ま、178万GOLDってとこやね」

「随分減ったな……」

「それだけあくどい商売って事よ」

 

 巫女服の女性がパチパチとそろばんを弾き、正当な金額を算出する。半値どころの騒ぎではないその金額にルークが辟易とするが、ロゼがプルーペットに冷ややかな視線を送りながらそう言葉にする。

 

「……まあ、特別にこの借金でもいいでっしゃろ」

「あまい! ぴんくうにゅーんよりも甘いで!!」

「ひぇっ!?」

 

 終わったと思っていたプルーペットだが、巫女服の女性の言葉に思わず呆けた声を出してしまう。そのまま目をキラリと光らせた女性はそろばんをバチバチと叩き始める。

 

「ここから更に、これまでレベッカさんを拘束、監禁した事による精神的ダメージへの慰謝料、キサラさんを半ば無理矢理冒険者なんていう危ない職業に就かせた事への慰謝料、それから口止め料も追加して……」

「あらやだ、私よりも凄い切り込み。商売の才能あるんじゃないかしら」

「それが駄目なんや。昔から何をやっても運がなくてな……っと、出たで! ざっと92万GOLDや!」

「殺生なーーーーーっ!!!」

「口止め料高すぎんだろ!?」

「おっと、こういう商売は信用第一やで!」

 

 当初の四分の一ほどの値段にプルーペットが叫ぶ。慰謝料と口止め料だけで100万GOLD近く減らされたことに思わずルイスもツッコミを入れるが、巫女服の女性はバンとテーブルを叩いてそれをいなす。見事な手腕である。

 

「なんや、文句あるんか?」

「……わ、判ったでごわす。92万GOLDで良いでおま」

「だってさ。で、ルークはいくら持ってるの? 身元引受人にでもなるの?」

「手持ちは20万ほどだな……家にあるものを売ればギリギリそのくらいまで届くか……?」

「なんや、そこまでする気なんかい!? そりゃやり過ぎやろ。っていうか、家にどんだけ高価なもんがあんねん!?」

 

 先程までそろばんを弾いていた女性が驚いたような声を上げる。まさか目の前の男が、家の物を売ってまで借金の肩代わりをしようとするとは思っていなかったのだ。そのうえ70万GOLDを見繕える家の物というのにも驚き、二度ツッコミを入れる。

 

「いや、流石に身元を引き受けられると思っていなかったからその気はなかったんだが、400万GOLDからここまで下げて貰ったからにはここで終わらせたくてな……」

「ああ、もしかしてうちが余計な事してしもうたか? そりゃ、悪かったな」

「まさか。感謝している」

「ん、おおきに」

「で、どうするんでっか? 借金の返済はいつもニコニコ現金払いでおまよ」

「そうだな。一度家に帰って……」

 

 ルークがそう言いかけた瞬間、ドンという鈍い音が響き渡る。見れば、ロゼが足下に放っていたアタッシュケースをテーブルの上に乗せていたのだ。そしてそのままアタッシュケースを開いていくロゼ。中に入っていたのは大量の札束。それは、トータス司教から以前貰い受けた裏金であった。

 

「あらいやだ。こんなところに99万GOLDが」

「なっ!?」

「おいおい……」

「ホンマか!? シスターがどこからそんな金集めてきたんや……」

 

 プルーペットが驚き、ルイスが苦笑する。巫女服の女性は目を丸くしてロゼの顔をジロジロと眺める中、ルークが真剣な表情でロゼに向かって口を開く。

 

「ロゼ……」

「そのコプリ姉妹ってのは信用出来る相手なんでしょ? だから、私が代わりに貸すの。どうせさっさと使い切りたいお金だったし、もう金利でウハウハ生活よ」

「へぇ、その金利ってのはいくらや?」

「ズバリ、10年で1パーセント。ピッタリ10年経つまでの間は金利ゼロね」

「気に入った! ロゼやんも気に入ったで、浪花節や!!」

 

 バシバシとロゼの背中を叩きながら大笑いする巫女服の女性。その光景にルイスがぎゃははと笑い始める。

 

「なんてことや……まさか400万の借金が四分の一にされるだなんて……よよよでおま……」

「なに演技かましてんのよ。割とラッキーとか思ってるくせに」

「ぎくぎくり」

「ん? どういう事や?」

 

 ロゼの言葉にプルーペットがドキリとし、巫女服の女性が首を横に捻る。ルークとルイスもその言葉の真意が判っていない中、ロゼが話を続ける。

 

「まず間違いなく返済は不可能であり、フクマンという事を考えても到底400万GOLDには届かない、そのうえ92万の返済にも何年掛かるか判らないような借金が一気に精算出来たうえに……あんたはこれで、ルークに貸しを作ったことになるからねぇ」

「ぎくりんこ!」

「なるほど、そういう事か」

 

 その言葉にようやくルークとルイスも言葉の真意を理解する。だが、巫女服の女性だけは未だに理解出来ていないようで、ロゼの肩をちょいちょいと指で突いて問いかける。

 

「なあ、ルークに貸しを作る事がなんでラッキーなんや?」

「こいつ、解放戦の英雄」

「なんやって!?」

 

 ロゼの言葉に巫女服の女性は目を見開き、ガタッと立ち上がってルークの顔をまじまじと見てくる。先のリーザス解放戦で一躍有名になったルーク・グラントという名の冒険者。巫女服の女性は知らなかったが、彼はゼスのサイアス将軍やパランチョ王国のピッテン総大将とも懇意にしている。当然プルーペットはその辺りの情報も仕入れているため、先の解放戦で作っていた借りを帳消しにし、若干の貸しを作れる今回の一件は実は美味しい話であった。

 

「あー……ホンマや、気付かんかった。新聞で見た顔と同じや。サインでも貰っとけば高く売れるやろか?」

「そりゃ流石に無理だろ」

「という訳で、この姉妹の借金はプルーペット商会名義から私名義に変更ね。ちゃっちゃと書類やら何やら用意する事。あ、迷惑料って事で余りの7万GOLDはいらないわ。色々無理を通しちゃったしね」

「ホンマにロゼはんは飴と鞭というか、落としどころを弁えてるでごんすねー……」

「闇討ちされたら堪ったもんじゃないからね」

「解放戦の英雄の知り合いにそれは無茶な相談でごわすよ……それじゃ、ちょっと書類の準備をしてくるでおま」

 

 ふよふよと奥へと下がっていくプルーペット。それを見送ったルークたちはソファーに深く座り直し、ため息をつく。

 

「はぁ……スマン、借りが出来た」

「私の貸しは高いわよ。ま、お金はキサラから貰うから、それ以外の事で追々返してくれれば良いわ」

「ああ、必ず。それと、貴女も助かった。えっと……」

「ああ、まだ名乗ってへんかったな。うちはコパンドン・ドット。よろしゅう」

「ルーク・グラント、冒険者だ。それと、こっちがロゼ・カド」

「ま、二人の名前は話の流れで出てきたから判っとるけどな」

 

 借金の額をここまで減らしてくれた女性にルークが手を差し出すと、彼女もそれに応えて握手を交わす。コパンドンと名乗った女性は、ルークやロゼと年が近い事もあり既に意気投合をしている。

 

「それにしても、ルークもお人好しやけどロゼやんも随分お人好しやな。男の借金を代わりに引き受けるなんて……もしかして恋人か?」

 

 その言葉に目を丸くする二人。そして、同時に吹き出す。

 

「あっはっは。ありえないわー。ただの悪友」

「ふっ……そうだな。それはないな」

「ありゃ、そうなんか。割と息が合ってると思ったんやけどな。じゃあルーク、あんた今、付き合ってる女性とかおるんか?」

 

 コパンドンの唐突な質問に驚くルークだったが、世話になった事もあり特段隠すこともなくそれに答える。

 

「ん……いや、いないが」

「鬼畜発言出ましたー。今の発言で涙する女性が大陸中に何人いる事やら」

「人聞きの悪い事言うな!」

「なんや、モテるんか。まあええわ。ちょっと占ってもええか?」

「占い?」

「これや!」

 

 ドン、とコパンドンが巨大なお神籤を見せつけてくる。鉄製のそれは持ち運ぶだけでもかなり大変だろう。ロゼが呆れたように声を出す。

 

「ごついわね……」

「うちの愛用のお神籤や。どうや、占ってもええか?」

「ん? 構わないぞ」

「おおきに! じゃあいくで……おーみーくーじー!!」

「跳んだ!? 何故跳ぶ!?」

 

 突如大声を上げ、お神籤を空中に放り投げるコパンドン。そしてそれに続くように自分も空中に跳び上がり、鉄製のお神籤を空中で掴む。その謎の行動に思わずルイスが声を上げる。

 

「開運!!」

「投げたぁぁぁ!?」

「あっはっは! ひぃ、お腹痛い……」

 

 空中でお神籤を掴んだコパンドンは、それを勢いよく床へ投げつけた。ボゴン、という音と共にお神籤が床にめり込み、一本のお神籤が箱から飛び出す。それを降り際にガシッとキャッチするコパンドン。ルーク呆然、ルイスツッコミ、ロゼ大爆笑という謎の空間が出来上がる中、コパンドンはゆっくりとそのお神籤を見る。

 

「……末吉や。あちゃー、残念やな。大吉君やったら良かったのに」

「ま、これから上がっていくと考えれば悪くはないさ。俺の目指すものを考えれば」

「ポジティブねー」

「ついでにロゼやんも占っといたで。中吉や。羨ましいなぁ」

「あら、良い感じね」

 

 ルーク末吉、ロゼ中吉という結果になる中、ルイスがちょいちょいと自分を指差してアピールする。

 

「なぁ、俺も占ってくれねぇか?」

「ん? ええで、おーみーくーじー!!」

「あっはっは! この動き、無駄すぎてツボなんだけど!」

「……凶や。ついでに神託が降りたで。ピカには気をつけましょう、大王と魔王がいなければ君が犠牲者だ、やって」

「凶かよ!! しかもピカってなんだよ!?」

「書類持ってきたでごわすよー」

 

 ルイスが謎の神託を受けている中、準備の終わったプルーペットがふよふよとこちらにやってくる。持ってきた書類に目を通し、小一時間手続きをした後、晴れてコプリ姉妹の借金はロゼ名義のものとなった。

 

「これでこの二人はプルーペット商会とは何の関係もないわ。振込先の変更を伝えるのと、レベッカちゃんをさっさと解放する事。いいわね」

「その辺は信用第一やから任せておいて欲しいでごんすよ」

「無理を言って悪かった。いつか何かしらの形で礼をさせて貰う」

「それだけは絶対に忘れないで欲しいでおまねー」

「さ、飲みに行くで!」

「プルーペット様、見送りは俺がするんでいいですぜ」

 

 プルーペットと軽く握手をし、地上へと戻るエレベーターに乗り込むルークたち。まだ昼間なのだが、コパンドンが飲む気満々なので今から始めるようだ。ルイスが入り口まで見送りにくると言い、エレベーターで地上へと上がっていく。陰鬱とした空気から晴れやかな空気に変わり、日差しが射し込んでくる。

 

「あー、肩こった。ルーク、奢りなさいよね」

「元からそのつもりだ。世話になったしな」

「お、太っ腹やな! おおきに」

「ルイスも行くか?」

「おう、付き合うぜ。どうせ仕事はしばらくないしな」

 

 プルーペット商会の入り口でロゼが伸びをしている中、ルークはルイスも酒に誘う。すると、ロゼが思い出したかのようにルークに話し掛けてくる。

 

「そういや、あんたはまた冒険者家業?」

「まあな。留守にしてキースに迷惑を掛けたし、しばらくは普通に働くつもりだ」

「ふーん……人手は足りてんの?」

「ん? そうだな……しばらくは小さい案件だが、十二月に受ける予定の仕事はギャルズタワーというモンスターが多くいる塔の攻略だから、少し人手がいるな。前衛一人に後衛二人の三人ほど」

「じゃあ、それに私もついて行ってもいい?」

「ロゼがか?」

 

 キースギルドに溜まっていた依頼を思い出すルーク。しばらくは一人か二人で済む案件だが、ギャルズタワー攻略にはちゃんとしたパーティーで挑みたいと思っていたところ。そこにロゼの提案。正直言って、ヒーラーとしてのロゼの実力には文句は無い。あるとすれば、ただ一つの懸念。

 

「いくら取られるんだ……?」

「タダで良いわよ。あんた、さっきまでの輝かしい私の好意を忘れたの?」

 

 お約束の疑問を投げるルークをジロリと睨み付けるロゼ。先の気っ風の良さを考えればあんまりな問いかけである。

 

「まあそれは冗談として……ロゼがついてきてくれるのはありがたいが、神官の仕事は良いのか?」

「いやー、もうそれが暇で、暇で。カスタムの住人には化けの皮剥がれまくって本性ばれてるから、最近誰もお祈りに来てくれないのよ。マリアとかトマトが雑談に来るくらい」

「ふっ、なるほどな」

「なんなら十二月までの細かい案件も手伝ってあげるわよ?」

「んっ……そうだな、それも良いか」

「よっしゃ、暇潰しゲット!」

 

 グッとロゼがガッツポーズを決める中、ルイスが慌てたような声を出す。

 

「旦那!? そりゃ十二月確定の案件なんで!?」

「ん? ああ、ギャルズタワーは現れる時期が決まっているからな。十二月で確定だ」

「なんてこった、ゼスからの傭兵依頼を受けちまった……久しぶりに旦那と仕事が出来ると思ったのに……」

 

 ルイスが頭を抱えて残念がるのを横目に、ロゼがルークに問いかける。

 

「他の二人は全く決まっていないの?」

「まあな。最終手段はフェリスだが、この間呼んだばかりだから悪くてな。あちらも悪魔の仕事があるだろうし。適当にキースギルドから見繕うつもりだが……」

「ならば、私なんかどうだ?」

 

 その聞き覚えのある声にルークたちが後ろを振り返ると、そこには一人の女戦士が立っていた。青い髪をなびかせ、真紅の鎧を纏った傭兵。紅の天使という異名を広く知れ渡らせているその女性は、ルイス同様解放戦時に知り合った女性である。

 

「セシル、久しぶりだな」

「久しいな、ルーク殿。それと、ロゼ殿も」

「セシル、元気してた? 解放戦のときは世話になったわね」

「俺は忘れてたのにセシルは覚えてんのかよ!?」

 

 セシル・カーナ。解放戦の際にルークの部隊で戦った凄腕の傭兵である。あのときよりも更に強くなったなとルークが感じ取る中、自信満々の表情でセシルが話を続ける。

 

「丁度十二月は仕事が殆ど無くてな、暇を持て余していたところだ。傭兵ではなく、私個人として動くから金はいらん。どうだ、私の腕では不服か?」

「まさか、文句なしだ。だが、本当にタダでいいのか? 少しなら払うぞ?」

「いらん。それよりも、少し見極めたい事があってな」

「?」

 

 ルークの目を真剣な表情で見つめるセシル。何か思うところがあるのだろうが、その真意は判らない。だが、これで二人目の仲間が決まる。

 

「ま、何はともあれ後一人ね。前衛がルークとセシル、後衛が私ともう一人。コパンドンは戦える?」

「ちょっとしたモンスターなら問題ないで。でも、パスや。ギャルズタワーって女の子モンスターの巣やろ? そんなとこに興味はない。うちは大吉君を捜さなきゃあかんのや!」

「大吉君?」

「そうや! お神籤で大吉を出せる天に愛された男! うちが恋人にするのは、その大吉君って心に決めてるんや!!」

 

 ゴーッと瞳に炎を宿すコパンドン。それを見ていたルークとロゼは互いに見合い、ため息をつく。

 

「天に愛されている男か……一人浮かんだな」

「奇遇ね、私もよ。ま、紹介出来ないけどね」

 

 がはは、という笑い声がどこかから聞こえてきた気がする中、ルークたちは飲み屋へと向かう事にする。セシルもこの後はオフらしく、一緒についてくるとの事。ぞろぞろと連れだって歩く中、セシルが口を開く。

 

「ルーク殿、人類最強を倒したという話は本当か?」

「ああ、一応な。相手は手負いだったし、病も患っていたから、完璧な勝利とは言えんがな」

「ふむ……ならばやはり、見極めるしかないか……あの男とどちらが強いのか……」

「(あの男……トーマの事か?)」

 

 セシルの呟きにルークが疑問を持っていると、横を歩いていたルイスが話し掛けてくる。

 

「で、後衛の一人は決まったのかい? バランス的には魔法使いなんかが良さそうだが」

「一人心当たりがあるから、一応頼んでみるつもりだ」

「誰? 志津香?」

「いや、違う。志津香も自分の生活があるだろうから、誘うのは悪いと思ってな」

「……誘えば絶対喜んで来るのに、この男は……」

 

 ルークの返事を聞いたロゼが、ボソリとルークには聞こえないように悪態をつく。言ってしまえば、カスタムの面々を誘えば四人パーティーは簡単に完成なのだ。前衛トマトと後衛の志津香。後は自分なりランなりマリアなりを適当に誘えば完成。なんとも簡単な話であるうえに、誰も損をしない。真知子もついてきて五人パーティーにはなりそうだが、まあそれは置いておくとしよう。

 

「で、ルークの旦那は誰を誘う気なんだい?」

「ギルドの人間だ。前に一度、いつか一緒に冒険をすると約束していてな。キーハンター志望の魔法使いだ」

「ほう、それは役に立ちそうだな」

 

 セシルが感心したように声を漏らす。レンジャー職と魔法使い職の両方をこなすとなると、多少実力が劣っていたとしても非常に有用な人材である。すると、ロゼの目がキラリと光った。

 

「で、性別は?」

「女性だが……」

「はい、ハーレムパーティー入りましたー! きゃー、不潔ー!!」

「人聞きの悪い……」

「確かに恋仲って感じやなくて、悪友とかパートナーとかって感じやな、この二人は」

 

 ルークとロゼを見ながらコパンドンがうんうんと頷き、昼間から飲み屋へと姿を消す一同。因みに、全員良い大人であるうえに酒も強い面々が集まっていたため、大暴れとか笑い上戸とかそんな展開にはならず、普通の飲み会で終わったという。そういう仕事は、別の人間の役回りだ。

 

「「へっくし!」」

 

 カスタムとリーザスで、同時にくしゃみをする女性が二人。誰かと言及するのは野暮であろう。しいていうならば、温泉で笑いながら全裸突貫をかまそうとした魔法使いと、解放戦時に二日酔いでまともに戦えなかった某親衛隊隊長。誰かと言及するのは野暮であろう。

 

 

 

-アイスの町 キースギルド-

 

「キースさん、十二月暇なんですけど何か仕事ないですか?」

「んー……回せる仕事は特にないな。まあ、鍵関係の仕事が何かしら入るだろ。頑張ってくれよ、安定して稼いでくれるお前は貴重な人材なんだ」

「はーい。それじゃあ、三丁目の鍵の修理に行ってきます」

 

 シトモネが鍵の修理に出かけていく。キースとの会話にもあった通り、どうやら十二月は彼女も暇らしい。となれば、結論は一つ。ここにギャルズタワー攻略のパーティーが内々に決定した。前衛、ルーク、セシル。後衛、ロゼ、シトモネ。驚異的なまでにごった煮なパーティーだが、案外バランスが取れているのは流石といったところか。

 

 

 

数日後

-プルーペット商会 地下一階-

 

「プルーペットさん!? あ、あの手紙に書いてあった事は……」

 

 プルーペット商会の地下扉を勢いよく開け放ち、キサラが中に入ってくる。部屋の中で待っていたのは、プルーペットと、彼女が命に代えても取り戻したいと思っていた最愛の女性。キサラよりも小柄だが、髪の色や顔立ちから彼女たちが姉妹であることを窺わせる。あちらも半信半疑であったのか、キサラの顔を見て目を見開く。

 

「お姉……ちゃん……?」

「レベッカ……うっ……あぁっ……」

「お姉ちゃん!!」

「レベッカ!!」

 

 気が付けば、二人は互いの体を抱きしめあい、ポロポロと涙を流していた。この日をずっと夢見ていた。だが、それはどれ程先になるか判らない夢であった。今ここに、姉妹の再会が現実のものとなったのだ。

 

「手紙にあった通り、借金はロゼはんっていう神官はんが肩代わりしてくれたんでおまよ。振り込み先はここ、利息や諸々の約束事なんかはこれでおまよ」

「あっ、はい……って、利息は10年で1パーセント!? それも10年経つまでは0って……」

「ま、実質ゼロやな。レベッカはんの身柄を返すのもロゼはんの意向や。これで雲隠れしても問題なしでごわすな」

「逃げません、絶対に……何年掛かっても、必ず借金は返します」

「そうでおまか。まあ、おいどんにはもう関係無い話でおまが。またお金に困ったらいつでも声を掛けるでごんすよ」

「二度と借りません!」

「こいつは手厳しいでおまね」

 

 二度と借金はしないと心に誓いつつ、レベッカと抱き合いながらロゼとランスに深く感謝をするキサラ。ランスがいなければ自分の心は折れていたかもしれない。ロゼがいなければ妹との再会は果たせなかったかもしれない。ふと、胸の中のレベッカが呟く。

 

「お姉ちゃん。ロゼさんって、天使みたいな人かもしれないね」

「うん……そうね……きっと、天使も真っ青なくらい優しい人なのよ」

 

 カスタムの住人が真っ青になりそうな発言をしつつ、更に強く抱きしめあう二人。こうしてキサラは、最愛の妹を取り戻す事が出来たのだ。キサラが彼女を手放すことは、二度と無いだろう。

 

 

 

-アイスの町 広場-

 

「へっくし。またどこかで私の人気が上がったわね。いやー、人気者はつらいわ」

「くだらない事を言ってないで、仕事に向かうぞ」

「面倒臭いから帰りたいんだけど」

「お前な……」

 

 アイスの町の広場を歩いてルークの家に向かうのは、ルークとロゼの二人。先日のポルトガルの一件の後、十二月までの細かい案件を手伝うという事でこうしてアイスにやってきたのだ。キースギルドで依頼を受け、一度ルークの家に立ち寄って必要そうなアイテムを持っていこうとしているところなのだが、早々にロゼが面倒臭いと言い始めた。暇だから付き合うと言ったのは自分だろうとため息をつくルーク。相変わらず自由な人物である。

 

「で、その伝説のコロッケパンとかいうのが必要な案件な訳ね」

「ああ。捜し人のボス林はこれが好物だから、持っていれば寄ってくるらしい。確か以前、冒険で手に入れたはずなんだが……」

「腐ってるんじゃないの、それ……」

「腐らないらしい。その辺も伝説なんだとか」

「ふーん……」

 

 仕事の話をしていると、ルークの家の前に辿り着く。そのままドアノブに手を掛けた瞬間、ルークが違和感を覚える。中に気配を感じるのだ。だが、フェリスは呼んでいないし、以前に掃除に来てくれた事もあるハイニは先程キースギルドにいた。となれば、家の中にいる人物は一体何者なのか。

 

「ん? どうかしたの?」

「……ロゼ、少し離れていろ」

 

 ルークが剣に手を掛け、勢いよく扉を開ける。瞬間、目に飛び込んできたのは赤い着物とおかっぱ頭。

 

「あ、お帰りなのー。もう、全然帰ってこないから心配しちゃったの。お家にはちゃんと帰らないと駄目なの、ぷんぷん!」

「……何故いる?」

「やだ……ルークが家に幼女を連れ込んでる……これは面白おかしく報告しなきゃ。主に志津香とかに!」

「楽しんでるだろ? お前」

「当然!!」

 

 ルークの家に、ざしきわらしが住み着いた。

 

 




[人物]
ロゼ・カド (4.X)
LV 16/30
技能 神魔法LV1
 カスタムの町の不良神官。コプリ姉妹の中のロゼは天使のような存在へと昇華されている。周りの人間が聞いたら真っ青に、本人が聞いたら大爆笑しそうな印象であるが、やった事を考えればあながち間違ってもいない。

ルイス・キートワック (4.X)
LV 26/39
技能 剣戦闘LV1
 腕利きの傭兵。顔は悪いが義理堅い男。今回の場が成立したのも、彼が水面下で動いてくれたのが大きい。因みに現在レベルが8月の時点よりも下がっているのは、しばらく傭兵家業がまばらにしか無かったためである。これくらいになるとレベル維持が大変との事。

セシル・カーナ (4.X)
LV 22/42
技能 剣戦闘LV1
 腕利きの傭兵。紅の天使という異名を持つ実力者で、ミリの友人でもある。十二月は暇なのでギャルズタワーについてきてくれるとのこと。どうやらルイスが受けたゼスからの傭兵要請にはタイミングが悪くて声が掛からなかったらしい。

コパンドン・ドット
LV 12/27
技能 お神籤LV1 経営LV2
 ポルトガル出身の冒険者。神社の娘で巫女修行を積んだところ、お神籤の才能が開花する。今は運勢が大吉の素敵な男性を求めて、ふらふらと冒険者紛いの事をしている。周りの同級生は結婚して子供を持ち始めた。色々と焦る25歳。ルークとすっかり意気投合。また、本当は金運技能も持っているのだが、それに気が付いていないため上手く扱えておらず、持ち前の運の悪さで相殺してしまっている。

レベッカ・コプリ
LV 1/6
技能 フクマンLV1
 キサラの妹。借金のカタに身柄を拘束されていたが、天使のようなロゼさんのお陰で無事解放。姉のように冒険者として働く事は出来ないため、内職でコツコツと稼ぐ事にする。キサラからランスの事も聞かされ、いつか会ってお礼がしたいと心に誓うのだった。


[技能]
フクマン
 エッチした男性に幸運を授ける技能。そのうえ気持ちよさも凄まじいものがある。レベル3にもなるとあまりの気持ちよさと浄化作用で、文字通り男は昇天して死んでしまうという噂もある。

お神籤
 占いの才能。また、モンスターに襲われた際の大吉というのはモンスターが倒れることという発想の転換により、攻撃手段に用いる事も可能という変わった技能。

金運
 金持ちになる才能。全ての技能を開示して「欲しい技能は?」というアンケートを取ったら、恐らく上位に来るであろうレア技能。

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