ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第5章 ひとりぼっちの女の子
第133話 迷子の鬼畜戦士


 

LP0002 12月

-玄武城-

 

「…………」

 

 賑やかな城下町を見下ろすように建てられた、JAPAN風の立派な城。だが、この城が建っているのはJAPANではなく大陸だ。本来ならばこれ程立派な城が大陸に建っていれば噂になろうというもの。しかし、この城の存在を知る者は殆どいない。この玄武城の名も姿も、人々の間に知れ渡っていないのだ。その理由はただ一つ。この城が建っている場所が、普通の場所ではないからだ。

 

「どうしたのだ?」

 

 城の窓から城下町を見下ろしている金髪の美女。顔立ちは若々しく、歳の頃は14、15といったところだろうか。和服を身に纏った彼女は、どこか悲しげな表情を浮かべていた。そんな彼女に問いかけるのは、兜を被ったプチハニー。立派な髭を生やしており、普通のプチハニーとは一線を画す威厳があった。そのプチハニーに振り向くことなく、和服の女性はボソリと呟いた。

 

「私は……後何年この場所にいれば良いのでしょうか……?」

「っ……」

 

 この問いかけに、今まで何度、後少しだと答えてきただろうか。数えるのも馬鹿らしくなる程の回数行われたやりとりである。そして、この問いかけにプチハニーは今日もこう答える。

 

「もう少しだ。機は必ず来る。救世主が、いずれ必ずやってくる」

「救世主……」

 

 一体何度この答えを聞いただろうか。数えるのも馬鹿らしくなる程の回数行われたやりとりだが、彼女は信じて待つほか無かった。救世主が現れる、その時を。

 

 

 

-とあるダンジョン-

 

「イライラ……むかむか……シィルーーーー!! 何をグズグズしているんだ、さっさと戻って来んかー!!」

『戻って来んかー……来んかー……かー……』

 

 ダンジョンにランスの怒声がこだまする。だが、それに反応する者はいない。薄暗い洞窟の中、ランスは一人暇を持て余していた。というのにも、訳がある。

 

「ちっ……かれこれ三時間、シィルもあてなも戻って来やしないぞ。やはりうすのろ二人に脱出ルートを探しに行かせたのは失敗だったか……」

 

 そう、ランスたちは絶賛迷子中であった。ギルド依頼で訪れたダンジョンだったが、ランスの後先考えぬ自由な行動の末に見事に迷ってしまったのだ。だが、ここで一つ疑問が残る。あてな2号に搭載されているマッピング機能は、フロストバインと真知子の二人の自信作である。それがあるにも関わらず迷うというのは、普通のことではない。だが、ランスはその異変に気が付けずにいた。

 

「迷ったのはシィルのせいだな。いや、あてなも悪い。俺様は悪くない……むっ、ようやく帰ってきたか」

 

 ランスが見事なまでの責任転嫁をしていると、洞窟の奥からシィルが全力で駆けてきた。恐らく、先程のランスの叫びが聞こえたのだろう。息も絶え絶えな状態でランスの前にへたり込む。

 

「はぁ……はぁ……た、ただいま戻りました……」

「遅いぞ、バカ。で、脱出ルートは見つかったのか?」

「そ、それがさっぱり……」

「なにぃ!?」

「も、もう一度行ってきます……」

 

 ギロリとランスに一睨みされたシィルは慌てて立ち上がり、再び脱出ルート探しに駆けていこうとしたが、ランスはそのシィルを引き留める。

 

「待て、もういい。時間の無駄だ。やはりお前らのような奴隷とポンコツ生命体には難しいミッションだったのだ」

「そ、それでは……?」

「ここは、超天才かつ英雄であるこの俺様が直々に動いてやろう。がはははは!」

「ありがとうございます!」

 

 そもそもランス自身も動くのが当然の話ではあるのだが、がははと笑うランスを見ながらシィルは実に嬉しそうな顔で微笑む。

 

「では行くぞ! とりあえず俺様の勘が、こっちの方向が怪しいと言っている!」

「あの、あてなちゃんがまだ戻ってきていませんが……?」

「放っておけ。適当に合流するだろ」

「はぁ……」

 

 あてなを心配するシィルだったが、ランスはお構いなしに前へと突き進んで行ってしまう。心の中であてなに深く謝りながら、シィルもランスの後についていく。入り組んだ洞窟内を、ランスの野性的勘でドンドンと突き進んでいくのだった。

 

 

 

-洞窟内 水たまり地点-

 

「はぁ……また行き止まりだ」

「まぁ、なんとかなるやろ。なんたって、バードは大吉君やからな!」

 

 バン、と巫女服の女性に背中を叩かれる男冒険者。青い髪に爽やかな容姿、そして左腕の義手。ランス、ルークの二人と面識がある男、残念なイケメンことバード・リスフィであった。ハピネス製薬の事件からまだ二ヶ月だというのに、早くも新しい女冒険者とパートナーを組んでいた。かつてのルークからの助言はどこへ行ったのやらという話である。そしてランスたち同様、この二人も絶賛迷子中であった。

 

「そうですね、コパンドンさん。なにせ、僕たちは二人とも運勢が大吉なんですから、こんな困難すぐに乗り越えられますよね!」

「その通りや! 運勢っていうのは、人の力では逆らう事の出来ない絶対的なもんなんや。その絶対的なもんが、うちらは最高のカップルやって認めとる。もう恐いものなんかない。……と、あそこに誰かおるで!? 洞窟の出口を知らんか聞いてみよ」

「……あ、あれは!? コパンドンさん、こっちへ!」

 

 バードの新たなパートナーは、先日ルークと知り合ったコパンドン・ドットその人であった。どうやら、探し求めていた大吉君はバードであったらしく、こうしてパートナーになっているようだ。そのとき、コパンドンが目の前の岩陰に人影を発見し、大きく手を振ろうとする。だが、その人影の正体に気が付いたバードはすぐさまコパンドンの行動を止め、腕を握って洞窟を逆方向にズンズン進んでいく。訳も判らず、不思議そうにするコパンドン。

 

「えっ? えっ? なんで逃げるんや?」

「今はとにかく早くこの場を離れないと……」

「がはは、逃がすか! ランスドロップキィィック!!」

「ぎゃっ!?」

「バード!?」

 

 瞬間、バードの体が壁に吹き飛ばされる。後ろから豪快なドロップキックを食らったのだ。突然の事態に目を丸くし、すぐさまバードに向かって駆けよるコパンドン。そのコパンドンをイヤらしい目で見回している男を見て、壁に背を預けながらバードは深くため息をついた。

 

「はぁ……ランスさん、貴方にだけは会いたくなかった」

「がはははは! バードの分際で俺様を無視しようとは生意気だ! で、その美女は誰だ? また新しい女を騙しているのか?」

 

 目の前に立っていたのは、バードが最も苦手としている人間、ランスであった。どうせ会うならルークが良いのにとため息をついていると、ランスがコパンドンの事を尋ねてきた。

 

「騙してなんかいませんよ、失礼な……と、シィルさん。お久しぶりです!」

「あ、どうも……」

「こら、奴隷風情で勝手に挨拶するな!」

 

 かつての思い人であるシィルを見つけ、バードがペコリと頭を下げると、シィルもそれに返すようにペコリと頭を下げる。だが次の瞬間、シィルはランスにポカリと頭を叩かれていた。

 

「ひんひん……すいません、ランス様……」

「なんや、この野蛮そうな男は? バード、もしかして知り合いなんか?」

「残念ながら……」

「どこからどう見ても凶って感じや。付き合う相手は考えた方がええで」

「ん? なんだ、凶って? と、それよりも君の名前は?」

 

 コパンドンの発言が気になったランスだが、それ以上に美女であるコパンドンの事が気になるらしく、質問を質問で上書きする。

 

「うちはコパンドン・ドット。バードの彼女や」

「なんだと!? それは勿体ない! バードは人間のクズだ。貧弱で泣き虫で浮気性で甲斐性無し。これまで多くの女性がその毒牙に掛かってきた正真正銘の鬼畜だぞ。この間も、バードのせいで心に一生物の傷を負ったカード魔術師が……」

「な、なにをでたらめ言うんですか!?」

「ふん、半分以上は事実だ。と言う訳で、そんなクズにはさっさと見切りをつけて、この空前絶後の超英雄である俺様の女になれ」

 

 バードを見下しながらランスがそう口にするが、コパンドンはそんなランスを鼻で笑う。

 

「何をバカ言うとんねん。バードがあんたなんかより下な訳ないやろ。なんてったって、バードは将来を約束された大吉君なんやで!」

「あの……さっきから仰っている大吉とか凶とかっていうのは……」

「奴隷風情が気安く話し掛けんといて」

「あっ……」

 

 リーザス解放戦、闘神都市の冒険と、周囲にはシィルに対して優しく接してくれる仲間たちが多かったため、久しくランス以外の人間から奴隷扱いを受けていなかったシィル。コパンドンの発言に少し堪えたのか、シィルが少しだけ悲しそうな顔をする。

 

「ま、今は気分がええから特別に教えたる。ええか、人間ってのはみんな運命に沿って生きとるんや。逆らう事なんかでけへん。で、このバードはうちが占った結果、1000人に1人いるかいないかっていう大吉君なんや!」

「バードが大吉……? がはははは、ありえんな! 本当に大吉だったら、ラン程度の相手に左腕を斬り落とされたりはせん!」

「さり気なくランさんにも失礼です、ランス様……」

 

 バードが大吉と聞いて大爆笑するランス。これまでのバードを知っていれば、当然の反応とも言えるだろう。

 

「笑うな! バードは正真正銘の大吉君なんや! あっ、因みにうちも大吉や。大吉同士のカップル、もう素晴らしい将来は決まったも同然や!」

「その占い、効果ないんじゃないか?」

「うちの力を疑っとるんか? その挑発、乗ったる。特別にあんたの事も占ったる! ま、あんたなんかは占うまでもなく凶に決まっとるけどな。恐かったら止めてもええんやで」

「ふん、俺様に恐い物などあるか!」

「よっしゃ、じゃあ占ったる!」

 

 コパンドンの挑戦的な言葉を一蹴するランス。その反応を見たコパンドンはふん、と鼻で笑い、担いでいた鋼鉄製のお神籤をドン、と目の前に置く。こんな野蛮そうな男の運勢が良い訳がないと確信しているのだ。

 

「いくで! おーみーくーじー!!」

「空に投げるんですか!?」

 

 突如コパンドンが鋼鉄のお神籤を両手で持ったかと思うと、勢いよく空中へと放り投げた。予想外の行動に思わずシィルが声を漏らす中、お神籤は上空20メートルほどでくるくると三回転。と、コパンドンがそれを追うように空中へと跳び上がり、回転の止まったお神籤をガシッと両手で掴んだ。

 

「開運!!」

「地面にめり込んでいます!?」

「ダイナミックな占いだな……」

「(白……)」

 

 勢いよく地面へとお神籤を投げるコパンドン。ツッコミ役不在なためシィルがツッコミに回り、ランスはポリポリと頬を掻きながらその様子を見ていた。跳び上がったコパンドンの真下にいたバードは、コパンドンのパンツを見て少しだけ頬を赤らめている。ニュッとお神籤から出てきた棒を、空中から降りてきたコパンドンが手にとって引き抜く。

 

「ふぅ……これがあんたの運命やで。ま、気を落とさんでな。凶なんていう残酷な運命やけど、強く生きるんやで」

「……大吉って書いてあるぞ」

「な、なんやてぇ!?」

 

 コパンドンが慌てて棒に視線を落とすと、そこには確かに大吉と書かれていた。信じられないといった様子でまじまじとお神籤を見るコパンドン。

 

「がはははは! ま、当然の結果だな」

「流石です、ランス様。ぱちぱち」

「嘘やろ……大吉って、こんな短期間に何度も出るようなもんやないのに……」

「そうだ。バードといるのは大吉だからという理由だったな? なら、俺様も大吉だぞ。さあ、俺様の下へ来い! どうせ貴様らは迷子なんだろ? 大吉の俺様と一緒にいれば、すぐに脱出出来るぞ」

「た、確かに迷子やけど……」

「(ランス様……私たちも迷子です……)」

 

 両腕をわきわきと動かし、コパンドンに誘いかけるランス。困ったようにしているコパンドンと、不安そうにしているバード。ちらりとバードを振り返り、次いでランスの顔を見たコパンドンは一つの結論を出す。

 

「同じ運命やったら、当然イケメンや!」

「ほっ……」

 

 グッとバードの腕を掴んで自分に引き寄せるコパンドン。安堵のため息をつくバードとは対照的に、ランスは見るからに不機嫌そうな顔になる。

 

「俺様よりバードの方がイケメンだと!? 目は確かか!?」

「確かや。あんたは不細工って訳やないけど、ちょっとばかし口が大き過ぎや」

「なっ……」

「(あっ……ランス様がショックを受けている……)」

 

 コパンドンにハッキリと口がでかいと言われ、珍しくショックを受けるランス。そんなランスをハラハラとした様子で見守るシィルであったが、シィルの心配を余所にすぐさまランスは立ち直ってバードを睨み付けた。

 

「バード、貴様にはこんな美女は勿体ない。シルバレルで我慢しておけ。ほら、金をやるからさっさと別れろ」

 

 チャリン、とバードの前に100GOLDを投げるランス。その態度にバードも怒りを覚える。

 

「ふざけないでください! 彼女は物じゃないんですよ!」

「ふん……」

「(ああ……予想通り険悪なムードに……)」

「(とりあえず金は拾っとこ)」

 

 睨み合うランスとバード、ハラハラとした様子のシィル、100GOLDを足で踏んづけてずりずりと自分の方へと寄せるコパンドン。不穏な空気が辺りを包む中、先に動いたのはバード。

 

「それじゃあ、僕たちはこの辺で失礼します!」

「なんだ? 迷子なんだから俺様たちと一緒に行動はしないのか?」

 

 珍しく一緒に行動しようと誘うランスだったが、目的は当然コパンドンの寝取りである。それを薄々感づいているバードは、キッパリと拒絶の意思を表した。

 

「僕たちは僕たちで行動します! それでは!」

「バイバイ、二人目の大吉君」

 

 逃げるようにそそくさと立ち去っていくバードと、その後ろを歩きながらヒラヒラと手を振ってくるコパンドン。ランスが大吉と知り、若干だが接し方を柔らかくしたようだ。

 

「ふん、まあいい。コパンドンを手に入れるチャンスはいくらでもある」

「あの……やっぱりコパンドンさんにも手を出されるつもりなのですか……?」

「当然だ。俺様に抱かれるのは女にとっても幸福なのだから仕方のない事だ、うむ」

「……あれ? ランス様、あちらから光が……」

「なにぃ!?」

 

 ランスがふんぞり返っているのを困ったように見ていたシィルだったが、バードたちが歩いて行った方向とは別の方向に、光が射し込んでいることに気が付く。シィルの言葉にランスも反応し、二人でそちらに駆けていく。

 

「あっ、出口ですランス様!」

「がはははは! やはり俺様は大吉だな!」

 

 目の前に現れたのは、光が射し込む迷宮の入り口。自分たちが入って来たのとは違うが、外界に繋がっているのは間違いない。ランスが笑いながらその出口を潜ろうとした瞬間、その体を眩い光が包んだ。あまりの眩しさに一歩先も判らない状態になるが、気にせず前に突き進む。そこに出口があるのだから。すると、光が収まってくる。目の前には、外の世界ではなく不思議そうな顔をしているシィルがいた。

 

「む? シィル、俺様よりも先に外に出ているとは生意気だぞ!」

「違います、ランス様。外に向かって歩いていたはずのランス様が、光の向こうからこちらに戻ってきたんです」

「なにぃ!? もう一度だ!」

 

 シィルの言葉にランスが驚き、もう一度出口に向かって走る。が、眩い光がランスの体を包んだと思うと、先程と同じようにこちらに戻ってきてしまった。その不思議な現象を目の当たりにして、シィルが一つの結論に至る。

 

「結界です。どうやらこの出口には、外に出られないよう結界が張られているみたいです」

「なんだと!? シィル、その結界は壊せないのか?」

 

 ランスの言葉を受けてシィルが一歩前に出て、眩い光に手を向ける。数秒の後、シィルは残念そうに首を横に振った。

 

「駄目です。とても強力な結界で、私では破壊出来ません。志津香さんだったら壊せたのかもしれませんが……」

「使えん」

「すいません……」

 

 折角見つけた出口であるが、使えそうに無い事が判りランスが大きくため息をつく。

 

「まあいい。別の出口を探すぞ。ちっ、こんな事ならルークと志津香を誘っておけば良かったな」

「えっ? ルークさんもですか?」

 

 踵を返して別の出口を探すべく歩き始めたランス。シィルも慌ててその後に続くが、ボソリと呟いたランスの言葉に首を捻る。

 

「志津香は未だに俺様に抱かれるのを拒否している恥ずかしがり屋だからな。多分、俺様が誘っても断られる。無理矢理連れて行こうとすれば粘着地面が飛んでくる。まあ、俺様が本気を出せば連れて行けなくもないが、下手したら白色破壊光線が飛んできかねん。冒険でも無いところで流石にそれは馬鹿らしい」

「(抱かれるのを拒否している理由は恥ずかしいからじゃないと思いますが……)」

「だが、ルークがいれば何だかんだ言いつつ志津香はついてくる、多分」

「(あ、それは多分当たっています……)」

 

 シィルが頭の中にぼんやりと志津香の顔を思い浮かべる。そして、ランスが近づいた瞬間に粘着地面を撃つ光景と、ルークが近づいた後に二、三小言を言い、それでもルークと一緒に歩き始める光景が思い浮かぶ。

 

「あいつらは両親の仇討ちとかで妙に仲が良いからな。仇討ちなんぞ面倒なだけなのに、なんでルークは協力しているんだか……」

「志津香さんのご両親は、ルークさんの恩人でもあるみたいなんです。だから協力をしているのかと……」

「ふん、下らん。過去を振り返るなど三流のやることだ。俺様のような一流は常に未来を見て動くのだ、がはは!」

 

 ランスがルークと志津香の仇討ちをくだらない事だと切り捨てるが、志津香が死にものぐるいで両親の仇を捜しているのをシィルはこれまでの付き合いで知ってしまっている。だからこそ、ランスのこの言葉には素直に頷けずにいた。と同時に、一つの疑問を口にする。それは、話の流れから出ただけの、たわいもない質問。そのはずだった。

 

「ランス様には、絶対に倒したい仇はいらっしゃらないのですか? ……っ!?」

 

 瞬間、シィルは異変を察する。それは、ずっとランスを見てきたシィルだからこそ感じ取れた、些細な違和感。今の質問を聞いたランスの反応が無表情なのだ。肯定も否定もしない。怒りでも悲しみでもない。だが、何かがおかしい。無表情でありながら、微かに放たれているそれはまるで、殺意のような何か。

 

「……いないな。むかつく奴は片っ端から殺して来たから、仇のような奴は存在せん。がはは、俺様最強!」

 

 だが、それもほんの一瞬。次の瞬間には、ランスはいつも通りの調子に戻っていた。気のせいだったと思いたいシィルだったが、両の手のひらは今の異変を感じ取った証拠である汗をびっしりと掻かれていた。

 

「(ランス様にも……仇が……?)」

 

 その問いを口にすることは出来ない。それは、恐怖からではない。この質問をすれば、きっとランスは悲しむ。理由は判らないが、本能的にそう感じるシィル。その前を笑いながら歩いているランスの脳裏に浮かんでいるのは、かつての出来事。

 

 

『何で俺を庇ったんだ!』

 

 頬に当たる雨の中、今より少しだけ若い姿のランスが叫ぶ。目の前に倒れているのは、女戦士。ランスが冒険のいろはを教わった、姉のような、師匠のような、大切な存在。その命が、今失われようとしていた。ゆっくりとした動きで、その手がランスの頭を撫でる。

 

『馬鹿だね……理由なんて……ないよ……』

 

 ランスの頬を涙が伝う。今まで生きてきた中で、数えるほどしか流した事のない涙だ。その顔を見て静かに微笑んでいた女戦士の腕が、ゆっくりと、地面に落ちていく。女戦士は、自分を庇って死んだ。狙われたのは自分であった。狙ったのは、頭の左半分から女性の上半身が生えている異形の男。既にこの場にはいない。女戦士を撃った後、即座に逃げ去ったからだ。突如として目の前に現れたその男は、一瞬の躊躇いもなくランスの心臓を狙って光線を放ってきた。だが、光線は間に割って入った女戦士に命中し、その命を奪うことになる。このとき初めて、異形の男は感情のようなものを見せた。そして、放たれた言葉はランスに更なる怒りを注いだ。

 

『違う人間を殺してしまうとは……私とした事がな……』

 

 殺す人間を間違えたと、ハッキリと言って述べたのだ。判っている。自分を殺すつもりだったのは判っている。だが、それでは何故女戦士が殺されなければならないのか。様々な感情がランスの胸をぐるんぐるんと回る中、異形の男はランスを見下ろしながら口を開く。

 

『貴様の命は見過ごしておいてやろう。拾った命で生を満喫すると良い。それでも……もし私が許せなければ、憎しみが消えなければ、命を賭して殺しに来い』

 

 それが、去り際に放った言葉。そこに謝罪というものは感じられず、まるで自分のミスだけを悔いているかのような上からの物言い。そして、そんな男に見逃されたという屈辱。そのときの気持ちを、ランスには言葉で言い表せない。だが、ただ一つ確かな事がある。それは、あの男だけは自らの手で殺すという事だ。

 

 

「……ふん」

 

 一言だけ吐き捨て、ランスが洞窟の奥へと進んでいく。あの男の情報はない。名前も、殺しに来た理由も、何一つランスは掴んでいない。だが、奴とはいずれまた出会う。そんな気がしていた。

 

「……シィル!」

「は、はい!?」

 

 くるりと振り返ってきたランスに驚くシィル。その顔が、真剣そのものだったからだ。まさか、先程の仇の事を言うつもりなのだろうかとシィルが息を呑む中、ランスがゆっくりと口を開いた。

 

「ヤるぞ」

「……へ?」

「がはははは! 俺様がヤるといったら一つしかないだろうが! さあ、服を脱げ!」

「きゃっ、こ、ここでですか!?」

 

 ランスがシィルを押し倒し、慣れた手つきで服を脱がしていく。いつも通りの光景が繰り広げられ、この場で五発もヤられてしまっている内に、シィルは先程の一件を忘れてしまうのだった。

 

 

 

-どこかの砂漠-

 

 ここは、広大な砂漠地帯。照りつける太陽に見渡す限りの砂。砂漠といえば有名なのはキナニ砂漠だが、ここはキナニ砂漠ではない。とある洞窟の奥深く、不思議な結界を越えた先に広がっている砂漠である。その砂漠を歩く、五つの影。

 

「ねぇ、まだなの?」

「もうそろそろオアシスに着くはずなんだけどな……その場所から南に1キロほど行った場所に、決められた月夜にだけ現れる不思議な塔、それがギャルズタワーだ!」

 

 ぷらぷらと口に加えた空き缶を動かすのは、ロゼ。そのロゼの問いに答えたのは、依頼主である冒険家の男、名を凱場マックという。とある冒険で発見したという古い地図を睨みつつ、砂漠を案内する。

 

「暑いですね……セシルさんはどうして涼しい顔をしているんですか?」

「これでも結構堪えているぞ。一々顔に出さないだけだ。冒険に慣れれば、自然とそうなる。あいつもそうだろ?」

 

 流れる汗をしきりに拭いているのは、キースギルド所属の女冒険者、シトモネ。その横を歩くのは、腕利きの傭兵であるセシル。依頼者である凱場は除いたとして、この三人に大した接点はない。シトモネに至っては、二人と初対面なのだ。この三人を繋いでいるのは、セシルが今口にした男。凱場と並んで先頭を歩き、手には先程何故か砂漠に置かれていた自販機で買ったパワー塩水なる缶ジュースを持っている。黒髪に漆黒の剣、先程ランスたちの話題に挙がっていた男、解放戦の英雄、ルーク・グラントだ。

 

「……オアシスらしきものが見えたな。みんな、後少しだぞ」

「提案なんだけどさ、帰らない? もう暑いの、なんのって」

「一番涼しそうな格好をしているんだから我慢しろ」

 

 下着にマントという、町を歩いていたら捕まりそうな格好のロゼに苦言を呈すルーク。救世主たり得る男が二人、ひとりぼっちの女の子の下へ着実に近づいているのだった。

 

 




[人物]
ランス (5D)
LV 24/∞
技能 剣戦闘LV2 盾防御LV1 冒険LV1
 鬼畜冒険者。ハピネス製薬の事件からまだ二ヶ月ほどしか経っていないため、レベルはそれなりに高い状態である。闘神都市での記憶も薄れてきたため、再びシィルを連れて行動するようになった。

シィル・プライン (5D)
LV 21/78
技能 魔法LV1 神魔法LV1
 ランスのパートナー。また一緒に連れて行って貰える事になり喜んでいる。ハピネス製薬の事件では留守番だったため、久しぶりの冒険になる。ええ、留守番していましたとも。

バード・リスフィ (5D)
LV 16/42
技能 剣戦闘LV1
 色々と残念な冒険者。訳も判らないままキサラに一方的に振られてしまったため、とりあえず町でナンパをしてみたところ、そのナンパ相手であるコパンドンに気に入られ、新たなパートナーとなる。コパンドン曰く大吉君だが、どう考えても大吉とは思えない運勢である。

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