ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第145話 悲しい夢

 

 それは、何を意味していたのだろうか。

 

「……ん?」

 

 まどろみの中、フェリスが目を開く。おかしい。玄武城の宴会会場ではない。ぼんやりと靄が掛かっているが、辺り一面に砂が広がっている。ここはどこかの砂漠だ。

 

「フェリス」

「どうしたのよ、ぼうっとして」

 

 振り返ると、そこにはルークとロゼが立っていた。少し離れた場所に、他にも三人ほど立っているのが見える。だが、そちらの三人には顔に影が掛かっており、よく顔が判らない。しいていうならば、その中の魔法使いの服装には多少見覚えがあった。あれは確か、ロリータハウスの一件。あの時にいた魔法使いではなかろうか。そんな事をフェリスが考えていると、目の前に立っているルークとロゼが再度口を開く。

 

「……フェリス、本当にどうかしたのか?」

「調子でも悪いの?」

「……ん? ああ、今日はフセイの……」

 

 そう言いかけて、フェリスは自身の体に気怠さが無い事に気が付く。フセイの日特有の気怠さが感じられない。いつの間にやら、フェリスのフセイは完治していた。首を傾げながらも、特に深くは考えずに会話を続ける。

 

「いや、大丈夫だ。それで、今日はどういう要件で呼び出したんだ?」

「中々面倒そうな敵が出たんで、手伝って欲しくてな」

 

 ルークがそう言いながら少し離れた場所を指し示す。そこには、こちらも靄が掛かっていて良く見えないが、巨大な化け物がそびえ立っていた。確かにあれは手こずりそうな相手だ。一度ため息をつき、ニヤリと笑うフェリス。

 

「しょうがないね、私はお前の使い魔だからな。手伝うさ」

 

 そう口にしながらフェリスは鎌を手に取る。だが、目の前のルークは何故か剣を握っておらず、真剣な表情で真っ直ぐとこちらを見ていた。そして、ゆっくりと口を開く。

 

「フェリス、俺はお前を使い魔とは思っていない。大切な仲間だ」

『俺はもう、フェリスを使い魔として見ていない。大切な仲間だ』

 

 それを詭弁だと笑い飛ばすのは簡単であった。だが、フェリスは知っている。その言葉を目の前の男は本心で語っている事を。闘神都市で真剣にその事をロゼに語っていた事を。ルーク、ロゼ、そしてフェリス。奇しくもあの時あの場所にいた三人が揃ってしまっている。その事が否応にもあの時の事を思い出させ、自然と感極まる。だが、涙は見せない。この男にそんな弱いところは見せたくない。溢れ出そうになる涙をグッと堪え、フェリスは静かに笑う。

 

「またお前はそんな事を……」

「まあ、性分でな」

「変人だからねー、こいつ」

 

 感情を上手く隠せたかは判らない。だが、ルークとロゼも自然な笑みを返してくれている。そんな二人の対応が嬉しかった。フェリスは視線を化け物の方に移しながら、静かに口を開く。

 

「……一度しか言わないから、良く聞いておけよ」

「ん?」

「私もさ……」

 

 自身の頬が恥ずかしいくらいに紅潮しているのは判っていた。こんな事、何度も言えるものでは無い。だからこそ、たった一回だけ、フェリスはその言葉を口にした。

 

「私も、お前の事は大切な仲間だって……相棒だって思っているよ」

「ふっ……」

「あらあら……」

 

 今のルークがどんな顔をしているのか、振り返る事が出来ない。だが、嬉しそうに息を吐いたのは耳に入ってきた。それに続くように、ルークが剣を抜きながら歩みを進め、フェリスの横にスッと立った。視線を感じる。ここまで来たからには、見ない訳にもいかない。意を決してフェリスが横を向くと、そこには気持ちの良い笑顔を向けているルークの顔があった。その顔を見た瞬間、フェリスの胸にどこか心地よい風が吹く。これは恐らく、かなみや志津香が抱いている感情とは違う。この男と、対等に肩を並べていたい。そして、その夢の先を最後まで隣で見ていたい。そんな感情。

 

「行くぞ、フェリス!」

 

 それは、何度も聞いた言葉だ。ランスやサイアスに掛けるような口調。こちらの戦闘力に絶対の信頼を置いてくれている、そんな声色。だからこそ、フェリスもしっかりと鎌を握りしめながら返事をする。

 

「任せておきな、ルーク!」

 

 そして、化け物に向かって共に駆けていく。これまで何度もあった光景であり、これからもずっと続くと信じて疑わなかった光景。

 

 それは、悲しい夢。

 

 

 

-玄武城 宴会会場-

 

「んっ……」

 

 気怠さを感じながら、フェリスがゆっくりと目を開く。視線に入ってくるのは、見慣れぬ天井。静かに視線を横に動かすと、豪華な食事がずらりと並んでいる。こちらには見覚えがある。

 

「(宴会会場……そうか、宴会中に眠っちまったのか……)」

 

 ぼんやりとした頭でそう考える。先程まで何やら夢を見ていた気がするが、どうにも夢の内容は思い出せない。何となく、良い夢だった気がするのは気のせいではないだろう。体を起こそうとした瞬間、ガンと頭が痛んだ。何時間寝ていたか判らないが、体調が悪いのにこんな場所で寝てしまった事から、どうやら体調が悪化してしまったようだ。

 

「(しまったな……こんな場所で寝ちまうなんて……寝る……? こんな場所で……?)」

 

 反省するように心の中で呟くフェリスだったが、自身でそのおかしさに気が付く。何かが引っ掛かったのだ。痛む頭で必死に眠る前の事を思い返す。豪華な食事、倒れていく仲間、そして、申し訳無さそうな目でこちらを見るリズナ。瞬間、フェリスは全てを思い出した。

 

「あいつ! げほっ、げほっ……」

 

 すぐに起き上がるフェリス。ガンガンと頭が痛み、咳き込みもした。だが、今はモタモタしている訳にはいかない。すぐに部屋の中を見回すが、そこに目当ての相手はいない。それではと部屋を駆けていき、勢いよく宴会会場の隅にあった扉を開ける。宴会中景勝が隠れ潜んでいた場所だ。だが、今はもぬけの空。

 

「やられた……」

「んっ……あれ……私、いつの間に寝て……」

 

 フェリスがドタドタと部屋を駆けていたのが聞こえたのか、フェリスと同じように宴会会場の床で眠っていたシィルが目を覚ます。ぼんやりとした表情でフェリスの顔を見てくる。

 

「フェリスさん……あれ、どうかされたんですか?」

「シィル、急いで他の奴等を起こせ! げほっ、げほっ……私たちはハメられた……目的は判らないが、リズナがランスと一緒に姿を消した」

「えっ!?」

 

 思いも掛けぬ言葉を聞き、シィルの意識が覚醒する。すぐに辺りを見回すと、そこには先程までの自分と同じように床で眠っているあてな2号たちの姿がある。一見、宴会で盛り上がり過ぎて酔いつぶれたようにも見えるが、シィルの記憶ではまだみんなそこまで呑んではいなかった。何よりも、信頼の置けるフェリスが真剣な表情でこちらを見ているのだ。シィルはすぐに体を起こし、しっかりと頷く。

 

「はい! あてなちゃん、起きてください」

 

 シィルが他の者を起こしている間にフェリスは最上階まで駆け上がり、リズナの部屋を確認する。そこは、以前来たときとは違いがらんどうとしていた。荷物が明らかに減っている。まるで、夜逃げでもしたかのような状態だ。

 

「って事は、この城にはもういないか……げほっ、げほっ……」

 

 急いで城を駆け上がってきたため、更に体調が悪化しているのが自分でも判る。だが、それでも止まる訳にはいかない。宴会会場へと駆けながら、痛む頭でフェリスは必死に考える。何故自分たちを眠らせ、何故ランスだけ連れて行ったのかは判らない。そんな理由は後で知ればいい。今考えなければいけないのは、リズナたちがどこに消えたかだ。それには圧倒的に情報が不足している。自分が呼び出されたのは、ランスたちがこの玄武城に到着してから少し経ってからだからだ。ならば、足りない情報は埋めるのみ。

 

「シィル、他の連中は起きたか?」

「あ、フェリスさん」

「ちょっと、状況を説明してよ……」

「頭の中がなうろーでぃんぐ状態なのれす……」

 

 宴会会場まで駆け下りてきたフェリスが見たのは、寝起きで不機嫌のまじしゃんと寝ぼけ眼のあてな2号。和華ととっこーちゃんはまだ眠っている。

 

「すいません、お二人は眠りが深くて……」

「……そういや、とっこーちゃんは豆腐を二つ食ってたな。しゃあない、その二人は寝かせておけ」

 

 すやすやと眠る二人を見てごま豆腐の一件を思い出すフェリス。十中八九、あの豆腐に薬が盛られていたに違いない。となれば、とっこーちゃんはそう易々とは起きないだろう。和華は豆腐を食べていないが、彼女の眠りが唐突な上に深いのは絵の時に見ている。今はこの二人を起こしている時間が惜しい。

 

「シィル、リズナの行きそうな場所に心当たりはあるか?」

「リズナさんですか……それは……えっと……」

「あいつがどうかしたの?」

「私たちはリズナに一服盛られたんだ」

「へっ?」

 

 まじしゃんが呆けたような顔になる。どうやらシィルから話を聞いていなかったようだ。

 

「ちょっと待って。私たちを眠らせて、あの人間に何のメリットがあるっていうの? あのランスと姿を消したって事は、駆け落ちしたかったとか?」

「許せないのれす。あてなに黙っての駆け落ち……ここがあの女のハウスなのれす!」

「そ、それは無いと思いますけど……」

「そうだな……」

 

 最上階でのやり取りを思い出すフェリス。部屋から聞こえてきた声から察するに、リズナは別にランスを好いてはいない。それ以外に何らかの理由があるという事だ。

 

「げほっ、げほっ……とにかく、二人を捜すぞ。理由はそれから考えればいい」

「了解なのれす! 忠犬あてなの鼻は良いのれすよ、わんわん!」

「んー……」

「それで、心当たりは思い浮かんだか?」

「自信は無いですけど、ここから行ける場所で考えられるのは二つかと……」

 

 状況整理をしたフェリスがシィルの顔を見直す。先程まで考え込んでいた様子だったが、どうやら考えが纏まったらしい。ピンと人差し指を立てて、思い浮かんだ一つ目の場所を口にする。

 

「一つは南の門の先。リズナさん曰く脱出口ですし、元々宴会後はそこに向かう予定でした」

「そうだな。そう考えるのが普通だ……だが……」

「どこまであの人間の言葉を信じていいのかって事よね……」

「ああ……」

 

 シィルの言うように、南の門を潜ってその先に向かった確率は高い。暗黒ヒマワリを退治させたのもそのためな訳だし、南の門が通れるようになったから計画を実行したと考えるのが自然だ。だが、まじしゃんの言う事も一理ある。自分たちを騙したリズナの言葉をどこまで信じるのか。そもそも南の門の先に脱出口はあるのか。それはシィルも考えていた事のようであり、静かに頷きながら人差し指に続き中指も立てる。

 

「二つ目は私たちの入って来た西門の先です。その先には森や鍾乳洞が広がっていて、そこを抜けると脱出口があります」

「でもでも、その脱出口は結界で塞がれていたのれすよね?」

 

 合流後にランスとシィルから鍾乳洞エリアの脱出口の話を聞いていたあてな2号がそう聞き直す。話によれば、その脱出口は使い物にならないはずだ。

 

「はい。でも、リズナさんならその結界を解除する方法を知っている可能性が……」

「確かに、十分有り得るわね。何せこの城の主みたいなもんだし」

「南の門は囮か……?」

 

 流石に考えすぎな気もするが、可能性はゼロではない。自分たちが目を覚ました後に時間稼ぎをするため、南の門を囮に使ったのかもしれない。となれば、二手に分かれるのが得策。

 

「可能性の高そうな南の門の先には私が行く。シィル、あてな、まじしゃんは西の門へ」

「(あ、リバしゃん呼ばわりじゃない。真面目な状況だからって事?)」

「二手に分かれるなら、二人ずつでは……?」

「戦力を考えたら妥当な分け方だろう? げほっ、げほっ……」

 

 シィルの疑問に対しフェリスがニヤリと笑うが、直後に咳き込む。シィルから見てもフェリスの体調は悪化している。その証拠に、また少し背が縮んでいる。だが、戦力的に妥当な分け方という言葉には否定出来ない。確かに今の状況のフェリスでも、自分たち三人が束になって掛かっても敵わないだろう。

 

「行くぞ!」

「は、はい!」

 

 こうして玄武城を駆け下りていくフェリスたち。未だ目的の見えぬリズナの行動であったが、彼女たちはこのすぐ後にリズナの目的を知る事になる。

 

 

 

-砂漠地帯-

 

「リズナちゃん、オアシスはまだか?」

「もう少しのはずです……」

 

 月夜の砂漠に人影が二つ。面倒臭そうな表情で歩いているランスと、大荷物を背負ったリズナだ。だが、何かおかしい。二人はとても不細工なお面をつけているのだ。

 

「うーむ、何度見ても不細工なお面だ。というか、どこかで見覚えが……」

「これはシルバレルお面。伝説級の不細工だという女性のお面です」

「シルバレル……?」

 

 どこか聞き覚えのある名前にランスは記憶を掘り返す。頭の中に蘇るのは、ハピネス製薬の社屋。ローズが頬を赤らめながら手を振っており、キサラが満面の笑みでこちらを見ている。その横には何故かパーティも立っている。彼女への拷問は中々に楽しめた。更に横に立っているのは、アーニィと如芙花の二人。結局この二人とヤる事が出来なかったのは心残りの一つでもある。その後ろには、結局最後まで正体の判らなかったピンク仮面も立っている。一体彼女は何者だったのだろうか。そして最後、ピンク仮面の横にハピネス製薬の制服を着た女性が立っている。だが、顔にモザイクが掛かっていて思い出せない。

 

「うーむ、気のせいか」

 

 ランスは自身の記憶を自ら消去していた。それ程思い出したくない過去だったのだろう。

 

「それで、この不愉快なお面を付けていればその鬼ババアとかいう敵と戦わなくて済むと」

「はい。砂漠の主である鬼ババアは自身の顔にコンプレックスを持っているため、普通以上の容姿を持った者と出会うと即座に襲い掛かってきます」

「ふん。そんな奴、俺様の敵では無いというのに」

「いけません。鬼ババアは無敵の存在と呼ばれています。決して敵う相手では……」

 

 そうリズナが言いかけた瞬間、ランスとリズナの視界に何やら巨大な物体が飛び込んでくる。目を凝らして見ると、どうやら生物のようだ。丁度進行方向にあったため、スタスタと近づいていく二人。全長何メートルほどあるだろうか。既に息絶えている巨大な生物を見上げながら、リズナがポツリと言葉を漏らす。

 

「鬼ババア……嘘? 死んでいる……?」

「なんだ、これが鬼ババアか。って、そうとなったらこんなお面付けている必要ないではないか!」

 

 バシッと勢いよく地面へとシルバレルお面を叩きつけるランス。そのまま二、三度足で踏みつけているのを横目で見ながらリズナもシルバレルお面を顔から外し、呆然とした表情で鬼ババアを見上げる。初めて見るが、噂に違わない強さである事が感じ取れる。既に死んでいるのに、自然と身震いしているからだ。

 

「一体誰が……」

「ふん、まあまあ強そうだが、この程度ならば俺様の敵では無さそうだな」

「えっ?」

 

 シルバレルお面を踏み終えたランスが、今度は鬼ババアの死体を蹴っている。その口ぶりを聞き、驚いたように目を見開いてランスの顔を見るリズナ。今の発言が虚勢である風には感じなかった。目の前の男は、これだけの化け物を見て平然と勝てる相手だと言ってのけたのだ。

 

「この斬り口……いや、まさかな……」

「ランス様……その、本当に鬼ババアに勝てたと……?」

「ん? うむ。確かにそんじょそこらの雑魚ではなさそうだが、この鬼ババアよりも遙かに強い敵と俺様は何度も戦ってきている。勿論、全て俺様が勝ってきたがな」

 

 ラギシス、トーマ、サテラ、ノス、ジル、ボォルグ、ディオ、パイアール、ユプシロン。ランスの言うとおり自ら倒した相手もいれば、たった一度だけ邂逅しただけの相手もいる。だが共通して言えるのは、間違いなく鬼ババア以上の強敵たちであったという事。となれば、こんな相手にびびるランスではない。だが、リズナにはその背中が妙に大きく映った。

 

「(もしかして、この人は本当に救世主様なのかも……)」

「お、あれじゃないか?」

 

 ランスがビシッと視線の先を指差す。そこには、月夜の砂漠にうっすらと浮かび上がっている塔があった。

 

「いえ、あれはオアシスでは……なんでしょう、あの塔……」

「じゃあ、あっちか?」

 

 クルリと90度ほど別の方向に体を動かしたランスは、もう一度視線の先を指差す。そこにはキラキラと輝くオアシスと、それに負けぬほどの電飾の輝きを放っているホテルがあった。

 

「あ、そうです。あれです。あそこが砂漠のホテルです」

「がはは、では突貫だ! リズナちゃん」

 

 スッとリズナの目の前にランスの手が差し出される。その手をすぐに握り返すリズナ。先程までの、ただ目の前の男を騙すためだけの行動とは違う。自らの意志で握ったその手からは、確かな温かみが伝わってきた。これが、人の温もり。

 

「(この人になら……真実を打ち明けても……)」

 

 砂漠を駆けていくランスと、その手に引っ張られる形ではあるが嫌な顔をしていないリズナ。その二人を見ながら、面白くない表情をしているハニワがいた。

 

「まずい……非常にまずい……リズナはあの男を信じかけている……それはいかんぞ、リズナよ……」

 

 それは、心配でリズナの後を追ってきた景勝であった。長年付き添ってきた景勝には、遠目から見たリズナの表情だけで彼女の心の推移が簡単に感じ取れていた。だからこそ、胸中を不安が占める。あの男の本質は鬼畜であり、簡単に信じていい相手では無い。

 

「……いざとなれば、やむを得んな」

 

 少しだけ口惜しそうな、されど決意を含んだ口調でそう言葉を発した景勝。その背後には、三体のプチハニーが立っていた。

 

 

 

-玄武城 城門前-

 

「これは……」

 

 フェリスが信じられないものを見たような表情で後ろを振り返っている。そこには、呆然とした様子で尻餅をついているシィルがいる。スッと前に手を出し、何もない空気中をペタペタと触っている。一見パントマイムで遊んでいるかのようにも見えるが、この状況でそんな事をする娘ではない事は重々承知している。となれば、一体目の前で何が起こっているのか。

 

「シィルちゃん、何を遊んでいるのれすか?」

「と、通れないんです……ここに壁みたいなものがあって……」

「壁?」

 

 なおも呆然とした表情でペタペタと空気中を確かめるように触っているシィル。まじしゃんが眉をひそめ、そのシィルに近づいていく。そのままシィルの手に自らの手を併せ、壁と言われたものを確かめるように魔力を集中させる。僅かにだが感じる、魔力の歪み。恐らく自分はこの魔力の対象外であるため、シィルが言わなければこの存在に気が付けなかっただろう。

 

「……結界があるわ」

「結界!? 本当ですか?」

「ええ。どういった代物かまでは判らないけど……」

『出かける際、奴は忌々しくもわたくしが城から出られないように結界を……』

「……これが目的か!」

 

 瞬間、フェリスは少し前に和華が口にしていた言葉を思い出す。自分でその先の言葉を遮ってしまったが確かに口にしていた。結界、と。発動条件は判らないが、どうやらシィルにだけこの結界が発動しているようだ。

 

「おい、どういう結界か判らないのか?」

「多分、対象を封じ込めておく結界か何かだと思うけど……」

「それじゃあ、なんで今まで出入り出来たんだ!? どうして急にシィルだけが出られなくなったんだ!?」

「ちょっと、止めて、揺らさないで……な、何か条件があるんじゃないの……?」

 

 ガクガクとフェリスに首を揺すられ、気持ち悪そうにしているまじしゃん。リバース寸前といった表情だ。そんな中、条件という言葉を聞いてシィルが眉をひそめる。

 

「条件……もしかして……」

「どうかしたか?」

 

 まじしゃんの肩から手を放すフェリス。すぐさま草むらに駆け込んでいったまじしゃんは放っておきつつ、シィルに何か思うところがあるのかと問いかける。

 

「確信は持てませんが、この結界は一定数以上の対象を閉じ込めておく結界なのかも……」

「一定数……?」

「例えば、今この結界の内部には私と和華さん、とっこーちゃんしかいません。三人を閉じ込めておく結界なのかも……」

「……試してみるか」

 

 確かに考えられる話ではある。今までリズナ、景勝、和華人形、とっこーちゃんの四名はずっとこの城の中にいた。条件が発動しないのも頷ける。フェリスが歩みを進め、結界の内部に入る。そして、首をクイと動かしてシィルに確かめてみるよう合図をする。一度だけ頷き、ゆっくりと立ち上がって歩みを進めるシィル。だが、先程までと同じようにシィルの体は結界に弾かれ、尻餅をついてしまう。

 

「駄目か……」

「一体この結界は……」

「それなら、人間にだけ発動する結界なんじゃないの?」

 

 ガサリと草むらから出てくるまじしゃん。どこか酸っぱい匂いが漂っているのは追求しない事にする。まじしゃんの言葉を聞き、眉をひそめるフェリス。

 

「人間にだけ?」

「結構あるわよ、そういう対象を選んだ魔法」

「確かに、今結界の内部に人間は私一人です」

 

 シィルが目を見開く。確かにまじしゃんの仮説には合点がいく。リズナが自分たちを眠らせたのは、自分をこの城に閉じ込めておくためだったのだと考えた瞬間、背中にゾワリとした何かが走った。もしかして、自分は一生この城に閉じ込められたままなのか。

 

「人間……あてな、こっちに来てくれ。試したい事がある」

 

 フェリスがあてな2号の顔を見ながらそう口にする。人工生命体のあてな2号ならば、もしかしたら結界が人間と認識するかもしれない。だが、あてな2号はブンブンと首を横に振った。

 

「嫌なのれす。あてなはご主人様を捜しに行くのれす。留守番はまっぴらごめんなのれす!」

「あてな……」

「レッツラゴー、なのれす!!」

 

 引き留めようとしたフェリスだったが、あてな2号は聞く耳持たない様子でバタバタと駆けて行ってしまった。チラリとまじしゃんに視線を向けるが、無理だと手を振って合図する。確かに既にあてな2号の姿は見えなくなっているため追うのは無理だろうし、とっこーちゃんが対象になっていない事から女の子モンスターも対象にはならないのだろう。となれば、シィルの代わりに残すのも無理。そんな中、自然とシィルの体が震え出す。

 

「ランス様……」

 

 ランスと離ればなれになり、一人でこの城に残される。それはシィルにとって、耐えられぬ日々。脳裏を過ぎったのは、ランスと出会う前。奴隷として売りに出され、希望を抱くことすら出来なかった日々のこと。あのような絶望的な日々がもう一度繰り返されるのかと震え上がるが、その肩にそっと優しく手が添えられた。フェリスの手だ。

 

「任せな。必ずランスは見つけてくる」

 

 そう口にすると同時に、フェリスは背中に付いた両翼を広げた。フワリとフェリスの体が浮き上がり、そのまま結界の外へと飛んでいく。一度振り返り、眼下のまじしゃんに向かって指示を出す。

 

「お前は鍾乳洞の方を! あてな一人じゃ不安だ」

「この状況、一人にしたら逃げ出すとか考えないの……?」

「頼む……」

「……まあ、いいけどさ」

 

 正直な話、まじしゃんがそこまで義理立てするような事ではない。だが、真剣な表情で頭を下げるフェリスに向かって嫌だと断る事は出来なかった。まじしゃんの返事を確認したフェリスは一度だけシィルを見て微笑み、すぐさま身を翻して猛スピードで空を飛んでいった。それを見たシィルはすぐさま叫ぶ。

 

「フェリスさん、無理は駄目です!」

 

 これまでフェリスは空を飛んでいなかった。あの長い玄武城を上る時も、洞窟を歩いていた時も、暗黒ヒマワリとの戦闘でもすべてその足で歩いていた。それ即ち、空を飛ぶのは今のフェリスにとって負担になるという事。そんな彼女がたった今全力で空を駆けていった。シィルが心配するのも無理はない。

 

「げほっ、げほっ……待ってな、シィル……」

 

 そのシィルの叫びを確かに背中で受け止めながら、されどフェリスはスピードを落とす事無く空を駆けていった。

 

 

 

-ギャルズタワー 20階-

 

「ぐあっ……」

「ほほほほほ! 気分爽快なのじゃ!」

 

 凱場が壁に叩きつけられ、口から血が吐き出される。それを見て頬を緩ませるのは、今し方凱場の体を力任せに壁へと放り投げた金竜。

 

「がぁぁぁぁ!」

「おっと……ふむ、中々の力量じゃ。褒めて使わすぞ、悪魔」

 

 直後、背後からダ・ゲイルの鋭い爪が振るわれる。それを片腕で難なく受け止め、ニヤリと笑いながら強烈な蹴りをダ・ゲイルに向かって放つ。腹部に直撃し、苦悶の表情を浮かべたダ・ゲイルだったが、すぐに大きく口を開けて得意の炎を放つ。

 

「ぶばぁぁぁぁぁ!!」

「キムチキムチ……おいしー!!」

 

 だが、懐からキムチを取り出して一口頬張った金竜は自らも炎を口から放った。威力は互角であり、相殺される互いの炎。ダ・ゲイルが驚愕している中、金竜はすでに行動を映していた。猛スピードでダ・ゲイルに迫り、勢いをそのままに飛び膝蹴りをかます。ぐらりと揺れるダ・ゲイルの体。

 

「ぬぅっ……」

「ほほほほほ! わらわは最強の女の子モンスターなのじゃ! 頭が高い!」

「伊達じゃないわね……完全に押されている……」

 

 目の前で繰り広げられる激戦を冷静に分析するのは、後衛で回復魔法に専念しているロゼ。だが、手が追いつかない。今し方吹き飛ばされた凱場は立ち上がって来ず、ダ・ゲイルも金竜との攻防で生傷が増えている。そして、もう一人。

 

「セシルさん……」

 

 そう漏らしたシトモネの視線の先には、床に崩れ落ちたセシルの姿があった。その側には、クスシも気を失って倒れている。

 

「いやぁ、見事な姉ちゃんだねぇ。特攻仕掛けてくるとは……」

 

 倒れているセシルを見下ろしながら、最強魔女がその行動を褒め称える。少し前までバルキリーや金竜と代わる代わる戦っていたセシルであったが、やはりどちらも格上の存在。徐々にその体は傷付いていき、後少しで倒れるというところまで追いやられていた。そのセシルが最後に取った行動は、文字通りの特攻。されど、相手はバルキリーでも金竜でもない。後方で味方の回復に専念していたクスシに狙いを定め、一刀のもとに峰打ちで斬り伏せたのだ。勿論、無謀な特攻の代償は受ける。直後に雷太鼓からライトニングレーザーの直撃を食らい、自身もクスシの後を追う形で床に崩れ落ちてしまった。

 

「結果的には一対一の交換だったけど、こっちの方がダメージでかいか?」

「そうだな。唯一の回復手段を潰された訳だし……的確な判断だったと言えるだろう」

 

 最強魔女の問いかけにバトルノートが少しだけ悔しそうにしながら答える。まさか特攻を仕掛けてくるとは思っていなかったのだ。全員が戦えるこちらとは違い、あちらは魔法使いとヒーラーの二人は戦闘力が明らかに劣る。そんな中で貴重な戦闘要員であるセシルが特攻を仕掛けてくる確率は低いと踏んでいたのだ。だからこその奇襲。バルキリーや金竜に勝ち目の無い自分ならば、その身を犠牲にしてでも早々にクスシは叩いておくべきだとセシルは判断したのだ。

 

「こういう女、嫌いじゃないよ」

「好き嫌いはどうでもいいから、おめーも働け! ライトニングレーザー!!」

 

 そう談笑する最強魔女に対し苦言を呈すのは、ルークに向かってライトニングレーザーを放った雷太鼓。それをすんでのところで躱し、目の前のバルキリーに剣を振るうルーク。だが、その一撃を易々と盾で受け止めるバルキリー。先程から最上階の攻防はこの状態で均衡してしまっている。ルークがバルキリーと雷太鼓の二人を相手取り、ダ・ゲイルと凱場が金竜と対峙。バトルノートは状況を見ながら双方に指示出し、自らも援護の扇を放ち、最強魔女は傍観。凱場が今し方倒れたこともありもうすぐ均衡は崩れるだろうが、それでもここまで何もしていない最強魔女に文句の一つも言いたくなった気持ちは判らないでもない。それに対し、最強魔女はポリポリと頬を掻きながら返事をする。

 

「だけどなぁ……ブラックソードの持ち主に魔法で挑むのは結構博打だろ……」

「あん?」

「何……?」

「…………」

 

 意味の判らない返事に雷太鼓が眉をひそめる。だが、バルキリーと対峙していたルークは今の言葉にしっかりと反応を示した。それに気が付いたのか、話を済ませろとばかりにバルキリーが一歩後ろに跳びずさり距離を空けてくれる。軽く会釈でその心遣いに答えながら、ルークは最強魔女に向かって問いを投げた。

 

「この剣を知っているのか?」

「当然。聖魔教団の秘宝、ブラックソードだろう? いやあ、随分と久しぶりに見る代物だよ」

「聖魔教団……随分と大昔の話だな。まさか、その時から生きているのか?」

「まあね」

「(って事は、少なくとも数百歳……有り得るの、そんな事……?)」

 

 平然とそう宣う最強魔女にやれやれと天を仰ぐバトルノートだったが、ロゼは今のやり取りに何かしらの違和感を覚えていた。確かに女の子モンスターの寿命は千差万別。一年持たず死ぬ個体もいれば、数十年生きる個体もいる。それら諸々の平均が十年前後といったところ。だが、聖魔教団の時代から生きている個体など存在するのか。聖女モンスターならまだしも、普通の女の子モンスターである最強魔女がそれを成しているのは普通ではない。

 

「それで、魔法で挑むのが無謀というのは……?」

「……薄々感じてはいたけど、もしかして知らないのかい?」

「…………」

 

 無言の肯定。闘神都市でこの剣を手に入れた際、K・Dも似たような事を言っていた。この剣には隠された能力があるから、追々探していけと。目の前の相手は、その隠された能力を知っているのか。ならば、是が非でも聞き出したいところ。更に上を目指しているルークにとって、剣の力を最大限に発揮できるかどうかは重要な問題なのだ。

 

「その能力とは……?」

「教えないよ。自分で考えな」

 

 ニヤリと気持ちの良い笑みを見せる最強魔女。まあ、当然の反応と言えるだろう。今は敵同士戦っているのだ。わざわざ敵に塩を送る馬鹿はいない。話は終わったとばかりに最強魔女が腕組みするのを確認し、バルキリーが再び前に出てくる。

 

「さて、仕切り直しだな。私と戦いながらその剣の真実を掴めると良いがな……」

「…………」

 

 それは難しいだろうとばかりに静かに笑うバルキリー。確かに、圧倒的強者であるバルキリーと戦いながら意識をそちらに向けるのは無謀だ。下手すれば、やられかねない。瞬間、ルークはチラリとロゼを見やる。その視線に気が付くロゼ。だが、ルークは何も言わずすぐにバルキリーの方に向き直ってしまった。

 

「(今の視線……)」

「はぁっ!」

「ふんっ!!」

 

 ロゼが眉をひそめる中、再びルークの剣とバルキリーの手刀が交差する。目の前で繰り返される激闘。ルークとダ・ゲイルの二人でバルキリー、金竜、雷太鼓、バトルノートの四体を止めているのだ。普通のモンスターであればこちらが優位な状況だろうが、相手は全て特殊個体。ハッキリ言って状況は不利。

 

「うぅっ……」

 

 いつの間にか、ロゼの隣に立っているシトモネが涙を流していた。戦闘に参加出来ない不甲斐なさを悔いているのだろう。だが、ロゼは唇を噛みしめて目の前の戦闘を見据える。考えるのは、先程のルークの視線の意味。

 

「(暴けっていうのね……この私に、ブラックソードの隠された能力を……)」

 

 あのルークの視線は、そういう意味を含んでいた。バルキリーとの戦闘に集中している自分では考える事は出来ない。そして、それを考えずとも現状は不利。ならば、最強魔女が怖れていたブラックソードの秘密にこそ勝機があるかもしれない。ルークはそう考え、ロゼに合図を送ったのだ。ロゼならば、必ずその視線の意味に気が付いてくれる。その上で、必ず秘密を暴いてくれる。そう信じた上での行動である。

 

「随分と無茶ぶりしてくれるじゃないの……」

 

 ロゼが舌打ちしながらそう声を漏らす。あまりにも情報が少なすぎる。だが、やらなければならない。ロゼがブラックソードの秘密に至れるかどうかが、この勝負の行方に直接関わってくるのだから。

 

「(この貸しは高くつくわよ!)」

 

 危機的状況でありながらも、ロゼはニヤリと笑い脳をフル回転させる。闘神都市で得た情報、今のやり取りで得た情報、そして元々持っている自らの知識。それら全てを動員して答えを導き出す。最上階での勝敗は、意外な人物の手に託された。

 

「(……甘いぞ、人間よ)」

 

 そのルークとロゼを冷酷な瞳で見つめている者が一人。先程ほんの一瞬行ったルークの目配せに気が付いており、ロゼ同様その意図を見抜いた軍師。バトルノート。

 

「バルキリー、雷太鼓! 奴等に猶予は与えん。一気に仕留めるぞ!」

「!?」

「(見抜かれている!?)」

 

 ルークとロゼが同時に目を見開く。絶対に気が付かれていない自信があった。ほんの一瞬、それも言葉すら交わしていない目配せのみ。それなのに、あのバルキリーはこちらの意図を見抜いている。その上で考える時間すら与えさせず、一気に仕留めに掛かってきたのだ。恐るべきその戦術眼。

 

「狙いは……お前だ!!」

 

 そう宣い、バトルノートが大量の扇をダ・ゲイルに向かって勢いよく放った。それと同時に、ルークと対峙していたバルキリーが弾かれたようにダ・ゲイルの方へと駆けていく。

 

「待て……ぐっ!?」

 

 すぐさまその間に割って入ろうとしたルークだったが、それを阻むように真横から金竜の強烈なドロップキックが飛んでくる。すぐさま剣で受け止めて直撃は回避したが、ジンジンと腕が痺れる。恐るべき威力。

 

「まあ、そう慌てるでない。わらわもあの技は好きでな……ゆっくり見ようではないか、ほほほ!」

「技だと……」

 

 金竜の蹴りを受け止めながら、視線の先に立つダ・ゲイルを見やる。向かってきた扇に対し、腕をブンブンと振ってそれを撃ち落としている。だが、あまりにも数が多すぎる。

 

「えぇい、面倒だ……がぁぁぁぁぁ!!」

 

 効率を考えたのか、一気に炎で焼き払う事にしたダ・ゲイル。轟々と燃えさかる火炎で扇が消滅していき、煙が立ち上がる。その炎と煙を斬り裂いて、バルキリーがダ・ゲイルに向かって飛び込んできた。ルークやロゼからはその動きが丸見えであったが、扇によって視界が塞がれていたダ・ゲイルはこの瞬間までバルキリーの接近に気が付けていない。目を見開くダ・ゲイルと、叫ぶロゼ。

 

「ダ・ゲイル!」

「破鉄!!」

 

 ドゴッ、という鈍い音が最上階に響く。ダ・ゲイルの腹部に、バルキリーの強烈な手刀が深々と突き刺さっていたのだ。そのまま肉を貫通してしまったのではないかという程の痛みが脳を駆け巡り、ダ・ゲイルは口から大量の血を吐き出す。

 

「がっ……」

「これで終わりではないぞ、悪魔よ」

 

 そう言い残し、バルキリーが横へと跳びずさる。バルキリーの言葉の意味が判らなかったダ・ゲイルだったが、その意味は直後に全て理解出来た。自分に向かって、バチバチという轟音を纏った雷の光線が向かってきているのだ。これは避けられない。

 

「ライトニングレーザー!!」

「っ……」

 

 直撃を受け、ダ・ゲイルの体が吹き飛ばされる。ロゼとシトモネの間を通り過ぎ、階段近くの壁へと強く打ち付けられた。崩れ落ちる壁の音が、そのダメージの深さを物語っている。

 

「ダ・ゲイル!」

 

 すぐさま駆け寄るロゼ。ヒーリングを掛けるが、意識がない。死んではいないようだが、これではこの戦闘中の復帰は難しいだろう。誤算だった。ダ・ゲイルがこうして負けるとはルークもロゼも考えていなかったのだ。それ程までに、奴等は強い。

 

「あ、驚いたか!? これがあたしたちの三位一体攻撃、JSアタックさ!」

「……アニメの技のパクリじゃないの」

「げっ!? 知ってやがった」

「だから名前くらいは捻ろうとあれ程言ったのに……」

 

 ドヤ顔の雷太鼓に対し、ダ・ゲイルをヒーリングで回復しながら平然とした口ぶりで返すロゼ。内心では非常に不味い状況だと考えているが、その焦りは表に出さない。一目で見抜かれた事にショックを受けている雷太鼓を見て、深いため息をつくバトルノート。

 

「そっちがJSアタックで来るなら、こっちはトリプラーで返さないとね。ルーク、シトモネ、一直線に並んで!」

「え、えっと……」

「知らん、そんな技」

「随分とマニアックな……」

「凄いな……」

 

 おちゃらけた口調でそう宣うロゼに対し、各々の反応は様々。困惑するシトモネ、平然と返すルーク、トリプラーという言葉に驚いている最強魔女、そしてこの状況で焦りを見せないロゼを素直に感心しているバルキリーとバトルノート。だが、その余裕もこれが限界だろう。バトルノートは音を響かせながら手に持っていた扇を広げ、ルークとロゼの二人に向かって言葉を掛ける。

 

「これより詰めだ。覚悟は良いか?」

「そういう台詞は、負けフラグよ」

「そうだな。それでは気を引き締めて掛かるとしよう。バルキリー、雷太鼓!」

「ああ!」

「おう!」

 

 その合図と共にバルキリーが腰を落とし、雷太鼓が再び魔力を溜める。もう一度JSアタックを、今度はルークに放つ気だ。

 

「ルーク、死んでも受けきりなさい!」

「判っている……だが、出来るか……」

 

 ルークが剣を構え、腰を落とす。どのような順番で技が来るかは判った。後はそれに対応しきれるかという事。もしここで自分が倒されれば、それは自分たちの敗北を意味する。セシル、凱場、ダ・ゲイルが倒れた今、戦える人間はルークだけなのだから。

 

「受けよ、人間!」

「電磁結界!!」

「なっ……!?」

 

 それは、完全に意表を突かれた攻撃であった。初手はバトルノートの扇、そんな先入観に囚われてしまっていたからだ。広範囲に放たれた電撃がルークの体を襲い、苦悶の表情を作る。

 

「ぐぅっ……」

「やられた!!」

「はぁっ!!」

 

 バルキリーが駆けてくる。二撃目で先程と同じ強烈な手刀を放ち、最後にバトルノートが扇でトドメを刺すつもりなのだろう。見れば、バトルノートが構えているのは先程投げた小型の扇ではない。一撃で相手を叩きのめす事が出来そうな、巨大な扇だ。状況によってその順番を変える技、それがJSアタックの正体。

 

「こりゃ、決着かねぇ……」

 

 そう呟き、最強魔女が軽く伸びをする。結局自分の出る幕は無かった。勿論バルキリーたちの強さを信じていたというのもあるが、少しだけ残念にも思う。ブラックソードの持ち手ならば、もう少し粘って欲しかったところだ。そんな事を考えながらルークを見ていた最強魔女であったが、その視界から突如ルークが消えた。瞬間、最強魔女は目を見開く。

 

「なん……だと……」

「なにっ!?」

 

 バルキリーの手刀が空を切る。確かに直前まで目の前にいたはずのルークが、忽然と姿を消したのだ。まるで狐に摘まれたような感覚ですぐに辺りを見回すと、その男は遙か後方に立っていた。同じようにルークを見失っている雷太鼓の背後に、高々と剣を振り上げた体勢で。

 

「雷太鼓、後ろだ!!」

「なっ!?」

「なんじゃと!?」

「馬鹿な……」

 

 雷太鼓が、金竜が、そして冷静沈着なバトルノートまでもが絶句する。いつの間にこの人間はここまで動いたのか。目で追い切れるスピードではない。それはまるで、瞬間移動の如き高速移動。

 

「てめぇ、何者だ!?」

「ただの冒険者だ……真滅斬!!」

 

 闘気を纏った剣が振り下ろされ、直撃を受けた雷太鼓の体が崩れ落ちる。先の約束通り、殺してはいない。だが、強烈な一撃を受けた雷太鼓はその意識を刈り取られ、気を失っている。これでこの戦闘中の復帰は無理だろう。それと同時に、ルークの足に確かな激痛が走る。筋肉が悲鳴を上げているのだ。やはり韋駄天速は諸刃の剣。撃てて後一回。それも、ここからはこれまでに比べ自身の動きは落ちてしまうだろう。それでも、やらねばならなかった。確かにバルキリーも金竜も厄介な存在だが、JSアタックの一員であり唯一の魔法使いであった雷太鼓を落とすのが先決とルークは考えたのだ。だが、それは皮肉にももう一人の魔法使いを目覚めさせる事になってしまう。

 

「……!?」

「ほう……」

 

 ルークとバルキリーが同時に振り返る。そこには、先程までの小柄な姿と違い、筋肉が盛り上がり体型の変わった最強魔女が立っていた。それは、彼女が臨戦態勢に入った証。

 

「動くのか……?」

「まあね……目の前であんなもの見せられちゃあ、動かない訳にもいくまいさ」

 

 バルキリーの問いかけに静かに頷き、マントを脱ぎ捨ててルークを見据える最強魔女。そして、その口から放たれたのは意外な言葉。

 

「その移動術、どこで覚えた? 何故お前があの方の技を使える……?」

「なんだと……?」

 

 真っ直ぐとルークを見据えるその瞳を見て、ルークは確信を得る。こいつは、この移動術を知っている。それ即ち、あの魔王を知っているという事。

 

「お前は……一体……?」

「それはこっちの質問だよ……まあいい、こっちが勝ったらその技をどこで覚えたのか、洗いざらい吐いて貰うよ……」

 

 そう言いながら最強魔女は両腕に魔力を溜め、ズイと前に突き出した。

 

「ホワイトレーザー!!」

「なっ!?」

 

 光の光線が猛烈な勢いで迫ってくる。これはヤバイ。瞬時にそう感じ取ったルークは横っ跳びでその一撃を躱した。一直線に放たれたホワイトレーザーはそのまま壁へとぶち当たり、その全てを破壊して虚空へと消えていった。

 

「って、城をこれ以上破壊するななのじゃ!」

「アンタも散々破壊してんじゃないのさ」

「わらわは主だからいいのじゃ!」

 

 わいわいと宣う金竜と最強魔女を見据えながら、ロゼがツバを飲み込む。その額には、一筋の汗。

 

「マズイわね……今のホワイトレーザー、雷太鼓のライトニングレーザーと殆ど威力が変わらなかったわ……」

「それは確かにマズイですね……あの最強魔女は、雷太鼓と同等という……」

「違うわ……」

「えっ?」

 

 シトモネが思わずロゼの顔を見てしまう。一体何が違うというのか。その説明は、横に立っていたデス子がしてくれた。

 

「雷太鼓という種族は他の属性の魔法が不得手な代わりに、雷属性の魔法に関しては他の追随を許さない存在デス。フローズンの氷魔法もこれと同様デスね」

「……あっ!?」

「気が付きましたか? 目の前の最強魔女は別に得意属性でない光魔法で同じだけの威力を叩き出したのデス」

「そんな事って……」

 

 威風堂々と仁王立ちをしている最強魔女を見て、シトモネの震えが更に増す。傍観しているから、これまで彼女への恐れは殆ど無かった。だが、デス子の説明を受けた今はハッキリと感じ取れる。バルキリーよりも金竜よりも、今は彼女が怖い。同じ魔法使いであるからこそ、前者の二人よりもその強さを感じ取れてしまうのだろう。

 

「さて、休ませやしないよ」

「では、私も動くとしよう」

「トドメはわらわなのじゃ」

「戦術指示! どうやら、先の移動術は乱発出来ぬようだな」

 

 最強魔女が再度魔力を溜め、バルキリーが腰を落とす。金竜も同様に腰を落とし、バトルノートが全員の攻撃力を上げながら戦況を見据える。状況は四対一。ロゼが回復の雨で援護したとしても、到底勝ち目は無い。その上、まだブラックソードの秘密にも辿り着けていないのだ。

 

「万事休すね……」

「こんな時、漫画ならば頼りになる援軍が到着する展開デスね。つまり、私の出番デスか?」

「あんた、あの戦いに割って入る自信は?」

「二秒でDeathる自信があるのデス」

「なら、話に入って来ないでくださいよ……」

 

 シトモネが涙目で突っ込む。だが、デス子に言える立場でないのは重々承知している。自分にもっと実力があれば、もう少しまともな戦況になったかもしれない。そんな何度目になるかも判らない悔しさを噛みしめている中、最強魔女が動く。

 

「吹き飛びな! エアレーザー!!」

 

 強力な風の光線が最強魔女の腕から放たれた瞬間、19階から最上階へと繋がっている扉が勢いよく開け放たれた。誰かが部屋に入ってきたのだ。だが、一体誰が。バトルノートの視界に飛び込んできたのは、全身をローブで覆った謎の男。その両拳には、手甲が填められている。その男は全速力でルークの方に駆けていきながら、ブツブツと何かを宣っていた。

 

「右の拳に属性パンチ・風……左の拳にも、属性パンチ・風……」

「なに!?」

「まさか……」

 

 その言葉に反応を示したのは、ルークとロゼの二人。そのままローブの男は勢いよく跳び上がってルークの頭上を越していったかと思うと、目の前に下り立って両の拳を併せながら前に勢いよく突き出した。

 

「併せて……属性パンチ・暴風!!」

 

 風を纏ったその拳は、目の前まで迫っていたエアレーザーとぶつかり合った。ぶつかり合った風と風は部屋中に四散し、暴風が吹き荒れる。全員の髪が靡き、服が揺れる。当然、目の前の男のローブも。その下から表れた顔は、ルークの良く知る人物。そんな中、自身のエアレーザーが相殺された事が面白くなかったのか、はたまた目の前の男に興味が湧いたのか、最強魔女が真剣な表情でローブの男を見据える。

 

「何者だい、アンタ……」

「決まっている……こんな事を出来る男は、一人しかいない……」

 

 ルークのその呟きに応えるように、目の前の男はローブを脱ぎ捨てた。短髪の赤髪、鍛え抜かれた体、そして、特徴的な両拳の手甲。幾度となく死線をくぐり抜けた、頼りになる仲間。

 

「アレキサンダー!」

「お久しぶりです、ルーク殿」

 

 男の名は、アレキサンダー。ルークが信頼する仲間の一人であり、大陸有数の強者でもある格闘家だ。

 

「援軍来たデス! これで勝つるデス! で、あの人誰デスか?」

「いや、私もちょっと……」

「アレキサンダー。まあ、ルークと同じくらい強い格闘家よ……」

 

 そうロゼが説明していると、アレキサンダーがこちらをチラリと見てきて視線が合う。

 

「ロゼ殿もお久しぶりです」

「おひさ。随分とタイミングの良い登場ね。狙ってた?」

「まさか」

 

 苦笑しながら辺りを見回すアレキサンダー。殆ど面識のない者たちばかりだが、ルーク一人で四人を相手取ろうとしていた事からも苦戦具合が感じ取れるというもの。

 

「ルーク殿、いきなり飛び出してきた形にはなるのですが……私の力は必要ですか?」

「ああ、頼む」

「了解です」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる二人。そして、隣に並び立ちながら同様に腰を落として構える。感じ取れるのは、この二人がどちらも強者であるという事。そして、これまでの者たちと違い、この二人はコンビネーションが取れているであろう事。

 

「あの赤髪、本物だな……面白い!」

「(共に拳で戦う者だから、滾っているな……まあ、こちらにとってはプラスだな)」

 

 バルキリーの体から闘気が溢れ出す。自分と同じように拳で戦うアレキサンダーを見て、抑えきれないものがあったのだろう。バトルノートはそれを冷静に分析しながら、戦況を整理する。まだこちらが負ける要素は少ないはず。ならば、このままの流れで戦闘に入るべきだ。

 

「ぐぬぬ……バルちゃんもまじょっちも良い感じの相手を見つけたからって勝手に盛り上がりおって……わらわもここに……ん!?」

 

 バルキリーがアレキサンダーを、最強魔女がルークを敵として見据えている事に気付いた金竜が悔しそうに唸るが、直後に異変に気が付く。自分の右腕に、いつの間にか鞭が絡まっているのだ。不思議そうにそれが伸びている方向を見ると、そこには自分の手によって倒されたはずの冒険者の姿。

 

「この冒険は……凱場マックの冒険の新作……つまり、主役は俺だ……そうとあっちゃあ、いつまでもおねんねしてる訳にはいかねぇからな……」

「下郎……まだ立ち上がれるのか?」

「この程度でくたばるようじゃあ、俺は冒険野郎を名乗っちゃいねえ!」

「……ふん、気概だけは中々のようなのじゃ」

 

 全身から血を流し、一目見て満身創痍と判る状態だ。それでも尚自分に向かってくる気概に、少し、ほんの少しだけ目の前の男が気に入った金竜。この男の気概に応える方法は、全力で奴を叩きのめす事に違いない。そう考え、金竜は右の拳を強く握りしめた。

 

「(これで考える時間は確保出来そうね……後は、ブラックソードの秘密を解き明かす!)」

「(頼んだぞ、ロゼ……)」

 

 最強クラスの援軍を迎えたルークたち。立ち向かうは、ルーク、アレキサンダー、凱場、ロゼ。立ちはだかるは、金竜、バルキリー、バトルノート、最強魔女。最上階の戦いは、これより最終局面に入る。

 

 




[人物]
アレキサンダー (5D)
LV 48/87
技能 格闘LV2
 世界を旅する格闘家。闘神都市での戦いで受けた傷は完治し、今もひたすら鍛錬の日々。ルークがその強さに絶大の信頼を寄せる仲間の一人である。なんだかんだ出番が多い。


[技]
属性パンチ・風
使用者 アレキサンダー
 アレキサンダーの必殺技。風の神の力を借り、己の拳に風を纏わせる。纏った風は拳の周りを螺旋状に回転しており、パンチ自体の威力も高める。

合成属性パンチ (オリ技)
使用者 アレキサンダー
 アレキサンダーの必殺技。両の拳に纏わせた力を合成し、更に強力な力を生み出す。炎と炎であれば爆炎、炎と風であれば熱風といった感じで、ネーミングセンスは相変わらず。

JSアタック
使用者 バルキリー、雷太鼓、バトルノート
 三人の合体技。誰からでもどんな順番でも放つ事が出来る三位一体攻撃であり、その威力は悪魔であるダ・ゲイルでも耐えきれない程強烈なもの。拾ったラレラレ石で見たアニメにハマった雷太鼓がこれを参考にして技を作ってくれと喚き、ため息混じりにバトルノートが一晩で考えた代物。名前はアリスソフト作品の「GALZOOアイランド」に登場する三人の合体技より。強キャラ三名による合体技なので、プレイされた方なら目にする機会は多いはず。更に元ネタはドムってる三連星。

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