ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第146話 届いた

 

-砂漠地帯 ホテルおたま-

 

「ふぅ、えがっだ……」

 

 リズナとの情事を終えたランスはベッドに腰掛けてまったりとしていた。ここはホテルおたま。少し前にルークたちが滞在していたホテルだ。因みに、ホテル代金が高すぎるという理由で店主のおたま男はランスに斬り捨てられている。妖怪なのでしばらくすれば再生するが、なんとも酷い行いである。

 

「リズナちゃんはグッドだったな、がはは!」

 

 これまで数多くの女性を抱いてきたランスだが、その中でも間違いなく上位に入るほどの具合に大満足の様子である。だが、一つだけ引っ掛かる事があった。

 

「(だが、処女じゃなかった……精一杯処女の演技をしていたが、俺様のハイパー兵器は騙せんぞ)」

 

 チラリとベッドの上で寝ているリズナを見る。一気に三回戦まで突入したせいもあり、相当に疲れたのだろう。だが、一体何故リズナは自分が処女であると偽ったのか。

 

「(うーむ、別に処女に拘る俺様ではないのだがなぁ……)」

 

 ランスはリズナの嘘に対して深くは考えず、ただ単に自分に好かれようとしたためと判断していた。そして、すやすやと眠っているリズナに手を伸ばし、ゆさゆさとその体を揺する。

 

「ん……あ、ランスさん……」

「起きたな。どうだ、俺様のハイパー兵器は良かっただろう?」

「はい……初めてが素晴らしい経験になりました」

「初めてねぇ……嘘はいけないな、リズナちゃん」

「えっ……」

 

 その言葉に心臓が跳ね上がる。自分の嘘が見抜かれている。それは一体どれの事か。話の流れからすれば処女の事だろうが、万が一城に残してきたシィルの事であったら、自分は一体どうなってしまうのか。ゴクリと生唾を飲み、リズナが恐る恐る尋ねる。

 

「嘘……とは……?」

「リズナちゃんは処女じゃあない。そんじょそこらの男だったら騙せたかもしれんが、超英雄にして世界中の美女を抱いてきた俺様のハイパー兵器は誤魔化せんぞ!」

「それは……」

「どうして嘘をついた?」

 

 寝起きであった意識が完全に覚醒する。非常にマズイ。ここでもしランスに嫌われれば、全ての計画は水の泡になる。だが、自分が処女でなかった事にランスは気が付いている様子だ。それならばここは処女の一件に関してだけ素直に認めてしまうのが、一番傷口が浅くて済むのではないか。そう考えたリズナは意を決し、ランスに真実を告げる。

 

「すいません……私は処女ではありません」

「ふーん。で、どうして嘘をついたんだ?」

「処女でなければ、ランスさんに抱いて貰えないと思い……」

「なんだ、やっぱりそういう理由か。別に俺様は処女には拘らんぞ」

「……えっ?」

 

 平然とした様子で言葉を返してくるランスに呆然とするリズナ。てっきり、もっと烈火の如く怒られると思っていた。その昔、チドセセーに毎晩行われていた情事の如く。少しだけ嫌なことを思い出してしまったリズナはその考えを忘れるように首を振り、ランスの目を再度見据える。

 

「拘らないのですか……? 男性の方は、処女でないと嫌なのでは……?」

「それは経験の浅いガキの考えだな。確かに処女は魅力的だが、処女じゃないのも味がある。経験豊富でないと味わえん締まり具合もあるしな、がはは!」

「(私を……受け入れてくれる……?)」

 

 ランスの言葉がリズナの心の奥底に深く染みこんでくる。本当にこの男は、景勝の言うようなクズ人間なのだろうか。この人は本当に救世主で、この人にならば真実を打ち明けても良いのでは無かろうか。そんな思いがリズナの脳裏を占める。

 

「という訳で、もう嘘はつくなよ、リズナちゃん。一回は許すが、次は本気で怒るかもしれんからな」

「えっ……あっ……はい……」

 

 ポンとランスの手がリズナの頭に乗せられる。もう嘘はつくなという言葉がチクリと胸を刺す。処女だけではない。現在進行形で、リズナはシィルの一件に関して嘘をついているのだ。それを打ち明けないのであれば、今の肯定は虚言になってしまう。

 

「さて……ヤる事もヤったし、そろそろ城に戻るぞ。いい加減シィルも起きてるだろうしな」

 

 まだ夜は明けていないが、とりあえず城に戻ろうと提案するランス。目当てであったリズナの体は堪能したし、何よりも城にはシィルを残してきている。だが、リズナにとってそれはマズイ展開だ。今城に戻る訳にはいかない。最低でも、この先に控えている鬼ババアと並ぶ難敵をランスに倒して貰わねばここからの脱出は出来ないからだ。かといって一緒に玄武城に戻っては、自分がシィルを閉じ込めた事がばれてしまう。

 

「あっ、その、お願いがあるんです」

「お願い? なんだ、もう一回抱いて欲しいのか?」

「そ、それはもう十分です……その、まだ城には戻らず……」

 

 そう言いかけたリズナの言葉が止まる。

 

『もう少しだ。機は必ず来る。救世主が、いずれ必ずやってくる』

『人間としての本質はクズだ。だから、遠慮せずに騙せ』

『リズナよ、お前は幸せになる資格がある。絶対に幸せになれ』

 

 リズナの頭の中を景勝の言葉がグルグルと回る。景勝の事は心から信頼している。掛け替えのない友であり、もう一人の父のように思っている。その彼が言うのだから、目の前の男を信用してはいけない。

 

『今世紀最大の英雄にしてリズナちゃんの救世主、ランス様だ』

『この鬼ババアよりも遙かに強い敵と俺様は何度も戦ってきている。勿論、全て俺様が勝ってきたがな』

『もう嘘はつくなよ、リズナちゃん』

 

 だが、ランスの言葉も景勝の言葉に負けぬボリュームでリズナの頭の中に響く。乱暴者で、スケベで、とても善人には思えぬ男。だが、自分をあの城から救い出してくれた。自分の嘘を咎めないで許してくれた。この人は、本当に救世主なのではないか。

 

「……リズナちゃん?」

 

 訝しげな様子でランスがリズナの顔を覗き込んでくる。どうするべきか。ひたすらに悩んだリズナが出した結論は、ある意味当然のものであった。本質的にリズナは善人である。だからこそ、これまで散々騙されてきた。だからこそ、今度は騙そうと決意した。それでも、彼女は善人だ。最後の最後に、彼女は人を信じるという選択を選んだのだ。

 

「救世主様……実は、あの城は……」

「ふはははは! まんまと罠に掛かったな、リズナよ!!」

「えっ!?」

 

 リズナが全てを告げようとした瞬間、扉が勢いよく開け放たれる。ランスとリズナが驚いて扉の方に視線を向けると、そこに立っていたのは四体のプチハニー。その中心に立つのは、リズナが良く知るプチハニーであった。

 

「景勝……?」

「馬鹿な女よ。殺されるためにこのホテルまで誘い出されたとも知らずに」

「えっ……?」

 

 景勝の言葉に呆然とするリズナ。理解出来ない。景勝が何を行っているのか判らない。なぜならば景勝は、親友で、父で、信頼できる相手で、自分を立ち直らせてくれた存在で……

 

「おい、クソハニー。どういうつもりだ?」

「言葉通りの意味じゃ。そこの女が城を出るのを待っていたのじゃよ……この手で殺すためにな!」

「……てめぇ、正気か!?」

「正気も正気、大真面目じゃ! 殺して犯して埋めてやるわ、はっはっはっはっは!!」

 

 ホテル中に景勝の笑い声が響く。いや、それ以上に響き渡っていたのは、リズナの頭の中。到底景勝から出るはずのない言葉にダラダラと冷や汗を掻きながら、それでもリズナは縋るような声で景勝に声を掛ける。

 

「景勝……嘘ですよね……?」

「リズナよ……この景勝を信じていたか?」

「はい……だって、景勝は親友で……」

「だからお前は騙されるのじゃ!!」

 

 景勝の怒声にリズナの体が強ばる。こんな怒鳴り声、今まで景勝は一度だってリズナに向けた事はない。怒られた事など何度もあるが、もっと優しい、ちゃんと自分を思っての怒りだと判る温かいものであった。景勝はぴょんと机の上に上り、ベッドの上で横になっているリズナを見下すような目つきで言葉を続ける。

 

「馬鹿め……大馬鹿者め! 全てはお前を殺すために嘘をついていただけに過ぎん! この景勝、人の信頼を踏みにじった上で惨殺するのが趣味でのぉ……初めてお主を玄武城で見た際、これ以上ない逸材だと感じ取ったのじゃ」

「う……そ……」

「誰も信じるな! お前の周りには敵しかおらぬ! この景勝のようにな、はっはっは!!」

「不愉快なハニワめ……ぶっ殺してやる」

「くくく……行くぞ、皆の衆! 絶望の中死ぬがいい、リズナよ!!」

 

 リズナが立ち上がれぬほどの衝撃を受けている中、ランスはベッドの横に置いてあった剣に手を伸ばしてゆっくりと構える。その表情には、かなりの怒りが見て取れる。自分が抱いた女をこれ程の絶望に落としたのが許せないのだろう。その二人の反応を見てニヤリと笑い、景勝とお供のプチハニーたちは一斉にランスに特攻していくのだった。

 

 

 

-玄武城 古井戸-

 

「なんでこんな事に……」

「マジシャンサン ガンバッテクダサイ」

 

 げんなりとした顔をしながら海苔子の頭部に魔力を送っているのは、フェリスからあてな2号との合流を任されているまじしゃんであった。彼女はフェリスと別れた後、あてな2号の後を追って鍾乳洞地帯へと向かおうとしたのだが、途中で古井戸に妖怪たちが集まっているのを目にしたためそちらの様子を伺いにやってきていたのだ。そんな彼女に対し、妖怪たちはなんとか井戸の封印を解いてくれと懇願してきたのだ。

 

「ごんげー!」

「ぬりかべー」

 

 自分にも用事があるからと一度は断ったまじしゃんだったが、あまりにも真剣な妖怪たちの申し出を断り切れず渋々承諾。だが、井戸に掛けられた魔法結界はまじしゃんの魔力でどうにか出来る代物ではなかった。

 

「鍵を持っていたの、ダーリンだったしなぁ……」

 

 元々井戸の出入りをしていた彼女であったが、その鍵は元彼である象バンバラが持っていたもの。死体から回収もしなかったため、今は井戸の中だ。これでは井戸の封印を解く事が出来ない。

 

「ごんげ、ごんげー!」

「これでも頑張っているわよ。全く……神魔法は使えないんだから、あんまり長くは持たないわよ」

「ソレデモ カンシャ アナタガイナカッタラ ノリコサンハ スデニ シンデイタ」

 

 封印を解く方法がないため、仕方なくまじしゃんは海苔子の消耗を抑える方向での協力へとシフトした。海苔子の頭部を抱きかかえ、小規模の物質保存魔法で包み込む。神魔法での回復や完璧な物質保存魔法ではないため徐々に衰弱はしていくが、それでも時間稼ぎにはなる。今は城下町に住んでいる妖怪が町中を駆け回って海苔子救出方法を探っているところだ。

 

「旦那……様……」

「生首とかグロくて吐きそうになるから勘弁して欲しいんだけど……はぁ、なにやってるんだろう……」

 

 ため息をつくまじしゃん。思い返せば闘神都市での一件から運が悪くなっている気がする。彼氏とは二度も死に別れるし、住んでいた場所は追いやられるし、厄介事には巻き込まれるし、変なあだ名まで付けられるしで散々だ。

 

「とりあえずここの一件を片付けて、その後は鍾乳洞のあてなと合流して、ランス捜して……」

 

 全てを放り出して逃げ出すという発想が出ない辺り、お人好しなまじしゃんであった。

 

 

 

-砂漠地帯 ホテルおたま-

 

「んっ……あぁ、酷い目にあったわぁん」

 

 血溜まりの中からむくっと一つの人影が起き上がる。ホテルのオーナー、おたま男だ。先程ホテルを訪れたランスに値段が高すぎると文句を言われて斬り捨てられたのだが、そんな事では妖怪は死なない。体力回復に多少の時間は要したものの、こうして平然と立ち上がったのだ。すると、近くからパチパチという音が聞こえてくる。

 

「なによ、五月蠅いわねぇ……って、あたちのホテルが燃えてる!?」

 

 目を見開くおたま男。起きたらホテルが火事の真っ最中なのだ。驚きたくもなる。慌ててオアシスから水を運びつつ消火活動を始めるが、一人ではとても手が回らない。

 

「いやぁぁぁぁ! 燃えないで、あたちのホテルちゃぁぁぁん!!」

 

 おたま男がそう絶叫するすぐ側、ホテルの瓦礫が積み重なっている箇所からもぞりと一体のプチハニーが這い出てきた。頭に『夢』の文字をあしらった兜を被っているプチハニー、景勝だ。

 

「死に損なったか……」

 

 仲間たちと共に自爆特攻を仕掛けた景勝であったが、彼だけは不発に終わってしまった。プチハニーの自爆とは、精神状態に依存する。心のどこかに思い残しがあった景勝は、こうして生き長らえたのだ。

 

「リズナ……」

 

 至近距離で爆発した仲間たちの爆風に吹き飛ばされて半分意識を失っていた景勝であったが、完全に意識を失う前に微かに聞こえてきた声をしっかりと覚えていた。

 

『救世主様……この先に、もっと素晴らしい場所があるのです。そこを目指しましょう』

『素晴らしい場所? なんだ、SM部屋とかか?』

『そうです、素晴らしいSM部屋がそこにはあるのです。ですから、もう少しだけ……』

『うーむ……』

 

 あれは確かに、リズナがランスを騙す声であった。それでいい。あの者に真実を打ち明けるのは危険すぎる。騙して、騙して、騙し抜いて、その先に幸せを掴み取って欲しい。そう考え、景勝は一芝居打ったのだ。そう、先程の一件は景勝一世一台の演技。リズナが自分に絶大の信頼を置いている事は自覚している。だからこそ、その自分が彼女を裏切ればランスを信じるのを止めてくれると考えたのだ。作戦は見事成功。リズナはランスを騙し、先へと進んでくれた。

 

「リズナよ、幸せになってくれ……その隣にも、その記憶にも、この景勝がいる必要は無い……ただ、お前が幸せになってさえくれればそれでいい……」

 

 気が付けば、一筋の涙が景勝の頬を伝っていた。思い出されるのは、リズナと共に過ごした日々の記憶。そして、最後の最後に呆然とした表情で自分を見ていたリズナの顔。また自分は騙されたのかと絶望しきったあの表情を作り出してしまった事だけが、唯一心残りであった。自分の生み出したその心残りが、死ぬ気であった景勝の生を繋ぎ止めたというのは皮肉な話である。

 

 

 

-ギャルズタワー 20階-

 

「破鉄!」

「ふっ!」

 

 高速の手刀がアレキサンダーの脇腹目がけて突き出されるが、腰を捻ってそれを躱すアレキサンダー。そのまま左拳に炎を纏い、裏拳をバルキリー目がけて放つ。

 

「属性パンチ・炎!」

「(……燃える拳とは、面白い!)」

 

 顔面へと繰り出された拳を首だけ動かして躱すバルキリー。そのまま腰を落とすと、目の前に立つアレキサンダーも同様に腰を落としていた。まるで合わせ鏡のような所作に少しだけ面白くなるが、手を休める事は無い。右拳に闘気を溜めた二人が同時に渾身の突きを放った。

 

「衝撃パンチ!!」

「装甲破壊パンチ!!」

 

 互いの右拳が真っ正面からぶつかり合い、互いに衝撃で数歩後ろへと吹き飛ばされる。ギャルズタワー最上階では、先程からこうして高速の接近戦が繰り広げられていた。

 

「(バルキリーと互角に戦う人間とは……)」

「(アレキサンダーと互角だって言うの? なんて強さよ……)」

 

 それを遠目に見ていたバトルノートとロゼは同じような事を考えていた。互いに仲間の強さを重々承知しているため、その仲間と互角に戦える事が信じられないのだ。二人の目測通り、アレキサンダーとバルキリーの実力は拮抗。そしてそれは、もう一つの戦いも同様である。

 

「ライトニングレーザー!!」

「ちっ……真空斬!!」

「バリア!」

 

 最強魔女が強力な電磁砲をルークに向かって放つ。それをすんでのところで躱したルークは渾身の真空斬を放つが、左手を前に突き出した最強魔女は半透明の円形バリアでその一撃から身を守る。

 

「(おかしい……この強さ、最早特殊個体というだけでは説明がつかんぞ……)」

「どんどんいくよ! 雷の矢! ファイヤーレーザー!!」

 

 詠唱時間の短さもさる事ながら、恐るべきはその魔法の練度。目の前の最強魔女は全ての属性に特化しており、一撃一撃が必殺級。いくらなんでも、特殊個体の域を超えているのではないかとルークは考え始めていた。

 

「(韋駄天速で一気にけりを付けるか……?)」

 

 雷の矢をブラックソードで斬り捨て、ファイヤーレーザーを躱しながらルークは思案する。韋駄天速の仕様限度は後一回。先程までならば厳しい選択であったが、今は違う。アレキサンダーが合流した今ならば、最強魔女を道連れに自分が退場しても大丈夫なのではないだろうか。均衡した様子のアレキサンダーとバルキリーをチラリと見た後、ルークはもう一つの戦闘に視線を移す。

 

「うおらっ!」

「無駄なのじゃ……てぇぇぇい!」

「ぐっ……」

 

 その視線の先で戦っていたのは、凱場と金竜。最上階の攻防で唯一一方的なのがこの戦いであった。凱場渾身の鞭攻撃をものともせず、金竜は力任せに拳を振るう。肩を掠めた凱場が顔を歪めるが、無理もない。床を叩き割るほどの一撃だ。まともに命中すれば、骨くらい簡単に粉砕する。

 

「おまけにもう一発……」

「真空斬!」

「ぬっ……えぇい、何度も何度も邪魔を……」

 

 その凱場が未だ倒れないのは、ルークがしきりに真空斬でアシストをしているからであった。肩を押さえながら、一歩後方に飛びずさって間合いを取り直す凱場。ギロリと憎々しげにルークを睨んだ金竜であったが、そのルークは飛来してきた扇を斬り落としているところであった。

 

「はぁっ!」

「(一人増援が来て多少楽にはなったようだが、どこまで持つかな……?)」

 

 扇を放ったのはバトルノート。目の前の戦況を冷静に見定め、しきりに扇で援護を放っていたのだ。ハッキリ言ってこれが面倒な事この上ない。ロゼに放たれた扇はルークが撃ち落とさなければならないし、ルーク自身へもここぞというタイミングで毎度毎度放たれるのだ。直撃すればその威力は馬鹿に出来ないため、常に気は抜けない。

 

「(一見膠着状態だけど、凱場と金竜のところはいつ崩れるか判ったものじゃない……急ぐ必要があるわね)」

 

 目の前の戦況を見ながら、ロゼは必死に頭を回転させる。手掛かりは僅かだが、そもそも剣に隠された能力などそんなに種類があるはずもないため、ある程度絞ることは出来る。

 

「(最強魔女の反応を見るに、まず間違いなく『魔法』に関連した能力。ここから考えられるのは……魔法封印、魔法反射、魔法吸収、魔法による強化、あるいは魔法をトリガーとして別の魔法や技を発動させるってところね……)」

 

 最大のヒントは最強魔女の初めの内の対応だ。ブラックソードを見た彼女は魔法を殆ど放っていなかったし、雷太鼓に対しても『あの剣があるのならば魔法を多用できない』といった旨のことを口にしていた。ここから導き出されるのは、魔法を放っても無駄、あるいはその魔法を敵に有効活用されてしまうという可能性。必然、この辺りの四つが有力候補に上がる。

 

「(もう一つのヒントは、あれが聖魔教団の秘宝であったという事。この事からも、やはり『魔法』が関わっていると見て間違いない。では一体何か……)」

 

 歴史上最大の魔法使い集団であった聖魔教団の秘宝。これも重大なヒントだ。

 

「(魔法封印や反射、吸収は可能性として一枚落ちるかしら……? 聖魔教団にはもう一つ、闘神と闘将という切り札があったわけだし)」

 

 最強魔女の反応から見るに最も有力なのは今挙げた三つだが、その考えを押さえ込むのは聖魔教団の切り札、闘神と闘将の存在だ。彼らがいるのに、魔法を押さえ込む秘宝を作るなど考えられるだろうか。

 

「(闘神も闘将も魔法には強い存在な訳だし、わざわざ魔法を封じ込める理由がない。となれば、やっぱ魔法をトリガーとして何かを発動……)」

 

 これが最悪の可能性だ。何を発動させるか、どうやってトリガーとするかの見当を付けるのは不可能に近い。ロゼが舌打ちをしながら唇を噛みしめた瞬間、頭の中に闘神都市での戦いがフラッシュバックした。

 

「(……!? 違う! 私は何を勘違いしていた!)」

 

 目を見開くロゼ。自身のあまりにも大きな勘違いに気が付いたのだ。

 

「(闘神と闘将は魔法に強くない。むしろ、魔法が弱点ですらある)」

 

 ロゼが闘神都市で出会った闘神、闘将は三人。ディオ、ミスリー、フリークとしかあっておらず、ユプシロンやボォルグとは出会っていない。そして、ロゼが出会った内の二人が『魔法無効化能力』を持っていたため、ロゼは闘神や闘将に魔法は効きにくいとすっかり勘違いしてしまっていたのだ。だが、ここで自身の間違いに気が付く。最終決戦前にミスリーからも聞いたし、文献でも読んだ事がある。闘神や闘将という存在は、服従魔法を掛ける必要性から魔法が効くボディにする必要性があり、そのため魔法は彼らの弱点になり得るのだ。闘神都市の秘宝とは、そんな彼らの弱点をカバーするもののはず。

 

「(これで絞れる! ブラックソードの特性は、魔法封印、魔法反射、魔法吸収のいずれかが最有力!)」

「(……不味いな。何かに勘付いたか?)」

 

 そのロゼの反応に目ざとく気が付いた者がいた。バトルノートだ。ルークとロゼの目配せの意味に気が付いていた彼女は、ロゼを十分に警戒していた。目の前で繰り広げられる戦況を見定めながら、扇を構えてスッと腰を下ろした。その事に、ロゼは気が付いていない。

 

「(魔法封印をする必要があるのかしら……? 聖魔教団は最強の魔法集団。彼らが怖れる魔法があったとは考え難い。では、反射は? 確かに戦況を有利には出来るけど、一度ばれたら敵は魔法を殆ど使ってこなくなる。その点、魔法吸収であれば敵の魔法にも対応出来るし、敵が使わなくても味方の魔法を吸収して剣を強化する事が出来る。一番可能性が高いのは、魔法吸収!)」

 

 至る。ブラックソードの特性は、十中八九魔法吸収だ。だが、確実とは言えない。もし違っていれば、魔法吸収を試そうとしたルークは最強魔女の魔法を正面から受ける事になる。それ即ち、こちらの敗北を意味する。

 

「(責任重大……まあ、上等って感じね!)」

 

 だが、ロゼに迷いは無い。これ以上考えたところで、今を上回る発想など出てきやしない。考えを巡らせる事は重要だが、あまりにもそれに固執しすぎると思考の迷路に陥りかねない。時にはキッパリと思考を止める決断も必要なのだ。

 

「ルーク! その剣……っ!?」

 

 ルークに向かって自分の導き出した答えを言いかけたロゼであったが、その目の前には巨大な扇が迫っていた。バトルノートが放ったものだ。

 

「ここで退場して貰おうか、軍師」

「ロゼ!」

「ロゼ殿!」

 

 これまで真空斬で扇を撃ち落としてきたルークであったが、この一撃には反応が遅れてしまっていた。それは、バトルノートの策。これまでバトルノートは攻撃の動作をある程度判りやすく見せていたのだ。全ては、後にある好機のために。すっかりその策にはまってしまっていたルークは、動作の少ないこの一撃への反応が遅れてしまったのだ。最前線で戦うバルキリーや雷太鼓の影に隠れているが、彼女もまた特異体質の一人。

 

「(避けられないわね、これは……)」

 

 ロゼが全てを悟る。ここで自分は退場だ。ルークに剣の特性を伝える時間もない。自分はバトルノートとの試合運び勝負に敗れたのだと。確かに、試合運びでの勝負ではロゼは敗北を喫した。だが、別の面ではロゼが勝利していたものがある。そしてそれは、この状況を大きく覆すものであった。

 

「がぁぁぁぁ!!」

「DeathDeathDeath!!」

「氷の矢!!」

 

 瞬間、弾かれる様に動き出した者たちがいた。JSアタックの直撃を受けて倒れていたダ・ゲイルが、本来は敵側であるはずのデス子が、完全に怯えきって戦闘に参加出来ていなかったシトモネが、ロゼを守るために一斉に動いたのだ。

 

「なにっ!?」

 

 これに最も驚愕したのは、バトルノート。悪魔は瀕死であったはず。デス子も奴等の味方ではない。あの魔法使いの人間も、完全に立ちすくんでいたはず。それなのに、何故動ける。何があの三人を突き動かしたのか。一つしかない。あの人間だ。

 

「ルーク!! その剣……」

「(見誤っていたな……先に潰すのは、あの人間であった。あの者は、人を惹きつける何かを備えている……)」

 

 ロゼの叫びを聞きながら、バトルノートは静かに唇を噛みしめる。試合運びでは確かに自分が勝っていた。だが、人を惹きつける魅力で自分はあの人間に負けていたのだ。

 

「魔法を吸えるわ!!」

「……!?」

 

 背中越しにその声を聞いたルークは目を見開く。そんな事が有り得るのか。だが、その疑問は一瞬にして吹き飛ぶ。信頼する仲間が導き出した答えだ。疑う理由などない。そのまま腰を落とし、目の前に迫っていた最強魔女のファイヤーレーザーに対して剣を突き出す。今までの様に斬り落とす動作ではない。自分に向かって放たれた魔法を受け入れるような、そんな動作。瞬間、剣が光り輝き、閃光が部屋を包み込んだ。

 

「ぬっ……」

「何事だ?」

「なんじゃ、なんじゃ!?」

「…………」

 

 バルキリーとアレキサンダー、金竜と凱場の四人も閃光に驚愕しながら視線をそちらに向けると、そこには炎を纏った漆黒の剣を持ったルークが立っていた。

 

「気付かれたかい……」

 

 最強魔女がどこか達観した表情で目の前の事態を見据える。別に全ての魔法を際限なく吸える訳では無い。制限もあれば、多少のデメリットも存在する。だが、それでも奴等にブラックソードの特性を暴かれたのは事実。あの剣は、魔法を吸収して一時的に強化する事が出来る、魔法剣。

 

「これが……ブラックソードに隠された秘密……」

 

 轟々と燃える炎を纏ったブラックソードを見ながら、ルークはポツリと漏らす。これこそが、K・Dの言っていた隠された特性。ルークはスッと腰を落とし、その威力を確かめるように剣を横薙ぎに振るった。

 

「真空斬!!」

「……!?」

 

 その狙いは、後方にいたバトルノート。すぐさま巨大な扇でその一撃を防ごうとするが、炎を纏った真空の闘気は巨大な扇をスッパリと斬り裂き、奥にいたバトルノートの体へと直撃した。

 

「がっ……」

 

 息を吐き出し、苦悶の表情を浮かべるバトルノート。先程までに比べて威力が上がっている。レーザーの攻撃力が多少なりとも剣に変換されているのだ。最強魔女が警戒していた気持ちも判る。そんな事を考えながら、バトルノートの体は床へと崩れ落ちていった。

 

「……なんて威力だ」

 

 ルークが自身の放った真空斬に驚愕している。吸った魔法があの最強魔女のファイヤーレーザーであった事が大きいのだろうが、それにしても恐るべき威力である。

 

「どうやら、若干こっちが不利になっちまったみたいだねぇ」

「だが、負ける気はないぞ」

「当然なのじゃ」

 

 最強魔女、バルキリー、金竜の三人が構える。それに呼応するように、ルーク、アレキサンダー、凱場の三人も腰を落とした。最上階での決戦は、もう間もなく決着と相成るところであった。

 

 

 

-暗闇地帯-

 

「随分と暗い場所だな」

「はい。この先に出口があります」

「出口? SM部屋ではなかったのか?」

「あ、そうです、SM部屋です」

「…………」

 

 砂漠地帯を抜けたランスとリズナは、辺り一面暗がりの場所を歩いていた。夜空に浮かんでいる星のようなものの輝きが微かに辺りを照らしている。リズナの行動を訝しむように見ていたランスだったが、ふと夜空を見上げる。

 

「……シィル」

 

 偶然か、はたまたランスの脳裏に焼き付いていたのか、その星々が合わさってシィルの顔のように見えた。瞬間、ピタリとランスの足が止まる。ランスの手を取って先に進もうとしていたリズナだったが、立ち止まったランスを見て背中に一筋の汗が流れる。

 

「待て、リズナちゃん……」

「(お願い……もう少しだけ騙されて……後は血達磨包丁だけ……)」

「もういい加減嘘は止めろ。SM部屋なんてないんだろう?」

「(……!?)」

 

 リズナの目が見開かれる。もう駄目だ、全てばれている。これ以上騙すことは出来ない。ここまで来て、後一歩のところで計画は失敗に終わってしまった。まだランスの力は必要なのだ。この先にいる血達磨包丁は、自分一人では倒す事は出来ない強敵。

 

「いい加減俺様は引き返すぞ。リズナちゃんが嫌なら、一人でも引き返す」

「待って、置いていかないで!」

「それじゃあ、リズナちゃんも来るか?」

「いや……それだけは……」

 

 引き返そうとするランスの手を取って懇願するリズナ。明らかに普通ではない。

 

「……何なんだ? いい加減全て話せ。前にも言ったが、これが正真正銘最後の通告だ。嘘は止めて、全て教えろ。俺様は美女の頼みは聞くことにしているからな、がはは!」

 

 笑いながらも、されど真剣な表情でランスがそう口にする。その申し出を受け、全てを打ち明けようかという考えがリズナの脳裏を過ぎる。

 

『誰も信じるな! お前の周りには敵しかおらぬ!』

「(駄目……男の人は私を騙す……あの景勝も、私を騙したんだ……)」

 

 だが、その考えを景勝の言葉が押し潰す。誰よりも信頼していたあの景勝ですら、自分を裏切ったのだ。今更ランスに真実を告げられるはずもない。そんなリズナから出てきた言葉は、ランスに対しては絶対に言ってはいけない言葉であった。

 

「救世主様……あの奴隷をお捨てになってはいただけませんか?」

「……なに?」

 

 ピクリとランスの眉が吊り上がる。その変化にリズナは気付くことが出来ず、言葉を続けてしまう。

 

「奴隷ならば、ここから脱出したら最高級品の者をお渡しします。お金も、私が城から持ってきた大判小判を全て差し上げます。だから、あの奴隷はお捨てになってください」

「……捨てる必要なんて無い。今から城に取りに戻ればいい」

「ですが、もう出口です。今から引き返すのは……」

「元々Hするためと偵察がてらに出てきただけだろう? 戻る約束だったはずだ。今更何を言っている」

 

 俯きながらぽつりぽつりと言葉を並び立てるリズナ。だが、その全てがランスにとっては矛盾している言葉であったため、とりつく島もない。もう騙しきれない。そう考えたリズナは、つい真実の言葉を漏らしてしまう。

 

「……もう、シィルさんは諦めて。戻っても……無駄です……」

 

 瞬間、リズナの首をランスの手がガシッと掴み、顔を強引に上げさせた。そのリズナが見たのは、これまで見たことも無いような憤怒の表情を浮かべたランスの顔。

 

「貴様……シィルに何をした!?」

 

 

 

-玄武城 宴会会場-

 

「かつて、JAPANを恐怖のどん底へと陥れた魔人、ザビエル。その使徒であった玄武というブ男は、下級武士の娘であった和華……わたくしに惚れ込んだのです」

 

 玄武城の宴会会場には、シィルと和華の姿があった。城から脱出する事の出来ないシィルは少しでも情報を集めようと思い、眠っていた和華を何とか起こして話を聞いていたのだ。因みに、眠り薬を他の者の二倍摂取してしまったとっこーちゃんはまだ眠っている。

 

「度重なる求婚を断られ続けたブ男の玄武は、遂にわたくしを攫います。そして、玄武城をわたくしの為に造り上げ、城に匿ったのです。城の生活は何不自由ないものであり、欲しいものは全て与えてくれました。そうして玄武は、いつかわたくしが自分の事を好きになってくれるのを待ったのです……」

「そんなの……勝手すぎます……」

「ええ。そんな玄武に、わたくしが心を開く日など永遠に来ませんでした。数年の後、玄武は魔人ザビエルの命令で戦場に出る事になりました。その間、わたくしが逃げ出す事の無いように城に魔法を掛けていったのです」

「それが……結界……?」

「はい。永久保護魔法。特定の場所に、特定の種族を永久に保護育成する為の魔法です。この魔法の対象種族の最後の一人は、永久に年を取ることも死ぬ事も出来ない。そして、特定の場所から抜け出す事が出来なくなるのです」

 

 シィルが息を飲む。本来は絶滅危惧種などを保護する為に使われる魔法だ。それを玄武は、人間を対象として掛けたのだ。本来は人間を対象にする事は難しいはず。それだけでも、玄武がかなりの魔力の持ち主である事が伝わってくる。

 

「出て行く前にわたくしの従者たちを全て殺し、他の人間が近寄れないよう万全の準備を整えて玄武は城を後にしました。自分が戻るまで、わたくしが逃げ出す事の無いように……」

「でも、戻って来なかった?」

「はい。玄武は恐らく戦場で果てたのでしょう。今の時代、JAPANには魔人ザビエルは存在しないのですよね?」

「はい。人間同士の争いは続いていますが、魔人は存在しないはずです」

 

 コクリとシィルが頷く。JAPANの戦乱の世に魔人は絡んでいないはず。となれば、魔人ザビエルと使徒玄武は大昔に果てたのだろう。

 

「迎えが来ない中、長い年月をわたくしはこの城で過ごしました。モンスターや妖怪たちはこの城に出入りが出来たため、彼らが唯一孤独を紛らわせてくれる存在でした」

「あの鶴の絵師さんも……和華さんに使えていた妖怪だったのかも……」

「わたくしの記憶はここまでです。その後、わたくし……人形と絵の混合である今のわたくしではなく、本来の和華がどうなったのかは定かではありません。恐らく、この場所を訪れた人間と入れ替わりで出て行ったのでしょう」

「責められる事ではありませんね……ひょっとしたら、和華さんは数十年、数百年単位でこの城に捉えられていたかもしれないのですから……」

 

 そう言いながら、シィルの表情が落ちる。それはそのまま自分の身にも起こりうる事だからだ。数十年、数百年、この城で独りぼっち。それは一体どれ程の孤独であろうか。

 

「リズナさんも……」

「うむ。あの者もこの城に囚われていた者の一人に違いあるまい」

「何か脱出の方法は……」

「別の人間と入れ替わる以外、存在しないと思います」

「そんな……」

 

 それは、誰かを犠牲にするという事だ。出来ればそんな方法を取りたくはない。ランスに流されて死体から金目の物を漁ったりもするが、基本的にシィルは善人なのだ。だが、自分を填めたリズナを責める気にもなれない。彼女もまた、想像も出来ないような孤独をこの城で味わったはずなのだから。

 

「ランス様……フェリスさん……」

 

 今はただ、自分の信頼する者たちに全てを託す事しか出来なかった。

 

 

 

-暗闇地帯-

 

「この馬鹿女がぁぁぁぁ!!」

「あぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……なんでも、なんでもしますから……」

 

 ランスの怒声が暗闇に響く。いつまで経っても口を割らないリズナに対し、ランスは何度も犯して強引に口を割らせたのだ。リズナの体は普通ではなく、何度目かのHを境にまるで肉奴隷のような反応を見せ、こちらの質問に対し全てを打ち明けたのだ。そして、ランスは知る。城の結界の秘密とリズナがそれに長い間囚われていた事、何度か人間が来たがその全てに騙されて脱出出来なかった事、その内の一人に長い間調教されて淫乱な体になってしまった事、そしてシィルが今その結界に囚われている事。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……置いていかないで……一人にしないで……」

 

 散々犯し尽くされたリズナが虚ろな目でそう宣う。その姿を見下ろしながら、ランスは吐き捨てるように口を開いた。

 

「馬鹿が……最初から素直に話していれば、助けてやったのに……」

「……えっ?」

「もう貴様など知らん!」

 

 そう言い残し、ランスは全速で暗闇地帯を引き返していった。一人取り残されたリズナは、その背中を呆然と見送りながら涙を流していた。

 

「あは……あはは……やっぱり私は……こんな淫売な体になってしまった私は……幸せにはなれないんだ……はは……」

 

 落ちてきそうな夜空の星を見上げながら、リズナは壊れた人形のように笑い続けていた。

 

 

 

-ギャルズタワー 20階-

 

「ライトニングレーザー!!」

「はぁっ!!」

 

 最強魔女から放たれたライトニングレーザーを斬り裂き、徐々に距離を詰めるルーク。これまでレーザー系統の上級魔法は完璧に斬り裂く事が出来なかったが、先程ファイヤーレーザーを吸収したことで威力が増したため、今では斬り裂く事が出来る。だが、そんな中でもルークは少しずつブラックソードの特性を確かめていた。

 

「(重ねて吸収する事は出来ないようだな……それに、徐々に威力が弱まってきている。一度吸収した魔法は時間制か?)」

 

 ファイヤーレーザーを吸収した以後、他の魔法の吸収は上手くいかなかった。また、そのファイヤーレーザーの炎も徐々に弱まってきている。

 

「まあ、この辺の詳細は勝った後にお前に聞けばいいか」

「あまり嘗めてると痛い目を見るよ」

 

 最強魔女がそう良いながら魔法を連発してくる。確かに、決め手に欠けているのだ。バトルノートを倒した今、韋駄天速で一気に決めたくもなるが、あの移動術の存在を知っていた最強魔女は異常なまでにそれを警戒している。下手に撃てば、カウンターを食らいかねない程だ。

 

「(あの動きについて来られるとは考え難いが、そう思わせる何かが奴にはある……)」

「ほらほら、ファイヤーレーザー! スノーレーザー!!」

「(狙うのは、奴の怯んだその瞬間!)」

 

 一筋の勝機を見据えながら、ルークは最強魔女の魔法を迎撃し続けていた。そしてその勝機は、もう間もなく訪れる。

 

「えぇい、どうしてまだ立ち上がるのじゃ! いい加減倒れよ!」

 

 金竜が怒声と共に拳を振るい、凱場の体を吹き飛ばす。だが、その一撃を受けても凱場は崩れ落ちず、口から血を吐き出して再度向かってくる。

 

「何度も言ってるだろうが。この冒険の主役は、この俺だ。その主役が、可愛い女の子モンスターに負ける訳にはいかねえのさ!」

「か、か、か、可愛い! こ、この無礼者!!」

 

 思わぬ言葉に動揺した金竜は背後から迫る者に気が付けなかった。否、その者の存在はこの部屋にいる誰一人として気が付けていなかった。それ程までに虎視眈々と、まるで蛇が這い寄るが如く彼女は金竜に近づいていたのだ。

 

「はぁっ!」

「ぬぐっ!?」

 

 背後から剣で峰打ちされ、金竜が苦悶の声を漏らす、チラリと振り返れば、そこにはクスシと共に相打ちになったはずの女戦士、セシル・カーナの姿。ギラギラとした眼で金竜を見据えながら、再度剣で斬りつけてくる。

 

「お、お主はやられたはずでは……」

「回復アイテムくらい持参しているさ……少し前から起きていたよ。そして、機を窺っていた」

「姑息な……」

「冒険者の鉄則と言って貰おうか」

「ナイスタイミングだ、セシルさんよぉ! そしてこれが、俺の必殺技だぜ!!」

 

 怯んだ金竜に対し凱場は鞭を絡め、手元のボタンを押して一気に鞭を収縮させて飛び掛かるように金竜との距離を詰めていく。まるで弾丸の如く猛スピードで迫ってくる凱場を見据えながら、金竜はニヤリと笑う。

 

「ふん、下郎如きの攻撃など耐えきって……」

「お前に一つ良いことを教えてやるぜ! 主役のここぞの一撃っていうのはなぁ……ご都合主義が発動してクリーンヒットするもんなんだぜ! 冒険野郎メガトンアタック!!」

「理不尽じゃぁぁぁぁ!!!」

 

 凱場の宣言通り、渾身の右拳は金竜の急所へとクリーンヒットした。グラリと崩れ落ちる金竜を見下ろしながら、ボロボロの状態だが何とか勝利を掴み取ったセシルと凱場がニヤリと微笑みあう。

 

「メタいな」

「まあ、そんなもんだ。主役は負けねぇんだよ」

「最近は主役が途中で死ぬ物語もあるデスよ」

 

 ハッキリ言って凱場の勝てる相手では無かった。だが、勝った。この理不尽さやご都合展開を呼び寄せる幸運が、彼を冒険野郎と言わしめている理由なのかもしれない。

 

「金竜が負けたか……エアレーザー!」

「(動揺は少ないか……まだだな)」

 

 だが、最強魔女は未だ動揺しない。彼女に隙を生み出せるとすれば、一体どのような事なのか。そう考えながら、ルークはひたすらに魔法を斬り捨て、隙を見て真空斬を放ち続ける。

 

「衝撃パンチ!」

「属性パンチ・轟嵐」

 

 バルキリーの衝撃パンチと、アレキサンダーの風と雷の合成属性パンチが交差する。ルークと最強魔女の戦い同様、こちらも均衡した状況を保っていた。そんな中、アレキサンダーはバルキリーの盾を見据える。あの盾に何度も攻撃を阻まれてきた。それが、この均衡した状況を生んでいる要因の一つだ。あの盾さえ壊してしまえば、一気に流れを持ってこられる。だが、一筋縄ではいかない。あの盾を破壊出来るとすれば、渾身の装甲破壊パンチのみ。

 

「(賭けにはなるな……)」

 

 だが、そんな渾身の一撃を放ったとあれば当然自分は隙だらけになる。それを見逃すバルキリーではない。出来るとすれば、左手一本でのガードのみだろう。それでバルキリーの一撃を耐えきれるのか。難しいところではあるが、試す価値は十分にある。

 

「(ここが勝負の分水嶺……参る!!)」

「(来るか……)」

 

 全身から闘気を溢れさせ、その闘気を収縮させて右拳に集めていく。アレキサンダー最大の必殺拳、全力の装甲破壊パンチだ。当然バルキリーも自分の盾が狙いである事は瞬時に見抜く。その上で、自身も右拳に闘気を溜めていく。

 

「(早々盾は壊させないと言いたいところだが、貴様ならば破ってくるだろうな。だが、返しの一撃で仕留めさせて貰う!)」

 

 バルキリーが放つのは、衝撃パンチの更に上。彼女が放てる最強の必殺拳だ。これは偶然ではない。導かれるように最強拳を放ち合うのは、強者同士の惹かれ合いによるもの。

 

「受けよ、装甲破壊パンチ!!」

 

 咆哮しながら渾身の一撃を繰り出すアレキサンダー。二人の予想通り、その一撃はバルキリーの強靱な盾を粉々に粉砕した。

 

「見事……」

 

 恐るべき威力に尊敬の念すら抱きながら、されどバルキリーは自身の勝利を確信する。今のアレキサンダーは、あまりにも無防備。せいぜい左腕でのガードが限界だろう。そんな生身の腕一本で、今から自分の放つ攻撃を防げるはずがない。

 

「だが、勝ったぞ! 特大衝撃パンチ!!」

 

 今度はバルキリーが渾身の一撃を放つ。すぐさまアレキサンダーが左腕を挙げてガードするが、そんなもので止められる一撃ではない。ズドン、という轟音が部屋に響き渡る。これで終わったはず。この者の左腕の骨は粉々に砕け、その衝撃は全身を駆け巡っているはず。

 

「はぁぁぁぁ!!」

「……!?」

 

 だが、アレキサンダーは倒れない。再度咆哮し、右拳をバルキリーの顔面目がけて放ってきているところであった。それに内心動揺するバルキリー。普通の腕で今の一撃を受けきれるはずがない。瞬間、異変に気が付いた。

 

「あれは……」

「まさか……」

 

 ルークと最強魔女が同時に呟く。轟音がしたため決着がついたのかと思い、アレキサンダーたちの方に視線を向けた二人が見たのは、岩石に覆われた左腕でバルキリーの一撃をガードしているアレキサンダーの姿であった。

 

「属性パンチ・土……」

「防御用の拳だと!? そんなものが……」

 

 何という発想。アレキサンダーは左腕に岩石を纏わせ、自らの防御力を上げたのだ。当然完璧に特大衝撃パンチを防げた訳では無く、彼の左腕の骨にはヒビが入る程度の衝撃は受けている。されど、崩れ落ちる程のダメージではない。そして、その技をルークは知っている。

 

「あれはまるで……」

「ノス様の……」

「……!?」

 

 最強魔女が漏らした言葉に目を見開くルーク。魔人ノス。かつてリーザス解放戦の最終戦において死闘を繰り広げた魔人だ。アレキサンダーもノスとは戦っているため、恐らくあの技はノスの技を参考にしたのだろう。だが、そんな事は今問題では無い。目の前の最強魔女は、確かに今『ノス様』と口にした。

 

「(まさかこいつ……だが、隙が出来たぞ!)」

「……はっ! しまっ……」

 

 慌ててルークに視線を戻した最強魔女であったが、そこにはルークの姿は無かった。それが意味するところは一つ。右手に魔力を集めながらすぐさま後ろを振り返ると、そこには想定通り剣を振り被っているルークの姿があった。今からレーザーを放てば、最悪相打ちには持って行けるはず。だが、最強魔女はルークの後ろに浮かんでいる人影を見て呆然とし、右手に溜めていた魔力を四散させてしまった。彼女の眼に映っていたのは、彼女が絶対の忠誠を誓っていた魔王。その彼女が、何故目の前の人間の背後に浮かび上がるのか。そして、何故そんなに楽しそうな表情を浮かべているのか。まるで、お気に入りの人間の強さを見せつけ、どうだと笑っているかのような無邪気な笑みだ。

 

「ジル様……」

「真滅斬!!」

 

 振り下ろされた一撃を避ける術は持たず、最強魔女の体が遂に崩れ落ちたのだった。そして、それはもう一つの戦場も同じ。

 

「はぁぁぁぁ!!」

「くっ……」

 

 アレキサンダーが放った右拳をすんでのところで後方に飛んで躱したバルキリー。恐るべき超反応。だが、目の前の光景に違和感を覚える。今し方放たれたアレキサンダーの右拳は握られておらず、まるで張り手でもしたかのように開かれていたのだ。その理由は、すぐに身を持って知る。

 

「がはっ……」

 

 直後、衝撃波がバルキリーの顔面に直撃したのだ。思わず首を仰け反らし、口から血を吐き出す。これも、リーザス解放戦時にアレキサンダーが目の当たりにした技だ。だが、それを放ってきたのはノスではない。

 

「真空波……会得していたのか!?」

 

 最強魔女を倒したルークが思わず声を漏らす。それはレッドの町での戦い。世界最強の格闘家フレッチャー・モーデルの弟子、ボウとリョクが使ってきた技だ。格闘家の弱点である遠距離攻撃をカバーできる使い勝手の良い技であり、流石は世界最強の格闘家であるフレッチャーが編み出しただけはあると賞賛出来る技である。あの技を、いつの間にかアレキサンダーは会得していたのだ。

 

「(お前に出会えた幸運に感謝するよ……今までも十分思っていたが、今再び確信した。間違いなく、お前は世界最強クラスの人間だ……)」

 

 あの日、リーザスコロシアムでアレキサンダーと出会えたことに感謝しつつ、背中に冷や汗が流れているのをルークは確かに感じていた。元々攻撃力は仲間の中でもトップクラス。素早さもある。属性パンチで魔法にも対応出来るし、土でのガードで防御も万全。更には弱点であった遠距離までカバーしてしまった。今のアレキサンダーと戦い、自分は果たして勝利を掴み取る事が出来るだろうか。

 

「分水嶺、掴み取ったぞ……」

「見事だ……名前、聞かせて貰おうか」

「アレキサンダー」

 

 距離を詰め、無防備のバルキリーに対し右拳を放つアレキサンダー。迫ってくるその攻撃を見据えながら、バルキリーは静かに笑った。敗北は悔しいが、久しくもある。この経験を糧に、自分は更に強くなれる。複雑な思いの中、彼女の取った行動は惜しみない賞賛であった。

 

「そうか……アレキサンダー、お前の勝ちだ」

「属性パンチ・無!!」

 

 バルキリーの右胸に深々と拳が突き刺さる。身につけていたライトアーマーの防御を無視するかのような衝撃が走り、バルキリーの体が崩れ落ちた。

 

「感謝します。貴女との戦いで、私も更に高みを目指せる」

 

 そう口にするアレキサンダー。彼もバルキリー同様、この経験を糧に更に高みを目指せると感じていたのだ。こうして、最上階での決着はついた。

 

「勝ったん……ですよね……?」

「終わったぁぁぁ! ルーク、あんた謎の解明料金、ちゃんと払いなさいよね!!」

「開口一番それデスか、ぶれないですね」

 

 まだ勝ちを確信出来ていなかったシトモネの横で、ロゼが盛大に伸びをしながら勝利を宣言する。それに続くように、凱場やセシル、アレキサンダーやルークの纏っていた空気も弛緩した。ここに来てシトモネもようやく実感する。自分たちは勝ったのだ。

 

「いやー、負けじゃ、負けじゃ。人間たち、お主たちは強いの」

「げっ、負けちまったのかよ……」

「責められる立場ではないぞ」

「判ってるけどよぉ……」

 

 むくりとクスシと雷太鼓が起き上がってくる。先に倒れていたため、目を覚ますのも他の面々より早かったのだろう。クスシは素直に負けを認めながら、倒れている仲間たちをヒーリングで回復していく。反面、雷太鼓は非常に悔しそうな表情だ。

 

「アレキサンダー、いつの間に真空波を覚えたんだ?」

「闘神都市での戦い以後ですね。やはり遠距離攻撃は必要だと考えましたので」

「チート乙」

「ロゼ殿……」

「(判らなくもないな……)」

 

 その場にしゃがみ込みながらルークがアレキサンダーに問いかける。日に日に隙が無くなっていくアレキサンダーに突っ込みを入れるロゼの言葉に、思わず頷きたくなってしまうセシル。

 

「悔しいのじゃ! ていっ、ていっ!」

「うぉぉぃ! キムチ投げるな!! っていうか、ギャルズタワーの秘宝がお前自身ってマジかよ。いらねぇよ!」

「わ、妾がいらんじゃと!? この無礼者! ていっ、ていっ!!」

「仲が良いのぅ」

「そうなんでしょうか……?」

「爆発しろデス」

 

 目覚めた金竜にキムチを投げられ、部屋を逃げ回る凱場。それを微笑ましげな瞳で見ているクスシと、あれは仲が良いと言うのか疑問に思い首を傾けているシトモネ。ボソリと呟くデス子という変な空間が出来ていた。

 

「おい、そこのお前。あの移動術反則だ! もう一回、もう一回勝負だ、てやんでぃ!」

「悪いな。あれは足への負担が大きくて、暫く動けないんだ」

「なんだとぉ!? そんなもん、気合で何とかしやがれってんだ!」

「やっぱり、使いこなせてはいないんだな」

 

 何故か雷太鼓に絡まれているルークであったが、その後ろからむくりと最強魔女が顔を覗かせてきた。渾身の一撃のつもりだったが、もう起き上がれるのかと驚くルーク。

 

「大丈夫なのか?」

「まさか。やせ我慢さ。でも、あんたも無事じゃあなさそうだねぇ」

「治療費、5000GOLDになります」

「何というぼったくり価格……」

 

 しゃがみ込んでロゼからの治療を受けているルークを見下ろしてそう宣う最強魔女。正しく、満身創痍という状態だ。やはり韋駄天速の負担は大きすぎる。

 

「それで、ブラックソードの秘密とかお前の秘密とか、色々と聞かせて貰えるんだろう?」

「それが約束だったしね。で、何から聞きたい?」

「そうだな……まずは……」

 

 ルークがそう口にした瞬間、グラリと塔が揺れた。眉をひそめる一同。

 

「地震……?」

「あっ! そうじゃった! 妾が負けるとギャルズタワーは崩壊するという仕掛けを作っておったんじゃった!!」

「うぉぉぉい! そんな仕掛け作ってんじゃねぇよ!!」

 

 雷太鼓の怒声が響き渡るのと同時に、ギャルズタワーの揺れが更に勢いを増した。

 

「有言実行」

「オチが付いたな」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか!!」

 

 どこかにやけているセシルと凱場に突っ込みを入れるシトモネ。ようやく元の調子が戻ってきたといったところか。

 

「とにかく、脱出するわよ! ダ・ゲイル、ルークを担いで」

「いえ、ダ・ゲイル殿も重傷です。ここは私が担ぎましょう」

「すまんな、アレキサンダー」

「まだ気絶しているバルキリーとバトルノートは私が運んでいくよ。よっと」

 

 アレキサンダーがルークに肩を貸し、最強魔女が戦闘時のマッスル体型になって二人を担ぎ上げる。尚も揺れは大きくなり続けているため、モタモタしている時間はない。一同は階段を全速で下りていき、道中にいるモンスターも全て回収してギャルズタワーを脱出していく。

 

「アレキサンダーの迸る汗がルークの肉体と絡み合う。密着した二人は、互いが纏う熱をその肌で感じながら呼吸が荒くなる……」

「ロゼ、その日記後で没収な」

「ルーク殿を担いで走っていても、呼吸が乱れるような鍛え方はしていませんが?」

「ああ、アレキサンダーは知らなくていい。純粋なままでいてくれ」

「はて?」

 

 器用にも走りながら日記を書くロゼをジロリと睨みながら、あの日記は他の日記同様没収する必要があると心に誓うルーク。まあ、こちらの反応を楽しむためにわざとやっているのは判っているが、それでも万が一あの日記がカスタムの面々の手に渡った時の事を考えるとゾッとする他ない。

 

「おやおや、そっちの趣味だったのかい?」

「違う!」

 

 ニヤニヤと後方から笑いかけてくる最強魔女だったが、フッと真剣な表情に変わる。

 

「詳しくは脱出してから説明するけど、先に私の正体だけ伝えておこうかねぇ……まあ、薄々勘付いてはいるだろうけどね」

「……?」

「やはりお前は、ノスの……」

 

 階段を下りながらそう宣う最強魔女を訝しげに見るアレキサンダー。彼女の正体とは一体。そして、ルークはそれに勘付いているというのか。気が付けば、側を走っていたロゼも日記を書くのを止めて最強魔女の言葉に耳を傾けている。そんな中、ルークは自身の至った結論を口にした。

 

「ノスの……使徒なのか……?」

「なっ!?」

「ああ。あたしはノス様の使徒、アミィだ」

「……!?」

 

 ルークの言葉にアレキサンダーが、アミィの言葉にロゼが目を見開く。普通の最強魔女ではないと思っていた。だが、まさか使徒だという考えには至っていなかった。それも、リーザス解放戦で人類を恐怖のどん底へ落としたあのノスの使徒だというのか。

 

「お前は一体……」

「……ーク……」

「……!?」

 

 アミィに対して問いを続けようとしたルークだったが、どこかから聞こえてきた声に目を見開いて後ろを振り返る。だが、そこにはシトモネとデス子しかいない。

 

「ん? どうかしたデスか?」

「フェリス……?」

「は? フェリスはここにはいないでしょ?」

「そう……だよな……」

 

 ロゼにそう言われ、ルークはもう一度だけ周囲を見回すようにしながら小さく頷いた。ここにフェリスはいない。だが、ルークは確かにフェリスの声を聞いたような気がしたのだ。

 

「(空耳……か……?)」

「……まあ、詳しい話は脱出した後だ。急ぐよ!」

「大崩壊はやっぱ楽しいぜぇ!」

「むっ、それには同感なのじゃ」

「どこも楽しくありませんよ!!」

 

 ルークの異変を察したのか、最強魔女は話を途中で切り上げて脱出を優先とする。先頭を走る凱場と金竜にシトモネが突っ込みをいれつつ、一同は全速で塔を駆けていくのだった。そんな中、ルークはもう一度だけ塔を振り返る。何故自分はフェリスの声が聞こえたのか、そんな疑問を抱きながら。

 

 

 

-砂漠地帯-

 

「げほっ、げほっ……いた!」

 

 上空から砂漠を見下ろしていたフェリスが目的の人物を遂に見つけ出す。呼吸が荒く、頭がガンガンと鳴っている。体調は最悪と言っていい状況だ。だが、ここで休む訳にはいかない。フェリスは全速力で地上へと降りていく。

 

「ランス! げほっ、げほっ……」

「んっ……フェリスか」

 

 ランスが上空を見上げると、そこには自身の使い魔の姿があった。息も絶え絶えといった様子なのは見て取れたが、今のランスには彼女が何をしにここに来たのかという疑問が一番に浮かんでいた。

 

「ランス、シィルが城に……」

「そんな事は知っている。今から引き返すところだ」

「リズナから……聞いたのか……? げほっ、げほっ……」

「うむ。それで、お前は何でここにいる?」

「……ん?」

 

 それは、本当に小さな掛け違い。

 

「なんでって、お前を呼びに……」

「シィルを置いてきてか? 使い魔なんだから、お前は城に残れば良かっただろうが!」

「いや、それは……げほっ、げほっ……」

 

 ランスは、リズナから最後に残された一人が脱出出来なくなるとしか聞いていなかった。そのため、ランスの脳裏に最初に浮かんだのはフェリスがシィルを置き去りにしてきたという考え。普段であれば、ランスを呼びに行くのには実力者であるフェリスの方が良いという事に考えは回るし、そんな事で憤慨するランスではない。だが、今のランスは直前にリズナに騙されていたという事への苛立ちと、シィルが城に置き去りにされているという焦りがあった。その怒りを、理不尽にもフェリスにぶつけてしまったのだ。弁明しようとするが、咳き込んで上手く説明が出来ない。そうこうしている内にランスは自分を無視して先へ進もうとしてしまう。

 

「とにかく、シィルを城から出さなくてはならんな。何か方法を考えねば……」

「方法……げほっ、げほっ……」

 

 確かに、未だ方法が見つかった訳では無い。ガンガンと鳴る頭でフェリスがぼんやりとその事を考えている。こんな時、ルークがいてくれれば何か方法を提案してくれたかもしれない。そう考えた瞬間、フェリスは目を見開いた。そうだ、ルークであればあの結界を無効化出来るかもしれない。

 

「ランス、ルークだ! ルークなら……げほっ、げほっ……」

 

 掛け違え続けたその綻びは、あまりにも悲劇的な結果を生んでしまう。

 

「貴様……こんな時でもルークか! 俺様もお前の主人なのだぞ!」

「んぐっ!」

 

 フェリスが押し倒される。普段であればもう少し抵抗できたかもしれないが、衰弱している上に今は100センチ程まで縮んでいる。ランスの力にまるで抵抗が出来ない。見上げれば、そこには苛立ちの頂点を迎えたランスの顔。

 

「違う……げほっ、げほっ……ルークなら……」

「えぇぃ、五月蠅い! お前にも体で判らせてやる!!」

 

 ガシッとフェリスの口を右手で塞ぎ、ランスは強引にフェリスの服を脱がしに掛かる。その行動が意味するところは、一つしかない。だが、それはマズイ。フセイの日だけはマズイのだ。その日は、絶対に人間と性交をしてはいけない。

 

「(止めろ、ランス……今日は、今日だけは駄目なんだ……)」

 

 言葉にしようとするが、口を抑えられているため言葉が発せられない。元々フェリスのルーク寄り過ぎる態度に少し思うところがあった。リズナに騙された直後で苛立っていた。そして、シィルが囚われていた。このどれか一つでも欠けていれば、このような事態にはならなかっただろう。自身の中に侵入してくるランスの物を感じ取り、必死にそれを抜こうとするがふらつく体は上手く動かない。激しく動くランスを呆然と見上げながら、フェリスはもう一人の主人の、いや、最も信頼できる相棒の名前を口にした。

 

「(ルー……ク……)」

 

 だが、その言葉が届く事はなかった。いや、もしかしたら奇跡的に届いていたのかもしれない。だが、もしそうだとしても今のフェリスを助け出す事など出来ない。ルークは今、この場にいないのだ。そして、ランスの精は確かにフェリスの奥へと『届いた』のだった。

 

 この綻びは、これまで築き上げてきていたもの全てを壊しかねないほどの綻び。

 

 




[人物]
リズナ・ランフビット
LV 26/39
技能 魔法LV1 護身術LV1
 玄武城に囚われていた女性。元々はゼスの中流家庭に生まれた魔法使いであったが、とある人物の策略にはまり玄武城に囚われてしまう。その後、多くの人間に騙され続け、その日々の中で穴奴隷として調教もされてしまい、非常に感じやすい体になってしまう。また、一度子供を身籠もっているが強制的に堕ろされている。見た目は十代だが、それは永久保護魔法で年齢を取っていなかった影響から来るものであり、実年齢は四十を越えている。また、とある理由から魔法が効きにくいという体質でもある。

景勝
 リズナの良きパートナーであるプチハニー。玄武城に迷い込んできた際、子供を堕ろされたあげく置いていかれて精神崩壊を起こしていたリズナを発見。献身的に介護し続け、今の状態まで何とか戻す事に成功する。リズナには何としても幸せになって欲しいと願っており、そのためには自分の命を投げ出す覚悟すらある。


[技]
属性パンチ・土
使用者 アレキサンダー
 アレキサンダーの必殺技。土の神の力を借り、己の拳に岩石を纏わせる。多少は攻撃力も上がるが、その真価は防御に発揮される。魔人ノスの体質を参考にして生み出された技。

属性パンチ・無
使用者 アレキサンダー
 アレキサンダーの必殺技。無の神の力を借り、己の拳から無駄な力を全て抜き去る。そこから放たれる拳は全ての防御を無視し、相手の体に直接ダメージを与える事が出来る。防御を破壊する装甲破壊パンチと、防御を無視する属性パンチ・無がアレキサンダーの切り札である。

バリア
 自身の前に透明の結界を生みだし、敵の攻撃を防ぐ魔法。生み出す結界の強度や大きさは術者の魔力量に依存する。

永久保護魔法
 稀少生物を保護する目的で使われる中級魔法。魔法の範囲内に入っている対象の成長を止め、死ぬ事のないようにその体を保護する。人間にこの魔法を使うのは至難の業であり、それこそ膨大な魔力を持っていないと実現は不可能。

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