-砂漠地帯 ギャルズタワー跡地-
「いやー、綺麗さっぱり無くなったわね」
「わらわの塔が……この下郎! どう責任取るのじゃ!」
「キムチ投げんな! どう考えてもお前の責任だろうが!」
砂漠の中に威風堂々とそびえ立っていた姿も今や懐かし。ギャルズタワーは完全に崩壊し、瓦礫の山が高く積み上がっているという悲惨な状況であった。さっぱりとした風景をロゼが笑い飛ばし、そのすぐ近くでは金竜と凱場が仲良く喧嘩していた。周囲には大量の女の子モンスターたちが座り込んでおり、これからどうしようかと各々話し合っている。
「住み処を失った女の子モンスターたちは、これからどうするんですか?」
「まあ、野に下るじゃろうな。別に野生に帰れない連中でもあるまいし、そう心配せずとも問題ないぞ」
「住みやすい場所の一つを失っただけに過ぎん。別に他の場所にも似たような住み処はあるさ」
シトモネの疑問にクスシとバルキリーが答える。元々女の子モンスターという存在は野生でも生きていけるように生み出されているのだ。野に放り出されて野垂れ死ぬような連中でもない。
「まあ、こうなったのも何かの縁じゃ。儂が責任を持ってモンスターたちが平穏に暮らしている場所に案内しよう。まあ、好きな所に行きたいという者は無理に連れて行かんがの」
「ほう。そんなところがあるのか?」
「ゼス南部のカドノマ湿地帯じゃ。あまり触れ回らないように頼む。下手に中途半端な強さを持った人間が迷い込んできたら、お互いに危険じゃからな」
「了解だ」
「それにしても、随分と珍しい発言をするわね。人間の心配までするなんて」
セシルの問いに簡単に住み処の場所を明かすクスシ。それだけこちらの事を信用してくれたようだ。だが、ロゼの目には人間が迷い込んでくる心配までしているクスシが珍しく映っていた。その問いに苦笑するクスシ。
「その昔、迷い込んでき人間の童と仲良くなった経験があっての。それ以来、あまり人間と争う気にはならんのじゃ。元々人間とはそこそこ友好的な種族じゃしの」
「へぇ……随分と珍しい経験ね」
「(人間の子供と仲良くなったクスシ……ん? 最近どこかで聞いた気が……)」
「で、話の続きといこうか。ルークって名前でよかったんだよね?」
「ん……ああ、ルークで合っている」
クスシの話が耳に入ってきたルークは、ごく最近そんな話を聞いた覚えがある事に気が付く。ギャルズタワー脱出後にロゼとクスシの治療を受けたルークは、一応歩くだけなら問題無いまでには回復していたため、今はアレキサンダーに背負われていない。クスシの話を聞いて少し前の事を思い出していたルークだったが、それを話したのが誰であったのかに至る前に最強魔女に話し掛けられ、そこで思考を止めてしまう。
「話す内容としては、あたしの話とブラックソードの事でいいね?」
「ああ……そうだな、少し離れよう。あまり大っぴらに聞かれたくない話でもあるしな」
「……そうだね。バトルノート、ちょっとこの人間と話してくるから、後は頼んだ」
「ふむ、任された」
最強魔女がバトルノートに軽く目配せをして、他の者が近寄らないよう頼む。すぐさま頷くバトルノート。ギャルズタワーの主であるはずの金竜に頼まない辺りは、適材適所と言ったところか。それに対し、ルークもロゼに目配せをして口を開く。
「ロゼ……」
「え? 着いていく気なんだけど」
「お前な……」
あっけらかんと一緒に話を聞くと宣言するロゼにため息を漏らすルーク。何となくそんな気はしていた。すると、その背後からアレキサンダーも近寄ってきた。
「出来れば、自分も一緒にお聞かせ願いたく思っていますが……」
「……まあ、仕方ないか。セシル、少しだけこの場を任せる」
「私は混ぜて貰えないのか?」
「スマンな」
「いや、気にしなくて良い。了解した」
「ダ・ゲイル。クスシから治療をちゃんと受けておきなさいよ。なんだかんだ一番の重傷なんだから」
「んだ」
これから話す内容は、魔人ノスが大きく絡んでくる。あまり大っぴらに話すのは避けたい内容だ。魔人との関わりがこれまで何度かあるロゼとアレキサンダーならば聞かせても問題無いと考えたルークは、二人を引き連れて少しだけ跡地から離れる。他の者たちに聞こえない程度に距離を空けたところで、先を歩いていた最強魔女が歩みを止めてこちらに振り返った。
「さて、何から話したもんかね……とりあえず、あたしの正体は先に話した通り、魔人ノスの使徒、アミィだ。これでも大昔は『虚空の魔少女』って通り名でぶいぶい言わせてたんだよ」
「虚空? 何故そのような通り名になったのですか?」
「普段は可愛らしい少女の姿だけど、戦闘に入ると筋肉剥き出しのマッスルボディになるからね」
「なるほど、少女の姿が虚空に消える。詐欺だ、金返せ! って事ね。いやー、中々面白いネーミングセンスね」
「ジル様が付けてくれた通り名さ」
その言葉に、否応なく緊張感が増す。ロゼは直接対峙していないが話には聞いているし、ルークとアレキサンダーにとっては忘れられるはずもない名前。これまで対峙してきた敵の中で最も強く、恐怖した相手。先々代魔王、ジル。
「魔王ジル……」
「流石に名前くらいは知っているみたいだね」
「いや、名前だけじゃない。その姿も、強さも、気高さも、俺たちは知っている……」
「なんだって……?」
「(気高さ……?)」
ルークの言葉にアミィが反応を見せる。ジルは遙か昔に封印されたはず。それなのに、どうしてこの男がその姿を知っているのか。この男がジルの移動術を使っていたのは、その辺りに理由があるのか。訝しげな目でルークを見てくるアミィであったが、それとは別に少しだけ驚いた様な表情でルークを見ている者がいた。アレキサンダーだ。彼にはルークの放った気高いという言葉が少しだけ引っ掛かったのだ。あの凶悪な魔王に対しての評価とは思えない。ルークの見ているジル像と、自分の見ているジル像に何か違いがあるとでも言うのか。
「リーザス解放戦ってのは知ってる? これを知ってるか知らないかで説明の面倒さが違うんだけど」
「当然知っているよ。今年初めに起こったリーザスとヘルマンの戦争だろう?」
「なら話は早いわ。その戦争の最中、魔王ジルは一度復活を遂げたの」
「なんだって!?」
「…………」
目を見開くアミィ。どうやら魔王ジルの復活は知らなかったようだ。だが、その反応にルークは違和感を覚える。すぐに疑問をぶつけようとしたが、まだ早いと考え直しロゼの話に補足を入れるべく口を開いた。
「俺たちは復活した魔王ジルと直接対峙した。あの移動術も、その戦闘の最中に見た物だ」
「ここにいるって事は、あんたらがジル様に勝ったのかい? 流石に信じられないよ」
「復活した魔王ジルの戦闘力は全盛期の数パーセント程しか出せていなかった。それでも俺たちよりも遙か高みにいた訳だが、魔剣カオスのお陰もありなんとか勝利する事が出来た」
「カオス……そうかい、またあの魔剣かい……」
憎々しげに舌打ちをするアミィ。どうやら魔剣カオスの存在はしっているようだ。ジルの敗北に何か思うところがあるのか、少しだけ悲しげな表情を浮かべた後にルークに向き直り疑問をぶつける。
「それで、あんたはあの移動術を見ただけで、今使いこなしているって言うのかい?」
「二度使っただけで歩けなくなるくらいの困憊具合を使いこなしていると言っていいかは判らんがな」
「(馬鹿言え……あの移動術が出来るだけで普通じゃない。いや、有り得ないと言ってもいいくらいの異常だ。こいつ、一体……)」
今度はアミィの方がルークの発言に違和感を覚える。ジルの移動術は壁の向こう側、遙か高みに位置する技だ。当然、人間がおいそれと使えるものでは無い。それを何故この男は使えているのか。疑問を抱きつつも、それを聞いたところでまともな返事は返ってこないだろうと感じ取ったアミィは別の疑問をぶつける事にする。
「あの時期にノス様の死を感じ取ったんだが……それも絡んでいるのかい?」
「ええ。魔人ノスは他の魔人を騙し、魔王ジルを復活させるべくリーザスに侵攻。見事その作戦は成功し、魔王ジルを復活させるに至ったわ」
「ですが、その後人類の反撃を受け滅びました。私も手を合わせましたが、あの者ほどの武人は未だに出会えていません」
「あんたがノス様の技にそっくりな物を使っていたのはそういう訳かい……ノス様が人類に負けたなんて信じられないけど、カオスが絡んでいるのなら別か……」
「強かった、圧倒的なまでにな。俺は途中から参戦した口だが、人類の強者が十人以上束になって掛かって、ギリギリのところで得た勝利だ」
「当然だ。ノス様は魔人の中でも最強クラスに位置する存在だよ」
再び悲しげな表情で自身の頭を掻くアミィ。主人の滅びは感じ取っていたようだが、直にその死に際を聞かされるとまた感じるものがあるようだ。
「てっきり、魔人同士の争いの中でレキシントン辺りに不覚を取ったのかと思っていたんだけどねぇ……」
「……ちょっといいか?」
ポツリと呟いたアミィの言葉にルークは再度違和感を覚える。これはもう無視出来ない。軽く右手を挙げてアミィの呟きを止め、自身の疑問をぶつけるべく口を開く。
「お前、本当にノスの使徒か? いや、聞き方が悪いか……お前、いつから人間界にいる?」
「……どういう意味だい?」
「あまりにも物を知らなすぎる。レキシントンは遙か昔、魔人と聖魔教団の戦争の最中に滅んでいる」
「……そうだったのかい?」
アミィが少しだけ驚いた様な表情を作るのを見ながら、ロゼは少し前の出来事、闘神都市での冒険を思い出す。あの冒険の最中で見つけたのは、魔人レキシントンの死体。ハウゼルの発言から鑑みるにレキシントンの死は魔人たちの間では有名な話であったはず。それなのに、ノスの使徒であるアミィは何故その事を知らないのか。確かにおかしな話である。
「それに、俺はアミィなんて使徒を知らない。聞いた事も無い」
「……魔人の使徒なんて、普通の人間じゃあ知らないだろう?」
「俺は変わっていてな。普通の人間よりも少し魔人たちの情報に詳しいんだ。ガイ期以前、ジル期とかの話にはそれ程詳しくないがな」
「(……驚いたわね。その話をアレキサンダーの前でもするだなんて)」
アミィの言うように、魔人の名前は人類に知れ渡っていても、使徒の名前まではそう広く知れ渡ってはいない。だが、ルークは違う。かつてのホーネットの生活の中で、使徒の名前も多く聞き及んでいる。魔人に詳しい、といういわばルークのアキレス腱にもなりかねない情報をアレキサンダーの前でする事に多少の驚きを見せるロゼ。それだけアレキサンダーを信用しているという事か、あるいはこうして情報を小出しにする事によって後々話す事になるであろう『人類と魔人の共存』という狂人の夢に賛同しやすくしようとしているのか。恐らく、両方だろうとロゼは考える。ルークは案外こういったしたたかな面も持ち合わせているのを知っているからだ。
「まあ、確かにおかしな話よね。贔屓目に見てもあんたは相当の実力者。それなのに、ノスは解放戦においてあんたを連れ歩いていなかった」
「確かに……アミィ殿が敵に回っていたら、こちらは更なる苦戦を強いられていたでしょうね。集団戦において、強力な魔法使いというのは数十人の戦士よりもよっぽど厄介です」
ロゼの言葉にアレキサンダーも頷く。アイゼルの使徒である宝石三姉妹にチューリップ3号が大破させられたのは解放軍にとって大きな痛手となった。反面、魔法兵の少ないヘルマン軍に対し志津香やアスカを筆頭とした魔法部隊が多大な戦果を挙げたのも真実だ。トーマや魔人ノス、魔王ジルを討伐したルークやランスに注目が向きがちだが、解放戦全体を通したときに最も戦果を挙げたのはマリアのチューリップ3号か、魔法部隊のどちらかになるだろう。マリアの天才ぶりに改めて感嘆すると共に、その彼女の助手として前線に立っていた香澄にも尊敬の念を覚えるアレキサンダー。彼女たちもまた、紛れもなく解放戦の英雄なのだ。
「レキシントンの死を知らなかった事、俺が知らなかった事、そこから鑑みるに、お前は長い事魔人界に戻っていない。違うか?」
「……当たりだよ。あたしはもう1000年以上も魔人界に戻っていない」
「それがおかしいんだ。使徒という存在は、何よりも主である魔人の事を考えて行動する存在のはず。そのお前がノスの元を離れた事、解放戦に参戦していなかった事、そして、ノスが滅んだのを知っていながら主の復活のために行動していなかった事。これらがどうしても繋がらない」
使徒という存在は基本的に主に絶対服従である。主のために行動し、主のために自らの命を投げ打っても惜しくはないという考えを持つ。闘神都市で出会ったアトランタとジュノーの二人も、主であるレキシントンのために行動をしていた。ホーネットから聞いた話だと、基本的に魔人と使徒の関係性は深いという。特に魔人ケッセルリンクと魔人カミーラは人一倍使徒を重用しているとか何とか。
「お前は、本当に魔人ノスの使徒なのか……?」
「あたしはノス様の使徒だ。ノス様、そしてノス様が信奉していたジル様、お二方の事は心の底から忠誠を誓っている。だからまあ、多少なりともあんたらが憎いって気持ちがあるのは嘘じゃないよ。ああっと、勘違いしないでくれよ。別に今更仇討ちとか思っちゃいないから」
「…………」
「なるほどね……ルーク、一つだけ仮説が立ったわ」
「……本当か?」
アミィの言葉を推し量るような目で見るルーク。嘘を言っているとは思えない。だが、それでは何故使徒の本能に抗うような行動をしているのか。そんな中、少しの間黙り込んでいたロゼが何かに至ったと口にする。ピクリと反応を見せるアミィを横目に、ルークがその結論を問う。一度アレキサンダーとアミィを軽く見てから、ロゼは口を開いた。
「つまり、今のアミィはノスの命に従って行動しているって事よ。それこそ、ノス自身の復活よりも優先されるような命令に従ってね」
「1000年以上も魔人界に帰らず、ノスの命令を実行しているというのですか!?」
「…………」
「筋は通る……だが、そんな事が……?」
「有り得なくはないでしょう? ジル封印後、ノスは真の主であるジル復活の為に先代魔王ガイに頭を垂れ続けたんだから。その辛抱強さを考えれば、自分の使徒にも似たような気の遠くなるような命令を下していても不思議じゃあない」
それは、途方もない所行。ガイ、ホーネットと偽りの主に頭を垂れ続け、1000年以上もの後にその悲願を達成したノス。ロゼの言うように、ある種の狂人である。そう考えると、ジルがノスの事をある程度信頼していたのは筋が通るのかもしれない。ジルも、そしてルーク自身も、同じように狂人なのだから。
「だが、そうなるとノスは一体何を命じたのでしょうか?」
「流石にそこまではね。教えてくれたりはしない訳?」
「悪いが、ノーコメントだよ。そもそも命じられているかどうかに関しても口を噤ませて貰う」
「あらあら、つれないこって」
アレキサンダーが顎に手を当てながら考え込むが、何も浮かばない。1000年以上も掛かる命令など、人類の想像の及ぶところではないからだ。アミィにカマをかけるロゼだったが、そもそも命じられているかどうかに関してもキッパリと口を閉ざされてしまった。これ以上の詮索は無意味であると感じ、軽くため息をつく。
「だがノス自身の命令だからといって、死後もノスの復活よりも優先されるものなのか?」
「ノーコメント。だけど、一つだけ教えてあげるよ。使徒の中には、特別な存在が二人いる」
「何……?」
アミィの言葉を受け、ルークが興味を示す。それはホーネットからも聞いた事の無い情報だ。何よりも、ホーネットはアミィの存在を知らない可能性が高い。その彼女が語る特別な使徒とは、一体誰の事なのか。
「使徒っていうのは、基本的に魔人自ら気に入った生物を使徒にするって相場が決まっているんだ。でも、そうじゃない存在が二人いる」
「そうじゃない……? 自分から使徒になったって事?」
「いや、それも結局は魔人自ら使徒にする訳だし、先の例と一緒だよ。そうじゃあない。魔人自らではなく、魔王ジルが選定してその魔人の使徒に抜擢した使徒が二人いるのさ」
「ジル自らだと……?」
ルークが思わず目を見開く。あのジルが自ら選定した使徒。当然、そこには何かの意味があるはずだ。
「一人はあたし。もう一人は、魔人ラ・ハウゼルの使徒、火炎書士」
「ハウゼル!?」
「こりゃまた、聞き馴染んだ名前が出てきたわね」
「おや、知っているのかい」
「まあ、以前に少しな」
ハウゼルの名前に三人共が反応を見せる。忘れようはずもない。闘神都市の激闘を共にくぐり抜けた戦友であり、人類と魔人の共存という夢に現実味を帯びさせてくれた魔人だ。彼女の使徒もまた、ジル自らの手で生み出されたというのか。
「つまり、火炎書士ってのも何かしらの命令を受けているって事……?」
「ノーコメント。だけど、その二体が特別な生み出され方をされたってのは事実だよ」
「……覚えておこう。貴重な情報、感謝する」
正直、この言葉の意味をまだ理解出来てはいない。この二体がどのように特別な存在であるのか、どのような理由でジルが使徒として抜粋したのか、その真意は判らない。だが、覚えておいて損はない情報だろう。人類と魔人の共存を目指すルークにとっては、情報はあればあるだけ良いのだ。
「さて……あたし自身の話はこんなもんだね。そっちが何故ジル様の移動術やノス様の技を知っていたのかも判ったし、話を次に移してもいいかい?」
「そうだな……ああ、次の話に入ってくれ」
「そうね。何だかんだ結構長く話しちゃったし、そろそろみんな待ちくたびれている頃だわ」
軽く皆が待っている方角に視線を移すロゼ。まだまったりと談笑しているように見えるが、もうそろそろ雷太鼓か金竜辺りが文句を言いに来ても不思議ではない。
「それじゃあ、ブラックソードの話を簡潔に纏めようかねぇ。人間界で長く暮らしていたあたしは、聖魔教団が作り出したブラックソードに関しての情報をいつの間にやら知る事になっていた。戦争自体にはあんまり興味が無かったから、そっちの方は詳しくないんだけどね。ノス様たちが負けると思っていなかったし」
「だからレキシントンの死を知らなかったのか」
「まさかレキシントンが人間に負けるとも思えなかったしねぇ……魔人の中でも相当上位の存在だったんだよ、あいつ。まあ、ノス様が嫌っていたから、あたしもあまり良くは思っていないんだけどね」
アミィの独白にルークとロゼは闘神都市で見つけたレキシントンの死体を思い出す。本来死体の残るはずのない魔人の死体が残っていたという異常な事態。あの時至ったのは、ノスがレキシントンを謀殺したのではないかというもの。ハウゼルからも聞いていたが、こうしてノスの使徒自らレキシントンを嫌っていたという意見を聞くと、あながちあの推察は当たっていたのかもしれないと考える二人。そんな事を考えているとも知らず、アミィは話を続けた。
「聖魔教団の生み出した闘神、闘将の弱点は魔法。それを補うために生み出されたのが、そのブラックソードさ」
「魔法吸収出来る魔法剣ですか……確かに、秘宝と呼ぶに相応しい代物ですね」
「ある程度の事は掴めたが、詳しい使い方を判る範囲で説明して貰っても良いか?」
「それが約束だったしね。いいよ、このアミィ様が直々に教えてやる」
アレキサンダーの言葉に応えるようにルークがブラックソードを抜く。今はもう先に吸い取った魔力が完全に消えており、元の状態だ。やはり一度吸収した魔力はそう長く持たないものらしい。そういったある程度の使い方は掴めていたが、細かいところまでは流石に判らない。となれば、詳細を知っているであろうアミィから情報を聞き出すのが一番手っ取り早い。ルークの持つブラックソードをその目に映しながら、アミィはゆっくりと言葉を続けた。
「ブラックソードの隠された能力は、魔法吸収能力。相手の放った魔法、あるいは味方の放った魔法を吸収して剣の力に変える」
「うへぇ……チート乙って感じね。よっ、このチート男」
「茶化すな。だが、制限もあるんだろう?」
ロゼの声を適度に流しつつ、ルークはアミィの目を見据える。少なくとも、重ねての吸収は不可能であったはずだ。その問いにコクリと頷くアミィ。
「ああ。吸収出来る魔法は一つであり、重ねがけは不可。一度吸収したら自らの意志で解放する事は出来ず、魔力が四散するのを待つしかない」
「なるほど……下手にあれこれと魔法を吸収していたら、肝心の大魔法に対して遅れを取る可能性がある訳ですね」
「弱い魔法は魔力が四散するのも早いから、適度に吸収するのもありだけどね。剣の威力が上がれば、斬る事の出来る魔法も増える訳だし」
アレキサンダーの言葉に頷きつつも、適度に吸収するのも手だと説明するアミィ。確かに元々魔法剣であるブラックソードは魔法を斬る事が出来るが、レーザー系統の魔法は威力が高すぎるため完全に消滅させる事は出来なかった。だが、アミィの魔法を吸った後はそれが可能となっていたため、大分戦い易くなったのは事実。
「相手の魔法を吸収出来るのは魅力的だけど、安定して戦うなら仲間の大魔法を吸収して戦うのが一番かしらね。志津香の白色破壊光線inブラックソード。白と黒が交わって最強に見える」
「(……悪くないな)」
「(……悪くないですね)」
「へぇ、お仲間に白色破壊光線の使い手がいるのかい。そりゃあ凄いが、多分無理だね」
ロゼの言葉に何故か興味深そうにしているルークとアレキサンダーであったが、アミィがゆっくりと首を横に振る。
「あんた、レベルは?」
「ギャルズタワー攻略前の時点で61だ」
「はぁ? 随分とまあ高レベルで……でも、それでも足りないね」
「……レベル差依存?」
「察しが良いね。これがブラックソードのもう一つの制限。吸収出来る魔法は持ち主のレベルに依存する。白色や黒色辺りの大魔法は……記憶が曖昧だけど、65とか70とかそんくらいのレベルが無いと持ち主に多大なダメージを与えたはず」
ロゼの問いにコクリと頷くアミィ。これがもう一つの制限、レベル差依存だ。初級魔法なら10~20、広域中級魔法なら40、レーザークラスならば50台というのが吸収の目安らしい。聖魔教団の技術を持ってしてもこれ以上は下げられなかったらしく、それ故このブラックソードを真に扱えたのは最前線で戦い続けて高レベルを維持していた一部の闘神のみであったらしい。
「だが、無理すれば吸えない訳じゃあないんだな?」
「一応ね。でも、反動はでかいから吸わないのをオススメするよ。当時もレベルが足りないのに魔法を吸って、腕が吹き飛んだ奴を見た事がある」
「……あまり考えたくない事態ですね」
アレキサンダーが片目を瞑りながらその凄惨な光景を思い浮かべる。ルークがそのような事態に陥るのは何としても避けたいところだ。
「まあ、それは最終手段だな。となると、志津香のファイヤーレーザー辺りを吸収して戦うのが基本になりそうだな」
「志津香との合体魔法……志津香と合体したいって事ね!」
「アレキサンダー。属性付与攻撃の先輩として、後で色々話を聞かせて貰っても良いか?」
「勿論です」
「おおぅ、無視は意外に堪えるわね……」
ロゼの発言を完全にスルーし、アレキサンダーと会話を始めるルーク。ここまでの完全無視は珍しかったらしく、ロゼがちょっとだけショックを受けている中、アミィが一度大きくため息を吐いて伸びをする。
「まあ、これで全部だね。その剣を使いこなせるかどうかは、あんたの腕に掛かっているよ」
「使いこなして見せるさ、必ずな」
「それで、アミィはこれからどうするの?」
「適当に人間界をぶらつくさ」
「ノスからの命令を果たしながら?」
「ノーコメント」
最後にもう一度カマかけをしたロゼだったが、アミィは静かな笑みで返すだけであった。流石に1000年以上も生きている手練れなだけあり、駆け引きも相応に出来るようだ。だが、静かに微笑んでいたアミィは少しだけ真剣な表情を作り、ルークたち三人をその瞳に捉えながら口を開いた。
「でも、あんたたちとはまたどこかで会うような気がするよ。その時、敵か味方かは判らないけどね」
「出来れば、味方であって欲しいものだな」
ルークが静かに笑い、それに応えるようにアミィも笑みを作る。こうしてノスの使徒、アミィとの情報交換は終わった。得られた情報は決して小さくない。思いがけない収穫に喜びながら、ルークたちは皆が待っている場所へと戻っていった。待っていたのは、気の短い金竜と雷太鼓の罵声の言葉。
「長ぇよ! 先に旅立っちまうところだったぞ!」
「わらわを待たせるとはとんでもない下郎なのじゃ!!」
「ちょっとマック。金竜はあんたの担当でしょ。落ち着けておきなさいよ」
「知らねぇよ! いつからこのお転婆姫が俺の担当になったんだよ!」
「ふっ……私の目にも凱場殿が金竜担当に見えていたがな」
ぎゃあぎゃあと喚く面々を適度に受け流すロゼ。凱場は金竜担当を否定しているが、セシルの言うように皆がそう思っていたところだろう。それを横目にルークたちはバトルノートたちの前まで歩みを進め、向き直る。
「そちらはこれからどうするんだ?」
「今の主の元に戻るさ。先程セシルたちから聞いた話だと、どうやら私たちの使う予定の抜け道とそちらの抜け道は別のもののようだ。出る場所も違うし、ここでお別れだな」
「久しぶりに心躍る戦いでした」
「こちらもだ。次は負けん」
ルークがバトルノートにこれからの事を聞いている横で、アレキサンダーとバルキリーが互いに拳を付き合わせていた。今回はアレキサンダーが勝利を掴んだが、次はどうなるか判らない。それ程までに二人の実力は拮抗していたのだ。思わぬ好敵手の出現に二人とも嬉しく思っているのだろう。その後、二、三言葉を交わした後に全員が立ち上がり向き直る。クスシ率いる大量の女の子モンスターたちもバルキリーたちと同じ出口から脱出するようであり、こちらと比べるとかなりの大所帯だ。
「それでは」
「そちらも怪我の無いようにな」
「楽しかったぜ、じゃあな!」
「またどこかで巡り会える奇跡に期待しておくぞ」
「ブラックソード、使いこなしてみせなよ」
バルキリー、バトルノート、雷太鼓、クスシ、アミィと順々に別れの言葉を口にし、女の子モンスターを引き連れて旅立っていく。その背中を見送りながら、シトモネがポツリと呟く。
「何だか、気持ちの良い女の子モンスターたちでしたね」
「ビビって動けなかった嬢ちゃんの発言とは思えないだ」
「そ、それは忘れて下さい!」
「まあ、そう気にするな。駆け出しには中々に辛い戦いだったさ。かく言う私もそれ程役には立てなかったしな」
まさかのダ・ゲイルからの突っ込みに顔を赤くするシトモネ。それをクスクスと笑う一同。一応セシルがフォローを入れるが、シトモネの顔はまだ赤いままだ。
「それにしても、ダ・ゲイルの怪我は完治してないわね。悪かったわね、無理させて」
「気にしないでくで。これも使い魔の務めだ」
「JSアタック……恐るべき技でしたね」
「ああ。あれ程の強者を統べる女の子モンスターの主ってのは、一体どれ程の剛の者なんだろうな?」
「案外、優男かもしれないわよ」
「まさか」
苦笑する凱場。だが、丁度その時とある場所でとある優男がくしゃみをしていたという事実を彼は知らない。
「まあ、暫くは呼ばないからゆっくり静養してなさい。本当に助かったわ。戻れ、ダ・ゲイル」
「了解しただ。それじゃ、皆の衆もまた……」
ロゼがダ・ゲイルを悪魔界に戻す。人間界よりも悪魔界の空気の方が体に合っているため、怪我の治りが早いのだ。フリフリと軽く手を振ってその場から消え去るダ・ゲイル。それを見送った後、ロゼが全員に向き直る。
「それじゃあ、帰りますか? 凱場ももういいんでしょう?」
「ああ。次回のラレラレ石は歴代最高の売り上げ間違い無しだな。感謝の意味も込めて、みんなには無料で送っておくぜ」
「気前が良いですね」
「では、行こう。確か最後にもう一戦あるはずだしな」
「そうなのですか?」
セシルの発言を受け、アレキサンダーがルークに向き直る。途中から参戦したアレキサンダーはこれから向かう脱出口を知らないのだ。
「ああ。俺たちが向かう脱出口には血達磨包丁というモンスターが待っている。入るときは姿を見せず、脱出する時にだけ現れる性格の悪いモンスターだ」
「ほう……強いのですか?」
「それなりにな。だが、バルキリーやアミィほどじゃあない。これだけの面子が揃っていれば、苦戦はしないさ」
「そうなのじゃ。わらわたちの敵ではないのじゃ」
「……って、おい! 何でいんだよ! バルキリーたちと一緒にいったんじゃ無かったのかよ!!」
平然と隣にいる金竜に対し盛大に突っ込みを入れる凱場。だが、金竜はその言葉に不満そうだ。
「馬鹿者。わらわはあの塔の攻略景品だと言ったじゃろ。約束を破るのはわらわの品位を落とす。よって、わらわはお主についていくぞ」
「来んなよ! いらねぇよ!」
「こ、この無礼者!」
「だから、キムチ投げんな!」
夫婦漫才の如く砂漠で追いかけっこを始めてしまった凱場と金竜を微笑ましげな目で見るロゼ。
「いやー、仲良いわねー」
「あれは仲良いんですか……?」
「あの仲の良さが判らないとは、まだまだ若いデスね」
「とりあえず、貴女がいる事にも突っ込んでおいた方が良いんでしょうか……?」
凱場と金竜の仲睦まじさが理解出来ていないシトモネと、何故かいるデス子。こちらはこちらでカオスな空間であった。その事に苦笑しているルークの側に、ゆっくりとセシルが近寄ってくる。
「ルーク殿」
「セシル、怪我はもう大丈夫か」
「ああ、問題無い。それよりもタワーの戦いではあまり役に立てず済まなかった」
「いや、金竜を落としてくれたんだ。十分な活躍さ」
軽く頭を下げてくるセシルに対し、肩を竦めながら言葉を返すルーク。凱場もセシルも十分に活躍してくれた。
「此度の冒険に誘ってくれて感謝する。良い経験になった」
「それは良かった」
「そして、見極めもついた」
「……ん?」
セシルが何を言っているのか理解出来なかったルークは思わず呆けた返事を返してしまう。それを受けながら、セシルは真剣な表情でルークを見据えてきた。
「ルーク殿、貴方は強い。トーマ将軍に勝てたというのも納得がいったし、リック将軍よりも上だと確信をした」
「…………」
トーマに勝てたのはあちらが大分消耗していた上に、持病を持っていたからである。そう言葉を返そうとしたルークだったが、それは出来なかった。セシルの表情は、未だ真剣そのもの。その口から紡がれる次の言葉を待ってしまったのだ。
「タワーで見せた移動術。あれは遙か高みに位置するものだ。なるほど、確かに人類最強の名を継ぐに相応しい人物かもしれない」
「…………」
「だが……私はルーク殿よりも強い人間を知っている」
瞬間、風が吹いた。ロゼに自身の夢を打ち明けたときと同じ、歴史の動く瞬間を歓迎するかのような一陣の風だ。それを肌で感じながら、ルークはセシルの目を見据えながらその問いを投げた。
「そいつの名前は?」
-玄武城 城門前-
「はぁ……はぁ……ようやく着いた。100メートルを10秒のペースで走り続けたな、流石は俺様……」
ぜぇぜぇと息を荒げながら城門の前に立っているのは、ランスだ。あれから全力でこの場所まで戻ってきたランス。流石に疲労困憊の様子だ。すると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あー! ご主人様発見なのれす! やっぱり鍾乳洞地帯にはいなかったのれす!」
「ん……? あてなか」
「ご主人様、会いたかったのれすぅ!」
ドタドタと駆け寄ってくるあてな2号だったが、ランスに近づいた瞬間思い切り蹴り飛ばされた。地面を転がりながら涙目でランスを見上げるあてな2号。
「あーん、酷いのれす」
「馬鹿者。シィルが閉じ込められているというのに何でお前がここにいる! フェリスと言いお前と言い、一体どういうつもりで……」
「ご主人様、城の結界は人間にしか効かないのれすよ」
「……ん? そうなのか?」
「はいなのれす」
ブンブンと首を縦に振るあてな2号だったが、彼女はまだ推察の段階での話しか聞いていなかったため、若干自分の都合の良いように喋ってはいる。とはいえ、その推察は当たっていたため、結果オーライではあった。あてな2号の言葉を聞き、眉をひそめるランス。
「(何だ、そういう事だったのか……フェリスの馬鹿め、ちゃんと言えばいいものを……)」
少し前にフェリスに行ってしまった罰を思い出し、ポリポリと頬を掻くランス。知っていればあそこまで酷い事はしなかったのにと少しだけ気にしているようだ。だが、今はシィルの事が先決。
「それで、シィルは!?」
「まだ城にいると思うのれすよ。って、ご主人様待ってなのれすー!」
あてな2号の返事を聞くや否や、城の中へと全力で駆けていくランス。その表情は珍しく真剣そのものだ。
「(シィル……まだ無事なんだろうな……?)」
-玄武城 宴会会場-
「シィル!」
「ラ、ランス様……」
勢いよく宴会会場の扉が開け放たれ、ずっと待ち望んでいた声が聞こえてくる。シィルがそちらに視線を移すと、そこに立っていたのはずっと会いたかった人物。
「ランス様……ランス様……ぐすっ……」
「……なんだ、まだ生きていたのか。とっくに死体になっていると思ったぞ」
「ランス様ぁ……」
ランスの悪態も今のシィルにはまるで気にならない。涙を溢しながらランスの胸に飛び込んでいく。普段ならばすぐに引っぺがされるところだが、そうしないのはランスなりの気遣いだろうか。シィルのもこもこ頭をわしゃわしゃと撫でながら、ランスが言葉を続ける。
「馬鹿者、泣くな」
「す、すみません……でも、ランス様の姿を見たら、私……涙が止まらなくて……」
「…………」
「捨てられたのではないかと……不安に押し潰されそうで……」
「ああ、もういい」
ギュッとシィルを抱きしめるランス。それを受け、シィルもランスの背中に腕を回してひしとしがみつく。その腕が微妙に震えているところをみると、よっぽど不安だったようだ。すると、後ろからも何者かがしがみついてくる。振り返ると、それはあてな2号。
「あてなもだっこして欲しいのれす。シィルちゃんばかりズルイのれす」
「こら、しがみつくな……シィル、お前もいつまでも抱きついているんじゃない!」
あてな2号とシィルを同時に引っぺがすランス。先程までは自分から抱きしめていたというのに、あてな2号が来た瞬間にこの態度である。恐らく、シィルを抱きしめているのを見られるのが恥ずかしかったのだろう。
「(折角ランス様が抱きしめてくれていたのに……)」
ちょっとだけ悲しげな瞳であてな2号の事を見るシィルであった。その後、ランスがここまであった出来事を説明し始める。リズナと共に脱出口に向かった事、景勝が襲ってきた事、そして、リズナの嘘を出来る男ランスは華麗に見破って見せた事。
「という訳で、嘘つきリズナは散々犯ってから捨ててきた。うむ、仕方の無い罰だな」
「捨ててきたのですか……?」
「うむ。本来なら殺すところだが、美女だから特別に生かしたやった。慈悲深い男だ、ブッダ様と呼べ」
「ぶっだ!」
「五月蠅い!」
あてながランスの顔を指差した瞬間、ポカリと頭を叩くランス。
「なんでー。言われた通りの事をしただけなのれす」
「なんかむかついた」
「……リズナさんは今も無事なのでしょうか?」
「は?」
あてなと戯れていたランスだったが、シィルの思わぬ言葉に声を漏らす。
「あのな、お前を罠にはめた女だぞ。何を心配しているか」
「ですが……」
「……更に言えば、あの女は俺様にシィルを捨てて一緒に逃げてくれと懇願してきたんだぞ。お前は怒っていい立場なんだぞ」
「…………」
複雑な表情を浮かべるシィル。確かにリズナは自分をはめた相手だが、どうしても憎みきれなかった。城に一人残される孤独を、ほんの少しの時間だが身を持って体験してしまったからだ。
「そういえば、フェリスさんは?」
「ん……ああ、フェリスなら悪魔界に戻った。体調が限界を迎えていたからな」
「そうですか……私のせいで……」
「えぇい、とりあえずフェリスの事は置いておけ」
ふと、ランスを迎えにいったはずのフェリスがいない事にシィルが疑問を抱き問いを投げるが、少しだけばつの悪いランスはフェリスの事を有耶無耶にし、さっさと話題を変えてしまう。
「でだ。この城には結界が張ってあってな……」
「あ、大丈夫です。その辺りの事は私ももう聞いています」
「聞いてる? 誰にだ?」
「和華さんです」
「ああ、確かにあいつなら結界の事を知っていてもおかしくないな。それで、和華は今どこに」
「眠っています」
和華もとっこーちゃんも今は宴会会場にいない。眠っている二人をシィルが布団部屋まで運んだのだ。
「ちっ……そもそも和華がもっと早く結界の事を言っていれば、こんな苦労はしなかったものを……」
「それで、どうされるのですか? 和華さんも脱出方法は知りませんでした」
不安そうな表情のシィルを見て、ふんと笑い飛ばすランス。
「まあ、俺様に任せておけ。とりあえずは城門前まで移動だ。結界を抜けられないかどうか、色々と試してみるぞ!」
「あてなも色々と試すのれすよ! でっきるっかな、でっきるっかな、なのれす!」
シィルの手を引っ張りながら階段を駆け下りていくランス。だが、ランスが戻ってくるまでの間に試せる事は全てシィルも試していた。正直、脱出方法を見つけるのは難しいだろう。それでも、シィルの胸には先程までと違う安心感が占めていた。ランスならば本当に脱出方法を見つけるかもしれないというのが一点、そしてもう一点は、愛しい人が側にいる事からくる安堵であった。
「(一人じゃないって、良いな……)」
孤独ではない素晴らしさを再確認すると共に、ずっと孤独であったリズナの事を思い返してしまうシィルであった。
-暗闇地帯 岩肌前-
「最低だよね……私……」
暗闇の中、座り込んでいる影が一つ。リズナだ。あれから自らの体の疼きを抑えるために何度も自分で自分を慰めた。何とか体の疼きは収まったが、その後に待っていたのはどうしようもない絶望感。
「淫乱で……馬鹿で……嘘つきで……こんな私は、きっとこの場所で死んじゃうんだ……」
「こらー!!」
その時、怒声が暗闇地帯に響き渡った。呆然とした表情のまま声のした方向を振り返ると、そこに立っていたのは心から信頼していたプチハニー、景勝であった。
「何をしておる……ん、あの男はどこに?」
「景勝……」
「そうか、あの男は去ったか。だが、ようやくここまで来たのだ! もう一踏ん張りし、脱出するのだ、リズナ!」
「…………」
あの後、やはりリズナの事が心配で景勝は痛む体を引きずってここまで辿りついたのだ。道中ランスとすれ違わなかったのは、幸運と言えるだろう。万が一頭に血が上った先程までのランスと出会っていたら、間違いなく殺されていた。必死にリズナを励ます景勝だったが、リズナが虚ろな表情で自分を見ている事に気が付き、先の自分の行動を思い返す。
「(しまった……この景勝は、今はリズナの敵であった……どうする、どうやってリズナを奮い立たせる……)」
「ありがとう、景勝……」
「ぬっ……?」
リズナから罵声を浴びせられると覚悟していた景勝であったが、リズナの口から発せられたのは罵声とは対極にある言葉、感謝であった。
「あの時の言葉は、私を決意させる為についた嘘だったんだよね……」
「リズナ……」
「最初はショックだったけど、そうじゃないかってすぐに気が付いた。その考えは、こうして景勝が姿を見せてくれた事で確信に変わった……」
ぽつりぽつりと言葉を口にするリズナ。これでも何年も共に過ごした仲だ。初めこそショックを受けたが、すぐに景勝の演技であったのではという考えには至った。だからこそ、その心に応えるために最後までランスを騙し抜きたかった。だが、それは出来なかった。
「ありがとう……それと、ごめんなさい……私、失敗した……」
「…………」
「私、最低の女の子だ。私なんて、死んだ方が……」
「馬鹿者!!」
先程よりも更に大きな怒声が辺りに響き渡る。だが、リズナはその声にも少しの反応しか見せない。
「生きる事を諦めるな! 諦める奴は敗北者、それこそ最低の奴じゃ! 汚名を浴びせられようと、泥水を啜ろうと、生き延びるのじゃ! そして、やれるだけの事をやりきってから死ね!」
「…………」
「リズナよ、もう一度、もう一度だけ立ち上がるのじゃ。その先に幸せが……」
瞬間、暗闇地帯が光り輝いた。一体何の光りだったのかリズナと景勝が理解するよりも先に、景勝の体が遙か後方へと吹き飛ばされる。
「がっ!」
「景勝!!」
思わず目を見開いて立ち上がるリズナ。小柄な景勝は今の一撃で大分遠くにとばされてしまったらしい。だが、爆発音は聞こえない。奇跡的に爆発せずに済んだのだろう。すぐさま攻撃の飛んできた方向を見ると、そこには5体のモンスターが立っていた。
「んー? 薄汚ぇ人間がいるぞ?」
「Meのマイクロ波を受けるのデス!」
「…………」
どうやら景勝を吹き飛ばしたのはゲイツのマイクロ波のようだ。それならば、死んではいないだろう。決して威力の高い技ではないからだ。とはいえ、リズナの中には怒りが湧く。大事な親友を吹き飛ばされたのだ。薙刀を強く握りしめ、モンスターたちに向き直る。雷電2体、サイクロナイト2体、ゲイツXP1体。ハッキリ言って、分が悪い。自分は恐らくここで死ぬだろう。それでも、先程の景勝の言葉が頭を過ぎる。
『生きる事を諦めるな! やれるだけの事をやりきってから死ね!』
「(やれるだけの事をやろう。駄目だったら、戦いの中で死ねる……それでいい。最低の私には、そんな死に様がお似合いだ)」
「ん? なんだ、やる気か?」
「……参ります!」
薙刀を手に、リズナは上級クラスのモンスターたちに向かって一人で突っ込んでいった。
-暗闇地帯 小道-
「うぅ……」
かなりの距離を吹き飛ばされてしまった景勝は暗い天井を見上げながら自らの不甲斐なさを恥じていた。元々仲間の爆発に巻き込まれて体は満身創痍であった。そこに今のマイクロ波。最早体は動かない。それでも、リズナが今戦っているのだ。ここで動けずして何が親友か。何がリズナの親代わりか。だが、それでも体は動かない。
「リズナ……」
「あっ……やぁっ……うっ……」
遠くからリズナの声が聞こえてくる。時折混ざっている苦悶の声からして、明らかに状況は不利。戦闘が始まって既に数分が経過。このままではリズナが殺されてしまう。それでも、自分は動く事が出来ないのだ。ポロポロと瞳から涙を溢し、懇願する景勝。
「誰か……誰かリズナを救ってくれ……」
その声に応えるものなどいない。そんな事は判っている。ランスを騙し、シィルを騙し、演技とはいえ一度はリズナをも騙した。これだけの鬼畜生の道を歩んだ自分の懇願など、届くはずもない。それでも、景勝は懇願する。誰でもいい。神でも悪魔でも構わない。リズナを救って欲しい。あの子には、幸せになる権利がある。
「誰か……」
瞬間、景勝の耳には確かに足音が聞こえた。
-暗闇地帯 岩肌前-
「はぁっ……はぁっ……」
「超力稲妻落とし!!」
「あっ……」
ここまで必死に粘っていたリズナだったが、遂に限界を迎える。雷電の強力な一撃を受け、薙刀を落として膝をつく。その周りには、雷電、サイクロナイト、ゲイツXPの死体が一つずつ。五対一という圧倒的不利な状況の中、リズナは雷電とサイクロナイトが後一体というところまで戦い抜いたのだ。だが、それもここまで。
「手こずらせやがって……薄汚ぇ人間が!」
「(やっぱり……駄目だった……)」
雷電の声をどこか遠くに聞きながら、リズナは息を吐く。精一杯やった。やれるだけの事はやった。それでも駄目だった。自分は恐らく、こういう星の下に生まれているのだ。
「(それでも……いつか……)」
ランスを騙し、シィルを騙し、一度とはいえ親友である景勝すらも疑ってしまった。そんな自分に幸運が訪れるはずはない。このまま無様に野垂れ死ぬのだ。それが、自分の定め。
「これで楽にしてやるぜ……」
「(いつか、救世主様が……)」
ランスのお陰であの城から出られた事をリズナは感謝していた。死ぬ前にもう一度外に出たい。その願いは叶った。その点では、ランスは紛れもなくリズナの救世主であった。だが、今の彼女に手を差し伸べる救世主にはなり得なかった。リズナの不幸はあまりにも積み重なり過ぎている。そんな彼女を救い出すには、救世主が一人ではとても手が足りない。そう、一人では。
「死ね!!」
振り下ろされる雷電の拳がどこかスローモーションに見えた。これが走馬燈か。だが、思い出したい過去など殆ど無い。自分の過去はあまりにも暗く歪んでいる。唯一光り輝いているとすれば、かつて玄武城に迷い込む前、若くやんちゃな王子と共に過ごした日々の事であろうか。そんな事を考えながら、リズナは死を覚悟した。
「真空斬!!!」
瞬間、目の前にいた雷電とサイクロナイトが両断される。一体何が起こったのか、リズナには全く理解出来ない。ただただ呆然としながら、声のした方向、後方にゆっくりと視線を向ける。
『もう少しだ。機は必ず来る』
景勝の言葉が思い出される。先程までその存在を懇願していたからだろうか。そこに立っていたのは、複数名の人間たち。ランスやシィルではない。誰も彼も始めて見る顔だ。そんな中、その中心に立って剣を構えていた人物にどこか後光が差しているようにリズナの目には映った。彼が今、モンスターを両断した人物だろう。剣を腰に差し、その男はリズナにゆっくりと近づいてくる。冒険者風の格好に、特徴的な黒髪と漆黒の剣。
「リズナ……で、合っていたかな?」
そう問いかけてくる男の声が、リズナの身体中に響き渡る。自然と涙が零れた。理由は判らない。だが、溢れる涙を止められない。
『救世主が、いずれ必ずやってくる』
「救世主……様……?」
救世主は、一人じゃない。
[人物]
アミィ (オリ使徒)
LV 52/94
技能 魔法LV2
魔人ノスの使徒である最強魔女。ジル自ら選定しただけの実力を兼ね備えており、使徒でありながら『虚空の魔少女』という通り名もつけられる程その名は広く知れ渡っていた。当時の魔人界では最強の使徒の呼び声も高かったが、ある時期を境にぱたりとその消息を絶つ。彼女が行方をくらます直前、ジルとノスに呼び出されていたのをケッセルリンクが目撃しているが、その場で何があったのかは謎に包まれている。当時に比べて現在レベルは下がっており、ルークが勝てた要因の一つでもある。名前はノベル版ランス「虚空の魔少女アミィ」より。
[モンスター]
雷電
さなぎ男が変態した姿。超巨漢のモンスターで、雷属性の相撲技を使ってくる強敵。一流の冒険者でも一度に数体を相手するのは骨が折れるとされており、さなぎ男の内に絶対に仕留めろというのは冒険者の鉄則である。
ゲイツXP
最強クラスのゲイツ種。不安定だったゲイツMeとは比べものにならないほど安定しており、世界基準。千鶴子や真知子のコンピュータにもゲイツXPの脳が使われている。