ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第148話 断ち切られた鎖

 

-暗闇地帯 岩肌前-

 

「辺りに敵の気配は無いな。一応防敵スプレーをそこら中に撒いてきたから、しばらくはやってこないはずだ」

 

 セシルがそう宣いながらシトモネと共に奥の方から歩いてくる。とある事情から暫くはこの場所に留まらなければいけないため、モンスターが寄ってこないよう対処をしてきたのだ。

 

「まあ、万が一寄ってきてもわらわがいるから安心するがよいぞ」

「一応女の子モンスターを統べる存在デスからね」

「へぇ……口だけじゃねぇんだな。やるじゃねぇか」

「と、当然なのじゃ! もっと褒めても良いのじゃぞ!」

 

 防敵スプレーの効果も完璧では無いため、万が一の際を考え警戒は怠らない。金竜、凱場、デス子、アレキサンダーの四人にセシルとシトモネも加わり、中央にいる人物を守るように四方へと警戒を飛ばす。彼女たちが守るその中央には、ロゼからの治療を受けているリズナと、それを見守っているルークの姿があった。

 

「随分と酷い怪我ね。まあ、一人でこれだけのモンスターと戦っていたんじゃあ無理もないか」

「あ、ありがとうございます……」

 

 ダメージと疲労から未だ立ち上がれないリズナ。その彼女の横にしゃがみ込み、ロゼはヒーリングを掛け続けている。周囲に散らばったモンスターの死体をチラリと一瞥し、陽気な口調でそう宣う。恐る恐るといった様子で礼を言うリズナに気にするなと返そうとしたロゼであったが、ツンとした匂いが鼻に届いたため眉をひそめる。

 

「(……この匂い)」

 

 恐らく、ルーク含め他の者は感じ取れていないだろう。それ程までに微かな匂い。だが、ロゼにとってはある種馴染み深い匂いであったため、すぐに察知する事が出来た。リズナの下腹部と手から匂っている、確かな女性の香り。

 

「(モンスターに犯されていた……いや、違うわね。自分で慰めていた……? こんな状況で?)」

 

 リズナの口調から彼女が狂っているようには見えない。それなのに、彼女はここで自分を慰めていたというのか。あまりにも理解しがたい状況にロゼが眉をひそめていると、当のリズナが目の前に立つルークを見ながら問いを投げる。

 

「ところで、一体どうして私を助けてくれたのですか……? それに、名前まで……」

 

 目の前の男が現れた際にはつい救世主様と口走ってしまったが、落ち着いてきたリズナには色々と疑問が湧き出していた。これだけの人間が何故この場所にいるのか。何故自分を助けてくれたのか。そして、何故リズナという名前を知っていたのか。その問いに対し、目の前に立つ黒髪の男はゆっくりと口を開いた。

 

「そうだな……まずは、自己紹介だ。俺の名はルーク・グラント、キースギルドに所属する冒険者だ」

「冒険者さんですか……」

「(……へぇ、ルークの名前を聞いても驚かないんだ)」

 

 リズナの反応に治療を続けていたロゼが内心驚く。解放戦の英雄、ルーク・グラントの名前は今や各国に知れ渡っているはず。解放戦に直接の関わりがないゼスの一般人や、田舎町の人間ならば知らなくても無理は無いが、リズナのような『戦える人間』でルークの名前に驚かないのは違和感がある。

 

「ギルドの依頼を受け、俺たちはこの少し先にある砂漠に立ち寄っていたんだ。君を助けたのと君の名前を知っていたのは、彼に頼まれたからだ」

「彼……?」

 

 リズナが首を傾げるのと同時に、ルークの道具袋からピョコリと景勝が顔を出してきた。瞬間、リズナの目が見開かれる。

 

「景勝!?」

「リズナ……無事で良かった……」

「景勝こそ……」

 

 先程モンスターに吹き飛ばされた景勝がそこにはいた。傷付いてはいるが、命に別状は無さそうだ。恐らく、自分同様ロゼから治療を受けたのだろう。ホッと胸を撫で下ろすリズナ。

 

「へぇ、本当にそのハニーと仲が良いんだ?」

「はい……景勝は、私の大事な親友です」

「まあ、ハニーは人間とも友好的な種族だから、まだ判るけどね」

 

 ルークの知り合いにもバーテンハニーの伊集院がいるように、元々人間と友好的な種族であるハニーと仲が良いのはそこまで珍しく無い。道具袋から這い出た景勝はリズナの手の平の上にピョンと飛び移った。嬉しそうにそれを受け止めるリズナ。

 

「驚いたわよ。道の真ん中に横たわったそのハニーが、『誰かリズナを助けてくれー』って呻いているんだもの」

「これが、俺が君の名前を知っていたのと助けた理由さ。丁度進行方向でもあったからな」

「そうだったんですか……」

「かたじけない」

 

 そう、脱出口を目指していたルークたちは道中倒れていた景勝を発見。彼の頼みを聞き、こうしてリズナ救出へとやってきたのだ。勿論、景勝に会わずとも道中モンスターに襲われているリズナを目撃していたら、助けないような連中でも無いがそれは置いておこう。

 

「こちらの事情は以上だ。それで、今度はこちらからも質問をいいかな?」

「えっ? 質問ですか……?」

「ああ。君は何故こんな場所にいる? そのうえ、一人でモンスターと戦っていた。確かに腕は立つようだが、明らかに普通ではない」

「…………」

「そ、それは……」

 

 ルークの問いにリズナは黙り込み、何故だか手の上の景勝が動揺している。その反応だけでも、何かの訳ありだというのが見て取れる。とはいえ、急かす必要も無い。ルークとロゼが黙って返事を待っていると、先に口を開いたのは景勝の方であった。

 

「実は、この景勝とリズナは旅の途中でな。ハニワ平原というハニーの楽園を目指しておったのじゃが、道に迷ってしまい……」

「景勝。もう良いです。もうこれ以上、嘘をつきたくありません……」

「リズナ……」

 

 だが、景勝の話の途中でその口元をリズナが覆ってしまう。心配そうに見上げてくる景勝に一度頷き、リズナはルークの目をジッと見据えながら口を開いた。

 

「お話しします……この先にある不思議な城の話と、私が犯してきた罪を……」

「罪……?」

 

 そして紡がれる、真実。かつて不思議な城へと迷い込んでしまった事、結界の中に閉じ込められてしまった事、何人もの人間に騙され続けて来た事、そして、旅の冒険者を騙してここまで抜け出してきた事。それは、ある種の懺悔だったのかもしれない。格好こそ半裸だが、一応シスターであるロゼの姿を見てそういった気持ちが一層強く芽生えたのだろう。周囲に散らばっている仲間たちも遠目にリズナの話を聞いている。その反応は様々だが、シトモネや金竜辺りが特にリズナを哀れんでいるように見て取れた。全てを話終えたリズナは、一度深く息を吐いた。

 

「以上です……私は何も知らない冒険者を騙し、自分だけのうのうと抜け出してきたんです。今だって、こうして告白する事で自分が抱え込んだ事を少しでも楽にしようとしている……最低の人間です……」

「…………」

 

 ルークもロゼも黙り込んでいるが、無理もない。果たしてこの後二人から発せられるのは、どんな言葉だろうか。侮蔑か、哀れみか。どちらにせよ、今のリズナにとってはより心を傷つけるだけの言葉。だが、それでも誰かに聞いて欲しかった。この重荷を、自分自身では支えきれなかったからだ。その自分勝手な思いも嫌になる。ドロドロとした感情がリズナの中に渦巻いている中、真剣な表情をしていたルークがゆっくりと口を開いた。

 

「なるほどな……つまり……」

「…………」

「その城で生活をしていれば、殆ど年を取らないという事か。暫くそこで生活してみるのも悪くないか」

「……へ?」

「第一声がそれですか!?」

 

 ルークの言葉は、想定もしていなかったもの。呆気に取られたリズナは思わず声を漏らしてしまい、遠くではシトモネの突っ込みが聞こえてくる。どうやら聞こえていたようだ。すると、横で治療を続けていたロゼがむにっとリズナの頬を引っ張った。

 

「んー、凄い弾力。私よりも遙かに年上とは思えない張りね」

「な、何を……」

「き、貴様ら。リズナのこれまでの苦労をそんなさらりと……」

「大変だったわね」

 

 戸惑うリズナの頬をむにむにと引っ張ったまま、ロゼがふいにそう呟く。だが、沈痛な面持ちではない。苦笑しながらの労い。それはまるで、少し大変な仕事をしてきた知人に対して掛けるような、軽い言葉。怒り半ばであった景勝も、ロゼの意外な反応に思わず口を噤んでしまう。すると、目の前に立っていたルークがスッと腰を落とし、座り込んでいるリズナと目線を合わせてきた。

 

「リズナ……君にこれまで降りかかった悲劇を俺たちは同情する事は出来ても、真の意味で理解する事は出来ない。いや、簡単に理解したなどと言ってはいけない……」

「…………」

「同時に、これまでの君に対して掛ける適切な言葉を俺は持ち合わせていない。恥ずかしい話だがな……」

「むぅ……」

「だから、俺はこれからの君に対して言葉を掛けさせて貰う。君は、これからどうしたい?」

 

 この男は、本当に今のリズナの話を聞いていたのか。景勝が抱いたのは、そんな疑問であった。なぜならば、リズナの答えなど決まりきっているからだ。それは、外への脱出。そのためにランスたちを騙し、ここまでやってきたのだ。訝しむ様な目つきでルークを見上げていた景勝であったが、直後に自身の思い違いを恥じる。それは、リズナが口にした言葉を聞いたからだ。

 

「謝りたいです……」

「あっ……」

「そんな事で私の罪が消えるとは思わない。でも……それでも……私はあの人たちに謝りたい……」

 

 両手を地に付けながら俯き、ボロボロと涙を溢すリズナ。モンスターたちを倒し、こうして人と合流出来て孤独では無くなったリズナが最も感じていたのは、後悔という感情であった。城から脱出したかった。もう一人ではいたくなかった。それでも、自分はシィルを騙すべきではなかった。このまま外に出ても、この後悔は一生背負っていく事になる。だからこそ、謝りたい。許して貰えるはずもないが、シィルにどうしても詫びたいのだ。瞬間、ルークは立ち上がった。

 

「ならば、戻ろう」

「えっ……」

「何を……」

「これまでの君に出来る事は何も無い。だが、これからの君にならば俺は協力出来る」

「このまま脱出しても、罪を背負っての暮らしはとてもハッピーエンドとは呼べないわね。そういった事例、何度か見てきてるわよ」

 

 神官であるロゼは、そういった罪の意識を背負った人と相対した経験が何度もあるのだろう。自身の経験を語りながら、ロゼもスッと立ち上がった。呆然とするリズナと景勝。今から城に戻って、シィルに詫びを入れて、その後はどうするというのか。景勝に不安が過ぎる。まさか、罰だと言ってリズナを城に残していくつもりではないだろうか。そんな事は絶対にさせない。キッとルークを睨み付け、景勝が一歩前に出ようとしたそのとき、その気持ちをルークの仲間たちが代弁し始めた。

 

「でも、ルークさん。城に戻っても、誰か一人は残らなきゃいけないんですよね!?」

「玄武城の結界……わらわも聞いた事があるぞ。あれを破るのは、それこそ伝説級の魔法使いでもなければ不可能じゃ」

「どうするつもりデスか? 誰かが犠牲になったのでは、ハッピーエンドとは呼べないデス」

 

 シトモネ、金竜、デス子が口々に疑問を投げる。セシルと凱場も難しい顔をしながら考え込んでいる。誰も解決策を見つけられないのだ。誰か一人を犠牲にしなくてはいけない結界。何と厄介な代物か。だが、周囲を警戒していた者の一人であるアレキサンダーは静かに頷き、ゆっくりとルークたちの方へと歩みを進めた。まるで城へと戻る事に異議が無いとでも言うように。すぐに立ち上がったロゼと、このような行動を取るアレキサンダーは何かを判っているとでも言うのか。

 

「一体どうするつもりじゃ……?」

「最後の一人を永久に閉じ込めておく結界……確かに厄介な代物ですが……」

「そうね。それでも、ルークなら……」

 

 景勝の問いに対し、こちらへと歩み寄ってきたアレキサンダーと、立ち上がって景勝を見下ろしていたロゼが順々に答え、そして最後にルークがゆっくりと口を開いた。

 

「俺なら、誰も犠牲にする事無く城から出る事が出来る」

「なんじゃと!?」

「まさか……」

 

 景勝とリズナが同時に声を上げる。到底信じられない。あの結界は、これまで幾人もの冒険者が解除を試み、挫折してきたもの。それを解決する手段が、魔法使いでもないこの冒険者が持ち合わせているというのか。スッとリズナに手を伸ばすルーク。反射的にその手を取ってしまったリズナを優しく起き上がらせ、クルリと振り返ったルークは背中越しに言葉を続けた。

 

「行こう。君にとって忌まわしき城の、その呪縛を断ち切りに」

 

 救世主。リズナの頭を過ぎったのは、出会いの時と同じその三文字であった。

 

 

 

-玄武城 城門前-

 

「くそっ……この俺様が考えられる殆どの手段を試したが、脱出出来ん。えぇい、忌々しい結界め!」

「(Hしながら脱出を試みれば二人だけど一人と判定されるから大丈夫という理論は流石に無理があったと思います……)」

 

 城門前には、息も絶え絶えなランスたちの姿があった。シィルと合流後、ひたすら全員での脱出を試みたランスたちであったが、どれもこれも失敗に終わっていた。シィルがこれまで試した手段の中でも一際しょうもなかった手段を思い出して涙目になっていると、あてな2号がボソリと呟いた。

 

「ご主人様、これもう無理れすよ。発想の転換なのれす」

「む? なんだ、その転換とは」

「もうここで暮らすとかどうれすか? あてなはご主人様と一緒ならどこでも楽園なのれすよ」

「却下だ、この馬鹿」

「がーん、なのれす」

 

 流し目でランスを誘惑したあてな2号であったが、速攻の馬鹿呼ばわりにショックを受ける。まあ、三秒ほどで忘れる程度のショックだが。すると、ランスが顎に手を当てて考え事を始める。

 

「だが、発想の転換というのはありだな……全員で脱出するのではなく、誰かを生け贄に捧げる……リズナちゃんを連れ戻すか?」

「ランス様、それは……」

「……いや、リズナちゃんにはもう十分罰を与えたし、流石に可哀想か。あの砂漠を戻るのも面倒だしな」

「ほっ……」

 

 ランスの独り言を聞いていたシィルがホッと息を吐く。出来ればリズナにはこれ以上の苦労を背負って欲しくない。

 

「となれば……おっ、そういえばバードがいたな。ちょっくら捕まえてくるから待っていろ。あてな、お前もシィルと一緒に留守番だ、いいな」

「え!? ら、ランス様……流石にそれは……」

「出来れば連れて行って欲しいれすけど、あてなは良い子なので好感度アップのために頷いておくのれす」

「がはははは! バード、今すぐ捕まえてやるから覚悟しておけ!」

 

 大笑いしながら駆けていくランス。流石にかつて共に冒険した事もあるバードを生け贄に捧げるのは気が引けたのか、シィルがランスを止めようとするも時既に遅し。せめて逃げ果せて欲しいと祈るシィルであった。

 

 

 

-砂漠地帯-

 

「あれか」

「なんだ、ギャルズタワーからそんなに離れていなかったんだな」

 

 先頭を歩いていたルークが目の前に見えてきた城を指差す。砂漠のオアシスから一時間程しか歩いていない。その程度の距離に玄武城はあった。後方を歩いていたリズナの表情が落ちる。忌まわしき玄武城。その城であったこれまでの出来事を思い出してしまったのだろう。すると、スッと横にロゼが近寄ってくる。

 

「大丈夫よ。あいつが全部終わらせるから」

「…………」

「だから、乗り越えなさい。突き放すような言い方だけど、それはアンタにしか出来ない事だから」

「……はい」

 

 静かに頷くリズナと、未だルークたちを訝しんだ表情で見ている景勝。全てを終わらせる手段があると言ったルークであったが、その方法を道中何度も聞いたが、遂に教えてはくれなかったのだ。見るに、他の仲間たちもロゼとアレキサンダー以外は知らない様子。

 

「(本当に脱出手段などあるのか……? この者たちも、リズナを騙すつもりなのではないのか……?)」

 

 既に一度は死を覚悟した身。なればこそ、いざという時は再び自爆でリズナを守る。そんな景勝の気負いを知らず、ルークたちは南の門を潜るのであった。

 

 

 

-玄武城 城下町-

 

「ここが玄武城か……」

「JAPAN風だな。大陸には珍しい」

「風情がありますね」

 

 城下町へとやってきたルークたちは遠くにそびえ立つ城を眺めていた。大陸には珍しいJAPAN風の建物。セシルやアレキサンダーといった冒険のベテランでもJAPAN風の城は珍しいのか、感心した様子で見上げている。

 

「この中でJAPANに行った事のあるのって、誰かいる?」

 

 ロゼの何気ない質問に手を挙げたのは凱場のみ。意外そうな顔で口を開く凱場。

 

「なんだ、俺だけか。争いは多いが、良い場所だぜ。ルークやセシル、アレキサンダーなんかは行っていてもおかしくなさそうだがな」

「あいにく今まで縁がなくてな。いつか行きたいとは思っているんだが」

「JAPANからの傭兵要請は殆ど無いからな」

「武闘家が少ないと聞きますので、つい後回しに……」

 

 三者三様の理由ではあるが、JAPANに訪れた事が無いというのは皆同じである。強者が多くいるJAPANにはいつか行ってみたいと思っているが、それでも関係を結んでおくという意味では三大国に比べて優先度が落ちるため、ルークもJAPANは後回しにしていた。

 

「もしいつか行く事があれば、毛利って家の連中には俺の名前を出せばそこそこの待遇はしてくれると思うぜ」

「ほう? JAPANでの知り合いか?」

「昔、冒険の際に世話になった。気性の荒い連中だが、馬があってな。一度認められりゃあ、気の良い連中さ。俺の名前を出しても腕試しくらいはされるだろうが、まあルークなら大丈夫だろう。覚えておきな」

「ああ。毛利だな」

 

 凱場の言葉に軽く頷くルーク。JAPANの毛利家。いつか関わる事もあるだろうかと考えていると、城下町の外れがやけに賑わしい事に気が付く。

 

「町の外れが騒がしいデスね」

「リズナ、心当たりは?」

「いえ、判りません」

「少し寄ってみる? 城の方は一刻を争う事態って訳じゃないし」

「そうですね。もしあちらの賑わいが緊急事態なのであれば、何か協力出来るかもしれません」

 

 ロゼの問いにシトモネが頷く。確かに城へは急ぐ必要があるが、それでも一分一秒を争うという事態ではない。町外れの喧騒は多少常軌を逸しているレベルだ。間違いなく、何かが起こっている。

 

「リズナ、すまないが少し寄り道をしてもいいかな?」

「あ、はい、大丈夫です」

 

 一応リズナに確認を取った後、ルークたちは町外れへと歩みを進めていった。

 

 

 

-玄武城 古井戸-

 

「あれは……」

「ひっ……あ、あのまじしゃん、生首を持っています!」

 

 騒がしい方向へとやってきたルークたちが見たのは、異常な光景。井戸の前で生首を抱えているまじしゃんと、それを取り囲んで声援を送っている異形の者たちの姿。アレキサンダーとセシルがすぐさま身構えるが、ロゼが異形の者たちの正体に気が付く。

 

「妖怪? JAPANでもないのに、こんなに沢山いるだなんて……」

「妖怪だって? おたま男と同じ妖怪か?」

「ええ……ぬりかべに一端木綿、かわうそに二口女……あれは顔が描いてあるけどのっぺらぼうかしら? 有名な妖怪ばかりよ」

 

 図鑑で見た事のある妖怪たちばかりだが、それは異常な状況であった。妖怪というのは、基本的にJAPANから出られないはず。おたま男一人ならば大陸で生まれた特異の妖怪としてまだ納得がいったが、これだけの数がいるのは流石におかしい。すると、妖怪たちもルークたちに気が付く。

 

「ニンゲン ナゼコンナバショニ? オマエタチモ ランスノナカマカ?」

「……ルーク。今ものすごく聞き覚えのある名前が聞こえたんだけど、気のせいかしら?」

「気のせいではありませんよ、ロゼ殿。自分にも聞こえました」

「ですよねー」

「こんなところであの者の名前を聞くとはな……」

 

 アレキサンダーに突っ込まれて乾いた笑みを浮かべるロゼ。後ろに立っているセシルもクスリと笑っている。解放戦時に何度も聞いた名前だ。

 

「すまない、今ランスと言ったか?」

 

 一同が驚いている中、ルークが一歩前に出てのっぺらぼうに問いかける。その問いにコクリと頷くのっぺらぼう。

 

「ランス サイキンコノマチヲオトズレタ ニンゲン テッキリ シリアイカト」

「いや、知り合いというのはあっている。こんな偶然もあるものなんだな」

「えっ!?」

 

 思わず声を漏らすリズナ。全員がすぐにリズナへと視線を集めると、その顔色は明らかに青ざめていた。肩に乗っている景勝も絶句している。静寂の中、第一声を放ったのはセシル。

 

「まさかとは思うが、貴女が騙した冒険者というのは……」

「ランスさんと……シィルさんです……」

「世間は狭いな……」

 

 苦笑するセシル。反対に、リズナの顔色は一層青ざめていた。これまで非難されていなかったリズナだが、流石に知人を騙したとあっては罵声の一つでも浴びせられると考えたのだ。だが、ルークたちからはいつまで絶っても罵声が飛んでこない。それどころか、談笑を始めている。

 

「何となく納得。案外騙されやすいからねぇ、ランス」

「ふぅ……まあ、シィルちゃんを助けるために急いで戻ったのは褒めるべき事だな」

「シィル殿があの城に……いかん、緊張してきた」

「ランスさん……キースギルドの先輩ですし、挨拶をしておかないと……」

「何だ? 俺以外みんな知り合いか?」

「わらわも知らないのじゃ」

「デス」

「いや、お前らは当然だろう」

 

 うんうんと頷くロゼ、リズナから聞いた話である途中でパートナーを助けるべく引き返した冒険者がランスであったと知って少し嬉しそうにしているルーク、何故か緊張しているアレキサンダー、気合を入れているシトモネ、周囲を見回す凱場とそれに答える金竜&デス子、冷静に突っ込みを入れるセシルと反応は様々。だが、誰もリズナを非難してこない。

 

「でも、フェリスがいただろうに、随分と簡単に罠にはまったわね」

「フェリス? フェリス……じゃなかった、フェリスさんが帰ってきたの?」

 

 フェリスという言葉にこれまでこちらに気が付いていなかったまじしゃんが反応を示す。その胸に抱えているのは、明らかに生首。一体どういう事態なのかとルークたちが眉をひそめていると、ルークの顔を確認したまじしゃんが目を見開いた。

 

「あ、あんたは! な、なんでここに!? あ、そうか、フェリスさんが呼んで来たのか……」

「……知り合い?」

「いや、記憶にないな……待てよ、フェリス……もしかして、お前闘神都市にいたまじしゃんか?」

「……あれ? フェリスさんに聞いて来たんじゃないの?」

 

 それは思わぬ再会であった。かつて闘神都市でフェリスと共に対峙したおかゆフィーバーの恋人であるまじしゃん。その彼女がまさかこんな場所にいるとは。ここまで知り合いだらけならば話は早い。のっぺらぼうとまじしゃんはルークたちに状況を説明し始める。ランスの事、海苔子の事、そして、フェリスの事。

 

「フェリスはランスを呼びに行ったって訳ね。フセイの日だから、あんまり無茶させてなきゃいいけど……」

「……後でランス本人に聞いてみるか」

 

 難しい表情を浮かべているロゼとルーク。それだけフェリスの事が心配なのだ。だが、今は目の前の事態が一刻を争う。視線を向けると、そこには衰弱しきった生首がある。

 

「ろくろ首……これまた有名な妖怪ね。それで、この下に彼女の胴体があると」

「ハイ ダレカ ノリコサンヲ タスケテクダサイ アナタ マホウツカイデスヨネ?」

「えっ!? わ、私ですか……でも、まじしゃんでも解除出来ない結界を解除するのはちょっと……」

 

 思わぬ懇願にシトモネが困惑する。駆け出し冒険者であるシトモネでは、この井戸に掛けられた結界を解除するのは不可能。すると、そんなシトモネとのっぺらぼうを横目にルークがすたすたと井戸に向かって歩いて行った。そのままブラックソードを抜き、井戸の錠をしている鎖にその切っ先を押し当てる。

 

「ムダデス サキホドセツメイシタトオリ ソレニハケッカイガ」

「はっ!」

 

 ルークが剣を振りきる。と同時に、井戸の錠をしていた鎖が真っ二つに斬れ、ジャラジャラと地面に落ちていった。当然、周囲の妖怪たちはざわつく。

 

「ご、ごんげー!」

「クサリガ キレタデスッテ」

「よっと……見えたな。あれが体か」

「……おっと、ぼうっとしてちゃあいけねぇな。俺が引き上げるぜ」

 

 同様に目の前で起こった事態に驚いていた凱場だったが、すぐさま冷静さを取り戻して井戸に駆け寄っていく。そのまま井戸の底に落ちていた海苔子の胴体を鞭で優しく引き上げ、まじしゃんの持っていた首を合体させる。軽く光が走った後、海苔子がゆっくりと目を開いた。

 

「あれ……私、生きてる……?」

「ごんげー!」

 

 海苔子の無事を確認し、妖怪たちがわっと騒ぎ出した。何故鎖が斬れたのかなどどうでもいい。今はただ、海苔子の無事が何よりも重要な事態だ。次々に海苔子に抱きついていく妖怪たちを見ながら、リズナと景勝は呆然としていた。

 

「どうして結界が……」

「あの男、一体……」

 

 何が起こったのか理解出来ない。ただ、目の前の男が結界を破ったという事実だけを突きつけられ、ただただ困惑するリズナと景勝。すると、目の前に立っていたルークがこちらを振り返り、平然とした顔で口を開いた。

 

「さあ、城へ向かおうか」

 

 

 

-洞窟内 鍾乳洞地帯-

 

「でぇぇぇい! バードの馬鹿はどこへいった!!」

 

 鍾乳洞地帯にランスの怒声が響く。意気揚々とバード捕獲作戦に乗り出していたランスだったが、流石にそう簡単には見つからない。そもそもまだバードが鍾乳洞地帯にいるかも定かではないのだ。ひょっとしたら、とっくにこの洞窟から脱出しているかもしれない。

 

「ちっ、バードの馬鹿め。俺様の役に立つのと、美人を貢ぐのが貴様の仕事だろうが」

 

 鍾乳洞地帯を歩きながら、ランスがイライラとしだす。今回の旅でバードが連れ歩いていたコパンドンにもまだ手を出せていないのだ。これまでバードの連れていた美女を二人ほど美味しくいただいているランスにとって、バードの扱いはこの程度であった。

 

「そういえばキサラちゃんは元気にやっているかなぁ。ネイの奴もまたあの体を堪能したいところ……んっ?」

 

 ランスが手込めにしたバードの元お供を思い出していると、岩陰でキラリと何かが光った。目を凝らすと、それは巨大なまち針。となれば、該当する人物は一人しかいない。

 

「なんだ、また来たのか?」

「……ターゲット、発見」

 

 ランスに見つかった事を察したのか、観念したように岩陰からヌッと人影が現れる。フリフリの服に巨大なまち針が特徴的なレア女の子モンスター、復讐ちゃんだ。だが、その体はボロボロ。これまでランスの命を狙って何度も襲い掛かり、その度に負け続けてきたのだから無理もない。

 

「ターゲット、ランス。コロス」

「(殺すって……こんなボロボロで弱っちぃ奴に負ける俺様じゃないぞ……)」

 

 ふらふらな足取りでまち針を構える復讐ちゃんを見ながら、ポリポリと頬を掻くランス。流石に天地がひっくり返っても負ける気がしない。また適当にあしらってやろうかと考えていると、彼女と初めて出会った時のシィルの言葉が不意に思い出された。

 

『ランス様、復讐ちゃんですが、誰かにランス様を殺せと命令されてやってきています』

『何? どういう事だ?』

『復讐ちゃんとは、人間の依頼を聞き、そのターゲットを殺す事を目的としているモンスターです』

 

 シィルは確かにそう言っていた。何か引っ掛かりを覚えたランスは再度考え込み、ある事に思い至る。

 

「(……待てよ? 復讐ちゃんが襲い掛かってきたのは、この洞窟に入ってからだったな。という事は、依頼主はこの洞窟の中にいる……?)」

 

 絶対とは言いきれないが、可能性は十分にある。となれば、彼女に殺されたフリをしてからその後をつければ、依頼主に出会えるのではないだろうか。外から依頼を受けてここまでやってきた可能性も無くはないが、それはそれで脱出口を見つけられるかもしれない。どちらにせよ、今渇望している『人間』に出会えるのだ。

 

「(となれば、ここは死んだフリだな!)」

 

 キラリとランスの目が光ったかと思うと、突如大げさに騒ぎ始める。

 

「うわっ、強敵だ。俺様、ぴーんち!」

「(……えっ?)」

 

 どこからどう見ても白々しい態度であったが、それを見た復讐ちゃんは目を見開く。無表情な彼女の目を見開かせる程の衝撃がそこにはあったのだ。

 

『もしランスが復讐の対象にされた時……』

「(まさか……覚えているはずが……)」

 

 復讐ちゃんは混乱する頭を必死に抑えながら元の無表情に戻し、ランスに向かって駆けていく。ボロボロの体と困惑した今の状態ではまともにまち針を握れないが、それでも復讐ちゃんは必死にまち針をランスに向かって突き出した。それはまるで、何かを期待するような一撃。

 

『私を忘れていなければ、殺さないでおこう』

 

 キン、と金属音が鍾乳洞に響く。それは、ランスの鎧に復讐ちゃんのまち針が当たったために響いた音だ。だが、その体は貫かれていない。ランスは脇で器用にまち針を挟み込み、一見貫かれているように見せたのだ。確かに傍目から見れば貫かれているように錯覚するかもしれないが、そんな演技は復讐ちゃんに通じるはずもない。何せ、肉を貫いた感覚がないのだから。

 

「うぐっ……いてぇ……ばたんきゅー、これは死ぬ……」

 

 大げさに倒れ込むランスを見下ろす復讐ちゃん。しめしめとばかりにランスはオーバーアクションを続け、ゆっくりと目を閉じる。それを見ていた復讐ちゃんの頭に過ぎるのは、かつての、そして未来の約束。

 

『その時は死んだフリでもしてくれ』

「お、俺様死んだ。ぐふっ」

 

 死んだフリをしているため目を閉じているランスには、復讐ちゃんの表情を見る事が出来ない。

 

「覚えて……」

 

 だから、この時復讐ちゃんがどれだけ嬉しそうな笑みを浮かべていたのかを見る事は出来なかったのだった。

 

 

 

-玄武城 宴会会場-

 

「……誰か来るのれす」

「えっ?」

 

 とりあえずランスが戻ってくるまで宴会会場で小休止をしていたシィルとあてな2号。孤独で無くなったため、先程までと比べて幾分シィルにも余裕があった。すると、近づいてくる気配を感じ取ったあてな2号が口を開く。まさかランスがもう戻ってきたとでも言うのだろうか。シィルもあてな2号に続いて宴会会場の入り口に視線を移すと、扉がガラリと開けられた。

 

「シィルちゃん」

「ルークさん!? どうしてここに……えっ?」

「リズナなのれす! 下手人が来たのれす!」

 

 部屋に入ってきたのは、ルーク、ロゼ、アレキサンダー、そして自分たちを罠に嵌めたリズナであった。ルークがこの場所に現れた事でも驚きだったのに、その上リズナまで連れているとは一体どういう事か。流石に状況が飲み込めずシィルが困惑していると、突如リズナはその場に膝をついた。

 

「シィルさん……本当にごめんなさい……」

「り、リズナさん……?」

「謝っても許して貰える事ではないと思います……でも、私は……」

「さて、何から話しましょうかねぇ……」

「ところで、ランス殿は?」

 

 若干緊張した面持ちであったアレキサンダーが部屋の中を見回す。ランスが先に戻っているはずなのだが、どうにも見当たらない。

 

「シィルちゃん、ランスは?」

「あ、ランス様なら一度戻って来られたのですが、脱出の手段を探して今は外に行っています」

「ありゃ。入れ違いだったみたいね」

「でも、すぐに戻って来ると思うのれすよ」

「……なら、詳しい説明は後にしようか。とりあえず城を出よう、シィルちゃん。軽い説明は降りながら話させて貰うよ」

「そうね。ほら、リズナも一旦立ちなさい。ランスが来てからもう一回ちゃんと謝りなさいな」

 

 土下座していたリズナをロゼが抱き起こし、ルークは城からの脱出を提案する。だが、それを聞いたシィルはすぐさま口を開く。

 

「で、でもルークさん。ご存じ無いかもしれませんが、この城には結界が……」

「知っている」

「えっ? それなら、どうして……」

「シィルちゃんこそ、俺の力を忘れたのか?」

 

 クスリと静かな笑みを浮かべながらそう口にするルークを見て、シィルはこれまで何度となく見てきたルークの能力を思い出す。急な事態の連続に、つい忘れてしまっていたのだ。ルークのあの異能を。

 

「……あ」

「さあ、行こうか」

 

 

 

-玄武城 城門前-

 

「という訳じゃから、この紹介状を持っていくといい。妖怪王ならばお主らを受け入れてくれるはずじゃ」

「本当にありがとうございます」

 

 金竜から手紙を受け取り、海苔子が深々と頭を下げる。死ぬ間際であった海苔子だが、何とかここまで体力が回復していた。その彼女が決意したのは、この町を出る事。悲しい思い出の残るこの町にはもういられないとの事であった。とはいえ妖怪たちにとっての安住の地はそうそうない。そんな中、金竜が知り合いであるというJAPANの妖怪王への紹介状を書いてくれたのだ。そんな知り合いがいる辺り、流石は女の子モンスターを統べる存在と言ったところか。

 

「何もお主らまでついていく必要もないじゃろうに」

「ノリコサンガ イクナラ ワタシタチモ イキマス ノリコサンノ ファンハ オオイ」

「ごんげー」

「みんな……ありがとう、それと、ごめんなさい」

 

 海苔子の後ろにはずらりと妖怪たちが並んでいる。その数、実に城下町で暮らしていた妖怪の約半数。彼らも海苔子と共にJAPANへと渡る決心をしたのだ。

 

「それにしても、海苔子さんの失恋相手がランスさんだったなんて……」

「あの、他の方には内緒でお願いします。恥ずかしいですし……」

 

 シトモネがため息をつきながらそう口にするのを聞き、どこかもの悲しい笑みを浮かべながら海苔子が頭を下げる。海苔子の失恋相手を聞いたのは、ルークたちが城へと上っていった後。そのため、それを聞いたのはここでルークたちの帰りを待っているシトモネ、セシル、凱場、金竜、まじしゃん、デス子の六名であった。誰も彼もランスとはあまり馴染みの薄い者ばかり。そのため、海苔子のお願いにしかと頷く。失恋話など、あまり大っぴらに話すものではない。

 

「(でも、いくら妖怪だからって体を放り投げるなんて……)」

 

 唯一同じギルドという接点を持ったシトモネがまだ見ぬランスに嫌悪感を抱いている中、海苔子たちが地面に置いていた大荷物を担ぎ出した。セシルがすぐに問いかける。

 

「ん? もう行くのか?」

「とりあえず、一度姿を隠します。もう少ししたら、ランスさんも来られるみたいですし……まだ、気持ちは完全に消えていませんから……会う訳にはいきません……」

 

 海苔子の胸には、まだランスへの確かな想いがあった。化け物と呼ばれて殺そうとし、相手に返り討ちにあって殺されかけもしたが、それでも自分を愛していると言ってくれたランスへの想いを忘れる事は出来なかったのだ。だからこそ、会う訳にはいかない。

 

「脱出口は同じ場所を使わせて貰うので、皆さんの出発に合わせて少し後ろからこっそり付いていきますね」

「ああ、大船に乗ったつもりでいな」

「アリガトウゴザイマス ガンバッテクダサイ」

「ごんげー!」

 

 ぶんぶんと手を振りながら妖怪たちが遠くへと歩いて行く。暫くして姿が見えなくなったかと思うと、彼らの気配を全く感じ取れなくなっていた。

 

「驚いたな……ここまで気配を消せるのか」

「妖怪は魂のない存在じゃからな。本気を出されると、その気配を察知するのは困難じゃぞ」

「デス」

「あっ、戻ってきたわよ」

 

 感嘆している凱場に金竜が補足を入れる。妖怪という存在は、幽霊に少し近い。そのため、あちら側が積極的に気配を出さなければ、そもそも感知しにくい存在なのだ。デス子がコクリと頷いていると、城の方からルークたちが歩いてくるのをまじしゃんが確認する。その横にはシィルとあてな2号もいた。

 

「シィル殿……ふむ、久しいな」

「あっ、セシルさん! 解放戦の時はお世話になりました」

 

 とことことシィルが結界の前まで駆けてくる。凱場たちはルークが見つけた結界の境目の外で待っていたのだ。

 

「では、先に出ておくとしましょうか」

「やっぱり、私がもう一度……」

「ならんぞ、リズナ!」

「ほらほら、いいから出るわよ」

「レッツらゴーなのれす」

 

 アレキサンダー、リズナ、ロゼ、あてな2号の四人が順々に結界の外へと出て行く。まだ結界の中にルークとシィルがいるため、難なく出る事が出来た。リズナは罪悪感からかなり渋っていたが、ロゼが無理矢理引っ張り出す。これで残ったのは、ルークとシィルのみ。一度シィルがルークの顔を見ると、ルークは静かに頷く。

 

「それじゃあ……」

 

 そう言って、シィルが一歩前に出る。ずっと阻まれていた結界を今は感じない。それも当然だ、何せ結界の中にまだ一人人間がいるのだから。こうしてシィルは結界から抜け出し、中にはルークただ一人という状況。

 

「さてと……」

 

 そして、最後の一人が歩みを進めた。無理だ、脱出出来るはずがない。そんな思いと共に、リズナと景勝の頭には先程の井戸の出来事が蘇る。ルークは、結界の掛かった井戸の鎖を難なく断ち切った。あの光景が、今のルークの姿と重なる。

 

「う……そ……」

 

 自然とリズナの口からはそんな言葉が漏れていた。まるでそうなる事が当然だとでも言うように、実に自然にルークは結界のある場所を踏み越えたのだ。それは、有り得ぬ光景。リズナがずっと望んで止まなかった、誰もが幸せになれる結末。それを、目の前の男は難なくやってのけたのだ。その姿、正に救世主。

 

「さあ、後はランスの帰りを待とうか」

「お主は……一体……」

「ただの冒険者さ。まあ、少し変わった体質でな」

 

 対結界。ルークだけが持つ異能。その力が存分に発揮された瞬間であった。

 

 

 

-洞窟内 雑木林地帯-

 

「任務、完了しました」

「に、任務って……まさか、本当にランスさんを!?」

「はい。ターゲット・ランスは殺しました。それではこれで。家に帰って寝ます」

 

 ここは以前ランスたちが狐の嫁入りを目撃した場所。バードとコパンドンは未だ洞窟内を彷徨い続け、ようやくこの場所までやってきていたのだ。そんな二人の前に突如復讐ちゃんが現れ、任務は終わったと告げてきた。即ち、ランスの抹殺。報告を終えた復讐ちゃんは意気揚々とどこかへ姿を消してしまう。残された二人は、ただただ困惑するばかり。

 

「ランスさんが……」

「あの大吉くんが死んだ……嘘やろ?」

「……いや、考えようによっては、これでよかったのかもしれない」

 

 流石に自分たちのせいで罪のない人が死んだ事がショックだったのか、コパンドンが青ざめている。そんな中、バードが不意に不穏な発言をした。眉をひそめてバードの顔を見上げるコパンドン。

 

「……あんた、正気か?」

「確かに申し訳無い事をしたと思います。でも、あの人の毒牙に掛かる人が減ったと考えれば……」

「(……駄目やこいつ。本気であかん)」

「……そうだ、シィルさん! ランスさんが死んだのなら、シィルさんは今一人のはず。早く助け出してあげないと」

 

 まるで自分の行いを正当化するかのような口ぶりにコパンドンがどん引きする。既に大吉でないバードには好意の『こ』の字もないが、今湧き上がったのは確かな嫌悪感。この男は、あまりにも駄目すぎる。と、バードがランスと一緒にいた奴隷の名前を口にする。その表情は、どこか歓喜に満ちた表情。年齢がいっているからこそ、コパンドンはその表情の意味を鋭く感じ取ってしまう。

 

「ちょっと待てぇい! あんた、あの奴隷が好きなんか?」

「ち、違いますよ。僕が好きなのは、コパンドンさんだけです!」

「……ほんまか?」

「ほ、本当です」

「(まあ、別に大吉くんやないから好かれんでもいいんやけどな)」

 

 バードの必死な態度が逆に疑惑を深めてしまう。とはいえ、バードが誰を好きになろうが既に関係無い。コパンドンにとっては、バードは次の良い男を見つけるまでの繋ぎでしかなかった。ショックなのは、むしろもう一つの事柄。

 

「(そうか、あの男が死んだんか。って事は、あの男もうちらと同じ偽もんの大吉くんやったんやな。やっぱ大吉くんって、中々いないんやなぁ……)」

 

 ため息が漏れる。そろそろ年齢的にもラストチャンスが近づいているのは判っている。こんな事ならば以前に出会った中吉くんで我慢しておくべきだったという後悔がコパンドン中には押し寄せていた。そのコパンドンの手をバードが握る。以前はそれだけで嬉しかったのに、今はむしろ不快だ。

 

「さあ、行きましょうコパンドンさん! 世界のためにランスさんは倒れたんです。一刻も早くシィルさんを救い出さないと」

「ほぅ、ほざいたな」

 

 どこか重厚感のあるその声は、嫌に雑木林に響いた。嫌というほど聞き覚えのある声にバードの体が固まり、ギギギという擬音と共に後ろを振り返る。そこに立っていたのは、死んだはずのランス。

 

「うわっ!? ゆ、幽霊!」

「なんや? あんた死んだんじゃなかったんか?」

「がはははは! 俺様は空前絶後の超英雄だぞ。死ぬはずないだろうが」

 

 バードが腰を抜かし、コパンドンが目を見開く。この男は死んだのでは無かったのか。威風堂々と佇み、自身の腰に手を当てながら高笑いするランス。ひとしきり笑った後、コパンドンの顔を見据えてニヤリと笑った。

 

「コパンドンちゃん。君の占いでは、俺様は大吉なんだろう? なら、そう簡単に死ぬはずがないだろう?」

「……うん、そうや。死ぬ訳ない!」

 

 その言葉は、コパンドンの胸に確かに響いた。そうだ、この強運が、頼りがいが、男らしさが、自分の求めた『大吉』の星の下に生まれた男。気が付けば、これまでバードに向けた事の無いような心からの笑みをランスに返していた。それを見て気分良く頷いたランスは、そのまま腰を抜かしているバードにゆっくりと近づいていき、ガシッと肩に手を置いた。

 

「さて、バード君。君には色々と聞きたい事があるぞ」

 

 丁寧な口調とは対照的に、ランスの背後にはリーザスの赤い死神すらも凌駕しそうな悪鬼羅刹の如き物体が確かに浮かんでいた。ギリギリと肩に食い込むランスの爪の痛みを感じながら、バードは死を確信した。

 

 

 

-玄武城 西門前-

 

「町や……うち、助かったんや……」

 

 バード発見から30分後、ようやく城下町まで辿り着けたコパンドンは涙を流していた。女だてらに男泣き。そんな清々しい涙である。すると、前を歩いていたランスがため息混じりに振り返る。

 

「やれやれ……最初から俺様に付いてきていればあっという間に町まで来られたというのに」

「そうやな、うちの選択ミスや。そんなんに付いていった昔のうちを殴ってやりたいわ」

 

 ジッとランスが担いでいる男を睨み付けるコパンドン。それは、ランスによってボコボコにされ、かろうじて息をしているといった状態のバードであった。ボロ雑巾という例えが良く似合う状態だ。

 

「決めた、乗り換えや! 人生、あかんと思ったもんにはさっさと見切りをつけて次に移らなあかん!」

 

 グッとランスの腕に抱きつくコパンドン。貧乳ではあるが胸を押しつけるようにしているため、一応胸の感触は感じる。

 

「ほう、バードに見切りをつけて美形である俺様に乗り換えたか。まあ、当然の結果だな。あいつの女はみんな俺様の女になる運命なのだ、がはははは!」

「美形……かどうかは微妙なところやけど、ええ男や」

「がはは、じゃあこの後はお楽しみタイムだな」

 

 ぺろりとコパンドンの尻を撫でた瞬間、腕に抱きついていたコパンドンがすぐさま離れてしまう。その顔は真っ赤であった。

 

「だ、駄目や! そういうのはもうちょっとお互いを知ってから……」

「は? もうちょっとってどれくらいだ?」

「2年か、3年くらい……」

「……あほらし。それなら別にいいぞ。俺様は女に困っていないからな」

 

 そう言い残しスタスタと城の方に歩いて行ってしまうランス。焦ったのはコパンドンだ。割と容姿には自信があったため、まさかこんな無碍に断られるとは思ってもいなかったのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってぇな!」

「(くくく、これは近い内あちらから股を開くな。こういう駆け引きも出来る様になったのだ、流石俺様)」

 

 慌てて追いかけてくるコパンドンをチラリと見ながら、悪そうな笑みを浮かべるランス。コパンドンの必死具合と自分への好意には気が付いていたため、今のような少し変わった攻め方をしたのだ。確かに、昔に比べれば成長しているのかもしれない。それが良い方向への成長かは定かではないが。

 

 

 

-玄武城 物置部屋-

 

「よっと! シィルの奴、城門前か宴会部屋で待っていろと言ったのに……」

 

 玄武城までやってきたランスであったが、結界の前にシィルとあてな2号の姿が見えなかったため、宴会会場のある階まで城を上ってきたのだ。だが、そこにもシィルの姿は無い。一体どこへ行ってしまったのかと文句を口にしながら、担いでいたバードを物置に放り投げる。投げた拍子に目を覚ましそうになったため、全力で蹴り飛ばして再び意識を刈り取る。これで万事解決。後はシィルと共に城を出るだけだ。

 

「あの奴隷ちゃん、どこにもおらんで」

「うーむ、この城からは出られないはずなんだがなぁ……」

「出られない? なんでや?」

 

 当然の疑問をコパンドンが口にした瞬間、少し離れた場所にある廊下の窓から一体のまじしゃんが飛び入って来た。すぐさまお神籤を構えるコパンドン。

 

「なんや、敵襲か!?」

「ああ、違う、違う。おい、シィルがどこに行ったか知ってるか?」

「それで呼びに来たんだよ。下でみんな待ってるから、降りよう。シィルとあてなだけじゃなく、他のお仲間もね」

「他の仲間ぁ?」

 

 まじしゃんの言葉にランスが眉をひそめる。シィルとあてな2号以外の仲間に見当がつかないからだ。フェリスは悪魔界に戻したし、和華は仲間とは呼びがたい。となれば、一体誰が下で待っているというのか。

 

「まあ、とりあえず降りるか」

「なぁ、城から出られへんってどういう事なん?」

「降りながら話してやる」

 

 こうして、ランスはバードを物置部屋に残し、城を降りていくのだった。バードが目を覚ますのは、もう少し先。とっくにランスたちが城を後にしてからになるのだった。

 

 

 

-玄武城 城門前-

 

「あ、あれやな。何や仰山おるな」

 

 城から出てきたコパンドンの目に飛び込んできたのは、城門前に集まっている多数の人影。あれが全てランスの仲間なのか。とすれば、この男は傍若無人に見えて案外人を寄せ付ける何かを持っているのかもしれない。流石は大吉くんとコパンドンが感心しながら城門前へと歩いていると、ある事に気が付く。

 

「ん? あれ、あそこにおるのって……」

 

 そう、城門前に集まっている者たちの中に見知った顔が混じっているのだ。少し前、ポルトガルで出会った冒険者とシスター、そして傭兵。あちらもコパンドンに気が付いたようで、驚いた顔をしている。やはり間違いない、あの時の者たちだ。すぐにコパンドンは声を上げようとしたが、それよりも早く前を歩いていたランスが声を上げた。

 

「ルークか……どうしてここに?」

「よっ。色々と大変だったみたいだな、ランス」

 

 こうして久しぶりの再会を遂げた二人。だが、その合流前に共通して持っている使い魔に何があったのか、ルークはまだ知らない。

 

 


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