ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第152話 真実ヲ識ル者

 

LP0002 12月

-川中島 カイズ AL教本部-

 

 時は少しだけ巻き戻る。12月革命が決行される少し前、それは起こっていた。

 

「ALICE様はいつでも見守ってくれています」

「ああ……ありがとうございました、パルオット司教様!」

 

 時は夕刻、AL教の本部がある宗教都市カイズには今日も敬虔なAL教信者が多く詰めかけていた。この時期は年が変わる前に今年あった負の出来事を全て吐き出してしまいたいという信者が多くなるため、一年の中でも比較的忙しい時期に当たる。むせび泣きながら去っていく信者を見送りながら、パルオットは小さくため息をついた。

 

「おや? 疲れましたか?」

「……失礼、聞かれていましたか」

 

 不意に後ろから声を掛けられたため振り返ると、そこに立っていたのはトータス司教。自分と同じ司教という立場ではあるが先任であり、司教になる前は彼の下で働いたことも何度となくあったため、未だに上下関係はハッキリとしている間柄だ。

 

「律儀ですね。この時期にも一般来訪の信者に対応すべく前に出るとは。司教になったのですから、一般信者の対応にそこまで根詰める事もないでしょうに」

「いえ、司教と言ってもまだ見習いのようなものですので」

「ですが、抜くところは抜いていかないと倒れますよ」

「肝に銘じておきます」

 

 困ったような笑みを浮かべるトータスにペコリと頭を下げるパルオット。決してトータスが一般信者の対応を全くしないという訳ではないが、忙しいこの時期は地盤固めに重要な信者の対応のみを行っており、一般信者の前にはあまり顔を出さない。とはいえ、それが全て間違っている訳では無い。彼の言うようにメリハリを付けて行動をするのも司教の仕事。もし司教が過労で倒れたという事にでもなれば、それこそ信者を混乱させかねないのだ。

 

「……ふむ、良い時間ですし、一緒に食事でもしながら話しませんか?」

 

 チラリと時計を見ながらそう口にするトータス。確かにそろそろ夕飯時。今日の信者対応も今の者で最後であった。この後は資料整理などの仕事をするつもりであったが、それは軽く食事を取った後に再度戻ってくればいい。そう考え、パルオットは小さく頷いた。

 

「それでは、ご一緒させていただきます」

 

 

 

-カイズ 高級レストラン-

 

 耳心地の良い音楽を背に、トータスとパルオットが向かい合って食事を取る。優雅に食事を続けるトータスに対し、パルオットは少しだけ緊張していた。二人にしてはあまりにも広すぎる空間に、これまで食した事の無いような豪華な食事。この高級レストランの存在は知っていたが、利用した事など無い。法王ムーララルーやトータス司教の二人は王族、貴族などを相手取るときに何度も利用しているのは知っていたが、ここで一つの疑問が生まれる。トータスは、何故自分をわざわざこの場所に連れてきたのか。

 

「司教の仕事には慣れてきましたか?」

「徐々には……ですが、まだまだ不勉強の身。都度自分の至らなさを実感しています」

「私の目から見れば十分頑張っていると思いますがね。その向上心は見事です」

「ありがとうございます」

 

 これまでトータスの口から出てきたのは、当たり障りの無い会話のみ。すると、トータスがスッと右手を挙げた。何事かと一瞬眉をひそめたパルオットであったが、すぐに理解する。その合図を皮切りに、部屋の隅に控えていた数名のSPが部屋の外へと出て行ったのだ。つまり、ここからが本題。最後のSPが退出したのを確認した後、トータスがゆっくりと口を開いた。

 

「ですが、先程も言いましたが根を詰めすぎです。このままでは倒れてしまいますよ」

「……私など、ロードリング司教に比べればまだまだですよ」

「ふっ、確かに」

 

 パルオットの返しにトータスが苦笑する。彼と同時に司教に抜擢されたミ・ロードリング司教。パルオットの仕事量など、彼に比べればまだまだなのは事実。元々AL教内でも屈指の盲目的信者であるロードリングは司教に抜擢された以後はこれまで以上に奮起。カイズ内だけでなく、積極的に大陸中を回っており、一体いつ眠っているのかすらも心配になる程。彼に付き合わされている部下の苦労は相当なものだろう。

 

「まあ、彼が倒れるところは想像出来ませんがね」

「確かに」

「だから、別に彼の心配はしていません。私が心配しているのは貴方ですよ、パルオット司教様」

 

 司教様、という言い回しをあえてするトータス。ここに来てパルオットはある程度理解する。恐らく、トータスが自分をわざわざこの場所に招待した理由は二つ。

 

「絶対に倒れてはなりませんよ。もしそんな事になれば、貴方がまだ司教には早かったのではないかと言い出す者が確実に現れます。勿論、そんな噂で司教が交代する事など有り得ませんが、万が一という事もある」

「……もし自分が倒れれば、次の司教は彼女ですね」

「そう、現司教見習いのモフスになります。それは出来れば避けたい。彼女はまだ若すぎる。司教の器では無い」

 

 さも当然の事のように宣うトータス。確かにクルックーが司教にはまだ若すぎるというのは事実だし、パルオット自身もそう思っている。だが、トータスがその内に秘めている本当の理由をパルオットは知っている。トータスはクルックー・モフスを妻に娶ろうとしている節があるのだ。これに気が付いている者は少ない。自分ですら、ロゼに聞かされてから気が付いた程だ。現法王の娘であり、見目麗しい少女。まだ若いが、熱心なAL教信者でもある。彼女が成長すれば、どれほど素晴らしい女性になる事か。

 

「だからこそ、貴方は司教であり続けなければならない」

「……はい」

 

 釘を刺してくるトータス。それに小さく頷きながら、パルオットはかつてロゼが言っていた事を思い出す。曰く、トータスのクルックーに対するそれには『愛』はない、と。

 

『あのロリコン司教様、ロリコンの風上にも置けない似非ロリコンだからね』

『お前はまた司教に向かって……』

『だって、アイツのクルックーに対する思いって愛情じゃないもの。彼女のステータスしか見ていない。血筋、容姿、信奉度。ブランド品のバッグを買うのと同じ感覚で自分の妻になるに相応しい女を選んでいるのよ』

『むっ……』

 

 ロゼの言葉に何も言い返せなかった。言われてみれば、そのような節があるのは事実。もしクルックーが法王の娘で無ければ、もし彼女が顔のどこかに傷でも持っていれば、トータスは手の平を返して彼女を見捨てる事だろう。そういった考え方はパルオットには理解出来ない。

 

「さて、話を変えましょうか。パルオット司教、ここだけの話、貴方は法王を目指していますか?」

 

 遂に来たか。パルオットが抱いた感想はそんな思いであった。これが二つ目の理由にして、本題。

 

「いえ、恐れ多い事です。今の司教という立場でも身に余る若輩。次の法王はトータス様かエンロン様のどちらかでしょう」

「……ふむ」

 

 パルオットの返しを受け、トータスは少しだけ面白くないような視線を向ける。というのも、トータスは今からパルオットを自分の派閥に取り込もうとしていたのだ。彼の言うように、次の法王には自分かエンロン司教のどちらかが有力。経験値ではエンロンが勝っているが、トータスは政治的手腕でそれに対抗していた。有力貴族に根回しをし、地盤を固めている。そんな中でトータスが次に目を付けたのは、パルオット司教であった。

 

「(ロードリングは無理でも、彼ならば囲い込めると思いましたが……)」

 

 若手ナンバー1との声も多いパルオット。真面目、実直という言葉が似合うこの男には意外と信奉者も多い。ロードリングと違いいきすぎた行動もしないため、万人受けするのだ。今は脅威でなくとも、数年後は判らない。それこそ、エンロンを凌ぐ最大の障壁にもなりかねないのだ。それを未然に防ぐべく、トータスは彼を自分の派閥に置こうとした。だが、彼の答えは否。トータスとエンロンの名前を出す事により、自分は中立であると遠回しに宣言したのだ。

 

「(まあいい。エンロン側にいくとも思えないし、ゆっくりとこちら側に取り入れていくとしよう)」

 

 そう心の中で折り合いを付け、話を切るトータス。その後は無言での食事会となった。多生重苦しい空気の中食事を取り終え、先にトータスが席から立ち上がる。手には小さめのアタッシュケース。机の下に隠していたのだろう。そのままゆっくりとパルオットの席に近づいていき、彼の足下にそのアタッシュケースを置く。見ずとも判る。間違いなく、中身は金だ。

 

「いただけません」

「そう言わずに。なに、汚い金ではありませんよ。司教になったからには色々と入り用でしょう。少し遅めのご祝儀だとでも思ってください」

「ですが……」

 

 パルオットに半ば強引に金を押しつけ、トータスがクルリと背中を向ける。そのまま扉の方にゆっくりと歩んでいく。どうやらこのまま去るつもりのようだ。金を返すべくパルオットも席から立ち上がった瞬間、背中越しにトータスが口を開いた。

 

「それと、ロゼと関係を持つのはいい加減止めておきなさい」

「…………」

「アレは貴方の足しか引っ張りません。忠告しておきましたよ」

 

 それだけ言い残し、トータスが部屋から出て行った。と同時に、部屋の外にいたSPたちの気配も消える。トータスと共に去っていったのだろう。

 

「(自分の派閥に入るのであれば、それが条件という事か……)」

 

 万人受けする司教、パルオットの唯一のアキレス腱。それがロゼの存在。教団内でも異質の存在とされているロゼの奇行をパルオットはこれまで何度もフォローしてきた。その行動に関してだけは、信者の間でも理解出来ないという声が多い。彼がロゼを囲っている限りトータスの脅威にはなり得ないし、もし自分の派閥に来るのであれば彼女を切り捨てろ。そうトータスは告げたのだ。

 

「(トータス司教……エンロン司教……お二人の事は尊敬しておりました。一信者として、司教への尊敬の念は当然の事。ですが、不要な者は切り捨てるというその考え……)」

 

 かつてロゼにだけ告げた事実。エンロンと共に行った仕事でAL教の活動をする際に障害になっていた一家を皆殺しにした事象がフラッシュバックする。まだ5つにも満たぬ子供をこの手で貫いた感触が未だに残っている。あの惨劇、蛮行。ロゼの奇行などよりもよっぽど目に余る。あの時はエンロンであったが、トータスも多かれ少なかれ似たような事をしているのは知っている。確かにAL教をより広めるためには手っ取り早い行動なのかも知れない。

 

「(絶対に理解したくありません……)」

 

 だが、それでも受け入れる事は出来ない。ここにはもうかつての盲目的なAL教信者はいない。司教でありながらAL教の考えに疑念の目を向ける、ロゼ同様異質の存在。そんな彼が未だAL教に残り続けている理由は、ただ一つ。

 

『AL教の教えがおかしいっていうならさ、アンタが法王になってAL教を変えなさいよ』

 

 ロゼに言われたその言葉。それこそが今の彼の支え。先程、彼は一つだけ嘘をついた。法王になるつもりはないという嘘だ。彼の中にはしっかりと野心が芽生えていた。自分が法王になり、AL教を内から変える。そんな野心が。

 

 

 

-カイズ AL教本部-

 

 レストランを後にしたパルオットはAL教本部へと戻ってきていた。手には先程受け取ったアタッシュケース。レストランの会計はトータスが既に済ませており、びた一文減っていない。明日にでもその辺の事を理由に半ば無理矢理返すべきかと考えながら廊下を歩いていると、前から黒髪の少女が歩いてくるのが見えた。先程話題に挙がった人物の一人、クルックー・モフス司教見習いだ。

 

「ん? モフスか」

「パルオット司教……どこかにいかれていたのですか?」

「食事にな。少しゆっくりしすぎた。これから資料整理があるから、帰るのは大分遅くなりそうだ」

 

 辺りは既に暗い。これから資料整理を行うとなると、帰りは深夜になりそうだ。少しだけ苦笑しながらそう答えると、クルックーは無表情のまま言葉を続けた。

 

「それならば、私も手伝いましょうか?」

「全ての者に手を差し伸べるのがAL教の教え、か。なるほど、模範的な回答だ。だが、大丈夫だ。全て自分自身で目を通しておきたいのでな」

「そうですか……それでは、失礼します」

 

 ペコリと頭を下げ、クルックーがパルオットの横を通り過ぎていく。その背中を見送っていたパルオットだったが、不意に何かを思い出し声を掛ける。

 

「そういえば、先日アリスの大冒険の47巻を汚してしまったと言っていたな?」

「……はい。醤油を溢されました」

 

 アリスの大冒険とは、全55巻からなる聖書の別名である。一瞬、ビクッとクルックーの持っている鞄が震えた気がした。端から何やら白い物体が見えている気がしたが、特に気にすることなくパルオットは言葉を続ける。

 

「代えの本は見つかったのか?」

「いえ……まだ見つかっていません」

「それは丁度良い。先日本屋で偶然見つけてな。明日にでも買って持ってきてやろう」

「それは助かります」

 

 小さな約束を取り付け、パルオットとクルックーは別れる。そのままパルオットは仕事へと戻り、クルックーは家路へと着く。その最中、夜道を歩いているクルックーの鞄から声が漏れてきた。

 

「いい加減、機嫌治せよ」

「別に機嫌が悪くなどなっていません。ただ、47巻が読めなくなった事が残念に思っていただけです」

「本当に気にしていない風のその口ぶりが余計に罪悪感を覚えるんだよなぁ……」

 

 鞄から聞こえてきた声に平然とした口ぶりで返すクルックー。そのままその姿は夜道へと消えていった。

 

 

 

深夜

-カイズ 裏道-

 

 あれから更に数時間、既に時刻は日を跨いでしまっている。人の声どころか気配すら感じぬ暗がりをパルオットは一人で歩いていた。

 

「やれやれ、すっかり遅くなってしまったな」

 

 そう独りごちるパルオット。返事などあるはずがない。今この裏道には自分一人しかいないのだから。だが、あるはずのない返事が返ってくる。

 

「お疲れ様です、パルオット司教様」

 

 返事が聞こえてきたのは、正面から。俯いていたパルオットが顔を上げると、そこに立っていたのは少女。銀髪に黒のゴシックドレス。一見して特に変わったところはないが、パルオットはすぐさま目の前の少女の異質に気が付く。この少女は、一体どこから現れた。先程まで自分は気配を全く感じていなかったというのに。気が付けば、頬を汗が伝っている。

 

「こんばんは」

「……何者だ?」

「あら? そんなに警戒しなくても良いのに。ねぇ、そう思うでしょう?」

 

 少女が後ろにそう囁くと、いつの間にか少女の後ろには巨漢の男が四人立っていた。フルフェイスの鎧で顔は判らないが、漂っている気迫が強者である事を感じ取らせる。そして同時に、背中から更に大量の汗が吹き出す。この者たちもまた気配を感じ取らせずに姿を現したのだ。

 

「気配を感じ取れなかった事なら、気にする必要は無いわ。結界を張っただけですもの」

 

 それ即ち、助けを呼んでも無駄という事。一度ため息をつき、パルオットは極力冷静な口調で話を続ける。

 

「もう一度聞こう、何者だ?」

「あら? 期間がずれているとはいえ、司教が判らないのは少し悲しいわね」

「…………」

 

 少女の口ぶりに眉をひそめるパルオット。言われてみれば、確かにどこかで見た事のある顔。だが思い出せない。この言い回しでは自分から名乗るつもりは無いのだろうと察したパルオットは質問を変える。

 

「私に何の用だ? 私を名指ししてきたという事は、初めから私を待っていたのだろう?」

「察しが良くて助かるわ」

「目的は何だ」

「人助け」

「なに……?」

 

 再度眉をひそめるパルオット。少女の言っている事が理解出来ない。そんなこちらの動揺を嘲笑するかのように少女は平然と言葉を続ける。

 

「貴方、AL教のあり方に疑念を抱いているでしょう?」

「……馬鹿な事を」

「素直に認められない気持ちは判るわ。でも、受け入れなさい。それが真実。この世の理」

 

 まるでこちらの気持ちを全て理解しているかのような口ぶり。飲み込まれるような瞳。これはマズイ。これ以上この少女のペースに乗せられては、何が起こるか判らない。

 

「そこをどけ。悪いが、私はAL教の教えに背くつもりはない」

「あら、残念」

 

 そう告げた瞬間、少女の後ろに控えていた四人が微かに動いた。襲い掛かってくるかと身構えたパルオットだが、それを制したのは少女。四人の内の一人、少女の真後ろに控えていた者が一度頷き、スッと手を上げる。すると、暗がりから更に三人の人物が姿を現した。後ろの控えていた四人と違い、その格好は普通。若い男女と中年男性。どこからどう見ても一般人だが、どこか様子がおかしい。まるで生気を感じない。

 

「貴様ら、その三人に何をした!? 事と次第によっては、治安隊に引っ張らせて貰うぞ!」

「怒鳴らないで。私たちは彼らを救ってあげただけなのだから」

「なんだと……?」

「彼らは自殺を考えていた。そんな彼らに魂の枷をあげたの」

「……ハッキリ言わせて貰おう。貴様の言っている事は何一つ理解出来ん!」

 

 語気を強めながらそう言うパルオットであったが、少女は怯まない。まるでこの程度の状況はいくらでも経験してきたというような態度だ。そんな中、後ろに控えていた四人の内の一人が生気の無い中年男性に黒い腕輪を握らせる。

 

「……何だ、それは?」

「これが魂の枷。まだ試作段階で量産も出来ていないのだけどね」

「……なるほど。良くは判らんが、その腕輪でその者たちを洗脳しているのだな? そして、私にもその腕輪をはめようという訳だ」

 

 良く見れば三人ともその黒い腕輪を腕にはめている。となれば、あれは魔法アイテムと考えるのが普通だろう。洗脳の魔法が掛けられた腕輪で三人の意識を奪い、自由に扱っている。そして彼女たちは次も目標に自分を選んだのだ。目的は判らないが、AL教の司教である自分を洗脳できれば色々と悪事を働けるはず。狙われても不思議ではない。

 

「外道が……その者たちは解放させて貰うぞ! その後で貴様らを治安隊に引き渡す!」

「大丈夫よ。この腕輪さえつければ、そんな気は無くなるから」

 

 スッと右手を前にかざすと、弾かれたように生気の無い三人が飛び出してくる。手にはナイフ、ショートソード、棍棒、そして腕輪。その三人と薄ら笑いを浮かべている少女を目に映しながら、パルオットはマントを大きく翻した。そのマントの裏に隠れていたのは、携帯式の金属棒。三節根のように三つに分かれた棒を素早く合わせ、出来上がった長棒を手にして身構える。

 

「はぁっ!」

 

 掛け声と共に青年の腹部に一撃を入れる。強烈な一撃を受け倒れ込む青年を一瞥し、すぐさま棒を引き抜いて横から迫ってきていた女性の胸部を棒で突く。心臓部へと放たれた一撃は女性の意識を刈り取るには十分であり、そのまま倒れ込んだ。

 

「ふっ!」

 

 だが、これで終わりではない。再度棒を引き抜いたパルオットはそのまま横薙ぎに棒を振るう。すると、それは剣を振りかぶっていた中年男性の頭に直撃した。ガン、という音と共に剣を地面に落とし、次いでゆっくりと男性が前のめりに倒れていった。

 

「驚いたわ。案外強いのね」

「司教たる者、自分の身は自分で守れねばな」

 

 手の平で棒を踊らせながら数歩ほど少女の方に近寄っていき、それなりの間合いのところで再度構えるパルオット。今度はお前らの番だとでもいうような態度だ。

 

「詳しい事は治安隊に引き渡してから聞かせて貰う」

「…………」

 

 無言になる少女。だが、その頬が少しだけ歪んだのをパルオットは見た。それはまるで、こちらを嘲笑するかのように。

 

「(油断したな……)」

 

 先程中年男性に腕輪を手渡した一人がそう心の中で呟く。棒を構えてこちらを睨んでいるパルオットの真後ろに立つ、先程床に倒れ伏したはずの三人をその目に映しながら。パルオットに気が付いた様子はない。当然だ。先の一撃は自分から見ても見事な一撃。それをまともに食らった三人がこんなにすぐに立ち上がるとは思っているはずがない。結界によって気配も薄れている今、気付く手立てがないのだ。

 

「(汚染人間は痛みを感じにくい。最後の一撃までしぶとく粘るぞ)」

「(はい、おしまい)」

 

 男と少女とそう心の中で呟くと同時に、パルオットの後ろにいた三人が一斉に跳びかかった。これで終わり。三人がパルオットの身動きを封じ、腕輪をはめるだけ。多少強引な手にはなってしまったが、この男の存在は自分たちにとって必要なのだ。そう、絶対に。

 

「……!?」

「なっ!?」

 

 だが、次の瞬間予想外の事が起こる。パルオットは一度も振り返ることなく、手に持っていた棒を勢いよく後ろに振るったのだ。それは後ろから襲い掛かってきていた三人の腹部に順々と当たっていき、今度こそ完全に意識を刈り取られて地面へと倒れ込む。パルオットは気が付いていたのだ、後ろから襲い掛かってきている三人の気配に。結界はまだ働いている。となれば、この短い間にこの結界に慣れたという事。なんという才能か。

 

「襲う相手を間違えたな!」

 

 棒を踊らせながらそう宣うパルオット。てっきりこの男は知識寄りの司教かと思っていたが、とんだ食わせ物。この男、下手な冒険者よりもよっぽど腕が立つ。

 

「確かに実力を見誤っていたのは認めるわ。どう思う?」

「我ら四人で掛かれば負けは無いかと。ですが……」

「一人か二人欠ける覚悟はいるかもしれませんねぇ」

「傑物 豪腕 青き流星」

「なるほど。貴方たちにそう言わしめるとは、大したものね」

 

 素直に感心した風の声を出す少女。一度息を吐き、静かに口を開く。

 

「計画を変更するわ。彼は導くのではなく、同士として迎え入れましょう」

「それは……」

「そう。貴方たち四人と同じ、進撃の詰み手(スカック・マット)として」

「スカ……?」

 

 自身の聞き間違いかと思うほどよく判らぬ単語を前にパルオットが思わず声を漏らすと、少女はゆっくりと前に歩み出てきた。まさか、彼女が戦うつもりなのか。手に持つ棒を強く握り直していると、少女はゆっくりと口を開く。

 

「パルオット……貴方に全てを教えてあげるわ」

 

 月明かりが少女を照らす。まるでその姿を讃えるかのように。これまで暗がりであるためぼんやりとしか見えなかった顔がハッキリと映し出されると同時に、パルオットは手に持っていた棒を落とす。目を見開き、ダラダラと流れる汗を感じながら、震える声を絞り出す。

 

「ま、まさか……貴女様は……」

「そう、教えてあげるわ。この世界の真実を……」

 

 これより紡がれた言葉は、今は語る事は出来ない。だが僅か数分の後に、パルオットは心を折られ、その場に膝をついてしまった。少女から語られたのは、それ程の内容であったのだ。

 

「馬鹿な……それではAL教は……この世界で生きている者たちは……」

「そんなに落ち込まないで。大丈夫、安心して。私がちゃんと……」

 

 直接心の中に手を入れられてグチャグチャとかき混ぜられているかのように、少女の一言一言が心に響く。だが、信じてはいけない。惹かれてしまってはいけない。

 

「導いてあげるから」

 

 道を踏み外させるべく囁く者は、いつだって優しい口調なのだから。

 

「(済まぬ、ロゼ……私は……)」

 

 跪いていたパルオットが震えている右拳を握る。思い出されるのは、ロゼとの会話。

 

『AL教の教えがおかしいっていうならさ、アンタが法王になってAL教を変えなさいよ』

『頑張ってよね。アンタやロードリングならまだ法王を任せられる』

『悩みがあったらいつでも聞くわよ、司教様。勿論、有料だけどね』

 

 そして、握っていた右拳がゆっくりと開かれていった。それはまるで、屈服した事を認めるように。

 

「(私は……お前のように強くはなれぬ……)」

 

 この日、パルオット司教はAL教から姿を消した。

 

 

 

数日後

-AL教本部 女神の部屋-

 

 勢いよく扉が開け放たれ、中にいた全員の視線がやってきた者に集まる。ここは女神の部屋。本来は法王と司教しか入る事が許されていない部屋であり、中にいたのは法王ムーララルーと司教のトータス、エンロン、司教見習いのクルックー。そして今やってきたのは、司教のロードリングと一般神官のロゼ。だが、この場にロゼとクルックーの二人が在籍することを認めたのは、法王のムーララルーである。曰く、ALICE様がそれを望んだとの事。そのため、ロードリングがカスタムの町までロゼを呼びに行っていたのだ。まだ一般には伏せられている、パルオットの失踪を告げに。

 

「パルオットが姿を消したってどういう事……?」

「わ、喚くな……言葉通りの意味じゃ……」

 

 珍しく真剣な表情で問い詰めてくるロゼに対し、エンロンはジロリと睨み付けてから言葉は返した。まるでこの場にいる事すら嫌に思っているような仕草だ。

 

「ロードリング司教。大方の話は?」

「道中話しました」

「ご苦労。ロゼ、ロードリングから聞いた通りです。詳細はこちらでも掴みかねています」

 

 ムーララルーがそう告げてくる。道中ロードリングから聞いた話は大まかに分けて三つ。突如パルオットが失踪した事、ある程度の荷造りの後が見られた事から自分の意志で出て行ったと思われる事、そして、彼が管理していたフィールの指輪がAL教内から忽然と姿を消していた事。かつてカスタムの町で大事件を起こしたバランスブレイカーであるフィールの指輪。今は壊れているが、もし修理が可能だとすればあの存在は脅威である。

 

「お、大方指輪の直し方が判って持ち去ったんじゃろう……や、奴は司教の器では無かったのじゃ……」

「私はそうは思いません! パルオット司教は立派なお方、バランスブレイカーに心を奪われるとはとても……何か事件に巻き込まれたのでしょう」

「(指輪だけならまだしも、事前に私が賄賂を送ってしまっている。金と指輪……彼の背中を押してしまったのかもしれませんねぇ……)」

 

 エンロンはパルオットが指輪の魔力に目が眩み失踪したのだと主張。対してロードリングは何か大事に巻き込まれたのではないかとその身を案じている。トータスは自身しか知らぬ賄賂の事もあり、エンロンと同じような意見を主張していた。

 

「あんな壊れた指輪のために失踪する馬鹿はいないわよ」

「ふ、ふん……パルオットの女が置いていかれて嫉妬しておるわ……ま、まあ奴がいなくなったのは貴様にとって痛手じゃろうて……何せ、今後貴様を守る者は……」

「枯れ果てたクソジジイは黙ってなさい」

「な、なんじゃと……」

「静粛に」

 

 その場の空気が険悪なものになろうとしたのを止めたのは、法王のムーララルー。静まった一同を一瞥し、ゆっくりと口を開く。

 

「ALICE様ですら、此度の件は把握出来ていない模様だ」

「な、なんと……ALICE様が……」

 

 驚愕するのは、信奉者のロードリング。自作のアリス人形を持つ手が震えている。

 

「失踪の理由を知るのは後で良い。今は全力を持ってパルオット司教を見つけ出すのだ。神官以上の者にはこの後に通達する。一週間以内に見つけ出せねば大衆にもパルオット司教の失踪を発表し、近隣諸国の協力も仰ぐ事になる」

「し、司教の失踪など前代未聞じゃ……いや、かつて失踪した法王が一人いたか……」

「出来れば一週間以内に片を付けたいですね」

「ALICE様直々の指示だ。必ずや見つけ出せ!」

「はっ!!」

 

 ムーララルーの命令を受け、司教たちが部屋から次々と出て行く。一度ムーララルーを見たロゼであったが、すぐに身を翻して部屋を後にする。この男は何も知らない。あのALICEの名前を出してまで知らないと断言したのだから。となれば、一体何が起こっているのか。本当に自らの意志で失踪してしまったのか。

 

「……ん?」

 

 不意に視線を感じて振り返ると、通路の角にクルックーが立っていた。何事かと立ち止まっていたロゼに向かってゆっくりと近づいてきたかと思うと、無表情のまま静かに口を開いた。

 

「お久しぶりです」

「久しぶりね、クルックー。それで、お姉さんに何の用?」

「パルオット司教は何かに巻き込まれたのだと思います」

「……どうしてそう思うの?」

 

 おちゃらけた感じで返していたロゼだが、話の内容を聞いてすぐさま真剣な表情を作る。先程女神の部屋に乗り込んできた時と同じ顔だ。

 

「失踪する直前、パルオット司教は私に明日聖書を渡してくれると約束していました」

「なるほどね。失踪を考えている人間はそんな約束をしないと……どうしてさっき言わなかったの?」

「貴女が来る前に言いました。ですが、それは関係無いと言われ……」

「ふぅん……それで、どうして私に言っておこうと?」

「必要だと感じたからです」

 

 表情は変わらない。されど、クルックーの瞳は真っ直ぐとロゼを見てくる。それはまるで、必ずパルオットを見つけ出して欲しいとでも言っているような瞳だ。くしゃりとクルックーの頭に手を乗せ、ロゼが言葉を返す。

 

「情報ありがとう。確信したわ、アイツは何かに巻き込まれた」

「どうしてそう思うのですか?」

「アイツは約束を破る男じゃないからよ」

 

 約束。その言葉が指すのは、二つ。本を渡すというクルックーと交わした約束。そして、法王になってAL教を変えるというロゼと交わした約束。その約束を反故にして失踪するような男ではない。ロゼはそう確信してからAL教本部を後にするのであった。

 

 これより数ヶ月の間、AL教はパルオット司教の捜索に力を尽くす。一週間以内に見つける事は叶わず、大衆への発表の下、近隣諸国の協力も得ての大捜索だ。

 

「一体どこに行ったのよ、あの馬鹿……」

 

 AL教を挙げての大捜索には、普段こういった事には非協力的なロゼの姿も見られたという。だが、見つからない。大陸中を探せども、パルオット司教の足取りは掴めなかった。結局、暫くの後に捜索は打ち切り。しばし司教三人体勢でAL教を回した後、司教見習いであるクルックー・モフスが司教へと繰り上がる事になった。

 

 

 

-自由都市 とある丘-

 

 小さな丘に立つ者がいる。黒衣を身に纏ったあの少女と、甲冑姿の五人、計六名。遙か遠くに見えるカイズをその目に映しながら、真ん中に立っていた少女がゆっくりと口を開く。

 

「計画の実行は数年後。腕輪の質が上がり、量産体制が整った後よ」

「それにしても、面白い物が手に入りましたね」

「ふふ、そうね」

 

 甲冑男の一人がそう口にすると、少女は静かに微笑みながら手に持っていた指輪に視線を落とす。壊れてしまっている四つの指輪、フィールの指輪だ。

 

「使い道がありそうだからね……ふふ……」

 

 力を失ってもなお妖しく光る指輪をしかと握りしめ、少女はカイズの方向に向かって言葉を放つ。

 

「また会いましょう、敬虔なAL教の皆さん。その時は私がしっかりと導いてあげるわ」

 

 身を翻し、森へと消えていく少女と甲冑の者たち。その中の一人、あの時はいなかった五人目の甲冑男が一度だけ立ち止まり、静かにカイズを振り返る。

 

「(……さらばだ、ロゼ)」

 

 そして、心の中で別れを告げてから森の中へと消えていった。

 

 再会は数年後。そこに待ち受けるのは、あまりにも悲しい結末。

 

 

 

LP0003 5月

-カイズ AL教本部-

 

 今度は時を少しだけ進める。LP0003春、パルオットの捜索断念が決まり、本格的にクルックーを司教へとするべく教育する事が決まりそうな頃。頭を抱えている者がいた。

 

「(クルックー……)」

 

 難しい顔で廊下を歩いているのは、法王ムーララルー。その心の中を占めるのは、娘であるクルックーの事であった。司教にはなって欲しくない。ただただそう願っていたが、先日遂にALICE様はクルックーを次の司教にすると断言したのだ。

 

「(私はどうすればいい……)」

「ムーララルー様」

「……むっ?」

 

 考え事をしながら廊下を歩いていると、不意に声を掛けられる。振り返って見れば、それは警備兵であった。

 

「どうした?」

「その、法王様に直接お目通りしたいと言って聞かない者が……駄目だと言っても言う事を聞かず……今は警備室で待って……」

「あ、おじさんが法王様?」

 

 警備兵の話を遮るようにひょっこりと後ろからピンク髪の少女が姿を現す。同時に、警備兵が目を見開いた。

 

「な!? 待っていろと言っただろう! それにおじさんとは失礼な! 法王様だぞ!」

「えへへ、ごめんなさい」

「その者が?」

 

 ぺろりと舌を出す少女。年の頃はクルックーの少し上といったところだろうか。娘を持つ親として少しだけ気に掛かったのか、法王ムーララルーが警備兵に問う。

 

「あ、はい。この者の他にあと三名とガーディアンが二体ほど」

「ガーディアン?」

「あの、おじさん!」

「またおじさんと……」

「良い。何だ?」

 

 苦言を呈していた警備兵を制止し、ムーララルーが少女に向き直る。まるで誰かを疑う事など知らぬような純粋な瞳だ。そんな真っ直ぐな瞳で自分を見据えながら、少女はハッキリと口にした。

 

「私たちを保護してください! 命を狙われているんです!」

「……命を?」

「あ、自己紹介がまだだった。私、来水美樹って言います」

 

 神の総本山とも言えるAL教に救いを求めてきたのは、絶対悪。魔王リトルプリンセス。

 

 




[人物]
ムーララルー (5.5)
LV 1/5
技能 説得LV2
 AL教団の法王。パルオットの失踪にある意味で最も頭を悩ませた男。保護を求めてきた来水美樹たちを受け入れる。

オズ・トータス (5.5)
LV 11/14
技能 神魔法LV1 説得LV1
 AL教団の司教。次期法王とも名高い彼だが、水面下ではパルオットを取り込むべく動いていた。彼の失踪を不可解に思いながらも、ライバルが減ったことを嬉しく思っている。

ローレ・エンロン (5.5)
LV 18/27
技能 魔法LV2 神魔法LV1
 AL教団の司教。パルオット失踪に関しては特に深く考えておらず、捜索作業も片手間であったという。

ミ・ロードリング (5.5)
LV 16/23
技能 神魔法LV2
 AL教団の司教。パルオット捜索に最も尽力した司教であり、ロゼも彼と行動を共にする事が多かったという。

スプリンガー・パルオット (5.5)
LV 28/55
技能 槌戦闘LV1 神魔法LV1 説得LV1
 失踪したAL教団の司教。彼が何を聞いたのか、何を思って姿を消したのか、真相は闇の中である。

クルックー・モフス (5.5)
LV 12/50
技能 神魔法LV2
 AL教団の司教見習い。パルオット失踪を不審に思っている者の一人。これより後、司教へと昇格する事になる。

黒衣の少女
 いったい何者なんだ……
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