LP 0003 2月
-ゼス 王者の塔-
「ガンジー王……それは確かなのですか……?」
千鶴子の汗が頬を伝い、ポツリと机の上に流れ落ちる。今自分の目の前にいるのは、心から尊敬し、愛している男。ゼス国王、ガンジー。そんな信頼する男の発した言葉を千鶴子は俄には信じられなかったのだ。ご冗談をと笑い飛ばしたかった。だが、出来なかった。ガンジーの表情が全てを物語っているからだ。どこか子供っぽさを残した、ふざけている時の調子ではない。優しく包み込んでくれるような普段の調子でもない。真剣な表情で佇むその顔は、一国の主足る時の表情。
「ああ、確かな予言だ。これより三日後……」
ゴクリと千鶴子が息を呑む。他の四天王、四将軍の誰よりも早く伝えてくれた事を光栄に思いながらも、その内容の重さに押し潰されそうになるのを感じながら、主がこれより発する信じたくない言葉を再度噛みしめるように聞くのだった。
「魔人が攻めてくる」
-ゼス アダムの砦-
「サイアス様!」
「エムサか……大丈夫、話はもう聞いている」
ゼス国境にあるアダムの砦に飛び込んで来たのは、治安隊臨時所属のエムサ。それを出迎えた部屋の主は窓の外を見下ろしながら静かに佇んでいる。だが、纏う雰囲気がいつもと違う。それはまるで、闘神都市の戦いの時のような、覚悟を決めた者のそれだ。
「四天王、四将軍を始め、軍所属の者全員に緊急招集。他国の事を考え表向きは軍事訓練だが、その実……」
「魔人との戦争……」
部屋の中にいたミスリーの呟きにエムサが小さく頷く。つい先程ゼス国内に緊急発令がなされた。一般市民には三日後に軍事訓練があるため、一部地域には絶対に近寄るなというもの。そして軍所属の人間には、魔人が攻めてくるという発令が。
「治安隊の方に混乱は?」
「流石に初期は混乱しきっていましたが、今は落ち着いています。国外逃亡者も思ったほど出ていないとか……」
「やはり、アレの存在が大きいか……」
サイアスが意味深に口走る。本来、魔人が攻めてきたなどと聞かされればもっと大規模な混乱が起こっているはず。それを押し止めているのは、ゼスが誇るある要塞への信頼。
「今回はリーザスへの牽制を考えなくて良いと言われたからな。俺も出る」
「頼りにしています」
クーデターの時と違い、情報は漏洩していないはず。いや、例え漏洩していたとしても、人類の存亡を賭けた魔人との戦争の方が優先度では勝る。サイアスが拳を握りしめながら来る戦争にその目を向けている頃、各地でも動きがあった。
-ゼス カールギルド-
「そうですか……もう父と母は……」
とあるギルドの片隅で手紙を読んでいた金髪の女性が肩を落とす。少し前までルークたちと行動を共にしていたリズナだ。ルークに言われた通り定期的にカールギルドへと足を運んでおり、この日真知子からの調査結果をギルド経由で渡されたのだ。そこに書かれていたのは、両親が既に亡くなっている事と、身を寄せられそうな親戚もいないという事であった。
「……どうする?」
「とりあえず、お墓参りだけは行きたいと思います」
肩に乗っている景勝が神妙な面持ちで問いかける。可能性として考えてはいたが、こうしてハッキリと両親の死を突きつけられたリズナの心境を案じたのだろう。だが、リズナは思ったよりもしっかりとした口調で景勝へと言葉を返す。覚悟が出来ていた分、景勝が案じていたほど衝撃は少なかったようだ。
「おう、リズナちゃん。悲しい顔してるな。どうだ、景気付けに今夜飲みにでもいかないか?」
「えっ? 私とですか?」
「行かん!」
すると、少し離れたテーブル席から声を掛けられる。そこに座っていたのはこのカールギルドに所属している冒険者、男三人と女一人の計四人だ。このギルドのエース格であり、何度かカールギルドに通っているリズナは彼らの噂を耳にしている。その内の一人、中年の男が声を掛けてきたのだ。突然の事に困惑するリズナだったが、肩に乗っていた景勝がその男に一喝する。
「おうおう、保護者さんに怒られちまった」
「カイトス、自重しろよ」
隣に座っている若々しい青年に窘められているカイトスという冒険者。他の二人もため息をついているのを遠目に見ていると、突如ギルドの奥からカールギルド長が顔を覗かせ、神妙な面持ちで声を発した。
「相羽くん、カイトス、薙原くん、沙耶くん、奥へ来てくれ」
「ん?」
「……行こう」
呼ばれたのは、テーブル席に座っていたエース格四人。一度顔を突き合わせ、すぐに椅子から立ち上がって奥の部屋へと姿を消していった。その背中を見送りながら、景勝がボソリと呟く。
「何かあったのか……?」
「真剣な表情でしたね……」
不穏な空気はリズナも感じ取っていた。だが、何も出来る事はない。自分はこのギルドに所属している訳では無いのだから。
-ゼス ナガールモール-
「必要無いとは思うのですけどね」
愚痴を吐きながらゼスにある各ギルドへと協力を要請しているのは、軍務長官のナジリ。次は武器会社のファルネーゼとシーザーにも協力を喘がねばならない。こんな時軍務長官の地位は面倒だなとため息を吐きつつも、流石に今働かなければ罷免の恐れがあるため動かざるを得ない。そのナジリを労うべく、側に控えていた側近が声を掛ける。
「お疲れ様です、ナジリ様」
「本当にな。やれやれ、魔人が攻めてきてもゼスが落ちる訳がないというのに……」
「ええ、ゼスにはあの要塞がありますからね」
「魔路埜要塞……通称、マジノラインが」
-ゼス マジノライン-
「マジノライン……」
巨大な要塞を見上げているのは、ゼス治安隊長のキューティ。治安隊を引っ提げ一足先にこの場所へとやってきていたのだ。ここはゼスの西方、魔人界とゼスを隔てる山脈。この場所に設置された壁とも言える巨大な要塞が先程話に出ていた魔路埜要塞、通称マジノラインだ。
「キューティ隊長! 各員の配置場所の確認、終わりました」
「ご苦労様」
部下からの報告を受けながらも、キューティはマジノラインから目を離せないでいた。この要塞が出来たのは約40年前。レッドアイダークと呼ばれる魔人の襲撃によりボロボロになったゼスはこれを反省、魔人界のある西側に巨大な要塞を建てる事を決定したのだ。40年もの歳月と大半の予算を使い、ゼスはこの要塞を造り上げた。一部長官からは無駄金使いと囁かれているように、現在もこのマジノラインの維持費に国家予算の四割を使っている。
「ですがキューティ隊長……本当にマジノラインは機能するのでしょうか……?」
「…………」
不安そうに問いかけてきたのは、報告をした者とは別の部下。実を言うとこのマジノライン、建設してから今まで一度も起動したことがないのだ。偶然にもこの40年、魔人は攻めてこなかった。だからこそ、皆が不安に思う。理論上は魔人を追い返せるはず、ゼス国内には入ってこられないはず。それでも、もしこのマジノラインが魔人たちに効果が無かったら。だからこそ、万が一のために四天王、四将軍、治安隊他諸々の手練れが招集を受けたのだ。
「……もしマジノラインが意味のない要塞だったら」
「大丈夫よー。マジノラインは正常に稼働するわー」
どこかぼんやりとした声が周囲に響き、治安隊がそちらに振り返る。そこに立っていたのは、白衣姿の女性。この場には相応しくない格好に皆がざわつくが、その女性の正体にいち早く気が付いたキューティが声を上げる。
「パパイア様!? どうしてここに!?」
その名前を聞き、治安隊員のざわめきが更に大きくなる。目の前に立っていた白衣の女性は滅多に公の場には姿を現さない四天王、パパイア・サーバーだったのだ。ボリボリと頭を掻きながらパパイアが口を開く。
「メンドイからパスって言ったんだけどねー、ガンジー王自らやってきて『マジノラインの調整を手伝え』って凄まれちゃったんだもん」
「ケケケケケ! よっ、この引きこもり!」
「働いたら負けだと思っている」
「メーデー メーデー」
突如パパイアの手に持っていた魔導書から声が響き、パパイアと会話を始める。それと同時に、キューティは息を呑んでいた。噂には聞いたことがある。四天王パパイア・サーザーは、あの呪われた魔導書であるノミコンによって精神を壊されているのだと。そして何とかノミコンを引き離そうとした部下は全員惨殺されてしまったのだと。
「(同じ四天王でも……千鶴子様とここまで違うなんて……)」
ケラケラと笑うパパイアの後ろに禍々しい何かを感じ取ってしまうキューティ。ただ単純に恐ろしい。これが、千鶴子と同じ四天王なのか。すると、ノミコンと共に笑っていたパパイアが何かを思い出したかのようにピタリと止まり、キューティに視線を向けてくる。
「……あんた、治安隊長?」
「は、はい! ゼス治安隊長、キューティ・バンドです!」
「おっ、目ーつけられたぜ! 今、一人の少女の人生が終わった!」
ノミコンの言葉が嫌に重くのし掛かる中、パパイアが話を続ける。
「って事は、ちょっと前は副隊長だった娘よね……砂漠のガーディアン担当したのってあんた?」
「はい。私ですが……」
「きゃーん! ラッキー!!」
「大当たりー! 今夜は眠らせねーぜ!!」
キューティの答えを聞くや否や、パパイアが目を輝かせながらキューティの手を握ってきた。突然の事に困惑するキューティを前に、パパイアは話を続ける。
「あの塔のセンス、最高じゃなかった!? 生気を搾り取る装置とか、壁と融合させる技術とか!」
「えっ? えっ?」
「こりゃ負けてらんないなーって創作意欲をかき立てられてね、私の塔にも似たような部屋を作ったの。名付けて、究極の美女の部屋」
「あの塔と似たようなって……」
「ひゃひゃひゃ! 女の子を壁一杯に貼り付けた部屋だぜ!」
理解出来ない。生気を搾り取る装置も、壁と融合させる技術もキューティにとってはおぞましいものであった。だが、目の前のパパイアはあれを参考に何やら部屋を作ったという。ノミコン曰く、壁一杯に女性が貼り付けられている部屋。砂漠のガーディアンで見た光景を思い出し、キューティが汗を掻く。もし想像通りの部屋であれば、何とおぞましい部屋か。
「ねぇ、砂漠のガーディアンで実物を見た貴女に感想を聞きたいから、今度私の塔まで来てくれない」
「ごしょうたーい! ショウターイム!」
「それは……その……」
ダラダラと汗を掻くキューティ。自分は一体何を見せられようとしているのか。ドス黒い何かを感じ取り、心の中を不安が占める。そんなキューティの様子を察したのか、パパイアがニヤリと笑ったかと思うと、小さく耳打ちをしてきた。
「それとも……」
「…………」
「貴女も部屋の一部になってみる?」
「……!?」
「おい、それは私のお気に入りだ。それ以上からかうな」
身を強ばらせたキューティだったが、突如パパイアの後ろから新たな人物の声が響き緊張が解ける。それは本来自分が話せる立場では無い者。だが、とある死線を共にくぐり抜け、何故か少し気に入られてしまった奇妙な間柄。
「……あら、珍しい」
「姐さん、自分も珍しいぜー! 滅多に出て来ない四天王が二人とか、明日は嵐だぜ!!」
パパイアの後ろに立っていたのは、同じく四天王のナギ・ス・ラガールであった。二人目の四天王の登場を目撃し、キューティ以外の治安隊は完全に緊張しきり、身動きが取れなくなっていた。
「千鶴子が呼んでいたぞ。さっさと行ってこい」
「はーい」
「……おい、もしキューティを人体実験に使ったら、殺すぞ」
「……あらやだ、おっかない」
ギロリと睨み付けるナギを物ともせず、パパイアはヒラヒラと手を振ってこの場を去っていった。暫くの間その背中を睨み付けていたナギであったが、パパイアが見えなくなったのを確認してキューティに視線を移す。
「久しぶりだな」
「ナギ様も今回の招集を受けたのですか?」
「お父様は最後まで無駄足になるからと反対していたのだがな。最終的にはガンジー王自ら城まで来て説得していき、お父様が折れた形だ」
どうやらパパイアとナギの両名にはガンジー王自ら足を運んだらしい。確かに公の場には滅多に顔を出さない二人ではあるが、基本的にガンジー王はそれを容認していたはず。だが、今回はそれを許さなかった。となれば、それだけの事態だという事だ。
「そう不安がるな。お父様がマジノラインは完璧だと言っていたから、魔人がこちらまで来る事は無い」
「……はい」
「それに、もし来たとしても恐るるに足りん相手だ。何せ、私たちは一度魔人を倒しているんだからな」
「ナギ様、それはあまり公の場では……」
慌ててナギの口を塞ぐキューティ。闘神都市での死闘、魔人パイアールとの決戦は一部の者しか知らない極秘事項だ。すぐさま治安隊の方に視線を向けるが、どうやら部下たちはガチガチに緊張しているため今の会話は頭に届いていないようであった。ホッと息を吐くキューティ。すると、ナギを叱責する声が聞こえてきた。
「こりゃ! 場所を考えて発言せい!」
「雷帝……それにウスピラもか」
「それだけじゃありませんよ」
「(ら、雷帝カバッハーン様だぁぁぁ!!)」
「(う、後ろにいるのはウスピラ様、アレックス様、それに四天王のマジック様だ!)」
現れたのは、カバッハーン、ウスピラ、アレックスの四将軍三人。更には四天王にしてガンジー王の愛娘、マジック・ザ・ガンジーの姿まであった。何というオールスター揃い踏みか。
「キューティ、サイアスは……?」
「今、エムサさんが呼びに行っています。ミスリーさんも同行する予定です」
「あやつの砦は一番東にあるからのぅ、到着は明日になりそうじゃな」
「そうですね」
ウスピラの問いかけにキューティが答える。サイアス、ミスリー、エムサ、全員欠かせない戦力だ。カバッハーンが静かに頷き、アレックスも納得がいったように微笑む。すると、そのまま一歩前に出てきてキューティに手を差し出してきた。
「お久しぶりです。先日のクーデターの際は持ち場が違いましたから、こうして共に戦うのは今回が初めてですね」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
「戦う、と決まった訳じゃないでしょう?」
爽やかに微笑んでくるアレックス。後ろに控えていたキューティの女性部下数名が頬を赤らめているが、キューティは特に気にした様子も無く手を握り返す。好青年であるアレックスに何も感じていないのだ。そんな中、二人の会話にマジックが入ってくる。
「マジノラインが押し返せばそれで終了なんだから」
「そうだった。失言失礼」
「押し返せればいいがのぅ……」
「問題無い。お父様の太鼓判付きだ」
そう会話を交わしながら、全員でマジノラインを見上げる。仰々しい雰囲気でそびえ立つそれは、本当に人類を守ってくれるのだろうか。
「……そういえば、私も久しぶりだったわね。キューティ治安隊長」
「覚えていてくださったのですか! 光栄です!」
「えぇ、よーく覚えているわよ……」
「(ああ、マジック……あの時の事をまだ根に持って……)」
不意にマジックがキューティに声を掛けてくる。名前を覚えてくれていた事に感激するキューティであったが、マジックの言葉がどこか含みを帯びている事に気が付いていない。キューティとマジックが初めて出会ったのは闘神都市から帰還後。マジックとアレックスが良い雰囲気だったのを、コタツで漫画を読んでいたサイアスやキューティがぶち壊した出来事。当然根に持っていない訳がないのだが、キューティはその真意に気が付けていなかった。
「(すげー、ウチの治安隊長すげー!)」
そしてそれは、治安隊の部下たちもである。パパイアやマジックの真意に気が付けなければ、自分たちの上司はとんでもない人物という事になる。四天王パパイアから塔に招待され、ナギ直々にお気に入り発言が飛び出す。その上、千鶴子とマジックからは名前を覚えられている。更に、四将軍の全員とも懇意にしているというハイスペックっぷりだ。この人についていけば出世間違い無しだなと心の中で再度確信する部下たちであった。
-ゼス マジノライン 迎撃システム制御室-
「アンゴルモア、ボルケーノ、異常ありません!」
「破壊光線砲、138番と217番が魔力充填不足です」
「急いで補充を!」
忙しなく指示を飛ばしているのは、四天王の山田千鶴子だ。マジノラインが誇る迎撃システムの数々。破壊光線砲、電撃塔、アンゴルモア、ボルケーノ、地獄の蓋、巨大連装弓。それらの最終点検や各員の配置に制御室は大忙しであった。
「千鶴子様! アニスの次の仕事は!?」
「待機! アンタは動かないのが仕事!!」
「がーん!」
「千鶴子、状況はどうだ?」
「ガンジー王!」
動いた先から被害を出していくへっぽこ弟子に待機を指示してところで部屋にガンジー王が入ってくる。周囲で動いていた部下も一瞬ざわつくが、千鶴子がマクシミリアンに目配せをして気にせず動くよう指示を飛ばす。すぐさまそれを察したマクシミリアンがパンパンと手を叩き皆が仕事に戻る中、ガンジーは千鶴子の前まで歩み寄ってきた。
「どうだ?」
「問題ありません。四天王、四将軍全員の招集に成功。治安隊も既に現場入りし、配置を確認しています。各ギルドにも協力を要請中。カールギルドからは早々に返事が来ました。相羽カイト、カイトス・エルゼイ、薙原ユウキ、竜胆沙耶、竜胆リナの五名及びガード兵が参加するとの事」
「五人ともS、Aクラス冒険者か……流石だな……」
ガンジーが感嘆する。今上がった五名は全てゼス国内にその名を知れ渡らせている有名冒険者だからだ。有名であればあるほど即断は難しいというのに、よくぞ受けてくれたものだ。
「また、ファルネーゼとシーザーにも武器の供給で協力を要請中。双方とも一度は難色を示したようですが、先程来たナジリ長官からの連絡で協力が受けられそうだと……」
「ほう……」
「どうやら、薙原ユウキが声を掛けてくれたようです」
「そういえば、あの者は双方のご子息、ご令嬢と深い仲であったな……感謝せねばなるまい」
ガンジーが目を瞑りながら静かに頷く。後で長官連中から無駄な行為だったと言われても構わない。万が一マジノラインが効かなかった事を考えれば、この準備は絶対にしておかなければならない。そうでなければゼスが、いや、人類が滅びる。
「来い、魔人……人類の力を見せてやろう!」
準備は整った。人類の怨敵に今、人類の英知が挑む。
決戦の日
-魔人界 引き裂きの森-
「カミーラ様、準備が整いました」
魔人界、引き裂きの森。魔人界とゼスを隔てる山脈に近い場所に位置する森だ。ここに今、数にして10万もの大群が集まっていた。その最後方にいるのは、魔人カミーラ。無表情のまま自身の下級使徒、アウレスヒラウの報告を聞いている。カミーラの前に立ち並ぶ軍勢は、息を止めたかのように微動だにしない。皆がカミーラの言葉を待っているのだ。
「…………」
そして、その時は来る。カミーラの指がついと動き、ゼスの方向を指差したのだ。これこそが、開戦の合図。
「は、わかりました。指揮官たちに命ずる! 出撃だ!!」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
一斉に雄叫びが上がる。まるで怒声だ。ビリビリと待機が震えるのを感じているのは、カミーラの使徒である美少年、ラインコック。先に出た下級使徒であるアウレスヒラウとは立場が違う、上級の使徒。カミーラの側近だ。
「うぅ、わくわくするなー」
「逸るな」
同じく使徒である七星に苦言を呈されながらも、ラインコックは目を爛々と輝かせていた。ラインコックにとって、これ程大規模な進軍に連れて行って貰うのは初めての事であった。というのも、ラインコックは使徒の中でも戦闘力は低い部類に入る。また、カミーラが寵愛している使徒であるため、無為に傷つけたくないという思いが働き、結果としてホーネット派との戦争時にはいつも留守番をしているのだ。だが、今回は違う。相手は脆弱な人間。これならばとカミーラも同行を許したのだ。人間との戦争には興味などないが、憧れのカミーラ様と共に戦える。それだけで天にも昇るような気持ちなのだ。
「いっけー! 人間たちをぶっ殺せー!!」
ラインコックの声が響き渡る中、骨の森を魔物兵たちが進軍していった。10万もの魔物の進軍は地鳴りとなり、ゼス国内にも響く。
-ゼス マジノライン 人間界側-
「来たか……」
ビリビリとした空気と地鳴りを感じ、サイアスがポツリと呟く。瞬間、周囲にいた部下たちが身を強ばらせた。魔人が来る。人類の怨敵である魔人が。
「風が啼いている……」
マジノラインは広い。全10区にもなる広大な範囲を全て守らねばならず、兵たちも各地に散らばっていた。サイアスが守るのは第8区。引き裂きの森と非常に近い位置だ。対して今呟いたエムサが守るのは、第3区。魔人が近づいてきている場所とは大きく離れているが、それでも異変は感じ取れる。
「さあ、お父様が認めたマジノライン。破れるものならば破ってみるがいい!」
それはまるで示し合わせたかのよう。ナギがそう咆哮したのとほぼ同時に、魔物たちの大群がマジノラインへと到達した。そびえ立つ要塞に向かって突進を始め、ゼス国内へと侵入しようとしてくる。それを見下ろすのは、司令部にいる千鶴子、パパイア他数十名の魔法使い。
「……行くわよ、パパイア!」
「アラホラサッサー! マジノライン、起動!!」
-ゼス マジノライン 魔人界側-
殺せ。犯せ。蹂躙せよ。血走った目で進軍している10万の魔物兵。遂にマジノラインへと辿りついた彼らはその足で山脈を上っていき、人間界に入るべく突進を始める。だが、直後に目が見開かれる。
「……何だ!?」
閃光。空が白く光ったのだ。何が起こったのかと上空を見上げた魔物将軍の体に強力な魔力の塊が振ってきて、その体を消滅させる。直後、周囲の魔物たちが絶叫を上げた。
「敵の攻撃が来ているぞぉぉぉぉ!!!」
先程の白い閃光は、魔力の塊がマジノライン全体を包んだものであった。そして作動する、各地に設置された対魔物自動迎撃システム。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
「ば、馬鹿な……」
白色破壊光線相当の魔法を人工的に放つ『破壊光線砲』。巨石を連続して投げ、魔物たちの集団を一度に片付ける投石機『アンゴルモア』。
「山を登り切れ! そうすれば脆弱な人間なぞ……ぎゃぁぁぁ!」
「よ、溶岩が噴き出してきた!?」
「こっちは落とし穴だ! そこら中にあるぞ!!」
崖の部分に隠された噴出口から魔力で強化された溶岩を噴き出し、登ってくる魔物を焼き払う『ボルケーノ』。何百メートルもの深さを誇り、下に敷き詰められた無数のトゲと崖崩れ発生装置の二段構えを備える巨大落とし穴『地獄の蓋』。
「空からならば、奴等も……ぴぎゃっ!」
「矢だ! それに電撃も……」
空飛ぶモンスターを射落とす装置、『巨大連装弓』。山全体を覆う電磁結界を生み出して侵入者を焼き払う『電撃塔』。これがゼスの英知の結集、魔人への切り札だ。
「くそがぁぁぁぁ!!」
「た、助けてくれぇぇぇ」
「おのれ、人間共めぇぇぇぇ!!」
怒声、悲鳴、阿鼻叫喚とした様子の魔人界。そんな様子を呆然とした表情で見ているのは、使徒のラインコック。
「なんだよ、これ……」
苦戦などするはずがなかった。圧倒的な勝利の下、人間たちの悔しがる姿を眺めつつ、活躍した自分もカミーラ様に褒めて貰うはずだった。だが、目の前に映し出されるのはあまりにも凄惨な光景。出撃前に叱咤激励してやった部下が、次々と消し炭になっていく。これは現実なのか。そんな事を考えていたラインコックの頭上で閃光が起こる。
「……!?」
ハッとして見上げたラインコックだったが、もう襲い。先程魔物将軍を消滅させた破壊光線砲の一撃がラインコック目がけて降ってきていた。これは躱せない。思わず目を瞑ってしまったラインコックだったが、何かおかしい。いつまで立っても光線が降りてこないのだ。恐る恐る目を開けると、上空に一つの影。ラインコックを守るように間に入り、光線を四散させていたのは愛しき我が主。魔人カミーラ。
「無事か?」
「カミーラ様ぁぁぁぁ!!」
無傷。我が主は無傷。当然だ、魔人には人間共などにはどうしようもない力があるのだ。無敵結界。この結界があれば、あの忌々しい要塞を越えられる。そう考え、歓喜の声を上げるラインコック。
「カミーラ様! 人間共に思い知らせてやりましょう!」
「…………」
「……?」
当然首を縦に振ってくれるものとばかり思っていたが、何やら様子がおかしい。不機嫌な様子で激しく要塞を睨み付けている。すると、使徒の七星がこちらへと駆けてくるのが見える。てっきり自分と同じように進軍を勧めるのかと思ったラインコックであったが、そうではなかった。
「カミーラ様、既に半数の兵があの要塞にやられています」
「は、半数!?」
「被害は増える一方です。ご決断を……」
「け、決断って……七星! まさか、撤退しろって言うつもりじゃぁ……」
「ラインコック……いくつの屍の山を築くつもりですか……?」
「あっ……」
これまで聞いた事の無いような声色で七星が喋るのを聞き、ラインコックが全てを察する。確かにカミーラだけは無敵結界の恩恵でマジノラインを越えられる。七星を始めいくらかの強力な魔物も同様だろう。だが、そのために払う犠牲はあまりにも多い。既に半数、五万以上もの魔物が犠牲になっているのだ。ホーネット派と戦っている今この被害はあまりにも大きい。それでも尚進軍を続ければ、ゼスは落とせるかもしれない。だが、もし十万の兵を全て失ったら、ホーネット派との戦争はどうなるのか。
「ご決断を……」
ギリ、と七星が唇を噛みしめるのがラインコックの耳に届く。彼もまた辛いのだ。ここで撤退しても、五万もの兵を無駄に消耗したのは事実。総大将のケイブリスはカミーラを愛しているため責めないだろうが、それが逆にカミーラのプライドを傷つける事を七星は知っている。だが、今は撤退せねばならない。このままでは、泥沼だ。
「……撤退する」
「…………」
無言で七星が跪き、すぐさま立ち上がって周囲の魔物たちに指示を飛ばす。
「撤退だぁぁぁぁぁ!!」
-ゼス マジノライン 人間界側-
「退いていく……」
遙か上空にある司令部で誰かがそう呟く。すると、その波は連鎖する。次々と窓の外に目を移し、山脈から撤退していく魔物たちをその目に捉える。何かの作戦かも知れないと千鶴子が檄を飛ばすが、数分後にはその空気も弛緩する。何も仕掛けてこない。魔人たちは完全に撤退した。
「人類の勝利だぁぁぁぁ!!」
「魔法使い、バンザーイ!!!」
司令部にいる魔法使いたちが、要塞の内側で控えていた者たちが、各地で歓声が上がり続ける。この日、ゼスは魔人に勝利したのだ。グッと拳を握りしめながらも、疲れたように椅子へともたれ込む千鶴子。その千鶴子の頬に冷たいものが押し当てられる。驚いて椅子から立ち上がってそちらを見ると、そこには缶ジュースを持ったパパイアが立っていた。狂ってしまった親友、だが、今はあの日のように笑っている。
「お疲れちゃーん。でも、この後が大変そうね」
「ケッケッケ。四天王と四将軍、傭兵たちの招集は無駄金だったって各長官方のお小言フルコースだぜ!」
「ガンジー王は王に相応しくなーい」
「えー、マジノラインを信じてなかったー!? マジノラインを信じてないのが許されるのは12歳までよねー!! ケラケラケラ!!」
カンラカンラと笑うパパイアとノミコン。あの魔導書燃やしてやろうかと考える千鶴子だったが、言っている事は的を射ている。今後暫く、マジノラインの力を信じずに軍を配備したガンジーには批判が集中するはず。特にガンジーを何とか罷免したい腐敗長官連中共は躍起になるはずだ。
「させないわよ。その為に私がいる」
「おー、格好良い。昔と変わらないわね」
「……!?」
コトリと机の上に缶ジュースを置きながら、パパイアがボソリと呟く。瞬間、千鶴子の目が見開かれた。確かに親友であるパパイアには同じような事を言った覚えはある。だがそれは、彼女が狂う前の話だ。すぐさま体を起こした千鶴子はパパイアの方に向き直るが、彼女は用は終わったとばかりに司令部から出て行こうとしていた。
「パパイア!」
「バイバイキーン」
「ドキンチャーン」
ヒラヒラと手を振って部屋から出て行くパパイア。人は彼女を狂人だという。だが、その根底にはまだあの日の彼女の面影も残っている。必ず救い出す。彼女の置いていった缶ジュースを握りしめながら、そう静かに誓う千鶴子であった。
「やれやれ、杞憂に終わって良かったな」
「一杯やっていくかい?」
「折角だし、斎香先輩やヒューズにも声を掛けるか?」
「それなら、みんなにも声を掛けましょうよ。軽い同窓会的な感じで」
「おっと、俺は邪魔になっちまうかな」
カールギルドから援軍に来てくれた冒険者たちの笑い声を耳にしながら、お忍びで傭兵たちの中に紛れ込んでいたガンジーがマジノラインを見上げる。圧倒的な戦果。これが人類の英知だ。その佇まいを誇らしく思いながらも、どこか胸の奥に不安が残っていた。
「(魔人がこれで終わるとは思えん。だが、これだけの成果を上げた以上、今回のように全軍を動かす事はもう難しいだろうな。もし魔人共がマジノラインを越えてくる日があるとすれば……)」
それは、ゼスの崩壊を意味する。
-ゼス 某所-
「LP0003、カミーラ軍一回目の進軍。これは、人類に教えて構わない……」
ゼス王宮の最深部。ぼんやりとした灯りが点っているこの部屋に、一人の少女がいる。ゼスの永久客人として扱われている占い師だ。今回の魔人進軍を予言したのも彼女である。少女の姿をしているが、200年以上前のゼス建国にも関わっているため、かなり長命な存在である。
「そして、LP0004……カミーラ軍二回目の進軍は、教えちゃいけない……そうですよね、バークスハム様」
不穏な事を口にしながら、目の前に置かれた水晶玉を見つめる少女。彼女の正体は、かつて魔人ノスによって殺された魔人バークスハムの使徒、ルーシー・ジュリエッタだ。口の中で飴を転がしながら水晶球を見つめていたルーシーであったが、不意に水晶球が光を帯びた。
「……あれ? 以前に占った時と未来が変わってる……」
水晶球に映し出されたのは、翌年起こるカミーラ軍二回目の進軍。今回手痛い敗北を喫したカミーラは、次回は他に二名ほど別の魔人とその使徒を携えて再度進軍をしてくるというのが以前の占い結果だ。だが、今水晶球に映し出されているカミーラ軍の布陣が以前と違う。以前からいた二名の魔人とは別に携えている者が三人ほど増えているのだ。二人は知っている。自分も知っている魔人だ。だが、もう一人は判らない。見たことも無い。恐らくこれは、魔人ではない。では一体何者なのか。一つ判るのは、この存在の禍々しさだけ。
「でも、教えちゃいけなーい。バークスハム様との約束だもん……」
ルーシーの呟きがどこか重く部屋に響き渡っていた。
-魔人界 ケイブリスの城-
「カカカカミーラさん! お、お、お怪我はありませんか!?」
ケイブリスの城にカミーラがやってくるや否や、そんなしどろもどろの声が城中に響き渡った。近寄ってきたのは醜いリスの魔人。この城の主にしてケイブリス派の主、魔人ケイブリスだ。苦虫を噛みつぶしたような表情を作るカミーラ。本来なら、この城になどやってきたくはない。だが、今回の自身の失態を報告しない訳にはいかないのだ。何せ余裕と思われていたゼス進軍に失敗しただけでなく、十万もの部下の大半を失って帰ってきたのだ。見れば、城の中にはケイブリスだけでなく有力な魔人たちが軒並み揃っていた。
「つ、つ、疲れましたよね! ほら、僕の横の椅子を空けてあるんで座ってください!」
「必死過ぎー」
テーブルに肘を突きながらカンラカンラと笑うのは、魔人メディウサ。ケイブリスとはそれなりに仲の良い魔人であるが、反面カミーラとは折り合いが悪い。というよりも、メディウサを一方的にカミーラが嫌悪している形である。
「もぐもぐ……それにしても、まさか人間たちがそこまでの力を得ていたとは驚きだぜ」
「…………」
「気に病む必要はありませんよ。あの要塞がそこまでの代物だとは誰も見抜けていませんでしたし、誰が行っても同じ結果になったでしょう」
「おいおい、ふざけた事言ってんじゃねーぞ、ジーク! カミーラさんだからこれだけの被害で済んだんだ!」
「これは失礼」
ガツガツと食事を続けながら人間たちの力を素直に褒め称えるのは、魔人ガルティア。その隣に座っている魔人カイトは無言である。何か思うところがあるのだろう。一度ため息をついてからジークがカミーラを労う。だが、ケイブリスが何故かそれにすら噛みついてくる。恋は盲目。再度息を吐き、事を荒立てぬよう素直に頭を下げるジーク。実に紳士的な対応だ。
「ちきしょう! カミーラさんが疲れて帰ってきているっていうのに、集まり悪すぎんだろ!」
「(いや、十分だと思うけどね……言わないけどさ)」
地団駄を踏むケイブリスを呆れた表情で見ているのは、魔人サイゼル。かつて闘神都市でルークたちと共闘したハウゼルの姉である。確かに数名の魔人が欠席しているが、いつもはもっと集まりが悪い事を考えれば十分な出席率である。それだけカミーラが敗走してきたのは魔人たちにも驚くべき事だったのだ。
「カミーラさん、もうゆっくりしてください。ゼス侵攻軍の司令官は別の者にやらせますから」
「……!?」
カミーラがケイブリスを睨む。それだけは絶対に避けねばならない。そもそもゼス侵攻軍の司令官などという面倒な役割を引き受けたのは怠惰な彼女にしては珍しいのだが、それにはある理由があった。嫌悪するケイブリスから少しでも離れるため、面倒ではあるがゼス侵攻を自ら買って出たのだ。だが、今ケイブリスは司令官を降りろと言ってきた。これでは計画がおじゃんだ。ケイブリスからまた離れられなくなる。いや、それ以上にここで撤退するのは、あまりにもプライドに障る。すぐさま反論しようとしたカミーラであったが、言葉に詰まる。
「カ、カミーラさん……そんな熱視線を送られると、ぼ、僕困っちゃうなぁ……」
今し方あれだけの大敗を喫した自分がどの口で司令官を続けると言うのか。何故か激しい睨みを熱視線と勘違いしている馬鹿っぷりに腹が立つが、それでもカミーラは言葉を続けられない。だが、そんなカミーラに助け船が出る。
「ケイブリス。それは違いますね。ここでカミーラを降ろすのは間違いですよ」
「お?」
発言をしたのは、これまで黙って座っていた魔人ケッセルリンク。ケイブリスやカミーラと同じ魔人四天王であり、ケイブリスに対してある程度の発言が許されている程その実力を認められている魔人だ。
「それは彼女のプライドを傷つける。このまま終わる貴女では無いでしょう?」
「……当然だ」
「え? あ、ぼ、僕、カミーラさんに悪い事言っちゃいました……?」
「ケイブリス。貴方はカミーラを心配したに過ぎない。その心はしっかりと届いていますよ」
「…………」
「あ、よ、良かった……」
青ざめるケイブリスにもフォローを入れるケッセルリンク。そんな事があるものかと一笑に伏すほどカミーラも若くはない。無言でそれを肯定しつつ、ケッセルリンクに向き直る。
「ハッキリ言いましょう。今回の一件はカミーラだけの敗北ではない。人間たちを嘗めすぎた我々魔人全員の敗北です」
「そう言われるとむかつくわね」
ケッセルリンクの言葉にメディウサがすぐさま言葉を返す。魔人が人間に負けた。これ程不愉快な事もそうはない。
「ケイブリス。ゼス侵攻軍を強化しましょう。今はカミーラ一人ですが、補佐として後二人ほど魔人の追加を……」
「おうよ! そうだな……ジーク、副司令やれるか?」
ケイブリスが声を掛けたのは、魔人ジーク。我の強い魔人が多い中、一歩引く事の出来るジークは補佐役には相応しい。一度ケイブリスと視線を合わせ、静かに笑うジーク。
「やりましょう」
「よっしゃ! 後もう一人は……」
グルリと部屋の中を見回すケイブリス。正直、もう一人は誰でも良かった。今この場にいない魔人にその役目を押しつけても良かったのだが、偶然にも彼女と目が合ってしまった。だから、彼女を抜擢したのは特に理由はない。
「サイゼル、行け」
「げっ!? しかも命令形だし……」
露骨な力関係が露わになる。断れる訳もなく、しぶしぶサイゼルが協力を了承。これにてゼス侵攻軍はその規模を増す。司令官カミーラ、副司令ジーク、構成員サイゼル。ハッキリ言おう、これだけでも人類にとってはあまりにも驚異的な陣営だ。そしてこれが、以前にルーシーが占った時に見えた魔人たちの構成。だからこの先は、彼女も知らぬ未来。
「よっしゃ、こんだけいりゃあ十分だろ!」
「いえ、少し足りませんね」
全員の視線が入り口の扉に集中する。そう声を響かせながら部屋に入って来たのは、魔人パイアールとその部下のPG-7。そして、もう一人。
「パイアール! おせぇぞ! ぶっ飛ばされてぇのか!」
「遅れると事前にケイブワンに知らせていたのですが……まさか、聞いていないとかありませんよね?」
「はぁ!? 聞いてねぇぞ、あんにゃろー……」
ケイブワンとは、ケイブリスの使徒の一人。そのへっぽこぶりは魔人の間では有名である。だが、これはパイアールの嘘。彼はケイブワンに遅刻など伝えていない。だがこれで自分はもう責められないし、ケイブワンが聞いていないと言っても皆彼女が忘れただけだと思う事だろう。息を吐くように非道な事をするパイアール。彼の性格の悪さが垣間見られる出来事でもあった。
「パイアール。足りないというのは?」
「言葉通りですよ。人間たちを見くびりすぎてはいけません」
「意外ね。一番人間たちを見くびっているのはあんただと思っていたのに」
「当然、人間が下等な種であるという考えは変わっていませんよ。ですが、思慮の浅いサイゼルがメンバーに含まれているのは少し不安かと」
「……なに? 喧嘩売ってんの?」
ピキ、と青筋を立てながらサイゼルがパイアールを睨み付けるが、パイアールは肩を竦めるだけ。次いでジークにも視線を送る。
「ジーク自身は文句ないのですが、その使徒がねぇ……」
「……彼女もやる時はやるんですけどねぇ」
自分の使徒を遠回しに馬鹿にされたのが気に触ったのか、ジークも眉をひそめながらパイアールをジロリと見る。露骨に睨み付けない辺りはサイゼルと違うが、それに対してもパイアールは肩を竦めるだけ。
「おいおい、クソガキ。魔人の力を嘗めすぎだろ? おめぇ、元人間だからって肩入れしすぎじゃねぇか?」
「ケイブリス。万が一……そう、万が一にも敗北は許されません。もし敗北したら、カミーラは人類に捕らえられるんですよ?」
「そんな事、有り得る訳……」
「有り得る訳ない。当然です。魔人は強い。でも、万が一にでもそれが起こってしまったら、貴方はもう二度とカミーラと会えないのですよ」
「そ、それは困る!」
「(うわ、乗せられた)」
ケイブリスがカミーラを好きな事を利用し、露骨に不安を煽るパイアール。他の魔人はすぐさまそのやり口に気が付いていたが、ケイブリスだけはまんまとそれに引っ掛かってしまう。両の手で頬を押さえ、どうしようと青ざめているケイブリスに対しパイアールが助言する。
「なに、魔人の数を増やせば良いんですよ。そうすれば、こちらの勝ちは確実です」
「そ、そうか! それは名案だぜ!」
「……待ちなさい。あまりそちらに魔人を回しすぎると、ホーネット派との戦いが……」
「別にずっと付きっ切りじゃなくていいんですよ。基本は先程の三名、いざ進軍が始まったら追加で二名ほど。これなら抜けるのは短期間ですし、問題ありません。それに、部下全員を連れて行く訳じゃないんですから」
「…………」
ケッセルリンクが止めようとするが、その質問は事前に予想していたとばかりにパイアールがペラペラと語る。その答えを聞いて押し黙るケッセルリンク。短期間とはいえ魔人が大量に抜けるのは危険ではある。だが、既にケイブリスが乗り気になってしまっている。カミーラのプライドやケイブリスの機嫌を考えれば、ここは引くべきかもしれない。そう考えたのだ。
「……どうやら反対はいないようですね。という訳でケイブリス、追加の魔人を二名選んでください」
「おっしゃ。ん? お前が行く訳じゃねーのか?」
「まさか」
首を横に振るパイアール。そう、彼自身は参加する気は無いのだ。彼の狙いは人類、特に自身の腕を切断したあの男、ルーク・グラントへの嫌がらせにつきる。
「(魔人三人でも十分だと思いますが、五人になればこちらの勝ちは必至。ゼスには奴が懇意にしている者も多い。ふふ、絶望に打ちひしがれるがいい!)」
心の中でニヤニヤと笑うパイアール。他の魔人に気付かれてはいないが、彼の右手は精巧に作られた義手だ。あの男、ルーク・グラントに斬り落とされた腕が疼く。奴だけは必ず殺す。その前段階として、奴と懇意にしている者が多いゼスは必ず落とす。そう決めての行動であった。
「そんじゃ、追加要員は……」
「あ、なら私参加するわ」
スッと手が挙がる。全員の視線の先にいたのは、黒髪の女性。魔人メディウサ。
「ん? 珍しいな」
「今思い出したんだけど、そういやゼスに私の別荘をぶっ壊してくれた奴がいるはずなのよねー」
約一年前、彼女がかつてゼスを攻めた際に造り上げていたアトラスハニーが破壊されたという報告を受けた。すっかり忘れていたが、それを思い出してはらわたが煮えくりかえったらしい。
「見つけ出して血祭りにしようと思ってさ」
「よっしゃ、ぶっ殺して来い!」
メディウサの参戦が決まる。それ即ち、あの男との因縁が幕を開けるという事を意味する。アトラスハニーを壊した責任者、サイアス・クラウンとの因縁が。
「んで、もう一人は……」
「がつがつ……もぐもぐ……」
「……ガルティア! 行け!」
「むぐむぐ……ん?」
これまでずっと食事を続けていたガルティアが呆けたような顔でケイブリスを見上げる。
「俺か?」
「確かお前、ゼスの出身じゃなかったか?」
「……忘れた」
「おいおい……まあいいや、行け!」
ムシ使い、ガルティア参戦。これもまた、一つの運命の歯車となる事を誰もまだ知らない。
「話は終わりだ! ゼスの連中をぶっ殺して来い! あ、いや、来て下さい、カミーラさん」
「…………」
「とはいえ、暫くはあの要塞の攻略法を探らねばなりませんね」
「なら、オーロラに探らせましょう。彼女をゼス内部に潜入させます」
ケッセルリンクにジークが答える。オーロラというのは、先程パイアールが遠回しに馬鹿にした彼の使徒だ。汚名返上とばかりに仕事を任せたのだろう。
「出来るのですか?」
「何故か彼女の変装は見破られませんからねぇ……」
「本人曰く変身のあれね。笑えるわよね、あれ」
「何でばれないのかしらね。人間って馬鹿なの?」
クスクスと笑うメディウサとサイゼルを前にジークがため息をつく。遠回しに馬鹿にされているのだが、これに関しては返す言葉がない。
「それじゃあ、これで解散に……」
「ちょっと待って下さい。来たるゼス進軍に彼も参加させて欲しいのですけど」
「あん?」
お開きにしようとしていたケイブリスにパイアールが言葉を挟む。彼とは一体何者か。チラリとパイアールの後方に視線を向けると、PG-7の横に全身をコートで覆い、頭にフードを被った者が立っていた。
「そいつか?」
「……PG-8が完成したのですか?」
「あっ、ジーク様、それは……」
これまで黙っていたPG-7が思わず声を漏らしてしまうが、時既に遅し。パイアールの表情が一気に険しくなる。
「……PG-8は処分しましたよ」
「何故ですか? ほぼ完成の状態だったはずでしょう?」
「あの女……処女じゃなかったんですよ! 汚らわしい……ああ、思い出すだけでも腹が立つ!」
「(うわぁ、ないわー……)」
激昂するパイアールを見てどん引きするサイゼル。今はPG-9の開発に勤しんでいるパイアールであったが、PG-8の素体をよく調べずに攫ってきてしまったのは未だに悔やんでいるらしい。
「闘神都市で拾ってきたあの女も非処女だったし……でも、ルークを苦しめるためにはあの女は捨てられないし……我慢して改造しなきゃいけないなんて……ルークめぇ……」
「パイアール様、それ以上は……」
「……失礼、取り乱しました」
ルークの事や闘神都市の一件は他の魔人には内密にしている。PG-7が慌てて窘めるが、どうやら小声で呟いていたため今の発言は誰にも聞こえていなかったようだ。コホンと咳払いをし、取り繕った様子でパイアールが言葉を続ける。
「PGシリーズでなく、彼はこのボクの使徒です」
「使徒!? あんたが!?」
「ほぅ……」
一同が驚く。潔癖にして完璧主義、自分大好きのパイアールはこれまで使徒を生み出してこなかった。その彼が使徒にした相手となれば、当然興味も湧く。
「さあ、挨拶を」
「…………」
そう言われ、後ろに立っていた者がスッとフードを降ろす。出てきたのは、機械人形。人間に近いPGシリーズと違い、人の形をしているが明らかに人形だと判る。すると、サイゼルがその顔を見て何か引っ掛かりを覚えた。見覚えがあるのだ。
「そいつ……」
「……!」
サイゼルがパイアールに尋ねようとした瞬間、二人の魔人が同時に椅子から立ち上がった。ケッセルリンクとジークだ。二人とも射殺すような目でその者とパイアールを睨んでいる。
「パイアール……貴様、それをどこで手に入れた……?」
「偶然拾いましてね」
「正気ですか……? 一体どれ程の同胞が殺されたと……」
「今はボクの使徒ですから、ボクには逆らえません」
「あん? 何だ、知った顔か?」
ケイブリスがケッセルリンクとジークを順々に見やるが、二人とも無言だ。一体こいつは何者なんだとケイブリスがその者に視線を向けると、異変に気が付く。そいつは明らかに自分に殺気を飛ばしているのだ。ケイブリス派の主にして、最強を自負するこの自分に。使徒風情が。
「何だてめぇ、死にてぇのか?」
「ククク……」
「止めなさい。貴方が魔人に勝てる訳がないでしょう。ケイブリス、失礼。後で判らせておきます」
「……次やったら問答無用でぶっ殺すぞ」
ギロリとその者を睨み付けるケイブリスだったが、その者は悪びれる様子も無くクククと静かなに笑い続けていた。何と不気味な存在か。
「彼の体は魔法を無効化します。魔法大国のゼスにとって、これ程驚異的な存在は無いでしょう」
「むぐむぐ……無効化? 面白ぇ体してんな!」
「……あっ! 思い出した!」
「紹介しましょう。ボクの使徒……」
サイゼルが思い出す。目の前のこの者を。その禍々しき存在を。一体何人の同胞がこの者に殺されたのか。ケッセルリンクとジークが不機嫌になったのも納得がいく。魔人にとっては忘れられぬ敵の一人。聖魔教団が誇った人類の英知。
「最強の闘将、ディオ・カルミスです!」
最狂の悪意が、今ここに復活する。再会の時は決して遠くない。
[人物]
マジック・ザ・ガンジー (5.5)
LV 36/68
技能 魔法LV2
ゼス四天王にして国王ガンジーの娘。ようやく本格的な出番も近づいてきた。
ナギ・ス・ラガール (5.5)
LV 66/80
技能 魔法LV2
ゼス四天王の一人。かつてキューティたちに掛けていた魔法は既に解いているため、『アスマ』ではなく『ナギ』と呼ぶことが可能。但し、あの時参加していたメンバーにはナギの正体をばらせないよう魔法を掛けている。
パパイア・サーバー (5.5)
LV 37/48
技能 魔法LV2
ゼス四天王の一人。今回の一件にも参加するつもりは無かったが、ガンジーによって無理矢理引っ張り出された。千鶴子の親友でもあるが、心が壊れている。
アニス・沢渡 (5.5)
LV 55/88
技能 魔法LV3
山田千鶴子の弟子にして、ゼスが誇るへっぽこ最強魔法使い。今回の出番は待機のみ。
ナジリ
ゼスの軍務長官。腐敗した連中の一人。
相羽カイト
LV 42/70
技能 剣戦闘LV1 冒険LV1 魔法LV1 神魔法LV1
カールギルドに所属するSクラス冒険者。『エース』という通り名で知られる凄腕冒険者であり、その名はゼス国内だけでなく大陸中に知れ渡っている。名前はアリスソフト作品の「ぱすてるチャイム」より。
カイトス・エルゼイ
LV 40/70
技能 剣戦闘LV2 冒険LV1
カールギルドに所属するAクラス冒険者。『ブラックエース』という通り名と共に悪評が流れている冒険者だが、その実力は確かである。付き合いの長い者からすると、彼の悪評は理不尽につきるとの事。名前はアリスソフト作品の「パステルチャイム3」より。
薙原ユウキ
LV 36/70
技能 剣戦闘LV1 冒険LV1 魔法LV1 神魔法LV1
カールギルドに所属するSクラス冒険者。確かな実力もさることながら、特に注目されるのはその交友関係。学生時代の友人に小国の王子、武器会社ファルネーゼのご令嬢、同じく武器会社シーザーのご子息とご息女、大人気同人作家などなど、彼が本気で動けばギルドの力関係がひっくり返ると畏怖されている。名前はアリスソフト作品の「ぱすてるチャイムContinue」より。
竜胆沙耶
LV 38/60
技能 剣戦闘LV2
カールギルドに所属するSクラス冒険者。女性ながらにSクラスまで登り詰めた強者であり、カイトの元学友。今回の一件を聞き、妹のリナにも連絡を取って協力を仰いだ。名前はアリスソフト作品の「ぱすてるチャイム」より。
竜胆リナ
LV 31/62
技能 魔法LV2
カールギルドに所属するAクラス冒険者。『竜炎』の二つ名を持ち、暴れるモンスターはとことんぶちのめす。その恐ろしさは大陸中に知れ渡り、ドラゴンも跨いで通るとか何とか。他の依頼を受けていたが、姉の要請を受けて参戦。名前はアリスソフト作品の「ぱすてるチャイムContinue」より。
カール・ディクソン (5.5)
ゼスにある「カールギルド」のギルド長。以前ロリータハウスの一件で協力してくれた人物である。
ケイブリス
LV 240/255
技能 剣戦闘LV2 魔法戦闘LV1
ケイブリス派総大将であるリスの魔人。魔人四天王。現魔王美樹に反旗を翻し、自らが魔王になるべく行動している野心家。遂に姿を現した最強の敵。
ケッセルリンク
LV 207/212
技能 魔法LV2
ケイブリス派に属するカラーの魔人。魔人四天王。ケイブリスと対等に話せる数少ない魔人であり、その実力は全魔人が認めている。元は女性であったが、魔人になる際に男性へと姿を変えている。当時彼に何があったのかを知る者は少なく、彼自身もそれを語ろうとしない。
メディウサ (5.5)
LV 105/152
技能 剣戦闘LV1 魔法LV1
ケイブリス派に属するへびさんの魔人。遂に動くサイアスの宿敵。
ラ・サイゼル(5.5)
LV 86/120
技能 魔法LV2
ケイブリス派に属するエンジェルナイトの魔人。ゼス侵攻をしぶしぶ承諾。ケイブリスには逆らえない。
ジーク (5.5)
LV 60/156
技能 剣戦闘LV1 変身LV1
ケイブリス派に属するまねしたの魔人。ゼス侵攻における副司令。奴の参戦には反対している。
ガルティア (5.5)
LV 60/108
技能 剣戦闘LV2
ケイブリス派に属する人間の魔人。伝説のムシ使いは、現代のムシ使いと邂逅する事になる。
カイト
LV 169/170
技能 格闘LV2
ケイブリス派に属する人間の魔人。かつては著名な格闘家として人類にその名を轟かせていたが、とある理由から魔人へと変貌してしまう。今回の参戦は見送られたが、彼もまたとある男と宿命で結びつけられている。
パイアール (5.5)
LV 100/120
技能 魔法LV1 新兵器匠LV3
ケイブリス派に属する人間の魔人。ルーク・グラントから受けた屈辱は忘れておらず、腹いせにゼス進軍を強化するよう進言する。ルーク自身は自らの手で葬りたいと考えているため、ディオには殺さず生け捕りにしろと伝えている。
PG-7 (5.5)
LV 1/1
技能 剣戦闘LV1 魔法LV1
パイアールが作り出したPGシリーズ。PG-8が廃棄処分になり一応まだ最新型ではあるが、もう間もなく完成するPG-9の存在には内心気が気でない。ひょっとしたら自分は廃棄されるのではという不安が押し寄せている。
ラインコック
LV 4/50
技能 魔法戦闘LV1
カミーラの使徒。一見美少女とも見間違えてしまう程の美少年。一応戦闘出来るだけの才能は保有しているが、カミーラが寵愛しているため前線には基本的に立たない。そのため、現在レベルは驚くほど低い。
七星
LV 38/48
技能 魔法LV1
カミーラの使徒。寡黙なれどその忠誠心は本物。実力も側近たり得るものを持ち合わせており、カミーラが寵愛している一人。また、彼にはまだ隠された能力があると言われている。
アウレスヒラウ
カミーラの下級使徒。美少年。戦闘はイマイチなので、基本は伝令役となっている。
ルーシー・ジュリエッタ
LV 1/3
技能 占いLV2
魔人バークスハムの使従。他に姉妹が二人いる。ゼスの永久客人だが、何か思惑がある様子。
ディオ・カルミス (5.5)
LV 1/100
技能 拳法LV2 剣戦闘LV1 盾防御LV1
パイアールの使徒にして最強の闘将。元勇者であり、無敵結界を破れるという異能を持ち合わせている。遂に復活を遂げたルーク最大の宿敵。その道が再び交わる日は近い。