ランスIF 二人の英雄   作:散々

156 / 200
第154話 勝利を約束された男

 

LP 0003 4月

-地下帝国 ブハード跡地-

 

「ああ……ブハードが跡形もなく……」

「やはり『押すな、危険!』と書かれたボタンを押したのはまずかったか?」

 

 ここはとある地下帝国。いや、少し言い回しが違うか。ここはとある地下帝国があった場所。そう、つい先程まで。

 

「どうしましょう、ランス様……」

 

 小高い崖の上から消滅した地下帝国を見下ろすのは、ランスとシィル。地下帝国消滅の一端を担った二人である。二週間前、キースギルドより依頼を受けたランスは地下帝国ブハードの調査にやってきていた。秘密裏にその勢力を増していた地下帝国ブハードは、自由都市を支配しようとしているという噂をキースが聞きつけたためである。ランスが調査を進めた結果、その噂が真実である事が判明した。

 

「うーむ……」

 

 だが、そこはランス。ブハード側に上手い事言いくるめられてしまい、ブハード側の幹部になってしまう。そのまま自由都市を支配するべく動いていたランスたちであったが、ひょんな事からブハード側と交渉が決裂。むかっ腹の立ったランスはブハード陣営の幹部を皆殺しにし、最終的には帝国そのものを消滅させてしまったのだ。

 

「まあ、あいつら悪者だったし問題ないだろう。うむ、俺様大正義。良い事をした後は気持ちが良い」

「…………」

 

 確かに結果だけ見れば自由都市の支配を目論んでいた悪の組織を壊滅させたという事になるのだが、それで済ませて良いものかとシィルが困惑する。

 

「金目の物は奪えるだけ奪ったし、ギルドに戻れば報酬も貰える。これで暫くは働かなくて済むな」

「そうですね、ランス様。家でゆっくりしていましょう。一人でお留守番しているあてなちゃんも寂しがっているでしょうし」

「まあ、唯一の心残りは今回の冒険で美女とヤれなかった事だな」

「もう、こんな美人捕まえておいて失礼ね!」

 

 ランスがボソリと呟いた言葉に反応する者が一人。振り返ると、そこにはぷんすかと怒りを露わにしている美少女が立っていた。ピンクの帽子に大きな靴。容姿は確かに美少女であり、ランスが手を出さないのが不思議に思われるほどだ。だが、ランスは一度ため息をついて言葉を続ける。

 

「いや、お前小さすぎて入らないし」

 

 そう、彼女の身長は60cmほどしかなかった。彼女の名はチアー。ポピンズと呼ばれる小型の種族である。地下で生活をしている小型種族のポピンズはその存在こそ人間界に知れ渡っているが、実際に見た事のある者は殆どいないという、言わば妖精のような存在である。ポピンズはカラクリ製作を得意としており、その技術力に目を付けられて数十体のポピンズがブハードに捕らえられていたのだ。その中の一体、チアーが何とかブハード側の目を盗んで強制労働施設から抜け出し、ランスに助けを求めてきたというのが今回の冒険の始まりとも言える。

 

「でも、凄い大冒険だったわね、ランス。大幹部闇烏との死闘、皇帝キアス・ティタラスとの最終決戦。絶対的なピンチを救った私の応援の舞」

「うむ、そうだな。それこそ物語にしたら二十話分は掛かるくらいの大冒険だった」

「(何の話でしょうか……?)」

 

 チアーとランスの言っている事が理解出来ないシィルだが、それは理解出来ない方が良いだろう。色々と事情があるのだ。

 

「とりあえず、ここでお別れね。殆どのポピンズは人間の事をあまり良く思っていないから」

「色々と事情があるとはいえ、悲しいですね……」

「でも、私や助けて貰った他のみんなは別よ。愛しているわ、ランス!」

「当然だ。俺様の魅力を頭の固い他のポピンズ連中にも伝えておけ。英雄ランス様、ポピンズを救う! うむ、ラレラレ石で販売すれば大ヒット間違い無しだな」

「ポピンズはこの恩を一生忘れないわ。またどこかで会う事があれば、ポピンズは貴方の味方よ!」

 

 フリフリと手を振ってチアーが他のポピンズと共に遠くへと去っていく。故郷である別の地下帝国へと戻るのだ。しばし共に行動した仲間との別れをシィルが惜しんでいると、ランスがボリボリと頭を掻いてから言葉を発する。

 

「よし、帰るか。戻ったらまずは一晩中ヤるぞ!」

「は、はい……」

 

 頬を赤らめながらもどこか嬉しそうに言葉を発するシィル。こうしてランスの冒険がまた一つ終わった。今回も大勝利だ。そう、ランスの辞書に敗北などという文字はない。例え一度は敗北を喫しても、必ずリベンジを果たしてきた。リーザス解放戦の時も、闘神都市での戦いの時も、必ず最後は勝利で終わってきたのだ。

 

『貴様の命は見過ごしておいてやろう。拾った命で生を満喫すると良い。それでも……もし私が許せなければ、憎しみが消えなければ、命を賭して殺しに来い』

 

 唯一、未だリベンジを果たせていない者がいる。あの異形の者だ。だが、いずれ奴は殺す。だから、敗北ではない。そんな事を考えながらランスはシィルを引き連れ地上へと上がっていく。薄暗い岩場を抜け、眩い日の光が差し込んできた。二週間ぶりの地上だ。

 

「ランスだな……?」

 

 突如声を掛けられる。目の前に立っていた男だ。自分たちが地下から戻るのを待っていたのだろうか。その男は、地上と地下を結ぶ抜け穴の入り口に立っていた。だが、顔が良く見えない。何せ久しぶりの日の光。目が慣れるのに時間が掛かってしまう。

 

「ん……? ちっ、眩しくて良く見えん……」

「久しぶりだな……と言っても、お前は覚えていないかも知れないがな」

 

 ランスとシィルが目を擦る。目の前に立つ男の顔が良く見えないからだ。発せられた声に正直聞き覚えがない。どうやら知り合いのようだが、あちらも自分の事を覚えていないかも知れないと言っている辺り、そこまで深い付き合いのある者ではなさそうだ。すると、ようやく目が慣れてきた。これまでぼんやりとしていた男の姿がハッキリとその目に映し出される。

 

「……誰だ、貴様?」

「まあ、そうだろうな。逆にその方がありがたいとも言える。これからする事を考えればな……」

「(……あれ? あの人、どこかで……)」

 

 立っていたのは赤い髪に戦士風の格好をした男。やはりというか何というか、ランスには男の顔に見覚えが無かった。目の前に立つ男は一度苦笑したが、すぐに真剣な表情を作る。瞬間、シィルが何かを思い出す。確かにこの男とは以前に会っている。だが、いつだったか。少し時間を掛ければ思い出せるだろうが、今すぐには思い出せない。だが、それを待っている時間はなく、事態は動いてしまう。

 

「ランス……地下帝国を滅ぼしたというのは本当か……?」

「ん? 何でその事を貴様が知っている?」

 

 それはつい今し方の出来事。それなのに、目の前の男は何故その事を知っているのか。

 

「空中都市を地上に落としたのもお前か……?」

「闘神都市の事か? うむ、俺様のナイスな活躍によって闘神を打ち倒し、見事地上へと落ちていった訳だ、がはは!」

「多くの女性に蛮行を働き、罪もない人から金銭を奪い取っているというのも……」

「俺様に抱かれて嫌がる女なぞいない。みんな涙を流して喜んでいるぞ。後はまあ、英雄である俺様に金を差し出すのは当然の事だな」

 

 ギリ、と目の前の男が歯ぎしりをした音が聞こえた。すると次の瞬間、それまで笑いながら答えていたランスが突如真剣な表情を作り、腰に差していた剣に手を伸ばす。目の前の男から強烈な殺気が飛ばされたのだ。

 

「何だ、貴様? まさか、この俺様に喧嘩を売っているのか?」

「……残念だよ、ランス。一度は共に戦った者に剣を向けなければいけない事がな……」

 

 そう呟きながら、目の前の男が剣を抜いた。剣に詳しくないシィルが見ても判るほど、その剣は異質の物であった。輝きが違う。それはまるで、選ばれた者しか握れない名剣。そんな輝き。

 

「構えろ、ランス。人々の為にもこれ以上お前を野放しにしてはおけない。ここで倒させて貰う」

「……とんだ命知らずがいたものだな。貴様は半殺しでは済まんぞ、全殺しだ!」

 

 ランスも剣を抜き、男と対峙する。張り詰めた空気にシィルが汗を流していると、ふと遠くにもう一人女性が立っている事に気が付いた。小柄な女性で目つきが悪い。目の前の男の知り合いだろうか。その女性はこちらの様子を観察しながら、ニヤニヤと笑っていた。まるでランスの行動を馬鹿にしているかのような嘲笑だ。

 

「死ねぇぇぇぇ!!!」

「…………」

 

 

 

数日後

-アイスの町 キースギルド-

 

「ランスが怪我?」

 

 ソファーに腰掛けていたルークが眉をひそめながらキースにそう問う。先程とあるギルド仕事を終えてギルドへと報告に来たのだが、報酬を受け取った後にキースからそう告げられたのだ。

 

「ああ。本人は引き分けだ、見ようによっては俺様の勝ちだと喚いているが、シィルちゃん曰く手酷くやられたらしい。這々の体で逃げ帰って来て、今は自宅療養中だ。まあ、シィルちゃんが付きっ切りで看護しているから、数週間で完治はすると思うがな」

「あのランスがか? 俄には信じ難いな……」

「正直、俺も驚いている。サボっている時のアイツならまだしも、今のランスは大きな依頼を終えた直後だったからレベルは結構な高さだったはずだ。そのあいつを歯牙にも掛けない相手なんて、そうはいねぇ」

 

 葉巻の煙を吐き出しながらキースがそう愚痴る。ランスとはいつも口げんかをしているが、この二人の付き合いも相当長い。当然、ランスの強さは十二分に理解している。だからこそ、あのランスがボロボロになって逃げ帰ってきたのが信じられなかったのだ。

 

「……ランスが抱えていた仕事は何かあるか? 暫く動けないだろうし、代わりに引き受けるぞ」

「何もねぇよ。あいつは気が向いた時にしか動かないから、二つも三つも仕事を抱えたりしねぇ。丁度受けていた仕事が終わった直後だったしな」

「そうか」

 

 キースの返事を聞いたルークはスッとソファーから立ち上がる。

 

「見舞いか?」

「まあな」

 

 そう言いながらルークが部屋を後にする。その背中を見送りながらキースは再度煙を吐き出し、窓の外に視線を向けた。

 

「しかし、一体どんな奴がやったのかねぇ……」

 

 

 

-アイスの町 ランス宅-

 

「誰なのれすか? 今、ご主人様は面会謝絶なのれすよ」

「よ、久しぶり」

「あ、ルークなのれす。どうぞ入ってくださいなのれすよ」

 

 ランスの家の呼び鈴を鳴らすと、出てきたのはシィルではなくあてな2号。とはいえ知らない仲でもない。軽く挨拶をすると、あちらも快く家の中に招き入れてくれた。そのままランスの部屋まで歩みを進めると、そこにはベッドの上で横たわり、シィルの献身的な介護を受けているランスの姿があった。全身に包帯が巻かれており、一目見ただけで相当手酷くやられたのが見受けられる。

 

「げ! ルーク……」

「大丈夫か? 随分と手酷くやられたみたいだな」

「ふん、何の問題もない。それにやられてなどいない! あれは引き分け……いや、見ようによっては俺様の勝ちだ! あ痛たた……」

「ランス様、まだ暴れちゃ駄目ですよ……」

 

 ルークの顔を見るや否やランスが眉をひそめる。今の自分の姿を見られたくはなかったのだろう。苦笑するルークに対して強がりを言うが、直後に傷が痛み腹を押さえてうずくまる。それを見たシィルが慌ててヒーリングを掛けつつ、ルークに向き直ってきた。

 

「キースさんから聞かれたのですか?」

「まあな。ほら、見舞いだ。果物と花な」

「あ、わざわざありがとうございます」

 

 果物の詰め合わせと花を机の上に置いたルークだったが、置かれた花を見たランスが眉をひそめる。

 

「おい、鉢植えなんか持ってくるな! 貴様には常識がないのか!」

「ふっ、シィルちゃんに心配かけたんだ。精々養生しろ」

「……!?」

 

 ランスの怒鳴りに苦笑しながら答えるルーク。だが、その返事を聞いた瞬間、ランスには昔の記憶が蘇っていた。

 

『姐さん。見舞いに来るのは良いけど、鉢植えなんか持ってくるなよ』

『わざとだよ。今回の怪我はお前の不注意で受けたもんなんだ。精々養生しな』

 

 あれは昔、自分が冒険者として駆け出しの頃。同行していた女戦士の制止も聞かず、無理に突っ込んでしまい入院が必要な程の傷を負ってしまった時の事だ。その時、あの女戦士も確か似たような見舞いをしてきた。そんな事を考えながらランスが黙り込んでいると、ルークが不思議に思って問いかけてくる。

 

「どうした? やっぱり今回の負けはショックだったのか?」

「負けてないと言ってるだろうが!」

「……それで、相手は誰だ?」

 

 ふとルークの口調が真剣味を帯びる。仲間を傷つけられて黙っていられるルークではないし、何よりもランスをこれ程傷つけるという強者に少なからず興味があった。だが、ランスは鼻をふんと鳴らしてそっぽを向く。

 

「言わん」

「……は?」

「貴様には教えん! 引き分けたとはいえ、俺様にこれだけの傷を負わした奴を教えるのは何か腹が立つ。あれは俺様の標的だ!」

「……やれやれ」

 

 ルークがため息をつくが、この返事は多少予想が出来ていた。プライドの高いランスがわざわざ自分から負けた相手の事を教えるとは考えづらい。

 

「まずは手始めに、各地にいるというアイツの女を片っ端から犯してやるぞ、ぐふふ……」

「……それは完全に三流悪役の所行だから止めておけ。本気でやるつもりなら、割と本気で止めるぞ」

「ちっ……」

「ご主人様ー。ルークから貰ったぽろっこんを切ってきたのれすよ」

 

 トテトテとあてな2号が部屋に入ってくる。先に果物の中から一つだけあてな2号に手渡し、切るように言っておいたのだ。皿に乗った美味そうなぽろっこんを見てランスが機嫌を戻す。

 

「お、気が利くではないか」

 

 その後しばしの間ランスたちと談笑し、ルークはランスの家を後にする。結局ランスと引き分けたという人物の事は聞き出せなかったが、まあ仕方ないかと首を鳴らしながら自宅へと向かうルーク。すると、突然後ろから声を掛けられた。

 

「ルークさん」

「……シィルちゃんか」

 

 そこに立っていたのは、先程まで一緒にいたシィルであった。どこか思い詰めたような表情。間違いない。ランスと引き分けたという人物の話をしにきたのだ。ランスが拒否している以上、あの場で話す事は出来ない。言ってしまえば、これはランスの本意に逆らう行動だ。それなのに、シィルはルークと話をするためにこの場にやってきた。

 

「ランスには?」

「買い物をしてくると言ってきました」

「そうか……場所を変えよう」

 

 そう言って、ルークとシィルはランスの家から少し離れた路地裏へと姿を消す。ルークの家にはざしきわらしがいるため、あまり真剣な話をするのに相応しくない。そう考えたルークは人気の少ない路地裏へと移動したのだ。辺りに人の気配は感じない。今なら誰に聞かれる事もないだろう。

 

「それで、わざわざ来てくれたという事は、ランスと引き分けたという奴の話という事でいいのかな?」

「はい……」

 

 沈痛な面持ちでゆっくりと頷くシィル。どこか顔が青ざめている。

 

「……どうした?」

「怖かったんです。ランス様が殺されてしまうのではないかと思って……」

「それ程強かったのか?」

「強かったです……でも、それ以上に怖かったんです……」

 

 当時の事を思い出しているのか、シィルが震える腕を押さえるようにしながら言葉を続ける。

 

「出会ってすぐは感じなかったんです。でも、あの人が剣を抜いて臨戦態勢になった瞬間、この人には絶対に勝てない、そんな風に感じてしまったんです……」

「…………」

 

 シィルとて何度も死線は潜り抜けてきているし、ランスの強さを知ってもいる。ランスを好きだからこそランスの事を人一倍心配してしまう節はあるが、それでもここまで恐怖するのは明らかに異常だ。

 

「相手は魔人か……?」

「人間です。でも……」

「でも……?」

「魔人よりも怖かったです」

 

 それは、あまりにも衝撃的な一言。サテラ、アイゼル、ノス、パイアール、メガラス、ハウゼル。シィルはこれまでこれだけの魔人と顔を合わせている。中でもノスはかつて魔人四天王にも在籍していた事があり、多数いる魔人の中でも間違いなくトップクラスの実力者のはず。そんなノスよりも、シィルはその人間に恐怖したというのか。

 

「ノスよりも強かったというのか……!?」

「いえ、単純な強さではノスの方が上だと思います」

「では、何故……?」

「どんなにランス様が技を繰り出しても、どんなに押しているように見えても、何故か勝てないという思いが湧き上がってくるんです。まるで……」

「まるで……?」

「あちらの勝利が約束されているみたいな、そんな感じでした……」

 

 ざわりとした何かがルークの中に芽生える。それは、言いしれぬ何か。他の誰でもない、本人は間違いなく謙遜するだろうが、一流の魔法使いであり数々の視線を潜り抜けてきたシィルがそう評価したのだ。

 

「それは一体……?」

「ルークさんも知っている方です」

「なんだと……!?」

 

 その言葉にルークが更に驚愕する。ルークとシィル共通の知り合い。そんな人物、かなり限られてくる。となれば、知り合いがランスを殺しかけたというのか。一度息を呑み、ルークがゆっくりとシィルに問いかける。

 

「そいつの名前は?」

 

 これが、二ヶ月ほど前の出来事。

 

 

 

LP 0003 6月

-川中島 カイズ 食事処-

 

「んぐ……んぐ……」

 

 AL教の総本山、カイズ。その一端にある少し寂れた食事処にその女性はいた。綺麗な金髪におよそ神官とは思えないラフな服装、ロゼだ。

 

「ぷはぁ! おばちゃん、お会計」

「はいよ。9GOLDね」

 

 昼食を済ませ、ロゼが食事処から出て行こうとする。すると、丁度入れ替わりになるように店に入って来た者がいた。若ハゲに手に持ったアリス人形が特徴的な男、AL教司教、ミ・ロードリングだ。後ろには数名の部下を引き連れている。

 

「おお、ロゼ殿。食事はもう終わりで?」

「まあね。あんたもこんなとこ利用すんのね」

「ロゼちゃん! こんなとことは酷いんじゃないかい?」

「ここは安くて美味いですからね」

 

 ロゼの言い回しに女将さんが文句を言ってくるが、笑っているところを見ると別に本気で怒っている訳ではなさそうだ。それ程までにロゼはこの店の常連らしい。

 

「ロゼ殿。後でお話は出来ませんか?」

「ん? 帰るところだったんだけど……」

「ならば、この場で……」

 

 後ろに控えていた部下がスッとその場を離れ、店の外に出る。その行動を見たロゼは話の内容がただの世間話では無い事を察し、一度立ち上がっていた席に再度腰を下ろす。女将さんも雰囲気を察したのか、奥の厨房へと下がっていった。

 

「何?」

「パルオット殿の捜索を続けているというのは本当ですか?」

「…………」

 

 司教パルオット。彼が謎の失踪を遂げてから早半年。当初はAL教内だけで極秘に進められていた捜索も今や大陸中に知れ渡り、それでも見つけられなかったため先月捜索は断念。新たな司教を育てるよう方針がシフトしたのだ。一年か二年以内には、新司教クルックー・モフスが誕生する事だろう。

 

「パルオット殿の捜索は、ムーララルー様直々に打ち切りだとお達しが来ましたが……」

「……私、あいつに貸しがあるのよね」

「貸し?」

「そう。相談を聞いてあげた貸しをまだ返して貰ってないの。借り逃げなんてまっぴら御免。だからこれは、AL教とは関係無い個人的な捜索。悪い?」

 

 ロゼが肩を竦めながら挑発するようにそう宣う。ハッキリ言って、ただの言い訳だ。法王自ら捜索するなという命が下っているのに、未だ捜索しているのはあまりよろしくない。だが、その返答を聞いたロードリングはニカッと笑った。

 

「なるほど、それは良い。では私も、個人的にもう一度パルオット殿に教えを請いたいという思いから捜索を続けるとしましょう」

「……あんた、本当に変わっているわよね。それ、あんたの敬愛するALICE様の意志に背くんじゃないの?」

「ALICE様はそのような事でお怒りになりません。むしろ、パルオット殿を見捨てるような現状を心の中でお嘆きになり、人知れず泣いている事でしょう」

『うん、ミー君。私、パルオットさんが帰ってきてくれると嬉しいな』

「おお、やはりそうですか!」

 

 パクパクとロードリングが口を動かし、あたかもALICE人形が喋っているかのような腹話術を始める。実に見慣れた光景であり、店の外にいる部下のため息が聞こえてきたような気さえする。だが、悪い奴ではない。

 

「……何か判ったら連絡頂戴」

「勿論」

 

 ハッキリとそう答えるロードリング。今のAL教で信頼に値する数少ない人物と言えるだろう。ヒラヒラと手を振って店の外に出ると、ロードリングの部下たちが軽く会釈をしてくる。それにも手だけで応え、ロゼはそのまま店を後にするのだった。

 

「さてと、久しぶりにカスタムに帰ろうかしらね」

 

 軽く伸びをしながらカスタムに戻るかと呟くロゼ。このところ本気でパルオット捜索に取りかかっていたため、暫くカスタムに戻っていなかったのだ。船着き場に向かうかと考えていると、ドン、と前から人にぶつかられる。見れば、もう夏も近いというのにコートで全身を覆った人物であった。大柄、中くらい、小柄の三人組であり、ぶつかったのは真ん中に立っていた中くらいの人物。横に立つ大柄な人物はあまりの巨体に見上げるほどの大きさだ。

 

「(コートを着込むっていうか、コートらしきものをぐるんぐるんに体に巻きつけて姿を隠してる……怪しさ爆発ってもんじゃないわね……)」

「おい、ぶつかったんだから謝るくらいしろよな」

「ん? 私的にはぶつかってきたのはそっちだったと思うんだけど」

「何を……」

 

 文句を口にしてきた中くらいの人物。声から察するに女性のようだ。だが、自分は前を見て歩いていたし、文句を言われる筋合いもない。厄介事になりそうならさっさと逃げるが、ここカイズで厄介事を起こす輩などそうはいないだろう。そう考えたロゼは軽口で返したのだが、その返事を聞いた女性は判りやすく苛立った声を上げた。だが、横に立っていた小柄な人物が割って入る。

 

「私から見ても非は9:1でこちらにあるかと。謝ってください」

「なんだとぉ!?」

「では、代わりに私が謝りましょう。主の不作法、心よりお詫びします」

「こ、言葉に毒がある……」

「一年経ツノニ未ダ修理ガ終ワラズ、仮ボディガコンナニ小柄デハ文句ノ一ツモ言イタクナルカト」

 

 ペコリと頭を下げてきた小柄な人物と違い、大柄な男はかなりたどたどしい言葉使いだ。未だ納得いかない様子の女性に対し、頭を上げた小柄な人物が言葉を続ける。

 

「今騒ぎを大きくするのは望ましくありません。少しは頭を使ってください」

「おかしい、どこで育て方を間違えた……」

「サテラ様、イシスハ喋ラナカッタダケデ、元々コンナ調子デスヨ」

「今明かされる衝撃の事実……ちょっとショックだ……」

 

 ぶつぶつと言いながら遠くへと去っていく三人組を見送るロゼ。先程まで食って掛かっていた真ん中の女性の背中に、今はどこか哀愁が漂っている。まるで娘の育て方を失敗してしまった父親のようだ。

 

「それにしてもあんな怪しい連中、すぐにしょっ引かれるんじゃないの?」

 

 去っていく三人組の背中を見て苦笑するロゼ。これは面白い土産話が出来そうだ。今あった事に多少の脚色を加えれば、カスタムの町の連中は笑ってくれる事だろう。

 

「……すっかり染まっちゃっているわよね、私も」

 

 今度は自分自身に苦笑する。異端だと言われ、自分と深く付き合おうとする者など殆どいなかった。一生根無し草の如く、各地を転々とすると思っていた。事実、リーザス解放戦の時には窮地のカスタムを見捨て、さっさと逃げだした事もあった。だが、今やすっかりカスタムの一員だ。あの時と同じ事が起こったら、自分はまたしても皆を見捨てて逃げ出すだろうか。答えは否。例え逃げだしたとしても、それは皆を助けるために助けを呼びに行くための、言わば前に進むための逃亡になるだろう。

 

「こんな風になるとはねー。知らない内に、貴方色に染められました-、ってか」

 

 クスクスと笑いながら船着き場へと向かう。今の自分を見たら、昔の冷めていた自分は呆れるかもしれない。だが、問題無い。全部ひっくるめて私なのだ。

 

「さてと、面白おかしく話すにはさっきの出来事を今の内からしっかりと練り込んでおかないとね」

 

 時間が経てば経つほど記憶は薄れる。それでは面白い話は出来ない。となれば、今すぐに今あった出来事を思い出すのが得策。頭の中で一から思い返す。ぶつかってきた少女、隣に立つ怪しすぎる二人、彼らの会話。その一部始終を。

 

『サテラ様、イシスハ……』

 

 瞬間、ロゼの歩みが止まり、その両眼が見開かれる。サテラ。イシス。聞き間違いではない。あの大男は確かにそう言った。勢いよく後ろを振り返るが、既に三人組の姿は無い。人違いだろうか。いや、人違いであるはずだ。こんな所にあの三人組がいるはずがない。

 

「魔人サテラ……まさかね……」

 

 自身に言い聞かせるように呟いたその一言は、風に乗ってすぐに四散した。だが、まるでそれは連鎖反応のように起こる。

 

「聞いたか? 解放戦の英雄がカイズに来ているらしいぞ?」

「へー、それは一度見てみたいな。何で来ているんだ?」

「さあ? トータス司教が呼んだらしいけど……」

「……!?」

 

 気が付けば、ロゼは船着き場とは逆方向に走り出していた。目指すは最も人が賑わっている場所、そこに目当ての男がいるはず。

 

 

 

-川中島 カイズ 広場-

 

「この度はルーク・グラント様のお陰で無事に任務を終える事が出来、AL教の教えをより多くの者に広める事が出来ました。皆様、もう一度彼に盛大な拍手を」

 

 広場に歓声が上がる。その中心にいるのはトータス司教と解放戦の英雄、ルーク・グラントだ。軽く手を振って観衆に返しながら、ルークは小声でトータス司教へと言葉を発する。

 

「司教、あまりこういう風に持ち上げられるのは……」

「ああ、失礼。他意はなかったのですが、気分を害してしまいましたか?」

「……正直、良い気はしませんね」

 

 そうは言うものの、ルークはあまり良い気分ではなかった。キースギルドに来た大口の仕事、司教トータスからの依頼。それも、ルークを直々に名指ししての依頼であった。報酬も破格であったためキースが受けろと五月蠅かったが、何よりもルーク自身AL教の司教と繋がりを持てるのはありがたい話であったため、即日この依頼を受けた。だが、蓋を開けてみれば依頼とは名ばかりの物。何の危険もない布教活動に数時間付き合わされたかと思うと、今はこうして見世物の如く扱われている。

 

「(リアのせいで変に有名になってしまったからな。メリットもあれば、デメリットもありか……)」

 

 解放戦の英雄に仕立て上げられた事はメリットとデメリットの両方を含んでいる。確かにリアのお陰でガンジー王やトータス司教と知り合えたのは事実だが、このように今は見世物に仕立て上げられている。いや、見世物とは少し違うか。これはトータスのアピールだ。解放戦の英雄と私は懇意にしている。それを外にアピールすることで、いずれ来るであろう法王へのチャンスを盤石にしようとしているのだ。

 

「(やれやれ……)」

 

 だが、ここで怒って帰るほどルークも思慮は浅くない。貴重なAL教司教との繋がりを持てるチャンス。それこそ、これを切っ掛けに他の司教や法王ムーララルーとも知り合えるかもしれないのだ。トータスが政治的に自分を利用しようとしているのは判っているが、ならばこちらもそれを利用させて貰うだけだ。愛想良く手を振っていると、観衆の中にコートを着た人物が見受けられる。もう夏も近いというのに、随分と珍しい格好である。すると、軽く風が吹いた。ふわりと持ち上がるフードと、露わになる顔。

 

「……!?」

 

 瞬間、ルークが目を見開き、前のめりに体を突き出す。突然の事に驚くトータス。

 

「ルーク様、どうかしましたか?」

「いえ……」

 

 一度トータスに向き直り、再度コートの人物に視線を戻したルークであったが、その時にはその人物は姿を消していた。すぐに辺りを見回すが、解放戦の英雄を一目見ようと集まった群衆はあまりにも多く、コートの人物を見つける事は出来なかった。

 

「見間違いか……だが、あれは……」

「ルーク!」

 

 今度は逆方向から声がする。視線を向ければ、群衆の中にロゼの姿があった、すると、隣に立っていたトータス司教が小さく舌打ちをするのが聞こえてきた。軽く視線を向けると、眉をひそめて面白く無さそうな顔をしている。だが、すぐに表情を戻してニコニコとした顔で声を発した。

 

「では、この辺でお開きとしましょうか。ルーク様は大変疲れています。皆様、最後にもう一度盛大な拍手を!」

 

 再度歓声と拍手の波が起こり、解放戦の英雄と司教のデモンストレーションはお開きとなった。そんな中、トータスがルークに声を掛けてくる。

 

「ルーク様、この後食事でもどうですか? 良い店を予約しているのですが。それと、お渡ししたい物も……」

「すまない。知り合いが話があるみたいなんだ。その後でもいいかな?」

「ロゼですか? ルーク殿、あの者はあまり良い噂を聞きませんが……」

「ご忠告感謝する。だが、付き合う相手くらい自分で決めるさ」

 

 そう言い残し、ルークはこの場を後にする。その背中を見送っていたトータスは再度小さく舌打ちをする。

 

「(またロゼか……解放戦の英雄との繋がりを邪魔されるとはね……それに、賄賂を渡すタイミングも逸しましたし……)」

 

 この後渡す物というのは、大量の金塊。トータスはルークに賄賂を渡し、来るべき時に自分を支援すると公言して欲しいと頼もうとしていたのだ。冒険者の間では彼に憧れている物も少なくなく、リーザスやゼスとも懇意にしている解放戦の英雄。その影響力は決して軽視出来ない。だが、その機会をみすみすふいにされてしまった。当然、ロゼに対して苛立ちを覚えるのも仕方ないというもの。

 

「(まあいい。チャンスなどいくらでもある事ですしね……)」

 

 とはいえ、ルーク・グラントとの繋がりを完全に断たれた訳ではない。それこそあちらの話が早く終われば、この後に食事の機会だって十分に有り得るのだ。平静を装い、トータスは残っている群衆に向けて愛想の良い笑いを振りまいていた。

 

 

 

-川中島 カイズ 広場 隅-

 

「ロゼ、どうした?」

「人気者は大変ね」

「茶化すな」

 

 苦笑する二人。トータスの号令の下解散はしたが、解放戦の英雄に握手をして貰おうという群衆はまだいくらか広場に残っていた。それを無碍にも出来ず、ルークはその群衆を掻き分けながらも軽く応えつつここまでやってきたのだ。

 

「ルーク、話があるの」

「……場所を変えるか?」

「そうね……ここだと誰に聞かれるか判らな……」

 

 ロゼがそう言いかけた瞬間、AL教本部の方で大きな爆発音が響いた。広場に集まっていた者たちが一斉に視線を向けると、AL教本部からモクモクと煙が上がっている。聞き間違いではない。あちらで爆発が起こったのだ。

 

「な……な……」

「え、AL教が燃えている……」

「ALICE様ぁぁぁぁ!!」

 

 群衆から一斉に声が上がる。嘆き、喚き、縋り、怒り、様々な声が広場に、いや、カイズ中に響き渡っていた。

 

「何が起こった!?」

「判りません! 今情報の確認を……」

「急ぎなさい!」

 

 見れば、トータスも慌てた様子で部下に指示を飛ばしている。当然だ。あのAL教本部が燃えているのだ。事故は考えがたい。だが、事件はもっと考えがたい。一体どこの誰がAL教に喧嘩を売るというのか。リーザスやゼス、ヘルマンといった大国ですら、AL教とは絶対に敵対しようとしない。それ程までに宗教というものは恐ろしいのだ。

 

『……ガー……ピガー……緊急放送、緊急放送。法王ムーララルー様からの緊急放送』

 

 その時、カイズ中に取り付けられた魔法スピーカーが一斉に鳴り出した。緊急放送。その言葉に、群衆のどよめきが増す。

 

『法王、ムーララルーだ。カイズにいる全ての者に告げる。今すぐAL教本部から離れ、カイズより脱出せよ。これは、ALICE様直々の命令である』

「なにっ!?」

 

 告げられたのは、とんでもない命令であった。周囲の者も騒いでおり、司教であるトータスも信じられないというような顔をしている。

 

『船は臨時で増便した。全員問題無く乗れるだけの数だ。慌てず、されど急いでこの場を離れよ。繰り返す、今すぐカイズから脱出せよ。AL教は大丈夫だ、何の心配もいらない』

 

 碌な理由も告げず、一方的に放送が終わる。次の瞬間、カイズ中から悲鳴と怒声が響き渡り、一斉に船着き場へと駆け出す音が聞こえてきた。まるで地鳴りだ。

 

「トータス様、どうされますか?」

「今すぐ逃げますよ! ALICE様直々の命令とあっては、拒否する訳にはいきません!」

「は、はい!」

 

 トータスも部下を引き連れて船着き場へと駆けていく。逃げ惑う群衆を横目に、ルークは目の前で困惑しているロゼへと問いかけた。

 

「ロゼ、何があったか判るか?」

「判る訳ないでしょ……でも、思い当たる節は一つあるわ……」

「本当か!?」

「……ルーク、一応聞いておくわ。あんた、魔人をこの場所に連れてきていないわよね?」

 

 真剣な表情で問われた質問は、ルークにとっては大きな意味を持っていた。それは、先程ルークが抱いた疑問を確信へと変えるもの。

 

「ロゼ……まさか、ハウゼルと会ったのか?」

「ハウゼルですって!?」

「さっき群衆の中に紛れていた。コートで全身を覆っていて顔は一瞬しか見えなかったが、間違いない。あれはハウゼルだった……」

「……私があったのは、サテラとそのガーディアンたちだったわ」

「なんだと!?」

 

 ルークがロゼの肩を掴む。まさか、このカイズにハウゼルだけでなく、サテラまでいるというのか。

 

「間違いないのか?」

「そっちと同じようにコートで全身を覆っていたから顔を見た訳じゃないけど、大柄な男が二人をこう呼んでいたわ。サテラ様、イシス……ってね」

「大柄……シーザーか。それに、イシスだと……?」

 

 ガーディアン・イシス。かつて解放戦でルークとリックの二人相手に互角以上の戦いを繰り広げ、最後はサテラを守るべく灰となったガーディアンだ。サテラはまだ修理出来ると口にしていたが、まさか本当に復活したというのか。

 

「まさか、あの二人がこの騒動を……?」

 

 煙の上がるAL教本部を遠くに見ながら、ルークがそう呟く。サテラはともかく、ハウゼルがこのような事をするとは信じがたい。何より、ホーネット派である魔人がまたも人間を襲ったというのか。考えたくない。すると、その背中をロゼが強く叩いた。

 

「考えるには情報が少なすぎるわ。行きましょう!」

「ロゼ、一人で行ってくれ。俺は……」

「何寝ぼけた事言ってんのよ。まさか、このか弱いロゼ様を火中に一人で放り出すつもり?」

 

 ロゼはもう一度強く背中を叩き、次いで煙の上がるAL教本部を睨むようにしながら言葉を続けた。

 

「行くのは船着き場じゃないわ。あっち、AL教本部よ」

「……良いのか?」

「当然。案内するわ!」

 

 ロゼが駆け出し、ルークがそれについて行く。目指すはAL教本部。一体そこで何が起こっているというのか。

 

 

 

-川中島 カイズ 船着き場-

 

「押さずに! 慌てず! 順番に! ALICE様が大丈夫だと仰ったのです!」

 

 船着き場で慌てる群衆を先導するのは、ロードリングとその部下たちだ。順々に出発していく船を見送りながら、絶えず押し寄せる群衆を必死で落ち着けている。そんな中、トータス司教がこちらに走ってくるのは見えた。

 

「トータス司教! 良かった、無事でしたか」

「無事……? 何か知っているのですか!?」

「……先程本部より逃げて来た者の話では、何やら賊が押し入ったとの事。既にそこらで噂になってしまっています」

 

 小声で話すロードリングであったが、人の口に戸は立てられぬ。既に群衆の間でも賊が押し入ったという事は話題になってしまっていた。

 

「賊ですって!? AL教に攻め入ったというのですか!? どこの馬鹿が……リーザス、ヘルマン、それともゼス……?」

「二人だったようです……」

「は?」

 

 トータスが思わず呆けた声を上げてしまう。二人、今ロードリングは確かにそう言った。大国ですら敵対しないAL教に、たった二人で攻め入った者がいるというのか。

 

「な、何の冗談ですか?」

「私自身の目で見た訳ではありませんが、本部から逃げて来た者は確かに二人と言っていました」

「さ、錯乱していたに違いありません。そうに決まっています」

 

 トータスがそう断言する。有り得ない。たった二人でAL教に攻め入れるはずがない。

 

「……とにかく、トータス殿も手伝って貰えますか?」

「いえ、私は先に船に乗らせていただきます」

「なっ!? まだ民は慌てて……」

「だからこそですよ。ロードリング司教、船で渡った者たちも向こう岸で大層混乱している事でしょう。それこそ、泳いででもこちらに戻ろうとする信者が出るかもしれない。それを止めるため、あちら岸にも司教がいなければ」

「おお……なるほど……」

「その役目、私が承りましょう。ではロードリング司教、後は任せましたよ」

 

 ペラペラと舌の回るトータスだが、その根底にあるのは今すぐこの場から逃げ出したいという思いであった。何が起こっているかは判らないが、それこそムーララルーはこの一件の責で辞任するかもしれないのだ。ならば、こんなところで死ぬ訳にはいかない。

 

「それにしても、貴方はAL教本部に走り出して行くものとばかり思っていましたよ。少し見直しましたよ」

「…………」

 

 グッと静かに拳を握っているのをロードリングの部下たちは見逃さなかった。煙が上がった直後、ロードリングはすぐにAL教本部へと走り出していた。敬愛するALICE様が危ない、そう思ったからだ。だが、直後の放送と慌て戸惑う群衆を見て、彼は踵を返して船着き場へと走った。ALICE様が大丈夫だと言った。ALICE様が脱出せよと言った。ならば、自分はそれに従って民を脱出させるのに尽力を注ぐ。

 

「(ALICE様……)」

『(ミー君……)』

 

 詭弁だ。本当は今すぐAL教本部へと走り出したい。そんな思いを察してか、ロードリングの部下たちもこんな状況だというのに誰一人として逃げ出したいと口にせず、黙々と群衆を先導している。

 

「それでは、あちら側は頼みます」

「ええ……そうだ、モフスを見ませんでしたか?」

「……いえ、私は見ていませんね」

「……まあ、既に脱出しているでしょう。彼女がALICE様の命令に背くとも思えない」

 

 

 

-川中島 カイズ 大通り-

 

「どこへ行くつもりだ! 今すぐ船着き場に向かって脱出せよ!」

「ルーク・グラントだ! 通してくれ! 何か起こっているなら協力出来るはずだ!」

「ならぬ!」

 

 AL教本部へと繋がる大通りを走っていたルークとロゼであったが、途中で憲兵に道を塞がれてしまった。周囲を見渡せば、自分たちと同じように先程の放送に背き、煙の上がるAL教本部に向かおうとしている者がチラホラといる。ALICE様を助け出そうとしている信者たちだ。

 

「参ったわね。そりゃそうか……」

「無理に通ろうにも、流石に憲兵の数が多いな。それに、混乱している信者も一緒に入って来てしまう……」

 

 魔人が絡んでいるかもしれない案件に一般人を巻き込む訳にはいかない。かといって、このままではAL教本部に入れない。どうしたものかとルークが頭を掻いていると、ロゼがその腕をグイと引っ張った。

 

「こっちよ。大分遠回りするけど、裏道を通っていけば多分誰にも見つからずに本部に入れる」

「本当か?」

「裏事情に詳しいロゼ姐さんを舐めんじゃないわよ!」

 

 軽く啖呵を切り、ロゼとルークが裏道を走っていく。一直線に行けば辿り着けたものをグルリと回り込むような進路だが、なるほど確かに誰とも会わない。見上げれば路地裏には蜘蛛の巣が張っているし、ネズミがゴミ箱の隅から飛び出してきた。

 

「随分と変わった道を知っているんだな」

「案内料50GOLDね」

「ふっ……ん?」

 

 突如、ルークとロゼの足が止まる。路地裏を走っていた二人の前に、脇道から誰かが姿を現したのだ。見れば、AL教の神官と思われる服を着ている。およそこんな路地裏には似つかわしくない少女だ。

 

「クルックー……」

「ロゼさん、どこへ行くつもりですか?」

「知り合いか?」

「まあね……」

 

 それは、司教見習いのクルックー・モフス。何故彼女がこの場所にいるのか。決まっている。自分が来ると思っていたからだ。軽く唇を噛みしめ、ロゼがクルックーの瞳を見据える。

 

「悪いけど、問答をしている暇はないわ。どいて頂戴」

「ALICE様は脱出しろと命じました。貴女の行動はALICE様の命に背く行動です。それがどういう意味を持つか判らない貴女では無いと思いますが……」

「意味……?」

「ルーク・グラントですね。初めまして、クルックー・モフスと言います」

 

 ペコリと頭を下げてくるクルックーとは対照的に、ロゼは額から汗を掻いていた。それは、言われたくない事なのだろうか。

 

「ルーク・グラント、貴方も彼女の友人であるなら止めてください。このままAL教本部に乗り込めば、彼女の立場はますます悪化します。それこそ、法王自ら手痛い罰が下されるかもしれない」

「ロゼ……それは……」

「大丈夫よ、私命令違反の常習犯だし。今更何も起こったりは……」

「パルオット司教はもういないのですよ」

 

 ロゼの言葉を途中で打ち切るのは、クルックーの声。それはどこか重く、されどハッキリと路地裏に響き渡った。

 

「貴女を守り続けてきたパルオット司教は、もういないんです」

「…………」

 

 ルークは考え違いをしていた。ロゼの命令違反は常習であり、それでも罰が与えられないところを見ていたため、感覚が麻痺していたのだ。何の事はない、これまでは彼女を護る者がいた。それが先日失踪した司教、パルオットだったのだ。その事実を、ルークは今初めて知る。

 

「もしこのまま本部に押し入れば……」

「そうね……最悪、AL教から除籍。軽くても辺境の地に飛ばされるってとこかしら?」

 

 ロゼがゆっくりと口を開く。今までのようにはいかない。こんな事をすれば、自分はただで済まないのは言われなくても判っていた。だからこそロゼは、自身の想いを確認するように静かに言葉を反芻し、クルックーの顔を見据えてハッキリと言葉を続けた。

 

「上等!!」

「……!?」

「行くわよ、ルーク!」

 

 その反応は予想外だったのか、呆然としているクルックーの横を通り抜け、ロゼがルークの腕を掴んで走り出した。引っ張られるような形になりながら、ルークはロゼに問いかける。

 

「ロゼ……だが……」

「何があったのかを知りたいんでしょう!? 迷っているんじゃないわよ!」

「…………」

「もしハウゼルたちが悪事を働いているなら見過ごせない。でも、もしその逆だったら……ハウゼルたちに命の危険が迫っているんだったら……」

 

 考えなかった訳では無い。ハウゼルたちが原因ではなく、ハウゼルたちを狙った別の何者かの仕業という可能性。そうなれば、ハウゼルやサテラに命の危険が迫っているという事だ。

 

「言ったはずよ。私はハウゼルの事が好きで、判り合えると思っているって」

 

 それは、ルークがロゼに人類と魔人の共存という自身の夢を打ち明け、ロゼから司教の任命を蹴ったと聞かされた時の事。ロゼはハッキリと、魔人であるハウゼルと判り会えると口にしたのだ。

 

「私がハウゼルの事を助けたいのよ! 文句ある!?」

「ロゼ……スマン、恩に着る」

「何度も言っているけど、私の貸しは高いわよ」

 

 路地裏をルークとロゼが駆け抜けていく。その背中を無言で見送りながら、クルックーは静かに呟いた。

 

「シスター、ロゼ……やはり、貴女の事はどうしても理解出来ません……」

「理解する必要はねぇ」

 

 ヌッと白い人魂のような物体が姿を現す。先程までクルックーの後ろに隠れていた物体だ。

 

「ありゃ狂人だ。これ以上付き合うな」

「狂人……ロゼ……」

 

 狂人二人が路地裏を駆けていく。普通には理解されない、されど譲る事の出来ない思いを持った二人が真実を得る為に。

 

 

 

-カイズ AL教本部 祈りの間-

 

「ぐぁっ!」

 

 壁へと勢いよく吹き飛ばされ、その者が口から血を吐き出す。ここはAL教本部の中にある祈りの間。大きな十字架にALICEを模したと言われる女神像。まるで教会のような作りの部屋であり、AL教を訪れた信者が熱心に祈りを捧げる場所だ。だが、普段は神聖な雰囲気の漂う場所も今は見る影も無い。女神像は半壊し、壁はところどころ崩れておりひび割れは天井まで及んでいる。部屋の中はあまりにもボロボロの状態であった。そんな部屋の中央に男は立っていた。その手に持った剣の切っ先を目の前に跪く女性に向けながら、静かに問いかける。

 

「リトルプリンセスはどこだ……?」

「教えるとでも……」

「えっ? 美樹ちゃん? 美樹ちゃんなら奥の部屋で眠って……」

「おい、馬鹿健太郎!」

「あ! これ、秘密だった……」

 

 先程壁へと吹き飛ばされた女性が怒鳴り声を上げ、慌てて口を塞ぐ健太郎と呼ばれた人物。だが、時既に遅し。跪く女性に剣を向けていた男はゆっくりと冷たい視線を部屋の奥へと繋がる扉に移す。

 

「あっちか……」

「サセン!」

 

 それを阻むかのように、巨体のガーディアンが男に向かって突進をしてきた。そしてそれとほぼ同時に、祈りの間へと二人の人物が駆け込んでくる。

 

「ルーク! 音がしたのはこっちよ……!?」

「なっ……」

 

 それは、信じられない光景であった。目の前にいるのは、ガーディアン・シーザー。かつてルークたちを大いに苦しめた魔人の従者。その彼が、胴体の一部を粉砕されてゆっくりと床に倒れ込んでいく。それを成したのは、シーザーの目の前に立つ赤い髪の男。手に持った輝く剣を振るったかと思うと、およそその細腕から生み出したとは思えない強力な一撃でシーザーの体を粉砕したのだ。飛び散る破片が、どこかゆっくりとしたペースで動いているように見える。

 

「二式ショウキ……」

「シーザー!!」

「くっ……」

 

 壁に寄り添うように座り込んでいるのは、魔人サテラと戦士風の男。自らの従者が敗れ、絶叫している。その少し先、女神像の側で倒れているのは見た事のない小柄のガーディアン。男の前で跪いているのは魔人ハウゼル。そして、部屋の中に置いてあった長椅子に座りながら事態を見守っている、目つきの悪い一人の少女。何もかもが信じられない。あのサテラとハウゼルが敗れた。そしてそれを行ったのは、ルークも良く知る人物。解放戦の時に一時的とはいえ自分の部隊に在籍していた、一人の剣士。

 

「何が起こっているのよ……」

 

 ロゼの小さな呟きすら響いてしまうほど、どこか不可思議な静寂が部屋を包んでいた。そして、その男がゆっくりとこちらに視線を移す。飛び散るシーザーの破片がパラパラとその男の周りを飛び交いながら、ルークと視線が合った。間違いない、あの男だ。

 

『私はルーク殿よりも強い人間を知っている』

『あちらの勝利が約束されているみたいな、そんな感じでした……』

 

 セシルとシィルから話を聞いた時、俄には信じられなかった。強いとは思っていた。だが、そこまでとは見て取れなかった。そんな思いは、今完全に打ち砕かれた。目の前に叩きつけられてしまったのだ。目の前の男が、魔人二人を相手取り勝利を掴み取っているという異常な光景を。

 

『そいつの名前は?』

 

「アリオス……テオマン……」

「ルークか!? どうしてお前がここに……?」

 

 この日、ルーク自身の正義と悪が試される。

 

 

 




[人物]
アリオス・テオマン (5.5)
LV 15/99
技能 剣戦闘LV2
 勇者。かつて起こったリーザス解放戦ではルークの部隊に所属しており、セシルやルイスと共に多大な戦果を挙げていた。その真の実力は未知数。

チアー (オリモブ)
 地下帝国ブハードに囚われていたポピンズの少女。隙を見て逃げだし、ランスへと助けを求めてきた。彼女の経験した冒険は凄まじいものであったが、残念ながらカットである。名前はアリスソフト作品の「ママトト」より。キッズ勢をポピンズにした地下帝国ブハード編とか連載開始当初は考えていた訳ですよ、ええ。彼女の応援の舞が世界を救うと信じて……

闇烏
 地下帝国ブハードの大幹部にして、暗殺集団『闇烏暗殺隊』の長。摩利支天と双璧を成すと言われる凄腕暗殺者であり、ランスと死闘を繰り広げた。誰も知らないところで。名前はアリスソフト作品の「ママトト」より。

皇帝キアス・ティタラス
 地下帝国ブハードの皇帝。超一流の魔法使いであり、かつては多くの者に慕われる善良な魔法使いであった。だが、とある事件を境に彼は一変。チェネザリ・ド・ラガール、魔想篤胤。かつて同じ師の下で学んだ者たちとの因縁が渦巻く中、一人の雷帝が地下帝国に降り立つ。と思ったが降り立たずに散っていった。名前はアリスソフト作品の「ママトト」より。


[都市]
地下帝国ブハード
 突如として地下に現れた魔法都市。ポピンズを捕らえ、その技術力と魔法力を合わせた兵器を生みだし、その力で自由都市を支配しようとしていた。だが、ランスの活躍によりその目論見は瓦解、帝国は消滅した。原作でも謎の多く残る都市である。


[その他]
ポピンズ
 地下で生活している60cmほどの小人族。姿形は人間と似ており、男女があって繁殖もする。それもそのはず、彼らは元々神が『メインプレイヤー』の代替品として作った生物であるからだ。ドラゴンが地上を収めていた時代は「ドラゴンポピンズ」という種が存在しており、今のポピンズは「ヒューマンポピンズ」と呼ばれる種に当たる。技術力は高く、環境適応能力も優秀である。

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。