GI0998 冬
-カスタムの町-
「飲むといい、暖まるよ」
「おかわりもあるから、欲しかったら言ってね」
町の前で拾った少年と少女の二人組を自分たちの屋敷へと連れてきた夫妻。二人とも酷い怪我を負っていた。少年の方は全身傷だらけであり、少女の方は顔のある部位に大きな傷を負っている。まだ十にも満たないであろう彼らに、一体何があったというのか。今この場には夫妻と少年の三人が机を挟む形で向かい合っている。少女の方は酷く疲れた様子であったため、既に寝室で眠っている。聞けば、彼の双子の妹らしい。ホットうし乳の入ったコップを少年の前へと差し出し、それを少年が口にするのを確認してから屋敷の主人が口を開く。
「私は魔想篤胤。この町に最近移り住んできた者だ。こっちは家内のアスマーゼ」
「よろしく。怪我の具合は大丈夫?」
「……」
無言のままコクリと頷く少年。だが、その目が虚ろである。その瞳の奥にある濁りは、とても幼い少年がするようなものではない。篤胤は少年を刺激しないよう、ゆっくりとした口調で言葉を続ける。
「……君の名前、聞かせて貰っても良いかな?」
「……ルーク・グラント」
「ルーク君か。うん、良い名前だ。それで、もしルーク君が嫌でなければ、何があったのか聞かせて貰っても良いかな?」
「……」
俯いてしまうルーク。だが、ここで退くわけにはいかない。
「その傷の量は尋常ではない。普通ではない事態に巻き込まれた事も、それを言いたくない事も何となく察している。だが、ここは私を信じて話して欲しい」
「少しでもルーク君の気持ちが楽になるのなら、話して欲しいわ。大人を頼って……」
「……全部……自分のせいなんです……」
まるで何かに縋るように声を絞り出すルーク。その口から語られるのは、ここに至るまでの道程。平穏に暮らしていたこと、それが一変したこと、その原因を担ったのが自分であること、住んでいた町を追われたこと。ルークの過去については、後にまた語ることになるので今は置いておくとしよう。ルークが全てを話し終えると、篤胤は噛みしめるように天井を見上げていた。隣に座っているアスマーゼの表情も曇っている。それは、目の前の幼い少年が体験するには、あまりにも荷が重すぎる出来事。
「……ルーク君、君は悪くない……」
「でもっ! 自分のせいで……」
反論しようとしたルークの体を、そっとアスマーゼが抱きしめる。
「悪くない……ルーク君は悪くないわ……」
「でも……でも……」
「一人で抱え込まないで。大丈夫、もう大丈夫だから……」
「ぐっ……あぁっ……うぁぁぁぁ……」
アスマーゼの胸の中で涙を流すルーク。張り詰めていたものが一気に解けたのだろう。罪の意識と、それでも妹を守らなければいけないという気持ちから、彼の心は限界ギリギリであったに違いない。目の濁りが、いつの間にか消えていた。
「……もし君たちが嫌でなければ、しばらく一緒に暮らしてもいいと思っている」
「夫婦二人で暮らすには少し大きい屋敷なの。遠慮しなくていいのよ」
魔想夫妻の言葉がルークの心に染み渡っていく。アスマーゼの胸の中でゆっくりと首を縦に振るルーク。こうして、ルーク兄妹は少しの間魔想夫妻と共に過ごす事となった。それはたった数日であったが、ルークにとっては忘れられぬ日々。
「それでは、昔はゼスに?」
「ああ。だが、あまり他人と競い合うというのは好きでなくてね。アスマーゼと話し合い、こうして田舎町でゆっくりと暮らすことにしたのさ」
一件無骨そうな印象を受ける篤胤であったが、その実非常に温かい心の持ち主であり、ルークと妹にまるで父親のように優しく接してくれた。
「妊娠されているんですか?」
「ええ。まだ二ヶ月だけど、主人の魔法で女の子である事は判っているの」
アスマーゼは見た目通りの人物であった。相手をすっぽりと包み込むような優しさを持ち、彼女のお陰でどれ程傷ついた心が癒されたかは判らない。篤胤同様、母のようにも感じていたが、ルークはそれ以上に彼女に憧れていた。今思い返せば、これがルークの初恋だったのかもしれない。こうして、穏やかな日々が過ぎていった。その日々を止める決断をしたのは、ルーク。
「冒険者に?」
「はい。いつまでも篤胤さんたちを頼っている訳にもいきません。自分たちの手で生きていかなければならないので……」
ルークと暮らすようになってから数日後、篤胤の部屋でルークと篤胤は二人っきりで話をしていた。その内容は、この家を出てルーク兄妹が二人で生活していくというもの。生活費はルークが冒険者として働く事で稼ぐというものであった。
「危険な仕事なのは理解しているかい?」
「はい。でも、自分くらいの年齢の冒険者はいくらでもいます」
ルークと同じように、様々な事情で冒険者になる子供は少なくない。だが、幼い冒険者がやっていくには厳しい世界であり、その九割以上は一年と持たず命を落とす。篤胤が渋い顔をしながらその危険性を説いて止めるよう説得するが、ルークの決意は固く、最終的には篤胤が折れる形となった。
「……覚悟は?」
「あります!」
それを一笑に伏すのは容易い事であった。このような幼い少年の覚悟などたかが知れている。だが、自分を真っ直ぐと見据えている少年の真剣な眼差しがその気持ちをかき消す。
「……冒険者ギルドのあてはあるのかな?」
「いえ、それはまだ……」
「紹介状を書いてあげよう。持っていくと良い。口は悪いが、信用出来る男がギルド長をやっている」
「っ!? ……本当に、何から何までありがとうございます!」
深々と頭を下げてくるルーク。その肩に優しく手を置き、篤胤がゆっくりと口を開く。
「色々と助言をしたいところだが、冒険者の経験がない私の言葉など参考にならないだろう。だから、一つだけ」
「……」
「男として、隣にいる女性の事は必ず守ってやれ。それが愛する者ならば、尚更だ」
「……はい!」
今のルークであれば、妹がそれに該当するだろう。ハッキリと頷くルークであったが、幼い少年にするには少し難しい助言であったかもしれない。だが、冒険者を目指すというルークに対し、篤胤は一人の男として接していたのだ。篤胤のこの言葉はルークの心の中にその後も残り続ける。翌朝、町の前には旅立とうとする兄妹と、それを見送る夫妻の姿。目の前にはうし車が止まっている。篤胤が昨晩の内に頼んでおいたのだ。
「アイスの町まで無事に送り届けてやってくれ」
「任せておいてくれ。モンスターが殆ど出ない道を通っていくからよ」
篤胤がうし車の運転手である男と二、三話をし、うし車の荷台の前に立っている兄妹に向き直る。
「初めのうちは危険の少ない依頼をこなしていきなさい。そういった仕事をギルド長のキースが優先して回してくれるはずだ」
「いつでも町に寄ってくれていいからね」
「ありがとうございます」
ルークが頭を下げ、妹もヒラヒラと夫妻に手を振って荷台へと乗り込む。それを確認した運転手がうし車を動かし、アイスへと出発する。最後に一度だけ荷台から顔を出し、夫妻へと向かってルークが叫ぶ。
「冒険者として一人前になったと思った暁には、必ず立ち寄らせていただきます!」
「ああ、楽しみに待っている!」
「元気でねー!!」
こうして、二人はアイスの町へ向けて旅立った。遠ざかっていくうし車を見送りながら、アスマーゼが悲しそうに呟く。
「あんな幼い子が……冒険者にならなければいけないなんて……」
「だが、止められなかった……私を責めるかい?」
「いえ、貴方がそう決断したのですもの。間違ってはいないはずです」
迷うことなくそう告げるアスマーゼに篤胤は静かに微笑み返し、冒険者になると告げてきたときのルークの顔を思い返す。
「……譲れないものがあったのだろう、目がその信念を語っていた。子供とは思えんほどの決意だ」
「ルーク君、話し方も大人びていましたものね。将来的には娘の結婚相手になんてどうかしら」
自身の腹を擦りながら優しい口調で語るアスマーゼ。だが、篤胤は眉をひそめながらボソリとそれに返す。
「……それとこれとは話が別だ」
「ふふ、はいはい」
時間にしてみれば夫妻と過ごしたのは本当に短い間であった。が、その間にルークが受けた恩義は計り知れない。いつか一人前になったら、そう思いながら今日までカスタムの町を訪れていなかったルーク。だが、その判断は間違いだったのかも知れない。
LP0001
-荒野-
「母……だと……? そうか、あの時の!」
「ちょっと、質問に答えなさい。母を知っているの!?」
ルークが困惑する。目の前に立っている少女が、あまりにもアスマーゼと瓜二つであったからだ。彼女があのときアスマーゼのお腹の中にいた女の子なのだろう。すると、固まっていたルークに目の前の少女が声を荒げる。今にも食って掛かりそうな勢いだ。
「ああ、よく知っているよ。アスマーゼさんも、旦那の篤胤さんもな」
「そう、父と母を知っているのね。名前を聞いてもいいかしら?」
「ルーク・グラント、冒険者だ。篤胤さん夫妻には二十年近く前にお世話になった」
「……二十年前?」
ルークの言葉を聞いていた少女は突然眉をひそめ、スッと目の前に手をかざす。その行動にどこか不穏な空気を感じたルーク。すると彼女の手のひらに魔力が集まり始める。
「……火爆破」
「なっ!?」
弾かれるように横へと跳んで魔法を躱すルーク。直後、ルークが先程まで立っていた場所に炎の柱が立ち上がっていた。直撃すれば火傷では済まなかっただろう。すぐさま少女に向き直ると、少女が激しい目つきでこちらを睨み付けていた。
「元の時代に戻った際に両親のことを聞こうと思って名前を聞いてみたら、まさか二十年前にお世話になったとか言い出すとはね……あなた、この時代の人間じゃないわね! 冒険者って事は、私を追ってきたのかしら?」
「そうか……四魔女の話を聞いているときに上の空で名前をちゃんと聞いていなかったのが徒になったな。君が、四魔女最後の一人……」
「ええ、魔想志津香よ!」
その言葉と同時に、炎の矢が弾丸めいた速度で連射される。篤胤とアスマーゼの娘が四魔女であった事に動揺はしたが、呆然としていれば炎の矢の直撃を受けてしまう。向かってくる炎の矢を巧みに躱しながらルークが叫ぶ。
「待て、篤胤さんの娘さんと争いたくはない! 話を聞かせてくれ! 過去に遡って、君は一体何をしようとしているんだ!」
その言葉に、ピタっ、と炎の矢の連射を止める志津香。だが、ルークを睨み付けているその目は更に鋭さを増している。
「目的? そんなもの、決まっているでしょう! 父と母にお世話になったとか言っていたのに、娘の私の目的に見当もつかないの!?」
声を荒げる志津香。魔法の手を止めている今であれば攻め込めるかもしれないが、それ以上に志津香の言葉がルークには気に掛かっていた。夫妻にお世話になった自分であれば見当がつく内容。となれば、夫妻に何かあったというのか。嫌な予感に一筋の汗を流しながら、ルークはゆっくりと口を開く。
「……見当がつかない。頼む、教えてくれ」
「ふん、まあいいわ。私がここにやってきたのは、卑怯な手段で殺された父を助け出すためよ!」
志津香の言葉を聞いた瞬間、ルークは頭を強烈に打ち付けられたかのような錯覚を覚える。目を見開き、確かめるように志津香へと聞き返す。
「殺された……だと。篤胤さんが!?」
-志津香の屋敷 一階-
「いたぞ、侵入者だ! 仲間をやったのはお前だな!!」
「うおっ、なんだなんだ!!」
ようやく志津香の屋敷に辿り着いたランスだったが、先に潜入していたルークが風の戦士を倒してしまっていた影響で警備が頑丈になってしまっていた。わらわらと群れをなして突っ込んでくる風の戦士。ランスにとっては楽に倒せる相手ではあるが、狭い屋敷でこれだけの数で迫られては身動きが取りにくく、屋敷の奥に中々進めない。
「ルークさんはこんな厳重な警備の中、一人で大丈夫なのでしょうか……」
「ルークなどどうでもいいが志津香の処女は心配だ。急ぐぞ!」
思わぬ形で足止めを食っていたランスとシィル。この厳重な警備がルークのせいであるとは夢にも思っていなかった。
-荒野-
「……知らなかったの?」
目の前で呆然としているルークに何か思うところがあったのか、志津香がゆっくりとこちらに向けていた手を下げる。それは、臨戦態勢を解いたという証。
「ラガールという魔法使いに卑怯な手段で父は殺され、母は連れ去られた……私が生まれて間もない頃にね」
「いや、知らなかった……キースめ、黙っていたな」
そう言って顔を曇らせるルーク。キースは事の顛末を知っていたが、そのときまだ幼かったルークに話すにはあまりにも重いと考え、いつか話そうと先送りにしていたのだ。が、その後ルークは15才のときから約10年近く行方知れずになったため、キースが伝え忘れていたのだ。
「そう、ならさっさとここから消えてくれる。貴方も父と母にお世話になったのなら、まさか私を止めはしないわよね?」
「……過去の改変など、どんな影響が出るかも判らないんだぞ。それを判っていない君ではあるまい?」
「ええ、今いる世界が変わるのか、平行世界として別の世界が出来上がるのか、まるで検討がつかないわ。本にも載っていなかったしね」
「……歴史だけではなく、君のこれまでの思い出にも大きな影響を及ぼすかもしれないんだぞ」
それまで平然としていた志津香の顔に、一瞬だけだが躊躇いのようなものが見て取れた。彼女の頭に浮かんだのは、青い髪のメガネをかけた親友の顔。が、それを振り払うかのように志津香は口を開く。
「構わないわ。父を救い出せる可能性が少しでもあるならば、それを実行するまでよ!」
真剣な眼差しでルークを見据えてくる志津香。彼女の意思の固さがハッキリと伝わってくる。ルークの頭に魔想夫妻の顔が浮かぶ。だが、ルークは唇をゆっくりと噛みしめながら志津香の瞳を見据え返す。
「……気持ちは判る。だが、町の少女たちを誘拐して生気を集め、世界にどんな影響を及ぼすかも判らないその行為を認める訳にはいかない」
「そう……それなら仕方ないわね。父と母の話を聞きたいと思っていたのだけれど、邪魔をするなら死んで貰うわ!」
そう叫びながら再び構え直す志津香。ルークもそれに応えるように構えようとしたが、志津香の後ろ、若干遠くではあるが二人の男女の姿が目に飛び込んでくる。それは、もう一度会いたいと切に願っていた夫妻の姿。
「篤胤さん、アスマーゼさん……?」
「なっ!? しまった、もうこんな時間……隠れて!!」
志津香がすぐさま構えを解く。このまま無理に戦えば二人に見つかってしまう。それでは自分の目的が果たせない。そう考えた志津香は目の前のルークの手を引っ張って物陰へと身を潜める。ルークもここで夫妻に出会ってしまっては歴史に多少なりとも影響を及ぼしてしまうかも知れないと考え、それに素直に応じた。自然と一時休戦の形となる。
「……まるで変わっていない。そういえば、生まれて間もないときと言っていたな……」
物陰から顔を出し、夫妻を見る。志津香が生まれた直後ということは、ルークが会ったときとそれほど月日は経っていない。記憶にあるままの姿で魔想夫妻が荒野に立っていた。
「お父様……お母様……」
ルークが夫妻の姿を懐かしんでいると、横から声が漏れてくる。ふと気になってそちらを見ると、志津香の瞳が少し潤んでいた。幼い頃に失ったため、写真や人から聞いた話でしか知ることのなかった両親。涙が抑えられないのも無理もない。
「……」
「お父様……んっ?」
志津香の境遇やアスマーゼの面影などを感じながらその顔を見ていたルークだが、志津香がその視線に気が付き、キッとルークを睨み付けながら力一杯その右足を踏みつける。
「……ぐっ!?」
「見てんじゃないわよ!」
激痛がルークの右足から頭へと駆け抜けている中、夫妻の話し声が聞こえてくる。志津香の表情が引き締まり、ルークも足を押さえながら夫妻の方に視線を向ける。
「……さんに言われたとおりこの場所に来たけど、いったい何の用なのかしらね?」
「うむ……町にいる間はあまり話したこともない相手で、嫌われているのかと思っていたのだがな」
その声がルークの胸に響く。静かな口調の中に優しさを秘めた篤胤の、全てを包み込むようなアスマーゼの、お世話になった二人の懐かしい声。姿だけではなく、声まで聞いて改めて実感する。目の前にいるのは、あの魔想夫妻なのだと。
「こんなところに呼び出すとは、よっぽど周りに聞かれたくない相談なのか……ぐあっ!?」
「あなた!!」
話をしていた夫妻だが、突如篤胤の体を雷撃が襲う。目を見開くルーク。見れば、足下に魔力装置の罠が顔を覗かせていた。それは違法なまでに改造を加えたものであり、あまりのダメージに立っていることが出来ず、篤胤が崩れ落ちる。アスマーゼの悲鳴は周囲に響き渡る中、ルークたちとは夫妻を挟んで反対側の物陰から男がゆっくりと姿を現す。
「ふはははは! いい様だな、魔想よ!」
「……貴方は!?」
「ラガール……なぜここに!?」
漆黒のマントに身を包み、左手には爪を装備した魔法使い。濁った目をしているその男の名前を篤胤が口にすると、ルークは再度目を見開く。それは、先程志津香が父の仇と言った男と同じ名前。この男が、篤胤の仇であるラガール。
「衰えたな魔想よ……かつての貴様であれば、こんなに簡単には罠に掛からなかったであろう」
「ぐっ……アスマーゼ、逃げろ……」
倒れている篤胤へとゆっくりと近づいていくラガール。その爪をこれ見よがしに動かし、篤胤を見下しながら言葉を続ける。
「その後悔を抱いたまま、愛する者の前で無様に死ね!!」
「させないわ! ラガール、死ぬのは貴方よ!!」
「待て!」
篤胤の危機に物陰から飛び出していく志津香。ルークの静止にも聞く耳を持たず、その腕を振り払って出て行ってしまう。自分も出ていくべきかと悩むルークであったが、何やら様子がおかしい。目の前に突如志津香が現れたというのに、三人とも志津香を見ていないのだ。まるで、そこに誰もいないかのような反応。志津香もすぐに異変に気が付き、額から一筋の汗を流す。頭に浮かんだのは、最悪の想像。だが、それを振り払うかのようにラガールに向かって魔法を放つ。
「ファイヤーレーザー!!」
両手から放たれた火柱が一直線にラガールを襲いかかり、直撃する。だが、ファイヤーレーザーはラガールの体をすり抜けてしまう。
「まさか……そんな……」
「……そういうことか。俺らは今過去に実体化しているのではない。過去の映像を再生しているようなものであり、それに干渉する事は出来ないんだ」
三人の反応を見た時点で想定していた最悪の想像をルークに言われてしまう。だが、それでは自分は両親を救うことが出来ない。志津香がルークを睨み付けながら声を荒げてくる。だが、それは先程攻撃を仕掛けてきたときのものとはまるで違う。打ち捨てられた子犬のように、縋るような何かが含まれていた。
「時空転移魔法は成功したわ! そんなはずは……そんなはずはない!!」
「本が間違っていたのか、魔力が足りなかったのかは俺には判らない。だが、そもそも過去を改竄するなどという悪用される恐れもある無茶苦茶な魔法が実在するのであれば、魔法大国のゼスが放置しておくはずがない」
「そんな……でも、それじゃあ……父を……お父様を救えないじゃない!!!」
志津香の叫びと同時に、二人の目の前で篤胤の体がラガールの爪によって貫かれる。夥しい量の血が吹き出し、その目から光が失われていく。恩人の死を目の当たりにしたルークは、自然と右拳を握りしめていた。
「いやぁぁぁぁ!! あなたぁぁぁぁぁ!!!」
「お父様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ははははは! やったぞ、魔想をこの私が殺したのだ!! 安心しろ、アスマーゼさんは私が大事にしてやる。ふはははははははは!!!」
辺りにアスマーゼと志津香の悲鳴が響き、ラガールが狂ったように笑い続ける。そのラガールを、光の失われたその瞳でハッキリと睨み付けている篤胤。その表情から確かな悔しさがルークに伝わってくる。
『男として、隣にいる女性の事は必ず守ってやれ。それが愛する者ならば、尚更だ』
あの日の篤胤の言葉がルークの頭に過ぎる。それが篤胤の信念だったとするのならば、今の彼はどれ程の無念さであるというのか。どれ程の絶望の中、その命を落としたというのだろうか。ルークが篤胤の、アスマーゼの、志津香の、そしてラガールの顔をハッキリと見据える。夫妻と娘の無念を、ラガールの顔を、今の自分の気持ちを絶対に忘れぬように。瞬間、世界を光が包む。志津香が冷静さを失い、魔法を維持できなくなったのだ。空間の壁がルークと志津香を飲み込み、元の世界へと戻ってくる。
「うっ……うぅっ……あぁっ……」
目の前で泣き崩れている志津香。結局、両親を救い出すことは出来なかった。両膝を地面につきながら、絞り上げるような声で怨嗟の声を漏らす。
「殺してやる……ラガール……どこにいるかは判らないけど、必ず見つけ出してこの手で殺してやる……」
「……」
志津香の右肩に、無言のままそっと左手を乗せるルーク。精神的に相当弱っているのか、志津香はその手を振りほどこうともしない。ゆっくりとルークを見上げながら問いかけてくる。
「……何のつもり? まさか、復讐はいけないとか言ってまた邪魔するつもりじゃないでしょうね?」
「いや、そのつもりはない」
そう返すルーク。その右拳に爪が食い込み、血が滴っているのを志津香は見る。自分だけではない。恩人の死に、目の前のこの冒険者も憤りを感じていたのだ。両親の死をこれ程しっかりと受け止めてくれる目の前の冒険者に、どこか通じるものを志津香は感じ取っていた。
「俺も協力しよう。冒険者の俺の方が居場所の情報を掴める可能性は高いからな」
「……」
「奴は必ず殺すぞ……」
「……役に立たないと判断したら……切り捨てるからね」
こうして、仇討ちという目的の下にルークと志津香は手を結ぶことになった。これより、長く深い付き合いとなる二人の出会いであった。
[人物]
魔想志津香
LV 20/56
技能 魔法LV2
カスタム四魔女の一人。才能は篤胤、容姿はアスマーゼの血を色濃く継いでいる。ラギシス殺害後、殺された父を救うためフィールの指輪と少女たちの生気を使って過去へと飛ぶが、その計画は失敗に終わる。その後は父の仇であるラガールを殺すことに目的を変更し、情報収集のためルークと手を結ぶ。ルークにとっては恩人の娘であり、守るべき存在。
魔想篤胤 (半オリ)
LV 38/50 (生前)
技能 魔法LV2
志津香の父であり、ルークの恩人。優秀な魔法使いであったが、ラガールに不意打ちされその命を落とす。レベル、技能に関しては「鬼畜王ランス」にて「ラガールと実力は互角」という記述があるのを参考に設定。名前はアリスソフト作品の「ぱすてるチャイムContinue」より。
魔想アスマーゼ
志津香の母であり、ルークの恩人。夫を目の前で殺され、呆然自失の状態であるところをラガールに攫われる。その後はラガールに犯され、精神を病み衰弱死する。死ぬ直前に妊娠していたという噂もあるが定かではない。
チェネザリ・ド・ラガール
LV 39/50
技能 魔法LV2
志津香の両親の仇である魔法使い。アスマーゼを攫った後の所在は謎に包まれている。
[技]
火爆破
敵の足下から炎の柱を噴き上がらせる中級魔法。同時に複数の相手に使用することが出来るため、集団戦で重宝される。
[装備品]
ポイズンガントレッド
ラガールが左手に装着していた爪。魔力で遠隔操作も可能な魔法の籠手。ラガールが改造して造り出した。
[その他]
うし乳
うしから取れる白い液体。栄養満点で、子供に飲ませると良いとされている。独特の臭みがあり、好き嫌いの分かれる一品。