ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第158話 集う悪魔たち

 

LP 0003 8月

-カスタムの町 酒場-

 

「ええっ!? ロゼさん、カスタムからいなくなっちゃうんですか!?」

「まあね。ゼスのハニワ平原ってところにある教会に配属になっちゃったの」

 

 酒場にマリアの声が響く。それもそのはず。すっかりカスタムの住人として馴染んできていたロゼが突然カスタムからいなくなると報告してきたのだ。驚いているのはマリアだけでなく、同じく酒場で食事を取っていたミリやミル、トマトや真知子、そして志津香もであった。

 

「いつ頃出て行くの?」

「もう準備は進めててね。後任も決まったみたいだし、三日後に出て行く予定よ」

「おいおい、随分急な話だな」

 

 志津香の問いにあっけらかんと答えるロゼであったが、その返答を聞いてミリは思わず声を漏らした。三日後とはあまりにも突然すぎる。

 

「もっと早く判ってたんじゃないのか?」

「まあ、話自体はもう少し前に来てたわね。準備に時間がーとか、色々駄々こねてここまで引き延ばしていたのよ」

 

 ミリの言うように、ロゼにこの話が来たのは6月の事。後任も早々に決まっていたのだが、やれ引っ越しの準備が大変だとか、やれレッドの町の神官と色々とやり取りをしていたから引き継ぎがあるだとか適当な事を抜かし、ダラダラとここまで引き延ばしていたのだ。だが、流石に年貢の納め時。トータス司教自ら指示を出されてしまい、このまま居座っても五日後には強制的に追い出されてしまうのだ。ロゼも観念し、三日後に町を出て行く事を決意した。

 

「だったらもっと早く言ってくれてもいいのに。水臭いなぁ……」

「でも、寂しくなりますですかねー」

「そうだねー……」

 

 しゅんとなるトマトとミル。以前までは町で有名な変わり者であるロゼとはお世辞にも親交が深いとは言えなかった。だが今は違う。幾たびもの死線を越えた戦友であり、紛れもない友である。その彼女が町を出て行くのが悲しくない訳がない。そんな中、真知子がスッとロゼの横に寄ってくる。

 

「ロゼさん。もしかして、少し前のルークさんの一件が……?」

 

 そこまで言いかけて、真知子は言葉を止める。ロゼが人差し指をピンと立て、自身の口元に持ってきていたのだ。それ以上は言うな、そう示しているのだ。それはある意味で、無言の肯定。やはりロゼはあの一件でルークに協力をし、そのせいでAL教からの不評を買ったのだ。

 

「最後の夜、ウチは貸し切りにしておくわ。店長の許可も下りたし。目一杯騒いじゃって!」

「エレナさん、いいんですか?」

「常連さんだしね」

「それじゃあ、最後だし飲み比べ勝負とでもいきましょうか?」

 

 ロゼが明るくそう言いながらミリと真知子に視線を向ける。真知子は棒立ちの状態であったが、すぐに自分が変な空気を発する前に話題を変えたのだなと気付き、それに笑顔で応じる。

 

「負けませんよ、私は」

「真知子もか……いや、分が悪い戦いも嫌いじゃねぇ。乗るか!」

「カスタム飲んべえ頂上対決ね……予想は?」

 

 マリアはゴクリと生唾を飲んで志津香、ミル、トマトの三人に問いかける。

 

「真知子」

「お姉ちゃんに勝って貰いたいけど……真知子が……」

「真知子さんしか考えられないですかねー」

「……賭けにならないわね」

 

 二日後、ロゼを送り出す為に盛大な宴が催される。カスタムの住人の殆どが集結し、酒場に入りきらず臨時で外に座席が用意される程であった。かつて変わり者と呼ばれていた女性を送り出すための宴とは思えぬ程の盛況ぶりだ。そして翌日、ロゼは皆に惜しまれながらカスタムを後にしたのだった。因みに、酒場に集まった飲んべえ共が殆ど酔いつぶれる中、最後まで顔色一つ変えずにワインを飲み続ける真知子の姿は長い事語りぐさになったのであった。

 

 

 

-アイスの町 ルーク宅-

 

「おかえりなのー!」

「ああ、ただいま」

 

 ルークが帰宅するや否や、部屋の中で寝っ転がって魔法ビジョンを見ていたざっちゃんがトテトテと駆け寄ってくる。その頭を軽く撫でつつ、ルークは道具袋と剣を入り口の側に置き、鎧を脱いで部屋着へと着替える。

 

「冒険は終わったの?」

「ああ。思ったより簡単な案件だった。多分、病み上がりなのを考慮してキースが簡単な案件を回してくれたんだな」

「ふむふむなの」

 

 ルークが退院して約一ヶ月。ギルド仕事にも復帰したルークであったが、その仕事は比較的軽めのものであった。ルークの言ったようにキースが軽めの仕事を回してくれているというのもあるが、年がら年中重い案件がギルドに舞い込んでいる訳では無い。時期によってはこういう事もある。

 

「次の依頼は受けてきたの?」

「いや。軽めの案件しかなくてな。二つか三つ受けようとしたんだが、他の冒険者が請け負う仕事が無くなるから止めてくれって言われたよ」

「上級の冒険者が小さな仕事まで手を広げると、下の方の冒険者が食いっぱぐれちゃうから大変なの」

「そういう事だな。という訳で、しばらくは暇人だ。何かしら大きい案件が入ったらハイニさんが報せに来てくれるらしい」

 

 着替え終えたルークが手に持っていた袋をテーブルの上に置く。帰り際に酒場で買ってきた昼食のおかずだ。ルークは料理が上手くない。出来ない事もないのだが、以前に一度作ってざっちゃんに食べさせたところ、大味で好きじゃないとバッサリ切られてしまった。対してざっちゃんも料理は作れない。ざしきわらし種の両腕は狐と狸であるため、細かい作業に向かないのだ。結果として、二人のご飯はいつも酒場で買ってきたおかずか、ハイニがお裾分けでくれたおかずのどちらかと決まっている。

 

「ルークが料理上手な人と結婚してくれたら、もっと美味しいものが食べられるのにって文句を言ってみるの」

「無茶言うな。それと、後でまた鍛錬に付き合って貰えるか?」

「ん? 別にいいの」

 

 おかずを広げ終えたルークが椅子に座り、ざっちゃんもルークの正面に座りながらそう答える。退院後、ルークはこれまで以上に自己鍛錬に励んでいる。以前からレベルダウンしない程度に体を鍛えているのは見ていたが、最近のルークは何か気迫が違う。そんな中でもルークは特に足を鍛えている。今ざっちゃんに頼んだのは、彼女を肩車した状態でのスクワットをやりたいから協力してくれという意味であった。

 

「むぐ、むぐ……でも、私だと軽いからあまり意味が無いと思うの。フェリスを呼んで協力して貰ったら良いと思うの」

「流石に自己鍛錬を手伝って欲しいという理由でフェリスを呼ぶのはな……」

 

 へんでろぱを摘みつつルークが苦笑する。有事の際であればフェリスを呼び出すが、流石に重要な用事も無いのに呼び出す訳にはいかない。そう答えたところで、ルークはふと最後に呼び出したのはいつだったかと思い返す。

 

「(ギャルズタワーの時もアリオスの時もランスと被ったから、言われてみれば暫く呼び出してないな……)」

 

 そう。アリオス戦後も暫くは入院していたし、退院後もキースが気を使って軽めの案件ばかり回してきていたため、フェリスを呼び出すような状況は皆無。最後に彼女を呼び出したのは、今や懐かしいハピネス製薬の案件。ざっちゃんを引き取る原因ともなったあの事件以来、ルークはフェリスを呼び出していない。

 

「(次の事件が重そうなら、久しぶりに呼び出してみるか……)」

「ルーク。魔法ビジョンつけてもいい?」

「ん……そっちに集中しすぎるなよ」

「はーい、なの!」

 

 そんな事を考えながら、ルークはざっちゃんと昼食を取るのだった。

 

 

 

-悪魔界-

 

「おい、聞いたか? キラの奴がまた功績あげたんだってよ」

「へー、そいつは凄……」

「あっ……」

 

 談笑をしていた悪魔たちの話が止まる。自分たちのすぐ側を通った二人の悪魔が目に入ったからだ。一人はまだ子供。まだ生後二ヶ月ほどだが、悪魔の成長は早いため人間で言えば既に7~8歳ほどの大きさになっている。そして、もう一人。この子供の母親である、緑色の髪の女性型悪魔。

 

「おい、フェリスだ……」

「…………」

 

 ヒソヒソと噂話が聞こえてくるのを耳にしながら、フェリスとその息子は俯いてその場を去っていこうとする。だが次の瞬間、フェリスの額に石が飛んできた。ゴンという音と共にそれは命中し、タラリと額から血が流れる。

 

「おう、悪い。当たっちまったか。当てる気はなかったんだけどよ」

「けひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 下品な声で大笑いする悪魔に対し、フェリスの側に控えていた子供が激昂する。

 

「お前ら! わざとやっただろ!!」

「あぁ!? 証拠でもあんのか!?」

「この……」

「止めな……」

 

 激しく睨む子供に対し、ギョロリと自身の四つ目を動かして挑発する異形の悪魔。その状況をフェリスは静かに止める。

 

「そうそう! 罪人はそうやって大人しくしてりゃあいいんだよ!」

「ったく。何で未だに裁かれてねぇんだ、この罪人は!」

 

 罪人フェリス。その名は既に悪魔界にも広く知れ渡っていた。その罪は、人間との間に子を成した事。これは悪魔界では重罪とされており、長い歴史を紐解いてもこの罪に問われたものは極僅かしかいない。フェリスの前にこの罪で悪魔が裁かれたのは実に1000年以上も前の話であり、同時にこの事が未だフェリスに正式な罰が下らない要因となっていた。

 

「それ以上の発言はプロキーネ様とレガシオ様への反逆と取るが、それで良いか?」

 

 突如、透き通るような美声が響く。慌てて悪魔たちが振り返ると、そこには桃色の髪の女性型悪魔が立っていた。フェリスの友人であり、この場にいる悪魔たちよりも遙かに階級の高い第6階級悪魔、セルジィだ。

 

「せ、セルジィ様……」

「悪魔フェリスの罪はあまりにも例が少ないため、今一度その罪に対しての罰が適正であるかをプロキーネ様とレガシオ様が協議している最中だ。故に、フェリスは罪人であるが今はまだ第7階級悪魔。分を弁えろ、10階級!」

「ぐっ……」

「(やーん、お姉様格好良すぎ!!)」

 

 殺気を込めた口調で四つ目の悪魔たちを一喝するセルジィと、それを見てうっとりとしている彼女の妹分ダリス。そう、彼女の言ったようにフェリスの罪はあまりにも異例であり、最上級悪魔と呼ばれている三魔子の二人、プロキーネとレガシオ自らが既に一月以上も協議しているのだ。

 

『やるなら完璧にだ』

『ああ、そうだな』

 

 本来ならば数日で終わらせる予定であったのだが、三魔子次兄のボレロ・パタンと違い、この二人はあまりにも完璧主義すぎた。悪魔界が始まってからの文献を紐解き、より厳正なる罰を考え始めてしまったのだ。流石に悪魔の間でも長すぎるという声が上がり始めていたが、三魔子に意見できる者などいるはずもない。いや、一部の特別な悪魔ならば意見も出来るだろうが、その悪魔たちは興味を持っていなかったり、この状況を笑っていたりする者たちばかりで、意見する気のある者などいなかった。結果、今日までフェリスは罰を逃れていた。

 

「第11階級よ、その女」

 

 そう、今日まで。

 

「……げっ!」

「……梨夢」

 

 声のした方に視線を向け、すぐさま嫌そうな声を漏らすダリス。小高い岩場の上に立っていたのは、自分の大嫌いな悪魔だったからだ。一応自分たちよりも上の階級にある悪魔であるため、セルジィは軽くダリスを窘めつつやってきた悪魔に冷たい視線を送る。梨夢・ナーサリー、予てよりフェリスを異常なまでに敵視していた悪魔に。

 

「もう。梨夢様って呼びなさいって何度言ったら判るの?」

「近々、私も第5階級への昇進を打診されているのよ。そうなったら呼び捨てじゃないと不自然でしょ?」

「あら、残念。貴女も第5階級に上がるなんて。まあいいわ。私はいずれ第2階級まで上がる器。またすぐに差をつけてみせるから」

 

 眼鏡の奥にある冷酷な瞳でセルジィを見やる梨夢。彼女が同階級まで上がってくる事がプライドに触ったらしい。常に上に立っていなければ気の済まない性格なのだ。そんな中、ダリスがポツリと漏らす。

 

「どうして第1階級じゃないの……?」

「はぁ? セルジィ、あんた妹分の教育くらいしておきなさいよ」

「悪かったわね。ダリス、基本的に悪魔が昇進できるのは第2階級までなのよ。そこが一般悪魔の最上位」

「えっ? でも、三魔子様は特階級ですよね? 第1階級は……?」

「永久の八魔……」

 

 その問いへの回答は背後から成された。見れば、フェリスが息子の体を抱き寄せながら言葉を発していたのだ。

 

「セルジィ、すまない。助けて貰って……」

「……別に助けた訳じゃない。上級悪魔として、下級悪魔が調子に乗っているのが目に余っただけよ」

 

 親友に頭を下げるフェリスだったが、その友の返事はあまりにも素っ気ない。だが、仕方の無い事だ。罪を待つ身とは言え、罪人は罪人。フェリスと懇意にするのは上司の悪魔より許されていないのだろう。だからこそ、先程の行動がセルジィに出来る最大限の誠意なのだ。かつてのように笑いかけてくれない友を見ながら、フェリスは少しだけ悲しげに言葉を続けた。

 

「永久の八魔。永遠の八神に対抗すべき存在として悪魔王自ら厳選して生み出した8体の悪魔。その強さは一般悪魔の比じゃあないわ。第1階級は彼ら8体のために存在する階級であり、ある種欠番のような階級なのよ、ダリス」

「そ、そうだったんだ……」

「常識よ」

「でも、そんな悪魔見た事ないし……」

「殆どが自分の領地に引きこもっているからねぇ……それよりも、聞きたい事があるわ」

 

 学の無い者は嫌いなのだろう。梨夢がダリスに冷酷な視線を送る中、セルジィが話を少し前へと戻す。むしろそちらが本題なのだ。

 

「フェリスが第11階級ってどういう事? それがフェリスへの罰?」

「まさか。そんな軽い罰のはずがないでしょう」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる梨夢。その笑顔はどこか禍々しい。そのままゆっくりとフェリスの前へと近づいていき、彼女の目の前に立って嬉しそうにパンと両の手を鳴らした。

 

「おめでとう、フェリス! 遂に貴女への罰が決まったの。今、悪魔界中にお達しがいっているわ。貴女の罰は第11階級への降格、及び300体の悪魔の母体となる事」

「なっ……!?」

 

 フェリスの目が無言で見開かれ、セルジィとダリスが絶句する。重すぎる。決して軽くない罪だとは思っていた。かつて罪を犯した悪魔も同じような罰を受けたと聞いた。だが、300体は多すぎる。

 

「プロキーネ様とレガシオ様は……罰を重くした……?」

「正解! いやー、正直待たされすぎてイライラしていたところだけど、これだけ罪が重くなったなら待っていた時間も許せちゃうってものよね! 三魔子様、グッジョブ!!」

 

 絶望感がセルジィを襲う。心のどこかで、三魔子様が罰を軽くしてくれる事を願っている自分がいた。これだけ長い協議なのだから、それは十分に有り得ると思っていた。だが、現実は逆。悪魔界の誕生から今までを振り返って罰を見直した二人が下したのは、より重い罰であった。まずい。300体の悪魔を産み落とすなど、フェリスの精神が持つはずがない。だが、フェリスは静かに口を開いた。

 

「それが私への罰か……執行は何時だ?」

「今夜0時、日が変わると同時に刑が執行されるわ!」

「そうか……判った……」

「……妙に聞き分けが良いわね? 泣き叫ばないの? そんなのは嫌だって、泣き叫びなさいよ!」

「罪を犯したのは私だ……罰は受けるさ」

 

 どこか達観した様子のフェリスに梨夢が苛立つ。まさか、耐え抜いてみせるとでも思っているのか。だとしたら大馬鹿者だ。耐えられるはずがない。優しく300体を産み落とさせて貰える訳では無いのだ。これからフェリスは寝る間もないくらい毎日犯し続かされる。暴力と姦通の果てに悪魔を300体産み落とすという行為なのだ。犯す悪魔の数はその数十倍、数百倍にもなるだろう。精神が持つはずがない。そんなのフェリスも判っているはず。だから、これは強がり。何のために。決まっている、息子のためだ。そう考えが至った瞬間、梨夢はニヤリと笑ってその場にしゃがみ込んだ。そして、視線をフェリスの息子に合わせる。

 

「ねえ、聞いた? 貴方のお母さん、耐えるんだって。名前も知らない悪魔たちに犯されて犯されて犯されて子供を産むの、耐えるんだって」

「えっ……? かーちゃん……?」

「梨夢! アンタ!!」

 

 背後からセルジィの怒声が聞こえるが、気にしない。最早達観してしまったフェリス自身をいくら突いても、苦しむ顔は見られないだろう。ならばこちらだ。

 

「良かったわね。貴方、これから300体の弟妹が出来るのよ。嬉しいわねー。そうなったのも全部、貴方が生まれたからよ」

「おいらが……生まれたから……?」

「そう。貴方が生まれたか……」

 

 瞬間、梨夢は言いしれぬ殺気を全身に感じ取っていた。こんな経験は滅多にない。自身の記憶を遡っても、一度だけ。今の上司であるフィオリに仕える前、彼女に喧嘩を売って殺されかけた時以来の殺気だ。見上げると、そこには自分を見下ろしているフェリスの姿。その手には鎌が握られており、刃先は自身の首下にある。

 

「それ以上続けたら、差し違えてでもお前を殺す……」

「……ちっ!」

 

 慌てて跳びずさる梨夢。背中に汗が流れ、それがまた彼女にとって屈辱となる。怖れたのだ。ライバル視しているフェリスを、今自分は怖れてしまった。なんと腹の立つ事か。一度出世街道から外れたはずなのに、いつの間にか階級を上げてきていた事も腹が立つ。上司のフィオリに自分よりも目を掛けられている事も腹が立つ。何より、第7階級でありながら自分を殺しうるのではないかと錯覚するほどの殺気を放つあの才能に腹が立つ。心のどこかで梨夢は認めているのだ、フェリスの才能が自身よりも上である事を。だからこそ、執拗なまでに彼女をライバル視した。だが、それも今日で終わり。

 

「いくら強がろうと、今夜0時に刑は執行される! それでお前は終わりよ!!」

「…………」

 

 息子をギュッと抱き寄せながら、フェリスは梨夢の声を噛みしめるように聞いていた。刑は今夜0時。それで自分の全てが奪われる。刑が執行されれば、自分は真の意味で罪人となる。即ち、もう自身の主からの呼び出しには応えられなくなるという事。

 

「(ルーク……ランス……もうあんたらにも会えそうにないな……)」

「刑の執行にはフィオリ様もいらっしゃる。散々罵って貰うがいいわ! あはははは!」

「私だけじゃないわよ」

 

 声が響く。梨夢の下非た笑い声をまるで一笑に付すような、透き通る声。それは、梨夢の背後から発せられた。後ろを振り返った瞬間、すぐさま梨夢が跪く。次いでセルジィとダリス、四つ目の悪魔たち。次々に悪魔たちが跪いていく中、フェリスだけが息子を胸に抱き寄せたまま呆然と立ち尽くしてしまっていた。まさか刑の執行前に会いに来るとは思っていなかったからだ。彼女が子供を産んでから一度たりとも彼女は会いに来てくれなかった。完全に見捨てられたと思っていた。彼女の名はフィオリ・ミルフィオリ。フェリスと梨夢の直属の上司であり、第3階級悪魔である。

 

「刑の執行自体は数年掛かりだけど、その始まり、今夜の刑の執行には三魔子自ら立ち会うわ」

「なっ!?」

「三魔子様自ら立ち会うと言うのですか!?」

「ええ。プロキーネ様もレガシオ様も完璧主義者。新たに改正した『法』な訳だし、自ら立ち会うのが筋だと仰っていたわ。それと、ボレロ・パタン様もいらっしゃるみたい。悪魔と人間のハーフがどんな顔をしてるか見てみたいって興味津々だったわよ」

「ボレロ様も……」

「というか、フィオリ様……もしかして、先程まで三魔子様と……?」

「ええ。流石に肩が凝ったわ」

 

 まるで直接聞いてきたような言い回しに梨夢が恐る恐る尋ねると、フィオリからはとんでもない答えが返ってきた。下の悪魔を集めて頻繁にどんちゃん騒ぎをしているボレロ・パタンはまだしも、他の二悪魔は早々お目にかかれる存在では無い。

 

「ど、どうしてそんな事に……?」

「直属の上司だからね。色々と聞かれていただけよ」

 

 フェリスをジロリと睨み付けてそう宣うフィオリと、なるほどと合点のいく梨夢。確かにそれならばフィオリが三魔子と会っていたのにも納得がいく。

 

「フィオリ様……」

「…………」

「ご期待に沿えず、申し訳ありません……」

「ええ、残念よ。よくも私の顔に泥を塗ってくれたわね」

 

 頭を下げるフェリスに対し、フィオリは淡々と言葉を返す。一度目の失態は許した。降格こそしたが、力は第6階級のままにしてやった。そして、第7階級まで上がってきた際には君主階級である第3階級への昇進試験も行ってやると約束してくれた。目を掛けてくれていたのだ。その彼女の期待を自分は裏切ってしまった。謝罪以外に言葉がない。そんな中、フィオリは言葉を続けた。

 

「……は無い?」

「……は?」

「後悔は無いの?」

「ありません」

 

 迷うことなく、ハッキリとフェリスはそう答えた。瞬間、フィオリの頭に1000年以上前の記憶が蘇る。かつて同じように質問をし、フェリスと同じ答えを返して罰を受けにいったカラー出身の悪魔の姿が。

 

「……梨夢、行くわよ」

「えっ? あっ、待ってください、フィオリ様!!」

 

 踵を返してこの場から去っていくフィオリと、その背中を追う梨夢。いつの間にか四つ目の悪魔たちの姿もない。大物の登場ラッシュに耐えきれなかったのだろう。そそくさと逃げ去っていた。

 

「セルジィ……」

「……ダリス、行くわよ」

 

 友を見るフェリスであったが、セルジィは何も答えずダリスを引き連れてこの場から去って行ってしまった。やはり、昔のように話してはくれない。だがその状況を作ったのは自分だ。友の背中を見送っていたフェリスだったが、不意に抱きしめていた息子が震えているのに気が付いた。

 

「かーちゃん……」

「……どうした?」

「おいら……生まれてきて……ごめん……」

 

 瞬間、乾いた音が周囲に響き、鈍い痛みが頬に走るのを感じた。見れば、母が右手を振りきっている。殴られたのだ。あの優しい母に殴られた。

 

「馬鹿……」

 

 見れば、母の瞳には涙が浮かんでいる。誰が泣かせた。自分だ。今の自分の言葉は、母を泣かせるほど酷い言葉だったのだ。そのまま母が自分を抱き寄せる。先程までの抱擁よりも優しく、強い抱擁。

 

「お願いだから……二度とそんな事は言うな……」

「うん……ごめんなさい……かーちゃん……」

 

 気が付けば、自分も涙を流していた。この温もりを失いたくない。だが、もうすぐこの温もりは失われてしまう。自分が生まれてしまったから。

 

「かーちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 その謝罪に先程の発言だけでなく、自分が生まれた事への謝罪が含まれている事を何となくフェリスは察していた。だからこそ、より強く息子を抱きしめていた。だが、この温もりももうすぐ失われてしまう。自分が禁忌を犯したから。

 

「(出来れば……最後にもう一度会いたかったな……)」

 

 自身の主である一人の男を思い浮かべながら、フェリスは息子を抱きしめ続けるのだった。

 

「お姉様……何とかならないんですか……?」

 

 そんなフェリスたちの様子を遠目で見守っているのは、セルジィとダリス。一度立ち去りはしたが、やはり心配で様子を見に来てしまったのだ。ダリスはフェリスと親交が深いわけではないが、それでもセルジィを通じて何度か会った事はある。良い悪魔だというのも知っている。だからこそ、助かって欲しい。しかし、セルジィから返ってきた言葉は非情なもの。

 

「無理ね……フェリスは逃げないわ。それがフィオリ様に迷惑を掛ける行為である事を知っているから。そして、三魔子様が集まるって事は、別の意味も持ってくる」

「別の意味……?」

「三魔子様がいらっしゃるっていうのに、参加しない訳にはいかないでしょ? 悪魔界中の有力悪魔が揃うわよ……刑が始まれば、逃げ場はない……」

「あ、悪魔界中の……?」

 

 ゴクリとダリスが唾を飲み込む。三魔子に加え、悪魔界中の有力悪魔が今夜揃うというのか。それ程までにフェリスの犯した罪は重いというのか。

 

 

 

-悪魔界 某所-

 

「……ん?」

 

 空を見上げれば、巨大な怪鳥。確かあれは三魔子レガシオのペットだ。その怪鳥が悪魔界中を飛び回って手紙をばらまいているのだ。それも、悪魔たちの下にピンポイントで落ちるように。そしてその一通が三人組の悪魔の下へも落ちてきた。長身の悪魔がそれをキャッチし、中身を確認して眉をひそめる。

 

「パブズ将軍。これを……」

「ふむ……ははははは! これは面白い。フィオリの部下め、このような罰になったのか!」

「どうされますか?」

「当然参加する。三魔子が来るのであれば行かぬ訳にもいくまい。それに、フィオリの悔しそうな顔を見るのも一興だ。行くぞ、マック、ミン!」

「はっ!」

 

 

 

-悪魔界 とある岩場-

 

「…………」

 

 岩場で座禅を組む一体の女性型悪魔。鋼鉄のヘルメットを被っているため顔は見えないが、美しい黒髪や少しだけ覗いている口元から彼女が美人である事を感じさせる。

 

「ロック様!!」

 

 瞬間、ビシリ岩場中の岩にヒビが入り、周囲の空気が歪む。同時に女性型悪魔が立ち上がり、やってきた部下を一喝する。

 

「馬鹿者! ワシの修行中は不用意に近寄るなとあれほど行っていたじゃろうが! 巻き込まれるのはお主たちなのじゃぞ!! ワシに部下殺しをさせるつもりか!?」

「す、すいません。ですが、三魔子様から手紙が……」

「手紙じゃと?」

 

 首を傾げる主に対し、部下が恐る恐る空から振ってきた手紙を渡す。それに目を通した女性型悪魔は、少しだけ不愉快そうに口元を歪めた。

 

「悪趣味な……皆の前で母体にするなど……元々参加する予定ではあったが、これは一言文句を言ってやらんと駄目じゃな」

「文句……? 誰にですか?」

「当然、プロキーネとレガシオの馬鹿二人にじゃ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、部下の血の気が引く。

 

「や、やめて下さい! 殺されてしまいますよ!!」

「なぁに、奴等とは何度も酒を酌み交わしているし、これまでも何度か苦言を呈している。その経験から言って、まあ最悪でも半殺しで済むじゃろ」

「半殺しにはされるんですか!?」

「運が悪ければじゃよ、ははは!」

 

 ずるずると部下を引きずりながら岩場を降りていく女性型悪魔。良く見れば、彼女の体には至る所に生傷がついていた。とても女性とは思えぬその傷と、それを納得してしまう程の鍛え抜かれた筋肉。彼女こそセルジィたちの話題に挙がっていた第1階級悪魔の一人、名をロック。悪魔界最強の格闘家と呼ばれた存在である。

 

「さて、これならばあの引きこもり共もいくらかはやってくるじゃろ。奴等の顔を見るのも久しぶりじゃな」

 

 セルジィの言葉通り、有力悪魔たちが次々と集う。その目的は多々あれど、彼らが集まる先で成されるのはフェリスの刑の執行。最早彼女に、逃げる術は無い。

 

 いや、もし一つだけ彼女を救い出す術があるとすれば、その鍵を握るのは……

 

 

 

-ゼス ハニワ平原-

 

「うわぁ……何よここ、蜘蛛の巣張ってんじゃない……」

 

 派遣先の教会へとやってきたロゼがげんなりとした表情を作る。教会の中は埃だらけ蜘蛛の巣だらけ、この教会絶対使ってなかっただろと突っ込みを入れたくなる状態であったからだ。

 

「まあ、予想出来た状況だけどね」

 

 そう言いながら、ロゼは手に持っていた眼鏡をスチャっと装着する。そしてそのままハニワ平原に向かって叫んだ。

 

「ハニーのみなさーん! ハニ飯あげるから、お掃除手伝ってー!!」

 

 数秒の静寂の後、草むらががさがさと揺れたかと思うと、ハニーたちがわらわらと姿を現した。流石はハニワ平原、ハニーたちはそこら中にいるという事か。

 

「ハニ飯?」

「眼鏡っ娘!?」

「健気な感じじゃないけど、金髪眼鏡って新鮮……」

「手伝っちゃうよー」

「(よっしゃ、作戦成功!)」

 

 ハニーが眼鏡っ娘とハニ飯に弱い事など世間の常識だ。旅立ちの選別として香澄に眼鏡のスペアを度無しでくれと要求しておき、ハニ飯も道中大量に買い込んでおいた。多少の出費ではあったが、清掃業者を頼むのに比べれば安いものである。それに、これからハニワ平原で暮らしていく身としては、ハニーたちと仲良くしておいて損はない。わらわらと教会へと入っていくハニーたちだったが、高い天井を見上げて言葉を発した。

 

「あ、でも高い所は届かないよー」

「それもそっか。しゃあない、ダ・ゲイルを呼ぶか」

 

 その辺にあった木の棒を拾い、地面に魔法陣を描いていくロゼ。そんな中、ふと以前呼び出した時の事を思い出した。

 

「あ、やべ。そういや話があったんだっけか……」

 

 そう、ダ・ゲイルはアリオスとの戦いが終わったら話があると口にしていた。当然、ロゼとてそれをすぐに忘れていた訳では無い。暫くはちゃんと覚えていた。だが、ダ・ゲイルは重傷であったためすぐには呼び出せず、AL教からの連日の呼び出しに応えている中ですっかり忘れてしまったのだ。

 

「大事な話じゃありませんよーに。カモーン、ダ・ゲイル!!」

 

 魔法陣の上の空間が歪み、異形の悪魔が姿を現す。ロゼの使い魔、ダ・ゲイルだ。

 

「わー、悪魔だー」

「おー、格好良いー!」

 

 ハニーたちが騒ぐ中、ロゼが軽く右手を前に出して謝罪のポーズを作る。

 

「悪い、ダ・ゲイル。そういやちょっと前に呼び出した時、話があるって言ってたわよね」

「……良かった……ギリギリ間に合っただ……」

「……ダ・ゲイル?」

 

 ポツリと噛みしめるようにダ・ゲイルが声を漏らす。そんな中、ロゼは少しだけ困惑していた。現れたダ・ゲイルが真剣な表情をしていたからだ。

 

「どうしたの……?」

「ロゼ様。大事なお話があるだ。フェリスさが……」

 

 フェリス刑執行まで、後10時間。

 

 




[その他]
永久の八魔 (オリ設定)
 第1階級悪魔の別名。いずれ悪魔王が神に成り代わった際、永遠の八神の代わりとして据える予定とされている八体の悪魔。それぞれ八つの属性に分かれており、その強さは悪魔界では三魔子に次ぐ本物の実力者たち。魔王と戦った場合、6:4か7:3で魔王が勝つとされている。

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