ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第160話 そして激動の年へ

 

-アイスの町 ルーク宅-

 

「…………」

「…………」

 

 静寂が部屋を包み込む。普段は気にもならない時計のカチカチという音が今はいやに大きく聞こえてくる。部屋にいるのは三人。ルーク、ロゼ、そしてフェリスだ。話を始める前にフェリスが自身の息子とざっちゃんを奥の部屋に押し込んだのだが、その理由が今は判る。これはあの子たちに聞かせる内容ではない。右隣に座るロゼは今しがた聞いた話を噛み締めるように目を瞑っている。ロゼに任せる訳にはいかない。この静寂を破るのは自分の役目だ。ルークは机を挟んだ先、目の前に座る自らの使い魔の目を見据えながら静かに口を開く。

 

「それが……事の顛末か……?」

「ああ……今話したので全部だ……」

 

 ルークの問いに対し、フェリスはゆっくりと頷く。彼女から語られたのはあまりにも衝撃的な内容であった。ランスの子を成した事、その子を産めば罪人となると判ったうえで産んだ事、罪に対する罰の内容、そしてそれが今正に実行される直前であった事。ルークのあずかり知らぬところでこれだけの事があったのだ。言葉がない。だが、絞り出さなければならない。それがルークの義務。

 

「子供は……元気に育っているか……?」

「ああ……私には勿体ないくらい良い子だよ……」

「そうか……」

 

 ルークの問いにフェリスが微笑みながら答える。それだけでフェリスがどれほど我が子を愛しているかが伝わってくる。出生を考えれば、恨みを向けていても無理もないというのに。そんな中、ロゼが静かに口を開く。

 

「子供が出来たってことは、フセイの日に……?」

「ああ。去年の12月だな」

「去年の12月……?」

 

 フェリスの返答にロゼが眉をひそめる。去年の12月、フセイの日。それが示す日は一つしかない。そしてその事をルークも同時に察する。

 

「あの時……」

 

 ルークが声を漏らす。胸の内を絶望感が占める。LP0002、12月。ルークがギャルズタワー調査へと赴いた日。フェリスの召喚に失敗したあの日に歯車は狂っていた。ランスがどのタイミングで彼女を呼び出していたかは判らない。だが、もしルークがもう少し早く彼女を呼び出していれば、この悲劇は回避できたのかもしれない。自然と額から汗が流れる。

 

「フェリス……言いにくい事かもしれないが、聞いておきたい事がある」

「なんだ?」

 

 そしてもう一つ、ルークには聞いておきたい事があった。これを彼女に聞くのは酷な事かもしれない。また、返答次第ではルークの胸を占める絶望感は更に増す。それでも聞かなければならない。

 

「ランスとは……無理矢理だったんだよな……?」

「……今更そこを取り繕っても仕方ないしな。ああ、無理矢理だ」

 

 判っていた。フェリスの性格上、合意の上での行為は有り得ないと。ランスの性格上、無理矢理にでも行為に及ぶであろうと。だがそれでも、心のどこかに信じようという気持ちがあった。期待しているものがあった。しかし、その期待は打ち砕かれた。

 

「俺がもっとちゃんとランスに言っていれば……」

「それは違うわ。言われて聞く性格じゃあないでしょ」

 

 ロゼの言葉も一理ある。ルークは以前にもフェリスの扱いを改善するようにランスに頼んでいた。だが、子供は生まれてしまった。ルークが事前に云々言って済む話ではないのは火を見るよりも明らか。

 

「だが……フェリス、すまなかっ……」

「謝るな!」

 

 ルークの言葉をフェリスが遮る。少しだけ語気が強いのは、本当に謝られたくなかったのだろう。そのままフェリスは静かに言葉を続ける。

 

「お前が謝る事じゃない……だから、謝るな。絶対に」

「フェリス……」

「あの子を産んだ事は後悔してないんだ。お前に謝られたら、それを否定された気分になる」

「……すまん、考えが足りなかった」

 

 子供の事を出されてルークは素直に頭を下げる。一連の件に対してではなく、今の発言に対しての謝罪であるためフェリスもそれを受ける。そのやり取りを見ていたロゼがぼそりと呟いた。

 

「ルーク……あんたさ、前からランスには甘いわよね」

「…………」

「今もランスの行動に責任を感じているみたいだったし、甘やかしていたのを後悔している風でもあった。あんたにとってランスってなんなの?」

 

 その疑問を抱いていたのはロゼだけではない。フェリスも、そしてこの場にはいない仲間たちも抱いている疑問。ルークはランスに甘すぎる。いくら信頼する仲間だとしても異常な程だ。

 

「昔……アイスの町に一人の女冒険者がいた」

「女冒険者?」

「彼女は冒険中に一人の少年を拾ってきた。才能はあるが生意気な子供。彼女はそんな子供に冒険のいろはを叩き込んだ」

「…………」

「そして……彼女はとある冒険の最中、少年を庇って命を落とした。女冒険者の名はリムリア・グラント。俺の妹だ」

「なっ……!?」

「なるほどね……そして、その少年っていうのが……」

 

 フェリスが絶句し、ロゼは合点がいったとばかりに深く頷く。話の流れからすれば、その少年の正体は一つしかない。ロゼの問いにルークはコクリと頷きながら答える。

 

「ランスだ……俺にとって、あいつは仲間であると同時に妹の忘れ形見でもある。そのせいで甘やかしていたのは事実だ……」

 

 ルークが右拳を握りしめる。甘やかすべきではなかった。もっと前にしっかりと言っておくべきであった。後悔が胸を占めるが、フェリスに謝るべきは自分ではない。当事者であるあの男。

 

「フェリス、ランスの家に行くぞ」

「それは……」

「全ての事情を話す。あいつはそれを知っておく必要がある」

「…………」

「(そのうえで、もしあいつの口から謝罪の言葉が出なければ、その時は……)」

 

 ルークが椅子から立ち上がり、フェリスを見下ろしながらそう口にする。当然だ、ランスはこの事を知っておく必要があるし、子供の事に対して責任を取る必要もある。だが、ランスがそれを素直に認めるかと言われると微妙なところ。下手すれば暴言さえ吐きかねない。その時はルークにも考えがある。静かに右拳を握りしめていたルークだが、当事者であるフェリスから出た言葉は意外なもの。

 

「……ランスにこの事を伝えるのは、少し待ってほしい」

「何故だ!?」

「シィルがいる」

 

 フェリスの脳裏に浮かんだのは、ランスの横で幸せそうに微笑むシィルの姿。

 

『いつか、ランスとシィルの子供を見せてくれよ』

 

 ランスに犯される少し前、フェリスはシィルに向かってそう口にしている。顔を真っ赤にし、されど嬉しそうに笑みを溢すシィルの顔が今も頭に残っている。その彼女の前に子供を連れた自分が現れたら、彼女はどのように思うだろうか。自分を責める事は無いだろう。むしろ、ランスの蛮行に対して謝罪の言葉を告げてくる。彼女ならば絶対にそうする。だが、その心は間違いなく曇る。

 

「シィルを悲しませたくない……」

「気持ちは判る。だが、それでもランスにはすぐに伝えるべきだ」

「それは……」

「私もこれに関してはルークに賛成よ。フェリス、あんたの取ろうとしている行動は問題を先送りにしているだけ」

 

 ロゼの言葉が重くのしかかる。判っている。これは逃げの一手。いずれは袋小路へと追いやられる。だがそれでも、あと少しだけはシィルに微笑んでいて欲しい。

 

「時期は自分で決める。そう長くは引っ張らない。必ずランスには全てを話す。だから、もう少しだけ待ってくれ……」

「……フェリスがそこまで覚悟して決めたのなら、私がとやかく口を出す事じゃあないわね。部外者だし。でも、あんたは違うわよ、ルーク」

 

 ロゼが椅子の背もたれに体を預けながらルークに視線を向けてくる。人差し指をビッと突き出し、言葉を続ける。

 

「あんたはフェリスの主人。無理にでもフェリスを引っ張っていく事が出来る」

「…………」

「ルーク……頼む……」

「…………」

 

 ルークが静かに目を閉じる。心のままに従うなら、このままフェリスをランスの下へと引っ張っていきたい。だが、フェリスの意見も判る。どちらが正しいのか、どちらが間違いなのか。静かに目を開き、ルークはフェリスに問いかける。

 

「本当に、近い内に全てを伝えるんだな……?」

「ああ、必ず」

「……なら、俺はその意志を尊重する」

 

 これが、ルークの出した答え。フェリスがいずれ時期を見て伝えるというのであれば、それを信じる。自分が出しゃばる事ではない。この件の当事者はランスとフェリスなのだから。

 

「ルーク、ありがとう」

「…………」

 

 フェリスが頭を下げ、ロゼは少しだけ難しい顔をしている。言いたい事は判る。今ここでランスとフェリスを引き合わせる方が良いと思っているのだろう。その気持ちはルークにもある。今すぐランスに伝えたい。あいつが何をやってしまったのかを判らせたい。だがそれは、フェリスの望むところではない。だからこそ、ルークはこの選択をした。

 

「(だが……この一件、簡単に許せるものじゃあない)」

 

 神の視点で語るのであれば、ルークのこの選択は大きな誤り。今すぐにでもランスの家に乗り込み、すぐにでも全てを伝えるべきであった。例え言い争いになったとしても、この場で諍いの種は刈り取っておくべきであった。重く残ったこのしこりは、いずれ大きな波紋と決別を呼んでしまう。

 

「それで、これからどうするつもりなの?」

 

 この話はけりがついたと判断したロゼは話題を変える。そしてそれは、ある意味一番重要な話題だ。罪人となったフェリスはもう悪魔界に戻る訳にはいかない。かといって、悪魔が人間界に留まるのは容易な事ではない。

 

「行く宛は無いだろう? 暫くは俺の家に……」

「いや、夜明けを待って出ていくつもりだ」

「なに?」

「ルーク、あんたは知らないかもしれないけど、悪魔っていうのは一か所には留まれないのよ」

「どういう事だ?」

 

 ルークがロゼの方を振り返って問う。てっきりフェリスは自分の家に転がり込んでくると思っていたからだ。

 

「天使による悪魔狩りっていうのがあるの。悪魔からは負の気が漏れている。一か所に留まり続けると、それを察知した天使が悪魔を殺しに来る」

「因みに、やってくる天使の強さは低級魔人と同等かそれ以上だ。そんなのがうじゃうじゃやってくる」

 

 かつてサテラの襲撃でパーティーが半壊した事もあるルークたち。そんなレベルの相手がうじゃうじゃとやってくるというのは、どれほど恐ろしい事か容易に想像出来る。眉をひそめているルークを見ながらフェリスが静かに微笑み、口を開く。

 

「さっきの言葉は忘れてくれ。ちょっと弱気になっていたんだ。朝には出ていくし、迷惑も掛けない。ランスには折を見て話をしに行く」

 

 先ほどの言葉。ルークに胸に飛び込み、声を震わせながら呟いた言葉。『助けてくれ』。儚げに笑ってあの言葉を忘れてくれと言ってくるが、忘れられる訳がない。あれこそが、フェリスの本音のはずなのだから。ならば、今のこのフェリスの言葉は何か。決まっている。強がっているだけだ。こちらに迷惑を掛けないよう、精一杯の強がりをしているに過ぎない。

 

「それと、出来れば契約も破棄してくれ。これ以上私を使い魔にしていても迷惑しか……」

「ここにいろ」

「……え?」

「契約は切るつもりはない。それに、出ていかせる気もない。ここにいろ」

 

 椅子が音を立てて倒れる。フェリスが勢いよく立ち上がったからだ。そしてそのまま声を荒げる。

 

「お前、話を聞いていたのか!? 天使が来るんだぞ! 魔人以上の強さを持っているかもしれないんだ!」

「来るまでに追い返す手段を全力で考えるさ。何も浮かばなければ、戦うだけだ」

「馬鹿野郎! 勝ち目なんてない! 殺されちまう! お前の夢はどうするんだ!」

「夢は諦めていない。必ず実現する」

「なら私は見捨てろ!」

 

 ガン、と机を両手で叩き、フェリスはルークの目を真っ直ぐと見据える。その彼女に対し、ルークも目を逸らさない。

 

「頼むから、契約を切ってくれ……もう私に魔人と同等に戦える力はない……力を落とされている。多分、今の私はお前よりも弱い」

 

 声を更に荒げるフェリス。だが、その口から発せられる声にはどこか悲しげ。まるで縋るような口調だ。

 

「お前が欲しいのは、魔人と対等に戦える戦力だろ? 今の私は、お前の期待に応えられない。お前の足手纏いにしかならない……頼むから見捨ててくれ……」

 

 俯き、肩を震わせるフェリス。ルークは机をぐるりと回ってフェリスに近づいていき、その肩に手を乗せる。

 

「お前は、足手纏いなんかじゃない。俺の……相棒だ!」

「……!?」

「俺はお前を見捨てない。お前は……いや、お前たちは俺が守る!」

 

 ポツリと水滴が一粒床に落ちる。それは、フェリスの目から零れ落ちたもの。そしてゆっくりとルークの胸に頭を預けてくる。肩を震わせ、フェリスが口を開く。

 

「絶対に後悔するぞ……」

「お前を見捨てた方が一生後悔する」

「馬鹿だよ……お前……」

「とっくの昔に知っているだろ?」

「ああ……そうだな……」

「(流石に茶化す空気でもないか……ん?)」

 

 ため息をつきながら二人から視線を外すロゼ。すると、その視界に二つの影が映る。うまい事扉の陰に隠れているつもりだろうが、二人とも体を微妙に隠しきれていない。苦笑しながら口を開くロゼ。

 

「そこのお子様二人、出てきなさい」

「……!?」

「げっ、ばれたの!」

 

 フェリスがルークから体を離し、二人で視線を扉の方に向ける。そこから姿を現したのは、奥の部屋にいるはずのフェリスの息子とざっちゃん。一体いつから聞いていたのだろうか。話し始めた頃は気配を感じていなかったから、そう多くは聞いていないはず。

 

「ざっちゃん、奥の部屋にいろと言っただろう」

「ごめんなさいなの。でも、怒らないで欲しいの。彼はちゃんと聞いておく権利があると思ったの!」

 

 ガシ、とフェリスの息子の肩に両手を乗せて真っ直ぐとこちらを見上げてくるざっちゃん。どうやら奥の部屋で上手い事説得されてしまったのだろう。だが、気持ちが判らない訳でもない。彼の出生に関わる話題は聞かせたくなかったが、それ以外の事であればあの子も聞いておく権利は確かにある。ルークはフェリスの息子を見ながら口を開く。

 

「君がフェブ……」

「名前を呼ぶな!!」

 

 怒声が飛び、フェリスの息子はそのまま激しくルークを睨み付けてくる。

 

「いくらかーちゃんが名前を教えたからって、人間がおいらの名前を呼ぶな!!」

「こら……」

「いや、いい。俺の配慮が足りなかった」

 

 叱りつけようとするフェリスを止め、ルークはゆっくりとフェリスの息子の前まで歩み寄る。

 

「っ……」

 

 フェリスの息子が体を強張らせるのが見て取れる。自分が何をするのか警戒しているのだろう。その息子の目をジッと見ながらルークは腰を落とし、目線を彼に合わせる。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「ここまでフェリスを……お母さんを守ってくれて、ありがとう」

 

 その言葉に少年は驚く。今まで罵倒こそされ、労をねぎらわれる事などなかった。みんな自分の事を子供扱いしていた。だが、この男は違う。少年の事を一人の男として見てくれた。その上で今までの労をねぎらってくれた。それが少年にはたまらなく嬉しかった。

 

「別に、お前に褒められる事じゃねぇ! かーちゃんを守るのは当然の事だろ!」

「ああ、そうだな」

 

 静かに微笑むルークを見て少年の心は困惑する。この人間は信用していい人間なのか。母から話には聞いている。強く、頼りになる男だという事を。しかし、簡単には信用できない。弱い奴に母は守れない。そんな中、少年はもらい受けた剣に手を伸ばす。腰から抜き、グッとルークに向かって差し出した。

 

「ん?」

「持ってみろ!」

「……変わった剣だな」

 

 これでこの男の底が判る。剣が何の変貌もなければ大した男ではない。強い男ならば、それなりの変化を見せるはず。少年はそう考えたのだ。ルークは首を傾げながらも剣を受け取る。すると、剣がすぐさまその形状を変化させた。

 

「伸びたな。どういう仕組みだ……? だが、良い剣だ」

「あ……」

 

 気が付けばグラムは少年の身長と同程度までに伸びていた。刀身から発せられている闘気が尋常ではないが、どこか禍々しさを感じない。

 

「(こいつ……)」

 

 この剣は憎しみで力が増す。となれば、この男はその優しい顔の奥に大きな憎しみを内包している。こいつなら、この男なら……。そう少年が考えていると、隣に立っていたざっちゃんが唐突に口を開いた。

 

「それで、大事な報告が一つあるの」

「大事な報告?」

「多分、この家にいる限りはフェリスの存在がばれることはないの」

「なんだと!?」

 

 ルークが目を見開く。スッとフェリスの息子に剣を返し、ざっちゃんの方に向き直った。後ろではフェリスとロゼも驚いた顔でこちらを見ている。その視線を受けながら、ざっちゃんは両手を大きく広げた。

 

「ざしきわらしの特殊能力、小さな幸せ。住み着いている家を対象とし、その家に小さな幸せを呼び込むの。家の周りには薄い魔法の膜が張られていて、その膜が悪い空気を浄化するの。清められた空気が幸せを呼び込む、そういう仕組みなの」

「あんたの力でフェリスの体から漏れ出す悪魔の気も浄化して、外に漏らさないって事? その力、信用出来るの?」

「ざしきわらし属の力を舐めちゃいけないの。こと、家に幸せを呼び込む力に関しては天下一品なの! この家にいる限り、フェリスは幸運によって天使には見つからないの!」

 

 グイと無い胸を張るざっちゃん。だが、この言葉を安易に信用していいのだろうか。もしこの能力が完璧でなければ、魔人と同格の天使が襲ってくるのだ。チラリとロゼを横目で見るルーク。その視線に気が付いたのか、ロゼは首を横に振る。流石に女の子モンスターの能力まではロゼも知らないらしい。

 

「……能力が本当に効くかどうかは暫く様子を見よう。知り合いの魔物使いに聞いてみるし、暫くは仕事を休んで常に家にいるようにする。万が一俺のいない時に天使が来たらどうしようもないからな」

「それが無難ね」

「ぶー……信じてくれて大丈夫なのに……」

 

 ぷくっと頬を膨らませているざっちゃんに微笑みかけた後、ルークはフェリスの方に向き直って口を開く。

 

「聞いていたな? 効果はまだ判らないが、この家は天使に見つかりにくいらしい。お前たちは、ここにいていいんだ」

「…………」

 

 その言葉が心に響く。罪人として悪魔界を追われ、行く場所はもうどこにもないはずだった。だが、まだ自分たちの居場所はある。ここにあるのだ。

 

「すまん……世話になる……」

「気にするな」

「当面の問題は済んだわね。それじゃあ、他の事も決めておきましょうか」

 

 フェリス親子の行き先は決まった。それを確認したロゼが机に肘をついて口を開く。全員がロゼに視線を集め、代表してルークが口を開く。

 

「まあ、細かい事もあるけど今すぐ決めた方がいい問題は二つ。一つ目はフェリスの今後ね。まさか、一生この家で暮らしていくつもりもないでしょ?」

「そりゃあ……まあ……」

「別にフェリスが嫌じゃなけりゃあずっといても……」

 

 ルークがそう言いかけた瞬間、フェリスが軽く頭にチョップを入れてきた。そのままジト目でルークを見てくる。

 

「カスタムの連中やかなみの前で同じ事を言えるんだったら褒めてやるよ」

「むっ……」

「それに、一生家の中で生活なんて籠の鳥じゃない。流石に窮屈よ」

「となると、フェリスが自由になる方法を見つけ出す必要があるな」

 

 ルークの言葉にロゼがコクリと頷く。そう、今のままでいいはずがない。

 

「ええ。罪を取り消す方法、天使や悪魔に見つからなくなる方法、そもそも悪魔を辞める方法……ハッキリ言って、その手段すら見当もつかない状況よ」

「だが、フェリスが自由になるためには、その方法を何とかして見つけなければならない」

「……カモン、ダ・ゲイル!」

 

 ロゼがパチン、と指を鳴らす。すると、彼女の背後の空間がねじ曲がり、そこから異形の悪魔が姿を現す。

 

「悪魔!?」

「大丈夫、敵じゃないわ」

 

 フェリスの息子とざっちゃんが身構えるが、それをフェリスが制止する。この悪魔は敵ではない。今回の救出劇の立役者ともいえる存在。ロゼの使い魔、ダ・ゲイル。

 

「ロゼ様、御用だか? ……フェリスさの救出、間に合ったみてぇで何よりだ」

「ありがとう。あんたが色々根回ししてくれたんだって?」

「気にするでねぇ。ロゼ様に言われてやった事だ」

「ダ・ゲイル。今の悪魔界とフェリスの状況、それと罪を消す方法みたいなのを知っていたら教えてほしい」

「了解だ」

 

 ダ・ゲイルから語られた悪魔界の現状は、正直想像していたよりは余裕のあるものであった。悪魔界に戻れば罪人として処罰されるが、特に追手のような者は差し向けていないらしい。つまり、人間界にいる間はよっぽど運が悪くない限り悪魔の心配はしなくていい事になる。天使と悪魔、双方に気を配らなければいけないと思っていたルークたちにとっては朗報だ。だが、良い報告ばかりではない。

 

「やはり、フェリスの力は落とされているのか」

「んだ。上級モンスターと同じくらいだと思う。昔と比べたら、半分以下だ」

「上級モンスターか……随分と落とされたな……」

 

 フェリスは既に11階級まで落とされた事になっている。結果、力も大幅に落ちた。先ほどフェリスから聞いてはいたが、どうやらこちらは確実らしい。フェリスが自身の手を握りしめて力を確かめているが、結果は芳しくなかったらしく悲しげな表情を浮かべている。

 

「力を戻す手段があるなら、それも一緒に探した方が良さそうね。で、罪の消し方は何も知らないのね?」

「すまねぇだ」

「気にしなくていいわ。となると、情報を集める必要があるわね。自由になる方法と、力の戻し方。悪魔に関する内容だから、易々とは手に入らない情報だと思うわ」

 

 レベル神やクズの悪魔など身近な存在はいるが、基本的に神も悪魔も易々人間の前には姿を現さない。当然、あてになる文献などもそう数はない。

 

「AL教のツテで文献を取り寄せたり、教会に寄った人から情報を探ってみたりするけど、あまり期待はしないで。今の教会、人なんか滅多に来ないし」

「んじゃ、おらは悪魔界の方で情報を探ってみるだ。内容が内容だから、あんまり大っぴらには動けねぇだが」

「いや、二人ともそれで十分だ。感謝する」

「すまない……」

 

 ルークとフェリスが頭を下げると、二人とも気にするなとひらひら手を振る。今回の一件でこの二人にどれほど世話になった事か。本当に信頼出来る仲間である。

 

「それで、ルークはどうするの?」

「キースには事情を話す。ギルドのツテで色々調べられるし、フェリスの身の回りの世話をハイニさんに協力してもらうつもりだ。流石に男の俺だけだと限界があるからな。サイアスにも悪魔の事を調べて貰おうかと思っているが……勘のいい男だからな。多分、フェリスの事だと気付かれる。フェリスはそれでも良いか?」

「サイアスにばれても何の問題は無いだろう? キースの方は大丈夫か?」

「それは保証する。どちらも信用出来る男だ」

「なら、頼む」

「それでも人手は足りないわね……ざっちゃんの能力が完璧かどうか判らない以上、出来れば早くこの問題は解決したい」

 

 キースとサイアスは何の問題もない。フェリスの事と気が付いてもルークが何も語らないのであれば踏み込んで来ないだろうし、何より万が一ランスとフェリスが子を成した事を知ってもそれが大事になる事はない。大事になるのは、本来であれば頼りになる仲間たちの方。

 

「リーザスには頼めないわね……」

「かなみでもマリスでも、頼めば必ず裏を探ってくる。万が一子供が生まれたなんて事をリアが知ったら……」

「戦争になるわね。リーザス軍VSルーク家。蹂躙される未来しか見えないわ」

 

 クスリとロゼが笑い、ルークも苦笑する。戦争は大げさだが、ただでは済まない事は確か。これまで強い後ろ盾であったリーザスが、今度は一転して大きな敵となってしまう。それは避けたい。リアが知るとしても、ランスが知った後にしたい。ランスが止めれば、リアも多少は癇癪を抑えるはずだ。

 

「志津香やマリアにも頼めないな。志津香は必ずマリアに伝える。親友だからな。そうすれば、いずれシィルにも伝わる」

「ランスの事をあまりよく思っていないからね、志津香は。ルークが止めても、多分マリアには伝えるわ。下手するとシィルちゃんにもね」

「志津香は芯をしっかり持っているからな。いくら俺が言っても、曲げないところは絶対に曲げない。そこが志津香の魅力でもあるがな」

「セルも同じ理由でアウトね。彼女にこの件を伝えたら、絶対にシィルに伝える。それが正しいと信じているから、そこは私が言ってもルークが言っても曲げない」

 

 普段であれば頼りになる仲間たちだが、今回の件は伝える事が出来ないものが多い。シィルの事を心配する者や、ランスをあまり良く思っていない者はシィルに伝えてしまうだろう。それはフェリスの望むところではない。

 

「……パランチョ王国にも頼む事が出来るが?」

「じゃあ、そっちもお願い。でも、もう一人くらい近しい人物で事情を知っている者は欲しいわね」

 

 サイアスもパランチョ王国のピッテンも、自由に動ける人間ではない。有事の際、すぐに動くことの出来る人間が欲しい。それこそ、今この場でやっているように、ルークの家に集まって情報交換を出来るくらいには自由に動ける人間が。

 

「情報収集に長ける人間が良いな」

「ランスやシィルとそれほど親しくないのも条件ね。親しすぎると、今回の件をバラしかねない。親しかったとしても、ルーク寄りの人間ならオーケー」

「それでいて、信用出来る人物」

 

 ルーク、ロゼ、フェリスが顔を見合わせ、そして苦笑する。思い至る人物など決まっている。

 

「一人しかいないな」

「でも、彼女を巻き込んでしまって良いのか……?」

「喜んで巻き込まれるわよ、あの子なら」

 

 

 

-カスタムの町 情報屋-

 

「くしゅん!」

 

 その頃、ベッドの中でくしゃみをしている一人の情報屋がいた。

 

 

 

-アイスの町 ルーク宅-

 

「それで、早急に決めなきゃいけない二つ目の事というのは何だ?」

 

 ルークがそうロゼに問いかける。フェリスの今後についてはルークも考えていたが、もう一つというのがどうにも思い浮かばない。すると、ロゼはフェリスの息子を見ながら口を開いた。

 

「この子の呼び名」

「……? 名前ならさっき聞いただろ。確かに呼ばれるのは嫌がっているが……」

「あ、そうか……」

 

 ロゼの言っている事の意味が判っていないルークと違い、フェリスは何かに気が付いたようで声を漏らした。振り返るルーク。

 

「何か問題があるのか?」

「悪魔の真名は、そう簡単に口に出したら不味い」

「……今更じゃないか? フェリスの事もダ・ゲイルの事も真名で……」

「立場が違うわ。二人は使い魔として呼び出されている。でも、この子は違う」

「……すまん、まだ判らない。詳しく聞かせてくれ」

 

 ルークが今度はロゼに向き直り、再度問う。まだ真意が見えてこないからだ。

 

「そうね……判りやすく例を挙げるわ。ルークとフェリスが今の状態で敵と対峙して真名を知られたとする。そしてその上で敵がフェリスと使い魔契約を結んだ場合、どうなるか?」

「……契約は執行されるだろう?」

「正解。使い魔契約は成功するわ。でも、その場での命令権は先に呼び出しているルークにある。使い魔契約を結ぶ事に成功はしても、ルークが命じればその敵の事をフェリスは殺す事が出来る。だからこそ、戦闘中に相手の使い魔の真名を知っても敵は使い魔契約を結ばない。隙が出来るから。そしてその隙を作った見返りが、あまりにも少なすぎるから」

 

 確かに理にかなっている。これまで特に気にせずフェリスの名前を呼んでいたが、よくよく考えれば真名をあれだけ軽々しく呼ぶのは危険すぎる。それでもロゼが止めなかったのはこういう理由からだったのだろう。

 

「勿論、その場で取り逃がして後々フェリスがルークに呼び出されていない状態でその敵と再会すれば、使い魔契約は結ばれる。最悪の状況にはなるわ。でも、それってどれだけの確率?」

「まずないな。私たち悪魔が使い魔の呼び出し以外で人間界に来るのは稀だ。そのタイミングで再会なんて万分の一でも足りない。それに、そもそも取り逃がすなんて事が殆ど有り得ない」

「成程。その極僅かな可能性を危惧して偽名を使うより、慣れ親しんだ真名で呼び合った方が戦闘時のタイムラグが起きなくて良いという事か」

 

 偽名で呼び合うというのは、どうしても違和感が出る。本当の名前で呼び合うのと比べ、極僅かにだが所作に遅れが生じるのは事実。強敵との戦いでは、その一瞬のタイムラグが命取りになりかねない。危険性という点では、真名を知られるよりもそちらの方が大きいだろう。そしてここに来て、ルークもロゼが危惧していた事を理解する。

 

「そうか、この子はまだ……」

「誰とも契約を結んでいない。つまり、真名を知られれば終わり。最悪の可能性もあり得るわ」

「俺たちで契約を結べば……駄目だな。確か契約を結べる使い魔は……」

「古い話なのによく覚えていたわね。そう、一人の人間は一体の悪魔としか契約を結べない」

 

 かつてフェリスと契約を結んだ際にロゼがそんな事を言っていたのを思い出す。ルークはフェリスと契約を切る訳にはいかない。ロゼもダ・ゲイルがいる。となれば、誰か別の信用出来る人間に契約を結んでもらうのが安全か。だが、ルークのその考えを察したフェリスの息子は口を開いた。

 

「おいらは、人間の使い魔になる気はないぞ!」

 

 キッとルークの事を睨み付けてくるが、気持ちは判る。彼にとって人間は、母をどん底へと突き落とした存在なのだから。

 

「なら、ロゼの言う通り偽名を作ってそれで呼ぶしかないか……」

「そうね、それが無難だと思うわ。フェリス、何か決めてあげて」

「ん……」

 

 話を振られたフェリスが顎に手を当てて我が子を見る。確かに親であるフェリスが考えるのが普通だろう。だが、フェリスはチラリとルークを見てから意外な事を口にした。

 

「ルーク。お前が名付けてくれ」

「……良いのか?」

「ああ。自分の息子に違う名前を付けるっていうのはちょっとな……それに、お前が付けた名前なら納得出来る」

 

 そう言われ、ルークはフェリスの息子に視線を向ける。本当の名前は聞いている。だからこそ、出来るだけその名前を連想できないような名前を付けなければならない。それと、判りやすい名前が良い。有事の際、彼と結び付けられる名前でなければ反応が遅れる。小柄な少年。いや、生まれてまだ一年にも満たない事を考えれば十分に大きい。流石は悪魔、人間とは成長スピードが違うようだ。そしてその顔は、ランスをそのまま小さくしたかと錯覚するくらいに瓜二つだ。その顔を見ていたルークは、無意識にある名前を漏らした。

 

「ダークランス……」

「……え?」

「ダークランスって……恨んでいる親父の名前を付けるとかどんだけ鬼畜よ」

 

 流石のロゼも呆れたようにルークを見てくる。当然だ。こんな名前を付けられて嬉しいはずがない。すぐに我に返ったルークは今の発言を取り消すべく言葉を続けた。

 

「すまん、今のは……」

「いや……良いと思う」

「フェリス……」

「ダークランス。うん、良い名前だ……」

 

 決してルークに気を使った訳ではない。本来ならば避けるべきであろうその名前が、フェリスにも何故かしっくりときていたのだ。まるでこう呼ばれるのが運命によって決められていたかのような、そんな感覚。

 

「ダークランス……」

「いやなの?」

「……いや、おいらの闇でランスを殺すって意味で捉えるなら、悪くない」

「えっ? そういう解釈なの?」

 

 フェリスの息子の心境を慮ってざっちゃんが問いかけるが、何故か彼は斜め上の捉え方をしていた。そしてそのままダークランスはゆっくりとルークに近づいていき、真っ直ぐとその目を見据えながら口を開く。

 

「お前、強いんだろ? かーちゃんから聞いてる」

 

 普段であれば、多少なりとも謙遜した答えを返している。だが、彼が望んでいるのはそんな答えじゃない。それは目を見れば判る。だからこそ、ルークはハッキリとこう答えた。

 

「ああ、強いぞ!」

「なら……おいらに剣を教えてくれ!」

 

 これにて、LP0003は幕を閉じる。決して軽視するような年ではない。マジノラインへの魔軍襲撃、地下帝国ブハードの陰謀、AL教本部における勇者と魔人の激闘。僅か一年の間にこれだけの事件が起こっているのだ。だが、後の歴史においてLP0003は『空白の一年』と呼ばれる事になる。それは何故か。

 

LP0001は始まりの年。魔王リトルプリンセスが誕生した。

LP0002は再臨の年。リーザス解放戦にて魔王ジルが、闘神都市にて闘将ディオが復活を遂げた。

 

 これら二つの年に比べ、LP0003のインパクトは確かに小さい。だがそれでも、『空白の一年』と呼ばれるのには足りない。そう、その後だ。LP0004以降がLP0003を遥かに凌ぐほどの激動の年であるのだ。

 

 そしてこれより記すのは、その波乱の始まりを告げる出来事。

 

 

 

LP0004 1月

-とある草原-

 

「これは……」

 

 一人の男が自身の体に起こった異変に気が付き、声を漏らす。これまで当然のようにそこにあった感覚が無くなっていくのだ。そしてその異変の答えを横に立っていた従者が口にする。

 

「……タイムリミットね。アリオス、貴方はもう勇者ではないわ」

「そうか。もう任期が……」

「貴方にはガッカリだったわ。魔王を倒す機会を得ながら、みすみす見逃すなんて……さようなら、アリオス。もう会う事はないでしょうね」

 

 踵を返してアリオスから離れていくコーラ。壊れた勇者には興味はない、まるでそう告げているかのような態度だ。七年の月日を共にしたパートナーに対して、彼女は何の感慨も無いというのだろうか。去りゆく彼女に対し、アリオスはハッキリとこう告げる。

 

「コーラ、今までありがとう。例え勇者じゃなくなっても、俺は人々を救い続けるよ」

「……ふん!」

 

 振り返る事無く、コーラはこの場を後にする。アリオスなどもうどうでもいい。次の勇者の事だ。もう継承は済んでいるはず。その勇者の下に今すぐ向かわなければならない。新しい従者も同時に誕生しているだろうが、そんな従者に任せてはおけない。闇討ちでも何でもして従者の座を奪う。勇者の隣にいるのは、自分こそ相応しいのだから。

 

「さて、次の勇者の場所は……」

 

 すっかりアリオスの影すら見えなくなった草原でコーラは腕に巻いた時計のようなものを操作する。これは勇者の居場所を特定する装置。従者のみ持つことが出来る魔法アイテムだ。だが、装置はピーピーという電子音と共に見たことのない文字を表示する。

 

「エラー……該当者無し……何よそれ、どういう事!?」

 

 再び装置を操作するコーラ。だが、何度やっても新たな勇者の場所が表示されない。背中に冷たい汗が流れる。勇者がいない。そんな事があり得るのか。エラーと表示された画面で今までとは違う操作をし、エラー理由を表示させる。

 

「勇者は……既に存在している……だから、その場所を聞いているんじゃないの!」

 

 声を荒げながら再び装置を操作するが、何度やっても画面にはエラーとしか表示されない。『勇者に該当する人間はいない』と表示され、その理由が『既に勇者が存在しているから』というのだ。なんという矛盾。装置が壊れたとでもいうのか。

 

「何が……起こっているの……?」

 

 コーラの問いに答えられるものは、誰もいなかった。

 

 

 

-魔人界 ホーネット領-

 

「……!?」

 

 ケイブリス派の領地に近い箇所を見回りしていたメガラスがあるものを発見して地上に降りる。それは、無残に殺されたホーネット派の魔物の死体。実に数十体もの魔物の死体がゴロリと転がっていた。

 

「メディウサ……? いや、有り得ない……魔人は来ていないはずだ……」

 

 残忍なやり口に一瞬魔人メディウサの行為かと疑ったが、流石に魔人がホーネット領に攻め込めば報告が来るはず。これは彼女の仕業ではない。使徒以下の魔物によるもの。だが、これだけの魔物を自分たちに気が付かれずに、それもこれだけ残虐に屠るものがいるというのか。もしそうだとすれば、それはメガラスたちの知らない新戦力。

 

「油断出来ぬ相手が来たという事か……お前たち、敵は討つぞ……」

 

 今は答える事の出来ぬ同朋たちにそう告げるメガラスだったが、その死体の一部におかしな事が成されているのに気が付く。数体の魔物から頭蓋骨が抜かれているのだ。同時に脳裏を過ぎる、かつての強敵の影。

 

「まさか……いや、ケイブリス派といえど……奴を受け入れるとは思えん……」

 

 だが、メガラスがその考えを即座に否定する。有り得ない。奴がこの場にいるはずがない。そう確信していたからだ。だが、転がる死体を見ながら言い様のない不安がメガラスの胸を占めていくのだった。

 

 

 

-魔人界 ケイブリス領-

 

「ククク……間一髪だったな……」

 

 森の中を駆ける一体の機械人形。ディオ・カルミスだ。彼は先ほどまで敵領で狩りを楽しんでいた。そこそこ腕の立つ魔物の頭蓋骨は抜き取り、今は両手に抱えながら走っている。量が多すぎたため、いくつかは途中で捨ててきた。

 

「奴との再戦は楽しみだが、今はまだその時ではない」

 

 狩りを楽しんでいたディオだったが、空からメガラスが近づいてくるのに偶然気が付いたため即座にその場から撤退。彼を知る者であれば、その行動に疑問を覚えるところだろう。血の気が多いディオが、何故メガラスと戦わずに撤退したのか。当然それには理由がある。

 

「まだバレる訳にはいかないのだ……私が奴らの結界を破れる事をな……」

 

 メガラスは知っている。ディオが無敵結界を破れる事を。だからこそ、決戦を避けた。万が一にもまだバレる訳にはいかない。ケイブリス派の魔人、特に自分の主を名乗っているあの魔人にだけは絶対に。

 

「奴は油断している。使徒である私は裏切れないと。そして、例え裏切っても結界を破る事は出来ないと……ククク、馬鹿が……」

 

 使徒であるディオはパイアールの命令に逆らえない。これは事実。いくら頭で逆らおうとしても、本能が彼の命令に従うよう叫んでくるのだ。だからこそ、今のディオではパイアールは殺せない。だが、もし使徒の契約を無効化する事が出来たとすれば。奴は結界によって完全に油断している。殺すなど造作もない事。

 

「ククク……メガラス、パイアール、ケイブリス。貴様ら全員、いずれこの私が殺す。ククク、クカカカカ!!!」

 

 理性ある獣は爪を隠し、密かに研ぎ続ける。いずれ来るその日のために。そして同時に、この者の体に起こっている勇者システムのバグが新たなバグを引き起こす。彼は勇者ではない。だが、一部の力を発現させている。その事により、世界が勘違いをしたのだ。勇者は既に存在している、と。

 

 これより始まるのは、人類にとって絶望的な状況。勇者不在の期間。

 

 激動のLP0004が始まる。

 

 




[人物]
ダークランス
LV -/-
技能 悪魔LV2
 ランスとフェリスの間に生まれた少年。真名を知っている人間はルークとロゼのみ。フェリスと共にルークの家に転がり込む。今はルークが名付けたダークランスという名前を名乗っており、母を守るべく腕を磨いている。

柊絵理華 (ゲスト)
 高級うし車専門の運転手。女性ながらに腕は確か。その操縦技術は出身地であるJAPANで幼い頃からてばさきを乗り回していた事から来るもの。ロゼに雇われ、アイスの町まで彼女を送り届けた。料金はロゼからしっかり貰い、後にルークとロゼが折半した。名前はアリスソフト作品の「零式」より。

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