ランスIF 二人の英雄   作:散々

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5.5章中に拾い損ねた話を7話ほど。


外伝2 幕間話集

 

その1 家族の形

-アイスの町 ルーク宅-

 

「やぁぁぁぁ!!」

「ふっ!」

 

 剣を高く掲げて勢いよく飛び掛かってきたダークランスの脇腹にルークが木刀を振りぬく。無防備であった箇所に思い切り当てられたため、ダークランスは衝撃で横に吹き飛んだ。そのままゴロゴロと地面を転がり、グラムを地面に落として苦悶の声を上げる。

 

「いってぇぇぇぇ! ちくしょう、また一発も入れられなかった!!」

 

 悔しそうにしながら上半身を起こし、ルークを見上げてくるダークランス。そのダークランスを見ながら頬を緩め、木刀を肩に乗せながらルークは口を開く。

 

「簡単に跳び上がり過ぎだ。その攻撃方法は威力が高い代わりに、その分隙が多すぎる」

「でも、直前で大振りしてきたから……」

「それは誘いだ。お前に行動させるために、わざと大振りしたように見せかけた」

「ちきしょう……」

 

 自分がルークの掌の上で踊っていた事を知り、ダークランスがため息を漏らす。その小さな頭にルークはポンと手を乗せ、言葉を続ける。

 

「だが、相手の行動を考えて動けるようになってきたな。良いぞ」

「……もう一回! もう一回だ!!」

「ご飯出来たぞー!」

「続きは飯を食ってからにしよう」

 

 フェリスの声が庭に響き渡る。座ったままのダークランスの手を引っ張り、体を起こさせてからルークはフェリスの方へと歩いて行った。二人が寄ってくるのを確認したフェリスは身に着けていたエプロンを外し、壁に掛けてから椅子に座る。机の上に並んでいるのはフェリスの手料理だ。ダークランスはフェリスの隣に、ルークはフェリスの向かい側、ざっちゃんはルークの隣に座り、食事が始まる。

 

「いただきますなのー」

「んぐっ、んぐっ……」

「ほらほら、そんながっつかなくてもご飯は逃げないよ」

 

 ダークランスを軽く注意しながら、フェリスは向かいに座るルークへと声を掛ける。

 

「どんな感じだ?」

「まるでスポンジだ。教えた先から次々と吸収していく。ここまで教え甲斐があるとこちらも楽しくなってくる」

 

 卵焼きに手を伸ばしながらそう答えるルーク。これはお世辞ではない。ダークランスの成長スピードは異常な程だ。思えばランスの成長スピードも常人とは一線を画している。流石は親子といったところか。その時、ルークの家の呼び鈴が鳴った。スッと椅子から立ち上がるざっちゃん。

 

「はーいなのー」

 

 とてとてと玄関に向かっていくざっちゃん。フェリスやダークランスが出る訳にはいかないため、こういった仕事はざっちゃんが率先して行っている。本来であればフェリスとダークランスは万が一を考えて奥の部屋へと隠れるのだが、今は動かずに食事を続けている。訪問者が誰であるかなんとなく判っているからだ。

 

「どうも。あら、美味しそうですね」

 

 ざっちゃんが訪問者を連れて部屋に戻ってくる。ルークとフェリスの現状を知っている数少ない人物、真知子だ。

 

「真知子の分もあるぞ」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 

 ルークの隣に座りながらそう会釈する真知子。元々真知子は今朝方ルークの家に寄っており、集めた情報を報告していたのだ。今はキースが集めた資料を取りにキースギルドへと足を延ばしていただけであり、すぐにまた帰ってくるのは判っていたためフェリスも食事を多めに作っていたのだ。食事をよそった皿が真知子の前にカチャリと置かれる。

 

「キースのところからは悪魔の資料を?」

「ええ。と言っても、悪魔の資料は中々集まりませんからね。どちらかというと、こちらが本命です」

 

 足元に置いてあった紙袋から資料を一つ取り出す。その表題には『カラー』という文字が書かれていた。

 

「カラー?」

「ええ。まだ本当かは判らないのですが、調査していく内にかつて人間と悪魔のハーフがカラーの里にいたという情報を掴みました」

「カラーの里に……? いや、考えられなくもないか。ダークランスはランスの血が色濃く出ているが、フェリスの方の血が色濃く出ていたら……」

「そうだね。もし女の子だったら、カラーとして生まれていてもおかしくはなかった」

 

 真知子の掴んだ情報を聞いてルークとフェリスが真剣な表情を作る。過去の実例は確かに良い情報だ。

 

「それが真実であるかも含めて、そちら方面からもアプローチを掛けてみるつもりです。といっても、カラーの資料も中々集まらないのですけどね」

「人間嫌いで里に引きこもっているからな」

「カラーの里か……」

「ん? 興味あるのか?」

 

 ルークの呟きを聞いたフェリスが尋ねてくる。カラーの里。ゼスの北西に位置する森の中にあるカラーの隠れ里だ。結界で人間を近寄れなくしており、また万が一入り込んだとしても二度とは出てこられぬと噂されている場所だ。それでもカラーのクリスタルを求めて里を目指す人間が後を絶たないという。

 

「いや……以前に一度だけカラーの里に寄ったことがあってな。それを思い出していた」

「カラーの里に? ……なるほど、ルークさんならば迷い込んでもおかしくはないですね」

 

 驚いた表情を作っていた真知子だったが、ルークが結界を無効化出来る事を思い出して納得いったように頷く。闘神都市の戦いを生き抜いた者たちは、多かれ少なかれルークの対結界能力を知っている。

 

「とはいえ、よく無事で出てこられたな」

「通り道に使っただけで、殆ど滞在しなかったからな。抜け出す直前に警備のカラーには気付かれたようだが、捕まるより先に里から抜け出せた」

「あちらは驚いたでしょうね。人間が迷い込んできたと思えば、クリスタルに目もくれずすぐに出ていってしまったのですから」

 

 クスクスと笑う真知子。確かにルークの行動にカラーは面食らった事だろう。そういえば結界を抜けてカラーの里から抜けた際、追いかけてきていた警備のカラーは呆けた顔をしていた気がする。

 

「そういえば、カラーの里に迷い込んだ際、一人のカラーにお茶に誘われたな。よくよく考えればあのカラーも随分と変わり者だったんだな」

「人間を誘うカラー? そんなのがいる訳……あっ!」

 

 眉をひそめていたフェリスだが、何かに思い至って声を漏らす。

 

「誰か思い当たる節が……?」

「違うと思いたいが……」

 

 フェリスの脳裏にピース姿で浮かんでいるのは、カラーの先代女王。人間好きであり、迷い込んできた人間とお茶する趣味を持っていた歴代カラーでも屈指の変わり者だ。カラーの感覚から言えば、彼女もまた狂人と言えるだろう。狂人同士は惹かれあう。とすれば、彼女もまたルークと惹かれあったとでもいうのか。あまり踏み込んで考えると胃が痛くなりそうなので考えるのを止める事にする。

 

「ごちそうさま」

「お粗末様。片づけはやっておくから、行ってきていいぞ。待ちきれないみたいだしな」

 

 フェリスがそう言って首をクイと傾ける。その先にはダークランスとざっちゃんが待ちわびたように立っていた。静かに微笑み、お茶を飲み干してから立ち上がるルーク。

 

「さて、続きといくか。食後だから程々にな」

「なら、最初はこのざっちゃんお姉ちゃんと戦うの」

「えー……おいら、ルークと戦いたい。姉ちゃんとじゃあ修行に……」

「そういう台詞はざっちゃんに100%勝てるようになってからだ。たまに負けるだろ?」

「うぐっ……」

「ダーくん、勝負なの!」

 

 ポンとダークランスの頭を小突き、三人で庭の方に歩いていく。庭と言っても、家の外にある庭ではない。家の中だ。いつの間にやら家の内部に大きな庭が出来上がっている。

 

「それにしても、随分と大胆に改装したものですね」

「あいつは金の使い方が間違っている」

 

 静かに微笑む真知子と、ため息をつくフェリス。そう、ルークは家を大胆に増築していたのだ。ダークランスが鍛えて欲しいと言ってきたのを聞いて、ルークはすぐに家の増築を決断。何せ外には簡単に出られない身。そんな状態では鍛えるにしても限界があるからだ。リーザスの由真から評判の良い建設業者を教えてもらい、家を増築。元々ルークの家は町はずれにあったため、増築はすんなりと出来た。内部に修行用の広い庭、フェリスとダークランスの部屋、更にはいざという時にフェリスたちが隠れられる隠し部屋を完備。当然、掛かった金額はかなりのものだ。

 

「私は正しい使い方だと思いますけどね」

「……まあ、感謝はしているけどな」

「でも、これだけ大規模な増築だと目立ちましたよね。ランスさんの方は大丈夫だったんですか?」

「ん……」

 

 真知子の質問にフェリスの顔が若干曇る。ランスの話題になると、どうしても先送りにしているあの問題が頭を過ぎるからだ。フェリスは未だ、ダークランスの事をランスに打ち明けられていない。それどころか、この家に暮らしている事もランスには秘密だ。

 

「キースギルドですれ違った際に一度何で改装しているのか聞かれたらしい。修行するスペースを作っているっていったら、呆れた顔して出ていったんだと」

「確かに、ルークさんなら納得のいく理由ですね。嘘でもないですし」

「まあな。なんだかんだでバトルマニアだし。リックとかアレキサンダーといい勝負だ」

 

 ランスが修行スペースを作るために改装していると言ったら全方位から嘘付けとの連呼が飛ぶだろうが、ルークであれば割と納得のいくところではある。そう考えたからこそ、ランスも深くは追求せず興味も持たなかったのだろう。

 

「改装祝いとかは来なかったのですか?」

「そんなたまじゃないさ。というか、判ってて聞いてるだろ?」

「うふふ」

 

 クスクスと真知子が笑う。その顔を見てフェリスが物思いに耽る。ルークとランスの使い魔になってから何度も冒険をしてきた。真知子とも闘神都市の戦いで面識がある。だが、彼女とこうして笑いあうような仲になるとは思っていなかった。悪魔界を追われた自分の境遇を知っている数少ない人物。秘密を共有する仲。ルークやロゼがそうなるのはなんとなく合点がいくが、まさか彼女とこうして深い仲になるとは思ってもいなかった。人生とは不思議なものだ。そして、深く関われば今まで見えていなかったものも見えてくる。

 

「真知子は……言わないんだな……?」

「…………」

「子供の事、ランスに早く伝えた方が良いって……」

 

 ルークとロゼは勿論、この状況を知っているキースとハイニもランスには早めに伝えた方が良いと忠告をしてきた。それは彼らの優しさからきているものなのは判る。心配してもらってありがたいとも思っている。だが、唯一真知子だけがフェリスに何も言わず、頼まれた調査を黙々と進めていたのだ。

 

「他の皆さんに十分な程言われているのでしょう? その上で決断した事ならば、私が口を出す事じゃありませんし」

「悪い。私、少し真知子の事を誤解してた。優しいんだな」

「そんな事はありませんよ」

 

 二人で庭の方へと視線を移す。ざっちゃんの両手から飛んでくる狐と狸の形を模した闘気のようなものをダークランスが必死に躱し続け、間合いを詰めているところだ。その様子を穏やかな表情で見守るルーク。フェリスもどこか心穏やかな気持ちで食後のお茶を口に含む。それと同時に、真知子がスッと席を隣に移ってからぼそりと呟いた。

 

「すっかり仲良し一家って感じですね。奥様、心境は?」

「ぶはっ!」

 

 盛大にお茶を吹きだす。水しぶきが真知子の隣を飛んでいき、クスクスと笑う真知子。席を移ったのはこれを予想していたからか。

 

「な、何を急に!?」

「うふふ、どこからどう見ても家族ですよ。志津香さん辺りがこのポジションになると思っていたんですけど、予想が外れました」

「違うからな! 真知子が考えているような関係じゃないからな!!」

「正妻戦争決着ですね。いえ、今の状況が明るみになったら、また別の戦争が始まりそうな気も……」

「お前、楽しんでるだろ……?」

「あら? ばれました?」

 

 ジト目で真知子を睨むフェリスと、それを見て笑みを溢す真知子。まるで接点の無かった二人がこんな関係になるのだから、本当に人生というのは判らないものである。

 

「まあ、私は五番目くらいの奥さんになれれば文句は無いので」

「いやに生々しい番号だな……」

 

 そして今後も、まだまだ判らない事続きだろう。

 

 

 

その2 いつか君に

-玄武城-

 

「てやっ!!」

「おっと……はぁっ!」

 

 金属音が周囲に鳴り響く。とっこーちゃんの持つ薙刀と、バードの持つ剣が交差した音だ。そのままとっこーちゃんはバックステップで距離を置き、口を開く。

 

「しかし、本当に驚きましたよ。軟弱不埒な輩だと思っていましたが、まさかこれ程強いとは……」

「いや、もう少し手加減して貰えるとありがたいんだけどね……はは……」

「また軟弱な発言を……はぁぁぁぁ!!」

 

 ぜぇぜぇと息を吐いて苦笑いするバード。ここ最近、バードは無理矢理とっこーちゃんの修行につき合わされている。玄武城での和華との自堕落な生活を見咎めたとっこーちゃんが強引に引っ張り出したのだ。だが、手を合わせてみれば意外にも腕が立つ。もっと高みを目指したいとっこーちゃんにとっては嬉しい誤算であった。

 

「てやぁぁぁ!!」

「ん!? 隙あり!!」

 

 大振りになった瞬間を見逃さず、バードが一気に間合いを詰めて剣をとっこーちゃんの首筋に突き出す。寸止めではあったが、勝敗を決定づける一撃であった。これまで情けない面を多く見せてきたバードだが、決して侮ってはいけない。彼はこれまで冒険者として多くの依頼をこなし、生き延びてきている者なのだ。かつてカスタム四魔女事件の際には、シィルの援護もあったとはいえ強力なモンスターである拷問戦士を破った経験もある。とっこーちゃんとの修行も、バードの方が戦績は辛うじて上回っていた。初めこそ数か月の自堕落な生活で鈍っていたバードにとっこーちゃんは勝ち越していたが、徐々に勘を取り戻してきたバードに最近は負け続けている。

 

「ぐっ……ま、参りました」

「お二人とも。そろそろ休憩になさっては?」

 

 木陰に腰を下ろしながら二人を見守っていた和華が声を掛けてくる。とっこーちゃんはまだ続けたそうだったが、すでに汗だくのバードは逃げるように木陰へと走って行ったしまった。軟弱なと一度ため息をつき、されどその男に自分は負け越しているのだなと反省しながらとっこーちゃんも木陰へと歩いて行った。

 

「お疲れ様です」

「ああ、ありがとう。和華さんが準備してくれたタオルで汗を拭くと、生き返る気分だよ」

「まあ、そんな……」

「そんな訳あるか」

 

 バードの臭い台詞に頬を赤らめる和華と、呆れた様子で和華からタオルを受け取るとっこーちゃん。おかしな共同生活が始まって早一年近くになる。

 

「それにしても、僕につき合わせてしまって本当にすまない」

「もう……それは言いっこ無しですわ。私が勝手に残っているだけですもの」

「とっこーちゃんも……」

「二人きりにしたらどんな不埒な事をするか判らないですからね」

 

 釘を刺してくるとっこーちゃんにバードは苦笑いで返す。ハッキリ言って、和華はバードを好いている。いつでもこの城から抜け出せるというのに、この城に残って自分の世話をしてくれているのだ。手を出そうと思えば手を出せるくらいの好感度だが、そこはとっこーちゃんの監視と元々の奥手な性格が災いし、未だ手を出せず仕舞い。何とも情けない話だ。

 

「何とかして脱出手段を見つけないとなぁ……」

「頑張りましょう、バード様」

 

 グッと拳を握る和華。その彼女の顔を見ながら、バードが静かに微笑み口を開く。

 

「早く外の景色を和華さんにも見せたいよ」

「わたくしにとっては数百年ぶりの外になりますが、そんなに美しいものなのですか?」

「うん。とても美しいよ。和華さんといい勝負だ」

「ぽっ……」

「また始まった……確かに外の景色は美しいと思いますが、流石に大げさだと思いますよ」

 

 美しい景色を見せたい。耳にタコが出来るほど聞き飽きたバードの口説き文句だ。未だに頬を赤らめる和華もどうかと思うが、主君であるため和華ではなくバードに苦言を呈すとっこーちゃん。だが、バードは意外な反応を返してきた。

 

「いや……この城に長くいたからこそか、最近よく実感するんだ。外の世界は本当に美しかったんだなって」

「バード様……」

「僕がいる事。生きている事。花が咲いている事。景色が美しい事……その全てに意味があるんだなって……それはとても幸せな事なんだなって……」

 

 バードが噛み締めるように口にする。それを聞いた和華ととっこーちゃんは暫し無言であった。遠くから城下町の喧騒が聞こえる。減ったとはいえ、まだ城下町にはいくらかの妖怪が残っている。その声を聴きながら、とっこーちゃんがジト目で口を開いた。

 

「臭いのを通り越して、意味が判りません。電波でも受信しましたか?」

「ひどいっ!」

「あの……バード様、わたくしも今のはどうかと……」

「和華さんまで!?」

「……ぷっ!」

 

 とっこーちゃんが吹き出し、次いでバードと和華も笑い出す。そして、和華がバードの顔をジッと見つめながら微笑んだ。

 

「バード様、いつかわたくしに見せてくださいね。その美しい景色を」

 

 それは……

 

「ああ、約束する。いつか必ず、外の美しい景色を和華さんに見せるよ」

 

 悲しい約束。

 

 

 

その3 チサの結婚

-カスタムの町 酒場-

 

「遂に明日かー」

「明日だねー」

 

 テーブル席でミリが酒を飲みながら感慨深げに声を漏らす。それに同調するのは妹のミル。そしてそれに続くように、正面に座るマリアも口を開いた。

 

「まさかチサさんが一番に結婚するとはねー」

「あの親父がいる以上、結婚は絶対もっと後だと思ったんだけどなぁ」

「結婚報告した際には、泣くわ暴れるわで大変だったらしいわね」

 

 カスタムの町の町長であるチサ・ゴード。その彼女がこの度結婚を決め、町を出ていく事になったのだ。結婚式は明日。カスタムの町の教会で執り行われ、その日の内にチサは町を後にする。当然過保護の父、ガイゼルは大暴れしたが、最終的には折れて泣く泣く送り出す事になったのだ。

 

「二日に一度は会いに行くって言ってましたですかねー」

「それ、どんだけ迷惑なのよ……」

 

 ミリの隣でジュースを飲んでいたトマトがそう口にすると、志津香が呆れ顔になる。実の父親とはいえ、そんな事をされたら流石のチサも怒るのではないだろうか。

 

「新婚なんだから放っておいてあげればいいのにね」

「ですよねー」

「しかし、ランは暫く忙しそうだな」

「満場一致で新町長に選ばれましたからね」

 

 ミリと香澄が頷きあう。チサの後の町長に決まったのは、この場にいないランであった。チサが直々に指名し、四魔女事件後の彼女の頑張りを見ていた町の人たちは皆これに賛成した。未だ罪の呵責があるランは一度断ろうとしたが、罪を償っていくとルークと約束した事を思い出し、町長になる事を受け入れたのであった。今は町長引継ぎのため、激務の日々を送っている。

 

「でも、エレナのブーケトスは見事に的中したね」

「あ、そういえばそうね」

 

 実は数か月前、酒場の看板娘であるエレナ・エルアールは一足先に結婚式を挙げていたのだ。当然、相手はカスタムの事件後に再会した件の彼氏。今は新婚生活を堪能中だが、酒場での仕事は続けている。その彼女の投げたブーケをキャッチしたのがチサだったのだ。

 

「って事は、明日のブーケをキャッチした人が次に結婚する人って事?」

「……っ!?」

 

 その時、酒場内に電流が走る。一気に静まり返る酒場内。

 

「(それは……でも、シィルちゃんが……)」

「(まだ結婚出来る年齢じゃないけど、取ればランスと結婚出来るって事よね。うふふ……)」

「(ルークさんとのチャンスがきたですかねー!!)」

「(ブーケを取れば、アレキサンダーさんと……)」

「(みんな何考えてるか丸判りだな……はぁ、こりゃこりゃと……)」

 

 悶々としだす一同。瞬間、勢いよく扉が開け放たれた。

 

「話は聞かせて貰ったわ! 明日は戦争よ!」

「何で聞いてんだよ!?」

 

 そこに立っていたのは真知子。用事があるとかで今日は町を出ていたが、丁度戻ってきたところだったのだろう。それにしても相変わらずの神出鬼没ぶりだ。

 

「はい、ミルちゃん。お土産」

「ありがと……アイス饅頭? アイスの町に行ってたの?」

「うふふ」

「真知子さん、抜け駆けですかねー!!」

 

 騒ぎ出すトマトと興味津々で話を聞き出そうとするマリア。それをのらりくらりと躱す真知子。見慣れた光景に志津香がため息をついていると、ミリが声を掛けてきた。

 

「混ざらないのか?」

「どうせルークから頼まれた情報を伝えに行っていたとか、そんなところでしょう」

「まあ、冷静に考えりゃあそうだよな。で、明日は参戦するのか」

「あほらしいからパス。チサには迷惑かけちゃったから、結婚式には出るけどね」

 

 ブーケ争奪戦争には参加する気がないらしい。まあ、志津香らしいともいえる。

 

「ところで、ランスとシィルちゃんとルークさんは明日来るの?」

「残念ながら、皆様来られないようです。ランスさんとシィルさんは町にいませんでした。ルークさんは明日、ハピネス製薬に呼ばれていてどうしても外せないとかで」

「あ、そうなんだ……」

「ん? 志津香、今ちょっと残念そうな顔しなかったか?」

「し、してないわよ!」

 

 ぷいとそっぽを向く志津香。それをニヤニヤとした顔で見ながらミリは酒を煽る。明日は結婚式だから程々にしておくか、そんな事を考えながら夜はふけるのだった。

 

 そして翌日。

 

「あ……」

「え……」

「嘘……」

「あらあら……」

 

 壮絶な死闘であった。ミルが幻獣でキャッチしようとすれば、トマトがペットのミミックで妨害。マリアが新兵器を出して来れば、その開発に気が付いていた香澄が事前に細工をして不具合を起こさせる。真知子がブーケの落ちてくる場所を計算して巧みに動き回れば、妹の今日子もこれに対抗、姉妹の潰し合い。状況の呑み込めていないランはとりあえずジャンプしてブーケを取ろうと努力していた。そして何度も空中で跳ねたブーケは、最終的に遠巻きで見守っていた一人の魔法使いの手元へと吸い込まれるように落ちていった。

 

「……っ!?」

 

 真っ赤に染まる女魔法使い。それを見て隣に立っていたミリが静かに微笑む。

 

「(なんだ、やっぱり気にしていたんじゃないか……)」

 

 やんややんやと騒ぐ町の人たちを見ながら、チサの旦那になる青年が微笑む。

 

「良い人たちだね」

「はい。これが、私の自慢のカスタムの町です……」

 

 こうしてチサはカスタムの町から旅立っていった。時間は流れる。いつまでもずっと同じではいられない。そんな事を少しだけ感じさせる出来事であった。

 

 

 

その4 いずれ来る時の為に

-パランチョ王国-

 

「よっと……」

「……兄さん、何か調べものですか?」

「ん、ポロンか」

 

 もう夜も遅いため、自室へ帰ろうとしていたパランチョ王国のポロン王。だが、丁度王国軍隊長である兄、ピッテンの姿が目に留まったため声を掛ける。ピッテンはその手に多くの書物を持っていたのだ。そもそもその姿がおかしい。平時であれば部下に持ってこさせるはず。ポロンも無能な王ではない。これは部下に知られたくない事なのだとすぐに察する。

 

「ごめんなさい。言いたくない事であれば、今のは忘れて……」

「いや、お前になら話しておいてもいい。というか、話すつもりだった」

「……悪魔の書物ですね」

「他言無用で頼む。この事はお前以外だとニコペリにしか話していない」

 

 従者の魔法使いの名前を出すピッテン。かつてパランチョ王国に反旗を翻すふりをした際、その真相を話していた数少ない人物であり、ピッテンは彼を信頼していた。だからこそ、ニコペリには協力を仰いでいる。

 

「悪魔に何か興味が?」

「ルークからの頼まれごとでな」

「ルークさんの!? それなら、尚更協力させてくださいよ」

「悪い、悪い」

 

 かつて世話になった人物の名前を出され、ポロンがどうしてすぐに話してくれなかったのかと少しだけ膨れる。もう青年なのだが、童顔であるポロンのその行動はどこか愛らしい。

 

「それにしても、ルークさんはどうして悪魔の事を……?」

「さあな。詳しくは言ってこなかった。俺も聞いていない。あいつが話さなかったって事は、その方が良いと判断したからって事だろ?」

「ですね。あ、半分持ちますよ」

「王様に持ってもらうのは気が引けるな」

「怒るよ」

 

 王と隊長ではなく、兄と弟の口調に少しだけ戻ってしまうポロン。気を付けてはいるが、油断するとつい出てしまう。ピッテンの持つ書物を上から半分受け取ったポロンだったが、その下、丁度半分に分けた書物の一番上に載っていた書物を見て眉をひそめる。

 

「リーザスとヘルマンの戦争史……」

「……これは個人的にな」

 

 見上げるピッテンの表情が先程までとは違うものになっていた。真剣な表情だ。

 

「王であるお前にはいずれ伝えるつもりだったが……」

「兄さん、まさか……」

「ああ、俺はリーザスとヘルマンの戦争に思うところがある。もし次に大きな戦争が起これば、参戦したいともな……」

「…………」

 

 これはとてつもない発言であった。パランチョ王国は基本的に中立を守っている国家だ。リーザスともゼスとも中立。それを通せるだけの武力も外交力もあった。そのパランチョ王国の隊長としての発言とは思えない。だが、ピッテンがこれだけの発言をするという事は、何か理由があるのだろう。

 

「……いずれ詳しく聞かせてください。それでも認められないと判断すれば、兄さんの……いえ、王国軍隊長の頼みでも王としてこれを却下しますから」

「ああ、そこはお前の判断を信じる。お前が首を縦に振らなければ、それに従うさ」

 

 コツコツと廊下を歩いていく兄弟。今はまだ小国に収まっている彼らだが、いずれ歴史の表舞台に上がることになる。

 

 

 

その5 頑張れ治安隊長

-ゼス 治安隊本部-

 

「ペンタゴンの動きには特に注意する事。以上です」

「はい!!」

 

 敬礼の後、詰所に集まっていた治安隊が解散する。その中心に立っていたのは隊長のキューティだ。一仕事終え、凝り固まった肩をグルリと一回ししてから息を吐く。

 

「議事録を明日までに纏めておいてくださいね」

「はい。キューティ隊長は……?」

「これからエムサさんと会ってきます」

「ああ、いつもの修行ですね。お疲れ様です」

「好きでやっている事ですから」

 

 そう言い残して詰所を後にするキューティ。エムサとの鍛錬ももうかなりの回数になっているが、キューティには悩みがあった。

 

「私、本当に強くなっているのかな……」

「きゅー、きゅー……」

 

 心配そうに声を出すライトくんとレフトくん。キューティ・バンド。若くして治安隊隊長まで上り詰め、四将軍や四天王からも懇意にされている有望株。彼女に憧れている治安隊員も多いのだが、そのような恵まれた立場だからこそ感じるものもある。それは、才能の差。

 

『くー……詠唱停止、成功しないなぁ。無理に途中で止めようとすると魔力が暴発しちゃう……』

『ゼットン!! 成程、やはりこの詠唱停止は凄まじいな』

『黒色破壊光線!! 確かに、事前に詠唱を済ませておいてすぐに大技を放てるのは気分が良い。これはお父様にも教えてあげなくては』

『ぐぬぬ……』

 

 何か月も学んで会得できず、未だ成功率五割ほどの詠唱停止。あれは使いこなせればかなり使い勝手の良い魔法だが、地味に習得が難しい魔法だった。だというのに、サイアスとナギの二人は一度学びに来ただけであっさりと会得してしまった。

 

『ヘルの加護!』

『違います、キューティさん。それでは魔法付与をヘルの加護と呼んでいるだけでしかありません。魔法付与の魔力の流れは……対してヘルの加護の魔力の流れは左腕から……』

『……こう?』

『あ、それです、ウスピラさん』

『あぐ……』

 

 二重に付与が掛けられればこれまで以上に補佐に回れると考えたため、エムサの使う異質の付与魔法も習った。だが、これがまた難しい。元々普通の付与魔法は使えるため、どうしてもそちらが放たれてしまうのだ。こちらもまだまだ練習中。加算衝撃、ヘルの加護、身体加速までは何とか覚えたが、その上級であるアイの加護などは覚えられていない。と同時に、途中で見学に来ていたウスピラにプライドをずたずたにされたりもした。

 

『エアレーザー!』

『出ませんねぇ……違う魔法を試してみましょう』

『…………』

 

 キューティの使える攻撃魔法は雷系のみ。四将軍のようにそれだけを極めて上にいける才能を持っていればいいが、キューティはそうではない。なればこそ、多彩な魔法を使って様々な状況に対応できるようにしなければ。そう考えてエムサに師事していたが、こちらも中途半端。初級魔法程度を全属性かじった程度の状況だ。

 

『電磁結界!! ほれ、もっと耐えんか!!』

『あががががが……』

 

 それと、何故かカバッハーンが時折修行の場に現れ、これでもかというくらいの雷魔法を与えていった。どうやら闘神都市で雷魔法の使い手だというのを見て気に入られてしまったらしい。キューティからしてみれば、ジジイこの野郎という感じだ。

 

『ライトくん、ガード!!』

『ガードごと突き破るまで。せいっ!』

『げふぅ!!』

 

 ついでにミスリーからも容赦のないしごきを受けていたりする。魔法の効かないミスリーは練習台にはもってこいなのだが、時折やる気を見せて模擬戦を仕掛けてくるのが厄介。魔法の効かないミスリーにどう勝てばいいのかと小一時間問い詰めたい。ミスリーの精神年齢を考えて、そんな大人気ない事はしないが。

 

『エムサさん、そのカードは? 魔力を感じますが……』

『以前お仕事で一緒になった方から買い取ったものです。あ、もしかしたらこれを媒体にして召喚魔法が使えるかもしれませんね』

『ほ、本当ですか!?』

 

 ある日、エムサの部屋に段ボールが届いた。中身はハピネス製薬事件の際にキサラから買い取った在庫の山になっているというトレーディングカード。魔物のイラストが描かれているこれには魔力が込められているため、もしかしたらキューティがこの魔物を召喚できるかもしれないと考えたのだ。温泉旅行の際、キューティには召喚魔法の才能があるのではと考えていたエムサはすぐにこれを試す。だが、結果は……

 

『にゃー』

『くるるるる……』

『まあ、可愛い声ですね』

『プリチーで弱そうなのしか出てこない……』

 

 召喚魔法は出来た。だが、出てくるのはぷりょやラルカットレベルのモンスターのみ。あの日は枕を濡らした。

 

「でも、頑張らないと……ルークさんに誇れるような魔法使いになるために!」

「きゅー!!」

 

 心が折れそうになるのをグッとこらえ、拳を握りしめるキューティ。そうこうしていると、エムサと約束している場所が見えてきた。

 

「お待たせしました、エムサさん! 今日は何を……」

「ふむ、時間通りじゃな。忙しい身じゃというのに遅刻しないのは素晴らしい」

「キューティさん、今日も模擬戦よろしくお願いします!」

「今日はカバッハーン様とミスリーさんも来てくださいました。頑張りましょうね、キューティさん」

 

 膝から崩れ落ちる。ポキリという心の折れる音が自分の中で響くのが確かに聞こえた。これは明日起き上がれないかもしれない。有給申請を今からでも送っておこうかと真剣に悩むキューティであった。

 

 

-ゼス 王者の塔-

 

 一方その頃、王者の塔。千鶴子が椅子に腰かけ、東方の状況を報告に来たサイアスが横に控えている。千鶴子が手に持つのは、治安隊長の少女の資料。

 

「雷魔法はまだまだ伸びるという雷帝のお墨付き。その他、多くの属性魔法を使う。付与魔法は各効果二種類使用可能。重ね掛けも可」

「一度重ねて掛けましたが、かなりの上り幅でしたよ」

 

 サイアスの補足を受け、資料をめくる千鶴子。

 

「初級レベルとはいえ召喚魔法も使用可能。雑魚モンスターを多く呼び出せる」

「壁に使われると結構厄介ですね。雑魚とはいえ、付与魔法の重ね掛けでそれなりに強くなりますし」

「傍に控える二体の指揮ウォール・ガイは異常な硬さを誇る。また、反撃の雷も普通のものとは一線を画す……」

「ミスリーの打撃とカバッハーン様の雷を何度も受けていますからねぇ。あの二体も相当鍛えられていますよ。恐らく、ストーン・ガーディアンの攻撃でも何度か耐えられるかと」

 

 ポリポリと頬を掻き、千鶴子は更に資料をめくる。

 

「詠唱停止も確実ではないが使用可能」

「あの魔法、結局覚えられた人間は殆どいませんでしたね。ガンジー王、四天王、四将軍以外だと……確か五、六人ですよね?」

「アニスも使えなかったわ。あの子は感覚で魔法使うから、途中で魔法を止めるとか苦手なんでしょうね」

 

 こめかみを抑え、最後のページに目を通す。

 

「勤務態度は極めて良好。仕事も優秀。有給消化も殆どない真面目ぶり。更には定期的に鍛錬を詰むなど向上心も高い。親しい友人は少ないが、ついてくる部下は多いため上に立つ資質はあると言える。その上、四天王、四将軍とも懇意にしており、時には四将軍自ら稽古をつける事も……」

 

 持っていた資料を机の上に置き、千鶴子がため息をつく。

 

「なにこの次期四将軍候補」

「これで自分に自信が持てないというのが驚きですよね。どう思います?」

「贅沢者」

 

 自分の評価と他人の評価は違うものである。頑張れ治安隊長。

 

 

 

その6 記されたレポート

-魔人界 パイアール領-

 

 どうしても理解出来ない事がある。少しでもその謎を解明するための手掛かりとして、これを記録として残したい。

 

「……なるほど。闘将のボディーメンテナンスはこのように……となれば、あれで代用可能か……」

 

 真っ暗な部屋の中を、モニターから発せられる光だけが照らしている。その部屋の中に響くカチャカチャという音は、我が主がコンピュータを叩いている音。主の手の動きと連動して、10以上あるモニターがしきりに画面を変える。すると、ピタリと画面の動きが止まる。主が手の動きを止めたのだ。そしてグルリと回転式の椅子を動かし、私に視線を向けてくる。

 

「PG-9。画面Jを見てください」

「はっ!」

 

 PG-9。それが私に付けられた名前だ。『パーフェクト・ガール』シリーズの最新機。これまでのPGシリーズと比べ、戦闘能力も知能も最強を誇る。それが私の誇り。言われるがままに視線をモニターに向けると、そこに書かれているのは鉱物や植物の名称。確かあの植物は魔法液の原料となるものだ。そして先程主が呟いた言葉を加味すれば、自ずと役目は見えてくる。

 

「使徒ディオのメンテナンスに使う材料ですね。この材料ならば、骨の森とレックスの迷宮で全て回収可能です」

「話が早くて助かるよ。ドールを10体連れて行っていいので、速やかに回収してきてください」

 

 そしてこの方が我が主、魔人パイアール様だ。私の命はこの方の為に存在している。パイアール様が自害しろと命令するのであれば、この場で命を絶つ事も惜しくはない。この方の役に立てる事が至高、生き甲斐、私の全て。だからこそ、こうして役目を与えられる事がただただ嬉しい。

 

「はっ! 48時間以内に回収してきます!」

「よろしく頼みますよ」

 

 敬礼をし、部屋から出ていく。瞬間、入口の横に立っていた人影から声を掛けられた。

 

「頼んだぞ、PG-9」

「……Yeah」

 

 PG-7。立場上は私の上司にあたる存在だ。私よりも長くパイアール様に仕えているという経験からか、色々と私にアドバイスをしてくる。だが、ハッキリ言って無用だ。彼女は既に私の型落ちでしかない。より優れている存在である私に意見をしてくるなどおこがましい。とはいえ波風は立てない。それはパイアール様の望むところではない。いずれ時間が経てば、役立たずの彼女は廃棄される。現にこういった案件は私に命じてくる事が殆ど。パイアール様の役に立つ存在は私一人で良いのだ。

 

「先に骨の森に向かう。5時間で仕上げるぞ」

「ソレガPG-9様ノゴ命令ナラバ」

 

 PG-xを10体引き連れ、件の場所へ向かう事にする。回収はスムーズに終わった。当然だ。この私が指揮しているのだから。私はPG-7とは違う。彼女がこの任務に当たっていれば、48時間たっぷりと時間を掛けていただろう。だが私は41時間で任務を終えた、それも完璧に。

 

「回収終わりました」

「ん。そこに置いておいてください」

 

 そう、より重用されるべきはこの私なのだ。それは私などよりも遙かに優れているパイアール様ならば当然判っているはずの事。それなのに、パイアール様の命令には時折不可思議な事象が混じる。

 

「ケイブリスからの出撃命令か……流石に二回連続で無視しているから、今回は出ないとまずいですかね……」

 

 パイアール様がため息をついている。原因はモニターに映し出されている書状。魔人ケイブリスから送られてきたものであり、中にはホーネット派との争いに参加するよう命じる内容が下品な言い回しで書かれていた。比較的綺麗な字で書かれているところを見ると、彼の使徒が代筆したものだろう。

 

「カミーラがゼス侵攻軍隊長の名目を良い事に、ケイブリスからの呼び出しを拒否し続けていますからね。下手に今刺激すると、ラボの一つか二つは破壊されてしまうかもしれません」

「ボク自身が行く必要もありそうですね……はぁ……」

「なんだ、貴様も出るのか?」

 

 パイアール様以外では唯一このラボに自由に出入り出来る男の声が響く。使徒ディオ・カルミス。私が造り出される前、パイアール様とPG-7が闘神都市という空中都市で拾ってきた闘将。人間の造り出した最強の兵器と呼ばれているらしいが、私から言わせれば過去の遺物に過ぎない。人間が生み出したものと、パイアール様が生み出した私。どちらが優れているかなど比べるまでもない。パイアール様がチラリとディオを一瞥し、口を開く。

 

「まあ、今回は小競り合いレベルで終わるでしょうからね。適当に参戦して、適当なタイミングで撤退しますよ」

「ククク……私は当然最前線に配置するんだろうな?」

「当然ですよ。精々ボクの分も働いてきてください」

「カカカカカ!」

 

 これが理解出来ない事の一つ。何故パイアール様はこのような存在を使徒にしたのか。確かに戦闘能力は高いが、あまりにも素行が悪すぎる。主に対しての言葉遣いではないし、それをパイアール様が黙認しているのも謎だ。とはいえ、こちらが些細なもの。もう一つの事柄に比べれば。

 

「最前線はディオ。ガルティアの部隊と共に行動を。50体は殺してきてください」

「ククク……その5倍は軽いな……」

「PG-9は前線支援部隊のサイゼル・メディウサ混合部隊に合流を。引き連れるドールはmk-2を5体、xを100体で」

「はっ!」

「そしてPG-7は……ボクの護衛をお願いします」

「お任せを!」

 

 これだ。これが最も理解出来ぬ事。平時の雑務や重要度の低い案件は私に命じる事が多い。だが、ここぞという時の命令は何故かPG-7を重用する傾向にある。パイアール様の護衛は最も重要なポジション。だというのに、何故型落ちである彼女が登用されるのか。今回だけではない。あの時も、あの時も、あの時も、私ではなくPG-7の無能が登用されていた。何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。

 

「PG-9、大丈夫か?」

「……Yeah。問題ありません」

 

 型落ちの問いにそう答える。問題は無い。あるはずがない。私は完璧な存在なのだから。そう、完璧な存在。なのに何故、何故、何故……

 

「では、皆さん。くれぐれもボクの顔に泥を塗る事の無いように」

「「はっ!」」

「ククク……」

 

 PG-9には理解出来ない。いや、もしかしたらパイアール自身も意識していないのかもしれない。単純な数値には現れないものが確かにある。共に死線を潜りぬけた経験、実績、そして信頼。パイアールとPG-7の間には、僅かながらにもそういったモノが出来上がっていたのだ。

 

 

 

その7 ハピネス製薬の黒き陰謀

-自由都市 ハピネス製薬 会議室-

 

「…………」

 

 円卓の前にズラリと座るハピネス製薬の幹部たち。中には課長のコナンや室長のローズ、元室長のジョセフの姿もある。

 

「本当にこれでハピネス製薬の売り上げが……?」

「間違いなく上昇します」

「エリーヌ、そこまで断言するのは……」

 

 重鎮である中年の問いにエリーヌがハッキリと答える。まだ幼いというのに、まるで物怖じしていない。そんな中、父であり社長であるドハラスが娘を心配して声を掛けてくる。まだ幼い彼女を副社長と同地位に置いた事には多くの不満が上がっている。特に幹部連中からは特に顕著だ。何とか彼女の失敗を探し、それを槍玉に挙げて彼女を今の地位から引きずりおろそうと画策しているのだ。となれば、下手な事は口にしない方が良い。だが、エリーヌは自身満々の顔でドハラスに向き直った。

 

「大丈夫! 絶対に成功するから!!」

「……12時42分、間もなくです」

 

 腕時計に視線を落としながらローズがそう口にする。同時に、巨大な魔法ビジョンのモニターが会議室の最前面に降りてきた。

 

「それじゃあ、スイッチオーン!!」

 

 

 

-ゼス 王者の塔 食堂-

 

「あ、サイアス様、ウスピラ様、ミスリー」

「よう、キューティも今日だったのか?」

 

 配膳を持ちながら座れる場所を探していると、ヒラヒラと手を振ってくる人影が見える。サイアスとウスピラ、そしてミスリーだ。混雑している食堂だというのに、彼らの周りは空席である。しかし、それも当然。彼らはそんな事を気にする性格ではないのだが、四将軍の隣で食事など恐れ多くて出来るはずもない。それこそサイアスだけであればまだ座れたかもしれないが、周りから冷たい印象を持たれているウスピラと畏怖されているミスリーも一緒とあってはそうはいかない。

 

「隣、見れば判ると思うが空いていてな」

「一緒にどう……?」

「では、ご一緒させていただきます」

 

 一礼し、サイアスたちの席へと向かうキューティ。それを見ていた周りからの評価がまた上がっているとも知らず、配膳を置いてウスピラの隣に座る。正面にはミスリー、斜め前の席にサイアスという状況だ。

 

「サイアス様たちも今日で?」

「ああ、俺とウスピラ、後はナギ様も今日だと聞いている。長官だとラドン、ノエマセ……」

「本当に大変……」

 

 数日ほど前から、各長官、四天王、将軍、部隊長などが王者の塔に呼ばれている。レジスタンスへの内通者がゼス上層部にいるという大々的な声明がレジスタンスからあったからだ。本来であれば秘密裏に動く案件だが、既にこの事はゼス軍中に知れ渡っている。何せ生放送の魔法ビジョンを通してゲリラ的に放送してきたのだから。となれば、秘密裏に動く必要はない。ガンジー王が千鶴子に一任したため、こうして重要役職である者が交代で王者の塔に呼ばれているのだ。キューティは先程まで千鶴子と直接会い、部隊の状況や自身の事を聞かれていた。サイアスとウスピラも同様だ。

 

「まあ、俺らは軽いもので済んだがな」

「……千鶴子様も、ある程度は目星をつけているでしょうしね」

「きゅー!」

 

 各長官。内通者がいるとすれば、間違いなく奴らの中にいる。奴らはガンジー王をなんとしてでも今の地位から蹴落としたいのだ。レジスタンスを上手く使い、ガンジー王を失脚させ、その後邪魔になったレジスタンスを根絶やしにする。そう画策しているものが確かにいるはずなのだ。だが、尻尾を見せない。

 

「私の時代も、魔法を使える者と使えぬ者が争いを続けていました。それは変わらないのですね……」

「……数百年も変われないとは、何とも情けない話だ」

「きゅー! きゅー!」

 

 少し暗い雰囲気になっていた一同だったが、ふとウスピラが体を動かしているライトくんとレフトくんに気が付く。

 

「キューティ、その二体は……?」

「ああ、すいません。魔法ビジョンのアイドルに反応しているんだと思います。このカパーラちゃんってアイドルが好きみたいで……」

「ふふ、ライトくんとレフトくんが良い感じに空気を変えてくれたな」

 

 見れば、魔法ビジョンにはヒラヒラの服を着た若いアイドルが映っていた。中々の美少女だ。キューティ曰く、去年くらいから売れ出しているアイドルらしい。だが、最近は少し人気が落ち気味との事。

 

「アイドル……」

「ミスリーも興味があるのか?」

「無いと言えば嘘ですね。やはり女の子の憧れではあります」

「私も小さい頃はアイドルに憧れた事もあったなー……」

「…………」

 

 ミスリーとキューティが魔法ビジョンを見ながらそう口にし、ウスピラも無言ながら魔法ビジョンに視線を向けていた。ウスピラも幼い頃は憧れた事があるのだろうか。アイドル服に身を包んだウスピラを想像し、似合わないなと苦笑しつつサイアスがお茶を口に含む。

 

『CMの後は、あの総統アイドルがサプライズ登場!!』

「あ、CMですね」

「きゅー……」

 

 カパーラちゃんの出番が終わり、ライトくんとレフトくんが残念そうにしている。すると、突如魔法ビジョンから少女の悲鳴が響いてきた。

 

『きゃー!! 誰か助けてー!!』

「ん?」

 

 サイアスが視線を向けると、そこに映っていたのは美少女が逃げ惑う様子。追いかけているのは、特撮に出てきそうな着ぐるみ姿のトカゲ男。ぐへへといういかにも悪人っぽい声を出しながら少女を追いかけている。これは一体何のCMなのか。そして少女がトカゲ男に肩を掴まれた瞬間、男の声が響いた。

 

『待て! 少女から手を放すんだ!!』

『誰だ貴様は!?』

 

 眩い太陽をバックに崖の上でポーズを取る男。逆光でまだ姿がよく見えないが、どことなく違和感を覚えていた。この声、どこかで聞き覚えがある。そして光が晴れていき、崖の上の男がアップで映し出される。

 

『私の名前はブラック仮面!!』

「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 サイアスが盛大にお茶を吹き出す。

 

『悪い奴は許さん! 食らえ、真滅斬!!』

『ぐぁぁぁぁぁ……』

『大丈夫だったか、エリーヌちゃん』

『ありがとう、ブラック仮面。あ、怪我をしているわ』

『なぁに。これくらいの怪我、ハピネス製薬の世色癌を飲めばあっという間に治るさ』

『まあ、本当! 世色癌って凄いのね!』

『-♪チャンチャラチャンチャン- ブラック仮面も愛用しているハピネス製薬の世色癌、大陸中のアイテム屋で大好評発売中。今なら一箱に一つの割合で当たりが入っており、見事当たりを引くとブラック仮面くん人形がその場で貰え……』

 

 衝撃的な映像であった。見知った友人が蝶型の仮面と黒装束に身を包み、自身の必殺技を惜しげもなく披露していたのだ。頭が痛くなる。一体あの男に何があったのか。すると、キューティがガタリと席から立ち上がった。

 

「わ、私用事を思い出しましたので……」

「きゅー?」

 

 食事の途中だったというのに、すたこらさっさとその場からいなくなってしまうキューティ。なんとなく何をしに行ったかは予想が付き、サイアスがため息を漏らす。

 

「やれやれ……千鶴子様の苦労はまだまだ続きそうだな……」

「サイアス様。今はご自身の心配をなされた方がよろしいかと」

「ん?」

 

 ミスリーにそう告げられ、サイアスは視線を去っていくキューティの背中から正面へと移す。そこには、先程サイアスが盛大に吹き出したお茶を思い切り被っているウスピラの姿があった。

 

「あ……」

「…………」

「いや、その、すまん……」

「大丈夫、気にしてないから……」

 

 いや、絶対に気にしている。間違いなく気にしている。長い付き合いだ。この声のトーンが怒っている時だという事くらい判る。この怒りをどう鎮めるか、またも頭の痛い話になってきた。

 

「恨むぞ、ルーク……」

「(あのマスク、ちょっと格好良いな……)」

 

 

 

-ゼス 王者の塔 千鶴子の間-

 

「はぁ、とりあえずは一区切りね。続きは午後から……」

「お疲れ様です。昼休みは少し長めに取りましょう。こうなるのを予想して、午後のスタートは13時半にしておきましたし」

「ありがとう、マクシミリアン……ん?」

 

 午前の会談を終えて一息つく千鶴子とマクシミリアン。とりあえずは軽く昼食を取るかと考えていると、廊下から大きな音が響いてくる。誰かが廊下を走っているのだ。そしてその足音が近づいてきたと思うと、勢いよく扉が開けられた。

 

「千鶴子様! 世色癌です! 今すぐ世色癌を買うのが良いとアニスは進言します!!」

「はぁ!? 急にどうしたのよ、アニス!!」

 

 部屋に押し入ってきたのは弟子のアニス。手をぶんぶんと振って意味の判らない事をのたまっていたかと思うと、その後ろから更に二人の来訪者がやってくる。キューティとナギだ。

 

「千鶴子様! 治安隊の世色癌の備蓄が少し危ういです。いえ、まだ補充には早いのですが、腐るものではありませんしここは一気に補充を……」

「千鶴子。今すぐ世色癌を買え。中身はいらん。人形だけ私に寄越せ」

「な、な、な、何が起こっているのよ!?」

 

 結局千鶴子はこの日昼食を取れなかった。そして、こういった混乱は各地で起こっていた。

 

 

 

-リーザス士官学校 食堂-

 

「カパーラちゃんを見ていたらとんでもないものを目撃してしまった。どうしよう……」

「あれって、その、間違いなく……」

 

 魔法ビジョンを見ながら固まっているラファリアと、困惑しているアールコート。まさかあの人があんな格好でCMに出るとは想像もしていなかったからだ。すると、遠くから女生徒の悲鳴が聞こえてきた。

 

「きゃー! 校長先生が前のめりに倒れたわー!!」

「た、大変!」

 

 

 

-リーザス城 リアの部屋-

 

「……何、今の?」

「夢では無いようですね……」

 

 呆然とするリアとマリス。昼食を取りながら魔法ビジョンを見る。マリスからは苦言を呈されているが、リアの楽しみの一つである。だが、まさかあんな映像が流れるとは。ハピネス製薬恐るべし。

 

「人形欲しがりそうなのってどれくらいいる?」

「各将軍は割と欲しがりそうな気が……コルドバ将軍とか真っ先に飛びつきそうな気がします」

「備蓄ってどんなもんだっけ」

「三か月後に500箱補充の予定でしたが、早めても問題ありません」

 

 ブスリとフォークでステーキ片を刺し、口で頬張りながら考えを巡らせるリア。ゴクリと飲み込み、フォークをマリスの方に向けながら指示を飛ばす。

 

「じゃあ、すぐに700箱補充して欲しい人に配っちゃって。城下町や士官学校にもルークの知り合いいたわよね。欲しそうな人いたらあげちゃっていいわ」

「了解しました」

「こういうのが民衆の支持率に案外関わってくるのよねー」

 

 ペコリと頭を下げるマリスから視線を天井へと移すリア。

 

「何個欲しい?」

 

 その問いから数秒後、恐る恐るといった様子で天井裏からぬっと手が伸びてきた。その指の示す数は三つ。

 

「三つも何に使うんだか……」

「リア様。私も一つ貰いますね」

 

 顔を見ずとも、天井裏の忍者が顔を真っ赤にしているのが判る。マリスも苦笑しながら人差し指をピンと立てて一つ要求してくる。昼食を終えたら早急に各将軍にこの事を伝えねばならない。そうでないと間違いなく詰めかけてくるからだ。

 

「はぁ……どうせならダーリンの人形がよかったのに……」

 

 

 

-パランチョ王国 食堂-

 

「見たか、ポロン!」

「ええ、兄さん!!」

 

 キラリと目を光らせるピッテンと、それに応じるように目を光らせるポロン。どちらも真剣な表情だ。

 

「先月補充したばかりではあるが、今すぐ世色癌を発注だ!!」

「はい! あの人形を持っていないなど、パランチョ王国の威信に関わります!!」

「駄目だ、この兄弟。早く何とかしないと……」

「二人とも、ルークを好きすぎるにょー……」

 

 それを冷やかな目で見ているポロン直属の女性戦士たち。パランチョ王国は今日も平和だ。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「……え? ドッキリ?」

「あいつは何をやってるんだ……?」

「ああ、前に病院でルークとした約束ってこれか」

 

 マリアがポロリとフォークから食事を落とし、ミリも呆然とした様子で魔法ビジョンを見ていた。横に座るミルは納得がいったように頷いている。以前からの謎が一つ解けたからだ。瞬間、トマトが勢いよく椅子から立ち上がった。

 

「今こそアイテム屋の力を見せる時ですかねー! 50箱発注してくるですかねー!!」

「落ち着け、トマト! うちみたいな田舎じゃ一年掛けても50箱なんて売れねぇ!」

「トマトさん、1箱予約を」

「私は12箱予約します。毎月使う人形を変えて変化を楽しむんです」

「落ち着いて、ランさん、真知子さん! 特に真知子さん! 人形は変化しません!」

 

 ミリと香澄が冷静さを欠いた面々を必死に取り押さえている。いや、真知子だけは冷静な様子でいるのだから逆にたちが悪い。その様子を苦笑いで眺めるマリア。ふと、目の前に座る親友が気になって声を掛ける。

 

「ねぇ、志津香は世色が……」

「買わないわよ」

 

 言い切る前に言葉を切られる。

 

「え、でも……」

「買うわけないでしょ、何言ってるの。というか何でこんな仕事してるの、あの馬鹿」

 

 そう言い切り、ぷいとそっぽを向く志津香。だが、数秒も持たずにそわそわと貧乏ゆすりを始める。

 

「これ、絶対買うよ」

「……買うわね」

 

 ひそひそと話すミルとマリア。しかし、未だにマリアには信じられない。ブラック仮面、あんな仕事をよくもまあ受けたものだ。

 

「(まあ、きっと嫌々よね。あんな格好、好き好んでする訳ないもの)」

 

 残念、ハズレである。

 

 

 

-レッドの町 教会-

 

「…………」

「なあ、セル。これ、ルークだよな?」

「(……ほ、欲しい。でも、世色癌を一箱も買う理由は……しかし……いや……神よ、どうすれば……)」

「……神はそんな質問に答えてくれないぞ?」

「こ、心の中を読まないで!」

「顔見れば判るぞ」

 

 

 

-ゼス ハニワ平原 教会-

 

「あーはっはっはっはっは!! 馬鹿じゃないの、あいつ!!」

 

 バンバンと机を叩いて大笑いをするのは、元カスタムの町の住人ロゼだ。あまりにも暇だから魔法ビジョンを買ってきて毎日暇つぶしをしているのだが、買ってきて本当に正解だった。こんな面白い映像を見逃したとあっては遊び人ロゼの名前に傷がつく。

 

「はにほー。知り合い?」

「まあね。ちょっと留守番お願い。用事が出来たわ」

「はにほー。どこ行くのー?」

「まずはレッドね。自分では買えない神官に人形渡してくる。で、次はカスタム。みんなに隠してこっそりと人形を持っているであろう志津香の家を家探し。最後はアイスで本人をからかう、と。やばい、想像しただけで笑いが込み上げてきたわ」

 

 ニヤニヤとしながら教会を飛び出し、うし車に乗ってハニワ平原を後にするロゼ。AL教からハニワ平原を出るなと言われているのにかなり自由な行動である。そして彼女の予想通り、これから数日間は笑いの絶えない日々になるのであった。

 

 

 

-アイスの町 ルーク宅-

 

「…………」

「…………」

 

 ルークはキースギルドに行っていて不在、今は三人で昼食を取っている。その食卓が固まっていた。だらだらと汗を流すフェリス。あいつは何をやっているんだと大声で叫びたい。そして、この姿を見て我が子は何を思うのか。幻滅してしまったのではないか。恐る恐る視線を動かすと、件の息子は魔法ビジョンを食い入るように見ながらポツリと口にする。

 

「か……かっけぇぇぇぇ!!」

「……へ?」

 

 そこには目をキラキラと輝かせて興奮している息子がいた。

 

「うわ、超かっけぇ! 鬼かっけぇ!! なんだ、あの仮面男。一体誰だ!? とーちゃんと同じ技使ってたって事は、あいつも強いんだよな!?」

 

 頭が痛い。今正に我が子が道を踏み外す瞬間を目撃してしまったのだから。突っ込みどころが多すぎる。あれを格好良いというセンス、ルークと気付いていない節穴っぷり。言いたい事は多くあるが、まずは一番に言っておかないといけない事がある。ダークランスの肩をガシリと掴み、目を見開いてフェリスは我が子に言い聞かせる。

 

「とーちゃんは止めろ!」

「……はい」

「ふふふ、実は私も仮面に導かれた戦士なの!」

「うわ、なんでざつ姉がその仮面を!? しかも赤い!!」

「話をややこしくすんな!!」

「ただいまー」

 

 ざっちゃんから赤い蝶型マスクを奪い取り、丁度帰ってきたルークの顔面めがけて勢いよく投げつけるフェリスであった。

 

 

 

-ハピネス製薬-

 

「しゃ、社長。恐ろしい勢いで注文が殺到しています」

「本当に!?」

「やったぁぁぁ! 作戦は大成功ね。二弾制作も視野に入れるわよ!!」

 

 この一件でエリーヌはハピネス製薬内での地位を盤石にしたとかなんとか。どっとはらい。

 

 

 

【オチ担当】

-時空の狭間 とある場所-

 

「…………」

 

 不思議な現象が起こっていた。今までの流れであれば時空の狭間中に笑い声が響いていてもおかしくないというのに、今は静寂に包まれている。一体魔王に何があったのか。まさか、あの程度ではもう笑えないとでも言うのか。

 

「……かはっ……っく……」

 

 否、笑いすぎて痙攣を起こし、呼吸困難に陥っているだけであった。地面に突っ伏し、ピクピクと震えながら声を絞り出す。

 

「くくく……まさか笑い殺しにかかるとはな……やるではないか、ルーク……いや、ブラック仮面よ! ……ぶはっ!」

 

 それもハズレである。

 

 


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