ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第163話 ブラック隊結成!

 

-アイスフレーム拠点 本部-

 

「という訳で、俺様はウルザちゃんのためにレジスタンスとして活動しているのだ。お前も手伝え」

「そう簡単に頷けるものじゃあないと言っているだろう」

 

 笑いながらそう話すランスに対し、ルークはため息混じりに返答する。これまで何度もランスとは行動を共にしてきたが、今度ばかりは単純な話ではない。レジスタンスに入るという事は、大国であるゼスを敵に回すという事だ。

 

「サイアスとの関係は知っているだろう?」

「……誰だ?」

「ランス様、サイアスさんは炎の四将軍で、闘神都市の時に一緒に……」

「ああ、あのキザな奴か。あんなのは放っておけ」

「そういう訳にもいかんさ」

 

 何より、ゼスの四将軍サイアスとはかなり深い仲にある。おいそれと敵対する訳にはいかない。他にもカバッハーン、ウスピラ、キューティ、アスマといった面々とも関係を持ち、大きな声では言えないが千鶴子やアニス、ガンジー王とも直接会った事もある。

 

「(改めて思い返すとゼスとはかなり関係を持っているな……)」

 

 ルークがそんな事を考えているように、言ってしまえばルークはどちらかというとレジスタンスよりはゼス国軍寄りの人間なのだ。

 

「サイアスとか凄い名前が出ている気が……」

「はりゃー、さっきの話は本当なんだねー」

 

 遠巻きに見ていた女性二人がひそひそと話をしている。既にルークが解放戦の英雄だという事はばれている。というか、ばらされた。

 

「ああ、本人だ。強さはこの僕が保証するし、この男と違い誠実でもある」

「どうやらサーナキアちゃんはそんなに俺様にお仕置きされたいようだな」

「ふん、来るなら来い! 返り討ちに……」

「あー、ランスもサーナキアも止めろ」

 

 そう、全てを知る女、サーナキアによって速攻ばらされてしまったのだ。サイアスと懇意にしている事も報道されているため、ルークに対しての視線は様々。好奇心や興味、あるいは嫌悪感。無理もない、憎き魔法使い寄りの人間なのだから。だが、ルーク以上に厳しい視線を受けている者たちがいる。

 

「シィルちゃんも大変ね、つき合わされて」

「いえ、そんな……」

 

 シィルとシトモネ、二人の魔法使いだ。二人が魔法使いだという事も既にばれてしまっている。それを知らされた際、この部屋の殆どの者が驚きを隠せなかった。一部の者は咄嗟に身構えてしまう程の驚きよう。だが、これがゼスでは普通。レジスタンスの組織に魔法使いがやってくるなど考えられない。それにも関わらず、ランスはとんでもない事を言ってのけた。

 

『こいつはシィル、俺様の奴隷だ。これからは俺様の部隊に入れる』

 

 当然、周囲は猛反対。ウルザやダニエル、果てはアベルトまで止めに入る事態となった。だが、ランスがそれで折れるはずもない。これが認められなければレジスタンスを抜けるなどと騒ぎ立て、結果的に無理矢理認めさせる運びとなった。

 

「…………」

「(この場で特に拒絶反応を示しているのは、彼だな……)」

 

 無言で俯いている小柄な男をルークは見る。ランス曰く、勝手についてきた召使い的存在らしい。年は自分と同じくらいだろうか。この反応を見るに、彼は特に魔法使いに辛酸を舐めさせられた2級市民なのだろう。

 

「ルーク、本当に協力はしてもらえないのか?」

 

 不意にサーナキアがそう問いかけてくる。彼女としてもルークには協力を仰ぎたかったのだろう。ウルザとダニエルも言葉を続ける。

 

「解放戦の英雄であるルークさんに入隊していただければ心強いですが……」

「新聞でサイアス将軍との関係は知っている。無理強いはせん。だが、この場所の口外だけは避けて貰いたい」

「それは大丈夫、口外する気はないさ。ランスやシィルちゃん、それにアルフラやあおいちゃんにも危険が及ぶからな」

 

 ポン、とアルフラとあおいの頭に手を乗せるルーク。嬉しそうに微笑むアルフラと、恥ずかしげに頬を赤らめるあおい。

 

「……返事に少し時間を貰ってもいいかな? そうだな、今晩か明朝までには答えを出す」

「なんだ、優柔不断な」

「性分でな」

 

 ランスに苦言を呈されるが、ルークは苦笑交じりで返しつつチラリと部屋の端にいたカオルに目配せをする。どちらにせよ、彼女と話さなければ結論は出ない。

 

「では、部屋を用意しよう。今夜はそこに泊まるといい」

「すまない」

「部屋の数は……?」

「別々でお願いします」

 

 シトモネがそう答えると、ダニエルは小さく頷いた後ウルザと小声で話し合う。空いている部屋の確認でもしているのだろう。すると、カオルがスッと二人の話に入っていく。二、三言葉を交わした後、ルークの顔に視線を移しながら口を開いた。

 

「では、私が部屋までご案内します」

「……ああ、頼む」

 

 ルークが小さく頷くと、カオルは先導するように入口の方へと歩みを進めた。ルークもそれに続こうとするが、何か思うところがあったのかクルリとキムチの方を振り返った。

 

「後で孤児院に寄ってもいいかな? 他の子供たちにも会いたい」

「ええ、待っているわ。でも、子供たちが寝ちゃうから夜の7時前でお願い」

「了解だ」

「ルーク」

「後でもっとお話ししような」

「うん!」

 

 アルフラの頭を撫で、あおいに微笑みかけるルーク。そのままシトモネと共にカオルの後に続き、この部屋を後にする。

 

「バタバタした形になってしまい、すまなかった。ちゃんとした自己紹介はレジスタンスに参加する事になったらさせてもらう」

 

 最後に一度だけ部屋の中の者を振り返り、そう言葉を残していくのだった。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 広場-

 

 カオルの後ろを歩きながら、ルークとシトモネはきょろきょろと周囲を見回していた。アベルトにも言った事だが、何度見ても驚かされる広さだ。

 

「しかし、レジスタンスの隠れ家なのにかなり広いところだな」

「そうですね。小屋の数も多いですし、小さな町と呼んでもおかしくないですよ」

「アイスフレームの人間の殆どがこの場所で生活していますからね」

 

 レジスタンス組織と言っても、生活する場所は別々である方が基本的だ。特にペンタゴンのような巨大組織になると、生活空間を作るだけでも一苦労。ましてやずっとそこに生活していたら足が付きやすくもなる。そのため、普段は別の生活をしながら裏の顔としてレジスタンスの一面を持つ、というのがよくあるレジスタンスの形である。だが、ここにいる者たちは別の生活を持っているようには見えない。それだけかなりの金額を給与として渡しているのだろう。

 

「……随分と資金力があるみたいだな」

「ウルザ様のご両親が私財を投げ打ってこのアイスフレームを作られたんです」

「でも、維持するのもかなりのお金が掛かりますよね?」

「協力者が大勢いますから」

「協力者?」

「……なるほど、貴族か」

 

 ルークとシトモネの疑問は当然のもの。正直、二人は怪しんでいた。この豊富な資金は汚れた金なのではないかと。しかし、カオルは小さく微笑みながら淡々と答える。その返答にシトモネはピンときていないようであったが、ルークは以前サイアスから聞いた事のある話を思い出していた。

 

「貴族? 貴族がレジスタンスの協力をするんですか?」

「ああ、耳にした事がある。ガンジー王を何とか失権させるために、あるいはレジスタンスの方針に共感し協力する貴族がいるらしい」

「私共の場合は後者です。ウルザ様やそのご家族の考えに一部の貴族が賛同を示してくださり、陰ながら支援していただいているんです」

「へー……ウルザさんって、そんなに凄い人だったんですね。こういったら失礼ですけど、そうは見えなかったんで意外です」

「…………」

 

 シトモネの言葉にルークも心の中で頷いていた。ゼスを変える女性。そうビルフェルムから聞き及んでいたからだ。たった一度しか会っていないが、その言葉を信じさせるだけの何かがビルフェルムにはあった。だが、実際の彼女からは何の覇気も感じられなかった。包み隠さずに言うならば、期待外れだ。

 

「……今は少し塞ぎこんでいますが、ウルザ様は凄い方ですよ」

「それにはビルフェルムの死が関係しているのか?」

「それは……」

「いた! 本当にいた!」

 

 するとその時、後ろから女性の声が聞こえてきた。しかも、聞き覚えのある声だ。ルークが後ろを振り返ると、三人の女性がこちらに向かって駆けてきているところであった。

 

「セスナ、ネイ。お前らもアイスフレームに移っていたのか?」

「……え?」

 

 ルークの反応にセスナが思わず声を漏らすが、ネイは構わず会話を続ける。

 

「久しぶり! なんかランスの知り合いが来ているって噂になっていてさ。誰かなーって思ったらルークって男だー、って教えて貰ったの」

「ルークさん、こちらのお二人は?」

「ネイとセスナ。以前に一度、一緒に冒険をした事のある二人だ」

「どうも……」

「私はシトモネ、ルークさんと同じギルドに所属している魔法使いよ」

 

 ペコリと頭を下げあうセスナとシトモネ。だが、この場にやってきた女性は三人。当然あの女性かと思ったルークであったが、後ろにいたのは見覚えのない女性であった。

 

「それで、そちらの方は……?」

「すまん、俺も初対面だ」

「わたしを知らないとは、新入りさんですね? わたし、等々力亮子。郵便配達ギャルでーす、よろしく」

 

 ビッと指を二本立て、敬礼するかのようなポーズを取る。オレンジ色の髪に少し童顔な顔の女性。郵便配達員という事だが、妙な話だ。

 

「カオル、郵便が届くのか?」

「はい。先程話に出た協力者の中には、民間の企業も多く含まれています。こっそりと郵便のやり取りもして貰っているんです」

「流出したりする心配はないのか?」

「ないなーい! 仕事は完璧、速度は迅速ですから安心して利用してください」

 

 グッとガッツポーズを取る亮子を見ていると、セスナが話し掛けてくる。

 

「ルーク……アイスフレームに移ってから二回手紙を出していたんだけど……届いてなかった?」

「ギクリ」

「ん……? いや、届いていないな。ペンタゴンにいるものだとばかり……」

 

 ルークの返事を聞き、セスナは亮子に視線を移す。心なしか、亮子は額に汗を掻いているようにも見えた。

 

「亮子さん……?」

「あー……ど、どこ宛の手紙でした?」

「自由都市の……」

「あ、それなら別の人間の担当です多分盗賊に襲われたんです私は何も知りません困ったもんだ!」

 

 セスナの言葉を食い気味に亮子が言い訳を並べ立てるが、一応納得のいくものであった。郵便配達員は決して楽な仕事ではない。整備された街道を通ってもモンスターが出る事もあるし、盗賊に襲われる事だってある。ゼス国内での配達であれば多少は安全だろうが、自由都市まで足を伸ばせばその危険度は増す。

 

「(手紙が届かない、なんて噂が広まれば死活問題だからな)」

「判った……よくある事だから、気にしないでください……」

「ほっ……で、ではわたしはウルザさんにお届け物があるので!」

 

 アイスフレームに来てからの手紙は偶々二通連続で事故に遭ってしまった。ルークとセスナはそういう形で納得してしまった。亮子が汗を拭い、慌てた様子でこの場から離れていった。その背中を見送っていると、ネイが口を開く。

 

「それで、ルークもアイスフレームに所属するの?」

「それはこれから決めるところだ。そうだな……セスナ、アイスフレームはどうだ?」

「うん……良い組織、だと思う」

「……そうか」

 

 密かにだが、ルークはセスナの事を高く評価している。闘神都市での視野の広さや鋭さ、戦闘力。傭兵としての実力は文句なしに一流だ。そんな彼女が『良い組織』と評価した。今後どうするか決める材料の一つにはなる。

 

「ぐぅ……ぐぅ……」

「い、今の今まで話していたのに立ったまま寝てる!?」

「……おおっ!?」

 

 まあ、居眠り癖は相変わらずのようだが。

 

「という事は、シャイラも一緒なのか? 確かペンタゴンには一緒に入隊したんだもんな」

 

 何気ない一言。だが、瞬間この場の空気が凍り付くのが判った。これは先程ビルフェルムの話題を出した時と同じ感覚。

 

「……どうした?」

「シャイラは……」

 

 

 

数か月前

-某所-

 

「馬鹿な!? 何でこんなに敵がいるんだ!?」

「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

 

 視界が赤く染まる。あちこちから上がる火の手。吹き飛ぶ鮮血。聞こえてくる悲鳴。そこら中に転がっている人であったモノ。

 

「くそっ! セスナ、生きてる!?」

「大丈夫……」

 

 肩から血を流しながらネイがそう問いかけると、ハンマーを振り切ったセスナがハッキリと頷く。二人の周りには、傷ついたレジスタンスが数名。彼女たちは迫ってくる敵を振り払いながら撤退をしているところであった。

 

「どうしてこんな事に……」

 

 LP0003、アイスフレームは要請を受け、大規模救出作戦を実行した。だが、作戦は失敗。敵はまるで自分たちが来るのを知っていたかのような万全の体制であり、アイスフレームは多くの死者を出した。

 

「コーネリア様が戦死!」

「ウルザ様、負傷! ギャロップさんとナバロンさんに付き添われて撤退しています」

 

 次々と飛び交う悲報。創設者が、その家族が、主力幹部が、次々と死んでいく。そして、悲劇は身近なものにも均等に降りかかる。

 

「セスナさん! ネイさん!」

「インチェル、無事だったのか!」

 

 自分たちほどではないが、戦闘力が高い部類に入るレジスタンス、インチェルが負傷者を引き連れて駆けてくる。その顔は青ざめている。こんな状況であれば仕方のない事だが、インチェルが行動を共にしていたある女性がいない事にネイが一早く気が付く。

 

「……シャイラは?」

「シャイラさんは……私たちを逃がすために囮に……」

 

 インチェルたちの部隊は多くの負傷者を出し、素早い行動が出来ない状況にあった。迫ってくる大勢の敵、逃げられる状況ではない。そんな中、帯同していたシャイラが体を翻す。

 

『あたしが時間を稼ぐ。みんなを連れて逃げろ!』

『シャイラさん!?』

『このままじゃ全滅する! 早く行け! あたしに構うな!!』

 

 そのままシャイラは来た道を駆け戻り、迫りくる敵の群れに飲み込まれていったという。その報告を聞いたネイはすぐさま体を翻したが、その腕をセスナがガシリと掴んだ。

 

「駄目……」

「セスナ……」

「私たちの役目は……みんなの護衛……」

「っ……」

 

 判っている。戦える者の少ない現状、自分が今この場を離れれば皆を更に危険に晒す。だが、シャイラは相棒だ。掛け替えのない仲間なのだ。助けに行きたい。だが、シャイラはそれを望まないだろう。命を賭して囮になったのだから。

 

「無事でいて……シャイラ……」

 

 だが、シャイラは戻ってこなかった。この作戦の失敗でアイスフレームは百名を超える死者を出す。その中には戦闘力の高かった者やペンタコン時代からの古参幹部も多く含まれていた。創設者であるプラナアイス家の人間も、ウルザ一人を残し全滅。そのウルザ自身も足を負傷し、立ち上がれなくなってしまった。また、アイスフレームの者たちが傷ついたのは体だけではない。心もだ。

 

「この組織に……未来はない……」

 

 アイスフレームに絶望した者が離反していき、ウルザの父であるセドリックが死んだ事により協力者も激減。一時期は2000名を超える協力者がいたアイスフレームは、みるみる内に衰退していった。

 

「シャイラ……」

 

 シャイラ・レス、生死不明。彼女の死を信じないネイはアベルト率いるブルー隊と協力して彼女の捜索を続けたが、終ぞ彼女を発見する事は出来なかった。シャイラの死体は誰も確認していない。だから、生死不明。だが、みんな薄々気が付いている。彼女はもう生きてはいないであろう事を。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 空き部屋-

 

「…………」

「それまでのウルザ様は皆を纏め自らも前線に立つ、その輝きを見て皆も自然とついていき、まるで太陽のような方でした。ですが、今は……」

 

 ここはルークが今晩泊まるように貸し与えられた部屋。シトモネは自分の部屋に行き荷物を整理しているため、部屋の中にはルークとカオルの二人だけであった。先程広場でネイから聞かされた話、大規模救出作戦の失敗。自分が指揮を取っていた作戦で家族が死に、組織もボロボロになった。その責に蝕まれたのが今の彼女なのだろう。

 

「成程な。ウルザの評価が見た限りと違うのは合点がいった」

「ダニエルさんの見立てでは、足の怪我自体はもう完治しているようです。ですが……」

「心がそれを拒否している、と」

「はい」

 

 静かに目を瞑り、ビルフェルムの言葉を思い返すルーク。彼は妹を信じていた。彼女ならば、ゼスを変えられると。

 

「(妹、か……)」

 

 その時ルークが誰の事を思い出したのか、語る必要もないだろう。静かに目を開け、カオルの目を見ながら口を開く。

 

「そちらは判った。それじゃあ、もう一つの本題だ。単刀直入に聞く。カオル、何故君はここにいる?」

「上と下、どちらも変わらねばならない」

「……それは」

「貴方の仰った事ですよ」

 

 何か含みを持たせながら静かに微笑むカオル。それを見てルークは察する。国王の側近であるカオルが何故この場にいるかを。

 

「まさか……下の改革を進めるためにレジスタンスに潜入しているのか!?」

「ええ、その通りです」

「馬鹿な、危険すぎる!」

 

 ルークが珍しく大きな声を上げる。だが、それも無理はない。ハッキリ言ってこの潜入はあまりにも無謀すぎる。いくらガンジー王の側近で公には顔を知られていないとはいえ、変装もせずに敵の渦中に飛び込んでいるのだ。国軍側の人間だと知れれば、最悪命は無い。

 

「アイスフレーム内に仲間は?」

「いません、私一人です」

「この事を知っているのは……」

「極僅かな人間、とだけ言っておきます」

 

 流石に全てをルークにさらけ出すほどカオルは甘くない。提示して良い情報をしっかりと選んでいる。

 

「当然、王は知っているんだな?」

「勿論」

 

 ここに来てルークはカオルへの印象を改める。冷静沈着な女性かと思っていたが、その実そうではない。この任務は狂っている。何せ明確なゴールがないのだ。何かをしたら任務達成、改革終了。そんな単純な任務ではない。カオルはいつまで、何を目標にこのアイスフレームにいなければいけないのか。それこそ、王の裁量次第。

 

「(絶対的な信頼……盲信とも言うべきか……)」

 

 彼女とガンジー王の関係は知らないし、カオルという人間ともまだ深く関わっていない。だから、断定は出来ない。もしかしたら心の中では嫌々潜入しているのかもしれない。だが、もし何の疑問も持たずにこの任務を実行しているとすれば、彼女はガンジー王に絶大な信頼を置いている事になる。それこそ、盲信と呼んでもいいほどに。

 

「(さて、彼女の発言をどこまで信用していいものか……)」

 

 盲目的になっている人間の発言ほど怖いものはない。どこまで正常な頭で判断しているかが判らないからだ。かつてリアの命令で少女の誘拐、拷問を実行していたマリスとかなみの例もある。いくらその人間が常識を持っていようとも、信仰心は時として白を黒に変える。

 

「……何故アイスフレームなんだ? 改革を進めるのであれば、もっと大きな組織の方が良いだろう? 例えば、ペンタゴンとか……」

「それはありません。彼らに改革は無理です」

 

 即座にそう断言するカオル。ほんの少しだけ口調に怒気が含まれていたところを見ると、相当にペンタゴンの事を嫌っているようだ。

 

「そういえば、最近のペンタゴンは過激派と聞いたな」

「アイスフレームが彼らから分かれたのもそれが理由です。国のため、民のためという意識よりも、魔法使いを排除する事を第一と考えてしまっているのです」

「目的と手段が逆転している訳か……」

 

 よくある話だ。今更その是非を問答しても意味がない。その方針についていけない者が多かったからこそ、このアイスフレームが出来たのだ。

 

「ペンタゴンは器ではない。だが、アイスフレーム……いや、ウルザにはその可能性があると?」

「そう私は考えております。王も同様です」

「……成程な」

 

 一度ため息をつくルーク。カオルがここにいる理由も、ウルザが聞いていた評価と違うのも理解出来た。では、自分はこれからどうするべきか。

 

「(同行しない理由はある……)」

 

 サイアスを始め、ゼス軍には恩義がある。王の命令でカオルが潜入しているから、敵対すると言っても形だけのものではある。それでも、簡単に敵対出来るものではない。また、カオルの発言を鵜呑みにしていいのかも疑問が残る。

 

「(同行する理由もある……)」

 

 ビルフェルムが死んだ今、彼の忘れ形見とも言えるウルザをもう少しこの目で見たいという思いはある。皆の言う『本当のウルザ』を自分はまだ見ていない。確執はあるとはいえ、ランスとシィルを放っておくのも気が引ける。セスナも、ネイも、アルフラも、あおいも、こうして会ってしまったからには放ってはおけない。それと、もう一人。

 

「(……こうして並べると、片方に偏るものだな)」

 

 同行する理由としない理由。どちらがより多いかは一目瞭然であった。そもそも上と下の改革を言い出したのはルーク自身。カオルがそれを強要している訳ではないといえ、完全無視を決め込むのも中々に難しい話だ。

 

「カオル。後でウルザとダニエル、それと各隊長を集めてくれ」

「……何か話が?」

「これから世話になるんでな。部隊の細かい状況くらいは把握しておきたい」

 

 心の中でサイアスに謝りつつ、ルークはカオルの顔を真っ直ぐと見ながら言葉を続ける。

 

「駄目だと思ったら、すぐに抜けさせてもらうがな」

「歓迎します。ようこそ、アイスフレームへ」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 シトモネの部屋-

 

「という訳で、暫くアイスフレームに厄介になる事になった」

 

 カオルが各隊長たちに事情を伝えてくるというので、ルークはシトモネが借りた部屋にやってきていた。ラドンからの依頼は終えたとはいえ、今回の旅のパートナー。ちゃんと伝える事は伝えねばならない。

 

「あー……なんとなくそうなるんじゃないかなと思ってました」

 

 ベッドに腰掛けながらそう答えるシトモネ。やはりキースギルドの人間にはランスとルークは共に仕事をする事が多いパートナーのような存在と思われているのだろう。それを否定する気はないが、今はほんの少しだけ複雑な気分だ。

 

「丁度依頼も流れたところだったしな。それで、シトモネはどうする? 無理に付き合う必要はない。何せゼスのレジスタンスだからな」

「そうですね。もう噂になっているみたいで、やっぱり視線は感じますよ」

 

 苦笑するシトモネ。やはりアイスフレーム内には魔法使いを憎んでいる者が多く在籍しているようだ。そんな環境を無理強いするのはあまりにも酷である。だからこそ、ルークはシトモネを先に帰すつもりでいた。別にルークに付き合わずとも、アイスの町に戻ればキーハンターとしての仕事は十分あるのだから。

 

「ゼスの風習は酷いなと思いますけど、わざわざ首を突っ込もうとまでは思いません。冷たいようですけど、他人事ですから」

「そうだな。いや、それが普通だ。なら……」

「でも、残ろうと思います」

「……本気か? 辛い目に遭うのは目に見えているぞ」

 

 ルークが心底驚く。この返事は予想外であったからだ。シトモネ自身の言うように、彼女にはアイスフレームにもランスにも義理は無い。わざわざ味方内からもゼス国にも睨まれる環境に身を置く必要はないのだ。

 

「国を変えてやろう、みたいな意志はないですけど……シィルちゃんがこの状況で一人になるのも可哀想ですから」

「…………」

「だから、ルークさんが残るなら私も残ります」

 

 シトモネが一番気にしたのは、自分がいなくなったら魔法使いではシィル一人がこの環境に置かれてしまうという事であった。ルークとランスがフォローはしてくれるだろうが、それでも辛い目には遭うはず。だが、自分がいれば同じ気持ちを共有できる。愚痴り合って発散する事も出来る。だからこそ、ルークが残るのであれば自分も残ろうとシトモネは決断していたのだ。

 

「まあ、この組織が過激派だって判ったらすぐに逃げますけどね。その辺はルークさんも同じでしょう?」

「まあな。しかし、シトモネ……」

「はい?」

「なんというか……思った以上に優しいというか、非常に珍しい常識人というか……」

「常識人が珍しいってどういう事ですか!?」

 

 ルークの言葉に突っ込みを入れつつ、クスリと笑うシトモネ。まあ、ルークの知り合いには常識人に見えてそうでない面々が多いからこの感想も無理はないと言えよう。飛空艇を作った際に調子に乗り過ぎた挙句みんなを巻き込んで墜落した某発明家とか、王女のためなら誘拐拷問も辞さない侍女とか、常識人枠という言葉が悲しくなってくる。

 

「あれだ、そのまま『普通』でいてくれ」

「それも何か微妙な言い回しですね……」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 本部-

 

 夕方、ウルザ邸である本部には再度人が集まっていた。アイスフレームの中心人物とも言える者たちだ。

 

「協力頂ける事になり、本当に感謝します」

「…………」

 

 アイスフレームリーダー、ウルザ・プラナアイス。その彼女が車椅子に座ったままペコリと頭を下げる。その後ろに控えるのは、主治医兼参謀のダニエル・セフティ。老体ではあるが、纏っている空気は明らかに戦える者のそれだ。恐らく、かなりの強者。

 

「しかし、良かったのか?」

「ランスもいる事だしな。それに、さっき説明させて貰った通り……」

「はい。私たちの活動に抵抗が生まれましたら、シトモネさんと共に抜けるとの事ですね。その場合は、安全地帯まで抜ける手はずを整えます」

 

 ダニエルの問いに答えるルーク。自分たちが入るのはあくまで仮であり、合わないと思えばすぐに抜ける。その辺りの話は包み隠さずに言っていた。普通であれば随分と勝手な話ではあるが、ルークの立場を考えると逆にその方が自然。ゼス国と繋がりを持っているルークがすんなりと入隊するとなれば、むしろウルザやダニエルの不信感は増したであろう。

 

「スカウト担当のぼくとしては素直に嬉しいですね。この短期間で優秀な人が一気に増えましたし」

 

 ブルー隊隊長、アベルト・セフティ。情報収集や工作を主に扱う部隊である。そのため戦闘能力は他の部隊に劣るが、レジスタンスにとってはむしろ一番重要な部隊とも言えるだろう。

 

「ルーク、歓迎する。共にゼスを良くしよう!!」

 

 シルバー隊隊長、サーナキア・ドレルシュカフ。こちらは今更確認の必要はない。闘神都市で共に戦い抜き、その性格も戦闘力も重々承知している。信頼できる人物だ。猪突猛進な性格が隊長に向いているのか、という不安がありはするが。シルバー隊は実戦部隊であり、必然的に戦闘力の高い人材が集まっているとの事。

 

「では、そろそろ話を進めましょう」

 

 グリーン隊副隊長、カオル・クインシー・神楽。隊長であるランスが『面倒くさい』という理由で会議を欠席したため、彼女が代わりに参加していた。グリーン隊というのは、ランスが新たに作り出した部隊である。どうもホワイト隊という部隊をランスが潰してしまったらしく、その代わりにと実戦部隊を指揮しているようだ。

 

「(この面々にキムチを加えたのがアイスフレームの主要メンバーか……中々に厳しい状況だな)」

 

 孤児院の夕飯の時間という事もあり、キムチは欠席。ルークが孤児たちの事を考えて彼女は無理に呼ばなくて良いと言っておいたのだ。実戦部隊2つに諜報部隊1つ。これはあまりにも酷い状況だ。

 

「ルークさんは、カオルさんからアイスフレームの説明をどの程度聞きましたか?」

「基本的な事は概ね聞いた。それと、ランスが最初に受けさせられたというゼス国に関しての受講も省いて構わない。それなりには知っているつもりだ」

「ふむ……それはこちらも手間が省けて助かる」

 

 ランスはゼス国の差別問題や王政などからダニエルに説明を受けたらしいが、その辺りの事はある程度知っているので飛ばして貰う。カオルから聞いたところによると、アイスフレームの基本的な活動は3つ。悪人を裁く『天誅』、活動のための『資金集め』、助けを求めてきた2級市民の『保護』だ。これだけ聞けばレジスタンスらしいとも思えるが、問題はその中身。

 

「どう思いましたか?」

「過激派じゃないというのは判った。だが、それにしても随分と遠回りな事をしているな、というのが率直な感想だ」

「それは……」

「…………」

 

 アイスフレームの活動はあまりにも消極的なものが多かった。過激に行けとはいかないが、これでは到底ゼスを変えられるとは思えない。言葉に詰まったウルザがダニエルに視線を向けるが、ダニエルは何も言わず座っている。カオルもまた、ルークから視線は外さないが何も答えなかった。困り果てたウルザに助け舟を出したのは、アベルト。

 

「まあ、そういう組織も必要だって事ですよ」

「あっ、そ、そうです……」

「…………」

 

 この反応を見ただけでも確信が持てる。『今』のウルザはリーダーの器ではない。これでは人を率いる事は出来ない。しかし、『昔』の彼女を知っている者たちは彼女について行っている。

 

「(昔のウルザ……見てみたい気はするがな……)」

「……そろそろ本題に入るか」

「あ、そ、そうですね……」

 

 黙っていたダニエルが口を開き、それに乗る形でウルザが話を逸らす。本題、ここに隊長たちが集まった理由。その口火を切ったのはサーナキア。

 

「ルーク。既存の部隊に所属するんじゃなく、新しい部隊を作るというのは本当か?」

「ああ、そのつもりだ」

 

 これが、本題。ルークは既にランスからアイスフレームに残るのであればうちの部隊に来いという誘いを遠まわしに受けていた。

 

『がはは、まあアイスフレームに残るならまたいつも通りこき使って楽させてもらうぞ!』

『よろしくお願いしますね、ルークさん』

 

 それは誘いというよりも、同じ部隊で活動するのが当然だと思っているような態度。ランスもシィルも、当然ルークは行動を共にすると思っていた。だが、ルークはある事を危惧していた。

 

『ルーク……頼む……私たちを助けてくれ……』

 

 フェリス、そしてダークランスの一件。何をうじうじと引きずっているのかと言われてしまうかもしれないが、どうしても彼女たちの姿がちらついてしまう。表立って態度には出しはしないし、普段通りの接し方を心掛けてはいる。だが、しこりは残る。本来ならばさっさと不和の種を刈り取ってしまえばいいが、それも出来ない。フェリスにいつか必ず自分で言い出すから、それまでは黙っていてくれと頼まれているからだ。この不協和音を残したまま同じ部隊で行動を取れば、いつか致命的なミスを生みかねない。ならば、別部隊。

 

「戦力を集中させるのもいいが、現時点では部隊数が少なすぎる」

「ホワイト隊以外でも、先日ブラック隊がサーベルナイトという殺人鬼に壊滅させられました。部隊数が足りないというのは仰る通りです」

「っ……」

 

 カオルの言葉を聞き、ウルザが悲しげな表情を浮かべる。死んでいったブラック隊の隊員を思い出しているのだろう。辛うじて生き残った隊員は別の部隊に吸収されたとの事。

 

「他の部隊の戦力を下げるのは申し訳ないが、何人かこちらに回して貰い少数精鋭の実戦部隊を組む。グリーン隊と同じ役回りをもう一つ作るようなものだな」

「部隊を率いた経験はあるのか?」

「解放戦時に傭兵部隊を率いていた。良い隊長だったかは部隊の者に聞いてみないと判らんがな」

「ふむ……」

 

 あの時の経験が生きる。ルーク自身、決して自分が人の上に立つ人物だとは思っていないが、今は新たな部隊を認めて貰うのが先決。使える駒は全て使う。

 

「ダニエル……」

「……そうだな、部隊が足りていないのは事実だ。小さな任務の取りこぼしは後々大きく響いてくる。部隊の新設を認めよう」

「それで、隊員は何名ほど?」

「今のところは一桁で考えている」

 

 ダニエルから新部隊を認められたため、話は更に細かいものになっていく。カオルがルークの考えを聞きながら、書類を手渡してくる。これはアイスフレームに所属している人間の名簿だ。こういう物は流出するとまずいので作らないレジスタンスもあるが、アイスフレームでは簡易的なものを作っていた。書かれているのはファーストネームだけの名前と性別、傭兵経験の有無や得意とするもののみ。

 

「誰か目星をつけている人間はいるのか?」

「出来ればサーナキアは欲しかったんだがな」

「そ、そうか!? だが残念だ、ボクは隊長だからな! 皆を放り出す訳にはいかない」

「(乗せるのが上手のようで……)」

「(これはシルバー隊から何人か抜かれますね……)」

 

 上機嫌になるサーナキアと、苦笑するカオル。元々の知り合いというのもあるが、これでサーナキアの部隊から人を引き抜きやすくなった。まあ、サーナキアが欲しかったという言葉に嘘はないのだが。

 

「本当にすまないがボクは諦めてくれ。それで、他には?」

「……是が非でも欲しい人間が二人いる」

「へぇ。それはどなたです?」

「セスナとネイ」

 

 ルークの口から飛び出した名前を聞き、アベルトが笑みを溢す。

 

「ふふ、見事に二人とも主戦力ですね」

「すまないとは思うが、二人とも一緒に戦った事があるからな。連携が取りやすい」

「ネイは今ボクの部隊に所属している。正直抜けられるのは痛いが、ルークの頼みなら仕方ない。いや、気にしないでくれ。ボクが所属出来ないせめてもの償いだ」

 

 これでネイは確保出来た。連携もそうだが、何より魔法使いであるシトモネに嫌悪感を持っていないのも大きい。だからこそ、この二人は是が非でも欲しかった。特に、セスナの方は。

 

「セスナさんはブルー隊所属ですが……困りましたね、実は今朝方ランスさんもセスナさんをくれと言ってきたんですよ」

「そうなのか……いや、むしろまだセスナがグリーン隊に所属していない方が驚きだ」

「セスナさんは任務で三日ほど外に出ていましたからね。今までランスさんと会っていなかったんですよ。それで、セスナさんがいると判ったランスさんが今日グリーン隊に配属になったランチさんと交換してくれ、と……」

「タイミングが悪かったか。だが、セスナには出来れば副隊長をやってもらいたいと思っている」

「セスナさんにですか?」

 

 ウルザを含め、全員が反応を示す。セスナを知っているならば、彼女の居眠り癖も当然知っているはず。それなのに副隊長を任せるというのか。

 

「上に立つ人間か、と言われると難しいがな。それでも元々アイスフレームに所属していた人間だ。俺やシトモネだけで纏めるよりもよっぽどいい」

「ですが……」

「それに、セスナはああ見えて視野は広いし、物事をちゃんと考えている」

「うーん……そうなのか……?」

 

 サーナキアは首を捻るが、ルークはセスナを高く評価している。戦闘力も、一人の人間としてもだ。だからこそ、是が非でも欲しい。

 

「ダニエル。グリーン隊に腕が立って美人の女性を一人回してくれないか。その代わりにセスナを貰いたい」

「……あの男の性格は承知しているという訳か」

「ランスは強いかどうかでなく、そこを一番重視するからな」

「全く……因みに、セスナで交換を申し出たのは三人目だ」

「やれやれ……」

 

 容姿がイマイチだから別の美女と交換というのを既に三度もやらかしているとは、流石ランスと言ったところ。

 

「他に希望はありますか?」

「そうだな……」

 

 名簿を見るが、こんなもので判るはずもない。何せ誰も彼も知らない人間なのだ。現時点でのメンバーはルーク、シトモネ、セスナ、ネイ。前衛三人に後衛一人。

 

「……いや、後は任せる。希望は近中距離要員1人、遠距離要員1人、救護兵1人」

「遠距離ですと、ナターシャさんはどうです?」

「ぼくは良いですよ。弓の名手である彼女をブルー隊に所属させておくのは少し勿体ないですからね」

「救護兵ですと……プリマさんはもうグリーン隊ですし……」

「インチェルさんはどうです? 戦闘も出来て、簡易治療も手早いですし」

「じゃあ中距離要員は彼女と仲の良い……」

 

 やはり餅は餅屋。ウルザたちの間で次々に話が進んでいく。そんな中、ルークは一つ言い忘れた事を思い出した。

 

「そうだ、出来れば男も一人欲しい」

「成程」

 

 女ばかりの部隊を率いるのは大変だ。潤滑油という訳ではないが、男の戦闘員は一人欲しい。すると、丁度書類に傭兵経験ありと書かれた男の名前が目に飛び込んできた。所属はグリーン隊だが、男ならランスも渡してくれるだろう。

 

「……これだ。この男を回してくれ」

「バーナードか……」

「寡黙ですけど真面目な人ですし、部隊を引き締めるという意味で良いかもしれませんね」

 

 これにて部隊に所属する人間は全て決まった。今晩中に伝達が回り、明日の朝に顔合わせを行う。

 

「すまないな。勝手を言って」

「いえ、むしろ感謝しているくらいです。入隊して頂けるだけじゃなく、部隊まで率いて貰えるなんて」

「出来る限りの事はさせてもらうさ」

「ルーク、そういえば部隊名は決まっているのか?」

 

 ふとサーナキアがそんな事を聞いてきた。アイスフレームの部隊には色で統一されている。

 

「まあな。元々あった隊名と被ってしまうが……」

 

 そして、ルークを表す色は一つ。

 

「ブラック隊」

 

 

 

翌朝

-アイスフレーム拠点 広場-

 

 昨晩、会議が終わった後は孤児院により、子供たちと久しぶりの再会を果たした。あの時助けた子供は数名ほど。どうやら多くは引き取り手が見つかったためここを去って行ったらしい。笑顔でキムチたちと共に夕食を取ったルークであったが、その彼女にある事を聞けずにいた。何度名簿を見直しても、あの男の名前がない。

 

「(フット……)」

 

 ペンタゴンに所属していた傭兵。ボーダーの知り合いでもあり、一目見て強者と判る男。あの時孤児たちをキムチたちに預けたのは、彼が間に入ったからというのも大きい。だが、彼はアイスフレームには所属していなかった。死んだのか、あるいはペンタゴンに残ったのか。どちらにせよ、キムチには少し聞きにくい内容であった。

 

「(セスナにでも聞いてみるか……ん、来たな)」

 

 広場の向こうから駆けてくる影を見つける。昨日は少し遅かったが、いつもは大体この時間にやってくる事をカオルから聞いていたのだ。

 

「ゆうびーん! おっと、貴方は昨日の……」

「ルークだ。すまないが、郵便を頼まれてくれるか?」

 

 やってきたのは、郵便配達員の等々力亮子。その彼女にルークは手紙を二通差し出す。

 

「はい! 確かに承りました!」

「配達事故には気を付けてくれ」

「も、勿論でさぁ!」

 

 どこかおかしな口調をしつつ、亮子はウルザの屋敷の方に向かっていった。彼女からも郵便を受け取るつもりなのだろう。顔合わせまではまだ少し時間がある。孤児院に寄ってから会合場所に向かうかと考えつつ、ルークは広場を後にするのだった。

 

 

 

-アイスフレーム近辺 森の中-

 

「うーん、まずい……あんまり郵便が届かないのが騒がれると担当を変えられかねない」

 

 森の中に怪しい影。亮子だ。先程アイスフレームで受け取った十数通の手紙をチェックしつつ、森の中で唸っていた。

 

「あ、でもこれ駄目。これも駄目」

 

 そう呟きながら、ビリビリと手紙を破いていく。それは、ウルザが手渡した手紙。

 

「これは……自由都市、それも女性宛て……中身は……ふむふむ、これは良いか」

 

 手紙の糊付けを丁寧に戻し、カバンの中に仕舞い直す亮子。足元には大量の紙屑。

 

「検閲完了! それじゃあ、配りに行きましょうかね!!」

 

 ウルザのあずかり知らぬところで、異変は既に始まっていた。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 ブラック屋敷-

 

 壊滅したブラック隊が使っていた屋敷は暫くの間殆ど人が寄り付かなくなっていた。使う理由がないからだ。だが、今この場所に数名のレジスタンスが集まっている。全員の視線が前に立って皆を眺めている男に集中する。この男が、自分たちの隊長。

 

「話は聞いていると思うが、今日から皆を率いる事になったルーク・グラントだ」

「ルーク……」

「解放戦の……」

 

 ひそひそと噂話が聞こえてくる。どうやら解放戦の英雄という事は既に広まっているのだろう。そうであれば話は早い。

 

「俺たちブラック隊は少数精鋭の実戦部隊になる。グリーン隊と同じ立ち位置だな。危険は多いが、安心してほしい。俺が必ずお前たちを守る」

 

 ここは多少強気の発言もしておかねばならない。自分は突如現れた外様で、魔法使いを連れており、されど実力だけは知れてしまっているのだから。早く皆に認められなければ、部隊として成り立たない。

 

「それじゃあ、一人ずつ自己紹介をしてもらえるか? セスナから頼む」

 

 書類には顔写真は載っていなかった。ルーク自身が顔と名前を一致させ、その者がどういう人間なのか知り得たいというのと同時に、これまで別部隊で交流の浅い者に対しての配慮でもある。ルークの左隣に立っていたセスナがコクリと頷き、一歩前に出る。

 

「セスナ・ベンピール……ブラック隊の……ぐぅ……」

「せめて今は寝るな」

「おおっ」

「あはは、セスナさんは相変わらずですね!」

 

 青い髪の少女が朗らかに笑い、部屋の空気が少しだけ和らぐ。

 

「……ブラック隊の副隊長をさせて貰います。よろしく……」

「ありがとう。次、シトモネ頼む」

「はい」

 

 瞬間、先程まで和らいでいた空気が少しだけ緊張を取り戻す。当然シトモネもそれは感じ取っただろうが、構わず自己紹介を始めた。

 

「シトモネ・チャッピー。アイスの町にあるキースギルド所属のキーハンターよ。見ての通り、魔法使い。だけど安心して。ゼスの人間じゃないから、差別意識みたいのものは全くないから。すぐに受け入れられる事ではないと思うけど、徐々に信頼を重ねていけたらいいと思っているわ。これからよろしく」

 

 最後に軽く頭を下げ、ルークの右隣へと後ずさる。反応は薄いが、昨日ランスの部隊にいた男ほど嫌悪感は示していない。

 

「(そこそこ当たりを引いたか……? いや、ウルザたちがそういう人間を回してくれたという事だろうな)」

 

 シトモネの事を考慮して魔法使いへの恨みが極力少なめの者を回してくれたのだろう。ありがたい配慮である。

 

「それじゃあ、次はそちらから順番に頼む」

 

 一番端にいた男にそう言い、時計回りに紹介を始めてくれと促す。静かに頷き、大柄な男はゆっくりと口を開いた。

 

「バーナードです」

 

 一言そう口にしたと思うと、スッと頭を下げて話を終えてしまう。

 

「えっ、あれ、私の番?」

「(なるほど、寡黙だが真面目というのはこういう事か)」

 

 バーナード・セラミテ。ルークを除けばブラック隊では唯一の男構成員。元傭兵という事もあり、アイスフレームに所属する者の中では割合腕の立つ者のようだ。因みにランスは簡単に手放してくれた。

 

「ごほん……えっと、ネイ・ウーロン。詳しい説明はいらないわよね?」

「当然ですよー! アイスフレームのエースの一人じゃないですかー!」

「いやー、まあー、そんな事もあるけどー」

 

 青髪の少女からやんややんやと言われ、照れながらも胸を張るネイ。だが、ルークにとってはかなり面白い光景である。意地悪そうに笑い、ボソリと言葉を発する。

 

「へぇ、随分と成長したもんだな。へっぽこ時代が懐かしい」

「ぐぇっ! 今それを言う!?」

「えぇっ!? ネイさんってへっぽこだったんですか!?」

「ああ、昔は酷いもんだったぞ。今度その辺りの話でもするか」

「やめてー! 頼れるネイさんでいさせてー! 今の状況作るの大変だったんだからー!」

「(いや、まあ……)」

「(薄々勘付いている人も多そうですけど……)」

 

 ルークの腕にしがみつくネイを見ながら心の中で呟く二人の女性。モーニングスターを持ったおかっぱ頭の少女と、弓を背中に背負っている紫髪の女性だ。

 

「じゃあ、次は私ですね! インチェル・エアー。元ブルー隊で遊撃担当、治療も少しだけ出来ます! ガッツは負けません!」

 

 グッと拳を握る少女、インチェル・エアー。事前に聞いていた話も今聞いた通りで、戦闘、諜報活動、救護、料理、雑用など全てがそれなり。10点満点で全部5点という感じの少女らしい。だが、こういう何でも屋は少数精鋭の部隊においてむしろありがたい。

 

「わたくしは珠樹ですー。インチェルちゃんとはお友達ですので、連携は取れると思います」

 

 おかっぱ頭のモーニングスター少女、珠樹。元々は貴族の生まれらしいが、家が没落しレジスタンスに流れてきたとの事。元シルバー隊であり、戦闘力はそれなりに高いがサーナキアが快くこちらに出してくれた。

 

「ナターシャです。弓を主に扱っています。これからよろしくお願いします」

 

 紫髪の女性がそう言って頭を下げる。彼女はナターシャ。ダニエルが太鼓判を押す弓の名手である。ここにいる女性陣では一番年上だろうか。因みに彼女は元々グリーン隊に配属されていたが、容姿を気に入らなかったランスによってチェンジさせられた経験がある。

 

「ありがとう。いずれ増えるかもしれないが、以上8人がブラック隊の仲間だ」

 

 ルークが喋り出したため、少しだけ背筋を伸ばす隊員たち。この8人で、これから死線を抜けていく。

 

「部隊の最優先事項は『生き残る事』だ。今のアイスフレームは一人の欠員も出したくない状況なのは判っていると思う。目先の手柄や任務達成を優先し、部隊を半壊させたのでは意味がない。何せ長い道のりなんだ、俺たちでゼスを変えるのはな」

「ゼスを……変える……」

 

 ゴクリと唾を呑むインチェル。ペンタゴン時代なんかは構成員の間で頻繁に飛び交っていた言葉ではあるが、解放戦の英雄という有名人から聞くと否応なしに緊張してしまう。それだけ大それた事を自分たちは目指しているのだ。

 

「死ぬな、生き残れ、俺を頼れ。俺はいくらでもそれに応える」

 

 この言葉を、特に最後の部分を真に理解出来たものはどれだけいただろうか。だが、いずれ判る。この男と行動を共にしていれば、どれだけこの男を頼る事になるのかが理解出来るはずだから。

 

「以上だ」

「がはははは! 貴様に演説の才能はないな!」

 

 すると、屋敷の入り口から聞き覚えのある笑い声が響いてきた。視線をやると、そこには腕組みをして堂々と立つランスの姿。その後ろには、昨日見たグリーン隊の面々が控えている。わざわざ全員集めて連れてきたのだろうか。

 

「何か用か?」

「ふん、別にお前に用などない。用があるのはお前の部隊の可愛娘ちゃんたちだ。よこせ」

「やらん」

「ちっ……というか、何で別の部隊なんか作っているんだ? その娘たちと一緒に俺様の部隊に入れば万事解決ではないか!」

「色々と考えがあってな。部隊数を増やすのが優先と判断した。なに、大きな任務であればいずれ行動を共にするさ」

 

 納得のいっていない顔のランスを諭すようにルークは会話を進める。このようにごねてくるのは想定していたからだ。すると、そのランスの背後からカオルがスッと顔を覗かせた。

 

「その大きな任務が発生しましたよ」

「なに?」

 

 それは意外な言葉であった。グリーン隊とブラック隊が早々に共闘しなければならない大任務。しかし、こちらからしてみればあまり嬉しくはない。

 

「連携の問題もあるから、小さな任務を二、三受けてからが良かったんだが……」

「お気持ちは判りますが、事態は急を要するものでして……」

「どういう任務だ」

「殺人鬼、サーベルナイトの討伐です」

 

 その名前には聞き覚えがある。確かブラック隊を壊滅させたという殺人鬼だ。

 

「一般市民の死傷者も既に20名を越しています。戦力を投入し、早急にサーベルナイトを退治しなければなりません」

「……判った、詳しい話を聞こう」

 

 ランスとは別部隊を作ったルークであったが、図らずもその初任務は共闘となる。

 

「みなさん、ルーク隊長に軽く自己紹介を」

「はいだす、ロッキーだす」

 

 昨日シィルとシトモネに明らかな嫌悪感を示していた男が真っ先に挨拶をしてくる。

 

「おらは奴隷観察場でランス様に助けて貰って、それでランス様の部隊に志願したんだす。これからよろしくお願いしますだす」

「ああ、よろしく」

 

 そこには昨日見た姿は無い。いや、違う。シィルとシトモネ以外にはこの男は礼儀正しいのだ。こちらが恐縮してしまうくらいに。だが、こんな男でも魔法使いは憎く思っている。これこそが、ゼスの悪しき慣習の結果だ。

 

「わたくしはタマネギと申します。お見知りおきを……」

 

 黒の長髪に眼鏡をかけた怪しげな男。名前はタマネギというらしい。見たところ戦闘要員には見えないが、一体どういう男なのか。

 

「ふふ……気になりますか? わたくしは女の子モンスターの調教師をやらせていただいています」

「調教師? 魔物使いに卸すという事か?」

「いえ、『別件』です」

「なるほど、そういう事か」

 

 女の子モンスターの調教には二種類ある。戦闘用と、愛玩用。タマネギは主に後者専門の調教師という事だろう。

 

「気分を害されたのならば失礼しました」

「いや、そういう職業がある事は理解しているから気にしなくて良い」

 

 頭を下げるタマネギを制すルーク。ざっちゃんと暮らしている手前、自分が利用するような事は絶対にないだろうが、その職業を頭ごなしに否定する気もない。別にエンジェル組所属という訳でもないのだから。

 

「やっほー、モロミちゃんだよ!」

「あ、メガデスもグリーン隊なんだ」

「あぁん?」

 

 きゃるるーんとした感じの少女が現れたと思うと、インチェルの言葉にすぐさまメンチを飛ばす。

 

「ひぃっ!」

「モロミちゃんって呼ばないとダメだっていつも言ってんだろ、こら」

「はい、すいません、ごめんなさい」

「(なるほど、こういう性格なのね。でも、確かに女の子でメガデスって名前は……)」

 

 ポリポリと頬を掻くシトモネ。メガデス・モロミ。弓の名手と言われているナターシャをも上回るアイスフレーム屈指の弓兵である。が、性格に難あり。

 

「(メガデス……メガラス……似てるな)」

 

 一方、ルークはかなりどうでもいい事を考えていた。

 

「ん……?」

 

 そんな中、こちらに敵意の視線を向けている女性がいる事に気が付く。彼女とは昨日も会っているが、このような態度はとっていなかったはず。一体どうしたというのか。すると、メガデスがその女性に声を掛ける。

 

「おらー、プリマの番」

「…………」

「……おいこら」

「はぁうっ!」

 

 直後、バシンという音が部屋に響いた。メガデスがその女性の背中を強めに叩いたのだ。呆気に取られているのはルークとシトモネとシィルのみ。この光景は日常茶飯事という事なのだろうか。

 

「新入り隊長に態度悪いのはともかく、このモロミちゃんにシカトこくな、こら」

「あ、あんたが悪いんじゃないか……そうやっていつも脅して……」

「うるせぇ、でかい口叩くな」

「す、すみません!」

「円滑な人間関係はまず挨拶からだ。おら、インチェルも一緒に!」

「えっ、何で!?」

「口答えすんな、こら!」

「はいっ、すみません!」

 

 ビシッと姿勢を正し、ルークの目を真っ直ぐと見る二人。

 

「名前言ってこんにちは!」

「プ、プリマです、こんにちは!」

「インチェルです、こんにちは!」

「いや、インチェルはいいんだが……」

 

 心なしか涙目のプリマ。先程まで睨みを利かせていた人物と同じとは思えない。すると、そっとカオルが耳打ちをしてきた。

 

「プリマさんはブラック隊の生き残りでして……ブラック隊を名乗っている事に気分を害しているのかと……」

「なるほど、把握した」

「くふふ、よーし! そうやって素直にしているのが一番。二人とも、モロミちゃんにいじめられるためにわざと悪い事をしてるようにしか見えないんだぞ」

「うぅ……」

「ねえ、珠樹。私、何か悪い事した?」

「うふふー、インチェルちゃんは良い子ですわよー」

 

 僅か数十秒で人間関係が完全に判ってしまった。捕食する側、メガデス。捕食される側、プリマとインチェル。天然、珠樹。なんというカオスな面子か。

 

「まあ、あっちの連中は放っておいていいぜ。いつもの事だ」

 

 ポン、と肩を叩かれる。瞬間、ルークは目を見開いた。目の前には立っていた少女が隻眼であったからだ。

 

「あたいはルシヤナ・ギャロップ。元はシルバー隊だったんだけど、今日からグリーン隊に回されたんだ。へへ、よろしく頼むよ」

 

 大きな眼帯で片目を隠し、手には先端に糸と刃物のついた棒。これをぶん回して敵を倒す戦闘要員なのだろう。恐らく、彼女がセスナの代わりに配属された構成員。

 

「おい、ランス」

「なんだ?」

「ルシヤナをうちの部隊にくれ」

「やるか、馬鹿者!」

 

 先程のやり取りをブーメランの如く返されてしまうルーク。隻眼にあっけらかんとしたこの態度、否応なしに妹を思い出してしまう。だからこそ部隊に置いて見守ってやりたかったのだが、流石にそんな我儘が通るはずもない。

 

「ははっ、面白いな兄ちゃん」

「……ああ、これからよろしく頼む。あれだ、困った事があったら何でも言ってくれ」

「ん?」

「(ルークさんがいつも以上に優しい?)」

 

 シィルが首を捻るが、その理由が判る者はこの場にはいない。

 

「最後か。私の名前は岳画殺。殺すと書いてさつと読む」

 

 ランス、シィル、カオルの三人は自己紹介が必要ないため、彼女が最後であった。見覚えのない女学生服を身に纏った小柄な少女。眉毛の形とどこか感じる威圧感が特徴的といったところか。

 

「岳画……JAPAN出身か。よろしく頼む」

「正確には少し違うのだがな」

 

 軽く握手をし、これで全員の紹介が終わる。グリーン隊もブラック隊も、一癖ある面子ばかりだ。

 

「(この状況で連携は望めんか……サーベルナイトとかいう殺人鬼にはゴリ押しになりそうだな)」

 

 顎に手を当て、任務の事を考えるルーク。とはいえ、相当の強敵でもなければ苦戦する事は無いだろう。慢心する訳ではないが、並大抵の敵に負ける気はない。

 

「がはは、まあ俺様一人でも殺人鬼なぞ楽勝だ!」

 

 自信満々にそう語るランス。これで当面の方針は決まった。殺人鬼サーベルナイトを、今この場にいる者たちで討伐する。そして、もう一つ。

 

「ネイ……それと、みんなも聞いてくれ。ブラック隊は通常の任務とは別に、ある任務を同時並行で行うつもりだ」

「へ?」

「同時にですかー?」

「それはどういう……」

 

 ルークがアイスフレームに残ると決めた際、浮かんだ人物。ランス、シィル、セスナ、ネイ、アルフラ、あおい。それと、もう一人。これこそが、ルークがアイスフレームに残った大きな要因の一つ。

 

「シャイラ・レスを見つけ出す」

「なっ……!?」

 

 誰かの絶句する声が聞こえてきたが、無理もない。シャイラ・レスが既に死んでいるという事はアイスフレーム内で暗黙の了解となっていたからだ。唯一ランスだけは耳を穿りながら聞いている。

 

「シャイラは生きている。ネイ、お前らの最大の強さはその生き汚さだろう?」

「ルーク……」

「解放戦も、闘神都市の戦いもなんやかんや生き残ったお前らだ。簡単に死ぬはずがない」

「っ……くうっ……」

 

 生きていると言ってくれた事で堪えていたものが崩壊し、ネイが人目を憚らず涙を流す。シャイラ・レス。腐れ縁とはいえ、共闘した事もある大切な仲間だ。放ってはおけない。

 

「(生きている望みは十分にある……)」

 

 とはいえ、ルークも言葉通り絶対に生きているなどとは思っていない。だが、必然鼓舞はされる。部隊の結束という意味で利用させて貰った形にはなるが、彼女を見つけ出したいという気持ちは嘘ではない。ならば、利用させてもらう。それが最善の手なのだから。

 

「しかし、どのように捜索するつもりですか?」

「餅は餅屋だ。昨日の会議に参加してハッキリとそう感じた」

「では、諜報活動を得意とするブルー隊ですか? ですが、ブルー隊も何度か調査しましたが、手掛かりはまるで……」

 

 ナターシャが不安げに言ってくるが、ルークはしっかりとその問いに答える。

 

「確かにブルー隊は優秀な部隊だ。だが、行方不明のレジスタンスを捜すのはどうしても行動が制限される。そうだろう?」

「だねー。下手に首つっこめばその首がポーンって飛ぶし」

 

 シィルをたった二日で見つけ当てた手腕は見事。だが、それはシィルが魔法使いであり、ゼスとは無関係な人間であったから出来た事だ。もしシャイラが魔法使いに捕まっているのであれば、その調査は容易ではない。あちらも相当に警戒しているだろうし、もし尻尾を掴まれればアイスフレーム全体に危機が及ぶ。だからこそ、アベルト率いるブルー隊は消極的に動かざるを得なかった。メガデスの言うように、ばれれば死に直行するのだから。

 

「それでは……?」

「ゼスとは無関係で、情報収集のエキスパート。そんな人間に心当たりがあってな」

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「ぶへー……」

「だらけてるわねー」

 

 机の上に突っ伏すトマトを見て呆れた声を出すエレナ。そのトマトの正面では真知子がエスプレッソを飲みながら寛いでいる。

 

「ルークさんに会いたいですかねー……また心躍る冒険がしたいですかねー……」

「贅沢な悩みだな」

「私もランスとまた冒険したいなー」

 

 カウンター席からミリとミルが笑いながら声を掛けてくる。相変わらず店持ちとは思えないほど酒場に入り浸っている面々であった。すると、酒場にランがやってくる。

 

「ん? ラン、どうした?」

「ちょっと遅めの昼食をね。それと、真知子さん。貴女宛てに手紙が届いていたわ」

「あら、どうも」

 

 カスタムの町では手紙は一度役所に届けられるため、ついでにとランが持ってきたのだろう。それを受け取った真知子は差出人の名前を見て嬉しそうに微笑むが、封を裏返してすぐに眉をひそめる。

 

「(これは……)」

「どうかしましたですかねー?」

「いえ、何でもないわ」

 

 静かに微笑み、封を開ける真知子。そのまま中身に目を通すと、トマトの方を見て口を開いた。

 

「トマトさん、安心して」

「へ? 何がですかねー?」

「もうすぐ、心躍る冒険が出来そうよ」

 

 




[人物]
セスナ・ベンビール (6)
LV 23/28
技能 槌戦闘LV1
 ブラック隊副隊長。ブルー隊のエースであったが、ルークからの強い要請があり、またセスナ本人もそれを希望していたため、ブラック隊に移籍。ルークが高く評価している強者の一人。

ネイ・ウーロン (6)
LV 20/37
技能 シーフLV1
 ブラック隊隊員。シルバー隊のエースであったが、サーナキアが快く譲ってくれた。相棒であるシャイラは現在生死不明。彼女だけはその生存を疑っていない。

バーナード・セラミテ
LV 11/25
技能 冒険LV0
 ブラック隊隊員。元は傭兵であり、ウルザに惚れこみペンタゴンに所属、そのままアイスフレームにもやってきた。腕はそこそこに立つ。寡黙な仕事人タイプながら、その胸の内には熱い思いが宿っている、とかなんとか。真相は不明。

インチェル・エアー (6)
LV 10/14
技能 剣戦闘LV1
 ブラック隊隊員。動ける救護兵という事で声が掛かった。特徴がないのが特徴だが、ガッツはある頑張り屋。シリーズ屈指のドマイナーキャラの一人。詳しい説明は151話の用語欄にて。

珠樹 (6)
LV 9/17
技能 槌戦闘LV0 格闘LV0
 ブラック隊隊員。インチェルの友人であり、元は貴族出身のお嬢様。インチェル以上にドマイナーキャラの一人。詳しい説明は151話の用語欄にて。

ナターシャ
LV 7/7
技能 弓戦闘LV1
 ブラック隊隊員。決して不細工ではないのだが、ランスには一山いくらに興味はないと言われてプリマとチェンジさせられた。ダニエルが弓の名手と認める実力者なのだが、才能限界に恵まれず成長は頭打ちとなってしまっている。

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