ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第169話 そして真実に至る

 

-イタリア ゼス共同銀行 貴賓室-

 

『ルーク、私はお前を気に入ったぞ。お父様を除いた異性では一番だ』

 

 そう言って無邪気な笑みを浮かべる少女の顔が思い出される。目の前にある冊子には、その笑みの主と同じ少女が映し出されている。違うのは、名前。彼女は『アスマ』と名乗った。だが、冊子にはその名は記されていない。

 

「ん? 名前が……」

「ああ……すいません、あの時は立場を隠す為に偽名を名乗っていたんです。あの方は本当は……」

 

 少し遅れてロゼも気が付いたようで、思わず声に出す。それに気が付いたキューティが、すぐさま説明を入れた。

 

「こちらに書いてある通り、四天王のナギ様なんです。アスマという名前は、お父上が考えたとの事で」

「ふーん……っ!?」

 

 そう、ナギだ。この冊子には『アスマ』ではなく、『ナギ・ス・ラガール』という名がしっかりと記されていたのだ。キューティの説明に一度は納得がいったように頷いたロゼであったが、再び冊子に視線を落としてその字面を追い、ようやく気が付く。あってはいけないその『ラガール』という名に。

 

「四天王なのに、随分とお若いんですね。お顔を拝見するのは初めてです」

「公務にあまり出ない方ですからね」

 

 シトモネとコルミックが当たり障りのない会話をする中、ロゼは真剣な表情でルークに視線を移す。その目に飛び込んできたのは、先程までの表情とはまるで違うルークの姿。真剣で、それでいて困惑しているような表情だ。その顎先から、ポツリと一滴の汗が落ちる。

 

「(ナギ……ス……ラガール……)」

 

 一体何度目になるか判らないが、その名を頭の中で繰り返す。彼女が四天王であるという事は温泉旅行の際にサイアスから聞いていた。だが、近年四天王は入れ替わりが発生したばかりであり、その顔はおろか、名前すらも他国にはそこまで浸透していない。精々露出の多い千鶴子が有名な程度か。実際ルークも、先日会ったパパイアの顔はあの場で初めて見たのだ。

 

『ラガール……二年前に四天王に就任した奴と名前が一緒だな。若い女だ。名前は、ナギ・ス・ラガール』

 

 だが、その可能性を考慮できるだけの材料は十分にあった。一年以上前になるが、砂漠のガーディアン事件の際、サイアスから四天王にラガール姓の女性がいる事を聞いていた。そして、アスマが四天王であるという事実。

 

「(千鶴子……パパイア……)」

 

 残る三人は、面識のある山田千鶴子、名前だけは聞いた事のあったパパイア、そしてガンジー王の娘であるマジック。パパイアの可能性は先日消えた。直接会ったからだ。残る可能性は二つ。アスマがマジックであるか、ナギであるかだ。

 

「(マジック……そして、ナギ……)」

 

 マジックである可能性はまだあった。彼女も学業が忙しく、あまり公務には出てこないためルークは顔を知らなかった。また、闘神都市でのサイアスたちの態度、父が優秀な魔法使いであるという情報とも一致する。だが、果たして愛娘であるマジックを闘神都市に送るだろうか。ガンジー王ならばやりかねないが、そこは千鶴子やサイアスといった面々が止めに入るだろう。となれば、残る可能性は一つ。

 

「(何故……気が付けなかった……)」

 

 そう、先日パパイアに会った時点で、ルークはその可能性に気が付かねばいけなかった。だが、気が付けなかった。それは何故か。ナギの情報を欲しいと頼んだのに、サイアスが言ってこなかったから無意識に考えから外していたのか。あるいは、チェネザリが掛けたナギの正体をばらせなくなる魔法がそういった認識疎外の効果も生んでいたのか。どちらも有り得るが、最も大きな要因は違う。

 

「(違うな……俺は無意識に……その可能性を考えるのを止めていた……)」

 

 アスマが『ナギ』であるはずがない。志津香の、そして自分の復讐相手と繋がりを持っている可能性のある人物であるはずがない。そう無意識に思い込んでしまっていたのだ。己の甘さに唇を噛み締めるルーク。これは完全に私情による失態だ。プロの冒険者としてあるまじき失態。

 

「(そうか……アスマが……ナギ・ス・ラガールだったか……だが、彼女があのラガールと関係があると決まった訳ではない)」

 

 そう、あくまで判ったのは彼女の真の名がナギ・ス・ラガールであるという事。魔想夫妻の仇であるチェネザリ・ド・ラガールと関係がある人物と決まった訳ではないのだ。だが、何か引っかかるものがある。大事な事を見落としているような感覚。それは何だ。

 

「ルーク、どうかしたの?」

 

 コルミックの声で我に返るルーク。いつの間にか机の上にはお茶が置かれている。職員が持ってきた物だろう。そんな事にも気が付かない程、ルークは冷静さを失っていたのだ。心配そうに見つめるコルミック、キューティ、シトモネの三人。対してロゼは、その理由に察しがついているからか、三人とは違い真剣な面持ちだ。

 

「いや、すまない、何でもない」

「汗が……あの、これを使ってください」

「調子でも悪いの?」

「キューティ、ありがとう。いや、そういう訳じゃないんだ。心配かけて本当にすまない」

 

 キューティからハンカチを渡され、それで汗を拭いながらコルミックに頭を下げる。コルミックはまだ納得のいっていない表情をしているが、一度咳払いをしてから真剣な表情を作った。

 

「それじゃあ、そろそろ本題に入ってよかったかしら?」

「ああ、頼む」

 

 ナギの映っていた冊子を閉じ、コルミックに向かい合うルーク。シトモネとロゼも同様に姿勢を正し、キューティもコルミックの横に静かに移動する。

 

「昨日受け取った手紙だけど、私に用事があるのよね?」

「ああ、そうだ」

「一体どういった用件? 私個人ではなく、ゼス共同銀行頭取への用事って事で良いのよね?」

「一応はそうなるな。まあ、回りくどい事はせずに単刀直入に言うと、ゼス共同銀行の内情を聞きにきたんだ。問題点とかな」

 

 あまりにもストレートな物言いにシトモネとキューティは度肝を抜かれるが、元々その質問は想定の範囲内であったコルミックは微笑みながらも平然と対応する。

 

「本当に単刀直入ね」

「だが、予想していただろう?」

「まあね。でも、どうしてそんな事が気になるの?」

「冒険者としての正確な情報把握が一つ。もう一つは……」

 

 コルミックの目を見ながら静かにルークが微笑むと、彼女も微笑み返す。

 

「私の心配? ありがとう」

「長い付き合いだからな。心配にもなるさ」

「そうね……こちらも少し相談したい事があるから、結構包み隠さず話してしまうわよ。シトモネさんとロゼさんも、今から話す事は外に漏らさないでね」

「勿論です」

「神に誓って」

 

 ロゼがわざとらしく神に祈るポーズをする。普通であればAL教である彼女の行動におかしな点は無いのだが、本当の彼女を知っている人間からすればおかしさ満点の行動だろう。現にキューティとシトモネが吹き出しそうになっており、コルミックはそんな二人を不思議そうに見ている。

 

「それじゃあ、始めるわね。今のゼス共同銀行だけど……」

 

 

 

-ゼス共同銀行 地下-

 

『ようこそ、薄汚い二級市民たち。ここは、君たちのような地面を這いつくばって生活をしているような者にとってのチャンスの場だ。精々、足掻いてくれたまえ』

 

 共同銀行の地下に下卑た男の声が響き渡る。その音声を流しているスピーカーを憎々しげに見上げるランスたち。

 

「なんなんだ、この声は」

「やはりこういう事でしたか……」

「こういう事? ああ、ウルザちゃんの言っていた……」

 

 地下からの侵入口は罠である可能性が高いとウルザが言っていたのを思い出すランス。その問いかけに、カオルはコクリと頷く。だが、その話を聞いていないロッキーは首を傾げる。

 

「どういう事だすか?」

「生活の苦しい者たちにとって夢のような噂を流し、わざと銀行内部に侵入させる。そして、ここで足掻く様を安全な場所から見るのが、今の声の主の趣味という訳ですよ」

「悪趣味だね」

 

 プリマがそう吐き捨て、メガデスが奥の通路に視線を向ける。

 

「だとすると、この先には獰猛なモンスターや侵入者用の罠が配置されているって考えた方がいいかな☆」

「まず間違いないだろうな」

「ひぇぇだす……」

 

 メガデスの言葉に殺が冷静に頷き、対してロッキーは震え上がる。見た目とは正反対な反応だが、ここは殺の度胸を褒めるべきであろう。なお、この二人は一つしか年齢が離れていない。

 

【グリーン隊参加メンバー】

 ランス、シィル、カオル、リズナ、ロッキー、プリマ、メガデス、タマネギ、殺、ルシヤナ

 

「この調子ですと、今までここから生還出来た者は0と考えた方がよろしいでしょうか?」

「恐らくは……」

「ふん!」

 

 タマネギとカオルの会話をランスが鼻を鳴らしながら遮る。実に不満そうな顔だ。

 

「ならばこの俺様が第一号だ。金を奪うついでに、調子に乗っている声の主もぶちのめしてやろう」

「おおー、頼もしー!」

 

 ランスがグッと剣を掲げると、ルシヤナもそれに呼応するように武器を手に取り声を上げる。グリーン隊の中で性格的に一番ランスに近いのは、恐らくルシヤナだろう。

 

「行くぞ! ロッキー、先頭はお前に譲ってやる。光栄に思え、がはは!」

「罠がある可能性高いからだろ、隊長☆」

「ロッキーさん、気を付けてくださいね」

「は、はいだす!」

 

 

 

-ゼス共同銀行 地下 閲覧室-

 

『ロッキーさん、気を付けてくださいね』

『は、はいだす!』

 

 壁一面はあろうかという程に巨大な魔法ビジョンに映し出されているのは、通路を進むランスたちの姿。この部屋の主はそれを愉快そうに眺めながら、ワイングラスをクイと傾ける。

 

「くくく……さて、今回の連中はどれだけ持つかな。あまり早く死に過ぎてもつまらん。なあ、そう思うだろう?」

 

 声の主は、ズルキ・クラウン。ゼスの金融長官であり、この地下施設を作った張本人だ。その彼の足もとには、全裸で横たわる女性がいた。両手両足を縛られたその女性は非常に美しい容姿をしているが、その肌には生々しい傷跡が多くついている。ズルキの問いかけに、その女性は視線だけをズルキに向けるが、何も答えない。

 

「…………」

「……私の質問にはすぐに答えろと何度言えば判るのだ?」

 

 そう言って机の上に置いてあった鋏を手に取り、横たわっている女性を抱き起こしたかと思うと、その乳首を躊躇なく切り落とした。高そうな絨毯に鮮血が飛ぶ。

 

「…………! …………!!」

 

 声も無く悶絶する女性を見て何かを思い出したのか、パッとその手を放すズルキ。支えを失った女性はそのまま床に勢いよく倒れ込み、ずりずりと這いずり回る。

 

「そうだった。悲鳴を一々上げられると五月蠅いから、魔法を掛けたままだった。ははは!」

 

 そう、女性はズルキの質問に答えなかった訳ではない。答えられなかったのだ。その魔法を施したのは、当のズルキ本人。だが、ズルキは悪びれる様子も無く再度ソファーに座り直し、未だ這いずり回る女性を見下ろしながら言葉を続けた。

 

「床に飛び散った汚い血は自分で全て舐めとりなさい。1分以内だ。出来なければどうなるか判っているな?」

「…………!?」

 

 目を見開いてズルキを見上げる女性だったが、この男が慈悲などくれるはずがない事は重々承知している。痛みをこらえ、慌てて床を這いずりその血を舐めとる。だが、舐めとった先からまた新たに血が流れおちていく。こんなもの、綺麗に出来るはずがない。それを判って、この男は命令しているのだ。すると、この部屋の扉がノックされる。

 

「入れ」

「失礼します。長官、ご報告が……と、既にご存知でしたか」

「侵入者の事か? 当然だ。何の為にこの部屋を作ったと思っている」

 

 入ってきたのは、ズルキの息の掛かった銀行職員。彼は主にこの地下を職場としており、侵入者撃退の任務に当たっているのだ。ゼス共同銀行にはこういった『普通の銀行職務』を行わない職員が多くおり、そういった者に支払う給料も経営を悪化させている一因であった。

 

「頭取へのご報告は……?」

「いらん。あの女はこの崇高な趣味を理解出来ていないからな。また廃止しろと小言を言われるだけだ」

「了解しました」

「ふん、所詮は自由都市出身の非魔法使い。その内、私のコレクションに加えてやるさ。その時は、お前も加えてやる」

「それは楽しみです」

 

 血を必死に舐めとっている女性を一瞥しながら、いずれはコルミックもこうなる運命だと示唆するズルキ。それに厭らしい笑みで返す職員。ズルキの息が掛かっているだけあり、この男も同類である。

 

「報告は以上か? ならお前も侵入者撃退に迎え。私の趣味に合う殺し方をすれば、一人につきそれ相応のボーナスをやろう。部下にも伝えておけ」

「はっ!」

 

 一礼し、部屋を出ていく職員。その背中を見送った後、ズルキはわざとらしく腕時計を見たかと思うと、これまたわざとらしく驚いたような声を上げた。

 

「おおっと! もう1分過ぎているではないか。それで、床の方は……」

「…………!」

 

 当然、綺麗になっているはずもない。今なお彼女の胸からは血が流れ続けているのだから。怯えた表情の女性を見下ろしながら、ズルキはその手に鋏を持ち、ゆっくりと女性に近づいていった。

 

「ああ……実に残念だ……」

 

 ジャキン、という鋏の音が彼女の耳に何度も何度も響いた。

 

 

 

-ゼス共同銀行 貴賓室-

 

「成程な」

 

 そう呟いてルークが一度首を鳴らす。コルミックは、予想以上に共同銀行の内情を包み隠さず話してくれた。経営自体はコルミックの手腕もあり徐々に回復。自動金貸し装置サラキンも、先日のランスたちの破壊工作を良い機会とし、全面撤廃の方向性で進んでいるらしい。だが、そんな事が些細に感じられる程、この銀行は腐りきっていた。

 

「あの機械自体は相当なもんよ。全面撤廃じゃなくて、金利や罰の方を見直して……」

「そうね。そちらもいずれはと考えているわ。ただ、今のゼスの政策ですと……」

「二級市民の人に甘くしすぎると、反発多そうですものね。でも、改善されればゼス国内だけじゃなく、他の国にもサラキン装置の輸出が……」

「そう簡単にはいかないと思います。犯罪増加に繋がる可能性は否定できませんし、何より国同士での金銭……」

 

 長い話に疲れたのか、はたまた興味があったのかは判らないが、ロゼは少し脱線してサラキンの事について語り、他の三人もそれに対応している。それを横目で見ながら、ルークは机の上に置かれた資料、この銀行の見取り図に目をやる。地下にある不可解な部屋の数々。これは、金融長官ズルキの建設したもの。

 

「(ラドン長官の作った奴隷観察場といい、貴族の間ではこういった施設を持つ事自体がステータスなんだろうな)」

 

 理解出来ない趣味ではあるが、個人でこっそりと持つならばまだ可愛いものだ。だが、この国は違う。国の上位に位置する長官たちが、銀行の地下に堂々とこのような施設を作ってしまうのだ。

 

「(まあ、昔はリアも似たような事をしていたがな……)」

 

 リーザスの妃円屋敷も同じような施設だなと少し昔を懐かしむルーク。思えば、ランスとも長い付き合いになったものだ。そんな事を考えていると、ロゼがサラキンの話題を中断する。

 

「ああ、ごめん。話の腰を折っちゃったわね。それにしても、随分と話してくれたわね。かなりヤバい話もあったと思うけど」

「ルークから信用できる人だって聞いていましたから。それに、キューティも」

「なんだ? キューティはそっち方面でも有名になったのか?」

「千鶴子様やサイアス様との関係が広く知れ渡ってしまいましたから……そのせいで、魔法使い至上主義側からは悪い意味で目をつけられています」

「まあ、お陰で私は助かったんだけどね。今日の警護がキューティじゃなかったら、こんな話出来なかったわ」

 

 肩を竦めるコルミック。やはり自由都市出身の彼女や、ガンジー派である事が公になってしまったキューティは、今のゼスではあまり居心地は良くないようだ。

 

「こんなところで大丈夫かしら?」

「ああ、十分すぎる程だ。それで、そちらの依頼というのがこれだな」

「ええ。なんとかしてこの地下施設を封鎖できないかしら」

 

 皆の視線が見取り図に集まる。ルークに情報を提供する代わり、コルミックはこの地下施設を何とかできないかルークに意見を求めてきたのだ。いや、それも少し違うか。彼女は、ルークにある行動を促しているのだ。

 

「冒険者として危険性を説くのが良いんでしょうか?」

「うんにゃ。それで話を聞く連中じゃないわよ。コルミックが言いたいのは……」

「俺にこの地下施設を攻略出来ないか、という事だな?」

 

 ルークの問いかけに真剣な表情で返すコルミック。

 

「出来るかしら? 勿論、侵入しろと言っている訳じゃないわ。長官立会いの下、演習名義で攻略して貰うの。罠やモンスターは出るけど、死ぬ危険のある物は撤去ないし危険性を下げて行うわ。報酬もちゃんと払う」

「秘密の施設だから、普通の冒険者には頼めない。だが、俺は既にラドンの奴隷観察場も知っているし、ズルキとも面識がある。打ってつけの人材だったという訳か」

「ラドン長官の奴隷観察場を知っているのは予想外だったけどね」

 

 そう、これがコルミックの狙い。表向きは『解放戦の英雄』ですら攻略できない程の警備を実証するとうそぶき、逆にルークに攻略して貰う。そしてそれを盾に、地下施設の封鎖という方向性に持っていくつもりなのだ。ルークならばこの施設を攻略出来るのではないか、そう思っての相談であった。

 

「でも、ルークが攻略したところで封鎖になるかしら? それこそ、もっと資材を投入して施設を強固なものにするんじゃない?」

「ズルキ長官なら可能性はありますね……その、負けず嫌いな人ですし……」

「下手すれば悪化する可能性があるのは判っているわ。でも、それを止めるのが私の仕事よ。千鶴子様を味方に引き込んで、話を廃止の方向に持っていって見せる」

 

 ロゼの危惧する内容はコルミックも重々承知のようだ。彼女はズルキの言い分を抑え込むつもりのようだが、それは少し危険ではないだろうか。後ろ盾のない彼女は、それこそズルキの指先一つで更迭されてしまう。いや、その危険性も承知した上でこの案を口にしたのだろう。

 

「これが、私の考える最も現実的な地下施設の封鎖案。ルーク、出来そう?」

「見取り図も見せてもらったし、罠の位置もある程度把握した。危険なのはこの毒ガス部屋くらいか……ああ、演習での攻略は十分可能だな。パートナーにシトモネは欲しいが」

「任せてください!」

 

 ルークの答えを聞いて、ホッと安堵するコルミック。だが、これはスタートライン。本番は、攻略後のズルキとの舌戦だ。しかし、ルークがこれより口にするのは、コルミックの予想していなかったもの。

 

「……演習ではなく、本当に攻略してしまうというのはどうだ?」

「えっ?」

 

 思わず脊髄反射で問い直してしまうコルミック。それを受け、ルークは顎に手を当てたまま言葉を続けた。

 

「実際に俺が……勿論、顔は隠すが、地下通路から侵入していくらか金を盗む。そして、その責任を全てズルキに取らせるというのはどうだ?」

「成程ね。それなら、地下施設の封鎖と邪魔なズルキの排除の両方が叶う」

「それは流石に危険よ! そんな事を頼む訳には……」

 

 相槌を打つロゼに対し、コルミックは慌てた様子でそれを止める。命の危険まではいかない演習のつもりでいたのだから、当然の反応だろう。

 

「問題ない。見取り図と罠の配置の情報があるんだ。万が一にも死なないさ」

「そうですね……このレベルの罠なら、毒ガス部屋以外は私が全て解除出来ます。毒ガス部屋も解除パスワードは判っていますし、私から見ても十分可能な案件だと思います」

「プロ二人がこう言っているんだから、大丈夫じゃない? 後は、治安隊が見逃してくれればだけど」

 

 ロゼが視線を向けると、キューティは真剣な表情のまま口を開いた。

 

「……治安隊としては、勿論阻止すべき案件です。ですが、賊の侵入を誘発させているこの施設を取り潰せるのであれば、最終的にはゼス国の治安をより守る事に繋がるとも考えられますね」

「結論は?」

「ルークさんが侵入を企てているなんて、私は全く耳にしていません」

 

 ひゅー、というロゼの口笛が部屋の中に響く。

 

「お堅いイメージだったけど、融通効くわね、あんた」

「ルークさんとサイアス様の影響でしょうね。これでも、昔はガチガチの魔法使い至上主義でしたよ」

「そうだったな、懐かしい」

 

 砂漠のガーディアン事件も、もう随分と前の出来事だ。あの頃はキューティとここまで親密になるとは考えてもいなかった。

 

「……本当に大丈夫なのね?」

「ああ、気にするな。それよりも、銀行の経営の方だ。金庫の金を奪ってしまっても大丈夫なのか? 全てを持っていくつもりはないが、後から君に返却して尻尾を掴まれるのも危険だし、返せない可能性が高いぞ」

「そうね……いえ、大丈夫よ。国からの補助は間違いなく出るし、この銀行はそこまで大きな銀行じゃないから、金庫の中身も国家単位で見ればたかが知れているわ。それに、ズルキ長官に責任を押し付けられれば、彼の個人資産を徴収して補填に当てる事も出来る。多分、全額ズルキの資産で補えるんじゃないかしら」

「あーらら、随分と貯め込んでるのね」

「金融長官ですしね」

 

 懸念点であった金のやり取りも特に問題はないようだ。このせいで銀行が潰れたとあっては、冗談ではすまされない。

 

「……ごめんなさい。また迷惑を掛ける事になるわ」

「貴重な情報を貰えたんだ。気にしなくていい」

「ありがとう。ちょっと待ってて、もう少し罠の詳細な資料を持ってくるわ」

 

 そう言ってコルミックは席から立ち上がり、部屋の隅にある本棚へと歩みを進め、件の資料を探し始めた。ふう、と息を吐いてからロゼはソファーに背中を預ける。

 

「厄介事一つ追加ね」

「すまんな」

「え、なんで謝るの? 私も連れて行くつもり?」

「当然だろ」

「うげー」

 

 恐らく予想はしていたのだろう。若干大げさにリアクションを取るロゼを見ながら、ルークは一度首を回す。とりあえずは、これで任務完了。現在の共同銀行の情報は手に入れる事が出来た。それに、アイスフレームの資金難を多少なりとも改善する事が出来る任務まで手に入った。これは非常に大きい。ウルザたちも喜んでくれるだろう。

 

「……そうだ。コルミック、悪いんだがこの冊子を貰って行ってもいいかな?」

「え? 別に構わないけど……あんまり人には見せないでね」

 

 ルークが持ち帰りたいと言ってきたのは、ゼス美女・美少女コンテストの試し刷りエントリー表。思いがけぬ言葉に少しだけ恥ずかしそうにするコルミック。同様に、ルークが持ち帰りたがるとは思っていなかったキューティとシトモネも思わず首を傾げる。だが、ロゼだけはその理由が判っていた。グッと体を起こし、冊子を覗き込むふりをしながら小声でルークに問いかける。

 

「志津香に見せるつもり……?」

「ああ」

「ナギがそうだとは限らないわよ」

「判っているさ」

 

 ロゼの言う通り、彼女はあくまで『ラガール』という姓を持つだけ。志津香の両親の仇であるチェネザリ・ド・ラガールの関係者とは限らないのだ。

 

「(そうだ……ナギがアスマという偽名を名乗っていたのは、あくまで四天王という身分を隠したかったに過ぎない……篤胤さんとアスマーゼさんの仇とは限らないんだ……)」

 

 そう心の中で呟いたルークだったが、先程から感じていた違和感が再び顔を覗かせたのに気付いた。何か重大な見落とし。それは一体何だ。志津香。ナギ。ラガール。篤胤。アスマーゼ。そう名前を心の中で繰り返したところで、ルークの目が見開かれた。

 

「(アスマ……!?)」

 

 それはまるで、パズルのピースがカチリとはまるような感覚。彼女は『アスマ』と名乗った。それは誰が名付けた。彼女の父親だ。そう聞いた。キューティがそう言っていた。

 

「(アスマーゼさんだ……)」

 

 チェネザリは篤胤を殺したが、アスマーゼさんはどうした。知っている。四魔女事件の際、志津香と共にその光景を目にしている。

 

『ははははは! やったぞ、魔想をこの私が殺したのだ!! 安心しろ、アスマーゼさんは私が大事にしてやる。ふはははははははは!!!』

 

 連れ去られた。あの言葉からも察せる。チェネザリはアスマーゼさんを愛していた。そして、ナギの父は娘の偽名に『アスマ』という名を使った。これは偶然か。いや、違う。かつてその歪んだ愛情を向けていた女性から、その名を取ったのだ。

 

「(間違いない。ナギは……ナギの父は……チェネザリだ……)」

 

 遂にそう確信するルーク。だが、もう一つの最悪の可能性にまで至ってしまう。考えたくない。だが、考えざるを得ない。ナギは一体、チェネザリと『誰』の子なのかを。

 

『夫婦二人で暮らすには少し大きい屋敷なの。遠慮しなくていいのよ』

 

 アスマーゼの言葉が頭の中に響く。美しく、優しい女性。今思い返せば、子供ながらに惹かれていたのかもしれない。

 

『一人で抱え込まないで。大丈夫、もう大丈夫だから……』

 

 アスマーゼの事を愛していたチェネザリは、彼女を攫った後何をしたのだろうか。考えるまでもない。彼女を汚した。その歪んだ愛を彼女に注いだ。そして、生まれる。その愛の結晶が。

 

「(ナギは……アスマーゼさんの……子供……?)」

 

 そうと決まった訳ではない。だが、その可能性は十分にある。ナギは父親から性的虐待を受けていた。何故か。ナギが、父の愛したアスマーゼの血を引いていたからだ。では、アスマーゼさんはどうなった。ナギが性的虐待を受けていたのであれば、恐らくもう生きてはいないだろう。彼女がいなくなったからこそ、歪んだ愛情がその血縁に向いたのだ。では、そこから導き出される結論は何か。

 

「(志津香とナギは……姉妹……?)」

「ルーク、どうしたの!? 真っ青よ!」

 

 コルミックの声で我に返る。気が付けば、背中にはじっとりと汗を掻いている。考えてしまったからだ。そうと知らずに仲良くなってしまった二人が、同じ母から生まれた姉妹が、憎しみ殺し合う光景を。

 

「やっぱり調子が悪いんじゃないの?」

「……すまない。顔を洗ってくる」

「あ、私、ついていきます」

「いや、大丈夫だ」

 

 先程から様子のおかしいルークを心配するコルミックたち。キューティが慌てて立ち上がるが、それを制止してルークは部屋から出ていく。

 

「シトモネさん、ロゼさん。ルークさん、もしかして体調が悪いのを無理して来たんですか?」

「いえ、そんな事は……」

「…………」

 

 流石にロゼも最後のルークの異変の理由は判らず、眉をひそめながらその背中を見送るのだった。

 

 

 

-ゼス共同銀行 トイレ-

 

 水道を捻り、頭から水を被るルーク。今の優先案件はコルミックからの依頼だ。ナギの事はまた後で考えればいい。どうせ志津香に知らせるまでに考える時間は十分にあるのだから。

 

「切り替えなきゃな」

 

 水を止め、鏡に映る自分の姿を見ながらそう口にする。頭は冷えた。部屋に戻り、コルミックたちに詫びなければ。そう思いながら廊下に出る。瞬間、通路の陰から気配が消えた。

 

「……!?」

 

 一般人であれば気が付けなかったであろう。だが、強者であれば逆に顕著な違和感がそこにはあった。通路の陰にあったはずの気配が一瞬の内に消えた、いや、消されたのだ。誰かいる。それも、気配をここまで消せる程の強者が。スッと腰の剣に手を置きながら、そちらにゆっくりと近づいていくルーク。一歩、また一歩。そして、後一歩で通路の角を曲がるという位置まで来た瞬間、その首筋目がけて刃が振るわれた。

 

「(速い!)」

 

 通路の陰に潜んでいた者が予想通り手練れである事を確信しながら、ルークは素早く首を後ろに動かしてその刃を躱し、左手でその腕を取りグイと引っ張る。体勢を崩しこちらに姿を現した相手に対し、素早く右手で剣を振るった。その切っ先が相手の首筋に突きつけられると同時に、二人が声をあげる。

 

「かなみか!?」

「ルークさん!? どうしてここに!?」

「それはこっちの台詞だ」

 

 意外にも、通路の陰に隠れていた相手はリーザスの忍び、見当かなみであった。思わぬ再会に驚く二人。

 

「俺は仕事でたまたまこの銀行を訪れていたんだ」

「もしかして、ランスが地下に潜り込んだのと関係が?」

「ランスが!? どういう事だ?」

 

 思わぬ名前に驚くルーク。対するかなみも、ルークとランスが同じ場所にいたのが本当に偶然なのかと驚いた様子であった。そのままかなみは自分がここにいる理由を手短に説明する。リアの任務でゼスを探っていた事、たまたまランスが地下から銀行に侵入するのを目撃した事、毒ガスの罠があるのを知っていた事、ランスを助けるべくその装置を止めに来た事。それを聞いたルークは眉をひそめる。

 

「(ランスがこの銀行に……成程、今朝言っていた大きな任務とはこの事だったのか。だが、それなら何故ウルザは俺にゼス共同銀行の調査を……?)」

「そういう訳なんです。すいません、ルークさん。私、急いで装置を止めないと……」

 

 装置の止め方までは調査しきれていなかったため、表から潜入したかなみはしらみつぶしに銀行内を探っていた。そんな中、トイレから誰か出てきたのに気付き、慌てて気配を消して隠れた。それが先程の一件の真相のようだ。急いだ様子のかなみに、ルークは静かに告げる。

 

「かなみ。この一つ下の階層、一番南東の部屋に装置を止められる部屋があるはずだ」

「えっ! ほ、本当ですか!?」

「ああ。さっき施設の見取り図を見た。間違いない。急いでくれ。ランスを死なせる訳にはいかない」

「は、はい!」

「それと、この後で話がしたい。外で待っていてくれ」

「えっ? わ、判りました! それでは!」

 

 急いで廊下を駆けていくかなみを見送りながら、ルークはゆっくりと元来た道を引き返していくのだった。

 

 

 

-ゼス共同銀行 天国の部屋-

 

「なんだ、なんだ、どうした!?」

 

 押し寄せる魔法使いやモンスターを蹴散らし、罠を突破して銀行内の奥へとやってきたランスたちは、とある部屋に閉じ込められていた。進む扉も戻る扉も開かずに悪戦苦闘していると、突如床下から白いガスが吹き出してきたのだ。困惑するランス。すると、スピーカーから先程の男の声が流れてくる。

 

『それは毒ガスだよ。ここまで辿り着いた君たちへ、私からのささやかなプレゼントだ。空気よりも重いから、背の低い者から死んでいくな』

「なんだとぉ!?」

 

 思わず声を荒げるランス。その反応が面白かったのか、笑い混じりにズルキが言葉を続ける。

 

『くくく……まあ、精々見苦しい責任の押し付け合いでもしながら、最後の時間を過ごしてくれ』

「ふざけるな!」

『おっと、言い忘れた。君たちには一つだけ生き残る術が残されている。君たちの前の扉だが、パスワードで開くようになっている』

「ランス様、ここに何か書いてあります!」

 

 シィルが扉の横に何か書かれているのを発見し、声を上げる。そちらに駆けよる一同。

 

「なになに、偉大で優秀な長官たちの集会ノモベレッサ。開会の儀となる司法長官の言葉を唱えよ……こんなもん判るかっ!!」

「ごほっ……お前たちも知らないのか?」

「聞いた事もないよ!」

「そもそもノモベレッサが初耳だぜ。ふざけんな☆」

「私がゼスにいた時にもあった集会でしょうか……?」

 

 殺の質問にプリマとメガデスが憎々しげに答え、リズナも首を傾げている。こんなもの、ゼスの人間でも知らない。その反応を楽しむように、スピーカーの声が響く。

 

『はっはっは! 貧民の者たちでは判らないかな! それでは、ごきげんよう』

 

 ブツッと放送が途切れる音を聞きながら、カオルが扉の横に書かれた文字に目をやる。

 

「(こんなもの、普通の人が判るはずがない。これは、ゼスの長官連中でないと知らされていないもの……ただの嫌がらせだわ。結局、ここに入った者は死ぬしかない……)」

 

 一攫千金などさせるつもりはない。この施設は、結局嬲り殺される様を見る施設でしかないのだ。

 

「(どうする……? 私には判るけど、それを唱えると私の出自が疑われてしまう……)」

「ごほっ……」

「うっ……げっ……げぼっ……」

「殺! ロッキー! あんたたち、まさか……」

 

 咳き込む二人を見てプリマの顔が青ざめる。そう、この中でも背の低い二人にはもうガスが回ってきていたのだ。すると、すぐさま長身のタマネギが殺の身体を抱き上げる。

 

「すまない」

「いえいえ。お気になさらずに」

「ロッキーさん、ハンカチです。これを口に……」

「い、いいだす。これはカオル様が使ってくだせえ……おらなんかには勿体ないだす……」

 

 カオルがハンカチを差し出すが、その手をスッと押し返し、ロッキーは無理矢理笑顔を作る。それを横目に、ランスはガンガンと扉を蹴っていた。

 

「えーい、知るか! 開けろー!!」

「だ、駄目ですランス様! ガスが拡散してしまいます」

「げほっ……」

「うげっ……」

 

 遂にガスはルシヤナとメガデスの頭の位置にまで達した。苦しそうに咳き込みだす二人を見ながら、ロッキーが苦しそうに口を開く。

 

「お、お二人とも。今からおらが寝っ転がるんで、踏み台にしてくださいだす。そうすれば、少しは長く……」

「何言ってるのさ! そんな事出来ないよ……ごほっ……」

「あん!? 死に急いでんじゃねーぞ、蹴飛ばすぞ、おら!」

 

 その光景を見て、カオルは決意する。この人たちを死なせてはいけない。ばれてもその時はその時だ。彼らを助けなければいけない。そして、静かに扉の前まで歩みを進めた瞬間、異変が起きる。

 

「んっ!? なんだ!?」

 

 部屋に響く轟音。それは、部屋の中に充満したガスを外へと逃がす換気の音であった。気が付けば、床下から湧き出ていた白いガスは止まっている。徐々に部屋の中のガスは無くなっていき、苦しんでいた者たちの顔色も戻っていく。

 

『ば、馬鹿な! 何故ガスが止まる!? 故障か!?』

 

 慌てた様子の声がスピーカーから聞こえてくる。どうやらこの事態は声の主にとっても予想外の出来事だったらしい。それと同時に、ガチャリという小さな音が扉から聞こえたのをリズナは聞き逃さなかった。トコトコと近づいていき、ドアノブを回す。すると、先程までいくらやっても開かなかった扉が簡単に開いた。

 

「あ。開きました」

『なんだとぉぉぉぉ!?』

「よし、脱出だ!! おい、貴様! 首を洗って待ってるんだな!」

 

 スピーカーの主に脅しを掛けながら、ランスたちは天国の部屋を脱出したのだった。

 

 

 

-ゼス共同銀行 操作部屋-

 

「こんなところかな。警備が来る前に、早く脱出しないと……」

 

 当然、ガスが止まったのは故障などではない。ガスの発生装置を破壊し、換気とドアの開閉装置を操作したかなみは、警備兵に注意しながら部屋を後にした。

 

 

 

-ゼス共同銀行 貴賓室-

 

「コルミック、何かあったのか?」

「……どうも地下に侵入者があったみたい。私に連絡してくる……それも、伝令じゃなくて呼び鈴での連絡って事は、相当切羽詰っているみたいね」

 

 ルークが部屋に戻ってから暫くして、コルミックの机の上に置いてある装置からけたたましい音が鳴り響いた。コルミックが確認したところ、どうやら地下に侵入者が出たようだ。といっても、それを聞いたルークは誰が侵入しているかを知っているのだが。

 

「凄いタイミングね。どこの誰かしら」

「今すぐ地下に向かいます!」

「…………」

 

 キューティの言葉に返事をしないコルミック。何やら思案している様子だ。

 

「コルミック様……?」

「……ルーク、どう思う?」

「これを利用しない手は無いな」

「そうよね……キューティ、地下には向かわなくていいわ」

「えっ……あっ!」

「あー、そういう事ね!」

 

 ようやく気が付いたのか、キューティとシトモネが同時に声を漏らす。

 

「ズルキ長官には、ここで表舞台から退場して貰いましょう」

「ゼス共同銀行の新頭取は、優秀だけど腹黒い、なんてね」

「あら? ルークもそう思う?」

「ノーコメントだ」

 

 ロゼの言葉にクスリと笑うコルミック。話を振られたルークは肩を竦めてそれに応え、立ち上がっていたキューティも静かに腰を下ろして左右のライトくんとレフトくんを撫で始める。呼び鈴は故障していた。地下からの救援要請など来ていない。それがこの部屋の者たちの結論であった。

 

 

 

-ゼス共同銀行 閲覧室-

 

「馬鹿な! 何故返事が来ない! 今日はキューティ・バンド治安隊長が来ていたはず……いけ好かない小娘だが、奴がいれば私が逃げる間の時間稼ぎには……」

「い、今すぐ直接呼んで来ま……」

「がはははは! ここだな!!」

 

 けたたましい音と共に扉が蹴破られる。そこに立っていたのは、ランス一行。そのまま部屋の中へと入ってきたランスがまず目にしたのは、ズルキの足もとに転がる全裸の女性の姿。全身から血を吹き出しており、ぐったりと横たわっている。もしかしたら、もう息が無いかもしれない。

 

「なんて勿体ない事を! 貴様、この世の美女は全て俺様の物だ! 貴様は死ね!!」

「ランス隊長、殺してはいけません。あの方は法で裁いた方が色々と動きやすくなります」

「くっ……舐めるなよ、貧民。お前たち、力の違いを教えてやれ!」

「はっ!!」

 

 ズルキに言われ、この部屋に少しばかり残っていた警護兵たちが臨戦態勢に入る。だが、その様子を見たランスたちに焦った様子はない。特に一番前に立つランスはニヤリと笑い、剣を構えながらその大きな口を開いた。

 

「がはは、力の違いを教えるのはこっちだ! いくぞ!」

 

 この日、ゼス共同銀行の金庫から多額の金が持ち去られた。原因は、ズルキ・クラウン元金融長官が趣味で建設した地下施設。新頭取の再三の警告にも関わらず、侵入者を招き入れるような造りにしていたために起こった事件であった。また、地下施設からは多数の二級市民の死体が発見。どれもズルキの手によるものと思われる。瀕死の状態で発見されたズルキは、治療魔法を受けた後そのまま治安隊に引き渡された。殺人を始めとした数多くの罪に問われる見込みであり、その資産は共同銀行の補填のために全て押収される事となった。

 

 

 

-イタリア ゼス共同銀行付近 裏通り-

 

 手に縄をし、治安隊に引きずられていくズルキ。その後姿を見届ける影が二つ。ガンジー王と、お付きのスケさんことウィチタだ。

 

「これでズルキは……」

「終わりだな。その地位を利用し、貧困に喘ぐ二級市民に無体を強いた報いだ」

「ガンジー様」

 

 すると、そんな二人の背後から声を掛けてくるもう一つの影。先程までランスたちと行動を共にしていたカクさんことカオルだ。

 

「カクさん、ご苦労だった」

「とんでもありません」

「それでは、報告を聞かせてくれ。この任務を成し遂げたのはランスという男だったな。どのような男だ?」

「そうですね……」

「あの……」

 

 カオルが報告を始めようとしたのに割り込む形でウィチタが声を出す。何事かと振り返る二人をしっかりと見つめながら、ウィチタが恐る恐る言葉を続ける。

 

「これでゼスは変わるのでしょうか?」

「……これだけでは変わらんな。だが、必ず変えてみせる。ズルキのような者たちが一掃されるからだ」

「その通りです、ガンジー様」

「……はい!」

 

 ガンジーの断言にカオルが静かに頷き、次いでウィチタも強くハッキリと声を上げるのだった。

 

 

 

-イタリア 宿前-

 

「チェックアウトは完了しました。それじゃあ、帰りましょう」

「はー、もう三日くらいだらだらしていきたいんだけどねー」

 

 宿から出てきたシトモネ。旅立ちの準備は万全とばかりにグッと力こぶをつくるが、対するロゼは愚痴をこぼしている。そんな中、ルークは路地裏に一度視線を送ってから口を開いた。

 

「そろそろ出てきてくれ」

「えっ?」

 

 シトモネの呆けた声とほぼ同時に、かなみがルークたちの前に姿を現す。

 

「かなみ!」

「お久しぶりです、ロゼさん。それで、ルークさん。話というのは?」

「さっき、ゼスの事を探っていると言っていただろう? だとしたら、俺たちと行動した方が有益な情報が得られるかもしれないと思ってな」

「有益な情報……? ルークさんたち、今は一体何をしているんですか? それに、ランスも……」

「順を追って説明する。今、俺たちは……」

 

 こうして、ルークとランスの現状を知ったかなみは、正式にアイスフレームに手を貸す事を決めるのだった。ゼスの情報を探れ、ランスの命を守れ、更にルークと共に行動できる。かなみからしてみれば、断る理由のない申し出であった。かくして、ゼス共同銀行の調査任務は終わった。ついで程度のつもりで受けた案件であったが、終わってみれば資金調達やかなみという新戦力の加入、更にラガールの情報などかなり実りの多い結果となった。だが、同時にルークの中に生まれたのは、ウルザへの不信感。

 

「(今朝の段階でランスが侵入する事が決まっていたのならば、何故調査任務を受ける際にそう言わなかった。極秘任務で言えなかったというのならば判る。だが、根本的な問題として、何故調査よりも先に侵入を行った)」

 

 ゼス共同銀行の調査をせず、金庫から金を奪う事をウルザは決めたのだ。結果オーライと簡単に済ませられる話ではない。もし、ルークが何も知らずに銀行から金を奪われていたら。その責任を真にゼス共同銀行を良くしようとしているコルミックに押し付けられていたら。ルークははたしてウルザの判断を許せていただろうか。答えは否だ。

 

「(ビルフェルム……本当にウルザはお前の言うような人間なのか……?)」

 

 彼女の過去を知っている者たちは口を揃えてこう言う。ウルザはゼスを変える事の出来る人間だと。だが、彼女のかつての姿を知らないルークからしてみれば、その言葉をにわかに信じる事は出来なくなっていた。

 

 

 

三日後

-カスタムの町 マリアの工場-

 

「全く……マリアのせいで出発が遅れちゃったじゃない」

「ごめーん、志津香! 後一日! 後一日だけ待って!!」

「これ以上遅れたら、私一人で行くからね」

 

 マリアの工場でグチグチと責めたてるのは、親友の志津香。そんな彼女に平謝りしつつ、愛用の武器であるチューリップをカチャカチャと弄り回すマリア。志津香は入口の近くに立っており、マリアは奥で作業をしているため、必然的に大声でのやり取りになる。そんなマリアを見て、呆れた様子で口を開く香澄。

 

「マリアさん。もうわざわざ持っていかなくていいんじゃないですか?」

「駄目よ! 護身用に武器は持っておかないと!」

「だったら、私のを貸しますよ」

「駄目よ! 気付いた時に直しておかないと!」

「その割を食ってるのが私だって事、忘れないでよ」

「ごーめーんー!」

 

 実は、志津香とマリアはゼスに旅行に出かける直前であった。目的は、首都ラグナロックアークにある世界最大の博物館の見学。貴重な魔導具が数多く展示されており、珍しく志津香の方からここに行きたいと申し出があったのだ。それにマリアが付き添う形となったのだが、出発直前になってチューリップが故障している事に気が付き、大慌てで修理に掛かっていたのだ。そして、今に至る。

 

「はぁ……」

「志津香さん、お疲れ様です」

「香澄ー! ちょっと36番のパーツ持ってきてー!!」

「香澄もね」

「あはは……今行きまーす!!」

 

 奥へと走っていく香澄を見送り、今日中の出発は無理だなと諦めた志津香が工場を後にしようとする。すると、向こうからランが走ってくるのが見えた。あちらもこちらに気が付いたようで、大きく手を振る。

 

「ああ、やっぱりマリアの工場にいたのね。屋敷に向かう途中で会ったミリたちが、こっちにいるって言っていたから」

「私に用があったの?」

「志津香宛てに手紙が来たから、届けに来たの」

 

 ランが手紙を手渡してくる。差出人の名前を見れば、それはルーク。そういえば、真知子も先日手紙を受け取っていたはず。こう立て続けに来るという事は、何か厄介事でもあったのだろうか。封を開け、中の便箋を読む。

 

「何が書いてあったの?」

「…………」

「志津香、どうしたの?」

 

 志津香はランの問いかけに一切答えず、黙々と手紙に視線を落としている。そして、一度だけ工場を振り返ったかと思うと、いつもと変わらぬ口調でこう言った。

 

「マリア、ありがとう。出発が遅れたお陰でこの手紙が読めたわ。明日出発するわ。これ以上遅れないでね」

「あ、志津香……」

 

 志津香はそのままこの場を後にする。ランも、香澄も、今の言葉に何も違和感を覚えなかった。唯一気が付けたのは、親友であるマリアのみ。

 

「志津香……?」

 

 その声はいつもと変わらぬように聞こえたが、その実違う。重く、暗く、刺々しい。まるで昔の、そう、あの時と同じ。四魔女事件の時、過去を改ざんしようとしていたあの時と。

 

「……そう……ようやく見つけたのね……ありがとう、ルーク……」

 

 そう呟きながら歩いていく志津香。その手に握られていた手紙には、こう書かれていた。

 

―ラガールの手掛かりを見つけた。可能であれば、ゼスまで来てほしい。連絡手段は……―

 

 




[人物]
見当かなみ (6)
LV 36/50
技能 忍者LV1
 リーザス女王リア直属の忍び。リアの命でゼスを探っていたところ、偶然ルークたちと再会。利害の一致から、ルークと行動を共にする事に。

ズルキ・クラウン
LV 1/7
技能 魔法LV0
 ゼス国金融長官。サイアスの親戚であり、ガチガチの魔法使い至上主義者。女性を拷問する趣味を持つ狂人。コルミックたちの策略により、投獄された。

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