ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第170話 面影

 

-アイスフレーム拠点 本部-

 

「ダニエル。報告に来たんだが、ウルザは中にいるか?」

 

 ルークがかなみを引き連れて本部まで足を運ぶと、ダニエルが庭の手入れをしていた。ダニエルはその手を止め、チラリとかなみを見た後、ルークの問いに答える。

 

「おらん。さっき孤児院の子供たちが迎えに来た」

「孤児院の?」

「キムチの仕業だよ。ずっと家の中にこもりきりだと余計体に悪いと言ってな。定期的に迎えに来させているんだ」

「成程。それじゃあ、報告はダニエルにすればいいかな?」

「ああ、ウルザには後で伝えておこう」

 

 孤児院で任務の話をするのも気が引ける。今回は血生臭い依頼ではないが、子供は影響を受けやすいもの。下手に刺激して、将来はレジスタンスになりたいという子供をいたずらに増やすのはいただけない。本部の中に入り、銀行調査の一件の報告をする。あまり表情に出さないダニエルだが、想像以上の成果に今回ばかりは感嘆する。

 

「驚いたな。ここまで詳細な情報を集めてくるとは」

「出がけに言った通り、新頭取は古い知り合いでな。かなり協力的な対応をしてくれたよ」

「情報漏洩だな」

「その分の代償はちゃんと払ったさ」

「アイスフレームの事は話していないだろうな?」

「当然だ。代償は個人的な事だ。アイスフレームとは関係ない」

「ならばいいが」

 

 情報を貰う見返りとして、地下施設の封鎖に協力した。と言っても、結果としてランスが行動を起こしたため、ルークは殆ど何もしなかったのだが。アイスフレームの情報を流していない事を一応確認し、ダニエルは視線をかなみに向ける。

 

「聞きそびれていたが、そちらの娘は?」

「銀行調査の際にたまたま再会した知り合いだ」

「見当かなみです」

 

 ルークの紹介を受け、ペコリと頭を下げるかなみ。その姿を値踏みするように見た後、懸念事項をルークに問いかける。

 

「大丈夫なのか?」

「問題ない。腕は確かだ。セスナやネイよりも実力は上だな。俺が安心して隣を任せられる一人だ」

 

 ルークにそう言われて嬉しくなるかなみ。リーザスでの手合せの際など、強くなったなと褒められた事はあるが、他の者への紹介でここまで高評価をして貰えるとは思っていなかったのだろう。

 

「それと、情報収集にも長けている。というか、どちらかというとそちらが専門だな」

「スパイではないだろうな?」

「このレジスタンスの事をゼス軍にリークするような事はしないさ」

「それなら歓迎しよう。これからよろしく頼む」

「あ、はい!」

 

 微妙に勘の良いダニエル。かなみはゼス国のスパイではないが、リーザスのスパイではある。立場上、このアイスフレームの情報もリアに秘密裏に送る事だろう。だが、ルークはそれを黙認するつもりだ。正直、アイスフレームの動向などリーザス国からしてみれば些細な事。レジスタンスの活動で国が動くような事があれば、アイスフレームの動向を知っていようが知っていまいが、いずれリーザスは動く。ならば、今はかなみの戦力及び情報収集能力の方が優先される。勿論、素直にその事をダニエルに話すと余計な疑念を生みかねないので、ゼス軍に情報を流す事はないという形で言い回す。嘘は言っていない。

 

「配属はブラック隊という事で良いんだな?」

「出来ればそうして欲しいが、ランスもかなみの事は知っているから、間違いなく欲しがるだろうな。何とか言いくるめるつもりではいるが……」

「まあ、揉めそうになったら間に入ろう。それで言う事を聞くとは思えんがな」

「同感だ」

 

 呆れたような口調のダニエルに苦笑するルーク。出会ってから短いはずだが、もうランスの人となりは判っているようだ。

 

「(さらりと流されたけど、私にとっては死活問題なんですけど……)」

 

 心の中でそう呟くかなみ。天国か地獄。デッドオアアライブ。そんな言葉がかなみの脳裏に浮かんでいた。

 

「報告は以上か? ご苦労だった」

「いや、もう一つ」

「なんだ?」

「その見取り図にある地下施設だが、封鎖された。とある賊に金庫の金を奪われたからだと」

 

 部屋の空気が変わるのをかなみは感じた。重々しい空気だ。しばしの無言の後、ダニエルがゆっくりと顔を上げてルークを見据えた。

 

「そうか」

「どういうつもりだ? 何故ウルザは情報収集を待たずに銀行強盗を決行した?」

「アイスフレームは今資金難だ。調査を待っている暇はなかった」

「本当にそうか? 少なくとも、あんたは反対だったんだろう?」

「何故そう思う?」

「経営調査の任務を俺が受けると言った際、ウルザは乗り気ではなかった。だが、あんたが強引に押し切った」

 

 そう、あの時ウルザはこの任務を受けるのを渋っていた。それをダニエルが半ば強引に押し切った形だ。

 

「ダニエル。あんたは俺とランスが鉢合わせる事を期待していたんじゃないか?」

「……もしそうだとして、そこから何を期待したと?」

「いくつか可能性はあるが……それは俺よりもあんたの方が判っているだろ」

 

 ダニエルの真意は判らない。ウルザの暴走を止めたかったのか、ランスとルークが揉めてランスがアイスフレームを去るのを望んでいたのか、あるいはルークが銀行強盗に協力するのを望んでいたのか。ダニエルは中々の狸だ。弁が立ち、表情にも出さない。マリスや真知子に近いと言える。だからこそ、ルークも全てを読み取る事は出来ない。だが、釘はさせる。

 

「あんたとウルザが何を考えているかは知らんが、もしそれが俺の意に反する事なら……」

 

 コルミックの顔を思い浮かべながら、ルークが真剣な表情でダニエルを見据える。

 

「俺はいつでもアイスフレームを抜けるぞ」

「……気を付けよう」

 

 元々アイスフレームに協力する義理はあっても義務はない。サーナキア、セスナ、アルフラ、あおいなどの事は気にかかるが、かといって利用され続けるつもりもないのだ。何が何やらといった表情のかなみの肩を叩き、そのまま本部を後にしようとするルークだったが、出る間際にダニエルからこんな言葉を掛けられた。

 

「……孤児院に寄ってやってくれ。新入りの顔合わせは直接しておいた方が良いだろう」

 

 これも、何かを期待しての発言だったのだろうか。その真意は判らない。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 孤児院-

 

「…………」

「あ、駄目よアルフラ。そこを取ったら……あ、あー……」

「ふふ、また一からね」

 

 孤児院の庭でウルザはカーマ、アルフラとあやとりをして遊んでいた。ルークやランスと話す時とは違う、優しい笑みを浮かべるウルザの姿。殺伐としたレジスタンスの拠点とは思えない緩やかな光景がそこにはあった。すると、孤児院の奥からあおいとキムチが出てくる。

 

「二人とも、そろそろお部屋でお勉強の時間よ」

「はーい、キムチ先生! アルフラ、行こう!」

「うん……」

「あおい、みんなのお勉強を見て上げて。私は少しウルザと話があるから」

「はい、キムチさん」

 

 あおいがカーマとアルフラを引き連れ、奥へと入っていく。他にも庭で遊んでいた子供は数名いたが、キムチがパンパンと手を叩くと、みんな素直に部屋へと戻っていった。庭に残ったのは、キムチとウルザのみ。持ってきたお茶をウルザの前に置き、その場に腰かけるキムチ。

 

「はい、お茶。二人とも元気いっぱいだから、疲れたでしょう?」

「ありがとう。みんな、元気ね……」

「ええ。色々と不便はさせてるけど、そんな事お構いなしにすくすく育っていくわ。男たちなんかは、自分たちもレジスタンスになって戦うんだ、なーんて言ってチャンバラばっかり。怪我が絶えないったら」

「…………」

 

 キムチが明るく話すのとは対照的に、暗い表情で黙り込んでしまうウルザ。暫しの静寂の後、キムチが口を開く。

 

「あのね……あたし達の代だけではどうする事も出来ない事かもしれないと思うの」

「…………」

「あたし達がやろうとしている事は、それくらい大きな事。だからさ、出来る事をしていこうよ」

「足の事……ダニエルに聞いているのね……?」

「まーね」

 

 ズキリ、とウルザの胸が痛む。キムチは知っているのだ。ウルザの足はとっくに治っている事を。未だ歩くことが出来ないのは、ウルザの心の方に問題があるのだという事を。

 

「……責めないの?」

「ん?」

「私の事……動かないでいる事……どうして責めないの?」

 

 自分はアイスフレームのリーダー。本来ならば、率先して前に立たなければならない。だが、今の自分は塞ぎこみ、危険な任務を他の者たちに任せっきりだ。こんな事では、リーダー失格。だが、立ち上がれない。立ち上がろうとしても、家族が殺された光景が浮かんできてそれを拒絶する。文字通り、ウルザは前に一歩踏み出す事が出来ないのだ。

 

「キムチも、ダニエルも……どうしてそんなに優しいの?」

「責められたいの?」

「…………」

「責めてどうにかなるんだったら、責めてあげる。んー、というか、叱られたいなら叱ってあげるわ。それでウルザが立ち上がれるなら、いくらでもそうしてあげる」

「…………」

「でも、そうじゃないでしょ?」

 

 キムチは判っている。今自分がウルザに出来る事は、静かに支えて上げる事だけだという事を。誰かが背中を押したところで、今のウルザは立ち上がれない。そうじゃない。ウルザ自身で立ち上がらなければいけないのだ。

 

「どんな事があっても、あたしやダニエルは味方だから。ずっと、待ってるから」

「…………」

「重いって言われても、そこは譲る気ないから。覚悟しなさい、ウルザ」

 

 それが何か月、何年、何十年であろうと、必ず待つ。ウルザは絶対にもう一度立ち上がる。それが出来る強い女性だと、キムチは信じているから。そんな中、キムチは少しだけとある男の顔を思い出す。今のウルザは背中を押しても意味がない。でも、あの男みたいに強引な男が、無理矢理にでも引っ張り上げたらどうなるか。そんな事を考えていると、その男の声が聞こえてきた。

 

「がはははは! ランス様参上!」

「あっ……」

「ふふ、騒がしい人が来たわね。いらっしゃい、ランス。お茶いる?」

「うむ、貰うぞ」

 

 案外、この男がウルザを立ち上がらせてくれるかもしれない。そんな風に思うキムチであった。そして、その光景を少し離れたところから見ている影が二つ。

 

「あれがウルザさんですか……?」

「ああ」

 

 ルークとかなみは今の二人の会話を図らずも盗み聞いてしまっていた。孤児院に来てみたら二人で話していたため、出るタイミングを逃した形だ。

 

「(キムチか……)」

 

 ロリータハウスの一件が思い出される。あの状況下にあって、子供たちを引き取ると申し出てきた芯の強い女性だ。そんな彼女が、ウルザに全幅の信頼を寄せている。いや、彼女だけではない。ダニエルもセスナもネイも、ウルザの事を信用している。

 

「(……もう少し、様子を見てみるべきかもしれんな)」

「ルークさん、ランスが来て話の腰が折れたみたいですし、私たちも行きましょう」

「ああ、そうだな」

 

 かなみに促され、物陰から姿を現してウルザたちの方に歩いていくルークたち。

 

「お! かなみではないか! なんだ、お前も俺様に協力しに来たのか?」

「かなみさん……? ルークさん、そちらの方は?」

「俺様が説明してやろう。リーザスのへっぽこ忍者だ。がはは!」

「素性をそんな簡単にばらさないでよ!」

「やれやれ、ダニエルに隠した意味がなくなったな」

 

 会って2秒で素性をばらされる。流石はランス、裏工作もへったくれもあったものではない。ため息をつくルークだが、ランスがいてはいずればれる可能性も高いと思っていたため、切り替えていく事にする。

 

「ランスの紹介通り、こちらは見当かなみ。リーザスの忍びだ。先の任務で偶然再会してな。協力してくれる事になった。腕は確かだ」

「ダニエルにはもう?」

「ああ、紹介しているし、入隊も認められた」

「そうですか。なら、私がとやかく言う事はありませんね。かなみさん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「待て待て、入隊が認められた? 当然、俺様の部隊にだろうな?」

 

 頭を下げ合うウルザとかなみの間に割って入ってくるランス。そのランスに対し、ムッとした顔で答えるかなみ。

 

「ルークさんの隊に決まってるでしょ」

「馬鹿言うな。確かここに……ほら、リアからの手紙だ! ここにかなみを好きに使っていいと書いて……」

「ていっ!」

「あっ、こら! 紙飛行機にして飛ばすな!」

「仲が良さそうね」

「そう見えるなら大物だな」

「ふふっ……」

「そうだ。ルーク、この後孤児院に寄っていってよ。アルフラとあおいが喜ぶわ」

「ああ、判った」

 

 じゃれ合うランスとかなみを見ながらクスクスと笑う三人。その後、なんやかんや言い合いをした後、最終的にかなみはブラック隊の所属となった。珍しくランスが簡単に折れたのだが、そんなランスを見てシィルは少し優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 孤児院-

 

「ルーク、ルーク、これ……」

「おお。ブラック仮面人形じゃないか。あおいも持ってるのか」

「はい、ルークさん。レジスタンスでは世色癌を沢山買いますので、その際に貰いました。大事にしてます」

「私、知ってるよ。ブラック仮面の正体……ふふ……」

「本当か!? ……そうか、気付いたのか。凄いな。だが、内緒にしておいてくれ」

「うん……大丈夫……秘密……」

「えっと……その……はい……」

 

 夜、孤児院ではルークにべったりのアルフラとあおいの姿があった。そんな三人の会話を冷やかな目で見るカーマ。

 

「ねえ、キムチ先生。ルークさん、あれ本気で言ってるよね? 正体、ルークさんの事を知ってる人にはバレバレだと思うんだけど……あおいお姉ちゃんも反応に困ってるよ」

「うーんと……」

 

 どう返したものやら困るキムチであった。

 

 

 

数日後

-アイスフレーム拠点 ブラック隊詰所-

 

「ゆうびーん!」

 

 ルークの下に郵便配達員の等々力亮子が手紙を持ってやってくる。稽古の手を止め、その手紙を受け取るルーク。

 

「自由都市のカスタムからでーす」

「……志津香からか」

 

 カスタムからは志津香と真知子の二人から届く可能性があったが、どうやら志津香からのようだ。中を確認し、稽古をしているセスナとネイに声を掛ける。

 

「すまん、用事が出来た。今日の任務は二人が指揮をとってくれ。かなみも加わった事だし、苦戦する事はないだろ」

「判った……」

「別に構わないけど、何か用事? どこに行くの?」

「首都、ラグナロックアークだ」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 本部-

 

 一方その頃、ランスは本部にてウルザより新しい任務を受け取っていた。

 

「ふーん、マジックアイテムの偵察か」

「そこにも書いてあります通り、博物館には結界が張られていて、魔法使いでないと入る事が出来ません」

 

 ゼスの主要施設には結界が張られており、魔法使い以外が入ろうとするとそのセンサーに引っかかるようになっている。だが、それを回避する手段をアイスフレームは持っていた。

 

「ランスさんはこの偽魔法使いの服を着ていってください。これならばセンサーを誤魔化す事が出来ます」

「もっと格好良い服は無いのか?」

「だったら裸で行け」

「そんな事したら、センサーよりも先に治安隊に引っかかるだろうが、このくそじじい!」

「ならおとなしく着ろ」

 

 ランスとダニエルの衝突に困った顔をしつつ、ウルザは大事な注意をする。

 

「あくまで任務は偵察だけです。それ以上の事はしないよう、お願いします」

「ああ、判った。まあ、俺様に任せておけ」

 

 

 

-首都ラグナロックアーク 王立博物館入口-

 

「ここか」

 

 博物館の前に立つルークはその巨大な建物を見上げる。この王立博物館は、世界一の巨大博物館だ。レアな魔導具が多く展示されており、有名な観光施設の一つだ。だが、国外からの観光客にはこの施設に入りたくても入れない者が多くいる。

 

「魔法使い以外立ち入り禁止か」

 

 博物館の入り口にある看板にはそうハッキリと書かれていた。だが、ルークはその看板を無視してスタスタと博物館の中に入っていく。入場券を買い、入口の扉を通った瞬間、結界の感覚を肌で感じた。だが、センサーは鳴らない。結界がルークに反応出来ていないのだ。

 

「さてと、志津香は……」

 

 対結界。ルークの保有する技能がここでも有効に働く。博物館の中へと入ったルークは、この博物館で待ち合わせをしている人物を捜す。きょろきょろと辺りを見回していると、突如横から指で突かれる。

 

「ここよ」

「ああ、やっぱりもう来ていたのか。待たせたか?」

「そうでもないわ」

 

 そこに立っていたのは、大きな帽子に特徴的な薄緑の服。いつもと変わらぬ格好の魔法使いの少女、魔想志津香であった。ゼスに来てほしいという手紙を送ったルークに対し、志津香は今日この博物館を訪れるという返事をしていたのだ。勿論、ルークが今日博物館まで来られるかは判らなかったため、会えなかった際は数日ゼスに滞在するという事も付け加えていたが、博物館に入ってすぐにルークを見つけたという事は、ルークならば無理してでも今日やってくると思って待っていたのだろう。

 

「返事が早かったが、元々ゼスに来る予定だったのか」

「ええ、この博物館には一度来てみたかったから」

「一人で来たのか?」

「マリアも一緒」

「マリアも? 博物館に入れるのか? ……って、ああ、そういえば闘神都市の時もそんな事を言っていたか」

 

 マリアはカスタム四魔女事件の際、フィールの指輪にその魔力を吸われていたはず。博物館の結界には引っかからないのかと疑問に思ったルークだったが、闘神都市での冒険を思い出して合点がいく。確かあの時、志津香が魔法使い結界の奥で儀式をしている際、自分もまだ魔力が微妙に残っていて魔法使い結界を通れると発言していた。

 

「忘れてたの? 一流の冒険者らしくないわね」

「悪かったな。あの時は志津香とキューティの事が心配で頭が一杯だったから、つい忘れていた」

「ん……」

「それで、マリアは?」

 

 軽い嫌味を言ったつもりが思わぬ返しを受けて少しだけ言葉に詰まる志津香。だが、そこでキューティの名前も一緒に出すあたりがルークらしいなと一度ため息をつきつつ、会話を続ける。

 

「別行動してるわ。多分、奥に展示されてるヒララ鉱石でも見てるんじゃないかしら」

「あー、マリアなら一時間くらい齧り付いて見てそうだな」

「甘いわね。あの娘なら一日見てても飽きないと思うわ」

 

 志津香がやれやれと言った感じで肩を竦め、それを見て笑みを浮かべるルーク。だが、穏やかな空気はいつまでも続かない。何しろ、これから話す本題が本題だ。志津香がスッと真剣な口調に変わり、ルークをしっかりと見据えた。

 

「それじゃあ、本題に入りましょうか」

「……そうだな。少し奥に行こう。ここは少し騒がしい」

「そうね。奥の方にあまり人気の無い展示コーナーがあったわ。そこで話しましょう」

 

 

 

-王立博物館 展示会場J-

 

 志津香の言った通り、あまり人の入りが少ない展示会場の隅。ルークが壁に背を預け、その横では志津香が手渡された冊子を見ていた。受け取った瞬間は、何を美少女コンテストの冊子を渡しているんだと怒りもしたが、その中身を見てからは黙り込んでしまった。暫しの静寂の後、志津香は一度大きく息を吐いた。ルークは何も言っていない。ただ冊子を見せただけだ。だが、志津香はそれで全てを察していた。もし自分が先にこの冊子を見たら、その可能性には至っても確信は得られなかっただろう。だが、ルークがわざわざ自分を呼び出してこの冊子を見せてきたのだ。つまり、そういう事なのだ。

 

「そう……アスマが……アスマって名前は、お母様の名前から取っていたのね……」

「その偽名を決めたのは父親らしい。キューティが言っていた」

「なら、決まりね……」

 

 志津香の手に自然と力が入り、冊子の端がクシャリと折れる。その目に映し出されるのは、青いバラの上で横になるナギの姿

 

「ナギの父親が……ラガール……チェネザリ・ド・ラガール……」

「俺も、それでほぼ間違いないと思っている」

「…………」

 

 ルークの答えを聞き、暫し黙り込む志津香。その胸中は、一体どのようなものであろうか。長年追い続けていた復讐の相手を遂に見つけたのだ。だが、それはかつて共に戦った戦友の父であった。同じ復讐を誓った者同士だが、その恨みの深さはルークの比ではない。何せ実の両親を殺されたのだ。

 

「アスマは……ううん、ナギは……」

「…………」

「知っていたのかしら……私が、魔想篤胤とアスマーゼの娘だっていう事を……」

「……判らない。だが、知らなかったと思いたいな」

「そうね……」

 

 ナギが志津香の素性を知って近づいた可能性は確かにある。だが……

 

『お前、中々強いな。これほどの使い手に会ったのはゼスの軍人以外では久しぶり……いや、初めてかもしれない』

『おい、人形。貴様がルークの腹を貫いた相手だな。殺す』

『問題ない。志津香とルークがいる。脱出手段を見つける事など容易い』

 

 疑いたくはない。あのナギの無邪気な笑顔を。

 

「ルーク、ありがとう」

 

 冊子を閉じ、それをルークに返してくる志津香。それをルークが受け取ると、志津香はスタスタと歩いていこうとする。それを慌てて呼び止めるルーク。

 

「おい、志津香! 何を考えている!?」

「ラガールを殺すわ。決まっているでしょう」

「どうするつもりだ!? 相手は四天王の父親。表舞台にも滅多に顔を出さないようだし、そう簡単には会えんぞ」

「キューティでもサイアスでも、使える伝手は使うつもりよ」

「無茶を言うな! いくら知り合いとはいえ、そう簡単に会わせて貰えるはずがない。相手を殺す気となれば尚更だ」

「なら、私一人で何とかするわ。ラガールが現れる場所を調べ上げて、待ち伏せでも何でもして、この手で仕留める」

 

 ルークの呼び止めを無視して志津香が展示会場から出て行こうとしたため、その肩を強引に掴んで引き寄せる。

 

「そんなもの、成功するはずがない。その前に捕まるぞ」

「じゃあ、どうしろって言うのよ!」

 

 志津香が声を荒げる。人気の少ない展示会場である事が幸いした。それでも少しは注目を集めてしまったが、痴話喧嘩か何かかと勘違いされ、すぐにその人の目は離れる。そんな中、志津香はルークの前で俯き、肩を震わせる。

 

「ずっと追い続けて、やっと見つけたのよ……私がどれだけ……」

「…………」

 

 こうなる事は判っていた。それでも、ルークは志津香に知らせるしかなかった。約束したから。共に復讐を果たすと。

 

「ラガールは……この手で殺す……必ず……」

「ナギと敵対する事になるのは判っているな……?」

「……例えナギが……私の妹だったとしても……」

「(気付いていたのか……)」

 

 やはり志津香もその可能性には気が付いていたようだ。先程よりも更に肩を震わせ、絞り出すように声を出す。

 

「邪魔をするなら、容赦はしない……」

「…………」

「例え妹でも……私は……」

 

 葛藤があるのだろう。最後の言葉を言い淀む志津香。

 

「ナギをこの手で……殺……」

 

 遂にその言葉を絞り出した志津香だったが、それを言い終える前にルークに抱き寄せられた。その胸に顔を押し付ける形になり、言葉が止まる。いや、無意識に自分で止めたのかもしれない。そんな中、ルークが静かに口を開いた。

 

「頼むから……それ以上先は言わないでくれ……」

「…………」

「妹を殺すだなんて……姉が言っちゃいけない……絶対にだ……」

 

 今は無き妹の姿を思い出しながら、ルークは更に強く志津香を抱きしめる。志津香は何も言わず、抵抗もしない。一度辺りを見回し、こちらの会話を聞いている者がいないのを確認してから、ルークは言葉を続けた。

 

「俺は今、ゼスのレジスタンスに所属している」

「…………」

「ゼスの国軍と絡む任務も少なからずある。ラガールと戦うチャンスは、必ず俺が作る。必ずだ……だから、少し待っていてくれ……」

「…………」

「一人で何とかしようなんて思わないでくれ。俺がいる。その為の協力関係だろ?」

「ん……」

 

 小さく返事をし、ルークの胸をグッと手で押して志津香が離れる。俯いていた顔をゆっくりと上げ、ルークの顔を見ながら静かに口を開く。

 

「ごめん、頭冷えた……」

「そうか……」

「……レジスタンスだなんて、また厄介事に巻き込まれているわね」

「まあな」

「……約束よ。必ず機会を作るっていうの」

「任せろ」

 

 照れ隠しにか、一度ルークから視線を外し、展示物の方を見ながら髪をかき上げる。その横顔を見て、ルークは再確認する。やはりアスマーゼに似ている。この顔を、これ以上曇らせてはいけない。その為にも、復讐は完遂する。だが、ナギとの戦いは極力避けねばならない。最悪でも、この手に掛ける事は。

 

「はぁ……変なところ見せちゃったわね」

「気にしなくていいさ。仕方のない反応だろう」

「レジスタンス……」

「ん?」

「人手、足りてるの?」

 

 その問いにルークは目を丸くする。志津香の方からそんな質問をしてくるとは思わなかったからだ。

 

「いいのか?」

「一緒に行動していた方が、ラガールと戦うチャンスが来た時にスムーズに行動を起こせるでしょう?」

「それはそうだが……」

「今更、危険だぞみたいな忠告は無しよ。どれだけ一緒に危険を潜ってきたと思ってるの?」

「ふっ……」

 

 すっかり調子を取り戻した様子の志津香。いや、まだ多少は空元気かもしれないが、自身でも言っていたように頭は冷えた様子だ。

 

「すまん、力を借りる」

「謝る必要はないわよ。協力関係でしょ? ギブアンドテイクね」

 

 ポン、とルークの胸に右拳を押し付けてくる志津香。ニヤリと笑い、その顔を見たルークも自然と笑う。

 

「さてと……折角だし、一緒に見て回るか? 楽しみにしてたんだろう?」

「そうね。じゃあ、一緒に回りましょう」

「マリアはどうする。合流するならしてもいいが」

「放っておきましょう。マリアが興味ありそうなもの、この博物館だとヒララ鉱石くらいしかなさそうだし」

 

 予想していた通り、志津香への報告は一波乱あったが、何とか収まりはついた。だが、ナギを殺さないと言っても簡単な事ではない。いざ死闘になり、ナギが邪魔してくる事になれば、そういった甘い考えで戦っていれば返り討ちにあってしまうかもしれない。だが、それでも殺したくない。実の妹であるかもしれないのだから。

 

 

 

-王立博物館 展示場C-

 

「超ムシムシボール。初代ムシ使いの力が封印された、ムシ使いの最強装備」

「凄い代物だけど、扱える人がもういないのが残念ね」

「いや……ここだけの話、実は魔人に一人ムシ使いがいる。そいつなら使えるな」

「相変わらず、魔人に詳しいわね。こっちの武器も凄いわよ。カイザーナックル。格闘系戦士の最高武器ですって」

「アレキサンダーがつけたらもっと強くなるかもしれんな」

「香澄が泣くわよ。アレキサンダーの手甲、香澄の手作りなんだから」

「……やっぱり、香澄はそうなのか?」

「流石に気付いてた?」

「流石にな」

 

 こうして、二人で博物館を回る事になったルークと志津香。

 

 

 

-王立博物館 展示会場D-

 

「DALKソード。戦いの女神が愛用していたと言われる剣。女性剣士専用武器ですって」

「知り合いの女性剣士も結構多いな。レイラとメナドとハウレーン。それとチルディとサーナキアとセシルと……」

「カスタムだとラン、ミリ、トマトなんかもそうね」

「ジュリアはカウントした方がいいか?」

「ふふっ。しなくていいんじゃない」

 

 自然と会話も笑みも増える。

 

 

 

-王立博物館 二階展示場-

 

「この魔導書、もっとちゃんと中を見たいわね……でも、触っちゃ駄目なのね」

「触るなよ。警報がなるぞ」

「そんな子供みたいな事しないわよ」

 

 先程までの殺伐とした空気が嘘のようだ。

 

 

 

-王立博物館 大展示場-

 

「闘神だと!? こんなものも展示されているのか……」

「闘神ゼータ。遺跡から発掘されたけど、戦闘によって破壊された跡があり動作不能、だってさ」

「フリークなら何か判るかもしれないな」

「あ、最近専門家が検査して正式に壊れているって判定が出たみたい。確認者、ミスリー……ああ、あの!」

「成程。餅は餅屋か」

 

 そう、それはまるで……

 

 

 

-王立博物館 展示場B-

 

「デートみたいですわー」

「ん?」

 

 後ろから聞こえてきた声にルークと志津香が振り返ると、そこにはゼスの女学生が立っていた。すこしぽっちゃり目の体系と、どこかのほほんとした顔。そんな少女がルークと志津香を見ながらニコニコとしている。

 

「あのー、ルーク・グラント様ですよねー。解放戦の英雄のー」

「ん……」

 

 少し堂々と動きすぎたかと思いつつ、周囲を見回すルーク。変に騒ぎになるのも嫌だったが、相手が少し声のボリュームを下げて話してくれていた事もあり、誰も気が付いていない。そもそも、『解放戦の英雄』が有名なのは主にリーザスと自由都市での話だ。大陸中に報道されたとはいえ、他所の国の人がわざわざいつまでも顔を覚えていたりはしない。特に、魔法使い至上主義のゼスでは尚更の事だ。

 

「ああ、そうだが……」

「やっぱりー。サインを貰おうと思いましてー」

「俺のか。別に構わないが」

「ありがとうございますー。ここにお願いしますー。エロピチャちゃんにって書いてくださいー」

 

 スッとノートとペンを差し出してくるエロピチャという少女。それを受け取り、手慣れた様子でさらさらと書いていくルーク。それを見た志津香が茶化してくる。

 

「手馴れてるわね、有名人さん」

「まあ、何度か経験はな。学生服って事は、学校の行事か何かでここに?」

「はいー。課外授業ですー。ほら、あちらに集団がー」

「あ、本当だ。女学生の集団ね。ランスがいたら大変そう」

「確かにな……はい、これでいいかな」

 

 サインを書き終え、エロピチャにノートとペンを返すルーク。満面の笑みでそれを受け取り、チラリと志津香を見た後、ニコニコ顔でエロピチャは口を開いた。

 

「ありがとうございますー。ルーク様、有名人なんだからデートはちゃんと変装して行わないとダメですよー」

「なっ!? 別にデートって訳じゃ……」

「ん……そうか、そう見えるか……」

「はいー。それではー」

 

 ペコリと頭を下げて女学生の集団の方に小走りで駆けていくエロピチャ。その背中を見送りながら、志津香は少し言葉を失っていた。言われてみれば、確かにデートと捉えられてもおかしくない状況だ。意識してしまうと、何を話して良いか判らなくなる。

 

「そうか……よかった、保護者同伴の見学とか思われなくて」

「ふん!」

 

 そのルークの言葉を受け、思い切り足を踏み抜く志津香。久しい痛みがルークの全身を突き抜ける。

 

「つっ……この痛みも懐かしいな」

「少し年齢気にし過ぎじゃない?」

「気にもするさ……」

「切実ね……」

 

 そんな話をしていると、突如博物館内にけたたましい警報が鳴り響いた。

 

「えっ!? なに!?」

「あっちだー! ヒララ鉱石を盗もうとした賊がいるぞー!」

 

 警備員が警備メイトと呼ばれる賊撃退マシンを引き連れてぞろぞろと駆けていく。彼らの発していた言葉の中に不穏な言葉があったのを聞き、眉をひそめるルークと志津香。

 

「ヒララ鉱石だと……」

「いや、流石にマリアはそこまで馬鹿じゃ……」

「えーい、邪魔だ貴様ら!」

「あーん、ランス様ー!」

「どうしましょう……」

「ランスがヒララ鉱石を取ったりするからー!」

 

 大勢の警備兵の奥にチラリと見えたのは、見覚えのある一行の姿。ランス、シィル、リズナ、マリアの四人だ。頭を抱える志津香。

 

「馬鹿はあっちか……」

「……一旦外に出るぞ。ランスなら加勢の必要はないだろ。マリアとは後で合流しよう」

「そうね。疫病神に巻き込まれるのは御免だわ」

 

 警備に目をつけられるのは、今後のレジスタンス活動、及びラガールへの復讐を考えると得策ではない。そそくさと博物館を後にするルークと志津香であった。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 グリーン隊詰所-

 

「だからね、ランス。あんまりこの国の現状を知らない私が首を突っ込むのは……」

「あーあ、マリアが帰ると言ったせいで、助かるはずの子供が今一人死んだぞ」

「うっ……」

「あ、二人死んだ」

「だからね、ランス……」

「あーあ、今度はじーさんが死んだ。困った人を見捨てるなんて、薄情なヤツだなー」

「ううっ……判ったわよぅ、手伝えばいいんでしょ……」

 

 観念したように肩を落とすマリアとは対照的に、ランスはニヤリと笑ってその大きな口を開く。

 

「よーし! お前ら、判ったな。この女はマリア。今日からグリーン隊の一員だ」

「物凄い勧誘が目の前で繰り広げられていたんだけど……」

「脅迫ってレベルじゃねーぞ☆」

 

 呆れた様子のプリマとメガデス。円満な勧誘とはとても呼べない光景を見せられては、そうもなろう。逆にタマネギはその勧誘が面白かったのか、静かに笑っている。

 

「という訳で、その……今日からよろしくお願いします」

「どうも。判らない事があったら聞いてください」

「よろしくー!」

 

 マリアがグリーン隊の面々に挨拶をしていく。その最後、ロッキーに挨拶をしたとき、少し驚く光景がそこにはあった。

 

「よろしくお願いします」

「……ロッキーだす。よ、よろしくだす」

「(えっ……?)」

「(あら……)」

「(ほう……)」

 

 魔法使い嫌いのロッキーが、魔法使いであるマリアと多少ぎこちないながらも自分から挨拶を交わしたのだ。心境の変化でもあったのかと驚くカオル達だったが、一人だけ理由に心当たりのあるタマネギは感心したようにロッキーを見ていた。あの露天風呂での一件が、ロッキーの心持を変えたのだろう。

 

「やっぱりマリアは押し切られたか」

「あ、ルークさん」

 

 グリーン隊の詰所にルークがやってくる。その後ろには志津香とかなみ、セスナとネイの姿があった。懐かしい顔ぶれにマリアが手を振りつつ、ルークにはぷくっと頬を膨らませる。

 

「みんな、久しぶりー。ルークさん、やっぱりってちょっと酷いですよ!」

「どうも」

「久しぶりー。闘神都市の一件以来ね」

「会いたかった……」

「言えた立場じゃないでしょ。押し切られたんだから」

「志津香だけ酷いー」

 

 ため息混じりにマリアへと近づいていく志津香。そんな志津香を見ながら、ランスはルークに向かって無茶な要求をする。

 

「おい、志津香をグリーン隊に寄越せ」

「それは出来ないな」

「(なんか、私の時と反応が違う気が……)」

 

 ラガールの一件があるからなのだが、そんな事を知らないかなみはちょっとだけショックを受ける。

 

「マリア、本気?」

「うん……言いくるめられちゃった形だけど。でも、志津香も参加するんでしょ?」

「私はちゃんと理由があるから……マリアまで無理に参加しなくていいのよ」

「でも……」

 

 言い合いをしているランスとルークに視線を向けるマリア。その間に入っているシィルを一瞬だけ寂しい目で見たのを、志津香は見逃さなかった。

 

「ランスが心配だから……」

「本当に馬鹿ね……」

 

 その恋が勝ち目のない恋だと判っていながら、それでもランスの傍にいたい。不器用な親友だ。

 

「だったら、ブラック隊に来なさいよ」

「ううん、グリーン隊にいる。ランス、暴れそうだし」

「そう……」

「あ、志津香はグリーン隊に来る必要はないよ。私は大丈夫だから」

 

 グッと力こぶを作るマリア。志津香がいつも自分の事を心配してくれているのは知っている。でも、今は自分を優先してほしい。博物館までの道中、ルークからラガールに関しての手紙が来た事は聞いた。博物館での騒ぎの後はてんやわんやしていたため詳しく聞けていないが、レジスタンスに参加するのもそれ絡みなのだろう。だったら、こちらの心配をしている場合ではない。長い間志津香を雁字搦めにしていた復讐という鎖から解き放たれるかもしれないのだから。

 

「志津香、頑張ってね」

「うん……」

 

 親友の励ましに素直に頷く志津香。こうして、かなみに続き志津香とマリアもアイスフレームに入る事になった。一気に戦力が増したアイスフレームであったが、決して順風満帆ではない。先の博物館の一件は、二つの波紋を生んでいた。

 

 

 

-治安隊本部-

 

「これ……」

 

 夕方、王立博物館から監視カメラの映像が治安部隊へと届いた。本日の昼頃、賊が入ったというのだ。だが、博物館側は今回の一件をあまり大事にしたくないようであった。犯人にまんまと逃げられたとあっては、博物館の信用問題に関わるからだ。そのため、過去に犯罪歴のある者でない限りは指名手配しなくていいという依頼で治安隊に確認するよう仕事が回ってきたのだ。ランスたちにゼスでの前科は無い。だから、無事にその審査は終わるはずであった。

 

「ランスさんだ……こっちはシィルさん。マリアさんも……」

 

 不幸だったのは、その映像を確認したのがキューティであったという事。

 

「キューティ隊長。私はもう帰りますが……?」

「ごめん、私はもう少し残る。施錠はこちらでやっておくから気にしないで」

「すいません。それではお先に失礼します」

 

 映写室から職員が出ていき、部屋にはキューティ一人となる。だが、今は丁度良い。何せ、犯人が知り合いなのかもしれないのだから。真面目なキューティは信じたくない一心から、監視カメラの映像を関係ないものまで確認し始めてしまう。そして、見つける。あの男の姿を。

 

「ルークさんだ……」

 

 ルークと志津香が、その映像にはしっかりと映し出されていた。騒ぎには参加していない。だが、志津香は確かマリアと親友であったはず。ルークとランスも同じ冒険仲間。これは偶然か。その時、キューティに嫌な予感が走る。勢いよく立ち上がり、監視カメラの映像が録画されているラレラレ石を探し始める。お目当ての物は博物館の映像じゃない。共同銀行の映像だ。

 

「きゅー!」

「ありがとう、ライトくん」

 

 ライトくんから目当てのラレラレ石を受け取り、再生する。ゼス共同銀行の地下カメラの映像は殆どが破壊されており、使い物にならなかった。だが、これは賊がやったものではない。ラレラレ石には拷問の映像も多く残されていたため、ズルキが少しでも自分の罪を軽くすべく、投獄後に根回しをしてラレラレ石を処分させたのだ。投獄されてもなお、その権力は健在。厄介な男だ。

 

「…………」

 

 残っていた映像には、ズルキの蛮行も賊の姿も殆ど映っていなかった。だからこそ、処分されなかったのだろう。だが、もしここにヒントが残されているとしたら。賊が侵入した当日の映像を食い入るように見るキューティ。そして、見つける。

 

「シィルさんだ……」

 

 一瞬、走り抜けていく賊が映っていた。あまりにも一瞬過ぎて顔は判らないが、特徴的なそのピンクのもこもこヘアーがしっかりと映っていた。映像を止め、先程の博物館の映像と並べて検証する。隣に立っているライトくんとレフトくんもコクコクと頷いている。間違いない。これはシィルだ。

 

「つまり、あの日の侵入者はランスさんだった……? これは偶然……?」

 

 ルークが共同銀行を訪ねた日にタイミング良くランスが銀行強盗を行う。ルークが博物館を訪ねた日にタイミング良くランスが盗みを働く。

 

「違う……偶然にしては出来過ぎてる」

 

 悲しいかな、それは偶然。いや、作られた偶然と言うべきか。ダニエルが許可しなければルークが共同銀行に行くことはなかったし、マリアが博物館に来たのはルークが志津香を呼んだから。だが、キューティが疑念を抱くには十分過ぎる材料が揃っていた。

 

「先の銀行強盗……手口からして、レジスタンスの仕業という事になっていたはず。という事は、ランスさんは今レジスタンス……? ルークさんも……?」

 

 信じたくはないが、可能性は十分にある。だが、この事を誰に打ち明ける。自分の先走った推理で、あのルークを指名手配しろというのか。もし違っていたら、謝って済む問題ではない。だが、もし当たっていたら。打ち明けられない。少なくとも、腐敗した上層部には。

 

「……あの人しかいない」

 

 そう、この事を伝えられるのは一人しかいない。

 

 

 

-ゼス アダムの砦-

 

「サイアス様。治安隊の隊長から、直接お会いしたいとの連絡が」

「キューティが?」

 

 これが、一つ目の波紋。

 

 

 

-ゼス 日曜の塔-

 

「おぉ……おぉぉ……」

 

 ナギが管理する日曜の塔の最上階。そこにはラレラレ石の映像を見て涙する男の姿があった。

 

「アスマーゼ……まるで生き写しだ……おぉぉ……私のアスマーゼ……」

 

 その男は、チェネザリ・ド・ラガール。ナギの父にして、志津香の両親の仇だ。彼が見ているのは、先の博物館の映像。何故ここにその映像があるのかを説明せねばなるまい。チェネザリは自身の部下である忍びにある任務を与えていた。もし魔想の娘と思われる者がいれば、自分に連絡するようにとの任務だ。

 

「そうか……こんなにも美しく成長していたのか……なんという奇跡だ……」

 

 その忍びは非常に優秀な男であり、先の任務とは関係なく犯罪の起こった監視カメラの映像は秘密裏に全てチェックしていた。ゼス国内の犯罪というのは貴族が関わっている事が多く、貴重な交渉材料になるからだ。そういった情報は全てラガールの下に報告されていた。そして、そのチェックの中で忍びの男は見つけてしまう。かつてラガールから見せられたアスマーゼの写真とそっくりな女性を。すぐに調査をし、これが魔想志津香という女性である事を突き止めた男はラレラレ石をコピーし、すぐさまラガールへと報告。そして、今に至る。

 

「殺すなどとんでもない……私の下に……今度こそ、私を愛してくれる存在……おぉ……おぉぉ……ナギ、ナギはいるか!」

「お父様、どうかされましたか?」

 

 父に呼ばれ、奥からやってきたナギは驚く。何せ部屋の中には、今まで見た事もない泣きじゃくった父の姿と、見知った顔が写っている映像があったのだから。

 

「志津香だ。お父様、これは?」

「彼女を知っているのか!?」

「闘神都市で共闘した者です。以前に言った、共に高め合えると思える存在が志津香です」

「そうか……そうか、そうか、そうか!!」

 

 これが運命でなくて何だというのか。湧き上がる歓喜の情をラガールは抑えきれず、声を荒げる。困惑した表情でいるナギであったが、直後に発せられた父の言葉に目を見開く。

 

「ナギよ……これが魔想の子だ! この娘が、魔想志津香だ!!」

「なっ……!?」

 

 まさか、志津香が魔想の子だというのか。自分が生きてきた目的は、魔想の子を殺す事。つまり、志津香を殺す事。震える声で父に問い返すナギ。

 

「では、私は志津香を……?」

 

 殺せばいいのか。そう聞こうとして、ナギは躊躇ってしまったのだ。その問いかけに、ラガールは映像に視線を戻しながら答える。

 

「いや、そうではない……」

 

 殺すなどとんでもない。彼女はアスマーゼの生き写しだ。捕らえなければならない。そして、今度こそ自分を愛して貰わなければ。ラガールは言おうとする。志津香を殺してはいけないという言葉を。

 

 ここで、IFの話をしよう。もしナギが志津香と闘神都市で出会わずにその言葉を聞いていたら、彼女の精神は壊れていた。魔想の子を殺す為に育てられてきたというのに、父はその魔想の子に執着し、挙句の果てには殺すなと言ってきたのだから。自分はもう不要。そう思ってしまったナギは壊れ、父の肉体を破壊し、止めに入った忍びをその手に掛け、自らの手で志津香を殺す事を決意する。

 では、闘神都市で出会っていた際にその言葉を聞いていたらどうなっていたか。悩み、苦しみ、葛藤し、それでもナギはそれを受け入れていた。生きる意味を失ったナギであったが、自分の好きな志津香と共に生きる事を新たな糧とし、受け入れていた。

 だが、現実はどちらでもない。もっと残酷な結末。

 

「……んっ?」

 

 これまで志津香しか見ていなかったラガールは気が付いてしまう。彼女が笑顔を向けている相手を。この笑顔は覚えている。アスマーゼが決して自分には向けてくれなかった笑顔とそっくりだ。自分ではなく、篤胤にしか向けていなかったあの笑顔に。

 

「あ……ああ……」

 

 こいつだ。この男だ。この男が志津香の心を支配している。ふざけるな、これは私のものだ。そんな感情が憤怒へと変わっていく中、ナギがその男を見て小さく呟く。

 

「ルークも一緒だったのか」

「……ナギ? この男はルークというのか?」

「……? はい、ルークです。闘神都市で一緒でした。解放戦の英雄です」

「解放戦の英雄……そうか、ルーク・グラント。そうか、この男が志津香を……ふふふ、ははははは! そうか、こいつも篤胤と同じか!! ひゃはははは!!!」

 

 狂ったように笑い出すラガール。その姿はあまりにも狂人じみていた。呆然とその姿を見つめるナギ。ひとしきり笑った後、ラガールはゆっくりと視線をナギに戻した。

 

「ナギよ、この男だ……ルーク・グラントを殺せ!」

「ルークを……」

「そうだ、この男が元凶だ! 私から全てを奪う男だ! 篤胤の因子がまだ残っていたか!! あの時殺しきったはずだというのに、なんとしぶとい男だ!! ふふっ、ふふふふふふ!!」

 

 口元から涎を垂らし、発狂した様子で笑うラガール。思わず唾をのみ込みながら、ナギは再度志津香の事を問いかける。

 

「志津香はどうすれば……?」

「生け捕りだ。私の前に連れてこい。済まぬな、ナギよ。魔想の子を殺す為にお前を育ててきたが、その魔想の子も被害者である可能性が出てきた。魔想の子を貶めたのはこの男だ。殺せ! 殺せ、殺せ!!」

「ルークを……殺す……?」

「志津香も多少抵抗してくるだろうが、お前が負けるはずもない。多少傷つけても構わない、生きてさえいればどうとでもなる! 戦え! 戦え、戦え!」

「志津香と……戦う……?」

 

 ゆっくりと父の言葉を繰り返すナギ。頭の中に繰り返し浮かぶルークと志津香の笑顔。あの二人は悪だろうか。違う、そうではない。あの二人は殺したい存在だろうか。違う、そうではない。では、それを父に伝えるべきだろうか。

 

「お父様……」

「なんだ……?」

 

 違う、そうではない。

 

「判りました。ルーク・グラントを殺し、魔想志津香を生け捕りにします」

 

 愛する父の言葉は全てに優先される。それこそがナギがこの世に生を成してから変わらぬ、絶対のルールだ。

 

「そうか……そうか、そうか! よく言ってくれた、ナギよ!!」

「…………」

「コード! 控えているな!?」

「はっ!」

 

 一体どこにいたのか。ラガールの言葉を受け瞬時に姿を現す男。ラガール直属の忍びであるコードだ。この男が、この映像を持ってきた張本人。そのコードに対し、ラガールは新たな命令を下す。

 

「ルーク・グラントの動向を探れ! 逐一報告しろ! 機会があり次第、ナギを向かわせる!!」

「御意」

 

 そして、またコードが闇へと消える。残されたのは、狂ったように笑うラガールと無言のナギの二人のみ。ラレラレ石の映像は、今も笑い合うルークと志津香の姿を映し出していた。その映像を、まるで名残惜しそうな顔でゆっくり視線を向けるナギ。

 

「(残念だ、志津香、ルーク。お前たちと殺し合う事になるとはな……)」

 

 未練はこれで捨てた。そう自身を納得させ、ナギは部屋の奥へと姿を消していった。これが、二つ目の波紋。波紋は静かに広がっていき、いずれルークたちを飲み込んでいく。

 

 




[人物]
マリア・カスタード (6)
LV 20/45
技能 新兵器匠LV2 魔法LV1
 カスタム四魔女の一人。王立博物館でランスと偶然再会し、半ば強引にグリーン隊所属となった。志津香がラガールの手掛かりを手に入れた事は知っており、出来れば協力してあげたいと思っている。

魔想志津香 (6)
LV 33/66
技能 魔法LV2
 カスタム四魔女の一人。遂に復讐相手のラガールの手掛かりを得たため、否が応にも力が入っている。ルークと共に行動するのが復讐の機会を得る一番の近道と考え、ブラック隊に所属。それでもグリーン隊にいるマリアの事は心配しており、出来る限り行動は共にしたいと考えている。

ナギ・ス・ラガール (6)
LV 68/80
技能 魔法LV2
 ゼス四天王の一人。志津香の妹であり、姉妹で殺し合うという悲しい運命を背負ってしまっている。志津香とルークの事は大切に思っているが、父の言葉は全てに優先される。

チェネザリ・ド・ラガール (6)
LV 41/50
技能 魔法LV2
 ナギの父にして、志津香とルークの仇敵。志津香にアスマーゼの面影を、ルークに篤胤の面影を見て狂う。ルークを殺し、志津香の愛を自分のものにすべく動き出す。

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