-アイスフレーム拠点 孤児院-
「すまないが、アニーさんの事をよろしく頼む」
「任せて。一人増えるくらいなんて事ないから」
孤児院の庭先で会話しているのは、ルークとキムチ。女の子刑務所から助け出したアニーを、その体に受けた傷を療養すべく孤児院に預けたのだ。ダニエルが定期的に診察に来てくれる事になっているため、完治までそう時間は掛からないだろう。
「怪我が治ったら手伝いをさせて欲しいなんて言ってくるし、むしろ助かるくらいよ」
「そうか」
今のアニーは大分気落ちしている。刑務所内での酷い仕打ちもそうだが、理由があったとはいえ脱獄してしまったという事実は真面目な彼女にとって重い出来事だろう。そんな今の彼女にとって、子供たちとの交流は良い刺激となってくれるはずだ。そんな事を考えていると、少し離れたところからロゼが呼びかけてくる。
「ルーク、そろそろ行くわよ」
「ああ。それじゃあ、後は任せた」
「了解。暇な時は顔を出してあげて。あおいやアルフラが会いたがっているわ」
「判った」
キムチにそう答え、ルークはセスナとロゼを引き連れてウルザの屋敷へと向かう。カオルの容態を聞くためだ。先の戦いでムシ使いの毒を受け、カオルは現在も寝込んでしまっている。ダニエルの診断が終わるまでグリーン隊、ブラック隊共に待機命令となっており、その状況の確認に三人でやってきたのだ。
-アイスフレーム拠点 ウルザの屋敷前-
「あら? 出遅れたみたいね」
ウルザの屋敷の前までやってきたロゼがそう言葉を漏らす。既に屋敷の前にはランスとシィルが詰めかけており、何やらダニエルと揉めている様子なのだ。
「おい、面会謝絶とはどういう事だ!?」
「そんなに悪いのですか?」
「良いも悪いも……やれやれ、お前らも来たのか」
「状況の確認にな。どんな具合だ?」
ランス達と会話していたダニエルが近寄って来るルークたちに気付き、腰に手をあてながら一度大きくため息をつく。大分疲れた様子だ。ルークの問いを受け、ダニエルは一度空を仰いでから口を開く。
「このままだと衰弱死だ」
「なんだとっ!?」
「(ムシ使いの毒と聞いた時点で予想はしていたが……)」
ダニエルの言葉にランスが思わず大きな声を上げ、対してルークは眉をひそめながら思案する。ムシ使い。ゼスの先住民族であり、自らの体内にムシを入れる事で様々な特殊能力を得ていた民族だ。カオルが受けた毒も、彼らが作りだした特殊な毒であり普通の解毒剤では効果が無い。
「『テントウムシ』の毒なら、緊急時用に政府がいくつか解毒剤を確保しているって噂があるわよね。その辺の情報はないの?」
「少しは詳しいようだな」
「だから隊長でも副隊長でもないのにわざわざ連れて来られたのよ」
「成程。だが、残念だが詳しい情報は掴んでいない。あくまで噂レベルでしかないからな」
話に割って入るロゼ。彼女の言う『テントウムシ』というのは、ムシ使いの毒の元となるムシの事だ。彼女の知識に感心した様子のダニエルであったが、事態は好転しない。
「それじゃあ……今からその解毒剤の情報を集めれば……」
「……間に合うのか?」
「無理だな。衰弱死まで多少猶予はあるが、それでも情報がほぼゼロの状態から政府の隠し持つ解毒剤を手に入れるのは非現実的だ。そもそも、本当にあるのかも判らない代物だ」
セスナもその可能性には気が付いていただろうが、ダニエルにハッキリと切り捨てられ、少しだけ肩を落とす。それならばと、今度はシィルが意見を出した。
「ムシ使いの毒なのでしたら、ムシ使いの方たちに聞けば判るんじゃないですか? その人たちのいる場所に行けば……」
「それは無理なのよ」
「え?」
ロゼの答えにシィルが目を丸くする。だが、それも仕方ない事かという視線をルーク、ロゼ、ダニエルの三人は送っていた。彼らの存在は、若い者にはあまり知られていない。
「7年前……だったか?」
「合ってるわよ」
「ムシ使いの戦闘力を危惧した政府は彼らを殲滅するという計画を立案し、実行に移した」
「魔法使い至上主義のゼスにとって、戦闘力の高いムシ使いの存在は邪魔でしかなかったからね」
「結果、ムシ使いは根絶やしにされた。彼らの存在は無かったものとして扱われ、報道も国が規制した。教科書からも彼らの存在は消され、今では文献でも読まない限り年若い者たちが彼らの存在を知る術はない」
7年前のルークは魔人界にいたため当時の流れを詳しくは知らず、一度ロゼに発生時期が合っているかを確認してからシィルに説明を始め、ロゼとダニエルもそれに続く。あまりにも酷い仕打ちにシィルが顔を青ざめ、同時にカオルが今置かれている状況がどれ程まずいのかに気付く。
「そんな……じゃあ、解毒剤は……」
「ムシ使いが全滅した今、そんなものは残っていない」
「殲滅作戦決行の際、万が一の事を考えて政府がいくつか保管したっていう噂があったわ。それがさっきの話」
万が一生き残りがいた場合に備え、政府が解毒剤を秘密裏に持っているという噂はある。だが、先程ダニエルが話した通りあくまで噂でしかなく、それを今から手に入れるのは時間が足りない。
「じゃあ、あの親父はなんなんだ? ムシ使いは全滅したのだろう?」
「生き残りがいたという事だな」
「ちっ、適当な仕事しやがって」
勿論、ランスもムシ使いの殲滅に賛成している訳ではない。というか、ムシ使いの殲滅などランスにとってはどうでも良い事。美女が死んでいたら何と勿体ないと思うが、それ以外は別に関心がある訳ではない。故に、シィルのように青ざめたりはしていない。今はただ、国が逃したその時の生き残りがカオルに毒を与えた事が腹立たしいため、ゼス国への八つ当たりでの発言であった。すると、ここでランスが何かに思い至る。
「……まてよ、ムシ使いの生き残りがいたという事は、あいつならば解毒剤を持っているんじゃないか?」
そう、カオルに毒を与えた張本人、ムシ使いのドルハン。あの男か、あるいは主のエミであれば解毒剤を持っているのではないだろうか。確かにその可能性は高い。だが、ダニエルは厳しい表情のまま口を開く。
「難しいな。今朝入ってきた情報だが、エミ・アルフォーヌは療養も兼ねて一時帰省を決めたらしい。どうやら先日の一件を気にした父親のラドン長官に呼び寄せられたようだ」
「ラドン長官の家にいるって事ですか? いる場所が判っているのでしたら、狙いやすいのでは?」
「逆だ。娘を溺愛しているラドンは屋敷の警備をこれ以上ないほどに固める。間違いなくな。噂だが、四将軍にも警護の協力を要請しているらしい。まあ、要請が通るかは判らんがな」
「……通るな、確実に」
「ん? 何か確信があるのか?」
ダニエルが眉をひそめ問いかけるが、ルークには確信があった。自分がレジスタンスに関わっている事は、エムサの助力もありキューティにばれてしまっている。そしてあの時、自身の職務に誇りを持って自分たちを捕らえに来たキューティが、それを上層部、少なくともサイアスに隠すとは思えない。また、仲間の一人が毒を受けた事もエミの口からばれるだろう。となれば、ラドンの屋敷は次に自分たちが訪れる可能性のある大本命。見過ごす訳がない。
「サイアス……いや、下手すると雷帝やウスピラも来る可能性があるな」
「それはぞっとするわね」
それでは闘神都市の三つ巴戦の再現ではないかとげんなりするロゼ。そういえばセスナはあの時敵側であったなと思いながら、ロゼは肩を竦めて話を続ける。
「そもそも、その男が解毒剤を持っている確信もないわ。ムシ使い全員が解毒剤を作れる訳じゃあないもの。毒は使えるけど、解毒剤は作れませんっていうオチだったら乗り込んでも痛い目見るだけよ」
「確かにな」
ムシ使いにも得手不得手はある。毒を使うくらいなのだから、万が一のために解毒剤を持っている可能性は低くはない。だが、少ない時間の中でラドンの屋敷に乗り込むのに賭けてしまって本当に良いのだろうか。カオルを救うために別の犠牲を出したのでは元も子もない。
「(その男以外にももう一人、生き残りのムシ使いはいる。だが……)」
魔人ガルティア。伝説のムシ使いと呼ばれたあの魔人ならば、その場で解毒剤を作りだす事すら出来るかもしれない。だが、これはラドンの屋敷に乗り込むよりも遥かに成功確率は低い。不可能と言ってもいいだろう。そもそもケイブリス派であるガルティアと時間の限られた中でどう会えばいいというのだ。
「ダニエル、カオルをどこかに連れ出す事は出来るか?」
「それは認められんな。衰弱が早まる」
「なら、今の状態でどれだけ猶予がある?」
「対処なしなら数日、このまま手を施し続けても10日前後といったところか」
「そんな……」
「(となると、俺が取れる手は二つか……)」
「やはり屋敷に乗り込むしかないな。俺様はこのままカオルが死ぬのを、指をくわえて見ているつもりはないぞ」
「はい、ランス様!」
カオルの状況と猶予時間を聞き、ルークが思案する。ランスの言うように、このまま彼女を見捨てる気はない。だが、ランスの言う方法はあまりにもリスクが高い。ダニエルも同意見のようであり、ランスを見ながらハッキリと言葉にする。
「……そんな無謀な作戦は認められんよ」
「ふん! なら、他に方法があるとでも言うのか?」
「賭けにもならんかもしれんがな……」
ダニエルの意味深な言葉に全員が視線を向ける。ダニエルは再度空を仰ぎ見た後、ロゼに視線を向けながら口を開く。
「ゼス西南部にある大都市マーク。そこから少し南に下ったところに何があるかは知っているか?」
「……成程、そういう事ね。可能性は低いでしょうけど、他の方法に比べればまだ少しは……」
「どういう事……?」
ダニエルの言いたい事をすぐに理解したロゼがため息をつく。どういう事なのか気になったセスナがロゼに尋ねる。
「マークの南にはね、廃墟があるのよ。かつてムシ使いの村だった場所よ」
「まだそんな場所が残っているんですか?」
「ムシ使いはゼスでは汚らしい存在として忌み嫌われているからね。廃墟とはいえ、近寄りたくもないんでしょ。確か殆ど手つかずで放置されていたはずよ。汚染地域扱いだから、一般人もまず立ち寄らない」
「つまり、そこに解毒剤が保管されている可能性があるという事か」
「可能性は低いけど、他の手段も可能性としては大差ないわ。何より、危険度はグッと落ちる。私としてはそれが一番大事」
ニッと笑うロゼ。だが、それを不謹慎だと言う者は一人もいない。こういう状況だからといって、塞ぎこんでいても仕方ないのだから。
「掛かる日数が少なくて済むのもありがたいわ。廃墟中を探索しても、流石に10日は掛からないでしょ。無理だと判れば、すぐに別の手段に乗り換えられる」
「そうなったら、屋敷に乗り込むんですか?」
「いや、別の手段は俺の方に考えがある」
「ん、どういう手段だ?」
ルークの言葉にランスが反応する。屋敷に乗り込む以外に方法があるというのか。
「その時になったら説明する」
「勿体ぶるな、馬鹿者。まあいい、とにかくそのムシ使いの村に向かうぞ。カオルは俺様の女だ。絶対に助けるぞ!」
「はい!」
ランスがそう宣言し、シィルが嬉しそうに反応する。こうして一度解散となったルークたち。任務はグリーン隊とブラック隊の共同任務となる。人手は多い方がいいからだ。一度詰所に戻り、皆に報告してからムシ使いの村に向かう事にしたルークたち。
「その手段って、サイアスに頼むとかそんな感じ?」
「……まあな」
詰所に戻る最中、ロゼが唐突にそう尋ねてきた。気が付いていたのなら誤魔化しても仕方がないため、ルークは静かに頷く。すると、後ろを歩いていたセスナが驚いたように口を開く。
「……出来るの?」
セスナは知らないが、カオルはガンジー王の側近。その事はキューティもサイアスも承知している。その彼女がムシ使いの毒を受けたとなれば、必ず協力してくれるはずだ。ドルハンが解毒剤を持っているかエミ経由で確認して貰えるし、あるいは噂にある国の隠し解毒剤を貰えるかもしれない。何せ国王の側近。ガンジーもむざむざ彼女を見捨てるはずがない。
「最悪、以後の活動に俺とカオルは参加出来なくなるがな」
「それは困る……」
「だから、最後の手なんだ」
だが、リスクは大きい。ゼスの上層部にカオルのレジスタンス潜入を知る者がどれだけいるかは判らないが、どう足掻いてもそれが明るみに出てしまう可能性が高い。エミに協力を仰げば、必然的に反ガンジー派の中心人物であるラドン長官にもばれてしまうのだから。それはガンジー王の失脚にも繋がりかねない。また、既にレジスタンスへの協力がばれているルークがその事を頼みに行くとなれば、ルーク自身も以後はレジスタンスに協力出来なくなる可能性は高い。交換条件として国外追放ならまだ可愛いものだろう。最悪、投獄まである。
「(サイアスは俺がレジスタンスにいると知ってもその理由を察してくれるだろうから、投獄までは無いと思っているが、可能性はゼロではない……)」
人類と魔人の共存という夢を果たすために、時間は無駄に出来ない。そして、もう一つ。ロゼにも言わなかった奥の手がある。
「(ウェンリーナー。恐らく彼女なら、ムシ使いの毒を除去できるはずだ)」
ハピネス製薬事件の際に知り合った聖女モンスター、ウェンリーナー。ミリとエムサの弟の病気を治し、瀕死であったランスを救った彼女ならば、ムシ使いの毒も治せるはずだ。だが、易々と彼女の力を使う訳にはいかない。あの時はウェンリーナーが救い出してくれたお礼がしたいと言ってきてくれたので治療をして貰ったが、あの力はあまりにも過ぎた神の力。仲間が死にかけたり病気になったりする度に使っていれば、いずれその力に溺れる。怪我をしても大丈夫だというその慢心は、いずれその身を滅ぼす。
「(カオルが出向けないとなると、彼女にここまで来てもらう必要がある。それも危険だ)」
姿を消せるとはいえ、万が一という事もある。ジョセフのように彼女を拘束し、その力を己の欲の為に使い続けたいと思う輩はいくらでもいるのだ。
「(……それに、彼女は力を使うとその規模に応じて暫くの間眠りにつく。今ここで力を使ってしまって、本当に良いのか?)」
ムシ使いの毒の治療がどれ程の規模か判らない。彼女にとっては、眠りにつくようなものではないかもしれない。だが、もし彼女がこの治療が原因で数年の間眠りについてしまったら。その最中に魔人との戦いが始まり、大事な人が傷つき倒れてしまったら。その時ウェンリーナーの力を使えない事を悔いても遅いのだ。
「(他に治療できる可能性があるのなら、そちらを優先する。彼女に頼るのは解毒剤が村に無く、サイアスたちも持っていなかったその時だ)」
ウェンリーナーの力は、本当の意味での『切り札』なのだから。
翌日
-ムシ使いの村 南東-
「ここが……」
「何にもないだすな」
「こんな酷い事になっていただなんて……」
翌日、ムシ使いの村にやってきたグリーン隊とブラック隊の面々は目の前に広がる光景に絶句していた。建物であったと思われる残骸、荒れ果てた大地。かつて起こった殲滅作戦の状況がそのまま放置されているのだ。一体どれ程のムシ使いが殺されたのか。玄武城で長い時を過ごしたリズナは人一倍ムシ使いの現状を嘆いていた。
「真知子さんの言っていた通り、そんなに広くないな。これなら二日もあれば探しつくせそうだ」
ランスが少し高い位置から村を見回す。何せ廃墟がいくつか残っているだけであり、他には本当に何もないのだ。探す場所自体が少ない。
【グリーン隊参加メンバー】
ランス、シィル、マリア、リズナ、ロッキー、プリマ、メガデス、タマネギ、殺、ルシヤナ
今回は物探しの任務であるため、フルメンバーでの参加となるグリーン隊。とはいえ、村に入ってからは多少ばらけて探索をするつもりではあるが。そしてそれは、ブラック隊も同様。
「やっぱり、情報に強いのがいると色々と楽ねー」
「恐れ入ります」
【ブラック隊参加メンバー】
ルーク、ロゼ、志津香、かなみ、トマト、真知子、シトモネ、セスナ、インチェル、珠樹
こちらも大所帯だが、フルメンバーではない。というのも、長い間牢屋での生活が続いていたシャイラは体が鈍っており、今はアジト付近の森で戦闘の勘を取り戻している。ネイとナターシャはそれに付き添い。バーナードは先の女の子刑務所でミスリーから受けた傷の治療中だ。
「しかし、本当に酷い有様だな」
「現王のガンジーだったら、殲滅なんて命令下さなかったと思うわ」
「なんでそう言い切れるんだ?」
村を見ながらかなみがポツリと呟き、ランスがそれに反応を示す。
「ガンジー王は、この国では変人扱いされているからよ」
「魔法使い至上主義であるこの国での変人……感覚は私たちと同じって事よ」
「ふーん。まあ、今はそんな事どうでも良い。さっさと探すぞ」
耳を穿りながらそう口にするランス。ルークも村を見渡し、西の方を指差しながら口を開く。
「それじゃあ、俺たちは西に向かってみる。そっちは北に向かってくれ」
「サボるなよ」
「あんただけには言われたくないわ。マリア、気を付けなさいよ」
「うん、志津香も気を付けて」
今いる場所は丁度南東。村は中心部に小高い丘のような場所、恐らく人工で作り上げられた堤防のようなものがあり、それを中心にぐるりと回り込みながら探索をするつもりなのだ。ブラック隊は西、ランスたちは北に向かっていき、丁度北西辺りで合流する算段である。ランスの一言に志津香が睨んで返し、ブラック隊は西の方に歩いていった。その背中を見送りながら、ロッキーが不安そうに声を出す。
「本当にこんな場所に薬があるんだすか?」
「何もしてないのに諦めるな。探すぞ」
「んだ」
-ムシ使いの村 南-
「はっ!」
「炎の矢」
「ころりん……」
流石に長い間人の手が入っていないだけあり、村の中はモンスターの住処となってしまっていた。道中モンスターが現れその度にインチェルが声を上げるが、かなみや志津香があっという間に敵を倒すのを見て徐々にその目を輝かせ始めた。
「皆さん、本当に強いですよねー! 憧れちゃいます!」
「そ、そんな事……あはは……」
「ん、ありがとう」
照れた様子のかなみとは対照的に、志津香はそっけなく返す。だがその顔は、少しだけ嬉しそうだ。その会話にトマトも割って入る。
「こう見えてもトマトたちは多くの激戦を潜り抜けてきましたですからねー」
「ベテラン冒険者なんですね!」
「そうと言えなくもないですかねー」
「凄いですわー」
「いや、言えないでしょ……」
「本業のアイテム屋は良いんですか?」
インチェルと珠樹にちやほやされて図に乗るトマトを呆れた目で見る志津香。かなみの言うように、お前の本業はアイテム屋だろと言いたげだ。
「……まあ、暗い雰囲気になってなくて良いんじゃない?」
「そうだな。トマトを連れて来て良かった」
前を行く彼女たちの様子を見ながら、ルークとロゼ、真知子の三人が少し離れた位置でそんな会話をする。今回、ルークの配置は後方。戦えない真知子とヒーラーのロゼを護衛している。道中の敵はそこまで強くないため、他の皆に経験を積ませるのが目的だ。
「トマトさんやランスさん、今はいませんがシャイラさんもですが、皆さんそういう空気を払拭してくれるムードメーカーですからね」
「ああ、パーティーにとって大事な存在だ」
ランスやトマトは言わずもがな。シャイラも闘神都市での決戦前夜に暗い空気を吹き飛ばしている。パーティーにとってそういう存在は非常に貴重だ。
「ルークさん、今の言葉、最後の箇所だけ言ってあげればトマトさんは喜びますよ」
「間違いないわね」
「ふっ……」
真知子がクスクスと笑い、ロゼも同意したのを見てルークもつられて苦笑する。大事な存在などと言われたら、間違いなくトマトは喜ぶだろう。彼女の好意に気が付いていない程鈍くはない。
「そういえば、ルークさんは何でお帰り盆栽を持たないんですか?」
「ん?」
前を行くかなみがくるりと振り返り、ルークにそんな疑問をぶつけてきた。唐突な質問であったため、少し呆気に取られるルーク。
「お帰り盆栽の方が帰り木よりも便利ですよね? 何度も使えますし、パーティー全員に効果がありますし。高級品ですけど、ルークさんなら買えますよね?」
女の子刑務所の時と同様、今回もルークは皆に事前に帰り木を配っていた。先程受け取った帰り木をぷらぷらと動かすかなみ。お帰り盆栽はかなりの高級品であるため持っている冒険者は多くないが、ルークの財力であれば十分に購入は可能なはず。何故持っていないのか不思議でしょうがないのだ。
「それは……」
「ここはトマトが代わりに説明するですかねー!」
「わっ! トマトさん、びっくりさせないでください」
「いやいや、今回はアイテム屋であるトマトのフィールドですかね!」
突如ルークとかなみの間に割って入ってきたトマトに驚くかなみ。だが、トマトは気にする事もなく説明を続けた。
「値段の点を除いても、決して全ての面でお帰り盆栽の方が優れている訳ではないですかね。まずは持ち運びの面。お帰り盆栽は道具袋の中でそれなりにスペースを取るのに対し、帰り木は殆ど場所を取らないです。ポケットなんかのちょっとした場所に入れておけますですし」
「それは確かに。帰り木って言ってしまえば一本の枝ですから、場所は取らないですよね」
「道具袋は決して物が無限に入る便利グッズじゃないからな」
「たまに錯覚するわよね。世色癌とか何万個も持ち歩けるような気になるけど、冷静に考えれば無茶な話よね」
ロゼの言うようになんとなくアイテムを無限に持ち運んでいるような錯覚に陥る事もあるが、決してそんな事は無い。冒険で持ち運べるアイテムは限られているのだ。ランスはシィルに大荷物を持たしているため多くのアイテムを持ち歩いているが、普通の冒険者にとってはお帰り盆栽はそれなりにスペースを取るアイテムだ。
「効果範囲についてもデメリットはありますです。お帰り盆栽は使用者の周囲にいる者を対象に取りますが、この際の敵味方についての判定は曖昧。敵が近くにいるような状態で使うと、敵も一緒にワープしてしまう事が多々あるです。というか、その方が多いです」
「それは怖いですね……」
随分前、闘神都市でディオと初めて対峙した際、トマトの言う状況に陥った事がある。あの時はサイアスが命を懸けてディオを引き離し、お帰り盆栽による帰還を成功させた。
「後はこういった風に別行動を取る際は帰り木を各自に持たせておいた方が便利というのはありますですかー。お帰り盆栽だと、常に仲間もそれを持っている人の近くにいないと駄目ですかねー」
「成程……それじゃあ、ルークさんは帰り木の方が使いやすいと考えているって事ですか?」
「そうだな。俺は一人での任務も多いし、常に盆栽を持つメリットがあまりないっていうのが正直なところだ。逆にランスは少なくともシィルちゃんと二人での任務が多いから、パーティー用のお帰り盆栽があっているんだと思う」
「性格的に帰り木の補充も忘れるでしょ、ランスなら」
「まあ、それもあるな」
志津香の意見は鋭い。帰り木の補充を忘れて冒険に出てしまい、出先で涙する。駆け出しの冒険者あるあるだ。見ればシトモネとセスナも駆け出しの頃に経験があるのか、シトモネはポリポリと頬を掻き、セスナは鼻提灯を作って寝たふりをしている。いや、本当に寝ているのかもしれないが。ランスの場合、シィルが忘れずに補充してそうなものだが、金欠になりがちなランスの場合その補充すらままならない事も多々ある。何せリーザスから貰った由緒ある装備を売り払った事もある程だ。
「以上、トマトの解説コーナーでしたかねー!」
「わー、ぱちぱち」
「判りやすかったですわー」
「これでも本職ですかねー。えっへん」
「って、あれ? ベテラン冒険者……? アイテム屋……?」
得意げに胸を張るトマト。アイテム屋の本領発揮といったところか。ただ、前後の話の整合性がつかないため、インチェルは首を傾げていた。
「ベテラン冒険者さん。腕の見せ所よ」
「へ?」
志津香が皮肉気味にそう口にしたので前方を見ると、トマトの目に映ったのは何やら強そうなモンスター。刀を二つ持ち、立派なマゲを蓄えている。すかさず口を開く真知子。
「あれはサメラ~イですね。いくつもの剣技を持つ男の子モンスター。強さは中堅レベル、といったところでしょうか」
「本当便利ね、真知子」
「(楽だな……)」
いつもはモンスターの解説は殆どルークが引き受けるため、ロゼの言葉に心の中で同意するルーク。すると、真知子はそんなルークの心境にすら気が付いているとでも言うかのように、静かに微笑みかけてきた。恐るべし、情報屋。
「(動かないわね。まあ、確かに苦戦する相手でもないか)」
ルークが動かないのをロゼが確認する。確かにこれまで道中で出てきたモンスターに比べれば強敵だが、今のトマトが苦戦する相手とも思えない。だからこそ、志津香も腕の見せ所だと言って挑発したのだ。本当に危ない相手であれば、一対一などけしかけない。
「ふっふっふ。遂にトマトのパワーアップした力を見せる時が来たようですかねー……」
剣を持ち直し、キラリとその目を光らせるトマト。何やら自信ありげだ。
「パワーアップですか?」
「トマトのニュー必殺技! 火力増し増しですかねー!」
「あ、そういえばそんな話を刑務所でも聞いた気が……」
シトモネが女の子刑務所での会話を思い出す。確かにトマトは『自分には実は火力がある』というような事を口にしていた。
「志津香、知っているか?」
「知らないわ。何かこそこそやっているって言うのはマリアから聞いてたけど、興味なかったし」
「真知子さんは……知ってそうだな」
「ふふ、トマトさんったら」
ルークが尋ねるよりも先にクスクスと笑っている真知子。新必殺技というのを既に知っているのだろう。だが、先に聞くのは野暮というもの。ルークは腕を組み、黙ってトマトを見守る事にする。
「ルークさーん! いきますですから、絶対に見逃さないで欲しいですかねー!!」
「ああ、大丈夫だ。油断はするなよ」
「勿論ですかねー!!」
剣をぶんぶんと振ってルークにアピールした後、トマトは何やらごそごそと道具袋を漁ったかと思うと、小袋を取り出してその中身の粉をパラパラと剣に振りかけ始めた。
「ふふ……種が丸見え……」
「真知子さん、楽しそうだな」
「行きますですよ、モンスターさん! てやー!!」
下準備を終えた後、トマトが一気にサメラ~イ目指して駆けだした。刀を構えるサメラ~イに向かって、トマトは勢いよく上空に跳び上がった。掲げた剣、上空から振り下ろすポーズ。それは間違いなく、闘神都市で見たあの必殺技。
「トマト爆裂アタックpart2ですぅぅ!!」
「で、出た! 真滅斬の丸パクリ技!!」
「名前しか変わってないじゃない……」
かなみと志津香の声を他所に、トマトが剣を振り下ろす。その一撃はガードが間に合わなかったサメラ~イの体を見事に斬り裂いた。ここまでは、前回と同じ。違うのはここからであった。突如剣先が光ったかと思うと、大きな音と共に小爆発を起こしたのだ。砕け散るサメラ~イの体。中々にグロテスクな光景だ。
「えぇぇぇぇぇ!!」
「ば、爆発したーっ!?」
「あーはっはっは! ここまであの時のを再現したの!?」
絶叫するかなみとインチェル。確かに闘神都市の戦いでディオにこの技を使った際、何故かは知らないがディオの体で爆発が起こった。あれを完全再現したのが、このトマト爆裂アタックpart2だ。笑っているロゼは、既に種が判ったのだろう。すぐにルークも思い至る。
「元ネタはチューリップか」
「はい。ヒララ鉱石など、チューリップの弾薬に使う材料を利用して、振りかけるタイプの粉末を作ったそうです。剣から飛び散った火花に反応し、爆発を起こすという凄い一品です」
「確かに……その……凄い火力ですね……」
「うん……」
飛び散ったサメラ~イの残骸を嫌そうな目で見ながらシトモネがそう漏らす。明らかにオーバーキルだ。対してセスナは感心した様子だ。その威力を認めているのだ。
「普通の剣では爆発の威力に耐え切れず折れてしまうそうですが、ルークさんから頂いたというあの剣なら折れないらしく……」
「名剣だからな。とはいえ、元の持ち主もこんな使われ方しているとは思っていないだろうな……」
ピッテンから貰い受けたピッピルクラは名剣。そう易々とは折れないだろう。だが、この使い方を見たらピッテンが何というか。いや、案外笑って許してくれそうな気もするなとルークは苦笑する。
「丁度相手を斬りつけた直後に爆発が起こるよう、粉の開発に試行錯誤したみたいです」
「大変だったんだな」
「はい。香澄さんが」
思わず真知子を二度見するルーク。聞き間違いではないようだ。ルークの顔を見上げながら、困ったように苦笑する真知子。
「あの粉を作ったの、香澄さんです。大変だったみたいですよ。マリアさんとの仕事とは別に、連日ほぼ寝ずに協力を……」
「トマトは何で釣ったんだ?」
「新しい手甲の作成に使える貴重なアイテムの数々です」
「持ちつ持たれつか……」
「とりあえず、空の上の香澄に敬礼しておく?」
「死んでないわよ」
ビッと青空に敬礼するロゼ。志津香の突っ込みは当然だが、何故かルークの目にも青空に浮かぶ香澄の笑顔が見えるようであった。マリアにも相当な無茶ぶりをされているのに、今度はトマト。苦労人ランキングというものがあれば、間違いなく上位に入るだろう。対抗馬はシィルとマリスとフェリス辺りか。
「ルークさーん! 見てくれましたですかねー!?」
「ああ、見てたぞ。凄い技だな。上手く使えば実力差を引っくり返す事も出来る。良い技だ!」
「いやっふーですかねー!!」
ルークに褒められて喜びを露わにするトマト。だが、ルークの言葉はお世辞ではない。決まれば大ダメージは必至、ガードしても爆発が起これば相手の体勢は崩れるだろう。粉を振りかける隙やタイミングなど改善点はあるが、十分必殺技と呼んでいい代物だ。
「本物のベテラン冒険者さんから、何かアドバイスは?」
「そうだな……」
志津香からそう言われ、顎に手を当てながら少しだけ考えるルーク。先程考えた粉の隙やタイミングを言ってもいいが、それよりも先に言っておいた方が良い事があると思いそれを口にする。
「俺からアドバイスするとすれば、技そのものよりもその後だな」
「その後ですかー?」
「ああ。必殺技というのは、文字通り相手を必ず殺す技。決め技だ。だからこそ、使った後に隙ができやすい」
「隙ですか……?」
「ああ、心の隙だ。これで決まった、相手はもう反撃してこない。強力な技であればある程、そんな隙が生まれやすい。これは何も駆け出し冒険者だけに言えた事じゃあない。ベテランや一流と呼ばれる連中も、それこそ自分の技に自信を持っていればいる程、その隙は生まれやすいんだ」
トマトだけでなく、かなみやセスナ、インチェルも聞き入っている。普通の一撃がある意味大技でもあるセスナは、少なからず経験があるのかもしれない。
「ルークはどうなの?」
「ある」
「ルークさんでもですか!?」
志津香の問いに即答するルークにかなみは驚愕する。ベテラン冒険者であるルークですらその隙があるというのか。
「普段は戒めるようにしている。気を付けてはいる」
『拳が届いた瞬間……貴方の剣を折った瞬間……俺の心は満ち、集中力を欠いてしまった。武闘家として恥ずべき行為だ……』
『ああ、それがあんたの敗因だ……』
かつてリーザスの武術大会で、アレキサンダーがルークに負けた原因もこれだ。今よりも未熟だったとはいえ、あの時点で相当の強者であったアレキサンダーにもこの隙はあった。
「だが、ギリギリの死線の際、最後のつもりで放った大技の後にはそういう隙が生まれる事もある」
『真滅斬!!』
『勝ったつもりかぁぁぁぁ!!』
闘神都市での最後の戦いを思い出すルーク。体勢を崩したあの男に真滅斬を放った時、これで終わるという隙が少なからずあった。ディオはそれを見抜いていたからこそ、あの言葉が出たのだろう。あの時は左腕を犠牲にして真滅斬を耐えきったディオに手痛い反撃を食らった。
「その隙を完璧に無くすのは難しいと思う。だが、念頭には置いておいてくれ」
「判りましたですかねー! 気を付けるようにするですかねー!!」
「本当に判ったの?」
「あったりまえですかー! ルークさんの言った事は一言一句残さずこのトマトの糧になっているですかねー!!」
ロゼが茶化すと、トマトはグイと自分の耳を指で広げて聞き逃していないぞとアピールする。その反応がおかしかったのか、一同がドッと笑いだした。その様子を微笑ましく見るルーク。
「(しかし、トマトも本当に成長しているな。いや、トマトだけじゃない。かなみも志津香も、みんな成長している)」
「何か今、おっさん臭い事考えなかった?」
「…………」
ロゼの問いにそっぽを向くルーク。どうやら図星のようだ。若者の成長と言うのは眩しい。最近、特にそう感じるようになったルーク。そう、『あの子』を育てるようになってからは。
-ムシ使いの村 北東-
「ふんっ!」
ランスが勢いよく剣を振り下ろし、目の前のモンスターを斬り殺す。いや、これは果たしてモンスターなのだろうか。肉体が崩壊し、肌色の肉がどろりと垂れ下がっている。ボコボコと膨張した肉体のところどころに、浅黒く変色した部位が見え隠れする。だが、その形状はどこか人間にも見えた。一体これは何なのか。ランスが訝しげな目で動かなくなったその物体を見る。
「なんだったんだ、こいつは?」
「これは『なれのはて』と呼ばれるものだと思います」
「リズナ、知っているのか?」
コクリと頷くリズナ。彼女がゼスで学生をやっていたのは、ムシ使い殲滅作戦の遥か前。その頃はまだムシ使いは教科書にも載っていたのだ。知っていてもおかしくはない。
「ムシ使いは自らの体内にムシを入れる事で特殊な力を得られ、その数が多ければ多いほど強くなれます。ですが、ムシを入れ過ぎてしまうと制御しきれなくなり、体が崩壊。自我もなくなってしまうと習いました。そのような状態になってしまったムシ使いを国では『なれのはて』と呼んでいるのです」
「それが今の奴か?」
「見るのは初めてですので確証はありませんが、恐らく……」
何せ数十年も前の知識。記憶も薄れているため少し自信なさげに話すリズナであったが、彼女の言うように今のモンスターはなれのはてと呼ばれている存在に間違いなかった。
「政府もなれのはてまでは殲滅しなかったのね」
「でも、って事はこれって元々人間だったって事だよね? あたいはそうは思えないなー。つんつん」
「ルシヤナ、駄目だぞ」
かつての殲滅作戦の際にムシ使いと共にその多くが殺されたが、なれのはては既にムシを扱う事が出来ないため、政府もあまり危険視はせず、こうして今も生き延びていたのだった。マリアはほっと胸をなでおろすが、武器でなれのはての死体を突いてプリマから注意を受けているルシヤナの言葉は案外深い。元人間ではあるが、自我が無くただ彷徨っているだけの彼らは果たして人間と呼べるのだろうか。
「言っちゃあ悪いけど、ちょっと気味悪いよな☆」
「そうだすな……」
メガデスが正直な気持ちを言い、ロッキーもそれに同意する。ムシ使いには悪いが、このような姿を見せられてはやはり拒否反応を示す者は出てきてしまうだろう。だが、ランスはそんな意見を鼻で笑う。
「ふん、どうでもいいな。もうこいつはムシ使いじゃなく、なれのはてとかいう別の生き物みたいなもんだ。外見的にはモンスターと変わらんな」
「ムシ使いとは別だすか……? ランス様は、ムシ使いの事が怖くないだすか?」
「うむ。ムシ使いとかどうとか俺様には全く関係ない。重要なのは、美女かどうかだ」
「本当に変わらないわよね、ランスは……」
呆れたような、されどどこか懐かしむような気持ちでマリアがそう口にする。いつだって、ランスの一番の基準はそこなのだ。
「…………」
そして、そんなランスたちを見ている一つの影があった。フードで全身を覆っているためその顔は見えないが、体型は小柄、というより子供といった方が良いだろう。そして、一番初めにその子供に気が付いたのはシィルであった。
「あれ……?」
「シィルちゃん、どうしたの?」
「あそこに子供が……」
シィルの指さす先をマリアが見ると、確かに子供と思われるフードの人物。だが、何故こんな場所に子供がいるのか。この廃墟はモンスターの住処となっており、子供一人でいるにはあまりにも危険な場所だ。そう思ったシィルが小走りに子供に近寄っていく。
「ぼく、どうしたの? 迷子かしら?」
そう言いながら子供に手を伸ばしたシィルであったが、ペシッという音と共に子供はシィルの手を払いのけた。思わぬ反応にシィルも驚く。
「えっ?」
「こら。俺様の奴隷に何をしやがる、ガキ」
「お前がランスか……?」
フードの奥から聞こえてきたのは、少年の声であった。まだ声変わりもしていないような声でランスにそう問いかける少年。
「そうだ、俺様が稀代の英雄と呼ばれるランス様だ。ガキのくせに俺様を知っているとは、中々に見どころがあるな。サインでも欲しいのか?」
「…………」
少年は無言でランスの顔をジッと見ていた。フードの奥から少年の目が僅かに見えたが、それは明らかにランスを睨み付けている様子であった。当然ランスも気が付いたのか、ふんと鼻を鳴らしながら口を開く。
「なんだ? 一丁前に俺様に喧嘩を売っているのか? ガキの癖に生意気な」
「やっと……見つけた……」
「見つけた? 俺様を捜していたのか?」
「…………」
ランスの問いかけに答えず、少年は手に持っていた真紅の剣を握り直した。
「お前を……倒す!!」
「ふん、ふざけたガキだな。俺様はガキと言えど歯向かう奴には容赦……」
ランスの言葉が終わるよりも先に、少年は羽織っていたフードを勢いよく脱ぎ捨てた。確かに今から戦闘するのなら、ぶかぶかのあのフードでは邪魔になる。そして、少年の姿が露わになる。茶色い髪に薄黒い肌。少し高そうな軽鎧を身に着けているが、少年用にカスタマイズしているのか防御力よりも動きやすさを重視した形状だ。だが、少年の顔には見覚えが無い。いや、正確にはその顔は判らなかった。何故なら、少年の顔には漆黒の蝶型マスクが身に付けられていたからだ。
「ぶーーーーっ!!」
勢いよく吹き出したのはマリア。あれは間違いなく某ブラック仮面のマスク。何故この少年があんなものを身に着けているのか。緊迫した場面なのだが、自然と緊張感が解けてしまうのも無理からぬ事。
「おい、あの趣味悪いマスク流行ってんのか?」
「存じあげておりませんが、ハピネス製薬のコマーシャルで流れていますし、もしかしたらそれなりに人気があるのかもしれませんねぇ……」
「いや、流石にそれはないでしょ……いやでも、孤児院のあおいとアルフラも好きだったっけ……」
「あの二人は中身が好きなだけだとあたいは思うけどなー」
後ろでひそひそと仲間たちが話し出す。ストレートに物を言うメガデスとプリマの反応はある意味正しく、対してタマネギは大人な対応と言えるだろう。それと、ルシヤナは正解。
「ん? なんだ? そのマスク、どこかで見た事ある気が……」
「死ね!」
「お? 来るか?」
「ちょっと、ランス! 子供なんだから手加減……」
少年が構えたのを見てニヤリと笑いながらランスも剣を構える。とはいえ相手は子供。マリアがそう苦言を呈すが、その言葉は途中で切られる事になる。
「はぁっ!!」
「……!?」
少年が勢いよく大地を蹴ると、ランスの顔から笑みが消える。同時に、マリアも次の言葉を発せなくなってしまった。速い。とても子供とは思えないスピードで、その少年は一気にランスとの間合いを詰めたのだ。そのまま少年は目の前のランス目がけて剣を振る。鳴り響く金属音。
「……くっ」
「ふん」
だが、その一撃をランスはしっかりと剣で防いで見せた。多少驚かされたとはいえ、これを防げないような二流戦士ではない。そのままギロリと少年の顔を見下ろす。
「ガキ。あまり調子に……」
「でりゃぁぁぁ!!」
「あ、貴様! まだ俺様の台詞は終わってないぞ!」
ランスの言葉を聞き終えるよりも先に、少年は剣を連続で振るう。それをひょいひょいという感じで捌き続けるランス。その攻防にロッキーはゴクリと息を呑む。
「あ、あのお子さん凄いだす……」
「…………」
ロッキーが狼狽える横で、殺は銃の弾を交換し構え直していた。その行動に気が付いたのか、ランスが声を掛ける。
「殺っちゃん、何もしなくていいぞ」
「……了解した」
「くっ……舐めるなぁぁぁ!!」
援護など必要ないというその態度が余裕の表れに見えたのか、少年が激昂して跳び上がる。剣を掲げたその体勢は、どこかランスアタックのポーズに似ていた。瞬間、ランスは勢いよく少年の腹にヤクザキックをお見舞いする。
「ランスキィィィック!!」
「ぶほっ!」
まるで暴れうしにでも衝突してしまったのではないかという衝撃を受けて少年が後ろに吹き飛ぶ。それと同時に、これまでずっと少年の攻撃を受けるだけであったランスが攻撃に転じる。勢いよく地面に打ち付けられ、息を吐く少年。その体を影が覆う。目の前に迫ってきたランスの体が日の光を遮ったからだ。目を見開いて少年がランスを見上げると、ランスは既に剣を振り下ろしているところであった。
「うわっ!!」
慌てて真紅の剣で迫りくるランスの攻撃を防ぐ少年。何度目か判らない金属音が鳴り響き、何とかランスの攻撃を防ぐ事が出来た。ホッと息を呑む。
「ほう」
「……!? っ……」
その反応に思わず声を漏らすランスであったが、すぐにニヤリと悪い笑みを浮かべる。それと同時に、ホッとしていた少年の表情が一気に苦悶のそれに変わるのだった。ランスが剣に体重を掛けてきたのだ。上からの圧に耐えていた少年であったが、数秒の後遂に耐え切れなくなり、後方に飛びずさる。
「がはははは! あまーい!!」
だが、その行動はランスに読まれていた。少年が取れる手段がそれしかない事をランスも気が付いていたからだ。少年が飛びずさったのとほぼ同時にランスも大地を蹴り、後方へと逃げる少年の体に勢いよく剣を振るった。今度は防ぎきれない。鎧のお陰で直撃は免れたが、先程の蹴りよりも強い衝撃に少年の体は再度吹き飛ばされるのだった。
「がぁっ!!」
ゴロゴロと地面を転げる少年。ランスは追撃の手を止め、剣を肩に乗せながら渾身のドヤ顔を決めた。
「がはははは! 百年早い!!」
「で、でも、ランス様の方がもっと凄かっただす!」
あの凄い少年をまるで歯牙に掛けない。やはり自分のご主人様は凄いお人だと歓喜するロッキー。だが、昔からの奴隷であるシィルは吹き飛ばされた少年を心配していた。
「あの、ランス様……その……」
「余計な事はするなよ、シィル」
少年の治療をしていいかと尋ねようとしたシィルであったが、その質問を読んでいたランスに先手を打たれてしまう。ボロボロの状態でふらふらと立ち上がってきた少年。いつの間にか身に着けていた漆黒のマスクは地面に落ちてしまっていた。ようやく露わになったその顔は、どこか生意気そうな印象を受ける少年。だが、整ってはいる。
「(この子、ランス様にどこか似ている……)」
そんな事をシィルが考えていると、ガクリと少年の腰が落ちた。もうまともに立てないのだろうか。
「おい、ガキ。なんで俺様を狙った? どういうつもりだ? 返答次第では許してやらん事もないぞ」
「…………」
「まあ、俺様に逆恨みする連中は多いからな。そういう烏合の衆の一人だとは思うが……」
「逆恨みじゃない……」
それまでランスの問いかけを無視していた少年がポツリと言葉を漏らす。怪訝そうな表情のランス。
「どういう事だ?」
「お前だけは……許せないんだぁぁぁ!!」
そう叫んだ少年が勢いよく剣を振るった。だが、勢いよく転げ回った少年とランスの間には距離があり、とても剣が当たる距離ではない。だが、ランスは目を見開いた。いや、ランスだけではない。若干遅れてシィルとマリアが、その後更に遅れて他の者たちも気が付く。少年はまともに立てなかったのではない。立たなかったのだ。何故気が付けなかった。腰を落とし、剣を構える。それは、これまで何度もパーティーを組んできたあの男の必殺技の構え。
「真空斬!!!」
「な、なんだとぉぉぉ!?」
思わずランスが声を上げる。迫りくる闘気の刃。それは正しく、あの男と同じ必殺技だ。すぐさま肩に担いでいた剣を振り下ろし、闘気の刃に直撃させる。勢いを失った真空斬はそのまま空気中に四散した。だが、ランスは舌打ちをする。先程まで目の前にいた少年の姿が消えているのだ。すると、リズナが声を出す。
「ランスさん、あちらです」
「猿か、あいつは」
リズナが指さす方向には、急斜面をひょいひょいと登っていく少年がいた。とてもじゃないが、あんな急斜面を登れる者はこちらにはいない。そのまま斜面を登り切り、盛り上がった丘のような場所の上からランスを見下ろしてくる
「次は殺してやる! 今日は引き分けだ!!」
「馬鹿者、誰が見ても俺様の勝ちだ」
「引き分けだからな!!」
そう言い残し、少年はそのまま去って行ってしまった。
「ロッキー、追いかけろ」
「ランス様、この斜面を登るのは無理だす……」
「ちっ、使えん奴め」
「ランス、どこの子か本当に知らないの?」
「知らん」
マリアの問いかけに即答するランス。これは嘘ではない。あんな子供は初めて見たし、何故自分を恨んでいるのか見当もつかない。
「でも、ただのガキじゃねーな」
「はい。あの年齢であれだけの動きをするとなると、相当の鍛錬を積んでいると思います」
「おら、勝てる自信ないだす……」
メガデスの言葉にリズナが頷き、ロッキーが正直な感想を口にする。一体どのような修行を積めばあの年であの境地に至れるのか。間違いなく、師事した人間がいるはずだ。
「(……後でルークさんに聞いてみた方がいいよね)」
そう心の中で思うマリア。いや、マリアだけでなく、他にも同じように思っている者がいるように思えた。
「…………」
そんな中、治療をする前に去って行ってしまった少年を心配そうに見送るシィル。何故だかその胸中には心配とは別の気持ち、そう、言い知れぬ不安のようなものを感じていた。
-ムシ使いの村 中央部-
「くそっ! くそっ!!」
痛む体を押して走る少年。その目には薄らと涙が浮かんでいる。ひとしきり走り、後ろから誰も追ってこない事を確認してから、そのスピードを少し緩める。胸に残るのは後悔。
『簡単に跳び上がり過ぎだ。その攻撃方法は威力が高い代わりに、その分隙が多すぎる』
「おいら……とーちゃんの教えてくれた事、全然守れなかった……」
ランスの余裕の態度に激昂し、思わず跳び上がってしまった。今思い返せば、あそこから一気に畳みかけられた。勿論、冷静に戦っていても勝てた見込みは薄い。でも、ここまでの惨敗はしなかったはず。何よりも、尊敬する父の教えを守れなかった事が少年にとってショックなのであった。そう、何を隠そうこの少年の正体はダークランス。ランスとフェリスの間に出来た子供であり、ルークが育てている秘蔵っ子だ。
「くそっ……くそぉぉぉぉ!!」
「わっ!?」
ダークランスが叫ぶと、すぐ近くから少女の声が聞こえてきた。驚いてそちらに視線を向けると、そこには同じように驚いた表情の少女が立っていた。ライトグリーンの髪に、自分と似た浅黒い肌。だが、悪魔という訳ではなさそうだ。その肌には何やら文様のようなものが刻まれている。
「えっと……」
思わぬ出会いにどうしたものかと戸惑うダークランスであったが、まずは謝るのが先だ。目の前の少女、自分よりも年上だと思われるが、とにかく彼女は自分が叫んだ事に驚いたはず。悪い事をしたら謝る。父と母の教えだ。
「あ、驚かせたよな。ごめん……」
「ううん、大丈夫……」
不思議そうにこちらを見つめてくる少女。一体何なのだろうか。すると、少女の方から口を開いた。
「かろの事、嫌じゃないの?」
「嫌? 何が?」
一体目の前の少女は何を言っているのだろうか。今初めて出会ったというのに、嫌もくそもない。どう返事をすればいいのかと困っていると、下の方から何やら話し声が聞こえてきた。気が付けば、ランスたちがいた場所とは反対側まで走ってきていたらしい。条件反射で下にいる者たちを見下ろすダークランス。
「あ」
そして、目が合った。
-ムシ使いの村 南南西-
「ありゃ、行き止まりね」
ぐるりと回ってランスたちと合流する予定であったルークたちだが、南西からの道は途中で途切れており、これ以上先に進めない状態であった。襲撃時に使ったであろう攻撃魔法の影響だろうか、ベッコリとあいた大きな穴が道を塞いでいるのだ。中々に深く、落ちればひとたまりもない。
「私ならなんとか飛び越えられると思いますけど、どうしますか?」
「……いや、単独行動は危険だし、する理由もない。一度戻ってランスたちの後を追おう」
「そうね」
忍者であるかなみならばギリギリ飛び越える事が出来そうだ。だが、そんな事をする必要もない。手間ではあるが、ランスたちの後を追えば良いだけなのだから。引き返す事に決めたルークたちであったが、直後上の方から叫び声が聞こえてくる。思わず上を見上げる一同。
「あそこ、誰かいるわ」
志津香の視線の先には少年と少女が立っていた。少し離れているため顔はハッキリと見えないが、なんとなくの顔立ちは判る。そう、その人物の事を知らない者たちの認識はその程度だ。だが、少年の事を知っている者たちの反応は違う。
「えっ!?」
「(あれは……)」
「(まさか……)」
真知子、ロゼ、そしてルークの三人が反応を示す。少し遠いが間違いない。すると、件の少年もこちらに気が付き、ルークと目が合った。
「あ」
少年が思わず声を漏らす。小さくてよく聞き取れなかったが間違いない。ダークランスの声だ。
『ダークランス、こんなところで何をしている! 母ちゃんを心配させるな! 今すぐ家に帰れ!!』
喉まで出かかったその言葉をグッと飲み込むルーク。ルークとランスが一緒に冒険している事を知り、一人ここまでやって来たダークランス。気持ちは判る。だが、フェリスを心配させているのは事実。今すぐ帰らせなければならない。それがあの子の面倒を見ている自分の義務だ。
「っ………」
だが、今ここで『ダークランス』と言う名前を呼ぶ訳にはいかない。ここからでは距離があるため、その顔立ちがランスにそっくりな事は皆気が付いていないだろう。だが、名前はまずい。勘の良い志津香辺りは、間違いなくランスとの関係性を疑う。そして最悪、全てがランスとシィルに伝わる。それはフェリスの望むところではない。そんなルークの迷いがタイムラグを生み、先にダークランスが言葉を発する事になった。
「とーちゃん!」
絶句。真相を知る者も知らない者も、一様に固まってしまっていた。一瞬の静寂がその場を包み、すぐに瓦解する。
「と……」
「「「「「とーちゃん!!!!?」」」」」
純粋な子供による、とんでもない爆弾投下の瞬間であった。
[人物]
ダークランス (6)
LV -/-
技能 悪魔LV2
ランスとフェリスの間に生まれた少年。ルークから師事を受け、この年齢からは考えられない程の実力を持つがまだ強者の域には届いておらず、ランスに軽くあしらわれた。ランスを倒すべく家を飛び出し、現在放浪中。
[モンスター]
サメラ~イ
二刀流の侍風モンスター。駆け出し冒険者では歯が立たない中堅モンスター。たまに地面に埋まっている。
なれのはて
ムシ使いのなれの果て。ムシを入れ過ぎて暴走した彼らに自我は無く、ゼス国内ではモンスターとして扱われている。
[技]
トマト爆裂アタックpart2 (オリ技)
使用者 トマト・ピューレ
上空に跳び上がって剣を振り下ろし、その後小規模の爆発を起こすトマトの必殺技。トマトの秘められた力が解放された状態。嘘。実際は香澄が作った粉末火薬を剣に振りかける事によって爆発を起こしている。秘められた力云々は第84話参照。