ランスIF 二人の英雄   作:散々

184 / 200
第179話 治安隊本部の攻防

 

-ゼス 治安隊本部 7階-

 

「ガルシア本部長、お待ちしておりました」

「ああ、ご苦労」

 

 キューティら職員たちの敬礼に右手だけ挙げて答える治安隊本部長、ガルシア。そのまま職員たちの先頭に立つキューティに声を掛ける。

 

「キューティ君もラドン長官の所から戻っていたのだな」

「はい。ラドン長官からガルシア本部長によろしく伝えておいて欲しいと……」

「うむ。キューティ君も付き合う人間が選んだ方が良い。もしよければ、今度ポピー長官との会食に招待しよう」

「ありがとうございます」

 

 彼もまたこの国に多くいる魔法使い至上主義の人間の一人であり、ガンジー派である千鶴子らの事をあまり良く思っていない。同時に、治安隊隊長であるキューティがガンジー派である事を治安長官であるポピーや他の有力貴族から難色を示されているのだ。とはいえ、キューティが無理に更迭するには惜しい人材である事を知っているため、こうして反ガンジー派に取り込もうと逐一声を掛けてくるのだ。

 

「(昔の私なら、喜んで参加していたでしょうけどね……)」

 

 心の中でキューティがごちる。かつての自分であれば、ポピー長官との繋がりに喜んでいただろう。だが、今の自分が魔法使い至上主義に戻る事はもうない。その歪みに気が付いてしまったからだ。

 

「それでは、三日後にでも予定を……」

 

 ガルシアがそう言いかけた瞬間、轟音が治安隊本部に響く。これは爆発音。即座に顔を引き締めるキューティ。

 

「何事!?」

「ほ、報告します! 侵入者です!」

「なっ!?」

「しっ、侵入者ですって!?」

「静かに!」

 

 その報告に部屋が騒然となりかけるがキューティが一喝し、報告を続けさせる。

 

「施設内の計四か所で爆発。壁が破壊され、そこからレジスタンスと思われる集団が押し寄せています」

「数は?」

「正確には……ですが、200は下らないかと」

 

 報告に来た職員から施設の見取り図をふんだくる。印のついている壁が破壊された箇所だろう。こちらの戦力が分散され施設を守りにくい、実に嫌らしい場所を爆破している。これはただの頭の湧いたレジスタンスの犯行ではない。綿密に計画されている。

 

「(今施設内にいる職員は224人。この周到さから考えると、これを下回る事はないわね。200があくまで先行部隊であるなら、その倍はいるかもしれない。それに、こちらで実際に戦闘出来る者は半分にも満たない)」

 

 治安隊本部には常時200人以上の職員がいるが、その半分以上は魔法の使えない二級市民だ。彼らは雑務や汚れ仕事などを任されており、こういった事態では役に立たない。

 

「すぐに現場に向かって! 警報も! 私も出るわ、急いで!」

「はいっ!」

「戦えない者は下がらせて。治安隊の本部が落とされるなんて、絶対にあってはならない事よ!」

「はいっ!!」

「リサシキとニキト、ミスリーの三人は残って」

 

 部屋の中にいた職員たちが一斉に散らばる。その中でも立場や戦闘力の高い者を残し、更なる指示を出す。

 

「こことここは劣勢であれば放棄していい。最終的に表階段か非常階段が制圧されなければ問題ないわ。それに、大事なのは完全制圧されない事。最悪、11階までは放棄してもいいわ。劣勢であれば別働隊へ伝達の下、足並みを揃えて一度下がり、12階で合流して……」

「何を馬鹿な事を! 魔法使いでもない相手に撤退などありえん!」

 

 キューティの声を遮るのはガルシア本部長だ。だが、構っている暇などない。

 

「それに、戦えない連中を下がらせる必要などない。連中を肉の壁にして、後ろから魔法を……」

「今は非常事態です。現場に任せてください」

「ぐっ……」

 

 小娘だとばかり思っていたが、いつの間にこれ程の威圧を出来るようになっていたのか。思わず押し黙ってしまうガルシアを他所に、キューティは細かな指示を出し終えてマントを翻す。

 

「勝つ必要はないわ。持ちこたえるだけでいい。そうすれば軍の特殊部隊が動く」

「はっ!!」

「行くわよ! 治安隊の誇りを見せろ!!」

 

 各持ち場に四人が散らばる。そんな中、プライドを傷つけられたガルシアはその内の一人の後を追った。ミスリーはキューティの連れてきた機械人形。自分の言う事よりもキューティの意見を優先する。ニキトは優秀な男だが、同時にキューティを尊敬している節がある。こいつも駄目だ。残るは一人。キューティを快く思っていない、魔法使い至上主義の男。

 

「リサシキ君」

「はっ?」

「先程の命令を聞く必要はない。魔法使いでない相手に退く事など許されない。判るな?」

「……了解しました」

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 4階 表階段側-

 

「ふん、他愛のない」

 

 職員の死体を見下ろしながらそう呟くのは、ペンタゴン幹部のロドネー。そう、治安隊本部に乗り込んできたのはペンタゴンであったのだ。みるみる内に4階まで制圧し、今正に5階への階段を上ろうとしていたところであった。すると、共に行動していた幹部のフットがどこか嬉しそうな声を出す。

 

「おっと、そうも言ってられねぇみてえだぜ」

「ん?」

 

 見上げると、そこにはそれなりの数の職員が立っていた。この騒ぎにようやく本隊が駆けつけたといったところか。しかし、それにしては数が少ない。当初の調べではもっと数がいるはずだ。そんな中、一人他の職員とは纏う空気の違う者にフットが気付く。

 

「あいつぁ確か……」

「要注意人物の治安隊隊長だね」

「ここから先は通さないわ。はっ!」

 

 そう叫び、キューティは懐から出したカードを放り投げる。

 

「召喚!」

「なっ!?」

「へぇ、召喚魔法かい」

 

 カードからどこか可愛げのあるモンスターたちが姿を現す。数にして十数体。成程、この分の肉壁兵を別の箇所に回したという事か。これならば予想よりも数が少なかった事に合点もいく。

 

「今すぐ投降しなさい。さもなくば、鎮圧します!」

「悪いけど……」

「押し通らせてもらうぜ!!」

 

 

 

-アイスフレーム ウルザの屋敷-

 

 少し時間は遡る。今朝早く、ウルザの屋敷にはランスとカオル、ルークとセスナが招集されていた。

 

「治安隊本部に?」

「無謀過ぎる……」

「ですが、ネルソンは本気です」

 

 ペンタゴンが治安隊本部を強襲しようとしているという話をウルザから聞かされ、ルークとセスナが険しい表情になる。あまりにも無謀過ぎる特攻だ。カオルも眉をひそめる。

 

「何か勝機があるのかもしれませんが……」

「どちらにせよ、双方に多大な被害が出る事は確実です。何とか穏便に説得し、破壊活動を防いでください」

「ペンタゴンにはエリザベスちゃんとポンパドールちゃんが、治安隊にはキューティがいるからな。誰一人殺させはせんぞ」

 

 そう、治安隊にはキューティがいる。みすみす殺させる訳にはいかない。

 

「しかし、何故治安隊本部なんだ? 長官連中を狙うなら、もっと良い場所もあるだろうに」

 

 マナバッテリーの場所を探しているという話は先程聞いた。だが、それにしても何故治安隊本部なのか。それこそ、四将軍の警護が解けた後に琥珀の城にいるラドン長官を狙った方がよっぽど安全というもの。ルークのその疑問にダニエルが答える。

 

「連中の副次目的として、治安隊本部に封印されている重犯罪者の釈放もあるようだ」

「どうして……?」

 

 セスナが首を傾げる。確かに治安隊本部には通常の刑務所では扱えないような重犯罪人を封印しておく装置があるという。だが、何故ペンタゴンは犯罪者を釈放しようとしているのか。レジスタンス程度の犯罪では普通の刑務所か、あるいは極刑。封印刑にされている者の中にペンタゴンの仲間がいるとは考えにくい。

 

「世の中を混乱させるのが目的なのです」

「二級市民にも被害が出るのに……?」

「形振り構っていないという事か」

「これがペンタゴンのやり方です」

 

 ウルザの回答に目を丸くするセスナ。過激派ではあったが、どうやらかつて自分が所属していた時以上に今のペンタゴンは形振り構っていないようだ。

 

「ブルー隊とシルバー隊は出払っていますが、ペンタゴンの決行は今日。待っている時間はありません。危険な任務ですが、お願いします」

「了解した」

「なぁに、俺様がいれば楽勝だ」

 

 

 

-アイスフレーム グリーン隊詰所-

 

「って、なんで俺様が呼ぶ前から集まってるんだ?」

「あ、いや、その……」

「王子様ってのを見てたんだよ。予想と全然違ったけどな☆」

「いやー、期待を裏切っちまってすまねぇな」

 

 ランスとカオルがウルザの屋敷から戻ってくると、既にグリーン隊の面々は集合していた。いや、よく見ればグリーン隊だけでなく、かなみやロゼといったブラック隊の姿もある。彼女たちのお目当ては、今日からグリーン隊の所属となったヘルマンの皇子。

 

「ここにいたか」

「あ、ルークさん!」

「ほら、詰所に集まれ」

「す、すいません」

 

 詰所にいた志津香たちから話を聞き、ルークがグリーン隊の詰所までやってくる慌てた様子で出てくるかなみやシトモネに対し、ロゼはパットンの肩をパンパンと叩きながらゆっくりと立ち上がる。

 

「まあ、王子さまっていったら金髪で聡明なのを想像するからこの反応はしゃーないわよね。私は好きよ、肉達磨」

「フォローになってるのか判らねぇな……金髪で聡明な王子だったら、知り合いにいるぜ。王国軍の総大将やってるけどな」

「俺の知り合いにもいるな」

 

 ルークがそう言い、二人で目を合わせる。

 

「……ピッテンか?」

「驚いたな。そうだ、昔からの知り合いでな」

「マジか!? 後でその辺の話を……」

「ええい、そんな事はどうでもいい! ほら、さっさと行け!」

 

 訳の判らない話を始めそうだったため、ブラック隊の面々をしっしと追い払うランス。それに促されて一同が詰所を出ていく中、かなみがしどろもどろになりながらルークに説明を始める。

 

「あ、あの、ルークさん。これは違くてですね……」

「リアへの報告のためだろ?」

「あ、はい……」

 

 パットン皇子の容姿や生存の確認は報告のため。勿論その通りなのだが、もうちょっと焼きもちのようなものをやいて貰えないものか。少し複雑な気持ちのかなみであった。

 

「全く、厄介なのを押し付けやがって」

「悪ぃな」

 

 ヘルマンからの刺客に狙われているパットン。ランスからしてみればいい厄介者なのだが、流石に解放戦の英雄と同じ部隊にする訳にもいかないとウルザとダニエルが気を回し、こうしてグリーン隊の所属となっていた。

 

「まあ、その分働くからよ」

「当然だ。肉壁として働いてもらうぞ」

「それで、隊長。集まったって事は任務だよね」

「うむ」

「それでは、今から説明しますね」

 

 こうして、グリーン隊とブラック隊は拠点を後にし、治安隊本部へと向かう。だが、彼らが到着する頃には既に戦いは始まってしまっていたのだった。

 

 

 

-首都-

 

「治安本部からは火の手が上がっており、内部の様子は判りませんが相当数の死傷者が出ていると推測されます」

「…………」

 

 緊急に開かれた議会、その議長席で千鶴子が重苦しい表情で報告を聞く。今朝、治安隊本部に賊が押し行った。報告された状況は芳しくない。だが、治安隊はよくやっている。

 

「要求は出ていないのね」

「はい。まだ持ちこたえています」

「すぐにアレックスの軍を向かわせて、治安隊本部を包囲。その時点で治安隊が制圧されていれば、要求が出るまでその場で待機。そうでなければ、治安隊を援護すべく突入。急いで」

「はっ!」

 

 すぐさま駆けていく職員を見送っていると、長官の一人が声を出す。情報長官のノエマセだ。

 

「相変わらず甘いですな、山田様は。制圧の有無に関わらず、軍は突入させるべきです。二級市民に屈したなど、国としての示しがつきません」

「国のメンツよりも人民の命の方が大事でしょう?」

「いえ、多少犠牲が大きくなろうとも武力で抑える。今後このような馬鹿げた事を考えさせないためにも、見せしめが必要なのです」

 

 ノエマセの意見に軍務長官のナジリも賛同する。いや、ナジリだけでない。他の長官連中も皆ノエマセの意見に賛同している。

 

「全く、二級市民は何を考えて……いや、リーダーは違いましたな。確か山田様のお仲間であるパパイア様のお父上だ」

「そう、ネルソンですよ」

「フクナム長官の同級生でしたよね?」

「ああ。勉強が出来るようで出来ない、中の上くらいの男でしたよ。口ばかり達者で」

 

 マジノ長官のフクナムが昔を思い出しながらそう語る。決して優秀な魔法使いではなかったが、理想だけは一人前。ネルソンとはそんな男であった。

 

「それが急に、大した事も出来ない魔力を全て封印し、テロリストになった。変人ですよ」

「パパイア様も、不出来なお父上を持ってお可哀想に……」

「これも全てガンジー王のせいですな。あのお方が二級市民に甘いから……」

「今後このような事が起こらぬよう、新たな税で更に二級市民を苦しめ……」

 

 この連中はいつもこうだ。何か問題が起これば全てガンジー王のせいに結び付け、二級市民を絞り上げる事しか考えない。とはいえ、今回は千鶴子といえど二級市民を庇えない。事態があまりにも大きすぎる。

 

「(幸い、アレックスにはこの間全て説明をした。性格的にも実力的にも、大きな被害を出す事無く鎮圧してくれるはず。頼んだわよ、アレックス……)」

 

 

 

-ゼス 街道 治安隊本部へ続く道-

 

 街道を駆けるうし車。通常とは一線を画すそのスピードから、何か特別な事情があるのが窺える。中に鎮座するのは、治安隊本部の救援へと向かっている特務部隊。それを率いるのは四将軍の一人、アレックス。今は瞑想するように目を閉じており、部下たちも気を使って声を掛けずにいた。思い出すのは、先日千鶴子から打ち明けられた話。

 

「カオルさんがですか?」

「ええ。今は王の命でアイスフレームに潜入しているわ」

 

 四将軍にも内密の下、秘密裏に行われていたカオルの潜入作戦。驚きこそしたが、どこか予想の範疇であった。元々アイスフレームの噂は聞き及んでいたし、それにルーク・グラントの一件をサイアスから聞いていたからだ。

 

「それでは、解放戦の英雄ルーク・グラントも……」

「それもカオルから報告が届いているわ。彼も最近になって入隊したみたい。その真意は判らないけど、ひとまずは信用出来そうだと言っていたらしいわ」

「そうだったんですか」

 

 今はサイアスら他の四将軍はラドン長官の娘であるエミの警護に向かっているため、この話を聞いたのはまだ自分一人。帰ってきたら即刻伝えねばと思っていると、千鶴子が申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんなさい、黙っていて。状況を見て貴方たちには打ち明けるつもりではあったのだけど」

「いえ、どこから情報が漏れるかも判りませんし、もしそうなれば王の首を絞めかねない一件です。気になさらないでください」

「そう言って貰えると助かるわ。とはいえ、アイスフレームの件は極秘事項。どうすればいいかは判るわね?」

「はい」

 

 アレックス一人で行動している時であれば協力も出来るが、部下の目がある時はそうもいかない。一般人と間違えたふりをして見逃すか、あるいは状況次第では戦わねばならぬ時もあるだろう。千鶴子の言いたいのは、その見極めを誤るなという事だ。

 

「それでは、アイスフレームは信用できるという事ですか?」

「その見極めをしている段階ね。でも、私個人の意見としては信用してもいいと思っているわ。あそこにはウルザもいるし」

「ウルザさん……確か、元ペンタゴンの八騎士でしたよね」

 

 ペンタゴンは軍の間でも有名な過激派集団。ウルザという女性は、かつてその幹部であったはず。

 

「ええ。でも、ペンタゴンのやり方に反発し、袂を分かってアイスフレームを立ち上げた」

「王がそのアイスフレームに期待しているという事ですか?」

「下からの改革、それを成す存在としてね」

「下からの改革ですか……?」

 

 初めて耳にする言葉だ。ガンジー王はそのような事を考えていたのかと驚くアレックス。だが、千鶴子の前では言えないが素直に賛同できない気持ちもあった。既に二級市民には多くの負担を負わせている現状。それなのに下から改革せよとは、国として少し身勝手ではないだろうか。そう考えたからだ。

 

「下からだけではないわ。上と下の同時改革、それが今のガンジー王の目指すものよ」

「っ!?」

 

 千鶴子の発言に目を見開くアレックス。どちらか一方に押し付けるのではなく、双方から歩み寄る。理想的だが、絵空事。それが、あの王の目指すものだというのか。あまりにも難しい。無謀とも言える。だが、どこか湧き上がるものがアレックスの中にはあった。

 

「……それが実現出来るのであれば、僕はいくらでもこの身を国に捧げたいと思います」

「因みに、それを王に進言したのはルーク・グラントよ」

「なっ!?」

 

 千鶴子の言葉に再度驚くアレックス。サイアスの友人であるのは知っていたが、ガンジー王と直接話が出来るような立場だったのかと驚いているのだ。そんなアレックスを見て千鶴子が苦笑する。一年ほど前のカフェテラスでの出来事、自分と会う約束でゼスに訪れたルークの前に突如ガンジー王が現れ、互いの目指すものを語った一件。自分でさえ驚いたのだ。驚いて貰わねば逆に困るというもの。

 

「そういう男よ、貴方が気にしている解放戦の英雄は」

「心得ておきます」

「敵に回すのは極力避けて。出来れば味方に取り込みたい。リーザスに持っていかれるのはもってのほかね。何せ、あのアニスが懐いているんですもの」

「それは凄いですね」

 

 それが、数日前の出来事。そして今、治安本部を襲撃したレジスタンスの制圧に向かっているところだ。事を起こしたのはペンタゴンと聞いている。アイスフレームとは対極にある過激派の集団だ。

 

「アレックス様、後30分程で到着します」

「……判りました。各員、いつでも行動できるよう準備しておいてください」

 

 ガタガタと座席が揺れるが、それに動じる者は一人もいない。光の四将軍、アレックス。まだ若いが、その才覚を疑う者はいない。部下からの信頼も厚く、彼の率いる部隊の統率は国軍の中でも一級品のそれであった。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 14階-

 

「やぁっ!」

「ぶはっ」

 

 ミスリーの回し蹴りがペンタゴン兵を吹き飛ばす。だが、その後ろから現れた巨漢、幹部のキングジョージがその両手に持った鉄棘の武器を振るい、ミスリーの体を押し潰そうとする。

 

「っ……」

「…………」

 

 すんでのところでそれを躱したミスリー。先程まで自身が立っていた地面が砕け散る。あの一撃に何人もの仲間が殺された。闘将ボディの自分でも、喰らえばかなりの手傷を負うだろう。この状況でそれは敗北を意味する。

 

「いい加減諦めてくれねぇか? もう限界だろう?」

 

 錨を振るって近くにいた治安隊職員を壁に吹き飛ばすフット。これでまた、戦える者が一人減った。そのまま諭すようにキューティに語り掛ける。

 

「ここまで追い込まれた時点であんたらの負けだよ。いや、お嬢ちゃんはよくやったと思うぜ」

 

 治安隊本部からは至る箇所から火の手が上がり、その所内には死体の山が転がっていた。キューティたちは14階、治安隊本部の最上階に追い詰められていた。既に主要機器のある12階は抑えられており、状況だけ見れば施設は既に制圧完了、フットの言うように敗北したにも関わらず無駄な抵抗を続けているに過ぎないのだ。

 

「お嬢ちゃんと同じくらい考えのある奴がもう一人いたらなぁ。お互い人材不足で苦労するな」

「…………」

 

 ここまで追い詰められる前、キューティとニキトが守っていた表階段の戦況は完全に膠着していた。武闘派の幹部であるフットとロドネー、更には途中から合流したエリザベス部隊の統率のとれた猛攻にも耐え続けていたのだ。あの時点で追い詰められていたのは、時間を掛けて軍が到着すれば敗北となるペンタゴン側であった。だが、戦局は思わぬところで逆転する。

 

『非常階段側がやられました! 敵が後ろからもなだれ込んできます!』

『っ!? ミスリーは!? 率いていたリサシキは!?』

『リサシキ小隊長はキングジョージに敗れ戦死、ミスリーは単身抵抗を続けていますが多勢に無勢で……』

 

 下から攻めるペンタゴンと上から守る治安隊。数では負けているが、地の利はこちらにあった。少しずつ後方に下がりつつ守れば十分に軍の到着を待てたはず。だが、本部長から退くなと命じられていたリサシキは戦局を読み違えた。キングジョージに打ち取られ、そのまま非常階段側は混戦。多くのペンタゴン兵が表階段側にも流れ込み、治安隊はドンドン上階へと戦線を押し込まれていったのだ。

 

「今までこき使いやがって。俺たちはエリザベス様の言葉で目が覚めたんだ……」

「くそっ、二級市民の分際で……」

「(……この状況は予想出来た。だからこそ、戦えない者を下げなければならなかった)」

 

 慣れぬ様子で剣を構えるのは、この施設で働いていた用務員の二級市民。それに悪態をつく本部長であったが、キューティにはこの状況は予想出来ていた。二級市民を後ろに下げる一番の目的は彼らの命を守るためだが、もう一つ理由があった。ペンタゴンのリーダーは人心掌握に長けている。元々魔法使いに不満を覚えているであろう彼らは、何かの切っ掛けで寝返る事は十分に考えられた。だからこそ、絶対に下げなければならなかったのだ。だが、リサシキはこの命令も無視していたようだ。治安隊も一枚岩ではない。それでも綻びが生まれぬよう精一杯やってきたつもりであった。だが、足らなかった。悔しさに唇を噛み締めるキューティ。

 

「ひー、ふー、みー……自分の周りを見回してみな」

 

 フットが指でこちらの人数を数えてくるが、そんな事言われなくても判っている。両の足で立ち戦闘が継続出来ているのは、最早一桁にまで減ってしまっていた。最上階の展望台にまで追い詰められ、戦えない者たちは端の方で身を寄せ合っている。その中には本部長の姿もあった。

 

「さっさとそこの本部長を渡しちゃくれねぇか? なぁに、取って食ったりしねぇからよ」

「ふ、ふざけるな! 誰が貴様らなんかに……お前たち、私を守れ!」

「……治安隊がテロリストに屈する訳にはいかない」

「このままじゃ全滅だぜ? 人命優先といこうじゃねぇか」

「そう思い通りに事が運ぶでしょうか……?」

「(……駄目だな。この状況下でもまだ事態をしっかり把握できてる。こりゃ崩せねぇか?)」

 

 キューティとフットが真剣な表情で互いを見据える。そう、確かに既に勝敗は決している。このまま続ければ治安隊は全滅するだろう。だが、場所と時間が悪い。最後に追い詰めた展望台は入口が狭く、ペンタゴン兵は少しずつしか入り込めない。数による制圧が困難なのだ。そうして入ってきたペンタゴン兵を、キューティとミスリー、ライトくんとレフトくん、そしてニキト小隊長辺りの未だ戦いを継続できている、いわゆる精鋭たちが減らしていく。

 

「(時間を掛けりゃあいずれはこっちが勝つ。が、多分もうすぐ軍が到着しちまう)」

 

 一度は押し込んだペンタゴンであったが、ここにきてまたも膠着状態になってしまっているのだ。下の12階、制圧したため今はペンタゴン側の簡易司令室として使っている場所ではネルソン提督とエリザベス辺りがどう動くかを話し合っている。そろそろ報告にいったほうがよさそうだ。最悪、撤退も視野に入れるべきだと。

 

「キングジョージ、モスナ。提督に報告に行ってくる。とりあえず無理すんな」

「無理……? 無理じゃない……」

「了解です」

 

 一般兵の中では立場が上のモスナという女性兵士にキングジョージがやり過ぎないよう指示を出し、フットが下がっていく。当然、そんなやり取りをしている中でも戦いは続いている。

 

「でやぁぁぁ!!」

「きゅー!!」

「雷撃!」

 

 剣を振るってきた二級市民の攻撃をライトくんが弾き、そのまま電撃を流して気絶させる。キューティもその後ろから雷撃を放ち、後方に控えていたペンタゴン兵士たちを吹き飛ばした。中でも最も奮闘しているのは、ミスリーであろう。

 

「たぁっ!」

「…………」

 

 勢いのついたかかと落としであったが、キングジョージが右手の武器でそれをガードし、そのまま左手の武器をがら空きの胴体目がけて振るう。勢いよく武器を蹴り、弾かれたように後方に飛んでそれを躱すミスリー。

 

「がるるるるる!」

「ペンタゴンの未来の為に!!」

 

 そのミスリーの両横から敵が迫る。一人はペンタゴン兵、もう一人は先程この場を去ったフットの愛犬。見た目は可愛らしいわんわんだが、その実獰猛でよく訓練されている。下手なペンタゴン兵よりもよっぽど強敵だ。

 

「てやっ!」

 

 ペンタゴン兵の顔面に裏拳をお見舞いし、怯んだところで素早く足払いをする。前のめりに倒れるペンタゴン兵の背後に素早く回り込み、その背中を思い切り蹴ってフットの犬の方向に倒れさせる。慌ててそれを避けたフットの犬であったが、その隙は大きかった。いつの間にやら近くまで来ていたミスリーに思い切り蹴飛ばされ、後方に吹き飛ぶ。

 

「貴様! 動物愛護団体に……」

「非常事態です!」

「エアレーザー!!」

「ぐわぁぁぁぁ!!」

 

 そして、ミスリーもろとも傍に集まっていたペンタゴン兵に魔法を放つキューティ。キングジョージはガンと勢いよく踏み込んでその場に留まったが、それ以外の多くのペンタゴン兵が後方に飛ばされダメージを追う。

 

「くっ……」

 

 モスナが苦虫を噛み潰す。これだ、これがさっきから厄介なのだ。どういう訳か判らないが、あの機械人形は魔法を無効化する。その上、近接戦闘能力はキングジョージ相手にも引けを取らない程。ミスリーが足止めし、キューティがミスリーごと魔法で纏めて吹き飛ばす。魔法を無効化するミスリーだけはノーダメージ。あの戦法にどれだけの同胞がやられた事か。流石に治安隊長を名乗るだけの事はある。

 

「キューティ隊長……いつまで抵抗を……」

「もうすぐ軍が到着するはずです。それまで頑張って……」

「はっ!」

 

 息を切らせてそう問いかけてきたニキトを励ますキューティ。召喚のカードはもう底を尽いた。元々もうすぐ無くなりそうでエムサに注文をしていたところ、このような事態であれば仕方がない。もうみんな限界なのだ。そんな事は判っている。だが、投降する訳にはいかない。フットはああ言っていたが、ペンタゴンが果たして投降した自分たちを生かしておくだろうか。答えは否。本部長から何を聞き出そうとしているかは判らないが、用が終われば見せしめに展望台から突き落とすくらいの事は平気でやる連中だ。

 

「絶対に諦めない……雷撃っ!!」

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 12階-

 

「自分が人間であるという事の自覚もないまま死んでいく者が多いこの国が、本当に正しいと言えるのでしょうか?」

「んー、誰を解除しよっかなー。どうせなら凶悪なのがいいよね、リンカーンとかマッキンリーとか……」

 

 治安本部12階、臨時の指令室として使っている開けた部屋。14階という狭い場所では全てのペンタゴン兵が押し入る事は出来ず、ここに待機している者も少なくなかった。エリザベスが施設で働いていた二級市民の前で演説しペンタゴンに引き入れ、ポンパドールは治安隊本部に封印されていた犯罪者から誰を解き放つか選んでいる。そんな声を聞きながら、ネルソンは難しい表情のまま目を閉じ思案する。

 

「(まずいな、ここまで抵抗されるのは予想外であった……)」

 

 当初の予定ではとっくに治安隊を制圧し、本部長から情報を聞き出し、本部長が何も知らなければ人質の命と引き換えに四天王の山田千鶴子をここに呼び寄せるよう要求している頃であった。だが、想像以上に治安隊の練度が高かった。部下たちに落ち度はない。だが、焦りもする。そんな時、誰もこないはずの階下から来訪者があった。

 

「……ごきげんよう、アイスフレームの諸君。我々の同胞が下にまだいたはずだが、ここまでよく来られたものだな。ここまで来たという事は、気が変わって我らの思想に賛同して頂けるという事かな?」

 

 やってきたのはアイスフレームの連中。恐らく、自分たちが爆破した壁から潜入してきたのだろう。ゼス軍の動向には気を払っていたが、自分たちと同じように潜入してくる者がいるのは予想外であったため、報告が遅れていたようだ。

 

「がはは。邪魔する奴はぶちのめしてきたからな。それに、無意味な人殺しに関わるつもりはないぞ」

「それは残念だ」

 

 平然と言い放つランスに内心舌打ちをするネルソン。貴重な部下を減らされたとあってはそうもなろうというもの。ぞろぞろと後ろからやってきた連中の一人、以前からこちらを快く思っていないカオルが問いを投げる。

 

「貴方たちの暴挙を止めに来ました」

「暴挙?」

「暴挙です。このようなやり方で国は動きません」

「下の階を見てきたが、既に双方に多すぎる被害が出ている。それでいてなお、まだ制圧しきれていない」

 

 カオルに続き、ルークがそう言葉にする。ここまで来るまでに、治安隊とペンタゴン、双方の死体を多く見てきた。どちらも被害は甚大だ。

 

「もうすぐ軍も動く。これ以上深追いすれば、全滅するぞ」

「ふむ……」

「よう、アイスフレーム」

「フット!」

「よっ。提督、報告に来ましたぜ」

 

 その時、反対側の階段からフットが報告に降りてきた。声を出すネイに軽く手を振りつつ、ルークの話が聞こえていたのかネルソンに向かってそのまま話を続けた。

 

「上は完全に膠着しちまってますわ。治安隊の嬢ちゃんと機械人形が厄介ですぜ。このままじゃ軍の到着の方が先になるかと」

「…………」

「それと、何度かばれないようにカマ掛けましたが、多分本部長は何も知りませんね」

「そうか……なら、仕方あるまい。ロドネー」

 

 ネルソンの声に反応するように、奥の部屋からロドネーが姿を現す。

 

「やってくれるか」

「了解しました」

「おい、こら、ジジイ。俺様を無視して話を進めるな」

「…………」

「気にするな、行ってくれ」

「はい……」

 

 一度ランスを睨み付けた後、ロドネーがフットと入れ替わるように階段を上っていく。それを見送った後、再度アイスフレームの方に向き直るネルソン。

 

「先程暴挙と言ったが、これは暴挙ではない。大事の前の小事なのだ。我らの崇高な思想……この国を良くするという理想を成すためのね」

「なんですって……?」

「…………」

「長くなりそうだからパス。おい、俺様はポンパドールちゃんに絡んでくるから、お前たちはジジイの話を聞いておけ」

「自由過ぎんだろ……」

 

 ネルソン、カオル、ルークが真剣な表情で睨み合う中、ランスだけ奥の部屋に走っていってしまう。慣れているマリアや志津香はため息で済むが、知り合って日の浅いパットンは驚き半分、呆れ半分といった様子だ。

 

「この国に対して我らがどれ程真剣に考えているか。その意志の強さを見せる為に必要な行為だ。決して暴挙などではない」

「このままではペンタゴンは全滅しますよ」

「もしそうなるのならば、明日のゼスの為に我々は喜んで犠牲になろう」

「その考え方が間違っていると言っているんです」

「平行線だな」

「がはは、ポンパドールちゃん。何をやっているのだ?」

「これは封印刑になっている犯罪者を釈放する機械でしてー」

 

 対峙するネルソンとカオル。遠くから聞こえてくるランスの声は完全に無視している。その時、暫しの間黙っていたルークが口を開いた。

 

「大事の前の小事。その為に必要な犠牲。理解出来なくはない」

「なっ……」

「ほう……」

「三人しか解放できなくてですねー」

「お、なんか美人ちゃんがいるじゃないか。ポチッとな」

 

 極力犠牲を出したくないカオルにとっても、こちらとは相容れないと思っていたネルソンにとっても、ルークのその言葉は予想外であった。だが、ルークからすれば当然の事。何せ自分自身が、人類と魔人の共存という理想を持っている。この実現の為には、多くの犠牲が必ず生まれる。魔人間の戦争に人類を率いて介入するつもりなのだから。

 

『ならば、貴様の夢に屍の山は築かれないとでも言うのか?』

 

 闘神都市でディオに言われた言葉に反論する事が出来なかった。自分の身勝手で多くの犠牲を払うつもりである自分が、ネルソンの言葉を判らないと言えば嘘になる。

 

「だが、受け入れられるかは別だな。今ここにいる仲間を犠牲にすれば理想を果たせると言われても、俺は断る。捨てたくない情もある」

 

 後ろに控えるブラック隊とグリーン隊の仲間たちを示しながらルークはそう口にする。人間だ。意志も情もある。完璧に割り切る事など、出来ないししたくも無い。

 

「……上に立つ者として、時には非情な判断も必要だ」

「それに、自分が死んで後に残る者に託すやり方も気に入らんな。身勝手な話だ。自分の理想は自分で成し遂げる」

「身勝手ではない。同胞を信じているからこその選択だ」

「だとしても、ペンタゴンのやり方には賛同出来んな」

「血まみれ天使。看護師に成り済まし病院で255人殺害……ぎゃー! 何こんな気狂い釈放してるんですかー!!」

「がはは、お前のとこのボスといい勝負じゃないか」

 

 ランスとポンパドールの喧騒をバックミュージック代わりに、ルークとネルソンが互いを見据える。

 

「とにかく、今は兵を退け。もう間に合わん」

「いや、そうでもないさ」

「……なんだと?」

 

 ネルソンのその物言いにルークが眉をひそめる。まだ何かあるというのか。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 14階-

 

「凄い……」

 

 座り込んでいた治安隊の一人がポツリとそう呟いた。自分たちを守るように今なおペンタゴンと戦い続ける僅かな職員、それを率いるキューティ隊長。飾った言葉はない。ただただ、凄いのだ。

 

「はぁ……はぁ……風よ、私に力を……」

「ストップ!」

 

 詠唱をし、中級魔法を放とうとしたキューティを制止する声。それは、ペンタゴンの幹部のロドネーであった。その手には試験管が握られている。だが、中には何も入っていないように見える。

 

「……何か交渉でも?」

「いや、これは命令だよ。今すぐ武器を捨てて投降してくれるかい?」

「……何を馬鹿げた事を」

「これ、中身は毒ガスなんだよね」

「っ……!?」

「なっ!?」

 

 これ見よがしに試験管を振るロドネー。絶句したのはキューティだけではない。後ろにいる治安隊も、今も共に立って戦っている仲間たちも、皆一様に絶句している。

 

「その溜めている魔法を解除してくれるかな? 風下はそっちだね。これ、割ったらどうなるか判るよね。お前らを全滅させるには十分なガスだよ」

「ハッタリという事は……」

「試してみるかい?」

「…………」

 

 キューティが右手に纏っていた魔力が消えたのを見て、後ろに固まっていた治安隊職員たちは絶望感に打ちひしがれる。ここからは詰めの作業でしかない。

 

「そうそう。馬鹿なんだから余計な頭を使わずにこっちの言う事を聞けばいいんだよ」

「…………」

「隊長……」

「じゃあ、投降してくれるかい。なに、殺しはしないさ」

「キュ、キューティくん……ここは投降するのも手では……」

 

 そんな事を本部長がのたまってくる。先程まではあれほど二級市民に屈しないと言っていたのに、毒ガスというものにより自らの死が現実味を帯びると本部長は手の平を返したのだ。

 

「…………」

 

 だが、キューティは気が付いていた。この展望台から見える少し先、軍のうし車が近づいてきている事に。後少し、後少しなのだ。少し離れたところではミスリー、ライトくん、レフトくん、ニキト他立っている職員たちが心配そうにキューティを見てくる。

 

「……投降する気はありません」

「キューティ君!」

 

 警棒を握り、キューティが腰を落とす。それは臨戦態勢。後ろで本部長が信じられないと言った様子で叫んでいるが、それはロドネーも同様であった。

 

「正気かい? 全員死ぬよ?」

「……治安隊の中に、テロリストに屈するような者はいません」

「はい!」

「きゅー!」

「……勿論です!」

 

 ミスリー、ライトくんとレフトくん、ニキトたちがそれに呼応する。全員が真剣な表情のまま臨戦態勢に入ったのを見て、ロドネーは一度ため息をついた。馬鹿だとは思っていたが、魔法使いというのはここまで馬鹿なのか。ハッタリではない。この試験管の毒ガスは本物。

 

「(提督からは捕らえるのが理想と言われていたけど、無理だね。フットも本部長は知らなそうだって言っていたし、これはもう殺すしかないね)」

 

 冷酷に、されど冷静にそう判断するロドネー。そして、ゆっくりと試験管に手を掛ける。先程あの隊長は魔力を四散させた。即座に撃てる初級魔法では対応できないはず。

 

「(さあ、死ね)」

 

 ロドネーがそう心の中で呟いた瞬間、キューティが動く。右手を前に出し、ロドネーに向かって魔法を放つ体勢に入ったのだ。だが、撃てるはずがない。先程魔力はこちらの命令に従って四散させた。後ろに控えている職員もそう思っていた。

 

「(魔力……)」

 

 否。キューティは魔力を四散などさせていない。封じたのだ。自身の右手に。エムサ・ラインドからもたらされた太古の魔法。ゼス軍でも会得出来た者は数える程でしかない、切り札足り得る魔法。

 

「(解放!!)」

 

 その名は、詠唱停止。あの時キューティは終わりかけていた詠唱を中断し、その右手に魔力を封じたのだ。そして今、それを解き放つ。封じた魔法はエアレーザー。風の魔法だ。風下など関係ない。試験管の中の毒ガスを全てペンタゴンの連中にお見舞いする。これこそが、キューティの狙った逆転の切り札。

 

「エアレ……きゃあっ!」

「んっ!?」

 

 それは、双方にとって予想外の事であった。魔法を放つ瞬間、キューティの体が後ろから押し倒されたのだ。両腕が抑えられ、身動きが取れなくなる。それと同時に、放つ直残であった魔力は四散してしまった。必死に首だけ動かして見れば、自分を抑えているのはあろうことか治安隊の職員であった。

 

「あ、貴方たち、何を!?」

「ガルシア本部長の命令なんです」

「キューティ隊長、これ以上無駄な抵抗は止めてください!」

「なっ……」

「何をしているんですか! キューティを放しな……」

 

 絶句するキューティ。見れば、本部長が額に汗を掻きながらも必死な形相でこちらを見つめている。あちらも生き残るために必死だったのだろう。キューティの方針に懐疑的な部下に命じ、このような行動に出たのだ。だが、それは最悪の悪手。逆転の手は潰されてしまった。ミスリーが叫んでこちらに近寄って来ようとするが、ペンタゴンから視線を外してしまった。その隙を見逃す幹部ではない。

 

「キングジョージ!」

「ふんっ!」

「しまっ……きゃぁぁぁぁ!!」

 

 ロドネーの合図を受けてキングジョージが武器を振りかぶる。反応が遅れたミスリーはそのまま展望台の手すりまで勢いよく吹き飛ばされ、思い切り体を打ち付けられる。右手で手すりを掴んで下に落ちる事は何とか防いだが、強烈な一撃が体に残したダメージは凄まじく、そのまま座り込んでしまった。

 

「きゅー!」

「きゅー……」

「隊長、申し訳ありません……」

 

 瓦解が始まれば脆いもの。ライトくん、レフトくん、ニキトたちも次々とねじ伏せられ、その身を縛られていく。キューティもその身を縛られながら、唇を噛み締めてロドネーを見上げる。

 

「お陰様で貴重なガスを使わずに済んだよ」

「くっ……」

「ねぇ、どんな気分だい? 部下に裏切られる気分は」

「…………」

 

 みるみる内に治安隊全員が縛られていく。そんな中、未だ縛られていない本部長が汗を掻きながらロドネーと対峙する。

 

「い、命だけは助けてくれるというのは本当なんだな?」

「……そうだね。一つ、聞きたい事があるんだけどいいかな?」

「な、何だ?」

「(この状況でも口の利き方が判っていない。本当に魔法使いは馬鹿の集まりだね)」

 

 呆れた様子のロドネーであったが、今はあの事を聞くのが先決。時間はあまり残されていないのだから。

 

「マナバッテリーって知ってるかい?」

「マナ……何だって?」

「はい、はずれ。おい、落としていいよ」

「えっ、おい、止めろ! 私に触るな! 何をする気だ!!」

 

 両腕をペンタゴン兵に捕まれ、ずるずると引きずられていくガルシア本部長。この場所は展望台だ。そして、落とすとなればやる行為は決まっている。奇声を上げ、ロドネーに抗議の声を立てる。

 

「や、約束が違う!!」

「はは、これは笑えるね。お前ら魔法使いが約束なんて言葉を知っているとはね」

「ロドネー様」

「やれ」

「や、やめろぉぉぉ!! あぁぁぁぁぁぁ……」

 

 突き落とされた本部長の声が遠ざかっていき、暫くすると完全に聞こえなくなった。グシャリという音すらここまでは聞こえてこない。それだけの位置から落とされたのだ。だが、一つ確かな事は、ガルシア本部長は既に生きていないという事。

 

「一応お前にも聞いておこうかな。マナバッテリーって知ってるかい」

「…………」

「気丈だね。黙ったままだと、今の馬鹿と同じ運命を辿るよ」

「っ……」

 

 怖い。それが今のキューティの素直な感想だ。この身をゼスの為に尽くすと決めていた。治安隊隊長という立場ならばいつ自分の身に危険が迫ってもおかしくないというのは理解していた。それでも、こうして死が間近になった時、怖くないというのは嘘になる。

 

「……マナバッテリーに何の用があるというんですか?」

「ん?」

 

 それはキューティから発せられた言葉ではない。キングジョージの一撃を受け、ボロボロの状態で縛られている機械人形、ミスリーから発せられた言葉であった。ロドネーがそちらに振り向く。

 

「……なに、魔法使いには大それたものだから、僕たちが有効活用しようと思ってね」

 

 国家機密であるマナバッテリー。その在処はキューティにもサイアスにも知らされていない。ガンジー王、四天王の千鶴子とパパイア、そして極僅かな長官のみ知っているという最高機密なのだ。

 

「無理です。貴方たちではマナバッテリーに辿り着く事さえ出来ません」

 

 だが、ここに例外が一人いる。レプリカ・ミスリー。闘神都市の遺物であるこの闘将は、マナバッテリーのある場所を知ってしまっている。ゼスの客人となった際、千鶴子が立会いの下で闘神都市の遺跡の調査協力をしているからだ。そこからもたらされた知識、技術などはゼスにとって実りあるものであった。当時の技術を知れて、あのパパイアが歓喜した程だ。しかし、それが悲劇を呼ぶ。

 

「何故だい? あんなもの、僕たちなら簡単に手に入れられる」

 

 ロドネーがカマを掛ける。知りたいのは場所だが、それを素直に教える輩ではないだろう。だからこそ、こう尋ねたのだ。

 

「4基のマナバッテリーを守るのは四天王の方々です。貴方たちでは勝ち目がない」

「……へぇ、それは大変だ」

 

 闘神都市で長年生きてきたミスリーだが、その心は幼い。だからこそ、喋ってしまう。本来明かしてはいけない機密を。平然を装いつつも、邪悪な笑みを抑えきれない。馬鹿だ、本当に馬鹿な連中だと心の中でミスリーたちを見下すロドネー。マナバッテリーは4基。四天王が守る。十分だ、十分すぎる情報だ。導き出せる、答えを。マナバッテリーは恐らく四天王の塔にある。ポンパドールは言っていた、闘神都市の落ちた場所にマナバッテリーはあると。成程、そこに四天王の塔を建てて秘密裏に守護していたのならば合点がいく。理に叶っている。間違いない、この情報は本物だ。

 

「……提督に撤退の準備を進めるよう伝えろ」

「はっ!」

「……?」

 

 ロドネーの言葉にキューティが眉をひそめる。だが、考える暇を与えない。ロドネーは続けて部下に命令を出す。

 

「それと、もう用済みだから全員落としちゃって」

「了解しました」

「くっ……待ってください! 私は治安隊長です。私に何をしても構いませんから、部下たちの命は……」

 

 叫ぶキューティ。それを見下ろしながらロドネーはつかつかと近寄っていき、キューティの顎をくいと指で上げて口を開いた。

 

「まさかお前は、自分の命が部下何十人のものと同等とでも思っているのかい?」

「……っ」

「驕るなよ、薄汚い魔法使い。お前の命にそんな価値は無い」

 

 キューティの頬にペッと唾を吐き捨て、ロドネーはその身を翻す。

 

「僕も提督のところに行ってくる。後の処分は任せた」

「はっ!」

「……それと、あの機械人形だけは落とすな。提督にも情報の真偽を確認して貰う」

「了解です」

 

 キューティたちに聞こえぬよう小声で部下にそう指示を出し、続いて端の方でジッとしていたキングジョージに声を掛ける。

 

「行くよ、キングジョージ」

「ん……提督のところに戻る……」

 

 幹部二人がこの場を離れていく。これ以上ないチャンスだ。だが、どうする事も出来ない。あの時と同じだ。アトラスハニーの一件。町の破壊とアニーの命を天秤に掛け、どちらも助けたいが自分には出来ないと無力を嘆いたあの時と。あの悔しさをバネにここまで鍛えてきた。だが、まだ足りなかった。悔しさと無力さに涙がこぼれそうになるのを必死に堪える。

 

「さあ、まずはお前からだ」

 

 両腕が捕まれ、先程本部長が落とされた場所に引きずられていく。ライトくんとレフトくん、ミスリーや部下の声が聞こえる。頭に浮かぶのは、ここまで育ててくれた母の顔。

 

「(……何を弱気な)」

 

 キューティは唇を噛み締め、弱気になっていた自身を鼓舞する。まだ終わっていない。もう軍は来るはずなのだ。ならば、奴らがこの処刑を最後まで実行する事は無い。いくらかの部下の命は救える。あるいは無理に続ければ、軍が奴らを捕らえられる。

 

「(それでいい……それでいいはずなのに……)」

 

 そう自分を納得させようとするが、やはり無理だ。怖い、死ぬのが怖い。ようやく気が付けたのだ。ゼスの思想が間違っていると。国を変えたいと願ったのだ。その志半ばで散り、後の事を部下に託す。身勝手な話だ。自分はこの目で見たいのだ。ゼスの変わるところを。死にたくない。こんなところでは死にたくない。

 

「(たす……けて……)」

 

 キューティが目を瞑り、神に祈る。助けて欲しい。部下を、そして自分を。

 

「ぐあっ!」

 

 その時、自分の両腕を掴んでいたペンタゴン兵の二人が蹴り飛ばされる。支えを失ったキューティはその場に膝をつき、ゆっくりと目を開く。

 

「ギリギリ間に合ったようだな」

「がはは、正義は勝つ」

 

 キューティを守るように立つ二つの背中。この二人がペンタゴン兵を蹴り飛ばしたのだ。あの時と同じ。アトラスハニー事件の際、打ちひしがれる自分の前に立った二つの頼りがいある背中。片方は、あの時と違う人物。だが、もう一人はあの時と同じ。魔法使いで至上主義という歪んだ思想から自分を救い上げてくれたその男は、あの時と同じ言葉をキューティに放つ。

 

「安心しろ、キューティ。後は俺たちに任せろ!」

「ルーク……さん……」

「きゅー♪」

 

 自然と堪えていた涙が零れ落ちた。見れば、いつの間にか周囲にはルークの仲間たちも揃っている。闘神都市の戦いで一緒であった仲間たちもいた。呆気に取られている他の治安隊職員を他所に、ライトくんとレフトくんは嬉しそうに鳴き声を上げていた。

 

「自分たちが何をしているのか、理解は出来ているのかい?」

「提督の邪魔を……」

 

 対峙するは、ペンタゴン。展望台の入口には、ペンタゴンの幹部が集まってきていた。恐らく彼らを押しのけ、ルークたちはここまで上ってきたのだろう。ロドネーとキングジョージが激しく睨む後ろで、リーダーであるネルソンがルークとランスに問いかける。

 

「何故我らの邪魔を? 同じレジスタンス、道は違えど敵対する間柄ではないだろう?」

「あほか。可愛い女の子が殺されるのを俺様が黙って見ている訳がないだろ」

「解放戦の英雄、君も同じ考えか?」

「さっき話した通り……」

 

 後ろで座り込むキューティを親指で示しながら、ルークは言葉を続ける。

 

「彼女も捨てたくない情の一人だ」

「……残念だ」

 

 ネルソンがそう口にすると、一斉にペンタゴン兵が武器を取った。

 

「あーあ、結局こうなっちまったか。まあ、なんとなくそんな気はしてたけどよ」

「あちゃーな感じですねー」

「まあ、いいじゃないか。あいつらムカついてたんだよね。提督の事を馬鹿にしてさ。尊敬する人を目の前で馬鹿にされた許せるほど寛大じゃないんだ、こっちは」

「俺も……怒っている……」

 

 武器を取る中にはフット、ポンパドール、ロドネー、キングジョージといった幹部も含まれている。フットとポンパドールの表情はいつもと変わらないが、後の二人は明らかに怒りを燃やしている。これまでのランスのネルソンに対する態度に腸が煮えくり返っているのだ。

 

「この狭い空間じゃあ、魔法は使いにくいわね」

「その分、肉達磨こと俺が頑張らせて貰うかね」

「フットのおっさん……ちくしょう、こうなっちまうのかよ!」

「覚悟を決めるしかありませんね」

 

 志津香が分析する横で、パットンが拳を打ち鳴らす。シャイラとネイは複雑な表情だが、既に賽は投げられてしまった。カオルのいうように、覚悟を決める時。アイスフレームとペンタゴン、その道は違えたのだ。

 

「ネルソン提督の思慮深い作戦を理解出来ぬ者に死を! かかれーーー!!」

 

 エリザベスのその号令が、アイスフレームとペンタゴンの開戦の狼煙となった。

 

【グリーン隊参加メンバー】

 ランス、シィル、マリア、カオル、パットン、メガデス

 

【ブラック隊参加メンバー】

 ルーク、ロゼ、志津香、セスナ、シャイラ、ネイ

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 3階-

 

「かなみさん、どうやら軍が到着したみたいです。すぐに乗り込んでくると思われます」

「そのようですね。真知子さんたちはすぐに脱出してください。私は上にいる皆に伝えに行きます」

「急いで脱出の準備ですかねー」

 

 備え付けの双眼鏡で外の様子を窺っていた真知子がそう伝え、かなみが静かに頷く。他のメンバーはこのように周囲の様子を窺う役割などを担っていたのだ。元々ペンタゴンとも治安隊とも戦うつもりでなかったため、かなみやトマトのような戦力もこちらに割いていた。

 

「あれは……」

 

 確認のため、かなみが窓際に近づき遠方凝視する。そこに立っていたのは、見知った顔。ある意味、最悪の相手。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 入口前-

 

「それでは潜入は2班のみとします。二手に分かれて突入。他の班は誰も逃げ出せないよう、治安隊本部の周囲を囲んでください」

「はい、アレックス様!」

 

 アレックスの指示を受け、突入せずに残る兵たちが一斉に敬礼する。遂に軍が到着し、今正に潜入するところであった。キューティたちの粘りがこの状況を生み出したのだ。

 

「それでは別働隊の指揮をお願いします、サイアスさん」

「ああ、任せておけ」

 

 そう返事するのは、炎の四将軍サイアス・クラウン。かなみが目撃したのは、正にこの男であった。

 

「それにしても助かりました。サイアスさんもこちらに来ていたなんて」

「偶然な。キューティに用があったんだが、火の手が上がっているから何事かと思っていたんだ。そうしたら、お前らが到着した。ペンタゴンの仕業だったな?」

「はい、間違いありません」

「急ぐぞ。キューティたちはまだ抵抗を続けている」

「突入!!」

 

 遂に治安隊本部に軍が突入した。四将軍二人という、大戦力を率いて。

 

 

 

-ゼス 治安隊本部 8階-

 

「うわっ! 誰だ、お前は!? ぎゃぁぁぁぁ」

 

 治安隊が来ないか見張りをしていたペンタゴン兵の首が斬りつけられ、血しぶきを上げながら倒れ込む。

 

「ケケケケケ! 脳髄、脳髄、脳髄グシャー!」

 

 その返り血を浴びながら、ナース服の女性は奇声と共に廊下を駆けて行くのだった。

 




[人物]
ノエマセ
LV 2/10
技能 魔法LV0
 ゼス国情報長官。腐敗した長官連中の中でも比較的頭の切れる人物であり、千鶴子の天敵。裏ではガンジー王や千鶴子を失脚させるべく動いている。

フクナム
 ゼス国マジノ長官。腐敗貴族の一人。ネルソンとは学生時代に同級生であった。

ナジリ
 ゼス国軍務長官。腐敗貴族の一人。過激な思想の持ち主。

ポピー
 ゼス国治安長官。ラドンのいとこであり、エミを女の子刑務所長官にコネで就任させた。

リサシキ
 治安隊職員。キューティのやり方に懐疑的であり、ガルシア本部長の命令に従ったがあえなく殉職。原作ではペンタゴンに14階から突き落とされているモブ。

ニキト
 治安隊職員。キューティ派の人間であり、次期副隊長も視野に入れられている程度には有能な人物。原作では後々ウスピラの警護をする事になるモブ。

ガルシア (オリモブ)
 治安隊本部長。反ガンジー派の人物であり、保身のためにキューティを捕らえるよう命じたが、その後14階から突き落とされて死亡した。名前はアリスソフト作品の「パステルチャイム3」より。なんかあれな役回りだったが、原作でも多分人気ないキャラだろうし別にいいかなと。

モスナ
 ペンタゴン兵の一人。小隊などを任される事もあり、ペンタゴン内では比較的立場が上。戦闘力もそれなりに高い。

リンカーン (ゲスト)
 治安隊本部に封印されていた重犯罪者。懲役800年の凶悪犯。別に釈放はされていないので、今後の出番はない。名前はアリスソフト作品の「大帝国」より。

マッキンリー (ゲスト)
 治安隊本部に封印されていた重犯罪者。お肉大好き。こちらも今後の出番はない一発ネタ。名前はアリスソフト作品の「大帝国」より。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。