ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第184話 着火

-アイスフレーム拠点 拠点入口-

 

「あー、ようやく休める」

「ここがアイスフレームの隠れ里なんやなー。なんや、思ってたよりもちゃんとしとるやん」

 

 ペトロ山での任務を終え、ルーク率いるブラック隊が拠点へと帰還する。コードの妨害など予想外の邪魔も入ったため疲れたのか、シャイラがグッと伸びをする。その横では、アイスフレームに合流する事となったコパンドンが興味津々といった様子で拠点を見ていた。すると、入口の前で番をしているワニランが慌てた様子で声を掛けてきた。

 

「あっ、ルーク隊長! 大変なんです」

「どうした? 何かあったのか?」

 

 眉をひそめるルーク。まさか拠点が攻め込まれたのかとも思ったが、どこからも火の手は上がっていない。では一体、何があったというのか。

 

「カオルさんが……」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 ブラック隊詰所-

 

「カオルさんが裏切り者!?」

 

 ブラック隊の詰所には、ルーク以外の隊員が揃っていた。インチェルたち居残り組は一足先に事情を知っていたため、彼女たちから説明を受ける一同。その内容に、当然絶句する。

 

「志津香、どういう事なの?」

「私に聞かないでよ。どうせ、またあの馬鹿が変な事言い出したに決まっているんだから」

 

 かなみの問いかけに対し、志津香がため息を一つつく。志津香も居残り組であったとはいえ、あまり詳しくは事情を知らないのだ。というのも、今回の騒動はグリーン隊内部で起こったからだ。ルークたちとは別の任務に向かっていたグリーン隊であったが、一度任務を切り上げて戻ってきたという。その際、カオルは気絶し、更には縄で縛られた状態で帰還した。

 

「聞いた話によると、どうもカオルさんは任務の妨害をしたらしいんです」

「妨害? カオルさんがですかねー?」

「俄かには信じられないわね」

 

 インチェルの説明に眉をひそめるトマトとネイ。カオルはアイスフレームの中でも人一倍レジスタンス活動に積極的である人物の一人。そんな彼女の事を信頼こそすれ、疑う人間はこのアイスフレームにはいなかった。新参者のトマトでさえ、カオルが信頼されている事、それに値する人物である事は承知している程だ。

 

「困った時は真知子さんですかねー。真知子さん、詳しい説明をよろしくですかねー」

「そうですね……ごめんなさい、私も当事者ではないからそこまで詳しい説明は出来ませんが……」

 

 視線が集まるのを感じ、困った様子で頬に手を当てる真知子。いくら情報屋とはいえ、事が起こってまだそれほど時間は経っていない。それに、真知子の立場では裏切り者として捕らえられているカオルに会う事も出来ない。集められる情報にも限度がある。

 

「とりあえず、判っている事から。インチェルさんの説明した通り、カオルさんはグリーン隊の任務中、ランスさんの妨害をしたとして捕らえられました」

「妨害っていうけど、具体的に何をしたの?」

「ランスさんに襲い掛かったようです」

「えっ!?」

「……ひゅー、やるわね」

 

 ロゼの問いにありのまま答える真知子。だが、その答えは一同を更に絶句させた。サーナキアがそういった問題事を起こしたのならばまだ判る。彼女は沸点が低いうえに、ランスと相性が悪い。闘神都市でもこのアイスフレームでも、度々ランスとは衝突している。だが、カオルは常に冷戦沈着でいる印象がある。荒事ではなく、話し合いで事態を収めようとするタイプのはずだ。ざわざわとする中、ロゼが口笛を吹いて話を続けるよう真知子に促す。

 

「任務中にランスさんとカオルさんの間で少し口論があったようです。その最中、カオルさんは突如ランスさんを投げ飛ばし、驚くランスさんにそのまま向かっていった。ランスさんは防戦一方だったようで」

「ランスが防戦一方!? カオルってそこまで強いのか?」

「……そうじゃないと思う」

 

 かつて、散々ランスに苦渋を舐めさせられたシャイラが驚くが、セスナがふるふると首を横に振った。

 

「最初の一撃は不意打ち……いきなり投げられて混乱するところに、一気に攻めたてられた。それも、味方からの攻撃……防戦一方になって当然……」

「それもそうか。でも、ランスは反撃しなかったのか」

「ランス隊長、ああ見えても優しいから……」

「ランスが……優しい……?」

「セスナ、熱でもあるんじゃないの?」

「……?」

 

 セスナの物言いにかなみは目を丸くし、志津香は信じられないものを見たというような表情で問いかける。だが、当のセスナは何がおかしいのかと首を傾けていた。そんな様子を見て、クスリと笑う真知子。

 

「ええ。ランスさんはカオルさんを攻撃しなかったようです。パットンさんが間に入り、腹部に一撃を入れて気絶させたと聞いています」

「男女平等パンチ。容赦ないですわー」

「状況が状況だから、仕方ないとは思うけどね」

 

 現状のグリーン隊でランスとカオルの間に割って入るとすれば確かにパットンだろう。シィルやマリアは状況に混乱してしまうだろうし、リズナもそういったタイプではない。珠樹とナターシャがそんな会話を挟む中、真知子の状況説明は続く。

 

「気絶者が出ては任務が続けられないという事で、グリーン隊は一度引き上げ、カオルさんを裏切り者としてウルザさんに引き渡したというのが現状です。今、カオルさんは地下に捕らえられています」

「地下ですかー?」

「アイスフレームには地下室があるんだ。捕まえた敵を捕らえておいたりする、牢屋みたいなもんだな」

 

 トマトの疑問にシャイラが答える。あまり使われる事はないが、当然アイスフレームにもこういった施設はある。

 

「話の途中かもしれないけど、一ついい?」

「どうぞ」

「そもそも、なんでカオルはランスに襲い掛かったの?」

 

 志津香の疑問は当然のもの。恐らく、この場にいる誰もが一番知りたがっていた事だろう。

 

「口論の内容は判っていませんが、私の推測でもよければ……」

「お願い」

「恐らく、任務の内容についての是非で行き違いがあったのではないかと」

「任務の内容?」

「はい。私もカオルさんが捕まった後に知ったのですが、グリーン隊が今行っている任務はマジック王女の誘拐なんです」

「王女の誘拐!?」

 

 ここまで何度も驚いてきたが、これは今日一番の驚きかもしれない。確かに前にもヘルマン皇子を誘拐してきた事はあったが、一応名目は追手からの保護。だが、今度はゼスの王女誘拐まで企てていたとは。真知子の返答を聞き、志津香が眉をひそめる。

 

「ちょっとやりすぎじゃないの? それじゃあ、テロとあんまり変わらないじゃない」

「……本当に、ウルザ様がその任務を……?」

 

 志津香のストレートな物言いに少しだけ表情を落とすセスナ。彼女は既に知っている。今のアイスフレームを動かしているのが、ウルザではなくランスである事を。だが、最終決定権は未だウルザにあるはず。あまりにも非道な任務であれば、ウルザが止めてくれると信じていた。だが、真知子の首は非情にも縦に動いた。

 

「……はい。ウルザさんも当然任務の内容は知っています」

「そう……」

 

 目に見えて落胆するセスナ。既にランスがアイスフレームの裏番になっているという事情を知っているロゼは、セスナを慰めるようにポンと肩に手を置きつつ、真知子に別の問いを投げる。

 

「つまり、王女の誘拐に反対したカオルがランスに食って掛かったって事ね? まあ、カオルは『穏健派』だから、『間違いなくそれが理由』でしょうね」

「……そうですね。ロゼさんの言う通り、ほぼ『間違いない』と思います」

 

 示し合わせたかのようにそう強調するロゼと真知子。そのやり取りに納得する一同であったが、それは真実の一面でしかない。今この場でカオルの真意に気が付いているのは、ロゼと真知子だけだ。

 

『このレジスタンスにはカオルという女性がいる。ランスの部隊に所属しているんだが、彼女はガンジー王の側近だ』

 

 それは、以前ルークから秘密裏に聞いた話。ロゼがため息を一つ吐く。

 

「(そりゃあ、マジック王女を誘拐させる訳にはいかないでしょうね……例え自分にスパイ容疑が掛かってでも……)」

 

 もっと上手いやり方は無かったのかと思うロゼであったが、恐らく時間も余裕も無かったのだろう。とはいえ、ロゼはカオルに同情はしない。レジスタンスに潜入していたのだから、こういった覚悟は元々あったはず。

 

「でも、王女様の誘拐なんて簡単に出来るものなの?」

「マジック王女は今日卒業試験だったようで、ダンジョンに潜っているんです。多少の警護はついていますが、それでも生徒たち自ら迷宮を攻略させる事に重きを置いているため、警護兵は生徒たちから一定の距離を置いています」

「成程。平時に比べりゃ格段に誘拐しやすい状況って訳だ」

「それで、ランスさんたちは今どうしてるですかねー?」

「ランスさんがカオルさんに多少の尋問を加えた後、グリーン隊は再度任務に向かったそうです」

「はぁ?」

 

 思わず呆けた声を出してしまう志津香。その気持ちをシトモネが代弁する。

 

「もう一度向かったって……卒業試験なんかとっくに終わってるんじゃないの?」

「ええ、恐らくは……」

「じゃあ、どうして……?」

「マジック王女は美人です」

「はい?」

 

 真知子の回答は質問の答えになっていなかったため、思わず聞き返してしまうシトモネ。その反応を見て、真知子はクスリと笑いながら言葉を続けた。

 

「美人を誘拐したら、ランスさんの取る行動は一つ。そして、それを行える可能性が僅かでもあるのならば、99パーセント無理だと判っていてももう一度任務に戻る」

「…………」

「私の知るランスさんは、そういう人です」

「あー……」

「これ以上ないくらい納得ですかねー……」

 

 そう、例え万に一つでもマジック王女を誘拐出来る可能性があるのならば、そして、マジック王女をヤれるチャンスがあるのならば、無駄足になったとしてもランスは行く。そういう男だ。思わず納得してしまう一同。

 

「ひとまず、事情は判ったわ。まあ、致し方なしってところかしら?」

「そうですね……」

「(……ん?)」

 

 ロゼの言葉に頷くかなみ。何か思うところがあるのか、少しだけ重苦しい表情をしていた。その表情の変化に気が付くロゼであったが、その真意までは見抜けなかった。

 

「ねえ、珠樹。カオルさんに会う事って出来ないかな? やっぱり、直接話をしたいんだけど……」

「それは無理だと思いますわ、インチェルちゃん」

「そうですね……裏切り者の容疑が掛かっていますから、そう簡単には会えないと思います。当事者であるランスさんか、リーダーであるウルザさんから許可を貰えれば……でも、ウルザさんからはそう許可は下りないと思います。一々それを許可していたら、カオルさんと話したいという人はそれこそ沢山出てしまうでしょうし」

 

 真知子の言う事は尤もだ。先にも記した通り、カオルへの信頼は絶大。彼女を裏切り者と信じたくない者は多くいるだろうし、一々そういった者全員に謁見の許可を与えていたらきりがない。悲しそうな表情をするインチェル。

 

「それじゃあ、誰も会えないの……?」

「そうですね……それなりの権限を持っていれば、特別に許されるかもしれませんね」

「それなりの権限?」

「例えば、隊長とか」

 

 それは、今この場にいない、一足先にウルザに事情を聞きに向かったブラック隊の隊長であるあの人物を指し示していた。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 地下室-

 

 カツ、カツ、と地下室に足音が響く。何者かが階段を下りてきた音だ。その音にピクリと反応を示すのは、地下室の椅子に座っている女性、カオルだ。

 

「随分と酷い格好だな」

「……ルーク隊長でしたか」

 

 地下室への来訪者はルークであった。そのルークの見下ろす先、地下室の中央にはカオルが椅子に座っている、いや、正確には座らされていた。彼女は衣服を身に纏っておらず、目にはアイマスク、更に体を椅子に縄で縛らされて座らされ、放置させられていた。既に乾いているが、ツンと鼻につく臭い。何度かランスにヤられているのだろう。こちらは見えていないはずなので、声で来訪者がルークであると判断したのだろう。

 

「ランス隊長はまだお帰りでは……?」

「ああ、まだ帰ってきていない。とりあえず、ウルザから話は聞いた。随分と無茶をしたな」

「ふふ……」

 

 全裸で縛られたままだが、カオルは特に恥ずかしがる様子も見せず、声のする方向にいるであろうルークと会話を続けた。ロゼの予想した通り、こういう状況になる事も当然覚悟の上であったのだろう。

 

「マジック様は……」

「まあ、このタイムロスじゃまず無理だろう」

「それなら良かった……」

 

 安堵の息を吐くカオル。マジックが無事であれば、自分の身はどうでもいいのだろう。大した忠誠心だ。だが、危うくもある。以前からカオルに感じていた危うさ。彼女はあまりにもガンジーを信奉し過ぎている。それこそ、自らの命など簡単に投げ出してしまう程に。

 

「しかし、ランスももう一度誘拐に向かうなんて無茶な事をする」

 

 そう呟き、ルークが頭を掻く。その呟きに対し、カオルが少しだけ柔らかい笑みを見せた。

 

「リズナさんの為です」

「……リズナの為?」

「はい」

 

 カオルから語られたのは、意外な事実であった。どうやら、今回ランスたちが訪れた卒業試験会場は、かつてリズナがゼスの卒業試験を受けた会場と同じ場所であったようだ。だが、リズナは実は学校を卒業出来ていない。卒業試験の最中、リズナは転移魔法の罠に掛かり、その後何十年もの長きに渡り幽閉される事になる玄武城へと転移させられてしまったのだ。

 

「任務の最中だから邪魔になってしまうと断るリズナさんに、ランスさんは言っていました。今からでも遅くないから、任務のついでに卒業させてやる、と」

「そうか……」

「短い時間ですが、あの方の下について判りました。あの方は、真の意味で残忍にはなりきれない方です」

「…………」

「拷問するのであれば、一物ではなく焼いた鉄のこてを私の中に入れて吐かせるべきです。あの人は、女性を拷問するには優しすぎます」

「優しいか……」

 

 まるで何かを確かめるように、ルークはカオルの言葉を口にした。知っている。カオルよりも遥かに長い付き合いだ。ランスという男は、決して正義の戦士などではないが、悪逆非道の大悪人でもない。悪ガキがそのまま大人になったとでも言えばいいのだろうか、ランスは真の意味で悪人にはなれない。カオルの言うように、ランスは本質では優しいのだ。

 

『ルーク……頼む……私たちを助けてくれ……』

 

 だが、だからこそ、あの一件だけは、越えてはならぬ一線を越えてしまったフェリスへの仕打ちだけは、ルークも未だ折り合いをつけられないでいたのだった。

 

「……?」

 

 目隠しをされているカオルであったが、肌に何かが振れた感触に気が付く。恐らく、ルークが肌を晒している自分に布か何かを掛けてくれたのだろう。

 

「ありがとうございます」

「まあ、もうしばらくはその状態でいてくれ」

「もうしばらくという事は、口添えでもして頂けるのですか?」

「あまり期待はしないでおいてくれ」

 

 そう言い残し、ルークが階段を上っていく。ルークがいくら隊長とはいえ、裏切りの嫌疑を掛けられているカオルの拘束を勝手に解くような事は出来ない。彼女を解放するにしても、手順を踏む必要がある。

 

「さて、上手く事が運べばいいが……」

 

 地下から抜け出し、少しだけ眩しい日の光を浴びながら、ルークはそう小さく呟く。

 

「あの、ルークさん……」

「ん?」

 

 声のした方に視線をやると、そこに立っていたのはかなみであった。どこか真剣な面持ち。ただカオルに会いに来ただけという訳ではなさそうだ。

 

「カオルには会わせられないが……どうやらそういう訳でもなさそうだな。どうした?」

「あの……カオルさんって、もしかして私と同じ立場なのでは……?」

「…………」

 

 確信を持っていない辺り、事情を知るロゼと真知子に聞いたわけではなさそうだ。同じ国主の隠密という立場から、どこか察するところがあったのだろう。こういった細かいところでも、確実にかなみは成長している。それを少し嬉しく思いながら、ルークは小さく息を吐いた。

 

「ふぅ……ランスの強運には驚かされてばかりだよ」

「えっ?」

「あいつにそんな気はなかったんだろうが、あいつがたまたまマジック王女の誘拐を企てたお陰で、アイスフレーム内に潜入していたスパイを捕まえる切っ掛けになったんだからな」

「それじゃあ、やっぱり……」

「まあ、アイスフレームを潰そうと思っている訳ではないがな。その辺りもかなみと同じだ」

 

 カオルがスパイである事を肯定しつつも、決して敵ではないと伝えるルーク。元々、ロゼや真知子には明かしている。ここまでばれているのであれば、今更かなみには隠す必要もない。そう判断したのだ。

 

「恐らく、ランスはこれからドンドン過激な活動を始めるはずだ。その際、カオルは絶対に邪魔になる。そのカオルを、偶然にも捕らえる機会が生まれた。天運、といえばいいのか、とにかくあいつはツキを持っている。それもまた、上に立つ者に必要な才能だ」

「過激な活動ですか……」

「実際、俺から見てもアイスフレームの活動は生ぬるい。これじゃあ革命はいつになっても出来やしない。俺でもこう思うんだ。恐らく、ランスは俺以上にそう感じているだろうな」

 

 ルークがそういう意見である事は、以前のウルザへの話しぶりからかなみも気が付いている。

 

「それじゃあ、ルークさんもランスの行動を止める気はないって事ですか?」

「どうかな。状況次第だ。今回のマジック王女誘拐に関しては早計だと思うしな」

 

 交渉材料にするにしても、マジック王女はあまりにも大物過ぎる。下手すれば全面戦争になりかねない。

 

「例えば、ペンタゴンの連中と組むと言い出したら流石に止める。連中はやり過ぎだ。だが、ペンタゴンの連中の一部をこちらに引き込む、と言ったら賛成するだろうな」

「一部……?」

「フット、ポンパドールあたりは是非とも引き入れたい。見たところ、あの二人は過激派という訳ではなさそうだからな。他にも末端の兵には過激派じゃない連中もいるはずだ。自身の意志ではなく、ネルソンやエリザベスの話術に乗っかって動いているだけの構成員がな。そういった連中を一気に鞍替えさせられれば、アイスフレームの規模はでかくなる。行える活動もグッと増えるはずだ」

 

 ポンパドールとは意外な名前が出たなと驚くかなみ。だが、直接対峙した事もあり、ルークはポンパドールを高く評価していた。

 

「その二人ですか。意外ですね」

「エリザベス、キングジョージ、ロドネー辺りも才能的には欲しいが、あいつらはネルソンに心酔し過ぎている。ネルソンが動かなければ梃子でも動かないだろうな」

「ロドネーって、あの薬使いですよね? あの人もネルソンに心酔しているんですか?」

「ああ。独特ではあるが、あいつもネルソンの信奉者だ。ネルソンの為ならば、平気で命を投げ出すだろうな」

 

 ロドネーの顔を思い浮かべて疑問を口にするかなみ。どうも信奉者というよりは、危険な実験が出来るからついて来ている、というような印象を受ける。だが、ルークはそうは思っていない。形は歪でも、あの男はネルソンを信奉している。

 

「ネルソンをこちらに引き込めれば一番いいんだが、そう簡単にはいかないだろうな」

「……ルークさんは、あの人を認めているんですか?」

「才能は本物だ。間違いなくな。だが、そのこびり付いた思想もまた本物、矯正は難しい」

「そうですよね……」

 

 それこそが、ゼスの闇なのだから。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 グリーン隊詰所-

 

「ちっ、結局マジックちゃんを捕まえ損ねた」

 

 周囲がすっかり暗くなった頃、グリーン隊は拠点へと戻ってきた。だが、当然ながら成果はない。ランスたちが再度試験会場に到着した頃には当然マジックは卒業試験を終えており、試験会場から立ち去った後であったからだ。

 

「これも全てカオルのせいだな。ええい、腹が立つ。あいつにはキツイ拷問をしてやらんと」

「と言いつつもウキウキで道具を選んでるじゃねーか☆」

「ランス様、その、お手柔らかに……」

 

 グリーン隊詰所では、カオルにお仕置きすべく拷問器具を選ぶランスの姿があった。それを茶化すメガデスと、カオルの事を心配するシィル。グリーン隊の一同も、その胸中はそれぞれ違う。シィルやロッキーのようにカオルを心配する者もいれば、パットンやメガデスのように現状を受け入れている者もいる。

 

「おい、タマネギ。拷問器具はこんなもんで十分か?」

 

 手に持ったバイブをタマネギに見せながらそう問うランスを見てマリアが少し驚く。あのランスが他人の意見を聞こうとするなんて、という意味での驚きだ。だが、タマネギはその道のプロ。恐らくより自分が楽しめる拷問内容を教示して貰えると思ったのだろう。しかし、返ってきたのは望んでいたのとは真逆の内容。

 

「それは拷問器具ではありませんね。例えばバイブのサイズ、それでは悦楽を与えるだけです。拷問用であれば、焼けた石の入れる事が出来る鉄製のもっと大きなものでないと」

「……ちょっと待て、それは酷くないか? そんなものを挿れたら壊れてしまうぞ」

「壊れていいのですよ、拷問なのですから。必要な情報さえ引き出せればそれで良いのです」

「駄目だ、それじゃあ楽しくない」

「困りましたねぇ……」

 

 眉をひそめながらも、少しだけ微笑むタマネギ。あぁ、この人は拷問に向いていない。そう心の中で呟いていた。実に純粋な意味での笑みであったのだが、元の顔の怖さからか傍から見れば邪悪な笑みになってしまい、たまたまその顔を見てしまったプリマがひっ、と小さく声を漏らしていたのは別の話。

 

「なーなー、ランス。そんなん放っておいて、うちを構ってーな」

「ああ、今夜はたっぷり構ってやるぞ」

「ぶぅ……そうやなくて、今も構ってほしいんや」

 

 そんなランスに寄り添うようにしているのは、ルークが連れてきたコパンドン。既にウルザへの面通しや入隊の手続きは済ませており、晴れてグリーン隊の所属となっていた。

 

「邪魔するぞ」

「ん?」

「あ、ルークさん。それに志津香……あ、みんなも一緒なのね」

 

 来訪者に向けて最初に声を発したのはマリアであった。先頭に立っていたルークとその後ろにいた親友の志津香が目に入ったため、まずその二人の名前を呼んだが、後ろにはブラック隊の面々の半数ほどが控えていた。

 

「やっほー」

「こんばんはですかねー」

「はいはい、どうしたの? みんなして」

 

 ロゼとトマトの挨拶に手を振って応えるマリア。特に長い付き合いの二人、挨拶も勝手知ったるといったところか。

 

「なんだ、雁首揃えて。お、そうか、判ったぞ。ようやく俺様の部隊と合流する気になったな!」

「残念だが、期待には応えられんな」

「なんだ、じゃあ用はない。しっしっ」

「……いや、そうだな。マリアとリズナとのトレードならシャイラとネイを渡してもいいが」

「うぉぉい、聞いてねぇぞ!」

「んー……駄目だな、却下。割に合わん」

「それはそれでムカつく!!」

 

 ブラック隊の美女たちをようやくグリーン隊に寄越す気になったかと笑うランスに対し、ルークも笑みを浮かべながら後ろに控えるシャイラとネイをいじる。グリーン隊所属になるのも嫌だが、二対二のトレードなのに割に合わないと言われるのもそれはそれで腹が立つ。ガルルと二人を睨み付けるシャイラとネイ。かつては犯したり恨んだり戦ったり共闘したりした間柄。仲間たちの中でも珍しい、ルークがいじるという立ち位置にいる、ある意味で腐れ縁だ。

 

「というか俺様の女をトレードでもそっちに渡すという選択肢がありえん」

「誰があんたの女よ」

「(……あれ?)」

 

 親友のマリアを俺の女扱いされた事に腹が立ったのか、志津香がランスをギロリと睨み付ける。見慣れた光景に笑っていたマリアであったが、ふとある事に気が付く。よく見れば、ルークと共にやってきたメンバーは長い付き合いの者が多かったのだ。志津香、かなみ、トマト、真知子、ロゼ、セスナ、シトモネ、シャイラ、ネイ。唯一馴染みが薄いのはシトモネだけで、次に付き合いの薄いセスナですら闘神都市の戦いを共に生き抜いている。そのシトモネも、ルークと同じギルドの後輩であり、目を掛けているというのは聞いている。つまり、ルークは今、ブラック隊の中でも比較的信用している人物のみ連れてきている。

 

「(もしかして、大事な話?)」

 

 普段はルークや真知子、志津香やロゼといった面々に隠れて忘れられがちだが、マリアも頭脳派グループの一人だ。いや、実際のところ、忘れられがちになっている理由の一つは本人のマッドサイエンティストな一面が大きいのかもしれないが、その天才的な頭脳は何も発明品だけに特化している訳ではない。かつてのリーザス解放戦では、カスタムの町の防衛戦で陣頭指揮を取り、裏番のランスが実権を握っていたとはいえ解放軍のリーダーも務めた。更に、闘神都市に乗り込んだ際もリーザス陣営のリーダーを担っている。そう、マリアはこれでも察しは良い方なのだ。

 

「あの、ルークさん。席外しましょうか?」

「ん? いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」

 

 気を利かせたマリアがそう尋ねるが、ルークは気にするなと返してきた。それまで雑談していたルークとランスであったが、ある種マリアのこの発言が引き金になったとも言える。ルークは雑談を切り上げ、本題を口にした。

 

「大変だったみたいだな、任務」

「む……ふん、大した事はない」

 

 ぷい、と視線を逸らすランス。ルークには秘密裏に進めていたマジック誘拐の件が明るみになった事に対してのばつの悪さからか、あるいは任務が失敗に終わった事をルークに知られたのが癪に触ったのか、その真意はマリアには図れなかった。

 

「勘違いするな。俺様が失敗した訳じゃあない。カオルが邪魔さえしなければ……」

「その事に関して謝らなきゃいけなくてな」

「ん? どういう事だ?」

「すまん、ランス。カオルが邪魔をしたのは俺がそうするように頼んだからだ」

「「えっ!?」」

「そうなんだすか!?」

 

 シィルとマリアの声がはもり、ロッキーが思わずルークに問いを投げてしまう。当然、驚いているのはこの三人だけではない。プリマやメガデス、パットンやタマネギたちも一様に驚いていた。

 

「なんや? 事情はよく判らんけど、カオルって女がランスの邪魔したのは知っとるで。ルークの差し金やったんか?」

「ああ、そうだ」

「そうだったんですか……でも、一体どうして……?」

 

 先のロッキーと同じ質問をぶつけるシィル。純粋に、何故このような事が起こってしまったのかを知りたがっているのだ。頭を掻きながら二人の問いに答えるルーク。

 

「実はカオルとは以前からの知り合いでな。もしランスが暴走しそうになったら、無理矢理にでも止めてくれと頼んでおいたんだ」

「…………」

「知り合い? カオルさんとですか?」

「ああ、俺がサイアスと旧知の仲なのは知っているだろう? その伝手もあって、ゼスにはそれなりに知り合いも多いんだ」

「成程」

 

 カオルと知り合いだと聞いて驚いたマリアだったが、ベテラン冒険者であるルークの顔の広さは知っている。リーザス解放戦の際にもラジール都市長のアムロと知り合いだったし、パランチョ王国と懇意にしているとも聞いた。また、最近では某コマーシャルでハピネス製薬のご令嬢と仲良くしているのも目撃している。それならば、カオルと知り合いだという偶然も十分に有り得るかと納得をする。そのマリアを横目に、それまで腹筋をしていたパットンが腰を上げながらルークに問いを投げてきた。

 

「で、暴走したらっていうのはどういう事なんだ?」

「ああ、それなんだが……パットンが来る前なんだが、グリーン隊が銀行強盗をした事があってな。その時にカオルに相談を受けたんだ」

「相談? っていうか、そんな事もやってたのか……」

 

 呆れたというよりは、その豪胆さに驚いたような口調でパットンがそう口にする。

 

「少し任務が過激になり過ぎている気がする、ってな。俺も同意見だったんで、次により過激過ぎる事をやろうとしたら、カオルの判断で止めに入ってもいいと言っておいたんだ」

「…………」

「へぇ、成程ね」

「まあ、まさかいきなり投げ飛ばすとは思わなかったがな。俺の予想よりもカオルも頭に血が上っていたみたいだ」

 

 ルークの言葉を無言で聞いていたランスだったが、その表情が少しだけ変化する。不服そうな顔だ。だが、パットンはそれに気が付かずルークと会話を続ける。まさかカオルがそこまで強硬手段に出るとは思わなかったと困ったような口調で答えるルーク。これには演技と本音が入り混じっている。実際、カオルがこのような暴走をするのは予想外だった。

 

「という訳で、カオルの暴走は俺が促したのが引き金だ。すまん、ランス」

「…………」

「だが、まあカオルの気持ちも判る。俺も今回の任務は少し行き過ぎだと思っている。流石に王女を誘拐するのはやり過ぎだ。全面戦争になり兼ねんぞ」

「確かにそうですね」

「おいおい、俺を誘拐したのはやり過ぎじゃねーのか?」

「ほいほいついて来ておいてよく言う」

「はっ、ちげーねー」

 

 ルークの謝罪を受けてもなお、ランスは無言のままであった。続く言葉に頷いたのは、リズナ。あまり自己主張しないリズナであるが、彼女も一応ゼスの人間。心の中では今回の任務がやり過ぎであるという感覚はあったのだろう。パットンが茶化して来てくれたお陰で、空気も弛緩する。これで後はランスに小言を言われて終わり。そう思っていた。

 

「……違うな」

「ん?」

「えっ?」

 

 それまで黙り込んでいたランスがボソリと呟く。その声はランスにしては小さなものであり、なんと言ったか聞こえたのは隣にいたシィルだけであった。そのままランスはゆっくりと立ち上がり、ルークの顔を真っ直ぐと見据えながら口を開く。

 

「今の話は本気で言っているのか?」

「……ああ、そうだ」

 

 空気はまだ弛緩している。周囲の者たちも、まだランスの異変に気が付いていない。質問の意図を探るように見守る中、当事者のルークとランスの言葉を聞いたシィルだけは一早く異変を感じ取っていた。一瞬の躊躇いの後、ルークは静かに頷いた。それを見たランスはツカツカとルークの前まで歩みを進め、ギロリと睨みつけながら言葉を続ける。

 

「あまり俺様を舐めるなよ」

「……っ」

 

 ここに来て周囲も異変を察知し、弛緩した空気が吹っ飛ぶ。違う。いつものランスの怒りとは違う。ランスの怒りというのは、その場で爆発し相手を怒鳴りつけるようなタイプの怒りだ。このように静かに怒るようなランスは記憶にない。そうルークが考えた瞬間、脳裏をかつてのランスの姿が横切る。

 

『早く片付けてくださいよ、そのボロ雑巾』

『おい、貴様。今、俺様の女に向かって何て言った?』

 

 ルークの脳裏を過ぎったのは、闘神都市の戦いでパイアールに向けた怒りであった。流石にあの時のような殺気は無い。怒りの源泉も規模も違うと思う。だが、ただ一つ確かな事がある。ルークは今、ランスの逆鱗に触れた。

 

「(……どういう事だ)」

 

 ルークが心の中でそう呟く。判らない。確かにカオルを勝手に動かした事や、知り合いであるのを黙っていた事、更に任務を妨害した事に対してランスが怒る事は想定していた。だが、この怒りは予想外。自分の発言を振り返るが、至れない。何がランスの逆鱗に触れたのかを。

 

「…………」

「……ふん。おい、シィル。行くぞ」

「えっ!? あっ……はい、ランス様」

 

 しばし無言で互いの目を見合うルークとランス。暫しの静寂の後、ランスは一度鼻息を鳴らし、後ろで呆然としていたシィルに声を掛ける。慌ててランスに駆け寄るシィルを引き連れ、そのまま詰所から出て行こうとする。その背中に声を掛けるのはメガデス。

 

「おい、拷問はどうすんだ?」

「……明日だ。今日は寝る」

 

 それだけ言い残し、ランスはシィルと共に詰所から出て行ってしまった。数秒の後、何人かが一気にため息を吐く。

 

「やっば。空気がやばかった」

「何今の一触触発状態」

「す、すごかったですね……」

「怖かっただす……ぶるぶる……」

「メガデス、あんたよく話しかけられたわね」

「あぁん、モロミちゃんだろうが☆」

 

 シャイラとネイが冷や汗を拭い、シトモネもそれに同調する。それなりに付き合いの長いシャイラとネイでも、今の空気には焦っていたのだ。そんな二人にパットンが問いを投げる。

 

「こういう事はよくあるのか?」

「ん? いや……でも、初めてって訳でもないか」

「へぇ……」

「まあ、ランスの沸点が低いのはいつもの事だし。そうよね?」

「えっ? あっ……そう、ね……」

 

 パットンの問いにそう答えるシャイラ。隣に立っていたネイも特別な事ではないといった様子で近くにいたかなみにそう同意を求める。いきなり話を振られたかなみは一応頷きながらも、心中では素直に同意出来ていなかった。

 

「(確かに、ランスがルークさんに食って掛かるのは初めてじゃない)」

「(でも、今のは……)」

「(少し空気が違いましたね……)」

「(もしかしてランス、本気で怒ってた?)」

 

 いつもとの違いに気が付いていたのはかなみだけではない。志津香も、真知子も、マリアも異変を感じ取っていた。特に関係の長い者たちだけが感じ取れた、いつもの口論との違い。良くも悪くも素直な性格であるトマトだけはキョトンとした様子であったが、ともあれ彼女たちだけは今の喧嘩が普段とは違う事を薄々感じ取っていた。

 

「(……でも、何がそんなに?)」

 

 だが、その理由は誰にも判らない。ロゼですら真意を掴みかねていた。確かにマジック王女の誘拐を邪魔されたのは事実だが、それだけであそこまでランスが怒るのが納得出来なかったのだ。それこそ、ポッとでの男がやらかしたらその場で斬り捨てるかもしれない。だが、相手はルーク。その付き合いは長く、ランスは認めないかもしれないが、信頼関係もあったはずだ。それこそ、「またお前が邪魔したのか!」程度の怒鳴りで済んでもおかしくなかったはず。

 

「…………」

「……で、どうするの?」

 

 未だランスの去った方角を見つめているルーク。やはりルーク自身も思うところがあるのだろうか。そんな事を考えながら、志津香はルークにそう問いを投げた。一度ため息をつき、ルークはようやく口を開く。

 

「失敗したな。カオルの解放を頼もうと思ったんだが、予想以上に怒らせちまったみたいだ。また明日にでも頼んでみるか」

「……そう」

「いやー、ルークでも失敗するんだな。ま、気にすんな」

「難しい男だからな」

 

 ルークの答えに少しだけ不服そうな返事をする志津香。求めていたのは、そんな回答ではない。何故ランスがあれだけ怒ったのか、その事への言及も欲しかったのだ。とはいえ、ランスの怒りへの違和感に確信がある訳ではない。また、ルークが何も言わなかったという事は、今は追求するなという意味も含んでいるのだろう。シャイラと談笑しているルークを見ながら、小さくため息をつく志津香。

 

「あーっ!」

 

 その時、コパンドンが大声を上げた。何事かと一同がそちらを見る。

 

「今夜はうちと楽しんでくれる言うとったのに、行ってもうた……待ってや、ランスー!!」

 

 そう言い残し、ランスを追いかけて走っていくコパンドン。その後姿を見送り、絶句する一同。

 

「あれを見た後で追いかけられるとは……」

「パワフル……」

「うーん、恋する乙女は凄い」

「乙女って呼んでいいの? 確か年齢が……」

「聞こえてるでごらぁ、お御籤アタック!」

「ぐぇっ!」

 

 遠くから飛んできた巨大お御籤がネイの額にクリーンヒットし、そのまま倒れ込む。ドッと沸く一同。大した地獄耳だ。

 

「……リズナ」

「はい?」

 

 口元を隠しながら上品に笑うリズナに声を掛けるルーク。突然声を掛けられたため、少しだけ驚いたようにこちらを振り向くリズナ。

 

「卒業は出来たのか?」

「えっ? あっ、はい。お陰様で」

「そうか、おめでとう」

「ありがとうございます。自分でも諦めていたんですが、ランスさんが手伝ってくれたので……」

 

 マジック王女の誘拐が失敗に終わった後でも、ランスはリズナの卒業試験を手伝っていた。その答えを聞き、静かに頷いた後、ルークは再度ランスの去って行った方向に視線を向けた。だが、胸の内にある疑問への答えは返ってこない。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 広場前-

 

「あの、ランス様……」

「…………」

 

 自分の部屋に戻ろうとするランスと、その後をついて歩くシィル。二人になってもなお、ランスの機嫌は直っていなかった。恐る恐る話しかけるが、返事はない。

 

『今の話は本気で言っているのか?』

『……ああ、そうだ』

 

 思い出されるのは、先程のやり取り。

 

「ふん……」

 

 ランスの呟きは、夜風と共に流れて消えるのだった。

 

 

 

-ゼス 山の上-

 

「ふむ、いい夜だ」

 

 小高い山の上に立ち夜風を肌で感じるのは、ゼス国王ガンジーその人であった。空に浮かぶ月が美しい。今夜は実に良い夜だ。そのガンジーの後ろに立つのは、ウィチタ。

 

「報告します。保守派勢力の活動が活発化しています。ズルキ長官が獄中死した事による結束の弱まりを防ぐため、秘密の集会を頻繁に行っているようです」

「そうか……あの馬鹿者どもはまだ自分の利益しか考えられぬか」

 

 ため息を漏らすガンジー。このような者たちを一掃しなければ、ゼスに未来はない。だが、連中も中々にしぶとい。

 

「ですが、思ったように事は運んでいないようです。どうも保守派の中心人物の一人であるラドン金融長官の欠席が相次いでいるのが原因と思われます」

「ラドンが?」

「はい。どうも娘のエミに頼まれ、色々と調べ物をしているとの事。そちらを優先し、集会には不参加が続いているようで」

「ふむ……何を調べているかは判っているか?」

「いえ、流石にあちらも手練れ。尻尾は掴めていません。ですが……」

 

 意味あり気に言葉を切るウィチタ。当然ガンジーが食いつく。

 

「何だ?」

「直接の関係はないかもしれませんが、娘のエミが最近子供を二人連れている姿を目撃されています」

「子供か……またどこかで奴隷を買ってきたのだろうか。全く、懲りん連中だ」

 

 エミがドルハンというムシ使いの奴隷を連れているのは一部で有名な話。当然ガンジーの耳にも届いている。嘆かわしい事だと眉をひそめるガンジー。

 

「引き続き調査をしてくれ」

「はっ」

「それと、カオルの事は何か判ったか?」

「それはまだ……」

 

 これが本題。今日はカオルから定期連絡の来る日であった。だが、約束の時間になってもカオルからの連絡はなし。不思議に思ったウィチタはガンジーに報告をし、そのままカオルの調査を続けていたのだ。だが、流石にまだ原因は掴めていない。何せカオルがランスに捕縛されたのは今日の事。時間が足りな過ぎた。だが、ある噂を耳にしていた。

 

「噂ですが、本日アイスフレーム内で騒ぎがあり、捕縛された者が出たという噂を耳にしました。もしかしたら、正体がばれてしまい捕縛されたのかもしれません」

「はて、どうかな」

「やはりレジスタンス組織など信じるに足りません。今すぐ軍を向け、潰すべきです」

「早計だ。確証がないのに軍を動かす事は出来ん」

 

 カオルの素性がばれたのではないかと心配するウィチタだが、ガンジーは同意しない。カオルはそう簡単に尻尾を掴まれるような事はしないと信頼しているからだ。それに、アイスフレームにはあのルーク・グラントもいる。何かあればあの男がフォローしてくれるはず。

 

「……確かに、以前のアイスフレームは民族融和を目指して活発に動く、王の考えに近い組織でした。ですが今は……」

「……アイスフレームのリーダーであるウルザは優秀な女性だ。ただ、今は飛ぶ事を忘れてしまっている」

 

 今のアイスフレームの内情は当然ガンジーとて判っている。だが、それでも信じるに値するだけの輝きをかつてのウルザは持っていた。翼の羽ばたかせ方さえ思い出せば、必ずもう一度自分で飛び立ってくれるはず。ならばそれを待つ。ウルザが活発だった頃にしていた活動は、間違っていなかったのだから。その為に、カオルを傍に置いて見守らせているのだ。

 

「アイスフレームはゼスを再生するために必要な組織だ。私はそう思っている」

「そうですか……判りました、カオルの事は引き続き調査します」

「頼んだぞ」

「次の報告です。最近、マジノライン周辺の魔物たちが活発に行動しています」

 

 その報告に眉をひそめるガンジー。

 

「先日、巨大な怪鳥が背中に3体程の魔物を乗せ、マジノライン上空を飛行して突破を図りました。撃ち落したのですが、発見が遅れた事もあり国内に落下。また、落下地点から怪鳥の死体も背中に乗せていた魔物の死体も発見されませんでした」

「怪鳥は判らんが、少なくとも背中に乗っていた魔物たちはゼスに入り込んだな」

「はい。ですが、通常の魔物ではマジノラインを突破するなど不可能。恐らく、侵入したのは魔人、あるいは使徒と思われます」

 

 ゼス国内に魔人、あるいは使徒が侵入した。恐るべき事態であるが、決して最悪ではない。いくら魔人や使徒が脅威といえど、たった数体では出来る事などたかが知れている。無敵結界がある魔人といえど、多くの犠牲をいとわなければ結界などで捕縛する方法はある。当然あちらもそれは承知しているはずなので、軽率な行動は取らないはずだ。そう、マジノラインが破壊され、多くの魔物たちがやって来るような事態にさえならなければ、対処法はいくらでもある。それが、ガンジーとウィチタが妙に落ち着いている理由だ。

 

「目下、軍を動かして侵入した魔物の痕跡を追っています」

「引き続き頼む。しかし、何故発見が遅れた?」

 

 先程ウィチタは怪鳥の発見が遅れたと言っていたが、そこが解せない。マジノラインは常に細心の警備体制であるはずだ。

 

「同時刻、地上から侵入を試みた魔物がいたようです。そちらに気を取られ、上空の怪鳥の発見が遅れてしまったとの事です」

「地上の魔物の規模は」

「1体です」

「たった1体だと?」

 

 驚くガンジー。恐らく捨て駒だろうが、捨て駒にするにしても生存時間は長い方が良いはず。1体でマジノラインを越えるなど無謀。すぐに迎撃用の魔法で死んでしまい、陽動の意味を成さない。だが、ウィチタは深刻そうに言葉を続けた。

 

「はい。ですが、その魔物はかなりの時間生き残っていたようです。魔法の直撃を何度も受けているのに、構わず直進。あわやマジノライン突破、というところで落とし穴の中に魔物が消えました。後程確認したところ、穴の中から魔物の死体を発見。ギリギリのところで侵入は防げたようです」

「……発見された魔物の種類は判るか?」

「えっ……?」

 

 その質問は予想外だったのか、慌てた様子で記憶を呼び起こす。資料は持ち出し禁止の為、内容は全て頭に叩き込んであるためだ。

 

「あっ、思い出しました。緑魔物兵です」

「(……無理だな。緑魔物兵単騎で、そこまでの時間生存するのは)」

 

 マジノラインは人類の英知。緑魔物兵如きが1体であわや突破まで達せるはずがない。となれば、浮かび上がる疑念。緑魔物兵の死体は、恐らくおとり。

 

「ウィチタ」

「はっ」

「侵入した可能性がある魔物は、最低でも4体だ」

 

 

 

-ゼス 森林-

 

 マジノラインから少し離れた場所に位置する森林。そこに3つの影があった。

 

「あはは。やっぱり人間はちょろいね。こんなに簡単に侵入出来ちゃうんだから」

「ラインコック、慢心は死を招きますよ」

「ケケケ、あっさりぐっさり人間に殺されちまうぜ。首とかスパーンと飛ばされちまうぜ」

「ぶー、そんな油断しませんよー、だ」

 

 月の光に浮かび上がるのは、3体の使徒。慢心を責められているのは、魔人カミーラの使徒であるラインコック。その美しい容姿と服装から誰もが美少女と見間違うが、れっきとした男の使徒である。これは魔人カミーラの趣味。彼女の使徒は容姿の整った男しか存在しない。ラインコックはその中でも特に可愛がられている使徒だ。そのラインコックに注意を促すのは、同じく魔人カミーラの使徒である七星。左手に玉を持った長髪の男性であり、カミーラの秘書のような存在である。更にもう1体。こちらは魔人サイゼルの使徒であるユキ。侵入したのは、ゼス侵攻を任されている魔人たちの使徒であった。その時、森の奥から物音がする。そちらに視線をやると、現れたのは見知った顔。

 

「うっわ、最悪。空気壊れるー」

「ラインコック、自重しなさい。ご苦労でした。これ程容易に侵入出来たのは、貴方の活躍が大きい」

「ケケケ、自ら魔法受けにいくとかどこのドMだよ」

 

 ガンジーの予想は当たっていた。怪鳥で侵入を図る3体の使徒をギリギリまで気が付かせないため、地上で陽動を行ったもう1体の使徒。そしてその使徒もまた、マジノラインを突破してゼス国内に侵入をしていたのだ。通常ならば、単騎でのマジノラインはいくら使徒といえどただでは済まない。だが、この使徒は特別。マジノラインの誇る多くの迎撃装置、その多くをこの使徒は無効化出来る。何せこの使徒には、ゼス最大の攻撃手段である魔法が通じないのだから。

 

「クカカカカ……」

 

 ディオ・カルミス。魔人パイアールの使徒であるこの闘将もまた、この日ゼスへの侵入を果たしていた。ここまではガンジーの予想の範囲。だが、ここからがその予想を上回る出来事。

 

「仲間内で喧嘩は止めなさい。今の彼はれっきとした仲間なのですから」

「あっ、はーい。ごめんなさい」

 

 月明かりに浮かび上がる、5つ目の影。談笑していた使徒たちから少し離れた位置で、大木に寄り添うようにして休んでいた長身の魔物。

 

「怪鳥へ変身し、我らをその背に乗せて頂きありがとうございました、ジーク様」

「流石のユキちゃんも流石に気が引けたぜ、ケケケケケ」

「気にしなくていいのですよ」

 

 怪鳥の死体は見つからなかった。何故か。簡単な事だ。元から怪鳥など存在していなかった。いたのは、怪鳥に変身していた一人の魔人。先に潜入している使徒オーロラの主にして、ゼス侵攻を任されている魔人の一人。魔人ジーク。威風堂々たるその立ち居振る舞いに敬意を表す一同。だが、それを嘲笑うかのように声を漏らすのは、ディオ。

 

「ククク……」

「どうしましたか?」

「よく言う。一番私の事を気に入らないのは貴様だろう?」

「…………」

「お前、ジーク様に向かって……」

「止めなさい」

 

 パイアールがディオを使徒にした際、一番拒否反応を示したのはジークとケッセルリンクの二人であった。だが、無理もない。この二人は魔人の中でも特に礼節を重んじる。かつての魔人戦争の際に対峙したディオの殺戮を許せるはずもないのだ。だが、食って掛かろうとするラインコックをジークは制止する。今は仲間内で争っている場合ではない。

 

「各自、やるべき事は判っていますね?」

「はーい。オーロラの持ってきた情報を元に、マナバッテリーの情報を集める事」

「ケケケ。まあ、そっちはどっちかっていうとオーロラが引き続き担当するから、ユキちゃんたちの仕事はその狙いを判らなくするための陽動が主だな」

 

 ラインコックの言うようにマナバッテリーを探す目的もあるが、そちらは引き続きオーロラと人間たちに任せ、各地で適度に暴れるのがこの任務の主だ。

 

「ジーク様。我々はカミーラ様から別の任務も預かっているのですが……」

「ええ、聞いていますよ。80年前にゼスで行方不明になった使徒の捜索でしたね。どうぞ気にせずそちらの任務を中心に行ってください。戦力増加は望ましい事ですからね。陽動は我々が担当しますから」

 

 また、七星とラインコックはカミーラから別の任務も仰せつかっていた。それは、レッドアイダークと呼ばれるかつてのゼス侵攻の際に行方不明となった同胞の捜索。80年も前の事だ。生存している可能性は極めて低い。だが、七星もラインコックも、そしてカミーラさえもどこかでその使徒が生存している可能性を信じていた。殺しても死ななそうな、ひょうひょうとした使徒。それがその同胞への評価。

 

「ジーク様、やっさしー!」

「ラインコック」

 

 ラインコックの言葉遣いを嗜める七星。これだけでもこの二人の関係性が垣間見える。

 

「コホン、では各自任務を開始してください」

「はい!」

「御意」

「ケケケケケ! 適度にやるぜ。ユキちゃんの適度は適当だけどなー!」

 

 ジークの合図と共に、三人の使徒が月夜に消えていった。残ったのは、ジークとディオの二人。

 

「貴方は私と共にここで待機です。数日中にオーロラが報告に来る手筈となっていますので、その報告を聞いてから行動に移ります」

「ククク……」

 

 チラリとジークの手に握られているある物を見るディオ。その視線に気が付いたのか、ジークは深いため息をつく。

 

「はぁ……心配しなくても、使う気も脅す気もありませんよ。ですが、やむを得ない場合もあるかもしれません」

 

 それは、パイアールから預かった装置。反抗的なディオの体内には、ある物が埋め込まれている。使徒であるディオは主のパイアールには逆らえないが、他の魔人や使徒の命令は別。もしかしたら、突如後ろから襲い掛かってくるかもしれない。だからこそ、これを使って言う事を聞かせるという事のようだ。だが、それは魔人紳士と呼ばれるジークの美学に反するやり方。

 

「このような物を使うのは好ましくないのですがねぇ……」

 

 その装置は、ディオの体内に埋め込まれた爆弾を起爆する装置。とはいえ自分は使うつもりはない。そもそも、無敵結界のある自分が使徒であるディオに後れを取る事などないと考えているからだ。だが、オーロラたちは違う。ジークが渋々この装置をパイアールから受け取ったのは、作戦の都合上ディオと行動を共にする機会が多いオーロラを思っての事。この装置があれば、可愛い使徒を危険から遠ざけられるからだ。

 

「ククク……」

「何が可笑しいのです?」

 

 静かに笑うディオにそう問いを投げるジーク。自分の体内に爆弾など、不快感こそすれ笑うような事態ではないはず。それなのに、何故この使徒は笑っているのか。

 

「いや、なに……」

 

 脳裏を過ぎるのは、闘神都市で自分を復活させた愚かな人間。

 

『人形よ。お前の体には今のと同じぷちハニー爆弾がまだまだ仕掛けてある』

 

 表情の無い闘将が、それでもどこか不気味な笑みを感じさせる口調でジークの問いに答える。

 

「人間も魔人も、対して変わらんのだと思ってな」

 

 今はまだ、雌伏の時。狂人は牙を研ぎ澄まし、来るべき時を待つ。

 

 

 

翌日

-アイスフレーム拠点 本部-

 

「あっ……」

「ん……」

 

 シィルとセスナの視線が合い、シィルが気まずそうな声を漏らす。対するセスナも、感情が読み取れない返事をシィルに返す。朝早く全部隊に招集が掛かり、グリーン隊からはランスとシィル、ブラック隊からはルークとセスナが本部までやってきていた。前日の事もあり、ランスとルークの間に気まずさがあると考えていた二人はどうしたものかと二人の様子を窺う。

 

「よう、ランス」

「遅いぞ。俺様を待たせるとは言語道断」

「お前も今来たところだろうが」

 

 だが、二人の予想に反してルークとランスはいつも通りの対応であった。ルークは判る。だが、ランスは一度へそを曲げたら数日は引きずるはず。それなのに、何故こうも早く切り替えたのか。何か思うところがあったのだろうか。だが、これはシィルたちにとって喜ばしい事。この二人が本気で争うところなど見たくはない。いつも通りなサーナキアの突っ込みも今はありがたく聞こえる。

 

「遅くなってすいません」

「これで全部隊到着ですね。それで、ウルザ様。お話というのは?」

 

 アベルトが到着し、これで全部隊が到着した。サーナキアに促され、ウルザがゆっくりと口を開く。

 

「今朝の新聞にも載っていたので既に知っている人もいると思いますが、昨日ペンタゴンが3都市で爆弾テロを決行し、多大な被害を出しました。多くの一般市民も巻き込まれています」

「なっ! 奴ら……」

 

 まだ新聞を読んでいなかったのか、サーナキアが絶句する。対してルークとアベルト、セスナは新聞を読んでいたため驚きはしなかったが、それぞれに反応を示す。

 

「どうやら軍も本格的に動くようですね」

「そうみたいだな。既に何軍か配備され、壊滅に動き出したと新聞に書いてあった」

「多分……このままだとペンタゴンは長くない……」

 

 ルークたちのあずかり知らぬところではあるが、実はペンタゴンは当初6都市での爆弾テロを考えていた。だが、先日の治安隊本部でのサイアスの活躍により予想以上に損耗。仕方なく規模を縮小したという経緯がある。図らずも、ペンタゴンの暴走を多少なりとも止めていた事になるのだ。だが、それでも完全に止められた訳ではない。

 

「(……ランスの反応は薄いな。となると、既にこの任務の事は知っているという事か)」

 

 既にランスが裏番になっている事を知っているルークは、ランスの反応を窺う。驚いているシィルと対象的に、ランスは特に大きな反応を示していない。興味が無い、という訳ではないだろう。初耳であれば、ポンパドールやエリザベスの心配をしているはず。なら、この先に続く任務はなんだ。ランスはこのニュースを知り、何をしようとしている。

 

「誰かがペンタゴンを止めないと、大変な事になります」

「ああ……」

「そうですねぇ」

 

 どこか気落ちした様子のダニエルと、普段と変わらぬ様子のアベルト。だが、その二人の表情がこの後の言葉で同時に変わる。

 

「私が行きます」

「えっ!?」

「……行くのか? ウルザ、お前が……」

 

 珍しく驚いたような表情を見せるアベルト。それに対し、ダニエルは信じられないというような表情で、されどどこか嬉しさを隠しきれないような声色でウルザに問う。車椅子に座りながら、静かに頷くウルザ。

 

「先日の治安隊本部襲撃や今回の爆弾テロからも判る通り、ペンタゴンの暴走は歯止めが効かなくなっています。このままでは、最悪の事態になりかねません」

「…………」

「ウルザ様……」

 

 無言でウルザの言葉を聞くランス。嬉しそうに声を漏らすセスナ。そんな中、ルークは感じ取る。ウルザの目つきがいつもと少し違う事を。諦めきっていたあの瞳に、僅かながら光が戻っている事を。

 

「私がペンタゴンに行き、ネルソンと直接交渉をします」

「(完全に戻った訳ではないだろうが、これがかつてのウルザの片鱗か……?)」

 

 ガンジーの言うように、ウルザは飛び方を忘れた鳥かもしれない。だが、その翼はまだ失われていない。

 

「そしてなんとしても、ペンタゴンの暴走を止めてみせます」

「そうか……うむ……そうか……」

 

 嬉しそうに声を漏らすダニエル。ずっとこのような日が来るのを待ち望んでいたのだろう。

 

「だが、お前さんはまだ本調子じゃあない。護衛が必要だ」

「なら、ボクが……」

「そこで、俺様の登場という訳だ」

 

 サーナキアの言葉を遮るようにランスがグイッと前に一歩出る。それに同調するようにウルザが言葉を続ける。

 

「護衛はグリーン隊とブラック隊にお願いしたいと考えています」

「なっ!?」

「がはは! 残念だったな、サーナキアちゃん」

「それと、万が一を考えてダニエルも同行して貰えますか?」

「当然だ」

 

 頷くダニエル。確かに主治医のダニエルは万が一に備えてウルザの傍を離れない方がいいだろう。だが、サーナキアは当然納得しない。

 

「ウルザ様、何故ですか!? ボクだって役に立てます」

「判っています。だからこそ、ここを守っておいて欲しいんです。シルバー隊とサーナキアさんの力を信頼しているからこそ、私も安心して出かける事が出来るんです」

 

 ごねるサーナキアを上手く宥めるウルザ。いつも以上の説得力。もしかしたらネルソンやエリザベスに負けぬ話術があるかもしれない。これが本来のウルザの姿なのだろうか。説得されるサーナキアを横目に、ランスはルークの方に向き直る。

 

「という事だ。まあ、俺様の部隊だけでも十分なんだがな」

「下手すればペンタゴンと全面戦争だ。戦力は多い方が良いだろう」

「うむ。面倒な事は貴様らに任せるつもりだ。俺様たちの足を引っ張るなよ」

「努力しよう」

「頑張る……」

「(よかった、いつも通りのお二人です……)」

 

 ランスの言葉にいつも通りの返事をするルークと、グッと拳を握るセスナ。昨日の不穏な空気など引きずっていない。そう感じ、ホッと息を吐くシィル。

 

「ペンタゴンの基地は赤川の南、マンタリ森の中にあります」

「善は急げ、今日中に連中を片付けるぞ。ついでにエリザベスちゃんやポンパドールちゃんもゲットだ!」

「任務はあくまで交渉と護衛だ。まあ、片づけるような事態にはなる気がするがな」

 

 ペンタゴンの抵抗は必至。ランスの言うように、戦いは避けられないとルークも当然感じている。だからこその、主力二部隊合同任務。

 

「行きましょう」

 

 

 

-ゼス 琥珀の城-

 

「エミ。調査報告が来たでぷるよ」

「ありがとうございますわ、お父様」

 

 父のラドンに頼んでいた報告書を受け取り、ドルハンを引き連れて自室へと戻るエミ。その手に握られているのは、ゼス国内のレジスタンスを調べた報告書。

 

「結果が来ましたわよ……って、ああ、またお菓子で汚して」

「あ、ごめんちゃい」

「で、結果はどうだった?」

 

 部屋の中にいた二人の子供の反応は対照的。少女は素直に頭を下げたが、少年は尊大な態度で質問を投げてきた。それがまたたまらなく気持ちいい。否、憎たらしい。

 

「……流石に調査日数が足りませんわ」

「判らなかったのかよ、アルセーヌ家つかえねー」

「アルフォーヌ家よ! それに、少しは判りましたわ! ランスが所属しているレジスタンスかは判りませんけど、マンタリ森に巨大なレジスタンス組織があるという報告が上がっていますわ」

「多分それだ。今すぐ出発する。色々サンキューな」

 

 勢いよく立ち上がる少年、ダークランス。そのダークランスを見上げるのはカロリア。

 

「もう行くの?」

「ああ、早い方が良い」

「お待ちなさい。もう少し情報を集めてからの方が……」

「いーや、間違いない。馬鹿は大きいものが大好きだ。だからでっかい組織なら多分そこにランスがいる」

「どういう理由ですの……」

「エミ様、どうされますか?」

 

 呆れた様子のエミにドルハンが問いを投げる。以前ならばドルハンが自分に質問するなど生意気だと鞭でしばいていたところだが、ダークランスのせいで感覚がマヒしているのか、小さくため息をついた後エミは普通にその問いに答えた。

 

「一応、ついていきますわ。一人にすると危なっかしいし、もし本当にランスがいるならあの男の悔しがる顔を見るチャンスですもの。カロリア、貴女は……」

「カロも行く!」

「……仕方ないわね。ドルハン、しっかりと護衛なさい」

「はっ!」

「なんだ、ついてくるのか。足引っ張るなよ」

「相変わらず小生意気ですわね」

 

 再び運命は交わる。ルークたちはまだ知らない。その交わりが、一つの崩壊を呼ぶ事を。

 

 




[人物]
ジーク (6)
LV 60/156
技能 剣戦闘LV1 変身LV1
 ケイブリス派に属するまねしたの魔人。ゼス侵攻における副司令。ディオの参戦には未だ納得していないが、波風を立てない為にもあまり騒がないようにしている。本来ならば後ろに控えているべき立場だが、その能力は潜入に特化しているため、ディオの目付も兼ねて自ら先遣隊に志願した。

ラインコック (6)
LV 4/50
技能 魔法戦闘LV1
 カミーラの使徒。一見美少女とも見間違えてしまう程の美少年。先遣隊への参加は自ら志願しての事。カミーラの役に少しでも立ちたいという願いからだが、当のカミーラ本人は寂しさや不安から参加には反対していた。

七星 (6)
LV 38/48
技能 魔法LV1
 カミーラの使徒。カミーラ同様ラインコックの参加に反対していたが、最後は自ら護衛の任に就く事でカミーラから承諾を貰う。ラインコックにとっては口うるさいが優しい兄のような存在。また、カミーラからは行方不明中の使徒捜索という任務も預かっている。

ユキ (6)
LV 34/47
技能 格闘LV1 魔法LV1
 サイゼルの使従。一見先遣隊には不向きな性格をしていそうだが、言動とは裏腹に主への忠誠心は高く、与えられた仕事もきっちりこなす出来る女。約三年ぶりの登場。ある意味夏の怪談並に恐ろしい。


[モンスター]
緑魔物兵
 魔軍を構成するモンスターの一体。魔物兵と呼ばれるモンスターの中では最も弱いが、それでも人間界にいるモンスターと比べればそれなりの強さを誇る。斧による近接戦闘を担当。


[装備品]
魔物兵スーツ
 男の子モンスター専用の強化服。元の大きさ・形状に関係なく着られ、身に着けるとそのスーツと同じ魔物兵になれるという装備品。元のモンスターがどんなに弱くても一定の強さに格上げする事が出来る恐ろしいスーツだ。元々強いモンスターは上位に位置する魔物兵から、元が弱いモンスターは緑魔物兵からのスタートになり、功績を上げる事でより上位の魔物兵スーツを着る事を許される。魔軍の中には魔物兵スーツを着ずに行動する男の子モンスターもいるにはいるが、統率や戦力向上の観点から大半は魔物兵スーツを装着している。かつての魔物兵スーツは今ほどの種類はなく性能も低かったが、魔人パイアールが改良した事により多くのバリエーションが生まれ、上位のスーツは相当の強さを発揮するまでに至った。あいつは人間界にとって余計な事しかしない。

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