ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第186話 爆発

 

-ペンタゴン基地 地下1階 通路-

 

「い、生け捕り……!?」

 

 ルークの生け捕り宣言を受け、ペンタゴンだけでなくアイスフレームの面々も一様に驚愕する。当然、当人の驚愕は最たるものだっただろう。流石に驚いた様子で口を開くフット。

 

「……こりゃ驚いた。生け捕りたぁ大きく出たな。それに、ゼスの未来のためってのはどういう了見だ?」

「そのままの意味だ。ペンタゴンの中でも、お前は少し特別な存在みたいだからな。盲信的にネルソンに従う連中とは違う。過激派の中にいながら、その危うさを理解している。これからのゼスに必要なのは、そういった中立の立場で物事が見られる人材だ」

 

 それは先程の会話からも推測出来る。フットはネルソンの全てが正しいと思っていないと発言した。それは、ペンタゴンという組織に属している人間からすれば異端そのもの。幹部という立場にありながら、フットは比較的中立的に物事を見られているのだ。

 

「それに、仲間たちからもお前の話は聞いている」

「へぇ、色男だって言ってたか?」

「そんなところだ」

 

 セスナもシャイラもネイも、フットはアイスフレームに来てくれると思っていたと発言しており、敵に回った事に少なからずショックを受けていた。それは先程対峙した時の態度からも見て取れる。茶化した態度のフットに肯定の意を返すルーク。勿論、彼女たちがフットの事を色男と言った訳ではない。だが、存外間違っていない。外見ではなく、その心持ちがフットは上等のそれだ。ルークの態度を鼻で笑いながら、背後に立つシャイラたち元三人娘を見やるフット。

 

「へっ……なんとなく言った連中に見当がつくな。だけどよ、そいつら全員甘い連中だぜ。昔同じ釜の飯を食った仲間を乏したくねぇだけだ。まともな評価じゃあねえ」

「おっさん……」

「それは違う……」

「違わねぇさ。俺はペンタゴンについた。その事実だけが全てだ」

 

 いつの間にかフットは自身を卑下するような事を口にしていた。恐らく、これから殺し合う相手と中途半端な情が残らないよう配慮しての事だろう。だが、こんな事で積み重ねてきた信頼が無くなるはずもない。口を開いたのはシャイラとセスナであったが、ネイやウルザたちも同様に苦しそうな顔をしている。

 

「そうだな、俺がお前の評判を聞いた連中は大体想像の通りだろう。それと、キムチだ」

「っ……やれやれ、あいつもとことんお人よしだな」

 

 そして、キムチ。孤児院で話した際、彼女もまたフットの事を厚く信頼している節があった。その彼女の名前を聞き、フットが少しだけ動揺を見せる。フットの脳裏を過ぎったのは、かつての出来事。血だまりの中、呆然とした様子で座り込んでいる少女と、それを見下ろす自分。少女の手はフットの足をしっかりと掴んでいる。捨てられたわんわんが縋るようにも見えるが、その握る手の強さに確かな意思も伝わってきた。

 

『……来るか? お前も』

『…………』

 

 それは、ペンタゴンでもアイスフレームでも極僅かな人間しか知らない出来事。フットはそんな過去の断片を少しだけ思い出し、静かに息を吐いた。

 

「はぁ……」

「そういった事を諸々加味した結果、お前はここで殺すには惜しいと判断した。かといって、アイスフレームに来いと言ってもそう簡単には応じないだろう?」

「そりゃ当然だ。だからこそ今ここでお前さんたちと対峙している」

 

 そう、これだけ周りからも高評価の人物がそう簡単に今所属している組織を裏切るはずがない。その覚悟は先程までの会話から十分に伝わってきている。

 

「出来ると思ってるのか? これだけの混戦、狙った奴を生け捕りになんかしようとすりゃ隙が出来るぜ」

「そうだ、そうだ! バーカ、バーカ!」

 

 まるで止めておけと諭すかのような口調でそう言葉にするフット。その後ろからは何故かポンパドールが野次を飛ばしている。勿論、ルークもそんな事は重々承知している。かつてそれで手痛い代償を受けたのだから。そして、今はあの時とは違う事も。

 

「出来るさ」

「…………」

「今の俺なら、この状況でお前を生け捕りにする事も訳はない」

「きっ、貴様!!」

「はっ! はははは! それだけ言えりゃ上等だ」

 

 多数のペンタゴン兵と幹部など敵ではない。そうルークはハッキリと宣言したのだ。その発言に敵だけでなく仲間たちも些か驚く。ルークが敵を挑発する事は多々ある。だがそれは相手のミスを誘発したり、意識を自分に向けさせて仲間への攻撃を止めさせたりするためのものが殆ど。このように自らの力を誇示するような形での宣言は珍しいのだ。激昂するペンタゴン兵とは対照的に、フットは気持ちいい笑い声を響かせた。怒りが無い訳ではない。フットもまた一人の戦士。自身のプライドを傷つけられたという思いは勿論ある。だが、それ以上に湧いてくるのは目の前の男への興味。ゆっくりと腰を落とし、獲物を構える。

 

「もうお喋りは十分だろ?」

「そうだな」

 

 ルークもまた、剣を構え直す。フットから決して注意は逸らさず、静かに背後に立つポンパドールへと視線を向けたルーク。瞬間、ポンパドールは判りやすいくらい視線を逸らし腹部に手を当てる。

 

「あたた……こ、こんな時に腹痛が……これはもう駄目かもしれません……」

「判りやすい仮病は止めろって。嫌なら程々に下がっておきな」

「ポンパドール様、ここは我々にお任せください」

「口惜しいですけどそうさせて貰います……元々そんな武闘派じゃないですし……」

「ん?」

 

 その言葉にルークが反応を示しかけた瞬間、射殺すような目でこちらを睨んでくるポンパドール。目は口程に物を言うとは正にこの事。喋ったら殺す、と雄弁にその目は語っていた。どうやらポンパドールは自分の力を周りに知られたくないようだ。だが、これはルークに取って好都合。

 

「志津香……」

「何?」

 

 すぐ後ろに立つ志津香に小声で話しかけるルーク。戦闘前の指示だと判断した志津香も小声で問い直す。

 

「……て欲しい。出来るか?」

「……別にいいけど、それ程の相手なの?」

「俺の見立てじゃ、ペンタゴン最強だ」

「嘘でしょ? ……しょうがないわね」

 

 少しだけ不満そうにしつつも、ルークからの指示を受け入れてくれた志津香。これで全ての準備は整った。

 

「ほら、じーさん。ウルザと一緒に下がってな」

「言われなくてもそうさせて貰う」

「フット……」

 

 フットに促され、後方へと下がるダニエルとウルザ。ダニエルの戦闘力は一級品だが、車椅子のウルザを守るため戦闘には参加出来ない。後方から敵が来る可能性もあるため、インチェルや珠樹たちが最後方に鎮座しウルザたちは挟み込まれるような形で守られている。

 

「じゃあ、そろそろやろうかい。解放戦の英雄さんよ!」

「ああ!」

 

 互いの中心人物が発したその言葉が開戦の合図となった。

 

 

 

-ペンタゴン基地 地下3階 大倉庫-

 

「ええぃ! どかんかっ!!」

「こんな時こそお御籤で一掃……あかん、小吉や!」

「痛っ! なんか微妙な痛みが走ったぞ!?」

「流石小吉。微妙なダメージの全体攻撃ね」

 

 激昂した様子でペンタゴン兵を薙ぎ倒していくランスと、それに続くグリーン隊。コパンドンはお御籤による一掃に失敗していたが、大勢に影響はなく次々と兵士が薙ぎ払われていく。その様子を後方で見ながら、ロドネーは焦りを感じていた。ここに至るまでの作戦は完璧だったはず。

 

『ははは、くらえっ!!』

『ぶわっ! なんだこのピンク色のガスは!?』

『毒ガスさ。すぐにこの部屋に充満する。その時が貴様らの最後だ』

 

 密閉した空間での開幕毒ガス。フットやポンパドールからもえげつないと評されるこれこそがロドネー最大の戦法であった。この毒ガスはまず標的の筋力を奪う。徐々に力を込められなくなった相手は攻撃も防御も疎かになる。そこをじわじわといたぶるのがロドネーの上等手段。当然、こちらの兵は全員事前に解毒薬を飲んでいる為影響はない。今回も滞りなく毒ガスを開幕に放った。

 

「(馬鹿とはいえ極小の脳みそはある。解毒薬を求めてこちらに向かってくるのは当然。それを下っ端の肉壁で相手が無力化するまでやり過ごす……それが出来るだけの人数は揃えてきたつもりだ……)」

 

 一番後方に下がり状況を見やるロドネー。いくら馬鹿だ馬鹿だと言っていようとも、ランスの強さは十分に知っているためいつもより多めの兵を連れてきた。それに、そろそろ普通の戦士であれば剣が握れなくなってもおかしくない時間だ。

 

「それなのに、何故まだそれだけの力があるんだぁぁ!!」

「どけどけどけぇぇぇ!!」

 

 肉壁兵たちを薙ぎ倒し、鬼の形相でランスは進軍を続ける。気が付けば、ロドネーの手の平には大量の冷や汗が滲んでいた。

 

「あー、そろそろ弓持つのが辛くなってきたわー」

「お、おらもだす。でも頑張るだす!」

 

 毒ガスが効いていない訳ではない。徐々に相手全員の筋力は落ちている。だが、それは『手練れ』に限った話。ロドネーの失策は単純明快。ランスたちの強さを全員がただの『手練れ』と見誤った事。

 

「がはははは! 相手にならんわっ!!」

「援護します。ファイヤーレーザー!」

「いっけー、チューリップ! 最近の影の薄さも一緒に吹き飛ばせぇぇ!」

 

 そこには確かに混ざっている。カスタムの四魔女事件、リーザス解放戦、闘神都市での戦いといった大冒険を潜り抜けてきた、大陸でも屈指の『強者』たちが。気が付けば、立っている肉壁たちはあと僅か。また一人、目の前の肉壁が倒れた。倒れ行く背中の向こうに見えたのは、ランスの姿。あちらもロドネーの姿を捉えたようで、ニヤリと笑う。

 

「見つけた。大人しく解毒薬を渡せ。さもなくばころーす!」

「くそっ! 想像以上の脳筋が!」

 

 最早逃げ場はないし今から逃げても間に合わない。密閉空間に誘ったのが仇となった。ロドネーは腰に差したレイピアを抜いてランスに向かって振るう。

 

「はぁっ!」

 

 科学者の側面が強いため誤解されがちではあるが、ロドネーとて武闘派幹部の一人。最低限の近接戦闘能力は持ち合わせている。綺麗な型から放たれた突きは一直線にランスに向かっていく。

 

「ふん。貧弱っ!!」

 

 それは華麗でもなんでもない。剣の型など鼻で笑うかのようなランスの暴力的な一振り。だが、その一撃でロドネーのレイピアはパッキリと折られる。

 

「馬鹿な! 無茶苦茶だ!!」

「凡人の感想ご苦労。そのまま死ねぇぇぇぇ!」

「手加減だぞ」

「おっと、そうだった。妙技、手加減アタァァァック!」

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 勢いのままロドネーを殺そうとするランスだったが背後から聞こえてきた殺の冷静な突っ込みで手加減攻撃に切り替える。解毒薬があるのならばそれを受け取る必要があるからだ。死体から探ってもいいのだが、今は一刻を争う。相手から素直に出させるのが一番良い。殺さない程度に加減した一撃をロドネーに振り下ろすランスであった。

 

 

 

-ペンタゴン基地 地下3階 通路-

 

「げほっ……」

「エミ様! いかん、ガスが回ってきた」

「頑張って。階段はもうすぐだから」

 

 毒ガスにより視界が悪い中、ダークランスたちは階段の方へと駆けていた。ロドネーの毒ガスがダークランスたちの場所にまで充満してきたからだ。死に至るようなガスではないという感覚がドルハンとカロリアにはあったが、その予想が100%当たっているという保証はない。ならば、早々にこのフロアから脱出する必要がある。この中で最も筋力の無いエミがガスの影響を受け始める中、カロリアがあげはレーダーで的確に階段を見つける。

 

「……減アタァァァック!」

「っ……!?」

 

 瞬間、しんがりを務めていたダークランスが立ち止まる。目を見開き、後ろを振り返る。

 

「……何をしている」

「…………」

「……急ぐぞ」

「……わかった」

 

 ドルハンに促され、再び歩みを進めるダークランス。

 

「(気が付かなかったか……?)」

 

 前を行くドルハンが心の中でそう呟く。イヤーバグを持っているドルハンにも、当然先程の声は聞こえていた。遠くから聞こえてきた叫び声は、ダークランスが捜しているあの男が発したものに間違いない。聞こえてしまったかと懸念したが、ダークランスは素直についてきた。ホッと息を吐くドルハン。だが、気が付いていなかった。ダークランスの目に火が灯ってしまっていた事に。

 

 

 

-ペンタゴン基地 地下2階 通路-

 

「がぁぁぁぁぁっ!」

「っ……!!」

 

 キングジョージの強烈な一撃を左腕で受けるパットン。全身に衝撃が走り、左腕に刺さった棘から血が滴り落ちる。筋肉によるガードで深くまでは刺さっていないが、軽傷とは言いがたい。だが、パットンはニヤリと笑いながら右拳を目の前のキングジョージの顔面に叩き込んだ。

 

「効かねぇな。おらぁぁぁぁっ!」

「がっ……!!」

 

 パットンが渾身の力でキングジョージの顔面に右フックを入れる。左頬から脳天に突き抜けるような衝撃を受け、キングジョージは思わず声を漏らす。常人であればそのまま壁まで吹き飛んでしまうような一撃。だが、キングジョージは床をグッと踏みしめその場に留まる。

 

「……効かないっ!」

「へっ……上等だ!」

「うがぁぁぁぁぁっ!!」

「うおらぁぁぁぁっ!!」

 

 そしてそのまま、互いに足を止めての殴り合いが始まる。けたたましい咆哮と飛び散る血しぶき。避けるという所作はそこには無く、まるで野生の獣同士が喰い殺し合っているかのような原始の戦いがそこにはあった。もしアレキサンダーがこの場にいたとすれば、この殴り合いに身震いしていた事だろう。

 

「うーわー、ですかねー……」

 

 だが、一部の『漢』が見れば震え上がるような魂の殴り合いも、女性には伝わる訳もない。ペンタゴン兵を次々と倒しながら、トマトはどこか冷めた目で二人を見ていた。別にパットンが嫌いな訳ではない。ルークが認めている仲間なのだ。当然トマトも信頼している。だが、廊下の隅でひたすら殴り続けるその光景。鍛え上げすぎた筋肉と、血と共に飛び散る汗。なんというか、こう、言い難いものがある。

 

「もうちょっとスマートな戦い方があると思うですかねー……ていっ!」

「ぐえっ!」

「そうでしょうか? あれはあれで問題ないと思いますけど。火爆破!」

「ぎゃぁぁぁっ……」

 

 パットンとキングジョージの戦い方をそう評するトマトとリズナ。回避や受け流しを主体とするルークの戦い方に憧れているトマトからすれば、ダメージを負うのを前提としたパットンの戦い方はあまり受け入れられるものではなかったのだろう。反面、若い頃に武闘派の魔法使いという変わった若者を見ていたリズナからすると、特段気にかかる戦い方ではないようだ。

 

「あ、一人打ち漏らしたですかねー」

「了解です。はっ!」

「ぺ、ペンタゴンに栄光あれ……」

 

 多少の雑談をしながらも、危なげなくペンタゴン兵を倒していく二人。まだ一流と呼ぶには早いが、数々の視線を潜りぬけてきたトマトにとってペンタゴン兵は既に敵ではなかった。そこに遠近両方をこなすリズナが補助に回り、更に廊下という数の利を活かし難い空間。ペンタゴン側からすれば不利な組み合わせだったと言えよう。そのうえ、唯一対抗出来そうなキングジョージは廊下の端っこでパットンに掛かりっきり。こちらを援護する気など更々なさそうだ。いや、本来は自分たちが幹部であるキングジョージを援護しなければならない身。不甲斐なさに悔しくなりながらも、ペンタゴン兵は次々と倒されていくのだった。

 

「GAAAAAAAA!!!」

「UORAAAAAA!!!」

「うーん、トマトには既に人語には聞こえなくなってきたですかねー」

 

 一方、獣の戦いをしていた二人にも限界は近付いていた。当然だ。ほぼノーガードでの打ち合いなのだからダメージはあっという間に蓄積する。

 

「へっ……やるじゃねぇか……」

「はぁ……はぁ……提督のために……俺は負ける訳にはいかない……」

 

 まるで示し合わせたかのように一度打ち合いを止める二人。拳を止め、呼吸を整えているのだ。状況は五分。素の耐久度はパットンの方が上だが、鉄棘の武器を持っている分攻撃力はキングジョージが上。結果、互いの利点は打ち消し合い限界はほぼ同時に来る。このまま殴り合いを続ければ、どちらが最後まで立っているかは正に神のみぞ知る運の領域と言えるだろう。あるいは、同時に倒れる相討ち。

 

「(相討ちは駄目だ。こいつを倒した後、そこの女二人も倒して、他の侵入者も倒す!)」

「(流石に女二人残して倒れるとあっちゃあ、格好悪すぎてハンティにどやされちまう)」

 

 だが、相討ちになる訳にはいかない。アイスフレームに対抗出来る数少ない戦力である事は、頭の悪いキングジョージでも自覚出来ている。いや、それ以上に、目の前のこの男に負ける訳にはいかない。獣の本能として、自分の方が上であると示す必要があるのだ。対するパットンも、トマトとリズナを残して倒れる訳にはいかない。あの二人なら大丈夫かもしれないとか、そういう話ではない。男としての意地があるのだ。いや、それよりもまず根本にある理由。自分はまだこんなところで倒れる訳にはいかないという決意。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「っ……!?」

 

 これまで以上にけたたましい咆哮。瞬間、パットンは察する。これで決めに来ると。このまま殴り続ければ相討ちの可能性がある。ならば、その均衡を崩す強烈な一撃を仕掛ければいいのだ。本能でそう理解したキングジョージは両腕を一度左右に大きく開いた。背筋がビキビキと音を鳴らし、武器を持つ両拳をグッと握りしめる。

 

「押し……潰すっっ!!」

 

 そして、両腕を勢いよく内側へと動かした。標的は正面に立つパットン。左右から挟み込むようにパットンへと迫って来る鉄棘は、悪趣味な貴族たちが持っている拷問器具のようにも見えた。棘による刺殺、筋力による圧殺、鉄部分による撲殺。その全てを同時に味わう事になる『必殺』の技。以前に女の子刑務所でハッサム・クラウンを殺したのもこの技だ。だが、あの時とは込めている力の総量が違う。いくらパットンといえど、このダメージは致命的となるはず。例え両腕でガードしてもただでは済まない。戦況は一気にキングジョージへと傾く。

 

「(な……に……!?)」

 

 キングジョージが珍しく絶句する。迫りくる棘を前に目の前の男が取った行動は、脳筋のキングジョージですら考えなかった行動であった。腰を落とし、足を踏み込み、渾身の右ストレートをキングジョージの体に向かって放ってきたのだ。ここに来てまさかのノーガード。この男、本物だ。自分と同等の、本物の馬鹿だ。顔面へと迫る拳を見ながら、思わず笑みを浮かべてしまうキングジョージ。

 

「どらぁっ!!!」

 

 先に相手へ届いたのは、パットンの拳であった。それは、相手までの距離の差。左右から挟み込むように大回りしたキングジョージの拳よりも、真っ直ぐと一直線に相手に向かったパットンの拳の方が早かったのだ。だが、キングジョージは笑う。

 

「(勝ったぞ!! 俺の方が……強い!!!)」

 

 渾身の一撃を顔面に受けても、キングジョージの拳は止まらなかった。ダメージによって速度こそ落ちたが、それでも拳は止まらない。棘がパットンの目前へと迫る。

 

「がっ……!?」

 

 衝撃に声が漏れる。それは、パットンの声ではない。首を後ろにのけぞらせながら声を発したのは、キングジョージであった。天井を見上げながら、必死に頭を整理するキングジョージ。何が起こった。殴られたのだ。誰に。パットンに。何で。拳で。

 

「(嘘だっ! 拳は耐えて……)」

 

 その間、僅かコンマ秒。首を勢いよく動かして視線を戻したキングジョージが目にしたのは、既に目の前に迫っているパットンの右拳。ここで理解が追いつく。自分は右拳を耐えきった直後に、左拳で勢いよく殴られたのだ。そして、既に右拳が迫っている。いや、それだけじゃない。先程振り切ったはずの左拳も既にもう一度自分へと迫っている。目線の左下からは、丸太のような右足から繰り出されるローキックも近づいている。

 

「耐えてみろっ! 俺の……武舞乱舞をぉぉぉぉっ!!!」

「うぉぉぉぉぉっ!! 提と……」

「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらっっっ!!!」

 

 それは、例えるならば嵐。防御をかなぐり捨て、両の拳から繰り出される鉄拳が、両の足から繰り出される強蹴が、敵を破壊しつくす。パットンの強みは鍛え上げた鋼の肉体による耐久力だと仲間たちは思っていた。それも間違いではない。だが、パットンにはあるのだ。強力な一撃が。自身の防御を捨てた先にある圧倒的な乱舞が。

 

「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらっっっ!!!」

「これは……」

「凄いですかねー……」

 

 目の前で繰り広げられる暴風にリズナとトマトも絶句する。確かにスマートではない。だが、これもまた一つの武の形。

 

「ふぅ……」

 

 時間にして一分程度。だが、相手には無限の時間にも思えただろう。パットンが拳を止め、息を吐く。それに呼応するように、ズルズルと床に崩れ落ちるキングジョージ。これが、武舞乱舞。

 

「凄いですかねー! 圧倒的だったですかねー!」

「おっ、そっちも終わったのか。わりーな、任せちまって」

 

 駆け寄るトマトたちを見てそう口にするパットン。最初の宣言通りキングジョージの相手で手一杯であったため、ペンタゴン兵を完全に任せてしまった事を詫びてきた。

 

「いえいえ、どう見てもそっちの方が大変な相手でしたですかねー」

「凄い技ですね。私も薙刀で乱舞系統の技は使いますが、そこまでは……」

「あー……いや、まだ未完成だ。体への反動がでかすぎる。っつー……」

 

 そう口にするパットンの全身には激痛が走っていた。キングジョージからのダメージだけではない。筋肉の塊であるパットンの全身は、本来あんな速度で動けるものではない。肉体の限界を超え、無理矢理動かしているのだ。

 

「反動……ですか?」

「ああ。知り合い曰く、本来生物が本能で肉体にブレーキを掛けているところを、今の技では無理矢理動かしちまっているらしい。脳内麻薬だかなんだかが出ているとかで、有り得ない動きをしてるんだと」

「正に獣ですかねー」

「ははっ、知り合いもそう言ってた。いっつー……」

 

 リズナの問いに答えるパットン。その技の内容は、トマトの言うように獣そのものであった。ハンティにもそう評されたパットンは嫌味なく笑う。自分も反動で無傷じゃ済まない技。この反動を最小限にまで抑え込んだ先に、この技の完成はある。ハンティにそう言われた。つまり、まだまだこの技は未完成なのだ。

 

「傷の手当には世色癌! いや、この傷の種類なら元気の薬の方が良さそうですかねー。気力もなさそうなので竜角惨も一緒にいっときましょうです!」

「おっと、わりーな。というか、その数のアイテム持ち歩いてんのか?」

「本職はアイテム屋ですから、このくらいは当然です。えっへん!」

 

 バババ、とアイテムを取り出してパットンへと渡すトマト。口にした3種のアイテムは確かに冒険者として持っておいてもおかしくないアイテムだが、実際にちゃんと揃えている冒険者は少なかったりする。消耗品であるため、ついつい切らしてしまうのだ。だが、そこは本職アイテム屋のトマト。アイテム管理は一流のそれであった。パットンがその場に座り込み、受け取ったアイテムを使用して傷を癒す。空気が弛緩した瞬間、それは起きた。

 

「…………」

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 リズナとパットンが目を見開く。倒れていたはずのキングジョージが勢いよく立ち上がったのだ。

 

「(嘘だろっ!)」

 

 パットンが冷や汗を掻きながら立ち上がろうとしたその動作よりも早く、剣を振りかぶって立ち向かう女がいた。

 

「トマト爆裂アタックpart2ですぅぅ!!」

 

 それは、意外な事にトマトであった。跳び上がって剣を振り下ろすトマト。だが、背後からリズナが叫ぶ。

 

「トマトさん、当てないでください!」

「ほえっ!? き、緊急回避! おっとっと……」

 

 リズナの言葉に反応し、振り下ろしていた剣を横にずらしてギリギリキングジョージへの攻撃を止めたトマト。そのまま着地時にバランスを崩し、おっとっとと片足でけんけんをしている。何故かと問いを投げようとしたトマトであったが、それは聞くまでもない事であるとすぐに気が付く。この間も、キングジョージは動いていなかったのだから。

 

「気絶してます。これ以上の追撃は不要かと」

「立ち上がったのは本能か……」

 

 そう。パットンの想像通り、キングジョージは既に武舞乱舞で力尽きていた。気絶してもなお立ち上がるのは、ネルソンへの忠誠心からなるものか。こちらも負けず劣らず、獣であった。この場にいたのがランスなら問答無用で斬り殺していただろうが、今ここにいる三人は比較的良識派。既に気絶しているのであれば、捕縛で十分。元々ペンタゴンには交渉に来ているのだ。避けられるなら殺しは避けたい。

 

「(それに、幹部は殺すより捕縛した方が交渉材料にもなる。まあ、この二人はそこまで考えてないだろうけどな)」

 

 そう考えるのはパットン。汚い事を考えている自分とは違い、この二人は純粋な優しさでトドメをささなかったのだろう。まあ、確かに気絶している相手にトドメをさすのは寝覚めが悪いが。

 

「よく動けたな」

「ほえっ?」

「気絶してたから結果的にはあれだが、もしこいつに意識があったら危なかった。ありがとよ」

 

 パットンが立ったまま気絶しているキングジョージを親指で指差しながらそう口にする。国を追われてから日が浅く、冒険者としては未熟なパットン。玄武城に長く捕らえられていたため、同じく冒険者としての経験値は低いリズナ。丁度この場には経験の浅い者が揃っていたのは事実。しかし、トマトだけがいち早く反応した。トマトとて、同じく実践経験が浅いはずなのにだ。

 

「必殺技というのは、使った後に隙ができやすいですかねー」

「隙か。確かに、反動で碌に動けなくなっちまうしな」

「いえいえ、どちらかと言うと心の隙の方ですかねー。これで決まった、相手はもう反撃してこない。強力な技であればある程、そんな隙が生まれやすい。むしろ決め技を出した後だからこそ、注意しなきゃいけないですかねー」

「確かにそうですね。残心は忘れてはいけない心構えです」

 

 ドヤ顔で語るトマトと、その意見に頷くリズナ。だが、その口から語られる内容は実はトマトの意見ではない。以前にムシ使いの村を訪れた際、ルークから冒険者の心得として教えて貰った事をそのまま話しているだけであった。完全に丸パクリであり、あの時一緒にルークの話を聞いていた者がいれば苦笑しながら突っ込んでいた事だろう。だが、今この場にいるのはあの時ランス率いるグリーン隊と行動を共にしていたリズナと、まだ仲間に加わっていなかったパットン。両者ともこの話がパクリ話である事に当然気が付けない。

 

「(へぇ……)」

 

 そして、気が付けないどころか感心してしまう。ドヤ顔で語り続けるトマトを真剣な瞳で見るパットン。顎に手を当て、まるで値踏みするようなその視線にトマトは気が付けない。

 

「(ふざけた嬢ちゃんかと思っていたが、一本筋が通ってるな。気に入った。それに自由都市のアイテム屋とか言ってたし、どこの国にも所属してないはず……悪くねぇな!)」

「だから、えっと、その、残心が大事で……」

「よぉ、話の腰を折ってわりーが、一ついいか?」

 

 話せる事がなくなったため同じような事をリピートしていたトマトにパットンが声を掛ける。何事かとパットンの方を見るトマト。

 

「今から多分数年の内に、でっかい祭りをやるつもりだ。もしあんたさえよきゃ、参加しねーか? あんたなら信用出来そうだ」

 

 かつてリーザスとゼスからスカウトを受けた女、トマト。まさかの三大国制覇の瞬間であった。だが、当人はよく判っていない。

 

「お祭りですかー? 大きな祭りと言うと、お神輿でも出るですかねー?」

「あぁ、言い方が悪かったな。祭りと言っても本当の祭りじゃなくて……」

「……あら?」

 

 パットンとトマトが話している中、リズナが背後で小さな物音がした事に気が付いて後ろを振り返る。

 

「あ」

 

 思いっきり目が合った。それは、リズナたちからは見えにくい位置からこっそり廊下を抜けようとしていたダークランスたちであった。固まる四人とは対照的に、リズナはのほほんとしている。

 

「あ、どうも」

「……ん」

「ぺこり」

 

 そして、そのままご近所さんにでも会ったかのように頭を下げるリズナ。少し考えた後、それが一番適切と判断したのか会釈し返すドルハン。その後ろではカロリアもぺこりという擬音を口に出しながら頭を下げていた。そしてそのまま1階への階段の方へと早足で掛けていくダークランスたち。それを何事も無かったかのように見送るリズナ。

 

「ん? どうかしたか?」

「えっと……観光客でしょうか?」

「は?」

 

 丁度死角でダークランスたちが見えていなかったパットンがリズナに声を掛けるが、返ってきた答えはよく判らないものであった。

 

「一体なんだったんですの……げほ、げほ……」

「判りませぬ。ですが、脱出するチャンスです」

 

 今の一連の流れは、当然ダークランスたちも理解出来ていなかった。天然ここに極まれり。

 

 

 

-ペンタゴン基地 地下1階 通路-

 

 視点は地下1階へと戻る。地下2階ではパットンたちがキングジョージを、地下3階ではランスたちがロドネーをそれぞれ撃破した。後ろにエリザベスが控えてはいるが、彼女の戦闘力はそこまで高くはない。つまり、ペンタゴンにとってはここが最後の希望であった。

 

「馬鹿な……こんな事が……」

 

 だが、そこに希望などなかった。床に倒れながら絶句するペンタゴン兵の瞳に映し出されるのは、ペンタゴンの中でもキングジョージに次いで戦闘力のあるフットがボロボロの状態で膝をつく光景であった。そのフットを見下ろすように目の前に立つ男。この男がやったのだ。誇張ではなく、大げさでもなく、この男は無傷でフットをここまで圧倒したのだ。

 

「はぁ……はぁ……へっ、甘くねーたぁ思っていたが……」

 

 苦笑しながらそう口にするフット。先端の欠けた、正確に言うと先程目の前に男に破壊された錨を杖のようにしながらフラフラと立ち上がる。自分だけではない。周囲のペンタゴン兵も次々と倒されていく。やはり戦力に差があり過ぎた。ルークの連れている仲間たちは手練れ揃い。数で勝っていようが、地力が違う。

 

「ここまで差があるとはなぁ……」

 

 だが、最も驚くべき事は目の前の男の強さであった。これまでフットが出会って来た数多の冒険者とは格が違う。手も足も出ないとは正にこの事。

 

「解放戦の英雄……『英雄』なんて付けられているだけあって、伊達じゃあねぇな……」

「フット……」

 

 ペンタゴン兵をハンマーで殴り倒しながら、セスナが悲しげな視線を送る。もう大勢は決した。大将同士の戦いでこうまで圧倒的な差がついたのだ。

 

「くぅん……」

 

 フットの愛犬が小さな鳴き声を上げる。モンスターの落書き犬であるフットの愛犬は下手なペンタゴン兵よりも戦闘力を持つ。フットがルークにやられ始めた際も、勇猛果敢にルークに飛び掛かろうとした。だが、ルークが一睨みすると、フットの愛犬は震えながらその場にへたり込んでしまった。ルークは殺気だけで忠誠心の高いフットの愛犬を制したのだ。その事実はペンタゴン兵たちを大きく動揺させた。目の前のルークは、この場にはいないがもう一人の中心人物であるランスに比べ穏やかな男だと思っていたからだ。解放戦の英雄と言う通り名も、尾ひれの付いたものだと思っていた。だが、その男が放った殺気は異質のそれ。穏やかなどとんでもない。

 

「あー、フットさん! ファイト! まだまだ倒れられちゃあ困りますよ!!」

「へっ、人使いが荒いな……」

 

 後ろからエールを送るポンパドールに苦笑しながら、フットは目の前の男に再度視線を向ける。剣を構えながら悠然と立つその姿。先程強烈に放った殺気も今は感じられない。だが、威圧感が違う。言葉では理解していたが、今その意味が真に理解出来た。これが、『解放戦の英雄』なのだ。人類最強を倒し、リーザスをヘルマンから取り戻した男なのだ。

 

「さてと、まだまだ粘らせて貰うぜ……」

「悪いが……」

 

 痛む全身を引きずり、獲物を構えながらそう口にしたフット。だが、ルークはいつもと変わらぬ口調で、だが確かに断言する。

 

「次で終わりだ」

「っ!?」

 

 その言葉にペンタゴン側だけでなく、アイスフレームの面々にも緊張が走る。次でフットを捕らえるとルークは宣言したのだ。フットには死んで欲しくない。それはフット本人とポンパドール以外、双方の望みであった。

 

「へへ……」

「…………」

「いくぜぇぇぇぇ!!」

 

 咆哮し、駆けるフット。迎え撃つルーク。瞬間、間に割って入るように数名のペンタゴン兵が駆けてきた。フットの部下たちだ。ネルソンよりもむしろフットを信奉している数少ない者たち。そんな彼らだからこそ、自分たちも既にボロボロであるにも関わらず割って入ってきたのだろう。

 

「はっ!」

「おらよっ!」

「氷の矢!」

「しっ!」

 

 だが、ペンタゴン兵たちは邪魔すらも出来なかった。かなみの手裏剣が、シャイラの投げナイフが、シトモネの魔法が、ナターシャの矢がそれぞれ兵たちを床へと誘う。即座に反応した仲間たち。これもまた、ペンタゴンとの明確な力の差であった。これで大将同士の直線状に邪魔者はいない。純粋な一対一のぶつかり合い。フットが錨を横薙ぎに振るう。

 

「うっ……!?」

 

 いや、正確には振るい始めたところでその手が止まった。フットが錨を振るい始めた時には、既にルークの突きがフットの胸を捉えていた。剣速が違う。心臓付近に突き刺さったそれは決してフットの体を貫く事はなく、ペンタゴン制服の下に装備していた胸当てのみを破壊した。砕け散る破片と、脳に走る衝撃。心臓付近を強打された事により、瞬間的な過呼吸へと陥る。

 

「がはっ……ぶっ!」

 

 息を吐き出すべく口を開いた瞬間、無防備な顎をルークの剣が下から勢いよくかち上げる。心臓強打の直後に脳を上下に揺らされたフットは意識を飛ばしかけるが、すんでのところで留まる。だが、もう遅い。既にルークは最後の詰めに入っていた。剣をかち上げると同時に少し跳び上がり、両手で握った剣に闘気を纏わせて上から振り下ろす。ルークの代名詞とも言える技の一つ。

 

「真滅斬!!」

「っ……!!」

 

 最後は声すら出なかった。振り下ろされた剣は的確にフットを捉え、轟音と共に地面へと叩きつける。衝撃で床にヒビが入る程の衝撃をその身に受けたフットは倒れたまま立ち上がれない。そのフットの上に勢いよく膝を乗せ、道具袋から取り出した捕獲ロープでフットの両手を縛るルーク。そんなルークを、フットは口から血を吐き出しながら朦朧とした目で見上げた。

 

「弱い奴は……死に場所も選べないってか……」

「ああ、その通りだ。捕らえたぞ、フット」

「ちっ……」

 

 最後に悔し気な舌打ちを残し、フットの意識は失われた。その光景に足を震わせるペンタゴン兵。

 

「これが……」

「解放戦の英雄……」

 

 これにてペンタゴンとの決着はついた。武闘派の幹部は全て制圧したのだから。いや、正確にはもう一人残っている。残ったペンタゴン兵が縋るような視線を送るその先に立つ女。幹部、ポンパドール。

 

「い、いや、そんな期待されたような目で見られましても……」

「ポンパドール様……」

「いや、あのー……」

「最後はあいつか」

「来るか?」

 

 突き刺さる敵味方双方からの視線。駄目だ、流石に腹痛では逃げられない。しかし、自分の力をここで見せるのはあまり得策ではない。ペンタゴン内に自分の力が知られると戦場に率先して駆り出されるようになってしまい、本来の仕事である裏工作や情報収集が出来なくなってしまうからだ。かといって手を抜いて勝てる相手ではない。悔しいが、あの人間は確かに強い。

 

「(あー、もう! だから会いたくなかったんですよ! ファック!!)」

 

 とても親愛するジークの前では言えないような汚い言葉を頭の中に浮かべながら地団駄を踏むポンパドール。このまま投降するという手もあるが、それはつまりペンタゴンの敗北を意味する。このままアイスフレームに負ければ、ペンタゴンは解散なり不平等条件での吸収なりに追いやられるだろう。そうなったらそうなったで、当初の目的の裏工作や情報収集がしにくくなる。もしアイスフレームに吸収された場合、ルークがいる以上いままでのような自由な振る舞いは出来ないのは容易に予想がつくからだ。

 

「(あー……もう、やるしかないですね!)」

 

 遂にポンパドールが決心する。今の状況下における最悪の事態は、ペンタゴンを解散または吸収される事。ペンタゴン内で強さがばれるのは、それよりはまだマシ。最悪、この場に残った目撃者を全員始末してもいい。エリザベスにはアイスフレームにやられたと言い訳すれば何とかなるかもしれない。

 

「(流石にこの人数はちょっと辛いかなー……いや、いけるはず。誇りある使徒である私が負けるはずがない)」

 

 流石に無謀かとちょっとだけ冷や汗を掻きつつも、グッと足に力を込めるポンパドール。標的は車椅子の女。まずあれを捕縛する。とりあえず超高速で近づき、周囲の人間の頭を蹴りで吹き飛ばす。なんという完璧な計画。グッと足に力を込めるポンパドール。その脚力は人の頭など簡単に吹き飛ばす驚異的なもの。纏う空気も変わる。

 

「(……動くか)」

 

 ポンパドールの様子が変わった事に気が付き、ルークが後ろに控える女性に目配せをする。それを受けた女性は静かに頷く。

 

「いきますよっ! はああっ……どっがぁぁぁぁぁ!!?」

 

 ポンパドールが勢いよく走りだした瞬間、尋常ではない勢いで盛大に転んだ。ドジ、という言葉で済ませられるものではない。何せ廊下中に響き渡る轟音が顔面から落ちた床から鳴り、その床にはヒビが入っているのだから。

 

「えぇぇぇぇっ!?」

「あっははははははは!!」

 

 かなみやインチェルの困惑の声、ロゼの爆笑が響く中、信じられないような目をしているのは志津香だ。そんな志津香にルークは声を掛ける。

 

「志津香、完璧なタイミングだ」

「いや、それはいいんだけど……あれ、大丈夫なの?」

 

 ポンパドールが勢いよく転んだ原因は、志津香が放った粘着地面によるものであった。人の領域を超えたスピードで駆けだしたポンパドールだったが、くっつく地面に足を捕られ、そのまま人の領域を超えた勢いで顔面から転んだのだ。このフット率いるペンタゴン戦において、志津香は戦闘に殆ど参加していない。戦いが始まる直前、ルークに頼み事をされたからだ。

 

『志津香……』

『何?』

『奥にいるポンパドールが動き出した瞬間、その足元に粘着地面を撃って欲しい。出来るか?』

 

 本来、粘着地面は戦闘においてそこまで有用な魔法ではない。詠唱が短ければ効果範囲が狭いし、逆に効果範囲を広げようとすると詠唱が長くなる。敵味方の判別も付けられないため邪魔になる事もあるし、捕まっても抜け出す手段はいくらでもある。例えば火傷覚悟で炎の矢を足元に放てば、粘着部分はあっという間に溶ける。こんな事に詠唱時間を回すくらいなら、攻撃魔法を放った方が早いというもの。だが、今回は恐ろしいくらいにハマった。二度と同じ手は通用しないであろう、まさかの一撃必殺である。だが、流石の志津香も心配になる。彼女は生きているのだろうか。こんなマヌケな死に方は自分なら御免被りたい。

 

「……まあ、あいつなら大丈夫だろう」

「どれ……ああ、生きてるわね。ちょっと額割れて痙攣してるけど」

「ついでに捕縛しておいてくれ。一応幹部だし交渉材料にはなる」

「オッケー。亀甲縛りで良い?」

「任せる」

「任せんのかよっ!」

 

 うつぶせで倒れたままピクピクと痙攣しているポンパドール。ロゼ曰く、どっこい生きているようだ。流石は使徒である。ついでで捕縛されたが。

 

「だが、これで先へ進めるな」

「……はい。行きましょう、ネルソンのところへ」

 

 ダニエルの言うように、これで本当に邪魔者はいなくなった。ペンタゴン基地の最深部、ネルソンの部屋へと進む事が出来る。ウルザが一度深く息を吐く。ここからが真の戦い、ペンタゴンとの交渉。

 

 

 

-ペンタゴン基地 地下1階 提督の部屋前-

 

「ここまで来るとはご苦労な事ね。レジスタンスとは名ばかりの魔法使いの犬どもが……」

「エリザベス……」

 

 先へと進んだルークたちを待っていたのは、最後の幹部であるエリザベスであった。忌々しげにウルザを見ながら口にしたその言葉は端々にとげが含まれている。

 

「そんなに革命の邪魔をしたいのかしら?」

「違うわ。革命には反対しない。でも、その方法にはどうしても賛同出来ないの」

 

 ウルザとエリザベスが舌戦を始めたため、ルークは一歩横にずれてその邪魔をしないよう押し黙る。ここからはウルザの戦いなのだから。

 

「私はその方法を改善させる為にネルソンと交渉に来たの」

「提督は犬と話す口は持っていない」

「聞いて、エリザベス。貴方たちのしている事はただの破壊なの」

 

 ウルザが説得を続ける。今のペンタゴンが生み出しているのは希望の未来などではなく、死者と瓦礫の山でしかないと。だが、そんなウルザをエリザベスは鼻で笑う。

 

「ふんっ、よく言う。お前のやり方は手ぬるい! ならば聞こう。お前の言っている綺麗事は何かを生み出しているのか?」

「っ……」

「いいや、何も生み出してなんていない。変わらぬ現状がそこにあるだけ。お前はその場に留まっているだけだわ。ならば、提督が正しい。少なくとも提督は現状を変えている」

 

 先程のフットの言葉とエリザベスの言葉が被る。確かにエリザベスはネルソンの信奉者だが、全く考えが無い訳ではない。自分の意志でネルソンのやり方に賛同し、ついているのだ。停滞しているウルザと、間違えながらも前に進んでいるネルソン。そのどちらが正しいのか、簡単に断ずる事は出来ない。

 

「間違ったやり方で変えても意味がないわ!」

「提督のやり方を間違っていると言い切る資格がお前にあるのかっ!」

「いいや、間違っているな」

 

 問答する二人の間に割って入ったのは、後ろから合流してきたランスであった。腕組をしていたルークが声を掛ける。

 

「ランス、追いついたのか」

「馬鹿者。俺様抜きで始めるんじゃない」

「お、そっちも幹部を捕獲したんやな。こっちもこのでかブツを捕らえたで!」

 

 パットンが縄で引き連れているキングジョージを指差すコパンドン。こちらもフットとポンパドールを引き連れている。悔しげに口を開くエリザベス。

 

「キングジョージまでも……いや、まだロドネーが……」

「ああ、あいつなら地下にふんじばって放置してきたぞ。今頃解毒剤が切れて、自分の毒ガスで苦しんでいる頃だ。がはは!」

「しかも、動けないのをいい事におでこにバカって落書きまでして……」

「むごいな……」

 

 マリアの補足事項に眉をひそめるシャイラ。死に至るガスではないので死ぬ事はないだろうが、最悪の嫌がらせである。

 

「くっ……」

「エリザベスちゃん、君は間違っている。美女は殺しては駄目だ。男だけ殺せ」

「話がややこしくなるからランスは黙ってて!」

 

 さも当然のように語ったランスの持論は頭の痛くなるものであった。かなみの突っ込みが入るが、一歩遅い。頭を抱え、忌々しげにエリザベスがこちらを睨む。

 

「こんな馬鹿どもに我々は負けたのか……いや、まだ負けではない。まだ私が……」

「もういい、エリザベス」

 

 エリザベスの後ろから声が響いた。慌てて後ろを振り返ると、そこに立っていたのはネルソン。ペンタゴンのトップ。遂にこの男を引きずり出したのだ。こちらを一度見回した後、ウルザに向かって言葉を投げる。

 

「まさか君が直接来るとはね。よほど私たちが気に入らないと見える」

「そういう話ではありません。やり方を変更出来ないのかと提案しているんです」

「ダニエル、あまり無茶をさせるな」

「ウルザの意志を尊重したまでだ」

「ふむ……」

 

 ネルソンがひげを触りながら思案する。兵はほぼ壊滅。めぼしい幹部も捕縛された。だが、この状況においてもネルソンはまだ諦めていない。逆転の一手はまだある。ウルザの語る改革。まずそこを足掛かりにする。

 

「ぶつかり合うだけが改革ではないわ。もっと平和的に手を取り合って……」

「……協力については、私も思案していたところだ」

「えっ?」

 

 ネルソンから発せられた意外な言葉にアイスフレームの面々が驚く。過激派であるはずのペンタゴンリーダーが、まさかの賛同を示したのだ。驚いたのはこちらだけではない。エリザベスも慌てた様子でネルソンを見ていたからだ。

 

「提督!?」

「エリザベス。確かにやり方は違うが、ゼスを思う気持ちはこの者たちも同じだ」

「ネルソン……判ってくれたの……?」

 

 呆気に取られるウルザ。まさかこんなにも早くネルソンが理解してくれるとは思っていなかったからだ。だが、それは望むべきところ。あちらが歩み寄ってくれるのであれば、こちらはいくらでもペンタゴンを受け入れる。

 

「じゃあ、早速今後の方針について話し合いを……」

「いや、それは後で話そう。それよりも先に……ランスさん」

「ん?」

 

 ウルザの言葉を遮るようにネルソンが言葉を発する。そのターゲットはランス。これが逆転の一手。

 

「貴方の活躍、お見事でした。解放戦の英雄に負けず劣らず……いや、私の見立てでは貴方の方が上回っていた。さぞや様々な修羅場を潜り抜けてきた猛者なのでしょう」

「ほう、中々見る目があるじゃないか。その通り、俺様は強い。がはははは!」

 

 以前のやり取りからネルソンはある真実に至っていた。半信半疑ではあったが、今のアイスフレームを動かしているのはランスではないかという予測。切り崩すなら、ここしかない。

 

「まずはその猛者様から、色々と話を……」

「悪いが、それは後でいくらでも時間を作らせて貰う」

 

 そこに割って入ってきたのは、今話題に挙がった男。解放戦の英雄、ルーク・グラント。これまで傍観していたこの男が突如口を挟んできたのだ。理由など一つしかない。読んでいるのだ、こちらの狙いを。

 

「まずは今後の方針からだ」

「……ランス殿、こちらは綺麗どころを揃えております。彼女たちもぜひランス様の話を聞きたいと」

「ポンパドールは気絶しているし、他にも多くの女性隊員がさっきまでの戦闘で倒れたままだろう? 宴は彼女たちの回復を待ってからで良い」

「ふむ、それもそうか」

 

 ランスがルークの意見に頷く。今すぐ少ない美女にちやほやされるよりも、ちょっと待って多くの美女にちやほやされた方が良いに決まっているという思考だ。だが、ネルソンもペンタゴンのトップ。旗色悪しと見るやすぐに切り替える。

 

「では、奥へ。先に打ち合わせを行いましょう」

「ええ、それがいいです」

「ですが何分狭い部屋。この人数は入りませんし、あまり数が多くても話が多方に分かれ過ぎる」

「そうね。ではこちらからは私とダニエルが……」

「いや、ダニエルではなくランスさんでお願いします」

「えっ?」

 

 ネルソンが要請してきた打ち合わせ参加者は、ウルザとランスの二人であった。予想外の提案に声を漏らすウルザ。当然だ。彼女はまだネルソンが『ランスがアイスフレームを動かしている』事を知っているのに気が付いていないのだから。いや、ネルソンだけではない。ランスとの関係は誰にも知られていない、知られてはいけない事なのだから。

 

「当然だよ、ウルザ。こちらからは私とエリザベスを予定している。そこでウルザとダニエルでは、元ペンタゴン八騎士だけの会談になってしまう。意見も固まるし、下の者たちは不安がる。結局上の者たちで癒着しているのではないかと、な。ならば、新しい風を取り入れねばなるまい。アイスフレーム独立後に入った新しい風をな」

「(成程、そう来たか)」

 

 ロゼがポリポリと頬を掻く。多少無茶な要請ではあるが、判らなくもない道理だ。実際、ルークやロゼといった一部の人間はウルザやダニエルを信用しきっていない。密約が交わされる恐れは十分にある。そこで、ランス。確かにこの場にいる二人のリーダーの一人な訳だし、ダニエルの代わりとしては適切と言えるだろう。

 

「そう……でしょうか……」

「そうだな。なら、ランスではなく俺が参加しよう」

 

 悩むウルザ。彼女も真っ向から否定する提案ではないと悩んでいるのだろう。そのウルザを横目に、ルークが返しの手を放つ。相手の提案を飲みながらも、最悪の事態を避けられる手。ルークもリーダーの一人、ダニエルの代わりになる資格は持っている。

 

「いえいえ、ルーク様はお疲れでしょうからお休みください。私はランスさんの意見をお聞きしたく……」

「リーザス、パランチョ王国、ハピネス製薬。交渉事なら幾分経験がある」

「ふむ……」

 

 即座に次の一手を思案するネルソン。大丈夫、まだ問題は無い。ランスさえ取り込んでしまえばいくらでも逆転は出来る。だが、その為にはこの男、解放戦の英雄が邪魔だ。

 

「ならば……」

「おい、俺様抜きで勝手に進めるんじゃない。話し合いには俺様が出るぞ」

 

 ここで想定外の方向に針が動く。すぐさまランスに向き直るルーク。

 

「面倒な話し合いだ。ここは俺に任せておけ」

「いーや、俺様が出る」

「ランス、ここは……」

「それとも、俺様に出られると厄介な事でもあるのか?」

 

 ギロリ、とルークを睨み付けるランス。確かに裏番であるランスからしてみれば、自分のあずかり知らぬところでアイスフレームの方針を決められるのは面白くないのだろう。その為ならば、多少面倒でも打ち合わせに参加するという事だろうか。いや、あるいはそれ以外の真意があるのか。

 

「…………」

「…………」

 

 読めない。昨晩の衝突から違和感を抱えたままのルークには、今のランスの真意を読み取る事が出来ない。その時、シィルが咳き込んだ。

 

「ごほっ、ごほっ!」

「シィルちゃん、大丈夫? もしかして、まだガスが残っていた?」

「そういえば、先程毒ガスがどうと仰ってましたね。話も大体纏まりましたし、一度外で新鮮な空気でも吸ってきてはいかがですか? シィルさんだけでなく、グリーン隊の皆さま全員で。あ、あとトマトさんも」

 

 マリアがシィルの背中を擦り、真知子がそう提案する。純粋に皆を心配している気持ちもあるが、不穏な空気に一呼吸入れるためのフォローでもあった。ランスがシィルのもこもこ頭を軽く叩く。

 

「えぇい、仕方ない。いくぞ」

「すいません、ランス様……ごほっ、ごほっ……」

「じゃあ、お言葉に甘えて私たちも行ってきます」

「暫し休憩だな」

「そうですね」

「他にも外の空気吸いたい人がいたら行って来ていいわよ」

 

 グリーン隊とトマトがランスの後に続き、ネルソンとウルザが休憩を宣言する。双方戦闘の後であるため疲弊しているし、交渉する事は確定したのだからこれ以上の戦闘はない。一度休憩してしまっても何の問題もないだろう。

 

「(いかにあの男を会議の席に引きずり出すか……問題ない。私ならば出来る)」

「(ランス自身が出る気であるならば、出さないのは難しいか。なら、ウルザに協力を仰ぐか。しかしそれは、ウルザとランスの関係を掴んでいる事をばらす事になる。最善の一手はなんだ……)」

 

 この休憩時間を使い互いに考えるのは、この後の方針。鍵になるのはランスだ。

 

「ロゼ、真知子さん、セスナ。ちょっといいか」

「へいへい」

「声が掛かると信じていました」

「うぃ……」

 

 三人とも状況は判っているのだろう。流石に察しが良い。ネルソンたちから少し離れた場所に移動し、今後の方針について語る一同。だが、この事前準備がすぐに無駄になるとは思ってもいなかった。

 

 

 

-マンタリ森 秘密基地入口前-

 

「はぁ……空気を美味しいと感じたのは初めてだわ」

 

 森の中で深呼吸をするエミ。ガスが抜け、すっかり調子は良くなったようだ。そんな彼女とは対照的に気分が悪そうに座り込むダークランス。その背中をカロリアが擦る。

 

「大丈夫?」

「まだ調子は戻らんのか」

「ん……」

 

 外に出てきた途端、ダークランスがその場に座り込んだのだ。確かに地下から抜ける道中、ダークランスは黙っていた。出来れば早くこの場から立ち去りたいドルハンであったが、無理に動かす訳にもいかない。

 

「あーら、まだ調子が戻りませんの。わたくしはとっくに戻っているわよ。まだまだお子ちゃまね。まあ、戻るまでゆっくり休んでなさいな、ほほほ」

「子供かどうかって関係あるの?」

「体の中を占めるガスの量に違いが出るから、なくはないかのう」

「何気に優しいし」

 

 エミの言葉を受け、カロリアは自身の体内にいるムシと話をしていた。言葉にとげはあるが、休ませてはくれるらしい。だが、何かに気が付いたダークランスはゆっくりと立ち上がった。

 

「……ごめん、おっちゃん。おいら、別に調子は悪くなかったんだ」

「ちょっと、謝罪する相手が間違えてますわよ! なんでわたくしではなくドルハンに……って、調子は悪くなかった?」

「まだここから離れたくなかっただけなんだ」

「っ!? 小僧、まさか!?」

 

 ドルハンのイヤーバグが秘密基地の入口からこちらへ向かってくる足音を捉える。複数人。誰が誰かは判らないが、ダークランスには本能で判っているのだろう。その中にあの男がいる事を。

 

「耳の良いおっちゃんが、あいつがいる事に気付いてたんだよな。それで、おいらを離そうとしてたんだよな。ありがとな。でも、駄目なんだ」

「待てっ!」

「あいつだけは……」

 

 そして、基地の入口から集団が出てくる。その戦闘に立つのは、調子が悪そうなピンク色髪の女性と、その横に立つ憎き男。その男の方に向かって、ダークランスは駆けだした。

 

「あいつだけは、許せないんだっ!!」

「えっ!?」

「ん?」

 

 迫りくる相手を見たランスは咄嗟にシィルを横に押し、左手に持っていた剣でダークランスの一撃を止める。

 

「お前はあの時のガキ……」

「死ねぇぇぇ! ランスぅぅぅ!!」

「……ふん、丁度むしゃくしゃしていたところだ。返り討ちにしてやろう!」

 

 

 

-ペンタゴン基地 地下1階 提督の部屋前-

 

「ルークさん、大変です!」

 

 慌てた様子で駆けてきたのはかなみだ。ランスたちが外に出てからそれほど時間が経っていない。一体何があったというのか。

 

「どうした?」

「例の子供がまた現れて、今は外でランスと……」

「……!?」

 

 子供と聞いた瞬間、ルーク、ロゼ、真知子の三人が目を見開く。今、この瞬間で来るというのか。すぐさま駆けだすルークたち。事態が飲み込めていないブラック隊の面々もそれに続く。そんな中、その様子を見ていたネルソンの目が鋭さを増した。

 

「騒がしい連中だ」

「エリザベス、行くぞ」

「え?」

「今は動くべき時だ」

 

 

 

-マンタリ森 秘密基地入口前-

 

「ぐあっ……」

 

 勢いよく地面へと倒れ込むダークランス。決着はすぐについた。今のダークランスではまだランスには届かない。経験が違い過ぎる。

 

「ふん。まだまだだな、ガキ」

「くそぉぉぉ……どうして……」

「がはは! それは俺様が強すぎるからだ」

「(でもあの子、前に会った時よりも強く……)」

 

 笑うランスの後ろでは、戦いを見守っていたマリアがそう思案する。以前にムシ使いの村で会った時よりも強くなっていた。ランスは馬鹿にしているが、見た目の年からは考えられない強さと成長スピードである。

 

「まさかエミちゃんたちと一緒に行動しているとはな。しかも美少女まで一緒にいるぞ。がはは、カモがネギ背負ってやってきたとはこの事だ」

「近寄らないで、ケダモノ!」

「美少女ってかろの事? だめだよ、かろに近づいたらばっちいよ」

「くっ……」

 

 エミとカロリアを守るように腰を落とすドルハン。ダークランスの加勢に入りたかったが、エミを守る事を優先したドルハン。何より、ダークランス本人が加勢を望んでいなかった。しかし、結果は惨敗。このままではエミにも危害が及ぶ。どうにかして隙をついて逃げなければ。だが、ダークランスを置いていく訳にもいかない。

 

「ふん、まあお楽しみは後に取っておくとして……」

 

 エミたちへの歩みを止め、まずはこちらからだとランスはダークランスを見下ろす。

 

「どうして俺様を狙う。いい加減理由を言え」

「…………」

「ひょっとして、お前のねーちゃんとかを俺様が襲っちゃったか? まあ、世界の美女は俺様に抱かれるためにいるのだから、それは不幸でもなんでもないぞ。恨むならお門違いだ」

「いやいやいや」

「清々しいですねぇ」

 

 即座にプリマから突っ込みが入り、タマネギが苦笑している。子供に聞かせる話ではない。

 

「あ、ひょっとしてお前のかーちゃんか? 基本的に子持ちには手を出さない主義だが、それを忘れるくらいお前のかーちゃんが魅力的だったのかもしれんな」

「こんな奴に……かーちゃんは……」

「お、やはり母親か。ふむ、誰だろう」

「っ! 思い出せないくらいあちこちで酷い事してんのかよ! この鬼畜野郎っ!!」

「(その通りだす……)」

 

 ダークランスの言葉にランスではなくシィルとロッキーが申し訳なさそうにしている。ランスからしてみれば日常茶飯事だが、一度冷静に鑑みればやはり鬼畜な所業なのだ。

 

「フェリスだよ! まさか、覚えてない訳ないよな!」

「えっ!?」

「フェリス!?」

 

 その名前にシィルやマリアも反応を示す。以前からランスに突っかかってきていた子供は、よく知る悪魔の子供であった。しかし、彼女に子供がいたというのは初耳だ。ランスも驚いた顔をしている。

 

「なんだ、あいつ子供がいたのか。ガキがいるならいると初めから言えば、ヤったりなんかしなかったのに」

「ほんまかいな」

「ん、多分。しかし、ようやく納得がいった。つまり、かーちゃんに手を出した俺様が許せなかったんだな。だが、お前のかーちゃんとは悪魔の契約に基づいて正式にヤったんだ。文句を言われる筋合いはない」

 

 コパンドンの突っ込みに少しだけ自信無さ気に頷くランス。フェリスは美人なので、子持ちと知っていてもついつい手を出してしまったかもしれない。当時の自分にしか判らない事だ。そして、聞いてしまう。禁断の質問を。

 

「で、相手は誰だ? お仲間の悪魔か?」

 

 

 

-ペンタゴン基地 地下1階 入口へと続く通路-

 

「(ダークランス……止めろ、まだ早い……)」

 

 ルークが全力で入口へと駆ける。ランスへ打ち明けるのはフェリスの決心がついてから。今はまだその時ではない。そう以前に決めたのだ。ましてや今ランスの周りには、大勢の仲間がいる。シィルも、マリアもそこにいるのだ。光が差し込んでくる。入口についたのだ。すぐさま外へ出たルークの目に飛び込んできたのは、大勢の仲間たち。その中心にいるのは、ランスとダークランス。

 

「で、相手は誰だ? お仲間の悪魔か?」

 

 耳に届くのは、禁断の質問。咄嗟に声を発するルーク。

 

「止めろっ!」

 

 だが、届かない。導火線の火は既に付いてしまっていたのだから。

 

「お前だ」

「ん?」

 

 その意味を、一瞬ランスは理解出来なかった。シィルも、マリアも、いや、真相を知っている仲間たち以外は誰も。ルークに遅れて、志津香たちも現場に到着する。そして、聞いてしまう。真実を。

 

「お前がっ……おいらの父親だって言ったんだっ!!」

 

 一瞬の静寂。

 

「なっ……」

「なにぃぃぃぃぃ!!!?」

 

 後に狂騒。驚愕の声を上げる者、無言で目を見開く者、衝撃でその場にへたり込む者、その反応は様々であった。

 

「ほ、本当だすか!?」

「でも、確かに顔がそっくりだよ!」

「~~~~~」

「マリアさん、大丈夫ですか!?」

 

 声にならない声を上げ、マリアが驚いたような笑っているような顔でへたり込む。無理もない。この場で数少ない、本当にランスを愛している女性だったのだから。

 

「……ルークさん、そういう事だったんですね」

「……ああ」

 

 以前にダークランスの話を聞かされていたかなみがそうルークに問いかける。彼女とてリアの事がある。心中穏やかではないだろう。しかし今は噛み締めるように状況を見据えていた。

 

「真知子、ロゼ。黙っていた理由は判るわ。でも……もっと早く言うべきだったんじゃないの?」

「申し訳ありません」

「……そうね。でも、フェリス自身が望んだ事だったから」

「その結果がこれでしょう」

 

 親友が傷つけられた志津香は、怒りを隠そうとしない口調でそう語る。判っている。ルークもロゼもすぐに打ち明けるべきだとフェリスを説得した。だが、フェリスが時間を置く事を望んだからそれに従った。だが、状況は最悪な方向に動いてしまった。

 

「ランス……様……」

「えぇい、待て。そんな目で見るな! そうだ、悪魔と人間は子供が出来ないはずじゃ……」

「悪魔の調子が落ちるフセイの日に無理矢理したんだろうが! くそっ、くそぉっ!!」

 

 地面を叩くダークランス。フセイの日と聞き、すぐに玄武城の事件の時に思い至るランス。そうか、あの時か。それでは本当にこの子供は自分の子なのか。困惑するランス。そこに出来る、確かな隙。

 

「わっ!」

 

 突如、後ろから引っ張られるダークランス。見れば、ドルハンが自分を抱き寄せていたのだ。その足元には、先程工場を爆破した際に使用したマインレイヤーの卵が産み落とされている。

 

「悪いがここで撤退させて貰う。エミ様!」

「雷の矢!!」

 

 雷の矢がマインレイヤーの卵に命中に、爆発が起こる。立ち込める白い煙がダークランスたちの姿を飲み込んだ。反応が遅れたのはダークランスだけではない。ルークもまた、反応出来ずにいた。すぐさま白煙に向かって叫ぶルーク。

 

「待てっ!」

「(とーちゃん……ごめん……)」

 

 心の中でそうルークに謝りながら、ダークランスは白煙に消えた。煙が晴れる頃には、ダークランスたちの姿はどこにもなかった。動かなければいけなかった。いくら最悪の事態が起こってしまったとはいえ、ダークランスをすぐに捕まえなければいけなかった。そう後悔するルークの目に入ってくるのは、起こって欲しくなかった光景。

 

「ランス様……本当に……あの子はランス様のお子さん……」

「……知らん」

「でも、そっくりでした……」

「……知らん」

 

 フェリスは、こうなる事を恐れていた。シィルが傷つく事だけは、極力避けたかったのだ。いつか傷つく事は来る。ダークランスが産まれた時点でそれは確定していた。だが、その痛みを最小限に抑えたかった。だからこそ機会を待った。しかし、その目論見も全て消えた。ルークが激しく気落ちする中、その言葉は発せられてしまった。

 

「ランス様……」

「えーい、泣くな」

 

 それは、ランスの立場からしてみれば当然の気持ち。突然の告白に混乱する中、自然とその言葉を発してしまった事は仕方がないと言えよう。

 

「泣きたいのは俺様だ。ああ、なんて事だ」

 

 だが、その言葉だけはルークは聞き流せなかった。悪魔界を追われ、力も奪われ、それでもダークランスを愛し、シィルの事を思いやったフェリスの苦悩を知っていたルークにとって、許す事の出来ない発言であった。

 

「ランスっっ!!」

「んっ?」

 

 名前を呼ばれて振り返ったランスであったが、次の瞬間空を眺めていた。何が起こったのかすぐには理解出来なかった。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!」

「ランス様!!!」

「えっ、何? 何でっ!?」

 

 耳に入って来るのは、驚きの声。シィルの声が一際大きいか。ズキリ、と左頬が痛んだ。口の中に鉄の味が広がる。そして、理解する。殴られたのだ。ランスが顔を上げると、そこには拳を振り切りこちらを睨み付けているルークの姿があった。そう、ランスはルークに殴られたのだ。あのルークに。そう理解した瞬間、今度はランスの怒声が響き渡った。

 

「……何をするかぁぁぁぁっ! 貴様ぁぁぁぁっ!!」

「おいおい、どうした!」

「止めなさいっ!! ルークもっ!!」

 

 ランスがルークに掴みかかろうとするのをパットンが割って入り、ロゼの怒声が響く。目まぐるしい状況に一同は困惑しきりだ。誰も、今どうするべきなのか、何が正しいのかを理解出来ていない。そんな状況を一歩離れた位置から見ていたのは、ペンタゴンの二人。

 

「見苦しい連中だ。仲間割れとは」

「……これだな」

「提督、どうかされましたか?」

「突破口が見つかったな」

 

 

 

-マンタリ森 深部-

 

「ひとまずここまで逃げれば大丈夫かと……」

 

 あの場から何とか逃げ遂せたドルハンたち。先にランスとダークランスの関係に気が付いており、冷静に動けたドルハンの功績と言えよう。

 

「っ……ぐっ……」

 

 抱えていたダークランスがドルハンの手から離れる。そのままその場に立ち尽くし、涙を堪えるように声を漏らす。そんなダークランスの頭をカロリアがそっと撫でる。

 

「大丈夫だよ」

「っ……くうっ……」

 

 その光景を無言で見ていたエミが、つかつかとダークランスに近づいていく。そしてそのまま、すっぽりとダークランスの頭を抱き込んだ。

 

「このわたくしの高貴な胸を貸してあげますわ。今だけですわよ」

「うぅぅぅ……あぁぁぁぁぁっ!!」

「泣いちゃおう。泣きたいときは、泣いちゃおう」

「好きなだけ泣いて、その後は吹っ切りなさい」

「うあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 カロリアとエミの前でボロボロと涙を溢すダークランス。自分と母が悪魔界から追われたのはあの男のせい。だから、ずっと恨んでいた。でも、心のどこかでは期待していたのかもしれない。父にも理由があったのではないかと。本当は優しい父親なのではないかと。だが、その期待は崩れ落ちた。溜め込んでいた感情が爆発し、ダークランスは生まれたての赤子のように泣き続けた。

 

 

 

数時間後 夜

-森の中-

 

「じゃあ、今日はここで野宿ね」

「はい」

「それじゃあ、ご飯作るだす」

「あ、手伝います」

 

 夜も更けた頃、ルークたちはアイスフレームの拠点とペンタゴンの拠点の中間くらいにある森の中にいた。テントを広げ、焚き木に魔法で火をつける。だが、仲間たちの動作がどこか不自然。おかしな余所余所しさがあるが、無理もない事。つい先ほどまで、あのような事態が起こっていたのだから。

 

『ふむ、今日の打ち合わせは無理そうだな。どうかな、一度日を改めては』

 

 あの後、ネルソンがそう提案してきたのだ。こちらとしては願っても無い提案であったためこれを受けた。ペンタゴン基地に泊まっていくようにも進められたが、これ以上こちらの弱みを見せる訳にはいかないため半ば無理矢理アイスフレームへの帰還を決めた。ただ、混乱のせいで出発が遅れ、本日中の帰還が無理になり、止む無く野宿をする事となったのだ。

 

「(でも、あの時ネルソンはどうしてあんな提案をしたんだろう……)」

 

 木の上から周囲にモンスターがいないか探りながら、かなみは思案する。ネルソンにとってはあのまま交渉を続けた方がよかったはず。なにせこちらは大混乱でまともに交渉できる状態ではなかった。間違いなくペンタゴン優位に交渉を進められたはず。

 

「よお、逃げねえから縄を解いちゃくれねぇか?」

「まあ、一応な。ほれ、あーん」

「ちょっとシャイラ、ずるいわよ。次は私ね」

 

 一応、ペンタゴンが雲隠れをしないようにする材料として幹部の一人であるフットを捕虜として連れてきている。流石に幹部を切り捨てる様な事はしないだろうというダニエルの読みだ。今は縄に縛られたまま、シャイラとネイにご飯の世話をされている。

 

「(ルークさん……ランス……)」

 

 かなみが木の上からルークとランスを交互に見る。あれから数時間、ルークとランスは未だ言葉を交わしていない。

 

「それでは、先に休ませていただきます」

「ウルザ様、すいません。テントでのお休みになってしまい」

「大丈夫ですよ」

「火の番は俺がしとくから、ゆっくり休んでくれていいぜ」

「ありがとー、パットンさん素敵!」

 

 ウルザがまずテントに入り、その後仲間たちがいくつかあるテントに入っていく。ペンタゴンとの決戦の後だ。流石に皆疲弊している。火の番を買って出たパットンには皆感謝していた。そして、更に数時間。夜がさらに更け、日付が変わる。そんな中、かなみも寝ずに木の上で番をしていた。いや、眠れなかったというのが正しい。心がざわついて寝床から出てきてしまったのだ。

 

「(……えっ!?)」

 

 そんなかなみの目に飛び込んできたのは、キャンプ場所から離れていく二つの人影。森の更に奥へと歩いていた。見間違える訳がない。だが、今二人っきりにするのはまずい。焦ったかなみはすぐに木から飛び降り、二人の歩いていた方向へ駆け出そうとする。

 

「止めときな」

 

 そう声を掛けてきたのは、火の番をしていたパットンであった。かなみの方には視線を向けず、火に木をくべながらそう口にする。

 

「でも……」

「そうね、止めといた方が良いわ」

 

 かなみが反論しようとするのを遮りながら、ロゼがテントから出てくる。彼女もまだ起きていたのだろう。その口ぶりから察するに、二人がこの場所から離れて行った事にも気が付いている様子だ。

 

「なんだ、起きてたのか?」

「まあね。他にも起きてる連中、気が付いている連中もいるでしょうけど、追うのは止めときなさい」

 

 かなみだけではなく、テントの中で起きている者たちに向かってそう声を掛けるロゼ。一体、何人起きているのかは判らない。だが、確かに起きている気配は感じる。

 

「ロゼさんもパットンさんも、どうしてそんな事を……」

「今は二人にしといた方がいいでしょ。それに、『結果』がどうなったとしても、どっちも見られたくないだろうしね」

「だな」

 

 パチパチと火の音が聞こえる程の静寂。『結果』という単語にかなみは息を呑む。やはり、あの二人はそれをするためにこの場所から離れたのか。だが、この後の会話はかなみの想像の範疇を越えるものであった。

 

「それよりも、どうするのか決めておきなさいよ」

「えっ?」

 

 言葉の意味が判らず呆然とするかなみを尻目に、パットンとロゼは会話を続ける。

 

「あんたの場合は、まあ一択だろ?」

「そうね。パットンはどうするの?」

「多分、あんたとは逆だな」

「あら、そうなの? 意外ね」

「案外、あの男が気に入ってるみたいでな」

「まあ、気持ちは判るわ。私も気に入ってはいるのよ」

 

 苦笑しあう二人を見ながら、言い知れぬ不安がかなみを襲った。一体二人は何の話をしているのか。

 

「決めておくって……何をですか……?」

「…………」

「…………」

「二人とも一体、何の話をしているんですかっ!?」

 

 

 

-森の中 開けた場所-

 

 闇が辺りを包む中、月明かりが丁度良く大地を照らす開けた場所。その場所に辿り着き、先を歩いていた者が歩みを止めて口を開く。

 

「この辺でいいだろ」

 

 月明かりがその者の顔を浮かび上がらせる。ランスだ。そして、後ろを歩いていた者の顔も浮かび上がる。

 

「本気なのか?」

 

 そう問いかけたのは、ルーク。かなみが目撃したのは他でもない、今回の騒動の当事者である二人の隊長であった。

 

「ふん、今更それを聞くか? 黙ってついて来たんだ、貴様も同意済みだろう?」

「……そうだな」

 

 そして、ゆっくりと月明かりが二人の手元を照らす。そこには、しっかりと握られた二人の剣が存在していた。ランスの剣先が月明かりで妖しく光る。

 

「いい加減、どっちが上かハッキリさせるぞ」

 

 それは、遅すぎた決戦。

 

 


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